(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6841340
(24)【登録日】2021年2月22日
(45)【発行日】2021年3月10日
(54)【発明の名称】ESIスプレイヤー用管及びESIスプレイヤー
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20210301BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20210301BHJP
【FI】
H01J49/16 700
G01N27/62 G
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2019-549801(P2019-549801)
(86)(22)【出願日】2017年10月27日
(86)【国際出願番号】JP2017038881
(87)【国際公開番号】WO2019082374
(87)【国際公開日】20190502
【審査請求日】2020年1月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福井 航
【審査官】
中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−043545(JP,A)
【文献】
特開平10−241626(JP,A)
【文献】
特開2004−317469(JP,A)
【文献】
特開2006−153603(JP,A)
【文献】
特開2015−049077(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/16
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 入口端を有する第1管と、
b) 前記第1管の外径よりも大きい内径を有し、該第1管の外側に配置された第2管と、
c) 前記第1管と前記第2管とを固定する管固定部であって、前記第1管と前記第2管の間に形成される隙間の前記入口端側を該第1管の周方向に亘って完全に塞ぐように、溶接又はろう付けにより形成された管固定部と
を備えることを特徴とするESIスプレイヤー用管。
【請求項2】
前記第2管が前記第1管よりも短いことを特徴とする請求項1に記載のESIスプレイヤー用管。
【請求項3】
前記入口端と反対側の端部の外形がテーパ状であることを特徴とする請求項1に記載のESIスプレイヤー用管。
【請求項4】
前記第1管が導電性材料からなるものであることを特徴とする請求項1に記載のESIスプレイヤー用管。
【請求項5】
前記第1管及び前記第2管がいずれも導電性材料からなるものであることを特徴とする請求項1に記載のESIスプレイヤー用管。
【請求項6】
前記第1管及び前記第2管が同じ材料からなるものであることを特徴とする請求項1に記載のESIスプレイヤー用管。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載のESIスプレイヤー用管と、
前記第1管に電圧を印加するための電圧印加部と
を備えることを特徴とするESIスプレイヤー。
【請求項8】
前記電圧印加部が前記第2管を介して前記第1管に電圧を印加する
ことを特徴とする請求項7に記載のESIスプレイヤー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置等のイオン分析装置において液体試料を帯電させて噴霧することによりイオン化するESIイオン化装置において用いられるESIスプレイヤーに関する。
【背景技術】
【0002】
液体試料に含まれる成分を分析する装置として、液体クロマトグラフが広く用いられている。液体クロマトグラフでは、移動相の流れに乗せて試料液をカラムに導入し、該試料液に含まれる各種成分を時間的に分離した後、検出器で測定する。検出器として質量分析計を有する液体クロマトグラフは、液体クロマトグラフ質量分析装置と呼ばれる。液体クロマトグラフ質量分析装置では、液体クロマトグラフのカラムから移動相とともに流出した試料液を質量分析計のイオン化装置に導入して該試料液中の各種成分をイオン化し、生成したイオンを質量電荷比ごとに測定する。
【0003】
液体クロマトグラフ質量分析装置で用いられるイオン化法の1つに、試料液を帯電させてイオン化室の内部に噴霧することにより該試料液中の各種成分をイオン化するエレクトロスプレーイオン化(ESI)法がある。ESI法ではESIスプレイヤーに試料液を導入してイオン化する。ESIスプレイヤーは、試料液が流通する管、その外側に設けられネブライザガスが流通する管、及び試料液が流通する管に対して所定の大きさの電圧(ESI電圧)を印加する電源部を備える。以下、試料液が流通する管をESIスプレイヤー用管と呼ぶ。ESI電圧が印加されたESIスプレイヤー用管に導入された試料液は、その内部を流通する間に帯電し、該管の先端部においてネブライザガスが吹き付けられることによりイオン化室の内部に噴霧されてイオン化する。
【0004】
液体クロマトグラフ質量分析装置では、カラムの出口側管にESIスプレイヤー用管が接続される。カラムで分離され、移動相内で集中した成分が管の内部を流れる間
に拡散するのを抑えるために、ESIスプレイヤー用管には、できるだけ細い管(例えば内径約10μmの細管)が用いられる。また、安価で耐久性が高いことからステンレス鋼(SUS)からなるESIスプレイヤー用管が広く用いられている。
【0005】
ステンレス鋼の細管は筒状体(パイプ)を引き延ばす(伸管する)ことにより製造されるが、伸管法では肉厚の管を製造することが難しい。そのため、内径の小さい細管は全体としても細径とならざるを得ないが、このような細管は小さな衝撃が加わるだけで曲がったり折れたりしてしまう。そこで、ESIスプレイヤー用管には、内管(これを第1管と呼ぶ。)と、該第1管の外径よりも大きな内径を有し該第1管よりも短い外管(これを第2管と呼ぶ。)とを、一端側で両管の端面の位置が揃うように配置してなる二重管構造のものが用いられている(例えば特許文献1)。例えば、
図1に示すように、ESIスプレイヤー用管100は、第2管120の一端側と他端側のそれぞれにおいて、その内面の所定位置(例えば管の中心を挟んで位置する2箇所)に接着剤130を塗布して第1管110を固定することにより作製される。
【0006】
ESIスプレイヤー用管100は、
図2に示す管接続用治具150によりカラムの出口側管140に接続される。管接続用治具150は中空の筒状体であり、一方からカラムの出口側管140を挿入し、他方からESIスプレイヤー用管100を挿入して両管の端面を当接させる。そして、管接続用治具150の両端を塑性変形させて両管を固定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004-317469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の構成を有するESIスプレイヤー用管をカラムの出口側管に接続し、該カラムから流出する試料液を流通させて測定すると、ESIスプレイヤー用管の内部に詰まりが生じる場合があった。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、カラムの出口側管に接続して用いられ、その内部を該カラムから流出した試料液が流通するESIスプレイヤー用管において、その内部に詰まりを生じさせないことである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るESIスプレイヤー用管は、
a) 入口端を有する第1管と、
b) 前記第1管の外径よりも大きい内径を有し、該第1管の外側に配置された第2管と、
c) 前記第1管と前記第2管とを固定する管固定部であって、前記第1管と前記第2管の間に形成される隙間の前記入口端側を
該第1管の周方向に亘って完全に塞ぐように形成された管固定部と
を備えることを特徴とする。
【0011】
本発明に係るESIスプレイヤー用管は、第1管と、該第1管の外径よりも大きい内径を有する第2管とを有する。典型的には、両管は、入口端において両管の端面の位置が揃うように配置される。両管は、入口端において管固定部により固定され、その管固定部は、両管の隙間を塞ぐように形成される。この入口端は、このESIスプレイヤー用管が液体クロマトグラフ質量分析装置のESIスプレイヤーに使用される場合に、試料溶液が液体クロマトグラフ側からESIスプレイヤーに導入される側の端を意味する。
【0012】
従来のESIスプレイヤー用管では、第2管の内壁の一部分のみに接着剤を塗布して第1管を固定していたため、これをカラムの出口側管に接続して試料液や移動相(試料液等)を導入すると、接着剤が塗布されていない部分から両管の隙間に試料液等が入り込んでいた。両管の隙間に入り込んだ試料液等は、
第1管の内部を流通する試料液等と入れ替わりにくく、徐々に酸素濃度が低下していく。その結果、酸素濃淡電池が形成され管が腐食する。このように、隙間に液体が入り込むことにより腐食が生じる現象は、隙間腐食と呼ばれる。そして、腐食により生成された腐食生成物が第1管の内部に入り込み詰まりが生じていたと考えられる。特に、塩素イオン等のハロゲンイオンを含む試料液等が流れ込むとこうした腐食がより一層進行して第1管の内部がさらに詰まりやすくなる。
【0013】
本発明に係るESIスプレイヤー用管は、管固定部が形成されている入口端をカラムの出口側管に接続して用いる。本発明に係るESIスプレイヤー用管は、管固定部によって第1管と第2管の隙間の入口側端が、第1管の周方向に亘って完全に塞がれているため、カラムから流出した試料液等がこの空間に流入することがない。従って、上記のような隙間腐食は生じず、第1管の内部が詰まることがない。
【0014】
本発明に係るESIスプレイヤー用管では、少なくとも前記第1管は金属等の導電性材料からなるものであることが好ましい。この場合、第1管に電圧を印加することによって該第1管の内部を流れる試料液を帯電させることができるため、試料液を帯電させるための構成を追加する必要がない。また、前記第2管も金属等の導電性材料からなるものであり、前記第1管と導電性材料により接続されていることがより好ましい。これにより、第1管の外側に位置する第2管にも共通の電圧が印加され、第1管の内部を流れる試料液の帯電がより確実となる。また、外側に位置する第2管に電圧を印加すればよいため、電圧印加部の配置や電圧印加経路の自由度が高くなる。
【0015】
前記管固定部は、ろう付け、レーザ溶接等、様々な方法で形成することができる。特に、第1管と第2管が同一の材料からなるものである場合には、管接続部をレーザ溶接により形成することが好ましい。これにより、ESIスプレイヤー用管の全体が単一の材料で構成されるため、電圧印加時に均一な電位が形成され試料液を安定的に帯電させることができるだけでなく、前記管固定部の材料成分が試料液に混入することに起因した新たなバックグラウンドノイズが現れることを防止することができる。また、前記管固定部をろう付けにより構成する場合は、該管固定部は第1管および第2管の材料(SUS等)よりも不活性な材料(金や銀等)で構成することが好ましい。これにより、該管固定部を第1管や第2管とは異なる材料によりろう付けすることで形成する場合においても、その管固定部の材料由来の成分が試料液に混入し新たなバックグランドノイズとして現れる可能性を低減することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るESIスプレイヤー用管は、カラムの出口側管に接続して、その内部に該カラムから流出した試料液を流通させても詰まりを生じることがない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】従来用いられているESIスプレイヤー用管の一例。
【
図2】従来用いられているESIスプレイヤー用管とカラムの出口側管の接続について説明する図。
【
図3】液体クロマトグラフ質量分析装置の概略構成図。
【
図4】本実施例のESIスプレイヤー用管の構成を説明する図。
【
図5】本実施例のESIスプレイヤー用管とカラムの出口側管の接続について説明する図。
【
図6】本実施例のESIスプレイヤー用管を質量分析装置のハウジングに取り付けた状態を説明する図。
【
図7】本実施例のESIスプレイヤー用管と従来のESIスプレイヤー用管を用いた実験結果。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るESIスプレイヤー用管の一実施例について、以下、図面を参照して説明する。本実施例のESIスプレイヤー用管は、液体クロマトグラフ質量分析装置の質量分析計が有するイオン化部において、ESIスプレイヤーに試料液を流通させるために用いられる。
【0019】
本実施例のESIスプレイヤー用管の構成を説明する前に、
図3を参照して本実施例における液体クロマトグラフ質量分析装置全体の概略構成を説明する。
【0020】
この液体クロマトグラフ質量分析装置は、大別して、液体クロマトグラフ40と質量分析計50から構成され、図示しない制御部により各部の動作が制御される。液体クロマトグラフ40は、移動相が貯留された移動相容器41、移動相を吸引して一定流量で送給するポンプ42、移動相中に所定量の液体試料を注入するインジェクタ43、液体試料に含まれる各種成分を時間方向に分離するカラム44、及び該カラム44を所定の温度で保持するカラムオーブン(図示なし)とを備えている。また、インジェクタ43に複数の液体試料を1つずつ導入するオートサンプラ(図示なし)を備えている。
【0021】
質量分析計50は、略大気圧であるイオン化室51と、真空ポンプ(図示なし)により真空排気された中間真空室52及び高真空の分析室53を備えた差動排気系の構成を有している。イオン化室51には、内部を流通する試料液を帯電させて噴霧するESIスプレイヤー61が設置されている。イオン化室51と後段の中間真空室52との間は細径の加熱キャピラリ62を通して連通している。中間真空室52にはイオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド63が設置されており、中間真空室52と分析室53との間は頂部に小孔を有するスキマー64で隔てられている。分析室53には、四重極マスフィルタ65とイオン検出器66が設置されている。本実施例では質量分析計を四重極型の構成としたが、他の構成(三連四重極型、イオントラップ−飛行時間型等)の質量分析計を用いてもよい。
【0022】
質量分析計50では、SIM(選択イオンモニタリング)測定やMSスキャン測定を行うことができる。SIM測定では、四重極マスフィルタ65を通過させるイオンの質量電荷比を固定してイオンを検出する。MSスキャン測定では、四重極マスフィルタ65を通過させるイオンの質量電荷比を走査しつつイオンを検出する。
【0023】
図4に、本実施例のESIスプレイヤー用管10の構成を示す。中央はESIスプレイヤー用管10の断面図、左はESIスプレイヤー用管10を上流側(カラム44側)から見た図、右は、ESIスプレイヤー用管10を下流側(イオン化室51側)から見た図である。なお、
図4及び
図5(後述)では、構成を分かりやすく示すために各部の長さや太さを実際のものから変更している。
【0024】
ESIスプレイヤー用管10は、ESIスプレイヤー61において試料液を流通させるために用いる。ESIスプレイヤー用管10は、第1管(内管)11、その外周に位置する第1管11よりも短い第2管(中管)12、さらにその外周に位置する第2管12よりも短い第3管(外管)13を有している。第1管11、第2管12、及び第3管13は、それぞれパイプを引き延ばす伸管法により製造された、ステンレス鋼(SUS)からなる細管である。
【0025】
各管は、端部の位置が上流側で揃うように配置され、上流側と下流側の端部でそれぞれ溶接されて溶接部14により相互に固定されている。上流側の端部では、第1管11と第2管12の隙間、及び第2管12と第3管13の隙間を塞ぐように、周方向の全体にわたって溶接されている。なお、溶接によって端面に凹凸が生じるため、後述するように、ESIスプレイヤー用管10の端面を液体クロマトグラフのカラムの出口側管441の端面と当接して用いる際には、溶接後の端面が所定の平坦度となるように研磨等の平坦化処理を行うとよい。
【0026】
本実施例では、上流側と下流側の端部のいずれにおいても第1管11と第2管12の隙間、及び第2管12と第3管13の隙間を塞ぐように各管を溶接している(従って管の隙間が外部の空間から遮断されている)が、これは好ましい態様であって、必須の要件ではない。少なくとも上流側において第1管11と第2管12の隙間、及び第2管12と第3管13の隙間が塞がれていればよく、下流側は部分的な溶接や溶接なしであってもよい。
【0027】
試料液が流通する第1管11の内径は約10μmである。このような細管を伸管法により作製する場合、肉厚の管を製造することは難しい。そのため、内径の小さい細管は全体としても細径となり、小さな衝撃が加わるだけで曲がったり折れたりしてしまう。本実施例のESIスプレイヤー用管10は、第1管11、第2管12、及び第3管13からなる三重管構造とすることにより所要の剛性を得ている。本実施例では三重管構造としたが、各管の剛性、及びESIスプレイヤー用管10に求められる剛性の大きさに応じて適宜の数の管からなる多重管構造(二重管構造、あるいは四重管以上の多重管構造)とすることができる。
【0028】
図5に示すように、ESIスプレイヤー用管10は、管接続用治具22によりカラム44の出口側管441に接続される。管接続用治具22は両端がテーパ状(フェルール状)に形成された筒状体であり、該筒状体の軸方向に、カラム44の出口側管441及びESIスプレイヤー用管10の第3管13の外径に対応する大きさの貫通孔が形成されている。ここでは説明を容易にするために、カラム44の出口側管441の外径と第3管13の外径を同じとしたが、これらは異なっていてもよく、その場合は両者の外径に応じた大きさの貫通孔を有する管接続用治具22を用いればよい。
【0029】
管接続用治具22を用いてカラムの出口側管441とESIスプレイヤー用管10を接続する際には、貫通孔の一方からカラムの出口側管441を挿入し、他方からESIスプレイヤー用管10を挿入して、貫通孔の内部で両管の端面を当接させる。そして、カップリングとフェルールを用いて管接続用治具22の両端部をカラム44の出口側管441とESIスプレイヤー用管10にそれぞれ押し付け、該両端部を塑性変形させる。
【0030】
上述したように、従来のESIスプレイヤー用管では、隣接配置された2つの管の一方(例えば外側に位置する管)の内壁の一部分のみに接着剤を塗布して他方(例えば内側に位置する管)を固定していたため、これをカラムの出口側管に接続して試料液や移動相(試料液等)を導入すると、接着剤が塗布されていない部分から両管の隙間に試料液等が入り込んでいた。両管の隙間に入り込んだ試料液等は、外部を流通する試料液と入れ替わりにくく、徐々に酸素濃度が低下していく。その結果、酸素濃淡電池が形成され管が腐食(隙間腐食)する。そして、腐食により生成された腐食生成物が第1管の内部に入り込み詰まりが生じていた。特に、塩素イオン等のハロゲンイオンを含む試料液等が流れ込むとこうした腐食がより一層進行して第1管の内部がさらに詰まりやすくなっていた。
【0031】
一方、本実施例のESIスプレイヤー用管10は、第1管11と第2管12、及び第2管12と第3管13が、それぞれ溶接(溶接部14)により固定されており、隣接する2つの管の間に形成される隙間が完全に塞がれている。そのため、カラム44から流出し、カラムの出口側管441を通過した試料液等がこの隙間に流入することがない。従って、上記のような隙間腐食は生じず、第1管11の内部が詰まることがない。
【0032】
また、本実施例のESIスプレイヤー用管10は、第1管11、第2管12、及び第3管13が全てステンレス鋼からなるものであり、それらが溶接により接続されている。つまり、ESIスプレイヤー用管10の全体がステンレス鋼から構成されている。そのため、最も外側に位置する第3管13に所定の大きさのESI電圧を印加することにより、ESIスプレイヤー用管10全体に一様な電位が形成され、第1管11の内部を流れる試料液を容易に帯電させることができる。また、最も外側に位置する管に電圧を印加すればよく、電圧印加部の配置や電圧印加経路の設計自由度が高い。さらに、ステンレス鋼以外の材料を使用しないため、そうした材料に由来する成分が試料液に混入することに起因してバックグラウンドノイズが現れることもない。
【0033】
本実施例のESIスプレイヤー用管10は、質量分析計50のハウジング70に形成された孔71に挿入され、ESIスプレイヤー61として動作させる。
図6(a)は、ESIスプレイヤー用管10をハウジング70の孔71に挿入した状態を示す図、
図6(b)はイオン化室51近傍の拡大図である。なお、
図6(a)ではESIスプレイヤー用管10を二重管構造に簡略化している。
【0034】
ハウジング70には、ESIスプレイヤー用管10の外径(即ち第3管13の外径)よりも大きい径の孔71が形成されている。管接続用治具22によりESIスプレイヤー用管10をカラム44の出口側管441に接続した状態で、固定具72に取り付ける。そして固定具72をハウジング70に取り付けることでカラム44の出口側管441と接続されたESIスプレイヤー用管10が孔71に挿入される。
【0035】
ESIスプレイヤー用管10と孔71の内壁の間に空間が存在する。ハウジング70には、ネブライザガス流路71aが形成されており、その先はネブライザガス供給部90に接続されている。ネブライザガス供給部90から供給される窒素ガス等のネブライザガスはネブライザガス流路71aを通って上記空間に流れ込み、ESIスプレイヤー用管10の外側を通ってイオン化室51の側に流れる。孔71の先端部は、ESIスプレイヤー用管10の先端部と同様の形状に、即ちテーパ状に形成されており、第1管11の先端がわずかに突出するようになっている。孔71を流れるネブライザガスは、その先端部に達するとその流れが偏向されてESIスプレイヤー用管10の先端から流出する試料液に吹き付けられる。これにより試料液等がイオン化室51に噴霧される。ESIスプレイヤー用管10の先端部の形状(テーパ形状)は、ESIスプレイヤー用管10から試料液等が所望の方向に噴霧される(即ち試料液等の分布が所望のコーン形状となる)ように決められ、それに応じて第1管11、第2管12、及び第3管13の長さが決められる。なお、このように各管の長さを設定することは好ましい態様であって、必須の要件ではない。例えば、試料液等の分布を高い精度で規定する必要がない場合には、各管の長さを同じとしてもよい。
【0036】
また、ハウジング70には電圧印加部80が形成されており、この電圧印加部80からESIスプレイヤー用管10の第3管13に対して所定のESI電圧が印加される。電圧印加部80から第3管13に印加された電圧は、溶接部14及び第2管12を通って第1管11に印加され、該第1管11の内部を流れる試料液が帯電する。
【0037】
次に、本発明に係るESIスプレイヤー用管により得られる効果を確認するために行った実験について説明する。この実験では、2つの二重管構造のESIスプレイヤーを使用し、一方については上記実施例と同様に入口側の端部を溶接し(実施例)、他方はそのまま(溶接せず)とした(比較例)。内管の内径は50μm、外径は170μm(実施例と比較例に共通。いずれも設計値)、外管の内径は170μm、外径は1.6mm(実施例と比較例に共通。いずれも設計値)である。内管の外径と外管の内径は同じ値であるが、細管の製造上の誤差によって両者の間にわずかな隙間が存在している。
【0038】
実施例のESIスプレイヤー用管と比較例のESIスプレイヤー用管のそれぞれについて、(1)5mM酢酸アンモニウムと0.1%ギ酸水溶液の混合液、(2)40%メタノール、を順に通液して2日間放置した後、その状態を確認した。
【0039】
図7(a)は本実施例のESIスプレイヤー用管のX線透視画像、
図7(b)は比較例のESIスプレイヤー用管のX線透視画像である。両図の左上はESIスプレイヤー用管の端面のX線透視画像、右上及び左下はいずれも断面のX線透視画像である。
図7(b)の比較例では腐食が発生しているのに対し、
図7(a)の本実施例では腐食が生じていないことが分かる。
【0040】
上記実施例は一例であって、本発明の主旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例では液体クロマトグラフ質量分析装置について説明したが、液体クロマトグラフを用いず質量分析装置のみを用いる場合にも同様に構成することができる。
【0041】
上記実施例では、ESIスプレイヤー用管10を構成する複数の管を溶接により固定したが、ろう付け等、他の方法により固定してもよい。また、上記実施例では、上流側の端面において、隣接する管の間のみに溶接部14を形成したが、第1管11内を除く端面全体を溶接やろう付けしてもよい。ろう付けには、作業が容易であり、また管固定部を形成する際に端面を平坦にしやすいという利点がある。なお、管固定部はステンレス鋼(各管の材料)よりも不活性な材料(金や銀など)で構成することが好ましい。これにより、管固定部の材料に由来する成分が試料液に混入し新たなバックグランドノイズとして現れる可能性を低減することができる。
【0042】
上記実施例では最も外側に位置する管(第3管13)にESI電圧を印加する構成としたが、第2管12、第3管、あるいは管固定部が導電性を有しない材料からなる場合には、第1管11に対して直接ESI電圧を印加すればよい。また、第1管11が導電性を有しない材料で構成されている場合には、導電性を有する管接続用治具22を使用し、その内部でカラムの出口側管441とESIスプレイヤー用管10の両端面の間に隙間(ギャップ)を形成し、管接続用治具22に対してESI電圧を印加することによって、その隙間(ギャップ)を流れる試料液を帯電させればよい。
【符号の説明】
【0043】
10…ESIスプレイヤー用管
11…第1管(内管)
12…第2管(中管)
13…第3管(外管)
14…溶接部(管固定部)
22…管接続用治具
40…液体クロマトグラフ
41…移動相容器
42…ポンプ
43…インジェクタ
44…カラム
441…出口側管
50…質量分析計
51…イオン化室
52…中間真空室
53…分析室
61…ESIスプレイヤー
62…加熱キャピラリ
63…イオンガイド
64…スキマー
65…四重極マスフィルタ
66…イオン検出器
70…ハウジング
71…孔
71a…ネブライザガス流路
72…固定具
80…電圧印加部
90…ネブライザガス供給部