特許第6844786号(P6844786)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6844786
(24)【登録日】2021年3月1日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】オルガノイド及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/09 20100101AFI20210308BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20210308BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20210308BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20210308BHJP
【FI】
   C12N5/09
   A01K67/027ZNA
   C12Q1/02
   G01N33/15 Z
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2018-538470(P2018-538470)
(86)(22)【出願日】2017年9月7日
(86)【国際出願番号】JP2017032335
(87)【国際公開番号】WO2018047914
(87)【国際公開日】20180315
【審査請求日】2019年2月15日
(31)【優先権主張番号】特願2016-175478(P2016-175478)
(32)【優先日】2016年9月8日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2017-49202(P2017-49202)
(32)【優先日】2017年3月14日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、[革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究領域]「消化器がんの発生・進展過程における慢性炎症の誘導と役割の解明」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-02384
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-02345
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100192773
【弁理士】
【氏名又は名称】土屋 亮
(72)【発明者】
【氏名】大島 正伸
(72)【発明者】
【氏名】中山 瑞穂
(72)【発明者】
【氏名】坂井 絵梨
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/196012(WO,A1)
【文献】 WEEBER F. et al.,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2015, Vol.112, No.4
【文献】 BOJ S.F. et al.,Cell, 2015, Vol.160, pp.324-338
【文献】 CAO D. et al.,PLoS One, 2014, Vol.9, No.1, e86813, pp.1-8
【文献】 大島 浩子、外2名.,遺伝子変異と微小環境の相互作用による発がん.,実験医学, 2016.09.01, Vol.34, No.14, pp.2294-2299
【文献】 MATANO M. et al.,Nature Medicine, 2015, Vol.21, No.3, pp.256-262
【文献】 FUJII M et al.,Cell Stem Cell, 2016.06.02, Vol.18, p.827-838
【文献】 O'ROURKE K.P. et al.,Nature Biotechnology, 2017.05.01, Vol.35, No.6, p.577-582
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正常免疫のマウスに移植した際に、転移性を有し、APCと、KRASと、TP53と、TGFBR2とが変異しており、
前記TP53の変異が、機能獲得型変異であり、マウスの腸管上皮腫瘍由来である、オルガノイドであって、
前記APCの変異は、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の716番目のアミノ酸に対応するコドンが翻訳終止変異であり、正常Apc遺伝子が欠損し、遺伝子型はAPC−/Δ716であり、
前記KRASの変異は、配列番号4で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の12番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、G12Dであり、
前記TP53における変異は、配列番号6又は8で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の270番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、R270Hであり、ヘテロ変異であり、
前記TGFBR2の変異は、ホモ欠失変異であり、エピジェネティックな変化が導入されており、
ドライバー遺伝子としての、前記APC、KRAS、TP53、及び、TGFBR2が腸管上皮細胞特異的に、前記変異を有するマウスから発生した腫瘍組織を切り出して、前記ドライバー遺伝子が変異した細胞を調整し、前記細胞の一部が腺管様構造に変化して、転移能を獲得するまで3次元培養してなることを特徴とするオルガノイド。
【請求項2】
受領番号NITE ABP−02345のオルガノイド。
【請求項3】
正常免疫のマウスに移植した際に、転移性を有し、APCと、KRASと、TP53と、TGFBR2とが変異しており、
前記TP53の変異が、機能獲得型変異であり、マウスの腸管上皮腫瘍由来である、細胞株であって、
前記APCの変異は、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の716番目のアミノ酸に対応するコドンが翻訳終止変異であり、正常Apc遺伝子が欠損し、遺伝子型はAPC−/Δ716であり、
前記KRASの変異は、配列番号4で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の12番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、G12Dであり、
前記TP53における変異は、配列番号6又は8で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の270番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、R270Hであり、LOHにより野生型(+)遺伝子が欠失しており、
前記TGFBR2の変異は、ホモ欠失変異であり、エピジェネティックな変化が導入されており、
請求項1又は2に記載のオルガノイドを2次元培養して、ヘテロ変異のTP53の野生型(+)遺伝子をLOHにより欠失させてなることを特徴とする細胞株。
【請求項4】
受領番号NITE ABP−02384の細胞株。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のオルガノイド、又は、請求項3又は4に記載の細胞株を移植により備え、正常免疫である、マウス。
【請求項6】
がん治療薬剤候補物質を請求項1又は2に記載のオルガノイド、又は、請求項3又は4に記載の細胞株に接触させ、或いは、請求項5に記載のマウスに投与して、がん細胞増殖抑制を試験する工程を含むことを特徴とする抗がん剤のスクリーニング法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オルガノイド及びその利用に関する。
本願は、2016年9月8日に、日本に出願された特願2016−175478号、及び2017年3月14日に、日本に出願された特願2017−049202号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
大腸がんの発生と悪性化には、複数のドライバー遺伝子の変異の蓄積が必要である。The Cancer Genome Atlas(TCGA) Networkの報告により、大腸がんのドライバー遺伝子候補が明らかにされた(例えば、非特許文献1参照。)。
その中でも、APC、KRAS、TGFBR2、P53の各遺伝子変異が高頻度に検出され、これらの遺伝子は、重要なドライバー遺伝子であると考えられている。
【0003】
最近になって、ヒトの正常腸管上皮幹細胞を3次元培養し(オルガノイド培養ともいう。)、この細胞にAPC、KRAS、SMAD4、P53、PIK3CAの各遺伝子変異を導入し、免疫不全マウスであるNOG(NOD/Shi−scid, IL−2Rγnull)マウスに移植すると腫瘍が形成されることが報告されている(例えば、非特許文献2〜3参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Cancer Genome Atlas Network., Comprehensive molecular portraits of human breast tumours., Nature, 490(7418),61-70,2012.
【非特許文献2】Matano M., et al., Modeling colorectal cancer using CRISPR-Cas9-mediated engineering of human intestinal organoids., Nat. Med.,21(3):256-62,2015.
【非特許文献3】Drost J., et al.,Sequential cancer mutations in cultured human intestinal stem cells., Nature., 521(7550):43-7,2015.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、APC、KRAS、SMAD4、P53、PIK3CAの各遺伝子に変異が導入されたオルガノイドをNOGマウスに移植しても他臓器への転移は認められず、完全な悪性化には進行していない事から、悪性化にはさらに何らかの変化が必要と考えられた。
非特許文献2〜3に記載のようにヒト幹細胞オルガノイドにゲノム編集技術によりドライバー変異を入れて、がんを再現することが可能となった。一方で、がん組織では「がん細胞」に対する生体応答により「微小環境」が形成され、そこに存在する免疫細胞や間質細胞が、がん細胞の生存や増殖に関与することが知られている。
したがって、がん研究又は抗がん剤の評価研究のために、ヒトの発がんや悪性化を再現するためには、免疫応答が正常なモデル動物へのオルガノイド移植実験が必要であり、前記モデル動物と同種の細胞を用いたオルガノイドの樹立が必要となる。
【0006】
そこで本発明は、がん研究又は抗がん剤の評価研究のための手段を提供することを目的とする。より具体的には、オルガノイド、細胞株、非ヒト動物、抗がん剤のスクリーニング方法、オルガノイドの製造方法、細胞株の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の通りである。
(1)正常免疫のマウスに移植した際に、転移性を有し、APCと、KRASと、TP53と、TGFBR2とが変異しており、前記TP53の変異が、機能獲得型変異であり、マウスの腸管上皮腫瘍由来である、オルガノイドであって、前記APCの変異は、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の716番目のアミノ酸に対応するコドンが翻訳終止変異であり、正常Apc遺伝子が欠損し、遺伝子型はAPC−/Δ716であり、前記KRASの変異は、配列番号4で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の12番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、G12Dであり、前記TP53における変異は、配列番号6又は8で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の270番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、R270Hであり、ヘテロ変異であり、前記TGFBR2の変異は、ホモ欠失変異であり、エピジェネティックな変化が導入されており、ドライバー遺伝子としての、前記APC、KRAS、TP53、及び、TGFBR2が腸管上皮細胞特異的に、前記変異を有するマウスから発生した腫瘍組織を切り出して、前記ドライバー遺伝子が変異した細胞を調整し、前記細胞の一部が腺管様構造に変化して、転移能を獲得するまで3次元培養してなることを特徴とするオルガノイド。
(2)受領番号NITE ABP−02345のオルガノイド。
(3)正常免疫のマウスに移植した際に、転移性を有し、APCと、KRASと、TP53と、TGFBR2とが変異しており、前記TP53の変異が、機能獲得型変異であり、マウスの腸管上皮腫瘍由来である、細胞株であって、前記APCの変異は、配列番号2で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の716番目のアミノ酸に対応するコドンが翻訳終止変異であり、正常Apc遺伝子が欠損し、遺伝子型はAPC−/Δ716であり、前記KRASの変異は、配列番号4で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の12番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、G12Dであり、前記TP53における変異は、配列番号6又は8で表されるアミノ酸配列において、最初のメチオニンを1番目として数えた場合の270番目のアミノ酸に対応するコドンに塩基置換変異が導入された、R270Hであり、LOHにより野生型(+)遺伝子が欠失しており、前記TGFBR2の変異は、ホモ欠失変異であり、エピジェネティックな変化が導入されており、(1)又は(2)に記載のオルガノイドを2次元培養して、ヘテロ変異のTP53の野生型(+)遺伝子をLOHにより欠失させてなることを特徴とする細胞株。
(4)受領番号NITE ABP−02384の細胞株。
(5)(1)又は(2)に記載のオルガノイド、又は、(3)又は(4)に記載の細胞株を移植により備え、正常免疫である、マウス。
(6)がん治療薬剤候補物質を(1)又は(2)に記載のオルガノイド、又は、(3)又は(4)に記載の細胞株に接触させ、或いは、(5)に記載のマウスに投与して、がん細胞増殖抑制を試験する工程を含むことを特徴とする抗がん剤のスクリーニング法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、がん研究又は抗がん剤の評価研究のための手段を提供することができる。より具体的には、オルガノイド、細胞株、非ヒト動物、抗がん剤のスクリーニング方法、オルガノイドの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(a)は、正常免疫下においても転移性を有するオルガノイド(AKTP−3D)の観察像である。(b)は、腺管様構造をとるオルガノイドの一例の観察像である。
図2】(a)は、正常免疫下においても転移性を有する細胞株(AKTP−1C9−β)の観察像である。(b)は、正常免疫下においても転移性を有する細胞株(AKTP−2A6)の観察像である。
図3】4か月培養後の腺管様オルガノイドを移植したNOGマウスから採取した肝臓の観察像である。
図4】オルガノイド(AKTP−3D)を移植したC57BL/6マウスから採取した肝臓の観察像である。
図5】オルガノイド(AKTP−3D)及びマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β)におけるLOH解析の結果である。
図6】オルガノイド(AKTP−3D)及びマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β)における軟寒天コロニーアッセイの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[オルガノイド]
本発明のオルガノイドは、正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有する。本発明において、オルガノイドとは、細胞が集積した細胞組織体であって、細胞組織が本来有する機能を有する臓器(オルガン)に近似するものをいう。
従来、ゼノグラフトモデルとして、NOGマウス等、免疫不全の非ヒト動物を用いる以外の手段がなかった。実施例にて後述するように、本発明のオルガノイドは、正常免疫下においても転移性を有するほど、悪性度が高い。そのため、本発明のオルガノイドによれば、C57BL/6マウス等の免疫応答が正常なモデル動物へのオルガノイド移植実験が可能であり、免疫系を考慮した、腫瘍の発育・進展様式の解明、治療剤のスクリーニング等に利用することができる。
【0011】
本発明のオルガノイドは、非ヒト動物由来であれば特に限定されない。非ヒト動物としては、例えば、ネコ、イヌ、ウマ、サル、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ラット、マウス等が挙げられる。中でも、抗がん評価の実績という観点からは、齧歯類が好ましい。齧歯類としては、ハムスター、モルモット、ラット、マウス等が挙げられ、ラット、マウスが好ましい。
【0012】
本発明のオルガノイドは、ドライバー遺伝子が変異している細胞を含むことが好ましい。本発明において、ドライバー遺伝子とは、がん遺伝子・がん抑制遺伝子といった、がんの発生・進展において直接的に重要な役割を果たす遺伝子をいう。ドライバー遺伝子としては、KRAS、TP53、APC、TGFBR2、EGF、EGFR、PIK3CA、SMAD4等が挙げられる。また、本発明において変異とは、特定の遺伝子又はこの遺伝子を含む染色体DNA中のヌクレオチドが、置換、欠失、付加、反復、逆位、転座等の修飾を受けることをいう。
【0013】
本発明のオルガノイドにおいては、APCと、KRASと、TP53及び/又はTGFBR2若しくはSMAD4と、が変異していることが好ましい。変異しているドライバー遺伝子の組み合わせとしては、APC、KRAS、及びTP53;APC、KRAS、及びTGFBR2;APC、KRAS、及びSMAD4;APC、KRAS、TP53、及びTGFBR2;APC、KRAS、TP53、及びSMAD4が挙げられる。
APC、KRAS、TP53、TGFBR2、及びSMAD4のマウスcDNA配列情報を、以下に記載する。
APC NM_007462.3
KRAS NM_021284.6
TP53 NM_001127233.1 NM_011640.3
TGFBR2 NM_009371.3 NM_029575.3
SMAD4 NM_008540.2
上記GenBankアクセッション番号に登録されるAPC遺伝子のcDNA配列を配列番号1に示し、APCタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。KRAS遺伝子のcDNA配列を配列番号3に示し、KRASタンパク質のアミノ酸配列を配列番号4に示す。TP53遺伝子のcDNA配列を配列番号5及び7に示し、TP53タンパク質のアミノ酸配列を配列番号6及び8に示す。TGFBR2遺伝子のcDNA配列を配列番号9及び11に示し、TGFBR2タンパク質のアミノ酸配列を配列番号10及び12に示す。SMAD4遺伝子のcDNA配列を配列番号13に示し、SMAD4タンパク質のアミノ酸配列を配列番号14に示す。
【0014】
変異型APCとしては、一例としてマウスのアミノ酸配列において、716番目のコドンに翻訳終止変異が導入されたもの(ApcΔ716)、1638番目のコドンに翻訳終止変異が導入されたもの(Apc1638N)等が挙げられる。これらの変異は、ヘテロ変異よりホモ変異が好ましい。
変異型KRASとしては、一例としてマウスのアミノ酸配列において、12番目又は13番目のコドンに塩基置換変異が導入されたものが挙げられ、G12Dが好ましい。
変異型TGFBR2又は変異型SMAD4としては、欠失変異型が好ましい。これらの変異は、ヘテロ変異よりホモ変異が好ましい。両因子は、同一経路に存在するため、いずれか一方の欠失変異があればよい。
【0015】
変異型TP53としては、機能獲得(gain of function)型変異を有するものが好ましい。係る変異としては、一例としてマウスのアミノ酸配列において、172番目のコドンに塩基置換変異が導入されたもの(R172H)、270番目のコドンに塩基置換変異が導入されたもの(R270H)等が挙げられる。係る機能獲得型変異により、変異型p53は核へ移行し、広範囲の遺伝子の発現を誘導し、細胞に悪性度をもたらすものと考えられる。野生型p53は、変異型p53と複合体を形成し、核移行を阻害すると考えられることから、TP53における変異は、ヘテロ変異よりホモ変異が好ましい。または、LOHにより野生型TP53が欠失することが好ましい。
【0016】
本発明のオルガノイドが含む細胞の由来は、特に限定されず、種々のがん由来の細胞を用いることができる。がんの種類としては、胆管がん、腸がん、肺がん、胃がん、食道がん、乳がん、膀胱がん、前立腺がん、骨髄腫、リンパ腫等が挙げられ、腸がんが好ましい。また、腸がんとしては、腸管上皮組織由来のがんが挙げられる。
【0017】
図1(a)は、正常免疫下においても転移性を有するオルガノイドの一例の観察像であり、多くのオルガノイドがシスト様の形態を示す。これらオルガノイドの内、一部は図1(b)に示すように、腺管様構造を呈している。
【0018】
本発明のオルガノイドは、受領番号NITE ABP−02345であるオルガノイド(以下、「AKTP−3Dオルガノイド」という場合がある。)であることが好ましい。本オルガノイドは、今回発明者らが樹立したオルガノイドである。実施例に示すように、本オルガノイドは、免疫不全のNOGマウスに移植しても、正常免疫のC57BL/6マウスに移植しても腫瘍を形成し、かつ、他臓器へ転移する。
本オルガノイドによって、免疫応答を考慮したがん研究又は抗がん剤について評価研究するための材料が提供される。
【0019】
[細胞株]
本発明の細胞株は、正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有する。実施例で後述するように、本発明の細胞株を3次元培養すると、本発明のオルガノイドと同様の性質を有するオルガノイドを形成する。本発明の細胞株の好ましい構成は、上記[オルガノイド]と同様であるため、その説明を省略する。
図2(a)〜(b)は、正常免疫下においても転移性を有する細胞株の一例の観察像である。本発明の細胞株は、受領番号NITE ABP−02384である細胞株(以下、「AKTP−1C9−β」という場合がある。)であることが好ましい。本細胞株は、今回発明者らが樹立した細胞株である。実施例に示すように、本細胞株は、免疫不全のNOGマウスに移植しても、正常免疫のC57BL/6マウスに移植しても腫瘍を形成し、かつ、他臓器へ転移する。
【0020】
[非ヒト動物]
本発明の非ヒト動物は、上述した本発明のオルガノイド又は細胞株を備えている。係るオルガノイド又は細胞株を備える手段としては、移植が好ましい。移植箇所としては、特に限定されず、皮下組織内、脾臓、尾静脈等が挙げられる。
非ヒト動物としては、例えば、ネコ、イヌ、ウマ、サル、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ラット、マウス等が挙げられる。中でも、抗がん評価の実績という観点からは、齧歯類が好ましい。齧歯類としては、ハムスター、モルモット、ラット、マウス等が挙げられ、ラット、マウスが好ましい。
異種移植の場合には、非ヒト動物は、免疫不全のものが好ましく、SCIDマウス、NOGマウス)等が挙げられる。
同種移植の場合には、非ヒト動物は、免疫不全のものでも、正常免疫のものでもよく、生理学的な観点から、正常免疫のものが好ましい。
本発明の非ヒト動物は、正常免疫のゼノグラフトモデルとして用いることが可能であるため、本発明の非ヒト動物によって、免疫応答を考慮したがん研究又は抗がん剤について評価研究するための材料が提供される。
更に、実施例で後述するように、本発明の非ヒト動物は、明確なドライバー遺伝子変異だけが導入されたがん細胞の、免疫が正常な個体の転移モデルとして用いることもでき、抗がん剤の評価に好適に用いることができる。
【0021】
[抗がん剤のスクリーニング法]
(第1実施形態)
1実施形態において、本発明は、がん治療薬剤候補物質を上述したオルガノイド、又は、細胞株と接触させて、がん細胞増殖抑制を試験する工程を含む抗がん剤のスクリーニング法を提供する。
【0022】
例えば、化合物ライブラリを、上述したオルガノイド、又は細胞株の培地に添加し、細胞の増殖に対する影響を検討することが挙げられる。より具体的には、例えば、ウェルプレートにオルガノイド、又は細胞株を播種し、化合物ライブラリの存在下で1〜5日間程度培養する。その後、例えばテトラゾリウム塩の還元による発色により、生細胞数を解析することが挙げられる。オルガノイド、又は細胞株の増殖を抑制する化合物は、がん治療薬剤の候補である。テトラゾリウム塩としては、市販の3−[4,5−ジメチルチアゾル−2−イル]−2,5−ジフェニルテトラゾリウムブロミド)(MTT)等を利用することができる。
【0023】
(第2実施形態)
1実施形態において、本発明は、上述したオルガノイド、又は細胞株を備えた非ヒト動物にがん治療薬剤候補物質を投与して、がん細胞増殖抑制を試験する工程を含む抗がん剤のスクリーニング法を提供する。
【0024】
例えば、オルガノイド、又は細胞株を移植した免疫正常マウスに経口投与又は非経口投与でがん治療薬剤候補物質を投与する。続いて、がん細胞増殖抑制を試験して、当該がん治療薬剤候補物質の効果を確認する。がん細胞増殖抑制の試験方法としては、例えば、移植されたオルガノイド、又は細胞株に由来するがん組織の大きさ(体積、質量等)を測定すること等が挙げられる。上記がん組織を縮小させるがん治療薬剤候補物質は、がん治療薬剤として利用することができる可能性が高い。
【0025】
[オルガノイドの製造方法]
本発明のオルガノイドの製造方法は、正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有するオルガノイドの製造方法であって、ドライバー遺伝子が変異している非ヒト動物細胞を、転移能を獲得するまで3次元培養し、オルガノイドを得る工程を有する。
【0026】
ドライバー遺伝子としては、KRAS、TP53、APC、TGFBR2、EGF、EGFR、PIK3CA、SMAD4等が挙げられる。本発明のオルガノイドの製造方法において、APCと、KRASと、TP53及び/又はTGFBR2若しくはSMAD4とが変異していることが好ましく、APC、KRAS、TP53、及びTGFBR2が変異していることがより好ましい。
また、変異型TP53としては、上述した機能獲得(gain of function)型変異を有するものが好ましい。
【0027】
ドライバー遺伝子が変異している非ヒト動物細胞の調整方法としては、特に限定されず、ゲノム編集法を用いて、非ヒト動物から採取した細胞中のドライバー遺伝子に変異を導入してもよい。ゲノム編集法としては、TALENシステム、Znフィンガーヌクレアーゼシステム、CRISPR−Cas9システムが挙げられる。
または、ドライバー遺伝子が組織特異的に変異している非ヒト動物の前記組織から腫瘍を切り出して、この腫瘍をコラゲナーゼ等で酵素処理して調整してもよい。
【0028】
即ち、一実施形態として、本発明は、正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有するオルガノイドの製造方法であって、ドライバー遺伝子が組織特異的に変異している非ヒト動物の前記組織から腫瘍を切り出して、前記ドライバー遺伝子が変異した細胞を調整する工程1と、前記細胞を、転移能を獲得するまで3次元培養し、オルガノイドを得る工程2と、を有する製造方法を提供する。
以下、各工程について詳細に説明する。
【0029】
[工程1]
変異を有するドライバー遺伝子の組み合わせとしては、上述した通り、APC、KRAS、TP53、及びTGFBR2の組み合わせが好ましい。これら複数のドライバー遺伝子が組織特異的に変異した非ヒト動物を得るためには、各ドライバー遺伝子が変異した非ヒト動物を交配させることが好ましい。
また、組織特的に変異を導入するためには、組織特異的に部位特異的組み換え酵素を発現している非ヒト動物と、コンディショナルノックアウト非ヒト動物及びコンディショナルトランスジェニック非ヒト動物からなる群から選ばれる少なくとも1種と、を交配してなる非ヒト動物を用いることが好ましい。
コンディショナルノックアウト非ヒト動物としては、欠損させたい標的遺伝子の少なくとも一部を部位特異的組み換え酵素認識配列で挟んだ染色体を有する非ヒト動物が挙げられる。
コンディショナルトランスジェニック非ヒト動物としては、変異を有する標的遺伝子の上流に部位特異的組み換え酵素認識配列、転写終結配列、前記部位特異的組み換え酵素認識配列を5’側からこの順で含む遺伝子を含む染色体を有する非ヒト動物が挙げられる。
部位特異的組み換え酵素としては、Cre、Flpe、Dre等が挙げられる。部位特異的組み換え酵素が認識する部位特異的酵素認識配列としては、loxP、FRT 、roxが挙げられる。
また、部位特異的組み換え酵素と変異エストロゲン受容体(ER)との融合タンパク質を用いてもよい。一例として、Cre−ERタンパク質は通常細胞質に存在するが、エストロゲン誘導体であるタモキシフェンと結合することにより核内に移行し、loxP配列に対して組換えを起こす。これを利用してCre−loxPシステムの働く時期をタモキシフェン依存的に調節することが可能である。
【0030】
変異を導入する組織としては、特に限定されず、胆管、腸、肺、胃、食道、乳、膀胱、前立腺等のあらゆる組織が挙げられるが、腸管が好ましい。
【0031】
[工程2]
工程2は、工程1で調整した細胞を、転移能を獲得するまで3次元培養し、オルガノイドを得る工程である。
本発明において、3次元培養とは、細胞外マトリクス存在下で細胞を培養する方法をいう。細胞外マトリクスとしては、例えば、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型など)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカン、ゼラチン等が挙げられ、マトリゲルが好ましい。
3次元培養に用いられる培地としては、特に限定されず、従来公知の培地が用いられる。
【0032】
工程2において、3次元培養する期間としては、「転移性能を獲得するまで培養する期間」であり、3か月以上が好ましく、4か月以上がより好ましい。正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有するためには、ドライバー遺伝子の変異だけではなく、ドライバー遺伝子の変異に起因したエピジェネティックな変化等の2次的な変化を必要とするものと考えられる。
【0033】
[細胞株の製造方法]
本発明の細胞株の製造方法は、正常免疫の同種非ヒト動物に移植した際に、転移性を有する細胞株の製造方法であって、上述したオルガノイドの製造方法を用いて得られたオルガノイドを2次元培養する工程を有する。
上述したオルガノイドの製造方法を用いて得られたオルガノイドを、2次元培養し、増えてきた細胞をトリプシン処理等により単一の細胞に分離後クローニングすることにより、細胞株を樹立することができる。
【実施例】
【0034】
次に実験例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0035】
[実験例1]
(オルガノイドの樹立)
ヒト大腸がん発生と悪性化に関わるドライバー遺伝子、APC、KRAS、TGFBR2、TP53に対応するマウス遺伝子、Apc、Kras、Tgfbr2、Trp53の各遺伝子を腸管上皮細胞で欠損又は変異させるため、ApcΔ716マウス(Oshima. et. al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 92,4482-4486,1995)、LSL−KrasG12Dマウス(Mouse Repository 01XJ6 NCI-Frederick)、Tgfbr2floxマウス(Mouse Repository 01XN5 NCI-Frederick)、Trp53LSL R270Hマウス(Mouse Repository 01XM3 NCI-Frederick)、及びvillin−CreERT2マウス(el Marjou F. et. al.,Genesis 39,186-193,2004)の5系統のマウスモデルを交配し、Tgfbr2 flox以外の4種類がヘテロ、Tgfbr2 floxはホモのマウス(Apc+/Δ716,LSL−K−rasG12D,Tgfbr2flox/flox,Trp53+/ LSL R270H,Villin−CreERT2)を作製した。
このマウスにタモキシフェンを投与したところ、腸管上皮細胞特異的にCreERが核に移行し、ゲノム上のflox領域を切り出されて、腸管上皮細胞の遺伝子型はApc+/Δ716,K−ras+/G12D,Tgfbr2−/−,Trp53+/ R270Hとなった。
さらに、細胞分裂の過程で正常Apc遺伝子が欠損し、遺伝子型はAPC−/Δ716,K−ras+/G12D,Tgfbr2−/−,Trp53+/ R270Hとなり、4重遺伝子変異の導入により、浸潤性腸腫瘍が発生した。
この4重変異マウスモデルに発生した腫瘍組織を切り出して、コラゲナーゼ処理した後、マトリゲル中でmEGF、及びmNogginを添加したAdvanced DMEM/F12培地(3D培地)で培養した。オルガノイドはシスト様の形態を示して成長した(図1(a)参照。)。約1週間おきにオルガノイドをピペットにより機械的に破砕して、新しいマトリゲルに植え継ぎ、4か月間継代培養する間に、オルガノイドは一部、腺管様構造に変化した(図1(b)参照。)。このオルガノイドを独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託した(受託番号NITE P−02345、細胞名「AKTP−3D」)。
なお、このオルガノイドについては、独立行政法人製品評価技術基盤機構に対し、国内寄託から国際寄託への移管の申請を行い、2017年8月25日に受領されている(受領番号:NITE ABP−02345)。
【0036】
培養に用いた3D培地の組成を以下に示す。
Advanced DMEM/F12(ThermoFisher)、1×GlutaMax(Gibco)、10 mM Hepes Buffer(Gibco)、1×N2 Supplement(Gibco)、1×B27 Supplement(Gibco)、1mM N−Acetylcystein(Gibco)、0.1μg/ml mNoggin(Peprotech)、0.5μg/ml mEGF(Invitrogen)、1×Penicillin/Streptomycin(Wako)
【0037】
[実験例2]
(細胞株の樹立)
実験例1と同様の方法で、3か月間、3次元培養にて継代培養して得られたオルガノイドを、コラーゲンコートしたディッシュ上で、FBSと3種類のインヒビター(GSKインヒビター, ALKインヒビター, ROCKインヒビター)を加えた3D培地(F3i−3D培地;上記3D培地、FBS、 A−8301、CHIR99021、Y−27632)で2次元培養し、増えてきた細胞をトリプシン処理により単一の細胞に分離後クローニングし、マウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β及びAKTP−2A6)を樹立した。AKTP−1C9−β及びAKTP−2A6は、FBS及び上記3種類のインヒビターを加えたAdvanced DMEM/F12培地(F3i−Advanced F12培地;FBS、 A−8301、CHIR99021、 Y−27632、 Advanced DMEM/F12、Penicillin/Streptomycin)で維持した。図2(a)及び(b)は、それぞれ樹立した細胞株AKTP−1C9−β及びAKTP−2A6の観察像である。
これら細胞株を独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託した(受託番号NITE P−02384、細胞名「AKTP−1C9−β」;受託番号NITE P−02385、細胞名「AKTP−2A6」)。
なお、このAKTP−1C9−βについては、独立行政法人製品評価技術基盤機構に対し、国内寄託から国際寄託への移管の申請を行い、2017年8月25日に受領されている(受領番号:NITE ABP−02384)。
これら細胞株は、マトリゲル中ではシスト様及び腺管様のオルガノイドを形成するなど、3次元培養条件下では上皮様の構造を維持できることが確認された。
【0038】
[実験例3]
(オルガノイドを移植したNOGマウス)
4か月培養後の腺管様オルガノイドを、NOGマウスの皮下に移植すると、腫瘍の形成が確認された。
また、3次元培養直後のシスト様オルガノイドと、4か月培養後の腺管様オルガノイドのそれぞれを、NOGマウスの脾臓に移植すると、後者だけ肝臓への転移が認められた。4か月培養後の腺管様オルガノイドを移植したNOGマウスから採取した肝臓を図3に示す。図3中、矢印は転移箇所を示す。
また、この腺管様オルガノイドを、尾静脈から血中にインジェクションすると、肺に転移する事も認められた。
3次元培養直後のシスト様オルガノイドと、4か月培養後の腺管様オルガノイドではDNAメチル化パターンに違いが認められ、オルガノイドを4か月培養する間にエピジェネティックな変化が導入されていることが確認された。
【0039】
[実験例4]
(マウス腸管上皮腫瘍細胞株を移植したNOGマウス)
実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β)を、NOGマウスの皮下に移植すると、腫瘍の形成が確認された。
また、このマウス腸管上皮腫瘍細胞株を、NOGマウスの脾臓に移植すると、肝臓への転移が認められた。
また、このマウス腸管上皮腫瘍細胞株を、尾静脈から血中にインジェクションすると、肺に転移する事も認められた。
【0040】
[実験例5]
(オルガノイド又はマウス腸管上皮腫瘍細胞株を移植したC57BL/6マウス)
実験例1で樹立したオルガノイド(AKTP−3D)、及び実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β)のそれぞれを、免疫が正常なC57BL/6マウスの脾臓に移植すると、ともに肝臓への転移が認められた。
オルガノイド(AKTP−3D)を移植したC57BL/6マウスから採取した肝臓を図4に示す。図4中、矢印は転移箇所を示す。
本発明のオルガノイド又は細胞株は、正常免疫下においても転移性を有することが確認された。本発明の非ヒト動物は、明確なドライバー遺伝子変異だけが導入された大腸がん細胞の、免疫正常マウスでの転移モデルとして用いることもできる。係る転移モデルは、世界に例が無く、抗がん剤の評価に大変重要なモデルになり得る。
【0041】
[実験例6]
(LOH解析)
実験例1で樹立したオルガノイド(AKTP−3D;図5中、Matrigelと表記)、このオルガノイドを2次元培養した、継代1回目の細胞(図5中、1stと表記)、2回目の細胞(図5中、2ndと表記)、及び実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β;図5中、2D1C9と表記)を用いてGenomicPCRを行った。結果を図5に示す。図5中、数値は、変異型Trp53(R270H;図5中、Mut p53と表記)のシグナル強度を1としたときの、野生型Trp53(図5中、Wild p53と表記)のシグナル強度を示す。
図5に示すように、2次元培養の継代を重ねる度に、野生型Trp53の割合が減少していくことが確かめられた。正常幹細胞や良性腫瘍細胞は、オルガノイド培養により培養出来るが、2次元培養ではがん細胞形質を獲得したか不死化した細胞しか継代できない。実験例1で樹立したオルガノイド(AKTP−3D)のTrp53遺伝子は、R270H/+のヘテロだが、実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株のTrp53遺伝子は、LOHにより野生型(+)遺伝子が欠失していることが、確かめられた。
【0042】
[実験例7]
(軟寒天コロニーアッセイ)
実験例1で樹立したオルガノイド(AKTP−3D)、及び実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β;図6中、AKTP−2Dと表記)のそれぞれを、軟寒天中に播いて培養し、形成されたコロニー数をカウントした。更に、同じ面積の視野内で形成されたコロニー数を、コロニー及びコロニーとして形成しなかった細胞塊を母数として除した値を%表示した。結果を図6に示す。
図6に示すように、実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株(AKTP−1C9−β)の方が強い腫瘍原性の性質を持っていることが確認された。
【0043】
実験例6及び7の結果から、実験例2で樹立したマウス腸管上皮腫瘍細胞株の遺伝子型は、野生型(+)遺伝子が欠失することで、ヒトの大腸がん細胞を忠実に再現するのと同時に、2次元の培養条件でも継代可能な悪性化形質を獲得したことが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明により、がん研究又は抗がん剤の評価研究のための手段を提供することができる。より具体的には、オルガノイド、細胞株、非ヒト動物、抗がん剤のスクリーニング方法、オルガノイドの製造方法を提供することができる。
【受託番号】
【0045】
オルガノイド(細胞名「AKTP−3D」)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、「受託番号NITE P−02345」として寄託されている。このオルガノイド(細胞名「AKTP−3D」)については、独立行政法人製品評価技術基盤機構に対し、国内寄託から国際寄託への移管の申請を行い、2017年8月25日に受領されている(受領番号:NITE ABP−02345)。
【0046】
細胞株(細胞名「AKTP−1C9−β」)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、「受託番号NITE P−02384」として寄託されている。この細胞株(細胞名「AKTP−1C9−β」)については、独立行政法人製品評価技術基盤機構に対し、国内寄託から国際寄託への移管の申請を行い、2017年8月25日に受領されている(受領番号:NITE ABP−02384)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]