(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
生体状態推定装置としてのコンピュータに、人の背部に当接される生体信号測定装置から得られる生体信号を分析させ、生体状態を推定する手順を実行させるコンピュータプログラムであって、
前記生体信号を分析して、自律神経機能、肉体・精神疲労又は感覚との関連性の高い指標を含む、生体調節機能に関与する複数の指標を求める手順と、
前記複数の指標を組み合わせて、前記生体状態として、疲労感をマスキングして疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する手順と
を実行させ、
前記疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する手順では、
分析対象の前記生体信号についての前記自律神経機能への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定する第1推定手順を実行させ、
前記第1推定手順により前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、前記肉体・精神疲労への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じていない状態と推定する第2推定手順を実行させ、
前記第2推定手順において前記疲労感のマスキングが生じていない状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、前記感覚との関連性の高い指標が所定の基準を満たすか否かに基づき、少なくとも、前記疲労感のマスキングが生じている状態及び前記疲労感のマスキングが生じていない状態のいずれかに分類する第3推定手順を実行させるコンピュータプログラム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記した技術は、いずれも、生体調節機能に関してゆらぎに起因する各要素を分析して人の状態を判定するものであるが、生体信号に対する演算処理がそれぞれ異なり、出力される判定結果として、入眠予兆のタイミングを判定したり、疲労の度合いを判定したり、恒常性維持機能レベルの変化を判定したり、それぞれの目的に応じたものとなっている。しかし、これらは、いずれも別々に出力される。特許文献4では、入眠予兆現象、切迫睡眠現象、覚低走行状態、恒常性維持機能レベル、初期疲労状態、気分判定など、生体調節機能のゆらぎに起因する各要素に関する複数の指標の時系列変化を1台の装置で判定し、それらを1つのモニタに出力する技術も開示しているが、いずれにしても、各指標の時系列変化を個別に判定していることに変わりない。
【0010】
ところで、人は疲労すると疲労感を感じるが、物事に集中して視野が狭くなっている場合など、実際に体に疲労が生じているにも拘わらず、疲労感として自覚しない場合がある。つまり、人が感じる疲労感は、体に生じている疲労とは必ずしも一致しない。疲労が生じる部位は主に自律神経の中枢である視床下部と前帯状回であり、その疲労を自覚する部位は眼窩前頭野であるが、モチベーションや達成感を司る脳の前頭葉の働きにより、眼窩前頭野で発した疲労感がマスキングされてしまうことが知られている。そのため、疲労感を自覚しない間に、疲労が蓄積してしまう場合があり、疲労感がマスキングされた状態を推定できることが望まれる。
【0011】
本発明は上記に鑑みなされたものであり、疲労感のマスキングが生じる状態を推定可能とすることにより、自覚なき疲労の蓄積を抑制につなげることができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明者が鋭意検討し、次の点に着目して本発明を完成するに至った。すなわち、人の上体背部から検出される心臓と大動脈の運動から生じる音・振動情報、特に、それらのうちの1Hz近傍の背部体表脈波(APW)は、血管の弾性情報や反射波の情報等を含んでいる。このため、背部体表脈波(APW)を解析して後述の周波数傾き時系列波形を求めることにより、生体調節機能要素である生体の総合的なゆらぎの情報を求めることができる。このゆらぎの情報の中で周波数毎の変動の様子を捉えると、周波数毎の分布率が脳波(θ波、α波、β波)のゆらぎの要素が反映された変動の仕方をとるため、その時系列波形を用いて解析することにより、脳波のどの周波数帯域が支配的なゆらぎなのかといったゆらぎの情報を捉えることができる。
【0013】
また、ゼロクロス法による周波数傾き時系列波形が、自律神経系の支配するところにある一方で、脳波のゆらぎを反映しているところは、ゼロクロス法による周波数傾き時系列波形を周波数解析し、その中で、0.0017Hzに代表される機能調整信号、0.0035Hzに代表される疲労受容信号、0.0053Hzに代表される活動調整信号の3点の周波数成分のパワースペクトル比で示されるものであり、いわば周波数解析したパワースペクトルの形を表す3点の周波数成分の分布率は、その急変する部位を自律神経反応というよりも内分泌系の機能の発現を示す部位として捉えられると考えられる。
【0014】
また、ゼロクロス法により求めた周波数傾き時系列波形は、絶対値処理することにより交感神経の発現の度合いを示し、ピーク検出法により求めた周波数傾き時系列波形は副交感神経の発現の度合いを示す。よって、これらを用いることで生体調節機能の発現の様子をより詳しく捉えることができる。例えば、ゼロクロス法により求めた周波数傾き時系列波形を絶対値処理し、これを積分することで人の疲労の度合いを示す疲労曲線が求められ、筋疲労の状態を把握できる。
【0015】
また、ゼロクロス法を用いた各周波数傾き時系列波形の微分波形の正負、ゼロクロス法又はピーク検出法の各周波数傾き時系列波形の絶対値等のうち、少なくとも1つ以上を用いることにより、恒常性維持機能レベルの変動の様子を捉えることができる。疲労曲線、恒常性維持機能レベルの時系列波形も、周波数傾き時系列波形から派生したものであり、自律神経系、脳機能等のゆらぎの情報を反映した指標となる。これに加え、肉体・精神疲労への関連性の高い指標(体調マップ、感覚マップ)、及び、感覚への関連性の高い指標(恒常性維持機能レベルの注意、警告に相当するレベルの頻度から求められる疲労として意識する感覚あるいは倦怠感等が生じている頻度)も求める。これらは、脳、自律神経系、内分泌系の各機能のゆらぎの様子を複数の観点から捉えているものであり、これらの複数種類のゆらぎの指標を組み合わせれば、疲労感のマスキングの生じる可能性の有無を推定できる可能性があると考えた。
【0016】
すなわち、本発明の生体状態推定装置は、
人の背部に当接される生体信号測定装置から得られる生体信号を用いて、生体状態を推定する生体状態推定装置であって、
前記生体信号を分析して、自律神経機能、肉体・精神疲労又は感覚との関連性の高い指標を含む、生体調節機能に関与する複数の指標を求める生体調節機能要素判定手段と、
前記生体調節機能要素判定手段により求められた複数の指標を組み合わせて、前記生体状態として、疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する疲労感推定手段と
を有することを特徴とする。
【0017】
前記疲労感推定手段は、
分析対象の前記生体信号についての前記自律神経機能への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定する第1推定手段と、
前記第1推定手段により前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、前記肉体・精神疲労への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じていない状態と推定する第2推定手段と、
前記第2推定手段において前記疲労感のマスキングが生じていない状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、所定の基準に基づき、少なくとも、前記疲労感のマスキングが生じている状態及び前記疲労感のマスキングが生じていない状態のいずれかに分類する第3推定手段と
を有することが好ましい。
【0018】
本発明の生体状態推定方法は、人の背部に当接される生体信号測定装置から得られる生体信号を用いて、生体状態を推定する生体状態推定方法であって、
前記生体信号を分析して、自律神経機能、肉体・精神疲労又は感覚との関連性の高い指標を含む、生体調節機能に関与する複数の指標を求め、
前記複数の指標を組み合わせて、前記生体状態として、疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する
ことを特徴とする。
【0019】
本発明の生体状態推定方法は、分析対象の前記生体信号についての前記自律神経機能への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定する第1推定手順を実施し、
前記第1推定手順により前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、前記肉体・精神疲労への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じていない状態と推定する第2推定手順を実施し、
前記第2推定手順において前記疲労感のマスキングが生じていない状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、所定の基準に基づき、少なくとも、前記疲労感のマスキングが生じている状態及び前記疲労感のマスキングが生じていない状態のいずれかに分類する第3推定手順を実施して、
前記疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する構成とすることが好ましい。
【0020】
本発明のコンピュータプログラムは、生体状態推定装置としてのコンピュータに、人の背部に当接される生体信号測定装置から得られる生体信号を分析させ、生体状態を推定する手順を実行させるコンピュータプログラムであって、
前記生体信号を分析して、自律神経機能、肉体・精神疲労又は感覚との関連性の高い指標を含む、生体調節機能に関与する複数の指標を求める手順と、
前記複数の指標を組み合わせて、前記生体状態として、疲労感をマスキングして疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する手順と
を実行させる。
【0021】
本発明のコンピュータプログラムは、前記疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する手順では、
分析対象の前記生体信号についての前記自律神経機能への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定する第1推定手順を実行させ、
前記第1推定手順により前記疲労感のマスキングが生じている状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、前記肉体・精神疲労への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じていない状態と推定する第2推定手順を実行させ、
前記第2推定手順において前記疲労感のマスキングが生じていない状態と推定されない分析対象の前記生体信号について、所定の基準に基づき、少なくとも、前記疲労感のマスキングが生じている状態及び前記疲労感のマスキングが生じていない状態のいずれかに分類する第3推定手順を実行させる構成とすることが好ましい。
【0022】
また、本発明は、生体状態推定装置としてのコンピュータに、人の背部に当接される生体信号測定装置から得られる生体信号を分析させ、生体状態を推定する手順を実行させる前記のコンピュータプログラムが記録されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体を提供する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、自律神経機能、肉体・精神疲労又は感覚との関連性の高いゆらぎに起因する指標を含む、生体調節機能要素の状態の変動を示す複数の指標を組み合わせているため、疲労感のマスキングの生じる可能性を捉えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面に示した本発明の実施形態に基づき、本発明をさらに詳細に説明する。本発明において採取する生体信号は、背部から採取される音・振動情報(以下、「背部音・振動情報」)である。背部音・振動情報には、上記のように、人の上体背部から検出される心臓と大動脈の運動から生じる音・振動情報であり、心室の収縮期及び拡張期の情報と、血液循環の補助ポンプとなる血管壁の弾性情報及び血圧による弾性情報並びに反射波の情報、すなわち、背部体表脈波(APW)や疑似心音情報を含んでいる。また、心拍変動に伴う信号波形は交感神経系及び副交感神経系の神経活動情報(交感神経の代償作用を含んだ副交感神経系の活動情報)を含み、大動脈の揺動に伴う信号波形には交感神経活動の情報や内分泌系の情報を含んでいるため、異なる観点から生体調節機能要素を判定するのに適している。
【0026】
生体信号を採取するための生体信号測定装置は、例えば、圧力センサを用いることも可能であるが、好ましくは、(株)デルタツーリング製の居眠り運転警告装置(スリープバスター(登録商標))で使用されている生体信号測定装置1を用いる。
図1は生体信号測定装置1の概略構成を示したものである。この生体信号測定装置1は、乗物の運転席に組み込んで使用することができ、手指を拘束することなく生体信号を採取できる。
【0027】
生体信号測定装置1を簡単に説明すると、
図1(a),(b)に示したように、上層側から順に、第一層11、第二層12及び第三層13が積層された三層構造からなり、三次元立体編物等からなる第一層11を生体信号の検出対象である人体側に位置させて用いられる。従って、人体の体幹背部からの生体信号、特に、心室、心房、大血管の振動に伴って発生する生体音(体幹直接音ないしは生体音響信号)を含む心臓・血管系の音・振動情報(背部体表脈波(APWを含む))は、生体信号入力系である第一層11にまず伝播される。第二層12は、第一層11から伝播される生体信号、特に心臓・血管系の音・振動を共鳴現象又はうなり現象によって強調させる共鳴層として機能し、ビーズ発泡体等からなる筐体121、固有振動子の機能を果たす三次元立体編物122、膜振動を生じるフィルム123を有して構成される。第二層12内において、マイクロフォンセンサ14が配設され、音・振動情報を検出する。第三層13は、第二層12を介して第一層11の反対側に積層され、外部からの音・振動入力を低減する。
【0028】
次に、本実施形態の生体状態推定装置100の構成について
図2に基づいて説明する。生体状態推定装置100は、生体調節機能要素判定手段200及び疲労感推定手段300を有して構成されている。生体状態推定装置100は、コンピュータ(マイクロコンピュータ等も含む)から構成され、コンピュータを、生体調節機能要素判定手段200及び疲労感推定手段300等として機能させる手順を実行させるコンピュータプログラムが記憶部に記憶されている。また、生体状態推定装置100は、生体調節機能要素判定手段200及び疲労感推定手段300等を、コンピュータプログラムにより所定の手順で動作する電子回路である生体調節要素判定回路及び疲労感推定回路等として構成することもできる。なお、以下の説明において、生体調節機能要素判定手段200及び疲労感推定手段300以外で「手段」が付されて表現された構成も、電子回路部品として構成することが可能であることはもちろんである。
【0029】
また、コンピュータプログラムは、記録媒体に記憶させてもよい。この記録媒体を用いれば、例えば上記コンピュータに上記プログラムをインストールすることができる。ここで、上記プログラムを記憶した記録媒体は、非一過性の記録媒体であっても良い。非一過性の記録媒体は特に限定されないが、例えば フレキシブルディスク、ハードディスク、CD−ROM、MO(光磁気ディスク)、DVD−ROM、メモリカードなどの記録媒体が挙げられる。また、通信回線を通じて上記プログラムを上記コンピュータに伝送してインストールすることも可能である。
【0030】
生体調節機能要素判定手段200は、本実施形態では、上記の生体信号測定装置1により測定された生体信号である背部音・振動情報を分析し、人の基礎的な体調の推定に用いる生体調節機能要素に関する複数種類の指標を、それぞれ予め設定された所定の判定時間毎に算出してその時系列変化を求める。
【0031】
生体調節機能要素判定手段200において判定される複数種類の生体調節機能要素は限定されるものではないが、少なくとも、脳機能や自律神経機能への関連性の高い指標、肉体・精神疲労への関連性の高い指標、及び、感覚への関連性の高い指標を含むものであることが好ましい。これらは、人の恒常性維持機能に影響を与える脳波のゆらぎの変動の様子、あるいは、体温調節機能に代表される生体調節機能が仕事をする様子を示す指標であり、体調により各調節機能に与える影響が大きいためである。
【0032】
脳機能や自律神経機能への関連性の高い指標としては、例えば、採取した生体信号を処理して得られる周波数傾きの時系列波形、上記従来技術の項で説明した3つの信号の分布率の時系列波形、疲労曲線、恒常性維持機能レベルの判定の時系列の変動が挙げられる。周波数傾きの時系列波形は、恒常性維持機能の調節作用のベースにあるものはゆらぎを示すものであり、そのゆらぎは二律背反性のある機能のバランスをうまく調整し、人の自律神経機能との関連性を特に高く示している。これは統計的な手法による裏付けがなされていることである。分布率から求められた各周波数帯域の時系列波形は、ゆらぎのリズムに間接的に関与する脳波の種類(θ波、α波、β波)に対応し、人の脳機能及び自律神経機能に加え、内分泌系の調節機能との関連性を高く示している。恒常性は、内分泌系、自律神経系など様々な調節システムによって保たれるため、そのレベルの変動は、脳、自律神経系及び内分泌系のゆらぎによる調節性能とも深く関連している。
【0033】
生体調節機能要素判定手段200は、上記の脳機能、自律神経機能及び内分泌系のゆらぎの変動の仕方を捉える指標を求める演算手段として、周波数傾きの時系列波形を求める周波数傾き時系列波形演算手段210、分布率を求める分布率演算手段220、疲労曲線を求める疲労曲線演算手段230、及び恒常性維持機能レベルを求める恒常性維持機能レベル演算手段240とを有している。
【0034】
周波数傾き時系列波形演算手段210は、生体信号測定装置1のセンサ14から得られる背部音・振動情報をフィルタリング処理した1Hz近傍の背部体表脈波(APW)の時系列波形から周波数の時系列波形を求めた後、周波数の時系列波形をスライド計算して周波数傾き時系列波形を求める(
図3(a),(b)参照)。周波数傾き時系列波形演算手段210は、本発明者らによる上記特許文献1等に開示されているように、背部体表脈波(APW)の時系列波形において、正から負に切り替わる点(ゼロクロス点)を用いる手法(ゼロクロス法)と、背部体表脈波(APW)の時系列波形を平滑化微分して極大値(ピーク点)を用いて時系列波形を求める方法(ピーク検出法)の2つの方法がある。
【0035】
ゼロクロス法では、ゼロクロス点を求めたならば、それを例えば5秒毎に切り分け、その5秒間に含まれる時系列波形のゼロクロス点間の時間間隔の逆数を個別周波数fとして求め、その5秒間における個別周波数fの平均値を当該5秒間の周波数Fの値として採用する。そして、この5秒毎に得られる周波数Fを時系列にプロットすることにより、周波数の変動の時系列波形を求める。
【0036】
ピーク検出法では、背部体表脈波(APW)の上記時系列波形を、例えば、SavitzkyとGolayによる平滑化微分法により極大値を求める。次に、例えば5秒ごとに極大値を切り分け、その5秒間に含まれる時系列波形の極大値間の時間間隔の逆数を個別周波数fとして求め、その5秒間における個別周波数fの平均値を当該5秒間の周波数Fの値として採用する。そして、この5秒毎に得られる周波数Fを時系列にプロットすることにより、周波数の変動の時系列波形を求める。
【0037】
周波数傾き時系列波形演算手段210は、ゼロクロス法又はピーク検出法により求められた周波数の変動の時系列波形から、所定のオーバーラップ時間(例えば18秒)で所定の時間幅(例えば180秒)の時間窓を設定し、時間窓毎に最小二乗法により周波数の傾きを求め、その傾きの時系列波形を出力する。このスライド計算を順次繰り返し、APWの周波数の傾きの時系列変化を周波数傾き時系列波形として出力する。
【0038】
背部体表脈波(APW)は、中枢系である心臓の制御の様子を主として含む生体信号、すなわち、動脈の交感神経支配の様子、並びに、交感神経系と副交感神経系の出現情報を含む生体信号であり、ゼロクロス法により求めた周波数傾き時系列波形(
図3(a),(b)において「0x」と表示した波形)は、心臓の制御の状態により関連しており、交感神経の出現状態を反映しているが、ピーク検出法により求めた周波数傾き時系列波形(
図3(a),(b)において「Peak」と表示した波形)は、心拍変動により関連している。従って、自律神経機能の状態をより明確に把握するためには、ゼロクロス法を用いて求めた周波数傾き時系列波形を用いることが好ましい。
【0039】
交感神経の活動は、血管弾性や血管径に影響を与え、さらに、血管壁からの反射波の影響が、人の背部から検出される音・振動情報に含まれる疑似心音情報(背部から検出されるため、心臓から背部表面までの間の筋肉、皮膚等により20Hz近傍の信号として検出される)の疑似I音(心音I音に相当)と疑似II音(心音II音に相当)の間の波形成分に重畳される。これが、ゼロクロス法におけるゼロクロス点間の幅と、ピーク検出法におけるピーク点間の幅とを異ならせる理由であり、ゼロクロス法では反射波の影響を受けた周期となっている。よって、ゼロクロス法による周波数傾き時系列波形を見ることで交感神経の情報を捉えることができる。
一方、ピーク値は上記のように心拍変動の情報を反映しているが、心拍変動は主に副交感神経によって制御されている。そのため、ピーク値を見ると副交感神経の情報を捉えることができる。
【0040】
周波数傾き時系列波形演算手段210により得られるゼロクロス法による周波数傾き時系列波形は、睡眠前の所定のタイミングで眠気に対する抵抗として生じる交感神経活動の一時的亢進に伴って振幅が拡大し、長周期化する傾向を示した場合に、入眠予兆現象の指標と捉えられることが知られている(特許文献4参照)。また、入眠予兆現象を示す波形が出現した後、波形が収束傾向を示し、その後、より長周期の大きな変動ゆらぎを示すと、その長周期のゆらぎを示し始めたポイントが、入眠直前の切迫睡眠現象を示す指標と捉えられることが知られている。
【0041】
分布率演算手段220は、まず、周波数傾き時系列波形演算手段210から得られる周波数傾き時系列波形をそれぞれ周波数分析して、心循環系のゆらぎの特性が切り替わる周波数である上記の0.0033Hzよりも低い周波数の機能調整信号、機能調整信号よりも高い周波数の疲労受容信号、及び疲労受容信号よりも高い周波数の活動調整信号に相当するULF帯域からVLF帯域に属する各周波数成分を抜き出す。次に、これらの周波数成分のそれぞれの分布率を時系列に求める。すなわち、3つの周波数成分のパワースペクトルの値の合計を1とした際の各周波数成分の割合を分布率として時系列に求める(
図4参照)。
【0042】
本実施形態では、
図4に示したように、機能調整信号として0.0017Hzの周波数成分を用い、疲労受容信号として0.0035Hzの周波数成分を用い、活動調整信号として0.0053Hzの周波数成分を用いている。心疾患の一つである心房細動において、心・循環系のゆらぎの特性が切り替わる周波数は、0.0033Hzと言われており、0.0033Hz近傍のゆらぎの変化を捉えることで、自律神経の活動、恒常性維持に関する情報が得られる。また、0.0033Hz近傍以下と0.0053Hz近傍の周波数帯は、主に体温調節に関連するもので、0.01〜0.04Hzの周波数帯は自律神経の制御に関連するものと言われている。そして、本発明者らが実際に、生体信号に内在するこれら低周波のゆらぎを算出する周波数傾き時系列波形を求め、それを周波数解析したところ、0.0033Hzよりも低周波の0.0017Hz、0.0033Hz近傍の0.0035Hzを中心とする周波数帯のゆらぎと、さらにこれらこの2つ以外に、0.0053Hzを中心とする周波数帯のゆらぎがあることが確認できた。但し、各信号の周波数成分は個人差等により調整することも可能であり、機能調整信号は0.0033Hz未満の範囲で好ましくは0.001〜0.0027Hzの範囲で、疲労受容信号は0.002〜0.0052Hzの範囲で、活動調整信号は0.004〜0.007Hzの範囲で調整して用いることができる。
【0043】
分布率演算手段220により求められる分布率の時系列変化は、特許文献2に示されているように、例えば、0.0017Hzの分布率が急低下し、かつ0.0053Hzの分布率が急上昇する変化を示す時点を切迫睡眠現象の出現時点と捉えることができる。
【0044】
疲労曲線演算手段230は、本発明者らの特開2009−22610号公報に開示されている手段であり、ゼロクロス法による求めた周波数傾き時系列波形を絶対値処理して積分値を算出し、この積分値を疲労度として所定の判定時間毎に求めて、時間に対応してプロットし、
図5に示したような疲労曲線を求める手段である。筋活動は、筋肉の収縮又は弛緩であり、交感神経の情報を反映しているゼロクロス法による周波数傾き時系列波形の積分情報である疲労曲線は筋活動との相関性が高い(非特許文献1参照)。よって、疲労曲線では、その傾きが所定以上変動するポイントが特異点を示しており、各特異点は、増大する疲労に対応して、筋活動が生じたことを示すポイントや血流量が増大したポイントを示している。
【0045】
恒常性維持機能レベル判定手段240は、特許文献3に開示の技術に基づくものであり、周波数傾き時系列波形演算手段210により得られるゼロクロス法を用いた各周波数傾き時系列波形の微分波形の正負、周波数傾き時系列波形を積分した積分波形の正負、ゼロクロス法を利用した周波数傾き時系列波形とピーク検出法を利用した周波数傾き時系列波形をそれぞれ絶対値処理して得られた各周波数傾き時系列波形の絶対値等のうち、少なくとも1つ以上を用いて判定する。これらの組み合わせにより、恒常性維持機能のレベルがいずれに該当するかを求める。例えば、周波数傾きと積分値を用いて、所定以上の場合に「恒常性維持機能レベル1」と判定し、あるいは、微分値が所定位置以下であって、かつ、2つの絶対値のうちの「ピーク優位」の場合に「恒常性維持機能レベル4」と判定するように設定できる。そして、例えば、上記の条件を様々に組み合わせ、人の状態との相関をとり、レベル1〜3と判定される場合を、普通から良好な状態、レベル4〜6と判定される場合を、注意の必要な状態と判定する。また、入眠予兆や切迫睡眠の兆候が生じているなどと判定された場合には、直ちに警告を要するレベルとして、それぞれの状態によりレベル7〜11といった指標を付与する。株式会社デルタツーリング製、商品名「スリープバスター」では、恒常性維持機能レベル判定手段240による判定結果が、例えば、
図6に示したように表示されるように設定されている。
【0046】
肉体・精神疲労への関連性の高い指標としては、特許文献2に開示された指標である体調マップ及び感覚マップを用いることができる。これらは、ゆらぎの変動の仕方をグラフ化したもので、人の肉体・精神疲労との関連性を高く示している。
【0047】
そのため、本実施形態の生体調節機能要素判定手段200は、さらに体調マップ演算手段250及び感覚マップ演算手段260を有している。生体信号測定装置1から取得した背部音・振動情報から得られる背部体表脈波(APW)を周波数分析し、対象となる解析区間について、解析波形を両対数軸表示に表し、その解析波形を低周波帯域、中周波帯域、高周波帯域に分け、区分けした解析波形の傾きと、全体の解析波形の形とから一定の基準に基づいて解析波形の点数化を行い、それを座標軸にプロットしたものである。体調マップは、自律神経系の制御の様子を交感神経と副交感神経のバランスとして見たものであり、感覚マップは、体調マップに心拍変動の変化の様子を重畳させたものである。
【0048】
具体的には、体調マップ演算手段250は、背部体表脈波を周波数解析した解析波形について、所定周期領域毎に回帰直線をまず求める。次に、周期領域毎に求められる各回帰直線を、その傾きに基づいて領域得点を付与すると共に、隣接する周波数領域における回帰直線間のパワースペクトル密度の値の較差及び回帰直線間の傾きの違いに基づき、各回帰直線全体における分岐現象を示す折れ点数を求め、その折れ点数に基づいた形状得点を付与し、領域得点及び形状得点の少なくとも一方を用いて、各解析波形についての判定基準点を求める。領域得点としては、各領域における各回帰直線の傾きを略水平状態、上向き及び下向きの3つに分け、例えば略水平状態の得点を基準として、上向きの場合と下向きの場合とで得点を増減させて得点を付与する。形状得点としては、折れ点数が少ないほど高得点を付与する。
【0049】
判定基準点を求める際には、ゼロクロス法により求めた周波数傾き時系列波形を用いて第1の判定基準点を求め、ピーク検出法により求めた周波数傾き時系列波形を用いて第2の判定基準点を求める。そして、第1の判定基準点に基づく指標を一方の軸に、第2の判定基準点に基づく指標を他方の軸にとって、座標点をプロットし、
図7(a)に例示したような体調マップが作成される。体調マップでは、座標点同士を結んだ座標時系列変化線が、1/fの傾きに近似した変化傾向であると判定された場合には快適と判定され、上下方向に変化していると判定された場合には不快と判定される。
図7(a)は、座標原点に合わせずに複数の座標点を結んでいるが、時間的に異なる2点の変化傾向を見る場合、1点目を座標原点に合わせて、2点目が第4象限にプロットされると、この生体調節機能要素に関しては「良好」ということになり、判断がより容易になる。
【0050】
感覚マップ演算手段260は、心拍変動に関連するピーク検出法を用いた周波数の時系列波形において、所定のオーバーラップ時間で設定した所定の時間窓毎に周波数の平均値を求める移動計算を行い、時間窓毎に得られる周波数の平均値の時系列変化を周波数変動時系列波形として求め、さらに、ゼロクロス法を用いた周波数の時系列波形から求められる機能点に対応する指標を一方の軸にとると共に、ピーク検出法により求められる上記の周波数変動時系列波形の所定の時間幅における変化量に対応する指標を他方の軸にとり、機能点と変化量とから求められる座標の時系列変化を求めていく手段である。
図7(b)がこのようにして求めた感覚マップの一例である。
図7(b)では、座標原点に合わせずに複数の座標点を結んだものであるが、時間的に異なる2点の変化傾向を見る場合、1点目を座標原点に合わせて、2点目をプロットすると、両者間の離隔距離及び離隔方向が判断しやすくなる。
【0051】
なお、機能点は、比較対象の前後2つの時間範囲における解析波形の判定基準点間において、次式:
機能点=後時間範囲の判定基準点+(後時間範囲の判定基準点−前時間範囲の判定基準点)×n、(但し、nは補正係数)
により求められる。
【0052】
感覚への関連性の高い指標としては、上記の恒常性維持機能レベル判定手段240により求められる恒常性維持機能レベルの時系列変化のうち、例えば、周波数傾きと積分値を用いて、普通から良好といえるレベルの指標(上記の例では、レベル1〜3)、注意を要するレベルの指標(上記の例では、レベル4〜6)を用いてそれらの頻出頻度を用いて判定できる。恒常性維持機能レベルは、上記のように自律神経機能の状態と高く関連しているが、体調、基礎的な体力、あるいは動機付けにより、疲労に対して交感神経代償作用が発現した際、疲労感を感じるときと感じないときがある。従って、疲労に対する交感代償作用と基礎的な体調は、それを疲労として感じる感覚との関連性が高い。なお、ここでいう感覚とは、倦怠感あるいは覚低状態を伴う喪失感に似た感覚のことである。
【0053】
疲労感推定手段300は、上記の生体調節機能要素判定手段200において求められる各生体調節機能要素のゆらぎ性能に関する各時系列変化から、所定の基準に照らして分析対象の人の基礎的な体調(基礎的体調)を推定する手段である。生体調節機能要素判定手段200においては、上記のように、生体調節機能要素のゆらぎ性能に関する時系列変化が複数種類得られるように設定されているが、この複数種類得られる各時系列変化は、所定の判定時間毎に得られる。例えば、周波数傾き時系列波形演算手段210は、生体信号測定装置1からのデータを取得した後、最初の演算結果が出力されるまで数分かかるが、その後は、例えば、18秒ごとに得られ、それにより時系列変化が求められる。分布率演算手段220により得られる分布率、疲労曲線演算手段230により得られる疲労度、及び恒常性維持機能レベル演算手段240により得られる恒常性維持機能レベルも最初の演算結果が出力されるまで数分かかり、その後、例えば18秒毎に得られ、それぞれ時系列変化が求められる。体調マップ演算手段250及び感覚マップ演算手段260によりそれぞれ得られる演算結果は、最初は20〜30分かかるが、2点目はその約十数分後、3点目以降は数分毎に得られる。これに対し、基礎的体調推定手段300は、各生体調節機能要素におけるこれらの各判定時間よりも長い時間(基礎的体調推定時間)について、基礎的体調を推定する。
【0054】
疲労感推定手段300は、各生体調節機能要素の判定結果を組み合わせて、疲労感のマスキングが生じている状態であるか否かを推定する。疲労感推定手段300は、第1推定手段310、第2推定手段320及び第3推定手段330を有している。
図8は、疲労感推定手段300による推定手順を示したフローチャートである。この図に示したように、第1推定手段310は、分析対象の生体信号についての自律神経機能への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じている状態(カテゴリ1)と推定する(S110)。第2推定手段320は、第1推定手段310により疲労感のマスキングが生じている状態(カテゴリ1)と推定されない分析対象の生体信号について、肉体・精神疲労への関連性の高い指標の時系列変化が、所定の基準を満たす場合に、疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)であると推定する(S120)。第3推定手段330は、第2推定手段320において疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)と推定されない分析対象の生体信号について、所定の基準に基づき、少なくとも、疲労感のマスキングが生じている状態(カテゴリ1)及び疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)のいずれかに分類する(S130)。
【0055】
すなわち、分析対象の生体信号を、少なくとも3種類の生体調節機能要素を用いて判別し、物事に対して視野が狭く疲労の自覚が困難な疲労感のマスキングがなされている状態(カテゴリ1)、安静状態で自らの疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)を推定する。また、好ましくは、両者の中間的なレベルのぼんやりとした状態(カテゴリ2)についても推定する。
【0056】
より具体的には、第1推定手段310では、脳機能・自律神経機能あるいは内分泌系の調節機能のゆらぎに基づいた恒常性維持機能に関する指標である上記の周波数傾き時系列波形、分布率、疲労曲線(疲労度)を用いる。恒常性維持機能レベルは、入眠予兆、切迫睡眠、覚低走行状態など、疲労の蓄積の結果生じる兆候を判別しやすい指標である。また、脳機能によって調節されている恒常性維持機能のゆらぎは、その周波数帯域の差により、内分泌系など、支配される調節システムを異にするが、上記の中でも分布率は、これらの調節システムの急変時、減衰時、増大時がよく反映される指標である。そこで、これらを用いると、運転等の作業を行う上で注意や警告を要する状況を捉えることができ、分布率の急変時等の頻度が所定以上になる場合を、物事に対して視野が狭くなっている疲労の自覚が困難な疲労感のマスキングが生じている状態(カテゴリ1)と推定する。
【0057】
肉体・精神疲労への関連性の高い指標である体調マップ・感覚マップは、快調、快適に感じている場合の指標を顕著に判別しやすい。そこで、第2推定手段320は、この指標を用いて、快調、快適を示す条件の場合に、安静状態で自らの疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)として抽出する。脳機能、自律神経機能及び内分泌系の調節機能への関連性の高い指標と、肉体・精神疲労への関連性の高い指標とのいずれを優先して用いるかについては、肉体・精神疲労の変調も自律神経との関わりが基本的に存在するため、本実施形態のように、脳機能や自律神経機能等への関連性の高い指標を用いた推定を第1推定手段310で実施し、次に、肉体・精神疲労への関連性の高い指標を用いた推定を第2推定手段320で実施することが好ましい。
【0058】
脳機能、自律神経機能及び内分泌系のホルモン分泌調節機能への関連性の高い指標は、本実施形態では上記のように、周波数傾き時系列波形、分布率、疲労曲線(疲労度)、及び恒常性維持機能レベルの4つある。このうち、一つにおいて、入眠予兆等の兆候を所定以上検出した場合に、「カテゴリ1」と推定するように設定することも可能であるが、複数の指標において所定の兆候を検出した場合に、「カテゴリ1」と推定することは信頼度を高めるため好ましい。
【0059】
従って、例えば、第1推定手段310では、周波数傾き時系列波形演算手段210から求められる周波数傾き時系列波形、分布率演算手段220から求められる分布率の時系列波形、疲労曲線演算手段230から求められる疲労曲線(疲労度の時系列波形)、及び恒常性維持機能レベル演算手段240から求められる恒常性維持機能レベルのうち、3つ以上の指標が所定の基準を満たす場合(
図8のS110で「Yes」と判定された場合)に「カテゴリ1」と推定するように設定できる(
図8のS111)。
【0060】
本実施形態において「カテゴリ1」と推定する所定の基準は、次のように設定している。
(a)周波数傾き時系列波形演算手段210から求められる指標
ゼロクロス法を用いた周波数傾き時系列波形において、振幅変化を比較し、複数回(通常、2〜4回の範囲で設定)連続で1つ前の振幅の9〜6割未満に変化する収束箇所が生じた場合(交感神経活動が低下し、眠気に抵抗できない状態に陥ったことを推定する指標)
(b)分布率演算手段220から求められる指標
ゼロクロス法を用いた周波数傾き時系列波形の分布率の時系列変化において、所定時間の範囲(通常、60〜120秒間の範囲で設定)で、0.0017Hzの分布率が急減(通常、減少率15%以上で設定)し、その間に0.0053Hzの分布率が急増(通常、増加率15%以上で設定)した場合(入眠予兆現象の出現を推定する指標)
(c)疲労曲線演算手段230から求められる指標
所定時間(通常、3〜10分の範囲で設定)の間における、ピーク検出法を用いた疲労曲線(ピーク検出法を用いた周波数傾き時系列波形の絶対値の積算の時系列波形)の傾きが、ゼロクロス法を用いた疲労曲線(ゼロクロス法を用いた周波数傾き時系列波形の絶対値の積算の時系列波形)の傾きよりも大きく変化する箇所が1箇所以上存在し、かつ、所定時間経過時に、ピーク検出法を用いた疲労曲線が所定の値以上に至った場合(副交感神経活動が極端に優位な状態であることを推定する指標)
(d)恒常性維持機能レベル演算手段240から求められる指標
18秒毎に得られる恒常性維持機能レベルのうち、普通レベルよりは低いレベル、上記の例ではレベル4〜6という注意判定が数回から十数回以上出現する場合(副交感神経活動が優位な状態と推定されるときに出現する指標)、あるいは、警告を要するレベル、上記の例ではレベル7〜11の警告判定が数回以上出現する場合(交感神経活動の急激な亢進や極端な低下などが推定されるときに出現する指標)
【0061】
第2推定手段320は、上記の(a)〜(d)の指標のうち3つ以上において「カテゴリ1」と推定されなかったデータ(
図8のS110で「No」と判定されたデータ)に関し、体調マップ演算手段250及び感覚マップ演算手段260の指標を用いて所定の基準を満たすか否かを判定し(
図8のS120)、所定の基準を満たす場合に「カテゴリ3」に相当すると推定する(
図8のS121)。
【0062】
(e)「カテゴリ3」と判定される場合の指標
本実施形態では、体調マップ演算手段250から求められる時系列変化が、一つ手前の演算結果が出力されるポイント(上記のように、1点目、2点目は所定の時間経過後に出力されるが、3点目以降は数分毎に出力される)を座標原点に合わせた際に、次のポイントが第4象限にプロットされ、かつ、感覚マップ演算手段260から求められる時系列変化が、同じく一つ手前のポイントを座標原点に合わせた際に、X軸方向に所定以上離隔してプロットされる場合に、「カテゴリ3」と推定するように設定している(
図8のS120で「Yes」の場合、S121)。
【0063】
なお、「カテゴリ1」と推定される(a)〜(d)の判定基準及び「カテゴリ3」と推定される(e)の判定基準は、多数の事例の統計的分析に基づくものであるが、これに限定されるものではない。例えば、個人毎にデータを蓄積して、個人毎に統計的に条件を設定するようにしてもよい。
【0064】
第3推定手段330は、推定対象のデータが、第1推定手段310において「カテゴリ1」、第2推定手段において「カテゴリ3」のいずれもの基準も満たさない場合(
図8のS110で「No」と判定され、かつ、S120で「No」と判定された場合)に実行される(
図8のS130)。第3推定手段330は、恒常性維持機能レベル判定手段240により求められる恒常性維持機能レベルの時系列変化のうち、交感神経活動が優位で普通から良好といえるレベルの指標(上記の例では、レベル1〜3)と、副交感神経活動が優位で注意を要するレベルの指標(上記の例では、レベル4〜6)の境界付近のレベルの出現頻度を比較する。但し、レベルの1段階の違いでは、状態の違いは小さいため、2段階以上違うレベルで比較することが好ましい。本実施形態では、普通から良好といえるレベルの指標のうちの真ん中のレベル2の指標と、注意し始める必要のあるレベル4の指標の出現頻度の割合を比較している。基本的には、交感神経活動が優位で良好状態を示すレベル2の出現頻度が高く、副交感神経活動が優位で注意状態を示すレベル4の出現頻度が低い場合には「カテゴリ3」と推定でき、出現頻度が逆の関係の場合には「カテゴリ1」と推定できるが、第3推定手段330の分析対象となるデータは、第1推定手段310及び第2推定手段320において明確に「カテゴリ1」、「カテゴリ3」と推定されなかったものであるため、いずれにも分類しにくいデータも想定される。そこで、本発明では、多数の事例を分析し、ベイズ推定の手法により、「カテゴリ1」及び「カテゴリ3」並びにそれらの中間状態である「カテゴリ2」に分類する基準を設定している(
図8のS131)。
【0065】
本実施形態によれば、例えば、人の状態を解析する場合、複数の生体調節機能要素を組み合わせて、疲労感推定手段300により解析している。複数の要素の判定基準を用いるため、物事に対して視野が狭くなっている疲労の自覚が困難な疲労感のマスキングが生じる状態(カテゴリ1)、安静状態で自らの疲労感のマスキングが生じていない状態(カテゴリ3)、並びに、両者の中間的なレベルのぼんやりとした状態(カテゴリ2)を、適正に推定することができる。
【0066】
また、本実施形態の疲労感推定手段300は、分析対象の生体信号データについて、第1推定手段310によってまず「カテゴリ1」の状態を抽出し、第1推定手段310によって抽出されなかったデータのみについて、第2推定手段320において「カテゴリ3」の状態を抽出し、さらに、第1推定手段310及び第2推定手段320のいずれにおいても抽出されなかったデータのみについて、第3推定手段330の判定対象となる。すなわち、第1推定手段310及び第2推定手段320が、明確に「カテゴリ1」、「カテゴリ3」に相当するものだけをまず抽出し、その後、残りの分析対象データのみを第3の推定手段330で処理している。判定要素として、複数の生体調節機能要素を用いるため、このように、各推定手段310〜330において抽出データを絞り、段階的に判定することにより、各データの処理をするコンピュータの演算処理装置と、生体信号測定装置から受け取ったデータを記憶する記憶部との間におけるデータのやり取り、演算をシンプルにすることができ、演算処理装置の処理を効率化することができる。各推定手段310〜330で、それぞれの基準に基づいて一度に分析する場合、分析結果の異同に応じてさらなる処理が必要となり、演算処理が複雑になって演算速度も遅くなることが懸念される。
【0067】
(実験例1)
A:脳波計測実験
(1)実験方法
達成感などの感情を形成する前頭前野の働きを確認するため、前頭極脳波を測定する。計測部位は国際10−20法に基づいたFp1、Fp2、A1、A2及び眼球運動とする。これを、被験者が過去に見た映画の中で再視聴を望む映画の映画鑑賞を行っている状態と、ストレスのない状態での安静着座の2つの条件で計測した。いずれも実験室内で自動車用シートに着座させ、60分間計測した。計測項目は、脳波以外に心電図、背部体表脈波(APW:生体信号測定装置1のセンサ14から得られる背部音・振動情報をフィルタリング処理した1Hz近傍の波形)、指尖容積脈波である。被験者は、24歳、25歳、30歳の健常な日本人男性3名である。
【0068】
(2)実験結果
心電図のRR間隔の時系列データ及びAPWの周波数傾き時系列波形を周波数解析し、対数パワースペクトル密度と対数周波数との関係を示すゆらぎ波形を求め、このゆらぎ波形について近似線を引き、その傾き角度を求めた。結果を
図9(a),(b)に示す。この図から、心電図のRR間隔のゆらぎとAPWの周波数傾き時系列波形のゆらぎの傾向が一致していることがわかる。すなわち、安静時では、心電図、APW共に傾きが−1に近く、映画鑑賞時では、傾きが−1よりきつくなっている。
従って、この前提より、APWを用いての測定は人の状態を推定するのに有効であることがわかる。なお、周波数解析に用いた周波数帯域は、0.01〜0.03Hzの範囲とした。交感神経活動、副交感神経活動の出現度合いは0.01〜0.04Hzの周波数帯域に現れると言われているが、ノイズの混入をできるだけ避け、ばらつきを排除するため、0.03Hzまでのデータを用いることが好ましい。
【0069】
次に、生体状態推定装置100により、生体状態の推定を行う。各被験者のAPWの分析対象区間の波形について、上記のカテゴリ1、カテゴリ2、及びカテゴリ3の推定を行った。また、各カテゴリの推定が行われた分析対象区間のタイミングにおける脳波のβ波の含有率を測定した。脳波解析は、まばたきや体動などのアーチファクトを除去するため、Fp1若しくはFp2の振幅が一定値以上の区間は分析対象から除外した。Fp1、Fp2の14〜30Hzの周波数帯域を前頭前野β波として分析対象区間毎に求め、Fp1及びFp2の前頭前野β波の含有率の平均値を算出し、平均値より高い分析対象区間の数、平均値以下の分析対象区間の数をカテゴリ別に求めた。次表にその結果を示すが、フィッシャーの正確確率検定で、p=0.017であり、相関性が認められた。
【0071】
表1より、β波含有率が高くなっていると、前頭前野が活性化しており、このこととカテゴリ1との相関性が高いことがわかる。
【0072】
B:実車走行実験
(1)実験方法
血流改善や筋肉疲労改善などの生理活性作用を示すことが知られているアスタキサンチンを担持させた布帛(AX担持布帛)、アスタキサンチンを担持させていない布帛(AX担持無し布帛)を予め準備する。実車走行実験は、AX担持布帛を被験者の両肩に貼付した場合、AX担持無し布帛を被験者の両肩に貼付した場合、何も貼付しない場合の3種類に関して行う。但し、被験者には、AX担持布帛及びAX担持無し布帛を区別することなく、いずれもアスタキサンチンを担持させた布帛であると伝えて実験を行った。被験者はトラックドライバーであり、35歳、43歳、45歳の日本人男性である。計測項目は、背部体表脈波(APW:生体信号測定装置1のセンサ14から得られる背部音・振動情報をフィルタリング処理した1Hz近傍の波形)である。
【0073】
(2)実験結果
APWの周波数傾き時系列波形を周波数解析し、対数パワースペクトル密度と対数周波数との関係を示すゆらぎ波形を求め、このゆらぎ波形について近似線を引き、その傾き角度を求めた。なお、周波数解析する際に用いたAPWの周波数傾き時系列波形の周波数帯域は、上記と同様に0.01〜0.03Hzの範囲であった。その結果が
図10である。
図10に示したように、AX担持布帛を貼付した場合の傾きの平均値は−1.61であり、AX担持無し布帛を貼付した場合の傾きの平均値は−0.97であり、何も貼付しなかった場合の傾きの平均値は−1.00であった。AX担持布帛を貼付した場合は、アスタキサンチンの効果により、上記の映画鑑賞の際と同様に、集中力が高まって視野が狭まる傾向にあると言える。一方、AX担持無し布帛を貼付した場合と何も貼付しなかった場合は、被験者が職業ドライバーであることから、大きなストレスを感じることなく、リラックスして走行したものと考えられる。従って、アスタキサンチンは、疲労感をマスキングする作用を高める効果があると考えられる。
【0074】
図11は、AX担持布帛を貼付した場合、AX担持無し布帛を貼付した場合、及び何も貼付しなかった場合の本発明の生体状態推定装置100によるカテゴリ1の判定回数を示したものである。
【0075】
いずれも運転時間が長くなるにつれてカテゴリ1の判定回数が増加しているが、判定回数の少ない順に、AX担持布帛を貼付した場合、AX担持無し布帛を貼付した場合、及び何も貼付しなかった場合となっている。つまり、カテゴリ1の判定回数の変化は、実際に疲労していく過程の蓄積度合いを示しているが、表1に示したように、カテゴリ1の判定が前頭前野β波の含有率との相関が高いことから、時間経過に伴う増加の程度が少ないほど、前頭前野の働きにより、疲労感を感じさせないようにマスキングする程度が高まっている考えられる。そのため、AX担持布帛を貼付した場合のマスキングの程度が最も高くなっている。AX担持無し布帛を貼付した場合が何も貼付しなかった場合よりもマスキングの程度が高いと判定されたのは、予めアスタキサンチンを担持させた布帛であると伝えたことによるプラセボ効果の作用と考えられる。従って、本発明の生体状態推定装置100による疲労感推定手段300により、疲労感のマスキングが生じる可能性の有無を推定可能であることがわかる。
【0076】
(実験例2)
上記実施形態の生体信号測定装置1((株)デルタツーリング製の居眠り運転警告装置(スリープバスター(登録商標))をトラックの座席に装着して複数人の職業ドライバーについて生体信号を測定した。このうち、事故を起こした40歳代の男性運転手の車両から生体信号測定装置1のデータを約2年間分、計539運行分抽出した。データは事故発生2か月前から、発生21か月後までで構成される。当該運転手は夜間勤務で、運行ルートは毎運行ほぼ同一であった。抽出データより、上記実施形態の生体状態推定装置100を用い、疲労感推定手段300によって、上記の3つのカテゴリ(疲労感のマスキング作用により疲労を自覚しにくい状態(カテゴリ1)、疲労感のマスキング作用が生じておらず疲労を自覚できる状態(カテゴリ3)、及びそれらの中間状態(カテゴリ2))の推定結果を5分ごとに算出した。
【0077】
図12は、事故発生日(図中、「0日」、発生時刻「6時」)の45日前から発生後8日目までの推定結果をマトリクス化したものである。事故発生前の通常状態では、適度な判定の変化をしており、体調変化にゆらぎがあることが分かった。一方で事故発生日の週は、疲労を自覚しにくい状態(カテゴリ1)が多くなり、また、判定の変化が少なく、ゆらぎが低下していることが分かった。なお、事故発生翌週は再びゆらぎのある変化となっていた。そのため、事故発生日は疲労や眠気などの体調の変化に身体が対応できていないことを示した。そのため、上記パターンの場合には事故発生の原因となるような体調であった可能性が示唆された。
【0078】
図13は、一運行ごとの走行時間(車を運転していた時間)と各判定数を分布図に示したもので、事故2か月前と事故直前2週間のデータをそれぞれまとめたものである。事故2か月前は一運行中の走行時間にばらつきのない状態で推移し、その中で一運行ごとの判定数の変化にゆらぎがあったのに対し、事故直前2週間は走行時間のばらつきが多いものの、各判定数は正の相関に近い傾向になっていた。つまり、事故直前の運転手は判定数の急増が示すように、変化に対応しきれない状態に陥っていた。また、
図14からも事故直前にかけて一運行中の走行時間のばらつきが増加傾向にあったことが分かる。
図12で事故発生時はゆらぎが低下傾向になっていたことから、事故直前は走行時間のばらつきから体調に何らかの不良が生じていた可能性が示唆された。
【0079】
参考までに、当該運転手に週1回面談でアドバイスを行った結果について説明する。株式会社デルタツーリング製、商品名「スリープバスター」では、恒常性維持機能レベル判定手段240による判定結果は、例えば、
図6に示したように表示されるように設定されているため、面談の際には、この恒常性維持機能レベル判定手段240により判定された結果を用いた。
図15は、判定結果を月単位で集計し、曜日ごとの警告判定の頻出回数の平均値を算出したものである。図中、左図の棒グラフは警告の頻出回数の平均値、折れ線グラフは運行日数、右図は各運行の実数値を示す。事故翌月は休日明けの日曜日、または月曜日の警告の頻出回数が多く、週の中盤から後半にかけて同等もしくは少なくなる傾向であった。これらのことから、夜勤主体の勤務形態では、休日の過ごし方が重要であると考えられる。休日明けの夜勤が、身体が休日モードから仕事モードへ切り替わりにくくなっていることで、休日明けの警告の頻出回数が多くなっていたと思われる。そのため、休日の過ごし方に注意するようアドバイスを行った。その結果、13ヶ月後、21ヶ月後は休み明けが他の曜日より少なくなる傾向に変化した。本面談により、休み明けの勤務に向けて調子が整えられたのではないかと考えられる。これにより、週1回の面談により事故防止の低減効果が得られ、結果として2年間以上無事故を継続できているものと考えられる。
【0080】
背部体表脈波から算出した体調推定法を職業運転手に適用し、事故直前およびその後2年間の面談による体調の変化の傾向を観察し、その効果を検証した。その結果、走行時間のばらつきによる影響や、休日明け夜間勤務など、休暇と仕事の切り替わりが体調に影響を与える要因と推測され、面談による注意、改善を行うことは、事故低減に有用であると言える。