(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6842166
(24)【登録日】2021年2月24日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】付着物の定量分析による防汚性能評価方法及び防汚性能評価システム
(51)【国際特許分類】
B63B 59/04 20060101AFI20210308BHJP
【FI】
B63B59/04 Z
【請求項の数】13
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-65200(P2017-65200)
(22)【出願日】2017年3月29日
(65)【公開番号】特開2018-167654(P2018-167654A)
(43)【公開日】2018年11月1日
【審査請求日】2020年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】益田 晶子
(72)【発明者】
【氏名】堂前 直
【審査官】
渡邊 義之
(56)【参考文献】
【文献】
特開平7−3191(JP,A)
【文献】
特開2004−43679(JP,A)
【文献】
韓国公開特許第10−2008−0089869(KR,A)
【文献】
米国特許出願公開第2005/0096407(US,A1)
【文献】
特開2011−33434(JP,A)
【文献】
特開2015−55568(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 59/04
B63B 73/00
B63B 79/30
B63B 83/40
C09D 5/14− 5/16
G01N 1/28
G01N 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
防汚剤を塗布した試験片を水生生物が存在する浸漬試験水中に所定の浸漬時間が経過するまで浸漬する浸漬ステップと、
前記所定の浸漬時間が経過した後に前記試験片に付着した付着生物を含む付着物をサンプリングする試料採取ステップと、
サンプリングした前記付着物を生体分子分析法を用いて分析し前記付着物の付着物量を定量する分析定量ステップと、
を備えたことを特徴とする付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項2】
前記生体分子分析法として、アミノ酸分析法を用いたことを特徴とする請求項1に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項3】
前記アミノ酸分析法において、酸を使用してタンパク質の加水分解を行う加水分解法を利用することを特徴とする請求項2に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項4】
前記アミノ酸分析法において、前記付着物を加水分解し、アミノ基を持った糖類であるアミノ糖を定量することで、前記付着物量を定量することを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項5】
前記試験片を前記浸漬試験水中に浸漬する前記所定の浸漬時間を変更し、浸漬時間と前記付着物量との関係を求めることを特徴とする請求項1から請求項4のうちの1項に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項6】
前記浸漬試験水中に浸漬する所定時間を変更し、前記浸漬試験水中への浸漬時間の異なる複数の浸漬試験片を得、得られた複数の浸漬試験片を分析用試験水中に所定時間浸漬して分析用試験水中の防汚剤を検出し、試験片の浸漬試験水中への浸漬時間と前記防汚剤の溶出速度との関係を求める防汚剤溶出評価ステップをさらに備えることを特徴とする請求項1から請求項5のうちの1項に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項7】
前記浸漬試験片を分析用試験水に所定時間浸漬して得られた分析用試験水をサンプリングし、質量分析法を用いて前記防汚剤の前記溶出速度を求めることを特徴とする請求項6に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項8】
前記試験片の前記浸漬試験水中への前記浸漬時間と前記付着物量との関係と、前記試験片の前記浸漬試験水中への前記浸漬時間と前記防汚剤の前記溶出速度との関係より、前記付着物量と前記防汚剤の前記溶出速度との相関を求めることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項9】
定量した前記付着物量及び/又は定量した前記防汚剤の前記溶出速度の関係から、将来的な前記付着物の前記付着物量を予測する付着物量予測ステップをさらに備えたことを特徴とする請求項6から請求項8のうちの1項に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価方法。
【請求項10】
防汚剤を塗布した試験片を水生生物の存在する浸漬試験水中に浸漬するための浸漬手段と、
前記試験片に付着した付着生物を含む付着物をサンプリングする試料採取手段と、
サンプリングした前記付着物を生体分子分析法を用いて分析し前記付着物量を定量する分析定量手段と、
を備えたことを特徴とする付着物の定量分析による防汚性能評価システム。
【請求項11】
前記分析定量手段は、前記生体分子分析法を実行するアミノ酸分析手段を含むことを特徴とする請求項10に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価システム。
【請求項12】
前記アミノ酸分析手段は、酸を使用してタンパク質の加水分解を行う加水分解手段を含むことを特徴とする請求項11に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価システム。
【請求項13】
前記防汚剤を塗布した前記試験片を分析用試験水に浸漬する溶出試験用浸漬手段と、
前記溶出試験用浸漬手段の分析用試験水の一部をサンプリングして質量分析法を用いて前記防汚剤の溶出速度を求める防汚剤溶出評価手段と、
をさらに備えることを特徴とする請求項10から請求項12のうちの1項に記載の付着物の定量分析による防汚性能評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船体等に付着する水生生物を含む付着物などの定量分析による防汚性能評価方法及び防汚性能評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
船体(船底)に対する生物付着による生物越境移動等の環境影響を防いだり、船体の劣化、走行抵抗の増加を抑制するなどのため、船体には防汚塗料が塗装されている。現在使用されている防汚塗料は、塗膜表面から徐々に亜酸化銅などの防汚剤が溶出するものが主流である。そのため、塗膜が付着生物で覆われると防汚性能が著しく低下する。
【0003】
ここで、海洋生物の船体への付着は、次のような段階を経て進む。
(i)塗膜にバクテリアが着床し、繁殖する
(ii)バクテリアの繁殖によりスライム層が形成される
(iii)藻類が付着する
(iv)フジツボ、イガイなどの動物種が付着する
【0004】
ここで、塗料の防汚性能評価は、実験室内あるいは実海域で試験片の浸漬を長期間行い、スライム層(バクテリアなど微生物及びそれらが産出する粘液状物質)、藻類(アオノリ、ワカメなど)、動物種(フジツボ、イガイなど)の付着度合いを目視確認する方法などで行われている。動物種については、足糸形成や幼生付着を観測する方法などがある。
【0005】
また、定量法については、十分スライム層が発達すれば、スライム層をサンプリングして乾燥重量を計測する方法がある。また、藻類の場合、固有の吸収・蛍光スペクトルを分光学的に計測することも行われている。
【0006】
なお、特許文献1には、船底防汚塗料の防汚性能の定量的な評価方法についての提案がある。また、特許文献2には、糖化タンパク質の測定について示されており、また特許文献3,4には、タンパク質を加水分解してアミノ酸を分析することが示されている。特許文献5には、防汚塗料の溶出試験について示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9-143402号公報
【特許文献2】特開2001-95598号公報
【特許文献3】特許第5273766号公報
【特許文献4】特許第5633809号公報
【特許文献5】特開2006−284529号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の付着生物分析は、目視が中心であることから、汚損が進んだ状態での評価となる。藻類の付着以降については目視によって容易に判定ができるが、スライム層については、その初期には目視での判定は困難である。また、乾燥重量による測定も、同様に汚損が進んだ状態での評価である。なお、藻類については、吸収・蛍光スペクトルによる分析は、光合成に関連するため、藻類が活動している必要があり、また必ずしも付着スライム量を把握することができるわけではない。
【0009】
このように、目視ができないほど初期の付着スライムの場合、定量的評価法がない。またバクテリアそのものの定量法は、DNAのPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)増幅によって技術的には可能であるが、目的のDNA配列を特定しておく、すなわち生物種を特定しておく必要があり汎用性はない。
【0010】
以上のことから、従来の防汚性能評価法では、バクテリア着生やスライム層形成初期の極微量のスライムを定量できず、このため防汚性能を評価するために長期間を要するという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に対応した付着物の定量分析による防汚性能評価方法は、防汚剤を塗布した試験片を水生生物が存在する浸漬試験水中に所定の浸漬時間が経過するまで浸漬する浸漬ステップと、前記所定の浸漬時間が経過した後に前記試験片に付着した付着生物を含む付着物をサンプリングする試料採取ステップと、サンプリングした前記付着物を生体分子分析法を用いて分析し前記付着物の付着物量を定量する分析定量ステップと、を備える。
【0012】
また、前記生体分子分析法として、アミノ酸分析法を用いるとよい。
【0013】
また、前記アミノ酸分析法において、酸を使用してタンパク質の加水分解を行う加水分解法を利用するとよい。
【0014】
また、前記アミノ酸分析法において、前記付着物を加水分解し、アミノ基を持った糖類であるアミノ糖を定量することで、前記付着物量を定量するとよい。
【0015】
また、前記試験片を前記浸漬試験水中に浸漬する前記所定の浸漬時間を変更し、浸漬時間と前記付着物量との関係を求めるとよい。
【0016】
また、前記浸漬試験水中に浸漬する所定時間を変更し、前記浸漬試験水中への浸漬時間の異なる複数の浸漬試験片を得、得られた複数の浸漬試験片を分析用試験水中に所定時間浸漬して分析用試験水中の防汚剤を検出し、試験片の浸漬試験水中への浸漬時間と前記防汚剤の溶出速度との関係を求める防汚剤溶出評価ステップをさらに備えるとよい。
【0017】
また、前記浸漬試験片を分析用試験水に所定時間浸漬して得られた分析用試験水をサンプリングし、質量分析法を用いて前記防汚剤の前記溶出速度を求めるとよい。
【0018】
また、前記試験片の前記浸漬試験水中への前記浸漬時間と前記付着物量との関係と、前記試験片の前記浸漬試験水中への前記浸漬時間と前記防汚剤の前記溶出速度との関係より、前記付着物量と前記防汚剤の前記溶出速度との相関を求めるとよい。
【0019】
また、定量した前記付着物量及び/又は定量した前記防汚剤の前記溶出速度の関係から、将来的な前記付着物の前記付着物量を予測する付着物量予測ステップをさらに備えるとよい。
【0020】
請求項10に対応する付着物の定量分析による防汚性能評価システムは、防汚剤を塗布した試験片を水生生物の存在する浸漬試験水中に浸漬するための浸漬手段と、前記試験片に付着した付着生物を含む付着物をサンプリングする試料採取手段と、サンプリングした前記付着物を生体分子分析法を用いて分析し前記付着物量を定量する分析定量手段と、を備える。
【0021】
また、前記分析定量手段は、前記生体分子分析法を実行するアミノ酸分析手段を含むとよい。
【0022】
また、前記アミノ酸分析手段は、酸を使用してタンパク質の加水分解を行う加水分解手段を含むとよい。
【0023】
また、前記防汚剤を塗布した前記試験片を分析用試験水に浸漬する溶出試験用浸漬手段と、前記溶出試験用浸漬手段の分析用試験水の一部をサンプリングして質量分析法を用いて前記防汚剤の溶出速度を求める防汚剤溶出評価手段と、をさらに備えるとよい。
【発明の効果】
【0024】
請求項1に係る発明では、サンプリングした付着物を生体分子分析法によって定量分析するため、少量の付着物で生体量を検出できる。従って、試験片の浸漬期間を短期間とでき、防汚剤の性能を早期に評価できる。
【0025】
また、前記生体分子分析法としてアミノ酸分析法を用いることで、微量のサンプルからタンパク質を定量して、付着物中の総タンパク質量を検出することができる。
【0026】
また、タンパク質の加水分解を行うことで、アミノ酸分析によるタンパク質の定量が行える。
【0027】
また、アミノ基を持った糖類であるアミノ糖を定量することで、付着物中の糖類を定量することができる。
【0028】
また、浸漬時間と前記付着物量との関係を求めることによって、付着物の増殖速度を検出することができる。
【0029】
また、試験片の浸漬試験水中への浸漬時間と防汚剤の溶出速度との関係を求めることで防汚剤の性能を評価することができる。
【0030】
また、質量分析法を用いることで、防汚剤の前記溶出速度を確実に求めることができる。
【0031】
また、付着物量と防汚剤の前記溶出速度との相関を求めることで、防汚剤の性能を評価することができる。
【0032】
また、将来的な前記付着物の前記付着物量を予測することで、短期間の試験結果から長期での評価が行える。
【0033】
請求項10に対応する付着物の定量分析による防汚性能評価システムによれば、少量の付着物で生体量を検出できるため、防汚剤の性能を早期に評価できる。
【0034】
また、アミノ酸分析手段により微量の試料でタンパク質を分析することができる。
【0035】
また、酸を使用してタンパク質の加水分解を行うことで、アミノ酸分析を確実に行うことができる。
【0036】
また、分析用試験水をサンプリングして質量分析法することで、防汚剤の溶出速度を確実に求めることができる。
【0037】
このように、本発明によれば、微量の付着物を定量できるため、防汚剤の性能評価期間を大幅に短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【
図2】付着物の定量を説明するフローチャートである。
【
図4】防汚剤溶出試験の動作を説明するフローチャートである。
【
図6】浸漬時間とスライム層形成量の関係を示す図である。
【
図8】スライム層形成量と防汚剤溶出速度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。なお、本発明は、ここに記載される実施形態に限定されるものではない。
【0040】
「全体構成」
図1に、本実施形態における防汚性能評価の全体構成を示す。まず、試験片10を用意する。この試験片10は、例えばプラスチック製の板の表面に防汚塗料(防汚剤)を塗布したものであり、防汚剤としては、例えば亜酸化銅を溶出するものが採用される。試験片10は、浸漬手段12に投入される。浸漬手段12は、海水(浸漬試験水)を貯留する試験槽を有し、試験片10がここに投入される。試験片の固定は、例えば試験片10を上方から吊り下げる。
【0041】
そして、所定の期間経過後に浸漬後の試験片10である浸漬試験片10aを取り出す。そして、この浸漬試験片10aの防汚剤上に形成されたスライム層の一部を試料採取手段14によって採取する。試料採取手段14は、例えばスライム層の一部を削り取るスパーテルなどを含む。
【0042】
試料採取手段14によって採取された採取試料16は、分析定量手段18に送られ、ここにおいてタンパク質質量が定量される。分析定量手段18は、加水分解手段18aと、アミノ酸分析手段18bを有している。そして、採取試料16について、まず加水分解し、加水分解後の試料についてアミノ酸分析を行う。
【0043】
また、浸漬手段12から取り出した、浸漬試験片10aは、溶出試験用浸漬手段20に投入される。溶出試験用浸漬手段は、海水(分析用試験水)を回流させることが出来る水路を有する回流式溶出試験装置を用い、この回流水路内で浸漬試験片10aを所定時間浸漬させる。そして、これを防汚剤溶出評価手段22に供給する。防汚剤溶出評価手段22は、分析用試験水を採取する分析用試験水採取手段22a、質量分析手段22b、溶出速度検出手段22cを含む。分析用試験水採取手段22aによって、分析用試験水を所定量採取し、採取された分析用試験水が、質量分析手段22bに送られ、ここで防汚剤の濃度が検出される。そして、溶出速度検出手段22cが防汚剤の濃度に基づいて溶出速度を算出する。
【0044】
分析定量手段18からのタンパク質質量と、防汚剤溶出評価手段22からの防汚剤溶出速度は、防汚剤評価手段24に供給され、ここで防汚剤が評価される。
【0045】
「付着物の定量」
試験片の浸漬及び付着物(スライム層)の定量について、
図2に基づいて説明する。まず、防汚塗料を塗布した試験片と、水生生物が存在する海水(浸漬試験水)を用意する。試験片は、例えばポリカーボネート製の板に防汚剤(船底防汚塗料)を塗布後乾燥して得る。防汚剤としては、亜酸化銅系のものが利用されるが、防汚剤を溶出するものであれば他の形式のものでもよい。浸漬試験水は、天然の海水でもよいし、人工海水でもよい。
【0046】
そして、試験片を浸漬試験水中に浸漬する(S11)。この状態で、所定期間(例えば10日間程度)浸漬状態を維持し、所定期間が経過したかを判定する(S12)。所定期間が経過した場合には、試験片(浸漬試験片)を取り出し、表面の一部(所定面積)のスライム層(試料)をスパーテルなどで採取(サンプリング)する(S13)。なお、スライム層は、バクテリアなど微生物及びそれらが産出する粘液状物質を含むものである。
【0047】
そして、得られたサンプル(試料)について、加水分解する(S14)。この加水分解は、強酸を加えることで行ってもよいが、特許文献3,4に記載されているように、サンプルのタンパク質と、固体触媒を水存在下かつ加熱下で接触させることによって行うことが好適である。このようにして、スライム層を構成するタンパク質を加水分解することができ、これによってタンパク質がアミノ酸に分解される。
【0048】
そして、加水分解物について、生体分子分析法であるアミノ酸分析を行う(S15)。このアミノ酸分析は、公知の方法で行うことができ、特許文献3,4に記載されているような方法を利用することができる。
【0049】
ここで、本実施形態において用いるアミノ酸分析法は、超高感度である。すなわち、アミノ酸分析法は、タンパク質を構成するアミノ酸の絶対量を定量できる手法(S16)であり、特許文献3,4に記載される、アミノ酸分析法を用いれば、0.5ng〜25μg程度の極微量のタンパク質を定量することができる。
【0050】
また、このアミノ酸分析法では、アミノ基を持った糖類(N−アセチルグルコサミンなどのアミノ糖)を定量することも可能である(S16)。バクテリアが形成するスライムは、アミノ糖を含む多糖類が多く含まれていることから、このアミノ糖からもスライム層量を推定可能である。
【0051】
そして、この結果をサンプリングの条件と合わせ、試料片への面積当たりのタンパク質付着量、すなわちスライム層付着量を定量する(S17)。
【0052】
このように、本実施形態のアミノ酸分析により、アミノ酸組成を調べることができ、アミノ酸組成からタンパク質を特定することができるとともに、スライム層を構成するタンパク質の量を算出することができ、スライム層付着量を定量することが可能になる。
【0053】
本実施形態では、生物種のタンパク質をターゲットとし、アミノ酸分析を行うことで、生物種の種類や生死にかかわらず、生物量(総タンパク質量)を定量することができる。また、超高感度な分析法を用いることで、極微量の付着物を検出・定量可能となる。微量定量を可能にすることで、短期間で防汚性能評価が可能になる。
【0054】
ここで、
図3には、付着物定量(スライム層評価)の全体動作を模式的に示してある。所定浸漬時間を経過した試験片の表面のスライム層を所定面積採取(サンプリング)する。そして、サンプルについて加水分解をした後、アミノ酸分析を行い、タンパク質、アミノ糖を定量する。
【0055】
「防汚剤溶出試験」
次に、防汚剤溶出試験について、説明する。この試験は、試験片を分析用試験水(人工海水)に所定時間浸漬させ、その後分析用試験水の防汚剤濃度を分析することで、防汚剤の溶出速度を算出する。
【0056】
図4に示すように、分析用試験水である人工海水を回流水路を有する回流式溶出試験装置に入れる(S21)。次に、浸漬試験水に所定時間浸漬させスライムの付着した浸漬試験片(スライムのサンプリングはしていないもの)を回流水路内に設置する(S22)。そして、分析用試験水を回流させ、所定時間経過後、回流水路内の分析用試験水をサンプリングする(S23)。そして、サンプリングした分析用試験水の防汚剤の濃度を分析する(S24)。溶出試験の時間、試験片の塗装面積、回流水路内の分析用試験水量及びS24で分析した防汚剤の濃度が分かっているため、防汚剤の溶出速度を求めることができる(S25)。防汚剤の定量は、公知の方法が使用でき、例えばAAS(原子吸光分析)やICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析)の質量分析法により分析することで防汚剤(亜酸化銅の銅)を定量すればよい。
【0057】
図5に、防汚剤溶出試験(防汚剤溶出評価)の全体動作を模式的に示してある。試験片を分析用試験水に所定時間浸漬して防汚剤を溶出させ、分析用試験水をサンプリングする。そして、分析用試験水について、防汚剤を質量分析により定量し、防汚剤の溶出速度を算出する。
【0058】
「防汚剤の性能評価」
上述した浸漬試験、防汚剤溶出試験は、並行して行うことができ、また多数の試験片を用いて、経時的な変化も調べることができる。
【0059】
従って、浸漬試験水中における浸漬時間の経過に応じた、スライム量、防汚剤溶出速度の変化を調べることができる。
【0060】
例えば、スライム層の付着量は
図6に示すように、徐々に増加する。一方、防汚剤の溶出速度は、
図7のように、減少する。特に、スライムが塗膜の表面を覆うと、その後防汚剤の溶出速度は減少し、一方スライムの付着量の増加速度は、大きく増加する。このような関係から、スライムの付着量と、防汚剤の溶出速度の関係(相関)が
図8のように、導かれる。
【0061】
これによって、定量した前記付着物量及び/又は定量した前記防汚剤の前記溶出速度の関係から、将来的な前記付着物の前記付着物量を予測することができる。また、防汚塗料の評価が行える。すなわち、各種の防汚塗料について、このような試験を行うことで防汚剤を評価することができる。また、浸漬試験水の種類に応じた防汚剤の評価も可能となる。
【0062】
「実施形態の効果」
以上のように、本実施形態によれば、極微量のスライム層を定量できる。従って、汚損初期に防汚剤の防汚効果を判定できる。従って、防汚塗料の防汚性能評価期間も、従来の数ヶ月の長期浸漬から、10日間内程度に劇的に短縮することも可能になる。
【実施例】
【0063】
シリコーン樹脂系防汚塗料を塗布した試験片に付着した生物タンパク量定量試験を行った。
図9に示すように浸漬期間が異なる2つの試験片(FRC1−4,FRC2−4)を用意した。FRC1−4は、目視で付着物を認識できるが、FRC2−4では目視では明確には認識できない。
【0064】
スパーテルを用い、6mm×50mmの面積で付着物を採取(3カ所)し、得られた付着物を塩酸加水分解し、タンパク質をアミノ酸に分解した。加水分解した試料のうち、1/100をアミノ酸分析した。その結果を
図10に示す。
図10における上図が各アミノ酸の組成比であり、下図が上図の各アミノ酸の名前を示している。
【0065】
この結果から、2つの試験片FRC1−4、FRC2−4におけるアミノ酸の組成は、ほぼ同一であった。すなわち、スライム層を形成するタンパク質は同一であり、同一のバクテリアからなると推定される。
【0066】
また、分析結果から得られた各試験片についてのタンパク量は、FRC1−4:20.4±3.7μg,FRC2−4:5.3±1.3μgであった。
【0067】
これより、十分なタンパク質の同定及びタンパク量の定量が行えることが確認された。特に、タンパク量は、スライムを構成する生物量に対応するため、付着生物量を適切に把握することができる。
【0068】
なお、サンプルの実際の分析量はサンプリング量の1/100であったことから、この実験の試験片程度の付着量の場合、1/10の面積(6mm×5mm)程度で十分な量だったことになる。このように、本実施形態の分析方法によれば、サンプル量を非常に少なくすることができ、試験片も小さくできる。従って、試験装置を小型化することが容易になる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
船体に塗布する防汚剤について、短期間に防汚性能を評価できるため、どのような防汚剤を使用すべきかなどの判断に有用である。
【0070】
また、上述の説明では、試験を実験室などで行うことを想定しているが、これに限らずオンサイトで行ってもよい。例えば、実際に海上を走行する船に本システムを搭載すれば、航海中や、港に停泊しているときなどに評価が行える。この際は、船底からのスライム層の採取装置を用意すればよい。また、防汚剤の溶出試験は、船底をそのまま利用することはできないが、試験片を船体に貼り付けておく等の方法であれば、浸漬試験片を得ることができ、防汚剤の溶出速度評価が行える。これらの場合、浸漬試験水は実際の海水となる。また、試験片を船体に貼り付けて試験を行なうことも可能である。
【0071】
また、海上を走行する船舶船底へのスライムの付着を対象としたが、河川、湖沼など淡水域を走行する船舶船底についての評価を行うこともできる。さらに、橋梁その他の水中構造物へのスライム層の形成の評価などにも利用可能である。また、配管系やプール等における防汚性能の評価にも利用が可能である。
【符号の説明】
【0072】
10 試験片、10a 浸漬試験片、12 浸漬手段、14 試料採取手段、16 採取試料、18 分析定量手段、18a 加水分解手段、18b アミノ酸定量手段、20 溶出試験用浸漬手段、22 防汚剤溶出評価手段、22a 分析用試験水採取手段、22b 質量分析手段、22c 溶出速度検出手段、24 防汚剤評価手段。