【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(産学共創基礎基板研究プログラム)、技術テーマ「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術創出」における研究課題名「テラヘルツ時間領域分光ポーラリメータの開発と産業応用展開」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【文献】
液晶ディスプレイの光測定,光測定器ガイド,日本,オプトロニクス社,2004年 6月24日,全面改訂版,第288−292頁
【文献】
Strong Anisotropy in the Far-Infrared Absorption Spectra of Stretch-Aligned Single-Walled Carbon Nan,Advanced Materials,WILEY,2006年 4月 6日,Vol. 18,pp. 1166-1169,doi: 10.1002/adma.200502505
【文献】
Polarization modulation time-domain terahertz polarimetry,Optics Express,OSA,2012年 5月16日,Vol. 20, Issue 11,pp. 12303-12317,doi: 10.1364/OE.20.012303
【文献】
Terahertz birefringence of liquid crystal polymers,Applied Physics Letters,米国,American Institute of Physics,2006年11月29日,Vol. 89,221911,doi: 10.1063/1.2397564
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記解析部は、前記互いに直交する電場成分に基づいて、前記サンプルを透過または反射されたテラヘルツ光の、前記サンプルの直交する固有軸間の位相差を求め、前記位相差に基づいで前記屈折率異方性を算出することを特徴とする請求項1、2、または4に記載の光学測定装置。
前記解析部は前記固有軸の向きと前記屈折率異方性に基づいて、前記サンプルの内部の応力分布を求めることを特徴とする請求項1、2、4、または5に記載の光学測定装置。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1実施形態>
図1は、テラヘルツ光を用いた第1実施形態の光学測定装置10Aの概略図である。光学測定装置10Aは、透過光学系を用いて計測を行う。光学測定装置10Aは、送信機11、レンズ12、波長板13、レンズ15、偏光子17、偏光子17を回転させるモータ18、受信機19、及び解析部21を有する。送信機11は、テラヘルツ光源の一例であり、受信機28は検出器の一例である。モータ18は回転手段の一例である。サンプル20は、波長板13と偏光子17の間のサンプル位置に配置される。
【0013】
テラヘルツ光源としては、超短パルスレーザと電気光学結晶を用いた光源や、市販のテラヘルツ光エミッタ等、任意の光源を用いることができる。実施形態では、光伝導アンテナを有する送信機11を用いる。以下の例では、サンプル20の光源側に配置される第1の波長板として波長板13を用い、検出器側に配置される光学素子として偏光子17を用いる。
【0014】
送信機11から発信されるテラヘルツ光パルスは、レンズ12でフォーカスされ、波長板13を通って、サンプル20に入射する。波長板13は、一例として0.6THzで半波長板として働くように最適化されている。波長板13は、入射したテラヘルツ光の互いに直交する電場成分(偏光成分)に0.6THzの光に対して半波長(λ/2)の位相差(レターデーション)を与える。入射テラヘルツ光の波長は周波数と相関する。波長板13を挿入することでサンプル20に入射する前のテラヘルツ光の偏光状態を波長に対して変化させ、特異点がある場合にも様々な偏光状態で計測を可能にする。たとえば、サンプル20に入射する直線偏光の方向がサンプルの固有軸と一致する場合は、サンプル20の透過後もテラヘルツ光の偏光状態に変化がなく、サンプル20の内部状態を測定することができない。これを避けるために、送信機11とサンプル20の間に波長板13を挿入して、偏光状態を変化させる。
図1の構成例で用いられる波長板13としては、入射テラヘルツ光の偏光の状態を波長に対して変えることができればよいので、半波長板、4分の1波長板など任意の波長板を使用してもよい。また、サンプルに入射する偏光状態を変化させることができればよいので、光源の偏光状態を直接変化させたり、波長板の代わりに偏光子などの光学素子を置いてもよい。
【0015】
サンプル20を透過したテラヘルツ光は、もうひとつのレンズ15で集光され、回転する偏光子17を通過して受信機19の光伝導アンテナで受光される。偏光子17は、たとえばワイヤグリッド偏光子であり、モータ18により角周波数(Ω/2π)が40Hzで回転されている。サンプル20を透過した光は、偏光子17を通過することでその偏光が角周波数Ωで変化し、偏光が変化した光が受信機19で受光される。図中、テラヘルツ光の進行方向がz方向であり、z方向と垂直なxy面が偏光面となる。xy面のうち、光学測定装置10Aの配置面(オプティカルテーブル)と平行な方向をx方向、垂直な方向をy方向とする。
【0016】
なお、
図1の光学系でレンズ12、15は必須ではなく、レンズ12,15を用いなくてもよいし、いずれか一方だけを用いてもよい。また、偏光子17に替えて波長板など、偏光を変化させることのできる任意の光学素子を用いてもよい。サンプル20を透過したテラヘルツ光の偏光を変化させることができればよいので、偏光子や波長板などの光学素子を回転させずに角度をかえても良い。偏光子17、波長板などの光学素子を通過することで、サンプル20を透過したテラヘルツ光の偏光が変化する。
【0017】
受信機19で受光された光は解析部21に供給され、偏光子17または波長板の角周波数に基づく偏光成分が解析される。ここでは、偏光子17の回転周波数の2倍(2Ω)の偏光成分が解析される。解析部21は、たとえばパーソナルコンピュータ(PC)で実現され、プロセッサ23とメモリ24を有する。プロセッサ23は、偏光成分抽出部231とサンプル情報決定部232として機能する。偏光成分抽出部231は、受光されたテラヘルツ光から、2Ωの偏光成分を抽出する。
【0018】
サンプル情報決定部232は、2Ωで変調された偏光成分を解析して、互いに直交するx方向とy方向の電場成分E
xとE
yを検出し、検出されたE
xとE
yを用いて偏光状態を表わすストークスパラメータS
1、S
2、S
3を導出する。ストークスパラメータS
1、S
2、S
3をポアンカレ球上にプロットすることで、サンプルの複屈折の固有軸の角度θと、屈折率異方性(すなわち複屈折の大きさ)Δnを決定することができる。
【0019】
サンプルの複屈折性の外部応力依存性をあらかじめ調べてメモリ24に保存しておいてもよい。複屈折の外部応力依存性の例として、サンプルの延伸率と応力分布(固有軸の角度及び屈折率異方性の分布)を表わす情報を保存しておいてもよい。この場合、サンプル情報決定部232は、測定した固有軸の角度と屈折率異方性に基づいて、メモリ24を参照して、複屈折の変化から内部応力の変化を定量的に見積もることができる。
【0020】
図1の光学測定装置10Aで、テラヘルツ光の時間波形の計測時間は1msであり、周波数分解能は12.5GHzである。計測時間1msは偏光子17の回転速度(Ω/2π=40Hz)よりもずっと早く、偏光子17が1回転する間に、25個のデータ点を取得できる。換言すると、25msでポアンカレ球を一周する。計測時間は1msに限らず、それより早くても遅くてもよい。
【0021】
図2は、
図1の光学測定装置10Aを用いた引っ張り応力の検査を示す模式図である。送信機11から出射されたテラヘルツ光は、電場(及び磁場)の振動方向が一定の直線偏光である。波長板13は、速軸(fast)と遅軸(slow)を有し、入射したテラヘルツ光の互いに直交する電場成分(偏光成分)の間に半波長(λ/2)の位相差を与える。たとえば、x軸に対して45°の角度で偏光する0.6THzのパルスが波長板13に入射すると、x軸に対して135°の角度を成す直線偏光となって波長板13を出射する。
【0022】
サンプル20は、並進ステージ等の応力印加手段22によって所望の力でx方向に引っ張られる。印加される力によって内部の屈折率異方性の状態が異なる。引っ張り応力をかけない状態での測定も可能である(延伸率=1)。サンプル20を透過した光は、角周波数Ωで回転する偏光子17を通過する。偏光子17のグリッド(透過軸)は角周波数Ωで回転しており、テラヘルツ光の偏光は角周波数Ωで変調されて受信機19で受光される。
【0023】
図1及び
図2の光学測定装置10Aで、偏光子17を角周波数Ωで回転させたときに得られる受信信号は、式(1)で表すことができる。
【0024】
【数1】
式(1)から、得られる信号は2Ωで変化する偏光成分を含むことがわかる。ここで、
【0026】
【数3】
は、回転する偏光子17に入射するテラヘルツ光の電界のx方向とy方向の周波数ドメインの複素振幅、tは時間、ωはテラヘルツ光の角周波数である。受信信号
【0027】
【数4】
から、2Ωで変化する偏光成分を取り出して解析することで、テラヘルツ波の互いに直交する電場成分を求めることができる。求めた電場成分から、ストークスパラメータS
1、S
2、S
3で表されるストークスベクトルS(ω)を求める。サンプル20のない初期状態からのストークスベクトルS(ω)の変化を分析することで、基準軸に対するサンプル20の遅軸の角度θ(ω)と、検出されたテラヘルツ光の遅軸と速軸の間の位相差Δ(ω)を求める。
【0028】
位相差Δ(ω)と屈折率異方性(すなわち複屈折の大きさ)Δn(ω)の間には、
Δn(ω)=(Δ(ω)×c)/(d×ω)
の関係があることが一般に知られている。ここで、dはサンプル20の厚さ、cは光速である。したがって、位相差Δ(ω)がわかれば、屈折率異方性Δn(ω)を算出することができる。
【0029】
図3A〜
図3Cは、高分子材料の複屈折(屈折率異方性)を説明する図である。
図3Aは、サンプル20がある場合とない場合のテラヘルツ光のx方向とy方向の電場成分(E
x、E
y)を示す。サンプル20として、添加物入りのエラストマーであるFKM(フッ素ゴム)を用いている。
図3Aの上段がテラヘルツ光のx方向の電場成分E
x、下段がy方向の電場成分E
yの波形である。上段、下段において、波形aはFKMサンプルのないとき(図中、「w/o」と表記)、すなわち、FKMサンプルを透過しないで受信機19で受光されたテラヘルツ波形を示す。波形bと波形cはサンプルを透過した波形である。このうち、波形bはx軸とFKMサンプルの遅軸との間の角度が90°のときの波形、波形cはx軸とFKMサンプルの遅軸との間の角度が0°のときの波形である。いずれもサンプルの延伸率は1である。
【0030】
FKMサンプルがあるときとサンプルのないときを比較すると、サンプルを透過したテラヘルツ波は、FKMの屈折率の影響でx方向、y方向ともに電場成分が時間シフトしている。x方向の電場成分E
xでは、FKMサンプルの遅軸の角度が0°のとき(x軸と揃うとき)に、90°のサンプルよりもわずかに位相が遅れる。逆に、y方向の電場成分E
yでは、FKMサンプルの遅軸の角度が90°のとき(y軸と揃うとき)に、0°のサンプルよりもわずかに位相が遅れる。これは、FKMサンプルが、引っ張り応力のかかっていない通常の状態で複屈折を有することを示す。
【0031】
図3Bは、遅軸の向き(θ)をFKMサンプルの角度の関数として示す。サンプル20の方向と比例してx軸に対する遅軸の角度が変化する。
【0032】
図3Cは、屈折率異方性ΔnをFKMサンプルの角度の関数として示す。FKMの屈折率異方性Δnは、サンプルの角度に依らず、ほぼ一定(0.1の近傍)である。テラヘルツ領域では、可視光で測定される一般的な複屈折(1×10
-2〜1×10
-3のオーダー)と比較して非常に大きな複屈折が観測される。この大きな複屈折は、FKMに添加されている添加物の配向の影響によるものと考えられる。
【0033】
図4は、異なる向きで切り出されるFKMサンプルの延伸状態を示す。
図4の(A)は、FKMシートから異なる向きで切り出される3種類のサンプルを示す。サンプルの長手方向の軸が、矢印で示す固有軸(遅軸)の方向と一致するものを0°のサンプル、サンプルの長手方向の軸が固有軸と直交するものを90°のサンプル、サンプルの長手方向の軸と固有軸のなす角度が45°のものを45°のサンプルとする。
図4の(B)は、サンプルを長辺方向に引っ張ったときの延伸率(DR:Drawing Ratio)と公称応力[MPa]の関係を示す。
図4の(C)は、0°のサンプルを長辺方向に引っ張ったときの延伸率と厚さ比(d/d
0)の関係を示す。延伸率は、サンプルの長辺方向の初期長さL
0に対する伸びの割合(L/L
0)で表される。d
0はサンプルの初期厚さである。
【0034】
いずれのサンプルでも、延伸率を大きくするには、引っ張り応力を大きくすればよい。同じ延伸率を達成するのに、0°のサンプルはわずかに大きい応力を要するが、3つのサンプルの間で大きな違いはない。すなわち、遅軸の方向は、FKMサンプルの力学的な特性にそれほど影響しない。
【0035】
図4の(C)を参照すると、延伸率が大きくなるほどFKMサンプルの厚さ比が小さくなる。延伸率DRが3以下の領域では、FKMサンプルの厚さ比は、延伸率DRの平方根の逆数(1/√DR)にほぼ比例し、ポアソン比が0.5であることを示す。他方、延伸率DRが3を超えると、厚さ比は(1/√DR)に比例しなくなる。そこで、以下の実験では、DRが3以下の領域に焦点をしぼって説明する。
【0036】
図5は、
図4で作製した3つのFKMサンプルについて、遅軸の角度(θ)及び屈折率異方性(Δn)と延伸率の関係を示す。
図5の(A)は遅軸の角度(θ)を延伸率DRの関数としてプロットした図、
図5の(B)は屈折率異方性を延伸率の関数としてプロットした図である。プロット点aは切出し方向が90°のサンプル、プロット点bは切出し方向が45°のサンプル、プロット点cは切出し方向が0°のサンプルの特性を示す。
【0037】
切出し方向が0°のサンプル、すなわちサンプルの遅軸とサンプルの長手方向の軸が一致する場合は、長辺方向に引っ張っても遅軸の角度θは変化せず、屈折率異方性Δnが増加する(プロットa参照)。切出し方向が90°のサンプルは、延伸率がある地点を超えると遅軸の角度θが突然、応力印加方向に変化する。
図5の例では、延伸率が2(DR=2)の近傍で、遅軸の角度が90度回転する。この地点で屈折率異方性Δnはゼロ近傍になり、疑似的に屈折率が等方的になる。DR=2に至るまで減少していた屈折率異方性Δnは、この地点を境に、増加する方向に向かう。
【0038】
図5の(C)は、サンプルの屈折率楕円体を示す概念図である。テラヘルツ光の進行方向(光軸方向)をz方向、サンプルを引っ張る方向をx方向とする。引っ張り応力がかかっていない状態、すなわち延伸率DR=1のときに、矩形に切り出したサンプルの一方の辺の長さをL、他方の辺の長さをWとする。DR=1で、サンプルの線複屈折の固有軸(たとえば遅軸)の方向は、x軸に対して角度θの方向を向いている。
【0039】
この状態から、
図5の(D)のようにサンプルをx方向に引っ張って延伸率がλになると(DR=λ)、サンプルの横方向の長さLはLλに変化し、縦方向の長さはWλ
-0.5に変化する。この引っ張り応力の影響で、サンプルの屈折率楕円体が回転し、固有軸の向きはθ’に変化する。したがって、
図1の光学測定装置10Aでサンプル20を透過するテラヘルツ光からサンプルの固有軸の向き(θ)と屈折率異方性(複屈折の大きさ)Δnを決定することで、サンプル内部でどの方向にどの程度の応力がかかっているかを特定することができる。
【0040】
図6〜
図10は、種々の延伸率(DR)における内部配向イメージング結果を示す図である。テラヘルツ光をサンプル上で2次元走査し、各画素点で透過テラヘルツ光を測定して2Ωで変調されている偏光成分を解析して、θとΔnを算出する。
図6〜
図10で横軸はx方向の長さ、縦軸はy方向の長さである。サンプル内部の矢印は固有軸の角度(θ)を示し、右端のスケールは屈折率異方性(Δn)を示す。
【0041】
図6の引っ張り応力のかかっていない状態(DR=1)から、サンプルをx方向に引っ張り、延伸率を0.5ずつ大きくしてDR=3.0まで変化させている。
【0042】
DR=1のとき(
図6)、サンプルの中央部を含むほとんどの領域で、固有軸はy方向を向いている。また、屈折率異方性は平均的に0.1前後である。
【0043】
DR=1.5のとき(
図7)、固有軸の向きがやや右方向に傾き、屈折率異方性が小さくなっている。
【0044】
DR=2のとき(
図8)、固有軸の向きがほぼ右方向を向き(90度回転)、全体的に屈折率異方性がさらに小さくなっている。
【0045】
DR=2.5のとき(
図9)、固有軸の向きは右向きのままであるが、屈折率異方性が大きくなっている。
【0046】
DR=3.0のとき(
図10)、固有軸の向きは右向きのままであり、全体に屈折率異方性がさらに増大している。
【0047】
これらの結果は、
図5の(A)及び(B)と一致する。このように、第1実施形態の光学測定装置10Aによれば、物質内部の屈折率異方性を定量的に決定することができる。特に、可視光を通さない添加物入りの高分子材料の内部応力分布を、その固有軸の向きが未知の状態で簡易かつ高感度で測定することができる。
【0048】
次に、式(1)の根拠と、ストークスパラメータを説明する。受信機19で検出されたテラヘルツパルスの周波数領域の振幅スペクトル
【0049】
【数5】
は、ジョーンズ行列を用いて、式(2)で表される。
【0050】
【数6】
ここで、θ
detは受信機19の光伝導アンテナのx軸に対する角度、Ωは偏光子17の角周波数、tは時間である。R(θ)は2×2の回転行列であり、Pは偏光子17のジョーンズ行列である。回転行列R(θ)とジョーンズ行列Pは以下で与えられる。
【0051】
【数7】
光伝導アンテナは直線偏光の感度を有するので、受信機19の光伝導アンテナはジョーンズ行列Pで記述される。ここで、アンテナの角度θ
detを45°とすると、式(2)は式(3)で表される。
【0052】
【数8】
式(3)を変形すると式(4)になる。
【0055】
【数11】
は、cos2Ωtの振幅A
cos2Ωtと、sin2Ωtの振幅A
sin2Ωtを解析することで、式(5)で得られる。
【0056】
【数12】
テラヘルツ電界のx成分とy成分から、3つのストークスパラメータS
1、S
2、S
3を式(6)で求める。
【0057】
【数13】
次に、S
1、S
2、S
3を用いた固有軸の角度(θ)と透過テラヘルツ光の固有軸間の位相差(Δ)の求め方を説明する。
【0058】
図11は、ポアンカレ球上での偏光状態の変化による遅軸の向きθと、遅軸と速軸の間のテラヘルツ光の位相差Δを示す模式図である。S
1は水平偏光と垂直偏光の強度の差で決定される。S
2は+45°と−45°の直線偏光の強度の差で決定される。S
3は右まわり円偏光と左まわり円偏光の強度の差で決定される。たとえば、水平直線偏光はS
1=1、垂直直線偏光はS
1=−1となる。S
3が0のときは直線偏光になる。
【0059】
テラヘルツ光の初期状態をベクトルS=(S
1、S
2、S
3)
t=(1,0,0)
tとし、このテラヘルツ光が線複屈折の1/4波長板(QWP:Quarter Wave Plate)を通過するものとする。QWPの遅軸の向きを45°とすると、QWPの遅軸はS=(0,1,0)
tと等しくなり、QWPを通過した光の偏光状態は、左まわりの円偏光(S=(0,0,−1)
t)に変化する。このことから、測定対象物によるストークスパラメータの変化をみることで、固有軸の角度θと透過テラヘルツ光の固有軸間の位相差Δを決定することができる。
【0060】
図11で、サンプル20がない状態の(変化前の)ストークスベクトルをS
I、サンプル20を透過した光のストークスベクトルをS
IIとする。S
IとS
IIを通り赤道面に垂直な円形の面に対して原点から法線を引いたときの、法線とS
1軸の間の角度が2θである。また垂直な円形の面においてS
IからS
IIへの変化を表わす角度Δが遅軸と速軸の間に生じた位相差である。
【0061】
このように、変化前のテラヘルツ光とサンプル透過後(変化後)のテラヘルツ光のストークスベクトルをポアンカレ球上にプロットすることで、固有軸の角度θと透過テラヘルツ光の固有軸間での位相差Δを決定することができる。位相差Δがわかれば、Δn(ω)=(Δ(ω)×c)/(d×ω)から、屈折率異方性Δnを求めることができる。
【0062】
屈折率異方性の状態は、サンプルの内部応力の状態を示す。屈折率異方性の分布を求めることで、添加物入りの高分子材料の内部応力分布を決定することができる。第1実施形態の構成と手法を用いることで、テラヘルツ光源と透過光学系を用いて、応力下にあるサンプルの内部応力状態と分布を簡単かつ正確に計測することができる。
<第2実施形態>
図12〜
図25を参照して、第2実施形態の光学測定を説明する。第2実施形態では、テラヘルツ光を用いた光学測定と応力検査を反射計測に適用する。本発明の理解を容易にするために、まず透過系の場合と反射系の場合の解析方法の違いを説明する。
【0063】
図12は、反射光学系で得られるテラヘルツ時間波形データの模式図である。テラヘルツ時間領域の分光法では、パルスの到達時刻に応じたテラヘルツ電場波形を計測することができる。反射光学系では、最も早く検出器に到達するパルスは、測定対象物の表面で反射されたパルスの波形成分(a)である。次に到達するパルスは、測定対象物内を一回往復したパルスの波形成分(b)であり、その後、物質内を2回以上往復したパルスの波形成分(c)が順次計測される。
【0064】
ここで、測定対象物が複屈折(Δn)を持つ場合を考える。測定対象物が複屈折Δnを持つ場合、二つの光学軸の屈折率は、n及びn+Δnで表され、一般に、n>>Δnである。直線偏光の光を測定対象物に照射したときの反射光を計測すると、上記の波形成分(a)については、入射した偏光状態はほとんど変化せず、ほぼ直線偏光のまま反射される。n>>Δnであるため、反射率に異方性がないからである。他方、測定対象物内部を透過してきた波形成分(b)と(c)については偏光状態が大きく変化し、一般に楕円偏光になる。
【0065】
第1実施形態のように透過測定の場合は、直線偏光のまま表面で反射される波形成分(a)が存在せず、観測する波形はすべて測定対象物内部を少なくとも一回は透過したものである。この場合は、透過光の偏光状態が大きく変化して楕円偏光になるため、測定対象物がない場合の偏光状態と比較することで、第1実施形態で説明したストークスパラメータの解析でサンプルの光学軸の方向を決定することができる。
【0066】
これに対し、第2実施形態の反射計測の場合は、直線偏光のまま表面で反射されたパルスの波形成分(a)のほうが、測定対象物内部を往復した反射パルスの波形成分(b)及び(c)にくらべて、一般に信号強度が大きい。従って、計測で得られたデータの解析方法は透過測定と反射測定とで大きく異なる。ただし、サンプルで反射された後のテラヘルツ光の偏光を所定の角周波数で変化させ、計測された信号から所定の角周波数に基づく偏光成分を抽出して直交する電場成分を求め、ストークスパラメータを求める点は、第1実施形態と同じである。
【0067】
第2実施形態では、以下の2つの事例について、それぞれ解析方法を述べる。
・解析方法1:
図12に示す波形成分(a)、(b)、(c)が時間軸上で十分に分離されている場合。
・解析方法2:波形成分(a)、(b)、(c)が互いに分離できない場合。解析方法2は、より一般的な場合である。
【0068】
解析方法1では、それぞれの波形成分を時間軸上で区切って別々のデータとして取り扱い、各波形成分に対してフーリエ変換を行うことで、第1実施形態の透過測定と同じ手法を適用できる。すなわち、波形成分(a)と波形成分(b)のストークパラメータの値を比較し、その値の変化を第1実施形態と同じ方法で解析することで、測定対象物の光学軸と複屈折の大きさ(すなわち屈折率異方性)Δnを決定することができる。表面反射された波形成分(a)のストークスパラメータは、第1実施形態の変化前のストークスベクトルS
Iに対応する。内部を透過して裏面で反射された波形成分(b)のストークパラメータは、第1実施形態の変化後のストークスベクトルS
IIに対応する。
【0069】
解析方法2では、薄いゴムサンプルを計測する場合など、各波形成分(a)、(b)、(c)の検出時間が近接している場合に、測定によって得られた時間波形を区切らずに一括でフーリエ変換して解析する。解析方法1と解析方法2について詳細に説明する前に、反射型の装置構成を説明する。
【0070】
図13は、第2実施形態の反射型の光学測定装置10Bの概略図である。第1実施形態の光学測定装置10Aと同じ構成要素には同じ符号を付けて、重複する説明を省略する。光学測定装置10Bは、送信機11、レンズ12、波長板(図中「Q」と表記)13、第1偏光子(図中「P1」と表記)114、ビームスプリッタ(図中「BS」と表記)115、レンズ116、第2偏光子(図中「P2」と表記)117、レンズ119、及び受信機19を有する。第1偏光子114はモータ118に取り付けられており、第2偏光子117はモータ18に取り付けられている。
【0071】
光学測定装置10Bはさらに、モータ18とモータ118の回転を個別に制御する外部コントロールボックス101と、検出光を解析する解析部121を有する。解析部121のハードウェア構成は、第1実施形態の解析部21と同じであり、プロセッサ23とメモリ24を有する。プロセッサ23は、第1実施形態の機能要素に加えて、波形成分の分離の可否に応じて解析方法を選択する解析方法選択部233と、解析方法2が選択された場合に第1偏光子114と第2偏光子117の各回転角で得られたデータを再配置するデータ並び替え処理部234を有する。これらの処理については後述する。メモリ24は、応力分布情報241の他に、受信機19で受光された反射テラヘルツ光の電場情報242を記憶する。なお、電場情報242は、第1実施形態でも保存されてもよい。
【0072】
光学測定装置10Bは解析方法1と解析方法2に共通に用いられるが、解析方法1については、第1偏光子114及びモータ118は必ずしも必要ではない。解析方法選択部233は、サンプルからの反射テラヘルツ光の時間波形を取得した後に波形成分の分離の可否を判断してもよい。あるいは、サンプルの材料及び/または厚さに応じてユーザが選択指示を入力し、解析方法選択部233がユーザ入力に基づいて解析方法を設定する構成としてもよい。解析方法1が選択される場合は、外部コントロールボックス101に、第1偏光子114の回転角度を固定し、モータ118をOFFにする指令を出力してもよい。解析部121と外部コントロールボックス101は、一体的に構成されていてもよい。また、第1偏光子はモータで回転させずに手で回したり、角度を変えたりする方法でも良い。また、第1偏光子・第2偏光子のかわりに波長板を用いても良い。レンズを用いなくても良い。
【0073】
送信機11はテラヘルツ光源の一例である。受信機19は検出器の一例であり、測定対象物120で反射されたテラヘルツ光を受光する。送信機11と受信機19は、第1実施形態で用いたものと同じであり、たとえば高速テラヘルツ時間領域分光法計測装置(T-ray 5000, Advanced Photonix. Inc.)である。
【0074】
送信機11は、1kHz以下の繰り返し周波数fで、パルス状のテラヘルツ光を放射する。正確な繰り返し周波数fは、外部コントロールボックス101に設けられた光検出器102でモニタされる。たとえば、テラヘルツ光を発生させるために用いる波長1.06μmのパルス状レーザー光の一部をファイバーカプラで外部に取り出し、シリコンフォトダイオードで強度モニタすることで繰り返し周波数f(たとえば1kHz)を計測する。
【0075】
光検出器102によるモニタ結果は、外部コントロールボックス101内の周波数発生器103に入力される。周波数発生器103は、モータ118に固定された第1偏光子114と、モータ18に固定された第2偏光子117を、それぞれ特定の周波数で回転させる電気信号を生成する。第1実施形態と同様に、第1偏光子114を通過する光と、第2偏光子117を通過する光が互いに異なる偏光となればよいので、必ずしも周波数発生器103を用いなくてもよい。モータ118とモータ18を別々の角度で回転させる、あるいはモータを用いずに手動で動かす、等してもよい。この実施例では、一例として、生成される2つの周波数の組は以下のようにして決定されている。
(i)f×(M/N)で表されるfの分数倍である(M、Nは整数);
(ii)モータ18とモータ118が安定に回転する周波数である;
(iii)モータ18とモータ118が別々の周波数で回転している;及び
(iv)『計測点が荒すぎて解析ができない』という特殊な周波数ではない。極端な例では、どちらかのモータの回転周波数がテラヘルツパルスの繰り返し周波数fと同じ周波数の場合は、測定点が1点しかないから解析できない。しかし、このような例は稀である。
【0076】
以下の実施例では、第1偏光子114の角周波数を「f/25」に設定し、第2偏光子117の角周波数を「f/24」に設定した場合について記載する。
【0077】
図13において、送信機11から点光源として放射されたテラヘルツ光は、レンズ12で平行光線となる。波長板13を通過して円偏光(あるいは楕円偏光)となったテラヘルツ光は、第1偏光子114で直線偏光になる。第1偏光子114はモータ118の回転周波数で回転しており、第1偏光子114の回転に従って、透過したテラヘルツ光の偏波面が回転する。モータ118は、外部コントロールボックス101の制御下で、正確にf/25の周波数で回転しており、第1偏光子114が一回転する間に、テラヘルツ光の偏波面の角度は25通りに変化する。
【0078】
図14は、送信機11から放射されるテラヘルツパルスの偏波面の角度の変化を時系列に示す。1msごとに出力されるテラヘルツパルスの偏波面は、第1偏光子114を透過するごとに2π/25(ラジアン)ずつ回転し、25msの間に360°×(0/25)〜360°×(24/25)の間で25個の偏波面が得られる。第1偏光子114が一回転すると、テラヘルツパルスの偏波面の角度は最初の角度に戻る。すなわち、時刻0msと時刻25msで、透過したテラヘルツ光の偏波面の角度は等しくなる。
【0079】
図13に戻って、第1偏光子114を透過した光はビームスプリッタ115を透過し、レンズ116により測定対象物120に集光される。1ms間隔で偏波面を360°/25ずつ回転させながら、サンプルにテラヘルツ光を照射することになる。25ms後には、0msのときと同じ偏波面の角度でテラヘルツ光がサンプル(測定対象物120)に照射される。
【0080】
なお、波長板13が挿入される理由は、第1実施形態と同じである。送信機11から出力されるテラヘルツ光は直線偏光であるから、波長板13がないと、出力テラヘルツ光の偏波面の角度と、第1偏光子114の透過軸が直交したときに、透過光の強度がゼロになってしまう。送信機11と第1偏光子114の間に波長板13を配置することで、第1偏光子114を透過する直前のテラヘルツ光の偏光状態は、円偏光(あるいは楕円偏光)となり、第1偏光子114がどのような角度であっても、透過光強度はゼロにならない。波長板13は、第1偏光子114の透過軸がどのような角度であっても、透過後のテラヘルツ光が必ず強度をもつように偏光状態を調整する。
【0081】
また、ビームスプリッタ115の透過率・反射率には偏光依存性がある。具体的には、表1に示すように、
図13の紙面に平行な偏光(P偏光)と、垂直な偏光(S偏光)とで透過率及び反射率が異なる。
【0082】
【表1】
実際には、表1に示す偏光依存性を補正したうえで解析を行う。詳しい補正方法と解析方法については、後述する。
【0083】
測定対象物120で反射されたテラヘルツ光は、レンズ116で平行光線になったあとに、ビームスプリッタ115で反射され、第2偏光子117とレンズ119を透過して受信機19で受光される。第2偏光子117は、外部コントロールボックス101によって正確にf/24の周波数で回転している。第2偏光子は24msで1回転し、時刻0msと時刻24msで、第2偏光子117を透過したテラヘルツ光の偏波面の角度が等しくなる。
【0084】
解析方法1については、必ずしも第1偏光子114を回転させる必要はない。サンプルが厚く、
図12の波形成分(a)、(b)、(c)が分離できる場合は、例えば、第1偏光子114をある角度に固定し、第2偏光子117を回転させて偏波面の角度が異なる24個のデータを解析することで、第1実施形態と同様の手法で反射テラヘルツ光のストークスパラメータを知ることができる。すなわち、検出信号に含まれる偏光成分から直交する電場成分を求め、電場成分を用いて算出されるストークスパラメータからサンプルの光学軸と複屈折を決定することができる。また、反射光学系でビームスプリッタ115は必須ではなく、測定対象物120からの反射光を受信機19に導くことができれば、どのような光路設計にしてもよい。たとえば、送信機11と受信機19を測定対象物120に対して斜めの角度で配置して反射テラヘルツ光を計測してもよい。
【0085】
実際の計測では、サンプルで反射されたテラヘルツ光の波形成分の分離が難しく、解析方法2を用いることが多い。解析方法2では、第1偏光子114も回転しているから、以下で述べる処理が必要となる。
<解析方法2における計測データの並び替え処理>
図13の反射光学系を用いた装置構成では、第1偏光子114はf/25の周波数で回転し、第2偏光子117はf/24の周波数で回転する。第1偏光子114と第2偏光子117の回転周波数は若干異なっているため、1msごとにデータを取得するとき、第1偏光子114と第2偏光子117の角度の組は、時刻ごとに異なるものとなる。一方で、24と25の最小公倍数である600msを単位として、同じ条件が繰り返し現れる。時刻0msでの第1偏光子114と第2偏光子117の角度の組と、時刻600msでの第1偏光子114と第2偏光子117の角度の組は同一である。
【0086】
図15は、各時刻におけるデータに対応する第1偏光子(P1)114と、第2偏光子(P2)117の回転角を示す。
図15のデータに基づいて600種類のデータを並び替えると、第1偏光子(P1)114があるひとつの角度のときに、第2偏光子(P2)117がとり得る24通りの角度でのデータを集めることができる。例えば、第1偏光子(P1)114の角度が2π×(1/25)のときのデータに紐づけて、第2偏光子(P2)117が2π×(0/24),2π×(1/24),2π×(2/24),…,2π×(23/24)のときのデータを集めることができる。この並び替え処理は、プロセッサ23のデータ並び替え処理部234によって行われる。
【0087】
上述した並び替え処理は、第1偏光子114の角度が2π×(1/25)のときに得られる直線偏光を測定対象物120に照射し、反射したテラヘルツ光について、第2偏光子117の角度を順次変えながら計測したデータを取得することと同義である。すなわち、第1実施形態の状況と同じになる。第1実施形態の式(1)〜(6)を用いて、第2偏光子117により変化した偏光成分を抽出して直交する電場成分を求め、第1偏光子114の角度が2π×(1/25)のときの反射テラヘルツ光のストークスパラメータを求める。
【0088】
この処理を、第1偏光子114のすべての角度について行うことで、第1偏光子114の角度を2π×(0/25)〜2π×(24/25)に変化させたときの、各反射テラヘルツ光のストークスパラメータの組を決定することができる。
【0089】
第1偏光子114と第2偏光子117の回転周期の最小公倍数(この例では600ms)の周期で、正確に同じ角度の組のデータが繰り返し得られる。積算を重ねることで計測の不確かさを低減できるという効果を奏する。
<解析方法1>
次に解析方法1(波形成分(a)、(b)、(c)が時間軸上で十分に分離されている場合)の実施例を説明する。
【0090】
図16は、解析方法1を説明する図である。
図16では、ゴム表面からの反射波形が得られる領域I、ゴム内部を一往復した反射波形が得られる領域II、ゴム内部を二往復した反射波形が得られる領域IIIが時間軸上で十分に分離できる。この場合は、領域I、領域IIを個別にフーリエ変換して、そのストークスベクトルを比較すれば、光学軸と複屈折の大きさを見積もることができる。第1実施形態で
図11を参照して述べた「サンプル20がない状態の(変化前の)ストークスベクトルS
I」を、「領域IのストークスベクトルS
I」と読み替える。また、「サンプル20を透過した光のストークスベクトルS
II」を、「領域IIのストークスベクトルS
II」と読み替える。
【0091】
領域Iの波形成分(a)は、サンプル表面で反射したものであり、サンプル内部を通過していない。そのため、入射テラヘルツ光の偏光状態をほとんどそのまま維持して、反射される。この波形成分(a)の偏光状態は、第1実施形態の透過計測において「サンプルを置かないで計測したテラヘルツ光」の偏光状態とほぼ同じ状態であると考えられる。
【0092】
領域IIの波形成分(b)は、サンプル内部を一回反射したものである。これは、第1実施形態の透過計測で「サンプルを透過したテラヘルツ光」と同じように、サンプル内部の状態を反映した信号であると考えられる。
【0093】
従って、領域Iの波形成分(a)から見積もられる偏光状態と、領域IIの波形成分(b)から見積もられる偏光状態を比較すれば、サンプル内部の複屈折によって、どのくらい偏光状態が変化したかを見積もることができる。見積もり方は、第1実施形態で説明した手法と同じであるが、反射の場合は、試料内部を一往復するので、解析の際に用いる厚さが実際のサンプルの厚さの2倍になることに注意する。
【0094】
領域IIIの波形成分(c)は、サンプル内部を2回往復したときの信号を表す。解析方法1では、波形成分(c)は解析に用いなくてもよいが、波形成分(c)を用いることで、複屈折の決定精度が向上する。
【0095】
解析方法1は、ゴムが単層ではなく多層の場合にも拡張することができる。ゴムが多層の場合は、
図13において、波形成分(a)、(b)、(c)だけではなく、他の層界面からの反射も観測される。別の層の界面からの波形が時間軸上で十分に分離できるならば、それぞれのゴムの層を通過したときの偏光状態の変化を解析することで、ゴムの各層の光学軸(固有屈折率の方向)と複屈折の大きさを見積もることができる。
【0096】
図17Aは、厚さ1mmのフッ素ゴムを反射計測したときの時間波形である。
図17Bは、
図17Aの時間領域SRでの偏光解析結果、
図17Cは、時間領域BRでの偏光解析結果を示す。
図17Bと
図17Cの解析結果は、第1偏光子114の角度がほぼ−45°に固定されているときのデータに基づく。
【0097】
図17Aでは、時間領域SRで検出されるゴム表面からの反射テラヘルツ波と、時間領域BRで検出されるゴム裏面での反射された(ゴム内部を一回往復した)テラヘルツ波が時間軸上で十分に分離できている。そこで、時間領域SRと時間領域BRのそれぞれでフーリエ変換を行い、各周波数でのストークスパラメータの組(S
1,S
2,S
3)を解析から求める。
【0098】
次に、時間領域SRと時間領域BRでの2つのストークスパラメータの組を用いて、第1実施形態の方法に従ってフッ素ゴムの光学軸の角度と、複屈折を求める。光学軸が正しく求まることを示すため、実験ではゴムのサンプルを面内方向で5°ずつ回転させながら計測を行う。
【0099】
図18Aは、ゴムサンプルの光学軸の角度をサンプルの角度の関数として示す図、
図18Bは、ゴムサンプルの複屈折の大きさをサンプルの角度の関数として示す図である。いずれも横軸がサンプルの回転角度である。エラーバーは、25個の異なる旋光角のデータから見積もられた値の標準偏差から求めている。
【0100】
図18Aから、ゴムを面内で回転させると、光学軸の角度もサンプルの回転に応じて回転することがわかる。
図18Bから、サンプルを回転させても、複屈折は一定値をとることがわかる。なお、
図18Aで光学軸の角度が途中で90度不連続に変化しているのは、本解析においては屈折率が大きい光学軸と小さい光学軸を区別することができないためである。この問題については、時間波形の遅れからどちらの光学軸を検出しているかを決定することで、連続的に光学軸の角度が変化するように補正することが可能である。以上の結果から、解析方法1の手法で、ゴム材料の光学軸の角度と複屈折が正しく求まることが証明される。
<解析方法2>
次に解析方法2(波形成分(a)、(b)、(c)が時間軸上で十分に分離できない場合)の実施例を説明する。
【0101】
薄いゴムを計測する場合など、表面反射されたテラヘルツ光と、サンプル内部を往復してきたテラヘルツ光の時間波形が時間軸上できれいに分離できない場合も多い。この場合は、解析方法2が有効である。大きな特徴は、測定対象物120に照射するテラヘルツ光の直線偏光状態を様々に変化させて、それぞれの直線偏光状態で得られるテラヘルツ光の反射スペクトル形状から、測定対象物120の光学軸を決定する点である。
【0102】
計測の原理を要約すると以下のとおりである。様々な偏波面の角度θを持つテラヘルツ光を、測定対象物に照射することを考える。
図12の波形成分(a)に相当する「表面からの反射成分」については、偏波面の角度θは変化せず、直線偏光のままである。一方、
図12の波形成分(b)あるいは(c)に相当する「サンプルの内部を通過した波形成分」については、偏波面の角度や楕円率角が変化する。
【0103】
しかしながら、偏波面の角度θが0°〜360°の範囲内で、波形成分(b)及び(c)の楕円率角が変化せず、直線偏光のまま反射される角度が4つ存在する。それは、θが測定対象物120の2つの光学軸の角度と完全に一致するときである。
【0104】
楕円率角は、第1実施形態の式(6)で示したストークスパラメータの一成分であるS
3で表される。直線偏光のときはS
3=0であり、楕円偏光の場合はS
3≠0である。上記の4つの特別な角度では、表面からの反射光(波形成分(a))と、内部を透過した反射光(波形成分(b)及び(c))がともに直線偏光であるから、すべての周波数範囲でS
3=0となる。
【0105】
以上から、偏波面の角度θを回転させながら測定対象物120にテラヘルツ光を照射したときに、すべての周波数範囲でS
3=0となるような4つの角度を決定する。これが求めたい光学軸の方向である。また、4つの軸のうちどれが相対的に屈折率の小さい速軸で、どれが相対的に屈折率の大きい遅軸なのかを判定するには、表面反射成分(波形成分(a))と内部を透過した成分(波形成分(b))の到達時間の差を求めればよい。より具体的な処理としては、テラヘルツ時間波形をフーリエ変換した時に得られるパワースペクトルに現れるファブリ−ペロー振動の周波数幅の大小で決定することが可能である。以上が解析方法2の原理である。
【0106】
次に、解析方法2で、黒色ゴム材料を測定対象物120として用いて、その光学軸を決定する方法を説明する。
(1)第1偏光子(P1)と第2偏光子(P2)の基準軸の決定
実際の測定に先立って、第1偏光子114と第2偏光子117の基準軸を決定する。一例として、第1偏光子114と第2偏光子117の透過軸が、ともに光学定盤に対して水平になる角度を決定する。この作業では、参照サンプルを用いて、第1偏光子114と第2偏光子117の透過軸の角度を決定する。
【0107】
図13の測定対象物120の位置に、参照サンプルとして金属反射板を配置し、金属反射板の手前に、
図13の紙面(すなわち光学定盤面)に平行な軸を透過軸とする校正用の第3の偏光子(図示せず)を配置する。この配置構成で、
図15を参照して説明した計測と解析を行い、測定データのすべてを第1偏光子114と第2偏光子117の角度の組に紐付けする。この時点では、第1偏光子114の25通りの回転角と、第2偏光子117の24通りの回転角度のうちの、どの角度が「紙面に水平な方向」なのかが不明である。従ってデータの校正が必要である。光学系の紙面と水平な方向をX、紙面と垂直な方向をYとする。
(1−1)第2偏光子(P2)の角度の校正
校正を行うために、試料位置(測定対象物120が置かれる位置)の手前に第3の偏光子を置く。校正に用いる第3の偏光子の透過軸の角度は紙面と平行であるから、計測されるストークスパラメータS
1の値は、第1偏光子114がどのような角度であってもS
1=1になるはずである。従って、解析の際に直交するテラヘルツ電場の波形成分から見積られるS
1の値が1となるように、回転行列をかけてテラヘルツ電場波形を正しい角度に補正する。校正の手順は以下の通りである。
【0108】
(ステップ1):第1偏光子114と第2偏光子117をともに回転させる。第1偏光子114の25通りの角度のうちの一つの角度(たとえばφ=0°)のデータを取り出す。角度φについては、別の角度のデータ、一般的には25等分しているのでφ=2π×(N/25)(Nは0〜24の整数)を用いてもよい。φ=0°のデータには、第2偏光子117の異なる角度での24個のデータが紐付けされている。
【0109】
(ステップ2):第2偏光子117の24個の異なる角度における計測データから、第1実施形態の[数5]〜[数12]の式を用いて説明した方法で、直交する電場成分E
x(ω)とE
y(ω)を計算する。ただし、このとき式(2)で定義される角周波数Ωtは、データをとり始めた時点での第2実施形態の第2偏光子117の初期角度を基準にした角度である。すなわち、E
xの波形は、必ずしもX方向と一致しない。一致していない場合は、式(6)に従ってストークスパラメータを計算しても、S
1=1とならない。これは、データ取得開始時の偏光子17の角度が、基準角として正しくないためである。従って、以下のステップ3〜ステップ6の方法で補正を行い、正しい基準軸に基づいて計算する。
【0110】
(ステップ3):0度〜180度まで1度刻みで設定した角度θ'を使い、以下の計算にしたがってE
x(ω)とE
y(ω)の座標軸を回転する。
【0111】
【数14】
ここで、R(θ')は回転行列であり、
【0113】
(ステップ4):ステップ3で得られた
【0114】
【数16】
について、第1実施形態と同様に式(6)を用いて、ストークスパラメータS
1(θ’)を計算する。
【0115】
(ステップ5):S
1(θ’)=1となるθ’≡θ
0を選ぶ。この条件のときに、
【0116】
【数17】
は、校正用の第3偏光子を透過した光電場を正しく表すことになる。この角度θ
0を「補正角度」と呼ぶ。
【0117】
(ステップ6):ステップ1〜5の処理を、第1偏光子114の角度φが0°以外のときの他の24個のデータについても同様に行う。θ
0の値は、十分な信号雑音比で測定が行われていれば、すべてのφのデータで同じ値になる。
【0118】
図19Aは、補正後の第1偏光子114の角度でストークスパラメータS
1を求めたグラフである。上述の補正を行った後のデータなので、S
1=1になっている。
図19AでS
1が1から外れている点は、信号雑音比が十分でない点に対応する。
【0119】
図19Bは、異なる25個のφの値から見積もられた補正角度θ
0の値である。理論どおり、補正角度θ
0は第1偏光子114の角度φがどのような値であっても、ほぼ等しい値をとることが確認できる。そこで、25回の解析で得られたθ
0の最頻値を計算して、第2偏光子117の角度に対する補正角θ
0と決定する。
図19Bの例では、第2偏光子117の補正角度は−23°と見積もられる。
(1−2)第1偏光子(P1)の角度に対する計測データの補正
次に、第1偏光子114の角度に対する計測データの補正方法を述べる。上記では、校正を行うために、サンプル(測定対象物120)の手前に第3の偏光子を置いている。第1偏光子114を回転させたときに、第1偏光子114と第3の偏光子の透過軸が一致する場合に信号強度が最も大きくなり、直交するときに信号強度が最も小さくなるはずである。この事実を用いて、第1偏光子114の角度補正を行う。
【0120】
第1偏光子114の手前に波長板13を置いているため、周波数0.25〜0.35THzの領域では、波長板13を透過した後のテラヘルツ光は、ほぼ円偏光である。したがって、第1偏光子114を透過した直後の光強度は、第1偏光子114の回転角度がどのような角度であっても、ほぼ等しい。
【0121】
図20は、第1偏光子114の角度位置の関数としてのテラヘルツ電場の振幅を示す。横軸の第1偏光子114の角度位置は25点存在するので、x=0,1,2,…,24とおく。縦軸に、校正用の第3の偏光子と第2偏光子117を通って受信機19(すなわち検出器)に到達したテラヘルツ波の0.25〜0.35THzの範囲のフーリエ成分の振幅の絶対値の和を示す。
【0122】
まず、24個の異なる角度で取得された第2偏光子117のデータを解析することで、第1偏光子114の各角度におけるE
x(ω)とE
y(ω)を計算し、
【0123】
【数18】
を振幅値として計算する。具体的な校正方法は以下の通りである。
【0124】
(ステップ11):校正用の第3の偏光子の透過軸の角度は紙面に平行であるから、第1偏光子114の透過軸が紙面と平行なときに
図20の縦軸の値は最大となるはずである。
図20をみると、7番目と8番目のデータの間で縦軸の値が最大となる。この角度のときに、第1偏光子114の透過軸と、校正用の第3の偏光子の透過軸の方向が一致する。
図20のデータは、式(8)の解析式でフィッティングしたものである。
【0125】
|E|=|A*cos(2π*(x-b)/25)| (8)
フィッティングの結果、b=7.6と求まる。すなわち第1偏光子114がx=7.6に相当する角度のときに、電場は最大値をとる。この角度のときに第1偏光子114を透過した光の偏光状態は、紙面に平行である。このときの角度を0°(基準角)と定義する。
【0126】
(ステップ12):次に、第1偏光子114の各角度のデータについて以下の操作をすることで、
図20の横軸の各点を、実際にサンプルに照射されるテラへルツ波のX軸を基準とした旋光角に補正する。まず、
図20の横軸を第1偏光子114の角度のデータに読み替える。すなわち、1個目のデータをφ=0、2個目のデータをφ=(1/25)×2π、…x個目のデータを(x/25)×2πとする。
(ステップ13):フィティングの結果から、φ=(7.6/25)×2πのとき、第1偏光子114の透過軸はX軸と平行である。そこで、新しい角度
φ
2=(x-7.6/25)×2π
を定義する。φ
2は、第1偏光子114の各角度のデータについて、第1偏光子114を透過した直後の光の、X軸を基準とした旋光角を表す。
【0127】
(ステップ14):実際の光学系では、第1偏光子114を透過した後に、ビームスプリッタ115として、反射と透過の比率がほぼ1:1のハーフミラーを用いる(
図13参照)。ハーフミラーの透過率はX軸とY軸とで異なるから、第1偏光子114の各角度のデータについて、「実際にサンプルに当たった光」の旋光角はφ
2とは異なる。この事情は、例えばX軸から測って45°の旋光角の光がハーフミラー(またはビームスプリッタ115)を透過したときを考えると分かりやすい。表1を参照すると、テラヘルツ光の光電場ベクトルのX成分の透過率が大きく、Y成分の透過率が小さいから、ハーフミラー透過後の光の旋光角は、45°よりも小さくなってしまう。換言すると、ビームスプリッタ115の透過後に、旋光角はよりX軸方向に傾いてしまう。一方で、旋光角が0°あるいは90°の場合は、旋光角は変化しない。ビームスプリッタ115を透過した光(すなわち、サンプルに照射される光)の旋光角φ
3は、式(9)で表される。
【0128】
【数19】
ここで、t
pはP偏光(紙面と平行な偏光)の透過率、t
sはS偏光(紙面と垂直な偏光)の透過率である。以下では、式(9)によって決定されたφ
3を旋光角として横軸にとってデータを表示することとする。
(2)実測データの補正
上記(1)で説明した手順で、第1偏光子114と第2偏光子117の角度補正が終了したならば、参照サンプルとして用いた金属反射板と校正用の第3の偏光子を取り外して実際の計測を行う。実施例では、光学測定装置10Bの測定対象物120の位置に、計測対象であるゴムのサンプルを置いて計測する。第1偏光子114と第2偏光子117の角度補正が終了しているから、計測されるテラヘルツ波の情報は、以下の通りである。
【0129】
第1偏光子114で切り出された25個の直線偏光が順次サンプル(または測定対象物120)で反射され、さらにビームスプリッタ115で反射されて、受信機19で受光される。受光されたテラヘルツ光のストークスパラメータは、S
1’、S
2’、S
3’である。なお、第1偏光子114で切り出された直線偏光の旋光角は等間隔ではなく、式(9)のφ
3で表される角度である。
【0130】
第1偏光子114の回転周波数は、テラヘルツパルスの繰り返し周波数fの分数倍、この例ではf/25に設定されているので、(S
1’、S
2’、S
3’)の組が25個計測される。ただし、ここで計測される(S
1’、S
2’、S
3’)の組は、「第2偏光子117の直前の光の偏光状態」であり、サンプルで反射された直後の光の偏光状態ではない。なぜならば、ビームスプリッタ115(すなわちハーフミラー)の反射率は、紙面に平行な偏光成分と紙面と垂直な偏光成分では異なり、サンプルからの反射光がビームスプリッタ115で反射される前と後では光の偏光状態が異なるからである。
【0131】
これを補正するために、以下の数式に従って補正を行う。実際に受光データとしてメモリ24に保存されるのはストークスパラメータではなく、電場のX成分(E
x)とY成分(E
y)である。そこで、式(10)を用いて、ストークスパラメータの定義に基づき、以下の計算を行う。
【0132】
【数20】
ここで、表1に示したパワー反射率の平方根をとることで、X軸方向の振幅反射率r
xとY軸方向の振幅反射率r
yは、それぞれr
x=0.44、r
y=0.62となる。この計算で求まるS
1、S
2、S
3が、実際にサンプルで反射されたテラヘルツ光のストークスパラメータである。
(3)黒色ゴム材料の光学軸決定
図21は、測定対象物120として厚さ1mmの黒色ゴムのサンプルを配置し、第1偏光子114の角度を変えて反射スペクトル計測を行ったときの反射テラヘルツ電場の時間波形のE
x成分(
図13の紙面と平行な電場成分)を示す。サンプルに入射するテラヘルツ光の偏波面の角度φ
3が0°のときの反射スペクトルを実線で示し、角度φ
3が45°のときの反射スペクトルを破線で示す。
【0133】
時刻t=0psで観測される時間波形が、ゴムサンプルの表面からの反射による成分(
図12の波形成分(a))であり、t=16psで観測される時間波形が、ゴムサンプルの内部を透過して反射された成分(
図12の波形成分(b))である。
図21では、波形成分(a)と(b)が比較的良好に分離できているが、より薄いサンプルの場合は波形成分の分離が難しくなる。そこで、
図21の計測結果に基づき、解析方法2を適用して、より薄いサンプルにも適用可能な解析手法を説明する。
【0134】
図21の時間波形をフーリエ解析し、第1偏光子114の2つの異なる角度(この例では、φ
3が0°と45°)における反射テラヘルツ電場のS
3スペクトルを解析する。
【0135】
図22は、解析結果であるS
3スペクトルを示す。図中の「解析領域」が、信号が強く解析に用いることができる周波数領域である。第1偏光子114の角度が45°のときは(破線)、解析領域でS
3の値が周波数に応じて正負に振動する様子が見られる。これは、反射された波形成分(a)と(b)の偏光状態が異なるためである。一方で、第1偏光子114の角度が0°のとき(実線)、すなわち照射されるテラヘルツ光の偏波面と黒色ゴムの光学軸が一致した時には、S
3の値に振動が見られない。これは、反射された波形成分(a)と(b)がともに直線偏光であり、その偏光方向も一致するために、両者の信号が混ざったとしても楕円率角は変化せず、すべての周波数範囲でS
3=0となるためである。
【0136】
次に、S
3の振動が最小となる第1偏光子114の角度を抽出して、黒色ゴムの光学軸を決定する。S
3の振動の大きさを決める指標として、以下の二つを採用する。
指標1:0.2〜0.4THzの間で得られる17個のS
3周波数データについて、S
3値の0からのばらつきを評価するために、17個のデータの0に対する分散値を計算し、その和をとったもの。
指標2:
図22の解析領域のS
3振動波形を、さらにフーリエ変換することで周波数解析したデータ。
【0137】
どちらも正しい解析結果を与えることが分かったので、以下では指標1を用いて分析した結果を示す。
【0138】
図23は、指標1に基づき、
図22のスペクトルの0.2〜0.4THzのS
3の0からの分散値の和を計算したものである。横軸はサンプルに照射されたテラヘルツ光の旋光角φ3を表し、縦軸は分散値の和(Σ|σ
S3|
2)を表す。データ点は、式(11)の関数に従うと仮定してフィッティングを行う。
【0139】
【数21】
ここで、bはゴム材料の光学軸の角度である。
図23の実線は、フィッティング結果を示す。
【0140】
S
3の値が0になる角度が4つ存在することが分かる。S
3の値が0のとき、旋光角φ
3とゴム材料の光学軸が一致しているため、旋光角の角度からゴム材料の光学軸の角度を決定できる。これらのデータに関しては、さらに時間波形を比較することで、±90°が速軸で、他の二つの軸が遅軸であることがわかる。上記の解析を、ゴムサンプルを面内で回転させながら行って、解析方法2の正確さを確認する。
【0141】
図24は、横軸にゴムサンプルの回転角度、縦軸に式(11)のフィッティングで得られた光学軸の角度bの値を図示したものである。ゴムを回転させると、フィッティングで得られた光学軸の角度bも同じ角度で回転していることがわかる。以上から、第2実施形態の手法を用いることでサンプルの光学軸を正しく見積もることができることが確認される。
【0142】
図25は、第2実施形態の光学測定方法のフローチャートである。まず、測定対象物120からの反射テラヘルツ光から、表面反射された波形成分(a)(
図12参照)と、サンプルの内部を透過して裏面で反射された波形成分(b)の分離が可能か否かを判断する(S21)。波形成分の分離が可能な場合は(S21でYES)、解析方法1を用いる(S22)。この場合、解析手法は第1実施形態と同じになり、光学測定装置10Bの第1偏光子114の角度を固定する(S23)。第2偏光子117を所定の周波数で回転させる等して第2偏光子117を通過する光の偏光を変化させ、偏波面の異なる複数の反射光データを取得する(S24)。取得したデータから第2偏光子117の回転による偏光成分を抽出して直交する電場成分を求め、波形成分(a)と波形成分(b)のそれぞれでストークスパラメータ(S
1、S
2、S
3)を算出して、サンプルの光学軸(固有軸)の向きと複屈折を決定する(S25)。
【0143】
波形成分の分離が困難な場合は(S21でNO)、解析方法2を用いる(S26)。この場合、第1偏光子114を通過する光の偏光と、第2偏光子117を通過する光の偏光が異なるように変化させる。一例として、第1偏光子114と第2偏光子117を互いに異なる周波数(たとえば、テラヘルツパルスの繰り返し周波数fの分数倍(f×N/M)の周波数)で、回転させる(S27)。
【0144】
第1偏光子114のある角度に対して、第2偏光子117のすべての角度で反射テラヘルツ光のデータの組を取得し、電場成分からストークスパラメータ(S
1、S
2、S
3)を求める(S28)。S28の処理を、第1偏光子114のすべての角度について行い、各角度でのストークスパラメータ(S
1、S
2、S
3)の組を求める。周波数領域でストークスパラメータ成分のS
3がゼロ(S
3=0)となる角度をサンプルの光学軸として決定し、反射テラヘルツ光の遅軸と速軸の間の位相差に基づいて複屈折すなわち屈折率異方性Δnを決定する(S30)。
【0145】
この方法によれば、不透明な高分子材料の固有軸(光学軸)と複屈折を、サンプルの厚さに拠らずに、簡単かつ正確に決定することができる。
【0146】
第1実施形態と同様に、求めた光学軸の向き(θ)と複屈折(屈折率異方性)Δnに基づいて、サンプルに印加されている応力の方向と大きさを特定し、その分布を求めることができる。反射光学系を用いることで、壁面や基板に固定された弾性薄膜、靴のゴム底、タイヤなど、透過光学系を用いることが困難な測定対象物に対しても、効果的に応力検査を行うことができる。
【0147】
第1実施形態と第2実施形態を通して、波長板13は必須ではなく、波長板13を配置しなくても第1実施形態及の光学測定装置10Aと第2実施形態の光学測定装置10Bは機能する。サンプルと受信機19(または検出器)の間に配置される第1実施形態の偏光子17、及び第2実施形態の第2偏光子117は、サンプルからのテラヘルツ光の偏光を変化させることができればよいので、波長板、偏光子の他、偏光を変化させることのできる任意の光学素子を用いてもよい。また、偏光子17または第2偏光子117を通過するテラヘルツ光の偏光状態を変化させることができればよいので、モータや手動操作による回転制御に替えて、任意の偏光制御手段を用いてもよい。たとえば、電気光学結晶や軸性の誘電体に交流電圧を印加することで偏光状態を変化させてもよい。サンプルを透過した、またはサンプルで反射されたテラヘルツ光の回転周波数としては、角周波数πなどの無理数を用いてもよい。この場合も、検出された電場の2×πの偏光成分を抽出してサンプルの光学軸と屈折率異方性を求めることができる。
【0148】
上述した本発明の構成と手法によれば、種々の高分子材料の複屈折の測定や、内部応力の検査に適用することができる。特に添加剤が添加された高分子材料の複屈折や内部応力分布の測定に適している。
【0149】
この出願は、2016年8月29日に日本国特許庁に出願された特許出願第2016−167370号に基づき、その全内容を含むものである。