(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ナットの雌ネジのネジ山を、これに螺合するボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて、当該雌ネジのネジ山の傾斜面を当該ボルトの雄ネジのネジ山の根元部分と摺接させることによりボルトのネジ山に与える引張力及び曲げ力により生ずる内部応力を小さくするように形成したことを特徴とするナット。
丸棒のコイル状材料を冷間圧造又は切削加工により外形を仕上げて六角ナットのブランクを製作し、前記六角ナットのブランクの中央部に雌ネジを螺設するための下孔あけ加工を行い、前記六角ナットのブランクの下孔にタップのタップ部を挿通して下孔に雌ネジを螺設するナットの製造方法において、
タップ部のネジ山を当該タップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したタップにより雌ネジの螺設加工を行うことを特徴とするナットの製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に係るボルトと、それを用いた締結体及び当該ボルトの製造方法におけるボルトと、それを用いた締結体は、通常、振動などの繰返し荷重が加えられるところに使用されていることが多く、必ずしもボルトの疲労破壊を完全に防止できる機構とはいえなかった。
【0010】
すなわち、繰返し荷重が加わった場合、ネジの締結部が緩みにくいという効果はあるものの、ボルトそのものについては疲労強度向上策が施されているとはいえないので、現状のネジ締結体よりもボルト本数の減少、安全・安心のネジ締め効果の確保やメンテナンスフリーといった効果までは期待することができなかった。
【0011】
しかも、このようなネジ締結体は、少なくとも二種類のナットを使用しなければならないので、作業性、コスト及び重さ等の点において、必ずしもユーザーの満足を得るに足りるものとはいえなかった。さらに、かかる二重ネジは、埋め込みネジの場合には適用できないという問題があった。
【0012】
また、特許文献2に係る締結部材および締結構造におけるボルトは、ボルトのネジ山とナットのネジ山とが弾性的に摺接し、お互いに軸方向に反発力を生じせしめるものであるため、その発生した反発力により、緩み止め効果を奏するものである。
【0013】
しかし、このように形成されたボルトには、次のような問題がある。(1)このようなボルトは、一般的に、引張応力を受けるボルトのネジ山の付け根部において、大きな引張残留応力が発生するため、締結後の繰返し応力によって疲労破壊が発生するおそれがある。
さらに(2)一部完全ネジ山でないネジ山を有する、いわゆる「耐疲労ボルト」(特許第4701253号、特許第4977178号)のようなボルトには、非完全ネジ部におけるボルトとナットのネジ山の摺接個所が少ないため適用することができない。
【0014】
なお、「耐疲労ボルト」とは、ボルト円筒部側のネジ山の頂部の一部が除去され前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かってネジ山外径が縮径したテーパー部と、前記テーパー部の最小径部から前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かって緩やかな円弧状に形成された不完全ネジ除去部と、を有するボルトのことである。
【0015】
本発明は、かかる従来の問題点を解決するためになされたものであり、疲労強度の優れたナットと、ボルトを用いた、簡単なメカニズムで緩みにくい従来にない安全性、信頼性に優れた耐破壊用ネジ締結体を提供するものである。
これにより、場合によっては、一個所で使用しているボルト及びナットの数を大幅に減らすことができ、ボルト孔加工や作業工数の減少、安全・安心のネジ継手及びメンテナンスフリー等による大幅なコスト低減にも結び付けることができる。
【0016】
ここで、ボルトの疲労強度を支配する一般的要因について説明する。
表1はボルトが疲労劣化を生ずる要因、対策及びその効果についてまとめたものであ
る。疲労劣化を生ずる要因としては、(1)荷重分担が不均一、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中、(4)片当り、の4つを挙げることができる。
対策については、本発明による対策を四角の二重線で囲ってある。また、従来から行われてきた対策を四角の一重線で囲ってある。なお、従来から行われてきた対策についての説明は省略する。
【0017】
本発明は、表1において、四角の二重線で囲った対策を実現することにより、従来
の問題点を解決又は改善するナット及び当該ナットを使用した耐破壊用ネジ締結体を提供するものである。具体的には(1)ナットの雌ネジのネジ山をボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて形成するものである。また、(2)前記(1)に記載のナットと前記耐疲労ボルトとを併用するものである。
【0018】
【表1】
【0019】
なお、ボルトの緩みに関しては、多くの研究や製品開発がされているが、ボルトの疲労強度については、書籍等にはほとんど記載されていない。ボルトの疲労強度について長年研究はされてきたものの、ボルトやナットのネジ部分は基本的には、ボルトは、径が細い場合は転造で、径が太い場合は切削により製造される。また、ナットは径によらず切削加工により製造されるものであり、切削材の疲労強度を上げるのは非常に難しく、ほとんど成果が出ていないのが実情である。
【0020】
疲労破壊についてボルトとナットを比べると、壊れるのはボルトである。ナットが壊れることは極めて少ない。理由は、ボルトには引張応力が作用するが、ナットには圧縮応力が作用する。しかし、圧縮応力で壊れることは少なく、壊れるのは引張応力によるものである。
【0021】
また、ナットの雌ネジの谷の径の方が、ボルトの雄ネジの山の径よりも大きく、さらに、前記ボルトの雄ネジの山の径の方が、当該ボルトの雄ネジの谷の径よりも大きい。そうすると、ナットの雌ネジの谷の径をDとし、ボルトの雄ネジの谷の径をdとすると、ナットの雌ネジの谷の径の円周長はπDであり、ボルトの雄ネジの谷の径の円周長はπdであるため、πD>πdである。
一方、ボルトとナットのネジ山同士が摺接する個所に加わる力は、ボルトもナットも等しいため、ナットの方が雌ネジの谷の径の円周長が大きく、単位円周長当たりに受ける力が小さくなるため壊れにくくなる。
【0022】
したがって、表1に記載しているように、ボルトの疲労強度を支配する(1)荷重分担が不均一、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中、(4)片当り、の4つの要因のいずれか、または、その全てについて対策を講じることが、ボルト、ナットの疲労強度の改善につながる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係るナットは、ナットの雌ネジのネジ山を、これに螺合するボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて、当該雌ネジのネジ山の傾斜面を当該ボルトの雄ネジのネジ山の根元部分と摺接させるように形成したものである。
【0024】
また、本発明に係る耐破壊用ネジ締結体は、前記ナットと、
ボルト軸線の先端側に形成された雄ネジ部と、前記雄ネジ部のボルト頭部側又はボルト円筒部側のネジ山の頂部の一部が除去され前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かってネジ山外径が縮径したテーパー部と、前記テーパー部の最小径部から前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かって緩やかな円弧状に形成された不完全ネジ除去部と、を有するボルトと、を螺合させて使用するものである。
【0025】
また、本発明に係るナットの製造方法は、丸棒のコイル状材料を冷間圧造又は切削加工により外形を仕上げて六角ナットのブランクを製作し、前記六角ナットのブランクの中央部に雌ネジを螺設するための下孔あけ加工を行い、前記六角ナットのブランクの下孔にタップのタップ部を挿通して下孔に雌ネジを螺設するナットの製造方法において、螺設用のネジ山を当該タップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したタップにより雌ネジの螺設加工を行うものである。
【0026】
また、本発明に係るタップは、タップ部に形成した雌ネジ螺設用のネジ山を、当該タップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したものである。
【発明の効果】
【0027】
請求項1に記載の発明によれば、本発明に係るナットは、雌ネジのネジ山を、これに螺合するボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて、当該雌ネジのネジ山の傾斜面を当該ボルトの雄ネジのネジ山の根元部分と摺接させるように形成しているため、ボルトに締結した際のナットの雌ネジのネジ山先端部分が、ボルトの雄ネジの根元部分に摺接する。
当該摺接によりナットの雌ネジの先端部分が、ボルトの雄ネジの根元部分押圧するとともに、反発力を受けて変形しながら摺接する構造とすることで緩みにくくすることができる。
【0028】
また、締結前はナットのネジ山の先端部分がボルトのネジ山の根元部分に摺接しているだけのため、ナットを締め付ける際の摩擦力を可及的に低減し、締め付け易い構造を実現している。そして、締結後はネジ山の局部的な塑性変形によりナットとボルトのネジ山の当該塑性変形部分全体が摺接する構造となるため摺接面積が拡大して摩擦力が増大し、緩みにくくすることができる。
【0029】
また、本発明に係るナットは、従来のナットに比較して、ボルトの疲労強度を支配する要因である(1)荷重分担が不均一、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中、(4)片当り、の4つの要因のうち、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中及び(4)片当り、の3つの要因を解消することができる。
【0030】
請求項2に記載の発明によれば、本発明に使用するボルトは、ボルト軸線の先端側に形成された雄ネジ部と、前記雄ネジ部のボルト頭部側又はボルト円筒部側のネジ山の頂部の一部が除去され前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かってネジ山外径が縮径したテーパー部と、前記テーパー部の最小径部から前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かって緩やかな円弧状に形成された不完全ネジ除去部と、を有する、いわゆる前記「耐疲労ボルト」である。
更には、本発明に係る耐破壊用ネジ締結体は、請求項1に記載の前記ナットと、前記「耐疲労ボルト」と、を螺合させて使用するものである。
【0031】
このように構成することにより、ボルトの各ネジ山にかかる応力を略均一化することができ、さらに請求項1に記載のナットを併用することで、請求項1に記載の効果をも奏することができ、耐疲労強度を改善することができる。
また、不完全ネジ部の応力集中がほとんどなくなるため、応力集中係数はほとんど1に等しくなる。その結果、(1)荷重分担の均一化、(2)引張応力集中の緩和、(3)曲げ応力集中の緩和、(4)片当りの減少を期待することができる。さらに、雌ネジのネジ山の先端部分を雄ネジのネジ山の根元部分に摺接させることにより、ボルト軸線の方向に反発力が発生し、この力がネジ締結体の緩み防止に効果を発揮する。さらに、ボルトのナットと摺接する端面に圧縮応力を付与せしめるため、その後の繰返しに対し壊れにくくなる。
【0032】
このように、ネジ締結体の緩み防止と、ボルト自体の疲労強度向上により、安全・安心の耐破壊用ネジ締結体を実現することができる。
また、本耐破壊用ネジ締結体は、適切な使用条件のもとでは、ほとんど緩むおそれがないため、疲労限の向上分だけボルトには大きな変動荷重を付加させることができる。
【0033】
例えば、従来締結部に10本のボルトを使用していた場合、それを5本のボルト・ナットでも十分に安全性を確保することができる。その場合には、単にボルト・ナット等の数量を減らすだけでなく、ボルト孔加工の数も減らすことができ、ボルト・ナットの締付け作業も従来の半分で済む。
また、ボルト・ナットの使用本数を減らすことができることは、締結部の重量軽減にもつなげることができる。
【0034】
さらに、本耐破壊用ネジ締結体に係る発明によれば、応力集中を低減することができるため、耐疲労特性の改善に加えて、例えば、応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking、SCC)遅れ破壊(Delayed Fracture)などの疲労破壊以外の環境破壊などに対しても有効であると考えられる。
【0035】
請求項3に記載の発明によれば、丸棒のコイル状材料を冷間圧造又は切削加工により外形を仕上げて六角ナットのブランクを製作し、前記六角ナットのブランクの中央部に雌ネジを螺設するための下孔あけ加工を行い、前記六角ナットのブランクの下孔にタップのタップ部を挿通して下孔に雌ネジを形成させるナットの製造方法において、螺設用のネジ山を当該タップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したタップにより雌ネジの螺設加工を行うことを特徴とするナットの製造方法であるため、従来のナットの製造設備や製造工程を大幅に変更することなく、少ない投資費用で、特別な作業工程を追加することなく実施可能であり、本発明に係るナットを従来と同程度のコストで製造することを実現する。
【0036】
請求項4の発明によれば、請求項1又は請求項2に係るナットの製造に使用するタップは、タップ部に形成した雌ネジ螺設用のネジ山を、当該タップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けているために、前記ナットの雌ネジを前記ボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて螺設することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明の要旨は、ナットの雌ネジのネジ山を、これに螺合するボルトの雄ネジ部の引張り方向に2〜10°傾けて、当該雌ネジのネジ山の傾斜面を当該ボルトの雄ネジのネジ山の根元部分と摺接させるように形成したことを特徴とするナットである。
【0039】
また、前記ナットと、ボルト軸線の先端側に形成された雄ネジ部と、前記雄ネジ部のボルト頭部側又はボルト円筒部側のネジ山の頂部の一部が除去され前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かってネジ山外径が縮径したテーパー部と、前記テーパー部の最小径部から前記ボルト頭部側又は前記ボルト円筒部側に向かって緩やかな円弧状に形成された不完全ネジ除去部と、を有するボルトと、を螺合させて使用することを特徴とする耐破壊用ネジ締結体である。
【0040】
また、丸棒のコイル状の材料を使用してタップによりナットに雌ネジを螺設する製造方法において、螺設用のネジ山をタップ部の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したタップにより雌ネジの螺設加工を行うことを特徴とするナットの製造方法及びその製造に使用するタップである。
【0041】
以下、従来のボルト・ナットにおける疲労破壊の要因及び対策等について説明した後、従来のボルト・ナットの締結体における疲労破壊の要因について説明し、その要因を踏まえて本発明の実施例を図面に基づき詳細に説明する。
【0042】
[従来のボルト・ナットにおける疲労破壊の要因及び対策等について]
まず、最初にボルト・ナットにおける疲労破壊の要因及び対策等について、概要を説明する。ただし、以下の図面は模式的なものであり、各部の配置や寸法の比率等は現実のものとは必ずしも一致するものではない。
【0043】
図1は、従来のボルトに従来のナットを締結したときの概要側面図である。
ここで、「従来のボルト」及び「従来のナット」とは、従来から一般に使用されているメートルネジ(JIS B 0205)のボルト及びナットを指すものとする。「従来のネジ」も同様とする。
従来のボルト1は、
図1に示すように、軸線9上の、略六角形のボルト頭部3、ボルト円筒部5及び雄ネジ部4から構成し、当該雄ネジ部4にナット2の雌ネジ部24を螺合させて締結するよう構成している。そして、ボルト1の座面3aにワッシャ又は/及びバネ座金7並びに被締結物8、8を挿通し、さらにワッシャ又は/及びバネ座金7を挿通し、ナット2を螺合して締結する。
【0044】
このようにして締結されたボルト1とナット2において、ボルト1の雄ネジ部4の各ネジ山10b1、10b2、10b3・・・10bi・・・は、表2及び
図2に示すような荷重分担となっている。
【0045】
【表2】
(単位:%、全体で100%)
【0046】
表2において、横軸のP1、P2、P3・・・(以下各荷重の一つを「Pi」と表記する。)はボルト1の各ネジ山10b1、10b2、10b3・・・(以下各ネジ山の一つを「10bi」と表記する。)における各荷重を示す。また、表2中の数字は、各ネジ山10biが荷重分担する比率(%)を示す。例えば、本表において、ネジ山数が6のときのネジ山10b1の荷重分担比率は33.7%である。また、ネジ山10b2の荷重分担比率は22.9%である。以下同様に、ネジ山10b3は15.8%、ネジ山10b4は11.4%と荷重分担比率は減少してゆく。
この傾向は、ネジ山数が10のときも同じである。しかも、ネジ山数の多寡にかかわりなく荷重分担比率は、ほぼ同じである。
【0047】
図2は、従来のボルト1とナット2の締結状態におけるネジ山の荷重分担図である。すなわち、本図は、各ネジ山10biにおける各荷重Piの大きさを従来のボルト1とナット2の締結状態の側面図に記入した荷重分担図である。
図2から分かるように、(1)ボルト1の各ネジ山10biの荷重分担は不均一となっている。(2)ボルト1のネジ山数に関係なく、最初のネジ山10b1に全体の荷重の約3分の1の荷重P1がかかっている。また、最初のネジ山10b1、2番目のネジ山10b2、3番目のネジ山10b3は、それぞれ荷重P1、P2、P3を分担し、ネジ山10b1からネジ山10b3で全体の約70%強の荷重を分担している。このように、先頭のネジ部分であるネジ山10b1から10b3に荷重が集中し、これが疲労破壊を発生する要因となっている。
【0048】
このような荷重が集中をする要因は、次のように考えられている。すなわち、
図3において、ボルト1にナット2を螺合し、ボルト1に軸線9から左向きに荷重Pが加わると、ボルト1の各ネジ山10biのフランク11とナット2の各ネジ山20niのフランク22とが摺接しているため、ナット2の各ネジ山20niのフランク22から、摺接しているボルト1の各ネジ山10biのフランク11に対し、ボルト1の雄ネジ部の引張り方向(
図3の向かって右方向、または、ボルト1の先端部側)に荷重Piが作用する。この荷重Piは、摺接している各ネジ山10biの雄ネジの谷底13に対して引張力として作用し、引張応力を生じる。
【0049】
図3において、σmiは、m番目のネジ山10bmの荷重Pmによりi番目のネジ山10biの谷底13に生ずる応力を示す。例えば、1番目のネジ山20b1の谷底13には、σ11、σ21、σ31・・・σv1の応力が発生する。ここで、σ11は1番目のネジ山10b1の荷重P1による応力、σ21は2番目のネジ山10b2の荷重P2による応力、σ31は3番目のネジ山10b3の荷重P3による応力である。以下、σ41、σ51・・・はそれぞれ荷重P4、P5による応力である。また、「v」とはナット2と螺合するネジ山の総数のうち最後のネジ山の番号を示す。
【0050】
図3における「+」、「−」の符号は引張応力と圧縮応力の別を示す。すなわち、引張応力を「+」、圧縮応力を「−」で示す。
そうすると、ボルト1のネジ山10b1は本図の左側のフランク11が押圧されているために「+」となり、フランク11の右側はその逆となって「−」となる。
【0051】
したがって、
図3に示すように、1番目のネジ山10b1の谷底13には、+σ11、+σ21、+σ31・・・+σv1がすべて引張応力として作用する。
2番目のネジ山10b2の谷底には、−σ12、+σ22、+σ32・・・+σv2、3番目のネジ山10b3には、−σ13、−σ23、+σ33・・・+σv3の応力が作用する。
以下同様にして、引張応力の「+」と圧縮応力の「−」がキャンセルし合って、ネジ山10biの番号が後になればなるほど、その谷底13の応力σmiは小さくなっていく。
【0052】
[従来のボルト・ナットの締結体における疲労破壊の要因について]
次に、従来のボルト・ナットの締結体における疲労破壊の要因について、図面により説明する。なお、以下の説明では、煩雑さを避けるためにネジ山「10bi、20ni」の符号の表記は、特に必要のない限り省略する。
【0053】
従来のボルト1とナット2を螺合させたときの、雄ネジ10と雌ネジ20の螺合状態を示す
図4の断面図において、ボルト1の雄ネジ10のネジ山の角度φbと、ナット2の雌ネジ20のネジ山の角度φnは共に60°で、同一の角度である。
【0054】
すなわち、従来のボルト1の雄ネジ10のネジ山の角度φbは、軸線9と直交する直線Lと、フランク11aとのなす角度であるフランク角φ1及び前記直線Lと、フランク11bとのなす角度であるフランク角φ2との和である。
同様に、ナット2の雌ネジ20のネジ山の角度φnもフランク角φ1とφ2との和である。そして、従来のネジ山の角度φb、φnは、この和の角度(φ1+φ2)であり、いずれも60°である。
【0055】
また、当該ネジ山の角度φb、φnは、前記軸線9と直交する直線Lに対して左右対称であるためフランク角φ1とフランク角φ2は等しくなる。このため、フランク角φ1、φ2は、ネジ山の角度φb、φnの1/2であり、それぞれ30°となる。したがって、以下、フランク角φ1、φ2をφと表記する。
以上のように、雄ネジ10と雌ネジ20のそれぞれのフランク角は30°で等しいため、両者は上下対称であり、理論上は、前記雄ネジ10のフランク11bと、前記ナット2の雌ネジ20のフランク22a及びフランク11aとフランク22bとは、全面で摺接する。
【0056】
しかし、現実には、ボルト1とナット2は別工程で製造されるため、ボルト1を製造する過程で生起されるネジ山のピッチ公差によって、ボルト1のネジ山とナット2のネジ山との接触部に偏りを生じて接触部と非接触部とが生起されるため、全面で摺接することにはならない。しかも、仮に、寸法公差どおりに加工がされていたとしても、フランク11bとフランク22aとが全面で摺接することはあり得ない。両者の表面には小さな凹凸があるからである。
【0057】
したがって、前記フランク11bとフランク22a及びフランク11aとフランク22bは、ボルト1とナット2の製造上の公差等によって両者の接触個所に偏りを生起し、フランク11b、22a及び11a、22bが摺接する個所は、その表面の一部分となる。これを「片当り」と呼んでいる。したがって、フランク11bとフランク22a及び11aと22bは、その全面が摺接するのではなく、いずれかの個所で片当り状態となって摺接する。
【0058】
ここで、
図5に示すように、雌ネジ20のフランク22aの先端部分が、雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xで摺接した場合について説明する。ただし、点Eは、フランク22aとフランク22bの延長線の交点である。
【0059】
図5は、従来のナット2と、従来のボルト1を螺合したときに作用する力の関係を示す説明図である。なお、本図における力Fは、
図3における荷重Piと同義である。以下は、前記フランク22aとフランク11bに作用する力についての説明であるので、一般に力学の分野で広く用いられている記号F及びfを用いて説明する。
【0060】
ナット2の雌ネジ20のフランク22aの根元部分は、本図に示すように、例えば、前記ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xで摺接している。そして、当該先端部分Xには、荷重Pにおける1個のネジ山が負担する力Fが作用する。すなわちナット2の雌ネジ20のフランク22aの根元部分は、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xを力Fで押圧する。この力Fは、前記フランク11bに垂直方向の成分であるF2=Fcosφと、フランク11bに沿った方向の成分であるF1=Fsinφに分解することができる。
すなわち、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xは、力F2=Fcosφ1と力F1=Fsinφの成分を有する力Fで、押圧される。
なお、φ=30°であるから、cosφ=(√3/2)、sinφ=(1/2)となるが、以下では、cosφ、sinφで表記する。
【0061】
これに対して、前記ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xは、力Fの反作用による力fにより、ナット2の雌ネジ20のフランク22aの根元部分を押圧する。この力fは、前記の力Fと大きさが同じで、力の向きが180°反対である。この反作用による力fは、前記フランク11bの垂直方向の成分であるf2=fcosφと、フランク11bに沿った方向の成分であるf1=fsinφに分解することができる。
すなわち、ナット2の雌ネジ20のフランク22aの根元部分は、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの先端部分Xから、力f2=fcosφと、力f1=fsinφの成分を有する反作用による力fを受ける。
なお、作用反作用の法則により、力F1と力f1及び力F2と力f2とはそれぞれ大きさが同じで、力の向きが180°反対である。
【0062】
ここで、力F1は、
図5に示すように、ボルト1のネジ山をフランク11bに沿ってネジ山の頂方向に作用する引張力である。すなわち、この力F1は、ネジ山が伸張する方向に作用する。
しかし、当該ネジ山が伸張する塑性変形をしない限り、その形状を維持するために、ネジ山の内部では当該引張力F1に対する内部応力が発生する。
【0063】
内部応力とは、力を加えられた部材内に発生している単位面積あたりの力のことであり、
内部応力σ=引張力/断面積 で表される。
したがって、摺接する個所である先端部分Xにおける雄ネジ10の内部応力σ1は、当該先端部分Xにおける力Fが加えられる部分の断面積をS1とすると、
σ1=F1/S1 となる。
そして、摺接する個所である先端部分Xにおけるネジ山の断面積S1は、ネジ山の谷底13における断面積に比べて小さい。したがって、先端部分Xにおける内部応力σ1は、ネジ山の根元部分におけるよりも大きくなる。
【0064】
なお、この計算式における内部応力σ1はあくまでも全体の断面積における平均値であり、実際には力を加えられた部材の形状に応じて各部位ごとに内部応力が異なるため、内部応力の解析はそれほど簡単ではない。現実には、内部応力の解析は、CAE(Computer Aided Engineering)に依らなければ相当の困難を伴う。
【0065】
次に、力F2は、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bを、
図5に示すように、点Eを支点として反時計回りの方向に曲げようとする力である。この力F2により点Eと先端部分Xの間には、フランク11bの面に当該力F2により伸張させようとする力が働く。また、その裏側のフランク11aの面には当該力F2により圧縮しようとする力が働く。
【0066】
つまり、力F2は、雄ネジ10のネジ山を力F2の方向に曲げようとする力として作用し、その結果、摺接する側のフランク11bが伸縮方向、その裏側のフランク11aが圧縮方向の力として作用する。これが前記
図3において説明した引張応力(+σ)と圧縮応力(−σ)の生じる理由である。
【0067】
しかし、実際には、点Eから当該雄ネジ10の谷底13までの部分は、ボルト1のボルト円筒部5の延長上にある部分であるために当該応力σ1に係る断面積S1は極めて大きい。したがって、この部分に発生する内部応力σ1は無視できる。
一方、雄ネジ10の谷底13から先端部分Xまでは長さが長いため、曲げようとする力F2を受けると、雄ネジ10のネジ山の伸縮量及び圧縮量も大きくなる。したがって、曲げ応力は大きくなり疲労強度に大きく影響する。
【0068】
また、力F2の作用については、次のようにも考えられる。すなわち、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの直線部分の谷底13方向の終端である変曲点をGとし、先端部分Xと変曲点Gとの長さをL1とすると、力F2は、変曲点Gを支点として反時計回りの方向に回転させようとする力である。したがって、L1×F2からなる力のモーメントが発生する。力のモーメントとはこの式が示すとおり、長さ×力であり、例えば、梃子の原理もこの力のモーメントによるものである。梃子の原理によれば、力点に同じ力F2を加えた場合であっても、梃子の力点から支点までの長さが2倍になれば、作用点に作用する力も2倍になる。
よって、雄ネジ10には、その先端部分Xである長さL1の個所から力F2によるL1×F2なる力のモーメントによる力が加えられ、その結果、雄ネジ10を力F2の加わる方向に曲げようとする大きな力が作用することになる。
【0069】
以上のように、従来のボルト・ナットの締結体における疲労破壊の要因は、
図2で説明したとおり、(1)荷重分担が不均一である。さらに、(4)ボルト1のフランク11bの先端部分Xで片当りが発生すると、(2)ナット2からフランク11bに沿ってネジ山の頂方向に作用する引張力F1により引張応力を生じる。(3)また、フランク11bに垂直方向の力F2による曲げ応力を生じる。これにより、当該ボルト1とナット2は、疲労破壊の4つの要因の全てに該当し、当該ボルト1が疲労破壊に至ることが論理付けられる。
【0070】
すなわち、表1に記載したように、従来のボルト・ナットの締結体における疲労破壊の要因である(1)荷重分担が不均一、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中、(4)片当り、の4つの要因のいずれにも該当する。したがって、従来のボルト・ナットの締結体は、以上のような理由により疲労破壊に至る危険性を有している。
したがって、前記4つの要因のいずれか又はその全てについて対策を講じることが、ボルト、ナットの疲労強度を改善することにつながる。
【0071】
[第1の発明について]
次に、第1の発明に係るナット2を使用することにより従来のボルト・ナット締結体における前記疲労破壊の要因の対策について、図面により説明する。
図6は、第1の発明に係るナット2の断面図である。本図において、実線は本発明に係るナット2の山形を示す。また、二点鎖線は従来のナット2の山形を示す。
【0072】
本発明に係るナット2は、雌ネジ20のネジ山を、ボルト1の雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けて形成し、当該雌ネジ20のフランク22aの先端部分を、当該ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接させるように形成したことを特徴とするナットである。
【0073】
図7は、
図6におけるA部を拡大した本発明に係るナット2の下半分の断面図である。
図7において、二点鎖線で表された従来のネジ山の角度は、当該ネジ山のフランク22a、22bを上方に延長した交点Eのなす角度であり、前記のとおり60°である。また、フランク22a、22bのなすそれぞれのフランク角φ、φは、点Eと当該ネジのピッチLpを二等分する点Hを結ぶ直線Lと、それぞれのフランク22a、22bとがなす角度であり、それぞれ角度は相等しいため、ネジ山の角度の1/2となり、前記のとおり30°である。
なお、直線Lは、軸線9と直交する。
【0074】
一方、本図において実線で表された本発明に係るナット2の雌ネジ20のネジ山の角度は、前記軸線9と直交する直線Lに対して雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けているものである。この傾きの角度をθとする。
この傾きの角度θは、当該雌ネジ20のネジ山のフランク22a、22bを上方に延長した交点Fと当該ネジのピッチLpを二等分する点Jとを結ぶ直線を直線Mとすると、当該直線Mと前記直線Lとのなす角度である。
【0075】
なお、当該雌ネジ20のネジ山を雄ネジ部4の引張り方向に傾きの角度θだけ傾けることによりフランク22aの先端部分を、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分に摺接するよう構成しているため、本発明に係るナット2の雌ネジ20のピッチLpは、従来の雌ネジ20のピッチLpとピッチの大きさは同じであるが、
図7に示すように、約(√3/2)Lp・tanθだけ本図の左側にずれる。
【0076】
また、雄ネジ部4の引張り方向に角度θ傾いた直線Mと、フランク22a、22bとのなすフランク角をそれぞれφ1、φ2とすると、本発明に係るナット2の雌ネジ20のネジ山の角度は、
図7からわかるように、フランク角φ1とφ2の和となる。この和の角度は(φ1+φ2)<2φであり、従来のネジ山の角度である60°よりも小さくなる。
【0077】
本発明に係るナット2の特徴は、雌ネジ20のネジ山を雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた点にある。
この傾きの角度θを2〜10°とした理由について以下に説明する。先述のように、従来のネジ山の角度は60°であり、フランク角はその半分の30°である。
そうすると、当該傾きの角度θを30°にしたのではネジ山が入らなくなる。そこで、上限値をその1/3の10°とした。また、当該傾きの角度θを0°にしたのでは圧力を生じない。そこで、下限値を2°とした。この数値は図面を描いて幾何学的手法を用いて決定したものであり、この範囲内であれば所期の目的を達成することが可能である。
【0078】
本発明に係るナット2の雌ネジ20のネジ山は、雄ネジ部4の引張り方向に角度θだけ傾いているために、当該雌ネジ20のフランク22aの先端部分は、前記ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接する。この摺接状態は、
図7のナット2の断面図における上半部分、下半部分とも上下対称になる。
【0079】
図8は、本発明に係るナット2と、従来のボルト1を螺合したときの断面図である。本図に示すように、ナット2のフランク22aの先端部分は、ボルト1のフランク11bの根元部分Yで摺接するよう構成している。
【0080】
図9は、
図8におけるB部を拡大した本発明に係るナット2と、従来のボルト1を螺合したときに作用する力の関係を示す説明図である。
ナット2の雌ネジ20のフランク22a先端部分は、本図に示すように、前記ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yで摺接する。そして、当該根元部分Yには、前記のとおり力Fが作用する。すなわち、ナット2の雌ネジ20のフランク22aは、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bを力Fで押圧する。この力Fは、前記フランク11bの垂直方向の成分であるF2=Fcosφと、フランク11bに沿った方向の成分であるF1=Fsinφに分解することができる。
すなわち、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yは、力F2=Fcosφと力F1=Fsinφの成分を有する力Fで押圧される。
【0081】
これに対して、前記ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yは、力Fの反作用による力fにより、ナット2の雌ネジ20のフランク22aの先端部分を押圧する。この力fは、前記の力Fと大きさが同じで、力の向きが180°反対である。この反作用による力fは、前記フランク11bの垂直方向の成分である力f2=fcosφと、フランク11bに沿った方向の成分である力f1=fsinφに分解することができる。
すなわち、ナット2の雌ネジ20のフランク22aの先端部分は、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yから、力f2=fcosφと、力f1=fsinφの成分を有する反作用による力fを受ける。
なお、作用反作用の法則により、力F1とf1及び力F2とf2は、それぞれ大きさが同じで、力の向きが180°反対である。
【0082】
ここで、力F1は、
図9に示すように、ボルト1の雄ネジ10のネジ山をフランク11bに沿って、ネジ山の頂方向に作用する引張力である。すなわち、この力F1は、ネジ山が伸張するに方向に作用する。
しかし、当該ネジ山が伸張する塑性変形をしない限り、その形状を維持するために、ネジ山の内部では当該引張力F1に対する内部応力が発生する。
【0083】
内部応力とは、先述のとおり力を加えられた部材内に発生している単位面積あたりの力のことであり、先述したとおり、
内部応力σ=引張力/断面積 で表される。
したがって、摺接する個所である根元部分Yにおける内部応力σ2は、当該根元部分Yにおける断面積をS2とすると、
σ2=F1/S2 となる。
そして、摺接する個所である根元部分Yにおける力F1が加えられる部分のネジ山の断面積S2は、前記ネジ山の先端部分Xにおける断面積に比べてはるかに大きい。したがって、根元部分Yにおける内部応力σ2は、前記内部応力σ1よりもはるかに小さくなる。
【0084】
なお、この計算式における内部応力σ2はあくまでも平均値であり、現実には、内部応力の解析は、CAE(Computer Aided Engineering)に依らなければ相当の困難を伴うことは前記に同じである。
【0085】
次に、力F2は、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bを、
図9に示すように、点Eを支点として反時計回りの方向に曲げようとする力である。この力F2により点Eと根元部分Yの間には、フランク11bの面に当該力F2により伸張させようとする力が働く。また、その裏側のフランク11aの面には当該力F2により圧縮しようとする力が働く。
【0086】
しかし、実際には、点Eから当該雄ネジ10の谷底13までの部分は、ボルト1のボルト円筒部5の延長上にある部分であるため当該応力σ2に係る断面積S2が極めて大きい。したがって、この部分に発生する内部応力σ2は無視できる。一方、雄ネジ10の谷底13から根元部分Yまでは長さが短いため、曲げようとする力F2を受けても雄ネジ10のネジ山の伸縮量及び圧縮量が大きくならない。このために、曲げ応力が疲労強度に与える影響は小さい。
【0087】
また、力F2の作用については、次のようにも考えられる。すなわち、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの直線部分の谷底13方向の終端である変曲点をGとし、根元部分Yと変曲点Gとの長さをL1とすると、力F2は、変曲点Gを支点として反時計回りの方向に回転させようとする力である。したがって、L1×F2からなる力のモーメントが発生する。力のモーメントとはこの式が示すとおり、長さ×力であり、例えば、梃子の原理もこの力のモーメントによるものである。梃子の原理によれば、力点に同じ力F2を加えた場合であっても、梃子の力点から支点までの長さが2倍になれば、作用点に作用する力は2倍になる。
したがって、長さL1が長くなれば雄ネジ10の根元部分Yに加わる力のモーメントの大きさも大きくなり、その結果、雄ネジ10の引張応力及び曲げ応力も大きくなる。
【0088】
しかし、雄ネジ10の谷底13の変曲点Gから根元部分Yとの長さL1は、長さが短いため、雄ネジ10には、長さL1の個所から力F2によるL1×F2なる力のモーメントによる力が加えられるが、その力のモーメントは小さい。
したがって、根元部分Yと変曲点Gとの長さL1における伸縮量及び圧縮量は小さいため、力のモーメントにより発生する曲げ応力の値は小さくなる。
よって、当該曲げ応力が疲労強度に与える影響は小さい。
【0089】
以上のように、本発明に係るナット2は、当該ナット2の雌ネジ20のフランク22aの先端部分を、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接するように、傾きの角度θを2〜10°だけ雄ネジ部4の引張り方向に傾けて形成しているために、ボルト1のネジ山に与える引張力や曲げ力により生ずる内部応力σ2を小さくすることができる。
【0090】
また、本発明に係るナット2は、雌ネジ20のフランク22aの先端部分を、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接するように構成しているために、当該摺接面積は、従来のネジの場合に比べて狭くなることが想定される。
【0091】
したがって、このような状態は「片当り」になるが、この場合には接圧が高くなり、しかも、前記のとおりナット2の雌ネジ20は、内部応力によっては破壊しにくいため、雌ネジ20のフランク22aに局部的に容易に塑性変形が発生して片当り状態が解消される。
【0092】
さらに、雌ネジ20の谷底23から当該フランク22aの先端部分までは長さが長いため雌ネジ20の先端部分は前記根元部分Yに弾接し、ナット2のフランク22aの先端部分は力Fで、ボルト1のネジ山のフランク11bの根元部分Yを押圧する。
【0093】
さらに、雌ネジ20のフランク22aの先端部分が、雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yから反作用による力fを受けて局部的に変形しながら雌ネジ20と雄ネジ10が摺接する構造とすることで、雄ネジ10と雌ネジ20が軸線9方向にお互いに反発させるような軸力が発生し、これが耐緩み性を付与させて、従来のボルト1とナット2の螺合に比べて緩みにくくするとともに、さらに耐疲労特性にも良好な耐破壊用ネジ締結体100を得ることができる。
【0094】
また、締結前は雌ネジ20のフランク22aの先端部分が、雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yに摺接しているだけのため、ナット2を締め付ける際の摩擦力を可及的に低減し、締付け易い構造を実現している。
そして、締結後は局部的な塑性変形によりナット2とボルト1のフランク11b、22aの当該塑性変形部分全体が摺接する構造となるため摺接面積が拡大して摩擦力が増大し、緩みにくくすることができる。
【0095】
本発明に係るナット2は、従来のナット2に比較して、以上のように構成されており、かつ、以上説明したような作用を有するために、ボルト1の疲労強度を支配する要因である(1)荷重分担が不均一、(2)高い引張応力集中、(3)高い曲げ応力集中、(4)片当り、の4つの要因のうち、
(2)高い引張応力集中及び(3)高い曲げ応力集中について、上記の原理により要因を解消することができる。
【0096】
また、(4)片当りについても、雌ネジ20のフランク22aの先端部分が、前記雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接すると接圧が高くなり、雌ネジ20のフランク22aの先端部分に局部的に容易に塑性変形が発生して片当り状態を解消することができる。
以上のとおり、第1の発明によれば、ボルトの疲労強度を支配する4つの要因のうち、(2)から(4)の3つの要因について対策を実施することができる。
【0097】
[第2の発明について]
次に、第2の発明について図面により説明する。
本発明は、第1の発明をさらに上回る特性を備えたものである。すなわち、第2の発明に係る耐破壊用ネジ締結体100は、雄ネジ10と雌ネジ20の螺合によるネジ締結体において、
図10に示すように、前記第1の発明に係るナット2と、前記「耐疲労ボルト」と、を螺合させて使用することを特徴とするものである。
【0098】
第2の発明に使用する「耐疲労ボルト」は、
図10に示すように、ボルト1のボルト円筒部5側の雄ネジ部4に、ネジ山を除去して縮径した不完全ネジ除去部6と、当該不完全ネジ除去部6から徐々に拡径するネジ山の頂部の一部が除去されたテーパー部4aとを鈍い円弧状に形成させたものである。
【0099】
そして、
図10におけるボルト1のC部拡大図に示すように、不完全ネジ除去部6から徐々にネジ山を拡径して従来のネジ山の高さに至るテーパー部4aを形成している。これにより不完全ネジ除去部6の応力集中はほとんどなくなり、応力集中係数αは、ほとんど1に等しくなって、荷重分担の均一化を実現することができる。
【0100】
このように形成されたボルト1の雄ネジ部4の雄ネジ10に螺合する第1の発明に係るナット2の雌ネジ20は、テーパー状に形成された部分が螺合高さの70〜80%を占めるのが理想的としているために、ナット2の雌ネジ20の端面では、雄ネジ10のネジ山の高さは完全ネジ山高さの20〜30%程度にすぎない。しかし、この場合でも、雌ネジ20のフランク22aの先端部分が雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yに摺接するように2〜10%の傾きの角度θを有しているので、雄ネジ10のネジ山の頂部が部分的に除去されていても確実に締結することができ、締結強度に遜色は認められない。
【0101】
第2の発明は、以上のように構成しているために、不完全ネジ部の応力集中がほとんどなくなり、応力集中係数αはほとんど1に等しくなる。これにより、(1)荷重分担の均一化を実現することができる。
したがって、第2の発明は、前記(2)から(4)の要因を対策済みの第1の発明に係るナット2を併用するものであるため、ボルト1の危険断面であるナット2の雌ネジ20の端面において疲労強度を支配する(1)から(4)の4つの要因の全てに対して、対策を講じていることになる。すなわち、(1)荷重分担の均一化、(2)引張応力集中の緩和、(3)曲げ応力集中の緩和、(4)片当りの減少、の全てを実現することができる。
【0102】
さらに、雌ネジ20のフランク22aの先端部分が雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yに弾接して摺接するよう構成することにより、ボルトの軸線9の方向に反作用による力が発生し、この力がネジ締結体の緩み防止に効果を発揮する。
ナット2の雌ネジ20のネジ山を雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けることにより、螺合させる際に摩擦力の増加を生ずるが、従来どおり、素手で螺合させた後、工具を使用することで、問題なく締結することができる。
【0103】
このように、ネジ締結体の緩み防止と、ボルト1自体の疲労強度向上により、安全・安心の締結部を実現することができる。
また、本耐破壊用ネジ締結体100は、適切な使用条件のもとでは、ほとんど緩むおそれがないため、疲労限の向上分だけボルト1には大きな変動荷重を付加させることができる。
【0104】
例えば、締結部に従来10本のボルト1を使用していた場合、それを5本のボルト1、ナット2でも十分に安全性を確保することができる。その場合には、単にボルト1、ナット2等の数量を減らすだけでなく、ボルト孔加工の数も減らすことができ、ボルト1、ナット2の締付け作業も従来の半分で済む。
また、ボルト1、ナット2の使用本数を減らすことができることは、締結部の重量軽減にもつなげることができる。
【0105】
さらに、本締結体の発明は、応力集中を低減することができるため、耐疲労特性の改善に加えて、例えば、応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking、SCC)や遅れ破壊(Delayed Fracture)などの疲労破壊以外の環境破壊などに対しても有効であると考えられる。
【0106】
本締結体は、従来のボルト1及びナット2との組み合わせに対して適用できることはいうまでもないが、それ以外にも、例えば、埋め込みボルトや両ネジボルトの場合にも、問題なく適用可能である。埋め込みボルトの場合、雌ネジ20側のネジ山を雄ネジ10の挿入側に少し傾けた形状に加工することにより、両者を螺合させた場合、雄ネジ10のネジ山と雌ネジ20のネジ山とが軸線9方向にお互いに反発させるような軸力が発生し、これが耐緩み性を付与させて従来のボルト1とナット2の螺合に比べて緩みにくくするとともに、さらに耐疲労特性にも良好な耐破壊用ネジ締結体100を得ることができる。
【0107】
また、本発明に係るナット2及び耐破壊用ネジ締結体100に使用するボルト・ナットの材料に関しては、特に制約を設ける必要はなく、金属、非金属を問わず、全ての固体材料にその考え方を適用できる。しかし、特に効果が顕著と考えられるのは、鉄鋼材料や銅、アルミニウム、チタン及びマグネシウム等の軟質金属とそれらの合金類である。また、一部の硬質金属に適用する場合、ボルト1及びナット2の両方とも同じ硬質であると、両者の螺合時に噛付きを起こすおそれがあるので、その場合は壊れにくい雌ネジ20側の材料を少し軟らかい材料(ボルト1材料の硬さを100%とした場合、ナットの硬さを、ボルトの硬さと同等または60〜90%程度)に変更することが望ましい。
このように構成することにより、部分的に片当りが発生していても、締結使用時に軟らかいナット2のネジ山が変形して、片当りを緩和する。
【0108】
[耐破壊用ネジ及び締結体の製造方法及びタップについて]
第1の発明に係るナット2は、ナット2の雌ネジ20のネジ山を雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた形状に螺設することにより製造することができる。このような加工工程は、まず(1)材料を投入する。材料はコイル状の丸棒である。(2)投入された材料を工作機械で六角形状等の棒鋼を掴んで回転させながら、切削加工により外形を仕上げて六角ナットのブランクを製作する。(3)前記六角ナットのブランクの中央部に雌ネジ20を螺設するための下孔あけ加工を行う。
【0109】
下孔あけ加工は、ア 下孔あけ、イ 外面取り加工、ウ 切断、エ 孔面取りの工程により行う。(4)前記下孔にネジ山を雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた形状に形成する螺設加工を行う。
【0110】
ネジ山を形成する螺設加工は、その先端方向又はその逆方向に2〜10°傾けた形状の刃を有するタップにより行う。本発明に係るタップの一例として、ベントタップ40を使用して螺設加工を行う例について説明する。ベントタップ40とは、ナット2の下孔に雌ネジ20を螺設する工具であり、
図11(a)に示すように、略ステッキ状をしている。
ステッキの石突に相当する部分が雌ネジ20を螺設する刃の部分であるタップ部41を形成する。タップ部41から延伸したシャンク42は、ステッキの杖部に相当する直線部42aと、その終端にステッキの握り手に相当する曲がった部分であるベント脚部42bとから構成されている。
【0111】
ベントタップ40のタップ部41は、先端から徐々に拡径しながら高さが高くなってゆく刃を形成している。このようなタップ部41の刃について、拡径の段階に応じて先タップ、中タップ、仕上げタップと呼んでいるところもある。
当該タップ部41のネジ山は、ナット2の頭部から螺設する場合は、
図11(b)のD部拡大図に示す方向に2〜10°傾けて形成しているものを使用する。また、ナット2の底部から螺設する場合は、
図11(c)のD部拡大図に示す方向に2〜10°傾けて形成しているものを使用する。
【0112】
図12は、前記ベントタップ40を用いて六角ナットのブランク51に雌ネジ20を螺設してナット2を製造するタップ立て装置50の概略説明図である。本図において、図示しないホッパーで向きを揃えられた六角ナットのブランク51は、シュータ52において順番に降下し、ワーク把持部53で把持されて、右方に押し出される。押し出された六角ナットのブランク51は、前記形成された下孔に、前記ベントタップ40のタップ部41が挿入される。
主軸55は、ベントタップ40の直線部42aを軸として当該ベントタップ40を回転させる。
前記六角ナットのブランク51の下孔に挿入された前記タップ部41の刃は、回転しながら、徐々に雌ネジ20を螺設する。
【0113】
このようにして、六角ナットのブランク51の螺設加工を行い、当該螺設加工が終わった六角ナットのブランク51は、ガイド54中を、ベントタップ40の直線部42aからベント脚部42bの方向に一方通行により通過して前記ベント脚部42bから完成品のナット2が次々と放出落下されて回収される。
【0114】
以上の製造工程を経ることで本発明に係るナット2の製造をすることができる。しかし、切削加工による製造方法では、高い精度のナット2が製造できるメリットはあるが、コスト面で割高になる。
【0115】
量産性を向上するためには、次のような製造工程をとることにより実現することができる。
(1)冷間圧造により六角ナットのブランク加工を行う。
ア 冷間圧造に使用する材料は、前記コイル状の丸棒を使用する。
前記材料は、まず直線機で直線状にされる。
イ 次に、ナットフォーマという機械に投入し、ブランク加工をする。
ナットフォーマでは、
(ア)材料を必要な量に切断する。
(イ)次に、圧造された六角の外面取り及び孔面取りを行う。
(ウ)中心部の雌ネジ20となる下孔をあける。この下孔あけの工程を特に「ピアシング」と呼ぶ。
【0116】
(2)前記ブランク加工された六角ナットのブランク51の前記下孔に、雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた形状にネジ山を螺設加工する。ネジ山の螺設加工は、例えば、前記雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた形状の刃を有するベントタップ40を用いて行う。螺設の加工方法は前記切削加工の製造方法において説明したのと同様であるので説明を省略する。
【0117】
第1の発明に係るナット2及び第2の発明に係る耐破壊用ネジ締結体100に使用するナット2の製造方法は上記説明のとおりである。
【0118】
次に、当該耐破壊用ネジ締結体100に使用するボルト1の製造方法は、
(1)ボルト1の不完全ネジ除去部6に該当する部位を鈍い円弧状に、そこからはテーパー状に絞り加工を行う。
(2)その後は、通常の転造工程による雄ネジ10の螺設加工を行う。
雄ネジ10の螺設加工においては、螺合するナット2の厚さの3/4程度は、上記ボルト1の雄ネジ部4のテーパー部4aが含まれるように加工することが、本発明の目的を達成するためには必要である。
【0119】
このような形状を得るためには、転造加工を採用することが量産に適しているが、ごく少量生産の場合には、段取り時間や加工時間等のためにかえって高価となる。そのような場合には、切削加工を行うことで所期の目的を達成することができる。
【0120】
なお、雄ネジ10の材料が高強度材料の場合に、同様の高強度材料を雌ネジ20に使用すると、両者の螺合時に噛付きを起こすおそれがあるので、壊れにくい雌ネジ20側の材料を少し軟らかい材料(ボルト1材料の硬さを100%とした場合、ナットの硬さを、ボルトの硬さと同等または60〜90%程度)に変更することが望ましい。
このように構成することにより、部分的に片当りが発生していても、締結使用時に軟らかいナット2のネジ山が変形して、片当りを緩和する。
【0121】
以上のように、本発明に係るナット2の製造方法は、丸棒のコイル状材料を冷間圧造又は切削加工により外形を仕上げて六角ナットのブランク51を製作し、前記六角ナットのブランク51の中央部に雌ネジ20を螺設するための下孔あけ加工を行い、前記六角ナットのブランク51の下孔に、本発明に係るタップの一例であるベントタップ40のタップ部41を挿通して下孔に雌ネジ20を螺設するナットの製造方法において、タップ部41のネジ山を当該タップ部41の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けて形成したベントタップ40により雌ネジ20の螺設加工を行うことを特徴とするナットの製造方法であるため、従来のナットの製造設備や製造工程を大幅に変更することなく、少ない投資費用で、特別な作業工程を追加することなく実施可能であり、本発明に係るナットを従来と同程度のコストで製造することを実現することができる。
【0122】
また、本発明に係るナット2の製造に使用するタップの一例であるベントタップ40は、前記タップ部41に形成した雌ネジ螺設用のネジ山を、当該タップ部41の先端方向又はその逆の方向に2〜10°傾けているために、前記ナット2の雌ネジ20を前記ボルト1の雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けて螺設することが可能になる。
【0123】
以上の実施形態において説明した本発明に係る耐破壊用ネジ締結体100は、上述した実施形態に限られず、上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更した構成、公知発明及び上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更した構成等も含まれる。また、本発明の技術的範囲は上述した実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された事項とその均等物にまで及ぶものである。
【0124】
例えば、ナット2の雌ネジ20のネジ山は、雄ネジ部4の引張り方向に2〜10°傾けた形状に形成しているが、当該傾きの角度θの範囲から外れる場合であっても、当該雌ネジ20のフランク22aの先端部分を、ボルト1の雄ネジ10のフランク11bの根元部分Yと摺接させるようにして本発明と同様の効果を奏するものである場合は均等物であることは当然である。
【0125】
また、本発明に係るタップの一例としてベントタップ40を使用して螺刻する場合について説明したが、当該タップはベントタップ40に限定されるものではなく、ベントタップ40以外にも直線状のタップをも含むことはいうまでもない。例えば、手動で螺刻する場合に使用されるハンドタップも当然に含まれる。