(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子%とした場合、窒素の含有比率が50原子%以上であることを特徴とする請求項1に記載の被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、Alの含有比率が大きく六方最密充填構造(hcp構造)のAlNを含有するAlとTiの窒化物について、皮膜内部に含まれる欠陥を低減することで、皮膜硬度が低下しても被覆切削工具として耐久性が向上する傾向にあることを知見した。そして、Alの含有比率が大きくhcp構造からなるAlとTiの窒化物について、皮膜組織を微細化して、硬質皮膜に含まれるドロップレットと窒素以外のガス成分を低減し、更にAlN(100)面に起因するピーク強度を最大とすることで、耐久性が優れる被覆切削工具になることを知見した。以下、本発明の実施形態の詳細について説明をする。
本実施形態の切削工具は、工具の表面にAlとTiの窒化物を含む硬質皮膜を有する被覆切削工具である。本実施形態の被覆切削工具は、ボールエンドミル、スクエアエンドミル、ラジアスエンドミル、多刃エンドミル、インサート、ドリル、カッター、ブローチ、リーマ、ホブ、ルーター等の態様で使用することができる。
本実施形態の被覆切削工具は、例えば、高硬度鋼、ステンレス鋼、耐熱鋼、鋳鋼、炭素鋼の切削加工用に用いることができる。詳細は後段の実施例に記載するが、本実施形態の被覆切削工具は、焼き入れにより硬さ(HRC)を40以上に上げた焼き入れ鋼の切削加工において、特に優れた耐久性を発揮する。
【0013】
<成分組成 アルミニウム(Al)、チタン(Ti)>
本実施形態に係る硬質皮膜は、窒化物であり、金属(半金属を含む)元素の総量に対して、アルミニウム(Al)を80原子%以上90原子%以下で含有しており、チタン(Ti)を10原子%以上20原子%以下で含有している。AlとTiを主体とする窒化物は耐摩耗性と耐熱性のバランスに優れる膜種であり、基材との密着性にも優れ、特にAlの含有比率を大きくすることで硬質皮膜の耐熱性がより向上する。特に、Alの含有比率を大きくすることで、工具表面に酸化保護皮膜が形成され易くなるとともに、皮膜組織が微細になるため、溶着による硬質皮膜の摩耗が抑制され易くなる。
上述したAlの添加効果を十分に発揮するには、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属(半金属を含む。以下、同様)元素全体を100原子%とした場合、Alを80原子%以上とする。一方、Alの含有比率が大きくなり過ぎると硬質皮膜の結晶構造が変化して脆弱となる。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Alを90原子%以下とする。
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Tiを10原子%以上とする。これにより、硬質皮膜に優れた耐摩耗性を付与することができる。一方、硬質皮膜に含有されるTiの含有比率が大きくなり過ぎると、上述したAlの含有比率を大きくする効果が得られ難い。そのため、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、Tiを20原子%以下とする。
【0014】
被覆切削工具により優れた耐久性を付与するために、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素全体を100原子%とした場合、AlとTiの合計を95原子%以上とすることが好ましい。また、本実施形態に係る硬質皮膜は、AlとTiの窒化物であってもよい。
本実施形態に係る硬質皮膜の金属元素の含有比率は、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。この場合、例えば、硬質皮膜表面の鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析した平均から求めることができる。
【0015】
<結晶構造>
本実施形態に係る硬質皮膜は、X線回折で特定される結晶構造は六方最密充填構造(hcp構造)である。つまり、本実施形態に係る硬質皮膜は、X線回折では岩塩型結晶構造(fcc構造)のピーク強度は実質的に確認されず、hcp構造の単相からなる。また、本実施形態に係る硬質皮膜は、hcp構造の中でもAlN(100)面に起因する回折ピークが最大強度を示すものである。他の回折ピークが最大強度を示す場合には、硬質皮膜が脆弱となり被覆切削工具の耐久性が低下する傾向にある。本実施形態においては、AlN(100)面に起因する回折ピークの強度に次いで、AlN(101)面に起因する回折ピークの強度が大きくなる。なお、本実施形態に係る硬質皮膜は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたミクロ解析において、部分的にfcc構造を含みうる。
【0016】
<平均結晶粒径>
本実施形態に係る硬質皮膜は、硬質皮膜の平均結晶粒径が5nm以上50nm以下である。硬質皮膜のミクロ組織が微細になり過ぎると、硬質皮膜の組織が非晶質に近くなるため靭性が著しく低下する。硬質皮膜の結晶性を高めて脆弱な非晶質相を低減するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を5nm以上とする。硬質皮膜の平均結晶粒径は、より好ましくは、10nm以上である。また、硬質皮膜のミクロ組織が粗大になり過ぎると靭性が低下するとともに、硬質皮膜の破壊単位が大きくなるため工具の損傷が大きくなる。硬質皮膜の靭性を高め、かつ、破壊単位を小さくして工具損傷を抑制するには、硬質皮膜の平均結晶粒径を50nm以下とする。硬質皮膜の平均結晶粒径は、より好ましくは、40nm以下である。更に好ましくは、硬質皮膜の平均結晶粒径は30nm以下である。
本実施形態に係る硬質皮膜の平均結晶粒径は、X線回折で最大強度を示すAlN(100)面に起因する回折ピークの半価幅から測定する。
【0017】
<ドロップレット>
本実施形態に係る硬質皮膜は、断面観察において円相当径が1μm以上のドロップレットが100μm
2当たり5個以下である。本実施形態では、硬質皮膜の靭性をより高めるたに皮膜組織を微細化した上で、硬質皮膜の内部に含まれる物理的な欠陥を低減する。物理蒸着法で被覆する硬質皮膜では、ドロップレットが主な物理的な欠陥となりうる。とりわけ、円相当径が1μm以上の粗大なドロップレットは硬質皮膜の内部で破壊の起点となりうるため、その発生頻度を低減することで、硬質皮膜の靭性を高めることができる。hcp構造であるAlとTiを主体とする窒化物の靭性を高めるために、本実施形態においては、硬質皮膜の断面観察において、円相当径が1μm以上のドロップレットを100μm
2当たり5個以下にする。より好ましくは、100μm
2当たり3個以下である。更に好ましくは、100μm
2当たり1個以下である。また、円相当径が3μm以上のドロップレットが含まれないことが好ましい。より好ましくは、円相当径が2μm以上のドロップレットが含まれないことが好ましい。
また、硬質皮膜の表面についても、円相当径が1μm以上のドロップレットが、100μm
2当たり5個以下であることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜の表面のドロップレットは100μm
2当たり3個以下である。更に好ましくは、硬質皮膜の表面のドロップレットは100μm
2当たり1個以下である。
【0018】
硬質皮膜の断面観察においてドロップレットを評価するには、硬質皮膜を鏡面加工した後、収束イオンビーム法で加工し、透過型電子顕微鏡を用いて鏡面加工された面を5,000〜10,000倍で複数の視野を観察する。また、硬質皮膜の表面のドロップレットの個数は、走査型電子顕微鏡(SEM)等を用いて硬質皮膜の表面を観察することで求めることができる。
【0019】
<アルゴン(Ar)含有量>
本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴン(Ar)を0.5原子%以下で含有する。
硬質皮膜の欠陥となるドロップレットは、スパッタリング法を適用することで発生頻度を低減させることができる。一方、スパッタリング法ではアルゴンイオンを用いてターゲット成分をスパッタリングするため、スパッタリング法で被覆した硬質皮膜はアルゴンを少なからず含有する。とりわけ、アルゴンは結晶粒界に濃化し易く、結晶粒径が微粒になるとアルゴンの含有比率が大きくなる傾向になる。但し、アルゴンの含有比率が大きくなると、結晶粒界において粒子同士の結合力が低下する。本実施形態に係る硬質皮膜のように、hcp構造であるAlとTiを主体とする窒化物においては、過多に含まれるアルゴンは欠陥となりうるため、その含有比率を一定以下にすることが有効である。具体的には、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属元素と非金属元素の総量に対して、アルゴンを0.50原子%以下で含有する。より好ましくは、本実施形態の硬質皮膜はアルゴンを0.40原子%以下で含有する。更に好ましくは、本実施形態の硬質皮膜はアルゴンを0.30原子%以下で含有する。
【0020】
スパッタリング法において、硬質皮膜に含まれるアルゴンの含有比率を限りなく0原子%に近づけようとすると、アルゴンの流量が小さくなり過ぎてスパッタリングが安定しない。また、仮にアルゴンの含有比率が0原子%に近づくとしても、靭性、耐熱性、耐摩耗性といった切削工具に適用する硬質皮膜としての基本的な特性が損なわれうる。本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴンの含有比率の下限は特段限定するものではないが、スパッタリング法を安定させて、切削工具に適用する硬質皮膜としての基本的な皮膜特性を確保するために、アルゴンを0.10原子%以上で含有させることが好ましい。より好ましくは、硬質皮膜にアルゴンを0.15原子%以上で含有させる。
【0021】
本実施形態に係る硬質皮膜のアルゴンの含有比率は、上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工した硬質皮膜について、電子プローブマイクロアナライザー装置(EPMA)を用いて測定することができる。上述した金属元素の含有比率の測定と同様に、鏡面加工後、直径が約1μmの分析範囲を5点分析した平均から求めることができる。
本実施形態に係る硬質皮膜は、非金属元素としては窒素以外に微量のアルゴン、酸素、炭素が含まれうる。硬質皮膜におけるアルゴンの含有比率は、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子%として求めることができる。また、本実施形態に係る硬質皮膜は、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子%とした場合、窒素の含有比率が50原子%以上であることが好ましい。これにより硬質皮膜に窒化物が十分に形成されて耐久性が優れる傾向にある。但し、窒素の含有比率が高くなり過ぎると、硬質皮膜が自己破壊を起こし易くなるので、52%以下にすることが好ましい。なお、評価においては小数点以下の値は切り捨てて求めればよい。
【0022】
<アルミニウム(Al)、チタン(Ti)以外の金属元素>
本実施形態に係る硬質皮膜には、AlとTi以外の金属元素を含有しても良い。例えば、本実施形態に係る硬質皮膜は、耐摩耗性や耐熱性などの向上を目的として、周期律表の4a族、5a族、6a族の元素およびSi、B、Yから選択される1種または2種以上の元素を含有することもできる。これらの元素は硬質皮膜の皮膜特性を向上させるために一般的に含有されるものであり、被覆切削工具の耐久性を著しく低下させない範囲で添加可能である。
【0023】
<成分組成 酸素(O)、炭素(C)>
本実施形態に係る硬質皮膜は窒化物であるが、上述したアルゴン以外にも微量の酸素と炭素を含有しうる。これらの元素は窒化物の中に微量な酸化物や炭化物を形成するため、硬質皮膜の靭性を低下させうる。硬質皮膜に不可避的に含有される酸素と炭素を膜厚方向にわたって低減することができれば、hcp構造からなるAlとTiを主体とする窒化物の靭性を高めることができる。なお、本実施形態に係る硬質皮膜では、不可避不純物として酸素の方が炭素よりも多い傾向にある。
【0024】
本実施形態に係る硬質皮膜では、硬質皮膜に含有される微細な酸化物を極力少なくするため、膜厚方向にわたって酸素の含有比率を5.0原子%以下とすることが好ましい。より好ましくは、酸素の含有比率を4.0原子%以下とする。また、硬質皮膜に含有される微細な炭化物を極力少なくするため、膜厚方向にわたって炭素の含有比率を3.0原子%以下とすることが好ましい。より好ましくは、炭素の含有比率を1.5原子%以下とする。
【0025】
膜厚方向の酸素と炭素の含有比率は、走査型X線光電子分光装置を用いて求めることができる。そして、酸素と炭素の含有量は、炭素、窒素、酸素、金属(半金属を含む)元素の合計の含有比率を100原子%として求めればよい。硬質皮膜の最表面では、大気からの付着による不可避不純物である酸素と炭素が多く検出されるため、皮膜表面からの深さ50nmの位置から膜厚方向に分析を行う。
また、本実施形態に係る硬質皮膜は、アルゴン以外に他の希ガスを含有した混合ガスを用いてスパッタリングすれば、アルゴン以外の希ガスも含有しうる。
【0026】
本実施形態の被覆切削工具は、硬質皮膜の密着性をより向上させるため、必要に応じて、工具の基材と硬質皮膜との間に別途中間層を設けてもよい。例えば、金属、窒化物、炭窒化物、炭化物のいずれかからなる層を工具の基材と硬質皮膜との間に設けてもよい。また、本実施形態に係る硬質皮膜上に、本実施形態に係る硬質皮膜と異なる成分比や異なる組成を有する硬質皮膜を別途形成させてもよい。さらには、本実施形態に係る硬質皮膜と、別途本実施形態に係る硬質皮膜と異なる組成比や異なる組成を有する硬質皮膜とを相互積層させてもよい。
【0027】
本実施形態に係る硬質皮膜は、被加工材と接触する工具の最表層に設けることで、工具表面に十分な量の酸化保護皮膜が形成されて溶着を抑制する効果が十分に奏されるので好ましい。
【0028】
本実施形態に係る硬質皮膜の被覆では、3個以上のAlTi系合金ターゲットを用いて、ターゲットに順次電力を印加して、電力が印加されるターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了するターゲットと電力の印加を開始するターゲットの両方のターゲットに同時に電力が印加されている時間を設けるスパッタリング法を適用する。このようなスパッタリング法はターゲットのイオン化率が高い状態が被覆中に維持されて、微粒でかつ、ミクロレベルで緻密な硬質皮膜が得られるとともに、不可避的に含有されるアルゴン、酸素および炭素が少ない傾向にある。そして、スパッタリング装置の炉内温度を450℃以上として予備放電を実施し、炉内に導入する窒素ガスの流量を60sccm以上、アルゴンガスの流量を70sccm以上200sccm以下とすることが好ましい。また、炉内圧力を0.5Pa〜0.7Paとすることが好ましい。
【0029】
電力パルスの最大電力密度は、1.0kW/cm
2以上とすることが好ましい。更には、1.2kW/cm
2以上とすることが好ましい。但し、ターゲットに印加する電力密度が大きくなり過ぎると成膜が安定し難い。また、電力密度が大きすぎるとスパッタリング法であってもドロップレットの発生頻度が高くなる傾向にある。そのため、電力パルスの最大電力密度は、3.0kW/cm
2以下とすることが好ましく、更には、電力パルスの最大電力密度は、2.0kW/cm
2以下とすることが好ましい。また、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間は5マイクロ秒以上20マイクロ秒以下とすることが、硬質皮膜の基本的な特性を高めてドロップレットを低減させるのに好ましい。また、基材に印加する負圧のバイアス電圧は、−80V〜−40Vとすることが好ましい。
【実施例1】
【0030】
<工具>
工具として、組成がWC(bal.)−Co(8.0質量%)−Cr(0.5質量%)−VC(0.3質量%)、WC平均粒度0.6μm、硬度93.9HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル(ボール半径3mm、三菱日立ツール株式会社製)を準備した。
【0031】
本実施例1〜3、比較例1では、スパッタ蒸発源を6機搭載できるスパッタリング装置を使用した。これらの蒸着源のうち、AlTi系合金ターゲット3個を蒸着源として装置内に設置した。なお、寸法がΦ16cm、厚み12mmのターゲットを用いた。本実施例1〜3は使用するAlTi系合金ターゲットの組成を同じにした。
工具をスパッタリング装置内のサンプルホルダーに固定し、工具にバイアス電源を接続した。なお、バイアス電源は、ターゲットとは独立して工具に負のバイアス電圧を印加する構造となっている。工具は、毎分2回転で自転しかつ、固定治具とサンプルホルダーを介して公転する。工具とターゲット表面との間の距離は100mmとした。
導入ガスは、Ar、およびN
2を用い、スパッタリング装置に設けられたガス供給ポートから導入した。
【0032】
<ボンバード処理>
まず工具に硬質皮膜を被覆する前に、以下の手順で工具にボンバード処理を行った。スパッタリング装置内のヒーターにより炉内温度が430℃になった状態で30分間の加熱を行った。その後、スパッタリング装置の炉内を真空排気し、炉内圧力を5.0×10
−3Pa以下とした。そして、Arガスをスパッタリング装置の炉内に導入し、炉内圧力を0.8Paに調整した。そして、工具に−170Vの直流バイアス電圧を印加して、Arイオンによる工具のクリーニング(ボンバード処理)を実施した。
【0033】
<硬質皮膜の被覆>
次いで、以下の手順でAlとTiの窒化物を工具上に被覆した。
本実施例1と比較例1については、炉内温度を430℃に保持したまま、そして、スパッタリング装置の炉内にArガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを120sccmで導入して炉内圧力を0.60Paとした。工具に−60Vの直流バイアス電圧を印加して、そして、AlとTiを含有する合金ターゲットに印加される電力の1周期当りの放電時間を4.0ミリ秒、電力が印加される合金ターゲットが切り替わる際に、電力の印加が終了する合金ターゲットと電力の印加を開始する合金ターゲットの両方の合金ターゲットに同時に電力が印加されている時間を10マイクロ秒として、3個のAlTi系合金ターゲットに連続的に電力を印加して、工具の表面に約3.0μmの硬質皮膜を被覆した。このとき、電力パルスの最大電力密度は、1.5kW/cm
2、平均電力密度は0.37kW/cm
2とした。
本実施例2については、Arガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを160sccmで導入して炉内圧力を0.68Paとした以外は、本実施例1と同様の条件で硬質皮膜を被覆した。
本実施例3については、Arガスを160sccmで導入し、その後、N
2ガスを160sccmで導入して炉内圧力を0.68Paとし、工具に−80Vの直流バイアス電圧を印加した以外は、本実施例1と同様の条件で硬質皮膜を被覆した。
【0034】
比較例2〜6は、アークイオンプレーティング法で被覆した試料を準備した。
比較例2〜3については、永久磁石をターゲットの背面に配置したアークイオンプレーティング装置で被覆した。また、比較例4〜6については、コイル磁石をターゲットの背面に配置したアークイオンプレーティング装置で被覆した。いずれの試料も、Arイオンにより工具のクリーニングを実施して、炉内圧力を5.0×10
−3Pa以下に真空排気して、炉内温度を500℃とし、炉内圧力が3.2PaになるようにN
2ガスを導入した。工具に−120Vの直流バイアス電圧を印加して、そして、AlとTiを含有する合金ターゲットに200Aの電流を印加して、工具の表面に約3.0μmの硬質皮膜を被覆した。
【0035】
<皮膜組成>
硬質皮膜の皮膜組成は、電子プローブマイクロアナライザー装置(株式会社日本電子製 JXA−8500F)を用いて、付属の波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)で硬質皮膜の皮膜組成を測定した。物性評価用のボールエンドミルを鏡面加工して、加速電圧10kV、照射電流5×10
−8A、取り込み時間10秒とし、分析領域が直径1μmの範囲を5点測定してその平均値から硬質皮膜の金属含有比率および金属成分と非金属成分の合計におけるArの含有比率を求めた。
【0036】
<結晶構造・結晶粒径>
硬質皮膜の結晶構造は、X線回折装置(株式会社PaNalytical製 EMPYREA)を用い、管電圧45kV、管電流40mA、X線源Cukα(λ=0.15405nm)、2θが20〜80度の測定条件で確認を行った。また、最大強度を示す回折ピークの半価幅から、硬質皮膜の平均結晶粒径を算出した。
【0037】
<皮膜硬さおよび弾性係数>
硬質皮膜の皮膜硬さおよび弾性係数は、ナノインデンテーションテスター(エリオニクス(株)製ENT−2100)を用いて分析した。分析は、皮膜の最表面に対し試験片を5度傾けた皮膜断面を鏡面研磨後、皮膜の研磨面内で最大押し込み深さが膜厚の略1/10未満となる領域を選定した。押し込み荷重49mN/秒の測定条件で10点測定し、値の大きい側の2点と値の小さい側の2点を除いた6点の平均値から求めた。
【0038】
<切削試験>
作製した被覆切削工具を用いて切削試験を行った。表1に分析結果および切削試験結果を示す。切削条件は以下の通りである。
(条件)乾式加工
・工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
・型番:HGOB2060、ボール半径3.0mm
・切削方法:底面切削
・被削材:STAVAX(52HRC)(Bohler Uddeholm株式会社製)
・切り込み:軸方向、0.2mm、径方向、0.2mm
・切削速度:188.4m/min
・一刃送り量:0.2mm/刃
・切削距離:500m
・評価方法:切削加工後、工具顕微鏡を用いて倍率50倍で観察し、工具と被削材が擦過した幅を測定し、そのうちの擦過幅が最も大きかった部分を最大摩耗幅とした。
各試料について、皮膜特性および皮膜組織を観察した。皮膜特性および切削評価の結果を表1に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
本実施例のX線回折結果の一例として、
図2に本実施例2のX線回折結果を示す。
図2に例示するように、本実施例1〜3はいずれもfcc構造に起因するピークは確認されず、hcp構造のAlN(100)面に起因するピークが最大であった。
本実施例1〜3は、突発的な剥離が発生せずに、最大摩耗幅が最も小さく、アークイオンプレーティング法で被覆した比較例2〜6に比べて優れた耐久性を示すことが確認された。とりわけ、比較例2はfcc構造からなる従来のAlとTiの窒化物であるが、本実施例1〜3は比較例2に対して最大摩耗幅が10μm以上も抑制されている。これは、本実施例1〜3は、皮膜内部に含まれるドロップレットやアルゴン等の欠陥が少ないため、hcp構造の硬質皮膜であっても耐久性が高くなり、Alの含有比率が大きい効果が奏されたと推定される。特に優れた耐久性を再現した本実施例2、3については、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子とした場合、窒素の含有比率が50原子%以上となっており、硬質皮膜に窒化物が十分に形成されていたことにより優れた耐久性が得られたと推定される。
図1に本実施例1の断面観察写真を示す。本実施例1に係る硬質皮膜は極めて平滑であることが確認される。また、本実施例1に係る硬質皮膜は、断面観察において円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm
2当たり1個以下であることを確認した。なお、円相当径が3.0μm以上のドロップレットは確認されなかった。一方、アークイオンプレーティング法で被覆した比較例2〜6の硬質皮膜には円相当径が1.0μm以上のドロップレットが100μm
2当たり数十個も確認された。また、円相当径が3.0μm以上のドロップレットも多数確認された。特に比較例6は、本実施例1と同様にhcp(100)面の回折ピークが最大強度を示していたが剥離が生じた。これは、ドロップレットが多いために靱性が低下し、早期に剥離したと推定される。
比較例1は、本実施例と同様にドロップレットやアルゴン等の欠陥は少ないが、hcp構造の(102)面が最大強度を示したので靭性が低下し、早期に剥離が発生したと推定される。
【0041】
本実施例に係る硬質皮膜についてミクロ解析を行った。本実施例に係る硬質皮膜は、走査型X線光電子分光装置を用いた分析において、皮膜表面からの深さ50nmの位置から膜厚方向にわたって酸素が1.5〜3.0原子%であり、炭素が1.0原子%以下であり、酸素と炭素を僅かに含有していることが確認された。
また、透過型電子顕微鏡で組織観察した場合、50nm×50nmの範囲内で、長径が10nm以上になる空隙は1個以下であり、ミクロレベルで緻密になっていることが確認された。
【実施例2】
【0042】
実施例2では、実施例1で評価した本実施例1〜3、比較例1について、工具と被削材を変更して評価した。
実施例2では、工具として、組成がWC(bal.)−Co(8.0質量%)−Cr(0.5質量%)−VC(0.3質量%)、WC平均粒度0.6μm、硬度93.9HRA(ロックウェル硬さ、JIS G 0202に準じて測定した値)からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル(ボール半径3mm、三菱日立ツール株式会社製)を準備した。
切削条件は以下の通りである。
(条件)乾式加工
・工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
・型番:HGOB2060、ボール半径3.0mm
・切削方法:底面切削
・被削材:DAC55(47HRC)(日立金属株式会社製)
・切り込み:軸方向、0.2mm、径方向、0.2mm
・切削速度:188.4m/min
・一刃送り量:0.2mm/刃
・切削距離:150m
・評価方法:切削加工後、工具顕微鏡を用いて倍率50倍で観察し、工具と被削材が擦過した幅を測定し、そのうちの擦過幅が最も大きかった部分を最大摩耗幅とした。
各試料について、皮膜特性および皮膜組織を観察した。切削評価の結果を表2に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
実施例2においても、本実施例1〜3は安定した摩耗形態を示した。一方、hcp構造の(102)面が最大強度を示した比較例1は早期に剥離した。特に、本実施例2、3については、本実施例1〜3の中でも、金属(半金属を含む)元素と窒素、酸素、炭素、アルゴンの含有比率を100原子とした場合、窒素の含有比率が50原子%以上となっており、本実施例1に比べても最大摩耗幅が大きく低減された。