【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月15日 一般社団法人電子情報通信学会発行の電子情報通信学会技術研究報告、第117巻、第396号、第149−154頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、距離スペクトルの位相成分から人体の微小変位の検知が可能であり、呼吸数及び脈拍数を検出できるとの記載がある。しかしながら、距離スペクトルの位相成分からどのように呼吸数や脈拍数を求めるのか、その具体的な方法は記載されていない。また、特許文献2にも、距離スペクトルの位相成分から微小変位を測定して呼吸数や脈拍数を演算することができる、との記載があるのみで、具体的な方法は記載されていない。
【0008】
距離スペクトルの位相成分の波形から呼吸周期および心拍周期を求める方法は、例えば、特許文献3に記載されている。特許文献3の方法では、距離スペクトルの位相成分の波形から、直接、呼吸や心拍などの周期的な波形のピークを抽出して呼吸や心拍の周波数を
計算する。また、非特許文献1には、スペクトラム拡散ミリ波レーダーを用いて人体表面の微小変位を捉え、特徴点ベースの心拍推定アルゴリズムによって心拍間隔を計測することが記載されている。
【0009】
人体からの反射波から求めた距離スペクトルの位相成分の時間波形は、呼吸成分を示す波形と、心拍成分を示す波形を含む。距離スペクトルの位相成分の波形において、呼吸成分は振幅が大きいため、呼吸成分を分離することは容易である。従って、呼吸数を精度良く求めることが可能である。一方、心拍成分は微弱であり、その振幅は呼吸成分の1/10〜1/100である。そのため、周囲からの雑音による波形や、呼吸成分の高調波成分から心拍成分を分離することは難しく、心拍成分の個々のピークを正確に抽出することは難しい。従って、心拍成分を示す波形の周期を精度良く求めることは難しい。
【0010】
本発明の課題は、かかる問題点に鑑みて、人体からの反射波を基に、人体までの距離スペクトルを求め、距離スペクトルの位相成分から精度良く心拍周期を計測する方法および装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の心拍計測方法は、周波数掃引された電波を測定対象の人体に向けて送信し、前記人体の表面にて反射した反射波を受信し、受信信号と送信信号とを乗算した出力信号を求め、前記出力信号の高調波成分を除去し、前記高調波成分が除去された出力信号をフーリエ変換して距離スペクトルを求め、前記距離スペクトルの位相成分の時間波形を1次微分した1次微分信号を求め、前記1次微分信号の波形から、心拍の候補時刻であるR波候補時刻を抽出し、抽出した前記R波候補時刻のうちの1つと、他の前記R波候補時刻との時間間隔であって、且つ、安静時心拍周期の範囲内の時間間隔を心拍周期候補とし、複数の前記心拍周期候補のそれぞれに対して、以下の(1)〜(3)を行い、
(1)前記心拍周期候補をN周期分配置して心拍候補時刻を求める(Nは2以上の自然数)
(2)前記N周期分の前記心拍候補時刻のそれぞれについて、最も近い前記R波候補時刻との差分である最小誤差を求める
(3)前記最小誤差の2乗の前記N周期分の総和である総和最小2乗誤差候補を求める
前記総和最小2乗誤差候補が最も小さい前記心拍周期候補を、平均心拍周期とすることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、距離スペクトルの位相成分の時間波形を1次微分した1次微分信号の波形からR波候補時刻を求め、R波候補時刻から心拍周期候補を求め、心拍周期候補をN周期分配置して、最も近いR波候補時刻との差分である最小誤差の総和を求め、最小誤差の総和が最も小さい心拍周期候補を平均心拍周期とする。このように、1次微分を行うことにより、人体の微小変動の時間変化成分を強調することができる。従って、呼吸成分に重畳された心拍などの微小変動成分を強調できるため、R波候補時刻を精度良く求めることができる。また、心拍周期のN周期分の1次微分信号から平均心拍周期を求めるため、距離スペクトルの位相成分の時間波形が心拍以外の微小変動を含んでいて、個々の心拍(R波候補時刻)を正確に抽出できなくても、平均心拍周期を精度良く計測することができる。
【0013】
本発明において、前記R波候補時刻は、前記1次微分信号の変化量が所定の閾値を越えた時刻であることが好ましい。このようにすると、心電図波形におけるR波成分の時刻を抽出することができる。
【0014】
また、本発明において、前記N周期は、10周期以上であることが好ましい。N=10とした場合に、心電図波形のR−R間隔(R波周期)から求めた心拍周期に対して、最大
8%の誤差で平均心拍周期を計測できることが確認されている。
【0015】
次に、本発明の心拍計測装置は、上記の心拍計測方法を用いて平均心拍周期を計測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、距離スペクトルの位相成分の時間波形を1次微分した1次微分信号からR波候補時刻を求めるので、呼吸成分に重畳された心拍などの微小変動成分を強調でき、R波候補時刻を精度良く求めることができる。また、心拍周期のN周期分の1次微分信号のデータを用いて平均心拍周期を求めるため、距離スペクトルの位相成分の時間波形が心拍以外の微小変動を含んでいて個々の心拍(R波候補時刻)を正確に抽出できなくても、平均心拍周期を精度良く計測することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
図1は本発明を適用した心拍計測方法の実施状況を示す説明図である。本形態の心拍計測方法は、24GHz帯を使用したFM−CWレーダー1を用いて、人体Pからの反射波を基に、人体Pに直接接触することなく心拍を計測する方法である。
図1は、FM−CWレーダー1を人体Pの正面に設置した状況を示す。符号3はホーンアンテナである。
【0019】
なお、本発明の心拍計測方法を実施するにあたり、FM−CWレーダー1の設置状態や人体Pとの距離Lは
図1に示す状態に限定されるものではない。例えば、FM−CWレーダー1を天井に設置し、下方の人体Pに向けてレーダー波を照射して心拍を計測することもできる。また、
図1の状況では、人体PとFM−CWレーダー1との距離Lを約50cmとしているが、数mあるいは数十m離れた位置からでも計測が可能である。
【0020】
本形態では、FM−CWレーダー1から測定対象の人体Pに向けて周波数掃引された電波(レーダー波)を照射し、人体Pの表面にて反射した反射波を受信し、受信信号と送信信号を乗算した出力信号を求める。そして、出力信号の強度の周波数分布から、距離スペクトルを求める。距離スペクトルの振幅成分から、被反射体である人体Pまでの距離を求める。また、距離スペクトルの位相成分から、被反射体である人体Pの微小変位を求める。本形態では、距離スペクトルの位相成分から平均心拍周期および呼吸周期を計測する。
【0021】
図2はFM−CWレーダー1の構成図である。FM−CWレーダー1は、被反射体に向けてレーダー波を送信する送信アンテナ(Tx)17と、被反射体からの反射波を受信する受信アンテナ(Rx)18と、信号処理部11を備える。信号処理部11は、信号発生制御部12および受信信号処理部13を備える。信号発生制御部12と送信アンテナ17
の間には、D/A変換部14、電圧制御発信器(VCO)15、および帯域フィルタ(BPO)16が設けられている。また、受信アンテナ18と受信信号処理部13の間には、乗算器19、ローパスフィルタ(LPF)20、およびA/D変換器21が設けられている。
【0022】
信号発生制御部12は、FM変調された周波数制御電圧を生成する。この周波数制御電圧は、D/A変換部14にてアナログ信号に変換され、24GHz帯電圧制御発信器である電圧制御発信器15の制御入力に入力される。この周波数制御信号により、電圧制御発信器15は、発信電波の周波数をスイープさせる(掃引させる)。電圧制御発信器15の発信信号(送信信号)VTは、帯域フィルタ16によりフィルタリングされた後、送信アンテナ17からレーダー波として送信される。この送信信号は、被反射体T1、T2、T3にて反射した後、受信アンテナ18にて受信される。
【0023】
受信信号VRは、乗算器19にて送信信号VTと乗算(ミキシング)される。レーダー波の照射先に人体Pなどの被反射体があり、受信アンテナ18に反射波が戻ると、乗算器19では、周波数が同じで進行方向が異なる波が重なるので、合成波である定在波が発生する。乗算器19の出力信号Voutは、ローパスフィルタ20にて高調波成分が除去される。ローパスフィルタ20の信号は、A/D変換器21にてデジタル信号に変換され、受信信号処理部13に入力される。
【0024】
図3は、受信信号処理部の構成図である。受信信号処理部13は、FFT演算部31と、距離計測部32と、呼吸・心拍計測部33を備える。A/D変換器21の出力信号はFFT演算部31に入力される。FFT演算部31は、出力信号Voutをフーリエ変換して、距離スペクトルp(x)を得る。距離スペクトルp(x)は、距離計測部32および呼吸・心拍計測部33に入力される。距離計測部32は、距離スペクトルp(x)の振幅成分から被反射体(人体P)との距離を求め、出力する。呼吸・心拍計測部33は、距離スペクトルp(x)の位相成分から、呼吸周期(呼吸数)および平均心拍周期(平均心拍数)を求め、出力する。
【0025】
(距離スペクトルの演算方法)
以下に、送信信号VTと受信信号RTから距離スペクトルp(x)を演算し、距離スペクトルp(x)の振幅成分および位相成分を求める方法を具体的に説明する。送信信号周波数をf、振幅をA、送信アンテナ17からの距離をxとすると、送信信号VT(f,x)は下記数式1で表される。
【0027】
K個の被測定物によるx点における反射波の信号である受信信号VR(f,x)は、下記数式2で表される。
【0029】
但し、γk,φkは夫々k番目のターゲットの反射による振幅及び位相係数を示し、αkはk番目のターゲットに反射した信号の伝搬損による振幅係数である。dkを、送信点からk番目の物体までの距離とすると、受信アンテナ位置x=0の点における反射波の信号(受信信号VR)は数式2において、x=0とおき、下記数式3が得られる。
【0031】
送信信号VTと受信信号VRを乗算すると、Vout(f,0)=VT(f,0)×VR(f,0)であり、LPF20を通すと、下記数式4が得られる。
【0033】
ここでフーリエ変換により距離スペクトルp(x)を求めると、下記数式5が得られる。
【0035】
ここで、f=f0+fΔとおくと、下記数式6が得られる。
【0037】
次に、距離スペクトルの振幅成分|P(x)|は、下記数式7で表される。
【0039】
ここで、数式7の等号が成り立つのは、全てのkについて、下記数式8が0に等しい場合である。
【0041】
K=1、即ち、測定対象の数が1であるとすると、数式7は下記数式9となる。
【0043】
この数式9の振幅成分は、下記数式10で表される。
【0045】
また、数式9の位相成分を求めると、下記数式11が得られる。
【0047】
そして、θ1(x)を、下記数式12の範囲とすると、数式11は下記数式13で表される。
【0050】
数式13において、φ1=0とすれば、f0=24.15GHzにて、d1(mm)は−3.11〜3.11の範囲にあることが得られる。即ち、距離スペクトルp(x)の位相成分から、±3.11mmの範囲の微小変位を測定することができる。
【0051】
(心拍計測方法)
図4は呼吸・心拍計測部33の構成図である。呼吸・心拍計測部33は、呼吸周期計測部40を備える。呼吸周期計測部40は、距離スペクトルp(x)の位相成分から呼吸周期(呼吸数)を抽出し、出力する。本形態では、上記の演算により、距離スペクトルp(x)の位相成分から±3.11mmの範囲の微小変位を測定し、この微小変位の時間波形から、時間変化する呼吸成分を抽出する。
【0052】
また、呼吸・心拍計測部33は、1次微分信号生成部41と、R波候補時刻推定部42と、平均心拍周期決定部43を備える。1次微分信号生成部41は、距離スペクトルp(x)の位相成分の時間変化成分を強調するために、上記の演算により測定した±3.11mmの範囲で変動する微少変位の時間波形の1次微分を行う。1次微分を行うことにより、微小変位の時間波形から、呼吸成分に重畳された心拍などのさらなる微小変動成分を強調した波形を求める。
【0053】
R波候補時刻推定部42は、抽出した微小変動成分(1次微分波形)を基に、心電図波形のR波成分の時刻(R波候補時刻)を推定する。本形態では、1次微分信号がある一定値、すなわち一定の傾斜値を有しており、かつその変動幅がピークtoピーク値に対してある閾値TH以上変動する時刻を、心電図波形のR波成分の時刻(R波候補時刻)であると推定する。ここで、R波候補時刻の決定に用いる閾値THは、例えば、1次微分波形の振幅に対して10%などのような値に決定する。この場合には、所定の変動(例えば、ある一定値以上の傾きSLの変動)が10%以上続いた時刻を、R波成分の時刻であると推定する。より詳細には、所定の変動の変動量が10%に達した時刻や、所定の変動が10%以上続いた区間の中の時刻を、R波候補時刻であると推定する。
【0054】
なお、R波候補時刻を推定するための閾値THや、所定の変動の内容(例えば、傾きSL)は、測定系により適切な値が異なると考えられるため、測定系に応じて適切な値に設定する必要がある。従って、閾値THは、10%が最適というわけではなく、FM−CWレーダー1の具体的構成や、計測条件に応じて適宜設定することが好ましい。
【0055】
平均心拍周期決定部43は、得られたR波成分の時系列値(R波候補時刻)を用いて、平均心拍周期を推定する。平均心拍周期は、心電図波形におけるR波の時間間隔(R波周期)の平均値である。平均心拍周期決定部43は、例えば、10周期分などの複数周期のR波周期の平均周期を求めるが、その際、R波周期として最もそれらしい値を求めるために、2乗平均誤差が最小値となる候補を平均R波周期(すなわち、平均心拍周期)とする。平均心拍周期決定部43は、求めた平均心拍周期(平均心拍数)を出力する。
【0056】
次に、
図5−
図8を参照して、本形態の心拍計測方法の詳細を説明する。
図5は心拍計測方法のフローチャートである。ステップST1では、上記のように、FM−CWレーダー1からレーダー波を照射し、測定対象の人体Pからの反射波に基づき、距離スペクトルp(x)の位相成分の時間波形を求める。
図3に示すように、FFT演算部31において距離スペクトルp(x)が生成される。続いて、ステップST2では、距離スペクトルp(x)の位相成分の時間波形に対して1次微分を行い、1次微分信号を求める。
図4に示すように、呼吸・心拍計測部33へ入力された距離スペクトルp(x)の位相成分を用いて、1次微分信号生成部41において1次微分信号が生成される。
【0057】
図6(a)は心電図波形の例である。また、
図6(b)、(c)は本形態の心拍計測装置であるFM−CWレーダー1による計測データの例である。後述するように、本形態の心拍計測方法の評価のため、FM−CWレーダー1を用いた心拍計測と、比較例の心拍計測装置2(
図1参照)を用いた心拍計測を同時に行った。
図6(a)は、心拍計測装置2による計測データである。心拍計測装置2は、
図6(a)の心電図波形におけるR波とR波のピーク間隔(R波周期)から心拍周期を算出する。
【0058】
図6(c)はFFT演算部31から出力される距離スペクトルp(x)の位相成分の時間波形であり、
図6(b)は1次微分信号生成部41から出力される1次微分信号の波形(1次微分波形)である。
図6(c)に示すように、距離スペクトルp(x)の位相成分の時間波形は、呼吸成分を示す振幅±π/2(±3.11mm)の波形に対して、心拍を含む微弱な波形が重畳されている。
図6(b)に示す1次微分信号の波形は、距離スペクトルp(x)の位相成分の時間変化部分が拡大された信号である。
【0059】
ステップST3では、R波候補時刻推定部42において、1次微分信号から、心拍の候補時刻であるR波候補時刻tj(j:自然数)を求める。
図6(b)にR波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・の抽出例を示す。本形態では、心電図波形におけるR波成分のピーク位置の時刻であると推定される時刻を1次微分信号から抽出する。例えば、1次微分信号の変化量が所定の閾値THを越えた時刻を抽出し、抽出した時刻をR波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・とする。閾値THを用いたR波候補時刻の抽出方法は上記の通りである。
【0060】
ステップST4−ST6では、平均心拍周期決定部43において、R波候補時刻から平均心拍周期を推定する。まず、ステップST4では、R波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・から心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・を求める。
図7は心拍周期候補の説明図および心拍周期候補をN周期分配置した場合のR波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・との最小誤差の説明図である。心拍周期候補Tcan1は、下記数式14で表される。
【0062】
図7に示すように、心拍周期候補Tcan1は、R波候補時刻tjとその1つ隣のR波候補時刻tj+1との時間間隔である。また、心拍周期候補Tcan2は、R波候補時刻tjとその2つ隣のR波候補時刻tj+2との時間間隔であり、心拍周期候補Tcan3は、R波候補時刻tjとその3つ隣のR波候補時刻tj+3との時間間隔である。つまり、Xを自然数とするとき、心拍周期候補TcanXは、R波候補時刻tjとそのX個隣のR波候補時刻tj+Xとの時間間隔である。
【0063】
ステップST4では、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・を安静時心拍周期の範囲内の時間間隔となるように決定する。そのため、心拍周期候補TcanX(X:自然数)の中から、安静時の心拍周期の範囲外の値を除外し、残った値を心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・とする。通常、安静時の心拍は40回/分〜150回/分であり、安静時の心拍周期Tは0.4s<T<1.5sである。従って、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・は、0.4sより大きく、且つ、1.5sより小さい値となるように決定される。
【0064】
ステップST5では、全ての心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・に対して、それぞれ、総和最小2乗誤差候補を求める。総和最小2乗誤差候補は、R波候補時刻tjを始点として心拍周期候補をN周期分配置した場合の1周期目の時刻からN周期目の時刻までの各時刻(心拍候補時刻)と、R波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・の中で各心拍候補時刻に最も近い時刻との差分である最小誤差の2乗のN周期分の総和である。
【0065】
ステップST6では、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・のそれぞれに対して算出された総和最小2乗誤差候補の最小値を決定する。本明細書では、この最小値を総和最小2乗誤差TMSE(Total Minimum Sum Error)と呼ぶ。なお、総和最小2乗誤差TMSEを表す数式については後述する。ステップST6では、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・の中から、総和最小2乗誤差TMSEを満たす候補(すなわち、総和最小2乗誤差候補が最も小さい心拍周期候補)を平均心拍周期とする。ステップST6で平均心拍周期として導出された値が、本形態の心拍計測方法の計測結果となる。
【0066】
(総和最小2乗誤差候補の算出方法)
図8は総和最小2乗誤差候補の算出方法のフローチャートであり、ステップST5の詳細を示すフローチャートである。ステップST5では、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・のそれぞれについて、ステップST51〜ST54を行って各候補に対応する総和最小2乗誤差候補を算出する。以下、心拍周期候補Tcan1を例として、ステップST51〜ST54を説明する。
【0067】
ステップST51では、R波候補時刻tjを始点として、心拍周期候補Tcan1をN周期分等間隔に配置する。
図5に心拍周期候補Tcan1の配置例を示す。Tcan1をN周期分等間隔に配置した場合の1周期目の時刻からN周期目の時刻までの各時刻を心拍候補時刻t(1,k)とする。kは0,1,2・・・N−1となる整数である。心拍候補
時刻t(1,k)は、下記数式15で表される。
図5に心拍候補時刻t(1,0)、t(1,1)、t(1,2)の例を示す。心拍候補時刻t(1,0)は1周期目の時刻であり、心拍候補時刻t(1,1)は2周期目の時刻であり、心拍候補時刻t(1,2)は3周期目の時刻である。
【0069】
次に、ステップST52、ST53では、2周期目からN周期目までの心拍候補時刻t(1,k)のそれぞれについて、R波候補時刻tj、tj+1、tj+2・・・の中で各心拍候補時刻t(1,k)に最も近い時刻との誤差である最小誤差ecan(1,k)を求める。最小誤差ecan(1,k)は、下記数式16で表される。
【0071】
心拍周期候補Tcan1は、R波候補時刻tjとR波候補時刻tj+1の差分であるため、1周期目の心拍候補時刻t(1,0)はR波候補時刻tj+1と一致し、1周期目の差分は0である。従って、2周期目からN周期目までの心拍候補時刻t(1,k)について最小誤差ecan(1,k)を求めればよく、kは1,2・・・N−1となる。
図5に最小誤差ecan(1,1)およびecan(1,2)の例を示す。
図5では、心拍候補時刻t(1,1)に最も近いのはR波候補時刻tj+3である。従って、最小誤差ecan(1,1)は、心拍候補時刻t(1,1)とR波候補時刻tj+3との差分である。また、最小誤差ecan(1,2)は、心拍候補時刻t(1,2)とR波候補時刻tj+4との差分である。
【0072】
ステップST52では、心拍候補時刻t(1,k)に対して最小誤差ecan(1,k)を求める。ステップST53では、k<N−1か否かを判定し、k<N−1であれば、ステップST52に戻る。k=N−1となるまでステップST52、ST53を繰り返すことにより、2周期目からN周期目までの心拍候補時刻t(1,k)のそれぞれについて、最小誤差ecan(1,k)が決定される。しかる後に、ステップST54に進み、最小誤差ecan(1,k)の2乗のN周期分の総和である総和最小2乗誤差候補を求める。
【0073】
ステップST5では、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・の全てに対してステップST51〜ST54を行い、心拍周期候補Tcan1、Tcan2、Tcan3・・・の全てに対して総和最小2乗誤差候補を算出する。そして、ステップST6に進み、総和最小2乗誤差TMSEを求める。総和最小2乗誤差TMSE(Total Minimum Sum Error)は、下記数式17で表される。
【0075】
本形態では、
図5のステップST2〜ST6は、FM−CWレーダー1の受信信号処理部13において行う。そのため、受信信号処理部13は、FFT演算部31と、FFT演算部31から距離スペクトルp(x)が入力される呼吸・心拍計測部33を備える。呼吸・心拍計測部33はステップST2〜ST6の処理を行い、平均心拍周期を出力する。従って、FM−CWレーダー1は、心拍計測装置として機能する。なお、受信信号処理部13の出力をコンピュータなどの別の演算装置に入力して、別の演算装置においてステップST2〜ST6の一部あるいは全部を行うように構成してもよい。この場合には、FM−CWレーダー1および演算装置によって心拍計測システムが構成される。
【0076】
(本形態の心拍計測方法による計測値の評価)
図9は本形態の心拍計測方法による心拍周期の計測値と、心電図波形から求めた心拍周期の比較表である。本形態の心拍計測方法の実施には、ARIB-STD T-73準拠のFM−CWレーダー1を使用した。実施状況は
図1に示す通りである。FM−CWレーダー1の掃引周波数は180MHz、空中線電力は3mW、アンテナ利得は5dBiである。また、比較用の心拍計測装置2としては、
図1に示すように、被験者が着用することで心拍、呼吸等を計測することが可能なウェアラブルセンサー・スマートシャツ「Hexoskin」(Carre Technologies社製)を用いた。心拍計測装置2は、心電図波形におけるR−R間隔(R波周期)から心拍周期を求める。
【0077】
本形態の心拍計測方法を実施する際、心拍周期候補の配置数N=10とした。N=10とした理由は、一般的な心拍計において、出力までの時間が10秒程度であるためである。心拍周期候補の配置数Nは、一般的な心拍計と同程度の計測時間とするためにはN=10であればよいが、Nを10よりも大きくすることによって、より精度良く平均心拍周期を計測できる。
図9に示すように、標本数は6であるが、本形態の心拍計測方法で計測した平均心拍周期は、同時に計測した心電図波形から求めた平均心拍周期に対して、絶対値誤差が最大8%の範囲内であることを確認できた。すなわち、本形態の心拍計測方法を用いることにより、心電図波形を用いた従来の心拍計測方法に対して、最大8%の誤差で平均心拍周期を計測できる。
【0078】
(本形態の主な作用効果)
以上のように、本形態の心拍計測方法は、人体Pからの反射波を基に、人体Pまでの距離スペクトルを求め、距離スペクトルの位相成分から心拍周期を計測する。従って、非接触で計測を行うことができるので、測定対象に負担をかけることがなく、ストレスを感じさせずに計測を行うことができる。
【0079】
本形態の心拍計測方法は、24GHz帯を使用したFM−CWレーダー1を用いて行うので、数十センチから数十メートル程度の距離で計測が可能である。従って、屋内の定位置にFM−CWレーダー1を設置して滞在者の生体情報を検知する装置やシステムを構成する場合に適している。また、距離スペクトルp(x)の位相成分から、±3.11mmの範囲の微小変位を測定可能であるため、心拍に起因する微小変動を測定できる。従って
、心拍周期を精度良く計測することができる。
【0080】
本形態の心拍計測方法は、距離スペクトルの位相成分の時間波形を1次微分した1次微分信号の波形からR波候補時刻を求め、R波候補時刻から心拍周期候補を求め、心拍周期候補をN周期分配置して、最も近いR波候補時刻との差分である最小2乗誤差のN周期分の総和を求め、最小2乗誤差の総和が最も小さい心拍周期候補を求めて平均心拍周期とする。このように、1次微分を行うことにより、人体Pの微小変動の時間変化成分を強調することができる。従って、呼吸成分に重畳された心拍などの微小変動成分を強調できるため、R波候補時刻を精度良く求めることができる。また、心拍周期のN周期分の1次微分信号から平均心拍周期を求めるため、距離スペクトルの位相成分の時間波形が心拍以外の微小変動を含んでいて、個々の心拍(R波候補時刻)を正確に抽出できなくても、平均心拍周期を精度良く計測することができる。本形態ではN=10とした場合(すなわち、既存の心電計と同じ計測時間で計測する場合)に、心電図波形のR−R間隔(R波周期)から心拍周期を導出する既存の心拍計測方法による計測値に対して、最大8%の誤差で平均心拍周期を計測できることを確認できた。
【0081】
本形態の心拍計測方法は、心電図波形におけるR波成分の時刻であると推定される値を抽出してR波候補時刻とする。そのために、1次微分信号の変位量が所定の閾値THを超えた時刻を抽出する。また、抽出したR波候補時刻の時間間隔のうち、安静時心拍周期の範囲内の時間間隔を心拍周期候補とする。これにより、心拍周期候補を妥当な値に絞り込むことができる。例えば、1次微分信号において拡大された微小変動に心拍成分以外の微小変動が含まれており、心拍以外の微小変動をR波成分であると誤って判定するようなことがあったとしても、心拍周期候補を妥当な値に絞り込むことができる。従って、精度良く平均心拍周期を計測できる。