【実施例】
【0041】
実施例1:糖を含む食品に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
糖を含む食品に混入していたと想定する異物(毛髪)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで二分し、一の毛髪断片を30%グルコース水溶液に添加し、もう一つの断片を6%グルコース水溶液に添加し、レトルト殺菌処理(121℃、30分間)に付した後、7日間室温で保存した。
【0042】
ついで、各グルコース水溶液(25℃においてpH5.24)より毛髪を取り出し、表面に付着しているグルコース水溶液をふき取った後、フーリエ変換赤外分光光度計用スライサー(装置名:HM−1、日本分光社製)を用いて、厚さを1μm以下とする毛髪の横断切片を各試料について作製した。
【0043】
ついで、1cm角のステンレス基板(SUS304、ニラコ社製)上に両面性のカーボンテープ(日新EM社製)を貼り付けて試料台座を作製し、その上に、得られた試料の切片を断面が、台座表面に対し水平になるように貼り付け、固定した。各グルコース水溶液中で処理した毛髪の切片は区別できるように、それぞれ別個の台座に固定した(30%グルコース処理試料、及び6%グルコース処理試料)。カーボンテープには、凸凹が少ないアルミ基材のものを使用した。
【0044】
また、グルコース水溶液中の指標イオンを測定するために、グルコース水溶液及びスクロース水溶液をそれぞれ1cm角のステンレス基板上に薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0045】
2.TOF−SIMS分析
飛行時間型二次イオン質量分析計(装置名:PHI TRIF V nanoTOF、アルバック・ファイ社製)に、上記で調製した30%グルコース処理試料、6%グルコース処理試料、及び指標イオン試料をセットし、製造元のプロトコルに従って、測定モード(+SIMS及び−SIMS)、走査範囲(150μm×150μm)、フレーム数(約10〜20回)等を適宜決定し、各指標イオン試料についての二次イオンマススペクトル、ならびに、30%グルコース処理試料及び6%グルコース処理試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。毛髪横断面の成分濃度分布の測定に際して、試料が見つけにくい場合には、1mm程度の広域で、分子量70.04(毛髪中のケラチン由来成分C
4H
8N)の濃度分布を測定して試料を見つけた。
【0046】
結果、指標イオン試料についてのグルコース水溶液及びスクロース水溶液の二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオン((a)及び(b))が、グルコース水溶液及びスクロース水溶液において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量57.07のC
4H
9、分子量73のC
3H
9Si)と夾雑しない成分だということが確認された(
図1)。よって、この2つのフラグメントイオンを指標イオンとすることとした。また、これら2つの指標を加算することで、より強度を高くした((c))。
(a)分子量57.03(グルコース水溶液中の有機成分C
3H
5Oである可能性が高い。)
(b)分子量85.03(グルコース水溶液中の有機成分C
4H
5O
2である可能性が高い。)
(c)分子量57.03と分子量85.03を加算した指標。
【0047】
当該指標イオンについて、30%グルコース処理試料及び6%グルコース処理試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を
図2に示す。
【0048】
30%グルコース処理試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までグルコース水溶液成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、6%グルコース処理試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、30%グルコース処理試料ほどではないにしても、(a)及び(b)の2つの指標を加算した(C)を見れば、毛髪内部までグルコース水溶液成分が浸透していることが確認された。
【0049】
以上の結果より、糖の濃度に係わらず、糖を含む食品に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、
図2のグルコース処理試料と同様に、グルコース水溶液成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は糖を含む食品の製造過程、すなわち製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0050】
実施例2:レトルトカレーに混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
レトルトカレーに混入していたと想定する異物(毛髪)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで二分し、一の毛髪断片をカレーソースに添加し、当該カレーソースと共にレトルト殺菌処理(121℃、10分間)に付した。もう一つの毛髪断片は、カレーソースに添加したのみ(25℃、10分間)でレトルト処理には付さなかった。
【0051】
ついで、各カレーソース(25℃においてpH5.37)より毛髪を取り出し、表面に付着しているカレーソースをふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0052】
また、カレーソース中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にカレーソースを薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0053】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製したレトルト殺菌処理済試料、レトルト殺菌未処理試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてカレーソースの二次イオンマススペクトル、ならびに、レトルト殺菌処理済試料及びレトルト殺菌未処理試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0054】
結果、指標イオン試料についてのカレーソースの二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオン((a)及び(b))が、カレーソースにおいて強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC
3H
5、分子量43.00のCH
3Si、分子量55.02のC
2H
3Si)と夾雑しない成分だということが確認された(
図3)。また、レトルトカレーには高濃度の食塩が含まれることから、−SIMSの測定モードにより、分子量34.97の塩素も指標とすることとした((c))。よって、この3つを指標イオンとすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(レトルトカレー中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量34.97(食塩中の無機成分塩素の可能性が高い。)
【0055】
次いで、当該指標イオンについて、レトルト殺菌処理済試料及びレトルト殺菌処理済試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を
図4に示す。
【0056】
レトルト殺菌処理済試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までカレーソース成分が浸透していることが認められた(特に、(a)及び(b)について、断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、レトルト殺菌未処理試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までカレーソース成分が十分に浸透していないことが確認された。
【0057】
以上の結果より、レトルトカレーに混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、
図4のレトルト殺菌処理済試料(左列)と同様に、カレーソース成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)はレトルトカレーのレトルト殺菌前、すなわち製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0058】
実施例3:ビタミン系炭酸飲料に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
ビタミン系炭酸飲料に混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片をビタミン系炭酸飲料に添加し冷蔵庫(4℃)にて7日間保存し(7日間保存試料)、別の一の毛髪断片をビタミン系炭酸飲料に添加し冷蔵庫(4℃)にて3日間保存し(3日間保存試料)、残りの一の毛髪断片はビタミン系炭酸飲料に添加せず、保存処理に付さなかった(未保存試料)。
【0059】
各ビタミン系炭酸飲料(25℃においてpH3.73)より毛髪を取り出し、表面に付着しているビタミン系炭酸飲料をふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0060】
また、ビタミン系炭酸飲料中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にビタミン系炭酸飲料を薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0061】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した7日間保存試料、3日間保存試料、未保存試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてビタミン系炭酸飲料の二次イオンマススペクトル、ならびに、7日間保存試料、3日間保存試料、及び未保存試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0062】
結果、指標イオン試料についてのビタミン系炭酸飲料の二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される3つのフラグメントイオン((a)、(b)及び(c))が、ビタミン系炭酸飲料において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量43.00のCH
3Si)と夾雑しない成分だということが確認された(
図5)。よって、この3つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(炭酸飲料中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量71.05(炭酸飲料中の有機成分C
4H
7Oである可能性が高い。)
【0063】
次いで、当該指標イオンについて、7日間保存試料、3日間保存試料、及び未保存試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を
図6に示す。
【0064】
7日間保存試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までビタミン系炭酸飲料成分が浸透していることが認められた(特に、(a)及び(b)について、断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、未保存試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までビタミン系炭酸飲料成分が十分に浸透していないことが確認された。3日間保存試料におけるビタミン系炭酸飲料成分の浸透度合いは、7日間保存試料と未保存試料の両者で確認されたビタミン系炭酸飲料成分の浸透度合いの中間程度の浸透度合いが確認され、保存期間の長さに応じた浸透度合いが認められた。
【0065】
以上の結果より、ビタミン系炭酸飲料に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、
図6の7日間保存試料(左列)と同様に、ビタミン系炭酸飲料成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0066】
実施例4:ヨーグルトに混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
ヨーグルトに混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片をヨーグルトに添加し冷蔵庫(4℃)にて7日間保存し(7日間保存試料)、別の一の毛髪断片をヨーグルトに添加し冷蔵庫(4℃)にて10分間保存し(10分間保存試料)、残りの一の毛髪断片はヨーグルトに添加せず、保存処理に付さなかった(未保存試料)。
【0067】
各ヨーグルト(25℃においてpH4.25)より毛髪を取り出し、表面に付着しているヨーグルトをふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0068】
また、ヨーグルト中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にヨーグルトを薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0069】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した7日間保存試料、10分間保存試料、未保存試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてヨーグルトの二次イオンマススペクトル、ならびに、7日間保存試料、10分間保存試料、及び未保存試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0070】
結果、指標イオン試料についてのヨーグルトの二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオンが、ヨーグルトにおいて強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC
3H
5、分子量43.00のCH
3Si、分子量55.02のC
2H
3Si、分子量57.07のC
4H
9)と夾雑しない成分だということが確認された(
図7)。よって、この2つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量38.95(ヨーグルト中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(b)分子量57.03(ヨーグルト中の有機成分C
3H
5Oである可能性が高い。)
【0071】
次いで、当該指標イオンについて、7日間保存試料、10分間保存試料、及び未保存試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を
図8に示す。
【0072】
7日間保存試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までヨーグルト成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、未保存試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までヨーグルト成分が十分に浸透していないことが確認された。10分間保存試料におけるヨーグルト成分の浸透度合いは、7日間保存試料と未保存試料の両者で確認されたヨーグルト成分の浸透度合いの中間程度の浸透度合いが確認され、保存期間の長さに応じた浸透度合いが確認された。
【0073】
以上の結果より、製品開封時にヨーグルトに混入していたことが発見された異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、
図8の7日間保存試料(右列)と同様に、ヨーグルト成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0074】
実施例5:デザート食品に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
デザート食品に混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。デザート食品の調製に際しては、カルシウム反応性増粘剤を含む半固形状の食品ベースを使用し、牛乳等のカルシウム含有液体と食品ベースとを混合することによって固形のデザート食品を調製した。
【0075】
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片を食品ベースに添加し当該食品ベースと共にレトルト殺菌処理(121℃、10分間)に付し(食品ベース・レトルト殺菌処理済試料)、別の一の毛髪断片を食品ベースに添加し室温にて10分間保存し(食品ベース試料)、別の一の毛髪断片を調製されたデザート食品に添加し室温にて10分間保存した(デザート食品試料)。
【0076】
ついで、各食品ベース(25℃においてpH4.05)又はデザート食品(25℃においてpH4.80)より毛髪を取り出し、表面に付着している食品ベース又はデザート食品をふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0077】
また、食品ベース又はデザート食品中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上に食品ベース又はデザート食品を薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0078】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、デザート食品試料、ならびに、食品ベース及びデザート食品のそれぞれの指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料について食品ベース及びデザート食品の二次イオンマススペクトル、ならびに、食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、及びデザート食品試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0079】
結果、指標イオン試料についての二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される4つのフラグメントイオンが、食品ベース及びデザート食品において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC
3H
5、分子量43.00のCH
3Si、分子量55.02のC
2H
3Si、分子量57.07のC
4H
9)と夾雑しない成分だということが確認された(
図9)。よって、この4つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(デザート食品中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量43.05(デザート食品中の有機成分C
3H
7である可能性が高い。)
(d)分子量57.03(デザート食品中の有機成分C
3H
5Oである可能性が高い。)
【0080】
次いで、当該指標イオンについて、食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、及びデザート食品試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を
図10に示す。
【0081】
食品ベース・レトルト殺菌処理済試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部まで各食品ベース成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、食品ベース試料の毛髪断面(中列)及びデザート食品試料の毛髪断面(右列)においては、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までデザート食品成分が十分に浸透していないことが確認された。
【0082】
以上の結果より、食品ベース又はデザート食品に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、
図10の食品ベース・レトルト殺菌処理済試料(左列)と同様に、デザート食品成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。