特許第6846558号(P6846558)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6846558
(24)【登録日】2021年3月3日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】アルミニウム合金材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/34 20060101AFI20210315BHJP
【FI】
   C23C22/34
【請求項の数】5
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2020-75335(P2020-75335)
(22)【出願日】2020年4月21日
【審査請求日】2020年4月21日
(31)【優先権主張番号】特願2019-177015(P2019-177015)
(32)【優先日】2019年9月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】京 良彦
(72)【発明者】
【氏名】菊池 美穂子
【審査官】 大塚 美咲
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−179587(JP,A)
【文献】 特開2009−079252(JP,A)
【文献】 特開2007−203615(JP,A)
【文献】 特開2019−157155(JP,A)
【文献】 特開2004−035988(JP,A)
【文献】 特開2008−297594(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなる基材と、前記基材の表面上に化成処理皮膜とを有するアルミニウム合金材であって、
前記アルミニウム合金材を25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVであり、
前記化成処理皮膜はポリイタコン酸、単糖アルコールおよび二糖アルコールを含有せず
前記化成処理皮膜は、Ti化合物およびZr化合物を含有し、前記Ti化合物は、Ti酸化物およびTi水酸化物の少なくとも一方であり、前記Zr化合物は、Zr酸化物およびZr水酸化物の少なくとも一方である、アルミニウム合金材。
【請求項2】
前記アルミニウム合金材を25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1295mV〜−1201mVである、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項3】
前記基材はMgを0.3〜5.0重量%含有するアルミニウム合金からなる、請求項1または2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記化成処理皮膜中のTi化合物およびZr化合物の合計量が、金属元素量換算で2〜29mg/mである、請求項1から3までの何れか1項に記載のアルミニウム合金材。
【請求項5】
25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVであるアルミニウム合金材の製造方法であって、
Mgを含有するアルミニウム合金からなる基材に酸エッチングを行う工程と、
前記酸エッチング後の基材の表面に化成処理を施して化成処理皮膜を形成する工程と、
を有し、
前記酸エッチングを行う工程における基材のエッチング量[E:(mg/m)]が、前記基材中のMg量[M(wt%)]に対して、10M ≦ E ≦ 200Mの関係を満たし、
前記化成処理皮膜を形成する工程において、フッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物を含有する処理液を用い、処理液中のフッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物の合計質量濃度 [C(ppm、金属元素量換算)]、処理時間[t(秒)]が
50≦C×t≦1500
を満たすように化成処理を施す、アルミニウム合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、アルミニウム合金材の表面特性を向上させるために、様々な表面処理法を施したアルミニウム合金材が提案されている。特許文献1(特開2014−62277号公報)は、アルミニウム合金基板と、アルミニウム合金基板の表面に形成されたアルミ酸化皮膜とを備え、アルミ酸化皮膜は、P−B比(Pilling−Bedworth ratio)が1.00以上の添加元素を少なくとも1種と、0.01〜10原子%のジルコニウムと、0.1原子%以上10原子%未満のマグネシウムとを含むアルミニウム合金板を開示する。
【0003】
特許文献2(特開2015−206117号公報)は、マグネシウムを含有するアルミニウム合金板と、アルミニウム合金板の表面に形成された酸化皮膜とを備えた、使用時に化成処理が施される表面処理アルミニウム合金板であって、酸化皮膜は膜厚が1〜30nmであり、マグネシウム濃度が1〜20原子% 、ジルコニウム濃度が0.2〜10原子%、ハロゲン濃度およびリン濃度がそれぞれ0.1原子%未満である表面処理アルミニウム合金板を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−62277号公報
【特許文献2】特開2015−206117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来から様々な表面処理を施したアルミニウム合金材が提案されているものの、表面の電気化学的活性を制御したアルミニウム合金材については十分に検討されていなかった。本発明者らは上記問題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、基材の表面に特定の表面処理を施すことにより、表面の電気化学的活性が低下したアルミニウム合金材が得られることを見出した。そして、このようなアルミニウム合金材では他材料との界面の劣化が生じにくくなり、アルミニウム合金材と他材料との接着耐久性が向上することを発見し、本発明を完成させるに至ったものである。すなわち、本発明は、他材料との接着耐久性が優れたアルミニウム合金材、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本願発明は以下の各実施態様を有する。
[1]アルミニウム合金からなる基材と、前記基材の表面上に化成処理皮膜とを有するアルミニウム合金材であって、
前記アルミニウム合金材を、25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVである、アルミニウム合金材。
[2]前記基材はMgを0.3〜5.0重量%含有するアルミニウム合金からなる、上記[1]に記載のアルミニウム合金材。
[3]前記化成処理皮膜は、Ti化合物およびZr化合物を含有し、
前記Ti化合物は、Ti酸化物およびTi水酸化物の少なくとも一方であり、
前記Zr化合物は、Zr酸化物およびZr水酸化物の少なくとも一方であり、
前記化成処理皮膜中のTi化合物およびZr化合物の合計量が、金属元素量換算で2〜29mg/mである、上記[1]または[2]に記載のアルミニウム合金材。
[4]25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVであるアルミニウム合金材の製造方法であって、
Mgを含有するアルミニウム合金からなる基材に酸エッチングを行う工程と、
前記酸エッチング後の基材の表面に化成処理を施して化成処理皮膜を形成する工程と、
を有し、
前記酸エッチングを行う工程における基材のエッチング量[E:(mg/m)]が、前記基材中のMg量[M(wt%)]に対して、10M ≦ E ≦ 200Mの関係を満たす、アルミニウム合金材の製造方法。
[5]前記化成処理皮膜を形成する工程において、フッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物を含有する処理液を用い、処理液中のフッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物の合計質量濃度 [C(ppm、金属元素量換算)]、処理時間[t(秒)]が
50≦C×t≦1500
を満たすように化成処理を施す、上記[4]に記載のアルミニウム合金材の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
他材料との接着耐久性が優れたアルミニウム合金材、およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】カソード分極曲線の測定に供試する板状のアルミニウム合金材を表す図である。
図2】実施例2のアルミニウム合金材のカソード分極曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.アルミニウム合金材
本発明のアルミニウム合金材は、アルミニウム合金からなる基材と、基材の表面上に化成処理皮膜とを有する。また、アルミニウム合金材を、25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVである。
【0010】
例えば、従来のアルミニウム合金材を、接着剤(他材料)を介して他の部材と接着させた場合、使用に伴いアルミニウム合金材と接着剤の界面に引張応力が負荷されるとアルミニウム合金材と接着剤との接着界面の劣化(界面劣化)が進む。界面劣化が生じる原因は、接着端面からの水分や塩分の浸透によるアルミニウム合金材の腐食、あるいは浸透水分とアルミニウム合金材との反応による表面酸化物皮膜の成長である。水分の浸透は接着界面から徐々に生じるほか、接着剤中を水蒸気が透過することによっても生じる。さらに、接着剤の実使用環境では、接着部分は常に引張応力が負荷されている状態であり、かつ同時に腐食環境にも晒されている。すなわち、接着界面を物理的に開裂させる機械的な劣化と、接着界面への水分・塩分の浸透による化学的な劣化が同時に重畳して起こっており、従来の想定を超える厳しい劣化環境であることが分かった。その結果、従来の表面処理方法では、このような厳しい環境における接着耐久性が不十分であった。
【0011】
これに対して、本発明のアルミニウム合金材は、表面の電気化学的特性を適切な範囲に制御することで、アルミニウム合金材と接着剤の界面が、引張応力の負荷や腐食により劣化することを抑制し、水分、塩分等の浸透により劣化することを抑制することができる。アルミニウム合金材表面の電気化学的特性は、分極曲線の測定により測定することができ、本発明のアルミニウム合金材は、カソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVとなっている。また、本発明のアルミニウム合金材は、接着剤以外の材料との間で界面を構成する場合であっても、上記のようなカソード分極曲線の特性を有するため、引張応力の負荷、腐食、水分・塩分等の浸透による界面劣化を抑制することができる。
【0012】
アルミニウム合金材表面の電気化学的特性が界面劣化に影響を及ぼすメカニズムは、以下のとおりである。アルミニウム合金の表面には、空気や水との反応で生成する、厚さ数nm程度の緻密な自然酸化皮膜が存在する。この自然酸化皮膜は絶縁性であり保護性が高いため、アルミニウム合金の耐食性が担保されている。しかし、自然酸化皮膜には欠陥部が存在しており、腐食発生の起点となることが知られている。アルミニウム合金に腐食が生じる際には、以下のアノード反応とカソード反応が同時に進行する。
(アノード反応)Al → Al3+ + 3e
(カソード反応)O + 2HO + 4e → 4OH
2H + 2e → H
これは、アノード反応である金属アルミニウムのイオン化(溶解)で生じた電子は、電気的中性条件を満たすためにカソード反応(溶存酸素もしくは水素イオンの還元反応)で消費される必要があるからである。前述のように、アルミニウム合金表面の自然酸化皮膜に存在する欠陥部は、これらアノード反応およびカソード反応が生じる活性サイトとして作用する。しかし、これら皮膜の欠陥部のうちで、カソード反応のサイトとして機能するものは、アルミニウム合金表面に存在する電位が貴な晶析出物などに限定されている。すなわちアルミニウム合金の腐食は、表面のカソード反応の活性度(カソード活性)に律速されている。また、アルミニウム合金表面と水分との反応が継続することで表面酸化皮膜の成長が生じるが、これも上記と同様のメカニズムである。したがって、接着界面の劣化を有効に抑止するためには、アルミニウム合金表面の電気化学的性質、特にカソード活性を適切に制御することが有効である。
【0013】
アルミニウム合金表面のカソード活性が高い場合、アルミニウム合金表面で腐食反応が生じやすく、接着界面の劣化を促進する。そのため、化成処理によってアルミニウム合金表面に化成処理皮膜を形成することで、表面のカソード活性を適切に低下させ、接着界面の劣化を抑止することができる。しかしながら、過剰な化成処理によってアルミニウム合金表面に不必要に厚い皮膜が形成された場合、表面のカソード活性は大きく低下するものの、化成処理皮膜自体の劣化や化成処理皮膜内での破壊・剥離が生じやすくなってしまい、接着耐久性の低下につながる。そこで、本発明では、アルミニウム合金表面の電気化学的特性を好適に調節することで、接着界面の劣化および接着耐久性の低下を抑制することができる。ここで、アルミニウム合金表面の電気化学的特性は、分極曲線の測定により評価することが可能である。
【0014】
本発明のアルミニウム合金材のカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVである。本発明のアルミニウム合金材のカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1150mVより高い場合、アルミニウム合金表面のカソード活性の抑制が十分ではなく、接着耐久性が低下する。なお、本明細書でいう電極電位とは、特に明記されない限り、25℃の飽和KCl銀−塩化銀電極(SSE)を基準電極として測定した値である。また、本発明のアルミニウム合金材のカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mVより低い場合、形成された化成処理皮膜が必要以上に厚くなり、接着耐久性の低下をもたらす。従って、上記の電極電位は−1330mV〜−1175mVであることが好ましく、−1310mV〜−1200mVであることがより好ましい。カソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が上記の範囲内であることによって、アルミニウム合金材はより優れた接着耐久性を有することができる。また、アルミニウム合金からなる基材に適切な表面処理を行うことにより、表面の電気化学的特性を制御し、カソード分極曲線において電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位を上記の範囲内に制御することができる。具体的には、上記表面処理として酸エッチング、化成処理、および必要に応じてこれらの表面処理に付随する処理の各種条件を適切に制御することで、アルミニウム合金材表面の電気化学的特性を最適化することが可能となる。
【0015】
本発明のアルミニウム合金材のカソード分極曲線は、以下のようにして測定する。
最初に、温度25℃の大気中に開放した容器を準備し、該容器内に25℃、pH5.5の5質量%NaCl水溶液を300ml注いで静置する。測定に用いる容器は供試材が十分に浸漬できるだけの深さがあり、アスペクト比(底面直径と高さの比)が極端なものでなければ特に限定されないが、一例として容積500mLのビーカーなどが適当である。図1は、カソード分極曲線の測定に供試する板状のアルミニウム合金材を表す図であり、図1Aはおもて面図、図1Bは裏面図を表す。図1に示すように、測定に供試するアルミニウム合金を、シャーを用いて5cm×2cmの板状試験片に切断する。試験片のうち傷や汚れのないものを選ぶ。板状試験片10の長手方向の片端より5mm程度離れた位置において、測定面として1cm×1cmが露出するようにし(測定面は試験片のおもて面のみに1か所設ける)、残部をシリコーン樹脂によりマスキングし、評価面積11を規定する。このとき、評価面積の部分11とは反対側における、試験片長手方向の片端12を5mm程度露出させておき、測定用端子を接続する。次いで、該NaCl水溶液中に該供試材、および対極(白金電極)を浸漬させ、30分間静置する。このとき、該供試材は液面下に長手方向の半分程度浸漬させる。このとき、測定端子との接触部が濡れないように、かつ測定面が水面下に1cm以上浸漬されるようにする。白金電極は、通常の動電位分極測定に用いられるものであれば特に限定されないが、一例として直径0.7mm、長さ120mmの白金線を用い、測定時には液面下に5cm以上浸漬させる方法が挙げられる。なお、測定の間を通し、脱気および撹拌は行わない。また、参照電極として、25℃の飽和KCl銀−塩化銀電極(HS-205C、東亜DKK(株)社製)を用い、3電極法により分極曲線を測定する。該供試材の浸漬開始30分後に、該供試材の自然電位からポテンショスタット(SDPS-511U、(株)シュリンクス社製)により電位を卑な方向に掃引し、カソード分極曲線を測定する。この際、電位の掃引速度は20mV/minとする。そして、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達した時の電極電位を測定する。なおここで、電流密度の絶対値が10μA/cmであるとは、測定された電流値から正負記号を外して考え、カソード電流密度が10μA/cmになるという意味である。例えば、カソード電流がマイナスで表示される測定装置において、は、カソード電流密度の測定値は−10μA/cmと表示されるため、マイナス記号を外して10μA/cmとする。なお、供試材の評価面積11は正確に測定し、測定された電流を実際の評価面積11で割って電流密度を算出する。上記の測定は異なる3つの供試材に対して行い、その平均値をとることが望ましい。なお、電流密度が10μA/cmに到達した電位を決定するにあたっては、ノイズ等で瞬間的に電流密度が10μA/cmに到達した場合は異常値として無視する。そのため、電流密度が10μA/cmを十分超えたことを確認できる電位まで分極を行う必要があり、−1600mV以下まで測定することが望ましい。
【0016】
以下では、一実施形態に係るアルミニウム合金材を構成する各部を説明する。
【0017】
(基材)
基材は、アルミニウム合金から構成されていれば特に限定されず、1000系アルミニウム合金(純アルミニウム合金)、2000系アルミニウム合金(Al−Cu−Mg系アルミニウム合金)、3000系アルミニウム合金(Al−Mn系アルミニウム合金)、4000系アルミニウム合金(Al−Si系アルミニウム合金)、5000系アルミニウム合金(Al−Mg系アルミニウム合金)、6000系アルミニウム合金(Al−Mg−Si系合金)、 および7000系合金(Al−Zn−Mg系アルミニウム合金) 等からなる基材とすることができる。アルミニウム合金からなる基材の強度や耐食性の観点から、Mgを0.3〜5.0重量%含有するアルミニウム合金を用いることが好ましい。
【0018】
(化成処理皮膜)
化成処理皮膜は、基材の表面に後述する化成処理を行うことにより得られる皮膜である。化成処理皮膜は、無機化合物を含有することが好ましく、Ti化合物およびZr化合物を含有することがより好ましい。Ti化合物はTi酸化物およびTi水酸化物の少なくとも一方であることが好ましく、Zr化合物はZr酸化物およびZr水酸化物の少なくとも一方であることが好ましい。また、化成処理皮膜がTi化合物およびZr化合物を含有する場合、化成処理皮膜中のTi化合物およびZr化合物の合計量が、金属元素量換算で2〜29mg/mであることが好ましく、3〜27mg/mであることがより好ましく、4〜20mg/mであることがさらに好ましい。Ti化合物およびZr化合物の合計量が上記範囲内にあることによって、アルミニウム合金材は優れた接着耐久性を有することができる。また、Ti化合物、Zr化合物それぞれの量は、金属元素量換算で少なくとも1mg/mであることが好ましく、少なくとも1.5mg/mであることがより好ましい。なお、上記の「金属元素量換算」とは、化成処理皮膜1m当たりのTi元素およびZr元素の量を表す。化成処理皮膜の膜厚は50nm未満であることが好ましく、30nm未満であることがより好ましく、更に好ましくは1nm〜20nmである。化成処理皮膜1m当たりのTi元素およびZr元素の合計量は、皮膜量が既知の基準板を基に検量線を引くことで、蛍光X線分析装置(XRF)により測定することができる。また化成処理皮膜の膜厚は、GD−OES(グロー放電発光分析装置(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy))によって測定することができ、アルミニウムの発光強度がバルク(基材)に十分到達したときの値を基準とした際に、その基準値の50%に達した時点でのスパッタ深さをもって皮膜厚さとする。
【0019】
2.アルミニウム合金材の製造方法
本発明のアルミニウム合金材の製造方法では、25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVであるアルミニウム合金材を製造する。該製造方法は、Mgを含有するアルミニウム合金からなる基材に酸エッチングを行う工程、および酸エッチング後の基材の表面に化成処理を施して化成処理皮膜を形成する工程を有する。また、酸エッチングを行う工程における基材のエッチング量[E:(mg/m)]が、基材中のMg量[M(wt%)]に対して、10M ≦ E ≦ 200Mの関係を満たすように、酸エッチングが行われる。本発明のアルミニウム合金材の製造方法により製造したアルミニウム合金材は、カソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVとなっている。このため、アルミニウム合金材と接着剤の界面が、引張応力の負荷や腐食により劣化することを抑制し、水分、塩分等の浸透により劣化することを抑制することができる。また、本発明のアルミニウム合金材は、接着剤以外の材料との間で界面を構成する場合であっても、上記のようなカソード分極曲線の特性を有するため、引張応力の負荷、腐食、水分・塩分等の浸透により界面劣化を抑制することができる。また、上記Eが10M以上であることにより酸エッチング後の基材表面が清浄となり、基材の表面上に良好に密着した化成処理皮膜を形成することができる。いっぽう、Eが200Mを超えて過剰に大きくなると、エッチングで発生する表面凹凸、およびスマット(エッチング後に残存した酸による不溶性物質の微粒粉)が接着耐久性に影響を及ぼす。これは、表面凹凸の奥にスマットが入り込み、容易に除去されなくなることで、接着剤との密着性に影響を及ぼすためであると考えられる。従って、上記Eが200M以下であることにより、表面凹凸の不必要な増大とスマットの過剰な発生を抑制し、アルミニウム合金材と他材料との接着耐久性を向上させることができる。
以下では、本発明のアルミニウム合金材の製造方法の各工程について、詳細に説明する。
【0020】
(圧延と熱処理)
一例では、常法に従ってアルミニウム合金を鋳塊にした後に、均質化処理、熱間圧延、冷間圧延、中間焼鈍、冷間圧延、又は、均質化処理、熱間圧延、冷間圧延を順次行なって、最終板厚まで圧延したアルミニウム合金板が基材として用いられる。次いで、最終板厚まで圧延されたアルミニウム合金板に熱処理が施される。このとき、大気中で熱処理するとアルミニウム合金中の易酸化元素であるマグネシウムが表面に拡散して酸素と結合し、アルミニウム合金板表面に酸化マグネシウムを多く含む層が形成される。
【0021】
(脱脂工程)
酸エッチングを行う工程の前に、任意で脱脂工程を行ってもよい。これは、酸洗より前の工程においてアルミニウム合金板表面に付着した、圧延油、加工油、潤滑油などを除去することを目的としている。この洗浄工程に用いられる溶液は特に限定されないが、アルカリ洗浄剤や界面活性剤もしくはこれらの混合液、あるいは有機溶剤が好適に用いられ、その後に水洗工程が行われる。アルミニウム合金板の表面に付着した油分などが少ない場合は、洗浄工程を省略しても良い。また、脱脂工程を実施する場合にアルカリ脱脂剤を用いると、基材のアルミニウム合金に一定量の溶解が生じる。洗浄工程における基材の溶解量が多くなりすぎると、多量のスマットが板表面に付着し、後工程に影響を及ぼす場合がある。そのため、脱脂工程をおこなう場合、アルミニウム合金の溶解量は50mg/m以下にすることが好ましく、より好ましくは40mg/m以下である。なお、アルカリによるエッチングでは、アルミニウム合金板表面のマグネシウム酸化物といった、アルカリ性に対して溶解度の低い物質を除去できないため、アルカリエッチングをもって、酸エッチング工程の代替とすることはできない。
【0022】
(酸エッチングを行う工程)
酸エッチングを行う工程では、Mgを含有するアルミニウム合金からなる基材に酸エッチングを行う。酸エッチングを行う条件は、基材のエッチング量[E:(mg/m)]が、酸エッチング前の基材中のMg量[M(wt%)]に対して10M ≦ E ≦ 200Mの関係を満たす条件であれば特に限定されない。10M ≦ E ≦ 200Mの関係を満たす条件で酸エッチングを行うことにより、アルミニウム合金基材表面に存在する脆弱層を除去し、接着耐久性を向上させることができる。脆弱層は圧延工程などの機械加工で生じた表面変質層、熱処理工程でアルミニウム合金表面に成長した酸化アルミニウムや酸化マグネシウムといったものの混合物である。これら脆弱層が残存した状態で接着を行うと、接着耐久性が低下する。易酸化元素であるマグネシウムが多く含まれるアルミニウム合金では、熱処理工程で酸化マグネシウムが生成しやすく、脆弱層が厚く形成される傾向にある。そこで、基材のマグネシウム合金含有量に合わせてエッチング量を最適化するために、E/Mは、10〜200とする。E/Mは、20〜150であることが好ましく、30〜100であることがより好ましい。また、Mは0.3〜5.0wt%であることが好ましく、1.0〜5.0wt%であることがより好ましく、2.0〜5.0wt%であることがさらに好ましい。エッチング前の基材中のMg量は、H 1305:2005規定の発光分光分析法によって測定することができるが、同程度の精度が得られる方法であれば良い。また、製造された基材を購入する場合は、該基材の公示されたMg含量から、Mg量を算出することもできる。基材のエッチング量Eは、基材を適当な大きさに切断した供試材を用い、乾燥質量をエッチング前後で測定し、測定結果の差分(エッチング前質量−エッチング後質量)を供試材の面積で除算し、単位面積あたりの数値に換算することによって算出することができる。このときの供試材の大きさは任意で良いが、面積が小さいと重量の変化も小さくなり、測定精度に影響する。したがって、供試材の面積は、秤量に用いる天秤の精度を考慮して適切な大きさに設定する必要がある。酸エッチング用のエッチング液としては硝酸、硫酸、フッ酸、リン酸、またはこれらの混合溶液である酸を用いることができる。エッチング液は任意で、エッチング助剤(酸化剤)、界面活性剤、キレート剤などを含有していても良い。エッチング液中の酸濃度は(混合溶液の場合は各酸溶液の合計濃度)0.01重量%〜30重量%が好ましく0.03重量%〜25重量%がより好ましく、0.05重量%〜20重量%がさらに好ましい。エッチング液の温度は30〜90℃が好ましく、40〜90℃がより好ましく、45〜90℃がさらに好ましい。エッチング時間は1秒〜30秒が好ましく、1〜25秒がより好ましく、1〜20秒がさらに好ましい。酸エッチング工程の後は水洗工程を行うことが好ましい。水洗工程においては温度20℃における水の導電率が、500mS/m以下の水を用いることが好ましい。導電率が高い水を用いると、水中に含まれる各種イオンがアルミニウム合金表面に吸着し、接着耐久性を低下させる要因となる場合がある。水洗工程における水温は30℃〜90℃が好ましく、40℃〜85℃がより好ましく、45℃〜80℃がさらに好ましい。これは、温度が高い水に対して多くの物質で溶解度が上昇するため、エッチング後のアルミニウム合金基材表面の洗浄に対して効果的だからである。水洗水温が高い方が洗浄効果は高くなるが、エネルギーコストの上昇を招く場合がある。水洗水温が90℃を超えると、アルミニウム合金基材が水と水和反応を生じ、表面にアルミニウムの水和酸化物皮膜を形成する場合がある。また、水洗工程の時間は、長すぎるとアルミニウム表面と水洗水が徐々に反応しアルミニウムの酸化物が形成される場合があるが、短すぎると表面に付着した処理薬液を十分に除去できない場合がある。そのため水洗工程の時間は0.5秒〜30秒が好ましく、1秒〜20秒がより好ましい。
【0023】
(化成処理皮膜を形成する工程)
化成処理皮膜を形成する工程では、酸エッチング後の基材の表面に化成処理を施して化成処理皮膜を形成する。酸エッチング工程後の表面には、カソード反応のサイトが多数存在しているが、適切な化成処理皮膜を形成することで、接着耐久性を向上させることができる。化成処理皮膜は、処理液中に溶存しているイオンと、アルミニウム合金表面の電気化学反応により形成されるものがよく、したがって無機物系の化成処理皮膜が好ましい。これは、アルミニウム合金基材表面に存在するカソード反応のサイトは、化成処理皮膜の形成過程においても皮膜形成が生じやすいサイトとして作用するためである。したがって、溶液中の溶存イオンとアルミニウム合金の電気化学反応によって化成処理皮膜が形成される場合、アルミニウム合金表面のカソード反応サイトを効率よく被覆できる。また、無機物系の化成処理皮膜の中でも、特にチタン、およびジルコニウムを両方とも含有するものが好ましい。これは化成処理皮膜として形成されるチタンの酸化物もしくは水酸化物、ジルコニウムの酸化物もしくは水酸化物が化学的に安定であることから、劣化環境中でも化学変化を起こしにくく、接着耐久性の低下防止に効果的だからである。なお、アルミニウム合金基材表面への化成処理皮膜の形成においては、前述のように表面のカソード反応サイトから徐々に皮膜形成が進むため、この過程においてアルミニウム合金表面の電気化学特性は刻一刻と変動していく。このため、互いに溶液中での溶解度や電極電位が異なる元素であるチタンおよびジルコニウムを処理液中に配合することにより、化成処理皮膜の形成過程中に刻一刻と変動するアルミニウム合金表面に対して幅広く対応することができ、効率的かつ最適にアルミニウム合金の表面を化成処理皮膜で被覆することができる。
【0024】
また、酸エッチング工程における水洗工程から、化成処理皮膜を形成する工程の間には乾燥やエアブローを挟まず、アルミニウム合金表面が水洗水で濡れたままの状態であることが好ましい。これは、酸エッチング工程で除去されたアルミニウム合金表面の各種酸化物が、空気に触れることで再度厚く成長することを防ぐためである。しかし、水洗水と長時間接触した状態におかれると、アルミニウム合金表面に各種酸化物が成長し始める。したがって、化成処理皮膜を形成する工程は、酸エッチング工程における水洗工程の終了後から、30秒以内に開始することが好ましく、より好ましくは10秒以内であり、さらに好ましくは5秒以内である。なお、最も好ましくは2秒以内である。
【0025】
化成処理皮膜を形成する工程において、フッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物を含有する処理液を用い、処理液中のフッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物の合計質量濃度 [C(ppm、金属元素量換算)]、処理時間[t(秒)]が
50≦C×t≦1500
を満たすように化成処理を施すことが好ましい。C×tが上記範囲内であることによって、酸エッチング工程後のアルミニウム合金表面に最適な化成処理皮膜を形成することができる。フッ化チタン化合物としては、6フッ化チタン酸(HTiF)およびその塩(特にカリウム塩、ナトリウム塩、アンモニウム塩)などを挙げることができる。フッ化ジルコニウム化合物としては、6フッ化ジルコニウム酸(HZrF)およびその塩(特にカリウム塩、ナトリウム塩、アンモニウム塩)などを挙げることができる。50≦C×t≦1500が好ましく、80≦C×t≦1400がより好ましく、100≦C×t≦1300がさらに好ましい。C×tが50未満の場合、アルミニウム合金表面に十分に化成処理皮膜を形成することができない場合がある。また、C×tが1500を超えた場合、化成処理皮膜が厚く形成されすぎてしまい、接着耐久性の低下をもたらす場合がある。処理液中のフッ化チタン化合物とフッ化ジルコニウム化合物の合計質量濃度C(金属元素量換算)は、20〜400ppmが好ましく、30〜350ppmがより好ましく、40〜300ppmがさらに好ましい。時間tは、0.5〜30秒が好ましく、1〜25秒がより好ましく、1.5秒〜20秒がさらに好ましい。処理液中のフッ化チタン化合物の質量濃度は、金属元素に換算して10〜400ppmが好ましく、15〜300ppmがより好ましく、20〜200ppmがさらに好ましい。処理液中のフッ化ジルコニウム化合物の質量濃度は、10〜400ppmが好ましく、15〜300ppmがより好ましく、20〜200ppmがさらに好ましい。処理液の温度は30〜80℃が好ましく、35〜70℃がより好ましく、40〜65℃がさらに好ましい。処理液中のフッ化チタン化合物およびフッ化ジルコニウム化合物濃度、処理時間、処理温度が上記範囲内であり、さらに[C(ppm、金属元素量換算)]、処理時間[t(秒)]が前記範囲内であれば、アルミニウム合金表面の化成処理皮膜を最適に付着させることが可能である。
【0026】
なお、アルミニウム合金基材の処理面積が増加するにつれて、化成処理用の処理液中には基材から溶出したAlイオンが徐々に増加する。Alイオンが増加すると化成処理皮膜の成膜を阻害する要因となる。処理液中のAlイオン濃度は800ppm程度までは化成処理皮膜の成膜に影響しないが、処理液中のAlイオン濃度は好ましくは600ppm以下、より好ましくは500ppm以下とするのが良い。
【0027】
一例では、化成処理皮膜を形成する工程の後にさらに、すぐに水洗工程を行う。これにより、表面に残留した処理液を迅速に除去し、基材表面と処理液の反応時間を制御することで、化成処理皮膜の厚さを適正に調整できる。さらに処理液の成分が化成処理皮膜の表面に残留することを防止できる。処理液の成分が化成処理皮膜の表面に残留していると、接着耐久性の低下や基材表面の変色が発生する原因となる。化成処理皮膜を形成する工程から水洗工程までの時間は、2秒以内が好ましく、より好ましくは1秒以内である。水洗工程において使用される水は、温度20℃における導電率を好ましくは100mS/m以下、より好ましくは50mS/m以下とするのが良い。導電率が高い水を用いると、水中に含まれる各種イオンが基材表面に残留し、接着耐久性の低下や基材表面の変色が発生する原因となる。なお、導電率の測定は、例えば交流2極法などを用いることができる。
【0028】
化成処理皮膜を形成する工程の後の水洗工程は基材表面の最終品質に影響するため、水洗工程を2段以上の複数回、設けることが望ましい。化成処理皮膜を形成する工程の後の水洗工程を複数回、設ける場合、各水洗工程間は2秒以内とすることが好ましく、さらに好ましくは1秒以内である。また、化成処理皮膜を形成する工程の後の最初の水洗工程で用いる水の導電率よりも、それ以降に行う水洗工程での水の導電率の方が同じかより低い方が好ましい。これにより、1回目の水洗工程で除去しきれなかった化成処理液中の成分を十分に除去できる。水洗工程の時間が長すぎるとアルミニウム合金基材表面と水洗水が徐々に反応しアルミニウムの酸化物が形成される場合があるが、水洗工程の時間が短すぎると洗浄効果が十分に得られない。そのため化成処理皮膜を形成する工程の後に行う水洗工程の時間の合計は、0.5秒〜30秒が好ましく、1秒〜20秒がより好ましい。なお、水温が高い方が多くの物質の水に対する溶解度が上昇するため、化成処理皮膜を形成する工程の後の水洗工程における水温が高い方が洗浄効果は高くなる。水洗工程における水温が90℃を超えると、エネルギーコストの上昇を招く場合があるほか、アルミニウム合金基材が水と水和反応を起こして基材の表面にアルミニウムの水和酸化物皮膜が形成される場合がある。そのため、少なくとも、化成処理皮膜を形成する工程の後の最初の水洗工程における水温は、30℃〜90℃が好ましく、40℃〜85℃がより好ましく、50℃〜85℃がさらに好ましい。それ以降の水洗工程における水温は、10℃〜90℃の範囲であれば良い。水洗工程のあとは、熱風乾燥などを行い、アルミニウム合金基材表面に残留する水滴を除去することが望ましい。
【0029】
(各工程の処理方法)
上記脱脂工程、酸エッチングを行う工程、化成処理皮膜を形成する工程、および各工程に付随する水洗工程は、処理液をアルミニウム合金表面にスプレーする方法、および処理液を満たした処理槽にアルミニウム合金を通過させる方法(浸漬法)などが好適に用いられる。
【0030】
(アルミニウム合金材の使用方法)
本発明のアルミニウム合金材は、化成処理皮膜の表面上に接着剤層を設けた後、さらに他のアルミニウム合金材と接着させて、自動車、建機、輸送機用の部材として使用することができる。本発明のアルミニウム合金材は他材料との接着耐久性が優れるため、接着剤を介して他のアルミニウム合金材と強固に接着することができ、長期間、接着力を保つことができる。接着剤としてはエポキシ樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂等が挙げられ、熱硬化型のエポキシ樹脂が好適に用いられる。化成処理皮膜の表面上に設ける接着剤層の厚さは特に限定されるものではないが、10〜5000μmが好ましく、20〜3000μmがより好ましく、30〜1000μmがさらに好ましい。
【実施例】
【0031】
以下では、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜、その構成を変更することができる。
【0032】
(実施例1〜8)
下記表1に示す板厚1mmで7cm×15cmの大きさの基材を準備し、該基材に対して以下の条件で酸エッチングを行った。実施例1〜3は60℃、0.5質量%硫酸+0.05質量%フッ化水素酸の組成のエッチング液を用いて6秒間、表1に示す条件で酸エッチングを行った。同様に、実施例4〜7は60℃、0.5質量%硫酸+0.05質量%フッ化水素酸の組成のエッチング液を用いて4秒間、表1に示す条件で酸エッチングを行った。また、実施例8は80℃、10質量%硫酸の組成のエッチング液を用いて4秒間、表1に示す条件で酸エッチングを行った。酸エッチング後は温度20℃での導電率が0.2mS/mである、温度70℃のイオン交換水で基板を水洗した。次いで、直ちに表1に示す温度、組成、処理時間の条件で化成処理を行い、基材と表1に示す皮膜量の化成処理皮膜とを有するアルミニウム合金材を得た。なお、実施例1〜8で用いたフッ化チタン化合物、およびフッ化ジルコニウム化合物は、それぞれ6フッ化チタン酸、および6フッ化ジルコニウム酸である。化成処理後は、基材を温度20℃での導電率が0.2mS/mである、70℃のイオン交換水で直ちに水洗し、さらに温度20℃での導電率が0.1mS/mである、室温(具体的には20℃)のイオン交換水で水洗した後、50℃の温風を吹き付けて乾燥させた。なお、水の導電率は株式会社堀場製作所製「ポータブル型電気伝導率計 ES−71」により測定した。
【0033】
(比較例1〜2)
比較例1では、下記表1に示す実施例で使用したものと同じ大きさの基材を準備し、該基材に対して80℃、10質量%硫酸の組成のエッチング液を用いて4秒間、表1に示す条件で酸エッチングを行い、温度20℃での導電率が0.2mS/mである、温度70℃のイオン交換水で基板を水洗し、アルミニウム合金基材を得た。なお、比較例1では化成処理を行わなかった。また、比較例2では、50℃、10質量%硫酸の組成のエッチング液を用いて1秒間、表1に示す条件で酸エッチングを行い、酸エッチング後は温度20℃での導電率が0.2mS/mである、温度70℃のイオン交換水で基板を水洗し、次いで、直ちに表1に示す条件で化成処理を行い、基材と表1に示す皮膜量の化成処理皮膜とを有するアルミニウム合金材を得た。なお、比較例2で用いたフッ化チタン化合物、およびフッ化ジルコニウム化合物は、それぞれ6フッ化チタン酸、および6フッ化ジルコニウム酸である。化成処理後は、基材を温度20℃での導電率が0.2mS/mである、70℃のイオン交換水で直ちに水洗し、さらに温度20℃での導電率が0.1mS/mである、室温(具体的には20℃)のイオン交換水で水洗した後、50℃の温風を吹き付けて乾燥させた。
【0034】
【表1】
【0035】
上記のようにして得られた各例のアルミニウム合金材のカソード分極曲線を、上記の方法により測定した。図2は、上記のようにして測定した、実施例2のアルミニウム合金材のカソード分極曲線を示す図である。
【0036】
接着評価として、各例で得られたアルミニウム合金材について、特表2018−527467号公報に記載の、改変されたAPGE試験をもとにした方法で評価を行い、接着破断サイクルCyを測定した。改変されたAPGE試験の詳細な手順は以下の通りである。長さ52.5mm×幅25mmの供試材2枚を、接着部長さ12.5mm、接着厚さ0.2mmとなるようにエポキシ系接着剤を用いて接着した。なお、板厚1mmの供試材が試験中に歪むことを防ぐため、同種の板を同種の接着剤で事前に貼り合わせてから用いた。次に、前記手順で作成した6対の供試材を、それぞれの端部でステンレスボルトにて連結した。なおステンレスボルトと供試材の接触による異種金属接触腐食を防ぐため、ボルトにシールテープを巻くなどの適当な手段により絶縁した。前記6対の連結体の両端に2400Nの引っ張り応力が、常に付加された状態で保持した。さらに、応力が付加された状態の該連結体を5質量%NaCl水溶液に15分間浸漬し、室温25℃中に取り出して105分間自然乾燥させ、50℃、相対湿度90%RHに設定した恒温恒湿槽に入れて22時間保持した。本方法により、引張応力と腐食環境が同時重畳する非常に厳しい接着界面劣化環境中での耐久性を評価することが可能となる。さらに、2400Nの引張応力付加から恒温恒湿槽内への22時間保持が終了した時点までを1サイクルとしてカウントし、平日は1日1サイクル試験を行った。なお、休日は連結体を恒温恒湿槽に48時間入れたままの状態とし、試験サイクルにはカウントしなかった。次のサイクル開始時にサンプルの接合状況を確認し、6対の連結された試験片のうち、どれか1対の接着部に破断が見られた場合、その時点でのサイクル数をもって第1破断(1対目の破断)とした。なお、2400Nの応力負荷から恒温恒湿槽への設置までの間に供試材の破断が見られた場合においても、その時点でのサイクル数をもって第1破断とした。破断した供試材は取り除き、1対の供試材と同サイズの単板を挿入して他の供試材とボルトで締結し、再び応力を負荷して試験サイクルを再開した。なお同時に複数の試験片の接着部が破断していた場合、それぞれを同じサイクル数としてカウントした。例えば19サイクル終了の時点で破断が無く、20サイクル目開始時点で6対の試験片のうち2対が破断していた場合、第1破断と第2破断をそれぞれ20サイクルとし、次に破断したものは第3破断となる。本手順を繰り返し、第4破断(6対の連結された試験片のうち、どれか4対が破断した時点)まで試験を継続した。その後、第1破断から第4破断までのサイクル数の平均値を求め(小数点第1桁を四捨五入)、Cyを求めた。Cy<18の場合を「×」、18≦Cy<20の場合を「〇」、20≦Cyの場合を「◎」と評価した。上記の測定結果を下記表2に示す。
【0037】
【表2】
【0038】
表2から分かるように、実施例1〜8では接着評価が「〇」または「◎」であるのに対して比較例1〜2では接着評価が「×」であった。以上より、本発明のアルミニウム合金材では優れた接着耐久性が得られたことが分かる。
【要約】
【課題】他材料との接着耐久性が優れたアルミニウム合金材、およびその製造方法を提供すること。
【解決手段】アルミニウム合金からなる基材と、基材の表面上に化成処理皮膜とを有するアルミニウム合金材であって、アルミニウム合金材を、25℃、pH5.5の5wt%NaCl静止水溶液中において飽和KCl銀−塩化銀電極を参照電極として20mV/minの掃引速度で測定したカソード分極曲線において、電流密度の絶対値が10μA/cmに到達する電極電位が−1350mV〜−1150mVである、アルミニウム合金材。
【選択図】図2
図1
図2