(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
(
参考形態1)
参考形態1の圧粉磁心用粉末について、
図1〜
図3を用いて説明する。
図1〜
図3に例示されるように、本
参考形態の圧粉磁心用粉末1は、軟磁性粒子2の集合体である。軟磁性粒子2は、軟磁性金属粒子21と、軟磁性金属粒子21の表面を被覆するフェライト被膜22とを有している。フェライト被膜22は、スピネル構造を有するフェライト結晶粒221より構成されている。圧粉磁心用粉末1は、粉末X線回折パターン10にフェライト結晶粒221に由来する回折ピーク101が存在している。以下、詳説する。
【0018】
軟磁性金属粒子21としては、例えば、飽和磁束密度の向上等の観点から、純鉄粒子、Fe基合金粒子などを用いることができる。上記Fe基合金としては、例えば、Fe−Si系合金、Fe−Co−V系合金、Fe−Si−Al系合金などを例示することができる。
【0019】
軟磁性金属粒子21の粒子径は、成形性およびヒステリシス損失の低減等の観点から、好ましくは25μm以上、より好ましくは50μm以上、さらに好ましくは75μm以上とすることができる。また、軟磁性金属粒子21の粒子径は、渦損失の低減等の観点から、好ましくは300μm以下、より好ましくは200μm以下、さらに好ましくは106μm以下とすることができる。なお、軟磁性金属粒子21の粒子径は、圧粉磁心用粉末1をレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置(堀場製作所社製、「ParticaLA−950v2」)を用いて乾式にて測定される、体積基準の累積度数分布が50%を示すときの粒子径(直径)d50から後述のフェライト被膜22の膜厚を差し引いた値である。
【0020】
フェライト被膜22は、圧粉磁心4における軟磁性金属粒子21間の絶縁性を確保しやすくなる等の観点から、軟磁性金属粒子21の表面の全てを被覆しているとよい。なお、上述した作用効果が得られる限り、軟磁性金属粒子21の表面の一部にフェライト被膜22に覆われていない部分が存在していてもよい。
【0021】
フェライト被膜22において、フェライト結晶粒221の大きさは、10nm以上とすることができる。この場合には、フェライト被膜22の強度向上が確実なものとなり、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を抑制することができ、耐熱性が向上された圧粉磁心4を得やすくなる。
【0022】
フェライト結晶粒221の大きさは、上記効果をより確実なものにする観点から、好ましくは30nm以上、より好ましくは40nm以上、さらに好ましくは50nm以上、さらにより好ましくは60nm以上、さらにより一層好ましくは70nm以上とすることができる。また、フェライト結晶粒221の大きさは、フェライト被膜22の膜厚以下とすることができる。具体的には、フェライト結晶粒221の大きさは、形成性、フェライト被膜の剥離抑制、フェライト被膜の割れ抑制等の観点から、好ましくは1000nm以下、より好ましくは200nm以下、さらに好ましくは100nm以下とすることができる。なお、フェライト結晶粒221の大きさは、圧粉磁心用粉末1の断面TEM像を用いて、軟磁性粒子2におけるフェライト被膜22に含まれる10個のフェライト結晶粒221についてそれぞれ最大径を測定し、得られた各最大径の平均値である。
【0023】
フェライト被膜22は、断面視で、フェライト結晶粒221同士の界面222が直線状を呈している。この構成によれば、隣接するフェライト結晶粒221同士の間に隙間が少なくなって緻密質な膜となる。そのため、この構成によれば、フェライト被膜22の強度向上が確実なものとなり、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を抑制することができ、耐熱性が向上された圧粉磁心4を得やすくなる。なお、上記断面視は、断面TEM像による。
【0024】
フェライト被膜22の化学組成は、M
XFe
2O
4、但し、Mは、Fe、Cu、Mg、Ni、Zn、および、Mnからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素、0<X≦1とすることができる。なお、Mが2種以上の金属元素を含む場合、各金属元素が0<X≦1を満たす。但し、各元素のXの値の合計は1である。この場合には、飽和磁束密度と体積固有抵抗とのバランスが良い圧粉磁心用粉末1が得られる。
【0025】
上記金属元素Mは、より具体的には、MnおよびZn、または、NiおよびZnを含む構成とすることができる。この場合には、飽和磁束密度と体積固有抵抗とのバランスが良い圧粉磁心用粉末1を得やすくなる。
【0026】
フェライト被膜22の膜厚は、例えば、20nm〜600nmの範囲内とすることができる。この場合には、軟磁性金属粒子21同士の絶縁性を確保しやすく、適切な密度により飽和磁束密度の向上に有利な圧粉磁心4を得やすくなる。フェライト被膜22の膜厚は、上記絶縁性の確保等の観点から、好ましくは10nm以上、より好ましくは50nm以上、さらに好ましくは100nm以上とすることができる。フェライト被膜22の膜厚は、上記飽和磁束密度の向上、高密度化等の観点から、好ましくは1000nm以下、より好ましくは200nm以下、さらに好ましくは100nm以下とすることができる。なお、フェライト被膜22の膜厚は、圧粉磁心用粉末1の断面TEM像を用いて、1個の軟磁性粒子2について、軟磁性金属粒子21とフェライト被膜22との界面223に垂直な方向におけるフェライト被膜22の厚みを3点測定し、得られた各値の平均値である。
【0027】
圧粉磁心用粉末1の粉末X線回折パターンは、Cu管球をX線源とした粉末X線回折装置(Rigaku社製、「RINT2000」)またはこれと同等の装置を用いて測定される。粉末X線回折パターン10の測定範囲は、フェライト結晶粒221のスピネル構造がはっきりと見えやすい2θ/θが34〜37°の範囲を含むように設定される。スピネル構造を有するフェライト結晶粒221に由来する回折ピークは、2θ/θ=35.5°に見られる。
【0028】
なお、軟磁性金属粒子の表面にフェライト微粒子が堆積してなるフェライト被覆粉末には、上記回折ピーク101が見られない。したがって、圧粉磁心用粉末1において、「フェライト結晶粒221に由来する回折ピーク101が存在している」という規定は、フェライト微粒子が堆積してなるような被膜とは異なるフェライト被膜22を有していることを意味している。
【0029】
圧粉磁心用粉末1は、より具体的には、回折ピーク101の半値幅が0.5°以下である構成とすることができる。この場合には、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を抑制することができ、耐熱性が向上された圧粉磁心4を得やすくなる。なお、上記半値幅は、2θ/θ=35.5°における回折ピーク101の半値幅のことである。
【0030】
上記半値幅は、好ましくは0.45°以下、より好ましくは0.4°以下、さらに好ましくは0.35°以下、さらにより好ましくは0.3°以下とすることができる。なお、上記半値幅は、0.18°以上とすることができる。
【0031】
圧粉磁心用粉末1は、軟磁性粒子2以外にも、潤滑剤(不図示)を含むことができる。この場合には、圧粉成形時に、フェライト被膜22同士の摩擦による摩耗等を低減しやすくなる。そのため、この場合には、圧粉成形後におけるフェライト被膜22による絶縁性を確保しやすくなる。潤滑剤としては、例えば、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アミドなどを例示することができる。
【0032】
圧粉磁心用粉末1は、軟磁性金属粒子21の表面を被覆するフェライト被膜22がスピネル構造を有するフェライト結晶粒221より構成されており、粉末X線回折パターン10にフェライト結晶粒221に由来する回折ピーク101が存在している。そのため、圧粉磁心用粉末1は、上記回折ピーク101が存在する程度まで粗大化されたフェライト結晶粒221により、フェライト被膜22の強度が向上する。その結果、圧粉磁心用粉末1は、圧粉成形時の高い応力によるフェライト被膜22の破損が抑制される。そのため、圧粉磁心用粉末1は、圧粉成形後に焼鈍がなされた場合であっても、フェライト被膜22により、隣接する軟磁性金属粒子21同士が焼結するのを抑制することができる。それ故、圧粉磁心用粉末1は、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を抑制することができ、耐熱性が向上された圧粉磁心4を得るのに適している。
【0033】
(実施形態2)
実施形態2の圧粉磁心用粉末の製造方法について、
図4を用いて説明する。なお、実施形態2以降において用いられる符号のうち、既出の
参考形態において用いた符号と同一のものは、特に示さない限り、既出の
参考形態におけるものと同様の構成要素等を表す。
【0034】
図4に例示されるように、本実施形態の圧粉磁心用粉末の製造方法では、軟磁性金属粒子21の集合体より構成される原料粉末3が準備される。また、原料粉末3における各軟磁性金属粒子21の表面にフェライト微粒子220が多数形成される。また、フェライト微粒子220を熱処理により粗大結晶化させ、各軟磁性金属粒子21の表面にスピネル構造を有するフェライト結晶粒221より構成されるフェライト被膜22が形成される。
【0035】
原料粉末3は、例えば、アトマイズ法、機械的粉砕法、還元法等により準備することができる。アトマイズ法としては、例えば、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、ガス水アトマイズ法などを例示することができる。なお、原料粉末3における軟磁性金属粒子21の材質は、実施形態1の記載を準用することができる。また、原料粉末3における軟磁性金属粒子21の粒子径は、原料粉末3をレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置(堀場製作所社製、「ParticaLA−950v2」)を用いて乾式にて測定される、体積基準の累積度数分布が50%を示すときの粒子径(直径)d50である。
【0036】
原料粉末3における各軟磁性金属粒子21の表面にフェライト微粒子220を多数形成する方法としては、例えば、原料粉末3を加熱、撹拌しながら、原料粉末3へFe
2+、上記金属元素Mの2価のイオンを含む処理液を噴霧し、処理液噴霧後の粉末へpH調整液を噴霧し、その後、粉末を洗浄し、乾燥させる方法などを用いることができる。なお、pH調整液を噴霧後、洗浄までの間に、処理液の噴霧とpH調整液の噴霧とを交互に繰り返し行うこともできる。また、予めpH6〜10程度に調整された処理液を噴霧することにより、pH調整液の噴霧を省略することもできる。これらの方法によれば、原料粉末3における各軟磁性金属粒子21の表面にフェライト微粒子220を多数堆積させることができる。
【0037】
上記フェライト微粒子220の形成方法において、原料粉末3の加熱は、例えば、大気中、90〜150℃で実施することができる。また、処理液は、酸性溶液とすることができる。また、pH調整液は、アルカリ性溶液とすることができる。また、フェライト微粒子220の粒子径は、例えば、5nm〜35nmとすることができる。フェライト微粒子220の粒子径は、断面TEM像を用いて、1個の軟磁性金属粒子21に形成された10個のフェライト微粒子220についてそれぞれ最大径を測定し、得られた各最大径の平均値である。なお、特開2014−183199号に記載されるすべての内容は、参照により本明細書に組み入れることができる。
【0038】
フェライト微粒子220の熱処理時における熱処理温度は、例えば、400〜900℃の範囲内とすることができる。この場合には、フェライト微粒子220の粗大結晶化によるフェライト被膜22の強度向上効果と、フェライト被膜22の収縮率の低減効果とのバランスに優れる。上記熱処理温度は、フェライト微粒子220の粗大結晶化によるフェライト被膜22の強度向上効果が得やすくなる等の観点から、好ましくは450℃以上、より好ましくは500℃以上、さらに好ましくは550℃以上とすることができる。また、上記熱処理温度は、フェライト被膜22の収縮率が過度に大きくならず、軟磁性金属粒子21とフェライト被膜22との密着性が向上する等の観点から、好ましくは850℃以下、より好ましくは800℃以下、さらに好ましくは750℃以下、さらにより好ましくは700℃以下とすることができる。
【0039】
フェライト微粒子220の熱処理時における熱処理時間は、例えば、0.5〜5時間の範囲内とすることができる。この場合には、フェライト微粒子220の粗大結晶化によるフェライト被膜22の強度向上効果と、フェライト被膜22の収縮率の低減効果とのバランスに優れる。上記熱処理時間は、フェライト微粒子220の粗大結晶化によるフェライト被膜22の強度向上効果が得やすくなる等の観点から、好ましくは0.1時間以上、より好ましくは0.5時間以上、さらに好ましくは1時間以上とすることができる。また、上記熱処理温度は、フェライト被膜22の収縮率が過度に大きくならず、軟磁性金属粒子21とフェライト被膜22との密着性が向上する等の観点から、好ましくは5時間以下、より好ましくは4時間以下、さらに好ましくは1時間以下とすることができる。
【0040】
フェライト微粒子220の熱処理時における雰囲気は、例えば、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気などとすることができる。この場合には、熱処理時に、フェライト被膜22と雰囲気ガスとが反応し難くなり、フェライト結晶粒221の粗大化が促進される。また、熱処理後に粉末を解砕する必要性が小さくなる等の利点がある。不活性ガスとしては、具体的には、例えば、窒素ガス、アルゴンガスなどを例示することができる。
【0041】
フェライト微粒子220の熱処理時における圧力は、例えば、生産性等の観点から、好ましくは2×10
−2Pa以上、より好ましくは10Pa以上、さらに好ましくは100Pa以上とすることができる。また、上記圧力は、被膜中における酸素元素比率の維持等の観点から、好ましくは101kPa以下、より好ましくは80kPa以下、さらに好ましくは50kPa以下とすることができる。
【0042】
フェライト微粒子220の熱処理は、フェライト微粒子220の形成後に実施してもよいし、フェライト微粒子220の形成と同時に実施してもよい。また、フェライト微粒子220の熱処理は、圧粉磁心4の製造時における圧粉成形工程にて実施することもできる。圧粉成形方法としては、例えば、熱間静水圧プレス、一軸または多軸プレス、押し出しプレスなどの成形方法を例示することができる。
【0043】
上記圧粉磁心用粉末の製造方法によれば、原料粉末3における各軟磁性金属粒子21の表面にフェライト微粒子220が多数形成され、このフェライト微粒子220が熱処理によって粗大結晶化することにより、スピネル構造を有するフェライト結晶粒221より構成されるフェライト被膜22が形成される。そのため、上記圧粉磁心用粉末の製造方法によれば、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を抑制することができ、耐熱性が向上された圧粉磁心4を得るのに適した圧粉磁心用粉末1を製造することができる。
【0044】
(
参考形態3)
参考形態
3の圧粉磁心について、
図5を用いて説明する。
図5に例示されるように、本
参考形態の圧粉磁心4は、圧粉磁心用粉末1の圧粉成形体であり、かつ、歪が除去されている。本
参考形態では、圧粉磁心4を構成する圧粉磁心用粉末1として、
参考形態1の圧粉磁心用粉末を用いることができる。
【0045】
圧粉磁心4の形状は、特に限定されるものではなく、各種の公知の形状を採用することができる。なお、歪が除去されているか否かは、保磁力を測定することによって判断することができる。保磁力Hcは、例えば、軟磁性金属粒子21が純鉄粒子の場合、164A/m(600℃焼鈍時)以下とすることができる。保磁力Hcは、例えば、軟磁性金属粒子21がFe−Si系合金粒子の場合、313A/m(1000℃焼鈍時)以下とすることができる。保磁力Hcは、例えば、軟磁性金属粒子21がFe−Co−V系合金粒子の場合、313A/m(1100℃焼鈍時)以下とすることができる。保磁力Hcは、例えば、軟磁性金属粒子21がFe−Si−Al系合金粒子の場合、46A/m(700℃焼鈍時)以下とすることができる。
【0046】
圧粉磁心4は、例えば、上述した圧粉磁心用粉末1を圧粉成形し、焼鈍することにより得ることができる。圧粉成形方法としては、例えば、熱間静水圧プレス、一軸または多軸プレス、押し出しプレスなどの成形方法を例示することができる。圧粉時の圧力は、具体的には、例えば、1000MPa〜1568MPaの範囲内とすることができる。また、焼鈍温度は、具体的には、例えば、400℃〜1000℃の範囲内とすることができる。
【0047】
圧粉磁心4は、圧粉磁心用粉末1を用いているので、耐熱性に優れ、高飽和磁束密度かつ低損失である。
【0048】
圧粉磁心4は、例えば、モータ、点火コイル、燃料噴射インジェクタなどに好適に用いることができる。
【0049】
(
参考形態4)
参考形態4の圧粉磁心について、
図5を用いて説明する。本
参考形態の圧粉磁心4は、粉末X線回折パターンにFeOに由来する回折ピークが存在していない。なお、圧粉磁心4の粉末X線回折パターンは、Cu管球をX線源とした粉末X線回折装置(Rigaku社製、「RINT2000」)またはこれと同等の装置を用い、圧粉磁心4の破断面試料にて測定される。その他の構成は、
参考形態3と同様である。
【0050】
この場合には、フェライト被膜22中に体積固有抵抗の小さなFeOを含まず、フェライト被膜がフェライト結晶粒221からなる。そのため、この場合には、高比抵抗な圧粉磁心が得られる。その他の作用効果は、
参考形態3と同様である。
【0051】
圧粉磁心4の比抵抗は、好ましくは、100μΩ・m以上、より好ましくは、500μΩ・m以上とすることができる。なお、磁束密度低下などの観点から、圧粉磁心4の比抵抗は、例えば、10000μΩ・m以下とすることができる。
【0052】
(実施形態5)
実施形態5の圧粉磁心の製造方法について説明する。本実施形態の圧粉磁心の製造方法は、圧粉成形工程と、焼鈍工程と、変態熱処理工程とを有している。
【0053】
圧粉成形工程は、圧粉磁心用粉末を圧粉成形する工程である。圧粉磁心用粉末としては、
参考形態1に例示される圧粉磁心用粉末、実施形態2に例示される圧粉磁心用粉末の製造方法によって得られる圧粉磁心用粉末を用いることができる。なお、圧粉成形方法としては、例えば、熱間静水圧プレス、一軸または多軸プレス、押し出しプレスなどの成形方法を例示することができる。圧粉時の圧力は、具体的には、例えば、1000MPa〜1568MPaの範囲内とすることができる。
【0054】
焼鈍工程は、得られた圧粉成形体を焼鈍する工程である。焼鈍により、圧粉成形時に圧粉成形体に生じた歪が除去される。焼鈍温度は、好ましくは、400℃〜1000℃の範囲内とすることができる。焼鈍温度は、歪除去を確実なものとするなどの観点から、より好ましくは450℃以上、さらに好ましくは500℃以上、さらにより好ましくは560℃以上、さらにより一層好ましくは600℃以上とすることができる。焼鈍温度は、フェライト被膜中に生成するFeO量の低減などの観点から、好ましくは980℃以下、より好ましくは950℃以下、さらに好ましくは930℃以下、さらにより一層好ましくは900℃以下とすることができる。
【0055】
また、焼鈍時間は、具体的には、例えば、歪除去を確実なものとするなどの観点から、好ましくは0.5時間〜5時間、より好ましくは0.5時間〜1時間の範囲内とすることができる。
【0056】
また、焼鈍雰囲気は、例えば、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気などとすることができる。焼鈍雰囲気は、被膜組成の維持などの観点から、好ましくは、不活性ガス雰囲気であるとよい。不活性ガスとしては、具体的には、例えば、窒素ガス、アルゴンガスなどを例示することができる。
【0057】
変態熱処理工程は、焼鈍された圧粉成形体に含まれるフェライト被膜に部分的に生じたFeOを熱処理により再フェライト化する工程である。
【0058】
変態熱処理工程における熱処理温度(以下、「変態熱処理温度」ということがある。)は、560℃以下とすることができる。この場合には、4FeO→Fe
3O
4+Feの共析変態が生じやすくなるとともに、生じたFe
3O
4がM
XFe
2O
4化しやすくなり、再フェライト化が促進される。変態熱処理温度は、再フェライト化促進などの観点から、好ましくは540℃以下、より好ましくは520℃以下、さらに好ましくは500℃以下とすることができる。変態熱処理温度は、上記共析変態を確実なものとするなどの観点から、好ましくは350℃以上、より好ましくは370℃以上、さらにより好ましくは400℃以上とすることができる。
【0059】
また、変態熱処理工程における熱処理時間(以下、「変態熱処理時間」ということがある。)は、上記共析変態を確実なものとするなどの観点から、好ましくは10分以上、より好ましくは0.5時間以上、さらに好ましくは1時間以上とすることができる。変態熱処理時間は、圧粉磁心の生産性向上などの観点から、好ましくは3時間以下、より好ましくは2.5時間以下、さらに好ましくは2時間以下とすることができる。
【0060】
また、変態熱処理工程における雰囲気(以下、「変態熱処理雰囲気」ということがある。)は、水蒸気雰囲気、または、不活性ガス雰囲気とすることができる。この場合には、上記共析変態を確実なものとすることができる。変態熱処理雰囲気が水蒸気雰囲気である場合には、上記共析変態で生じたFeがFe
3O
4となり、このFe
3O
4がさらにM
XFe
2O
4化しやすい。そのため、フェライト被膜中に体積固有抵抗の低いFeが残り難くなり、圧粉磁心の高比抵抗化に有利である。なお、不活性ガスとしては、具体的には、例えば、窒素ガス、アルゴンガスなどを例示することができる。
【0061】
以下、実験例を用いてより具体的に説明する。
<実験例1>
ガス水アトマイズ法を用いて、純鉄粒子の集合体より構成される原料粉末を準備した。上述した方法により特定される純鉄粒子の粒子径は、150μmであった。
【0062】
次に、上記原料粉末を150℃にて加熱、撹拌し、この加熱撹拌状態にある原料粉末に、処理液としてフェライト生成液を噴霧した。なお、フェライト生成液は、Mn
0.5Zn
0.5Fe
2O
4の化学組成を有するフェライト酸化物が形成されるように、塩化Fe、塩化Mn、塩化Zn、尿素を含む水溶液をNaOH水溶液でpH8にpH調整したものを用いた。次いで、上記フェライト生成液を噴霧後の粉末を水洗し、エタノール洗いをした後、ろ過した。これにより、粒子表面に残存するNaClや残渣等を除去した。次いで、上記洗浄後の粉末を80℃で乾燥させた。次いで、上記乾燥後の粉末を、篩い(メッシュサイズ:106−212μm)へ通して分級した。以上によりフェライト被覆粉末を得た。
図6に示されるように、得られたフェライト被覆粉末は、各純鉄粒子210の表面にフェライト微粒子220が多数堆積されていた。なお、フェライト微粒子220の粒子径は20nmであった。
【0063】
次に、熱処理炉を用い、N
2ガス雰囲気、圧力80kPa下にて、上記フェライト被覆粉末を600℃で1時間熱処理し、炉冷した。これにより、試料1の圧粉磁心用粉末を得た。
図7に示されるように、試料1の圧粉磁心用粉末は、各純鉄粒子210の表面に、フェライト結晶粒221より構成されるフェライト被膜22が被覆されていた。このフェライト被膜のフェライト結晶粒は、熱処理前のフェライト被覆粉末におけるフェライト微粒子が熱処理によって粗大結晶化したものである。フェライト結晶粒の大きさは、100nm、フェライト被膜の膜厚は、100nmであった。また、
図7に示されるように、フェライト被膜は、断面視で、フェライト結晶粒同士の界面が直線状を呈していることが確認された。なお、断面SEM像を用いて測定した純鉄粒子の粒子径は、150μmであった。
【0064】
試料1の圧粉磁心用粉末の作製において、熱処理温度を400℃とした点以外は同様にして、試料2の圧粉磁心用粉末を得た。なお、試料2の圧粉磁心用粉末も、試料1の圧粉磁心用粉末と同様のフェライト被膜を有していた。但し、フェライト結晶粒の大きさは60nm、フェライト被膜の膜厚は100nmであった。
【0065】
Cu管球をX線源とした粉末X線回折装置(Rigaku社製、「RINT 2000」)を用いて、フェライト被覆粉末、試料1の圧粉磁心用粉末、および、試料2の圧粉磁心用粉末の粉末X線回折パターンを測定した。粉末X線回折パターンの測定範囲は、2θ/θ=34〜37°の範囲とした。
図8に示されるように、フェライト被覆粉末の粉末X線回折パターンでは、2θ/θ=35.5°に、スピネル構造を有するフェライト結晶粒に由来する回折ピークが見られなかった。これは、フェライト被覆粉末は、純鉄粒子表面に、粗大結晶化されていないフェライト微粒子が堆積してなる被膜を有しているためである。
【0066】
これに対し、試料1の圧粉磁心用粉末および試料2の圧粉磁心用粉末の粉末X線回折パターンでは、いずれも、2θ/θ=35.5°に、スピネル構造を有するフェライト結晶粒に由来する回折ピークが確認された。なお、試料1の圧粉磁心用粉末における回折ピークの半値幅は、0.2°であり、試料2の圧粉磁心用粉末における回折ピークの半値幅は、0.42°であった。この結果から、400℃で熱処理するよりも600℃で熱処理した方が、回折ピークの半値幅が狭く、結晶化度の高いフェライト被膜が形成できるといえる。
【0067】
<実験例2>
圧粉磁心用粉末におけるフェライト被膜の圧縮強度を向上させるための製造条件について検討するため、以下の基礎実験を行った。
【0068】
軟磁性金属粒子表面のフェライト被膜の圧縮強度を直接測定することは難易度が高い。そのため、本実験例では、便宜的に、フェライト粉の成形体を種々の温度で熱処理してなる焼成体を複数作製し、これら焼成体を用いて、フェライト被膜の圧縮強度および収縮率を評価した。なお、成形体の成形条件は、各焼成体ともに同一とした。また、上記熱処理温度は、200℃、400℃、600℃、1000℃の4水準とした。
図9に得られた結果を示す。
【0069】
図9に示されるように、熱処理温度が400℃以上になると焼成体の圧縮強度が急激に向上することがわかる。この結果から、フェライト微粒子の熱処理時における熱処理温度を400℃以上とすることにより、フェライト微粒子の粗大結晶化によるフェライト被膜の強度向上効果を得やすくなるといえる。また、熱処理温度が600℃を超えると、焼成体の収縮率が大きくなりはじめ、1000℃では、約−16%の収縮率となることがわかる。この結果から、フェライト微粒子の熱処理時における熱処理温度を900℃以下とすることにより、フェライト被膜の収縮率が過度に大きくならず、軟磁性金属粒子とフェライト被膜との密着性を向上させやすくなるといえる。
【0070】
つまり、上記結果によれば、フェライト微粒子の熱処理時における熱処理温度を400〜900℃の範囲内とすることにより、フェライト微粒子の粗大結晶化によるフェライト被膜の強度向上効果と、フェライト被膜の収縮率の低減効果とのバランスに優れることがわかる。また、上記結果から、上記熱処理温度が600℃前後であると、上記バランスに特に優れることがわかる。
【0071】
<実験例3>
実験例1で作製したフェライト被覆粉末(熱処理なし)、試料1の圧粉磁心用粉末(600℃で熱処理)、および、試料2の圧粉磁心用粉末(400℃で熱処理)を準備した。これら各粉末を圧粉成形した後、所定の焼鈍温度で焼鈍することにより、複数の圧粉磁心を作製し、渦損失を測定した。本実験例は、圧粉磁心の耐熱性を評価するためのものである。
【0072】
具体的には、各粉末に対して0.025質量%の潤滑剤を添加した。なお、圧粉成形に用いた型には潤滑剤が塗られている。次いで、各粉末を、1300MPa、130℃にて温間圧粉成形し、各圧粉成形体を得た。なお、圧粉成形体は、外径24mm、内径16mm、厚み5mmのリング形状を呈している。
【0073】
次いで、熱処理炉を用い、N
2ガス雰囲気、圧力80kPaの下にて、各圧粉成形体を所定の焼鈍温度にて1時間焼鈍し、炉冷した。なお、上記焼鈍温度は、300℃、450℃、600℃の3水準とした。
【0074】
次いで、上記焼鈍後の各圧粉磁心に巻き線(1次側:157T、二次側:40T)を施し、磁束密度B
10k(磁場:10000A/m):1T、周波数:800Hzの条件にて渦損失を測定した。その結果を
図10に示す。なお、
図10において、横軸の温度130℃は、温間圧粉成形時の温度を意味する。また、横軸の温度300℃、温度450℃、温度600℃は、いずれも、焼鈍温度を意味する。
【0075】
図10に示されるように、熱処理がなされていないフェライト被覆粉末を用いた圧粉磁心は、焼鈍温度が高くなるにつれて渦損失が急激に増加することがわかる。これは、以下の理由による。すなわち、上記フェライト被覆粉末は、圧粉成形時に、フェライト被膜同士の摩擦や純鉄粒子の変形によってフェライト被膜が破損し、圧粉成形後の焼鈍により、フェライト被膜の破損部分にて隣り合う純鉄粒子同士が接触し、焼結する。これにより、上記フェライト被覆粉末は、フェライト被膜の絶縁性が低下して渦損失が増加した。実際、
図11に示されるように、熱処理がなされていないフェライト被覆粉末を用いた圧粉磁心では、フェライト被膜による絶縁ギャップ部分9が複数確認された。
【0076】
これに対し、試料1、試料2の圧粉磁心用粉末を用いた圧粉磁心は、フェライト被覆粉末を用いた圧粉磁心と比較して、焼鈍温度が高くなっても渦損失が増加し難いことがわかる。つまり、試料1、試料2の圧粉磁心用粉末を用いた圧粉磁心は、フェライト被覆粉末を用いた圧粉磁心と比較して、耐熱性が向上されているといえる。
【0077】
とりわけ、熱処理温度が高い試料1の圧粉磁心用粉末を用いた圧粉磁心は、圧粉成形後の焼鈍による渦損失の増加を効果的に抑制できていることがわかる。
図12に示されるように、軟磁性粒子の三重点Aには、圧粉成形によるフェライト被膜の摩耗粉が堆積していなかった。このように、試料1の圧粉磁心用粉末を用いた圧粉磁心は、フェライト被膜の強度向上効果が大きかったことがわかる。また、フェライト被膜の強度向上効果が大きかったため、
図13に示されるように、試料1の圧粉磁心用粉末を用いた圧粉磁心は、焼鈍後に隣接する純鉄粒子同士が焼結し難く、純鉄粒子同士間の絶縁ギャップが保持されやすかったこともわかる。
【0078】
<実験例4>
圧粉成形後の圧粉成形体に対して焼鈍を行った後、さらに変態熱処理を実施した場合の効果について検討するため、以下の基礎実験を行った。
【0079】
板厚0.3mmの鉄板(材質:SPCC)表面に、膜厚10μmのフェライト被膜を形成した。なお、フェライト被膜の原料粉末には、実験例1で作製した試料1の圧粉磁心用粉末(600℃で熱処理)を用いた。また、フェライト被膜の形成は、鉄板表面上の圧粉磁心用粉末を、1300MPa、130℃にて温間圧粉成形することにより行った。これにより試験体1を得た。なお、本実験例で用いられる試験体は、圧粉磁心における軟磁性金属粒子を構成する軟磁性金属とフェライト被膜との配置を模擬したものである。
【0080】
次いで、熱処理炉を用い、N
2ガス雰囲気、圧力80kPaの下にて、試験体1を、600℃にて1時間焼鈍し、炉冷した。これにより、試験体2を得た。また、焼鈍温度を130℃とした点以外は試験体2の作製と同様にして、試験体2−1を得た。また、焼鈍温度を400℃とした点以外は試験体2の作製と同様にして、試験体2−2を得た。
【0081】
図14に示されるように、焼鈍温度が他よりも高い600℃で焼鈍した試験体2は、焼鈍によってフェライト被膜の体積固有抵抗が低下した。そこで、600℃焼鈍前後のフェライト被膜の構造を分析するため、試験体1(焼鈍前)および試験体2(600℃焼鈍後)について、断面をSEM観察した。その結果を、
図15に示す。
【0082】
図15に示されるように、試験体2(600℃焼鈍後)は、試験体1(焼鈍前)に比べ、フェライト被膜22が薄くなり、鉄板90と薄くなったフェライト被膜22との間に中間層91が形成されていることが確認された。そこで、中間層91の物質を特定するため、SEM−EDX分析による元素分析と粉末X線回折による結晶構造分析を行った。その結果を、
図16〜
図18に示す。
【0083】
図16に示されるように、焼鈍前では、フェライト被膜を構成する元素である、O、Fe、MnおよびZnが被膜全体に分布していることがわかる。これに対し、
図17に示されるように、600℃焼鈍後では、
図15で中間層が確認された部分において、FeおよびOは同様に確認されるものの、ZnおよびMnがほとんどなくなっていることが確認された。このことから、中間層は、FeとOとから構成される化合物であることが推察される。そして、
図18に示されるように、600℃焼鈍後の試験体2は、フェライト被膜にFeOの回折ピークが見られた。これらの結果から、焼鈍によってフェライト被膜中に部分的に生成した中間層は、FeOであることが確認された。つまり、焼鈍によりフェライト被膜の被膜構造が部分的に変化していることが確認された。
【0084】
そこで、焼鈍によってフェライト被膜中に生成したFeOを再フェライト化する方法について検討した。具体的には、Fe−O系の状態図を参照し、FeOが熱力学的に不安定な物質であること、FeOは560℃以下で4FeO→Fe
3O
4+Feの共析変態によりFe
3O
4とFeとに分解することを勘案し、焼鈍後の後処理として560℃以下で熱処理することによってFeOの再フェライト化を試みた。
【0085】
より具体的には、600℃焼鈍後の試験体2に対して、水蒸気雰囲気中、500℃で
2.5時間変態熱処理を施した。これにより、試験体3を得た。その後、試験体2(600℃焼鈍後)および試験体3(500℃変態熱処理後)の体積固有抵抗を測定した。その結果、試験体2の体積固有抵抗は、6.08×10
3[μΩ・m]、試験体3の体積固有抵抗は、4.42×10
5[μΩ・m]であった。このことから、圧粉成形体の歪取り焼鈍後に、変態熱処理を施すことにより、圧粉磁心の比抵抗を回復させることが可能であることが確認された。そこで、変態熱処理前後のフェライト被膜の被膜構造を分析するため、試験体2(600℃焼鈍後)および試験体3(500℃変態熱処理後)について、上記と同様にして、SEM−EDX分析による元素分析と粉末X線回折による結晶構造分析を行った。その結果を、
図19、
図20に示す。
【0086】
図19を上述の
図17と対比する。
図19に示されるように、変態熱処理後には、フェライト被膜を構成する元素である、O、Fe、MnおよびZnが被膜全体に分布していることが確認された。また、
図20に示されるように、600℃焼鈍後に見られたFeOの回折ピークは、変態熱処理後には見られなくなった。これらのことから、FeOからなる中間層が変態熱処理によって消滅し、再フェライト化が生じていることが確認された。なお、FeOからなる中間層が形成された部分に存在していたZn、Mnは、中間層の外側にある薄くなったフェライト被膜中に一旦取り込まれた後、変態熱処理によって生じたFe
3O
4に再度取り込まれ、M
XFe
2O
4化したものと推察される。
【0087】
また、変態熱処理温度と変態熱処理時間とを変更し、圧粉磁心の比抵抗を測定した。その結果、変態熱処理温度を500℃、変態熱処理時間を1時間、2時間とした場合に、比抵抗の回復が確認された。同様に、変態熱処理温度を450℃、変態熱処理時間を1時間、2時間とした場合に、比抵抗の回復が確認された。同様に、変態熱処理温度を400℃、変態熱処理時間を1時間、2時間とした場合に、比抵抗の回復が確認された。また、変態処理時間が長い程、比抵抗の回復度合いが大きくなる傾向が見られた。また、変態処理温度が350℃未満になると、比抵抗の回復度合いが小さくなる傾向が見られた。この結果から、変態熱処理温度は、350℃以上であることが好ましいといえる。
【0088】
本発明は、上記
各形態、各実験例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。また、
各形態、各実験例に示される各構成は、それぞれ任意に組み合わせることができる。