特許第6842326号(P6842326)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6842326
(24)【登録日】2021年2月24日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】ナノピペット
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/26 20060101AFI20210308BHJP
   B01L 3/02 20060101ALI20210308BHJP
【FI】
   C12M1/26
   B01L3/02 B
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-53032(P2017-53032)
(22)【出願日】2017年3月17日
(65)【公開番号】特開2018-153142(P2018-153142A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2020年1月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(72)【発明者】
【氏名】新荻 正隆
【審査官】 松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】 中国実用新案第206064450(CN,U)
【文献】 特表2016−539236(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/26
B01L 3/02
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心軸線に沿って延び、対象物を吸引可能な第1吸引通路が内部に形成された筒状のピペット本体と、
Co、Ni、Cr及びMoを含むCo−Ni基合金から形成され、前記中心軸線に沿って延在すると共に前記ピペット本体に基端部が固定されたピペット部と、を備え、
前記ピペット部は、
対象物を吸引可能な第2吸引通路が前記第1吸引通路に連通し、且つ先端部に開口した状態で内部に形成された筒状の吸引部と、
前記吸引部の前記先端部から突出するように形成されると共に、前記中心軸線に対して直交する径方向に弾性変形可能な突起片と、を備えている、ナノピペット。
【請求項2】
請求項1に記載のナノピペットにおいて、
前記吸引部は、前記基端部から前記先端部に向かうにしたがって漸次縮径している、ナノピペット。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のナノピペットにおいて、
前記突起片は、前記先端部から前記中心軸線に沿って前記先端部から離間するように突出していると共に、前記先端部から離間するにしたがって漸次前記中心軸線から径方向に離間するように、外向きに傾斜している、ナノピペット。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のナノピペットにおいて、
前記突起片は、前記中心軸線回りを周回する周方向に沿って間隔をあけて複数形成されている、ナノピペット。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載のナノピペットにおいて、
前記突起片には、前記中心軸線回りを周回する周方向に沿って延びる周溝が形成されている、ナノピペット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノピペットに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、例えば生物学(分子生物学、生化学或いは細胞生物学等)、創薬、医薬品開発等の分野において、人体、動物或いは植物等から得られた生体試料、例えば生体細胞を培養することが行われている。すなわち、多細胞生物から細胞を分離し、生体外で細胞を培養することが行われている。このような培養を行うにあたっては、例えば細胞の種類や、培養の目的等に応じて種々の培養方法が選択されるが、例えば培養容器に細胞を付着させた状態で細胞を増殖させる場合がある。このような細胞は、いわゆる培養細胞、より具体的には接着培養系細胞として知られているが、増殖に伴って細胞同士が互いに繋がり合うことで、複数の細胞が凝集したコロニー状の細胞塊になり易い。
【0003】
そのため、細胞の継代を行う場合や、所望の細胞だけ細胞塊から取り分けたい場合等には、細胞塊を砕いてばらばらにし、個々の細胞に分離することが求められている。この場合、従来から行われている方法として、例えばナノピペットの先端を利用して細胞塊を砕き、所望の細胞をナノピペットで採取する方法が知られている。
例えば下記特許文献1には、比較的小さい細胞塊をナノピペット内に採取した後、吸引動作及び吐出動作を繰り返し行うことで、ナノピペット内で細胞塊を砕くことができるナノピペットが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6004149号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のナノピペットでは、吸引動作及び吐出動作を繰り返し行うことで細胞塊を砕くため、細胞に負荷(ダメージ)が作用し易い。そのため、細胞塊を砕いて、個々の細胞に分離できたとしても、これら細胞に負荷が蓄積されてしまい、例えば細胞を生きたまま採取することが困難になってしまう。さらに、細胞塊を砕くことができたとしても、所望の細胞だけを選択して分離させることが難しく、所望の細胞だけを再現性良く確実に採取することが難しい。
【0006】
本発明は、このような事情に考慮してなされたもので、その目的は、所望の対象物を、該対象物に負荷をかけることなく、容易且つ確実に採取することができるナノピペットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明に係るナノピペットは、中心軸線に沿って延び、対象物を吸引可能な第1吸引通路が内部に形成された筒状のピペット本体と、Co、Ni、Cr及びMoを含むCo−Ni基合金から形成され、前記中心軸線に沿って延在すると共に前記ピペット本体に基端部が固定されたピペット部と、を備え、前記ピペット部は、対象物を吸引可能な第2吸引通路が前記第1吸引通路に連通し、且つ先端部に開口した状態で内部に形成された筒状の吸引部と、前記吸引部の前記先端部から突出するように形成されると共に、前記中心軸線に対して直交する径方向に弾性変形可能な突起片と、を備えている。
【0008】
本発明に係るナノピペットによれば、ピペット部が高強度、高耐蝕性、高耐熱性、非磁性体であるうえ、さらに高弾性であるCo−Ni基合金から形成されている。そのため、Co−Ni基合金が高弾性材料であるという観点から、例えば対象物が載置されている基板に対して突起片を押し付けるように接触させることで、突起片を径方向に撓むように弾性変形させることができる。これにより、例えば対象物同士が繋がり合っていたとしても、突起片の弾性変形を利用して対象物同士の繋がりを切り離すことができ、所望の対象物を周囲から分離させることができる。従って、所望の対象物を第2吸引通路内に吸引することができ、第1吸引通路を通じて採取することができる。
【0009】
特に、所望の対象物に対して直接的に外力を加えるのではなく、突起片を利用して所望の対象物を周囲から切り離して分離させるので、所望の対象物にかかる負荷を抑制することができる。そのため、所望の対象物に作用する負荷を抑えた状態で該対象物を採取することができる。さらに、吸引部に突起片が形成されているので、所望の対象物を周囲から分離させた後、容易且つ確実に、しかも速やかに対象物を採取することができる。
なお、Co−Ni基合金が高弾性材料であるので、突起片の押し付けを解除することで、該突起片を弾性復元変形させて元の状態に復帰させることができる。従って、突起片を繰り返し弾性変形させることができ、対象物の採取を安定して繰り返し行うことができる。また、Co−Ni基合金が高強度材料であるという観点から、突起片が上記基板に対して仮に強く押し付けられたとしても、突起片に例えば変形、ひび割れや欠損等の不具合が生じ難い。従って、長期に亘って使用することができる、高品質なナノピペットとすることができる。
【0010】
(2)前記吸引部は、前記基端部から前記先端部に向かうにしたがって漸次縮径しても良い。
【0011】
この場合には、先細りの吸引部とすることができるので、対象物を把握し易く、狙った位置に突起片を正確にアプローチし易くなる。従って、突起片を利用した対象物の分離を容易に行い易い。
【0012】
(3)前記突起片は、前記先端部から前記中心軸線に沿って前記先端部から離間するように突出していると共に、前記先端部から離間するにしたがって漸次前記中心軸線から径方向に離間するように、外向きに傾斜しても良い。
【0013】
この場合には、突起片が外向きに傾斜しているので、対象物が載置されている基板に対して突起片を押し付けたときに、抵抗少なく突起片を径方向に撓むように弾性変形させることができる。これにより、対象物同士の繋がりをスムーズに切り離すことができ、所望の対象物を速やかに分離させ易い。
【0014】
(4)前記突起片は、前記中心軸線回りを周回する周方向に沿って間隔をあけて複数形成されても良い。
【0015】
この場合には、突起片を押し付けるときに、所望の対象物を取り囲むように複数の突起片を配置することができる。そのため、複数の突起片の一度の押し付けで、所望の対象物と周囲の他の対象物との繋がりを、該対象物の全周に亘って容易に切り離すことができる。従って、所望の対象物をさらにスムーズに分離させ易く、該対象物を速やかに採取し易い。
【0016】
(5)前記突起片には、前記中心軸線回りを周回する周方向に沿って延びる周溝が形成されても良い。
【0017】
この場合には、突起片に周溝が形成されているので、突起片を押し付けたときに、周溝を基点とした変形を突起片に促すことができる。そのため、さらに抵抗少なく突起片を径方向に撓むように弾性変形させることができ、対象物を分離させ易い。
【発明の効果】
【0018】
本発明にかかるナノピペットによれば、所望の対象物を、該対象物に負荷をかけることなく、容易且つ確実に採取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係るナノピペットの実施形態を示す斜視図である。
図2図1に示すナノピペットにおけるピペット部周辺の側面図である。
図3図1に示すナノピペットの作製に使用するFIB加工装置の一例を示す構成図である。
図4図1に示すナノピペットを作製する際の一工程図であって、Co−Ni基合金のブロック部材をFIB加工してピペット部を作成した状態を示す斜視図である。
図5】ピペット部とピペット本体とをデポジション膜を利用して固定している状態を示す斜視図である。
図6図1に示すピペット部の突起片を利用して所望の細胞と他の細胞との繋がりを切り離している状態を示す側面図である。
図7図1に示すナノピペットの変形例を示す側面図である。
図8図7に示すピペット部の突起片を利用して所望の細胞と他の細胞との繋がりを切り離している状態を示す断面図である。
図9図1に示すナノピペットの別の変形例を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るナノピペットの実施形態について、図面を参照して説明する。本実施形態では、採取する対象物として細胞(培養細胞)を例に挙げて説明する。なお、各図面では、図面を見易くして発明の理解を助けるために、各構成部品の縮尺を適宜変更している。
【0021】
図1及び図2に示すように、本実施形態のナノピペット1は、中心軸線Oに沿って延び、細胞Cを吸引可能な第1吸引通路10が内部に形成された円筒状のピペット本体2と、Co、Ni、Cr及びMoを含むCo−Ni基合金から形成され、ピペット本体2の先端部11に固定されたピペット部3と、を備えている。
【0022】
なお、中心軸線O方向から見た平面視で、中心軸線Oに直交する方向を径方向といい、中心軸線O回りに周回する方向を周方向という。
また、図1では、複数の細胞Cが基板4に付着した状態で培養されている場合を図示している。上記基板4としては、例えば図示しない培養容器における底壁部等が挙げられる。複数の細胞Cは、培養による増殖に伴って、互いに密に繋がり合って凝集したコロニー状の細胞塊Mを形成している。
【0023】
ピペット本体2は、内径、すなわち第1吸引通路10の直径が例えば数百nm〜数百μmで形成された極細のガラス管とされている。ただし、ピペット本体2はガラス管に限定されるものではなく、その他の材料によって形成されていても構わない。また、ピペット本体2は、内部に第1吸引通路10を有する筒状に形成されていれば良く、円筒状に限定されるものでもない。
【0024】
ピペット本体2は、例えば基端部12が3次元操作可能な図示しないマニピュレータ装置のマニピュレータアームによって片持ち状に保持される。これにより、ナノピペット1の全体は、マニピュレータ装置によって、微細且つ正確に3次元操作される。
ただし、この場合に限定されるものではなく、例えばピペット本体2の基端部12側に、さらに径の大きい操作用のガラス管を連結し、オペレータが操作用のガラス管を保持して、顕微鏡等を視認しながらナノピペット1を手動で操作しても構わない。
【0025】
なお、ピペット本体2には、第1吸引通路10内の内圧を調整する圧力調整機構13が装着可能とされている。これにより、圧力調整機構13によって第1吸引通路10内を負圧にすることで第1吸引通路10内に細胞Cを吸引することが可能とされる。またこれとは反対に、圧力調整機構13によって第1吸引通路10内を正圧にすることで、例えば第1吸引通路10内に供給した各種の溶液(例えば、細胞Cの培養に必要な液体や検査液等)を細胞Cに付与することも可能とされている。
【0026】
ピペット部3は、中心軸線Oに沿って延在すると共に、ピペット本体2の先端部11に基端部21が固定され、内部に第2吸引通路22が形成された筒状の吸引部20と、吸引部20の先端部23からさらに先端側に向けて突出するように形成され、径方向に弾性変形可能な突起片25と、を備えている。
【0027】
本実施形態のピペット部3は、FIBの照射によって後述のデポジション膜Dによって、ピペット本体2の先端部11に固定されている。これについては後に説明する。
ただし、ピペット部3の固定は、デポジション膜Dに限定されるものではなく、例えば接着や溶着等、他の固着方法で固定しても構わないし、係止等の嵌め合いを利用して固定しても構わない。
【0028】
吸引部20は、その外形が、ピペット本体2に固定された基端部21から突起片25が形成された先端部23に向かうにしたがって漸次縮径した円錐状に形成されている。ただし、吸引部20の外形は、円錐状に限定されるものではなく、例えば四角錐状に形成されていても構わないし、基端部21から先端部23に亘って同一の外径とされた筒状に形成されていても構わない。
【0029】
第2吸引通路22は、細胞Cを吸引可能な通路であって、第1吸引通路10に連通すると共に吸引部20の先端部23側に開口している。図示の例では、第2吸引通路22は吸引部20の外形に対応して、基端部21から先端部23に向かうにしたがって漸次縮径しており、第1吸引通路10側の開口面積よりも、先端部23側の開口面積が小さくなるように形成されている。なお、第2吸引通路22における先端部23側の開口面積は、細胞Cを吸引可能なサイズとされている。
【0030】
突起片25は、吸引部20の先端部23に一体に形成されている。ただし、この場合に限定されるものではなく、突起片25を吸引部20とは別体に形成して、例えばデポジション膜Dを利用して吸引部20に固定しても構わない。
【0031】
突起片25は、吸引部20の先端部23から、中心軸線Oに沿って先端部23から離間するように突出していると共に、先端部23から離間するにしたがって漸次中心軸線Oから径方向に離間するように、外向きに傾斜している。
【0032】
図示の例では、突起片25は、吸引部20側に位置する根元部分26よりも、自由端である先端部分27の方が、周方向に沿った周幅が若干長くなるように形成されている。ただし、突起片25の形状はこの場合に限定されるものではなく、例えば先端部分27の周幅が根元部分26の周幅と同一或いは短くなるように形成されても構わない。
さらに、図示の例では、突起片25は根元部分26から先端部分27に向かうにしたがって漸次厚みが薄くなるように形成されている。
【0033】
上述した吸引部20及び突起片25で構成されるピペット部3を構成する金属材料、すなわちCo、Ni、Cr及びMoを含むCo−Ni基合金の具体的な組成を説明する。
Co−Ni基合金としては、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜26%、C:0.1%以下、Nb:3%以下を含み、残部不可避不純物からなる組成であることが好ましい。
より好ましくは、上記組成に加え、W:5%以下、Al:0.5%以下、Zr:0.1%以下、B:0.01%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含むことが良い。これらの組成範囲を限定した理由を以下に簡単に説明する。
【0034】
Coはそれ自体加工硬化能が大きく、切り欠け脆さを減じ、疲労強度を高め、高温強度を高める効果を有するが、28%未満ではその効果が弱く、42%を超えるとマトリクスが硬くなり過ぎて加工困難となると共に面心立方格子相が最密六方格子相に対して不安定になる。従って、Coの質量比は28〜42%が好ましい。
Crは耐食性を確保するのに不可欠な成分であり、またマトリクスを強化する効果を有するが、10%未満では優れた耐食性を得る効果が弱く、27%を超えると加工性及び靱性が急激に低下する。従ってCrの質量比は10〜27%が好ましい。
【0035】
Moはマトリクスに固溶してこれを強化する効果、加工硬化能を増大させる効果、及びCrとの共存において耐食性を高める効果を有するが、3%未満では所望する効果が得られず、12%を超えると加工性が急激に低下するうえ、脆いσ相が生成し易い。従って、Moの質量比は3〜12%が好ましい。
Niは面心立方格子相を安定化し、加工性を維持し、耐食性を高める効果を有するが、Co、Cr、Mo、Nb、Feの組成範囲において、Niが15%未満では安定した面心立方格子相を得ることが困難であり、40%を超えると機械的強度が低下する。従って、Niの質量比は15〜40%が好ましい。
【0036】
Tiは強い脱酸、脱窒、脱硫の効果、及び鋳塊組織の微細化の効果を有するが、0.1%未満ではその効果が弱く、1%を超えると合金中に介在物が増える、或いはη相(NiTi)が析出して靱性が低下する。従って、Tiの質量比は0.1〜1%が好ましい。
Mnは脱酸、脱硫の効果、及び面心立方格子相を安定化する効果を有するが、多過ぎると耐食性、耐酸化性を劣化させる。従って、Mnの質量比は1.5%以下が好ましい。
【0037】
Feは、多過ぎると耐酸化性が低下するが、耐酸化性よりも、マトリクスに固溶してこれを強化する効果を重視することを考慮すると、質量比は0.1〜26%が好ましい。
Cはマトリクスに固溶するほか、Cr、Mo、Nb、W等と炭化物を形成し、結晶粒の粗大化の防止効果を有するが、多過ぎると靭性の低下、耐食性の劣化等が生じる。従って、Cの質量比は0.1%以下が好ましい。
【0038】
Nbはマトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を増大させる効果を有するが、3%を超えるとσ相やδ相(NiNb)が析出して靭性が低下することから、Nbを含有させる場合は質量比を3%以下とすることが好ましい。
Wは、マトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を著しく増大させる効果を有するが、5%を超えるとσ相を析出して靭性が低下することから、Wを含有させる場合は質量比を5%以下とすることが好ましい。
【0039】
Alは、脱酸、及び耐酸化性を向上させる効果を有するが、多過ぎると耐食性の劣化等が生じるため、Alを含有させる場合は質量比を0.5%以下とすることが好ましい。
Zrは、高温での結晶粒界強度を上げて、熱間加工性を向上させる効果を有するが、多過ぎると逆に加工性が悪くなるため、Zrを含有させる場合は質量比を0.1%以下とすることが好ましい。
Bは、熱間加工性を改善する効果があるが、多過ぎると逆に熱間加工性が低下し割れ易くなるため、Bを含有させる場合は0.01%以下とすることが好ましい。
【0040】
さらに、Feの質量比を0.1〜3%としたうえで、Nb:3%以下を含むことがより好ましい。
すなわち、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜3%、C:0.1%以下、Nb:3%以下、及び残部不可避不純物よりなるCo−Ni基合金がより好ましい。
このような組成のCo−Ni基合金では、Feの上限を3%とすることにより、耐酸化性が低下することをより効果的に防ぐことができる。
【0041】
上述の組成からなるCo−Ni基合金は、高強度、高耐蝕性、高耐熱性、非磁性であるうえ、高弾性で且つ塑性加工性に優れている。特に、このCo−Ni基合金は、高い加工硬化性能を有し、冷間で塑性変形を施した後に、高温領域(例えば400℃〜800℃)で時効熱処理を施すことにより、ひずみ時効硬化により強化される時効硬化型合金とされている。
【0042】
本実施形態では、冷間加工として、後述するFIB加工によりピペット部3を加工し、その後、時効熱処理を施している。これにより、ピペット部3は、例えばヤング率(縦弾性係数)として200〜240Gpa、剛性率(剪断弾性係数或いは横弾性係数)として80〜85GPaの特性を具備している。
このように、ピペット部3は、高いヤング率及び剛性率を具備しているので、特に突起片25は高い機械的強度を有しながら、径方向への弾性変形が可能とされている。
【0043】
(ナノピペットの作製)
次に、上述のように構成されたナノピペット1を作製する場合について簡単に説明する。従来から、Co−Ni基合金のような難削材を微細加工してナノピペット1を作製することに関しては、何ら開示も示唆もされていない。
これに対して本実施形態では、図3に示すように、FIB(集束イオンビーム)及びEB(電子ビーム)の2つの荷電粒子ビームを照射可能なFIB加工装置30を利用することで、精度良くナノピペット1を作製することが可能になった。以下、ナノピペット1の作製について説明する。
【0044】
まずFIB加工装置30について簡単に説明する。
FIB加工装置30は、Co−Ni基合金のブロック部材31を挟持可能な第1ピンセット32と、ピペット本体2を挟持可能な第2ピンセット33と、FIB及びEBを照射する照射機構34と、FIB或いはEBの照射によって発生した二次荷電粒子Eを検出する検出器35と、デポジション膜Dを形成するための化合物ガスGを供給するガス銃36と、検出された二次荷電粒子Eに基づいて画像データを生成すると共に該画像データを表示部37に表示させる制御部38と、真空チャンバ39と、を備えている。
【0045】
上記ブロック部材31は、例えば図4に示すように吸引部20の基端部21から突起片25の先端部分27までの中心軸線Oに沿った長さよりも若干長い長さL、吸引部20の基端部21の外径よりも若干長い幅W及び厚みTのサイズに形成されたCo−Ni基合金の直方体状のブロックである。
【0046】
図3に示すように、第1ピンセット32及び第2ピンセット33は、ピンセット部40と、ピンセット部40を例えば5軸に変位(水平面に平行で且つ互いに直交するX軸及びY軸への移動、X軸及びY軸に直交するZ軸への移動、X軸又はY軸回りのチルト回転、及びZ軸回りのローテーション回転)させる変位機構41と、をそれぞれ備え、真空チャンバ39内に配置されている。
第1ピンセット32は、ピンセット部40でブロック部材31を挟持することでブロック部材31を安定的に保持している。第2ピンセット33は、ピンセット部40でピペット本体2を挟持することでピペット本体2を安定的に保持している。
【0047】
照射機構34は、第1ピンセット32及び第2ピンセット33の上方に配置されており、例えばZ軸に平行にFIBを照射するFIB鏡筒45と、Z軸に対して斜めにEBを照射するSEM鏡筒46と、を備えている。
【0048】
FIB鏡筒45は、イオン発生源45a及びイオン光学系45bを有しており、イオン発生源45aで発生したイオンをイオン光学系45bで細く絞ってFIBにした後、真空チャンバ39内においてブロック部材31やピペット本体2に向けてFIBを照射することが可能とされている。
SEM鏡筒46は、電子発生源46a及び電子光学系46bを有しており、電子発生源46aで発生した電子を電子光学系46bで細く絞ってEBにした後、真空チャンバ39内においてブロック部材31やピペット本体2に向けてEBを照射することが可能とされている。
【0049】
検出器35は、FIB或いはEBが照射された際に、ブロック部材31やピペット本体2から発生した二次電子や二次イオン等の二次荷電粒子Eを検出して制御部38に出力している。ガス銃36は、デポジション膜Dの原料となる物質(例えばフェナントレン、プラチナ、カーボンやタングステン等)を含有した化合物ガス(原料ガス)Gを放出する。
なお、化合物ガスGは、二次荷電粒子Eによって分解され、気体成分と固体成分とに分離する。そして、分離した固体成分が堆積することでデポジション膜Dとなる。
【0050】
制御部38は、上述した各構成品を総合的に制御していると共に、FIB鏡筒45及びSEM鏡筒46の加速電圧やビーム電流を変化させるように制御している。特に、制御部38は、FIB鏡筒45の加速電圧やビーム量を変化させることで、FIBのビーム径を自在に調整可能とされている。これにより、観察画像を取得するだけでなく、例えばブロック部材31を局所的にエッチング加工(FIB加工)することが可能とされている。
【0051】
また、制御部38は、検出器35で検出された二次荷電粒子Eを、例えば輝度信号に変換して観察画像データを生成した後、該観察画像データに基づいて表示部37に観察画像を出力させている。これにより、表示部37は観察画像を表示する。
制御部38には、オペレータが入力可能な入力部47が接続されている。これにより、制御部38は入力部47によって入力された信号に基づいて各構成品を制御している。つまり、オペレータは、入力部47を介して所望する領域にFIBやEBを照射して観察することや、所望する領域にFIBを照射してエッチング加工を行うことや、所望する領域に化合物ガスGを供給しながらFIBを照射してデポジション膜Dを堆積させることができる。
【0052】
次に、FIB加工装置30を利用したピペット部3の作製について説明する。
図4に示すように、第1ピンセット32でブロック部材31の一端部を保持した後、適宜ブロック部材31の姿勢を変化させながらFIBを照射して、ブロック部材31の一部を切り落とすようにブロック部材31を連続的にエッチング加工する。これにより、吸引部20及び突起片25の外形をそれぞれ形成することができると共に、吸引部20と突起片25とを一体に形成することができる。さらに、これと同時に或いは前後して、吸引部20にFIBを連続的に照射することで、該吸引部20を中心軸線Oに沿って貫通するように、吸引部20に孔をあけることができる。これにより、吸引部20に第2吸引通路22を形成することができる。
【0053】
以上により、FIB加工装置30を利用した冷間加工によってピペット部3を作製することができる。次いで、作製したピペット部3に対して時効熱処理を施して、ひずみ時効硬化によりピペット部3に高弾性特性を付与させる。
【0054】
上記熱処理を行った後、再びFIB加工装置30を利用して、図5に示すように、第1ピンセット32で保持したピペット部3の基端部21と、第2ピンセット33で保持したピペット本体2の先端部11とを接触させる。そして、ピペット部3とピペット本体2との接触部分の周辺にガス銃36から化合物ガスGを供給しながらFIBを照射する。
これにより、ピペット部3とピペット本体2との接触部分にFIBが照射されることで発生した二次荷電粒子Eが化合物ガスGを分解して気体成分と固体成分に分離させる。すると、分離した固体成分が、ピペット部3とピペット本体2との接触部分に堆積してデポジション膜Dとなる。
【0055】
その結果、ピペット部3とピペット本体2とを互いに固定させることができ、図1及び図2に示すナノピペット1を作製することができる。従って、上述の作製方法によれば、難削材として知られるCo−Ni基合金であっても、ピペット部3を精度良く、さらには効率良く作製することができる。
【0056】
(ナノピペットの作用)
次に、上述のように構成されたナノピペット1を利用して、図1に示す細胞塊Mの中から所望の細胞C1を採取する場合について説明する。
【0057】
本実施形態のナノピペット1によれば、ピペット部3が高強度、高耐蝕性、高耐熱性、非磁性体であるうえ、さらに高弾性であるCo−Ni基合金から形成されている。そのため、Co−Ni基合金が高弾性材料であるという観点から、図6に示すように、細胞Cが付着している基板4に対して突起片25を押し付けるように接触させることで、突起片25を径方向に撓むように弾性変形させることができる。
【0058】
これにより、細胞C同士が繋がり合って細胞塊Mを形成していたとしても、突起片25の弾性変形を利用して細胞C同士の繋がりを切り離すことができ、所望の細胞C1を周囲から分離させることができる。つまり、細胞塊Mの中から、所望の細胞C1を選択して分離させることができる。
【0059】
この際、所望の細胞C1と他の細胞Cとの繋がり具合に応じて、突起片25による上記切り離し作業を繰り返し行えば良い。例えば、所望の細胞C1が、その全周に亘って他の細胞Cと繋がっている場合には、所望の細胞C1の周方向に沿って突起片25の位置を変更しながら、上記切り離し作業を行えば良い。図6では、所望の細胞C1と他の細胞Cとの最後の繋がり部分を切り離している状態を図示している。
【0060】
そして、所望の細胞C1を分離させた後、圧力調整機構13により第1吸引通路10内を負圧にすることで、図6に示すように、所望の細胞C1を第2吸引通路22内に吸引することができ、第1吸引通路10を通じて採取することができる。
【0061】
特に、所望の細胞C1に対して直接的に外力を加えるのではなく、突起片25を利用して所望の細胞C1を周囲から切り離して分離させるので、所望の細胞C1にかかる負荷をできるだけ抑制することができる。そのため、所望の細胞C1に作用する負荷を抑えた状態で、該細胞C1を採取することができ、所望の細胞C1を生きたまま採取することが可能である。
【0062】
さらに、吸引部20に突起片25が形成されているので、所望の細胞C1を周囲から分離させた後、容易且つ確実に、しかも速やかに細胞C1を採取することができる。従って、生きたまま採取した細胞C1を、これ以降の何らかの工程に速やかに利用することができる。
【0063】
なお、Co−Ni基合金が高弾性材料であるので、所望の細胞C1を採取した後、ナノピペット1を引き上げて突起片25の押し付けを解除することで、該突起片25を弾性復元変形させて元の状態に復帰させることができる。従って、突起片25を繰り返し弾性変形させることができ、所望の細胞C1の採取を安定して繰り返し行うことができる。
また、Co−Ni基合金が高強度材料であるという観点から、突起片25が上記基板4に対して仮に強く押し付けられたとしても、突起片25に例えば変形、ひび割れや欠損等の不具合が生じ難い。従って、長期に亘って使用することができる高品質なナノピペット1とすることができる。
【0064】
以上説明したように、本実施形態のナノピペット1によれば、細胞塊Mの中から所望の細胞C1を選択して分離させることができると共に、該細胞C1に負荷をかけることなく、容易且つ確実に生きたまま採取することができる。
しかも、突起片25が外向きに傾斜しているので、基板4に対して突起片25を押し付けたときに、抵抗少なく突起片25を径方向に撓むように弾性変形させることができる。これにより、細胞C同士の繋がりをスムーズに切り離すことができ、所望の細胞C1を速やかに分離させ易い。
【0065】
さらに、吸引部20は基端部21から先端部23に向かうにしたがって漸次縮径しているので、先細りの吸引部20とすることができる。従って、吸引部20によって視界が遮られ難く、所望の細胞C1を把握し易い。そのため、狙った位置に突起片25を正確にアプローチし易くなり、突起片25を利用した細胞C1の分離を容易に行い易い。
【0066】
以上、本発明の実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。実施形態は、その他様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことが可能である。さらに、実施形態には、例えば当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、均等の範囲のものなどが含まれる。
【0067】
上記実施形態では、対象物として細胞Cを例に挙げて説明したが、細胞Cに限定されるものではない。例えば、人体、動物或いは植物等から得られた生体組織でも良い。
【0068】
また、上記実施形態では、突起片25を1つだけ形成したが、この場合に限定されるものではない。例えば、図7に示すように、突起片25が周方向に沿って間隔をあけて複数形成されたナノピペット50としても構わない。
【0069】
このように構成されたナノピペット50によれば、図8に示すように、突起片25を基板4に押し付けるときに、所望の細胞C1を取り囲むように複数の突起片25を配置することができる。そのため、複数の突起片25の一度の押し付けで、所望の細胞C1と周囲の他の細胞Cとの繋がりを、所望の細胞C1の全周に亘って容易に切り離すことができる。従って、所望の細胞C1をさらにスムーズ且つ正確に分離させ易く、該細胞C1を速やかに採取し易い。
【0070】
さらに、図9に示すように、複数の突起片25に、周方向に沿って延びる周溝61がそれぞれ形成されたナノピペット60としても構わない。
図示の例では、周溝61は各突起片25に対して中心軸線O方向に間隔をあけて2つ形成されている。ただし、周溝61の数は、各突起片25に対して1つだけ形成されていても構わないし、中心軸線O方向に3つ以上の多段に形成されていても構わない。
【0071】
このように構成されたナノピペット60によれば、突起片25に周溝61が形成されているので、突起片25を押し付けたときに、周溝61を基点とした変形を突起片25に促すことができる。そのため、さらに抵抗少なく突起片25を径方向に撓むように弾性変形させることができ、所望の細胞C1を分離させ易い。
なお、図9では、複数の突起片25を具備する場合を例に挙げて説明しているが、例えば図1及び図2に示す1つの突起片25を有するナノピペット1において、突起片25に周溝61を形成しても構わない。
【0072】
また、本実施形態では、ピペット部3が高強度、高耐蝕性、高耐熱性、非磁性体であるうえ、さらに高弾性であるCo−Ni基合金から形成されているが、本発明におけるピペット部3の材質は、この他の金属材料であって、例えばAlのように、弾性変形可能な金属材料であってもよい。本実施形態におけるCo−Ni基合金であれば、上述のように顕著な効果を期待できるが、Alなどの弾性変形可能な金属材料であっても、使用環境によっては、充分な効果を期待することができる。
即ち、中心軸線に沿って延び、対象物を吸引可能な第1吸引通路が内部に形成された筒状のピペット本体と、弾性変形可能な金属材料から形成され、前記中心軸線に沿って延在すると共に前記ピペット本体に基端部が固定されたピペット部と、を備え、前記ピペット部は、対象物を吸引可能な第2吸引通路が前記第1吸引通路に連通し、且つ先端部に開口した状態で内部に形成された筒状の吸引部と、前記吸引部の前記先端部から突出するように形成されると共に、前記中心軸線に対して直交する径方向に弾性変形可能な突起片と、を備えている、ナノピペットであってもよい。
【符号の説明】
【0073】
C…細胞(対象物)
O…中心軸線
1、50、60…ナノピペット
2…ピペット本体
3…ピペット部
10…第1吸引通路
20…吸引部
21…吸引部の基端部
22…第2吸引通路
23…吸引部の先端部
25…突起片
61…周溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9