(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6838596
(24)【登録日】2021年2月16日
(45)【発行日】2021年3月3日
(54)【発明の名称】耐力推定方法
(51)【国際特許分類】
G01L 1/25 20060101AFI20210222BHJP
G01N 23/207 20180101ALI20210222BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20210222BHJP
G01N 3/00 20060101ALI20210222BHJP
【FI】
G01L1/25
G01N23/207
B24C1/10 G
G01N3/00 Z
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2018-209559(P2018-209559)
(22)【出願日】2018年11月7日
(65)【公開番号】特開2020-76622(P2020-76622A)
(43)【公開日】2020年5月21日
【審査請求日】2020年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100161425
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100190470
【弁理士】
【氏名又は名称】谷澤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐次
(72)【発明者】
【氏名】松井 彰則
【審査官】
森 雅之
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第7159425(US,B2)
【文献】
小林祐次他,ショットピーニング特性に及ぼす機械的性質と残留オーステナイトの影響,ばね論文集,日本,日本ばね学会,2012年 5月30日,2012巻 第57号,第9−15頁
【文献】
岡田秀樹他,ショットピーニング方法の違いによる材料硬さと残留応力分布と降伏応力の関係,圧力技術,日本,一般社団法人 日本圧力技術協会,2003年11月11日,第41巻 第5号,第233−242頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L1/25
B24C1/10、
G01N3/00
G01N23/207
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料からなる対象物に最大残留応力を付与するためのショットピーニング条件を決定する決定工程と、
前記対象物に対し、前記ショットピーニング条件でショットピーニングを行うショットピーニング工程と、
前記ショットピーニング工程後の前記対象物の残留応力を測定する測定工程と、
予め取得された前記最大残留応力と前記対象物の耐力との関係、及び、測定された前記残留応力に基づき前記対象物の耐力を推定する推定工程と、を含み、
前記測定工程は、前記対象物に熱疲労を与える前に行われる、耐力推定方法。
【請求項2】
前記決定工程では、前記対象物の硬さに基づいて、ショットピーニング条件を決定する、請求項1に記載の耐力推定方法。
【請求項3】
前記測定工程では、回折法により測定を行う、請求項1又は2に記載の耐力推定方法。
【請求項4】
前記推定工程では、前記対象物の0.2%耐力を推定する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の耐力推定方法。
【請求項5】
前記対象物は、鉄鋼材料からなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の耐力推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、耐力推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料からなる対象物の表面に高硬度の投射材(ショット)を投射するショットピーニングが知られている(例えば、非特許文献1,2)。ショットピーニングによれば、金属材料の疲労強度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】小林祐次,“ショットピーニング特性に及ぼす機械的性質と残留オーステナイトの影響”,ばね論文集,第57号,P.9-15,2012
【非特許文献2】岡田秀樹,“ショットピーニング方法の違いによる材料硬さと残留応力分布と降伏応力の関係”,圧力技術第41号第5号,P.223-242,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、金属材料の耐力は、引張試験によって求められる。しかしながら、実際の製品では、引張試験のような破壊試験を行うことができない場合がある。そのため、金属材料の耐力を非破壊で推定できる方法が必要とされている。
【0005】
本開示は、金属材料の耐力を非破壊で推定できる耐力推定方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係る耐力推定方法は、金属材料からなる対象物に最大残留応力を付与するためのショットピーニング条件を決定する決定工程と、対象物に対し、ショットピーニング条件でショットピーニングを行うショットピーニング工程と、ショットピーニング工程後の対象物の残留応力を測定する測定工程と、予め取得された最大残留応力と対象物の耐力との関係、及び、測定された残留応力に基づき対象物の耐力を推定する推定工程と、を含む。
【0007】
この耐力推定方法では、最大残留応力を付与するためのショットピーニング条件で対象物にショットピーニングが行われた後、残留応力が測定される。測定された残留応力から、対象物の最大残留応力と対象物の耐力との間に関係があることを利用して、対象物の耐力が推定される。したがって、引張試験を行うことができない場合であっても、対象物を構成する金属材料の耐力を非破壊で推定できる。
【0008】
一実施形態に係る耐力推定方法において、決定工程では、対象物の硬さに基づいて、ショットピーニング条件を決定してもよい。この場合、ショットピーニング条件を適切に決定することができる。
【0009】
一実施形態に係る耐力推定方法において、測定工程では、回折法により測定を行ってもよい。この場合、残留応力を適切に測定することができる。
【0010】
一実施形態に係る耐力推定方法において、推定工程では、対象物の0.2%耐力を推定してもよい。この場合、0.2%耐力は広く用いられているので、耐力推定方法の必要性が高い。
【0011】
一実施形態に係る耐力推定方法では、対象物は、鉄鋼材料からなってもよい。この場合、鉄鋼材料は広く用いられているので、耐力推定方法の必要性が高い。
【発明の効果】
【0012】
本開示に係る耐力推定方法によれば、金属材料の耐力を非破壊で推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係る耐力推定方法を示すフローチャートである。
【
図2】熱疲労試験について説明するための図である。
【
図3】サイクル試験による残留応力の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、実施形態について詳細に説明する。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用い、重複する説明を省略する。
【0015】
図1は、実施形態に係る耐力推定方法を示すフローチャートである。実施形態に係る耐力推定方法は、金属材料からなる対象物の耐力を推定する方法である。対象物を構成する金属材料は、例えば鉄鋼材料である。鉄鋼材料として、具体的には、炭素含有量が0.5%〜0.6%である中炭素の焼入材、炭素含有量が0.8%〜1.1%である高炭素の浸炭材等が挙げられる。中炭素の焼入材は、例えば、ばね材、アルミダイガスト用の金型材に用いられる。高炭素の浸炭材は、例えば、歯車材に用いられる。これらの鉄鋼材料は、いずれもマルテンサイト組織を有するマルテンサイト鋼である。
【0016】
この耐力推定方法は、ショットピーニング条件を決定する工程S1(決定工程)と、ショットピーニングを行う工程S2(ショットピーニング工程)と、残留応力を測定する工程S3(測定工程)と、耐力を推定する工程S4(推定工程)と、を含む。以下、各工程について説明する。
【0017】
工程S1では、対象物に最大残留応力を付与するためのショットピーニング条件を決定する。最大残留応力とは、対象物に付与可能な残留応力(圧縮残留応力)の最大値である。最大残留応力は、対象物によって異なる。
【0018】
ショットピーニングでは、投射材の硬さを高めることにより、対象物に付与される残留応力を高めることができる。しかしながら、対象物の硬さが投射材の硬さに見合っていないと、投射材の硬さを高めることにより、対象物に付与される残留応力がかえって低下する場合がある。つまり、対象物に最大残留応力を付与するには、対象物の硬さと投射材の硬さとのバランスを適正化する必要がある。
【0019】
対象物に最大残留応力を付与するには、例えば、投射材の硬さを対象物の硬さよりも50HV(ビッカース硬さ)以上250HV以下の範囲内で高く設定する。50HV以上とすることで、対象物の表面部分に残留応力を付与することができる。250HVよりも高く設定すると、投射のエネルギーが対象物の表面の削食に使われるので、対象物の表面部分に効果的かつ安定的に残留応力を付与することができない。削食量が大きくなると、対象物の寸法の変化量も大きくなる。対象物の削食量を5μm以下とすることで、対象物の表面部分に効果的かつ安定的に残留応力を付与することができるとともに、対象物の寸法の変化を抑制することができる。
【0020】
ただし、対象物の硬さが750HVよりも低いと、対象物の表面部分に十分な残留応力を付与することができない場合がある。対象物の硬さは、例えば、対象物の表面から深さ0.050mmまでの表面部分の硬さを意味する。工程S1で決定されるショットピーニング条件は、最大残留応力を付与するための条件であれば、投射材の硬さ以外の条件であってもよい。
【0021】
投射材の粒径は、0.05mm以上0.6mm以下とすることができる。投射材の粒径を0.05mm以上とすることにより、投射材を容易に作製することができる。投射材の粒径を0.6mm以下とすることにより、残留応力が深さ方向において最大値を示す位置(ピーク位置)が深くなりすぎず、ピーク位置を対象物の表面から深さ100μm以内に収めることができる。ピーク位置をこの範囲に収めることで、対象物の疲労強度を効果的に向上させることができる。
【0022】
工程S2では、対象物に対し、工程S1で決定したショットピーニング条件でショットピーニングを行う。これにより、対象物の表面部分に残留応力が付与される。
【0023】
工程S3では、工程S2のショットピーニング後の対象物の残留応力を測定する。工程S3では、例えば、回折法により測定を行う。回折法としては、具体的には、X線回折法、電子線回折法、及び中性子回折法等が挙げられる。X線回折法による測定方法は、例えば、特開2017−009356号公報に開示されている。工程S3では、陽電子消滅法により測定を行ってもよい。
【0024】
ショットピーニングにより対象物に付与された残留応力は、熱疲労により減少する。例えば、ダイガスト金型では、溶湯により加熱されることで生じる熱応力と、離型剤により冷却されることで生じる熱応力とを繰り返し受けることによって、熱疲労が生じる。
図2は、熱疲労試験について説明するための図である。この熱疲労試験では、ダイガスト金型の熱疲労が再現されている。
図2に示されるように、この熱疲労試験では、まず試験片1がヒータ2の表面に押し付けられる。試験片1が押し付けられる時間は、150秒間に設定されている。ヒータ2の温度は、試験片1の表面温度が570℃となるように設定されている。その後、試験片1が室温の水3で冷却される。続いて、試験片1は、空気4を吹き付けるエアブローにより乾燥される。以上の一連のサイクルは約3分間で繰り返し行われる。
【0025】
試験片1の材質は、熱間工具鋼であるSKD61とした。試験片1の化学成分(wt%)を表1に示す。試験片1は、焼入焼戻しを行った後、塩浴軟窒化を行うことにより作成した。試験片1の形状は、厚さ15mm、直径58mm(φ58)の円盤形状とし、これに把持部として高さ15mm、直径15mm(φ15)の円柱を設けた。
【0027】
図3は、サイクル試験による残留応力の変化を示すグラフである。グラフの横軸は、上述の熱疲労試験のサイクル数であり、縦軸は試験片1(
図2参照)の残留応力(MPa)である。サイクル試験は、10サイクルまでの極低サイクルの熱疲労試験であり、試験片1に対して、最大残留応力を与えるための条件でショットピーニングを行った後に実施した。サイクル試験の開始前、5サイクル終了後、及び10サイクル終了時にそれぞれ残留応力を測定した。残留応力の測定は、X線回折法により、表2に示す測定条件で行った。
図3に示されるように、サイクル数が増えるにしたがって、熱疲労により残留応力が減少した。
【0029】
以上のことから、ショットピーニングにより付与された残留応力の測定は、ショットピーニング後の対象物に対し、残留応力を減少させる要因となる熱疲労を与える前に行われる必要がある。これにより、ショットピーニングにより付与された残留応力の測定精度を向上させることができる。
【0030】
工程S4では、工程S3で測定した残留応力に基づき、対象物の耐力を推定する。工程S4では、対象物の0.2%耐力を推定する。非特許文献1には、ショットピーニング後の最大残留応力は、0.2%耐力の約60%程度であることが示されている。非特許文献2には、ショットピーニング後の残留応力は、耐力(降伏応力)の約半分であることが示されている。工程S4では、これらの関係を利用して、ショットピーニング後の対象物の残留応力に基づき対象物の0.2%耐力を推定する。すなわち、工程S4では、工程S3で測定した残留応力、及び、予め取得された最大残留応力と対象物の耐力との関係に基づき、対象物の耐力を推定する。
【0031】
以上説明したように、実施形態に係る耐力推定方法では、最大残留応力を付与するためのショットピーニング条件で対象物にショットピーニングを行った後、残留応力を測定し、対象物の最大残留応力と対象物の耐力との間に関係があることを利用して、測定された残留応力から、対象物の耐力を推定する。したがって、引張試験のような破壊試験を行うことができない場合であっても、対象物を構成する金属材料の耐力を非破壊で簡便に推定できる。
【0032】
工程S1では、対象物の硬さに基づいて、ショットピーニング条件を決定するので、ショットピーニング条件を適切に決定することができる。測定する工程S3では、回折法により残留応力を測定するので、残留応力を適切に測定することができる。推定する工程S4では、対象物の0.2%耐力を推定する。0.2%耐力は広く用いられているので、耐力推定方法の必要性が高い。対象物は、鉄鋼材料からなる。鉄鋼材料は広く用いられているので、耐力推定方法の必要性が高い。
【0033】
本発明は必ずしも上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0034】
1…試験片、2…ヒータ、3…水、4…空気。