(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の繊維強化氷は、前記のとおり、氷に繊維を分散含有させたものであるが、ここでの「氷」については、「水が氷点下の温度において固体になったもの」(岩波国語辞典第五版)としてまずは定義される、水の凝固状態にあるものと言うことができる。この場合の「水」には、自然水(天然水)、水道水、蒸留水、純水、再生水等の各種のものが含まれる。そしてその種類によって、微量に含まれる諸成分により凝固温度には差異がある。本発明の「氷」はこれらの「水」によるものとして定義されるが、「本発明の繊維強化氷」においては、繊維の氷中での分散性や、氷との親和性、あるいは凝固点温度の調整等のために添加される補助剤や着色剤等を含有していてもよい。
【0023】
また、本発明における「繊維」については、各種のものでよく、例えば、天然自然繊維、例えばケナフ、バガス、稲わら等の草本植物の繊維や、杉、エゾマツ等の木質材の繊維、紙、古紙、再生紙等の紙由来の繊維、さらには、パルプ繊維、ガラス繊維、炭素繊維、セルロース繊維、カーボンナノチューブ繊維、アラミド繊維、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール(PBO)繊維、超高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、ポリビニルアルコール(PVA)繊維、ポリプロピレン繊維、ポリイミド繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)繊維、金属繊維等が例示される。これらの繊維のうち、氷の圧縮強さより大きな圧縮強さを有する繊維もしくはそのような条件に調製された繊維は、本願発明の繊維強化氷に好適に利用可能である。
【0024】
望ましくは水素結合供与体もしくは水素結合受容体を表面に有する繊維であるか、含水可能な繊維であることが、氷マトリックスと繊維との境界で強い接着強度を得るために望ましい。また、荷重を繊維強化氷に負荷することによって発生する氷マトリックスにおける割れの進展は、氷マトリックスに接着する繊維によって阻害されるため、繊維同士が互いに絡み合うことが効果的であり、そのためには繊維長は長いほうがより望ましい。
【0025】
これらの繊維については、氷中への良好な分散性、より好ましくは均一な分散性がまず考慮される。この分散性は、氷を生成する水への分散性として考慮される。そして、水への分散性については、水との親和性、すなわち親水性の度合と、繊維の比重がまず大きな因子となる。
【0026】
親水性のパルプ繊維等の場合には均一分散性を容易とすることができるが、ガラス繊維等の疎水性の繊維は凝集現象を起こしやすい。また水の比重と大きく異なる比重を持つ繊維は浮いたり沈殿したりするため、このような繊維を用いる場合には、水中に繊維を均一に分散することが難しくなる。
【0027】
そこで、疎水性の繊維に関しては、繊維の表面に親水性を持たせる物理化学処理あるいはコーティングを行うか、水に対し界面活性剤の添加を行うこと等が考慮される。また、水の比重と大きくことなる比重を持つ繊維に関しては、コーティングや繊維構造の中空化で繊維の比重を調整するか、水溶性添加物により水の比重を調整すること等が考慮される。
【0028】
そして、本発明では、繊維強化氷の目的、用途に対応した大きさ、形状、圧縮強度等の特性、さらには入手の容易性やコスト、氷への分散性等を考慮して、その種類、氷への配合量、繊維長や繊維径、調製方法等が適宜に定められる。例えば、パルプ繊維の場合には、水中で古紙を離解したものとして用いることもできる。
【0029】
繊維強化氷の圧縮強度については、複合則から次式によるものとして考慮される。
【0031】
ここで、quは圧縮強度(MPa)、C
1は繊維の体積百分率(vol%)、C
2は氷の体積百分率(vol%)、σ
1は繊維の圧縮強度(MPa)、σ
2は氷の圧縮強度(MPa)を表す。
【0032】
また、前式は、繊維が均一に分散した理想状態の圧縮強度を表わしている。繊維の偏在があれば弱い部分が率先的に破壊するので、繊維強化氷の圧縮強度は低下する。繊維成分の圧縮強度に対して氷成分の圧縮強度が極端に低い場合には、繊維の偏在による圧縮強度の低下が顕著となる。
【0033】
そこで、より大きい圧縮強度の繊維強化氷を得るためには、繊維の偏在による圧縮強さの低下が問題とならない程度に均一に、氷中に繊維が分散複合した構造であることが重要である。
【0034】
そして、繊維強化氷が溶融して生じる水と繊維の混合物は、水に対する繊維の割合が小さいほど流動性に優れる。
【0035】
また、繊維強化氷に加圧した場合の、氷成分と繊維成分に印加される分力の大きさも複合則に従う。氷は圧力によって溶けやすくなる性質があるが氷に対する繊維の割合が大きいほど氷成分に印加される圧力が低下し、圧力によって溶けにくくなる。
【0036】
また、繊維強化氷の熱伝導率も複合則に従う。複合状態での繊維部分の熱伝導率が氷の熱伝導率より低い場合は、氷に対する繊維の割合が大きいほど繊維強化氷の熱伝導率は低下し、伝熱によって溶けにくくなる。
【0037】
このような本発明の繊維強化氷の圧縮強度については、氷の場合の5倍以上であることが好ましく考慮される。また、塑性加工の対象物としての被加工材よりも圧縮強度が大きいことが好ましく考慮される。
【0038】
前記式を考慮しての所要レベル範囲の圧縮強度が得られるべく、繊維の種類や氷との配分体積比を定めることになるが、繊維強化氷の形成においては、繊維の均一分散が図られるように、例えば次のような、その生成、形成の方法が選ばれる。
【0039】
(1)水と繊維を混合した後、水中に繊維が均一に分散するよう攪拌および繊維の離解処理を行った後に、被加工材の空隙内、もしくは型内で凝固させる。
【0040】
(2)氷片と繊維を均一に混合し、混合中にさらに水を加えて凝固させる。氷片の大きさや形状、繊維の大きさや形状、そして両者の配合比、水の添加割合をも考慮する必要があるが、疎水性の繊維や水の比重と大きく異なる比重を持つ繊維であっても氷中に均一に分散することができる。この場合、新規に凝固する水の量はわずかであるので、前記方法(1)の水と繊維の混合物を凝固させるよりも短時間で繊維強化氷を得るという効果も奏する。
【0041】
(3)粘性の高い、氷と水からなる半溶融スラリー中に繊維を均一に混合し、その後、疎水性繊維の凝集や比重の違いによる繊維の浮沈の運動より早く、素早く凝固させることで繊維強化氷を製作する。これにより、疎水性の繊維や水の比重と大きく異なる比重を持つ繊維であっても、氷中に均一に分散することができる。この場合も水と繊維の混合物を凝固させるよりも短時間で繊維強化氷を得るという効果も奏する。
【0042】
なお、繊維を氷で固めたものについては、これまでにも竹パルプと氷、ケナフ繊維と氷の複合系が報告されているが、これらはいずれも交流絶縁材としての応用に係わるものにすぎない。また、ウッドチップを氷で固めたもの(いわゆるパイクリート)も知られているが、塑性加工との関係に着目し、検討したものではない。
【0043】
本発明の繊維強化氷は、従来の充填材としての低融点金属の変形抵抗の最大値(20〜30MPa)に匹敵する圧縮圧力に耐えることができる。
【0044】
充填材を充填した中空素材の圧縮、曲げ、つぶし、伸ばし、押し出しにおいては、充填材には主として圧縮力が作用し、塑性加工用充填物の役割は、その場合に内面形状の不正な変形を規制することを期待されるものであるから低融点金属の変形抵抗の最大値に匹敵する圧縮応力に本発明の繊維強化氷からなる塑性加工用充填材が耐えれば低融点金属の充填物を代替することができる。
【0045】
また、形材や管の曲げにおいては、しわは中立軸より圧縮側の側面の内外面に生じる。曲げにおける塑性加工用充填材の役割はこの側面の不正な変形を防止するため、その内面形状を規制することを期待されるものであるから、低融点金属の変形抵抗の最大値に匹敵する圧縮応力に本発明の繊維強化氷からなる塑性加工用充填材が耐えれば低融点金属の充填物を代替することができる。
【0046】
そして、塑性加工処理後においては、当該塑性加工用充填材の氷成分を融解し、流動可能な状態にして除去することができる。この際、流動性が高い方が充填材の除去は容易になるが、この流動性については繊維の割合が少ないほど良好になる。したがって圧縮強度を必要最小限として氷に対する繊維の割合を決定することで、塑性加工処理後に最も除去容易な繊維の割合を決定することができる。この割合は、水と繊維の混合物を中空素材に充填し、凝固させて塑性加工充填材とする場合に、最も流動性が高く、部分的未充満による充填の失敗が生じ難く、充填が容易な割合でもあることは言うまでもない。
【0047】
従来の低融点金属充填材では素材内面を支えられなかったような、より大荷重の塑性加工についても、より大きな圧縮強度を設定して氷に対する繊維の割合を決定すれば繊維強化氷の充填材で対応可能であることは言うまでもない。
【0048】
以上のことを踏まえて、本発明の充填材としての繊維強化氷を用いる塑性加工方法では、次の工程を含むものとする。
【0049】
(a)氷に繊維が分散含有されている繊維強化氷をもって被加工材の一部又は全ての空隙を充填する。
【0050】
(b)被加工材の繊維強化氷の充填部の少くとも一部を塑性変形させる。
【0051】
(c)塑性変形された被加工材に充填されている繊維強化氷の少くとも一部の氷を融解させて繊維強化氷を流動化し、被加工材より排出除去する。
【0052】
図1は、上記方法の一実施形態として金属管の側方押し出しについて例示した工程図である。この
図1に沿って説明すると、次の工程の手順が例示される。
【0053】
(a1)被加工材としての所定の中空金属管1を用意する。
【0054】
(a2)中空金属管1の空隙としての中空部11内に、繊維分散させた水または水と氷の混合物12を充填する。
【0055】
(a3)氷点下の所定の温度において冷却固化して繊維強化氷3が充填された状態とする。
【0056】
(b1)充填材としての繊維強化氷13が充填された金属管1を金型2内に配置する。金型2は、側方押し出しのための空隙21を有し、上方および下方からの対向圧縮を可能としている。
【0057】
(b2)金型2において、上方および下方からの対向圧縮力を加え、金属管1が側方へ膨出した中空フランジ形状14に成形する。その際に、中空部内の充填材である繊維強化氷13も同様に塑性変形し、前記中空フランジ形状14の形成のための圧縮力を発現する。
【0058】
(c1)塑性変形された金属管1を金型2から取り外す。
【0059】
(c2)金属管1を室温等の所定温度にして、中空部内に充填されている繊維強化氷13を水分を融解させて流動化し、液状混合物15を金属管1内より排出除去する。
【0060】
(c3)必要に応じて排出された液状混合物15中の水または水と氷、そして繊維とを回収し、再利用する。
【0061】
工程(c2)(c3)においては、次のことも考慮される。
【0062】
すなわち、前記の融解、流動化は金属管1の室温下での放置でもよいし、融解時間を短縮する場合には、温水で洗うか、スラリー状液体の水分が蒸発しない範囲の温度、たとえば、20〜70℃程度で加熱してもよい。また、振動を加えることで排出を促進することもできる。
【0063】
好ましくは、枝管成形品の中空部分を、たとえば、温水、あるいは水道水で水洗して、溶解したスラリー状液体の残滓、特に、残滓の繊維を排除することが考慮される。
【0064】
さらには、枝管成形品を100℃以上に加熱して、枝管成形品の中空部分の残る部分を蒸発させて水分を完全に除去することが考慮される。
【0065】
以上の塑性加工の方法においては、例えば、次のような顕著な効果が得られることになる。
【0066】
(1)繊維と水の混合物12からなるスラリー状液体は、金属管1のような中空塑性加工対象物に充填することが容易であり、充填した繊維を含有するスラリー状液体を氷結(凝固)させた繊維強化氷13を塑性加工に使用することができる。スラリー状液体は、凝固時に膨張するため、中空塑性加工対象物への密着性が良好であり、巣も発生しにくい。繊維を含有する繊維強化氷13は、熱伝導率が氷より低く、溶けにくい。
【0067】
(2)繊維強化氷13を塑性加工用充填材として使用して塑性加工した後に、氷点以上、たとえば、室温で氷成分を溶融させて、繊維強化氷13を流動可能な状態に戻して金属管1のような中空塑性加工対象物から排出させることも容易である。
【0068】
(3)排出のため、酸洗する必要がない。
【0069】
(4)好ましくは、塑性加工製品を100℃以上に加熱すれば、水分を完全に除去することができる。
【0070】
(5)例えばパルプ繊維等を繊維成分とする繊維強化氷13は、慣用の低融点金属と比較すると、鉛(Pb)、カドミウムのような有害性がなく環境に優しい。金属のように溶融時にヒュームの発生もない。また、例えば、Sn−Inと比較すると低価格である。そして、これらと比較すると取り扱いも簡単である。
【0071】
(6)繊維強化氷13は、含有する繊維の量の増加に応じて強度が高くなる。複合則により、含有する繊維の量と圧縮強さには比例関係にあり、希望する圧縮強さの繊維強化氷を得るため、含有するパルプ繊維の量を一義的に求めることができる。繊維と水の混合物は繊維が多くなるほど流動性が低下するため、加工後の除去の便と併せて最適な繊維量を決めることができる。
【0072】
(7)上述した繊維強化氷13を製造するために用いる繊維としては、例えば、乾燥した古紙の紙片(乾燥古紙紙片)を離解して得たものでよい。このように、乾燥古紙紙片のように、廃物同様の安価なものから離解して得ることができる。他のパルプ繊維材料としては、木材のチップ、おが屑などを用いることもできる。水も安価であるので、低融点金属と比較して、非常に低価格で製造することができる。
【0073】
もちろん、前述のとおり、本発明の繊維強化氷13に用いる繊維としては、パルプ繊維(圧縮強さ133MPa)だけでなく、各種のパルプ繊維をはじめ、ガラス繊維(無アルカリガラス繊維の場合、引張強さ2000MPa)、炭素繊維、CNT繊維、アラミド繊維(引張強度2920MPa〜3400MPa)など高い強度を持つ繊維を適宜に用いて複合化することができる。
【0074】
そして、本発明の繊維強化氷は、圧縮強さの大きさ、熱伝導率の値、溶解時の流動性などに配慮して含有量を調整した、種々の繊維を用いることができる。
【0075】
(8)繊維強化氷の製造は非常に簡単である。
【0076】
(9)本発明の繊維強化氷13は、塑性加工用充填材として使用した後、再び成分比を調整して再凍結すれば再利用することができる。また、仮に廃棄するとしても、有害な鉛やカドミウムのように環境への排出に慎重な取り扱いを要するということはない。
【0077】
また、
図1においては、上下の対向圧縮による側方押し出しの例を示したが、
図2のように、上下いずれか一方からの圧縮加工であってもよい。すなわち、金型2内に、充填材としての繊維強化氷13を充填した金属管1を配置し、パンチ3を下方へと前進させて、金属管1を金型2の空隙21内に図中の矢印方向へ側方押し出しする。
【0078】
もちろん、本発明の繊維強化氷を充填材とする塑性加工方法は、
図1および
図2の例示のような中空金属管1の側方押し出しによるフランジ形状14の成形に限られることはない。例えば、
図3のような、側方押し出しによるT字管の成形も例示される。前記のとおりの繊維強化氷13が充填された状態の金属管1を金型2内に配置する。金型2には、側方押し出しのための断面円形の空隙21が設けられている。
【0079】
金型2内の金属管1には上方より圧縮力を加え、金属管1がその側方の空隙21内に膨出した円柱形状16を成形する。充填材である繊維強化氷13も同様に塑性変形し、円柱形状16の形成のための圧縮力を発現する。
【0080】
塑性変形された金属管1を金型2から取り外し、所定温度において、充填されている繊維強化氷13を融解し、流動化して、液状混合物として金属管1内より排出除去する。
【0081】
次いで、円柱形状16の端部16aを切断加工し、開口16bを形成する。
【0082】
以上の工程によってT字管が成形される。
【0083】
また、以上のような側方押し出し成形の方法とは別に、
図4のような、繊維強化氷13を充填した管状、筒状、板状などの被加工材42の金型23と押圧加工具5による曲げ塑性加工が考慮される。これらいずれの場合においても、繊維強化氷13の充填と、加工処理後のその融解による排出除去は、前記と同様の処理として実現可能とされる。
【0084】
さらに、
図5は、繊維強化氷13を充填材として用いた中空の被加工材43の塑性加工の一例として、つぶし/伸ばし加工の例を示す。繊維強化氷13が充填された被加工材43を塑性加工具6上に配置し、塑性加工具6に対向するもう一つの塑性加工具7により押圧することで、中空の被加工材43の一部をつぶし/伸ばし加工する。成形後には、充填材である繊維強化氷13の氷成分を融解して流動可能とし、これを除去する。
【0085】
図6には、繊維強化氷13を用いた塑性加工の一例として、中空素材の押出し加工の例を示す。繊維強化氷13を充填した中空素材としての被加工材44を型8にセットし、パンチ9により押し出すことで、押出し加工する。成形後に、繊維強化氷13の氷成分を融解して流動可能とし、除去する。
【0086】
図7には、繊維強化氷13を用いた中空素材の塑性加工の一例として、引き抜き加工の例を示す。繊維強化氷13を充填材とした中空素材の被加工材45を型10にセットし、被加工材45をけん引し引き抜き加工する。成形後に、繊維強化氷13の氷成分を融解して流動可能とし、除去する。
【0087】
図8には、繊維強化氷13を用いた中空素材の塑性加工の一例として、ねじり加工の例を示す。繊維強化氷13を充填材とした中空素材の被加工材46の両端をねじり、ねじり加工する。成形後に、繊維強化氷13の氷成分を融解して流動可能とし、除去する。
【0088】
図9には、繊維強化氷13を用いた中空素材の塑性加工の一例として、中空素材の圧延の例を示す。繊維強化氷13を充填材とした中空素材の被加工材47を、対向して互いに逆方向に回転するロール101a、101bの間に差し入れることによって、圧延加工する。成形後に、繊維強化氷13の氷成分を融解して流動可能とし、これを除去する。ロール101a、101bの周速を相互に異なったものとすることで曲げ加工も実施できる。
【0089】
以上の
図3から
図9までの例では、開口部を有する被加工材の中空空隙に充填材としての繊維強化氷13を充填している塑性加工について示しているが、繊維強化氷13はいずれの場合も、開口部から実質的に吐出や脱離することはない。被加工材と繊維強化氷13との密着力は大きく、塑性加工時の圧縮力によってはこの密着力が損われることはない。
【0090】
なお、被加工材である中空素材に繊維強化氷を充填した後に、中空素材の開口をふさぐことによって、繊維強化氷を中空素材中に封入し、塑性加工を行った後に、再び開口し、繊維強化氷を取り出すこともできるのは言うまでもない。
【0091】
本発明の繊維強化氷は以上に例示したような塑性加工用充填材への用途に限らず、上記特性および/または特徴を活用し、大きな圧力が印加される塑性加工の各種の用途に適用することができる。
【0092】
例えば、繊維強化氷は、安価で再利用可能なのでたとえば、ワンタイム利用の金型や加工具といったような、使い捨ての用途に適する。繊維強化氷による塑性加工用の成形工具を用いた塑性加工の手順は例えば以下に説明することができる。
【0093】
1)繊維強化氷による塑性加工用工具の製作(造型)
木型や三次元プリンタなどで制作されたマスター形状(模型)に添わせて、繊維強化氷を凝固させ、所望の工具形状に成型し(造型)、繊維強化氷による塑性加工用工具を得る。繊維強化氷の凝固には膨張性があるため、マスター形状への密着性はよく、膨張の逃げの方向を工夫すれば、高精度な形状転写面を有する塑性加工用工具とすることができる。
【0094】
2)繊維強化氷による塑性加工用工具の取出し
凝固・造型を行った機構あるいは装置から繊維強化氷による塑性加工用工具を取出す。
【0095】
3)繊維強化氷による塑性加工用工具の塑性加工装置への取り付け
繊維強化氷による塑性加工用工具を塑性加工装置あるいは、造型を行った装置内の塑性加工の機構へ取り付ける。
【0096】
4)塑性加工処理
繊維強化氷による塑性加工用工具を介して被塑性加工材に加圧して塑性加工処理を行う。
【0097】
5)塑性加工工具と製品の取出し
繊維強化氷による塑性加工用工具と被塑性加工材を一体として、塑性加工装置あるいは塑性加工機構から取り出す。繊維強化氷による塑性加工用工具は1回の成形で使い捨てるため、この段階で、被加工材を繊維強化氷による塑性加工用工具から外す必要は特にない。
【0098】
6)繊維強化氷による塑性加工工具の融解・除去
最後に繊維強化氷の氷成分を融解して流動可能として、被加工材から除去する。
【0099】
なお、被塑性加工材の投入方法は塑性加工処理の様態に合わせて決める。すなわち、ステップ1)の造型時に、繊維強化氷による塑性加工用工具と一体となるようにするか、ステップ3)の繊維強化氷による塑性加工用工具の塑性加工装置への取り付け時にいっしょに(同時に)取り付けるか、慣用的な塑性加工と同様にステップ3)の繊維強化氷による塑性加工用工具の塑性加工装置への取り付け後に、独立して投入する。
【0100】
上記手順によれば、当該塑性加工用工具は使い捨てとなるので、工具寿命の問題が生じない。また、塑性加工用工具にアンダーカットがあって、成形する被加工材が外れなくなるような塑性加工処理であっても、繊維強化氷の氷成分を融解して流動可能として、被加工材から除去するため、問題は生じない。
【0101】
図10は上記ステップに従っての塑性加工法の一例として対向液圧成形について説明したものである。この成形法では、被加工材48を、圧力媒体102で満たされたドーム103と一体となった逆しわ押さえ104としわ押え105で挟む。しわ押さえ105と逆しわ押さえ105と逆しわ押さえ104の間にしわ押さえ力をかけなら、ドーム103に対向する繊維強化氷による塑性加工工具106(型)を被加工材48に押圧すると、ドーム103の中の圧力媒体102の液圧が、被加工材48を繊維強化氷による塑性加工工具106に均等に押し付けるため、被加工材に繊維強化氷による塑性加工工具105の形状を転写することができる。圧力媒体102の圧力はリリーフ弁107で調整できる。
【0102】
この例のような繊維強化氷による塑性加工工具は安価である。マスター形状となる模型を三次元プリンタなどで安価に製作すれば、高価な金型が不要となる。
【0103】
氷は圧力によって融解するため、表面がわずかに融解する圧力条件とすれば繊維強化氷による塑性加工工具に自己潤滑効果が生じる。
【0104】
本発明について、さらに詳しく以下の実施例において説明する。もちろん、本発明は以下の例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0105】
スラリー状液体(繊維が均一に分散した水−繊維混合物)の製造
乾燥古紙片を表1に示す重量比(wt%)で水道水に混ぜて、ミキサーで撹拌し、乾燥古紙片に含まれるパルプ繊維をほぼ完全に離解させて、水に離解されたパルプ繊維成分が三次元方向にランダムかつ均一に分散したスラリー状液体を製造した。なお、使用した水道水は凍結時の気泡の発生を防止するため、予め煮沸して用いた。スラリー状液体の製造には、凍結時の気泡の発生が起きない水を用いることが望ましい。
【0106】
【表1】
【0107】
スラリー状液体の充填
上記スラリー状液体を、塑性加工用充填材としての試験片製作用の型の内部、または、パイプ成形実験用の中空の管材(パイプ)の内部に流し込んだ(充填した)。
【0108】
流動性に富むスラリー状液体はパイプの細部の隅々まで均一に充填された。巣、空洞などを未然に発生させない。
【0109】
凍結
スラリー状液体が内部に充填された、型または管材(パイプ)を冷凍庫に導入し、氷点下、たとえば、−27℃に温度調節した凍結用冷凍庫で冷却して、スラリー状液体を凍結(氷結、凝固)させて、パルプ繊維成分の含有量の異なる前記4つの試料による繊維強化氷(FRI)の試料を製造した。
【0110】
なお、上述したように、スラリー状液体の製造に使用した水道水は、この凍結時に気泡が発生を防止するため、予め煮沸して使用した。
【0111】
各種特性試験
ここで、FRIの熱伝導率の測定、および、圧縮強度、繊維成分の平均繊維長と圧縮強度の関係の測定を行った。
【0112】
1)熱伝導率の測定機器には下記の機器を用いた。
【0113】
熱伝導率計、京都電子工業株式会社製、迅速熱伝導率計QTM−500
測定センサ、ボックス型(標準)プローブPD−11
試験片の型、内寸145W105D35Hの底面が平滑なプラスチック容器
2)測定前準備
試験片を、氷点下、たとえば、−27℃に温度調節した凍結用冷凍機で凍結した後、凍結用冷凍機から取り出し、氷点下、たとえば、−10℃に温度管理された別の冷凍庫に入れて24時間放置して温度管理を行った。
【0114】
なお、測定開始温度T
0=−10℃とし、昇温ΔT≧5℃となるように温度調整した。
【0115】
3)測定条件(方法)
ボックス型プローブPD−11による測定は、底面側に鋳込まれた平滑な試験片表面で行った。
【0116】
試験後に、試験片にプローブ熱線跡がつかないことを、毎回目視して、試験片の部分的溶解がないことを確認した。
【0117】
4)熱伝導率の測定結果
熱伝導率の測定結果を、
図11に示す。
【0118】
図11において、横軸は、パルプ繊維成分の含有量(wt%)を示し、縦軸は熱伝導率を示す。パルプ繊維成分などが混入しない純粋な氷(0℃における)の熱伝導率は、2.2(W/m・K)である。試料1、2、3、4全てのFRIの熱伝導率は、1.2〜0.95(W/m・K)であり、氷の熱伝導率、2.2(W/m・K)より低下している。これは、パルプ繊維の熱伝導率が氷の熱伝導率より低いため、パルプ繊維成分を混ぜたことにより、FRIの熱伝導率が低下したものであると理解される。このことから、パルプ繊維成分を含有する本実験例のFRIは、氷点以上の環境に暴露されても、熱が表面から内部に伝わりにくくなるため、パルプ繊維成分などが混入しない純粋な氷に比べ溶けにくい。実際に、素手で−10℃試験片の表面に触れると氷より冷感が少なく、指などがはりつくという感覚はなかった。
【0119】
複合則によりパルプ繊維の含有量の増加とともに、熱伝導率が低下することが理解される。なお、
図11に示した例は、パルプ繊維の含有量の増加に対して熱伝導率が完全に繊線形にならなかった。その理由は、パルプ繊維の分布と測定プローブの位置関係に起因する測定誤差、パルプ繊維が水に含むことによる熱伝導率の変化が影響していると考えられる。
<圧縮強度>
1)試験片
圧縮強さ試験のための試験片として、外寸φ50(50mm)、高さ(長さ)h46mmの円柱形状試験片を作成して、圧縮強さ試験を行った。
【0120】
2)試験条件
試験片および圧縮用治具を、冷凍庫に入れ、氷点下、たとえば、−27℃で冷却しておき、試験時には、室温下で島津製作所試験機、300kNアムスラ型万能試験機(UTM−H30)に素早くセットし、ラム最大速度100mm/mmで圧縮を行った。
【0121】
なお、潤滑材の代わりに、PTFシート(日東電工、ニトフロン♯900UL、厚さ0.05mm)を用いた。
【0122】
3)圧縮強さの定義
FRIの成分の氷が脆性材料であることを考慮し、本実験では、圧縮強さ=最大荷重/初期断面積、すなわち公称応力として規定した。
【0123】
4)圧縮強さの測定結果
圧縮強さの測定結果は
図12に示す。
図12において、横軸はパルプ繊維の含有量(wt%)を示し、縦軸は圧縮強さ(MPa)を示す。
【0124】
FRIの圧縮強さは、複合則に則って、パルプ繊維成分の含有量に比例する線形に変化する。それを数式化すると次式のとおりになる。
【0125】
このことは、必要な圧縮強さに対して、パルプ繊維成分の含有量が一義的規定できることを意味している。なお、パルプ繊維成分などが混入しない純粋な氷の、同条件での圧縮強さ試験結果は3.12MPaであったので、繊維の含有量を0wt%としたときの次式の値と有効数字3ケタまで一致した。
【0126】
【数2】
【0127】
複合則により、パルプ繊維成分の重量百部率を100wt%とすれば、パルプ繊維成分の圧縮強さは133MPaであることが算出される。
【0128】
試料1〜4の中では、パルプ繊維成分の含油量14(wt%)の試料4の圧縮強さ(圧縮強度)は、21.4(MPa)であり、従来より中空成形の充填材として使用されている鉛の変形抵抗の最大値に匹敵する圧縮強さを示す。
【0129】
試料4は、鉛に代えて、塑性加工用充填材(ロストコア)として使用可能となることが理解される。
【0130】
また、前記式より、繊維成分がパルプ繊維である繊維強化氷を塑性加工用充填材とした場合、繊維成分と氷成分の割合によって、低融点金属の変形抵抗の最大値に匹敵する圧縮応力に当該塑性加工用充填材は耐えることができると理解される。
【0131】
また、同様に、塑性加工用工具として繊維強化氷を用いる場合にも、繊維成分の含有量が適切に定めることが可能となる。
<繊維成分の平均繊維長と圧縮強度の関係>
1)試験片
上記の圧縮強さ試験に用いたパルプ繊維に対し、プロペラ型ミルで細断を行い、裁断時間を変えることで、平均繊維長の異なるパルプ繊維成分を得た。それぞれのパルプ繊維について、パルプ繊維成分の重量百分率(wt%)を30wt%として、圧縮強さ試験と同様に、外寸φ50(50mm)、高さ(長さ)h46mmの円柱形状試験片を作成した。これを用いて圧縮強さ試験を行い、繊維長と圧縮強度の関係の調査をした。
【0132】
2)試験条件
試験片および圧縮用治具を、冷凍庫に入れ、氷点下、たとえば、−27℃で冷却しておき、試験時には、室温下で島津製作所試験機、300kNアムスラ型万能試験機(UTM−H30)に素早くセットし、ラム最大速度100mm/mmで圧縮を行った。
【0133】
なお、潤滑材の代わりに、PTFシート(日東電工、ニトフロン♯900UL、厚さ0.05mm)を用いた。
3)繊維成分の平均繊維長と圧縮強度の関係の調査の調査結果
パルプ繊維成分の重量百分率(wt%)が30wt%のときの、繊維成分の平均繊維長とFRIの圧縮強度の関係の調査結果を
図13に示す。
図13において、横軸はパルプ繊維の平均繊維長(mm)を示し、縦軸は圧縮強さ(MPa)を示す。
【0134】
ある時間内に、氷マトリックスに亀裂が生じ進展する際に繊維成分と交差する確率は平均繊維長が長くなれば長くなるほど大きくなり、その結果、平均繊維長が長くなるほど圧縮強度は大きくなると考えられる。それを数式化すると次式の通りとなる。
【0135】
【数3】
【0136】
このことは、必要な圧縮強さに対して、パルプ繊維成分の比率を定めれば、少なくとも必要な平均繊維長が規定できることを意味している。
【0137】
塑性加工
以下、塑性加工処理の1例として、試料4(FRI)を充填した管を側方押出しすることにより、管を膨出整形する塑性加工をした例について説明する。
【0138】
(a1)加工すべき管を用意する。本実施例では、350℃で8時間、焼鈍した、外形16mm(φ16)、厚さt=1mmの、中空のA6063アルミニウムパイプを用いた。
【0139】
(a2)試料4のスラリー状液体を、管の中空部内に充填する。
【0140】
(a3)試料4が充填された管を、氷点下、たとえば、−27℃に温度調節した冷凍庫に導入し、塑性加工用充填材を固化し、繊維強化氷による塑性加工用充填材(ロストコア、Lost Core)とする。
【0141】
(b1)固化された繊維強化氷が充填されている管を金型内に配置する。
【0142】
(b2)管の両端に圧縮力を印加して、充填した塑性加工用充填材とともに管側面を側方へ押出すことにより、側方へ膨出した中空フランジ状形状を管に形成する。
【0143】
ここで、本実施例では、金型は、氷点下、たとえば、−27℃に予冷しておき、予冷した金型に塑性加工品を入れ、室温下で実験(塑性加工処理)を行った。圧縮強さ試験と同様、アムスラ型万能試験機(UTM−H30)のラムの最大速度で塑性加工を行った。
【0144】
(c1)加工された管を型から取り出す。
【0145】
(c2)管を室温下に放置し、氷の解凍を行い、流動状態となった充填物を排出させた。
【0146】
本実験の試料4を塑性加工用充填材として用いて上記手順で拡管成形した結果を
図13(写真)として示す。本実験の試料4を塑性加工用充填材として用いて成形した場合でも、鉛や低融点合金などの低融点金属を用いた場合と同等に、拡管限界まで成形することができた。