(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6845235
(24)【登録日】2021年3月1日
(45)【発行日】2021年3月17日
(54)【発明の名称】硫化水素混合物及びその製造方法並びに充填容器
(51)【国際特許分類】
C01B 17/16 20060101AFI20210308BHJP
F17C 1/10 20060101ALI20210308BHJP
【FI】
C01B17/16 Z
C01B17/16 M
F17C1/10
【請求項の数】11
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-523601(P2018-523601)
(86)(22)【出願日】2017年5月17日
(86)【国際出願番号】JP2017018513
(87)【国際公開番号】WO2017221594
(87)【国際公開日】20171228
【審査請求日】2020年2月12日
(31)【優先権主張番号】特願2016-123120(P2016-123120)
(32)【優先日】2016年6月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】谷本 陽祐
(72)【発明者】
【氏名】星野 恭之
【審査官】
神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】
特表2005−527822(JP,A)
【文献】
特開2003−28392(JP,A)
【文献】
特表2004−536227(JP,A)
【文献】
特開平2−141406(JP,A)
【文献】
特開平9−324897(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 17/16
F17C 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物であって、少なくとも一部が液体となるように充填容器内に充填されており、気相の水分濃度が0.001モルppm以上75モルppm未満である硫化水素混合物。
【請求項2】
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物であって、少なくとも一部が液体となるように充填容器内に充填されており、液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満である硫化水素混合物。
【請求項3】
前記充填容器への初期充填量G0(単位:kg)に対する前記充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G0が1.47以上2.10以下である請求項1又は請求項2に記載の硫化水素混合物。
【請求項4】
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物を製造する方法であって、
水分濃度が15モルppm以上である硫化水素混合物を水分吸着剤に接触させ、水分濃度を10モルppm未満とする脱水工程と、
前記脱水工程で得られた硫化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満となるように充填容器に充填する充填工程と、
を備える硫化水素混合物の製造方法。
【請求項5】
前記充填容器の少なくとも一部分がステンレス鋼で構成されている請求項4に記載の硫化水素混合物の製造方法。
【請求項6】
前記充填工程における前記硫化水素混合物の前記充填容器への充填量G1(単位:kg)に対する前記充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G1が1.47以上37.0以下である請求項4又は請求項5に記載の硫化水素混合物の製造方法。
【請求項7】
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物が充填された充填容器であって、前記硫化水素混合物の少なくとも一部が液体となるように充填されており、気相の水分濃度が0.001モルppm以上75モルppm未満である充填容器。
【請求項8】
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物が充填された充填容器であって、前記硫化水素混合物の少なくとも一部が液体となるように充填されており、液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満である充填容器。
【請求項9】
前記硫化水素混合物の初期充填量G0(単位:kg)に対する内容積V(単位:L)の比V/G0が1.47以上2.10以下である請求項7又は請求項8に記載の充填容器。
【請求項10】
容量が1L以上2000L以下である請求項7〜9のいずれか一項に記載の充填容器。
【請求項11】
少なくとも一部分がステンレス鋼で構成されている請求項7〜10のいずれか一項に記載の充填容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硫化水素混合物及びその製造方法並びに充填容器に関する。
【背景技術】
【0002】
硫化水素(H
2S)は、蛍光体、化合物半導体、CIGS(銅−インジウム−ガリウム−セレン)型太陽電池等の製造用途などに使われていたが、近年はSi半導体の製造用途にも採用が検討されている。Si半導体の製造においては、硫化水素は微細加工に使用されるため、高純度の硫化水素が必要とされ、その品質向上の要求が強まっている。
しかしながら、充填容器に充填された硫化水素ガスは、以下のような問題点を有していた。すなわち、硫化水素には製造工程では取り除くことが困難な微量の水分が含まれているが、水分濃度が十分に低い高純度の硫化水素が充填容器に充填された場合であっても、充填容器内で水分が濃縮されることがあるため、水分濃度の低さが不十分な硫化水素ガスが充填容器から放出されるおそれがあった。この問題点について以下に詳述する。
【0003】
充填容器から硫化水素ガスを放出すると、充填容器内では気液平衡を保つために液相である液化硫化水素が蒸発する。その際には、気液平衡定数が約0.2程度の水分は硫化水素に比べると蒸発量が少ないので液相側に残りやすく、硫化水素ガスの放出に伴って充填容器内で水分が濃縮されていく。そのため、放出開始初期においては硫化水素ガスに同伴する水分量は微量であり硫化水素ガスの水分濃度は十分に低いが、蒸発による液相の減少が進むに伴って、次第に硫化水素ガスに同伴する水分量が上昇し硫化水素ガスの水分濃度が高まっていく。
【0004】
例えば、一般的に高純度品と呼ばれる硫化水素は、充填容器への充填完了時の液相の水分濃度は約300モルppmであるが、充填容器からの硫化水素ガスの放出に伴って水分が液相側に濃縮され、最終的に液化硫化水素の全量がガス化した状態では、気相の水分濃度は約1500モルppmに上昇する。より水分濃度が低い製品も市場には流通しているが、それでも充填容器への充填完了時の液相の水分濃度は約20モルppmであり、最終的に液化硫化水素の全量がガス化した状態での気相の水分濃度は約100モルppmである。
【0005】
硫化水素ガスの水分濃度が高いと、硫化水素ガスが流れる配管の内壁面に水分が付着しやすい。この水分に硫化水素が吸収され硫化水素酸となるので、配管が腐食して劣化し、補修費が増加するおそれがある。また、配管の劣化が進行して、人体に有害な硫化水素ガスが漏洩すると、災害事故に結びつくおそれがある。さらに、配管はステンレス鋼で構成されている場合が多いが、腐食により配管から溶け出したニッケル、クロム、鉄等の重金属が硫化水素ガスに同伴すると、例えば半導体ウェハのエッチングガスの添加剤として硫化水素ガスを使用した場合には、この重金属がウェハ表面に付着してウェハを汚染するおそれがある。
【0006】
この問題を解決するため、例えば特許文献1には、硫化水素中の水分の除去方法として、合成ゼオライトなどの脱湿剤による除去方法が開示されている。しかしながら、腐食抑制に必要な水分濃度が不明であるため、特許文献1に記載の方法では、腐食を抑制可能な硫化水素を提供することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本国特許公開公報 平成2年第141406号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、上記のような従来技術が有する問題点を解決し、金属を腐食させにくい硫化水素混合物及びその製造方法を提供することを課題とする。また、本発明は、金属を腐食させにくい硫化水素混合物が充填された充填容器を提供することを併せて課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するため、本発明の一態様は以下の[1]〜[11]の通りである。
[1] 硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物であって、少なくとも一部が液体となるように充填容器内に充填されており、気相の水分濃度が0.001モルppm以上75モルppm未満である硫化水素混合物。
[2] 硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物であって、少なくとも一部が液体となるように充填容器内に充填されており、液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満である硫化水素混合物。
[3] 前記充填容器への初期充填量G
0(単位:kg)に対する前記充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
0が1.47以上2.10以下である[1]又は[2]に記載の硫化水素混合物。
【0010】
[4] 硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物を製造する方法であって、
水分濃度が15モルppm以上である硫化水素混合物を水分吸着剤に接触させ、水分濃度を10モルppm未満とする脱水工程と、
前記脱水工程で得られた硫化水素混合物を、その少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満となるように充填容器に充填する充填工程と、
を備える硫化水素混合物の製造方法。
【0011】
[5] 前記充填容器の少なくとも一部分がステンレス鋼で構成されている[4]に記載の硫化水素混合物の製造方法。
[6] 前記充填工程における前記硫化水素混合物の前記充填容器への充填量G
1(単位:kg)に対する前記充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
1が1.47以上37.0以下である[4]又は[5]に記載の硫化水素混合物の製造方法。
【0012】
[7] 硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物が充填された充填容器であって、前記硫化水素混合物の少なくとも一部が液体となるように充填されており、気相の水分濃度が0.001モルppm以上75モルppm未満である充填容器。
[8] 硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物が充填された充填容器であって、前記硫化水素混合物の少なくとも一部が液体となるように充填されており、液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満である充填容器。
【0013】
[9] 前記硫化水素混合物の初期充填量G
0(単位:kg)に対する内容積V(単位:L)の比V/G
0が1.47以上2.10以下である[7]又は[8]に記載の充填容器。
[10] 容量が1L以上2000L以下である[7]〜[9]のいずれか一項に記載の充填容器。
[11] 少なくとも一部分がステンレス鋼で構成されている[7]〜[10]のいずれか一項に記載の充填容器。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、金属を腐食させにくい硫化水素混合物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、硫化水素による金属の腐食を抑制するために、硫化水素中の水分濃度を規定したものである。硫化水素による金属の腐食については、水分濃度の影響を強く受けることは一般的に知られているが、ppmレベルの水分濃度の影響については明らかとなっていなかった。
そこで、本発明者らは、硫化水素中の微量の水分による金属の腐食について鋭意検討した結果、驚くべきことに、水分濃度がppmレベルで十分に低い場合には金属の腐食が著しく抑制されることを見出し、本発明を完成するに至った。以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0016】
本実施形態の硫化水素混合物は、硫化水素と水とを含有する。そして、硫化水素混合物は、その少なくとも一部が液体となるように充填容器内に充填されており、気相の水分濃度は0.001モルppm以上75モルppm未満である。また、液相の水分濃度は0.01モルppm以上15モルppm未満である。
また、本実施形態の充填容器は、硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物が充填された充填容器である。この充填容器には、その少なくとも一部が液体となるように硫化水素混合物が充填されており、気相の水分濃度は0.001モルppm以上75モルppm未満である。また、液相の水分濃度は0.01モルppm以上15モルppm未満である。
【0017】
上記の気相及び液相の水分濃度は、硫化水素混合物を充填容器に充填完了した時から充填容器内の硫化水素混合物のほぼ全量を放出する時点までの間における気相及び液相の水分濃度である。
なお、気相と液相とが共存している硫化水素混合物の気相の水分濃度が0.01モルppm未満の場合においては、水分濃度を直接測定することは困難であるため、液相の水分濃度の1/5を気相の水分濃度とみなす。これは、気相と液相とが共存している硫化水素中の水分濃度は、気相の水分濃度:液相の水分濃度=1:5であることが経験的に知られていることに基づく。
【0018】
このような硫化水素混合物は、充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が極めて低いため、充填容器からの硫化水素混合物ガスの放出に伴って水分が液相側に濃縮されていったとしても、充填容器内の液化硫化水素混合物の全量がガス化するまで、液相の水分濃度が十分に低い状態に保たれる。よって、充填容器から放出される硫化水素混合物ガスの水分濃度は、放出初期から放出終期(充填容器内の液化硫化水素混合物の全量がガス化する時期)まで十分に低い。そのため、充填容器から放出された硫化水素混合物ガスによる金属の腐食を、放出終期まで著しく抑制することができる。
【0019】
液相の水分濃度は0.01モルppm以上15モルppm未満であるが、好ましくは0.01モルppm以上14モルppm以下であり、より好ましくは0.01モルppm以上7.0モルppm以下であり、さらに好ましくは0.01モルppm以上0.75モルppm以下である。
液相の水分濃度が15モルppm未満であれば、充填容器からの硫化水素混合物ガスの放出に伴って水分が液相側に濃縮されていったとしても、充填容器から放出される硫化水素混合物ガスの水分濃度が、放出終期まで金属の腐食が抑制されるレベル(例えば75モルppm未満)に保たれる。なお、0.01モルppmより低い水分濃度については、確認が困難である。
【0020】
充填容器内の硫化水素混合物、及び、充填容器から放出された硫化水素混合物ガスは、上記のように水分濃度が低く金属を腐食させにくい。よって、充填容器内の硫化水素混合物、及び、充填容器から放出された硫化水素混合物ガスが接触する部分に、ハステロイ(商標)などのような高価な耐食性合金を用いなくても、ステンレス鋼等の金属を使用することができる。例えば、硫化水素混合物の充填容器、配管、製造装置、供給装置、搬送装置、反応装置等における硫化水素混合物と接触する部分は、ステンレス鋼等の金属で構成することができる。使用可能なステンレス鋼の種類は特に限定されるものではないが、SUS316、SUS316L、SUS304、SUS304L等があげられる。
【0021】
また、硫化水素混合物の充填容器への初期充填量G
0(単位:kg)は充填工程完了時の充填量であり、特に限定されるものではないが、高圧ガス保安法第四十八条第四項で定められた、充填容器の内容積Vに応じて計算した質量の上限値の70%以上100%以下としてもよい。換言すれば、硫化水素混合物の充填容器への初期充填量G
0(単位:kg)に対する充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
0については特に限定されるものではないが、1.47以上2.10以下としてもよい。
【0022】
比V/G
0が1.47以上であれば(すなわち、硫化水素混合物の充填容器への初期充填量G
0が、充填容器の内容積Vに応じて計算した質量の上限値の100%以下であれば)、充填容器への硫化水素混合物の充填が過充填とはならないので安全である。一方、比V/G
0が2.10以下であれば(すなわち、硫化水素混合物の充填容器への初期充填量G
0が、充填容器の内容積Vに応じて計算した質量の上限値の70%以上であれば)、充填容器の内容積Vに対する硫化水素混合物の初期充填量G
0が十分な量であるので、充填容器による硫化水素混合物の運搬効率が高い。
【0023】
なお、硫化水素混合物の充填容器への初期充填量G
0(単位:kg)に対する充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
0は、1.50以上2.00以下がより好ましく、1.53以上1.90以下がさらに好ましい。
次に、上記のような硫化水素混合物の製造方法の一実施形態について説明する。まず、水分濃度が15モルppm以上である硫化水素混合物ガスから、脱水工程で水分を除去し、水分濃度が10モルppm未満である硫化水素混合物ガスを得る。脱水工程では、水分濃度が15モルppm以上である硫化水素混合物ガスを水分吸着剤に接触させて脱水し、水分濃度を10モルppm未満とする。硫化水素混合物ガスの水分濃度を10モルppm未満とすることができるならば、水分吸着剤の種類は特に限定されるものではないが、例えば、ゼオライト、活性炭、シリカゲル、五酸化二リンがあげられる。また、ゼオライトの種類は特に限定されるものではなく、ゼオライトに含有されるシリカとアルミナの比や細孔の孔径も特に限定されないが、対硫化水素耐性を有するものが好ましく、例えば、モレキュラーシーブ3A、ハイシリカゼオライトがあげられる。
【0024】
脱水工程によって水分濃度が10モルppm未満とされた硫化水素混合物ガスを、充填工程において圧縮し、例えば容量1L以上2000L以下の充填容器に充填する。その際には、硫化水素混合物ガスの少なくとも一部が液体となり且つ充填完了時の液相の水分濃度が0.01モルppm以上15モルppm未満となるように、硫化水素混合物ガスを圧縮し充填する。
【0025】
硫化水素混合物ガスを圧縮し充填容器に充填する方法は限定されるものではないが、例えば、硫化水素混合物ガスをコンプレッサーで昇圧して液化し、蒸留塔を用いて低沸点成分及び高沸点成分を除去した後に、製品タンクに貯留し、製品タンクから充填容器に移して充填する方法があげられる。
充填容器の容量は1L以上2000L以下とすることができるが、好ましくは2L以上1800L以下であり、より好ましくは3L以上1500L以下である。充填容器の容量が1L以上であれば、使用可能な硫化水素混合物の量が多いので効率が優れている。一方、充填容器の容量が2000L以下であれば、充填容器の作製や輸送が容易である。
【0026】
また、硫化水素混合物を充填容器に充填するに際しては、充填容器の温度は特に限定されないが、充填容器を−90℃以上0℃以下に予め冷却しておいてもよい。さらに、充填容器内に水分が残存していると、充填した硫化水素混合物の水分濃度が上昇してしまうので、充填容器内の残存水分量が0.1モルppm以下となるように、予め加熱減圧処理を施していてもよい。
【0027】
さらに、充填工程における硫化水素混合物の充填容器への充填量G
1(単位:kg)に対する充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
1は、特に限定されるものではないが、1.47以上37.0以下としてもよい。比V/G
1が1.47以上であれば、充填容器への硫化水素混合物の充填が過充填とはならないので安全である。一方、比V/G
1が37.0以下であれば、硫化水素混合物が液化する。
【0028】
なお、充填工程における硫化水素混合物の充填容器への充填量G
1(単位:kg)に対する充填容器の内容積V(単位:L)の比V/G
1は、1.47以上2.70以下がより好ましく、1.47以上2.10以下がさらに好ましい。
また、本実施形態の硫化水素混合物の製造方法の各工程(脱水工程、充填工程)において硫化水素混合物の水分濃度を測定する方法は、0.01モルppm程度まで正確に測定可能な方法であれば、特に限定されるものではない。例えば、鏡面冷却式露点計、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR:Fourier transform infrared spectrometer)、五酸化リン式水分計等を用いる方法や、キャビティリングダウン分光法(CRDS:cavity ring-down spectroscopy)があげられる。
【0029】
なお、本発明における水分濃度は、気相の場合は充填容器の気相部分からサンプルを取り出して、キャビティリングダウン分光法にて測定したものである。一方、液相の場合は充填容器の液相部分からサンプルを取り出した後にガス化して、気相の場合と同様に、キャビティリングダウン分光法にて測定したものである。
このような本実施形態の硫化水素混合物の製造方法によれば、水分濃度が極めて低くステンレス鋼等の金属の腐食が起こりにくい硫化水素混合物を、簡便な設備で製造することができる。本実施形態の硫化水素混合物の製造方法により製造された硫化水素混合物は、半導体や薄膜トランジスタの製造におけるエッチング時の添加ガスや界面処理用ガスとして使用することができる。
【0030】
さらに、本実施形態の硫化水素混合物の製造方法により得られる硫化水素混合物は、医薬品、染料中間体等の各種化学薬品の製造にも使用することができる。
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【実施例】
【0031】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明をより詳細に説明する。
〔実施例1〕
硫化水素と水とを含有する硫化水素混合物30kgを、容量47Lの充填容器内に、一部が液体となるように充填した。このときの初期充填量G
0に対する前記充填容器の内容積Vの比V/G
0は1.57となる。充填容器内の硫化水素混合物は気相と液相に分かれており、充填完了時の液相の水分濃度は12モルppmであった。
【0032】
この充填容器から、充填容器内の硫化水素混合物の残量が1kgになるまで、放出速度2L/minで気相を抜出した。この状態で、充填容器内の液相は消失し、硫化水素混合物の全量がガス化しており、そのガスの水分濃度は60モルppmであった。
長方形状(幅10mm、長さ50mm、厚さ1mm)のSUS316L製テストピースを用意し、質量を測定した後、テフロン(登録商標)製の紐を用いて耐圧容器内に吊るした。この耐圧容器内に上記の水分濃度60モルppmの硫化水素混合物ガスを導入し、内圧を0.5MPaGとした。
【0033】
この耐圧容器を100℃に加熱した状態で5日間放置した後、N
2で十分にパージを行って硫化水素濃度が0.1モルppm未満であることを確認後に耐圧容器を開放し、テストピースを取り出した。取り出したテストピースを超純水と10質量%硝酸水溶液でそれぞれ10分間ずつ超音波洗浄し、乾燥した後、質量を測定し、その質量変化から腐食速度を算出した。その結果、腐食速度は0.83μm/yであった。このように、初期充填量の97%を放出した状態でも、残留したガスによる腐食の進行は非常に遅かった。
【0034】
〔実施例2〕
充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が6.0モルppmである点以外は実施例1と同様の操作を行って、水分濃度30モルppmの硫化水素混合物ガスを得た。この硫化水素混合物ガスを用いた点以外は実施例1と同様の操作を行って、テストピースの腐食速度を測定したところ、0.64μm/yであった。
【0035】
〔実施例3〕
充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が0.750モルppmである点以外は実施例1と同様の操作を行って、水分濃度3.8モルppmの硫化水素混合物ガスを得た。この硫化水素混合物ガスを用いた点以外は実施例1と同様の操作を行って、テストピースの腐食速度を測定したところ、0.41μm/yであった。
【0036】
〔実施例4〕
充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が0.15モルppmである点以外は実施例1と同様の操作を行って、水分濃度0.75モルppmの硫化水素混合物ガスを得た。この硫化水素混合物ガスを用いた点以外は実施例1と同様の操作を行って、テストピースの腐食速度を測定したところ、0.38μm/yであった。
【0037】
〔比較例1〕
充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が15モルppmである点以外は実施例1と同様の操作を行って、水分濃度75モルppmの硫化水素混合物ガスを得た。この硫化水素混合物ガスを用いた点以外は実施例1と同様の操作を行って、テストピースの腐食速度を測定したところ、7.1μm/yであった。
【0038】
〔比較例2〕
充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が30モルppmである点以外は実施例1と同様の操作を行って、水分濃度150モルppmの硫化水素混合物ガスを得た。この硫化水素混合物ガスを用いた点以外は実施例1と同様の操作を行って、テストピースの腐食速度を測定したところ、47μm/yであった。
【0039】
これらの結果(表1を参照)から、充填容器への充填完了時の液相の水分濃度が15モルppm未満であれば、充填容器から放出される硫化水素混合物ガスの水分濃度は放出終期(充填容器内の液化硫化水素混合物の全量がガス化する時期)まで十分に低いので、金属の腐食が著しく抑制されることが分かる。
【0040】
【表1】
【0041】
〔実施例5〕
次に、水分濃度が15モルppm未満である硫化水素混合物の製造方法の実施例を示す。水分濃度が1000モルppmである粗硫化水素混合物ガスを、320m
3/hの流量で水分吸着塔に送り、水分吸着塔内に充填された水分吸着剤(ユニオン昭和株式会社製のモレキュラーシーブ3A)に接触させて脱水した。粗硫化水素混合物ガスの流通速度は、線速度LV(Linear Velocity)が10m/min、空間速度SV(Space Velocity)が1000/hである。水分吸着塔の出口の硫化水素混合物ガスの水分濃度は5.1モルppmであった。
この水分濃度5.1モルppmの硫化水素混合物ガス30kgを、ポンプで昇圧しながら容量47Lの充填容器に充填した。充填容器内の液化硫化水素混合物(液相)の水分濃度は6.2モルppmであった。