特許第6842170号(P6842170)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6842170生体組織接着剤の製造方法及び生体組織接着剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6842170
(24)【登録日】2021年2月24日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】生体組織接着剤の製造方法及び生体組織接着剤
(51)【国際特許分類】
   A61L 24/02 20060101AFI20210308BHJP
   C01B 25/32 20060101ALI20210308BHJP
   A61L 24/00 20060101ALI20210308BHJP
   A61L 24/04 20060101ALI20210308BHJP
   A61L 24/06 20060101ALI20210308BHJP
【FI】
   A61L24/02
   C01B25/32 Q
   C01B25/32 W
   A61L24/00 300
   A61L24/00 210
   A61L24/04 200
   A61L24/06
【請求項の数】14
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-188999(P2017-188999)
(22)【出願日】2017年9月28日
(65)【公開番号】特開2019-63016(P2019-63016A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年9月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年 5月 5日に論文をウェブサイト(http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1742706117302830)にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年 5月 9日にプレスリリースをウェブサイト(http://www.okayama−u.ac.jp/tp/release_id467.html)にて公開
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002217
【氏名又は名称】特許業務法人矢野内外国特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 正弘
【審査官】 藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−160011(JP,A)
【文献】 特開平10−298435(JP,A)
【文献】 特開2008−050260(JP,A)
【文献】 特開2009−195453(JP,A)
【文献】 特表平04−500013(JP,A)
【文献】 特開昭63−089166(JP,A)
【文献】 Journal of Colloid and Interface Science,2011年,360,p.457-462
【文献】 Langmuir,2011年,27,p.7645-7653
【文献】 Dental Materials Journal,2016年,35(4),p.651-658
【文献】 Japanese Dental Science Review,2015年,51,p.85-95
【文献】 人工臓器,1988年,17(2),p.570-573
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
A61L 24/02
A61L 24/00
A61L 24/04
A61L 24/06
C01B 25/32
・DB
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸カルシウムを主成分とする生体組織接着剤の製造方法であって、
所定温度に加熱したカルシウムイオンを含有している液に、同じ温度に加熱したリン酸イオンを含有している液を混合した混合液からリン酸カルシウム粒子を生じさせる工程と、
前記混合液から前記リン酸カルシウム粒子を分離して所定の溶液に分散させて分散液とする工程と
を有する生体組織接着剤の製造方法。
【請求項2】
前記分散液を乾燥させて前記リン酸カルシウム粒子を凝集させることで凝集体を生成する工程を有する請求項1に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項3】
前記凝集体を粉砕して粉末状とする工程を有する請求項2に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項4】
所定形状とした高分子基体を前記分散液に浸漬させて、前記高分子基体の表面に前記リン酸カルシウム粒子を付着させる工程を有する請求項1に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項5】
リン酸カルシウムを主成分とする生体組織接着剤の製造方法であって、
所定温度に加熱したカルシウムイオンを含有している液に、同じ温度に加熱したリン酸イオンを含有している液を混合した混合液からリン酸カルシウム粒子を生じさせる工程と、
所定形状とした高分子基体を前記混合液に浸漬させて、前記高分子基体の表面に前記リン酸カルシウム粒子を付着させる工程を有する生体組織接着剤の製造方法。
【請求項6】
前記リン酸カルシウム粒子の大きさを、前記混合液の加熱温度で調整する請求項1〜5のいずれか1項に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項7】
前記リン酸カルシウム粒子が、ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損型アパタイト、βリン酸三カルシウム、αリン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、アモルファスリン酸カルシウム、第二リン酸カルシウムのいずれかである請求項1〜6のいずれか1項に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項8】
前記リン酸カルシウムにおけるCaの一部が、Mg,Sr,Ba,Mn,Fe,Zn,Cd,Pb,H,Na,K,Alの少なくともいずれか一種で置換され、及び/または前記リン酸カルシウムにおけるPOの一部が、CO,SiO,SO,AsO,VO,F,Clの少なくともいずれか一種で置換されている請求項7に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項9】
前記高分子基体が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン、ポリメタクリル酸メチル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトンあるいはこれらの共重合体のいずれかである請求項4に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項10】
前記リン酸カルシウムに機能性因子を吸着させている請求項1〜9のいずれか1項に記載の生体組織接着剤の製造方法。
【請求項11】
所定形状とした高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させた生体組織接着剤。
【請求項12】
前記リン酸カルシウム粒子が、ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損型アパタイト、βリン酸三カルシウム、αリン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、アモルファスリン酸カルシウム、第二リン酸カルシウムのいずれかである請求項11に記載の生体組織接着剤。
【請求項13】
前記リン酸カルシウムにおけるCaの一部が、Mg,Sr,Ba,Mn,Fe,Zn,Cd,Pb,H,Na,K,Alの少なくともいずれか一種で置換され、及び/または前記リン酸カルシウムにおけるPOの一部が、CO,SiO,SO,AsO,VO,F,Clの少なくともいずれか一種で置換されている請求項11または12に記載の生体組織接着剤。
【請求項14】
前記高分子基体が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン、ポリメタクリル酸メチル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトンあるいはこれらの共重合体のいずれかである請求項11〜13のいずれか1項に記載の生体組織接着剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織接着剤の製造方法及び生体組織接着剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療現場では、医療行為として接着剤を用いた生体組織の接着が行われている。ここで使用される接着剤としては、シアノアクリレート系、ゼラチン-アルデヒド系、フィブリングルー系等に大別される(例えば、特許文献1〜3参照。)。
【0003】
このうち、シアノアクリレート系及びゼラチン-アルデヒド系の接着剤は、接着強度が高い一方で、接着剤の反応・分解の際にアルデヒド化合物が関与するために、このアルデヒド化合物によって疾患部位の治癒等を阻害するおそれがあることが知られている。
【0004】
一方、フィブリングルー系の接着剤は、血液凝固過程を用いる接着剤であるため毒性が低く、人体に優しい接着剤ではあるが、接着強度が比較的弱いということが欠点として知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2012−509880号公報
【特許文献2】特開2012−095769号公報
【特許文献3】特表2001−511431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、シアノアクリレート系及びゼラチン-アルデヒド系の接着剤よりも人体への影響が弱く、かつフィブリングルー系の接着剤よりも接着強度が強い接着剤を開発すべく研究を行い、本発明を成すに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の生体組織接着剤の製造方法は、リン酸カルシウムを主成分とする生体組織接着剤の製造方法であって、所定温度に加熱したカルシウムイオンを含有している液に、同じ温度に加熱したリン酸イオンを含有している液を混合した混合液からリン酸カルシウム粒子を生じさせる工程と、混合液からリン酸カルシウム粒子を分離して所定の溶液に分散させて分散液とする工程とを有するものである。
【0008】
さらに、本発明の生体組織接着剤の製造方法では、以下の点にも特徴を有するものである。
(1)分散液を乾燥させてリン酸カルシウム粒子を凝集させることで凝集体を生成する工程を有すること。
(2)凝集体を粉砕して粉末状とする工程を有すること。
(3)所定形状とした高分子基体を分散液に浸漬させて、高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させる工程を有すること。
(4)所定形状とした高分子基体を混合液に浸漬させて、高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させる工程を有すること。
(5)リン酸カルシウム粒子の大きさを、混合液の加熱温度で調整すること。
(6)リン酸カルシウム粒子が、ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損型アパタイト、βリン酸三カルシウム、αリン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、アモルファスリン酸カルシウム、第二リン酸カルシウムのいずれかであること。
(7)リン酸カルシウムにおけるCaの一部が、Mg, Sr, Ba, Mn, Fe, Zn, Cd, Pb, H, Na, K, Alの少なくともいずれか一種で置換され、及び/またはリン酸カルシウムにおけるPO4の一部が、CO3, SiO4, SO4, AsO4, VO4, F, Clの少なくともいずれか一種で置換されていること。
(8)高分子基体が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン、ポリメタクリル酸メチル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトンあるいはこれらの共重合体のいずれかであること。
(9)リン酸カルシウムに機能性因子を吸着させていること。
【0009】
また、本発明の生体組織接着剤は、所定形状とした高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させた生体組織接着剤である。
【0010】
さらに、本発明の生体組織接着剤では、以下の点にも特徴を有するものである。
(1)リン酸カルシウム粒子が、ハイドロキシアパタイト、カルシウム欠損型アパタイト、βリン酸三カルシウム、αリン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、アモルファスリン酸カルシウム、第二リン酸カルシウムのいずれかであること。
(2)リン酸カルシウムにおけるCaの一部が、Mg, Sr, Ba, Mn, Fe, Zn, Cd, Pb, H, Na, K, Alの少なくともいずれか一種で置換され、及び/またはリン酸カルシウムにおけるPO4の一部が、CO3, SiO4, SO4, AsO4, VO4, F, Clの少なくともいずれか一種で置換されていること。
(3)高分子基体が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン、ポリメタクリル酸メチル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトンあるいはこれらの共重合体のいずれかであること。
【発明の効果】
【0011】
本発明の生体組織接着剤の製造方法及び生体組織接着剤によれば、シアノアクリレート系及びゼラチン-アルデヒド系の接着剤よりも人体への影響が弱く、かつフィブリングルー系の接着剤よりも接着強度が強い生体組織用の接着剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】アパタイトのナノ粒子の走査型電子顕微鏡写真である。
図2】引張試験機による試験状態の説明図である。
図3】引張試験機による試験結果のグラフである。
図4】Sphere、Short rod、Long rodのそれぞれのアパタイトのナノ粒子で濃度を変えながら計測したせん断接着強さの計測結果のグラフである。
図5】アパタイトナノ粒子分散液を乾燥させて作成した成形体の走査型電子顕微鏡写真である。
図6】Sphere、Short rod、Long rodのそれぞれのアパタイト成形体でのせん断接着強さの計測結果のグラフである。
図7】Sphereのアパタイトナノ成形体を用いてマウスの筋組織、脾臓、肺、腎臓、心臓、肝臓に対する接着性を確認した写真である。
図8】マウスの皮膚組織を用いてSphereのアパタイトナノ成形体のせん断接着強さの計測結果のグラフである。
図9】パタイトナノ粒子成形体(Sphere)を粉砕して得られたアパタイト粉末であって、粒径の異なるアパタイト粉末でのせん断接着強さの計測結果のグラフである。
図10】ポリ乳酸フィルムの表面にアパタイト結晶を成長させて作成したアパタイト複合体の走査型電子顕微鏡写真である。
図11】アパタイト複合体でのせん断接着強さの計測結果のグラフである。
図12】ニワトリ胸部から採取した筋組織を用いてShort rodのアパタイト複合体の引っ張り接着強さの計測結果のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の生体組織接着剤の製造方法及び生体組織接着剤では、人体を構成している物質の一種であるリン酸カルシウムが生体組織の接着作用を有していることを利用するものである。
【0014】
人体中に存在しているリン酸カルシウムの一種としてハイドロキシアパタイトがよく知られているが、ハイドロキシアパタイトに限定するものではなく、カルシウム欠損型アパタイト、βリン酸三カルシウム、αリン酸カルシウム、リン酸八カルシウム、アモルファスリン酸カルシウム、第二リン酸カルシウムのいずれかであってもよい。
【0015】
また、ハイドロキシアパタイトは、Ca10(PO4)6(OH)2の組成を有しているが、このうち、リン酸カルシウムにおけるCaの一部が、Mg, Sr, Ba, Mn, Fe, Zn, Cd, Pb, H, Na, K, Alの少なくともいずれか一種で置換され、及び/またはリン酸カルシウムにおけるPO4の一部が、CO3, SiO4, SO4, AsO4, VO4, F, Clの少なくともいずれか一種で置換されたアパタイトも含む。
【0016】
さらには、リン酸カルシウムに機能性因子を吸着させていてもよく、機能性因子とは、サイトカイン、線維芽細胞成長因子、血管内皮細胞成長因子、血小板由来成長因子、胎盤成長因子、上皮細胞成長因子、神経成長因子、あるいは骨形成タンパク質等が挙げられるれる。これらの機能性因子は、後述するリン酸カルシウム粒子の作製後に、適宜の工程によって吸着させている。
【0017】
このように、人体を構成している物質の一種であるリン酸カルシウムを生体組織接着剤の主成分とすることで、優れた生体適合性を示し、かつ、後述するように既存のフィブリングルー系の接着剤よりも強い接着強度を有する生体組織接着剤を提供できる。
【0018】
リン酸カルシウムは、所定温度に加熱したカルシウムイオンを含有している液に、同じ温度に加熱したリン酸イオンを含有している液を混合することで混合液とし、この混合液中で反応が生じることで作製でき、混合液中に生成されたリン酸カルシウム粒子を分離して所定の溶液に分散させて分散液とすることで生体組織接着剤として使用できる。混合液からのリン酸カルシウム粒子の分離は、遠心分離等によって容易に行うことができる。
【0019】
リン酸カルシウムに機能性因子を吸着させる場合には、リン酸カルシウム粒子を分散させている分散液と、適宜の機能性因子とを反応させて吸着させている。
【0020】
分散液を乾燥させることでリン酸カルシウム粒子の凝集を生じさせてリン酸カルシウム粒子の凝集体を作製し、この凝集体を生体組織接着剤として使用することもでき、さらには、この凝集体を粉砕して粉末状とし、この粉末状としたリン酸カルシウムを生体組織接着剤として使用することもできる。
【0021】
あるいは、所定形状とした高分子基体を用い、この高分子基体をリン酸カルシウム粒子の分散液に浸漬させることで高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させた複合体を作製し、この複合体を生体組織接着剤として使用することもできる。
【0022】
なお、高分子基体をリン酸カルシウム粒子の分散液に浸漬させるのではなく、混合液に浸漬させることで高分子基体の表面にリン酸カルシウム粒子を付着させた複合体を作製してもよく、この複合体を生体組織接着剤として使用することもできる。
【0023】
高分子基体としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、シリコーン、ポリメタクリル酸メチル、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトンあるいはこれらの共重合体とすることができる。
【0024】
また、高分子基体は、必要な形状としてよく、例えば、フィルム状、繊維状、所定形状のブロック体、あるいは多孔質体や不織布のような特殊形状としてもよく、高分子基体の基材とリン酸カルシウム粒子と混合した混合体としてもよい。
【0025】
以下において、ハイドロキシアパタイトを用いた場合の具体例を説明する。なお、以下の説明においては、単に「アパタイト」と呼ぶこととする。
【0026】
<アパタイトのナノ粒子の分散液の作成>
まず、42mMとした硝酸カルシウム水溶液 800mLをpH10に調整して加熱することで第1加熱溶液とし、さらに、100mMとしたリン酸水素二アンモニウム水溶液であって、加熱したリン酸水素二アンモニウム水溶液200mLを第2加熱溶液としている。そして、この第1加熱溶液と第2加熱溶液とを混合することで混合液を作成し、この混合液中で反応を生じさせることでアパタイトのナノ粒子を生成している。なお、第1加熱溶液と第2加熱溶液とは、それぞれ同程度の温度に加熱していることが望ましいが、多少の温度差は許容可能であり、適宜の加温装置で混合液を所定の加熱温度に維持することが望ましい。
【0027】
混合液の加熱温度を30℃とした場合には、図1に示すように、アパタイトのナノ粒子は、粒子径17 nmの球状粒子(図1の「Sphere」)となり、混合液の加熱温度を50℃とした場合には、図1に示すように、アパタイトのナノ粒子は、長径154 nmで短径13 nmのロッド状粒子(図1の「Short rod」)となり、混合液の加熱温度を80℃とした場合には、図1に示すように、アパタイトのナノ粒子は、長径585 nmで短径43 nmのロッド状粒子(図1の「Long rod」)となった。なお、X線回折測定(RINT2500HF; Rigaku Corp., Tokyo, Japan)を行い、いずれの粒子もハイドロキシアパタイトであることを確認した。
【0028】
以下において、説明の便宜上、「Sphere」は混合液の加熱温度を30℃としてアパタイトのナノ粒子を作成した場合であり、「Short rod」は混合液の加熱温度を50℃としてアパタイトのナノ粒子を作成した場合であり、「Long rod」は混合液の加熱温度を80℃としてアパタイトのナノ粒子を作成した場合であることとする。
【0029】
アパタイトのナノ粒子の作成後、遠心分離処理によって混合液からアパタイトのナノ粒子を分離するとともに洗浄を行い、アパタイトのナノ粒子を0.01〜6wt%の濃度とした分散液を作製した。ここで、分散液は水溶液としているが、水以外の溶液を使用してもよい。
【0030】
この分散液中のリン酸カルシウムと適宜の機能性因子とを反応させることで、リン酸カルシウムに機能性因子を吸着させることができる。機能性因子を吸着することで、後述するリン酸カルシウムの吸着能に種々の機能を付加することができ、より高機能な生体組織吸着剤とすることができる。
【0031】
<ポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルを用いた荷重試験の方法>
アパタイトのナノ粒子の分散液による接着強度を試験するために、ポリジメチルアクリルアミドハイドロゲル同士を接合して、引張試験を行った。
【0032】
ポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルは、dimethylacrylamide (DMA)をモノマーとして用い、N,N’-methylene bisacrylamide (MBA)を架橋剤として用い、Potassium persulphate (KPS)を重合開始剤として用い、N,N,N’,N’-tetramethylethylenediamine (TEMED)を重合触媒として用いて、含水率70 wt%としてW100mm × H100mm × T2mmのモールド中にて室温で20時間かけて作製した。ここでモノマーMBA/架橋剤DMAモル比は0.001とした。
【0033】
作製後、W5mm × H100mm × T2mmの大きさの短冊状の試験片として切り出し、一方の端部表面の5mm × 5mmのエリアを接合面として、アパタイトのナノ粒子の分散液を塗布し、2つの試験片を接合した。この接合の際には、2つの試験片をガラス板で挟んだ状態として、300gの重りを30秒間載せて確実に接合させた。
【0034】
その後、図2に示すように、引張試験機(Ez-test; Shimadzu, Kyoto, Japan)に、接合した試験片の両端部分をそれぞれ固定して、150 mm/minの速度で引張することでせん断応力を加え、図3に示すように、その際の荷重と伸びを計測した。
【0035】
アパタイトのナノ粒子の分散液におけるアパタイトのナノ粒子の濃度を変えながらSphere、Short rod、Long rodのそれぞれの場合のせん断接着強さを計測した。ここで、せん断接着強さは、上記試験における最大荷重を接着面積で除して算出した。試験繰り返し数は4回とした。図4に示すように、2wt%以上の各アパタイトナノ粒子分散液を塗布することで、ハイドロゲルの接着強さが向上した。
【0036】
<アパタイトのナノ粒子の成形体>
上述した作製方法で作成したアパタイトナノ粒子分散液は、乾燥させることで水分を除去して成形体とすることができる。
【0037】
図5は、上述した作製方法で作成したアパタイトナノ粒子分散液をモールド中で60℃にて12時間乾燥させることで作成した成形体の走査型電子顕微鏡写真である。ここで、各成形体は、W5mm × H5mm × T0.5mmの大きさとした。
【0038】
この成形体を用いて上述したポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルを用いたせん断接着試験を、アパタイトのナノ粒子の分散液の場合と同様に行った。試験結果を図6に示す。コントロールは、水を用いた場合である。図6に示すように、接着強さが、アパタイトのナノ粒子の分散液の場合と比較して向上していることが分かる。
【0039】
また、Sphereのアパタイトナノ粒子の分散液から作成した成形体を用い、マウスの筋組織、脾臓、肺、腎臓、心臓、肝臓に対する接着性を確認した結果を図7に示す。図7に示すように、いずれの臓器・組織においても接着性を示すことが確認できた。
【0040】
さらに、ポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルではなく、マウス背部から採取した皮膚組織を用いて、上述した引張試験を行った。皮膚組織は、5 mm × 40 mmとして切り出し、Sphereのアパタイトナノ粒子の分散液から作成した成形体を用いて2つの皮膚組織を接着して、引張試験機(Ez-test; Shimadzu, Kyoto, Japan)を用いて150 mm/minの速度で引張した。引張試験機で引張した際の荷重と伸びを計測し、引張り試験における最大荷重を接着面積で除してせん断接着強さを算出した。
【0041】
マウスの皮膚組織を用いた場合の引張試験の結果を図8に示す。なお、繰り返し試験数は4回とした。図8において、コントロールは水を用いた場合であり、また、比較用として市販の医療用フィブリングルー系接着剤(Beriplast(登録商標) P Combi-Set;CSL Behring LLC, PA, USA)を用いた場合を合わせて示している。図8から明らかなように、アパタイトナノ粒子成形体(Sphere)を用いることで、市販の医療用フィブリングルー系接着剤よりも高い接着強さが得られた。
【0042】
<アパタイト粉末>
上述したアパタイトナノ粒子成形体(Sphere)を乳鉢乳棒で粉砕することで、アパタイト粉末を作成した。ここで、乳鉢乳棒での粉砕後、フルイを用いて「250μm以下」、「250-425μm」、「425−710μm」、「710-1000μm」に分級した。
【0043】
各大きさのアパタイト粉末を用いて、上述したポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルを用いたせん断接着試験を、アパタイトのナノ粒子の分散液の場合と同様に行った。試験結果を図9に示す。図9に示すように、すべてのアパタイト粉末において高い接着強さを示すことが確認された。
【0044】
<アパタイト複合体>
上述したアパタイト粉末は高い接着強さを示すが、粉末のままでは取り扱いに煩雑さがあることから、ポリ乳酸フィルムを用いて複合化することを検討した。すなわち、ポリ乳酸フィルムの表面にアパタイト結晶を成長させることで複合化した。
【0045】
まず、分子量100,000のポリ乳酸をジクロロメタンに溶解し、所定のモールドにキャストすることで厚さ約20μmのポリ乳酸フィルムを作成した。次いで、このポリ乳酸フィルムの両面をプラズマ処理(10 Pa in Ar;20 mA;5分)することで親水化して親水化ポリ乳酸フィルムとした。
【0046】
次いで、上述したアパタイトナノ粒子の分散液を用い、この分散液に親水化ポリ乳酸フィルムを浸漬させることで、親水化ポリ乳酸フィルムの表面をアパタイトナノ粒子でコーティングした。ここで、アパタイトナノ粒子の分散液のアパタイトナノ粒子はSphereであって、2 wt%の濃度とした。
【0047】
次いで、アパタイトナノ粒子でコーティングされた親水化ポリ乳酸フィルムを硝酸カルシウム水溶液(42 mM, 160 mL)中に浸漬させて、所定の温度とpHの条件下においてリン酸水素二アンモニウム(100 mM;40 mL)を5時間かけて滴下することで、親水化ポリ乳酸フィルムの表面に結合しているアパタイト結晶を成長させ、アパタイト複合体とした。
【0048】
特に、親水化ポリ乳酸フィルムを硝酸カルシウム水溶液に浸漬させた際に、硝酸カルシウム水溶液の温度とpHを調整することで、親水化ポリ乳酸フィルムの表面に成長するアパタイト結晶の粒子径を調整することができ、本実施形態では、図10に示すように、液温を37℃とした場合には粒子径65nmの球状のアパタイト、液温を50℃とした場合には長径120nmで短径21nmのロッド状のアパタイト、液温を80℃とした場合には長径341nmで短径27nmのロッド状アパタイトとすることができた。
【0049】
上述したアパタイトのナノ粒子の場合と同様に、粒子径65nmの球状のアパタイトを「Sphere」と呼び、長径120nmで短径21nmのロッド状のアパタイトを「Short rod」と呼び、長径341 nmで短径27nmのロッド状のアパタイトを「Long rod」と呼ぶ。
【0050】
作成した各アパタイト複合体は5mm × 5mmの大きさとしており、上述したポリジメチルアクリルアミドハイドロゲルを用いたせん断接着試験を行った。試験結果を図11に示す。図11に示すように、アパタイト複合体としていないポリ乳酸フィルムと比較して、アパタイト複合体とすることでせん断接着強さは増加し、特に、Short rodおよびLong rodの場合には、高いせん断接着強さが得られた。
【0051】
また、Long rodとしたアパタイト複合体を用い、ニワトリ胸部から採取した筋組織(5mm × 5mm × 40mm)に対する接着強さを計測してみた。上述した引張試験機(Ez-test; Shimadzu, Kyoto, Japan)を用い、Long rodのアパタイト複合体を介して接着された筋組織を150mm/minの速度で引張し、その際の荷重と伸びを計測して引張り試験における最大荷重を接着面積で除して接着強さを算出した。比較試験として、医療用フィブリングルー系接着剤(Beriplast(登録商標) P Combi-Set;CSL Behring LLC, PA, USA)を用い、同様の試験を行った。
【0052】
図12に試験結果を示す。図12に示すように、Long rodのアパタイト複合体は、市販の医療用フィブリングルー系接着剤よりも高い接着強さを示すことが分かる。
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