特許第6835280号(P6835280)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6835280傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6835280
(24)【登録日】2021年2月8日
(45)【発行日】2021年2月24日
(54)【発明の名称】傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/02 20060101AFI20210215BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20210215BHJP
【FI】
   G01N17/02
   G01N27/00 L
【請求項の数】13
【全頁数】43
(21)【出願番号】特願2020-107340(P2020-107340)
(22)【出願日】2020年6月22日
【審査請求日】2020年7月22日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅田 照朗
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 將展
(72)【発明者】
【氏名】重永 勉
【審査官】 外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】 特表2014−505242(JP,A)
【文献】 特開2010−174273(JP,A)
【文献】 特開平08−005598(JP,A)
【文献】 特開2020−094881(JP,A)
【文献】 特開2020−071148(JP,A)
【文献】 特開2013−217706(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理方法であって、
上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触する含水材料と該含水材料に接触する1つ又は2つの電極とを配置するとともに、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を、外部回路で電気的に接続するステップと、
上記外部回路によって、該外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電するステップと、を備え
上記通電を行うステップで、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項2】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理方法であって、
上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触する含水材料と該含水材料に接触する1つ又は2つの電極とを配置するとともに、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を、外部回路で電気的に接続するステップと、
上記外部回路によって、該外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電するステップと、を備え
上記通電を行うステップで、1.23V以上の電圧を要する電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2において、
上記通電を行うステップで、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に定電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項4】
請求項1〜のいずれか1つにおいて、
上記含水材料は、支持電解質を含む水溶液である
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか1つにおいて、
上記通電を行うステップで、上記電流の方向の切り替えは、2回以上行う
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項6】
請求項1〜のいずれか1つにおいて、
上記傷は、人工的に形成された人工傷である
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項7】
請求項において、
上記人工傷の形状は、平面視で点状である
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか1つにおいて、
上記表面処理膜は、樹脂塗膜である
ことを特徴とする傷の処理方法。
【請求項9】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理装置であって、
上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触するように配置された含水材料に接触する1つ又は2つの電極と、
上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を電気的に接続する外部回路と、
上記外部回路上に設けられ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する通電手段と、を備え、
上記通電手段は、上記外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えるように構成されており、
上記通電手段は、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理装置。
【請求項10】
金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理装置であって、
上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触するように配置された含水材料に接触する1つ又は2つの電極と、
上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を電気的に接続する外部回路と、
上記外部回路上に設けられ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する通電手段と、を備え、
上記通電手段は、上記外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えるように構成されており、
上記通電手段は、1.23V以上の電圧を要する電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理装置。
【請求項11】
請求項9又は請求項10において、
上記通電手段は、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に定電流を印加する
ことを特徴とする傷の処理装置。
【請求項12】
請求項1〜のいずれか1つに記載の傷の処理方法により上記傷を処理するステップと、
上記外部回路によって、上記電極及び上記金属製基材、又は、上記2つの電極を、それぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、上記被覆金属材の腐食を進行させるステップを備えた
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験方法。
【請求項13】
請求項11のいずれか1つに記載の傷の処理装置を備え、
上記通電手段は、さらに、上記電極及び上記金属製基材、又は、上記2つの電極を、それぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、上記被覆金属材の腐食を進行させるように構成されている
ことを特徴とする被覆金属材の耐食性試験装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆金属材に形成された傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、塗膜性能を評価する手法として複合サイクル試験、塩水噴霧試験等の腐食促進試験が行われている。
【0003】
しかし、かかる腐食促進試験においては、評価に数ヶ月を要するため、例えば塗装鋼板の構成材料や焼付条件の異なる塗膜の膜質を簡便に評価し、塗装条件の最適化等を迅速に行うことが困難である。従って、材料開発、塗装工場の工程管理、車両防錆に係る品質管理の場において、塗装鋼板の耐食性を迅速且つ簡便に評価する定量評価法の確立が望まれている。
【0004】
これに対して、特許文献1には、金属部材の表面に施された皮膜の耐食性を評価する手法として、金属部材及び対極部材を水又は電解質液に浸漬し、測定電源の負端子側を金属部材に、正端子側を対極部材に電気的に接続し、対極部材から皮膜を通して金属部材に流れる酸素拡散限界電流に基づいて当該皮膜の防食性能を評価することが記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、塗装金属に溶液を介して対極で直流電圧又は直流電流を連続的にあるいは間欠的に印加し、塗装金属の陽分極による塗装金属の塗膜欠陥部からの塗膜剥離幅により塗装金属の優劣を判断する塗装金属の耐食性評価方法が記載されている。
【0006】
さらに、本願発明者らにおいても、被覆金属材の腐食は金属製基材の表面処理膜の傷に起因して進行することが多いことに着目し、そのような腐食を模擬した電気化学的耐食性試験方法について既に出願を行っている(特許文献3、特願2019−534500等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−271501号公報
【特許文献2】特開昭59−48649号公報
【特許文献3】特開2019−032171号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の方法は、被覆金属材に形成された傷を利用して被覆金属材の耐食性試験を行う方法であるが、傷の表面に表面処理膜や汚れ等の付着物が付着することにより、傷における化学反応の進行が妨げられ、耐食性試験の信頼性が低下するおそれがあった。
【0009】
そこで、本開示は、信頼性が高く、簡便で汎用性に優れた傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置をもたらすことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、ここに開示する傷の処理方法は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理方法であって、上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触する含水材料と該含水材料に接触する1つ又は2つの電極とを配置するとともに、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を、外部回路で電気的に接続するステップと、上記外部回路によって、該外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電するステップと、を備え、上記通電を行うステップで、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加することを特徴とする。
【0011】
被覆金属材の耐食性試験等を行う場合には、腐食を促進させるために、被覆金属材に、表面処理膜を貫通して金属製基材に達する傷が形成された状態のサンプル等を使用することがある。この場合、傷自体は金属製基材に達していても、傷の表面に表面処理膜が張り付いていると、腐食の促進が抑制されるおそれがある。本構成では、外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する。これにより、傷において、金属製基材が溶解するアノード反応と、金属製基材を介して傷に供給される電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等を生成するカソード反応とが交互に進行する。そうして、傷の表面に付着した表面処理膜及び汚れ等の付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。そして、耐食性試験等の信頼性の向上に寄与できる。なお、上記電極及び上記金属製基材間を外部回路で接続した場合には、処理の安定性が向上する。また、上記2つの電極間を外部回路で接続した場合には、2箇所の傷における付着物を同時に除去できるから、処理効率を向上できる。
【0012】
なお、本明細書において、「傷の大きさ」とは、平面視における傷の大きさをいい、傷の面積、径等である。例えば、傷の形状が平面視で円形の場合、傷の面積は、円の面積で与えられる。また、傷の径は、傷の最大幅で与えられる。なお、本明細書において、傷の大きさは、傷における金属製基材の露出部の大きさと同一と想定している。
【0015】
また、上記構成では、上記通電を行うステップで、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加する。
【0016】
本構成によれば、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加すると、カソード反応の進行とともに、水の電気分解が進行し、水素が発生する。金属製基材の溶解反応を僅かに進行させた状態で、電流の方向を切り替えると、カソード反応により傷近傍がアルカリ性環境になるから、傷の表面における付着物の金属製基材に対する付着力が低下する。同時に、水の電気分解で発生した水素により、付着物が押し上げられる。そうして、付着物の除去性を向上できる。
【0017】
また、ここに開示する傷の処理方法は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理方法であって、上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触する含水材料と該含水材料に接触する1つ又は2つの電極とを配置するとともに、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を、外部回路で電気的に接続するステップと、上記外部回路によって、該外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電するステップと、を備え、上記通電を行うステップで、1.23V以上の電圧を要する電流を印加することを特徴とする
【0018】
本構成では、外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する。これにより、傷において、金属製基材が溶解するアノード反応と、金属製基材を介して傷に供給される電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等を生成するカソード反応とが交互に進行する。そうして、傷の表面に付着した表面処理膜及び汚れ等の付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。そして、耐食性試験等の信頼性の向上に寄与できる。なお、上記電極及び上記金属製基材間を外部回路で接続した場合には、処理の安定性が向上する。また、上記2つの電極間を外部回路で接続した場合には、2箇所の傷における付着物を同時に除去できるから、処理効率を向上できる。また、水の電気分解により水素が発生する理論電圧(25℃)は、1.23Vであることが知られている。通電を行うステップで、1.23V以上の電圧を要する電流を印加することにより、カソード反応の進行とともに、水の電気分解が進行し、水素が発生する。そうして、水素による、傷の表面における付着物の押し上げ効果が得られ、付着物の除去性が向上する。
一実施形態では、上記通電を行うステップで、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に定電流を印加する。
本構成によれば、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に印加される電流が一定であるから、処理の安定性を確保できる。
【0019】
一実施形態では、上記含水材料は、支持電解質を含む水溶液である。
【0020】
含水材料として例えば固形分を多く含む材料や粘性の高い材料を使用すると、含水材料の重みや粘性により、傷の表面における付着物の除去性が低下し得る。本構成によれば、固形分を含まず比較的粘性の低い水溶液を使用することにより、付着物の除去性を向上できる。
【0021】
一実施形態では、上記通電を行うステップで、上記電流の方向の切り替えは、2回以上行う。
【0022】
例えば電流の方向の切り替えを2回行うと、金属製基材は、アノード→カソード→アノード、又は、カソード→アノード→カソードとなる。本構成によれば、アノード反応及びカソード反応の少なくとも一方は、2回以上進行するから、傷の表面における付着物の除去性が向上する。
【0023】
一実施形態では、上記傷は、人工的に形成された人工傷である。
【0024】
例えば耐食性試験等を行う場合には、腐食を促進させるために、人工的に傷を形成する場合がある。本構成によれば、このような人工傷における付着物の除去を効果的に行うことができる。そうして、耐食性試験等の信頼性を向上できる。
【0025】
一実施形態では、上記人工傷の形状は、平面視で点状である。
【0026】
本構成によれば、水素による押し上げの力が傷全体に伝わりやすいから、付着物の除去が容易となる。
【0027】
一実施形態では、上記表面処理膜は、樹脂塗膜である。
【0028】
本構成によれば、金属製基材の溶解が進行したときに、樹脂塗膜の金属製基材への付着力が低下しやすいから、樹脂塗膜の除去が容易となる。
【0029】
ここに開示する傷の処理装置は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理装置であって、上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触するように配置された含水材料に接触する1つ又は2つの電極と、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を電気的に接続する外部回路と、上記外部回路上に設けられ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する通電手段と、を備え、上記通電手段は、上記外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えるように構成されており、上記通電手段は、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加する
【0030】
本構成によれば、処理対象の傷において、金属製基材が溶解するアノード反応と、金属製基材を介して傷に供給される電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等を生成するカソード反応とが交互に進行する。そうして、傷の表面における付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。そして、耐食性試験等の信頼性の向上に寄与できる。
【0033】
また、上記構成では、上記通電手段は、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加する。
【0034】
本構成によれば、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加することにより、カソード反応の進行とともに、水の電気分解が進行し、水素が発生する。金属製基材の溶解反応を僅かに進行させた状態で、電流の方向を切り替えると、カソード反応により傷近傍がアルカリ性環境になるから、傷の表面における付着物の金属製基材に対する付着力が低下する。同時に、水の電気分解で発生した水素により、付着物が押し上げられる。そうして、付着物の除去性を向上できる。
【0035】
ここに開示する傷の処理装置は、金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理装置であって、上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触するように配置された含水材料に接触する1つ又は2つの電極と、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を電気的に接続する外部回路と、上記外部回路上に設けられ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する通電手段と、を備え、上記通電手段は、上記外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えるように構成されており、上記通電手段は、1.23V以上の電圧を要する電流を印加する。
【0036】
本構成によれば、処理対象の傷において、金属製基材が溶解するアノード反応と、金属製基材を介して傷に供給される電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等を生成するカソード反応とが交互に進行する。そうして、傷の表面における付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。そして、耐食性試験等の信頼性の向上に寄与できる。また、通電を行うステップで、1.23V以上の電圧を要する電流を印加することにより、カソード反応の進行とともに、水の電気分解が進行し、水素が発生する。そうして、水素による、傷の表面における付着物の押し上げ効果が得られ、付着物の除去性が向上する。
一実施形態では、上記通電手段は、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に定電流を印加する。
本構成によれば、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に印加される電流が一定であるから、処理の安定性を確保できる。
【0037】
ここに開示する被覆金属材の耐食性試験方法は、上述のいずれかの傷の処理方法により上記傷を処理するステップと、上記外部回路によって、上記電極及び上記金属製基材、又は、上記2つの電極を、それぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、上記被覆金属材の腐食を進行させるステップを備えたことを特徴とする。
【0038】
金属の腐食は、水と接触する金属が溶解(イオン化)して遊離電子を生ずる上述のアノード反応(酸化反応)と、その遊離電子によって水中の溶存酸素及び水素イオンが還元されて水酸基OHおよび水素を生成する上述のカソード反応(還元反応)が同時に起こることで進行することが知られている。
【0039】
本構成の耐食性試験では、電極及び金属製基材、又は、2つの電極の一方及び他方を、それぞれアノード及びカソードとして、両者間に通電する。
【0040】
金属製基材をカソードとした場合、傷の露出部において、カソード反応が進行する。また、2つの電極の他方をカソードとした場合、アノードとなっている電極側に含水材料を介して位置する傷における金属製基材の露出部において、カソード反応が進行する。さらに、いずれの場合も、通電条件によっては、水の電気分解も進行し、水素が発生する。
【0041】
カソード反応が進行すると、OHの生成により傷の周りがアルカリ性環境になる。これにより、金属製基材表面の下地処理(化成処理)がダメージを受けて表面処理膜の密着性が低下し(下地処理がされていない場合は単純に金属製基材と表面処理膜の密着性が低下し)、傷の周りで表面処理膜の膨れが発生する。また、水の電気分解やHの還元により発生した水素が表面処理膜の膨れを促進する。このようなカソード反応の進行及び表面処理膜の膨れの発生は、被覆金属材の実際の腐食を加速再現するものである。従って、傷の周りに発生した表面処理膜の膨れの進展の程度をみることによって、被覆金属材の腐食の進行度合いを計ることができる。
【0042】
本構成によれば、上述の傷の処理方法により傷の表面における付着物が除去された傷を用いて耐食性試験を行うから、耐食性試験の信頼性が向上する。
【0043】
なお、本明細書において、「表面処理膜の膨れの大きさ」とは、膨れ径若しくは膨れ面積、又は、剥離径若しくは剥離面積のことをいう。「膨れ径」及び「膨れ面積」は、それぞれ、表面処理膜の膨れ部の径及び面積である。「剥離径」及び「剥離面積」は、それぞれ、耐食性試験後に、表面処理膜の膨れ部を剥がして現れた金属製基材の露出面である剥離部の径及び面積である。
【0044】
ここに開示する被覆金属材の耐食性試験装置は、上述のいずれかの傷の処理装置を備え、上記通電手段は、さらに、上記電極及び上記金属製基材、又は、上記2つの電極を、それぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、上記被覆金属材の腐食を進行させるように構成されていることを特徴とする。
【0045】
本構成によれば、耐食性試験装置は、上述の傷の処理装置を備えるから、傷の表面における付着物を除去した状態で、耐食性試験を行うことができる。そうして、耐食性試験の信頼性を向上できる。
【発明の効果】
【0046】
以上述べたように、本開示では、外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電する。これにより、傷において、金属製基材が溶解するアノード反応と、金属製基材を介して傷に供給される電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等を生成するカソード反応とが交互に進行する。そうして、傷の表面に付着した表面処理膜及び汚れ等の付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
図1】実施形態1に係る耐食性試験装置の一例を示す図。
図2図1のA−A線における断面図。
図3】実施形態1に係る耐食性試験の原理を説明するための図。
図4】実施形態1に係る耐食性試験方法を説明するためのフロー図。
図5】洗浄ステップに関する実験結果を示す図表。
図6】第1計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図7】第1計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図8】第1計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図9】傷の周りで電着塗膜の膨れが発生する様子を示す図。
図10】実験例及び参考例の耐食性試験の結果を示す図表。
図11】第2計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図12】第2計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図13】第2計測ステップに関する実験結果を示すグラフ。
図14】実施形態2に係る耐食性試験の原理を説明するための図。
図15】実施形態3に係る耐食性試験における傷の径と腐食進展速度の指数との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本開示を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0049】
(実施形態1)
図1図2は、本実施形態に係る被覆金属材の耐食性試験装置の一例を示す。図3は、本実施形態に係る耐食性試験方法の原理を説明するための図である。これらの図において、1は被覆金属材、30は電極部装置、100は耐食性試験装置である。
【0050】
<被覆金属材>
本実施形態に係る耐食性試験において試験対象となる被覆金属材としては、例えば、金属製基材に表面処理膜として樹脂塗膜が設けられた塗装金属材が挙げられる。
【0051】
金属製基材は、例えば、家電製品、建材、自動車部品等を構成する鋼材、例えば、冷間圧延鋼板(SPC)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、高張力鋼板又はホットスタンプ材等であり、或いは軽合金材であってもよい。金属製基材は、表面に化成皮膜(リン酸塩皮膜(例えば、リン酸亜鉛皮膜)、クロメート皮膜等)が形成されたものであってもよい。
【0052】
樹脂塗膜としては、具体的には例えば、エポキシ樹脂系、アクリル樹脂系等のカチオン電着塗膜(下塗り塗膜)がある。
【0053】
被覆金属材は、表面処理膜として二層以上の多層膜を備えていてもよい。具体的には例えば、表面処理膜が樹脂塗膜の場合は、電着塗膜に上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜、電着塗膜に中塗り塗膜及び上塗り塗膜が重ねられた積層塗膜等であってもよい。
【0054】
中塗り塗膜は、被覆金属材の仕上り性と耐チッピング性を確保するとともに、電着塗膜と上塗り塗膜との密着性を向上させる役割を有する。また、上塗り塗膜は、被覆金属材の色、仕上り性及び耐候性を確保するものである。これらの塗膜は、具体的には例えば、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド等の基体樹脂と、メラミン樹脂、尿素樹脂、ポリイソシアネート化合物(ブロック体も含む)等の架橋剤とからなる塗料等により形成することができる。
【0055】
本構成によれば、例えば自動車部材の製造工程等において、塗装工程毎に製造ラインから部品を取り出し、塗膜の品質等を確認することができる。
【0056】
以下の説明では、鋼板2の表面に化成皮膜3が形成されてなる金属製基材に、表面処理膜としての電着塗膜4(樹脂塗膜)が設けられてなる被覆金属材1を例に挙げて説明する。
【0057】
図2図3に示すように、被覆金属材1には、電着塗膜4及び化成皮膜3を貫通して鋼板2に達する傷5が1箇所形成されている。なお、傷5は、人工的に形成されたものであってもよいし、自然に形成されたものであってもよい。また、傷5は、相離れた複数箇所に形成されていてもよく、その場合、上記1箇所は、複数箇所のうちの1つを意味する。
【0058】
<含水材料>
含水材料6は、水及び支持電解質を含有し、導電材としての機能を有する。含水材料6は、さらに粘土鉱物を含有してなる泥状物でもよい。含水材料6が粘土鉱物を含有する場合、後述する保持ステップS7及び通電ステップS9において、含水材料6中のイオン及び水が傷5周りの電着塗膜4に浸透し易くなる。
【0059】
支持電解質は、塩であり、含水材料6に十分な導電性を付与するためのものである。支持電解質としては、具体的には例えば、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸カルシウム、塩化カリウム、硝酸カリウム、酒石酸水素カリウム及び硫酸マグネシウムから選択される少なくとも一つの塩を採用することができる。支持電解質としては、特に好ましくは塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム及び塩化カルシウムから選択される少なくとも一つの塩を採用することができる。含水材料6における支持電解質の含有量は、好ましくは1質量%以上20質量%以下、より好ましくは3質量%以上15質量%以下であること、特に好ましくは5質量%以上10質量%以下である。
【0060】
粘土鉱物は、含水材料6を泥状にするとともに、電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透を促進させ、通電ステップS9における腐食の進行を促すためのものである。粘土鉱物としては、例えば、層状ケイ酸塩鉱物又はゼオライトを採用することができる。層状ケイ酸塩鉱物としては、例えば、カオリナイト、モンモリロナイト、セリサイト、イライト、グローコナイト、クロライト及びタルクから選択される少なくとも一つを採用することができ、特に好ましくはカオリナイトを採用することができる。含水材料における粘土鉱物の含有量は、好ましくは1質量%以上70質量%以下、より好ましくは10質量%以上50質量%以下、特に好ましくは20質量%以上30質量%以下である。なお、含水材料6が泥状物であることにより、電着塗膜4が水平になっていない場合でも、該電着塗膜4の表面に含水材料6を設けることができる。
【0061】
含水材料6は、水、支持電解質及び粘土鉱物以外の添加物を含有してもよい。このような添加物としては、具体的には例えばアセトン、エタノール、トルエン、メタノール等の有機溶剤、塗膜の濡れ性を向上させるような物質等が挙げられる。これらの有機溶剤、物質等も電着塗膜4への水の浸透を促す機能を有し得る。これらの有機溶剤、物質等を、粘土鉱物に代えて含水材料6に添加してもよい。含水材料6が有機溶剤を含有する場合は、有機溶剤の含有量は、水に対して体積比で5%以上60%以下であることが好ましい。その体積比は、10%以上40%以下であること、20%以上30%以下であることがさらに好ましい。
【0062】
<耐食性試験装置>
耐食性試験装置100は、電極部装置300と、外部回路7(処理装置、第1計測装置、第2計測装置)と、通電手段8(処理装置、電流検出手段、第1計測装置、第2計測装置)と、制御装置9(算出手段、補正手段、温度コントローラ、処理装置、第1計測装置、第2計測装置)と、任意のラバーヒータ41(第1温調要素)と、任意のホットプレート43(第2温調要素)と、を備える。
【0063】
≪電極部装置≫
電極部装置300は、本実施形態に係る耐食性試験に用いられる装置であり、容器30と、電極12(処理装置、第1計測装置、第2計測装置)と、任意の温度センサ37(温度検出手段)と、を備えている。
【0064】
−容器−
容器30は、被覆金属材1の電着塗膜4上に載置されている。容器30は、容器本体31と、任意の底部32と、蓋部34と、貫通孔38と、任意の穴36と、を備えている。
【0065】
[容器本体及び底部]
容器本体31及び底部32は、例えば円筒状、多角筒状等の筒状の部材であり、熱膨張時のひずみを低減させる観点から、好ましくは円筒状の部材である。
【0066】
底部32は、底面32Aにおいて、電着塗膜4の表面に接している。容器本体31は、底部32における底面32Aと反対側に配置されている。
【0067】
容器本体31の内径と底部32の内径とは同一である。容器本体31及び底部32の内周面により形成される空間からなる内部は、含水材料を保持する含水材料保持部11を構成する。含水材料保持部11は、底面32Aに設けられた開口部11Aを備えている。容器30を被覆金属材1の電着塗膜4上に載置した状態で、開口部11Aにより定義される被覆金属材1の領域が測定部分4Aとなる。
【0068】
含水材料6は、含水材料保持部11内に収容された状態で、電着塗膜4の表面に接触しているとともに、傷5内に侵入している。
【0069】
底部32は、例えばシリコーン樹脂製のシート状のシール材であり、容器30を被覆金属材1上に載置したときに、容器本体31と電着塗膜4との密着性を向上させるとともに、両者の隙間を埋めることができる。そうして、容器本体31と電着塗膜4との間からの含水材料6の漏れを効果的に抑制することができる。底部32を設けない構成も可能であるが、含水材料6の漏れを十分に抑制する観点から設けることが好ましい。
【0070】
なお、含水材料6の漏れを効果的に抑制する観点から、後述する実験例に示すように、底部32の厚さは1mm超であることが好ましく、底部32の硬度は、JIS K6250で規定されたデュロメータA硬度で、50以下であることが好ましい。また、底部32の厚さの上限値は、特に限定されるものではないが、後述する磁石33による吸着力の効果を得る観点及び底部32の材料コスト低減の観点から、例えば10mm以下とすればよい。底部32の硬度の下限値は、特に限定されるものではないが、上記デュロメータA硬度で、底部32として使用可能な製品の入手容易性の観点から、例えば10以上とすればよい。
【0071】
容器本体31は、例えばアクリル樹脂、エポキシ樹脂、芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)等の樹脂材料製やセラミック製等、特に好ましくはアクリル樹脂、エポキシ樹脂、芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)等の樹脂材料製とすることができる。これにより、容器本体31と外部との絶縁性を確保しつつ、電極部装置300、延いては耐食性試験装置100を軽量化及び低コスト化することができる。
【0072】
容器本体31は、底部32側の大径部302と、大径部302に対し底部32側と反対側に配置された小径部301とを備えている。容器本体31の中心軸31B周りにおいて、大径部302及び小径部301の内径は同一である。大径部302の外径は、小径部301の外径よりも大きい。大径部302の外周面及び小径部301の外周面は段差部303により接続されている。
【0073】
容器本体31及び底部32の内径、すなわち含水材料保持部11の径は、傷5の径よりも大きいことが望ましい。そして、容器30は、含水材料保持部11が傷5とほぼ同心状になるように、電着塗膜4上に載置されることが望ましい。当該構成により、傷5全体を含水材料6で覆いつつ、耐食性試験に必要十分量の含水材料6を収容することができる。なお、例えば傷5の径が0.1mm以上7mm以下の場合は、含水材料保持部11の径は、例えば0.5mm以上45mm以下、好ましくは0.5mm以上30mm以下とすることができる。本構成により、傷5全体を含水材料6で覆いつつ、耐食性試験に必要十分量の含水材料6を収容することができる。
【0074】
大径部302の底部32側には、溝部304が形成されている。溝部304は、開口部11A近傍の含水材料保持部11周りに設けられており、当該溝部304内にリング型の磁石33が収容される。これにより、容器30を被覆金属材1の電着塗膜4上に載置したときに、容器30は、磁石33の吸着力により、被覆金属材1に吸着固定される。そうして、容器30の位置ずれを効果的に抑制することができ、後述する耐食性試験の信頼性を向上させることができる。
【0075】
磁石33としては、例えばフェライト磁石、ネオジム磁石、サマリウムコバルト磁石等を用いることができるが、高い吸着力を得る観点から、ネオジム磁石、サマリウムコバルト磁石を用いることが望ましい。また、磁石33の強度は、後述する実験例に示すように、370mT以上であることが好ましい。本構成によれば、電極部装置300と被覆金属材1とのより高い密着性を確保できる。なお、磁石33の強度の上限値は、特に限定されるものではないが、例えば1300mT以下とすることができる。
【0076】
磁石33は、溝部304に収容された後、例えば、エポキシ樹脂等で封止されることが望ましい。これにより、溝部304からの磁石33の抜けや、含水材料保持部11から溝部304への含水材料6の漏れ等を抑制できる。また、封止により、磁石33と含水材料6との間の絶縁性を確保することで、高い電導性を有する磁石33の成分の含水材料6への溶け出しによる耐食性試験の信頼性の低下を抑制できる。
【0077】
[実験例]
エポキシ樹脂製の容器本体31(含水材料保持部11の内径10mm)の底面32A側に、シリコーン樹脂製の底部32としてのシリコーンマットを配置して、平坦な机上に載置し、容器本体31の内部に水を注入して10分間保持し、水漏れの有無を調べた。なお容器本体31の底面32A側にはリング型のネオジム磁石(株式会社マグファイン製)がエポキシ樹脂により埋め込まれている。結果を、表1に示す。なお、シリコーンマットの硬さは、JIS K6250で規定されたデュロメータA硬度で示している。
【0078】
【表1】
【0079】
実験例1〜4の結果から、磁石の強度が高く、シリコーンマットの硬さが柔らかく、厚さが大きい方が、水漏れの抑制効果が高いことが判った。
【0080】
[蓋部]
蓋部34は、容器本体31の上側開口部31Aを閉塞する。耐食性試験中に含水材料6の溶媒成分等が揮発すると、含水材料6の成分濃度が変化し、試験の信頼性が低下するおそれがある。蓋部34により上側開口部31Aを閉塞することにより、含水材料6の揮発分が容器本体31内で上方に移動しても、容器本体31の外部への放出が抑制される。そうして、試験中における含水材料6の減少を抑制できる。また、含水材料6及び被覆金属材1の温度を上昇させて試験を行う場合には、保温の効率を上昇できる。
【0081】
蓋部34は、容器本体31と同様に、例えばアクリル樹脂、エポキシ樹脂、芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)等の樹脂材料製やセラミック製等とすることができ、特に好ましくはアクリル樹脂、エポキシ樹脂、芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)等の樹脂材料製とすることができる。これにより、含水材料保持部11と外部との絶縁性を確保しつつ、電極部装置300、延いては耐食性試験装置100を軽量化及び低コスト化することができる。
【0082】
また、特に、容器本体31及び/又は蓋部34の材料としてPEEK材を使用すると、ラバーヒータ41及び/又はホットプレート43の誤動作等による容器本体31及び/又は蓋部34の溶損を抑制できる。
【0083】
容器本体31と蓋部34とは、異なる材料製であってもよいし、同一の材料製であってもよい。また、容器本体31と蓋部34とは一体であってもよいし、別体であってもよい。
【0084】
[貫通孔]
貫通孔38は、容器本体31の上側側壁に当該側壁を貫通するように設けられた、容器30の内圧解放用の孔である。耐食性試験中には、化学反応により、例えば水素等のガスが発生する場合がある。このような場合には、容器本体31を完全に密閉してしまうと、容器30の内圧が上昇し、容器30の破損等に繋がるおそれがある。本構成では、試験中にガスが発生しても、貫通孔38から脱気でき、容器30の内圧の上昇を抑制できる。さらに、貫通孔38は、容器本体31の上側側壁に設けられているから、例えば下側側壁及び蓋部34等に貫通孔38が設けられている場合に比べて、含水材料6の漏れ、含水材料6の揮発分の放出等を抑制できる。
【0085】
また、貫通孔38は、電極12又は外部回路7の配線71の引き出し用、及び/又は、含水材料6の注入用にも使用され得る。
【0086】
貫通孔38の数は、1つであってもよいし、複数あってもよい。貫通孔38の数は、好ましくは1つ、2つ又は3つである。貫通孔38が1つの場合は、1つの貫通孔38が上記3つの用途を兼ねる。これにより、電極部装置300の構成が簡単になるとともに、貫通孔38の数が少ないから、含水材料6の揮発分の放出を効果的に抑制できる。また、貫通孔38が2つ又は3つの場合は、各々の貫通孔38が上記3つの用途を分担すればよい。これにより、上記3つの用途の各々に関する作業が容易となる。
【0087】
内圧解放用の用途に使用される貫通孔38の形状は特に限定されないが、その他の用途に使用される貫通孔38の形状は、作業の容易性の観点から、断面形状が円形且つ一定径のストレート孔であることが望ましい。
【0088】
含水材料6は、例えばスポイト、シリンジ等で含水材料保持部11に注入され得る。そうすると、含水材料6の注入用に使用される貫通孔38は、図2に示すように、容器本体31の外部から内部に向かって下向きに傾斜するように形成されていることが望ましい。これにより、含水材料6の注入作業が容易となる。
【0089】
貫通孔38の径、すなわち、貫通孔38の中心軸に垂直な断面における最大幅は、好ましくは1mm以上7mm以下、より好ましくは2mm以上5mm以下である。貫通孔38の径が下限値未満では、ガスの発生量が多い場合、容器30の内圧が十分に解放されないおそれや、その他の用途に使用する際の作業が困難になるおそれがある。貫通孔38の径が上限値を超えると、貫通孔38からの含水材料6の揮発成分の放出量が多くなりすぎるおそれがある。
【0090】
[穴]
容器本体31の下側側壁には、温度センサ37を挿入するための穴36が設けられていることが好ましい。
【0091】
穴36の底36Aは、容器本体31の内部に貫通している。これにより、温度センサ37を穴36に挿入したときに、温度センサ37の先端37Aを、底36Aを通じて、含水材料保持部11内に突出させ、含水材料6と接触させることができる。そうして、含水材料6の温度を検出できる。
【0092】
なお、穴36は、容器30が電着塗膜4の表面上に配置されたときに、その底36Aが、できる限り電着塗膜4に近くなるように形成されていることが望ましい。
【0093】
このような穴36は、具体的には例えば、容器本体31の成形時に、型により容器本体31の側壁に形成すればよい。また、穴36は、容器本体31の成形時に、熱伝導性の高い樹脂、セラミック等の絶縁性材料により形成された筒状の部材を、インサート成形することにより、容器本体31の側壁に埋め込む形で形成されてもよい。
【0094】
なお、穴36は、底36Aが容器本体31の内部に貫通しないように設けられていてもよい。
【0095】
−温度センサ−
含水材料6の温度を検出する温度センサ37を備えることが好ましい。温度センサ37は、穴36に挿入され、含水材料6の温度を検出する。
【0096】
本実施形態に係る耐食性試験では、含水材料6、特に電着塗膜4近傍の含水材料6の温度が重要になる。穴36内に温度センサ37を設置することにより、電着塗膜4近傍の含水材料6の温度を精度よく検出できるから、耐食性試験の信頼性が向上する。
【0097】
温度センサ37は、具体的には例えば熱電対、光ファイバー式温度計、赤外線温度計等である。なお、より精度よく含水材料6の温度を検出する観点から、温度センサ37を穴36に収容した状態で、熱伝導性の高い樹脂等でモールドすることが好ましい。
【0098】
温度センサ37の先端37Aの容器本体31の内部への突出量は、できる限り少ないことが望ましい。これにより、後述する通電ステップS9において、膨れた電着塗膜4が温度センサ37の先端に付着することによる温度検出精度の低下を抑制できる。
【0099】
なお、穴36及び温度センサ37を有しない場合には、含水材料保持部11に温度計を挿入して含水材料6の温度を計測するようにしてもよい。
【0100】
−電極−
電極12は、その先端12aが含水材料6に埋没状態に設けられており、含水材料6に接触している。
【0101】
電極12としては、具体的には例えば炭素電極、白金電極等を使用することができる。
【0102】
電極12の形状は、電気化学測定において一般的に用いられる形状の電極を採用することができるが、特に、電極12として、先端12aに少なくとも1つの孔を有する有孔電極を採用することが好ましい。そして、該先端12aを、孔が電着塗膜4の表面と略平行になるように配置することが好ましい。例えば、有孔電極は、先端12aがリング状とされ、当該リングが電着塗膜4に相対するように設けられる。或いは、有孔電極としてメッシュ状の電極を採用し、該メッシュ電極を含水材料6に埋没した状態で電着塗膜4と略平行になるように配置してもよい。
【0103】
後述する洗浄ステップS4、及び通電ステップS9では、傷5において水素が発生し得る。先端12aに孔を有していることにより、水素は孔を通って抜けるから、電極12と電着塗膜4の間に水素が滞留することが避けられる。そうして、通電性が悪化することが避けられる。
【0104】
≪外部回路≫
外部回路7は、配線71と、配線71上に配置された通電手段8(電流検出手段)と、を備える。配線71は、電極12と、鋼板2と、を電気的に接続している。配線71としては、公知のものを適宜使用できる。
【0105】
−通電手段−
通電手段8は、特に後述する洗浄ステップS4、第1計測ステップS5、通電ステップS9、及び第2計測ステップS10において、電極12と鋼板2との間に電圧/電流を印加する電源部としての役割を担う。また、同時に、通電手段8は、両者間に流れる電流/電圧を検出する電流検出手段/電圧検出手段としての役割も担う。通電手段8としては、具体的には例えば、電圧/電流の印加法として制御可能なポテンショ/ガルバノスタット等を使用することができる。
【0106】
通電手段8は、後述する制御装置9と電気的に接続又はワイヤレス接続されており、制御装置9により制御される。また、通電手段8により外部回路7に印加された又は通電手段8により検出された電圧値、電流値、及び、通電時間等の通電情報は、制御装置9に送られる。
【0107】
≪ラバーヒータ及びホットプレート≫
ラバーヒータ41は、含水材料保持部11内の含水材料6を加温・温度調整するためのものである。ラバーヒータ41は、容器本体31の小径部301の外周面301A(外周部)を覆うように、容器本体31の外周部、具体的には大径部302の段差部303上に配置されている。ラバーヒータ41は、例えば粘着テープ等を用いて小径部301の外周面301Aに接着固定される。なお、図1図2では、穴36及び温度センサ37の図示を明瞭にするため、ラバーヒータ41の一部のみを図示している。なお、第1温調要素として、ラバーヒータ41の代わりに、フィルムヒータ等を用いてもよい。
【0108】
ホットプレート43は、被覆金属材1における容器30が配置される側と反対側、すなわち鋼板2側に配置されている。ホットプレート43は、被覆金属材1及び電着塗膜4近傍の含水材料6を、被覆金属材1の裏側から加温・温度調整するためのものである。なお、第2温調要素として、ホットプレート43の代わりに、ペルチェ素子等を用いてもよい。
【0109】
ラバーヒータ41及びホットプレート43は、後述する制御装置9に電気的に接続又はワイヤレス接続されている。そして、制御装置9の制御部93が、温度コントローラとして両者の温度を制御する。そうして、被覆金属材1及び含水材料6の加温や温度調整を行う構成とすることができる。このように、ラバーヒータ41及びホットプレート43は、単一の温度コントローラにより制御されることが望ましい。言い換えると、ラバーヒータ41に接続された温度コントローラは、ホットプレート43に接続された温度コントローラを兼ねることが望ましい。これにより、耐食性試験装置100のコンパクト化に資することができる。なお、本構成は、温度コントローラとして、制御装置9以外の装置を使用することを制限するものではない。また、ラバーヒータ41及びホットプレート43の温度を別々の温度コントローラで制御してもよい。
【0110】
本構成によれば、含水材料6及び被覆金属材1を適切に加温・温度調整することができるから、後述する耐食性試験において、電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透を促進させ、傷5における腐食を効果的に進行させることができる。そうして、より短時間且つ信頼性の高い耐食性試験が可能となる。また、所望の試験時間に亘って含水材料6及び被覆金属材1の温度を一定に保つことができるから、所定の温度条件における信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0111】
ラバーヒータ41及びホットプレート43のいずれか一方を備える構成としてもよいが、電着塗膜4の近傍の含水材料6の温度を精度よく制御する観点から、ホットプレート43を備えることが好ましい。
【0112】
また、ラバーヒータ41及びホットプレート43の両者を備える場合であっても、温度調整は両者とも行ってもよいし、いずれか一方のみ行ってもよい。被覆金属材1及び含水材料6の温度分布を均一とする観点からは、両者とも温度調整を行うことが望ましい。
【0113】
≪制御装置≫
制御装置9は、例えば周知のマイクロコンピュータをベースとする装置であり、演算部91と、記憶部92と、制御部93と、を備える。また、制御装置9は、図示はしないが、例えばディスプレイ等からなる表示部、キーボード等からなる入力部等を備えてもよい。記憶部92には、各種データ及び演算処理プログラム等の情報が格納されている。演算部91は、記憶部92に格納された上記情報、入力部を介して入力された情報等に基づいて、各種演算処理を行う。制御部93は、記憶部92に格納されたデータ、演算部91の演算結果等に基づいて、制御対象に制御信号を出力し、各種制御を行う。
【0114】
制御装置9は、上述のごとく、通電手段8、ラバーヒータ41、ホットプレート43、及び温度センサ37と、電気的に接続又はワイヤレス接続されている。
【0115】
上述のごとく、通電手段8の通電情報、温度センサ37により検出された温度情報等は、制御装置9に送られ、記憶部92に格納される。また、制御部93は、通電手段8、ラバーヒータ41及びホットプレート43に制御信号を出力し、通電手段8により外部回路7に印加される電圧値/電流値、ラバーヒータ41及びホットプレート43の温度設定を制御する。なお、制御部93は、温度センサ37により検出された温度情報に基づいて、ラバーヒータ41及びホットプレート43の温度設定を制御するようにしてもよい。これにより、より精度の高い温度制御が可能となる。
【0116】
演算部91は、後述する第1計測ステップS5及び第2計測ステップS10において、それぞれ、傷5の大きさ及び電着塗膜4の膨れの大きさを算出する算出手段として機能する。算出に使用する各種相関関係情報、算出された傷5の大きさ及び電着塗膜4の膨れの大きさの情報は記憶部92に格納される。
【0117】
また、演算部91は、後述する算出ステップS11では、被覆金属材1の腐食の進行度合いを算出する算出手段としても機能する。算出された被覆金属材1の腐食の進行度合いの情報も記憶部92に格納される。
【0118】
≪第1計測装置及び第2計測装置≫
詳細は後述するが、上述の電極12、外部回路7、通電手段8及び制御装置9は、後述する第1計測ステップS5において傷の大きさを計測する第1計測装置(計測装置)、及び、第2計測ステップS10で電着塗膜4の膨れの大きさを計測する第2計測装置(追加の計測装置)を構成する。
【0119】
なお、本実施形態では、第1計測装置及び第2計測装置は、いずれも上述の電極12、外部回路7、通電手段8及び制御装置9により構成されるから、同一の構成を有しているが、互いに異なる構成を有していてもよい。なお、両計測装置の計測値の精度を統一し、腐食の進行度合いの算出精度を向上させるとともに、耐食性試験装置100のコンパクト化に資する観点から、第1計測装置と第2計測装置とは、同一の構成を有していることが望ましい。
【0120】
≪傷の処理装置≫
また、詳細は後述するが、上述の電極12、外部回路7、通電手段8及び制御装置9は、後述する洗浄ステップS4において、傷5の洗浄を行う処理装置を構成する。本実施形態に係る耐食性試験装置100は、当該処理装置を備えるから、傷5の表面における付着物を除去した状態で、耐食性試験を行うことができる。そうして、耐食性試験の信頼性を向上できる。
【0121】
<耐食性試験方法>
本実施形態に係る被覆金属材1の耐食性試験方法は、図4に示すように、準備ステップS1と、回路接続ステップS2(接続ステップ)と、第1配置ステップS3と、洗浄ステップS4と、第1計測ステップS5と、第2配置ステップS6(接続ステップ)と、任意の保持ステップS7と、任意の測温ステップS8と、通電ステップS9と、第2計測ステップS10と、算出ステップS11と、任意の補正ステップS12と、を備える。以下、各ステップについて説明する。なお、補正ステップS12については実施形態3において説明する。
【0122】
≪準備ステップ≫
準備ステップS1では、電着塗膜4及び化成皮膜3を貫通して鋼板2に達する傷5を1箇所備えた被覆金属材1を準備する。
【0123】
一般に、塗膜を備えた被覆金属材では、例えば塩水などの腐食因子が塗膜に浸透し、基材に到達することで腐食が開始する。従って、被覆金属材の腐食過程は、腐食が発生するまでの過程と腐食が進展する過程とに分けられ、それぞれ腐食が開始するまでの期間(腐食抑制期間)と腐食が進展する速度(腐食進展速度)とを求めることにより評価することができる。
【0124】
電着塗膜4及び化成皮膜3を貫通して鋼板2に達する傷5が存在すると、含水材料6を接触させたときに、含水材料6が傷5内に侵入して、傷5において露出する鋼板2に接触する。従って、傷5を加えることにより、被覆金属材1の腐食過程のうち、腐食が発生するまでの過程が終了した状態、すなわち腐食抑制期間終了時の状態を模擬的に作り出すことができる。そうして、耐食性試験において、腐食進展速度に関する情報を効率的に得ることができる。
【0125】
上述のごとく、傷5は、自然傷であってもよいし、人工的に加えられた人工傷であってもよいが、人工傷であることが望ましい。人工的に傷5を形成することにより、傷5の形状、大きさ等をある程度所望の形状、大きさ等にすることができる。そうして、例えば後述する洗浄ステップS4において、水素による押し上げの力が傷5全体に伝わりやすいから、付着物の除去が容易となる。また、第1計測ステップS5での傷5の大きさの計測が容易となる。また、通電ステップS9で発生する電着塗膜4の膨れの進展が容易となる。さらに、第2計測ステップS10での電着塗膜4の膨れの大きさの計測が容易となる。そうして、耐食性試験の定量性及び信頼性を向上できる。
【0126】
傷5は、点状の傷であってよいし、カッター傷のような線状の傷であってもよいが、好ましくは点状の傷である。「点状」とは、平面視において円形、多角形等の形状であり、その最大幅と最小幅との比が2以下の形状であることをいう。傷5が点状であることにより、腐食に伴い電着塗膜4を有効にドーム状に膨れさせることができ、腐食の促進性を向上できる。
【0127】
傷5が人工傷の場合、傷5を付ける道具の種類は特に問わない。点状の傷5を形成する場合には、傷5の大きさや深さにばらつきを生じないように、すなわち、定量的に傷を付ける観点から、例えば、自動傷付けポンチを用いる方法、ビッカース硬さ試験機を用いてその圧子により所定荷重で傷を付ける方法等が好ましい。点状以外の形状、例えば上述の線状の傷5を形成する場合には、カッター等を用いればよい。
【0128】
≪回路接続ステップ≫
次に、回路接続ステップS2において、図1図2に示すように、ホットプレート43状に載置された被覆金属材1の電着塗膜4の上に、含水材料保持部11が傷5を囲むように容器30を配置する。そして、貫通孔38を通じて、配線71の一端側に接続された電極12を、含水材料保持部11に配置する。なお、配線71の他端側は、鋼板に接続されている。そうして、電極12と、鋼板2と、が外部回路7で電気的に接続された状態となる。さらに、温度センサ37及びラバーヒータ41を配置する。
【0129】
なお、含水材料保持部11は傷5と同心に設けることが好ましい。また、電極12は、孔を有する先端12a部分が電着塗膜4の表面と平行になるように、且つ傷5と同心になるように設けることが好ましい。
【0130】
≪第1配置ステップ≫
第1配置ステップS3において、含水材料保持部11の中に、特に次の洗浄ステップS4で使用する含水材料6を所定量入れる。このとき、電極12の少なくとも先端12aが含水材料6に埋没した状態になるようにする。
【0131】
そうして、含水材料保持部11内に収容された含水材料6が電着塗膜4の表面に接触し、且つ傷5内に浸入した状態になる。
【0132】
≪洗浄ステップ≫
傷5自体は鋼板2に達していても、傷5の表面に電着塗膜4や汚れ等の付着物が張り付いていると、後述する通電ステップS9における腐食の促進が抑制されるおそれがある。
【0133】
洗浄ステップS4では、通電手段8によって、外部回路7に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、電極12及び鋼板2間に通電する。通電手段8による電流の方向の切り替えは、制御装置9の制御により行われる。
【0134】
図3の状態Iは、電極12が通電手段8の正極側、鋼板2が通電手段8の負極側に接続された状態を示す。状態Iでは、電極12と含水材料6との界面において、酸化反応が進行するから、電極12はアノードとなる。一方、傷5における鋼板2の露出部5Aでは、鋼板2を介して傷5に電子eが供給される。そうして、鋼板2の表面と含水材料6との界面において、電子eにより水中の溶存酸素等が還元されて水酸基OH等が生成されるカソード反応が進行するから、鋼板2はカソードとなる。なお、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧又はそのような電圧を要する電流を印加する場合には、鋼板2では、水の電気分解も進行し、水素が発生する。
【0135】
これに対し、図3の状態IIは、電極12が通電手段8の負極側、鋼板2が通電手段8の正極側に接続された状態を示す。状態IIでは、電極12と含水材料6との界面において、還元反応が進行するから、電極12はカソードとなる。一方、傷5における鋼板2の露出部5Aでは、鋼板2が溶解するアノード反応が進行するから、鋼板2はアノードとなる。
【0136】
通電手段8により外部回路7に印加する電流の方向を交互に切り替えることは、図3の状態Iと状態IIとを交互に切り替えることである。状態Iと状態IIとを交互に切り替えると、傷5において、アノード反応(状態II)と、カソード反応(状態I)とが交互に進行する。以下、具体的な実験例を示して説明する。
【0137】
図5は、洗浄ステップS4の具体的な実験結果を示している。
【0138】
まず、金属製基材としての鋼板2(SPC)に、化成皮膜3(リン酸亜鉛皮膜、化成処理時間120秒)を介して、エポキシ樹脂系の電着塗膜4(焼付条件150℃×20分、厚さ10μm)が設けられた被覆金属材1を供試材A1〜A4とした。供試材A1〜A4の電着塗膜4が形成された面に対し、ビッカース硬さ試験機を用いて、30kgの荷重により人工的に傷5を形成した。
【0139】
供試材A1は、傷5を形成後、未処理の状態でデジタル顕微鏡写真を撮影したものであり、写真から、電着塗膜4が傷5の表面全体に亘って付着していることが判る。
【0140】
一方、供試材A2〜A4は、供試材A1と同様に傷5を形成した後、含水材料6として5%塩水(常温)を用い、5mAの定電流を印加して、図5に示す処理を行ったものである。
【0141】
供試材A2に対し、状態I(鋼板−、電極+)20秒間及び状態II(鋼板+、電極−)20秒間の繰り返し処理(I→II→I→II→I)を行った。供試材A2では、傷5表面の電着塗膜4が浮き上がっている様子が判る。状態Iでは、傷5においてカソード反応が進行するから、傷5近傍がアルカリ性環境になって電着塗膜4の傷5表面への付着力が低下するとともに、カソード反応及び水の電気分解により発生した水素が電着塗膜4を押し上げる。そして、状態IIでは、傷5においてアノード反応が進行するから、鋼板2の表面が僅かに溶解し、電着塗膜4の傷5表面への付着力がさらに低下する。そうして、状態I及び状態IIを交互に繰り返すことにより、電着塗膜4の傷5表面への付着力の低下と、水素による電着塗膜4の押し上げ効果により、電着塗膜4が効果的に浮き上がったと考えられる。
【0142】
なお、供試材A3は、状態II(鋼板+、電極−)で100秒間、供試材A4は、状態I(鋼板−、電極+)で100秒間処理したものである。供試材A3、A4では、傷5表面の電着塗膜4が張り付いたままになっていることが判る。このように、状態I及び状態IIのいずれか一方の処理のみでは、傷5表面の電着塗膜4を押し上げることができない。状態Iの処理のみでは、電着塗膜4の傷5表面への付着力が大きく、電着塗膜4の破れた箇所等から水素が抜けていってしまい、電着塗膜4の浮き上がりに寄与しないと考えられる。また、状態IIのみでは、鋼板2の溶解が進むものの、水素が発生しないため、電着塗膜4を押し上げる力が不足すると考えられる。
【0143】
図5の結果から判るように、外部回路7に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、電極12及び鋼板2間に通電することにより、傷5の表面に付着した付着物を簡単且つ確実に短時間で除去できる。そして、耐食性試験等の信頼性の向上に寄与できる。
【0144】
なお、洗浄ステップS4における処理の安定性を確保する観点から、電極12及び鋼板2間に定電流を印加することが望ましい。
【0145】
また、電極12及び鋼板2間に、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の電圧を要する電流を印加することが望ましい。また、含水材料6の温度が25℃であれば、水の電気分解により水素が発生する理論電圧である1.23V以上の電圧を要する電流を印加することが望ましい。このような電流を印加することにより、状態Iで、水の電気分解を進行させ、水素の十分な発生量を確保できるから、水素による付着物の十分な押し上げ効果が得られ、付着物の除去性を向上できる。
【0146】
電流値は、具体的には、1mA超20mA未満であることが望ましい。電流値が1mA以下であると、付着物の除去に長時間を要し、被覆金属材1の腐食が進行してしまうおそれがある。電流値が20mA以上では、電圧としては25V以上印加することに相当し、特に膜質が劣るような電着塗膜4では、傷5以外の部分における電着塗膜4内への含水材料6の浸透が促進され、電着塗膜4の絶縁が破壊されるおそれがある。
【0147】
洗浄ステップS4において使用する含水材料6は、支持電解質を含む水溶液であることが望ましい。言い換えると、洗浄ステップS4において使用する含水材料6は、上述の粘土鉱物等の固形分を含まないことが望ましい。洗浄ステップS4において、含水材料6として例えば固形分を多く含む材料や粘性の高い材料を使用すると、含水材料6の重みや粘性により、傷5の表面における付着物の除去性が低下し得る。固形分を含まず比較的粘性の低い水溶液を使用することにより、付着物の除去性を向上できる。
【0148】
洗浄ステップS4において、電流の方向の切り替えは、2回以上行うことが望ましい。電流の方向の切り替えは、状態I及び状態IIの一方から他方への切り替えを1回として数える。すなわち、電流の方向の切り替えを2回行うとは、状態I→状態II→状態I、又は、状態II→状態I→状態IIとすることと同義である。言い換えると、鋼板2は、電流の方向の2回の切り替えにより、カソード→アノード→カソード、又は、アノード→カソード→アノードとなる。これにより、傷5において露出する鋼板2では、アノード反応及びカソード反応の少なくとも一方が2回以上進行するから、傷5の表面における付着物の除去性が向上する。なお、最初は状態Iから始めることが望ましい。最初に水素を少し発生させた後、鋼板2の溶解を僅かに進行させた方が、付着物の傷5表面への付着力をより低下させることができる。
【0149】
切り替えと次の切り替えとの間の各状態における通電時間は、好ましくは1秒以上60秒以下、より好ましくは3秒以上45秒以下、特に好ましくは5秒以上30秒以下である。また、洗浄ステップS4における全体の通電時間は、好ましくは2秒以上200秒以下、より好ましくは6秒以上150秒以下、特に好ましくは10秒以上120秒以下である。各状態における通電時間及び/又は全体の通電時間が下限値未満では、傷5の洗浄が不十分となるおそれがあり、上限値を超えると、通電時間が流すぎ、被覆金属材1の腐食が進行してしまうおそれがある。
【0150】
傷5が人工傷である場合、傷5表面に電着塗膜4が残留しやすい。人工傷の場合にも、洗浄ステップS4を設けることにより、効果的に傷5表面の付着物を除去できる。
【0151】
≪第1計測ステップ≫
通電ステップS9前の傷5の大きさを精度よく計測する必要があるが、傷5の部分の画像等を用いて、傷5の大きさを目視により計測すると、試験の工程数が増えるとともに、誤差が大きくなるおそれがある。
【0152】
第1計測ステップS5は、通電ステップS9前に、電気化学的手法を用いて、傷5の大きさを計測するステップである。具体的には、傷5の大きさとして、上述の傷5の面積、径等を計測する。なお、傷5の大きさは、計測の容易性の観点から、好ましくは、傷5の面積である。
【0153】
第1計測ステップS5における傷5の大きさの計測方法は、具体的には、以下の通りである。すなわち、図3の状態IIに示すように、通電手段8により、電極12及び鋼板2をそれぞれカソード及びアノードとして、両者間に定電圧を印加する。そうして、通電手段8により両者間に流れる電流値を検出する。当該電流値は、制御装置9において、計測された値として記憶部92に格納される。記憶部92には、予め試験的に求めておいた電流値と傷5の大きさとの相関関係も格納されている。演算部91は、計測した電流値と、上記相関関係と、に基づいて、傷5の大きさを算出する。
【0154】
本構成によれば、電気化学的な手法により、傷5の大きさを計測できるから、試験の工程を簡素化できるとともに、計測誤差を低減できる。
【0155】
以下、図6図8に示す具体的な実験結果を参照しながら説明する。
【0156】
本願発明者らは、図3の状態IIで、通電手段8により、電極12及び鋼板2をそれぞれカソード及びアノードとして両者間に定電圧を印加したときに、両者間に流れる電流値が、傷5の大きさに対して、線形的に増加することを見出した。
【0157】
まず、金属製基材としての鋼板2(SPC)に、化成皮膜3(リン酸亜鉛皮膜、化成処理時間120秒)を介して、エポキシ樹脂系の電着塗膜4(焼付条件150℃×20分、厚さ10μm)を設けてなる被覆金属材1を供試材Bとした。供試材Bの電着塗膜4が形成された面に対し、ビッカース硬さ試験機を用いて、種々の荷重により人工的に傷5を形成した。
【0158】
供試材Bにおける傷5を形成した部分について、デジタル顕微鏡により写真を撮影し、写真から、傷5の大きさとしての傷5の面積を算出した。
【0159】
また、供試材Bにおける種々の大きさの傷5が形成された部分に、5質量%塩水を付着させ、図3の状態IIで、0.5Vの定電圧を5分間印加し、電流値を計測した。
【0160】
図6は、傷5の面積が0.62mmの供試材Bについて、電流値の時間変化を示したグラフである。図6に示すように、電圧の印加を開始(0秒)してから、120秒程度までは、電流値の変動が大きいことが判る。これは、電圧印加から2分程度は、電極12と含水材料6との界面、鋼板2と含水材料6との界面等における化学反応の速度等が安定していないためと考えられる。電圧印加開始から2分程度経過すると、電流値は安定し始める。これは、各界面における化学反応の速度が安定し始めたためと考えられる。本実験では、電圧印加から2分経過後5分までの間における電流値の最低値を、当該供試材Bにおける検出された電流値とした。他の供試材Bの傷5についても同様にして検出された電流値を得た。なお、検出された電流値は、所定期間における最低値に限らず、平均値等を採用してもよい。
【0161】
図7は、上述のごとく得られた、検出された電流値を、傷5の面積に対してプロットしたグラフである。なお、図6の供試材Bのデータを一点鎖線の円で示している。図7に示すように、傷の面積と検出された電流値との間には、線形性の相関関係があることが判る。図7に示す相関関係は、記憶部92に格納された、予め試験的に求めておいた電流値と傷5の大きさとの相関関係の一例である。
【0162】
一方、図8は、電流値の代わりに検出した抵抗値を、傷5の面積に対してプロットしたグラフである。傷の面積と抵抗値との間にも、相関関係は確認できるが、非線形性の相関関係となる。具体的には、傷5の面積が小さい領域では、抵抗値の変化が大きくなり、傷の面積が大きい領域では、抵抗値の変化が小さくなる。そうすると、電流値の代わりに抵抗値を用いた場合には、回帰式のフィッティングにおける誤差や、算出時の誤差が大きくなるおそれがある。
【0163】
図7図8の違いについては、例えば以下のように考察できる。
【0164】
図3の状態IIにおける系全体では、上述のごとく、電極12と含水材料6との界面、鋼板2と含水材料6との界面等、複数の界面が存在する。そうすると、系全体の抵抗値は、いわゆるオームの法則に従わず、定数にはならない。従って、定電圧又は定電流の条件下で、十分な時間の経過により各界面における化学反応の速度等が安定した定常状態において、電流値、電圧値、又は、抵抗値を検出し、傷5の大きさの計測に使用することが考えられる。
【0165】
例えば、各界面における化学反応の速度等が安定した定常状態において、系全体を1つの抵抗とみなし、電流値、電圧値、抵抗値、抵抗率、抵抗の長さ及び抵抗の断面積の各数値の間にオームの法則の以下の式(1)及び式(2)が成り立つと仮定する。なお、式(1)及び式(2)において、系全体を1つの抵抗とみなしたときの抵抗値をR、電流値をI、電圧値をV、系全体の抵抗率をρ(定数とする)、系全体の長さをL(定数とする)、系全体の断面積をSとしている。
【0166】
V=I×R ・・・(1)
R=ρ×L/S ・・・(2)
式(1)及び式(2)より、式(3)、式(4)が得られる。
【0167】
I=[V/(ρ×L)]×S ・・・(3)
V=I×ρ×L/S ・・・(4)
式(2)から、定電圧及び定電流のいずれの条件下においても、抵抗値Rは断面積Sに反比例する。
【0168】
式(3)から、定電圧条件下において、電流値Iは断面積Sに比例する。
【0169】
式(4)から、定電流条件下において、電圧値Vは断面積Sに反比例する。
【0170】
系全体の断面積Sは、含水材料6の成分、濃度等の他の条件が同一であれば、傷5の面積と線形性の相関関係があると考えられる。そうすると、上記抵抗値R、定電圧条件下における電流値I及び定電流条件下における電圧値Vと、傷5の面積との相関関係も、それぞれ上記式(2)、式(3)及び式(4)に準じる関係になると予測できる。すなわち、上記抵抗値R及び定電流条件下における電圧値Vと傷5の面積とは非線形性の相関関係を示す一方、定電圧条件下における電流値Iと傷5の面積とは線形性の相関関係を示すと考えられる。従って、計測精度の向上の観点から、定電圧条件下において検出された電流値に基づいて、傷5の面積を計測することが望ましい。
【0171】
なお、傷5の大きさとして傷5の径を計測する場合には、図7のような、予め試験的に求めておいた電流値と傷5の径との相関関係を記憶部92に格納しておき、傷5の径の算出に使用すればよい。
【0172】
第1計測ステップS5では、定電圧として、水の電気分解により水素が発生する理論電圧未満の電圧を印加することが望ましい。また、含水材料6の温度が25℃であれば、水の電気分解により水素が発生する理論電圧(25℃)である1.23V未満の電圧を印加することが望ましい。
【0173】
上述のごとく、水の電気分解により水素が発生する理論電圧以上の定電圧を印加すると、電極12ではカソード反応とともに水の電気分解が進行する。水の電気分解が進行すると、水素発生によりエネルギーのロスが生じる。また、電極12の大きさや形状等に起因して電極12に水素の気泡が付着すること等により、電流値の安定性が低下するおそれがある。水の電気分解により水素が発生する理論電圧未満の定電圧を印加することにより、水素の発生を抑えることができ、傷5の大きさの計測精度を向上できる。
【0174】
なお、定電圧の下限値については、好ましくは0.05V以上、より好ましくは0.1V以上とすることができる。定電圧が下限値未満となると、電流値が小さすぎ、計測誤差が大きくなるおそれがある。
【0175】
また、第1計測ステップS4では、図3の状態II(鋼板+、電極−)で電圧を印加することが望ましい。図3の状態I(鋼板−、電極+)で電圧を印加すると、電流は流れるものの、傷5においてカソード反応が進行するから、通電ステップS9前に被覆金属材1の腐食が進行し、耐食性試験の信頼性が低下するおそれがある。特に、図3の状態I(鋼板−、電極+)で、水の電気分解が起こる理論電圧を超えた電圧を印加すると、傷5において、水の電気分解も進行して水素が発生するから、腐食の進行が進みやすく、望ましくない。
【0176】
傷5の大きさとしての傷5の面積は、好ましくは0.01mm以上25mm以下、より好ましくは0.02mm以上10mm以下、特に好ましくは0.05mm以上1mm以下である。また、傷5の大きさとしての傷5の径は、好ましくは0.1mm以上7mm以下、より好ましくは0.2mm以上5mm以下、特に好ましくは0.3mm以上1.5mm以下である。
【0177】
傷5の大きさが下限値未満では、電流値が小さくなりすぎ、電流値と傷5の大きさとの十分な相関関係が得られないおそれがある。また、傷5の大きさが小さいほど、通電ステップS9における腐食の加速性は上昇するが、傷5の大きさが下限値未満となると、通電ステップS9における通電性が低下してカソード反応が進み難くなる。傷5の大きさが上限値を超えると、傷5が大きすぎ、通電ステップS9におけるカソード反応が不安定になるとともに、電着塗膜4の膨れの進行が遅くなる。そうして、耐食性試験の信頼性が低下するおそれがある。傷5の大きさを上記範囲とすることにより、傷5の大きさを精度よく容易に算出できるとともに、短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。また、通電ステップS9におけるカソード反応及び電着塗膜4の膨れの進行が促進される。
【0178】
予め試験的に求めておいた電流値と傷5の大きさとの相関関係としては、図7のように、実験的手法により得られた相関関係を使用してもよいし、シミュレーション等の解析的手法により算出した相関関係を使用してもよい。
【0179】
第1計測ステップS5において使用する含水材料6としては、上述の含水材料6であればいずれの材料も使用でき、例えば洗浄ステップS4において使用した含水材料6をそのまま使用できる。通電ステップS9で、異なる含水材料6を使用する場合は、次の第2配置ステップS6で、含水材料6を交換する。
【0180】
≪第2配置ステップ≫
通電ステップS9では、電着塗膜4への含水材料6の浸透を促進させる観点から、水、支持電解質に加え、さらに粘土鉱物及び/又は添加物を含む含水材料6を使用することが望ましい。従って、第2配置ステップS6において、含水材料6を、通電ステップS9において使用する含水材料6に交換する。
【0181】
具体的には例えば、図1図2に示す貫通孔38から含水材料6を吸引除去し、新たな含水材料6を含水材料保持部11に注入する。
【0182】
≪保持ステップ≫
次の通電ステップS9前に、含水材料6を電着塗膜4の表面上に配置した状態で、所定時間保持する保持ステップS7を設けてもよい。所定時間、すなわち保持時間は、好ましくは1分以上1日以下、より好ましくは10分以上120分以下、特に好ましくは15分以上60分以下である。
【0183】
含水材料6を電着塗膜4の表面上に配置した状態で保持することにより、予め電着塗膜4への含水材料6の浸透を促すことができる。すなわち、特に図3中ドット模様で示すように、電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透を予め促すことができる。このことは、測定部分4A全体に亘って、いわば腐食抑制期間が終了した状態を、実際の腐食過程により近い形で、模擬的に再現していることになる。そうして、次の通電ステップS9における被覆金属材1の腐食をよりスムーズに進行させて、腐食が進展する過程を表す腐食進展速度を評価するための電着塗膜4の膨れの進展を促すことができる。これにより、試験時間の短縮化をはかるとともに、耐食性試験の信頼性を向上させることができる。
【0184】
なお、保持ステップS7及び通電ステップS9では、被覆金属材1及び/又は含水材料6は加温・温度調整されていることが望ましい。被覆金属材1及び/又は含水材料6の温度、好ましくは次の測温ステップS8において温度センサ37により検出される温度は、好ましくは30℃以上100℃以下、より好ましくは50℃以上100℃以下、特に好ましくは50℃以上80℃以下である。これにより、電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透を促進させることができる。そうして、所定の温度条件における信頼性の高い耐食性試験が可能となる。具体的には例えば、制御装置9により、ラバーヒータ41及び/又はホットプレート43の温度が上述の温度に制御されることにより、被覆金属材1及び/又は含水材料6の温度調整が行われる。
【0185】
≪測温ステップ≫
通電ステップS9前に、測温ステップS8を設けて、含水材料6の温度を計測することが望ましい。これにより、所望の温度設定における耐食性試験を行うことができ、耐食性試験の信頼性が向上する。
【0186】
具体的には例えば、通電ステップS9の直前に、温度センサ37により温度情報を検出し、記憶部92に格納しておく。
【0187】
≪通電ステップ≫
通電ステップS9は、通電手段8により、図3の状態Iに示すように、電極12及び鋼板2をそれぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、傷5の周りで、鋼板2の腐食を進行させるステップである。
【0188】
電極12をアノード、鋼板2をカソードとして通電した場合、傷5における鋼板2の露出部5Aにおいて、カソード反応が進行する。そして、通電条件によっては、水の電気分解も進行し、水素が発生する。
【0189】
カソード反応が進行すると、OHの生成により傷5の周りがアルカリ性環境になる。これにより、鋼板2表面の下地処理(化成処理)がダメージを受けて電着塗膜4の密着性が低下し、傷5の周りで電着塗膜4の膨れが発生する。また、水の電気分解やHの還元により発生した水素が電着塗膜4の膨れを促進する。
【0190】
図9は、通電ステップS9において被覆金属材1の腐食が進展する様子を示す写真である。
【0191】
まず、金属製基材としての鋼板2(SPC)に、化成皮膜3(リン酸亜鉛皮膜、化成処理時間120秒)を介して、エポキシ樹脂系の電着塗膜4(焼付条件150℃×20分、厚さ10μm)を設けてなる被覆金属材1を供試材Cとした。供試材Cの電着塗膜4が形成された面に対し、ビッカース硬さ試験機を用いて、30kgの荷重により人工的に傷5を形成した。
【0192】
供試材Cに対し、含水材料6として5質量%塩水を用い、図3の状態Iで、1mAの定電流を60分間印加した。図9に示すように、通電開始から、傷5において水素が発生し始め、時間の経過とともに、傷5を中心として電着塗膜4の膨れが進展していることが判る。
【0193】
このような傷5の周りにおけるカソード反応の進行及び電着塗膜4の膨れの進展は、被覆金属材1の実際の腐食を加速再現するものである。すなわち、傷5の周りで発生する電着塗膜4の膨れの進展は、被覆金属材1の腐食の進行を模擬的に再現したものとなる。従って、上記通電開始から所定時間を経過した時点での電着塗膜4の膨れの大きさを評価することによって、被覆金属材1の腐食の進行度合いを評価できる。特に、電着塗膜4の膨れの大きさの増加速度は、上述の金属の腐食過程のうちの腐食進展速度に相当する。従って、被覆金属材1の腐食の進行度合いとして、電着塗膜4の膨れの大きさの増加速度を得ることにより、被覆金属材1の腐食進展速度に関する耐食性を精度よく評価できる。
【0194】
なお、通電ステップS9では、含水材料6に電圧が加わることにより、それぞれ含水材料6中の陰イオン(Cl等)及び陽イオン(Na等)が電着塗膜4を通って鋼板2に向かって移動する。そして、この陰イオン及び陽イオンに引きずられて水が電着塗膜4に浸透していく。
【0195】
また、電極12が傷5を囲むように配置されているから、傷5周りの電着塗膜4に電圧が安定して印加され、通電時における該電着塗膜4へのイオンの移動及び水の浸透が効率良く行なわれる。
【0196】
こうして、通電により、傷5周りの電着塗膜4へのイオン及び水の浸透が促進されるから、電気の流れが速やかに安定した状態になる。よって、傷5における電着塗膜4の膨れの進展が安定したものになる。
【0197】
このように、本実施形態では、傷5におけるカソード反応の進行及び電着塗膜4の膨れの進展を安定的に促進できるから、被覆金属材1の耐食性試験を極めて短時間で精度よく行うことができる。
【0198】
図10は、具体的な耐食性試験の一例を示す図表である。
【0199】
供試材D1〜D4として、金属製基材としての鋼板2(SPC)に、化成皮膜3(リン酸亜鉛皮膜)を介して、エポキシ樹脂系の電着塗膜4(厚さ10μm)を設けてなる被覆金属材1を準備した。なお、図10に示すように、供試材D1〜D4は、電着塗膜4の焼付条件及び化成皮膜の化成処理時間の違いにより、電着塗膜4及び化成皮膜3の膜質が異なっている。電着塗膜4に関する判定は、電着塗膜4の硬化度が高いものを「優」、低いものを「劣」としている。化成皮膜3に関する判定は、化成処理後の鋼板2の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、得られたSEM画像(1500倍)において、目視で透けがない場合を「優」、透けがある場合を「劣」としている。
【0200】
供試材D1〜D4の電着塗膜4が形成された面に対し、ビッカース硬さ試験機を用いて、30kgの荷重により人工的に傷5を形成した。
【0201】
そして、本実施形態に係る耐食性試験方法による実験例として、供試材D1〜D4に対し、含水材料6の温度が65℃の環境で、図3の状態Iで、1mAの定電流を30分印加した。なお、含水材料6としては、模擬泥(組成:水1.2L、カオリナイト1kg、硫酸ナトリウム50g、塩化ナトリウム50g、塩化カルシウム50g)を用いた。
【0202】
その後、模擬泥を除去し、供試材D1〜D4の表面を洗浄後、粘着テープで電着塗膜4の膨れ部を除去した後、剥離径を計測した。図10には、剥離後の供試材D1〜D4の表面のデジタル顕微鏡写真が示されている。なお、各供試材の耐食性について、剥離径が3mm以下を「優」、3mm超8mm以下を「良」、8mm超を「劣」と判定した。
【0203】
また、参考例として、供試材D1〜D4を、温度50℃、湿度98%の条件で10日間静置する実腐食試験を行った。そして、電着塗膜4の膨れ径を計測した。各供試材の耐食性として、膨れ径が2mm以下を「優」、2mm超6mm以下を「良」、6mm超を「劣」と判定した。
【0204】
電着塗膜4及び化成皮膜3ともに膜質の優れる供試材D1では、実験例及び参考例の双方において、それぞれ剥離径及び膨れ径が小さく、判定は「優」であった。
【0205】
電着塗膜4及び化成皮膜3のいずれか一方が膜質の劣る供試材D2、D3では、実験例及び参考例の双方において、判定は「良」であった。
【0206】
電着塗膜4及び化成皮膜3ともに膜質の劣る供試材D4では、実験例及び参考例の双方において、それぞれ剥離径及び膨れ径が大きく、判定は「劣」であった。
【0207】
このように、図10に示す結果から、実験例と参考例との間には十分な相関関係があり、本実施形態に係る耐食性試験方法は、実腐食試験に代わる、より短時間で信頼性の高い耐食性試験として利用できることが判る。
【0208】
なお、通電ステップS9では、電極12及び鋼板2間に定電流又は定電圧、好ましくは定電流を印加することが望ましい。
【0209】
定電流制御の場合、電流値が通電初期において多少ばらつくものの、概ね設定値に制御され得る。通電を定電流制御とすることにより、腐食の加速に直接関与する電流値が安定するから、腐食の加速再現性が良くなる。そうして、耐食性試験の信頼性を向上できる。
【0210】
これに対して、定電圧制御の場合、電着塗膜4への含水材料6の浸透度合い、化成皮膜の劣化や発錆に伴う抵抗値の変動等の影響により電流値が大きく変動し、腐食の加速再現性の面で不利になるおそれがある。なお、保持ステップS7を設けると、通電ステップS9前に電着塗膜4への含水材料6の浸透を促進できるから、定電圧制御であっても電流値の変動は抑制され得る。また、定電圧制御における電流プロット(電流波形)から、腐食が進展する過程における腐食の進行状態ないしは腐食の程度を捉えるようにしてもよい。
【0211】
通電ステップS9における電流値は、好ましくは10μA以上10mA以下、より好ましくは100μA以上5mA以下、特に好ましくは500μA以上2mA以下である。電流値が10μA未満では、腐食の加速再現性が低下して試験に長時間を要するようになる。一方、電流値が10mAを超えると、腐食反応速度が不安定になり、実際の腐食の進行との相関性が悪くなる。電流値を上記範囲とすることにより、試験時間の短縮化と試験の信頼性の向上とを両立させることができる。
【0212】
通電ステップS9における通電時間は、塗膜膨れの十分な広がりを得つつ試験時間を短縮化させる観点から、例えば、0.05時間以上24時間以下、好ましくは0.1時間以上10時間以下、より好ましくは0.1時間以上5時間以下とすることができる。なお、保持ステップS7を設ける場合には、好ましくは0.1時間以上1時間以下とすることができる。
【0213】
≪第2計測ステップ≫
通電ステップS9後の電着塗膜4の膨れの大きさを精度よく計測する必要があるが、膨れ部の画像等を用いて、膨れの大きさを目視により計測すると、工程数が増えるとともに誤差が大きくなるおそれがある。
【0214】
第2計測ステップS10は、通電ステップS9後に、電気化学的手法を用いて、傷5の周りで発生した電着塗膜4の膨れの大きさを計測するステップである。電着塗膜4の膨れの大きさとしては、上述の膨れ径若しくは膨れ面積、又は、剥離径若しくは剥離面積を計測する。なお、第1計測ステップS5で傷5の大きさとして傷5の径を計測した場合は、膨れ径又は剥離径を、傷5の面積を計測した場合は、膨れ面積又は剥離面積を計測する。
【0215】
第2計測ステップS10における電着塗膜4の膨れの大きさの計測は、第1計測ステップS5と同一の方法で行われることが望ましい。両ステップで得られた計測値の精度を統一でき、腐食の進行度合いの算出精度が向上するからである。
【0216】
第2計測ステップS10における電着塗膜4の膨れの大きさの計測方法は、具体的には、以下の通りである。すなわち、図3の状態IIに示すように、通電手段8により、電極12及び鋼板2をそれぞれカソード及びアノードとして、両者間に定電圧を印加する。そうして、通電手段8により両者間に流れる電流値を検出する。当該電流値は、制御装置9において、検出された値として記憶部92に格納される。記憶部92には、予め試験的に求めておいた電流値と電着塗膜4の膨れの大きさとの相関関係も格納されている。演算部91は、検出した電流値と、上記相関関係と、に基づいて、電着塗膜4の膨れの大きさを算出する。
【0217】
本構成によれば、電気化学的な手法により、電着塗膜4の膨れの大きさを計測できるから、試験の工程を簡素化できるとともに、計測誤差を低減できる。
【0218】
以下、図11図13に示す具体的な実験結果を参照しながら説明する。
【0219】
本願発明者らは、図3の状態IIで、通電手段8により、電極12及び鋼板2をそれぞれカソード及びアノードとして両者間に定電圧を印加したときに、両者間に流れる電流値が、電着塗膜4の膨れの大きさに対して、線形的に増加することを見出した。
【0220】
まず、供試材Eとして供試材Bと同一仕様の被覆金属材1を準備した。供試材Eの電着塗膜4が形成された面に対し、ビッカース硬さ試験機を用いて、種々の荷重により人工的に傷5を形成した。
【0221】
供試材Eに対し、傷5の部分に、含水材料6として模擬泥(組成:水1.2L、カオリナイト1kg、硫酸ナトリウム50g、塩化ナトリウム50g、塩化カルシウム50g)を配置した。そして、通電ステップS9として、含水材料6の温度が65℃の環境で、図3の状態I(鋼板−、電極+)で、1mAの定電流を30分印加した。
【0222】
その後、模擬泥を配置したまま、図3の状態II(鋼板+、電極−)で、0.5Vの定電圧を5分間印加し、電流値を計測した。
【0223】
次に、模擬泥を除去し、供試材Eの表面を洗浄後、電着塗膜4の膨れ部を除去した。そして、剥離部についてデジタル顕微鏡により写真を撮影し、写真から、電着塗膜4の膨れの大きさとして剥離面積を算出した。
【0224】
図11は、写真から算出した剥離面積が3.1mmの供試材Eについて、図3の状態II(鋼板+、電極−)で定電圧を印加したときの電流値の時間変化を示したグラフである。図11に示すように、電圧の印加を開始(0秒)してから、120秒程度までは、電流値の変動が大きいことが判る。そして、電圧印加開始から2分程度経過すると、電流値は安定し始める。これは、第1計測ステップS5と同様に、各界面における化学反応の速度の安定性に起因するものと考えられる。本実験では、電圧印加から2分経過後5分までの間における電流値の最低値を、当該供試材Eにおける膨れ部の検出された電流値とした。他の供試材Eの膨れ部についても同様にして検出された電流値を得た。なお、検出された電流値は、所定期間における最低値に限らず、平均値等を採用してもよい。
【0225】
図12は、上述のごとく得られた、計測された電流値を、剥離面積に対してプロットしたグラフである。なお、図11の供試材Eのデータを一点鎖線の円で示している。図12に示すように、剥離面積と計測された電流値との間には、図7と同様に、線形性の相関関係があることが判る。図12に示す相関関係は、記憶部92に格納された、予め試験的に求めておいた電流値と電着塗膜4の膨れの大きさとの相関関係の一例である。
【0226】
一方、図13は、電流値の代わりに検出した抵抗値を、剥離面積に対してプロットしたグラフである。剥離面積と抵抗値との間にも、相関関係は確認できるが、図8と同様に、非線形性の相関関係となる。具体的には、剥離面積が小さい領域では、抵抗値の変化が大きくなり、剥離面積が大きい領域では、抵抗値の変化が小さくなる。電流値の代わりに抵抗値を用いた場合には、回帰式のフィッティングにおける誤差や、算出時の誤差が大きくなるおそれがある。
【0227】
図12図13の違いについては、第1計測ステップS5における図7図8の違いと同様に考察できる。
【0228】
図3の状態IIにおける系全体は、上述のごとく、複数の界面が存在するから、系全体の抵抗値は、いわゆるオームの法則に従わず、定数にはならない。従って、定電圧又は定電流の条件下で、十分な時間の経過により各界面における化学反応の速度等が安定した定常状態において、電流値、電圧値、又は、抵抗値を検出し、電着塗膜4の膨れの大きさの計測に使用することが考えられる。
【0229】
各界面における化学反応の速度等が安定した定常状態では、上述のごとく、上記式(1)〜式(4)が成り立つと仮定できる。
【0230】
すなわち、式(2)から、定電圧及び定電流のいずれの条件下においても、抵抗値Rは断面積Sに反比例する。
【0231】
式(3)から、定電圧条件下において、電流値Iは断面積Sに比例する。
【0232】
式(4)から、定電流条件下において、電圧値Vは断面積Sに反比例する。
【0233】
電着塗膜4の膨れが発生すると、膨れ部では、電着塗膜4と鋼板2との間に空隙が生じている。その空隙は、含水材料6又はその成分で満たされていると考えることができる。そうすると、膨れ部における鋼板2の露出面(すなわち、剥離部に相当)と含水材料6又はその成分とが接触する部分において、アノード反応が進行する。
【0234】
系全体の断面積Sは、含水材料6の成分、濃度等の他の条件が同一であれば、膨れ部における鋼板2の露出面の面積、すなわち膨れ面積及び剥離面積と線形性の相関関係があると考えられる。そうすると、上記抵抗値R、定電圧条件下における電流値I及び定電流条件下における電圧値Vと、膨れ面積及び剥離面積との相関関係も、それぞれ上記式(2)、式(3)及び式(4)に準じる関係になると予測できる。すなわち、上記抵抗値R及び定電流条件下における電圧値Vと膨れ面積及び剥離面積とは非線形性の相関関係を示す一方、定電圧条件下における電流値Iと膨れ面積及び剥離面積とは線形性の相関関係を示すと考えられる。従って、計測精度の向上の観点から、定電圧条件下において検出された電流値に基づいて、電着塗膜4の膨れ面積又は剥離面積を計測することが望ましい。
【0235】
なお、電着塗膜4の膨れの大きさとして膨れ径又は剥離径を計測する場合には、図12のような、予め試験的に求めておいた電流値と電着塗膜4の膨れ径又は剥離径との相関関係を記憶部92に格納しておき、膨れ径又は剥離径の算出に使用すればよい。
【0236】
第2計測ステップS10では、第1計測ステップS5と同様に、定電圧として、水の電気分解により水素が発生する理論電圧未満の電圧を印加することが望ましい。また、含水材料6の温度が25℃であれば、水の電気分解により水素が発生する理論電圧(25℃)である1.23V未満の電圧を印加することが望ましい。これにより、第1計測ステップS5と同様に、水素の発生を抑えることができ、電着塗膜4の膨れの大きさの計測精度を向上できる。
【0237】
なお、定電圧の下限値については、第1計測ステップS5と同様に、好ましくは0.05V以上、より好ましくは0.1V以上とすることができる。定電圧が下限値未満となると、電流値が小さすぎ、計測誤差が大きくなるおそれがある。
【0238】
また、第2計測ステップS10では、第1計測ステップS5と同様の理由により、図3の状態II(鋼板+、電極−)で電圧を印加することが望ましい。図3の状態I(鋼板−、電極+)で電圧を印加すると、電流は流れるものの、傷5においてカソード反応が進行するから、被覆金属材1の腐食がさらに進行し、耐食性試験の信頼性が低下するおそれがある。特に、図3の状態I(鋼板−、電極+)で、水の電気分解が起こる理論電圧を超えた電圧を印加すると、傷5において、水の電気分解も進行して水素が発生するから、腐食の進行が進みやすく、望ましくない。
【0239】
電着塗膜4の膨れの大きさとしての膨れ面積及び剥離面積は、好ましくは0.1mm以上200mm以下、より好ましくは0.2mm以上150mm以下、特に好ましくは0.5mm以上120mm以下である。また、電着塗膜4の膨れの大きさとしての膨れ径及び剥離径は、好ましくは0.4mm以上20mm以下、より好ましくは0.6mm以上17mm以下、特に好ましくは1mm以上15mm以下である。
【0240】
電着塗膜4の膨れの大きさが下限値未満では、腐食の進展が不十分となり、耐食性試験の信頼性が低下するおそれがある。電着塗膜4の膨れの大きさが上限値を超えると、上記電流値が大きくなりすぎ、上記電流値との十分な相関関係が得られないおそれがある。また、電着塗膜4の膨れが大きすぎると、そのような膨れを発生させるために、特に膜質の優れた被覆金属材1では、通電ステップS9における通電時間が長くなるおそれもある。電着塗膜4の膨れの大きさを上記範囲とすることにより、電着塗膜4の膨れの大きさを精度よく容易に算出できるとともに、短時間で信頼性の高い耐食性試験が可能となる。
【0241】
予め試験的に求めておいた電流値と電着塗膜4の膨れの大きさとの相関関係としては、図12のように、実験的手法により得られた相関関係を使用してもよいし、シミュレーション等の解析的手法により算出した相関関係を使用してもよい。
【0242】
第2計測ステップS10において使用する含水材料6としては、上記の材料であれば限定されないが、耐食性試験の工程を簡素化する観点から、通電ステップS9において使用した含水材料6をそのまま使用することが望ましい。言い換えると、通電ステップS9終了後、図3の状態Iから状態IIに変更して、そのまま第2計測ステップS10を行うことが望ましい。
【0243】
なお、電着塗膜4の膨れ部における電着塗膜4と鋼板2との間の空隙には、通電時の化学反応により水素がたまっている場合がある。そのような場合、第2計測ステップS10における電流値が小さくなり、計測誤差の増加の原因となり得るから、第2計測ステップS10前に、膨れ部の電着塗膜4に孔を開け、水素を抜くようにしてもよい。
【0244】
また、水素の含有状況に拘わらず、通電ステップS9後、含水材料6を除去し、被覆金属材1を洗浄後、膨れ部の電着塗膜4を剥離してから、新たな含水材料6を配置し、第2計測ステップS10を行ってもよい。
【0245】
≪算出ステップ≫
算出ステップS11では、被覆金属材1の腐食の進行度合いを算出する。
【0246】
上述のごとく、通電ステップS9における通電開始から所定時間を経過した時点で電着塗膜4の膨れがどこまで進展したかをみることによって、被覆金属材1の腐食の進行度合いを得ることができる。
【0247】
腐食の進行度合いを示す指標としては、第1計測ステップS5で計測した傷5の大きさと第2計測ステップS10で計測した電着塗膜4の膨れの大きさとの差や、電着塗膜4の膨れの進展速度等が挙げられるが、好ましくは、電着塗膜4の膨れの進展速度である。電着塗膜4の膨れの進展速度は、上述の腐食進展速度に相当するからである。
【0248】
腐食の進行度合いとして、電着塗膜4の膨れの進展速度を算出する場合は、例えば以下の手順で行う。すなわち、第1計測ステップS5で計測した傷5の面積又は径と、第2計測ステップS10で計測した膨れ面積若しくは剥離面積又は膨れ径若しくは剥離径と、に基づいて、通電中に電着塗膜4の膨れが進展した領域の面積又は距離等を算出する。この進展した領域の面積又は距離と、通電ステップS9における通電時間と、に基づいて、電着塗膜4の膨れが進展する速度を算出する。
【0249】
算出ステップS11で算出された腐食の進展度合いは、例えば、実腐食試験と関連付けて被覆金属材1の耐食性の評価に用いることができる。具体的には例えば、当該耐食性試験により得られた腐食の進展度合いと、実腐食試験で得られた腐食進展速度との関係を予め求めておき、当該耐食性試験結果に基づいて、それが実腐食試験においてどの程度の耐食性に相当するかをみることができる。
【0250】
(実施形態2)
以下、本開示に係る他の実施形態について詳述する。なお、これらの実施形態の説明において、実施形態1と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0251】
実施形態1では、被覆金属材1の1箇所に傷5が存在する場合、又は、相離れた複数箇所の傷5のうち1箇所を用いる場合について説明した。
【0252】
実施形態2では、被覆金属材1の相離れた複数箇所に傷5が存在し、そのうちの2箇所の傷5を用いる場合について説明する。
【0253】
図14は、実施形態2に係る耐食性試験方法の原理及び耐食性試験装置の一例を説明するための図である。
【0254】
<耐食性試験装置>
図14に示す耐食性試験装置100は、具体的には例えば図1図2に示す電極部装置300を2箇所の傷5の部分に設けることにより達成できる。なお、この場合、制御装置9は共通としてもよいし、電極部装置300の各々に1つずつ備えるようにしてもよい。ラバーヒータ41等の第1温調要素は、設ける場合には、電極部装置300の各々に1つずつ備えることが望ましい。ホットプレート43等の第2温調要素は、設ける場合は、電極部装置300の各々に対応する位置に1つずつ設けてもよいし、2つの電極部装置300の全体に亘って対応する位置に1つ設けるようにしてもよい。
【0255】
図14に示すように、実施形態2の耐食性試験装置100は、2つの含水材料保持部11を備えている。2つの含水材料保持部11の各々には、含水材料6が収容されている。含水材料保持部11の各々に収容された含水材料6は、2箇所の傷5の各々に接触している。
【0256】
実施形態2の耐食性試験装置100は、2つの電極12を備えている。2つの電極12の各々は、2つの含水材料保持部11の各々に挿入され、含水材料6に接触している。
【0257】
本実施形態では、外部回路7は2つの電極12間を電気的に接続しており、直接鋼板2に接続されていない点で、実施形態1に係る耐食性試験装置100と異なっている。
【0258】
<耐食性試験方法>
≪準備ステップ≫
準備ステップS1では、少なくとも2箇所の傷5を備えた被覆金属材1を準備する。
【0259】
2箇所の傷5のうち、少なくとも一方は、点状に形成されていることが望ましい。また、後述する第2計測ステップS10で計測する電着塗膜4の膨れの大きさが大きい方の傷5は、この準備ステップS1において、点状に形成されていることが好ましい。さらに、後述する通電ステップS9でカソード反応が進行する傷5、すなわちカソードサイトとなる傷5は、点状に形成されていることが好ましい。この場合、アノードサイトとなる傷5の形状は特に限定されず、点状であってもよいし、例えばカッター傷のような線状等であってもよい。
【0260】
2箇所の傷5間の距離は電着塗膜4の膨れの確認の容易さの観点から、2cm以上であることが好ましく、3cm以上であることがさらに好ましい。
【0261】
≪回路接続ステップ及び第1配置ステップ≫
回路接続ステップS2において、図14に示すように、被覆金属材1の電着塗膜4の上に、2つの含水材料保持部11を、含水材料保持部11の各々が2箇所の傷5の各々を囲むように配置する。そして、互いに配線71で接続された2つの電極12を2つの含水材料保持部11の各々に挿入する。さらに、第1配置ステップS3で、含水材料6を、2つの含水材料保持部11の各々に注入する。
【0262】
以上により、2箇所の傷5が、該傷5に接触する含水材料6を介して外部回路7で電気的に接続された状態になる。
【0263】
≪洗浄ステップ≫
洗浄ステップS4では、通電手段8によって、外部回路7に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、2つの電極12間に通電する。2つの電極12間に通電すると、含水材料6を介して、鋼板2にも通電される。
【0264】
具体的に、図14は、左側の電極12が通電手段8の負極側、右側の電極12は通電手段8の正極側に接続された状態を示す。図14の状態では、左側の電極12と含水材料6との界面では還元反応が進行するから、左側の電極12はカソードとなる。そして、左側の傷5は、左側の電極12と同一の含水材料6に接触しているから、左側の傷5における鋼板2の露出部5Aでは、上述のアノード反応が進行する。すなわち、左側の傷5は、アノードサイトとなる。
【0265】
上記アノードサイトにおけるアノード反応により発生した電子eは鋼板2を通って右側の傷5に移動する。そして、右側の傷5における鋼板2の露出部5Aは、含水材料6と接触しているから、上述のカソード反応が進行する。すなわち、右側の傷5は、カソードサイトとなる。さらに、右側の傷5が接触する含水材料6は、右側の電極12とも接触しているから、右側の電極12と含水材料6との界面では酸化反応が進行する。そうして、右側の電極12はアノードとなる。
【0266】
カソードサイトとなる傷5は、カソード反応が進行するから、図3の状態Iと同様の状態となる。一方、アノードサイトとなる傷5は、アノード反応が進行するから、図3の状態IIと同様の状態となる。
【0267】
そして、外部回路7に流れる電流の方向を交互に切り替えると、図14の状態と、図14の状態を左右反転させた状態とが交互に切り替わることになる。具体的には、図14の状態から、電流の方向の切り替えを2回行ったとすると、左側の傷5は、アノードサイト→カソードサイト→アノードサイトとなる。一方、右側の傷5は、カソードサイト→アノードサイト→カソードサイトとなる。そうして、2箇所の傷5における付着物を同時に除去できる。これにより、洗浄ステップS4における処理効率が向上する。
【0268】
なお、この場合、2箇所の傷5のうちの一方は必然的にアノードサイトから始まることになるから、傷5における付着物の十分な除去性を確保する観点から、切り替えの回数は3回以上行うことが望ましい。
【0269】
また、処理の安定性を向上させる観点からは、実施形態1のように、電極12及び鋼板2間を外部回路7で接続して、2箇所の傷5をそれぞれ処理する構成が望ましい。
【0270】
≪第1計測ステップ≫
外部回路7を2つの電極12間に接続したままでは、図14に示すように、一方の傷5はアノードサイトとなるが、他方の傷5はカソードサイトとなる。
【0271】
この状態で、第1計測ステップS5を行ってもよいが、実施形態1の第1計測ステップS5と同様とすることが好ましい。
【0272】
上述のごとく、カソードサイトとなる傷5では腐食が進行させてしまうおそれがある。また、2箇所の傷5のうち、小さい方の傷5の大きさを反映した電流しか流れないおそれがあるから、2箇所の傷5の大きさの差が大きい場合、大きい方の傷5の大きさの計測精度が低下するおそれがある。
【0273】
従って、本実施形態の第1計測ステップS5は、実施形態1の第1計測ステップS5と同様とすることが望ましい。具体的には、外部回路7を、2つの電極12間の接続から電極12及び鋼板2間の接続に変更する。そうして、実施形態1と同様に、2箇所の傷5の大きさをそれぞれ計測する。
【0274】
≪第2配置ステップ≫
第2配置ステップS6では、外部回路7の接続を2つの電極12間に戻すとともに、実施形態1と同様の作業を行う。
【0275】
≪測温ステップ≫
測温ステップS8では、両方の含水材料6の温度を計測すればよいが、特にカソードサイトとなる傷5側(電極12はアノード側)の含水材料6の温度を計測することが望ましい。
【0276】
≪通電ステップ≫
通電ステップS9では、2つの電極の一方及び他方を、それぞれアノード及びカソードとして両者間に通電することにより、被覆金属材の腐食を進行させる。
【0277】
上述のごとく、例えば図14の状態では、左側の電極12がカソード、右側の電極12がアノードとなる。そうして、左側の傷5がアノードサイト、右側の傷5がカソードサイトとなる。
【0278】
アノードサイトとなる傷5は、上述のごとく、図3の状態IIの傷5と同様の状態となる。アノードサイトとなる傷5では、アノード反応が進行し、カソード反応の進行は抑制されるから、電着塗膜4の膨れはほとんど発生しない。
【0279】
一方、カソードサイトとなる傷5は、上述のごとく、図3の状態Iの傷5と同様の状態となる。そして、カソードサイトとなる傷5では、電着塗膜4の膨れが進展する。従って、通電開始から所定時間を経過した時点でのカソードサイトにおける電着塗膜4の膨れの大きさを評価することによって、被覆金属材1の腐食の進行度合いを評価できる。
【0280】
なお、傷5の大きさ、形状等、通電手段8による通電時の電流値等の条件によっては、アノードサイトにおいてもカソード反応が進行する場合がある。すなわち、本実施形態において、2箇所の傷5において、アノード反応が進行する傷5と、カソード反応が進行する傷5とが明瞭に分かれることが好ましいが、明瞭に分かれない場合もある。この場合、アノードサイトにおいても電着塗膜4の膨れが進展し得る。このような場合には、2箇所の傷5の双方において電着塗膜4の膨れが進行し得るから、後述する算出ステップS11において、電着塗膜4の膨れが大きい方の傷5に基づいて、被覆金属材1の腐食の進行度合いを算出することになる。
【0281】
このように、本実施形態では、通電により、アノード反応が進行するアノードサイトと、カソード反応が進行するカソードサイトとを分離するとともに、傷5における両反応の進行及び電着塗膜4の膨れの進展を安定的に促進できるから、被覆金属材1の耐食性試験を極めて短時間で精度よく行うことができる。
【0282】
なお、2つの電極12間には、実施形態1と同様に、定電流又は定電圧、好ましくは定電流を印加することが望ましい。
【0283】
また、2つの電極12間に流れる電流値も、実施形態1と同様の値とすることが望ましい。
【0284】
≪第2計測ステップ≫
本実施形態に係る第2計測ステップS10は、外部回路7を2つの電極12間に接続したまま行ってもよいが、第1計測ステップS5と同様の理由により、実施形態1の第2計測ステップS10と同様とすることが望ましい。
【0285】
具体的には、外部回路7を、2つの電極12間の接続から電極12及び鋼板2間の接続に変更する。そうして、実施形態1と同様に、電着塗膜4の膨れの大きさを計測する。
【0286】
なお、カソードサイトにおける電着塗膜4の膨れが、アノードサイトにおける電着塗膜4の膨れよりも明らかに大きい場合は、カソードサイトの電着塗膜4の膨れの大きさのみ計測すればよい。両方で電着塗膜4の膨れが発生した場合は、両方とも大きさを計測し、結果を比較した上でいずれか大きい方を選択すればよい。
【0287】
≪算出ステップ≫
カソードサイトにおける傷5の大きさと、電着塗膜4の膨れの大きさとに基づいて、被覆金属材1の腐食の進行度合いを算出すればよい。アノードサイト及びカソードサイトの両方で電着塗膜4の膨れが進展した場合は、電着塗膜4の膨れの大きさが大きい方のサイトにおける傷5の大きさと、電着塗膜4の膨れの大きさとに基づいて、被覆金属材1の腐食の進行度合いを算出すればよい。
【0288】
(実施形態3)
上記実施形態において、以下の補正ステップS12を設けてもよい。
【0289】
≪補正ステップ≫
傷5の通電ステップS9前の大きさにばらつきがあると、傷5において進行するカソード反応及び水の電気分解反応の進行度合い、電着塗膜4の膨潤による傷5の閉じ具合、電着塗膜4の膨れ内で発生した水素の脱泡度合い等にばらつきが生じる。そうして、電着塗膜4の膨れの大きさにもばらつきが生じ、耐食性試験の信頼性が低下する。しかしながら、そのようなばらつきの発生を抑制するために、いつも全く同一の大きさの傷5を備えた被覆金属材1を準備することは難しい。
【0290】
補正ステップS12では、算出ステップS11で算出した腐食の進行度合いを、通電ステップS9前の傷5の大きさに基づいて、補正する。
【0291】
具体的には例えば、補正ステップS12において、第1計測ステップS5で計測した傷5の大きさと、予め試験的に求めておいた傷5の大きさと被覆金属材1の腐食の進行度合いとの相関関係と、に基づいて、算出ステップS11で算出した被覆金属材1の腐食の進行度合いを補正する。
【0292】
補正ステップS12において、制御装置9の演算部91は、被覆金属材1の腐食の進行度合いを補正する補正手段として機能する。補正された被覆金属材1の腐食の進行度合いの情報も記憶部92に格納される。
【0293】
具体例として、実施形態2において、腐食の進行度合いとして電着塗膜4の膨れの進展速度、すなわち腐食進展速度を採用する場合を例に挙げて説明する。図15は、後述する実験例の耐食性試験における供試材F1、F2の傷5の径と、腐食進展速度の指数との関係を示すグラフである。なお、「腐食進展速度の指数」は、腐食進展速度を、傷5の径が1mmのときの腐食進展速度に対する比で示したものである。
【0294】
図15に示すように、供試材F1、F2のいずれにおいても、傷5の径が1.5mmから0.2mmまで小さくなるに伴い、腐食進展速度は増加する。このことは、傷5の径が小さいほど腐食の加速性が上昇することを示している。言い換えると、傷5の径が大きくなると、腐食進展速度は低下、すなわち腐食の加速再現性が低下する。これは、傷5の径が大きくなることにより傷5における鋼板2の露出部の面積が増加することが主たる原因と考えられる。鋼板2の露出部の面積が増加すると、電着塗膜4の膨れに直接関与しない電気化学反応(水素イオンの還元による水素発生)が増加し、通電手段8により供給される電気エネルギーの浪費分が増加し得る。
【0295】
供試材F1、F2の結果から回帰式を算出すると、図15中実線で示す曲線(R=0.97)のようになる。この回帰式は上述の相関関係の一例である。このように、傷5の大きさと、腐食進展速度との相関関係を、予め実験的又はシミュレーション等の解析的な手法により試験的に求めておくことができる。相関関係として、図15の実線で示すような回帰式の情報を記憶部92に格納しておき、補正に使用すればよい。
【0296】
また、上述の相関関係は、傷5の大きさに対応する補正係数としてもよい。具体的には例えば、図15に示すような回帰式から算出した、所定の傷5の大きさに対応する補正係数の情報を記憶部92に格納しておき、補正に使用してもよい。補正係数とは、例えば、図15の例では、所定の傷5の径に対応する回帰式上の腐食進展速度の指数である。具体的には例えば、図15において、傷5の径が1mmのときの補正係数は1、傷5の径が0.4mmのときの補正係数は1.5となる。このような補正係数を、例えば傷5の径0.1mm毎に算出しておき、補正に使用すればよい。相関関係として、傷5の大きさに対応する補正係数を予め算出しておくことにより、補正が容易となる。そうして、簡易な構成で信頼性及び汎用性の高い耐食性試験が可能となる。
【0297】
具体例として、仮に第1計測ステップS5で計測された傷5の径が0.4mm、算出ステップS11で算出された腐食進展速度が1.5mm/hであったとする。また、相関関係として補正係数を採用し、例えば傷5の径が1mm及び0.4mmのときの補正係数がそれぞれ1及び1.5であったとする。この場合、演算部91は、傷5の径が0.4mmであるという情報と、記憶部92から読み出した傷5の径0.4mmのときの補正係数が1.5であるという情報と、に基づいて、腐食進展速度1.5mm/hの値を補正係数1.5で除して1mm/hに補正する。
【0298】
このような補正ステップS12を設けることにより、カソード反応が進行する傷5の通電前の大きさによらず、被覆金属材1の腐食の進行度合いを精度よく評価できる。そうして、耐食性試験の信頼性及び汎用性を高めることができる。
【0299】
−実験例−
[耐食性試験]
表2に示すように、供試材F1、F2として、電着塗膜4の塗料、及び電着焼付条件が異なる2種類を準備した。
【0300】
【表2】
【0301】
供試材F1、F2はいずれも金属製基材が鋼板2であり、化成皮膜はリン酸亜鉛皮膜(化成処理時間120秒)、電着塗膜4の厚さは10μmである。各供試材について、図14に示す態様で本実施形態に係る耐食性試験を行なった。
【0302】
供試材F1、F2には、ビッカース硬さ試験機を用いて、鋼板2に達する傷5を互いに4cmの間隔をあけて同一径で2箇所に付与した。具体的には、表2に示すように、供試材F1では、0.2mm、0.6mm、及び、1.5mmの径を有する傷5を2箇所に付与してなる3種類のサンプルを準備した。供試材F2では、0.2mm、0.42mm、0.6mm、1mm、及び、1.5mmの径を有する傷5を2箇所に付与してなる5種類のサンプルを準備した。
【0303】
含水材料6として、水1.2Lに対し、支持電解質としての塩化ナトリウム50g、塩化カルシウム50g、及び硫酸ナトリウム50g、並びに、粘土鉱物としてのカオリナイト1000gを混合させてなる模擬泥を用いた。電極12としては、外径約12mm、内径約10mmのリング状の有孔電極(白金製)を用いた。また、鋼板2の下側にホットプレートを配置し、鋼板2及び含水材料6の温度を65℃に加温した。
【0304】
通電手段8の電流値は1mAとした。含水材料6を電着塗膜4の表面上に配置してから、30分保持した後、通電を行った。通電時間は、0.5時間であった。
【0305】
通電終了後、上述の方法で、各供試材について、図15に示す腐食進展速度を算出した。
【0306】
(実施形態4)
上記実施形態では、第1計測ステップS5及び第2計測ステップS10は、電気化学的手法により、それぞれ傷5の大きさ及び電着塗膜4の膨れの大きさを計測するステップであったが、上記構成に限られない。
【0307】
具体的には例えば、被覆金属材1の表面の画像データから傷5の大きさ及び電着塗膜4の膨れの大きさを計測してもよい。
【0308】
すなわち、第1計測装置及び/又は第2計測装置は、被覆金属材1の表面、すなわち電着塗膜4の表面の画像データを取得するための画像検出手段を備える構成としてもよい。画像検出手段は、具体的には例えばCCDカメラ等のカメラ、デジタル顕微鏡、光学顕微鏡及び電子顕微鏡等である。画像検出手段は、第1計測ステップS5及び第2計測ステップS10において、それぞれ通電ステップS9前の傷5の画像及び通電ステップS9後の傷5周りの電着塗膜4の膨れの画像を撮影する。
【0309】
この場合、当該画像検出手段は、制御装置9に電気的に接続又はワイヤレス接続され得る。画像検出手段により取得された画像データは、制御装置9に送られ、記憶部92に格納される。演算部91は、当該画像データ上で、傷5の大きさ及び/又は電着塗膜4の膨れの大きさを計測する。本構成によれば、画像検出手段により取得した画像データを用いるから、精度よく傷5の大きさ及び/又は電着塗膜4の膨れの大きさを計測できる。なお、制御装置9は、例えば画像検出手段にも制御信号を出力し、カメラによる撮影タイミング等を制御するように構成されてもよい。
【0310】
(その他の実施形態)
図1図2に示す電極部装置300及び耐食性試験装置100は、一例であり、図3図14及び上記実施形態の記載において説明した耐食性試験方法の原理を実施可能な電極部装置及び耐食性試験装置であれば、図1図2の構成に限られない。
【0311】
上記実施形態では、各種検出手段、各種制御対象等に電気的に接続又はワイヤレス接続された制御装置9を備える構成であったが、本開示に係る耐食性試験方法は、その他の手段によっても行うことができる。具体的には例えば、通電手段8の通電情報、温度センサ37の温度情報、画像検出手段の画像データ等を、ユーザにより他のコンピュータに読み込んで、処理を行ってもよい。
【0312】
上記実施形態では、例えば第1計測ステップS5、第2計測ステップS10及び算出ステップS11における算出手段等の役割を、単一の制御装置9が担う構成であったが、例えばステップ毎に異なる制御装置を使用するなど、別々の手段であってもよい。なお、制御装置9による算出結果の精度の向上及び耐食性試験装置100のコンパクト化に資する観点からは、複数の役割を単一の制御装置9が担うことが望ましい。
【0313】
被覆金属材1及び含水材料6の温度調整は、上記実施形態の構成に限られない。例えば、電極部装置300全体を炉に導入して温度調整してもよい。
【0314】
第2配置ステップS6は、第1計測ステップS5の前に行ってもよい。また、通電ステップS9と第2計測ステップS10とで異なる含水材料6を使用する場合には、第2配置ステップS6と同様の第3配置ステップを通電ステップS9及び第2計測ステップS10の間に設ければよい。第2配置ステップS6及び第3配置ステップはいずれか一方のみを備えていてもよい。さらに、洗浄ステップS4、第1計測ステップS5、通電ステップS9及び第2計測ステップS10で使用する含水材料6が共通である場合には、第2配置ステップS6も第3配置ステップも設けなくてよい。
【産業上の利用可能性】
【0315】
本開示は、信頼性が高く、簡便で汎用性に優れた傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置をもたらすことができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0316】
1 被覆金属材
2 鋼板(金属製基材)
3 化成皮膜(金属製基材)
4 電着塗膜(表面処理膜)
4A 測定部分
5 傷
6 含水材料
7 外部回路(処理装置、第1計測装置、第2計測装置)
8 通電手段(処理装置、電流検出手段、第1計測装置、第2計測装置)
9 制御装置(算出手段、補正手段、温度コントローラ、処理装置、第1計測装置、第2計測装置)
91 演算部
92 記憶部
93 制御部
11 含水材料保持部
11A 開口部
12 電極(処理装置、第1計測装置、第2計測装置)
12a 先端
30 容器
31 容器本体
32 底部
32A 底面
33 磁石
36 穴
36A 底
37 温度センサ(温度検出手段)
38 貫通孔
41 ラバーヒータ(第1温調要素)
43 ホットプレート(第2温調要素)
71 配線
100 耐食性試験装置
300 電極部装置
301 小径部
302 大径部
304 溝部
【要約】
【課題】信頼性が高く、簡便で汎用性に優れた傷の処理方法及び処理装置、並びに、被覆金属材の耐食性試験方法及び耐食性試験装置をもたらす。
【解決手段】金属製基材に表面処理膜が設けられてなる被覆金属材の1箇所又は複数箇所に形成された上記表面処理膜を貫通して上記金属製基材に達する傷の処理方法であって、上記1箇所の傷又は上記複数箇所のうちの2箇所の傷の各々に接触する含水材料と該含水材料に接触する1つ又は2つの電極とを配置するとともに、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間を、外部回路で電気的に接続するステップと、上記外部回路によって、該外部回路に流れる電流の方向を交互に切り替えつつ、上記電極及び上記金属製基材間、又は、上記2つの電極間に通電するステップと、を備えている。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15