(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
  微細流路に導入される試料溶液に電圧を印加し、前記試料溶液に含まれる成分を分離分析し、測定開始後の経過時間に対応した光学測定値を測定するキャピラリー電気泳動法による試料の分析方法であって、
  前記試料溶液と泳動液との界面が前記微細流路における所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値に基づいて界面到達時点を決定する工程と、
  前記界面到達時点から経過した経過時間における前記光学測定値を用いて前記試料溶液に含まれる成分を同定する工程と、
を含む、分析方法。
  前記界面到達時点を決定する工程においては、前記界面が前記所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値の変化に基づいて前記界面到達時点を決定する、請求項1又は2に記載の分析方法。
  前記界面到達時点を決定する手段は、前記界面が前記所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値の変化に基づいて前記界面到達時点を決定する、請求項9又は10に記載の分析システム。
【背景技術】
【0002】
  生体の状態を示す指標として、各種タンパク質が分析されている。中でも、血球中のヘモグロビン(Hb)については、複数のヘモグロビン種があり、正常ヘモグロビン(HbA)の他、複数種の変異ヘモグロビン(HbC、HbD、HbE、HbS等)が存在する。
【0003】
  試料の成分分析(たとえば液体クロマトグラフィー等)において、たとえば予め組成の分かっているサンプルを測定して検出したい成分が検出される検出時間、ピーク形状を確認し、被検体の分析結果と比較することにより成分を特定することが行われる(たとえば、特許文献1参照)。
【0004】
  血液(試料)のヘモグロビン種(成分)の分析においては、成分に応じて検出時間が異なるので、それを利用した分離分析が行われる。分離分析において、測定ごとのバラつき(たとえば、カラム劣化・溶離液保存状態などによる検出時間の違い等)を考慮し、たとえば、ある成分の検出時間が所定の検出時間範囲に入っていれば当該成分であると同定される。
【0005】
  ヘモグロビン(Hb)の分析手法の一つとして、電気泳動法が用いられる(たとえば、特許文献2参照)。電気泳動法による試料の分析は、分析装置に分析チップを装填した状態で行われる。分析チップは、試料を保持して当該試料を対象とした分析の場を提供するものである。この分析チップとしては、1回のみの分析を終えた後に廃棄することが意図されたディスポーザブルタイプのものがある。このようなディスポーザブルタイプの分析チップを用いたヘモグロビンの分析方法が、たとえば、下記特許文献3に開示されている。
【0006】
  分析によって得られた波形は、特定成分に応じたピーク等を有する。いずれのピークがいずれの特定成分に該当するかは、分析の基準となる時点から当該ピークが得られた時点までの経過時間と当該ピークの形状等とを考慮して同定される。この際、その基準となる時点が電気泳動の開始時点を反映しているか否かによって、特定成分の同定が不正確となることがある。特に、ディスポーザブルタイプの分析チップを用いる場合、分析チップごとのロット間差や同一ロット間の個体差によって、基準となる時点から特定成分のピークが得られる時点までの経過時間に誤差が生ずる可能性がある。特に、従来は、電圧の印加を開始した時点をその基準となる時点(t=0)とすることが一般的である。この場合、t=0の時点から特定成分が発生するまで時点までの経過時間について、ディスポーザブルタイプの分析チップでは分析チップごとの個体差による誤差が大きくなるという課題があった。
【0007】
  そのような課題に対応する別の従来技術として、既知波形を基準とする方法がある。既知波形の同定方法の一つの方法としては、試料を導入する前の同じ分析チップに、既知の波形を有する参照液を導入し、その測定波形を利用してチップの個体差に起因する誤差を算出し、その情報に基づいて同一の分析チップを用いて導入される試料の波形判定に利用する方法がある。しかしながら、参照液を追加する必要があり、時間的にもコスト的にも課題がある。さらに、1回の測定ごとに廃棄されるディスポーザブルタイプの分析チップでは、そもそもこの方法は不可能である。
【0008】
  また、課題に対応する別の従来技術として、導入される試料中に含まれる代表的で特徴的な波形を持つ成分のピーク値や、試料に追加した参照物質のピーク値を代表として利用することが行われていた。しかしながら、導入される試料に含まれる特定成分が未知の場合、特定成分のピークが生じる時点や波形がずれたり、別の成分と重なってしまうなどして、特定成分のピークを同定することが困難となる場合があった。特に特定成分をヘモグロビンとした場合、たとえばヘモグロビンの種類がHbAとHbSとでは大きく波形が異なり、参照成分と重複することや参照物質と相互作用を及ぼす場合があるといった問題が発生し得る。また、参照物質を追加する方法では、参照物質のコストがかかるとともに、別の成分との相互作用の影響も考慮しなければならず、製品化に困難を要する場合がある。
 
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
  本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、より正確な分析が可能な分析方法及び分析システムを提供することをその課題とする。
 
【課題を解決するための手段】
【0011】
  本発明の第1の側面によって提供される分析方法は、微細流路に導入される試料溶液に電圧を印加し、前記試料溶液に含まれる成分を分離分析し、測定開始後の経過時間に対応した光学測定値を測定するキャピラリー電気泳動法による試料の分析方法であって、前記試料溶液と泳動液との界面が前記微細流路における所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値に基づいて界面到達時点を決定する工程と、前記界面到達時点から経過した経過時間における前記光学測定値を用いて前記試料溶液に含まれる成分を同定する工程と、を含む。
【0012】
  ここで、「前記微細流路における所定の測定位置」とは、光学測定値を測定するための測定光が通過する位置をいう。なお、この界面に係る光学測定値は、同定されるべき成分に係る光学測定値と同じ位置で測定されることが望ましいが、別の位置で測定されることとしてもよい。
【0013】
  なお、上記分析方法における試料溶液とは、分析の対象となる試料を含む溶液であって、試料そのものが100%を占めるものであっても、又は、試料が適宜希釈されたものであっても、いずれをも概念として含むものである。この試料溶液については、前記界面到達時点を特定することができ、かつ、液体の性状を有していれば特に限定はない。この液体としては、前記試料としての固体を、たとえば、液体の媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液であってもよい。前記試料が液体の場合、たとえば、前記試料の原液をそのまま試料溶液として使用してもよいし、濃度が高すぎるような場合には、前記原液を、たとえば、液体の媒体に懸濁、分散又は溶解した希釈液を試料溶液として使用してもよい。前記液体の媒体は、前記試料を懸濁、分散又は溶解可能なものであれば、特に制限されず、たとえば、水、緩衝液等が挙げられる。前記試料は、たとえば、生体由来の検体、環境由来の検体、金属、化学物質、医薬品等が挙げられる。前記生体由来の検体は、特に制限されず、たとえば、尿、血液、毛髪、唾液、汗、爪等が挙げられる。前記血液検体は、たとえば、赤血球、全血、血清、血漿等が挙げられる。前記生体は、たとえば、ヒト、非ヒト動物、植物等が挙げられ、前記非ヒト動物は、たとえば、ヒト以外の哺乳類、両生爬虫類、魚介類、昆虫類等が挙げられる。前記環境由来の検体は、特に制限されず、たとえば、食品、水、土壌、大気、空気等が挙げられる。前記食品は、たとえば、生鮮食品又は加工食品等が挙げられる。前記水は、たとえば、飲料水、地下水、河川水、海水、生活排水等が挙げられる。
【0014】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記試料溶液は血液を試料として含む溶液であって、前記成分はヘモグロビンである。
【0015】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記界面到達時点を決定する工程においては、前記界面が前記所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値の変化に基づいて前記界面到達時点を決定する。
【0016】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記光学測定値は前記試料溶液の吸光度であり、前記界面到達時点を決定する工程に先立ち、測定開始後の経過時間に対応した前記吸光度に関する波形を形成する工程を有し、前記界面到達時点を決定する工程における前記光学測定値の変化は、前記波形に生じた変化である。
【0017】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記波形を形成する工程は、前記吸光度に関する波形を時間微分して得た微分値を前記経過時間に対応させて波形として表した微分波形を形成するステップを含み、前記界面到達時点を決定する工程においては、前記微分波形を用いる。
【0018】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記界面到達時点を決定する工程は、所定検索時間内において前記微分波形を基に定められた基準値を決定するステップと、前記所定検索時間内において前記基準値からの離間の程度を基準に第1特定点及び第2特定点を決定するステップと、時間軸において前記第1特定点及び前記第2特定点の間に位置しかつ前記第1特定点及び前記第2特定点の前記微分値の平均値をとる平均値点を特定するステップと、当該平均値点の時点を前記界面到達時点として決定するステップと、を含む。
【0019】
  前記第1特定点及び第2特定点を決定するステップは、前記所定検索時間内において前記基準値から微分値軸に沿って負方向側へ最も離間した値をとる点を第1特徴点とするステップと、前記所定検索時間内において時間軸に沿った負方向側で前記第1特徴点から微分値軸に沿って最も離間した値をとる点を第2特徴点とするステップと、前記所定検索時間内において時間軸に沿った正方向側で前記第1特徴点から微分値軸に沿って最も離間した値をとる点を第3特徴点とするステップと、前記所定検索時間内において時間軸に沿った正方向側で前記第3特徴点から最も離間した値をとる点を第4特徴点とするステップと、前記第1特徴点、前記第2特徴点、前記第3特徴点及び前記第4特徴点から、微分値軸に沿って最も離間している2点を前記第1及び第2特定点として選定するステップを含む。
【0020】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記微細流路が形成されたディスポーザブルタイプの分析チップを用いて行う。
【0021】
  本発明の第2の側面によって提供される分析システムは、微細流路内の液体の光学測定値を測定する測定部と、前記測定部の測定結果を用いて分析処理を行う制御部と、を備える、分離分析方法による試料の分析システムであって、前記分離分析方法は、前記微細流路に導入される試料溶液に電圧を印加し、前記試料溶液に含まれる成分を分離分析し、測定開始後の経過時間に対応した前記光学測定値を測定するキャピラリー電気泳動法により試料を分析するものであって、前記制御部は、前記試料溶液と泳動液との界面が前記微細流路における所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値に基づいて界面到達時点を決定する手段と、前記界面到達時点から経過した経過時間における前記光学測定値を用いて前記試料溶液に含まれる成分を同定する手段と、を含む。
【0022】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記試料溶液は血液を試料として含む溶液であって、前記成分はヘモグロビンである。
【0023】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記界面到達時点を決定する手段は、前記界面が前記所定の測定位置へ到達した際の前記光学測定値の変化に基づいて前記界面到達時点を決定する。
【0024】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記光学測定値は前記試料溶液の吸光度であり、測定開始後の経過時間に対応した前記吸光度に関する波形を形成する手段を有し、前記界面到達時点を決定する手段は、前記光学測定値の変化として、前記波形に生じた変化に基づいて前記界面到達時点を決定する。
【0025】
  本発明の好ましい実施の形態においては、前記微細流路が形成されたディスポーザブルタイプの分析チップを用いて行う。
 
【発明の効果】
【0026】
  本発明の一態様によれば、より正確な分析が可能である。
【0027】
  本発明のその他の特徴及び利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
 
 
【発明を実施するための形態】
【0029】
  以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
 
【0030】
  図1は、本発明に係る分析システムの一例の概略構成を示している。分析システムA1は、分析装置1及び分析チップ2を備えて構成されている。分析システムA1は、試料Saを対象として分離分析方法による分析方法を実行するシステムである。試料Saは特に限定されないが、本実施形態においては、人体から採取された血液を例として説明する。試料Saに含まれる成分のうち分析の対象となる成分を分析成分と定義する。
 
【0031】
  上記分析成分としては、ヘモグロビン(Hb)、アルブミン(Alb)、グロブリン(α1、α2、β、γグロブリン)、フィブリノーゲン等が挙げられる。上記ヘモグロビンとしては、たとえば、正常ヘモグロビン(HbA)、変異ヘモグロビン(HbC、HbD、HbE、HbS等)、胎児ヘモグロビン(HbF)等の複数のヘモグロビン種が挙げられる。変異ヘモグロビンについては、種々の疾病や病態の原因となることが知られており(たとえば、HbSは鎌状赤血球貧血症の原因となる)、ヘモグロビン種を同定することで、疾病・病態の診断や治療に役立てることが期待される。以降の説明においては、上記分析成分がヘモグロビン(特に変異ヘモグロビン種)である場合を例に説明する。健常な成人のヘモグロビンには、大多数のHbA並びに僅かなHbF及びHbA2が含まれる。ヘモグロビンは四量体であり、たとえばHbAは二つのα鎖と二つのβ鎖から構成される。このα鎖又はβ鎖の産生を支配する遺伝子配列に何らかの変異が生じると、アミノ酸配列が通常とは異なる鎖が産生されたり、その鎖の産生が抑制されたりした結果、通常とは異なるヘモグロビン種が生じる。一般的に、このようなヘモグロビン種を変異ヘモグロビンと呼ぶ。健常人のヘモグロビンの遺伝子型はHbA/HbAのホモ接合体であるが、変異ヘモグロビン保有者の遺伝子型は、HbA/HbVのヘテロ接合体(HbVはHbA以外の変異ヘモグロビン)、又は、HbV/HbVのホモ接合体(HbV同士が異なる場合は、ヘテロ接合体)である。臨床検査業界においては、健常人由来の血液検体をHbAA検体、HbA/HbVのヘテロ接合体を持つ人由来の血液検体をHbAV検体(Vは任意の変異)、HbV/HbVのホモ接合体(HbV同士が異なる場合は、ヘテロ接合体)を持つ人由来の血液検体をHbVV検体(Vは任意の変異)と呼ぶ。したがって、たとえばHbAS検体には、大多数のHbA及びHbSと、僅かなHbF及びHbA2が含まれる。たとえばHbSS検体には、大多数のHbSと、僅かなHbF及びHbA2が含まれる。
 
【0032】
  分析チップ2は、試料Saを保持し、かつ分析装置1に装填された状態で試料Saを対象とした分析の場を提供するものである。本実施形態においては、分析チップ2は、1回の分析を終えた後に廃棄されることが意図された、いわゆるディスポーザブルタイプの分析チップとして構成されている。
図2及び
図3に示すように、分析チップ2は、本体21、混合槽22、導入槽23、フィルタ24、排出槽25、電極槽26、キャピラリー管27及び連絡流路28を備えている。
図2は、分析チップ2の平面図であり、
図3は、
図2のIII−III線に沿う断面図である。なお、分析チップ2は、ディスポーザブルタイプのものに限定されず、複数回の分析に用いられるものであってもよい。また、本発明に係る分析システムは、分析装置1に装填される別体の分析チップ2を備える構成に限定されず、分析チップ2と同様の機能を果たす機能部位が分析装置1に組み込まれた構成であってもよい。
 
【0033】
  本体21は、分析チップ2の土台となるものであり、その材質は特に限定されず、たとえば、ガラス、溶融シリカ、プラスチック等があげられる。本実施形態においては、本体21は、
図3における上側部分2Aと下側部分2Bとが別体に形成されており、これらが互いに結合された構成である。なお、これに限らず、たとえば、本体21を一体的に形成してもよい。
 
【0034】
  混合槽22は、後述する試料Saと希釈液Ldとを混合する混合工程が行われる箇所の一例である。混合槽22は、たとえば、本体21の上記上側部分2Aに形成された貫通孔によって、上方に開口した凹部として構成されている。導入槽23は、混合槽22における混合工程によって得られた試料溶液としての混合試料Smが導入される槽である。導入槽23は、たとえば、本体21の上記上側部分2Aに形成された貫通孔によって、上方に開口した凹部として構成されている。
 
【0035】
  フィルタ24は、導入槽23への導入経路の一例である導入槽23の開口部に設けられている。フィルタ24の具体的構成は限定されず、好適な例として、たとえばセルロースアセテート膜フィルタ(ADVANTEC社製、孔径0.45μm)が挙げられる。
 
【0036】
  排出槽25は、電気泳動法における電気浸透流の下流側に位置する槽である。排出槽25は、たとえば、本体21の上記上側部分2Aに形成された貫通孔によって,上方に開口した凹部として構成されている。電極槽26は、電気泳動法による分析工程において、電極31が挿入される槽である。電極槽26は、たとえば、本体21の上記上側部分2Aに形成された貫通孔によって、上方に開口した凹部として構成されている。連絡流路28は、導入槽23と電極槽26とを繋いでおり、導入槽23と電極槽26との導通経路を構成している。
 
【0037】
  キャピラリー管27は、導入槽23と排出槽25とを繋ぐ微細流路であり、電気泳動法における電気浸透流(EOF、electro−osmotic  flow)が生じる場である。キャピラリー管27は、たとえば本体21の上記下側部分2Bに形成された溝として構成されている。なお、本体21には、キャピラリー管27への光の照射及びキャピラリー管27を透過した光の出射を促進するための凹部等が適宜形成されていてもよい。キャピラリー管27のサイズは特に限定されないが、その一例を挙げると、その幅が25μm〜100μm、その深さが25μm〜100μm、その長さが5mm〜150mmである。分析チップ2全体のサイズは、キャピラリー管27のサイズ及び混合槽22、導入槽23、排出槽25及び電極槽26のサイズや配置等に応じて適宜設定される。
 
【0038】
  なお、上記構成の分析チップ2は一例であって、電気泳動法による分析が可能な構成の分析チップを適宜採用することができる。
 
【0039】
  分析装置1は、試料Saが点着された分析チップ2が装填された状態で、試料Saを対象とした分析処理を行う。分析装置1は、電極31,32、光源41、光学フィルタ42、レンズ43、スリット44、検出器5、分注器6、ポンプ61、希釈液槽71、泳動液槽72及び制御部8を備えている。なお、光源41、光学フィルタ42、レンズ43及び検出器5は、本発明でいう測定部の一例を構成する。
 
【0040】
  電極31及び電極32は、電気泳動法においてキャピラリー管27に所定の電圧を印加するためのものである。電極31は、分析チップ2の電極槽26に挿入されるものであり、電極32は、分析チップ2の排出槽25に挿入されるものである。電極31及び電極32に印加される電圧は特に限定されないが、たとえば0.5kV〜20kVである。
 
【0041】
  光源41は、電気泳動法において光学測定値としての吸光度を測定するための光を発する部位である。光源41は、たとえば所定の波長域の光を出射するLEDチップを具備する。光学フィルタ42は、光源41からの光のうち所定の波長の光を減衰させつつ、その余の波長の光を透過させるものである。レンズ43は、光学フィルタ42を透過した光を分析チップ2のキャピラリー管27の分析箇所へと集光するためのものである。スリット44は、レンズ43によって集光された光のうち、散乱などを引き起こしうる余分な光を除去するためのものである。
 
【0042】
  検出器5は、分析チップ2のキャピラリー管27を透過してきた光源41からの光を受光するものであり、たとえばフォトダイオードやフォトICなどを具備して構成されている。
 
【0043】
  このように、光源41から発した光が検出器5へと至る経路が光路である。そして、当該光路がキャピラリー管27と交わる位置でそのキャピラリー管27を流れる溶液(すなわち、試料溶液及び泳動液のいずれか又はその混合溶液)について光学測定値が測定される。すなわち、キャピラリー管27において光源41から検出器5へ至る光路が交わる位置が、光学測定値の測定部である。この光学測定値としては、たとえば吸光度が挙げられる。吸光度は、該光路の光がキャピラリー管27を流れる溶液によって吸収された度合いを表すものであり、入射光強度と透過光強度の比の常用対数の値の絶対値を表したものである。この場合、検出器5としては汎用的な分光光度計を利用することができる。なお、吸光度を使用せずとも、単純に透過光強度の値そのものなど、光学測定値であれば本発明に利用することができる。以下においては、光学測定値として吸光度を使用した場合を例に説明する。
 
【0044】
  分注器6は、所望の量の希釈液Ldや泳動液Lm及び混合試料Smを分注するものであり、たとえばノズルを含む。分注器6は図示しない駆動機構によって分析装置1内の複数の所定位置を自在に移動可能である。ポンプ61は、分注器6への吸引源及び吐出源である。また、ポンプ61は、分析装置1に設けられた図示しないポートの吸引源及び吐出源として用いてもよい。これらのポートは、泳動液Lmの充填などに用いられる。また、ポンプ61とは別の専用のポンプを備えてもよい。
 
【0045】
  希釈液槽71は、希釈液Ldを貯蔵するための槽である。希釈液槽71は、分析装置1に恒久的に設置された槽でもよいし、所定量の希釈液Ldが封入された容器が分析装置1に装填されたものであってもよい。泳動液槽72は、泳動液Lmを貯蔵するための槽である。泳動液槽72は、分析装置1に恒久的に設置された槽でもよいし、所定量の泳動液Lmが封入された容器が分析装置1に装填されたものであってもよい。
 
【0046】
  希釈液Ldは、試料Saと混合されることにより、試料溶液としての混合試料Smを生成するためのものである。希釈液Ldの主剤は特に限定されず、水、生理食塩水が挙げられ、好ましい例として後述する泳動液Lmと類似の成分の液体が挙げられる。また、希釈液Ldは、上記主剤の他に、必要に応じて添加物が添加されてもよい。
 
【0047】
  泳動液Lmは、電気泳動法による分析工程において、排出槽25及びキャピラリー管27に充填され、電気泳動法における電気浸透流を生じさせる媒体である。泳動液Lmは、特に制限されないが、酸を用いたものが望ましい。上記酸は、たとえば、クエン酸、マレイン酸、酒石酸、コハク酸、フマル酸、フタル酸、マロン酸、リンゴ酸がある。また、泳動液Lmは、弱塩基を含むことが好ましい。上記弱塩基としては、たとえば、アルギニン、リジン、ヒスチジン、トリス等がある。泳動液LmのpHは、たとえば、pH4.5〜6の範囲である。泳動液Lmのバッファーの種類は、MES、ADA、ACES、BES、MOPS、TES、HEPES等がある。また、泳動液Lmにも、希釈液Ldの説明で述べたのと同様に、必要に応じて添加物が添加されてもよい。
 
【0048】
  泳動液Lm、希釈液Ld、及び混合試料Smは以下を例示するが、後述する界面到達時点において、試料溶液(混合試料Sm)と泳動液Lmとの界面の到達に起因する光学測定値の変化が生じる組み合わせであれば任意に選択できる。
 
【0049】
(泳動液Lm)
  泳動液Lmは、たとえば、以下の成分を含有する。
  クエン酸:40mM
  コンドロイチン硫酸Cナトリウム:1.25%w/v
  ピペラジン:20mM
  ポリオキシアルキレンアルキルエーテル(商品名:エマルゲンLS−110、花王社製):0.1%w/v
  アジ化ナトリウム:0.02%w/v
  プロクリン300:0.025%w/v
  以上の成分の他、pH調整用のジメチルアミノエタノールを滴下して、pH5.0に調整した。
 
【0050】
(希釈液Ld)
  希釈液Ldは、たとえば、以下の成分を含有する。
  クエン酸:38mM
  コンドロイチン硫酸Cナトリウム:0.95%w/v
  1−(3−スルホプロピル)ピリジニウムヒドロキシド分子内塩(NDSB−201):475mM
  2−モルホリノエタンスルホン酸(MES):19mM
  ポリオキシアルキレンアルキルエーテル(商品名:エマルゲンLS−110、花王社製):0.4%w/v
  アジ化ナトリウム:0.02%w/v
  プロクリン300  0.025%w/v
  以上の成分の他、pH調整用のジメチルアミノエタノールを滴下して、pH6.0に調整した。
 
【0051】
(混合試料Sm)
  1.5μLの試料Saを60μLの希釈液Ldに添加して混合試料Smとした。
 
【0052】
  制御部8は、分析装置1における各部を制御するものである。制御部8は、たとえばCPU、メモリ及びインターフェースなどを具備する。前記メモリには、後述する本発明に係る分析方法を行うためのプログラムや各種データが適宜記憶されている。
 
【0053】
  次に、分析システムA1を用いて行う本発明に係る分析方法の一例について、以下に説明する。
図4は、本実施形態の分析方法を示すフロー図である。本分析方法は、準備工程S1、電気泳動工程S2、及び分析工程S3を有する。
 
【0054】
<準備工程S1>
  
図5は、準備工程S1における具体的な手順を示すフロー図である。本実施形態において、準備工程S1は、同図に示すように、試料採取工程S11、混合工程S12、泳動液充填工程S13、及び導入工程S14を有する。
 
【0055】
<試料採取工程S11>
  まず、試料Saを用意する。本実施形態においては、試料Saは、人体から採取された血液である。血液としては、全血、成分分離血液又は溶血処理が施されたもの等であってもよい。そして、試料Saが分注された分析チップ2を分析装置1に装填する。
 
【0056】
<混合工程S12>
  次いで、試料Saと希釈液Ldとを混合する。具体的には、
図6に示すように、所定量の試料Saが分析チップ2の混合槽22に点着されている。次いで、分注器6によって希釈液槽71の希釈液Ldを所定量吸引し、
図7に示すように、所定量の希釈液Ldを分析チップ2の混合槽22に分注する。そして、ポンプ61を吸引源及び吐出源として、分注器6から希釈液Ldの吸引及び吐出を繰り返す。これにより、混合槽22において試料Saと希釈液Ldとが混合され、試料溶液としての混合試料Smが得られる。試料Saと希釈液Ldとの混合は、分注器6の吸引及び吐出以外の方法によって行ってもよい。
 
【0057】
<泳動液充填工程S13>
  次いで、分注器6によって泳動液槽72の泳動液Lmを所定量吸引し、
図8に示すように、所定量の泳動液Lmを分析チップ2の排出槽25に分注する。そして、上述したポートからの吸引や吐出を適宜実施するなどの手法により、排出槽25及びキャピラリー管27に泳動液Lmを充填する。
 
【0058】
<導入工程S14>
  次いで、
図9に示すように、混合槽22から所定量の混合試料Smを分注器6によって採取する。そして、分注器6から導入槽23に所定量の混合試料Smを導入する。この導入においては、導入槽23への導入経路の一例である導入槽23の開口部に設けられたフィルタ24を混合試料Smが通過する。また、本実施形態においては、混合試料Smが導入槽23から連絡流路28を通じて電極槽26へと充填される。この際、導入槽23から連絡流路28を介した電極槽26への混合試料Smの流動が起こることとなるが、導入槽23から連絡流路28へは、キャピラリー管27の長手方向に対してほぼ直交する方向へ混合試料Smが流動する(
図2参照)。一方、キャピラリー管27の泳動液Lmはこの段階ではほとんど移動していない。この結果、導入槽23とキャピラリー管27との接続部(
図3参照)においてせん断流が生じることで、混合試料Smと泳動液Lmとの明瞭な界面が生じた状態となる。なお、混合溶液Smと泳動液Lmとの界面が生じる方法であれば、物理的に導入槽23とキャピラリー管27との境界に移動可能なフィルタを設けたり、制御的に流動方法を変更したりする等、あらゆる手段を採用することができる。
 
【0059】
<電気泳動工程S2>
  次いで、
図1に示すように、電極槽26に電極31を挿入し、排出槽25に電極32を挿入する。続いて、制御部8からの指示により電極31及び電極32に電圧を印加する。この電圧は、たとえば0.5kV〜20kVである。これにより電気浸透流を生じさせ、導入槽23から排出槽25へとキャピラリー管27中において混合試料Smを徐々に移動させる。この際、導入槽23に混合試料Smが充填されているため、キャピラリー管27において混合試料Smが連続的に供給されている状態で、上記分析成分であるヘモグロビン(Hb)を電気泳動させることとなる。このとき、混合試料Smと泳動液Lmとの上記した界面が維持された状態のまま、混合試料Smは泳動液Lmを下流方向へ押しやりつつキャピラリー管27を泳動していくことになる。また、光源41からの発光を開始し、検出器5による吸光度の測定を行う。そして、電極31及び電極32からの電圧印加開始時からの経過時間と吸光度との関係を測定する。
 
【0060】
<分析工程S3>
  ここで、混合試料Sm中の移動速度が比較的速い成分に対応した吸光度ピークは、上記電圧印加開始時からの経過時間が比較的短い時点で現れる。一方、混合試料Sm中の移動速度が比較的遅い成分に対応した吸光度ピークは、上記電圧印加開始時からの経過時間が比較的長い時点で現れる。このことを利用して、混合試料Sm中の成分の分析(分離測定)が行われる。本実施形態においては、血液に含まれるヘモグロビン(特に変異ヘモグロビン)の分析を行い、混合試料Sm(血液)に含まれ得るヘモグロビン(変異ヘモグロビン)が分析成分である。測定された吸光度を基に、制御部8の制御によって分析工程S3が実行される。本実施形態の分析工程S3は、波形形成工程S31、界面到達時点決定工程S32及び成分同定工程S33を含む。
 
【0061】
<波形形成工程S31>
  本工程においては、測定された上記吸光度を制御部8による演算処理により、エレクトロフェログラムを作成する。ここで、電圧印加開始時を測定開始時として、当該測定開始後の経過時間に対応した光学測定値の変化を表す吸光度に関する測定波形が形成される。本実施形態の波形形成工程S31は、微分波形形成工程S311を含む。微分波形形成工程S311は、測定された上記吸光度を時間微分することによって微分値の波形を形成する。
図11は、微分波形形成工程S311によって形成された微分波形の一例を示している。図中のx軸は時間軸であり、y軸は微分値軸である。以降の図及び説明においては、時間軸xに沿った負方向側を方向x1側及び正方向側を方向x2側とし、微分値軸yに沿った負方向側を方向y1側及び正方向側を方向y2側とする。
 
【0062】
<界面到達時点決定工程S32>
  界面到達時点決定工程S32は、電圧印加後に混合試料Smと泳動液Lmとの界面が上述した測定部(具体的には、前記光路)に到達した時点としての界面到達時点を決定する工程である。なお、前記測定部や前記光路とは別に界面測定用の測定部(光路)を設けた場合は、その位置で決定すればよい。本分析方法及び分析システムにおいては、後述の成分同定工程S33における時間の基準時点として、電圧印加の時点ではなく、混合試料Smと泳動液Lmとの界面が上述した測定部に到達した時点を採用する。当該界面が測定部に到達する時点は、分析チップ2のキャピラリー管27の構成や電極31及び電極32によって印加する電圧等の分析条件によって、電極31及び電極32への電圧印加後にどの程度の時間が経過した後の時点であるかが経験則又は事前テストによって把握可能である。また、当該界面は、互いの組成が同一でない混合試料Smと泳動液Lmとの界面であるため、光学的にレンズに類する機能を果たしうる。このため、測定部に界面が到達すると、光学測定値(たとえば、吸光度)に何らかの変化が見られる。この変化は、試料Saに含まれることが想定される成分並びに希釈液Ld及び泳動液Lmの性状、並びに、分析チップ2の基本構成に起因して、後述する複数の典型的な微分波形(
図13、
図19、
図21及び
図23参照)に生じた微分値の変化として表れる。すなわち、この波形に生じた変化は、試料溶液としての混合試料Smと泳動液Lmとの界面の到達に起因するものである。本分析方法及び分析システムA1は、光学測定値の変化としての、この波形に生じた変化に基づいて界面到達時点を決定するものである。なお、試料溶液と泳動液との界面の到達に起因する変化は、このような波形に生じた変化に基づかなくとも、透過光強度の値そのもの若しくはその変化や、吸光度の値若しくはその変化、又は微分波形ではなく、微分値の変化など時間変化率を判定する手段等を採用しても検出することが可能である。
 
【0063】
  本実施形態の界面到達時点決定工程S32は、基準値決定ステップS321、最離間点決定ステップS322、第1〜第4特徴点決定ステップS323、第1,第2特定点選定ステップS324及び平均値点特定ステップS325を含む。
 
【0064】
<基準値決定ステップS321>
  基準値決定ステップS321は、界面到達時点が含まれると推定される時間範囲(たとえば数秒間)における波形値(微分値)の基準となる基準値を決定するステップである。
図11は、当該時間範囲の波形を示している。本実施形態の基準値決定ステップS321においては、
図12に示すように微分波形の微分値の出現頻度を縦軸としたヒストグラムを作成する。そして、最頻のビンであるビンBn1を特定する。次いで、ビンBn1に隣接する2つのビンのうち頻度が大であるビンBn2を特定する。そして、たとえば、ビンBn1及びビンBn2の頻度と微分値とを用いた加重平均によって、微分値の基準値Lsを決定する。たとえば、この基準値Lsは、
図13に示すように、おおよそ図中左右に沿って延びる水平線分部分に相当する。厳密には、基準値Lsは、当該水平部分とは若干異なる値でありうるが、以降の説明においては無視可能な誤差であるとして、水平部分が基準値Lsに相当する場合を例に説明する。
 
【0065】
<最離間点決定ステップS322>
  次いで、最離間点決定ステップS322を行う。本ステップにおいては、
図13に示すように、基準値決定ステップS321において決定した基準値Lsから上述した時間範囲において微分値が最も離間している点を決定する。図示された例においては、基準値Lsから方向y2に離間した点が、最離間点PLとして決定されている。
 
【0066】
<第1〜第4特徴点決定ステップS323>
  次いで、第1〜第4特徴点決定ステップS323を行う。まず
図14に示すように、最離間点PLを基準として(換言すると、基準値Lsを基準として)、所定検索時間内において最も方向y1側の値をとっている点を検索する。この所定検索時間は、界面の存在によって波形に変化が生じうる時間範囲に設定され、分析方法及び分析システムに対応して適宜設定されるものであり、本実施形態においては、たとえば0.3秒〜1.5秒程度である。このような第1特徴点P1は、最離間点PLに対して方向x1側及び方向x2側のいずれにも存在し得る点であり、図示された例においては、最離間点PLに対して方向x1側に位置し、かつ基準値Lsよりも方向y1側に位置する点が第1特徴点P1として決定されている。
 
【0067】
  次いで、
図15に示すように、第1特徴点P1を基準として、所定検索時間内の方向x1側において最も方向y2側の値をとる点を検索する。図示された例においては、第1特徴点P1から方向x1に向かうと、概ね微分値が増加しており、基準値Lsに到達している。これにより、第1特徴点P1から方向x1に波形を辿った場合に最初の基準値Ls付近の値をとる点が、第2特徴点P2として決定されている。
 
【0068】
  次に、
図16に示すように、第1特徴点P1を基準として、所定検索時間内の方向x2側において最も方向y2側の値をとる点を検索する。図示された例においては、最離間点PLとして決定した点がこの点に相当し、第3特徴点P3として決定されている。次いで、
図17に示すように、第3特徴点P3を基準として、所定検索時間内の方向x2側において最も方向y1側の値をとる点を検索する。本例においては、概ね基準値Lsと同じ値をとる点が第4特徴点P4として決定されており、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。
 
【0069】
<第1,第2特定点選定ステップS324>
  次に、第1,第2特定点選定ステップS324を行う。このステップにおいては、
図18に示すように、第1特徴点P1〜第4特徴点P4から、第1特定点及び第2特定点を選定する。第1特定点及び第2特定点の選定は、たとえば、第1特徴点P1から第4特徴点P4のうち、互いの微分値(微分値軸yにおける値)の差が最も大となる組み合わせとなる2点を選定することを基本方針とする。その具体的手法の一例を挙げる。まず、第2特徴点P2と第3特徴点P3の値を比較する。本例においては、第3特徴点P3の値が第2特徴点P2の値よりも大である。したがって、第3特徴点P3が、第1特定点として選定される。次に、第1特徴点P1の値が、基準値Lsよりも十分小さいか否かを判断する。この判断は、たとえば基準値Lsと基準値Lsを下回る値である第1特徴点P1の値との差と、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値との比較により行う。基準値Lsと第1特徴点P1との差が、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値よりも大である場合には、第1特徴点P1が基準値Lsよりも十分小さいと判断され、グラフが第1特徴点P1において明瞭な谷を形成しているものであると判断される。この結果、第1特徴点P1が第2特定点として選定される。
 
【0070】
<平均値点特定ステップS325>
  次いで、平均値点特定ステップS325を行う。このステップにおいては、第1特定点及び第2特定点としての第3特徴点P3及び第1特徴点P1の微分値の平均値をとる点を検索する。本実施形態においては、第1特定点及び第2特定点のうち、時間軸xにおいて方向x2側に位置する点を始点として微分波形を辿り、最初に第1特定点及び第2特定点の平均値をとる点を検索する。これにより、図示された例においては、第1特徴点P1と第3特徴点P3との概ね中点となる点が、平均値点PAとして決定されている。すなわち、第3特徴点P3及び平均値点PAの微分値の差と、平均値点PA及び第1特徴点P1の微分値の差とは、ともに等しく値dyである。
 
【0071】
  界面到達時点決定工程S32においては、平均値点PAが決定されると、この平均値点PAの時点を界面到達時点として決定する。制御部8は、この界面到達時点をメモリ等に適宜記憶する等の処理を行い、以降の分析工程においてこの界面到達時点を利用する。
 
【0072】
  図19〜
図24は、波形形成工程S31の微分波形形成工程S311によって形成された他の微分波形について界面到達時点決定工程S32を行った例を示している。
 
【0073】
  図19に示す波形においては、基準値決定ステップS321において決定した基準値Lsを基準として(換言すると、基準値Lsを基準として)、最離間点決定ステップS322において基準値Lsから最も離間した点として、方向y1側に位置する最離間点PLが決定されている。次いで、第1〜第4特徴点決定ステップS323において、最離間点PLを基準として、所定検索時間内において最も方向y1側に位置する点が、第1特徴点P1として決定される。本例においては、第1特徴点P1として最離間点PLと同じ点が決定されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x1側にあり、かつ最も方向y2側に位置する点が、第2特徴点P2として決定されている。本例においては、第2特徴点P2は、概ね基準値Lsと同じ値をとる点であり、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y2側に位置する点が、第3特徴点P3として決定されている。本例においては、第3特徴点P3は、概ね基準値Lsと同じ値をとる点であり、図示された例においては、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。次いで、第3特徴点P3に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y1側に位置する点が、第4特徴点P4として決定されている。本例においては、便宜上、第3特徴点P3と同じ点が第4特徴点P4として決定されている。
 
【0074】
  次いで、
図20に示すように、第1,第2特定点選定ステップS324において、第1特定点及び第2特定点を選定する。上述した例と同様に、まず、第2特徴点P2と第3特徴点P3の値を比較する。本例においては、第2特徴点P2の値と第3特徴点P3の値とが略同じである。この場合、便宜上、第3特徴点P3が、第1特定点として選定される。次に、第1特徴点P1の値が、基準値Lsよりも十分小さいか否かを判断する。この判断は、たとえば基準値Lsと基準値Lsを下回る値である第1特徴点P1の値との差と、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値との比較により行う。基準値Lsと第1特徴点P1との差が、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値よりも大である場合には、第1特徴点P1が基準値Lsよりも十分小さいと判断され、グラフが第1特徴点P1において明瞭な谷を形成しているものであると判断される。この結果、第1特徴点P1が第2特定点として選定される。そして、平均値点特定ステップS325において、第1特徴点P1及び第3特徴点P3のうち、時間軸xにおいて方向x2側に位置する第3特徴点P3を始点として微分波形を辿り、最初に第1特定点及び第2特定点の平均値をとる点が、平均値点PAとして決定されている。この平均値点PAの時点が、本例における界面到達時点として決定される。
 
【0075】
  図21に示す波形においては、基準値決定ステップS321において決定した基準値Lsを基準として、最離間点決定ステップS322において基準値Lsから最も離間した点として、方向y2側に位置する最離間点PLが決定されている。次いで、第1〜第4特徴点決定ステップS323において、最離間点PLを基準として(換言すると、基準値Lsを基準として)、所定検索時間内において最も方向y1側に位置する点が、第1特徴点P1として決定される。本例においては、第1特徴点P1として、最離間点PLに対して方向x2側に位置する点が選択されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x1側にあり、かつ方向y2側に位置する点が、第2特徴点P2として決定されている。本例においては、最離間点PLが、第2特徴点P2として決定されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y2側に位置する点が、第3特徴点P3として決定されている。本例においては、第3特徴点P3は、概ね基準値Lsと同じ値をとる点であり、図示された例においては、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。次いで、第3特徴点P3に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y1側に位置する点が、第4特徴点P4として決定されている。本例においては、便宜上、第3特徴点P3と同じ点が第4特徴点P4として決定されている。
 
【0076】
  次いで、
図22に示すように、第1,第2特定点選定ステップS324において、第1特定点及び第2特定点を選定する。上述したように、第2特徴点P2と第3特徴点P3との値の比較では、第2特徴点P2の値が第3特徴点P3の値よりも大である。したがって、第2特徴点P2が、第1特定点として選定される。ここで、第2特徴点P2は第1〜第4特徴点のうち時間軸xにおいて最もx1方向にある点であるため、隣接する特徴点が第1特徴点P1しかなく、必然的に第1特徴点P1が第2特定点として選定される。そして、平均値点特定ステップS325において、第1特徴点P1及び第2特徴点P2のうち、時間軸xにおいて方向x2側に位置する第1特徴点P1を始点として微分波形を辿り、最初に第1特定点及び第2特定点の平均値をとる点が、平均値点PAとして決定されている。この平均値点PAの時点が、本例における界面到達時点として決定される。
 
【0077】
  図23に示す波形においては、基準値決定ステップS321において決定した基準値Lsを基準として、最離間点決定ステップS322において基準値Lsから最も離間した点として、方向y2側に位置する最離間点PLが決定されている。次いで、第1〜第4特徴点決定ステップS323において、最離間点PLを基準として(換言すると、基準値Lsを基準として)、所定検索時間内において最も方向y1側に位置する点が、第1特徴点P1として決定される。本例においては、第1特徴点P1は、概ね基準値Lsと同じ値をとる点であり、図示された例においては、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x1側にあり、かつ方向y2側に位置する点が、第2特徴点P2として決定されている。本例においては、便宜上、第1特徴点P1と同じ点が第2特徴点P2として決定されている。次いで、第1特徴点P1に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y2側に位置する点が、第3特徴点P3として決定されている。本例においては、最離間点PLと同じ点が、第3特徴点P3として決定されている。次いで、第3特徴点P3に対して方向x2側にあり、かつ最も方向y1側に位置する点が、第4特徴点P4として決定されている。本例においては、第4特徴点P4は、概ね基準値Lsと同じ値をとる点であり、図示された例においては、便宜上微分波形の屈曲点が選択されている。
 
【0078】
  次いで、
図24に示すように、第1,第2特定点選定ステップS324において、第1特定点及び第2特定点を選択する。上述したように、第2特徴点P2と第3特徴点P3との値の比較では、第3特徴点P3の値が第2特徴点P2の値よりも大である。したがって、第3特徴点P3が、第1特定点として選定される。次に、第1特徴点P1の値が、基準値Lsよりも十分小さいか否かを判断する。この判断は、たとえば基準値Lsと基準値Lsを下回る値である第1特徴点P1の値との差と、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値との比較により行う。本例においては、第1特徴点P1が基準値Lsとほとんど同じ値であるから、基準値Lsと第1特徴点P1との差は、第3特徴点P3の値と基準値Lsとの差の5%の値よりも小である。よって、第1特徴点P1は基準値Lsよりも十分小さいとは判断されず、グラフが第1特徴点P1において明瞭な谷を形成していないものであると判断される。この結果、第4特徴点P4が第2特定点として選定される。そして、平均値点特定ステップS325において、第3特徴点P3及び第4特徴点P4のうち、時間軸xにおいて方向x2側に位置する第4特徴点P4を始点として微分波形を辿り、最初に第1特定点及び第2特定点の平均値をとる点が、平均値点PAとして決定されている。この平均値点PAの時点が、本例における界面到達時点として決定される。
 
【0079】
<成分同定工程S33>
  本工程においては、電圧印加開始時からの経過時間と吸光度などの光学測定値との関係及び界面到達時点決定工程S32で得られた界面到達時点を用いて、試料溶液に含まれる成分を同定する。あるいは、前記界面到達時点から経過した経過時間における吸光度などの光学測定値を用いて前記試料溶液に含まれる成分を同定することとしてもよい。なお、電圧印加開始時からの経過時間と吸光度との関係は、前記波形形成工程S31で得られた測定波形で表されるため、該測定波形を利用することもできる。たとえば、波形形成工程S31で得られた測定波形について、界面到達時点からの経過時間を時間軸と想定する。そして、この波形に表れた複数のピーク波形部分の構成を、たとえば、混合試料Sm(試料Sa)に含まれ得る成分についてあらかじめ用意された成分ごとの基本波形データと比較することによって、試料Saに含まれる成分を同定する。このような基本波形データは、たとえば、制御部8のメモリに記憶されている。なお、基本波形データを用いた同定は、成分同定工程S33の具体的な同定手法の一例であり、界面到達時点を基準とした同定手法であれば、その具体的手法は何ら限定されない。
 
【0080】
  次に、本実施形態の分析方法及び分析システムA1の作用について説明する。
 
【0081】
  本実施形態によれば、試料溶液としての混合試料Smと泳動液Lmとの界面が測定部に到達した時点を界面到達時点として決定し、この界面到達時点を用いて成分同定工程を行う。このため、たとえば分析チップ2の具体的な構成や分析条件が異なったことにより、界面の到達が時間軸において前後しても、成分同定工程の基準となる時点を実際の界面到達のタイミングに適切に適応させることができる。界面の到達というイベントは、その後の各種特定成分の到達及び到達に対応する波形の時間軸上の位置と有意かつ確実な関連性を有する。したがって、成分同定工程における基準時間の不正確さに起因する同定誤差を抑制することが可能であり、より正確な分析を行うことができる。
 
【0082】
  図25は、本実施形態における成分同定工程S33の一実施例を示している。本例においては、界面到達時点決定工程S32によって決定された界面到達時点を用いることにより、HbF及びHbA1cのピークが正確な時間軸上の位置において正確な範囲のものとして同定されている。一方、
図26は、比較例における成分同定工程S33の同定結果を示している。本例においては、最離間点PLの時点を界面到達時点自体として採用しており、正確な界面到達時点に対して0.5秒ずれた時点が成分同定工程S33における界面到達時点として採用されてしまう。そのため、この界面到達時点の誤差に起因して、HbFのピークとして、
図25とは異なる不正な位置のピークが同定されている。また、HbA1cのピークは、
図25のピークと概ね同じ位置のピークが同定されている。しかしながら、HbA1c測定値については、最離間点PLの時点を界面到達時点自体として採用した比較例(
図26)において、HbA1c測定値は、4.89%となり、本実施例(
図25)において、HbA1c値は5.36%となり、0.47%の誤差が含まれてしまう。この誤差の原因は、以下のように考えられる。まず、HbA1cのピークの同定は、HbA1cピークの積分面積値と総HbAの面積値の比に基づいて求められる。ここで、HbFの面積値は、総HbAの面積値に含まれない。このため、HbFの誤認識に伴って、総HbAの面積値が変化し、HbA1c測定値に誤差が含まれたと考えられる。このように、本実施形態の界面到達時点決定工程S32によって界面到達時点を決定すれば、成分同定工程S33をより正確に実行することができる。
 
【0083】
  また、波形形成工程S31において微分波形形成工程S311を実行することにより、界面到達時点決定工程S32においては、吸光度の微分波形を用いて界面到達時点を決定している。微分波形は、界面の到達による吸光度の変化をより急峻に表現することが可能である。したがって、界面到達時点をより正確に決定することができる。
 
【0084】
  第1,第2特定点選定ステップS324において第1特定点及び第2特定点を選定し、平均値点特定ステップS325においてこれらの平均値をとる点を決定する手法を採用することにより、微分波形に現れた界面に起因するピークに基づいてより正確に界面到達時点を決定することができる。
 
【0085】
  また、基準値決定ステップS321において基準値Lsを決定し、最離間点決定ステップS322において、基準値Lsを基準として最離間点PLを決定している。
 
【0086】
  第1〜第4特徴点決定ステップS323において、最離間点PLを基準として(換言すると、基準値Lsを基準として)第1特徴点P1〜第4特徴点P4を決定している。最離間点PLを基準とした所定検索時間内に、実際に界面が到達した時点、又は界面が到達した時点であると想定するのに適した時点が含まれることは合理的な論理である。そして、最離間点PLを基準とした(換言すると、基準値Lsを基準とした)第1特徴点P1〜第4特徴点P4の決定により、
図11(
図17)、
図19、
図21、
図23に示す種々の典型的な微分波形について、特徴となる点を主観によらず客観的にかつ自動的に決定することが可能である。これは、様々な検体について分析システムA1を用いた自動分析を行うにあたり、使用者等の技能や経験によらず、より正確な分析を再現性良く行うのに適している。
 
【0087】
  第1特徴点P1〜第4特徴点P4から第1特定点及び第2特定点を選定することは、より正確な分析を自動的にかつ再現性良く実行するのに適している。また、平均値点特定ステップS325において、第1特定点及び第2特定点の平均値をとる平均値点PAを決定する際に、時間軸xにおけるいずれか一方側(上述の例においては、方向x2側)に位置する点を始点として平均値点PAを検索することにより、前記所定検索時間内に細かく部分的なピークが含まれる場合であっても、再現性良く平均値点PAを決定することができる。
 
【0088】
  なお、上記では、第1特徴点、前記第2特徴点、前記第3特徴点及び前記第4特徴点から、微分値軸に沿って最も離間している2点を前記第1及び第2特定点として選定したが、これらの特徴点のうち所定の間隔以上に離間している2点であれば、必ずしも最も離間している2点ではなくとも、前記第1及び第2特定点として選定することとしてもよい。
 
【0089】
  本発明に係る分析方法及び分析システムは、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る分析方法及び分析システムの具体的な構成は、種々に設計変更自在である。