(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6839165
(24)【登録日】2021年2月16日
(45)【発行日】2021年3月3日
(54)【発明の名称】インドール生産酵母を用いる蒸留酒の製造方法およびインドール高生産酵母とその育種方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20210222BHJP
【FI】
C12N1/16 B
C12N1/16 G
【請求項の数】5
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2018-247682(P2018-247682)
(22)【出願日】2018年12月28日
(65)【公開番号】特開2020-103222(P2020-103222A)
(43)【公開日】2020年7月9日
【審査請求日】2019年2月1日
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02832
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000177508
【氏名又は名称】三和酒類株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【弁理士】
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】梶原 康博
(72)【発明者】
【氏名】大石 雅志
(72)【発明者】
【氏名】高下 秀春
【審査官】
楠 祐一郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開平06−070741(JP,A)
【文献】
特開平03−094670(JP,A)
【文献】
J Food Sci Technol,Vol. 54(2),pp. 538-557
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12G
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPI/FSTA/CABA/AGRICOLA(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母を、p−フルオロフェニルアラニンを含有する選択培地を用いて選択分離し、選択分離したp−フルオロフェニルアラニン耐性変異株からさらにインドール高生産酵母を分離することを特徴とする、インドール高生産酵母の育種方法。
【請求項2】
前記インドール生産酵母が、サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(NITE P−02832)である、請求項1に記載のインドール高生産酵母の育種方法。
【請求項3】
サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母を、p−フルオロフェニルアラニンを含有する選択培地を用いて選択分離し、選択分離したp−フルオロフェニルアラニン耐性変異株からさらにインドール高生産変異株として分離される、蒸留酒におけるインドール生産能が親株より5倍以上高いインドール高生産酵母。
【請求項4】
サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(Saccharomyces cerevisiae BAW−6)(NITE P−02832)を親株とする育種変異株であって、インドール生産能が親株より5倍以上高い醸造用酵母。
【請求項5】
前記育種変異が、p−フルオロフェニルアラニン耐性付与である、請求項4に記載の醸造用酵母。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼酎などの蒸留酒の製造に用いるサッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属する醸造用酵母とその育種、または焼酎などの蒸留酒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蒸留酒は醸造により得られたアルコール含有物を蒸留することにより製造される。連続式蒸留機で蒸留される連続式蒸留酒は、単式蒸留機で蒸留される単式蒸留酒に比べて、多段蒸留により香り成分や呈味成分が減少し、味わいが薄くなるという問題がある。また、焼酎やウイスキーなどは、水ないし湯で割って飲用に供することが行われているが、これらの蒸留酒を水で割ってアルコール濃度を低下させると、蒸留酒の本来の豊かな香りやコクなどが薄れ香味が平板となり、味にしまりがなくなり水っぽくなるという問題があった。このように、蒸留酒を水で希釈すると、飲料中の呈味成分等の割合が低くなり、風味やボディ感にかけ、味質のバランスに欠けたアルコール飲料となることがあった。
【0003】
そのため、呈味成分を添加することにより希釈した蒸留酒の呈味を改善する試みがなされているが、蒸留酒本来の香味を大きく変えてしまったり、官能的に単調な酒質になり蒸留酒の嗜好性が低下してしまうという問題があった。そのため、原料に特定品種のサツマイモを使用することで蒸留酒に良好な香味を付与すること(特許文献1)や、特定品種の原料芋とワイン酵母を使用して焼酎を製造することで、焼酎に華やかな香りを付与すること(特許文献2)や、香気成分を生産する酵母を用いて蒸留酒を製造すること(特許文献3)が提案されているが、これらの技術でも、蒸留酒を希釈した場合の呈味成分低下の問題は解決されていない。
【0004】
また、醸造に適した酵母の育種として、高アルコール濃度の酒類を製造することができる酵母の育種は知られているが(特許文献4)、酒類中に含有させたい呈味成分を高生産する醸造用酵母の育種はほとんど知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−217315号公報
【特許文献2】特開2018−50546号公報
【特許文献3】特開2008−48695号公報
【特許文献4】特開平10−215860号公報
【特許文献5】特開2009−278921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
蒸留酒はアルコール濃度が高いため、嗜好上、ソーダ水、水、温水などを加えることによりアルコール濃度を低くして飲用することが行われている。しかし、上記のとおり、蒸留酒を水などで割ってアルコール濃度を低下させると、蒸留酒本来の香りやコクが薄れるという問題点があった。また、従来から、甘味料、糖類、ジュース類などの新たな味覚を加えて苦味を低減し、味を濃くすることによってできるだけ各飲用者の好みに合わせるようにしていたが、元の蒸留酒の官能的特徴を大きく変えてしまうという問題があった。
【0007】
本発明者らは、この問題を解決するために鋭意検討を行った結果、インドールを蒸留酒に微量含有させることにより、蒸留酒が固有に有する呈味を増強し、蒸留酒に苦味、甘味、まるみ、またはコクといった呈味が付与できることを見出しており、インドールに蒸留酒または希釈された蒸留酒の呈味性を改善する効果があることを明らかにしていた。本発明は、蒸留酒にインドールを含有させる方法として、酵母に生産させる方法を提供することを目的とする。また、ビール醸造用酵母において、ビタミンB6類や窒素などの栄養源が不足している条件下で酵母がインドールを生成することは知られているが、通常の栄養源が豊富な醸造において酵母がインドールを生成することは知られていない。蒸留酒により高濃度のインドールを含有させることのできるインドール高生産酵母、およびその育種方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、大麦焼酎の製造において最終的なもろみ中にインドールを蓄積できるサッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属する酵母について広くスクリーニングを行った結果、サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(NITE P−02832)がインドールを蓄積することを発見し、該酵母を用いて焼酎を製造することにより、蒸留酒が固有に有する呈味を増強し、改善できることを発見した。また、BAW−6株を親株とする育種を試みた結果、親株の5倍以上のインドールを生産することができる育種変異株を取得することができ、これらインドール高生産酵母を用いて焼酎を製造すると、親株のBAW−6株を用いた場合より高いインドール濃度の焼酎を製造できた。
【0010】
本発明は、以下の(
1)または(
2)のインドール高生産酵母の育種方法に関する。
(
1)サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母を、p−フルオロフェニルアラニンを含有する選択培地を用いて選択分離し、選択分離したp−フルオロフェニルアラニン耐性変異株からさらにインドール高生産酵母を分離することを特徴とする、インドール高生産酵母の育種方法。
(
2)前記インドール生産酵母が、サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(NITE P−02832)である、上記(
1)に記載のインドール高生産酵母の育種方法。
【0011】
また、本発明は、以下の(
3)のインドール高生産酵母、もしくは以下の(
4)または(
5)の醸造用酵母に関する。
(
3)サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母を、p−フルオロフェニルアラニンを含有する選択培地を用いて選択分離し、選択分離したp−フルオロフェニルアラニン耐性変異株からさらにインドール高生産変異株として分離される、蒸留酒におけるインドール生産能が親株より5倍以上高いインドール高生産酵母。
(
4)サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(
Saccharomyces cerevisiae BAW−6)(NITE P−02832)を親株とする育種変異株であって、インドール生産能が親株より5倍以上高い醸造用酵母。
(
5)前記育種変異が、p−フルオロフェニルアラニン耐性付与である、上記(
4)に記載の醸造用酵母。
【発明の効果】
【0012】
本発明のインドール生産酵母を用いる蒸留酒の製造方法で製造された蒸留酒は、インドールを含有して呈味および口当たりが改善されており、また、蒸留酒を水などで割ってアルコール濃度を低下させても、蒸留酒固有の呈味が薄まらないアルコール飲料となり、水割りアルコール飲料として瓶詰あるいは罐詰のような製品で消費者に提供することができる。
また、サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces
cerevisiae)に属するインドール生産酵母を親株として選択培地による育種を試みた結果、親株の5倍以上のインドール生産能を有する育種変異株を取得することができた。これらのインドール高生産酵母を用いて焼酎を製造すると、より高濃度のインドールを焼酎に含有させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】インドール高生産酵母株の3株(FPA17、FPA42、FPA43)と親株であるBAW−6のそれぞれを用いた大麦焼酎小仕込み試験の発酵経過を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces
cerevisiae)に属するインドール生産酵母を用いて、インドールを含有する蒸留酒の製造方法、およびインドール高生産酵母とその育種方法に関する。
【0015】
蒸留酒とは、醸造により得られたアルコール含有物をさらに蒸留して製造するアルコール濃度の高い酒である。原料として、米や大麦などの穀類、リンゴ、サクランボ、洋ナシなどの果実、その他にサトウキビ、リュウゼツラン、イモ類などを発酵させて製造したアルコール含有物を蒸留してアルコール濃度を高くしたものであり、スピリッツとも称される。その代表的な種類としては、ウオッカ、ラム、テキーラ、ジン、アクアビット、コルン、ウイスキー、ブランデー、焼酎、カルバドス、キルシュなどが知られている。本発明で対象となる「蒸留酒」は、このような蒸留酒と称されている種類の酒類であるが、特に、焼酎やウイスキー、ブランデー、ウオッカ、ラム、テキーラ、ジンなどに好ましい。
【0016】
インドールは、化学式がC
8H
7Nのベンゼン環とピロール環が縮合した構造の有機化合物であり、合成インドールは、香水や香料に使われている。蒸留酒または希釈された蒸留酒に呈味改善効果を付与できるインドールの濃度は、蒸留酒の種類およびアルコール度数によって適切な範囲が異なるが、例えば、0.05〜500ppbの範囲の量で含有させることが好ましい。
また、同じアルコール度数の蒸留酒でも含有させるインドールの濃度によって、その先味、後味の呈味を変化させて改善できる。例えば、アルコール度数15度の麦焼酎においては、インドール濃度が0.05〜300ppbの範囲で呈味を改善することができるが、インドール濃度が低濃度と高濃度の場合では、改善される先味および後味の呈味は異なり、インドール濃度が50ppbでは、先味で苦味とコクが増強され、100〜300ppbではコクと甘味が増強される。
【0017】
本発明の「インドール生産酵母」とは、通常の栄養豊富な条件で培養された場合に、培地中にインドールを蓄積する酵母を意味する。酵母をビタミンB6類等が不足した条件で培養するとインドールを生成し、培養後に蓄積することが知られている(特許文献5)が、通常の栄養豊富な条件で培養された酵母がインドールを培養後に蓄積することは知られていない。
【0018】
本発明のインドールを含有する蒸留酒を製造する方法に用いるサッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母としては、サッカロミセス・セレビシエ BAW−6株(
Saccharomyces cerevisiae BAW−6)(NITE P−02832)およびBAW−6株を親株として育種変異させて得られるインドール高生産酵母を用いることができる。BAW−6株は焼酎酵母であるが、インドールを生産することは知られていなかった。この出願をするに際し、BAW−6株は、2018年11月26日付で日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託し、受領番号NITE AP−02832として受領され、受託番号NITE P−02832として寄託された。
また、BAW−6株以外のサッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)に属するインドール生産酵母として、通常の栄養豊富な条件での培養により培地中にインドールを蓄積することのできる焼酎用酵母やその他の醸造用酵母を用いることができる。
【0019】
BAW−6株を親株として、より高いインドール生産能を有する酵母を取得するために育種を行った。インドールは、酵母のトリプトファン合成経路にて生産される成分(トリプトファンの前駆体)である。そこで、いくつかのアミノ酸の代謝抑制が解除されたアミノ酸アナログ耐性株を選択分離した結果、フェニルアラニンのアナログであるp−フルオロフェニルアラニン耐性株のなかに、インドールを高生産する性質を有する株が存在することがわかった。
【0020】
BAW−6を親株として、YPD培地(2%グルコース、1%酵母エキス、2%ポリペプトン)で30℃、24間培養を行った後、変異処理した酵母をスクリーニング培地(2%グルコース、2%寒天、0.67%Yeast Nitrogen Base w/o amino acid、500ppm p−fluoro DL−phenylalanine)に塗布し、この培地で増殖した酵母50株をp−フルオロフェニルアラニン耐性株として選択分離した。次に、これら選択した酵母を用いて大麦焼酎小仕込み試験を行い、大麦焼酎製造において親株よりインドール生産能が高い株を選抜した。
【0021】
酵母の生育はp−フルオロフェニルアラニンによって阻害されるが、その最小阻害濃度は菌株によって異なる。p−フルオロフェニルアラニン耐性株を選択する場合、最小阻害濃度以上のp−フルオロフェニルアラニンを含有する選択培地を用いるのが好ましい。
【0022】
大麦麹に醸造用酵母としてこれらインドール生産酵母を使用して、通常の製法により焼酎を製造すると、出来あがったアルコール度数25度の焼酎のインドール含量は、1000ppb〜9000ppb以上と高かった。官能検査の結果、これらの焼酎を水で希釈したり、他の原酒とブレンドしたりするなどして、最適なインドール濃度の範囲となるように使用すると呈味改善効果が発揮される。
【0023】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明の技術的範囲は実施例の記載に限定されるものではない。実施例には様々な変更・改良を加えることが可能であり、そのような変更または改良を加えた形態のものも本発明の技術的範囲に含まれる。また、実施例でアルコール濃度については単位を明記していなくとも、「容量%」を意味する。
【0024】
[実施例1]
焼酎酵母BAW−6(受託番NITE P−02832)を親株として使用し、これをYPD培地(2%グルコース、1%酵母エキス、2%ポリペプトン)で30℃、24間培養し、対数増殖期の細胞を滅菌水で3回洗浄後、ethyl methansulfonate(EMS)で1時間振とう処理し、チオ硫酸ナトリウムで中和した。その後酵母をスクリーニング培地(2%グルコース、2%寒天、0.67%Yeast Nitrogen Base w/o amino acid、500ppm p−fluoro DL−phenylalanine(FPA))に塗布し、30℃で培養後、増殖したコロニーをp−フルオロフェニルアラニン耐性株として50株分離した。この50株について香気生成試験によりβ-フェネチルアルコール高生産株を3株選択し、大麦焼酎小仕込み試験をした結果、大麦焼酎製造においてインドールを高生産する株が3株(FPA17、FPA42、FPA43)見つかった。
【0025】
[実施例2]
インドール高生産株の小仕込み試験
得られたインドール高生産株の3株(FPA17、FPA42、FPA43)と親株であるBAW−6を用いて総原料300gの大麦焼酎小仕込み試験を行い、発酵力及び製成酒の酒質を確認した。
72%精麦の大麦を用い、一次もろみは100gの大麦を用いて製造した大麦麹に、120mLの水及び酵母を1仕込み当たり1×10
9cells程度加え25℃で5日間発酵させた。二次もろみは一次もろみに200gの大麦を用いて製造した蒸麦及び水330mLを加え、25℃で10日間発酵させた。この仕込みの発酵経過を
図1に、二次もろみ10日目の分析結果を下記の表1に示す。
【0026】
【表1】
FPA17、FPA42、FPA43の一次仕込み2日目のもろみ重量減少量が、親株よりも若干低く、立ち上がりが若干遅い傾向が示された。また、二次仕込み10日目のもろみの分析結果では、FPA17、FPA42、FPA43の日本酒度は親株よりも低く、アルコール度数は親株とほぼ同等であることが示された。
【0027】
製成酒の製造と成分分析
二次仕込み10日目のもろみを単式蒸留機にて減圧蒸留した。その結果を表2に示す。どのもろみも同様の条件で問題なく蒸留できたことが示された。減圧蒸留後に得られた原酒を冷却ろ過した後に和水して25%の製成酒を得た。製成酒の香気成分を測定した結果、親株に比べて含量が大きく増減していた成分のみの分析値を表3に示す。
【表2】
【0028】
【表3】
製成酒のインドール含量は、FPA17は親株の約5倍、FPA42は親株の約9倍、FPA43は親株の約7倍であった。また、酢酸−β−フェネチル含量は、FPA17、FPA42、FPA43は親株の約6倍、β−フェネチルアルコール含量は、FPA17、FPA42、FPA43は親株の約4倍であることが示された。
【0029】
[実施例3]
インドール高生産株を用いた製成酒の官能検査
FPA17、FPA42、FPA4の製成酒の酒質を評価するために親株を対照として、7名の社内のパネリスト訓練を経た酒類の専門評価者による官能検査を行った。香、味、総合の3項目について、それぞれ3点評価(点数が小さいほど良好という評価)で得点を付けるとともに、コメントがある場合は寸評を記載するという形式で行った。その結果を表4に示す。
【0031】
官能検査の結果、FPA17、FPA42、FPA43に共通して、ナフタレン臭、バラ様というコメントがあったが、これはそれぞれインドール及び酢酸−β−フェネチル、β−フェネチルアルコールに起因するものであると考えられる。麦焼酎にインドールが高濃度(5000ppb)含まれると薬品臭などのオフフレーバーがあることを確認していたので、FPA17、FPA42、FPA43の製成酒の酒質の評価が親株よりも低かったことは予想していた通りであった。インドール高含有原酒は、インドールが呈味性を改善するのに最適なインドール濃度の範囲となるように水で希釈したり、他の原酒とブレンドしたりするなどして使用することが望ましい。
【0032】
[実施例4]
インドール高含有原酒(FPA42製成酒)の蒸留酒に対する呈味性改善効果
今回、最もインドール濃度が高かったFPA42の製成酒を用いて、インドール高含有原酒の蒸留酒に対する呈味性改善効果を下記のように確認した。
FPA42製成酒(アルコール25%)をアルコール25%の麦焼酎に1%添加し、これを水で希釈してアルコール15%、10%、5%とした試料を調製した。FPA42製成酒により付与されたインドール含量の計算値は、アルコール25%の試料で91.1ppb、アルコール15%の試料で54.6ppb、アルコール10%の試料で36.4ppb、アルコール5%の試料で18.2ppbであった。これらのブランクとしてアルコール25%の麦焼酎を水で希釈してアルコール15%、10%、5%にしたものを準備した。そして、ブランクに対する試料の呈味・口当たりを表5に示す評価基準を用いて「先味」と「後味」とで官能評価を行い、FPA42製成酒の添加により付与された呈味・口当たりの官能評価の結果を表6にまとめた。なお、「先味」とは、口に入れた瞬間の呈味(風味)または口当たりの特性であり、「後味」とは、吐き出した後に残る持続性のある味または口当たりの特性と定義した。
具体的には7名の専門評価者に、ブランクを4としたときのFPA42製成酒添加試料の呈味・口当たりについての点数をつけてもらうとともに、呈味もしくは口当たりについてのコメントをもらった。
【0034】
官能検査の結果、どのアルコール度数においても、FPA42製成酒の味・口当たり付与効果は良好であることが示された。特にアルコール5%の試料では、先味、後味ともに効果の評価基準が5を超えており、先味には甘味、コク、なめらかさが付与され、後味には甘味、コク、苦味、まるみが付与されることが示された。また、どのアルコール度数においても、後味への味・口当たり付与効果が高く、共通して後味にコク、苦味が付与されることが示された。
インドール高含有原酒は、蒸留酒に良好な味・口当たりを付与するためのブレンド用原酒として使用できることを確認することができた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のインドール生産酵母を用いる蒸留酒の製造方法で製造された蒸留酒は、インドールを含有することにより呈味および口当たりが改善されており、また、蒸留酒を水などで希釈してアルコール濃度を低下させても、蒸留酒固有の呈味が薄まらないアルコール飲料となり、嗜好性に優れた蒸留酒である。
また、サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces
cerevisiae)に属するインドール生産酵母を親株とし、p−フルオロフェニルアラニン選択培地による育種により、親株の5倍以上のインドール生産能を有する育種変異株を取得することができた。醸造用酵母の選択培地にアミノ酸アナログを用いることにより、目的とする変異酵母を含む酵母を生育するコロニーから分離できるという、簡便な作業で取得することができる点においても、本発明の育種方法は優れたものである。