(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来から、鋼線材の寸法精度や機械特性の向上を目的として、鋼線材に対して伸線ダイスを用いた引抜き加工が施される。この引抜き加工を円滑に行うために、引抜き加工の前に、鋼線材の表面に付着した酸化スケールを除去する工程(以下、「デスケーリング工程」と呼ぶ)、鋼線材の表面に、リン酸亜鉛で代表されるリン酸塩被膜を形成する工程(以下、「被膜処理工程」と呼ぶ)、及び当該リン酸塩被膜上にさらに潤滑被膜を形成する工程(以下、「潤滑処理工程」と呼ぶ)を行っている。これらの工程を行うことで、鋼線材の表面に潤滑性が付与され、引抜き加工を円滑に行うことができる。
【0003】
上記デスケーリング工程には、大別して化学的除去方法と機械的除去方法があるが、化学的除去方法は、硫酸及び塩酸を使用するため、大量の廃酸処理が必要となり環境上好ましくないという理由で敬遠されており、機械的除去方法が採用されている。機械的除去方法としては、ショットブラスト法、エアブラスト法、高圧ウォータージェット法等が挙げられる。
【0004】
上記被膜処理工程では、鋼線材の表面にホパイト[Zn
3(PO
4)
2・4H
2O]とホスホフィライト[Zn
2Fe(PO
4)
2・4H
2O]の混合組織からなるリン酸塩被膜を形成している。
【0005】
潤滑処理工程では、上記リン酸塩被膜に対して反応型石鹸による潤滑処理を行うことにより、石鹸成分のステアリン酸ナトリウムとリン酸塩被膜中のホパイトとを反応させて、金属石鹸であるステアリン酸亜鉛と、湯溶石鹸であるステアリン酸ナトリウムとからなる潤滑被膜を形成している。
【0006】
上記で形成したリン酸塩被膜及び潤滑被膜は、潤滑性や耐焼付き性で評価される加工性と、耐錆性に優れており、従来から幅広く適用されている。
【0007】
上記各工程を経た鋼線材は、その後引抜き加工によって伸線されるが(以下では、この加工を「伸線加工」と呼ぶ)、上記デスケーリング工程、被膜処理工程、及び潤滑処理工程までの各工程を個別的に行う所謂「バッチ処理」によって行われるのが一般的である。これに対して、上記デスケーリング工程、被膜処理工程、潤滑処理工程及び伸線加工までを連続的に行う所謂「インライン処理」も知られている。
【0008】
ところで、上記のようなバッチ処理によって形成されたリン酸塩被膜では、リン酸塩、特にリン酸亜鉛の結晶粒径は、平均で数百μmまでに達し、しかもリン酸塩被膜の付着量も多くなる傾向がある。そのため、伸線加工時や伸線加工後に実施される圧造加工時に、鋼線材表面から脱落するリン酸塩被膜の量が多くなり、加工用金型でのカス詰まり(以下、単に「カス詰まり」と呼ぶ)が発生しやすいという問題がある。このカス詰まりの発生は、潤滑処理工程でリン酸塩被膜上に形成される潤滑被膜も原因となるが、主たる原因となるのは鋼線材表面から脱落するリン酸塩被膜である。
【0009】
こうしたカス詰まりの発生を防止するには、リン酸塩被膜の付着量を低減すればよいことは分かるが、リン酸塩被膜の付着量を低減すると、鋼線材の潤滑性、キャリア性、保護性が低下し、伸線加工等の加工時に金型での焼付きが発生しやすくなるという別の問題が生じる。
【0010】
従来実施されている製造方法では、デスケーリング工程でどのような方法を採用するにしても、その後のリン酸塩被膜の反応性が低く、所定量のリン酸塩被膜の付着量を確保するためには、長時間を要する。しかしながらリン酸塩被膜の形成に長時間を要すると、それだけリン酸塩の結晶粒が粗大化する傾向がある。加工性を円滑にするには、リン酸塩被膜の付着量を適切な範囲とする必要があるのは勿論のこと、鋼線材表面に均一かつ緻密なリン酸塩被膜を形成させることが必要である。
【0011】
リン酸塩被膜中のリン酸塩の結晶粒が粗大化すると、鋼線材の表面に均一な被膜を形成させるためには、それだけ付着量も多くなる。
【0012】
リン酸塩被膜の付着量を低減させつつリン酸塩の結晶粒の微細化を図り、上記のようなカス詰まりを低減させる方法として、これまでにも様々な技術が提案されている。例えば特許文献1には、亜鉛イオンに対するカルシウムイオンの重量比が0.5以上1.5以下であるリン酸塩処理液に鋼線材を浸漬することにより、リン酸亜鉛カルシウムを含むリン酸塩被膜を形成することが提案されている。
【0013】
また特許文献2には、カルシウムイオンを0.1〜0.5重量%、亜鉛イオン1.0〜3.0重量%含有し、かつ亜鉛イオンに対するカルシウムイオンの重量比が0.1〜0.5であるリン酸亜鉛カルシウムを含むリン酸塩被膜を形成することが提案されている。
【0014】
一方、特許文献3には、リン酸亜鉛被膜の付着量が5〜9g/m
2で、被膜中のリン酸亜鉛結晶の平均粒径が150μm以下である伸線前鋼線が提案されている。この技術では、リン酸亜鉛処理液中のZn
2+:PO
43-を1:2.4〜1:4とし、エッチング作用のあるPO
43-含有量を多くし、かつ、全酸度/遊離酸度を4.0〜5.0に制御することによって、リン酸亜鉛被膜の付着量やリン酸亜鉛結晶の平均粒径を上記のように制御している。また、好ましい条件として、鋼線のリン酸亜鉛処理液中への浸漬時間を3〜5分とするとともに、リン酸亜鉛処理液中のFe
2+含有量を5g/L以下と規定している。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明者は、伸線加工等の加工時に焼付きを発生することなく、しかもカス詰まりを低減できる表面処理鋼線材を製造するための条件について鋭意検討を重ねた。その結果、鋼線材の表面に対して研磨粒子を含むスラリーを噴射することにより、当該鋼線材の表面に付着したスケールを除去するデスケーリング工程を経た後、デスケーリング工程を終えた前記鋼線材の表面の反応性を高めるための表面調整剤によって処理する表面調整工程を付加することによって、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の結晶粒の微細化を維持しつつリン酸亜鉛被膜の付着量を適切な範囲に設定できる表面処理鋼線材が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0029】
まず本発明の表面処理鋼線材で規定する各要件について説明する。
【0030】
本発明の表面処理鋼線材は、鋼線材の表面にリン酸亜鉛被膜を有する表面処理鋼線材でり、前記リン酸亜鉛被膜の付着量が4.0〜7.0g/m
2であり、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の平均結晶粒径が70μm以下である。
【0031】
前記リン酸亜鉛被膜の付着量は4.0〜7.0g/m
2とする必要がある。このリン酸亜鉛被膜の付着量は、伸線加工等の加工時における焼付きやカス詰まりに影響を与えるものであり、リン酸亜鉛被膜の付着量が4.0g/m
2未満となると、鋼線材の地鉄が露出し、加工時に焼付きが発生しやすくなり、また耐食性も低下する。リン酸亜鉛被膜の付着量が7.0g/m
2を超えるとカス詰まりが多くなる。リン酸亜鉛被膜の付着量の好ましい下限は、4.5g/m
2以上であり、より好ましくは5.0g/m
2以上である。リン酸亜鉛被膜の付着量の好ましい上限は、6.5g/m
2以下であり、より好ましくは6.0g/m
2以下である。
【0032】
一方、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の平均結晶粒径は、70μm以下とする必要がある。平均結晶粒径は、好ましくは40μm以下であり、より好ましくは30μm以下、さらに好ましくは25μm以下である。
【0033】
リン酸亜鉛の結晶粒は、微細であるほど好ましいが、後述する製造条件等との関係によって、その微細化にも限界がある。こうした観点から、リン酸亜鉛の平均結晶粒径の好ましい下限は、概ね1μm以上である。また、製造条件を厳密にしなくてもよいとの観点からすれば、リン酸亜鉛の平均結晶粒径のより好ましい下限は、5μm以上である。
【0034】
加工時に起こる焼付きやカス詰まりは、伸線加工時は勿論のこと、伸線加工後の圧造時においても問題となる。各加工を行う段階で、上記要件を満足していれば、夫々の加工の際の効果を発揮することができる。
【0035】
例えば、伸線加工を強加工し、その後の圧造加工において、それほど強加工を行なわない場合には、少なくとも伸線加工を行う段階で上記規定範囲を満足していればよい。逆に、伸線加工を強加工せず、その後の圧造加工において強加工を行う場合には、少なくとも圧造加工を行う段階で上記規定範囲を満足していればよい。要するに、強加工となる主たる加工に応じて、上記要件を満足していればよい。
【0036】
すなわち本発明の表面処理鋼線材は、リン酸亜鉛被膜処理及び潤滑処理を施した後、伸線加工前の表面処理鋼線材、及び伸線加工した後圧造する前の表面処理鋼線材のいずれも含む趣旨である。ただし、本発明の表面処理鋼線材は、伸線加工の段階及び圧造加工の段階のいずれにおいても上記の規定範囲を満足していてもよいことは勿論であり、この場合には、伸線加工及び圧造加工のいずれもが強加工であっても、本発明の効果が発揮される。
【0037】
次に本発明の製造方法を、図面に基づいて詳しく説明する。
図1は、本発明の製造方法の工程例を示す説明図である。
【0038】
本発明方法は、
図1に示すように、鋼線材に対して伸線加工等の冷間加工を行う製造ライン1にて行われるものであり、鋼線材の表面に付着するスケールを除去するデスケーリング工程P3と、当該表面の反応性を高めるための表面調整剤によって処理する表面調整工程P4と、表面調整工程を終えた前記鋼線材をリン酸亜鉛含有溶液に浸漬することによって、鋼線材の表面に潤滑剤の下地であるリン酸亜鉛被膜を形成する被膜処理工程P5と、を含む。
【0039】
具体的には、
図1に示した方法では、サプライスタンド2のコイルから鋼線材を巻き出す巻出し工程P1と、当該鋼線材を矯正機4によりストランド状に矯正する矯正工程P2と、鋼線材の表面に付着するスケールを除去するデスケーリング工程P3と、デスケーリング後の鋼線材の表面を、当該表面の反応性を高めるための表面調整剤によって処理する表面調整工程P4と、鋼線材をリン酸亜鉛含有溶液に浸漬することによって鋼線材の表面にリン酸亜鉛被膜を形成する前記被膜処理工程P5と、リン酸亜鉛被膜を形成後の鋼線材に対して金属石鹸等の潤滑剤で被覆する前記潤滑処理工程P6と、潤滑剤で被覆した鋼線材を冷間加工によって伸線する伸線工程P8と、伸線した鋼線材を巻き取り機で巻き取る巻取り工程P9と、を含む。鋼線材は、搬送方向に沿って送られ、上記各工程P1〜P9が順次実施されることによって表面処理鋼線材が製造される。
【0040】
なお
図1には示していないが、巻取り工程P9で巻き取られた鋼線材は、その後圧造等の加工が施され、軸受等を製造するための素材となる表面処理鋼線材とされる。
【0041】
上記潤滑工程P6は、必要によって、省略することができる。この潤滑工程P6を省略する場合には、潤滑処理をせずに、伸線工程P8において伸線パウダーのみを使用して伸線加工を行えばよい。このとき用いる伸線パウダーの種類は、何ら特定するものではないが、例えばNa系石鹸やCa系石鹸等が挙げられる。
【0042】
潤滑工程P6を含んで本発明方法を実施する場合には、潤滑工程P6で用いる潤滑剤が液体のときには、
図1に示すように、伸線工程P8の前に、鋼線材の表面を被覆する潤滑剤を乾燥させる乾燥工程P7を含んでいてもよい。この乾燥工程P7は、仕様に応じて省略してもよい。
【0043】
以下に、本発明の製造方法を構成する各工程を説明する。
【0044】
本発明の製造方法でリン酸亜鉛被膜が形成される表面処理鋼線材の素材は、鋼やステンレス鋼等を熱間圧延機で長尺の線状に圧延されたものであり、5.0〜55mmの直径を有する。この鋼線材は、圧延後にコイルとして巻き取られる。圧延後、鋼線材の組織や機械的特性などを調整するために、当該鋼線材にバッチ炉や連続炉にて焼なまし等の熱処理が加えられることもある。
【0045】
<巻出し工程P1>
巻出し工程P1では、サプライスタンド2に配置された鋼線材のコイルから鋼線材をライン状に巻き出す。このサプライスタンド2は、熱間圧延後の鋼線材のコイルを、その軸心が上下方向または水平方向を向くように支持する設備である。鋼線材の巻き出しは、鋼線材をコイルの上方又は製造ラインの下流側に向かって引抜くように巻き解くか、コイル自体を水平面内に回転させながら鋼線材を巻き出すことによって行われる。
【0046】
<矯正工程P2>
矯正工程P2では、矯正機3を用いて鋼線材の巻き癖を矯正する。この矯正機3は、複数の矯正ロール4を含み、これらの矯正ロール4が、サプライスタンド2から巻き出された鋼線材の巻き癖を解消させる矯正を行う。具体的には、熱間圧延後にコイル状に巻き取られた鋼線材が複数の矯正ロール4を順番に通過することにより、鋼線材の巻き癖を解消し、鋼線材を直線状に矯正できる。
【0047】
<デスケーリング工程P3>
デスケーリング工程P3では、鋼線材の表面に対して研磨粒子を含むスラリーを噴射することにより、当該表面に付着した酸化スケールを除去するとともに、鋼線材の表面に加工歪を加えることで鋼線材の表面に微細かつ多数の凹凸を形成する。以下、デスケーリング工程P3で行われるスラリーの噴射のことを「ウェットブラスト」と記すこともある。
【0048】
ウェットブラストは、水と硬質粒子とを混合した混合物であるスラリーを高圧のエアで対象物に向けて複数のノズルから噴射することにより、当該スラリーを鋼線材の表面に衝突させて当該鋼線材の表面の酸化スケールを削りとる操作である。
【0049】
デスケーリング工程P3は、上記酸化スケールを除去しつつ鋼線材の表面性状を変化させるために、ウェットブラストのエア圧力、ノズルと鋼線材の距離、砥粒の形状及び材質、複数のノズルの間隔、砥粒濃度等を適切に調整することが好ましい。
【0050】
ウェットブラストのエア圧力が高いほど鋼線材の表面に付着した酸化スケールを除去しやすく、かつ鋼線材の表面性状を変化させることができる。このような観点からウェットブラストのエア圧力は0.2MPa以上0.6MPa以下が好ましい。0.2MPa以上であることにより、スケールを十分に除去することができ、かつエア流路にスラリーが逆流するのを防ぐことができる。より好ましくは、0.3MPa以上である。このエアー圧が過剰になっても、その作用が飽和するので、0.6MPa以下であることが好ましい。より好ましくは0.5MPa以下である。
【0051】
ウェットブラスト時におけるノズルと鋼線材の距離は、20mm以上200mm以下が好ましい。鋼線材とノズルの距離を20mm以上とすることにより、鋼線材の表面全体に対してスラリーを噴射することができる。しかもウェットブラストは、ノズル先端近傍でエアによる砥粒の加速が不十分であるため、20mm以上の距離を確保することで研削力を十分に確保することができる。より好ましくは70mm以上である。鋼線材とノズルとの距離が200mm以下であることにより、ウェットブラストの減衰による研削力の低下を避けることができる。より好ましくは160mm以下である。
【0052】
ウェットブラストの砥粒濃度は、5体積%以上25体積%以下であることが好ましい。砥粒濃度が5体積%以上であることにより加工力が極端に低下せず、25体積%以下であることにより、砥粒同士の干渉を避けることができ、加工効率の低下を避けることができる。砥粒濃度のより好ましい下限は10体積%以上であり、より好ましい上限は20体積%以下である。
【0053】
上記ウェットブラストは、噴射した研磨材すなわち研磨粒子が対象物へ与える衝撃を小さく抑えることができるものであり、噴射圧100MPa程度のウォータージェットと比較して対象物へのダメージを与えにくい。例えばウォータージェットでは、鋼線材の表面に生成される加工変質層は厚くなる傾向があり、鋼線材の割れやダイスの焼付きなどの加工不良を冷間加工時に招く可能性がある。これに対し、水と硬質粒子とのスラリーを用いるウェットブラストをデスケーリング工程P3に適用することにより、ウォータージェットと比較して鋼線材の表面に生成する加工変質層を薄くすることができ、研磨材の衝突により硬化する鋼線材表面の加工硬化量や加工硬化深さ等を小さくすることができる。
【0054】
上述したウェットブラストに用いる砥粒は、グリット状の研磨粒子であることが好ましい。このグリット状の研磨粒子とは、JIS Z 0311:2004にブラスト処理用金属系研磨材として規定されるグリットを意味し、使用前の状態で稜角を有する角ばった形状であって、その表面のうちの丸い部分がその粒子の全表面に占める割合が1/2未満の粒子を指す。従って、このグリット状の研磨粒子は、JIS Z 0311:2004で規定されたショット処理用金属系研磨材、すなわち「使用前の状態で稜角、破砕面又は他の鋭い表面欠陥がなく、長径が短径の2倍以内の球形状の粒子」とは、形状が大きく異なるものである。
【0055】
このようなグリット状の研磨粒子を用いることにより、グリット状の研磨粒子の角部による微細な表面切削により鋼線材の表面に微細かつ多数の凹凸が形成される。こうした表面性状は、表面調整工程P5において、微細かつ多数のリン酸亜鉛結晶の核を形成する上で好ましい形態である。
【0056】
なお、グリット状の研磨粒子に用いる金属の種類は問わないが、デスケーリング工程P3の加工効率の観点からは、処理される鋼線材の硬度よりも硬度の高い粒子を用いることが好ましい。具体的には、グリット状の研磨粒子には、鋼線材表面への刺込み残留を防止する観点などから、靭性に優れる鋼又はステンレス鋼が好ましく用いられる。
【0057】
<表面調整工程P4>
表面調整工程P4では、前記デスケーリング工程を終えた前記鋼線材の表面を、当該表面の反応性を高めるための表面調整剤によって処理する。このとき用いる表面調整剤としては、リン酸亜鉛被膜の形成を促進するために用いられているものを適用することができる。
【0058】
具体的には、Ti系の表面調整剤である「プレパレンZ」(商品名:日本パーカライジング株式会社製)や、Zn系の表面調整剤である「プレパレンX」(商品名:日本パーカライジング株式会社製)等が挙げられる。
【0059】
上記各表面調整剤は、リン酸亜鉛被膜を形成するときにリン酸塩含有溶液に含有され、リン酸亜鉛被膜の反応性を促進するものとしてして知られているが、この表面調整剤を用いた表面調整工程P4を、上記のようなデスケーリング工程P3に引き続いて行うことによって、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の結晶粒の微細化が図れる。
【0060】
こうした効果が得られる理由については、その全てを解明し得た訳ではないがおそらく、次のように考えることができる。すなわち、デスケーリング工程P3によって形成された多数の凹凸部分に対応して、リン酸亜鉛結晶の核となる粒子が多数均一に形成され、その結果、リン酸亜鉛の結晶粒の微細化が達成されると考えられる。
【0061】
また、結晶粒の微細化が達成されることによって、リン酸亜鉛被膜の付着量が過剰になることも防止できる。さらに、リン酸亜鉛被膜の形成が促進されることによって、リン酸亜鉛の結晶粒が粗大化しない短時間において、迅速に所定量のリン酸亜鉛被膜の付着量が確保できる。
【0062】
リン酸亜鉛結晶の微細化効果は、添加する表面調整剤の濃度に影響され、リン酸亜鉛の結晶粒をより小さくするするためには、前工程のデスケーリング工程P3での条件にもよるが、表面調整剤の濃度をより高めることが好ましい。本発明において、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の平均結晶粒径を70μm以下とするためには、表面調整剤(プレパレンZの場合)の濃度、すなわち水溶液中の表面調整剤の割合は、0.3g/L以上、20g/L以下であることが好ましい。この濃度が、0.3g/L未満では、表面調整剤による効果が発揮されにくくなり、20g/Lを超えても、その効果が飽和する。この濃度の下限は、より好ましくは1.0g/L以上であり、さらに好ましくは1.5g/L以上である。また表面調整剤の濃度の上限は、より好ましくは15g/L以下であり、さらに好ましくは10g/L以下である。
【0063】
本発明では、デスケーリング工程P3での条件を適切にするとともに、表面調整工程P4での適切な条件を適宜組み合わせて設定することによって、前記リン酸亜鉛被膜の付着量を確保しつつ、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛結晶粒の微細化が実現できる。
【0064】
<被膜処理工程P5>
被膜処理工程P5では、表面調整工程P4で表面調整した鋼線材をリン酸亜鉛含有溶液に浸漬することにより、当該鋼線材の表面にリン酸亜鉛被膜を形成する。リン酸亜鉛被膜は、上述の伸線加工等の冷間加工において潤滑剤をダイス内に引込むキャリアの役目を担い、潤滑剤として用いられる石灰石鹸や金属石鹸等の下地層として形成される。
【0065】
被膜処理工程P5におけるリン酸亜鉛含有溶液は、通常のものを適用すればよく、その条件は限定されないが、リン酸塩含有溶液の全酸度は、60pt以上250pt以下であることが好ましい。全酸度を60pt以上とすることにより、被膜処理工程P5における化成反応が促進され、リン酸塩被膜の形成時間を短縮することができる。また全酸度が250pt以下であることにより、被膜処理工程P5後の水洗処理において、リン酸亜鉛含有溶液の濃度が高いことによって生じがちな水洗の汚染を抑制することができ、しかも濃度が高いリン酸塩含有溶液の供給費用を抑制することができる。リン酸亜鉛含有溶液の全酸度の下限は、120pt以上であることがより好ましく、さらに好ましくは130pt以上である。またリン酸亜鉛含有溶液の全酸度の上限は、200pt以下であることがより好ましく、さらに好ましくは170pt以下である。
【0066】
なお、全酸度に用いる「pt」は、リン酸亜鉛含有溶液の濃度単位であり、リン酸亜鉛含有溶液10mlを中和するために必要な0.1mol/L濃度の水酸化ナトリウム液の滴定値、すなわち「mL数」を意味する。
【0067】
被膜処理工程P5におけるリン酸亜鉛含有溶液は、60℃以上90℃以下に加熱した状態で鋼線材を浸漬することが好ましい。60℃以上であることによりリン酸亜鉛被膜を効率的に形成することができる。90℃以下であることにより、リン酸亜鉛含有溶液が加水分解したり変質したりすることを防止し得る。リン酸亜鉛含有溶液の温度の下限は、より好ましくは65℃以上であり、さらに好ましくは70℃以上である。また、リン酸亜鉛含有溶液の温度の上限は、より好ましくは85℃以下であり、さらに好ましくは80℃以下である。
【0068】
<潤滑処理工程P6>
潤滑処理工程P6では、リン酸亜鉛被膜を被覆した鋼線材の表面に対し、石灰石鹸等を含む潤滑剤を被覆する。これにより鋼線材を潤滑させやすく冷間加工することができ、鋼線材をスムーズに加工することができる。リン酸亜鉛被膜自体は潤滑性が乏しいため、潤滑処理工程P6を行わずに伸線加工等を行うとダイスの寿命が短くなりやすくなる。
【0069】
<乾燥工程P7>
上記潤滑処理工程P6で用いる潤滑剤が液体の場合、乾燥工程P7において当該潤滑剤を乾燥させることが好ましい。乾燥工程P7における乾燥はドライヤーにより熱風を吹き付ける等の方法を挙げることができる。乾燥温度は60℃以上200℃以下に設定し、乾燥時間は1秒以上60秒以下が好ましい。
【0070】
<伸線工程P8>
上記のように潤滑剤により被覆された鋼線材に対し、伸線工程P8に代表される冷間加工を加工機、例えば伸線工程P8では伸線機によって行う。
【0071】
本発明によれば、鋼線材の表面にリン酸亜鉛被膜を形成するに際し、鋼線材の表面に対して研磨粒子を含むスラリーを噴射することにより、当該鋼線材の表面に付着したスケールを除去するデスケーリング工程、及び前記デスケーリング工程を終えた前記鋼線材の表面を、当該表面の反応性を高めるための表面調整剤によって処理する表面調整工程を組み合わせて前記鋼線材の表面を処理することによって、上記要件を満足する表面処理鋼線材が実現できる。
【0072】
本発明の表面処理鋼線材は、伸線加工等の加工時に焼付きを発生することなく、しかもカス詰まりの発生も防止できる。
【0073】
また、上記本発明の製造方法によれば、表面処理鋼線材を簡便かつ低コストで製造できる。本発明の製造方法においては、インライン処理で行うことが好ましいが、こうしたインライン処理では、一連の工程を所定の時間内で行うことができるので、生産性をさらに高めることができる。
【0074】
以下、本発明によって本発明の作用効果をより具体的に示すが、下記実施例は本発明を限定するものではなく、前記及び後記の趣旨に徴して設計変更することは、いずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0075】
実施例及び比較例のいずれも、鋼種がSUJ2で、φ11.0mmの線径の鋼線材に対し、球状化焼鈍によって酸化スケールを付着させるとともに、表面処理、伸線工程P8及び圧造工程をこの順に行った。なお、上記表面処理は、デスケーリング工程P3、表面調整工程P4、被膜処理工程P5、潤滑処理工程P6、及び乾燥工程P7をこの順に行った。この表面処理を連続的に行った場合を、表1において「インライン」と記する。また表面処理を個別的に行い、連続的に行わなかった場合を、表1において「バッチ」と記する。
【0076】
実験条件の詳細は以下の通りである。
(1)デスケーリングにより除去されるべき酸化スケール
化学組成:Fe
3O
4(60体積%)、Fe
2O
3(70体積%)
厚み:2μm
<デスケーリング工程P3>
(P3−1)ウェットブラスト
使用する装置:マコー(株)製汎用ウェットブラスト装置
研磨材:鋼製グリット
砥粒濃度:25%
砥粒平均サイズ:200μm
エア圧力:0.4MPa
線材とノズル角度:90°付近
線材とノズルの距離:100mm
(P3−2)ショットブラスト
使用する装置:汎用ショットブラスト装置
研磨材:鋼材
平均砥粒径:100μm
(P3−3)酸洗
塩酸:20質量%、25℃、浸漬時間30分
<表面調整工程P4>
表面調整剤
(a)日本パーカライジング社製(商品名:「プレパレンZ」;Ti系表面調整剤)
(b)日本パーカライジング社製(商品名:「プレパレンX」;Zn系表面調整剤)
表面調整剤の濃度:0.5g/L(実施例4)、1g/L(実施例3)、5g/L(実
施例1、2、比較例2、3)
表面調整剤の温度:25℃
<被膜処理工程P5>
リン酸亜鉛含有溶液:日本パーカライジング社製(商品名:「PB−3670X」)
全酸度:90pt
リン酸亜鉛含有溶液の温度:80℃
処理時間:15秒、30秒、240秒
<潤滑処理工程P6>
使用される潤滑剤:石灰石鹸(井上石灰工業社製:商品名「MAC−A20」)
<乾燥工程P7>
温度:70〜80℃
乾燥時間10秒
実施例及び比較例の処理条件を表1に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
<特性評価>
上記各実施例及び各比較例において作製された表面処理鋼線材に対して、伸線加工及び圧造加工を行うことにより、焼付き及びカス詰まりの発生状況を、目視評価した。このとき伸線加工は、約1000kgの鋼線材に対して伸線の減面率12%(φ11.0mm→φ10.3mm)で加工した。圧造加工は、約500kgの重量の鋼線材に対して減面率56%で前方押し出し加工した。
【0079】
伸線加工や圧造加工において、加工時にすぐに焼付きが発生した例や、カス詰まりが多く発生した例を「×」、200kg未満の鋼線材を加工した時に焼付きが発生したものを「△」、200kg以上の鋼線材を加工しても焼付き及びカス詰まりが発生しなかったものを「○」とそれぞれ評価した。各実施例及び各比較例の鋼線材の評価結果を表2に示す。
【0080】
<結晶粒径評価>
各実施例及び各比較例で形成したリン酸亜鉛被膜を、SEM(Scanning Electron Microscope;走査型電子顕微鏡)を用いて、200倍で観察することにより、リン酸亜鉛被膜の外観を評価した。このとき潤滑処理後の表面処理鋼線材を、「ライトクリンA−1」(商品名:共栄社化学株式会社製)10%溶液に60〜70℃、15分間浸漬させることで、潤滑層を除去した後、潤滑層を除去したリン酸亜鉛被膜の表面をSEM像で観察することにより、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の結晶を観察した。
【0081】
図2は、比較例1のリン酸塩被膜の観察画像を示した図面代用写真である。この
図2に示すように、同じ起点から被膜が形成及び成長した部分(
図2中、1点鎖線で囲んだ部分)を、リン酸亜鉛結晶を判断した。視野面積:378μm×511μm内にある結晶数をカウントして結晶1個あたりの平均面積を求めた。そして、求めた面積と同一の面積を有する円に相当する直径(円相当径)に換算し、これを結晶粒の平均結晶粒径とした。実施例3のリン酸塩被膜の観察画像を
図3(図面代用写真)に、実施例4のリン酸塩被膜の観察画像を
図4(図面代用写真)に、それぞれ示す。
【0082】
<耐食性評価>
各実施例及び各比較例で作製された表面処理鋼線材について、大気雰囲気下、1ヶ月の暴露試験を行い、錆の発生状況を評価した。評価は目視で行い、錆が発生しなかった場合を「○:耐食性良好」、錆が発生した場合を「×:耐食性不良」と評価した。
【0083】
各実施例及び各比較例の評価結果を表2に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
<評価結果の考察>
表2に示す実施例1〜4及び比較例1〜4の評価結果の対比から、ウェットブラストを用いて鋼線材をデスケーリングした後に、表面調整剤を用いて鋼線材の表面を処理することにより、微細な結晶粒のリン酸亜鉛を含むリン酸亜鉛被膜が、適正な付着量で形成することができた。これにより伸線加工や圧造加工等の冷間加工において焼付きやカス詰まりが発生することなく加工でき、耐食性も良好であることが明らかとなり、本発明の効果が示された。
【0086】
比較例1は、ウェットブラストによるデスケーリングを行った後に、表面調整剤を用いなかった例である。この例では、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の平均結晶粒径が粗大化し、かつ被膜付着量も過剰となっている。強加工でない伸線加工においては問題は生じないが、その後の圧造加工において軽微なカス詰まりが発生した。
【0087】
比較例2は、ショットブラストによるデスケーリングを行った後に、表面調整剤を用いた例である。この例では、リン酸亜鉛被膜中のリン酸亜鉛の平均結晶粒径は適正な範囲となっているが、被膜付着量が不足している。強加工でない伸線加工においては問題は生じないが、その後の圧造加工において焼付きが発生した。また、耐食性も劣化している。このように、ショットブラストによるデスケーリングでは、表面調整剤を用いた場合であってもリン酸亜鉛の結晶粒の微細化を確保しつつ、リン酸亜鉛被膜の付着量を適正な範囲とすることはできない。
【0088】
比較例3は、酸洗によるデスケーリングを行った後に、表面調整剤を用いて処理をした例である。この例では、リン酸亜鉛被膜の付着量は適切な範囲となっているが、リン酸亜鉛の結晶粒が粗大化し、被膜が鋼線材表面に不均一となっていることが予想される。このような表面処理鋼線材では、鋼線材の地鉄が露出してしまい、強加工でない伸線加工の段階において既に焼付きが発生するととともに、強加工となる圧造加工においても早期に焼付きが発生している。また、耐食性も劣化している。
【0089】
比較例4は、酸洗によるデスケーリングを行った後に、表面調整剤を用いずに処理をした例である。この例では、リン酸亜鉛被膜の付着量が過剰となり、かつリン酸亜鉛の結晶粒も粗大化している。強加工でない伸線加工の段階においては、焼付きやカス詰まりが発生することはないが、伸線加工後においても、付着量が依然として過剰となり、強加工となる圧造加工においてカス詰まりが多量に発生している。