特許第6841100号(P6841100)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6841100板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6841100
(24)【登録日】2021年2月22日
(45)【発行日】2021年3月10日
(54)【発明の名称】板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210301BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20210301BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20210301BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/12
   C21D9/46 Z
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-49930(P2017-49930)
(22)【出願日】2017年3月15日
(65)【公開番号】特開2017-186660(P2017-186660A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2019年11月7日
(31)【優先権主張番号】特願2016-76078(P2016-76078)
(32)【優先日】2016年4月5日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第173回春季講演大会概要集材料とプロセス Vol.30(2017)No.1(CD−R),第372頁 発行所:一般社団法人 日本鉄鋼協会 発行日:平成29年3月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100172269
【弁理士】
【氏名又は名称】▲徳▼永 英男
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 大輔
(72)【発明者】
【氏名】上西 朗弘
(72)【発明者】
【氏名】林 宏太郎
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−206894(JP,A)
【文献】 特開2001−073068(JP,A)
【文献】 特開2003−105505(JP,A)
【文献】 特開2001−138002(JP,A)
【文献】 特開2004−018953(JP,A)
【文献】 特開2004−238721(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/46
C21D 9/48
C21D 7/00 − 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる鋼板において
幅方向に集合組織が形成され、
板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上であり、
前記集合組織にて、板幅方向に向く結晶粒方位を<001>、<011>、及び、<111>としたときの、<001>方位粒の面分率:A(%)、<011>方位粒の面分率:B(%)、及び、<111>方位粒の面分率C(%)が、下記式(1)を満たす
ことを特徴とする板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板。
−0.38×A+0.06×B+0.35×C≧2.5 ・・・(1)
【請求項2】
前記鋼板において、下記式(2)で定義する平均ヤング率:EAが230GPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板。
平均ヤング率:EA=(EC+EL+2ED)/4 ・・・(2)
C:板幅方向のヤング率
L:圧延方向のヤング率
D:圧延45°方向のヤング率
【請求項3】
請求項1又は2に記載の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板を製造する製造方法であって、
成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる溶鋼を、(液相線温度+50)℃以上の温度から、冷却速度3〜10℃/秒で鋳造して、鋼片を製造し、
上記鋼片を、1100〜1250℃の温度域に加熱して熱間圧延に供し、950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了する
ことを特徴とする板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車をはじめとする輸送機器や各種の産業機械の構造部材に使用する高剛性鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの構造部品に、炭素鋼、特殊鋼等の鉄鋼材料が使用されている。鉄鋼材料は、マグネシウム合金やアルミニウム合金等の軽合金に比べて、一般に、剛性、強度、コスト等の点で優れる。特に、鉄鋼材料の剛性(ヤング率)は、上記軽合金等よりも遙かに大きな値を示し、その組成に拘らず、208GPa前後である。それ故、寸法や変形量等に制限のある機械構造部品には、鉄鋼材料が多用される。
【0003】
自動車をはじめとする輸送機器や各産業機械の構造部材の素材となる鋼板には、使用環境に応じた強度、靭性、及び、剛性が必要になる。近年、自動車の軽量化が進み、素材の高強度化と高剛性化が求められるようになってきている。高強度化については、これまでに、幅広い研究が進められており、含有させる合金元素や熱処理の適正化により大幅な向上が実現している。
【0004】
しかし、剛性、即ち、ヤング率は、機械部品の設計時に重要な因子であり、ヤング率を高めることができれば、部品の小型化が可能となるが、ヤング率に注目した鉄鋼材料の開発は、これまで、十分に行われていなかった。その理由は、金属材料のヤング率は、主成分の金属元素によって、ほぼ固有の物性値であるところ、通常、単なる合金組成の変更等によって殆ど変化しないからである。
【0005】
ところで、特許文献1には、ヤング率の異方性を用いる手法、つまり、集合組織を適確に制御する手法によって、高強度鋼板の剛性を高めることが開示されている。しかし、特許文献1の手法によれば、集合組織を利用した場合、任意の方向のヤング率を高めることができるものの、平均ヤング率は約208GPaと変わらないため、特定の方向のヤング率が低下してしまうので、特許文献1の高強度鋼板を荷重方向が変化する構造部材に適用することはできない。
【0006】
特許文献2には、機械構造用部品、例えば、クランクシャフト、ピストンピン、コンロッド等の可動小型部品において、高いヤング率を有する化合物との複合化によって、使用鋼材のヤング率を高めることが開示されている。しかし、特許文献2の技術によれば、粉末冶金法が必須であるため、大型部品の製造は難しく、自動車の構造部材への適用はできない。
【0007】
特許文献3には、溶製法で製造した、高ヤング率の化合物を鋼中に分散させた鋼材が開示されている。特許文献4には、溶製法を用い、チタンホウ化物粒子による高剛性鋼板を製造する製造方法が開示されている。しかし、チタンホウ化物粒子の晶出開始温度が非常に高いことに加え、溶製時には、真空溶解が必須であること、さらに、双ロールキャストによる製法が必要なことから、製造コストが高くなるという課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−183130号公報
【特許文献2】特開2001−234287号公報
【特許文献3】特開2001−073068号公報
【特許文献4】特表2010−502838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3に記載されているように、溶製法を用いれば、高剛性鋼板の大量生産が可能であり、また、大型部品への適用も可能である。しかし、特許文献3に示す手法では、等方的にヤング率を高めることができるが、VCの体積率が増大すると加工性が低下する。
【0010】
本発明は、これらのことを踏まえ、高剛性鋼板において、加工性を維持しつつ、ヤング率を高めることを課題とし、該課題を解決する高剛性鋼板と、該高剛性鋼板を安価に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意研究した。その結果、(w)鋼板の成分組成及び熱間圧延条件を最適化すると、高ヤング率粒子(VC)がマトリックス中に分散して平均ヤング率が向上し、また、(x)板幅方向の集合組織が発達して板幅方向のヤング率が向上し、(y)粒子分散強化と集合組織強化が相俟って板幅方向のヤング率が大幅に向上して、高加工性と高ヤング率の双方を満足する鋼板を製造できるという新知見を得るに至った。
【0012】
そして、これまで、平均ヤング率:EAが230GPa以上で、さらに、板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上の高剛性鋼板を安価に提供できる量産技術は未だ確立されていないところ、(z)溶鋼の冷却速度及び熱間圧延条件を最適範囲に制御すれば、平均ヤング率:EAが230GPa以上で、さらに、板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上の高剛性鋼板を安価に量産できることを、本発明者らは知見した。
【0013】
本発明は上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0014】
(1)成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる鋼板において
幅方向に集合組織が形成され、
板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上であり、
前記集合組織にて、板幅方向に向く結晶粒方位を<001>、<011>、及び、<111>としたときの、<001>方位粒の面分率:A(%)、<011>方位粒の面分率:B(%)、及び、<111>方位粒の面分率C(%)が、下記式(1)を満たす
ことを特徴とする板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板。
−0.38×A+0.06×B+0.35×C≧2.5 ・・・(1)
【0016】
)前記鋼板において、下記式(2)で定義する平均ヤング率:EAが230GPa以上であることを特徴とする前記(1)に記載の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板。
平均ヤング率:EA=(EC+EL+2ED)/4 ・・・(2)
C:板幅方向のヤング率
L:圧延方向のヤング率
D:圧延45°方向のヤング率
【0017】
)前記(1)又は(2)に記載の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板を製造する製造方法であって、
成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる溶鋼を、(液相線温度+50)℃以上の温度から、冷却速度3〜10℃/秒で鋳造して、鋼片を製造し、
上記鋼片を、1100〜1250℃の温度域に加熱して熱間圧延に供し、950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了する
ことを特徴とする板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高剛性化合物が分散し、良好な加工性及び優れた板幅方向のヤング率を有する高剛性鋼板を、安価に量産して提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】仕上げ圧延温度と板幅方向のヤング率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板(以下「本発明鋼板」ということがある。)は、
成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる鋼板において、
Vの炭化物及び/又は複合炭化物がマトリックス中に分散し、
板幅方向に集合組織が形成され、
板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上である
ことを特徴とする。
【0021】
また、本発明鋼板は、前記集合組織にて、板幅方向に向く結晶粒方位を<001>、<011>、及び、<111>としたときの、<001>方位粒の面分率:A(%)、<011>方位粒の面分率:B(%)、及び、<111>方位粒の面分率C(%)が、下記式(1)を満たすことを特徴とする。
−0.38×A+0.06×B+0.35×C≧2.5 ・・・(1)
【0022】
さらに、本発明鋼板は、下記式(2)で定義する平均ヤング率:EAが230GPa以上であることを特徴とする。
平均ヤング率:EA=(EC+EL+2ED)/4 ・・・(2)
C:板幅方向のヤング率
L:圧延方向のヤング率
D:圧延45°方向のヤング率
【0023】
本発明の板幅方向のヤング率に優れた高剛性鋼板の製造方法(以下「本発明製造方法」ということがある。)は、本発明鋼板を製造する製造方法であって、
成分組成が、質量%で、C:2.00〜4.00%、V:10.0〜25.0%、Mn:0.01〜2.00%、Si:0.01〜2.00%、Al:0.002〜1.500%、N:0.050%以下、P:0.001〜0.100%を含み、残部:鉄及び不可避的不純物からなる溶鋼を、(液相線温度+50)℃以上の温度から、冷却速度3〜10℃/秒で鋳造して、鋼片を製造し、
上記鋼片を、1100〜1250℃の温度域に加熱して熱間圧延に供し、950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了する
ことを特徴とする。
【0024】
以下、本発明鋼板及び本発明製造方法について説明する。
【0025】
まず、本発明鋼板の成分組成の限定理由について説明する。以下、「%」は「質量%」を意味する。
【0026】
成分組成
C:2.00〜4.00%
Cは、Vと結合し、高ヤング率を有する炭化物及び/又は複合炭化物を形成し、ヤング率の向上に寄与する必須元素である。Cが2.00%未満であると、ヤング率向上効果が十分に得られないので、Cは2.00%以上とする。好ましくは2.30%以上である。
【0027】
一方、Cが4.00%を超えると、炭化物及び/又は複合炭化物が過剰に生成し、加工性と鋳造性が低下するので、Cは4.00%以下とする。好ましくは3.70%以下である。
【0028】
V:10.0〜25.0%
Vは、Cと、高いヤング率を有する炭化物及び/又は複合炭化物を形成し、ヤング率の向上に寄与する元素である。また、Vは、他の強炭化物形成元素であるNb、Ti、Zr等と異なり、炭化物の晶出温度が低く、かつ、晶出量が多いので、炭化物及び/又は複合炭化物をマトリックス中に均一かつ微細に分散させることができる元素である。
【0029】
即ち、Vは、鋳造性、熱間加工性などの製造性を大きく低下させることなく、鋼板組織の高剛性化を図ることができる元素である。
【0030】
Vが10.0%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Vは10.0%以上とする。好ましくは14.0%以上である。一方、Vが25.0%を超えると、炭化物及び/又は複合炭化物が過剰に生成し、加工性と鋳造性が低下し、また、合金コストが上昇するので、Vは25.0%以下とする。好ましくは22.0%以下である。
【0031】
Mn:0.01〜2.00%
Mnは、焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する元素である。Mnが0.01%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Mnは0.01%以上とする。好ましくは0.10%以上である。一方、Mnが2.00%を超えると、添加効果が飽和するとともに、合金コストが上昇するので、Mnは2.00%以下とする。好ましくは1.50%以下である。
【0032】
Si:0.01〜2.00%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素である。Siが0.01%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Siは0.01%以上とする。好ましくは0.10%以上である。一方、Siが2.00%を超えると、硬さが過度に上昇して加工性が低下するので、Siは2.00%以下とする。好ましくは1.60%以下である。
【0033】
Al:0.002〜1.500%
Alは、鋼の脱酸に有効な元素である。Alが0.002%未満であると、添加効果が十分に得られないので、Alは0.002%以上とする。好ましくは0.010%以上である。一方、Alが1.500%を超えると、アルミナが過剰に生成し、可鋳性が低下するので、Alは1.500%以下とする。好ましくは1.000%以下である。
【0034】
N:0.050%以下
Nは、Vと窒化物を形成し、強度の向上に寄与する元素である。Nが0.050%を超えると、窒化物が過剰に生成し、鋳造性が低下するので、Nは0.050%以下とする。好ましくは0.010%以下である。下限は0%を含むが、Nを0.001%以下に低減すると、製鋼コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.001%が実質的な下限である。
【0035】
P:0.001〜0.100%
Pは、強度の向上に寄与する元素である。Pが0.001%未満であると、添加効果が十分に得られず、また、製鋼コストが上昇するので、Pは0.001%以上とする。好ましくは0.010%以上である。
【0036】
一方、Pが0.100%を超えると、粒界へ偏析して、局部延性、溶接性、及び、靭性が低下するので、Pは0.100%以下とする。好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.020%以下である。
【0037】
本発明鋼板の成分組成は、上記元素の他、S:0.030%以下、O:0.003%以下を含んでいてもよい。
【0038】
S:0.030%以下
Sは、不純物元素である。Sが0.030%を超えると、局部延性や靱性が低下するので、Sは0.030%以下が好ましい。より好ましくは0.010%以下である。下限は0%を含むが、Sを0.0001%以下に低減すると、製鋼コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0039】
O:0.003%以下
Oは、酸化物系介在物を形成し、局部延性や靱性を阻害する元素である。Oが0.003%を超えると、局部延性や靱性が著しく低下するので、Oは0.003%以下が好ましい。より好ましくは0.001%以下である。下限は0%を含むが、Oを0.0001%以下に低減すると、製鋼コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。
【0040】
本発明鋼板の成分組成の上記元素を除く残部は、鉄及び不可避的不純物である。不可避的不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、本発明鋼板の特性、及び、本発明製造方法の実施を阻害しない範囲で存在が許容される元素である。
【0041】
次に、本発明鋼板の組織とヤング率について説明する。
【0042】
本発明鋼板の組織は、Vの炭化物及び/又は複合炭化物がマトリックス中に分散して存在し、かつ、板幅方向に集合組織が形成されている組織である。そして、この組織を形成することにより、板幅方向において、240GPa以上のヤング率(EC)を実現することができる。
【0043】
Vの炭化物及び/又は複合炭化物の分散
通常、鋼板組織において、Vの炭化物及び/又は複合炭化物の体積率が増大すると、加工性が低下するが、本発明鋼板においては、Vの炭化物及び/又は複合炭化物をマトリックス中に分散させて、鋼板の加工性を維持しつつ、剛性を高めている。
【0044】
Vの炭化物及び/又は複合炭化物は、それ自体、高い剛性を備えているので、Vの炭化物及び/又は複合炭化物をマトリックス中に分散させることにより、加工性を維持したまま、鋼板のヤング率を高めることができる。マトリックス中にVの炭化物及び/又は複合炭化物を分散させる方法については後述する。
【0045】
板幅方向の集合組織
鋼板の板幅方向に集合組織を形成することにより、Vの炭化物及び/又は複合炭化物の分散と相俟って、板幅方向のヤング率(EC)を、240GPa以上に高めることができる。
【0046】
鋼板の板幅方向の集合組織は、板幅方向に向く結晶粒方位を<001>、<011>、及び、<111>としたときの、<001>方位粒の面分率:A(%)、<011>方位粒の面分率:B(%)、及び、<111>方位粒の面分率C(%)が、下記式(1)を満たす集合組織が好ましい。この集合組織を形成することにより、240GPa以上の板幅方向のヤング率(EC)を安定して確保することができる。
−0.38×A+0.06×B+0.35×C≧2.5 ・・・(1)
【0047】
上記式(1)の左辺は、集合組織を担う主な上記3方位の結晶粒のヤング率の、ランダム方位のヤング率(208GPa)からの偏差に基づいて算出した係数で、上記3方位粒の面分率を重み付けして加算したもので、本発明者らが、板幅方向の集合組織のヤング率を評価する指標として、新たに導入したものである。
【0048】
上記式(1)における各係数は、ヤング率が著しく低い<001>方位のヤング率:130GPa、ヤング率が若干高い<110>の方位ヤング率:220GPa、ヤング率が著しく高い<111>方位のヤング率:280GPa、及び、ランダム方位のヤング率:208GPaに基づいて、次のように算出した。
【0049】
<001>方向の係数:(130−208)/208=−0.38
<110>方向の係数:(220−208)/208=0.06
<111>方向の係数:(280−208)/208=0.35
【0050】
上記式(1)の左辺の値が2.5未満であると、板幅方向において、240GPa以上のヤング率(EC)を安定して実現することができないので、上記式(1)左辺の値は2.5以上とする。好ましくは、2.8以上である。上記式(1)の左辺の値は、合計が100未満の面分率A、B、及び、Cで所要の範囲内の値に定まるので、上記式(1)の左辺の上限は、特に設定しない。
【0051】
板幅方向の集合組織において、<001>方位粒の面分率:A(%)、<011>方位粒の面分率:B(%)、及び、<111>方位粒の面分率C(%)は、次のように測定する。鋼板から採取した試験片を、走査型電子顕微鏡で観察し、電子線後方散乱回折法(EBSD)を用いて結晶方位を測定して、<001>方位粒、<011>方位粒)、及び、<111>方位粒を特定し、それらの方位粒の面分率を測定する。
【0052】
板幅方向ヤング率(EC):240GPa以上
本発明鋼板においては、Vの炭化物及び/又は複合炭化物の分散によるヤング率の向上と、板幅方向の集合組織の形成によるヤング率の向上が相俟って、240GPa以上の板幅方向のヤング率を実現することができる。好ましくは250GPaである。
【0053】
本発明鋼板において、下記式(2)で定義する平均ヤング率:EAは230GPa以上が好ましい。より好ましくは240GPa以上である。
平均ヤング率:EA=(EC+EL+2ED)/4 ・・・(2)
C:板幅方向のヤング率
L:圧延方向のヤング率
D:圧延45°方向のヤング率
【0054】
次に、本発明製造方法について説明する。
【0055】
本発明製造方法は、本発明鋼板の成分組成の溶鋼を、(液相線温度+50)℃以上の温度から、冷却速度3〜10℃/秒で鋳造して、鋼片を製造し、該鋼片を、1100〜1250℃の温度域に加熱して熱間圧延に供し、950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了することを特徴とする。
【0056】
以下、工程条件について説明する。
【0057】
溶鋼温度:(液相線温度+50)℃以上
冷却速度:3〜10℃/秒
本発明鋼板の成分組成の溶鋼を、(液相線温度+50)℃以上の温度から冷却して鋳造する。溶鋼温度が(液相線温度+50)℃未満であると、溶鋼の鋳造性が低下するので、溶鋼温度は(液相線温度+50)℃以上とする。好ましくは(液相線温度+60)℃以上である。
【0058】
本発明鋼板の成分組成の溶鋼を鋳造する際、3〜10℃/秒の冷却速度で冷却し、凝固時に、Vの炭化物及び/又は複合炭化合物を析出させる。溶鋼の凝固時の冷却速度が3℃/秒未満であると、析出物が粗大化し、熱間圧延が困難になるので、溶鋼の冷却速度は3℃/秒とする。好ましくは5℃/秒以上である。
【0059】
一方、溶鋼の冷却速度が10℃/秒を超えると、冷却コストが上昇するので、溶鋼の冷却速度は10℃/秒以下とする。好ましくは8℃/秒以下である。なお、鋳型は、砂型、セラミックス鋳型、金属金型のいずれでもよいが、冷却速度を適確に制御できる点で、金属金型が好ましい。
【0060】
鋼片加熱温度:1100〜1250℃
仕上げ圧延温度:950〜1250℃
溶鋼を鋳造して製造した鋼片を1100〜1250℃の温度域に加熱して熱間圧延に供し、950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了する。
【0061】
鋼片加熱温度が1100℃未満であると、950℃以上の仕上げ圧延温度を安定して維持できないので、鋼片加熱温度は1100℃以上とする。好ましくは1130℃以上である。一方、鋼片加熱温度が1250℃を超えると、結晶粒が粗大化するとともに、仕上げ圧延温度が1250℃を超える恐れがあるので、鋼片加熱温度は1250℃以下とする。好ましくは1220℃以下である。
【0062】
950〜1250℃の温度域で仕上げ圧延を終了すると、ヤング率が高い方位、例えば、<111>等の結晶粒が板幅方向に多く集積する集合組織を形成することができる。なお、熱間圧延時の総圧下量は30〜99%である。好ましくは40〜85%である。
【0063】
仕上げ圧延温度が950℃未満であると、所要の集合組織が形成されず、板幅方向のヤング率が向上しないので、仕上げ圧延温度は950℃以上とする。好ましくは970℃以上である。一方、仕上げ圧延温度が1250℃を超えると、所要の集合組織が安定して形成されないので、仕上げ圧延温度は1250℃以下とする。好ましくは1220℃以下である。
【0064】
本発明製造方法においては、溶鋼の冷却速度及び熱間圧延条件を最適範囲に制御することで、平均ヤング率:EAが230GPa以上で、さらに、板幅方向のヤング率:ECが240GPa以上の高剛性鋼板を製造することができるので、該高剛性鋼板を安価に量産することができる。
【実施例】
【0065】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0066】
(実施例1)
表1に示す成分組成の1650℃((液相線温度+50)℃以上)の溶鋼を、冷却速度3〜10℃/秒で鋳造して鋼片を製造した。製造した鋼片を、表2に示す熱延条件で熱延し、熱延鋼板を製造した。仕上げ圧延後、熱延鋼板を、自然冷却で600℃まで冷却し、1時間保持し、その後、再び、自然冷却して巻き取った。
【0067】
製造した熱延鋼板から、圧延方向が長手方向になるように、幅10.0mm×長さ60.0mm×厚さ2.0mmの試験片を採取し、共振法によりヤング率を測定した。測定結果を、表2に併せて示す。
【0068】
また、上記試験片における板幅の集合組織を走査型電子顕微鏡で観察して、<001>方向粒の面分率:A(%)、<011>方向粒の面分率:B(%)、及び、<111>方向粒の面分率:C(%)を測定し、上記式(1)を満たすか否かを確認した。確認結果を、表3に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
No.1、No.2、及び、No.4〜6の比較例では、成分組成が本発明の範囲外であり、所要量のVCが得られず、所要の平均ヤング率が得られていない。No.3、及び、No.7〜9の比較例では、成分組成は本発明の範囲内であり、所要の平均ヤング率に達しているが、図1に示すように、仕上げ圧延温度が950℃未満であり、さらに、表3に示す式(1)の左辺の値が2.5%以下であることから、240GPa以上の板幅方向のヤング率が得られていない。
【0073】
一方、No.10の発明例では、表3に示す式(1)の左辺の値が2.5%以上であり、240GPa以上の板幅方向のヤング率、及び、230GPa以上の平均ヤング率が得られている。
【産業上の利用可能性】
【0074】
前述したように、本発明によれば、高剛性化合物が分散し、良好な加工性及び優れた板幅方向のヤング率を有する高剛性鋼板を、安価に量産して提供することができる。例えば、自動車をはじめとする輸送機器や各種の産業機械において、剛性を必要とする構造部材に好適な高剛性鋼板を、安価に量産し安定して提供することが可能となるので、本発明は、産業上の利用可能性が高いものである。
図1