特許第6839315号(P6839315)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6839315
(24)【登録日】2021年2月16日
(45)【発行日】2021年3月3日
(54)【発明の名称】被処理物の表面改質方法
(51)【国際特許分類】
   B05D 7/24 20060101AFI20210222BHJP
   B05D 3/02 20060101ALI20210222BHJP
   B05D 3/12 20060101ALI20210222BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20210222BHJP
   C10M 103/06 20060101ALI20210222BHJP
【FI】
   B05D7/24 301Q
   B05D3/02 Z
   B05D3/12 B
   C23C26/00 A
   C10M103/06 C
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2020-46783(P2020-46783)
(22)【出願日】2020年3月17日
【審査請求日】2020年3月17日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】502280061
【氏名又は名称】有限会社中川商会
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100081385
【弁理士】
【氏名又は名称】塩川 修治
(72)【発明者】
【氏名】中川 和彦
【審査官】 市村 脩平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−189952(JP,A)
【文献】 特開2009−114389(JP,A)
【文献】 特開2013−66901(JP,A)
【文献】 特開2015−7155(JP,A)
【文献】 特開昭61−73885(JP,A)
【文献】 特開昭51−14132(JP,A)
【文献】 竹内 栄一,二硫化モリブデン(MoS2)の潤滑性について(1),金属表面技術,1960年 1月20日,第11巻第1号,30−35
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D1/00−7/26
B32B1/00−43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物の表面にウェットブラスト処理を施し、当該表面に微小凹凸を生成させたウェットブラスト層を形成する工程と、
ウェットブラスト層の表面に潤滑剤を塗布処理して潤滑剤塗布層を形成する工程と、
潤滑剤塗布層の潤滑剤を焼結処理して潤滑剤焼結層を形成する工程とを有してなる被処理物の表面改質方法であって、
前記潤滑剤が二硫化モリブデンであり、
前記潤滑剤の塗布処理が、50乃至100℃に加温された被処理物のウェットブラスト層の表面に、二硫化モリブデンをシンナーに混合した液状にてスプレー塗布し、当該表面にその塗膜を形成し、
前記潤滑剤の焼結処理が被処理物を150乃至200℃の高温槽内で20乃至30分加熱してなされる被処理物の表面改質方法。
【請求項2】
前記ウェットブラスト処理が常温にてなされる請求項1に記載の被処理物の表面改質方法。
【請求項3】
前記潤滑剤の塗布処理が、被処理物の表面に0.5乃至5μmの二硫化モリブデンの塗膜を形成する請求項1又は2に記載の被処理物の表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属成品等の被処理物の表面を改質し、機能性表面の創成を図り、その潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を改善するに好適な被処理物の表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、内燃機関のシリンダに摺動自在に嵌挿されるピストン等の被処理物の表面改質方法として、特許文献1等に記載のものがある。
【0003】
特許文献1に記載の被処理物の表面改質方法は、二硫化モリブデン等の微粒子メディアをピストン等の被処理物の表面にピーニング処理することで、当該表面に微小凹凸を生成させると同時に、該微小凹凸の表面に二硫化モリブデン等を付着させてフリクションロスを低減できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-183204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の従来技術には以下の問題点がある。
(1)二硫化モリブデン等の微粒子メディアを用いたピーニング処理により被処理物の表面に二硫化モリブデン等を付着させるものであり、二硫化モリブデン等の付着量を調整することに困難がある。
【0006】
(2)被処理物の表面に付着させた二硫化モリブデン等は、相手部品に対する被処理物の初期摺動後に剥落するおそれがある。
【0007】
従って、上述(1)、(2)により、安定した潤滑性等を確保することに困難がある。
尚、ピストンの潤滑性を向上するために、そのスカート部の外周面にモリブデンコーティングを施す等も提案されているが、この処理による被膜はその初期摺動後に消失してしまい、その潤滑性を長期安定的に適正に保つことに困難がある。
【0008】
本発明の課題は、被処理物の表面に、比較的簡易かつ低コストで、安定した潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に係る発明は、被処理物の表面にウェットブラスト処理を施し、当該表面に微小凹凸を生成させたウェットブラスト層を形成する工程と、ウェットブラスト層の表面に潤滑剤を塗布処理して潤滑剤塗布層を形成する工程と、潤滑剤塗布層の潤滑剤を焼結処理して潤滑剤焼結層を形成する工程とを有してなる被処理物の表面改質方法であって、前記潤滑剤が二硫化モリブデンであり、前記潤滑剤の塗布処理が、50乃至100℃に加温された被処理物のウェットブラスト層の表面に、二硫化モリブデンをシンナーに混合した液状にてスプレー塗布し、当該表面にその塗膜を形成し、前記潤滑剤の焼結処理が被処理物を150乃至200℃の高温槽内で20乃至30分加熱してなされるようにしたものである。
【0010】
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明において更に、前記ウェットブラスト処理が常温にてなされるようにしたものである。
【0011】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に係る発明において更に、前記潤滑剤の塗布処理が、被処理物の表面に0.5乃至5μmの二硫化モリブデンの塗膜を形成するようにしたものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被処理物の表面に、比較的簡易かつ低コストで、安定した潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は本発明に係る被処理物の表面改質方法を示す工程図である。
図2図2は本発明の実施に用いられるウェットブラスト装置の一例を示す模式図である。
図3図3は本発明の実施に用いられる潤滑剤塗布装置の一例を示す模式図である。
図4図4は被処理物の表面改質構造を示す模式図である。
図5図5は被処理物の表面改質構造を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る被処理物の表面改質方法は、多様な金属成品等の被処理物の表面を改質し、機能性表面の創成を図り、その潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を改善するものであり、例えば被処理物1(新品でも中古品でも可)をピストンとして、少なくとも図1に示す如くに、下記(1)乃至(4)の各工程を有して構成される。
【0022】
(1)ウェットブラスト処理工程
被処理物1の表面にウェットブラスト処理を施し、当該表面に微小凹凸2A(ディンプル)を生成させたウェットブラスト層2を形成する。
【0023】
ウェットブラスト処理は、液体ホーニングとも呼ばれ、ガラスビーズ、プラスチック粉、重曹粉、鉄粒、石粒等の固体状の研磨材粒子と、液体(多くは水を使用する、薬品を混ぜても可)を混ぜ、全体を均一に攪拌して泥水のようなスラリーとする。このスラリーを常温でブラストガン(専用の噴射ノズル)から圧縮エアの力を使って高速で被処理物1の表面に投射する。高速で放射されたスラリー(粒子と液体)が被処理物1に当たると、スラリー内の粒子が被処理物1を削ったり、叩いたり、こすったりする。また、液体が削った粉や取り除かれた汚れ、粒子そのものを洗い流す。これにより、被処理物1の表面の酸化スケール、錆等を除去し、脱脂洗浄するとともに、その表面に微小凹凸2Aを形成するものになる。
【0024】
ウェットブラスト処理は、研磨材粒子が液体と混合され、圧縮エアの力だけでなく、その液体の重みも添加された力強いスラリーとなって被処理物1の表面に当たるため、被処理物1の表面の細かい部分(溝や孔等)の奥深くにまで行き届くし、被処理物1に大きな荷重を加えず、被処理物1の形を崩さない。また、ウェットブラスト処理は、常温(冷間)で上記スラリーを被処理物1の表面に当てるため、被処理物1に熱膨張変形を生じさせず、被処理物1の寸法精度を損なうことがない。
【0025】
尚、ウェットブラスト処理では、後述する潤滑剤塗布処理工程で供給される潤滑剤に適した微小凹凸2Aを形成するように、研磨材粒子の種類、或いは複数種類の研磨材粒子の混合使用等に配慮し、更には圧縮エアの力による研磨材粒子の投射圧力条件の選定等を行なう。
【0026】
このウェットブラスト処理は、例えば図2に示したウェットブラスト装置10を用いて実施できる。ウェットブラスト装置10は、ブラストタンク11に溜まったスラリー(水等の液体と研磨材粒子を攪拌したもの)をブラストポンプ12で吸い上げ、ブラストガン13内で圧縮エア(エア配管14を介して外部から供給される)と混合して被処理物1に投射する。被処理物1に投射されたスラリーはブラストタンク11に戻り、循環して使用される。被処理物1とブラストガン13はブラスト処理室10R内に配置される。
【0027】
(2)洗浄処理工程
上述(1)のウェットブラスト処理によって被処理物1の表面に付着した研磨材粒子を洗浄して除去する。
【0028】
尚、洗浄処理は、湯洗とし、後述する潤滑剤塗布処理工程で被処理物1の表面に塗布された潤滑剤の乾燥促進を図るために、被処理物1の表面温度を常温よりも昇温することが好ましい。
【0029】
(3)潤滑剤塗布処理工程
上述(1)で被処理物1の表面に形成されたウェットブラスト層2の表面に潤滑剤を塗布処理して潤滑剤塗布層3を形成する。潤滑剤塗布層3は、ウェットブラスト層2に生成せしめられた微小凹凸2Aの谷部aを埋め、更に山部bの上にも付着せしめられた潤滑剤の塗膜3Aにて構成される(図4)。
【0030】
潤滑剤塗布処理は、二硫化モリブデン、又はテフロン(登録商標)等の潤滑剤を例えばシンナー系溶媒等に混合した液状にて、被処理物1の表面にスプレー塗布する。このとき、被処理物1の表面を予め50乃至100℃程度に加温しておき、スプレー塗布された潤滑剤が被処理物1の表面に着地したときに速やかに乾燥させ、その流下を防ぐことが好ましい。
【0031】
また、潤滑剤塗布処理では、潤滑剤をスプレー塗布するものであるため、その流量を容易に調整でき、結果として被処理物1の表面に形成される塗膜3Aの厚みを例えば0.5乃至5μmの範囲内で調整することができる。塗膜3Aの厚みは、被処理物1の表面の全域で均等にしても良いが、被処理物1の表面の各部分で異ならせるように調整しても良い(例えばピストンのスカート部は厚く、トップ部は薄くする)。この潤滑剤塗布処理は、例えば図3に示した潤滑剤塗布装置20を用いて実施できる。潤滑剤塗布装置20は、潤滑剤タンク21に収容した液状潤滑剤を潤滑剤ポンプ22で吸い上げ、潤滑剤塗布ノズル23から被処理物1にスプレーする。被処理物1と潤滑剤塗布ノズル23は潤滑剤塗布室20R内に配置される。
【0032】
(4)潤滑剤焼結処理工程
上述(3)で被処理物1の表面に塗布された潤滑剤を焼結処理して潤滑剤塗布層4を形成する。
【0033】
潤滑剤の焼結処理は、被処理物1を例えば150乃至200℃の高温槽内で、例えば20乃至30分加熱することにてなされる。これにより、被処理物1の表面に形成されたウェットブラスト層2の微小凹凸2A上に塗布された潤滑剤塗布層3の塗膜3Aが、当該被処理物1の表面に焼き付けられて、固化し、被処理物1の表面に安定的に密着(定着)するものになる。潤滑剤を二硫化モリブデンとするとき、焼結処理された塗膜3Aは二硫化モリブデンの結晶体となり、安定化される。
【0034】
以上の表面改質方法により作成された被処理物1の表面改質構造は、図4(A)に示す如く、被処理物1の表面に施されたウェットブラスト処理により形成され、当該表面に微小凹凸2Aが生成されたウェットブラスト層2と、ウェットブラスト層2の表面に施された潤滑剤の塗布処理により形成され、当該表面に生成された潤滑剤塗布層3と、潤滑剤塗布層3の潤滑剤を焼結処理することにより形成され、当該表面に生成された潤滑剤焼結層4とを有してなるものである。
【0035】
被処理物1の表面改質構造は、上述の表面改質方法により比較的簡易かつ低コストで、潤滑剤からなる安定した潤滑剤焼結層4を被処理物1の表面に形成できる。この表面改質構造は、被処理物1の使用状態における相手部品との摺動等により、被処理物1の表面に生成した微小凹凸2Aの山部bに図4(A)に示す如くに付着された潤滑剤が当初段階で消失するも、その後の段階では微小凹凸2Aの谷部aに埋め込まれた潤滑剤が図4(B)、(C)の如くにその表面に次々に現れ、初期から長期に渡って適正で安定した潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を確保できる。
【0036】
また、被処理物1の表面に塗布されて焼結処理される潤滑剤を二硫化モリブデンとするとき、被処理物1の表面の潤滑性等を一層向上できる。
【0037】
図5は、走行使用される車両のピストンを被処理物1としたとき、当該被処理物1の表面改質状況を示した顕微鏡写真(倍率:500倍)である。
【0038】
図5(A)は、被処理物1の表面に何も表面改質処理を施していない走行使用後の通常の中古品状態を示したものである。
【0039】
図5(B)は、図5(A)のものに本発明に係るウェットブラスト処理のみを施した状態であり、荒立った目が細かく潰され、均された状態とディンプル風の細かい無数の微小凹凸2Aの存在を認めることができ、レース参戦において良好な成績を残した。
【0040】
図5(C)は、図5(A)のものに、本発明におけるウェットブラスト処理、二硫化モリブデンの潤滑剤塗布処理、更には潤滑剤焼結処理を施した状態であり、レース参戦において一層良好な成績を残した。
【0041】
以上、本発明の実施例を図面により詳述したが、本発明の具体的な構成はこの実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、被処理物の表面に、比較的簡易かつ低コストで、安定した潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を確保することができる。
【符号の説明】
【0043】
1 被処理物
2 ウェットブラスト層
2A 微小凹凸
3 潤滑剤塗布層
3A 塗膜
4 潤滑剤焼結層
【要約】
【課題】 被処理物の表面に、比較的簡易かつ低コストで、安定した潤滑性、耐摩耗性、耐腐食性、耐疲労性等を確保すること。
【解決手段】 被処理物1の表面にウェットブラスト処理を施し、当該表面に微小凹凸2Aを生成させたウェットブラスト層2を形成する工程と、ウェットブラスト層2の表面に潤滑剤を塗布処理して潤滑剤塗布層3を形成する工程と、潤滑剤塗布層3の潤滑剤を焼結処理して潤滑剤焼結層4を形成する工程とを有してなるもの。
【選択図】 図1
図1
図2
図3
図4
図5