(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.0050%以下、Si:2.50〜7.00%、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含む化学組成を有し、フェライト相からなる金属組織を有する母鋼板と、
前記母鋼板の表面に形成され、マルテンサイト相を含み、前記マルテンサイト相の面積分率が5%〜100%であり、残部がフェライト相である金属組織を有する金属被膜と、
前記金属被膜の表面に形成された絶縁被膜と、
を有する方向性電磁鋼板。
前記金属被膜が、NiおよびMnの少なくとも一方、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含み、かつ質量%で式:Ni+Mn≧2%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たす化学組成を有する請求項1又は請求項2に記載の方向性電磁鋼板。
前記金属被膜が、CおよびNの少なくとも一方、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含み、かつ質量%で式:C+N≧0.1%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たす化学組成を有する請求項1又は請求項2に記載の方向性電磁鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一例である実施形態について詳細に説明する。
【0019】
なお、本明細書中において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
化学組成の元素の含有量は、元素量(例えば、C量、Si等)、又は元素濃度(例えば、C濃度、Si濃度等)と表記する。
化学組成の元素の含有量について、「%」は「質量%」を意味する。
「Aを主体とするB」との表現は、主体となるAが、B中で最も多い含有量の成分であること意味する。
【0020】
[方向性電磁鋼板]
本実施形態に係る方向性電磁鋼板(以下「電磁鋼板」とも称する)は、母鋼板と、母鋼板の表面に形成された金属被膜と、金属被膜の表面に形成された絶縁被膜と、を有する。
母鋼板は、質量%で、C:0.0050%以下、Si:2.5〜7.0%、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含む化学組成を有し、フェライト相からなる金属組織を有する。そして、金属被膜は、マルテンサイト相を含む金属組織を有する。
なお、以下、フェライト相からなる金属組織を有する母鋼板を「フェライト相からなる母鋼板」とも称する。マルテンサイト相を含む金属組織を有する金属被膜を「マルテンサイト相を含む金属被膜」とも称する。
【0021】
ここで、本実施形態に係る電磁鋼板において、金属被膜及び絶縁被膜の積層被膜は、電磁鋼板の両面(鋼板の厚み方向に対向する面の双方)に形成されていてもよく、電磁鋼板の片面(鋼板の厚み方向に対向する面の一方)に形成されていてもよい。ただし、金属被膜及び絶縁被膜の積層被膜は、電磁鋼板の両面に形成されるのが一般的である。
また、金属被膜及び絶縁被膜の積層被膜が電磁鋼板の両面に形成される場合、両面に形成される各金属被膜及び各絶縁被膜は、各々、構成(化学組成、金属組織及び厚さ等)が、同じであってもよく、異なっていてもよい。
ただし、両面に形成される二つの金属被膜のうち、一方の金属被膜が、マルテンサイト相を含む金属組織を有する構成とする。
なお、両面に形成される各金属被膜及び各絶縁被膜の構成が異なる場合でも、構成(化学組成、金属組織及び厚さ等)を適宜選択すれば、電磁鋼板の反りを発生させないことは可能である。
【0022】
本実施形態に係る電磁鋼板は、上記構成により、密着性に優れ、薄くても母鋼板に大きな張力を付与する被膜を有し、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板となる。本実施形態に係る電磁鋼板は、次の知見により見出された。なお、以下、この効果を「本実施形態の効果」とも称する。
【0023】
まず、本発明者らは、鋼板に張力を発生させるために鋼板の表面に形成させる物質およびその構成について種々の検討を行った。
具体的には、{110}<001>方位を有する方向性電磁鋼板を母鋼板とし、母鋼板と絶縁被膜との間に介在させる物質について、母鋼板での発生張力に加え、絶縁被膜および母鋼板との密着性の観点で検討した。
その結果、母鋼板と絶縁被膜の間に、マルテンサイト相を含む金属被膜を介在させることで、従来のグラス被膜を介在させた場合と比較して、金属被膜が非常に薄い厚さで高い張力を発生させ、母鋼板と絶縁被膜との密着性を確保できることを知見した。
【0024】
そして、この本実施形態の効果が奏される理由について、本発明者らは次のように推測している。
【0025】
金属被膜がマルテンサイト相を含むと、フェライト相からなる母鋼板に張力が発生する。この張力は、鋼板の熱処理過程において、母鋼板の結晶系がフェライト相を維持している温度域において、金属被膜のマルテンサイト相が増加することにより発生する。これについては、後述の製造法の説明において詳述する。
【0026】
また、マルテンサイト相を含む金属被膜は、同じく金属である母鋼板に対する密着性は非常に良好であり、従来のグラス被膜のような問題は生じない。この界面は金属結合となるため、完全に平坦であっても実用上良好な密着性を確保することが可能である。ただし、現実的には母鋼板との元素拡散を主体とする反応又は変態のミクロな不均一性が存在するため、ミクロな凹凸は存在する。その場合でも、従来のグラス被膜での界面凹凸ほど磁気特性への悪影響は見られない。理由は明確ではないが、金属同士の界面であるため、磁壁移動の障害としての作用が酸化物よりは小さくなっていることが考えられる。
【0027】
一方、マルテンサイト相を含む金属被膜は、酸化物を主体とする絶縁被膜(例えば従来のりん酸化合物を主体とする被膜)に対する密着性についても、絶縁被膜に対するグラス被膜の密着性と比較し、良好なものとなる。この理由は不明であるが、鉄鋼のマルテンサイト変態は一般的にミクロな表面凹凸を生じることが知られているため、りん酸化合物を主体とする絶縁被膜との反応においてミクロな凹凸を形成しているものと思われる。特に、NiおよびMnの少なくとも一方を含む金属被膜においては、NiおよびMnの少なくとも一方が界面にミクロに不均一に濃化して絶縁皮膜と金属被膜の反応を不均一とすることで、やはりミクロな凹凸を形成するため、絶縁被膜に対する従来のグラス皮膜の密着性に比べると格段に向上すると考えている。
なお、絶縁皮膜として、酸化物を主体とする絶縁被膜(例えば従来のりん酸化合物を主体とする被膜)ではなく、接着性のある有機物被膜を適用する場合、絶縁皮膜に対する金属被膜の密着性は有機物被膜に依存した良好なものとすることが可能である。
【0028】
以上から、本実施形態に係る電磁鋼板は、上記構成により、密着性に優れ、薄くても母鋼板に大きな張力を付与する被膜を有し、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板となることが見出された。
【0029】
以下、本実施形態に係る電磁鋼板の各構成について説明する。
【0030】
<金属被膜>
金属被膜は、マルテンサイト相を含む金属組織を有する。そして、金属被膜は、フェライト相からなる母鋼板(詳細は後述)と絶縁被膜(詳細は後述)の間に有する。
【0031】
(金属被膜の金属組織)
金属被膜は、マルテンサイト相を含むことで、フェライト相である母鋼板に張力が発生する。この張力は、鋼板の熱処理過程において、母鋼板の結晶系がフェライト相を維持している温度域において、金属被膜のマルテンサイト相が増加することにより発生したものである。これについては、後述の製造法の説明において詳述する。
【0032】
金属被膜において、マルテンサイト相の面積分率は、5%以上が好ましく、20%以上がより好ましく、50%以上がさらに好ましく、80%以上が特に好ましい。マルテンサイト相の面積分率が高いと、母鋼板への張力の発生に金属被膜が好適に作用する。そのため、マルテンサイト相の面積分率が100%であることが、最も好ましい。つまり、マルテンサイト相は、5%〜100%が好ましい。なお、マルテンサイト相の面積分率は、全金属相に占める割合である。
一方、マルテンサイト相以外の金属相については、特に限定するものではない。
【0033】
金属被膜としては、例えば、マルテンサイト相が形成される、Feを主体とする鋼被膜(ステンレス鋼等)、鉄合金被膜(Ni鉄合金等)等が挙げられる。
一方で、金属被膜は、母鋼板に張力が発生し、かつ母鋼板と絶縁被膜との密着性を確保するという目的を考えると、高価な特殊元素を多量に含有する金属被膜である必要はない。
【0034】
そのため、コスト及び製造法に加え、マルテンサイト変態に伴い体積膨張して適切な母鋼板に張力を付与する観点から、金属被膜は鋼被膜であることが好ましい。
この場合、マルテンサイト相以外の残部の金属相としては、フェライト相、オーステナイト相等、一般的な鋼材で形成されることが知られている金属相が挙げられる。なお、金属皮膜による電磁鋼板全体の透磁率の劣化を最小にする観点から、残部の金属相は、残部の金属相に占める面積分率で95%以上(好ましくは100%)のフェライト相を含むことが好ましい。
そして、コスト及び製造法に加え、密着性に優れ、薄くても母鋼板に大きな張力を付与する観点から、金属被膜は、フェライト相の面積分率が0%〜95%以下(好ましくは0%〜80%、より好ましくは0%〜50%、さらに好ましくは0%〜20%)、マルテンサイト相の面積分率が5%〜100%(好ましくは20%〜100%、より好ましくは50%〜100%、さらに好ましくは80%〜100%)の金属組織を有することがよい。
【0035】
金属被膜には、化学組成又は組織形成過程によって、金属相以外に、酸化物、炭化物、窒化物、硫化物等の化合物、又は金属間化合物を含むこともある。ただし、金属被膜が、これら化合物を含んでも、本実施形態の効果が失われるものではない。
【0036】
金属被膜のマルテンサイト相の面積分率は、次の通り測定する。
下記測定条件で、任意の10箇所の測定対象に対して、EBSD(電子線後方散乱回折法)を用いて測定したGAM(同一結晶粒内における隣接測定点間のミスオリエンテーションの平均値:Grain Average Misorientation)が10°以上の結晶粒の面積率(測定領域の面積に占める割合)の平均値を、マルテンサイト相の面積率とする。
【0037】
−測定条件−
・測定装置:電子線後方散乱回折装置付き走査型電子顕微鏡(SEM−EBSD)「SEMの型番JSM−7800(JEOL社製)EBSD検出器は型番「HIKARI」(TSL社製)を使用」
・ステップ間隔:0.02μm
・倍率:10000倍
・測定対象:金属被膜のZ面(板厚方向に電磁鋼板を切断した切断面)の中心層
・測定領域:8000μm×2400μmの領域
【0038】
なお、マルテンサイト相以外の残部の金属相の面積率は、面積率100%からマルテンサイト相の面積率を引いた差分である。一方、例えば、残部の金属相のうち、フェライト相の面積率は、上記測定条件で、任意の10箇所の測定対象に対して、EBSDを用いて測定したGAMが0°以上10°未満の結晶粒の面積率の平均値を、フェライト相の面積率とする。
【0039】
ここで、金属被膜と母鋼板との境界は、原則、マルテンサイト相の有無で分離される位置とする。ただし、マルテンサイト相の有無で明確に分離していれば、金属被膜と母鋼板との境界の決定は容易であるが、金属被膜と母鋼板との境界付近でマルテンサイト相の面積分率が連続的に変化している場合、当該境界の決定は難しい。そのため、この場合、金属被膜と母鋼板との境界付近で、マルテンサイト相の面積分率を電磁鋼板の板厚方向に複数箇所測定する。そして、マルテンサイト相の面積分率が5%となる箇所の位置を金属被膜と母鋼板との境界とし、この位置よりもマルテンサイト相の面積分率が高い領域を金属被膜とする。
この金属被膜と母鋼板との境界に基づいて、上記GAMの測定対象である「金属被膜のZ面の中心層」、金属被膜の膜厚、金属被膜の化学組成の決定に利用する。
【0040】
(金属被膜の化学組成)
金属被膜の化学組成は、電磁鋼板を使用する室温程度の温度域においてマルテンサイト相を含む金属組織となる化学組成であれば、特に限定されるものではない。
ただし、上述のように、金属被膜は、高価な特殊元素を多量に含有する金属被膜である必要はない。
そのため、金属被膜の化学組成は、例えば、Ni、Mn、C、およびNよりなる群から選択される少なくとも1種、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含有する化学組成が好ましい例として挙げられる。なお、以下、この化学組成を有する金属被膜を「Feを主体とする金属被膜」とも称する。
【0041】
−NiおよびMn−
NiおよびMnは、Feを主体とする鉄合金(例えば鋼)に含有するとマルテンサイト相を形成することが知られている元素である。そして、Feを主体とする金属被膜にマルテンサイト相を形成するためには、金属被膜には、NiおよびMnの少なくとも一方をNiおよびMnの合計量で2%以上含有することが好ましい。
【0042】
一方、NiおよびMnの合計量の上限は、特に限定しないが、30%以上であると、オーステナイト相が安定になり室温までの冷却ではマルテンサイト相が金属被膜に形成され難くなる。この場合、マルテンサイト相を金属被膜に形成させるにはサブゼロ処理(深冷処理とも呼ばれる0℃以下の温度に冷やす処理)が必要になる。そのため、生産性の観点から、NiおよびMnの合計量は30%未満にすることが好ましい。
【0043】
ただし、製法の説明において後述する、絶縁被膜形成工程の加熱温度および冷却速度でマルテンサイト相を形成する場合を考えると、NiおよびMnの合計量が15%以上25%以下でも十分な量のマルテンサイト相の生成が可能である、また、変態に関連する温度域の冷却速度を高めに制御するのであれば、NiおよびMnの合計量が2%以上15%未満でも十分な量のマルテンサイト相を生成も可能である。
【0044】
−CおよびN−
CおよびNは、鋼に含有するとマルテンサイト相を形成することが知られている元素である。Feを主体とする金属被膜にマルテンサイト相を形成するために、金属被膜には、CおよびNの一方あるいは両方を含有してもよい。
CおよびNの合計量の下限は、特に限定されず、0.002%以上、0.050%以上であっても構わない。ただし、CおよびNの合計量が0.200%以上であると、磁気時効を引き起こし,鉄損を劣化させる原因となる。そのため、鉄損の観点から、CおよびNの合計量は0.200%未満にすることが好ましい。
【0045】
ここで、CおよびNは、熱履歴又は他の金属元素の含有によっては炭化物および窒化物を形成しやすく、マルテンサイト相の形成に寄与しなくなることがある。また、CおよびNは、Feを主体とする金属被膜に含有させる元素として非常に安価ではあるが、CおよびNは磁気時効を引き起こして磁気特性を劣化させる元素としても知られている。そのため、金属被膜に含有するCおよびNが母鋼板に拡散すると、磁気特性の悪影響が出ることがある。
【0046】
よって、特に理由がないのであれば、NiおよびMnの少なくとも一方をマルテンサイト相形成のための主体元素とし、CおよびNの少なくとも一方は補助元素としての使用に留めることが好ましい。CおよびNの少なくとも一方を補助元素として使用するのであれば、CおよびNの合計量が0%超え0.02%未満(又は0.01%以下)でも、CおよびNはマルテンサイト相の形成に十分寄与する。
【0047】
−残部−
残部はFeおよび不純物元素である。不純物元素とは、原材料に含まれる成分、または、製造の過程で混入する成分であって、意図的に金属被膜に含有させたものではない成分を指す。
【0048】
−その他の元素−
Feを主体とする金属被膜は、Feに代えて、Ni、Mn、C、およびN以外の様々な元素を、鋼被膜中でのマルテンサイト相形成への効果又は母鋼板の磁気特性への影響を考慮して、公知文献に従い含有してもよい。特にマルテンサイト相形成に寄与する元素としては、Co、Mo、Siなども知られており、使用することは問題ない。
なお、後述の製造法で例示するが、例えば、母鋼板の表面にNiなどの純金属または高濃度合金を付着させ、これを母鋼板中に拡散させて、最終的にマルテンサイト相を含む金属組織を有する金属被膜を形成する場合には、鋼被膜には、母鋼板が含有する元素を少なからず含有することとなる。
【0049】
これら各元素(特に、Ni、Mn、C、およびN)の性質を考慮すると、Feを主体とする金属被膜の化学組成は、1)〜3)の化学組成のいずれかであることが好ましい。
1)NiおよびMnの少なくとも一方、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含み、かつ質量%で式:Ni+Mn≧2%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たす化学組成
2)CおよびNの少なくとも一方、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含み、かつ質量%で式:C+N≧0.1%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たす化学組成
3)Ni、Mn、C、およびNよりなる群から選択される少なくとも1種、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含み、質量%で式:Ni+Mn≧2%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たし、かつ質量%で式:2%>C+N≧0%(式中、各元素記号は各元素の含有量を示す)を満たす化学組成
【0050】
以上説明した金属被膜の化学組成は、金属被膜にどれくらいのマルテンサイト相を形成させ、母鋼板にどれくらいの張力を生成させるかにより決定される。しかし、金属被膜の化学組成は、1)マルテンサイト相の面積分率は熱処理条件にも影響されること、2)母鋼板に発生する張力は金属被膜の厚さにも依存することから、一概に最適値の範囲を決定できない。ただし、金属被膜の厚さ又は熱処理能力などが決まれば、多様な金属材料の変態を考慮した製造を実施している当業者であれば、適切な金属被膜の化学組成を設計し、決定することは困難ではない。
例えば、一例として、板厚0.30〜0.35mmの母鋼板の表面に、Feを主体としNi濃度が5〜10%程度である0.8〜1.3μm程度の厚さの鉄合金領域を形成し、800〜850℃まで加熱後、40〜80℃/s程度で800〜100℃まで冷却すれば、この領域がマルテンサイト相に変態し、マルテンサイト相を含む金属被膜となる。そして、この化学組成の金属被膜により、一般的な方向性電磁鋼板と同程度の5〜10MPa程度の張力を発生させることが可能である。
【0051】
ここで、金属被膜は、非常に薄い場合も想定されるため、これだけを取り出して分析することは困難となることもある。そのため、金属被膜の化学組成の各元素量は、グロー放電発光表面分析グロー放電発光分光分析(GDS)で、絶縁被膜を除去後の電磁鋼板の表面(つまり金属絶縁被膜)からの発光強度プロファイルを調査することにより、測定する。化学組成の各元素量の絶対値は、各元素量を変化させた材料についてのGDSの発光強度と各元素量との検量線により特定できる。
【0052】
GDSは、例えばリガク製GDA750を使用する、GDSの測定条件は、アノード径4mm、圧力3hPaとする。測定を必要とする金属被膜の厚さにより最適なスパッタ時間は変わるが、一般的には数分程度の時間で、元素量変化がほぼ見られない母鋼板まで分析することができる。また、測定試料の最表面から連続的にGDSのスパッタで深さ方向に掘り進める必要はなく、金属被膜の適当な厚さを別途研磨により除去して、除去後の金属被膜の最表面濃度を分析することで、金属被膜の特定の深さ位置での元素濃度を得ることも可能である。
金属被膜の化学組成は、濃度変化がほぼ見られない母鋼板の表面側の領域の化学組成とする。しかし、厚さが薄い金属被膜内では、母鋼板からの元素の拡散により濃度が連続的に変化することが考えられる。この場合は、前述の通り、マルテンサイト相の面積分率が5%以上となる領域を金属被膜として、この領域内での元素量の平均値を金属被膜の化学組成とする。
【0053】
(金属被膜の厚さ)
金属被膜は、母鋼板に張力を発生させることを主な目的としている。金属被膜の厚さの目途となるのは、従来のグラス被膜、または従来のグラス被膜及び絶縁被膜を合わせた程度の張力を発生させるための厚さとなる。必要な金属被膜の厚さは、金属被膜のマルテンサイト相の面積分率及び化学組成などにも依存するため一概には決定できない。
【0054】
そのため、金属被膜の厚さの下限値は、限定し難い。
例えば、一例として、板厚0.30〜0.35mmの母鋼板の表面に、Feを主体としNi濃度が5〜10%程度である1.0〜1.5μm程度の厚さの鉄合金領域を形成し、850〜900℃まで加熱後、20〜30℃/s程度で800〜150℃まで冷却すれば、この領域がマルテンサイト相に変態し、マルテンサイト相を含む金属被膜となる。そして、この厚さの金属被膜により、一般的な方向性電磁鋼板と同程度の5〜10MPa程度の張力を発生させることが可能である。
これよりも多量、または変態による熱膨張の大きなマルテンサイト相が形成される場合は、同じ張力を発生させるのに必要な金属被膜の厚さは薄くなる。このような制御により、単に張力を高めるばかりでなく、占積率を向上させる設計とすることも可能である。
これらを考慮すると、金属被膜の厚さの下限値は、0.5μm以上が一例として挙げられる。
【0055】
一方、金属被膜の厚さの上限値は、後述のように絶縁被膜を薄くした場合を想定しても、占積率を考慮して、母鋼板の板厚の1/20未満とすることが好ましく、1/40未満がより好ましく、1/100未満がさらに好ましい。
【0056】
<母鋼板>
母鋼板は、質量%で、C:0.0050%以下、Si:2.50〜7.00%、並びに、残部:Feおよび不純物元素を含む化学組成を有し、フェライト相からなる金属組織を有する母鋼板である。
なお、母鋼板は、金属被膜及び絶縁性被膜を表面に形成する対象である方向性電磁鋼板である。
【0057】
この母鋼板の化学組成は、結晶方位を{110}<001>方位に集積させたGoss集合組織に制御するために適した化学組成である。
【0058】
具体的には、母鋼板の化学組成は、質量%で、C:0超え〜0.0050%、Si:2.50〜7.00%、酸可溶性Al:0%〜0.065%、N:0%〜0.012%、Mn:0%〜1%、Cr:0%〜0.3%、Cu:0%〜0.4%、P:0%〜0.5%、Sn:0%〜0.3%、Sb:0%〜0.3%、Ni:0%〜1%、S:0%〜0.015%、Se:0%〜0.015%、並びに、残部:Fe及び不純物を含む化学組成であることがよい。
また、母鋼板の化学組成は、これら、C、Si、酸可溶性Al、N、Mn、Cr、Cu、P、Sn、Sb、Ni、S、およびSeを上記含有量で含有し、残部がFe及び不純物元素からなる化学組成であってもよい。
【0059】
ここで、母鋼板の化学組成において、上記元素のうち、Si及びCが基本元素であり、残部がFe及び不純物からなる。また、酸可溶性Al、N、Mn、Cr、Cu、P、Sn、Sb、Ni、S、およびSeが選択元素としてFeを置き換えて含有されてもよい。上記の選択元素は、その目的に応じて含有させればよいので下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。また、これらの選択元素が不純物として含有されても、本実施形態の効果は損なわれない。
なお、不純物元素とは、母鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から不可避的に混入する元素を意味する。
【0060】
また、母鋼板の製造では、二次再結晶時に純化焼鈍を経ることが一般的である。純化焼鈍においてはインヒビター形成元素の系外への排出が起きる。特に、N、及びSの濃度の低下が顕著で、50ppm以下になる。通常の純化焼鈍条件であれば、N、及びSの濃度は、各々、9ppm以下、さらには6ppm以下、純化焼鈍を十分に行えば、一般的な分析では検出できない程度(1ppm以下)にまで達する。
【0061】
母鋼板の化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、母鋼板の化学成分は、ICP−AES(Inductively Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、被膜除去後の鋼板の中央の位置から35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS−8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより特定できる。なお、CおよびSは燃焼−赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解−熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0062】
なお、測定試料となる母鋼板は、電磁鋼板の表面から金属被膜および絶縁被膜を研削等により除去した後に測定するものとする。
【0063】
母鋼板の金属組織は、フェライト相からなる。フェライト相からなる金属組織とは、フェライト相の面積分率が95%以上(好ましくは99%、より好ましくは100%)の金属組織を意味する。
ここで、フェライト相の面積分率は、金属被膜のマルテンサイト相の測定方法に準じて測定する。具体的には、フェライト相の面積分率は、上記測定条件で、任意の10箇所の測定対象に対して、EBSDを用いて測定したGAMが0°以上10°未満の結晶粒の面積率の平均値を、フェライト相の面積率とする。
【0064】
<絶縁被膜>
絶縁被膜は、電磁鋼板を積層して使用する際ときの電磁鋼板間の絶縁を担保するために表面に形成される被膜である。一般的には、絶縁被膜は、母鋼板への張力付与の効果を考慮する必要があり、りん酸又はりん酸塩、無水クロム酸又はクロム酸塩、及びコロイド状シリカを含む塗布溶液を塗布して焼き付けた「りん酸化合物を主体とするガラス質の絶縁被膜」が例示される。
【0065】
ただし、母鋼板への張力発生は金属被膜で担保することが可能であり、絶縁被膜は張力付与効果を考慮したものである必要はない。このため、絶縁被膜は、従来は適用できなかった高い絶縁性を持つ絶縁物質の膜を適用することも可能である。また、絶縁被膜の厚さを薄くすることが可能となる。
また、絶縁被膜は、電磁鋼板の利用において求められてはいるが、張力付与効果を考慮するために適用できなかった「耐水性、すべり性等に特に優れた特性を有する物質の膜」も適用可能となる。絶縁被膜として「耐水性、すべり性等に特に優れた特性を有する物質の膜」を適用すると、電磁鋼板において、これら特性を格段に高めることも可能となる。さらに、絶縁被膜の使用物質の制約が少なくなることで、電磁鋼板の生産性の向上や品質の均一性なども期待できる。
【0066】
絶縁被膜には、方向性電磁鋼板において公知技術として知られている、上記「りん酸化合物を主体とするガラス質の絶縁被膜」を適用しても何ら問題はない。この場合、塗布溶液には、各種の特性を改善するため、様々な元素(化合物)を、公知の範囲で添加しても、本実施形態の効果が失われるものではない。また、近年、クロムを含有しない絶縁被膜の開発も進められており、このような被膜でもよい。
【0067】
これらのことを考慮すると、絶縁被膜としては、Si、P、Al、Mg、及びFから選択される少なくとも1種を含む被膜であることが好ましい。
これらの絶縁被膜は、絶縁性が高く、耐水性、すべり性等に特に優れた特性を電磁鋼板に付与可能となる。
この酸化物被膜の例としては、上記「りん酸化合物を主体とするガラス質の絶縁被膜」に加え、コロイダルシリカ、燐酸アルミニウム、燐酸マグネシウム,ポリテトラフルオロエチレンを含む絶縁被膜などがある。
【0068】
絶縁被膜は、母鋼板への張力付与に寄与しない被膜であってもよいし、母鋼板への張力付与に寄与する被膜(つまり母鋼板に張力を付与する被膜:以下、絶縁張力被膜とも称する)であってもよい。
例えば、コロイド状シリカを含まず、りん酸又はりん酸塩、及び無水クロム酸又はクロム酸塩を含む塗布溶液を焼き付けた絶縁被膜は、母鋼板への張力付与に寄与しない被膜となる。
一方、例えば、りん酸又はりん酸塩、無水クロム酸又はクロム酸塩、及びコロイド状シリカを含む塗布溶液を焼き付けた絶縁被膜は、母鋼板への張力付与に寄与する被膜となる。
【0069】
絶縁被膜は、1層のみ設けてもよいし、2層以上設けてもよい。
【0070】
絶縁被膜の厚さは、特に限定するものではないが、絶縁性を考慮すると、0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましい。
絶縁被膜が厚いと、占積率の悪化を招くばかりでなく、絶縁被膜の形成段階で、絶縁被膜にクラックが発生する恐れがある。そのため、絶縁被膜の厚さは、10μm以下が好ましく、5μm以下がより好ましい。
なお、2層以上の絶縁被膜を設ける場合、2層以上の絶縁被膜の合計厚さが上記範囲とすることがよい。
【0071】
絶縁被膜の厚さは、絶縁被膜の断面(電磁鋼板の板厚方向に沿った断面)を走査電子顕微鏡または透過電子顕微鏡で観察(倍率10000倍)して、任意の10箇所を計測した平均値とする。
【0072】
[方向性電磁鋼板の製造方法]
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
母鋼板の製造方法は、従来の公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適用することができる。例えば、母鋼板の製造方法は、高温スラブ加熱によってMnS、AlNインヒビターを形成する製造方法、スラブ加熱を低温で行い、窒化処理によってAlNインヒビターを形成させる製造方法など、特に制限を加えることなく適用することができる。
【0073】
以下、具体的に、本実地形態に係る電磁鋼板の一例について説明する。まず、一般的な条件として、母鋼板の製造方法を説明し、その後、金属被膜の形成方法、絶縁被膜の形成方法について説明する。
なお、以下に説明する本実地形態に係る電磁鋼板の製造方法はあくまでも一例であり、本実地形態に係る電磁鋼板の製造方法が、この方法にとらわれないことは言うまでもないことである。
【0074】
<母鋼板の製造方法>
母鋼板は、例えば、鋳造工程、熱間圧延工程、焼鈍工程、脱炭焼鈍工程、焼鈍分離剤塗布工程、及び仕上げ焼鈍工程を経て製造できる。
【0075】
(鋳造工程)
鋳造工程では、転炉、電気炉等により溶製し、さらに必要に応じて真空脱ガス処理して、溶鋼を得る。そして、得られた溶鋼を、連続鋳造または造塊後分塊圧延し、30〜400mm程度の厚さのスラブを製出する。
ここで、スラブの厚さが30mm〜70mmの範囲である薄いスラブ(いわゆる薄スラブ)であれば、以降の熱間圧延工程において、仕上げ圧延前の粗圧延を省略できる。
【0076】
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程では、所定の温度(例えば1100〜1400℃)に加熱されたスラブの熱間圧延を行い、熱間圧延鋼板を得る。具体的には、例えば、熱間圧延工程では、加熱されたスラブを粗圧延した後、仕上げ圧延して、所定厚さ、例えば、1.8〜3.5mmの熱間圧延鋼板を得る、仕上げ圧延終了後、熱間圧延鋼板を所定の温度で巻き取る。
【0077】
(焼鈍工程)
焼鈍工程では、熱間圧延工程で得た熱間圧延鋼板を所定の温度条件(例えば750〜1200℃で30秒〜10分間)で焼鈍して、焼鈍鋼板を得る。
【0078】
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程では、焼鈍工程で得た焼鈍鋼板を、1回の冷間圧延、又は焼鈍(中間焼鈍)を介して複数回(2回以上)の冷間圧延(例えば総冷延率で80〜95%)し、例えば、0.10〜0.50mmの厚さを有する冷間圧延鋼板を得る。
【0079】
(脱炭焼鈍工程)
脱炭焼鈍工程では、冷間圧延工程で得た冷間圧延鋼板を脱炭焼鈍(例えば700〜900℃で1〜3分間)し、一次再結晶が生じた脱炭焼鈍鋼板を得る。冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を行うことで、冷間圧延鋼板中に含まれるCが除去される。脱炭焼鈍は、冷間圧延鋼板中に含まれる「C」を除去するために、湿潤雰囲気中で行うことが好ましい。
【0080】
(窒化処理)
ここで、二次再結晶におけるインヒビターの強度を調整するため、必要に応じて、窒化処理を実施してもよい。窒化処理は、脱炭焼鈍工程の開始から、仕上げ焼鈍工程における二次再結晶開始までの間に、鋼板の窒素量を増加させればよい。窒化処理としては、例えば、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する処理、MnN等の窒化能のある粉末を含む焼鈍分離剤を塗布した脱炭焼鈍鋼板を仕上げ焼鈍する処理等が挙げられる。
【0081】
(焼鈍分離剤塗布工程)
焼鈍分離剤塗布工程では、脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布する。
焼鈍分離剤としては、例えば、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を用いる。焼鈍分離剤を塗布後の脱炭焼鈍鋼板は、コイル状に巻取った状態で、次の仕上げ焼鈍工程で仕上げ焼鈍される。
【0082】
(仕上げ焼鈍工程)
仕上げ焼鈍工程は、焼鈍分離剤が塗布された脱炭焼鈍鋼板に仕上げ焼鈍を施し、二次再結晶を生じさせる工程である。一次再結晶領域と二次再結晶領域の境界部位の鋼板に温度勾配を与えた状態で二次再結晶を進行させることによって、{100}<001>方位粒を優先成長させ、鋼板の磁束密度を飛躍的に向上させる。
【0083】
以上の工程を経て、母鋼板を製造できる。
なお、母鋼板には、必要に応じ、レーザー、プラズマ、機械的方法、エッチングなどの公知の手法で、母鋼板に対して、局所的な微小歪領域または溝を形成する磁区細分化処理等の公知の後処理を施してもよい。なお、このような磁区細分化処理は本実施形態の効果を損ねるものではない。
【0084】
<金属被膜の形成方法>
金属被膜を形成するための工程は、母鋼板の製造工程の適当な時期、又は母鋼板の製造後に実施する。
【0085】
マルテンサイト相を含む金属被膜の形成において、マルテンサイト相の生成は、主として、化学組成と熱処理の二つの要因を考慮して制御される。
【0086】
(化学組成が異なる領域(金属被膜となる領域)の形成)
表層と中心層で化学組成及び金属組織が異なる鋼板、いわゆる複層鋼板に関する技術が多数知られている。これら技術を適用して、フェライト相からなる母鋼板の表面に、マルテンサイト相を含む金属被膜を形成することができる。
【0087】
複層鋼板に関する技術としては、爆着、鋳ぐるみ、圧着などの方法が知られている。これらの方法を適用する際には、最終的にマルテンサイト相を含む金属被膜となる領域の厚さが母鋼板の全厚さに比べると非常に薄いため、製造過程での元素拡散により、金属被膜の化学組成に変化が生じることがある。しかし、この化学組成の変化の考慮は、鋼板のミクロな組織制御を日常的に実施している当業者にとっては困難なことではない。
【0088】
ただし、上記方法は、複層化後に、熱間圧延、焼鈍、仕上げ焼鈍等の高温長時間の熱処理を複数回実施することになるため、金属被膜の化学組成の変化が大きくなりやすい。また、熱延、冷延などで加工されるため、特に、金属被膜が薄い場合には均質かつ均一な厚さの金属被膜を最終製品まで維持することが困難となる場合も考えられる。
【0089】
上記の点を考えると、仕上げ焼鈍後に、母鋼板の表層の化学組成を変化させる方法が有利である。この方法としては、例えば、仕上げ焼鈍後の母鋼板の表面に、めっき、蒸着等によりNi、Mn等の金属又はこの金属を含有する適切な化学組成の合金を付着させる方法、浸炭処理、窒化処理等の処理で母鋼板の表層のみの化学組成を変化させる方法等が考えられる。
【0090】
めっき及び蒸着の条件、付着させる元素の量、合金の化学組成、浸炭及び窒化の条件、それにより増加するCおよびNの量などは、設計する金属被膜のマルテンサイト相の面積分率、被膜の厚さ、その後に実施する熱処理条件などにより広範に変化する。そのため、これらの条件は、特に限定はしない。
【0091】
後述するよう、金属におけるマルテンサイト相の形成に関しては、組成、熱履歴などについて膨大な量のデータが公知で蓄積されており、これらを活用して、目的とする金属被膜を適宜形成することが可能である。
【0092】
また、母鋼板の表面に付着させる合金の化学組成は、最終的にマルテンサイト相を含む金属被膜の化学組成とする必要はない。例えば、純金属を付着させ、その後の熱処理で母鋼板との拡散により、目的とするマルテンサイト相を含む金属被膜の化学組成に調整することも可能である。この制御は、単純に金属中での元素拡散挙動を考慮するだけのことであり、鋼板のミクロな組織制御を日常的に実施している当業者にとっては困難なことではない。
【0093】
(マルテンサイト相を含む金属被膜の形成)
基本的にマルテンサイト相は、熱処理の温度降下過程で、高温で安定であったオーステナイト相が低温で安定となるフェライト相に変態する過程で生成する。この挙動は化学組成にも影響するため、熱処理条件を一概に決定することはできず、この条件はあえて限定しない。ただし、この制御には、上で説明した化学組成とともに、熱処理の冷却速度と冷却終点温度が影響することが十分に知られ、多数のデータが存在しており、これを適宜利用すればよい。化学組成を含めて、適切な熱履歴を決定することは、鋼板のミクロな組織制御を日常的に実施している当業者にとっては困難なことではない。
【0094】
金属被膜のマルテンサイト相は、最終製品で金属被膜に形成されていることが必要である。そのため、重要となるのは、母鋼板の製造過程において、金属被膜となる領域にオーステナイト相を形成可能な最終的な熱処理からの冷却ということになる。
この点を考慮すると、上記化学組成が異なる領域の形成方法も含めて、仕上げ焼鈍後に母鋼板の表層に化学組成を変化させた領域を形成した後、絶縁被膜の焼き付け工程を利用して、この領域をオーステナイト相に変態させ、冷却過程でマルテンサイト相を形成する方法は、母鋼板の表面に明確に区分された金属被膜を形成する点で、最も好ましい方法である。また、特別な工程を追加することについてのコストを考慮しても最適な方法と言える。
【0095】
一方で、絶縁被膜として低温で形成される特殊なものを使用するのであれば、例えば、絶縁皮膜の形成前に適切な追加熱処理を行い、化学組成を変化させた領域のみにマルテンサイト相を形成させることも可能である。追加熱処理は必要となるが、絶縁被膜の形成条件を考慮せずマルテンサイト相の形成に特化した熱処理が可能となり、好ましいマルテンサイト相の制御が可能となる。
【0096】
ここで、マルテンサイト相を形成する熱履歴の一例として、Feを主体とするNi濃度15〜20%程度の鉄合金領域を、800〜850℃まで加熱後、50〜100℃/s程度の冷却速度で800〜100℃まで冷却する熱処理を行えば、一般的な母鋼板(方向性電磁鋼板)で有意義な張力を発生させるに十分な量のマルテンサイト相を生成させることが可能である。
【0097】
<絶縁被膜の形成方法>
絶縁被膜は、適用する素材に応じて、周知の方法を利用して形成できる。例えば、りん酸化合物を主体とするガラス質の絶縁被膜を形成する場合、母鋼板の表面(金属被膜となる領域の表面)又は母鋼板の表面に形成した金属被膜の表面に、りん酸又はりん酸塩、無水クロム酸又はクロム酸塩、及びコロイド状シリカを含む塗布溶液を塗布して焼き付けることで(例えば、350℃〜1150℃で5〜300秒間、焼き付けることで)、りん酸化合物を主体とするガラス質の絶縁被膜を形成できる。
【0098】
以上説明した本実施形態に係る方向性電磁鋼板によれば、高い張力を有する磁気特性が良好な方向性電磁鋼板を効果的に製造することができる。
【0099】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0100】
以下、本発明を、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本発明を制限するものではない。
【0101】
次の通り、各試験Noの電磁鋼板を作製する。
【0102】
(母鋼板の作製)
表1に示す成分組成の鋼種の鋼片を1150℃で60分均熱して熱間圧延に供し、2.6mm厚の熱延鋼板とする。次いで、この熱延鋼板に、1120℃で200秒保持した後、直ちに、900℃に120秒保持して急冷する焼鈍を施し、酸洗後、冷間圧延に供し、最終板厚0.27mmの冷延鋼板とする。
【0103】
この冷延鋼板(以下「鋼板」)に、水素:窒素が75%:25%の雰囲気で、850℃、180秒保持する脱炭焼鈍を施す。脱炭焼鈍後の鋼板に、水素−窒素−アンモニアの混合雰囲気で、750℃、30秒保持する窒化焼鈍を施して、鋼板の窒素量を230ppmに調整する。
【0104】
窒化焼鈍後の鋼板に、アルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、その後、水素−窒素の混合雰囲気で、15℃/時間の昇温速度で1200℃まで加熱して仕上げ焼鈍を施し、次いで、水素雰囲気で、1200℃で20時間保持する純化工程を経た後、自然冷却し、二次再結晶が完了した鋼板を作製する。
【0105】
仕上げ焼鈍した鋼板について、表面の焼鈍分離剤を除去する。そして、表面の焼鈍分離剤を除去した鋼板を、母鋼板とする。
【0106】
(金属被膜形成前処理)
次に、表2〜表4に従って、母鋼板の両面に、次の(A)〜(C)のいずれかの処理を実施する。ただし、試験NoA1〜A2、A8、B1〜B2、C1は、これら処理を実施しない。
【0107】
(A)表2に示す組成及びめっき量の条件で、めっき処理を施す。
(B)表3に示す組成及び板厚の接合板を接合する接合板接合処理を施す。
(C)表4に示す浸炭処理又は窒化処理を施す。ただし、炭化処理及び窒化処理は、形成される金属被膜の平均組成が表4に示す平均組成となる条件とする。
【0108】
次に、A2〜A4、A6、A8〜A12、B3〜B6、C1〜C7については上記処理を施した母鋼板の両面に、燐酸塩を主体としクロムを含有する絶縁被膜コーティング溶液を塗布し、水素:窒素が75%:25%の雰囲気で、表2〜表4に示す等温保持条件及び冷却条件で、保持温度まで加熱して保持する等温保持処理を実施した後、保持温度から冷却する冷却処理を実施し、表2〜表4に示す厚さのグラス被膜を絶縁被膜1として形成する。
ただし、試験NoA12では、80℃まで冷却後、母鋼板に対して液体窒素により5分間のサブゼロ処理を施す。
また、試験No.B6では、等温保持をアンモニア混合雰囲気下で実施する。
【0109】
そして、この絶縁被膜の形成するときの「等温保持処理及び冷却処理」により、上記処理を施した母鋼板の両面と絶縁被膜との間に、表2〜表4に示す厚さの金属被膜が形成する。
具体的には、例えば、上記(A)めっき処理を施した母鋼板では、等温保持処理により、両面に付着しているめっき中のNiが母鋼板の両面の表層に拡散して高Ni領域が形成する。次に、冷却処理において高Ni領域がマルテンサイト変態して、金属被膜が形成する。
【0110】
なお、試験NoA1〜A2、A5、A7、A8、B1〜B2、C1については、上記金属被膜形成前処理後、さらに、母鋼板の表面に対し、コロイダルシリカ及びリン酸塩を含有する絶縁コーティング液が塗布される。その後、所定の温度条件(840〜920℃)の下で熱処理を実施して、表2〜表4に示す厚さのグラス被膜を絶縁被膜2(絶縁張力被膜)として形成する。
また、試験NoA1については,母鋼板上に直接絶縁コーディング液を塗布し,上記所定の温度で熱処理を実施して絶縁張力被膜を形成する。
【0111】
以上の工程を経て、各試験Noの電磁鋼板を作製する。
【0112】
(各被膜の特性測定)
各試験Noの電磁鋼板の金属被膜及び絶縁被膜について、各被膜の厚さ、金属被膜の平均組成、金属被膜のマルテンサイト相の面積分率(表中「MA面積分率」と表記)を既述の方法に従って測定する。結果を表2〜表4に示す。
なお、実施例鋼である試験Noの電磁鋼板の金属被膜の金属組織について既述の方法で調べたところ、マルテンサイト相以外の残部相はフェライト相である。
また、母鋼板の金属組織について既述の方法で調べたところ、母鋼板の金属組織のフェライト相の面積分率は95%以上である。
【0113】
(各種評価)
各試験の電磁鋼板について、次の評価を実施する。結果を表2〜表3に示す。
【0114】
−張力−
被膜による母鋼板に付与する張力は、次の通り測定する。
電磁鋼板の片面のみの各被膜を研削および化学研磨により除去する。その後、電磁鋼板の反りから、
式:被膜張力=190×板厚(mm)×板の反り(mm)÷{板長さ(mm)}
2[MPa]
により、張力を求める。
【0115】
−磁気特性−
磁気特性は、B
8(T)(磁化力800A/mにおける磁束密度)および鉄損W
17/50(誘起磁束密度(最大磁束密度)1.7T、交流周波数50Hzの条件下での鉄損)を測定する。
【0116】
−密着性−
被膜の密着性は、次の通り評価する。
まず、電磁鋼板から80mm×80mmの試験片を作製する。次に、試料片を直径20mmの丸棒に巻き付けた後、平らに巻き戻し、試料片から剥離していない絶縁被膜(又は絶縁張力被膜)の面積を測定し、該面積の比(鋼板の面積に対する面積比)を被膜残存面積率(%)として、評価する。
【0117】
【表1】
【0118】
【表2】
【0119】
【表3】
【0120】
【表4】
【0121】
上記結果から、本実施例鋼である試験Noの電磁鋼板は、密着性に優れ、薄くても母鋼板に大きな張力を付与する被膜を有し、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板であることがわかる。