特許第6844912号(P6844912)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ハウス食品分析テクノサービスの特許一覧

特許6844912イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法
<>
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000002
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000003
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000004
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000005
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000006
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000007
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000008
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000009
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000010
  • 特許6844912-イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6844912
(24)【登録日】2021年3月1日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】イメージング質量分析法による異物の混入時期判別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20210308BHJP
   G01N 33/02 20060101ALI20210308BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
   G01N33/02
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-37381(P2017-37381)
(22)【出願日】2017年2月28日
(65)【公開番号】特開2018-141750(P2018-141750A)
(43)【公開日】2018年9月13日
【審査請求日】2019年11月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】510115247
【氏名又は名称】株式会社ハウス食品分析テクノサービス
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】鶴澤 勝男
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−083804(JP,A)
【文献】 特開2004−279275(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0201510(US,A1)
【文献】 国際公開第2006/085984(WO,A2)
【文献】 鳥羽真由子(サントリービジネスエキスパート),特集2 フードミクス,月刊 フードケミカル A Technical Journal on Food Chemistry & Chemicals.,株式会社食品化学新聞社 川添 辰幸,第32巻
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 33/02 − 33/18
H01J 49/00 − 49/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食品中に混入していた異物の混入時期を判別する方法であって、
(1)混入異物内への浸透度合いを分析するための該飲食品における一又はそれ以上の成分を選択する工程であって、該成分が、以下の特徴を有するものから選択される
ii)イメージング質量分析法におけるマススペクトルの結果において、ケイ酸化合物又はその一部のピークと重複しない成分
2)工程(1)で選択された該飲食品における一又はそれ以上の成分の混入異物内への浸透度合いをイメージング質量分析法により分析して、該浸透度合いの結果を得る工程、
(3)工程(2)で得られた結果を、該異物に対応する対照物質を該飲食品に対応する飲食品中に添加処理し、該対照物質をイメージング質量分析法により同様に分析して得られた結果と対比して、異物の混入時期を判別する工程、
を含む、上記方法。
【請求項2】
前記飲食品が製造過程において加熱処理された飲食品である場合、前記対照物質は該飲食品に対応する飲食品に添加し、該製造過程における加熱処理と同等の条件により加熱処理されたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記対照物質は、前記飲食品に対応する飲食品に添加された後、一定期間の保存処理に付されたものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
イメージング質量分析法が、SIMS法、TOF−SIMS法又はMALDI−TOF−MS法を利用する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
混入異物が毛である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記成分の浸透度合いを、毛の長軸方向に垂直な断面についてイメージング化する、請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品中に混入していた異物の混入時期を、イメージング質量分析法により測定された異物中への飲食品成分の浸透度合いに基づき判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食品は、体内に取り入れられるものであり、当然、その安全性が確保されていなければならない。そのため、飲食品製造の品質管理において、異物混入の原因となり得る事項は、徹底的に排除しなければならない。
【0003】
かかる品質管理を徹底するにあたっては、異物混入の実態を正確に把握することが必要であり、そのために、まず、飲食品に混入していた異物が、飲食品の製造過程において混入したものであるのか、あるいは飲食品の製造過程後(例えば、製品開封後)に混入したものであるのか、その異物混入時期についての検証を行うことが重要とされる。
【0004】
そのため毛髪やプラスチック等の異物の混入時期を判別するための様々な方法が開発・検討されている。
【0005】
非特許文献1には、毛髪に関する検証に関し、製造過程における加熱の影響に基づき異物混入時期を判別する方法が検討されている。毛髪はケラチンタンパク質で作られており熱処理により形態変化が見られることから、かかる形態変化に基づいて前記判別が可能であるか否かについて検討されている。その結果、熱処理により毛髪の形態変化が生じるのは、200℃以上の加熱処理が必要であるところ、飲食品の製造過程における加熱処理は100℃程度であることから、製造過程における加熱処理ではほとんどの毛髪において形態変化が認められないこと、そのため、加熱処理に由来する形態検査に基づいて毛髪混入時期を推定することは困難であることが記載されている。また、生体組織中にあるカタラーゼは加熱によって失活することから、かかるカタラーゼ活性の有無に基づいて前記判別が可能であるか否かについても検討されている。その結果、混入異物である毛髪の多くは毛根がないことが多くカタラーゼ活性をそもそも測定することができない場合があり、またカタラーゼ活性そのものも色々な条件で変化し得るために、加熱の有無とカタラーゼ活性の有無とを結び付けて、言及することは危険であることが記載されている。
【0006】
非特許文献2には、プラスチックの熱変化に基づきレトルト食品が適切に殺菌されたか否を分析する方法が記載されている。具体的には、レトルト食品包装袋の最内層に使用されるCPPフィルムの示差走査熱量測定(DSC)を行い、加熱による結晶系の変化をチェックするものである。この方法を用いれば、プラスチック片等が異物として食品に混入している場合に、プラスチックの熱変化に基づき、その混入時期の判別を行うことが可能と思われるが、プラスチックにのみ適用できるものであり汎用性に欠ける。
【0007】
また、本発明者らもこれまでに、飲食品に混入していた異物内への、食品成分中の無機化合物(例えば、塩化ナトリウム)由来の元素の浸透度合いを分析し、その結果に基づき、異物の混入時期を判別する方法を開発し、報告している(特許文献1)。
【0008】
イメージング質量分析法は、質量分析による分析と顕微鏡レベルの観察(画像化又はイメージング化)とを組み合わせることにより、試料表面における様々な成分のうち、標的成分のみを特異的に検出し、試料表面における当該標的成分の局在・分布を可視化する手法である。非特許文献3−5には、イメージング質量分析法を用いて、毛髪中のヘアケア成分を分析したことが示されている。これらはいずれも、飲食品中に混入した異物の混入時期を判別することについて開示するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−83804号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】佐藤元著、「混入毛髪鑑別法」株式会社サイエンスフォーラム発行、2000年
【非特許文献2】コンバーテック、2002年11月号、(株)加工技術研究会出版、「CPPフィルムのDSC分析でレトルト熱処理の履歴がわかるスメクチック型からα晶への相転位を利用」(味の素(株)生産技術開発センター)
【非特許文献3】戸津ら、Journal of Surface Analysis,Vol.9,No.1,p.99−108(2002)
【非特許文献4】小島徹、FRAGRANCE JOURNAL,p.12−16,2014年3月15日
【非特許文献5】門田圭司、FRAGRANCE JOURNAL,p.36−41,2014年3月15日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1の方法では、異物中への浸透度合いを評価するための食品成分を、その配合原料に基づいて選定しており、食塩を含有する食品については、塩化ナトリウム由来の元素を測定対象成分として利用できることが示されている。一方、特許文献1の方法によれば、食塩濃度が低い、又は、食塩を配合していない飲食品については、何を対象成分とすべきか明らかではなく、それ故、測定対象となり得る成分の検討を要し、また、対象成分によっては適した測定方法が異なる場合があり、その場合には、複数の対象成分を同時に測定することはできないことから、作業的にも経済的にも大きな負担となっていた。さらに、特許文献1の方法では、対象成分の濃度が低い場合には、成分測定が容易ではないという課題が存在した。本発明は、これら従来の方法の課題が解消される、飲食品中に混入していた異物の混入時期を判別することが可能な、汎用性の高い新たな手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、飲食品に混入していた異物中における当該飲食品の成分の浸透度合いをイメージング質量分析法により測定し、当該測定結果に示された浸透度合いに基づき、その異物の混入時期を判別できることを見出した。本手法によれば、浸透度合いを見るための飲食品の成分は無機化合物であっても、有機化合物であってもよく、そのため本手法は様々な飲食品に利用可能な汎用性の高い手法であるといえる。
【0013】
本発明はこれらの知見に基づくものであり、以下の発明を包含する。
[1] 飲食品中に混入していた異物の混入時期を判別する方法であって、
(1)混入異物内への浸透度合いを分析するための該飲食品における一又はそれ以上の成分を選択する工程であって、該成分が、以下の一又はそれ以上の特徴を有するものから選択される:
(i)イメージング質量分析法におけるマススペクトルの結果において、比較的高いピークを示す成分、
(ii)該マススペクトルの結果において、ケイ酸化合物又はその一部のピークと重複しない成分、
(iii)該マススペクトルの結果において、該異物の主成分のピークと重複しない成分、
(iv)分子量が1〜800である成分、
(2)工程(1)で選択された該飲食品における一又はそれ以上の成分の混入異物内への浸透度合いをイメージング質量分析法により分析して、該浸透度合いの結果を得る工程、
(3)工程(2)で得られた結果を、該異物に対応する対照物質を該飲食品に対応する飲食品中に添加処理し、該対照物質をイメージング質量分析法により同様に分析して得られた結果と対比して、異物の混入時期を判別する工程、
を含む、上記方法。
[2] 前記飲食品が製造過程において加熱処理された飲食品である場合、前記対照物質は該飲食品に対応する飲食品に添加し、該製造過程における加熱処理と同等の条件により加熱処理されたものである、[1]の方法。
[3] 前記対照物質は、前記飲食品に対応する飲食品に添加された後、一定期間の保存処理に付されたものである、[1]又は[2]の方法。
[4] イメージング質量分析法が、SIMS法、TOF−SIMS法又はMALDI−TOF−MS法を利用する、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] 混入異物が毛である、[1]〜[4]のいずれかの方法。
[6] 前記成分の浸透度合いを、毛の長軸方向に垂直な断面についてイメージング化する、[5]の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、飲食品中に混入していた異物の混入時期を判別することが可能な、汎用性の高い新たな手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、グルコース水溶液及びスクロース水溶液についてTOF−SIMS分析を行った結果得られた二次イオンマススペクトルを示す。(A)はグルコース水溶液、(B)はスクロース水溶液の結果を示す。
図2図2は、30%グルコース水溶液又は6%グルコース水溶液中に添加され、レトルト殺菌処理に付した後、7日間保存した毛髪試料の横断面におけるグルコース水溶液の成分((a)−(c))の濃度分布をイメージング質量分析により解析した結果を示す写真図である。左列:30%グルコース水溶液中で処理した試料。右列:6%グルコース水溶液中で処理した試料。(a)及び(b)は、図1の二次イオンマススペクトルより見出した(a)分子量57.03;(b)分子量85.03を有する成分であり、(c)は分子量57.03と分子量85.03を加算したものを示す。色相の違いは、該当成分の濃度の違いを示し、赤みが増すほど濃度が高いことを示す。スケールバーは100μm。
図3図3は、カレーソースについてTOF−SIMS分析を行った結果得られた二次イオンマススペクトルを示す。(A)は正イオン(測定モード:+SIMSモード)、(B)は負イオン(測定モード:−SIMSモード)を示す。
図4図4は、カレーソース中に添加され、レトルト殺菌処理に付した毛髪試料(左列)、ならびにカレーソース中に添加されたのみ(レトルト殺菌未処理)の毛髪試料(右列)の横断面におけるカレーソース成分((a)−(c))の濃度分布をイメージング質量分析によりの解析した結果を示す写真図である。(a)−(c)は、図3の二次イオンマススペクトルより見出した(a)分子量22.99;(b)分子量38.95;(c)分子量34.97を有する成分を示す。色相の違いは、該当成分の濃度の違いを示し、赤みが増すほど濃度が高いことを示す。スケールバーは100μm。
図5図5は、ビタミン系炭酸飲料についてTOF−SIMS分析を行った結果得られた二次イオンマススペクトルを示す。
図6図6は、ビタミン系炭酸飲料中に添加されその後、7日間(左列)もしくは3日間(中列)保存した毛髪試料、ならびにビタミン系炭酸飲料中に添加していない(未保存)毛髪試料(右列)の横断面におけるビタミン系炭酸飲料成分((a)−(c))の濃度分布をイメージング質量分析によりの解析した結果を示す写真図である。(a)−(c)は、図5の二次イオンマススペクトルより見出した(a)分子量22.99;(b)分子量38.95;(c)分子量71.05を有する成分を示す。色相の違いは、該当成分の濃度の違いを示し、赤みが増すほど濃度が高いことを示す。スケールバーは100μm。
図7図7は、ヨーグルトについてTOF−SIMS分析を行った結果得られた二次イオンマススペクトルを示す。
図8図8は、ヨーグルト中に添加されその後、7日間(左列)もしくは10分間(中列)保存した毛髪試料、ならびにヨーグルト中に添加していない(未保存)毛髪試料(右列)の横断面におけるヨーグルト成分((a)及び(b))の濃度分布をイメージング質量分析によりの解析した結果を示す写真図である。(a)及び(b)は、図7の二次イオンマススペクトルより見出した(a)分子量38.95;(b)分子量57.03を有する成分を示す。色相の違いは、該当成分の濃度の違いを示し、赤みが増すほど濃度が高いことを示す。スケールバーは100μm。
図9図9は、デザート食品を調製するための食品ベース及び調製されたデザート食品についてTOF−SIMS分析を行った結果得られた二次イオンマススペクトルを示す。(A)は食品ベース、(B)はデザート食品の結果を示す。
図10図10は、食品ベース中に添加されレトルト殺菌処理に付した毛髪試料(左列)、食品ベース中に添加され10分間保存した毛髪試料(中列)、ならびに調製したデザート食品中に添加され10分間保存した毛髪試料(右列)の横断面における食品ベース又はデザート食品の成分((a)−(d))の濃度分布をイメージング質量分析によりの解析した結果を示す写真図である。(a)−(d)は、図9の二次イオンマススペクトルより見出した(a)分子量22.99;(b)分子量38.95:(c)分子量43.05;(d)分子量57.03を有する成分を示す。色相の違いは、該当成分の濃度の違いを示し、赤みが増すほど濃度が高いことを示す。スケールバーは100μm。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、飲食品中に混入していた異物の混入時期を判別する方法に関する。
本発明において「飲食品」とは、レストラン等で提供される料理や、冷凍、チルド、常温等で流通可能な各種加工飲食品を意味する。加工飲食品としては例えば、カレー、シチュー、スープ、ソース等のレトルト製品、カレー、シチュー等のルウ製品、冷凍飲食品、練りわさび、練りからし、マスタード等の各種スパイス製品、マヨネーズ、ドレッシング等の調味料製品、ヨーグルト、バター、チーズ、アイスクリーム等の乳製品、ゼリー、プリン等のデザート製品、デザート製品を調製するためのデザートベース、チョコレート、クッキー等の菓子製品、お茶、コーヒー、果実飲料、炭酸飲料、ビタミン飲料、清涼飲料水等の飲料製品等を挙げることができるが、これらに限定はされない。
【0017】
本発明において「異物」とは、上記飲食品中に混入し得る任意の物質が挙げられるが、飲食品中の成分が浸透し得る物質が対象となる。本発明における「異物」としては、例えば、毛(例えば、人の毛髪、動物毛等)、爪、紙、綿製品(糸、布)、木片、植物原料のへた、茎、根、動物原料の骨片、糸、縄、紐、虫、プラスチック・ゴム類等またはそれらの一部が挙げるが、これらに限定はされない。
【0018】
本発明によれば、前記した異物が飲食品中に混入した時期、例えば、飲食品の製造過程で混入したものであるか、または飲食品の製造過程後(例えば、製品開封後)に混入したものであるのかを判別することができる。これは混入した異物内に浸透した飲食品の成分の浸透度合いをイメージング質量分析法により分析・判定することにより行うことができる。
【0019】
本発明において「浸透度合い」とは、混入した異物内に浸透した飲食品の成分の浸透位置や量(浸透量)を意味する。
【0020】
「イメージング質量分析法」は、イメージング質量分析(imaging mass spectrometry:IMS)、あるいは質量分析イメージング、あるいは質量顕微鏡法とも称される手法であり、質量分析による分析と顕微鏡レベルの観察(画像化又はイメージング化)とを組み合わせることにより、対象物質における様々な成分のうち、標的成分を特異的に検出し、対象物質における標的成分の局在・分布を可視化する手法である。
【0021】
本発明において、「イメージング質量分析法」は公知の手法に準じて行うことが可能である。すなわち、異物の試料について、当該試料上の複数の異なる位置について質量分析を行う。ここで質量分析は、任意の解像度で試料全体を走査することにより行うことができ、当該試料上の異なる位置に由来する複数のマススペクトルを得ることができる。マススペクトルは横軸に質量(実際には、質量と電荷の比、すなわちm/z値)を、縦軸に検出強度を示す。続いて、複数のマススペクトルより標的成分のみを抽出し、その検出強度とそのマススペクトルの測定位置を当該試料の光学画像上に表示(マッピング)する。この際、標的成分の存否、検出強度に応じて、当該試料の光学画像上のそれぞれの位置においてコントラストが生じ、これによって当該光学画像上に標的成分の浸透度合いがイメージング化(いわゆる、抽出イオンイメージ(Extracted Ion Image:EII))化)される。
【0022】
本発明におけるイメージング質量分析法において用いられる質量分析は、試料のイオン化と、イオン化された試料の分析(分離)・検出を含む、従来公知の任意の手法を用いて行うことができる。試料をイオン化する手法としては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、レーザー脱離イオン化法、スパッタリング(二次イオン放出)法、高速原子衝突法、エレクトロスプレーイオン化法、脱離イオンエレクトロスプレーイオン化法、走査型プローブエレクトロスプレーイオン化法、大気圧化学イオン化法、大気圧直接イオン化法、誘導結合プラズマ法、電子イオン化法、化学イオン化法、電界離脱法等、試料の形態に応じて、任意の手段を用いることができ、特に限定はされない。また、イオン化された試料を分析(分離)する手法としては、飛行時間型、磁場偏向型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型等が挙げられ、またイオン化された試料を検出する手段としては、電子増倍管、マイクロチャンネルプレート、ファラデーカップ等が挙げられるが、これらに限定はされない。本発明におけるイメージング質量分析法においては、これらの試料のイオン化方法と、イオン化された試料の分析(分離)・検出方法とを適宜組み合わせた質量分析方法を利用することができる。
【0023】
例えば、本発明におけるイメージング質量分析法においては、以下の質量分析方法を用いることができる。
【0024】
SIMS:二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)は、真空中にてセシウムや酸素等の化学的に活性なイオン(一次イオン)の連続ビームを試料表面に照射することにより、当該表面付近の原子を撹拌し、中性粒子、二次イオン、二次電子を飛び出させ(いわゆる、スパッタリング)、このうち二次イオンを分析(分離)・検出に付すことにより分子量を判定することができる。一次イオンの連続ビームを使用するスパッタリングにより、深さ方向分析を行うことを可能とする(本手法は、「ダイナミックSIMS」とも称される)。一方、真空中にてガリウム、金、ビスマス等のイオン(一次イオン)を試料表面にパルス照射することにより、試料の極表面(1〜3nm)からフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を飛び出させ、これを分析(分離)・検出に付してもよい。一次イオンのパルス照射を利用することにより、試料最表面の化学構造の情報を持ったフラグメントイオンや、分子イオンを発生させることができるため有機化合物の同定を容易に行うことができる(本手法は、「スタティックSIMS」とも称される)。本発明における試料断面の分析には、試料最表面の分析を可能とするスタティックSIMSを好適に用いることができる。
【0025】
TOF−SIMS:TOF−SIMSは、飛行時間型質量分析法(Time of Flight Mass Spectrometry:TOF−MS)と、二次イオン質量分析法(SIMS)とを組み合わせた質量分析法である。TOF−SIMSにおいて、SIMSは上記スタティックSIMSを用いることができる。スタティックSIMSにより、一次イオンのパルス照射により、試料の極表面から飛び出したフラグメントイオンや分子イオン(二次イオン)を、高電圧の電極間で加速させ、高真空無電場領域の管(いわゆる、フライトチューブ)内をイオン検出器に向かって等速度飛行させる。この際、分子量の低いものほどイオン検出器まで早く到達し、分子量の高いものほど、遅くイオン検出器まで到達する。このイオン検出器までの到達時間を測定することによりその分子の分子量を判定することができる。
【0026】
MALDI−TOF−MS:MALDI−TOF−MSは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)と飛行時間型質量分析法(TOF−MS)とを組み合わせた質量分析法である。まず、試料を大過剰のマトリックス試薬(窒素レーザー(波長337nm)のエネルギーを吸収する化合物)中に均一に混合・分散させ、その混合物の表面に窒素レーザーを照射することにより、マトリックス試薬がそのエネルギーを吸収して、その周囲の試料と共に気化する。その際に、試料にはHやカチオンが付加されイオン化される。マトリックス試薬としては、シナピン酸、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸等が挙げられるがこれらに限定はされない。イオン化された試料は、高電圧の電極間で加速させ、高真空無電場領域の管(いわゆる、フライトチューブ)内をイオン検出器に向かって等速度飛行させる。このイオン検出器までの到達時間を測定することによりその分子の分子量を判定することができる。
【0027】
本発明において質量分析は公知の質量分析装置を用いて行うことが可能であり、このような質量分析装置としては、例えば、PHI TRIF V nanoTOF(アルバック・ファイ株式会社)、PHI nanoTOF II(アルバック・ファイ株式会社)、TOF.SIMS5(株式会社日立ハイテクサイエンス)、NanoSIMS 50L(アメテック株式会社)、JMS−S3000(日本電子株式会社)、JMS−T100LP(日本電子株式会社)、AXIMA Resonance(株式会社島津製作所)、autoflex speed(Bruker)、ultraflex II(ブルカーダルトニクス)、iMScope TRIO(株式会社島津製作所)等が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0028】
また、質量分析の結果得られた複数のマススペクトルより標的成分のみを抽出し、その検出強度とそのマススペクトルの測定位置を試料の光学画像上へ表示すること(抽出イオンイメージ化)は、質量分析装置に内蔵された解析用ソフトウェア、あるいは、MALDIVision(登録商標)(株式会社ネットウエル)、BioMap(ノバルティス)等の解析用ソフトウェアを用いて行うことができる。
【0029】
イメージング質量分析法に付される異物の試料は、異物内部への飲食品の浸透度合いが確認できるように異物の断面試料を用いる。断面試料とは、異物を任意の線で切断した切り口(断面)を有する試料であり、異物の長軸方向に平行な切断面(縦断面)を有していても、垂直な切断面(横断面)を有していてもよく、異物の形態に応じて適宜選択することが可能であり、特に限定されるものではない。好ましくは、異物の表層部から中心部まで確認できるように、異物の中心を通る線で切断した切り口(断面)を有する試料を利用する。例えば、異物が毛である場合には、異物の断面試料は毛の長軸方向に垂直な断面を有する試料とすることができる。上記質量分析は、当該断面を対象に行われる。断面試料は従来公知の任意の手法により作製することが可能であり、例えば、包埋樹脂(エポキシ系、アクリル系、ポリエステル系、フェノール系の樹脂等)を用いた断面の切り出しや、クライオスタットやミクロトーム等のスライサーを利用して作製された切片とすることができる。切片の厚みは、異物に応じて適宜選択することが可能であるが、異物が毛である場合には、切片の厚みを0.001〜1000μm、好ましくは0.001〜1μmとすることができる。
【0030】
断面試料は導電性の基板上に固定してイメージング質量分析法に付すことができる。導電性の基板としては、導電性スライドガラスや、例えば、金、プラチナ、ステンレス、アルミニウム、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズ、酸化インジウムスズ等から選択される素材を含むか、当該素材からなるものを利用することができる。断面試料の基板上への固定手段は特に限定されないが、例えば、粘着性を有する両面性の導電性テープ(カーボンテープ、銅箔テープ、アルミ箔テープ等)やカーボンナノチューブテープ(ヤモリテープ(日東電工株式会社))を断面試料と基板との間に介在させることによって行うことができる。
【0031】
本発明において、異物内への浸透度合いの評価対象とする「飲食品の成分」とは、飲食品中の成分又はその一部を意味し、飲食品に混入した異物の表面から内部へと経時的に浸透することが可能なものであればよく、有機物であっても、無機物であってもよいが、好ましくは以下の(i)〜(iii)より選択される一又はそれ以上の特徴を有するものから選択することができる:
(i)前記マススペクトルにおいて、比較的高いピークを示す成分。「比較的高いピーク」とは、得られたマススペクトルにおいて最も高いピーク(ベースピーク)の強度を100%とした場合に、30%〜100%、好ましくは40%〜100%、より好ましくは50%〜100%、さらに好ましくは60%〜100%、よりさらに好ましくは70%〜100%、特に好ましくは80%〜100%、より特に好ましくは90%〜100%の範囲の強度にあるピークを意味する。あるいは、得られたマススペクトルにおいて最も高いピーク(ベースピーク)を1位として、次いで高いピークを有するものを2位として、順次、ピークの高さに応じて順位を付けた場合に、1位〜20位、好ましくは1位〜15位、より好ましくは1位〜10位の範囲にあるピークを意味する。このような成分は飲食品中に比較的多量に存在することを意味し、それ故、当該成分を利用することで異物内への浸透度合いを明確に判別することができる。なお、本明細書中、「比較的高いピーク」で示される物質を「指標イオン」と呼ぶ場合がある。
(ii)前記マススペクトルにおいて、ケイ酸化合物又はその一部を示すピークと重複しないピークを示す成分。ケイ酸化合物は空気中に存在する夾雑物(シロキサン)であり、これらを除去して前記MS分析を行うことは容易ではない。これら夾雑物を示すピークと重複しないピークを示す成分を選択することによって、夾雑物に由来するイメージング化への影響を回避して、異物内への浸透度合いを明確に判別することができる。ケイ酸化合物又はその一部としては、分子量28のSi、分子量29のSiH、分子量41.03のC、分子量43.00のCHSi、分子量55.02のCSi、分子量57.07のC、分子量73のCSi、分子量147のC15OSi等を挙げることができる。
(iii)前記マススペクトルにおいて、該異物の主成分を示すピークと重複しないピークを示す成分。「異物の主成分」とは、当該異物を構成する組成において、最も割合が高いものを意味し、例えば、異物の30重量%以上、40重量%以上、50重量%以上、60重量%以上、70重量%、80重量%以上、90重量%以上、99%重量以上の割合を占めて存在する成分を意味する。異物の主成分とピークが重複する成分は、イメージング化した場合に異物の主成分と区別することが容易ではないため、異物内への浸透度合いを明確に判別することが困難となる場合がある。異物の主成分は、別途マススペクトルを得ることにより特定することが可能であり、例えば、異物が毛である場合、異物の主成分としてはケラチン由来成分CN(分子量70)等を挙げることができる。
(iv)分子量が1〜800である、好ましくは12〜600である、より好ましくは12〜500である、さらに好ましくは12〜400である、特に好ましくは20〜90である成分。分子量が小さすぎる場合には、混入した異物の内部深くまで直ちに大量に浸透してしまい、本発明方法を実施するに際して浸透度合いの変化が得られない場合があり、混入時期の判別が困難となる場合がある。一方、分子量が大きすぎる場合には、混入した異物内への浸透が遅く内部まで浸透せず、本発明方法を実施するに際して浸透度合いの変化が得られない場合があり、混入時期の判別が困難となる場合がある。特に限定はされないが、本発明において利用可能な食品成分としては、塩化ナトリウム(分子量58)、グルタミン酸(分子量147)、乳酸(分子量90)、クエン酸(分子量192)、グルコース(分子量180)、ラクトース(分子量342)やその一部が挙げられる。
【0032】
飲食品中に混入した異物には、一般的にその表層より、前記飲食品の成分が浸透する。その浸透は、一般的に異物の表層部から中心部へと進むことから、時間の経過と共に、異物内における前記飲食品の成分の位置及び量(浸透量)が変化する。この浸透度合いは、異物が飲食品中に混入していた時間の長さや、その飲食品の製造条件、保存条件等と相関するため、この浸透度合いに基づいて異物が飲食品中に混入していた時間、異物が飲食品中に混入した時期等を推定することができる。
【0033】
本発明においては、飲食品中に混入した異物における前記飲食品の成分の「浸透度合い」をイメージング質量分析法に分析し、その結果を、同じ条件でイメージング質量分析法に付された対照物質における当該成分の「浸透度合い」の結果と対比することにより、異物の飲食品へ混入時期を判別することができる。
【0034】
本発明において「対照物質」とは、飲食品中に混入した異物に対応する物質である。「異物に対応する」とは、当該異物と同等又は同質であることを意味し、当該異物と起源までもが同一であることを要求するものではない(ただし、当該異物と起源が同一であってもよい)。例えば、異物が人毛である場合には、異物に対応する対照物質は人毛であればよく、当該異物の人毛と同じ人由来の人毛を対照物質とする必要はないが、してもよい。
【0035】
「対照物質」は、飲食品中に混入した異物に対応する物質を、測定結果に大きな影響が生じないよう対比する異物の大きさ、測定部分等、測定諸条件が同じになるよう設定し、異物が混入していた飲食品に対応する飲食品に添加して、当該飲食品と共に処理することにより調製することができる。「対応する飲食品」とは、異物が混入していた飲食品と同等又は同質であることを意味し、当該異物が実際に混入していた飲食品であってもよいし、あるいは当該異物が実際に混入していた飲食品と同種の飲食品であってもよい。
【0036】
異物が混入していた飲食品に対応する飲食品に添加された対照物質への当該処理は、異物が混入していた飲食品がその製造過程及び/又は流通過程において付される一又は複数の処理を適用することができる。このような処理としては、異物が混入していた飲食品が製造過程において加熱処理された飲食品である場合には、加熱処理が挙げられる。加熱処理には、加熱調理処理、殺菌処理、発酵加熱処理等が含まれる。例えば、加熱調理処理としては、製造される飲食品に応じて30〜120℃にて4分〜24時間の条件にて処理することが含まれる。殺菌処理としてはレトルト殺菌(加圧加熱殺菌)が挙げられる。レトルト殺菌は、パウチや容器に入れた飲食品を密封後、一般的に中心部の温度を120℃で4分間加熱する又はこれと同等以上の効力を有する方法で処理することができる。発酵加熱処理としては、20〜30℃にて5〜24時間の条件にて処理することを含む。また、このような処理としては、所定の温度条件下にて、所定の時間保存する保存処理が含まれる。温度及び時間は、飲食品の製造・流通過程に応じて適宜決定することが可能であり、冷蔵〜室温程度(例えば、4℃〜40℃)にて、1分〜1か月(例えば、10分間、1日間、3日間、5日間、7日間、10日間、15日間、20日間、30日間)とすることができる。これらの処理は、異物が混入していた飲食品の製造・流通過程に応じて適宜組み合わせて用いることができ、例えば、加熱処理に付した後、保存処理に付すことができる。例えば、「対照物質」は、異物が混入していた飲食品に対応する飲食品に添加した後、添加された当該飲食品と共にレトルト殺菌処理に付された後に保存処理に付されても良いし、添加した後に加熱処理に付されることなく保存処理に付されても良い。
【0037】
対照物質は、異物と同じ条件でイメージング質量分析法に付すため、上記異物と同じく断面試料として分析に付すことができる。また、測定結果に大きな影響が生じないよう対比する異物と同時に、すなわち、異物と同一バッチ内において、質量分析に付されることが好ましい。ここで「同一バッチ」とは、イオンソースやその他のメンテナンスを途中で行うことなく、及び/又は、質量分析装置を途中でスリープ状態や、平衡化することなく、一回の質量分析に同時に付されることを意味する。
【0038】
測定結果の対比は、イメージング質量分析法により得られたイメージング化(抽出イオンイメージ化)された標的成分の浸透度合いを、異物と対照物質とで対比・観察することにより行うことができる。
【0039】
対比の結果、対照物質と異物の測定結果(抽出イオンイメージ(EII))において、両者における飲食品成分がほぼ同等の浸透度合いを示している場合には、当該異物は飲食品の製造工程において混入した可能性が高いと推定することができる。両者における飲食品成分がほぼ同等の浸透度合いを示している場合には、飲食品に混入していた異物は、対照物質と同じく、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていたことを示す。一般的に、飲食品に混入していた異物が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていた場合には、上記処理に付された対照物質と同じく、中心部まで飲食品成分の浸透が認められる。
【0040】
一方、対比の結果、対照物質と異物の測定結果(抽出イオンイメージ(EII))において、異物における飲食品成分の浸透度合いが、対照物質におけるその浸透度合いと異なり、異物における飲食品成分の浸透度合いが対照物質におけるその浸透度合いと比べて、中心部において低い又は表層部に限局している場合には、当該異物は飲食品の製造過程及び/又は流通過程の後、すなわち飲食品製品の開封時に混入した可能性が高いと推定することができる。異物における飲食品成分の浸透度合いが対照物質におけるその浸透度合いと比べて、中心部において低い又は表層部に限局している場合には、飲食品に混入していた異物は、対照物質に付された、製造過程及び/又は流通過程における上記処理を受けていないことを示す。一般的に、飲食品に混入していた異物が、製造過程及び/又は流通過程における上記処理に飲食品と共に付されていない場合には、上記処理に付された対照物質と比べて、中心部における飲食品成分の浸透は低いことが認められる。
以下、本発明を実施例により、更に詳しく説明する。
【実施例】
【0041】
実施例1:糖を含む食品に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
糖を含む食品に混入していたと想定する異物(毛髪)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで二分し、一の毛髪断片を30%グルコース水溶液に添加し、もう一つの断片を6%グルコース水溶液に添加し、レトルト殺菌処理(121℃、30分間)に付した後、7日間室温で保存した。
【0042】
ついで、各グルコース水溶液(25℃においてpH5.24)より毛髪を取り出し、表面に付着しているグルコース水溶液をふき取った後、フーリエ変換赤外分光光度計用スライサー(装置名:HM−1、日本分光社製)を用いて、厚さを1μm以下とする毛髪の横断切片を各試料について作製した。
【0043】
ついで、1cm角のステンレス基板(SUS304、ニラコ社製)上に両面性のカーボンテープ(日新EM社製)を貼り付けて試料台座を作製し、その上に、得られた試料の切片を断面が、台座表面に対し水平になるように貼り付け、固定した。各グルコース水溶液中で処理した毛髪の切片は区別できるように、それぞれ別個の台座に固定した(30%グルコース処理試料、及び6%グルコース処理試料)。カーボンテープには、凸凹が少ないアルミ基材のものを使用した。
【0044】
また、グルコース水溶液中の指標イオンを測定するために、グルコース水溶液及びスクロース水溶液をそれぞれ1cm角のステンレス基板上に薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0045】
2.TOF−SIMS分析
飛行時間型二次イオン質量分析計(装置名:PHI TRIF V nanoTOF、アルバック・ファイ社製)に、上記で調製した30%グルコース処理試料、6%グルコース処理試料、及び指標イオン試料をセットし、製造元のプロトコルに従って、測定モード(+SIMS及び−SIMS)、走査範囲(150μm×150μm)、フレーム数(約10〜20回)等を適宜決定し、各指標イオン試料についての二次イオンマススペクトル、ならびに、30%グルコース処理試料及び6%グルコース処理試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。毛髪横断面の成分濃度分布の測定に際して、試料が見つけにくい場合には、1mm程度の広域で、分子量70.04(毛髪中のケラチン由来成分CN)の濃度分布を測定して試料を見つけた。
【0046】
結果、指標イオン試料についてのグルコース水溶液及びスクロース水溶液の二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオン((a)及び(b))が、グルコース水溶液及びスクロース水溶液において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量57.07のC、分子量73のCSi)と夾雑しない成分だということが確認された(図1)。よって、この2つのフラグメントイオンを指標イオンとすることとした。また、これら2つの指標を加算することで、より強度を高くした((c))。
(a)分子量57.03(グルコース水溶液中の有機成分COである可能性が高い。)
(b)分子量85.03(グルコース水溶液中の有機成分Cである可能性が高い。)
(c)分子量57.03と分子量85.03を加算した指標。
【0047】
当該指標イオンについて、30%グルコース処理試料及び6%グルコース処理試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を図2に示す。
【0048】
30%グルコース処理試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までグルコース水溶液成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、6%グルコース処理試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、30%グルコース処理試料ほどではないにしても、(a)及び(b)の2つの指標を加算した(C)を見れば、毛髪内部までグルコース水溶液成分が浸透していることが確認された。
【0049】
以上の結果より、糖の濃度に係わらず、糖を含む食品に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、図2のグルコース処理試料と同様に、グルコース水溶液成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は糖を含む食品の製造過程、すなわち製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0050】
実施例2:レトルトカレーに混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
レトルトカレーに混入していたと想定する異物(毛髪)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで二分し、一の毛髪断片をカレーソースに添加し、当該カレーソースと共にレトルト殺菌処理(121℃、10分間)に付した。もう一つの毛髪断片は、カレーソースに添加したのみ(25℃、10分間)でレトルト処理には付さなかった。
【0051】
ついで、各カレーソース(25℃においてpH5.37)より毛髪を取り出し、表面に付着しているカレーソースをふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0052】
また、カレーソース中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にカレーソースを薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0053】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製したレトルト殺菌処理済試料、レトルト殺菌未処理試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてカレーソースの二次イオンマススペクトル、ならびに、レトルト殺菌処理済試料及びレトルト殺菌未処理試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0054】
結果、指標イオン試料についてのカレーソースの二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオン((a)及び(b))が、カレーソースにおいて強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC、分子量43.00のCHSi、分子量55.02のCSi)と夾雑しない成分だということが確認された(図3)。また、レトルトカレーには高濃度の食塩が含まれることから、−SIMSの測定モードにより、分子量34.97の塩素も指標とすることとした((c))。よって、この3つを指標イオンとすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(レトルトカレー中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量34.97(食塩中の無機成分塩素の可能性が高い。)
【0055】
次いで、当該指標イオンについて、レトルト殺菌処理済試料及びレトルト殺菌処理済試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を図4に示す。
【0056】
レトルト殺菌処理済試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までカレーソース成分が浸透していることが認められた(特に、(a)及び(b)について、断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、レトルト殺菌未処理試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までカレーソース成分が十分に浸透していないことが確認された。
【0057】
以上の結果より、レトルトカレーに混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、図4のレトルト殺菌処理済試料(左列)と同様に、カレーソース成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)はレトルトカレーのレトルト殺菌前、すなわち製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0058】
実施例3:ビタミン系炭酸飲料に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
ビタミン系炭酸飲料に混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片をビタミン系炭酸飲料に添加し冷蔵庫(4℃)にて7日間保存し(7日間保存試料)、別の一の毛髪断片をビタミン系炭酸飲料に添加し冷蔵庫(4℃)にて3日間保存し(3日間保存試料)、残りの一の毛髪断片はビタミン系炭酸飲料に添加せず、保存処理に付さなかった(未保存試料)。
【0059】
各ビタミン系炭酸飲料(25℃においてpH3.73)より毛髪を取り出し、表面に付着しているビタミン系炭酸飲料をふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0060】
また、ビタミン系炭酸飲料中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にビタミン系炭酸飲料を薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0061】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した7日間保存試料、3日間保存試料、未保存試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてビタミン系炭酸飲料の二次イオンマススペクトル、ならびに、7日間保存試料、3日間保存試料、及び未保存試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0062】
結果、指標イオン試料についてのビタミン系炭酸飲料の二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される3つのフラグメントイオン((a)、(b)及び(c))が、ビタミン系炭酸飲料において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量43.00のCHSi)と夾雑しない成分だということが確認された(図5)。よって、この3つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(炭酸飲料中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量71.05(炭酸飲料中の有機成分COである可能性が高い。)
【0063】
次いで、当該指標イオンについて、7日間保存試料、3日間保存試料、及び未保存試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を図6に示す。
【0064】
7日間保存試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までビタミン系炭酸飲料成分が浸透していることが認められた(特に、(a)及び(b)について、断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、未保存試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までビタミン系炭酸飲料成分が十分に浸透していないことが確認された。3日間保存試料におけるビタミン系炭酸飲料成分の浸透度合いは、7日間保存試料と未保存試料の両者で確認されたビタミン系炭酸飲料成分の浸透度合いの中間程度の浸透度合いが確認され、保存期間の長さに応じた浸透度合いが認められた。
【0065】
以上の結果より、ビタミン系炭酸飲料に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、図6の7日間保存試料(左列)と同様に、ビタミン系炭酸飲料成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0066】
実施例4:ヨーグルトに混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
ヨーグルトに混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片をヨーグルトに添加し冷蔵庫(4℃)にて7日間保存し(7日間保存試料)、別の一の毛髪断片をヨーグルトに添加し冷蔵庫(4℃)にて10分間保存し(10分間保存試料)、残りの一の毛髪断片はヨーグルトに添加せず、保存処理に付さなかった(未保存試料)。
【0067】
各ヨーグルト(25℃においてpH4.25)より毛髪を取り出し、表面に付着しているヨーグルトをふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0068】
また、ヨーグルト中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上にヨーグルトを薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0069】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した7日間保存試料、10分間保存試料、未保存試料、及び指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料についてヨーグルトの二次イオンマススペクトル、ならびに、7日間保存試料、10分間保存試料、及び未保存試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0070】
結果、指標イオン試料についてのヨーグルトの二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される2つのフラグメントイオンが、ヨーグルトにおいて強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC、分子量43.00のCHSi、分子量55.02のCSi、分子量57.07のC)と夾雑しない成分だということが確認された(図7)。よって、この2つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量38.95(ヨーグルト中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(b)分子量57.03(ヨーグルト中の有機成分COである可能性が高い。)
【0071】
次いで、当該指標イオンについて、7日間保存試料、10分間保存試料、及び未保存試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を図8に示す。
【0072】
7日間保存試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部までヨーグルト成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、未保存試料の毛髪断面(右列)は、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までヨーグルト成分が十分に浸透していないことが確認された。10分間保存試料におけるヨーグルト成分の浸透度合いは、7日間保存試料と未保存試料の両者で確認されたヨーグルト成分の浸透度合いの中間程度の浸透度合いが確認され、保存期間の長さに応じた浸透度合いが確認された。
【0073】
以上の結果より、製品開封時にヨーグルトに混入していたことが発見された異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、図8の7日間保存試料(右列)と同様に、ヨーグルト成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
【0074】
実施例5:デザート食品に混入していた異物(毛髪)の分析
1.試料の調製
デザート食品に混入していたと想定する毛髪(異物)試料を調製した。デザート食品の調製に際しては、カルシウム反応性増粘剤を含む半固形状の食品ベースを使用し、牛乳等のカルシウム含有液体と食品ベースとを混合することによって固形のデザート食品を調製した。
【0075】
毛髪の表面をふき取った後、カッターで三分し、一の毛髪断片を食品ベースに添加し当該食品ベースと共にレトルト殺菌処理(121℃、10分間)に付し(食品ベース・レトルト殺菌処理済試料)、別の一の毛髪断片を食品ベースに添加し室温にて10分間保存し(食品ベース試料)、別の一の毛髪断片を調製されたデザート食品に添加し室温にて10分間保存した(デザート食品試料)。
【0076】
ついで、各食品ベース(25℃においてpH4.05)又はデザート食品(25℃においてpH4.80)より毛髪を取り出し、表面に付着している食品ベース又はデザート食品をふき取った後、上記実施例1と同様に、各試料の切片を作製してそれぞれ、作製した別個の台座に固定した。
【0077】
また、食品ベース又はデザート食品中の指標イオンを測定するために、1cm角のステンレス基板上に食品ベース又はデザート食品を薄く塗布し、50℃で約1時間乾燥させた(指標イオン試料)。
【0078】
2.TOF−SIMS分析
上記で調製した食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、デザート食品試料、ならびに、食品ベース及びデザート食品のそれぞれの指標イオン試料を、上記実施例1と同様にTOF−SIMS分析に供し、指標イオン試料について食品ベース及びデザート食品の二次イオンマススペクトル、ならびに、食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、及びデザート食品試料について毛髪横断面の成分濃度分布を測定した(イメージング質量分析)。
【0079】
結果、指標イオン試料についての二次イオンマススペクトルより、下記の分子量で表される4つのフラグメントイオンが、食品ベース及びデザート食品において強度が高く、またブランク測定における空気中ケイ酸化合物(分子量41.03のC、分子量43.00のCHSi、分子量55.02のCSi、分子量57.07のC)と夾雑しない成分だということが確認された(図9)。よって、この4つのフラグメントイオンを指標とすることとした。
(a)分子量22.99(食塩中の無機成分ナトリウムの可能性が高い。)
(b)分子量38.95(デザート食品中の無機成分カリウムの可能性が高い。)
(c)分子量43.05(デザート食品中の有機成分Cである可能性が高い。)
(d)分子量57.03(デザート食品中の有機成分COである可能性が高い。)
【0080】
次いで、当該指標イオンについて、食品ベース・レトルト殺菌処理済試料、食品ベース試料、及びデザート食品試料の毛髪横断面におけるイメージ像を作成した結果を図10に示す。
【0081】
食品ベース・レトルト殺菌処理済試料の毛髪断面(左列)は、毛髪内部まで各食品ベース成分が浸透していることが認められた(断面全体が青色〜赤色の色調を示した)。一方、食品ベース試料の毛髪断面(中列)及びデザート食品試料の毛髪断面(右列)においては、断面周辺すなわち毛髪表面に成分の強い分布が認められ(断面周辺すなわち毛髪表面に若干青色〜黄緑色の色調を示した)、毛髪内部までデザート食品成分が十分に浸透していないことが確認された。
【0082】
以上の結果より、食品ベース又はデザート食品に混入していた異物(毛髪)をTOF−SIMSによりイメージング質量分析した結果、図10の食品ベース・レトルト殺菌処理済試料(左列)と同様に、デザート食品成分が毛髪内部まで浸透していることが認められた場合には、当該異物(毛髪)は製品開封前に混入した可能性が高い、と推定することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10