(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記平均冷却速度で、前記740℃以上の温度域で保持した温度から、100℃以下までの温度範囲の冷却を行う、請求項10〜12のいずれか一項に記載の鋼板の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示の鋼板の実施形態の例を説明する。
【0016】
1.化学組成
本開示の鋼板の化学組成を上述のように規定した理由を説明する。以下の説明において、各元素の含有量を表す「%」は特に断りがない限り質量%を意味する。
【0017】
(C:0.10%超0.55%未満)
Cは、鋼の強度を高め、残留オーステナイトを確保するために、極めて重要な元素である。十分な残留オーステナイト量を得るためには、0.10%超のC含有量が必要となる。一方、Cを過剰に含有すると鋼板の溶接性を損なうので、C含有量の上限を0.55%未満とした。
【0018】
C含有量の下限値は、好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.20%以上である。C含有量の下限値を0.15%以上にして、さらに、後述する焼き戻しマルテンサイトの面積率を35%以上70%以下に制御することによって、均一伸び特性を損なわずに引張強度(TS)が1180MPa以上という高強度の鋼板を得ることが可能になる。C含有量の上限値は、好ましくは0.40%以下、より好ましくは0.35%以下であり、C含有量の上限値を上記範囲にすることによって、鋼板の靭性をより高めることができる。
【0019】
(Si:0.001%以上3.50%未満)
Siは、焼き戻しマルテンサイトを強化し、組織を均一化し、加工性を改善するのに有効な元素である。また、Siは、セメンタイトの析出を抑制し、オーステナイトの残留を促進する作用も有する。上記効果を得るために、0.001%以上のSi含有量が必要となる。一方、Siを過剰に含有すると鋼板のメッキ性や化成処理性を損なうので、Si含有量の上限値を3.50%未満とした。
【0020】
Si含有量の下限値は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.30%以上、さらに好ましくは0.50%以上である。Si含有量の下限値を上記範囲にすることによって、鋼板の均一伸び特性をさらに向上することができる。Si含有量の上限値は、好ましくは3.00%以下、より好ましくは2.50%以下である。
【0021】
(Mn:4.00%超9.00%未満)
Mnは、オーステナイトを安定化させ、焼入れ性を高める元素である。また、本開示の鋼板においては、Mnをオーステナイト中に分配させ、よりオーステナイトを安定化させる。室温でオーステナイトを安定化させるためには、4.00%超のMnが必要である。一方、鋼板がMnを過剰に含有すると延性を損なうので、Mn含有量の上限を9.00%未満とした。
【0022】
Mn含有量の下限値は、好ましくは4.30%以上、より好ましくは4.80%以上である。Mn含有量の上限値は、好ましくは8.00%以下、より好ましくは7.50%以下である。Mn含有量の下限値及び上限値を上記範囲にすることによって、さらにオーステナイトを安定化させることができる。
【0023】
(sol.Al:0.001%以上3.00%未満)
Alは、脱酸剤であり、0.001%以上含有させる必要がある。また、Alは、焼鈍時の二相温度域を広げるため、材質安定性を高める作用も有する。Alの含有量が多いほどその効果は大きくなるが、Alを過剰に含有させると、表面性状、塗装性、及び溶接性などの劣化を招くので、sol.Alの上限を3.00%未満とした。
【0024】
sol.Al含有量の下限値は、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.01%以上、さらに好ましくは0.02%以上である。sol.Al含有量の上限値は、好ましくは2.50%以下、より好ましくは1.80%以下である。sol.Al含有量の下限値及び上限値を上記範囲にすることによって、脱酸効果及び材質安定向上効果と、表面性状、塗装性、及び溶接性とのバランスがより良好になる。
【0025】
(P:0.100%以下)
Pは不純物であり、鋼板がPを過剰に含有すると靭性や溶接性を損なう。したがって、P含有量の上限を0.100%以下とする。P含有量の上限値は、好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.030%以下、さらに好ましくは0.020%以下である。本実施形態に係る鋼板はPを必要としないので、P含有量の下限値は0.000%である。P含有量の下限値は0.000%超または0.001%以上でもよいが、P含有量は少ないほど好ましい。
【0026】
(S:0.010%以下)
Sは不純物であり、鋼板がSを過剰に含有すると、熱間圧延によって伸張したMnSが生成し、曲げ性及び穴広げ性などの成形性の劣化を招く。したがって、S含有量の上限を0.010%以下とする。S含有量の上限値は、好ましくは0.007%以下、より好ましくは0.003%以下である。本実施形態に係る鋼板はSを必要としないので、S含有量の下限値は0.000%である。S含有量の下限値を0.000%超または0.001%以上としてもよいが、S含有量は少ないほど好ましい。
【0027】
(N:0.050%未満)
Nは不純物であり、鋼板が0.050%以上のNを含有すると靭性の劣化を招く。したがって、N含有量の上限を0.050%未満とする。N含有量の上限値は、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.006%以下である。本実施形態に係る鋼板はNを必要としないので、N含有量の下限値は0.000%である。N含有量の下限値を0.000%超または0.003%以上としてもよいが、N含有量は少ないほど好ましい。
【0028】
(O:0.020%未満)
Oは不純物であり、鋼板が0.020%以上のOを含有すると延性の劣化を招く。したがって、O含有量の上限を0.020%未満とする。O含有量の上限値は、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.005%以下、さらに好ましくは0.003%以下である。本実施形態に係る鋼板はOを必要としないので、O含有量の下限値は0.000%である。O含有量の下限値を0.000%超または0.001%以上としてもよいが、O含有量は少ないほど好ましい。
【0029】
本実施形態の鋼板は、更に、Cr、Mo、W、Cu、Ni、Ti、Nb、V、B、Ca、Mg、Zr、REM、Sb、Sn及びBiからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。しかしながら、本実施形態に係る鋼板はCr、Mo、W、Cu、Ni、Ti、Nb、V、B、Ca、Mg、Zr、REM、Sb、Sn及びBiを必要としないので、Cr、Mo、W、Cu、Ni、Ti、Nb、V、B、Ca、Mg、Zr、REM、Sb、Sn及びBiを含有しなくてもよい、すなわち含有量の下限値は0%であってもよい。
【0030】
(Cr:2.00%未満)
(Mo:2.00%以下)
(W:2.00%以下)
(Cu:2.00%以下)
(Ni:2.00%以下)
Cr、Mo、W、Cu、及びNiはそれぞれ、本実施形態に係る鋼板に必須の元素ではない。しかしながら、Cr、Mo、W、Cu、及びNiは、鋼板の強度を向上させる元素であるので、含有されてもよい。鋼板の強度向上効果を得るために、鋼板は、Cr、Mo、W、Cu、及びNiからなる群から選択された1種又は2種以上の元素それぞれを0.01%以上含有してもよい。しかしながら、鋼板がこれらの元素を過剰に含有すると、熱延時の表面傷が生成しやすくなり、さらには、熱延鋼板の強度が高くなりすぎて、冷間圧延性が低下する場合がある。したがって、Cr、Mo、W、Cu、及びNiからなる群から選択された1種又は2種以上の元素それぞれの含有量のうち、Crの含有量の上限値を2.00%未満とし、Mo、W、Cu、及びNiのそれぞれの含有量の上限値を2.00%以下とする。
【0031】
(Ti:0.300%以下)
(Nb:0.300%以下)
(V:0.300%以下)
Ti、Nb、及びVは、本実施形態に係る鋼板に必須の元素ではない。しかし、Ti、Nb、及びVは、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を生成する元素であるので、鋼板の強度向上に有効である。したがって、鋼板は、Ti、Nb、及びVからなる群から選択される1種または2種以上の元素を含有してもよい。鋼板の強度向上効果を得るためには、Ti、Nb、及びVからなる群から選択される1種または2種以上の元素それぞれの含有量の下限値を0.005%以上とすることが好ましい。一方で、これらの元素を過剰に含有させると、熱延鋼板の強度が上昇しすぎて、冷間圧延性が低下する場合がある。したがって、Ti、Nb、及びVからなる群から選択される1種または2種以上の元素それぞれの含有量の上限値を0.300%以下とする。
【0032】
(B:0.010%以下)
(Ca:0.010%以下)
(Mg:0.010%以下)
(Zr:0.010%以下)
(REM:0.010%以下)
B、Ca、Mg、Zr、及びREMは、本開示の鋼板に必須の元素ではない。しかしながら、B、Ca、Mg、Zr、及びREMは、鋼板の局部延性及び穴広げ性を向上させる。この効果を得るためには、B、Ca、Mg、Zr、及びREMからなる群から選択される1種または2種以上の元素それぞれの下限値を好ましくは0.0001%以上、より好ましくは0.001%以上とする。しかし、過剰量のこれら元素は、鋼板の加工性を劣化させるので、これら元素それぞれの含有量の上限を0.010%以下とし、B、Ca、Mg、Zr、及びREMからなる群から選択される1種または2種以上の元素の含有量の合計を0.030%以下とすることが好ましい。
【0033】
(Sb:0.050%以下)
(Sn:0.050%以下)
(Bi:0.050%以下)
Sb、Sn、及びBiは、本開示の鋼板に必須の元素ではない。しかしながら、Sb、Sn、及びBiは、鋼板中のMn、Si、および/又はAl等の易酸化性元素が鋼板表面に拡散され酸化物を形成することを抑え、鋼板の表面性状やめっき性を高める。この効果を得るために、Sb、Sn、及びBiからなる群から選択される1種又は2種以上の元素それぞれの含有量の下限値を好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.001%以上とする。一方、これら元素それぞれの含有量が0.050%を超えると、その効果が飽和するので、これら元素それぞれの含有量の上限値を0.050%以下とした。
【0034】
2.金属組織
次に、本実施形態に係る鋼板の金属組織について説明する。
【0035】
本実施形態に係る鋼板の表面から厚みの1/4位置(1/4t部ともいう)における金属組織は、面積%で、25%以上90%以下の焼き戻しマルテンサイト、3%以下のフェライト、10%以上75%以下の残留オーステナイト、及び5%以下のベイナイトを含む。
【0036】
好ましくは、鋼板の1/4t部における金属組織は、面積%で、1.0%以下のセメンタイトを含む。
【0037】
好ましくは、鋼板の1/4t部における金属組織は、焼戻しマルテンサイトを母相として、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとからなる混合組織を含み、混合組織は、金属組織の全体に対して面積率で10%以上75%以下を占め、残留オーステナイトは、金属組織の全体に対して10%以上50%以下を占める。すなわち、金属組織は、25〜90%の焼き戻しマルテンサイト、10〜50%の残留オーステナイト、及び0〜65%のフレッシュマルテンサイトを含むことができる。
【0038】
各組織の分率は、焼鈍の条件によって変化し、強度、均一伸び特性、穴広げ性などの材質に影響を与える。要求される材質は、例えば自動車用の部品により変わるため、必要に応じて焼鈍条件を選択し、上記範囲内で組織分率を制御すればよい。
【0039】
鋼板のL断面を鏡面研磨した後に、3%ナイタール(3%硝酸―エタノール溶液)で腐食し、走査型電子顕微鏡で、鋼板の表面から厚みの1/4位置のミクロ組織を観察して、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、残留オーステナイト、ベイナイト、及びフレッシュマルテンサイトのそれぞれの組織の面積%を測定することができる。残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトに関しては、まず、走査型電子顕微鏡で、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計の面積%を測定し、さらに板厚1/4位置でX線回折法により残留オーステナイトの面積%を測定する。さらに、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの合計の面積%から残留オーステナイトの面積%を差し引いて、フレッシュマルテンサイトの面積%を算出する。残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの面積率には混合組織の面積率が含まれる。L断面とは、板厚方向と圧延方向に平行に鋼板の中心軸を通るように切断した面をいう。
【0040】
(鋼板の1/4t部の金属組織中の焼き戻しマルテンサイトの面積%:25〜90面積%)
焼き戻しマルテンサイトは、鋼板の強度を高め、延性を向上させる組織である。目的とする強度レベルの範囲内で、強度と延性との両方を好ましく保つために、焼き戻しマルテンサイトの面積率を25〜90面積%とする。焼き戻しマルテンサイトの含有量の下限値は好ましくは35面積%、より好ましくは50面積%である。焼き戻しマルテンサイトの含有量の上限値は、好ましくは70面積%である。前述したように、C含有量を0.15%以上にして、さらに、後述するように、焼き戻しマルテンサイトの含有量を35面積%以上70面積%以下に制御することによって、均一伸び特性が損なわずに、引張強度(TS)が1180MPa以上という高強度の鋼板を得ることが可能になる。
【0041】
(鋼板の1/4t部の金属組織中のフェライトの面積率:3%以下)
本実施形態に係る鋼板においては、金属組織中のフェライトの量が少ないことが重要である。金属組織中のフェライト含有量が多くなると、均一伸び特性が著しく低下するためである。均一伸び特性を著しく低下させないために、金属組織中のフェライトの面積率を3%以下とし、より好ましくは1%以下とし、さらに好ましくは0%とする。
【0042】
(鋼板の1/4t部の金属組織中のセメンタイトの面積率:1.0%以下)
本実施形態に係る鋼板においては、好ましくは、金属組織中のセメンタイトの量が少ない。金属組織中のセメンタイト含有量を少なくすると、均一伸び特性が向上し、さらにより好ましい範囲である15000MPa・%以上の引張強度と均一伸びとの積「TS×uEL」が得られるためである。均一伸び特性を向上するために、金属組織中のセメンタイトの面積率を好ましくは1.0%以下とし、より好ましくは0%とする。
【0043】
(鋼板の1/4t部の金属組織中の残留オーステナイトの面積%:10%以上75%以下)
本実施形態に係る鋼板においては、金属組織中の残留オーステナイトの量が所定範囲にあることが重要である。残留オーステナイトは、変態誘起塑性によって鋼板の延性及び成形性、特に鋼板の均一伸び特性及び穴広げ性を高める組織である。残留オーステナイトは、引張変形を伴う張出し加工、絞り加工、伸びフランジ加工、または曲げ加工によってマルテンサイトに変態し得るので、鋼板の強度の向上にも寄与する。これら効果を得るために、本実施形態に係る鋼板は、金属組織中に、面積率で10%以上の残留オーステナイトを含有する必要がある。
【0044】
残留オーステナイトの面積率の下限値は、好ましくは15%、より好ましくは18%、さらに好ましくは20%である。残留オーステナイトの面積率が15%以上になると、穴広げ性がさらに向上する。残留オーステナイトの面積率が18%以上になると、引張強度と均一伸びとの積「TS×uEL」が好ましくは13500MPa・%以上、より好ましくは14000MPa・%以上、さらに好ましくは15000MPa・%以上となり、均一伸び特性がより高強度でも維持されるようになる。
【0045】
残留オーステナイトの面積率は高いほど好ましい。しかしながら、上述した化学成分を有する鋼板では、面積率で75%が残留オーステナイトを含有量の上限となる。9.0%超のMnを含有させれば、残留オーステナイトを75面積%超にすることができるが、この場合、鋼板の延性や鋳造性が損なわれる。穴広げ性向上の観点から、残留オーステナイトの面積率は、好ましくは50%以下である。
【0046】
(鋼板の1/4t部の金属組織中のベイナイトの面積率:5%以下)
本実施形態に係る鋼板においては、金属組織中にベイナイトが存在すると、ベイナイト中に硬質な組織である島状マルテンサイトが内在する。ベイナイト中に島状マルテンサイトが内在すると均一伸び特性が低下する。均一伸び特性を低下させないために、ベイナイトの面積率を5面積%以下とし、好ましくは0面積%である。
【0047】
(鋼板の1/4t部の金属組織中の残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織の面積率:10%以上75%以下)
本実施形態に係る鋼板においては、好ましくは、金属組織中の残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織が、金属組織の全体に対して面積率で10%以上75%以下を占める。残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの混合組織は、残留オーステナイトの加工誘起変態により、実質的に一つの硬質なフレッシュマルテンサイト組織となる。また、残留オーステナイト単独も加工誘起変態により、実質的に一つの硬質なフレッシュマルテンサイト組織となる。すなわち、混合組織とは、フレッシュマルテンサイトの面積率が0%の場合の残留オーステナイト単独組織のことも意味する。したがって、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織の量または残留オーステナイト単独の組織の量及び配向性を制御することで、穴広げ性が向上する。そのため、穴広げ性向上の観点では、残留オーステナイト単独の量だけでなく、加工誘起変態後に実質的に一つのフレッシュマルテンサイト組織としてふるまう混合組織の量も重要となる。
【0048】
フレッシュマルテンサイトと残留オーステナイトとの混合組織の面積率を10%以上とすることにより、残留オーステナイトの面積率が10%以上となるため穴広げ性が向上する。混合組織の面積率を75%以下とすることにより、加工誘起変態時に残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの界面でボイドが発生することを抑制することができ、優れた穴広げ性を維持することができる。このため、好ましくは、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織の面積率を10%以上75%以下とする。すなわち、残留オーステナイトの面積率が10〜50%の範囲内であり且つ混合組織の面積率が10〜75%の範囲内である限り、フレッシュマルテンサイトの面積率は0〜65%であることができる。混合組織の面積率は、好ましくは15%以上70%以下、より好ましくは20%以上65%以下である。
【0049】
フレッシュマルテンサイトとは、焼き戻しされていないマルテンサイトである。フレッシュマルテンサイトは硬質の組織であり、鋼板の強度の確保に有効である。ただし、フレッシュマルテンサイトの含有量が少ないほど、鋼板の曲げ性が高くなる。一方で、曲げ変形時のスプリングバックを低減するためには成形時の流動応力を下げることがよく、降伏比を低減することが好ましく、そのためにはフレッシュマルテンサイトの面積率は大きい方がよい。したがって、鋼板の曲げ性を維持しつつ、降伏比を低減する観点で、鋼板の金属組織は、面積率で、好ましくは0%超、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上、さらにより好ましくは3%以上のフレッシュマルテンサイトを含む。フレッシュマルテンサイトの含有量の上限値は、曲げ性を確保する観点から、面積率で好ましくは55%、より好ましくは45%、さらに好ましくは20%である。
【0050】
焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、残留オーステナイト、ベイナイト、及びフレッシュマルテンサイト以外の残部組織としては、焼き戻しベイナイトであることが望ましい。焼き戻しベイナイトの面積率の測定は、上記の焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、残留オーステナイト、ベイナイト、及びフレッシュマルテンサイトの面積率の測定と同様に走査型電子顕微鏡観察によって行うことができる。
【0051】
本実施形態に係る鋼板においては、好ましくは、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織が、1.5以上のアスペクト比を有する組織を含む。混合組織のアスペクト比の測定は、上記の走査型電子顕微鏡観察によるミクロ組織の観察に基づいて行うことができる。混合組織のアスペクト比とは、走査型電子顕微鏡観察でコントラストが一様にみえる領域(組織)のアスペクト比をいう。
【0052】
1.5以上のアスペクト比を有する混合組織の配向性は、穴広げ性に大きく影響する。混合組織の長軸が圧延方向に対して30度未満の角度を有する場合、混合組織が圧延方向に配向した構造を呈するため、均質性を損なう。混合組織の長軸が圧延方向に対して60度超の角度を有する場合、混合組織が板厚方向に配向した構造を呈するため均質性を損なう。したがって、混合組織の長軸が圧延方向に対して30度以上60度以下の角度を有する場合に、良好な穴広げ性が得られる。混合組織の長軸の圧延方向に対する角度の測定は、上記の走査型電子顕微鏡観察によるミクロ組織を観察に基づいて行うことができる。
【0053】
混合組織の長軸とは、混合組織のアスペクト比の測定における長手方向の長さと同じである。
【0054】
さらには、アスペクト比が1.5以上で長軸が圧延方向に対して30度以上60度以下である混合組織の面積を全混合組織の面積で除した値が10%以上である場合、混合組織の長軸が圧延方向に配向した構造となることを抑制することができ、穴広げ性を向上することができ、伸びフランジ試験においては10%以上のSF値を得ることができる。アスペクト比が1.5以上であり且つ長軸が前記圧延方向と成す角度が30度以上60度以下である組織が、混合組織を占める割合は、面積率で10%以上、好ましくは20%以上である。アスペクト比が1.5以上であり且つ長軸が前記圧延方向と成す角度が30度以上60度以下である組織が、混合組織を占める割合の測定は、上記の走査型電子顕微鏡観察によるミクロ組織を観察に基づいて行うことができる。
【0055】
走査型電子顕微鏡観察によるミクロ組織画像から、各混合組織のアスペクト比及び長軸の方向を導出するには、具体的には、例えば、以下のようにすればよい。先ず、対象とする混合組織の領域の2次モーメントを算出する。次に、この2次モーメントから慣性主軸及び主慣性モーメントを算出する。第1慣性主軸(主慣性モーメントが大きい方の慣性主軸)方向の主慣性モーメントの平方根の、第2慣性主軸(主慣性モーメントが小さい方の慣性主軸)方向の主慣性モーメントの平方根に対する比をアスペクト比とする。第1慣性主軸方向を長軸の方向とする。
【0056】
本実施形態に係る鋼板において、バンド組織のオーステナイト帯のピッチ(間隔ともいう)は好ましくは12μm以下である。オーステナイト帯の間隔が前記範囲内にあることにより、鋼板はより優れた穴広げ性を有する。
図3に、バンド組織のオーステナイト帯の例を示す。
図3において、矢印で示した箇所がオーステナイト帯である。
図3は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)により測定した試料圧延方向に80μm及び試料板厚方向に40μmの範囲のオーステナイト及びフェライトの分布像である。バンド組織のオーステナイト帯の間隔は、
図3に示す矢印と矢印との間のピッチである。本願では、バンド組織のオーステナイト帯の間隔は、EBSDを用いて試料圧延方向に80μm及び試料板厚方向に40μmの範囲の分布像を測定し、試料板厚方向の長さ40μmを試料板厚方向に沿ったオーステナイト体積率のプロファイルにおけるピークの数で除することにより算出することができる。
【0057】
次に、本実施形態に係る鋼板の機械特性について説明する。
【0058】
本実施形態に係る鋼板のTSは、好ましくは780MPa以上、より好ましくは1000MPa以上、さらに好ましくは1180MPaである。これは、鋼板を自動車の素材として使用する際、高強度化によって板厚を減少させ、軽量化に寄与するためである。また、本実施形態に係る鋼板をプレス成形に供するためには、均一伸び(uEL)が優れることが望ましい。その場合、TS×uELは、好ましくは12000MPa・%以上、より好ましくは13500MPa・%以上、さらに好ましくは14000MPa・%以上、さらにより好ましくは15000MPa・%以上である。また、本実施形態に係る鋼板をプレス成形に供するためには、穴広げ性も優れることが望ましい。穴広げ性はSF値で評価することができ、SF値は、好ましくは10%以上、より好ましくは12%以上、さらに好ましくは15%以上である。
【0059】
本開示の鋼板は上記のように、高強度を有し、さらに均一伸び特性も良好であり、好ましくは穴広げ性も良好であり、成形性に優れているので、ピラーやクロスメンバーなどの自動車の構造部品用途に最適である。さらに、本開示の鋼板は含有Mn濃度が高いので、自動車の軽量化にも寄与するので、産業上の貢献が極めて顕著である。
【0060】
3.製造方法
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
【0061】
本実施形態に係る鋼板は、上述の化学組成を有する鋼を常法で溶製し、鋳造してスラブまたは鋼塊を作製し、これを加熱して熱間圧延し、得られた熱延鋼板を酸洗した後、焼鈍を施して製造する。
【0062】
熱間圧延は、通常の連続熱間圧延ラインで行えばよい。本実施形態に係る鋼板の製造方法においては、焼鈍は連続焼鈍ラインで行うことができ、生産性に優れている。後述する条件を満たせば、焼鈍炉及び連続焼鈍ラインのどちらで行ってもよい。更に、冷延圧延後の鋼板に、スキンパス圧延を行ってもよい。
【0063】
本開示の鋼板の金属組織を得るためには、熱処理条件、特に焼鈍条件を、以下に示す範囲内で行う。
【0064】
本実施形態に係る鋼板が上述の化学組成を有する限り、溶鋼は、通常の高炉法で溶製されたものであってもよく、電炉法で作成された鋼のように、原材料がスクラップを多量に含むものでもよい。スラブは、通常の連続鋳造プロセスで製造されたものでもよいし、薄スラブ鋳造で製造されたものでもよい。
【0065】
上述のスラブまたは鋼塊を加熱し、熱間圧延を行う。熱間圧延に供する鋼材の温度は、1100℃以上1300℃以下とすることが好ましい。熱間圧延に供する鋼材の温度を1100℃以上にすることにより、熱間圧延時の変形抵抗をより小さくすることができる。一方、熱間圧延に供する鋼材の温度を1300℃以下にすることにより、スケールロス増加による歩留まりの低下を抑制することができる。
【0066】
熱間圧延前に1100℃以上1300℃以下の温度域に保持する時間は特に制限されないが、曲げ性を向上させるためには、30分間以上とすることが好ましく、1時間以上にすることがさらに好ましい。また、過度のスケールロスを抑制するために10時間以下とすることが好ましく、5時間以下とすることがさらに好ましい。なお、直送圧延または直接圧延を行う場合であって、加熱処理を施さずにそのまま熱間圧延に供してもよい。
【0067】
仕上圧延開始温度は700℃以上1000℃以下とすることが好ましい。仕上圧延開始温度は、より好ましくは850℃超、さらに好ましくは900℃以上である。仕上圧延開始温度を700℃以上とすることにより、圧延時の変形抵抗を小さくすることができる。仕上圧延開始温度を、より好ましくは850℃超、さらに好ましくは900℃以上にすることにより、脆化組織がマルテンサイト組織の大角粒界に優先的に生成し且つ熱延鋼板でのフェライトの生成も抑えられるので、バンド組織のオーステナイト帯の間隔が狭小化して、穴広げ性をより向上させることができる。一方、仕上圧延開始温度を1000℃以下にすることにより、粒界酸化による鋼板の表面性状の劣化を抑制することができる。残留オーステナイトは脆化組織と同じ作用を有するので、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの混合組織と脆化組織とは同義である。
【0068】
仕上圧延を行って得られる熱延鋼板を冷却し、巻取り、コイルにすることができる。冷却後の巻取温度を700℃以下とすることが好ましい。巻取温度を700℃以下にすることによって、内部酸化が抑制され、その後の酸洗が容易になる。巻取温度は、より好ましくは650℃以下であり、さらに好ましくは600℃以下である。冷間圧延時の破断を抑制するために、室温まで冷却された後、冷間圧延前に300℃以上600℃以下で熱延板を焼き戻してもよい。
【0069】
熱延鋼板は、常法により酸洗を施された後に、冷間圧延が行われ、冷延鋼板とされる。
【0070】
冷間圧延の前であって酸洗の前または後に0%超〜5%程度の軽度の圧延を行って形状を修正すると、平坦確保の点で有利となるので好ましい。また、酸洗前に軽度の圧延を行うことより酸洗性が向上し、表面濃化元素の除去が促進され、化成処理性やめっき処理性を向上させる効果がある。
【0071】
焼鈍後の鋼板の組織を微細化させ、バンド組織のオーステナイト帯の間隔を狭小化させる観点から、冷間圧延の圧下率は20%以上とすることが好ましい。冷間圧延中の破断を抑制する観点から、冷間圧延の圧下率は70%以下とすることが好ましい。オーステナイト帯の間隔は好ましくは12μm以下である。オーステナイト帯の間隔を12μm以下にすることにより、穴広げ性をより向上することができる。
【0072】
上記熱間圧延工程および冷間圧延工程を経て得られた冷延鋼板を加熱して、5〜30℃/秒の平均加熱速度で650℃まで昇温して740℃以上の温度域で10秒以上保持し、その後に、740℃以上の温度域で保持した温度から500℃以下までの温度範囲を平均冷却速度2℃/秒以上2000℃/秒以下で冷却し、室温まで冷却した後、再度加熱して、600℃以上Ac
3点未満の温度域で5秒以上保持する。冷延鋼板の熱処理は、好ましくは還元雰囲気、より好ましくは窒素及び水素を含む還元雰囲気、例えば窒素98%及び水素2%の還元雰囲気で行う。還元雰囲気で熱処理することにより、鋼板の表面にスケールが付着するのを防ぐことができ、酸洗浄を要せずにめっき工程にそのまま送ることができる。100℃以上500℃以下の温度域で10秒以上1000秒以下保持し、次いで室温まで冷却し、その後再度加熱して、600℃以上Ac
3点未満の温度域で5秒以上保持することが好ましい。
【0073】
(冷間圧延後の焼鈍条件:5〜30℃/秒の平均加熱速度で650℃まで昇温して740℃以上の温度域で10秒以上保持)
冷間圧延後に、5〜30℃/秒の平均加熱速度で650℃まで昇温して740℃以上の温度域で10秒以上保持して1回目の焼鈍を行う。冷間圧延後の焼鈍温度を740℃以上にすることにより、焼鈍後の鋼板中のフェライトの分布をより均一にすることができ且つ鋼板中のフェライト含有量を少なくすることができ、均一伸び特性、穴広げ性、及び強度を向上することができる。その際、5〜30℃/秒の平均加熱速度で650℃まで昇温することにより、金属組織中のフェライト含有量をさらに少なくすることができ、金属組織中のフェライトの面積率を3%以下、より好ましくは1%以下、さらに好ましくは0%にすることができる。
【0074】
冷間圧延後の焼鈍温度は740℃以上且つAc
3点以上であることが好ましい。冷間圧延後の焼鈍温度を740℃以上且つAc
3点以上にすることにより、再結晶を著しく促進することができ、鋼板中のフェライト含有量を0%にすることができる。ここで、加熱速度0.5〜50℃/秒で検討した結果、Ac
3点として以下の式:
Ac
3=910−200√C+44Si−25Mn+44Al
が得られ、この式を用いてAc
3点を算出することができる。
【0075】
一方で、冷間圧延後の焼鈍温度の上限値は、好ましくは950℃以下である。焼鈍温度を950℃以下とすることにより、焼鈍炉の損傷を抑制して、生産性を向上させることができる。冷間圧延後の焼鈍温度は800℃以下であることが好ましい。冷間圧延後の焼鈍温度を800℃以下にすることにより、金属組織中のフェライト及びセメンタイトの含有量をより低減することができる。
【0076】
未再結晶を完全に除去し、良好な靭性を安定して確保するために、焼鈍時間を10秒以上、好ましくは40秒以上とする。生産性の観点からは、焼鈍時間を300秒以内とすることが好ましい。
【0077】
(焼鈍後の冷却条件:740℃以上の温度域で保持した温度から500℃以下までの温度範囲を平均冷却速度2℃/秒以上2000℃/秒以下で冷却)
焼鈍後の冷却において、740℃以上の温度域で保持した温度から500℃以下までの温度範囲を、平均冷却速度2℃/秒以上2000℃/秒以下で冷却する。焼鈍後の740℃以上の温度域で保持した温度から500℃以下までの温度範囲の平均冷却速度(以下、焼鈍後の平均冷却速度ともいう)を2℃/秒以上とすることによって、粒界偏析を抑制し曲げ性を向上することができ、また、冷延鋼板でのフェライトの生成を抑制することができるので、バンド組織のオーステナイト帯の間隔が狭小化して、穴広げ性をより向上させることができる。
【0078】
焼鈍後の平均冷却速度は、好ましくは20℃/秒以上、より好ましくは50℃/秒以上、さらに好ましくは200℃/秒以上、さらにより好ましくは250℃/秒以上である。焼鈍後の平均冷却速度を200℃/秒以上とすることにより、臨界冷却速度以上で冷却され、冷却後の鋼材全体をマルテンサイト主体の組織にすることができるので、最終熱処理後の組織を制御しやすく材質安定性を高めることができ、引張強度の変動を少なくすることができ、また、脆化組織がオーステナイト粒界に配向するので穴広げ性もより向上することができる。
【0079】
焼鈍後の平均冷却速度は、水焼入れ冷却法やミスト噴射冷却法を用いても、2000℃/秒以上に制御することすることは難しいので、焼鈍後の平均冷却速度の実質的上限は2000℃/秒になる。
【0080】
焼鈍後の冷却において、上記範囲の平均冷却速度の冷却停止温度を、好ましくは100℃以下、より好ましくは80℃以下、さらに好ましくは50℃以下にする。上記範囲の平均冷却速度で冷却し、冷却停止温度を上記温度範囲にすることによって、脆化組織がマルテンサイト組織の大角粒界に優先的に生成するので、穴広げ性をより向上することができる。
【0081】
(冷却後の保持条件:100℃以上500℃以下の温度域で10秒以上1000秒以下保持)
好ましくは、上記焼鈍後の冷却の後、100℃以上500℃以下の温度域で10秒以上1000秒以下保持する。上記温度域における保持時間を10秒以上とすることにより、オーステナイトへのC分配が十分に進行して、最終熱処理前の組織にオーステナイトをより生成させることができる。その結果、最終熱処理後の組織に塊状のオーステナイトが生成することをより抑制し、強度特性の変動をより抑えることができる。一方、上記保持時間が1000秒超であっても、上記作用による効果は飽和して、生産性が低下する。上記温度域における保持時間は、より好ましくは30秒以上である。生産性の観点からは、上記温度域における保持時間は、より好ましくは300秒以下である。
【0082】
上記温度域における保持温度を好ましくは100℃以上、より好ましくは200℃以上にすることにより、連続焼鈍ラインの効率を向上することができる。一方、上記保持温度を好ましくは500℃以下にすることにより、粒界偏析を抑制し、曲げ性を向上することができる。
【0083】
上記焼鈍後の冷却の後、好ましくは100℃以上500℃以下の温度域で保持した後、鋼板を室温まで冷却する。
【0084】
(冷却後の焼鈍条件:600℃以上Ac
3点未満の温度域で5秒以上保持)
上記焼鈍の冷却後に、好ましくは室温まで冷却した後に、より好ましくは100℃以上500℃以下の温度域で保持してから室温まで冷却した後または室温まで冷却してから100℃以上500℃以下の温度域で保持した後に、再度加熱して、600℃以上Ac
3点未満の温度域で5秒以上保持する。焼鈍温度を600℃以上Ac
3点未満にすることにより、均一伸び特性及び穴広げ性を向上することができる。セメンタイトをより確実に溶解させ、良好な靭性を安定して確保する観点から、焼鈍時間を5秒以上、好ましくは30秒以上、より好ましくは60秒以上とする。また、生産性の観点からは、焼鈍時間を300秒以内とすることが好ましい。好ましくは、600℃以上Ac
3点未満の温度域に加熱するときに、500℃から600℃までの温度範囲を2〜10℃/秒の平均加熱速度で昇温する。500℃〜600℃の温度範囲を2〜10℃/秒の平均加熱速度で昇温することにより、金属組織中のセメンタイト含有量を小さくすることができる。この2回目の焼鈍により、金属組織中のセメンタイトの面積率を1.0%以下、より好ましくは0%にすることができる。
【0085】
上記焼鈍後の冷却は、鋼板にめっきしない場合には、そのまま室温まで行われればよい。また、鋼板にめっきする場合には、以下のようにして製造する。
【0086】
鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを施して溶融亜鉛めっき鋼板を製造する場合には、上記焼鈍後の冷却を430〜500℃の温度範囲で停止し、次いで冷延鋼板を溶融亜鉛のめっき浴に浸漬して溶融亜鉛めっき処理を行う。めっき浴の条件は通常の範囲内とすればよい。めっき処理後は室温まで冷却すればよい。
【0087】
鋼板の表面に合金化溶融亜鉛めっきを施して合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造する場合には、鋼板に溶融亜鉛めっき処理を施した後、鋼板を室温まで冷却する前に、450〜620℃の温度で溶融亜鉛めっきの合金化処理を行う。合金化処理条件は、通常の範囲内とすればよい。
【0088】
以上のように鋼板を製造することによって、引張強度(TS)が好ましくは780MPa以上、より好ましくは1180MPa以上の高強度の鋼板を得ることができる。これにより、鋼板を自動車の素材として使用する際、高強度化によって板厚を減少させ、軽量化に寄与することができる。さらに、均一伸び(uEL)を向上することができ、TS×uELを、好ましくは12000MPa・%以上の高強度且つ均一伸び特性に優れた鋼板を得ることができる。
【0089】
本開示の製造方法により製造される鋼板は上記のように、高強度を有し、さらに均一伸び特性も良好であり、成形性に優れているので、ピラー等の自動車の構造部品用途に好適に用いることができる。さらに、冷延鋼板の焼鈍後において、冷却停止温度を100℃以下とすることによって、高強度及び優れた均一伸び特性に加えて穴広げ性にも優れた鋼板を得ることができるので、クロスメンバー等の伸びフランジ加工を必要とする自動車の構造部品用途に好適に用いることができる。
【0090】
さらに、本開示の鋼板は含有Mn濃度が高いので、自動車の軽量化にも寄与するので、産業上の貢献が極めて顕著である。
【実施例】
【0091】
本開示の鋼板を、例を参照しながらより具体的に説明する。ただし、以下の例は本開示の鋼板及びその製造方法の例であり、本開示の鋼板及びその製造方法は以下の例の態様に限定されるものではない。
【0092】
1.評価用鋼板の製造
表1に示す化学成分を有する鋼を転炉で溶製し、連続鋳造により245mm厚のスラブを得た。
【0093】
【表1】
【0094】
得られたスラブを表2に示す条件にて熱間圧延し、2.6mm厚の熱延鋼板を製板し、次いで、得られた熱延鋼板を酸洗し、冷間圧延して、1.2mm厚の冷延鋼板を製板した。
【0095】
【表2-1】
【表2-2】
【0096】
得られた冷延鋼板について、表3に示す条件の熱処理を施して焼鈍冷延鋼板を作製した。冷延鋼板を加熱して、740℃以上の温度域で10秒以上保持し、その後に、740℃以上の温度域で保持した温度から500℃以下までの温度範囲を平均冷却速度2℃/秒以上2000℃/秒以下で冷却した。その後、一部の例において、100℃以上500℃以下の温度域で10秒以上1000秒以下保持した。次いで、室温まで冷却した後、再度加熱して、600℃以上Ac
3点未満の温度域で5秒以上保持した。冷延鋼板の熱処理は、窒素98%及び水素2%の還元雰囲気で行った。
【0097】
【表3-1】
【表3-2】
【0098】
一部の焼鈍冷延鋼板例については、最終の焼鈍を行った後、焼鈍後の冷却を460℃で停止し、冷延鋼板を460℃の溶融亜鉛のめっき浴に2秒間浸漬して、溶融亜鉛めっき処理を行った。めっき浴の条件は従来のものと同じである。後述する合金化処理を施さない場合、460℃の保持後に、平均冷却速度10℃/秒で室温まで冷却した。
【0099】
一部の焼鈍冷延鋼板例については、溶融亜鉛めっき処理を行った後に、室温に冷却せずに、続いて合金化処理を施した。520℃まで加熱し、520℃で5秒間保持して合金化処理を行い、その後、平均冷却速度10℃/秒で室温まで冷却した。
【0100】
このようにして得られた焼鈍冷延鋼板を伸び率0.1%で調質圧延し、各種評価用鋼板を準備した。
【0101】
2.評価方法
各例で得られた焼鈍冷延鋼板について、ミクロ組織観察、引張試験、均一伸び試験、伸びフランジ試験を実施して、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、残留オーステナイト、ベイナイト、焼き戻しベイナイト、及びフレッシュマルテンサイトの面積率、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの合計の面積率、混合組織のアスペクト比及び長軸が圧延方向と成す角度、引張強度(TS)、均一伸び特性、伸びフランジ性(穴広げ性)、及びオーステナイト帯の間隔を評価した。各評価の方法は次のとおりである。
【0102】
焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、残留オーステナイト、ベイナイト、焼き戻しベイナイト、及びフレッシュマルテンサイトの面積率は、走査型電子顕微鏡による組織観察及びX線回折測定から算出した。鋼板を板厚方向と圧延方向に平行に切断したL断面について、鏡面研磨を行い、次いで3%ナイタールによりミクロ組織を現出させて、倍率5000倍の走査型電子顕微鏡で、表面から1/4位置におけるミクロ組織を観察し、0.1mm×0.3mmの範囲について画像解析(Photoshop(登録商標))により、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、セメンタイト、ベイナイト、焼き戻しベイナイト、及びフレッシュマルテンサイトの面積率、並びに残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの合計の面積率を算出した。さらに、得られた鋼板から幅25mm、長さ25mmの試験片を切り出し、この試験片に化学研磨を施して板厚1/4分を減厚し、化学研磨後の試験片の表面に対して、Co管球を用いたX線回折分析を3回実施し、得られたプロファイルを解析し、それぞれを平均して残留オーステナイトの面積率を算出し、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの合計の面積率から残留オーステナイトの面積率を差し引いて、フレッシュマルテンサイトの面積率を算出した。
【0103】
混合組織中のアスペクト比及び長軸が圧延方向と成す角度、並びにアスペクト比が1.5以上であり且つ長軸が圧延方向と成す角度が30度以上60度以下である組織の混合組織の全体に対する面積率は、画像解析ソフトウェアImageJを用いて測定した。まず、SEMを用いて表面から1/4位置におけるミクロ組織を5000倍の倍率で観察してSEM画像(24μm×18μm)を得て、SEM画像を圧延方向が水平となるように配置した。次いで、ImageJを用いて、SEM画像に1280×960個の分割領域を形成した。各分割領域について、混合組織を黒、その他の領域を白となるように2値化処理を施した。2値化の閾値は、「Glasbey, CA (1993), "An analysis of histogram-based thresholding algorithms", CVGIP: Graphical Models and Image Processing 55: 532-537」に記載されている輝度値の平均値を閾値として採用する手法を用いて決定した。このアルゴリズムはImageJに実装されており、Auto threshold機能を利用して閾値の決定方法をMethod=Meanとすることで自動的に2値化した。すなわち、2値化の閾値は、ImageJにてMethod=Mean、radius=15として、各ピクセル値を、着目したピクセルを中心として半径15ピクセル以内のピクセル値の平均と置き換えて、スムージングした後のヒストグラムから自動的に決定した。2値化処理後の画像を用いて、ラベリングされた各混合組織に対して、ピクセル数(面積)、長軸方向、及びアスペクト比を出力することで、アスペクト比が1.5以上であり、長軸が圧延方向と成す角度が30度以上60℃以下である混合組織の割合を算出した。なお、残留オーステナイト及びフレッシュマルテンサイトの面積率には混合組織の面積率が含まれる。
【0104】
オーステナイト帯の間隔は、EBSDを用いて試料圧延方向に80μm及び試料板厚方向に40μmの範囲の分布像を測定し、試料板厚方向の長さ40μmを試料板厚方向に沿ったオーステナイト体積率のプロファイルにおけるピークの数で除することによって、算出した。
【0105】
(機械的性質の試験方法)
鋼板の圧延方向に直角方向からJIS5号引張試験片を採取し、引張強度(TS)及び均一伸び(uEL)を測定した。引張試験は、JIS5号引張試験片を用いたJIS−Z2201に規定される方法で行った。均一伸び試験は、平行部長さ50mmのJIS5号試験片を用いたJIS−Z2201に規定される方法で行った。
【0106】
伸びフランジ試験は、120mm×120mmの伸びフランジ用試験片を切り出し、機械加工でその中央に直径10mmの穴を切削した。その穴付き試験片を円筒ポンチで押し出し、穴を広げ、穴縁が内部に割れが進展した時点で試験を停止し、その穴径d(単位mm)を測定した。SF(伸びフランジ試験値)は以下の式:
SF=100×(d−10)/10
で表わされる。上記混合組織が金属組織の全体に対して面積率で10%以上75%以下を占め、残留オーステナイトが金属組織の全体に対して面積率で10%以上50%以下を占め、混合組織の中でアスペクト比が1.5以上であり且つ長軸が圧延方向と成す角度が30度以上60度以下である組織が混合組織の全体に対して面積率で10%以上を占める場合において、バンド組織のオーステナイト帯のピッチが12μm超のときに、10〜12%のSF値を得ることができ、オーステナイト帯のピッチが12μm以下のときに、12%以上の好ましいSF値を得ることができ、オーステナイト帯のピッチが11μm以下のときに、15%以上のより好ましいSF値を得ることができる。
【0107】
3.評価結果
上記の評価の結果を表4に示す。実施例では、12000MPa・%以上のTS×uELが得られた。
図1に、例番号3の比較例(従来技術)と、例番号1の実施例の鋼板の応力−ひずみ曲線を示す。
図2に、例番号18の実施例で得られた鋼板の、L断面において表面から厚みの1/4位置における金属組織の走査型電子顕微鏡写真を示す。点線で囲んだ部分は、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織である。残りの黒い部分は焼き戻しマルテンサイトである。実線矢印は、圧延方向、及び残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトとの混合組織の長軸方向を表し、破線は、圧延方向となす角度が30度以上60度以下の範囲を表し、実線の両矢印は、上記混合組織の長軸及び短軸の長さを表す。混合組織の長軸が圧延方向と成す角度をθとして表す。
【0108】
【表4-1】
【表4-2】