(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
アルコール飲料の製造は、有史以来あらゆる文化圏で様々な材料を用いて行われている。米、小麦、トウモロコシ、ソバ等の穀物、芋類等のデンプンに富む原材料は、コウジカビや大麦麦芽の適用等適切な方法でデンプンを加水分解してグルコースを生成することにより、酵母によるアルコール発酵に供される。あるいは、酵母が発酵に利用できる状態の糖を含有する糖蜜、樹液、果汁等の原料は、上記の糖化を経ずにアルコール発酵に供することが出来る。デンプン又は糖を含有するあらゆる材料は、潜在的なアルコール飲料の原料であり、現在の酒造技術は、これを発展させて築かれてきている。
【0003】
植物繊維の主成分であるセルロースも、デンプンと同様にグルコースで構成されている。しかしながら、β−グルコース分子で構成されるセルロースは、α−グルコース分子で構成されるデンプンと比較して非常に安定で、近代までこれを加水分解により糖化する手段が無かったため、それ自体がアルコール飲料の原材料として用いられることは無かった。さらに、植物繊維中のセルロースは、植物細胞壁中のリグニンと強固に結合したリグノセルロースとして存在し、セルロースの分解をさらに阻害しており、アルコール用の糖質原料としての活用は皆無であった。
【0004】
現在では、リグノセルロースからセルロースを取り出し、このセルロースをセルラーゼによって糖化してグルコースを生成する技術が確立している。この技術を利用して、リグノセルロースを原料として燃料用バイオエタノールを製造する技術が開発されている。非可食性のバイオマスからのバイオエタノールの製造は、化石燃料と代替可能で食糧と競合しないグリーンエネルギーの基盤技術として注目されている。
【0005】
リグノセルロースを原料とする燃料用バイオエタノール製造技術は、グリーンエネルギーという分野の性質上、如何に高効率かつ低コストで高純度のエタノール産物を取得出来るかを追求して設計される。例えば植物性原材料を変性、加工、又は薬剤処理等することによってセルロースの糖化を効率化し、あるいは酵母によるアルコール発酵効率を最大にするため、反応系に様々な添加物が添加される。セルロースを糖化する酵素あるいは触媒、糖液をアルコール発酵する酵母も、設計された反応系の下で最も費用対効果の高いものが選択される。さらに、燃料としての規格を満たすために、不純物を含まない純度の高いエタノールが得られるように製造技術が設計されている。
【0006】
一方、一般的なアルコール飲料を製造する技術は、上記燃料用バイオエタノール製造技術と、糖液を酵母によりアルコール発酵する点では共通しているが、製品の風味を追求する点で大いに異なる。所望の風味を有するアルコール飲料を生産するために、原材料の吟味、コウジカビや酵母株の種類による微妙な風味の差異、風味に影響する糖化、発酵、濾過、精製工程の微妙な条件、風味を調整するための様々な添加物の添加等、様々な条件が検討される。そのような酒造分野における所望の風味を有するアルコール飲料を生産するための様々な条件は、各種飲料の製造技術が開発されて以来その製造者によって連綿と磨き上げられてきたものや、酒造のエキスパートが試行錯誤の末に見出したものである。
【0007】
従って、歴史上それ自体が食糧として利用されたことが無いリグノセルロースを原料として、アルコール産物の飲料としての利用を全く考慮していない燃料用のバイオエタノールを製造する技術を利用して、消費者の嗜好に適う品質のアルコール飲料を製造し得ると考えることは出来ない。
【0008】
特に、植物性バイオマスのセルロースは、ヘミセルロース及びリグニンと共に強固で化学的に安定なリグノセルロース構造をとっている。そのため、これを燃料用バイオエタノール製造に利用するには、糖化酵素がセルロース及びヘミセルロースに接触できるように、例えば高温高圧処理、機械的破砕、強力な薬品処理などによってリグノセルロース構造を破壊する必要がある。
【0009】
例えば、リグノセルロースの糖化には濃硫酸法や希硫酸法が用いられているが、硫酸による糖の過分解産物である有害なフルフラールが生成され、飲用には不適である。微生物によるリグニンの分解、微粉砕処理、水熱処理、他の酸やアルカリによる処理等、従来の硫酸を用いた糖化法の代替的な方法が開発されている(特許文献1〜4)。しかしながら、そのような過酷な条件で樹木材料の処理を行う場合、好ましい風味をもたらす成分が不要な副産物としてその生成が抑制され、又は変性若しくは除去されること、或いは処理の過程で飲用に適さない又は風味を著しく損なう薬品が用いられること等が考えられるため、飲用が可能で好ましい風味を有するアルコール飲料を生成することは、尚のこと困難である。
【0010】
特許文献5は、樹木材料を発酵させて得たアルコール産物が飲用可能である旨言及している。この文献において、MRE共生細菌群由来の母細胞融解酵素群を用いて樹木材料を分解して得た樹木粉末を糖質供給源としてアルコール醸造を行っている。しかしながら、MRE共生細菌群由来の母細胞融解酵素群による樹木の分解処理が最終的なアルコール産物に如何なる影響を及ぼすのか不明であり、斯かる処理およびMRE共生細菌群が食品衛生上問題無いものか否か、更なる検証が必要である。また、実施例に示されている実際のアルコール産物の樹木材料中のセルロース由来のアルコール濃度は多くても0.1%程度に留まっており、主に樹木中の炭水化物(デンプンなど)や添加した米麹由来の糖が発酵したアルコールと推定され、セルロースはほとんど利用されていない。
【0011】
特許文献6は、竹材料を発酵させてアルコール飲料を生産する技術を開示している。この文献において、竹材料は、麹菌を用いて一次発酵されている。麹菌はデンプンを分解してブドウ糖を生成するが、セルロースを分解することは出来ない。従って特許文献6は、樹木材料のリグノセルロースではなく竹材料中に含まれるデンプンを糖質供給源とするもので、リグノセルロースのアルコール発酵とは根本的に別種の技術である。
【0012】
また、一部の飲料用のアルコールは樹木を使った樽等の容器で保管、または熟成されて、独特の香りや風味が加わり、アルコール飲料の価値を高めている。樹木成分がアルコールへ滲出することに起因する効果であり、経験的に樹木成分が付加的に利用されてきた歴史がある。特に長期熟成により得られる香り成分などは、数年の熟成期間が必要であり、短期製造では決して得られないものとなっており、熟成酒の付加価値を一層高めている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
発明者らは、樹木を使った樽等の容器で保管、または熟成させることなく、樹木の持つ良好な風味や香りを含む飲料用アルコールを製造するために、樹木材料を主原料とした新規酒造技術を鋭意研究した結果、樹木材料を湿式粉砕後、水洗して得られる木質成分を原料とし、渋味やえぐみの原因となる燐酸塩などの緩衝剤を使用せずに原料に含まれる酸性物質と重曹のみでpHを調整して低温で酵素と酵母を加えて並行複発酵を行うことにより、風味の良いアルコール飲料を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、これまで燃料用バイオエタノールの原料としてしか認識されていなかった樹木材料のリグノセルロースを利用した新しい酒造技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
従って、本発明は、以下の発明を提供する。
1.樹木材料中のリグノセルロースを主な糖質供給源とした酵母によるアルコール発酵の産物であるアルコール、並びに当該樹木材料由来のテルペン、酸エステル、及びラクトン物質のいずれか1つ以上を含有するアルコール飲料。
2.醸造酒、蒸留酒、又は混成酒からなる群から選択される、項目1に記載のアルコール飲料。
3.平均粒径が5μm以下である樹木材料が水性媒体中に懸濁してなる、当該樹木材料に含有される多糖類が高度に露出した樹木材料スラリー。
4.項目3に記載の樹木材料中のリグノセルロースが加水分解して生じたグルコースを含有する、樹木材料の加水分解産物。
5.項目4に記載の樹木材料の加水分解産物中の糖が酵母によりアルコール発酵して生じたエタノールを含有する、樹木材料の発酵産物。
6.項目3に記載の樹木材料のスラリー又は項目4に記載の樹木材料の加水分解産物の固形成分。
7.項目5に記載の樹木材料の発酵産物から液体画分を分離した後の固形残渣。
8.樹木材料からアルコール飲料を製造する方法であって、以下の工程:
(1)樹木材料を湿式粉砕によって水性媒体中で5μm以下に粉砕することにより、当該樹木材料に含有される多糖類が高度に露出したスラリーを取得する工程;
(2)当該スラリー中の多糖類を加水分解する工程;
(3)当該加水分解産物に更に酵母を添加して、工程(2)における多糖類の加水分解によって生じた糖をアルコール発酵させる工程;
(4)当該アルコール発酵産物から所望のアルコール飲料を調製する工程;
を含み、当該アルコール飲料が、樹木材料中のリグノセルロースを主な糖質供給源とし、当該樹木材料由来のテルペン、酸エステル、ラクトン物質のいずれか1つ以上を含有する、方法。
9.工程(1)において取得されたスラリーを水洗する、項目8に記載の方法。
10.工程(1)において取得されたスラリーに、工程(2)における加水分解、及び/又は工程(3)におけるアルコール発酵に供される、糖類が更に添加される、項目8又は9のいずれかに記載の方法。
11.工程(2)で得られた加水分解産物を固液分離して取得された上清を、工程(1)の湿式粉砕における水性媒体として再利用する、項目8〜10のいずれか1項に記載の方法。
12.工程(3)に進む前に、前記再利用が2回以上繰り返される、項目11に記載の方法。
13.工程(2)で得られた加水分解産物が固液分離され、上清のみ工程(3)においてアルコール発酵に供される、項目8〜12のいずれか1項に記載の方法。
14.工程(3)において、アルコール発酵の前に、樹木材料由来の酸性成分と、食品添加物として許容されるアルカリ塩によって加水分解産物のpHが調整される、項目8〜13のいずれか1項に記載の方法。
15.工程(3)の直前の工程(2)における加水分解と、続く工程(3)におけるアルコール発酵が、並行して行われる、項目8〜14のいずれか1項に記載の方法。
16.工程(1)の湿式粉砕が、ビーズミルによって行われる、項目8〜15のいずれか1項に記載の方法。
17.前記全ての工程が80℃以下の温度で実施される、項目8〜16のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によって、樹木材料のリグノセルロースを糖質供給源とした新しい酒造技術、及び当該技術を利用した新しいアルコール飲料が提供される。アルコール飲料の市場において、全く新しい製法によって製造され、それにより今までに無い風味を備えたアルコール飲料に対する需要は極めて高い。従って、樹木材料のセルロース及びヘミセルロースを糖質供給源として生成した糖液を発酵することにより製造される、リグノセルロースの分解産物や樹木材料が含有する芳香成分等に関連して独特の風味を備えた新しいアルコール飲料の開発は、非常に価値のある試みである。
【0017】
後述するように、本発明によって製造されるアルコール飲料は、原料とする樹木に由来して、様々な香味成分を含有することが確認されている。例えばシラカバ、サクラ、ヒノキ、ニッキ、ビャクダン等好ましい香味成分を有する樹木を原料とすれば、これまでに無い優れた香味を有するアルコール飲料が製造できる。
【0018】
ウイスキー、ブランデー、シェリー等の樽で熟成を行う飲料において、熟成の過程で液中に移った微妙な樽香が珍重される。また、好ましい芳香を有する樹木の木片をホワイトリカーに漬け込みリキュールが調製されることもある。好ましい樹木の芳香は消費者に対し強い訴求力を有することは周知である。
【0019】
森林整備で生じる間伐材や製材で生じる端材を、建材、舗装材、燃料など有用な材料として再利用する試みがなされている。本発明の方法は、そのような廃棄物から高付加価値の製品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明のアルコール飲料製造方法は、少なくとも以下の工程:
・粗粉砕した樹木材料を湿式粉砕によって水性媒体中で平均粒径5μm以下に粉砕することにより、当該樹木材料に含有される多糖類が高度に露出したスラリーを取得する工程(スラリー調製工程);
・当該スラリー中の多糖類を酵素により加水分解する工程(加水分解工程);
・当該加水分解産物に更に酵母を添加して、上記加水分解によって生じた糖をアルコール発酵させる工程(アルコール発酵工程);
・当該アルコール発酵産物から所望のアルコール飲料を調製する工程(飲料調製工程);
を含む。本方法の概要を示す
図1を参照されたい。
【0030】
本発明の方法において、アルコール飲料は、上記本発明の一連の製造方法によって製造が可能なあらゆるアルコール飲料であり得る。例えば、本発明のアルコール飲料は、醸造酒、蒸留酒又は混成酒のいずれであってもよい。
【0031】
本発明の方法において、アルコール飲料を如何なる種類の飲料として調製するかは、飲料調製工程において決定することが出来る。即ち、醸造酒を製造する場合は、飲料調製工程で、アルコール発酵産物を固液分離して上清を回収する。蒸留酒を製造する場合は、アルコール発酵産物を蒸留して、アルコールに富むフラクションを回収する。混成酒を製造する場合は、当該蒸留酒又は醸造酒に、所望の添加物を添加する。
【0032】
アルコール飲料の優れた風味は、アルコール発酵によって生じたエタノールの他に、原料由来の成分や、それらが醸造過程で化学変化して生成した成分、あるいは酵母由来の成分又はその代謝産物等、様々な「不純物」によって構成される。本発明の方法によって製造されたアルコール飲料は、従来の燃料用アルコール製造技術にあっては排除されるべきそのような「不純物」によって生じる風味を生かすように、樹木材料からアルコールを醸造するまでの各過程で適切な手段が選択された結果、アルコール飲料として好ましい風味を有するものとなる。
【0033】
後述するように、本発明の方法によって生産されたアルコール飲料は、成分分析の結果、アミノ酸、核酸、糖類、有機酸、テルペン、エステル化合物、ラクトン、その他の芳香物質等、アルコール飲料の風味を特徴付ける様々な成分を含有することが確認されている。そして、実際にこれを試飲して、本発明の方法によって生産されたアルコール飲料が、材料とした樹木の生木材や熟成香と同等の好ましい香味に富み、消費者の嗜好に十分に堪える品質を有していることを確認している。
【0034】
本発明の方法によって生産されたアルコール飲料は、原料として用いた樹木材料に由来する様々な芳香成分を含有する。そのような芳香成分の例として、限定されないが、糖類、例えば単糖類、オリゴ糖類及び多糖類、脂肪酸関連物質(エステル化合物・アルコール類含む)、例えばパラフィン化合物類、オレフィン化合物類及びアセチレン化合物類、フェノール類、フラボノイド、タンニン類、例えば加水分解型タンニン及び縮合型タンニン、フェニルプロパノイド、例えばリグナン類、ネオリグナン類及びノルリグナン類、スチルベノイド、イソプレノイド、例えばテルペノイド、例えばモノテルペノイド、セスキテルペノイド、ジテルペノイド及びトリテルペノイド、ステロイド及びカロテノイド、トロポロン類、キノン類、γ-ピロン類、α-ピロン類、ジアリールヘプタノイド類、アルカロイド、含硫化合物類が挙げられる。また、本発明の方法によって生産されたアルコール飲料は、樹木由来の成分が一連の醸造過程で化学変化を受けて生成した産物を芳香成分として含有し得る。また、本発明の方法によって生産されたアルコール飲料が含有する芳香成分の更なる例として、発酵過程での代謝産物、例えばアルコール類、核酸類、アミノ酸類、有機酸、エステル化合物、ラクトン類、アルコール類、アルデヒド類、ケトン類等が挙げられる。
【0035】
本発明の方法において、樹木材料は、リグニン、セルロース及びヘミセルロースにより構成されるリグノセルロース構造を有する
、樹木の幹、樹皮、根、枝
等の材料である。樹木材料として用いられる樹木種は、任意の広葉樹材及び針葉樹材であり、例えば、針葉樹材として、スギ、エゾマツ、カラマツ、クロマツ、トドマツ、ヒメコマツ、イチイ、ネズコ、ハリモミ、イラモミ、イヌマキ、モミ、サワラ、トガサワラ、アスナロ、ヒバ、ツガ、コメツガ、ヒノキ、イヌガヤ、トウヒ、イエローシーダー(ベイヒバ)、ロウソンヒノキ(ベイヒ)、ダグラスファー(ベイマツ)、シトカスプルース(ベイトウヒ)、ラジアータマツ、イースタンスプルース、イースタンホワイトパイン、ウェスタンラーチ、ウェスタンファー、ウェスタンヘムロック、タマラック、イチョウ及びこれらの関連樹種等、広葉樹材として、ユーカリ、ブナ、アカシア、パラセリアンテス・ファルカタリア、シラカバ、アスぺン、アメリカンブラックチェリー、イエローポプラ、ウォールナット、カバザクラ、ケヤキ、シカモア、シルバーチェリー、タモ、チーク、チャイニーズエルム、チャイニーズメープル、ナラ、ハードメイプル、ヒッコリー、ピーカン、ホワイトアッシュ、ホワイトオーク、ホワイトバーチ、レッドオーク及びこれらの関連樹種等が挙げられる。特に、本発明の方法に適した樹木材料として、好ましい芳香を有することが知られる樹木、例えばスギ、ヒノキ、ヒバ、ユーカリ、バルサム樹、ビャクダン、センダン、ブナ、ナラ、シラカバ、クリ、ホオノキ、ヒッコリー、カエデ、クロモジ、バラ科の樹木等が挙げられる。また、サクラ、ビャクシン、イチョウ、モミジ、オリーブ、月桂樹、菩提樹、ヤドリギ等、象徴的な意味を有する樹木も、本発明の樹木材料として好ましい。
【0036】
好ましい芳香を有する果実を成す果樹の木材が、その果実の芳香成分を含有する場合がある。従って、本発明の方法において様々な果樹の木材を材料として用いることにより、果実の芳香成分を含有するアルコール飲料を生産することが出来る。そのような果樹の例として、限定されないが、ユズ、カシス、カリン、ウメ、ザクロ、アプリコット、ペピーノ、スイカ、ペアー、グレープ、メロン、モモ、リンゴ、グァバ、ライチ、スターフルーツ、パパイヤ、マンゴー、キウイ、バナナ、パイナップル、ラズベリー、ライム又はグレープフルーツが挙げられる。そのような果樹を材料として用いて製造したアルコール飲料が含有し得る果実由来の芳香成分として、限定されないが、ラクトン類、例えばγ−デカラクトン、γ−ウンデカラクトン、γ−ブチロラクトン、5−ブチル−4−メチルテトラヒドロフラン−2−オン、テルペノイド関連物質、例えばイオノン、α−イロン、モノテルペン類、例えばリモネン、チモール、ペリルアルデヒド、リナロール、ゲラニオール、ネロール、パラシメン、シトロネロール、テルピネン、テルピネオール、シネオール、シトラール、ジテルペン類、セスキテルペン類、例えばノートカトン、バレンセン、酸エステル類、例えばヘキサン酸エチル、オクタン酸エチル、酢酸エチル、脂肪酸エステル類、エチルラウレート、エチルミリステート、イソブチリックアシッド、3−メチル−2−ブテニルエステル、3−メチル−3−ブテニルエステル、エチルトランス−2,シス−4−デカジノエート、メチルトランス−2,シス−4−デカジノエート、酪酸エステル類、プロピオン酸エステル類、酢酸エステル類、酢酸トランス−2−ヘキセニル、エチルブチレート、ブチルアセテート、ブチルブチレート、アルカロイド類、例えばペレチェリン、アルコール類、例えばシス−3−ヘキセノール、へキセナール類、シス−6−ノネノール、イソアミルアルコール、芳香族物質、例えばベンズアルデヒド、オイゲノール、メチルフェニルカルビノール、メチルアンスラニレート、エストラゴール、シンナミルアセテート、アントラニル酸エチル、安息香酸エチル、桂皮酸エチル、N−メチルアントラニル酸エチル、オイゲノールメチルエーテル、エレミシン、4−(4−ヒドロキシフェニル)−2−ブタノン、バニリン、5−ヒドロキシバニリン、バニリン酸エチル、グアイアコール、含硫化合物類、例えば4−メトキシ−2−メチルブタン−2−チオール、イソチオチアン酸、アルデヒド類、例えば3,6−ノナジエナール、3−ノネナール、ノナナール、ケトン類、例えばβ−ダマセノン等、その他、(6Z,8E)−ウンデカ−6,8,10−トリエン−3−オン(ユズノン)、フラネオール、アセチルメチルカルビノール、2,5−ジメチル−4−ヒドロキシ−3(2H)フラノン等が挙げられる。
【0037】
特定の態様において、本発明の方法において、湿式粉砕を行う前に、樹木材料は、適切な下処理が行われる。例えば、材料の洗浄や、樹木の樹皮又は樹皮を除く材のみを材料とする場合、それらを分離する必要がある。また、樹木材料が湿式粉砕による粉砕可能な材料のサイズの上限を超えている場合、材料を予め粗粉砕する必要がある。また、数種の香味をブレンドする目的で2種以上の樹木を混合した材料を湿式粉砕に用いることもできる。さらに、最終製品にロースト香やスモーキーフレーバーを含ませることを目的として原料の一部もしくは全体をあらかじめ熱処理もしくは燻すこともできる。
【0038】
樹木材料は、リグニン、セルロース及びヘミセルロースからなるリグノセルロース構造を形成している。リグノセルロース構造は非常に強固で化学的に安定であるため、このままではセルロース及びリグノセルロースを加水分解することが出来ない。本発明の方法において、樹木材料は、湿式粉砕によって適切なサイズに粉砕される。リグノセルロース構造を粉砕により破壊することによって、セルロース及びヘミセルロースが水性媒体中に高効率で露出するため、アルカリや酸処理などの化学的前処理をすることなく、続く加水分解の効率が向上する。すなわち、アルコール製造に用いる原料の樹木を化学的に変性することなく使用することができる。
【0039】
リグノセルロース構造は樹木細胞の細胞壁として厚さ約2μmのシートを形成している。従って、上記湿式粉砕では、このシートを破壊してリグノセルロース中のセルロース及びヘミセルロースが水性媒体中に十分に露出するサイズにまで樹木材料を粉砕する必要がある。本発明において、樹木材料は、水性媒体中で平均粒径5μm以下に粉砕される。
【0040】
本発明の方法において、樹木材料は湿式粉砕される。好ましくは、湿式粉砕はビーズミルあるいはボールミルによって行われる。ビーズミルやボールミルの湿式粉砕は、硬質のビーズやボールを充填した処理容器の中に水性媒体と処理材料を添加し、処理容器中でそれらを一緒に攪拌することによって、ビーズやボールの運動で処理材料に与えるずり力とせん断力により処理材料を微粒子化するものである。粉砕時の温度は60℃以下、好ましくは50℃以下に制御し、最終産物のアルコール飲料の風味に影響する樹木材料への過度な熱を与える事無く、リグノセルロース中のセルロース及びヘミセルロースが適切に露出するように樹木材料を粉砕することが出来る。
【0041】
水性媒体は、純水、蒸留水、滅菌水、水道水、井戸水、湧き水等、飲用可能な品質のものであれば如何なる種類の水であってもよい。当該水性媒体に、酸、塩基、pH調整剤、塩、緩衝剤、消泡剤、酸化防止剤等の添加物が添加され得るが、好ましくは、最終産物のアルコール飲料の風味に影響しないものが選択される。ここで、最終産物であるアルコール飲料中のアルコール度数を高めるため、当該水性媒体に糖質としてグルコース、フルクトース、スクロース、異性化糖、米麹などを添加してもよい。或いは、当該アルコール飲料中のアルコール分が全て樹木材料中のリグノセルロース由来となるように、一旦スラリーを加水分解して、その加水分解産物を固液分離して取得された上清を、湿式粉砕における水性媒体として再利用してもよい。さらに、アルコール飲料調製工程で発生する蒸留残液を再利用して収率を向上させても良い。
【0042】
湿式粉砕により、所望のサイズに粉砕された樹木材料が水性媒体中に懸濁されたスラリーが得られる。当該スラリーは、続く加水分解工程にそのまま使われてもよいが、加水分解に適した材料濃度に調整するため、水性媒体を添加し、或いは遠心分離等の固液分離によって水性媒体を除いてもよい。或いは、固液分離によって分離した固体各分を、そのまま水分を加えずに加水分解に供してもよい。好ましくは、苦みを有する水溶性タンニンのような最終産物のアルコール飲料の風味を損なう成分を除去するため、濾過や遠心分離による脱水と水性媒体による再懸濁を繰り返して、材料を洗浄して加水分解に供する。また、加水分解前にスラリーを120℃以下、好ましくは80℃以下で殺菌処理しても良い。
【0043】
特定の態様において、加水分解工程に供される前に、前記スラリーに、加水分解及び/又は酵母によるアルコール発酵に利用される糖やその重合体が添加されてもよく、これによりアルコール度数を高めることができる。糖質としては、グルコース、フルクトース、スクロース、異性化糖、米麹などが選択される。或いは、当該アルコール飲料中のアルコール分が全て樹木材料中のリグノセルロース由来となるように、一旦スラリーを加水分解して、その加水分解産物を固液分離して取得された上清を利用することもできる。後述するように、本発明の方法の構成上、樹木材料中のセルロース/ヘミセルロースの大半がアルコール発酵されたとしても、取得されるアルコール飲料の原液のアルコール度数は数%に留まるため、更に高いアルコール度数を達成するために、外部から糖質を追加することも考慮され得る。或いは、当該アルコール飲料中のアルコール分が全て樹木材料中のリグノセルロース由来となるように、一旦スラリーを加水分解して、その加水分解産物を固液分離して取得された上清を、糖質として添加してもよい。
【0044】
本発明の方法において、上記木質材料のスラリーは加水分解されて、セルロース及びヘミセルロースが単糖に変換される。セルロースの加水分解ではグルコースが生成され、ヘミセルロースの加水分解では、ヘミセルロースを構成していたキシロースやマンノースが生成される。
【0045】
当該加水分解には、セルロース及びヘミセルロースを加水分解するため、食品用セルラーゼおよびヘミセルラーゼ、あるいはセルラーゼを含むセルラーゼ生産菌培養液が用いられるが、好ましくは、製剤化されたセルラーゼ及びヘミセルラーゼによる酵素処理が採用される。セルラーゼとは、セルロースのグリコシド結合を加水分解する酵素である。ヘミセルロースは、グルコース以外の単糖を含むためセルロースに該当しない多糖類の総称であるため、ヘミセルラーゼとは、そのような多糖類を加水分解する酵素の総称である。
【0046】
本発明の方法において、加水分解手段の種類、酵素の添加量、反応時間、温度、反応系の組成等、加水分解の諸条件は、実施する具体的態様に沿って、当業者が適宜設定することが出来る。但し、好ましくは、最終産物のアルコール飲料の風味を損なう恐れのある条件は採用されない。通常は、スラリーの固形分濃度を25%以下、好ましくは15〜10%、さらに好ましくは1〜10%に調整し、pHを4〜7に調整し、食品用セルラーゼを添加し、20〜60℃の範囲でスラリーを撹拌しながら行う。反応温度が低い場合には、反応時間を長くして調節し、スラリー中のセルロースの加水分解率が50%以上、好ましくは60%以上となるまで反応を持続する。また、後述するように、酵母による発酵と同時並行して加水分解を行う場合には、酵母の生育、発酵に準じた条件が選ばれなければならない。
【0047】
加水分解産物は、セルロース及びヘミセルロース由来のグルコースやマンノース等の発酵可能な糖を含有している。本発明の方法において、斯かる加水分解産物は、生成した発酵可能な糖を酵母によってアルコールに変換するアルコール発酵工程に供される。
【0048】
好ましい態様において、酵母の発酵活性が高く維持されるように、加水分解産物のpHが調整される。例えば、酵母は酸性条件下では発酵活性が低下するため、加水分解産物が酸性の場合は、pHを中性付近になるように調整すべきである。このようなpH調整は燃料用バイオエタノール製造でのアルコール発酵工程でも同様に行われるが、酢酸や強力な無機酸、アルカリ金属水酸化物等、食品製造に適さない、又は最終産物の風味を損なう試薬が用いられる。一方、本発明の態様において、最終産物であるアルコール飲料の品質を損なわないpH調整試薬が選択されるのが好ましい。好ましくは、前記加水分解産物のpHは、樹木材料由来の酸性成分と、食品添加物として許容されるアルカリ塩、例えば重曹によってpH6〜8に調整される。また、加水分解産物は固液分離され、その上清のみアルコール発酵工程に供すこともできる。
【0049】
本発明の方法において、使用する酵母の種類、添加量、発酵時間、温度、撹拌、発酵系への添加物等、アルコール発酵の諸条件は、実施する具体的態様に沿って、当業者が適宜設定することが出来る。アルコール発酵の条件は最終産物のアルコール飲料の風味に大幅に影響するので、所望の風味を有するアルコール飲料を取得出来る最適な条件が選択される。通常は、醸造用酵母かパン酵母を使用し、30℃以下、好ましくは25℃以下で、発酵初期は、酵母の増殖、中期以降はアルコール発酵に適した通気条件が選択される。発酵助剤として窒素系の添加物を加えても良い。また、好ましくは、最終産物のアルコール飲料の風味を損なう恐れのある条件は採用されない。
【0050】
本発明の方法において、上記に加水分解工程とアルコール発酵工程を分離する方法を示しているが、加水分解工程とアルコール発酵工程が同時に行われる、いわゆる並行複発酵とすることが望ましい。さらに好ましくは、並行複発酵前に2〜5時間の加水分解工程を酵素の最適条件で先行させ、その後酵母の生育条件に合わせることで、スラリーの粘度低下、酵素反応条件を優先した加水分解の効率化、酵母の初期生育の向上を図ることができる。並行複発酵は、日本酒や紹興酒のようにデンプン材料からアルコール度数の高いアルコール飲料を製造する場合に採用される発酵法で、多糖類の加水分解によって生成されたグルコースが直ちに酵母によってアルコールに変換されることにより、発酵系中のグルコースの濃度を低く保ったままアルコール発酵を進めることが出来るため、雑菌の繁殖防止の効果がある。また、プロセスの簡素化及び最終産物のアルコール飲料の品質向上のため、具体的な実施条件が許容する限り、並行複発酵が採用される。
【0051】
加水分解工程とアルコール発酵工程を並行複発酵として同時に行う場合、発酵条件は、リグノセルロースの加水分解とグルコースのアルコール発酵が良好なバランスで進行するように、当業者によって適宜設定される。
【0052】
アルコール発酵工程によって得られるアルコール発酵産物は、樹木材料中のリグノセルロースを主な糖質供給源とした酵母によるアルコール発酵の産物であるエタノール、並びに当該樹木材料由来のテルペン、酸エステル、及びラクトン物質のいずれか1つ以上を含有する。これらの芳香成分の組成は材料とした樹木によって異なっており、材料とした樹木の生木材や他の様々な事物を想起させる好ましい芳香を与える。他にも、当該アルコール産物が含有する成分として、酵母由来のアミノ酸、核酸、糖類、脂質、ビタミン、タンパク質等水溶性成分、ヘミセルロース由来の糖類、あるいはアルコール発酵されなかったグルコース等が挙げられる。
【0053】
アルコール発酵産物のアルコール濃度は、具体的な調製プロセスによって大幅に変動する。例えば、樹木材料の乾燥重量の10倍の水性媒体中で加水分解及び発酵を行い、樹木材料の50重量%を占めるセルロース及びヘミセルロースが加水分解されて生成した発酵可能な糖が、全て酵母によってアルコール発酵された場合、得られたアルコール発酵産物のアルコール濃度は約2.5重量%となる。
【0054】
アルコール発酵工程によって生成したアルコール発酵産物から、所望のアルコール飲料を調製する飲料調製工程が行われる。発明の方法において、アルコール飲料を如何なる種類の飲料として調製するかは、飲料調製工程において決定することが出来る。即ち、醸造酒を製造する場合は、飲料調製工程で、アルコール発酵産物を固液分離して上清を回収する。蒸留酒を製造する場合は、アルコール発酵産物をそのまま蒸留するか固液分離した上清を蒸留して、アルコールに富むフラクションを回収する。混成酒を製造する場合は、当該蒸留酒又は醸造酒に、所望の添加物を添加する。特に蒸留酒の場合には、良好な香りを保持するために、液温60℃以下、100〜200hPaで減圧蒸留することが望ましい。さらに、1回の蒸留で十分なアルコール度数が得られない場合には、2回以上の蒸留を行うことができる。
【0055】
飲料調製工程において固液分離を行い上清を除去した後には、固形残渣が残る。この固形残渣は、リグニン、リグニンが分解して生じた各種ポリフェノール、加水分解されなかったセルロース及びヘミセルロース、酵母細胞及びその不溶性成分、固液分離で上清として回収されなかった液体成分を含有する。この固形残渣についてもリグニンに富む機能性材料として、機能性食品、飼料、肥料、燃料、資材、キノコ栽培の菌床等の用途が考えられる。アルコール発酵産物をそのまま蒸留した場合の蒸留残渣も上記、固形残渣と同等の成分を含んでいるため、同様に、扱うことができる。さらに、これら残渣を樹木の湿式粉砕工程に戻し、収率を向上させることもできる。
【0056】
好ましい態様において、本発明の方法において、任意の段階で殺菌処理が行われる。殺菌処理はアルコール飲料の製造において通常採用される方法で行われ、好ましくは、一定時間特定の温度で材料を維持することにより達成される。当該特定の温度は、通常加熱により達成される。殺菌温度及び時間は、特定の細菌、例えば有害な細菌を死滅又は不活性化するように選択され得る。更に、当該特定の温度は、最終的なアルコール飲料が含有する筈の香味成分を変性し、あるいはその含量を減少させないように選択され得る。また、好ましくは、本発明の方法を通じて、この殺菌工程における高温処理以上の温度に材料が晒されることは無い。
【0057】
例えば、下記実施例において、殺菌は、並行複発酵を実施する前の材料を70〜80℃に1時間置くことによって実施された。
【0058】
材料
以下の実施例において、以下の材料を用いている。
スギ材:茨城県つくば市森林総合研究所内で生産・伐採されたもの
シラカバ材:北海道国有林内で伐採されたもの
加水分解酵素:セルロース及びヘミセルロースの混合調製品(Genencor社製Viscamyl Flow(試供品))
水:市販のミネラルウォーター
酵母:株式会社井上清助商店製徳用ドライイースト
【0059】
1.スギ材料からのアルコール飲料製造
スギの発酵前処理
茨城県つくば市森林総合研究所内で生産されたスギ材(樹皮部分を除いたもの)をチッパー、カッターミル、ジェットミルにより平均粒度20μmに微粉化した。このスギ木粉4.0kgを量り取り、ミネラルウォーター36.0kgと合わせて、ビーズミルのスラリータンクに投入した。ビーズミルは、食用油やマーガリンの加工など食品加工に使用される、アシザワ・ファインテック社製スターミルLME4を使用した。ビーズ径2mm(セラミック)、周速14.5m/sec、ポンプスピード2L/minでビーズミルを運転し、スギの湿式粉砕処理を行った。処理時間は20時間とした。湿式粉砕処理開始直後と比較して処理後は高粘度なクリーム状のスラリーとなった。
【0060】
上記湿式粉砕処理によって得られた約40.0kgのスギ樹木スラリーを、ポリタンクに回収した。これを遠心分離(9000rpm、10min)し、上清を除いて脱水した。脱水した粘土状のスラリーをステンレスタンクに回収し、使用するまで4℃で保管した。これを「スギ発酵前スラリー」とした。
【0061】
スギ醸造酒の製造(1回目)
上記スギ発酵前スラリー16.47kgをアルコール発酵用ステンレスタンクに投入した。スラリーの固形分濃度は12.5%であり、理論的には3.125%のエタノールが得られると試算された。セルロース、ヘミセルロース加水分解酵素であるビスカミルフロー(Food grade)を0.4kg添加した。ゆっくりと撹拌しながら37℃に加温したところでドライイースト15gを添加し、並行複発酵を開始した。
【0062】
並行複発酵開始後5時間で発酵槽内温度を20℃に設定した。その後発酵槽内温度を15℃に設定し、最終的に3日間並行複発酵を行った。
【0063】
アルコール発酵の進捗状況を把握するため、高速液体クロマトグラフィーにより発酵産物の分析を行った。発酵前と発酵後の試料をそれぞれ10g採取し、遠心分離によって上清を回収した。回収した上清をイオン交換水にて5倍もしくは10倍に希釈し、0.45μmのフィルターにて固形分を除去して分析サンプルとした。
【0064】
当該分析サンプルを、高速液体クロマトグラフィーによって分析した(
図2)。分析条件は以下の通りである。
使用機器:高速液体クロマトグラフィー LC−20AD(島津製)
検出器 RI−detector RI−201H(昭和電工製)
カラム Sugar KS−802, 6μm, 8.0mm x 300mm(昭和電工製)
分析条件:溶出溶媒H
2O, カラム温度80℃, 流速1mL/min
【0065】
発酵産物のエタノール濃度は19.49mg/mlであった。従って発酵産物のアルコール度数は1.95%であり、スギに含まれる発酵可能な糖からのエタノール収率は約64%であった。グルコースのピークは検出されなかったことから、アルコール発酵は全てのグルコースを消費して完了したと判断できる。一方、酵母による発酵を受けないヘミセルロース由来のキシロース(Xyl)は検出されている。
【0066】
発酵の完了後、発酵産物を回収して発酵産物を遠心分離(9000rpm、10min)により固液分離を行い、上清を0.45μmのフィルターで濾過した。これをスギ醸造酒−1とした。
【0067】
スギ醸造酒の製造(2回目)
上記発酵前処理で製造したスギ発酵前スラリー15.5kgを発酵槽に投入した。スラリーの固形分濃度は12.5%であり、理論的には3.125%のエタノールが得られると試算された。今回は並行複発酵の前に殺菌処理を行った。殺菌処理は70℃〜80℃で1時間保持することにより実施した。殺菌後発酵槽内を20℃に冷却し、ビスカミルフロー0.4kg、ドライイースト15gを添加して並行複発酵を開始した。発酵温度は20℃に設定した。
【0068】
発酵開始後5時間で発酵温度を9℃に変更した。一晩9℃で発酵を続けた後、液面が落ち着いてきたので徐々に温度を上げ、最終的に15℃まで設定温度を上げた。並行複発酵の期間は酵素と酵母を添加してから3日間であった。
【0069】
上記1回目のスギ醸造酒製造のときと同様の手順で、高速液体クロマトグラフィーにより発酵産物の分析を行った(
図3)。発酵産物のエタノール濃度は15.46mg/mlであった。従ってアルコール度数は1.55%で、スギに含まれる発酵可能糖からのエタノール収率は約50%であった。グルコースのピークは検出されなかったことから、アルコール発酵は全てのグルコースを消費して完了したと判断できる。
【0070】
回収した発酵産物を遠心分離(9000rpm、10min)により固液分離を行い、上清を0.45μmのフィルターで濾過して、得られた濾液8.2Lを密封したボトルに詰め4℃で保管した。これをスギ醸造酒−2とした。
【0071】
スギ蒸留酒の製造
上記スギ醸造酒−1をナスフラスコへ投入し、60℃で加温しながら150hPaに減圧して蒸留を行った。回収された蒸留物を、あらかじめ滅菌したガラス容器に回収した。
【0072】
回収した蒸留物を10倍もしくは20倍にイオン交換水で希釈したのち、0.45μmのフィルターで濾過して固形物を除去したものを、分析サンプルとした。分析は高速液体クロマトグラフィーで行い、分析条件は前述の醸造酒の分析方法と同じである(
図4)。蒸留物の濃度補正後のエタノール濃度は87.85mg/mlであった。従って蒸留物のアルコール度数は約8.8%であった。
【0073】
回収した1Lの蒸留物を滅菌したガラス瓶に詰め、4℃で保管した。これをスギ蒸留酒1とした。
【0074】
スギ蒸留酒1のうち500mlを量り取り、ナスフラスコへ投入して2回目の蒸留を行った。60℃で加温しながら150hPaに減圧して蒸留を行った。回収された蒸留物を、予め滅菌したガラス容器に回収した。これをスギ蒸留酒2とした。
【0075】
回収した蒸留物を50倍にイオン交換水で希釈したのち、0.45μmのフィルターで濾過して固形物を除去したものを、分析サンプルとした。分析は高速液体クロマトグラフィーで行い、分析条件は前述の方法と同じである。蒸留物の濃度補正後のエタノール濃度は304.5mg/mlであった。従って蒸留物のアルコール度数は約30%であった。
【0076】
2.シラカバ材料からのアルコール飲料製造
シラカバの発酵前処理
北海道国有林内産シラカバの樹皮部分を除き材のみとした。これをチッパー、カッターミル、ジェットミルにて平均粒度20μmに加工しシラカバ木粉とした。このシラカバ木粉4.0kgを量り取り、ミネラルウォーター36.0kgと合わせて、ビーズミルのスラリータンクに投入した。上記スギ材料からのアルコール飲料製造におけるのと同様の手順で、湿式粉砕を行った。
【0077】
上記湿式粉砕処理によって得られた約40.0kgのシラカバスラリーを、ポリタンクに回収した。これを遠心分離(9000rpm、10min)し、上清を除いて脱水した。脱水した粘土状のスラリーをステンレスタンクに回収し、使用するまで4℃で保管した。これを「シラカバ発酵前スラリー」とした。
【0078】
シラカバ醸造酒の製造(1回目)
上記シラカバ発酵前スラリー15.5kgを発酵タンクに投入した。スラリーの固形分濃度は13.7%であり、理論的には3.425%のエタノールが得られると試算された。並行複発酵前の殺菌処理を行った。殺菌処理は70℃〜80℃で1時間保持することにより実施した。殺菌後発酵槽内温度が53℃に下がったところでビスカミルフロー0.4kgを投入し、酵素によるセルロース、ヘミセルロースの加水分解(糖化)反応を2時間行った。この工程によって、スラリーの粘度を大幅に下げることができた。ここでスラリーのpHを測定したところ、3.5と酵母の生育には適さない酸性度であることが分かった。そのため、食品添加用の重曹50gを添加してpHを4.8に調整し、ドライイースト15gを添加して設定温度30℃で発酵を開始した。発酵はドライイースト添加から3日間行った。
【0079】
上記スギ醸造酒製造のときと同様の手順で、高速液体クロマトグラフィーにより発酵産物の分析を行った(
図5)。発酵開始から2日目の発酵産物のエタノール濃度は14.63mg/mlであったが、未発酵のグルコースが認められたことからアルコール発酵が完了していないことが分かった。発酵開始から3日目の発酵産物のエタノール濃度は19.87mg/mlであり最終的なアルコール度数は約1.99%であり、エタノール収率は約58%であった。この試料からはグルコースのピークは検出されなかったことからアルコール発酵は完了したと判断された。発酵産物の回収量は14.06kgであった。
【0080】
回収した発酵産物を遠心分離(9000rpm、10min)により固液分離を行い、上清を0.45μmのフィルターで濾過して、得られた濾液8.5Lを密封したボトルに詰め4℃で保管した。これをシラカバ醸造酒−1とした。
【0081】
シラカバ醸造酒の製造(2回目)
上記発酵前処理で製造したシラカバ発酵前スラリー13.86kgを発酵槽に投入した。スラリーの固形分濃度は13.7%であり、理論的には3.425%のエタノールが得られると試算された。並行複発酵の前に殺菌処理を行った。殺菌処理は70℃〜80℃で1時間保持することにより実施した。殺菌後発酵槽内温度が55℃に下がったところで食品添加用の重曹50gを投入してpHを5.2に調整し、次いでビスカミルフロー0.4kgを投入して酵素によるセルロース、ヘミセルロースの加水分解(糖化)反応を2時間行った。前回と同様、この工程によりスラリーの粘度を大幅に下げることができた。発酵槽内温度を38℃に設定して、ドライイースト15gを添加して並行複発酵を開始した。
【0082】
酵母添加後1時間ほどで発酵による発泡が見られた。酵母添加前に酵素反応でスラリー粘度を下げていたことにより、発泡による液面の上昇は観察されなかった。発酵開始から6時間後に設定温度を25℃に下げた。また設定温度は2日目に20℃、3日目に15℃とした。発酵は、ドライイースト添加から5日間行った。
【0083】
上記スギ醸造酒製造のときと同様の手順で、高速液体クロマトグラフィーにより発酵産物の分析を行った(
図6)。発酵開始から5日目の発酵産物のエタノール濃度は16.61mg/mlであり、最終的なアルコール度数は約1.66%であり、エタノール収率は約48%であった。この試料からはグルコースのピークは検出されなかったことからアルコール発酵は完了したと判断された。発酵産物の回収量は14.06kgであった。
【0084】
回収した発酵産物を遠心分離(9000rpm、10min)により固液分離を行い、上清を0.45μmのフィルターで濾過して、得られた濾液7.3Lを密封したボトルに詰め4℃で保管した。これをシラカバ醸造酒−2とした。
【0085】
シラカバ蒸留酒の製造
上記シラカバ醸造酒−1をナスフラスコへ投入し、60℃で加温しながら150hPaに減圧して蒸留を行った。回収された蒸留物を、あらかじめ滅菌したガラス容器に回収した。
【0086】
回収した蒸留物を10倍もしくは20倍にイオン交換水で希釈したのち、0.45μmのフィルターで濾過して固形物を除去したものを、分析サンプルとした。分析は高速液体クロマトグラフィーで行い、分析条件は前述の醸造酒の分析方法と同じである(
図7)。蒸留物の濃度補正後のエタノール濃度は38.07mg/mlであった。従って蒸留物のアルコール度数は約3.8%である。
【0087】
回収した1.2Lの蒸留物を滅菌したガラス瓶に詰め、4℃で保管した。これをシラカバ蒸留酒1とした。
【0088】
シラカバ蒸留酒1のうち500mlを量り取り、ナスフラスコへ投入して2回目の蒸留を行った。60℃で加温しながら150hPaに減圧して蒸留を行った。回収された蒸留物を、予め滅菌したガラス容器に回収した。これをシラカバ蒸留酒2とした。
【0089】
回収した蒸留物を50倍にイオン交換水で希釈したのち、0.45μmのフィルターで濾過して固形物を除去したものを、分析サンプルとした。分析は高速液体クロマトグラフィーで行い、分析条件は前述の方法と同じである。蒸留物のエタノール濃度は283mg/mlであった。従って蒸留物のアルコール度数は約28%である。
【0090】
3.メタノールの分析
樹木には細胞間層などにペクチン質を含むことが知られている。ペクチンからペクチンエステラーゼ酵素の作用によりメタノールが遊離することが懸念されるため、高速液体クロマトグラフィーによるメタノールの分析を試みた。
【0091】
エタノールとメタノールをそれぞれ1%ずつ含む分析サンプルを用意し、上記スギ醸造酒製造のときと同様の手順で、高速液体クロマトグラフィーによりそれらの分析を行った。その結果、メタノールは保持時間22.3 minで検出されることがわかり、糖成分の一種であるマンノースと同じ位置にピークを示すことが明らかとなった。
【0092】
上記スギ及びシラカバの醸造酒および蒸留酒の高速液体クロマトグラフィー分析結果には、保持時間22.3 minの部分にピークは認められない。このことから今回製造した酒類にメタノールは含まれないことが明らかとなった。これは原料の木材および使用した酵素にペクチンエステラーゼ活性がないこと、および木材中のペクチン含量が低いことによるものと考えられる。
【0093】
4.酵素加水分解処理上清の再利用によるアルコール度数増大
上記スギ醸造酒製造に用いたのと同じスギ木粉50g、ミネラルウォーター400mL、及び1Mリン酸緩衝剤(pH6.0)50mLを混合して、これを上記のようにビーズミルにかけてスギ樹木スラリーを得た。当該スラリーにビスカミルフロー10mLを添加して一晩50℃で糖化反応を行った。糖化反応後のスラリーを遠心分離して、上清と残渣に分けた。この残渣を4℃の冷蔵庫に保管した。この上清を、スギ木粉50g及び1Mリン酸緩衝剤(pH6.0)50mLと混合して、これを再びビーズミルにかけてスギ樹木スラリーを得た。当該スラリーにビスカミルフロー10mLを添加して50℃で一晩糖化反応を行った。糖化反応後のスラリーを遠心分離して、上清(2)と残渣(2)に分けた。この残渣(2)を4℃の冷蔵庫に保管した。この上清(2)を、スギ木粉50g及び1Mリン酸緩衝剤(pH6.0)50mLと混合して、これを再びビーズミルにかけてスギ樹木スラリーを得、上記のように糖化し、固液分離して、上清(3)と残渣(3)を得た。この作業を繰り返して、最終的に、上清(5)と残渣(5)を得た。これらの残渣(1)〜(5)を均一になるように混合し、3等分に分けて4℃で冷蔵保存した。上清(5)も、3等分に分けて4℃で冷蔵保存した。これら残渣(1)〜(5)の混合物の1/3分割物及び上清(5)の1/3分割物を1つずつ混合してスラリーを再形成し、ここに酵母を添加して、20℃でゆっくりと撹拌しながらアルコール発酵を実施した。発酵0時間、7時間、24時間、48時間で試料を採取し、上記スギ醸造酒製造のときと同様の手順で、HPLCにてグルコース濃度とエタノール濃度を測定した。測定結果を以下に示す。実験は2連で行い、数値はそれらの平均である。
【表1】
【0094】
本実施例において用いたスギのセルロース含有量は51%である。アルコール発酵に供したセルロース量と実際にエタノールに変換されたセルロース量との比率から求められるエタノール変換効率は 48時間時点で80.94%であった。発酵0時間ではセルロースの58.8%しかグルコースに変換していなかったことから、酵母によるアルコール発酵中にセルロースが加水分解してアルコール発酵可能な糖が更に供給される並行複発酵が起こり、セルロースからエタノールへの変換効率が上昇したと考えられた。
【0095】
5.酵素加水分解処理上清のみのアルコール発酵
上記上清の1/3分割物に酵母を添加して20℃でゆっくりと撹拌しながらアルコール発酵を開始した。発酵0時間、7時間、24時間、48時間でサンプルを採取し、上記スギ醸造酒製造のときと同様の手順で、HPLCにてグルコース濃度とエタノール濃度を測定した。測定結果を以下に示す。実験は2連で行い、その平均値を示している。
【表2】
【0096】
発酵0時間の酵素加水分解処理上清に含まれるグルコースが全てエタノールに変換した場合エタノール濃度は計算上25mg/ml程度になるが、発酵48時間時点でのエタノール濃度はそれを上回る44mg/mlに達した。これは0時間の上清に含まれていたグルコースが全てエタノールに変換されただけでなく、セロビオースやグルコースオリゴマーも並行複発酵によりエタノールへと変換されてエタノール濃度が高くなっていると考えられる。
【0097】
6.グルコースを添加したビーズミル処理上清のアルコール発酵
上記上清の1/3分割物に、グルコース濃度が10%となるように、グルコースを8.5g添加した。この溶液に酵母を添加して20℃でゆっくりと撹拌しながらアルコール発酵を開始した。グルコース添加前、グルコース添加後、1日後、3日後でサンプルを採取し、HPLCにてグルコース濃度とエタノール濃度を測定した。測定結果を以下に示す。実験は2連で行い、その平均値を示している。
【表3】
【0098】
この結果から、グルコースを追加しても問題なくアルコール発酵可能であり、グルコース追加により発酵産物のエタノール濃度を増大できることが明らかとなった。
【0099】
7.アルコール飲料の官能試験
本発明の方法で得られたスギ蒸留酒2及びシラカバ蒸留酒2(蒸留後アルコール度数20%に調整)の風味を、ソーダ蒸解スギパルプ、広葉樹クラフトパルプを、本発明の方法と同様に酵素と酵母を使って並行複発酵及び蒸留して得られたエタノール含有蒸留液(蒸留後アルコール度数20%に調整)と比較した。その結果を以下に示す。
【表4】
【0100】
本発明のスギ蒸留酒は、明らかにスギの香りと分かる強い芳醇な芳香を有していた。味については、生木を口に含んだときに感じるようなえぐみや渋味のような雑味は僅かで、アルコールの刺激の後に円熟味を帯びたスモーキーでビターな風味が余韻として残った。また、本発明のシラカバ蒸留酒は、スギ蒸留酒と全く異なる、熟した果実のような仄かに甘酸っぱい複雑な風味および熟成した樽の香りを有していた。
【0101】
一方、本発明の方法によらず、ソーダ蒸解スギパルプ、広葉樹クラフトパルプを、本発明の方法と同様に酵素と酵母を使って並行複発酵及び蒸留して得られたエタノール含有蒸留液は、20%エタノール溶液という以上の印象は無く、特段の味や香りは感じられなかった。
【0102】
8.アルコール飲料の揮発成分分析
上記で取得したスギ蒸留酒及びシラカバ蒸留酒に含有される揮発成分の分析を行った。本分析では、Solid Phase Micro Extraction(SPME)法を用いて各試料に含まれる揮発性成分を抽出し、GC−MS分析により各構成成分を推定する。
【0103】
気相部分(ヘッドスペース)の分析:250mLの各試料にNaCl(100mg)を加え塩析した状態で、50℃で5分間ホットスターラー上にて予備加熱を行った後、加熱・撹拌を継続しながらSPMEにより10分間気相を抽出した。ファイバーにはPDMS/DVB(膜厚65μm、桃色)、DVB/Carboxen/PDMS(膜厚50/30μm、灰色)の2種類を用いた。GC−MS分析には、DB−5MS UIカラムを用いた。シミラリティ検索にはNIST14ライブラリーを用いた。
【0104】
分析結果を
図8及び9に示す。スギ蒸留酒には、材料の油分に由来すると推察されるテルペン類(含酸素モノテルペン類、セスキテルペン類、含酸素セスキテルペン類)が多く検出され、特に、カジネン類を主体とする含酸素セスキテルペン類の構成割合が高かった。上記官能試験で認められたスモーキーでビターな風味がこれらの成分由来であることが推察される。テルペン類以外の特有成分として、香料として用いられるフェネチルアルコールと推定される成分が検出された。
【0105】
シラカバ蒸留酒は、はテルペン以外にも、スギ蒸留酒では検出されなかった、イソブチルアルコール、1−ヘキサノール、2−エチルヘキサノール、フェニルアセトアルデヒド等の様々なアルコール類、酢酸、酸エチルエステル物質やラクトン物質が検出され、上記官能試験で認められた完熟した果実香や熟成香がこれらの成分由来であることが推察される。興味深いことに、樽詰め蒸留酒の熟成香であるオーク・ラクトンも検出された。
【0106】
以上のように、本発明の醸造方法によって、樹木材料由来の成分や、それらが様々な複雑な化学変化を経て生成した成分が本発明のアルコール飲料に含有されており、それらが渾然一体となってアルコール飲料として嗜好に足る豊かな風味を構成していることが示唆される。