特許第6846868号(P6846868)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6846868炭素繊維、およびサイジング剤付着炭素繊維の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6846868
(24)【登録日】2021年3月4日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】炭素繊維、およびサイジング剤付着炭素繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06M 15/53 20060101AFI20210315BHJP
   D06M 101/40 20060101ALN20210315BHJP
【FI】
   D06M15/53
   D06M101:40
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-20739(P2016-20739)
(22)【出願日】2016年2月5日
(65)【公開番号】特開2017-137603(P2017-137603A)
(43)【公開日】2017年8月10日
【審査請求日】2018年11月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169085
【弁理士】
【氏名又は名称】為山 太郎
(72)【発明者】
【氏名】吉田 周平
(72)【発明者】
【氏名】加藤 美佳子
(72)【発明者】
【氏名】吉川 秀和
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−108573(JP,A)
【文献】 特開2011−122265(JP,A)
【文献】 特開2013−155475(JP,A)
【文献】 特開2014−145036(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 15/53
D06M 101/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線源としてAlKαを用い、X線光電子分光法によって光電子脱出角度90°で測定される繊維表面のC1s内殻スペクトルの(a)結合エネルギー284.6eVにおいて検出される光電子強度(cps)と、(b)結合エネルギー286.1eVにおいて検出される光電子強度(cps)との比率(a)/(b)が2.0〜3.5である炭素繊維であって、炭素、水素、酸素以外の異種元素を含まない化合物からなる非イオン系界面活性剤が付与されていることを特徴とする炭素繊維。
【請求項2】
臨界表面張力が36mN/m以下である請求項1に記載の炭素繊維。
【請求項3】
界面活性剤が0.1〜0.5wt%付着した請求項1または2に記載の炭素繊維。
【請求項4】
前駆体繊維束を炭素化して得られた未表面処理炭素繊維を酸化処理した後、0.5〜5g/Lの界面活性剤水溶液を用いる洗浄処理工程で炭素、水素、酸素以外の異種元素を含まない化合物からなる非イオン系界面活性剤を付与し、次いで80〜180℃で乾燥処理を行うことを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭素繊維からなる炭素繊維束にサイジング剤を付与するサイジング剤付着炭素繊維束の製造方法。
【請求項6】
前駆体繊維束を炭素化して得られた未表面処理炭素繊維を酸化処理した後、0.5〜5g/Lの界面活性剤水溶液を用いる洗浄処理工程で炭素、水素、酸素以外の異種元素を含まない化合物からなる非イオン系界面活性剤を付与し、次いで80〜180℃で乾燥処理を行った後、得られた炭素繊維束にサイジング剤を付与することを特徴とするサイジング剤付着炭素繊維束の製造方法。
【請求項7】
請求項5または6に記載のサイジング剤付着炭素繊維束の製造方法で得られたサイジング剤付着炭素繊維束を一方向に引き揃えシート材料とする工程を有する炭素繊維複合材料の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭素繊維からなる炭素繊維束に、さらにサイジング剤が付与されたサイジング剤付着炭素繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維、およびサイジング剤付着炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、比強度・比弾性率に優れ、軽量であるため、熱硬化性及び熱可塑性樹脂の強化繊維として、従来のスポーツ・一般産業用途だけでなく、航空・宇宙用途、自動車用途など、幅広い用途に利用されるようになってきている。利用用途が拡大されるにつれ、炭素繊維複合材料には、さらに高い性能が求められている。
【0003】
炭素繊維複合材料の性能は、使用する炭素繊維とマトリクス樹脂の力学的特性の違いはもちろんのこと、炭素繊維と樹脂との界面の特性、特に繊維と樹脂の接着性の違いにも大きく影響される。炭素繊維と樹脂の接着性を制御するために、一般的に、炭素繊維の製造工程において、炭素繊維に表面酸化処理とサイジング剤付与処理(サイジング処理)が施される。サイジング剤は、繊維束の毛羽立ちを抑制し、収束性を与えると同時に、複合材料とした際には、繊維とマトリクス樹脂をつなぎ、接着性を高める役割を果たす。
【0004】
ところで、複合材料において繊維と樹脂の接着性は、部材全体に渡って均一であることが望ましい。繊維と樹脂の接着性にばらつきがある場合、複合材料に応力や衝撃が与えられた際に、接着が弱い部分で繊維‐樹脂間の剥離が発生し、生じた亀裂が伸張することで、部材の破断に至ってしまうためである。そのため、繊維と樹脂の接着性を均一にすることを目的に、さまざまな改善策が検討されてきた。
【0005】
例えば、特許文献1では、低濃度のサイジング剤溶液を用いて複数回サイジング処理をすることで、サイジング剤を均一に付着させる方法が提案されている。しかし、特許文献1では、サイジング剤溶液を付与した後、熱風循環方式で乾燥を行っているため、繊維束内外に温度ムラが生じる。そのため、繊維束外表面の乾燥が先行し、繊維束内側に残ったサイジング剤溶液が外側に拡散する。その結果、内側の付着量が低くなりやすく、繊維束内外の付着量にムラが生じるという問題がある。
上記のように、炭素繊維束に均一にサイジング剤を付着させることは困難であり、さらなる改善が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−242964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、サイジング剤を均一に付与することができる炭素繊維、及び、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性が高い炭素繊維複合材料を得ることができるサイジング剤付着炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の炭素繊維は、
X線源としてAlKαを用い、X線光電子分光法によって光電子脱出角度90°で測定される繊維表面のC1s内殻スペクトルの(a)結合エネルギー284.6eVにおいて検出される光電子強度(cps)と、(b)結合エネルギー286.1eVにおいて検出される光電子強度(cps)との比率(a)/(b)が2.0〜3.5である炭素繊維であって、炭素、水素、酸素以外の異種元素を含まない化合物からなる非イオン系界面活性剤が付与されていることを特徴とする炭素繊維である。
本発明の炭素繊維は、臨界表面張力が36mN/m以下である炭素繊維であることが好ましい。
本発明は、本発明の炭素繊維にサイジング剤を付与するサイジング剤付着炭素繊維の製造方法およびサイジング剤付着炭素繊維を包含する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の炭素繊維を用いると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
本発明のサイジング剤付着炭素繊維の製造方法によれば、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性が高い炭素繊維複合材料を与えるサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の炭素繊維は、X線源としてAlKαを用い、X線光電子分光法(XPS)によって光電子脱出角度90°で測定される繊維表面のC1s内殻スペクトルの(a)結合エネルギー284.6eVにおいて検出される光電子強度(cps)と、(b)結合エネルギー286.1eVにおいて検出される光電子強度(cps)との比率(a)/(b)が2.0〜3.5である炭素繊維である。
【0011】
炭素繊維表面には、近接原子の種類や結合状態の異なる複数の炭素原子が存在するため、X線光電子分光法によって測定される炭素繊維表面のC1s内殻スペクトルは、結合エネルギーの異なる複数のサブピークの複合ピークとして得られる。C1s内殻スペクトルの(a)結合エネルギー284.6eVは、結合状態がC−H、C−C、C=Cに帰属されるサブピークの中心位置となる結合エネルギーである。一方、C1s内殻スペクトルの(b)結合エネルギー286.1eVは、結合状態がC−Oに帰属されるサブピークの中心位置となる結合エネルギーである。したがって、(a)結合エネルギー284.6eVにおいて検出される光電子強度(cps)と、(b)結合エネルギー286.1eVにおいて検出される光電子強度(cps)とのスペクトル強度比率(a)/(b)は、炭素繊維表面のC−O結合を有する炭素原子の割合を表し、スペクトル強度比率(a)/(b)が小さいほどC−O結合を有する炭素原子が多い。
【0012】
本発明において、炭素繊維表面のスペクトル強度比率(a)/(b)は、2.0〜3.5であり、2.5〜3.0であることがより好ましい。スペクトル強度比率(a)/(b)が小さいほど、サイジング剤との親和性が高くなる傾向がある。スペクトル強度比率(a)/(b)がこの範囲であると、サイジング剤が炭素繊維表面に広がりやすくなるため、本発明の炭素繊維にサイジング剤を付与すると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
【0013】
本発明において、炭素繊維表面に存在する酸素原子の量は特に制限されないが、得られる炭素繊維複合材料の機械物性の観点から、X線光電子分光法によって測定される炭素繊維表面の炭素原子の存在量に対する酸素原子の存在量の割合(官能基量、O/C)が5〜25%であることが好ましく、10〜20%であることがより好ましい。炭素繊維表面の官能基量が低すぎると、炭素繊維とマトリクス樹脂の接着性が低くなりやすい傾向があり、一方、官能基量が高すぎると、炭素繊維複合材料の0℃引張強度が低下しやすい傾向がある。
【0014】
本発明の炭素繊維のもう一つの態様は、臨界表面張力が36mN/m以下の炭素繊維である。臨界表面張力が36mN/m以下であると、サイジング剤が炭素繊維表面に薄く広がりやすくなるため、本発明の炭素繊維にサイジング剤を付与すると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
本発明において、炭素繊維の臨界表面張力は34mN/m以下であることがより好ましい。臨界表面張力が低い方が、サイジング剤がより均一に付着しやすくなる。臨界表面張力の下限は特に限定されるものではないが、20mN/m程度である。
【0015】
また、本発明の炭素繊維は、繊維表面に界面活性剤が付着していることが好ましい。界面活性剤を付着させることで、スペクトル強度比率(a)/(b)の値を小さくすることができる。また、界面活性剤の性質により、臨界表面張力を低くすることができる。さらに、界面活性剤を付着させると、炭素繊維とサイジング剤の親和性が向上し、サイジング剤が炭素繊維表面に広がりやすくなるため、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。界面活性剤の付着量は0.1〜0.5wt%であることがより好ましい。また、本発明の炭素繊維は、界面活性剤を除く有機化合物の付着量が0.2wt%未満であることが好ましい。
【0016】
本発明で用いる界面活性剤としては、例えば、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン系界面活性剤などの界面活性剤が挙げられる。中でも非イオン系界面活性剤が好ましい。非イオン系界面活性剤として例えば、ポリエチレンオキサイドやポリプロピレンオキサイド等のポリアルキレンオキサイド、高級アルコール、多価アルコール、アルキルフェノール、およびスチレン化フェノール等にポリエチレンオキサイドやポリプロピレンオキサイド等のポリアルキレンオキサイドが付加した化合物、およびエチレンオキサイドとプロピレンオキサイドとのブロック共重合体等の非イオン系界面活性剤が好ましく用いられる。
【0017】
これらの界面活性剤の中でも、得られる炭素繊維複合材料の機械物性の観点から、金属イオンを含まない界面活性剤であることが好ましく、炭素、水素、酸素以外の異種元素を含まない化合物からなる界面活性剤であることがより好ましい。特に、ポリエチレンオキサイドやポリプロピレンオキサイド等のポリアルキレンオキサイドであることが好ましい。
【0018】
上記のような本発明の炭素繊維は、サイジング剤が炭素繊維表面に薄く広がりやすくなるため、本発明の炭素繊維にサイジング剤を付与すると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。このような本発明の炭素繊維は、例えば本発明の炭素繊維の製造方法により得ることができる。
【0019】
本発明の炭素繊維の製造方法は、前駆体繊維束を炭素化して得られた未表面処理炭素繊維を表面酸化処理した後、界面活性剤を付与し、さらに80〜180℃で乾燥処理を行う炭素繊維の製造方法である。炭素繊維表面に界面活性剤を付与することで、スペクトル強度比率(a)/(b)の値を小さくすることができ、また、臨界表面張力を低くすることもできる。炭素繊維表面の界面活性剤は水溶液として付与されることが好ましい。
【0020】
界面活性剤を付与する工程は炭素繊維の洗浄処理をかねていても良い。表面処理された炭素繊維の表面には、炭素化工程や表面処理工程で生じた解離性の付着物が付着している。表面処理された炭素繊維を、界面活性剤水溶液で洗浄することで、炭素繊維表面の付着物を除去することができる。
【0021】
本発明で用いる界面活性剤水溶液の濃度は、0.2〜10g/Lであることが好ましく、0.5〜5g/Lであることがより好ましい。界面活性剤水溶液の濃度を調整することで、炭素繊維に付着される界面活性剤の量を調節することができる。界面活性剤水溶液の温度は20〜50℃であることが好ましく、25〜30℃であることがより好ましい。界面活性剤を付与する工程が炭素繊維の洗浄処理をかねる場合、洗浄時間は、10〜60秒であることが好ましい。洗浄方法としては、シャワー、浴液含浸などが挙げられる。
【0022】
本発明において界面活性剤を付与された炭素繊維は、次いで、80〜180℃で乾燥処理される。乾燥温度は110〜150℃であることがより好ましい。乾燥温度が低すぎると、繊維に付着した水分が十分に乾燥せず、サイジング剤が含浸されにくくなる場合がある。乾燥温度が高すぎると、炭素繊維表面の界面活性剤の分解が開始し、XPSのスペクトル強度比率が高くなり、また臨界表面張力が大きくなる傾向がある。
【0023】
乾燥時間は、10〜300秒であることが好ましく、30〜150秒であることがより好ましい。乾燥時間が短すぎると、繊維に付着した水分が十分に乾燥せず、サイジング剤が含浸されにくくなる場合がある。乾燥時間が長すぎると、炭素繊維表面の界面活性剤の分解が開始し、XPSのスペクトル強度比率が高くなり、また臨界表面張力が大きくなる傾向がある。
【0024】
本発明の製造方法では、前駆体繊維束を炭素化して得られた未表面処理炭素繊維に表面酸化処理を施す。表面酸化処理の方法は、特に制限はないが、生産性の観点から、電解酸化処理であることが好ましい。表面酸化処理の程度は、特に制限はないが、得られる炭素繊維複合材料の機械物性の観点から、X線光電子分光法によって測定される炭素繊維表面の官能基量(O/C)が5〜25%となるように処理することが好ましく、10〜20%となるように処理することがより好ましく、20%未満とすることがさらに好ましい。炭素繊維表面の官能基量が低すぎると、炭素繊維とマトリクス樹脂の接着性が低くなりやすい傾向があり、一方、官能基量が高すぎると、炭素繊維複合材料の0℃引張強度が低下しやすい傾向がある。
【0025】
電解酸化処理を行う場合、電解液としては、無機酸または無機塩基及び無機塩類の水溶液を用いることが好ましい。電解質として、例えば、硫酸、硝酸などの強酸を用いると表面処理の効率がよく好ましい。また、電解質として、例えば、硫酸アンモニウムや炭酸水素ナトリウムなどの無機塩類を用いると、無機酸や無機塩基を用いる場合と比較して、電解液の危険性が低いため好ましい。
【0026】
表面処理で炭素繊維に与える電気量は、目的の表面官能基量になるよう適時調節すればよいが、炭素繊維1gに対して10〜500クーロンになる範囲とすることが好ましい。炭素繊維1gにかかる電気量をこの範囲で調節すると、繊維としての力学的特性に優れ、かつ、樹脂との接着性の向上した炭素繊維を得やすい。一方、炭素繊維1gにかかる電気量が低すぎると、樹脂との接着性が低下しやすい傾向にあり、電気量が高すぎると、過剰な処理により、繊維強度が低下しやすい傾向にある。
【0027】
本発明の炭素繊維の製造方法は、前駆体繊維としてシリコーン化合物を含む油剤組成物が付着した前駆体繊維を用いて炭素繊維を製造する場合に、特に好ましく用いることができる。
上記のような本発明の炭素繊維の製造方法により得られる炭素繊維は、サイジング剤が炭素繊維表面に薄く広がりやすくなるため、かかる炭素繊維にサイジング剤を付与すると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
【0028】
本発明の炭素繊維束を構成する炭素繊維は特に制限が無く、ピッチ系、レーヨン系、ポリアクリロニトリル(PAN)系等何れの炭素繊維も使用できるが、操作性、工程通過性、及び機械強度等を鑑みるとPAN系が好ましい。炭素繊維の繊度、強度等の特性も特に制限が無く、公知の何れの炭素繊維も制限無く使用できる。PAN系炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0029】
<前駆体繊維>
炭素繊維の前駆体繊維としては、アクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有し、その他の単量体を10質量%以下含有する単量体を単独又は共重合した紡糸溶液を紡糸して製造する、PAN系前駆体繊維が好ましい。その他の単量体としてはイタコン酸、(メタ)アクリル酸エステル等が例示される。紡糸後の原料繊維を、水洗、乾燥、延伸、オイリング処理することにより、前駆体繊維が得られる。このとき、トータル延伸倍率が5〜15倍になるようスチーム延伸する。前駆体繊維のフィラメント数は、製造効率の面では1000フィラメント以上が好ましく、12000フィラメント以上がより好ましい。
【0030】
<耐炎化処理>
得られた前駆体繊維は、加熱空気中200〜300℃で10〜100分間耐炎化処理される。この時の処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.15の範囲で処理されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理は、前駆体繊維を繊維密度1.34〜1.38g/cmの酸化された繊維とするものであり、耐炎化時の張力(延伸配分)は特に限定されるものでは無い。
【0031】
<第一炭素化処理>
上記耐炎化繊維は、従来の公知の方法を採用して炭素化することができる。例えば、窒素雰囲気下300〜800℃で第一炭素化炉で徐々に温度を高めると共に、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の第一炭素化をする。
【0032】
<第二炭素化処理>
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下800〜2000℃の第二炭素化炉で徐々に温度を高めると共に、第一炭素化繊維の張力を制御して焼成する。
【0033】
なお、各炭素化炉において、炉の入り口付近からに急激な温度変化、例えば最高温度に急激に繊維を導入することは、表面欠陥、内部欠陥を多く発生させるため好ましくない。また、炉内の高温部で必要以上に滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られることになるので好ましくない。上記第一炭素化処理〜第二炭素化工程は、張力をコントロールすると共に、必要に応じて、複数の炉で所定の物性となるように処理を行っても良い。
より高い弾性率が求められる場合は、さらに2000〜3000℃の高温で黒鉛化処理を行ってもよい。
【0034】
<表面酸化処理>
上記炭素繊維束は、電解液中で表面酸化処理を施すことが好ましい。表面処理で炭素繊維にかかる電気量は、目的の表面官能基量になるよう適時調節すればよいが、炭素繊維1gに対して10〜500クーロンになる範囲とすることが好ましい。炭素繊維1gにかかる電気量をこの範囲で調節すると、繊維としての力学的特性に優れ、かつ、樹脂との接着性の向上した炭素繊維を得やすい。一方、炭素繊維1gにかかる電気量が10クーロン未満では、樹脂との接着性が低下しやすい傾向にあり、500クーロンを越えると、過剰な処理により、繊維強度が低下しやすい傾向にある。
【0035】
電解液としては、無機酸または無機塩基及び無機塩類の水溶液を用いることが好ましい。電解質として、例えば、硫酸、硝酸などの強酸を用いると表面処理の効率がよく好ましい。また、電解質として、例えば、硫酸アンモニウムや炭酸水素ナトリウムなどの無機塩類を用いると、無機酸や無機塩基を用いる場合と比較して、電解液の危険性が低いため好ましい。
【0036】
電解液の電解質濃度は0.1規定以上が好ましく、0.1〜1規定がより好ましい。電解質濃度が低すぎると、電気伝導度が低いために、電解に適さない傾向があり、一方で、電解質濃度が高すぎる場合は、電解質が析出し、濃度の安定性が低くなる傾向がある。
電解液の温度は、高いほど電気伝導性を向上させるため、処理を促進させることができる。一方で、電解液の温度が40℃を超えると、水分の蒸発による濃度の変動等により、時間変動なく均一な条件を提供するのが難しくなるため、15〜40℃の間が好ましい。
【0037】
<界面活性剤付与工程>
表面処理された炭素繊維は、次いで上述の方法により界面活性剤が付与される。界面活性剤は水溶液として付与されることが好ましい。かかる工程は炭素繊維の洗浄処理をかねていても良い。
界面活性剤水溶液の温度は10〜40℃であることが好ましく、15〜30℃であることがより好ましい。界面活性剤付与工程が炭素繊維の洗浄処理をかねる場合、洗浄時間は10秒以上洗浄することが好ましく、10〜60秒洗浄することがより好ましい。
【0038】
界面活性剤が付与された炭素繊維束は、ついで80〜180℃で乾燥処理を行う。乾燥温度が高すぎると、界面活性剤の分解が開始し、スペクトル強度比率が高くなりやすく、また臨界表面張力が大きくなりやすい傾向がある。
上記のような本発明の炭素繊維の製造方法により得られる本発明の炭素繊維は、サイジング剤が炭素繊維表面に薄く広がりやすくなるため、かかる炭素繊維にサイジング剤を付与すると、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
【0039】
<サイジング処理>
上記のようにして得られた本発明の炭素繊維を、サイジング液浴に通し、サイジング剤を付与することで、サイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。
サイジング液浴におけるサイジング剤の濃度は、10〜25質量%が好ましく、サイジング剤の付着量は、0.4〜1.7質量%が好ましい。
【0040】
炭素繊維束に付与されるサイジング剤は、特に限定されず、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテル樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリイミド樹脂やその変性物が挙げられる。なお、複合材料のマトリックス樹脂に応じ、適したサイジング剤を適宜選択することができる。また、このサイジング剤は二種類以上を組み合わせて使用することも可能である。
【0041】
サイジング剤付与処理は、通常、乳化剤等を用いて得られる水系エマルジョン中に炭素繊維束を浸漬するエマルジョン法が用いられる。また、炭素繊維の取扱性や、耐擦過性、耐毛羽性、含浸性を向上させるため、分散剤、界面活性剤等の補助成分をサイジング剤に添加しても良い。
【0042】
<乾燥処理>
サイジング処理後の炭素繊維は、サイジング処理時の分散媒であった水等を蒸散させるため乾燥処理が施され、サイジング剤付着炭素繊維が得られる。乾燥にはエアドライヤーを用いることが好ましい。乾燥温度は特に限定されるものではないが、汎用的な水系エマルジョンの場合は通常100〜180℃に設定される。また、乾燥工程の後、200℃以上の熱処理工程を経ることも可能である。
【0043】
本発明のサイジング剤付着炭素繊維の製造方法によれば、サイジング剤が炭素繊維表面に薄く広がりやすく、サイジング剤が均一に付着したサイジング剤付着炭素繊維を得ることができる。本発明の製造方法により得られたサイジング剤付着炭素繊維を炭素繊維複合材料に用いると、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性が高い炭素繊維複合材料を得ることができる。
【0044】
本発明の製造方法により得られたサイジング剤付着炭素繊維を用い、マトリックス樹脂と組み合わせ、例えば、オートクレーブ成形、プレス成形、樹脂トランスファー成形、フィラメントワインディング成形など、公知の手段・方法により複合材料が得られる。
炭素繊維は、通常、シート状の強化繊維材料として用いられる。シート状の材料とは、繊維材料を一方向にシート状に引き揃えたもの、繊維材料を織編物や不織布等の布帛に成形したもの、多軸織物等が挙げられる。
【0045】
マトリックス樹脂としては、熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂が用いられる。熱硬化性マトリックス樹脂の具体例として、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ビニルエステル樹脂、シアン酸エステル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、フェノキシ樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、マレイミド樹脂とシアン酸エステル樹脂の予備重合樹脂、ビスマレイミド樹脂、アセチレン末端を有するポリイミド樹脂及びポリイソイミド樹脂、ナジック酸末端を有するポリイミド樹脂等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上の混合物として用いることもできる。中でも、耐熱性、弾性率、耐薬品性に優れたエポキシ樹脂やビニルエステル樹脂が、特に好ましい。これらの熱硬化性樹脂には、硬化剤、硬化促進剤以外に、通常用いられる着色剤や各種添加剤等が含まれていてもよい。
【0046】
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリアミド、芳香族ポリエステル、芳香族ポリカーボネート、ポリエーテルイミド、ポリアリーレンオキシド、熱可塑性ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアラミド、ポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0047】
複合材料中に占める樹脂組成物の含有率は、10〜90重量%、好ましくは20〜60重量%、更に好ましくは25〜45重量%である。
このようにして得られる炭素繊維複合材料は、界面接着性が均一であり、応力や衝撃に対する耐性に優れている。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0049】
<表面官能基量O/C>
炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)は、次の手順に従ってX線光電子分光法よって求めた。測定には、JEOL社製X線光電子分光装置 JPS−9000MXを使用した。炭素繊維をカットしてステンレス製の試料支持台上に拡げて並べた後、光電子脱出角度を90度に設定し、X線源としてMgKαを用い、試料チャンバー内を1×10−6Paの真空度に保った。
測定時の帯電に伴うピークの補正として、まずC1sの主ピークの結合エネルギー値B.E.を284.6eVに合わせた。O1sピーク面積は、528〜540eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求め、C1sピーク面積は、282〜292eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求めた。炭素繊維表面の表面官能基量O/Cは、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比で計算して求めた。
【0050】
<スペクトル強度比率(a)/(b)>
本発明において、炭素繊維表面のスペクトル強度比率(a)/ (b)は上記の手順に従いえられたC1s内殻スペクトルから次の手順に従って求めた。
1sピーク面積を求めた282〜292eVの直線ベースラインを光電子強度の原点(零点)と定義して、(a)結合エネルギー284.6eVで検出される光電子強度(cps:単位時間当たりの光電子強度)と、(b)結合エネルギー286.1eVにおいて検出される光電子強度(cps)を求め、(a)/(b) を算出した。
【0051】
<臨界表面張力>
下記条件により、炭素繊維の単繊維へ液体を滴下し、単繊維と各液体との接触角を測定した。それらの結果からZisman法により臨界表面張力を算出した。ここで言うZisman法とは、単繊維へ液体を滴下した直後の接触角(θ)としたとき、cosθを横軸に、各液体の表面張力を縦軸にプロットして得られる直線を延長し、cosθ=1(θ=0)となるときの表面張力を臨界表面張力として読み取る方法を指す。
温度:室温
使用溶媒:(1)水(73.0mN/m)、(2)メタノール(22.6mN/m)、(3)ホルムアミド(58.0mN/m)、(4)エチレングリコールモノエチルエーテル(30.0mN/m)
【0052】
<サイジング剤付着量(溶剤抽出法)>
炭素繊維束10gを取り出し、溶剤としてアセトンを用い、JIS R7604 A法(溶剤抽出法)に基づいてサイジング剤の付着量を求めた。
【0053】
<IPSS 上降伏点強度>
炭素繊維束を一方向に引き揃えて並べ、炭素繊維シート(目付け190g/m)を得た。液状ビスフェノール型エポキシ樹脂“jER 828”(三菱化学社製)、多官能エポキシ樹脂“jER 604”(三菱化学社製)と、芳香族アミン系硬化剤である4,4’−ジアミノジフェニルスルホン(和歌山精化社製)を混練し、プリプレグ用エポキシ樹脂組成物を作成した。得られたエポキシ樹脂組成物を、ナイフコーターを用いて離型紙上に塗布し、樹脂フィルムを作成した。次に前記炭素繊維シートに樹脂フィルム2枚を炭素繊維の両面から重ね、90度で加熱加圧して樹脂組成物を含浸させ、一方向プリプレグ(硬化温度180℃、樹脂含有率33%)を作製した。
作製した一方向プリプレグ8枚を、繊維の方向が、[+45°/−45°/−45°/+45°/+45°/−45°/−45°/+45°]となるように積層した後、180℃で硬化させ、炭素繊維の体積含有率が60%であるコンポジットを得た。これを、JIS K 7079に記載の±45°方向引張法に従って、面内せん断応力(IPSS)を測定し、降伏中の最大応力を示す点を上降伏点とし、その強度を上降伏点強度として求めた。
【0054】
[実施例1]
前駆体繊維であるPAN繊維ストランド(単繊維繊度0.7dtex、フィラメント数12000)を、空気中250℃で、繊維比重1.35になるまで耐炎化処理を行い、次いで窒素ガス雰囲気下、最高温度500℃で低温炭素化させた。その後、窒素雰囲気下1650℃で高温炭素化させ炭素繊維を得た。得られた炭素繊維を、硫酸アンモニウム水溶液を電解液として用い、炭素繊維1g当り170クーロンの電気量で表面処理した。表面処理された炭素繊維のO/Cは17%であった。
得られた表面処理炭素繊維を、1.0g/L の界面活性剤水溶液で20秒浸漬し洗浄、その後120℃で120秒乾燥処理を行った。界面活性剤としては、Triton X−100(製品名、和光純薬工業株式会社製ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル)を使用した。得られた炭素繊維の臨界表面張力およびスペクトル強度比率(a)/(b)の測定結果を、表1に示した。界面活性剤が付与された炭素繊維のO/Cは18%であった。
次いで炭素繊維に、エポキシ系サイジング剤を付与し、120℃で乾燥させ、サイジング剤付着炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は0.7%であった。得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度を測定した。得られた結果を表1に示す。実施例1で得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度は92MPaと高い値を示した。
【0055】
[実施例2]
界面活性剤水溶液の濃度を0.5g/Lとした以外は、実施例1と同様に処理を行い、得られた炭素繊維の臨界表面張力およびスペクトル強度比率(a)/(b)の測定結果を、表1に示した。次いで炭素繊維に、エポキシ系サイジング剤を付与し、120℃で乾燥させ、サイジング剤付着炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は0.7%であった。得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度を測定した。得られた結果を表1に示す。実施例2で得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度は88MPaと実施例1に比べやや低かったものの十分満足できる値であった。
【0056】
[比較例1]
界面活性剤を付与しなかった以外は実施例1と同様に処理を行い、得られた炭素繊維の臨界表面張力およびスペクトル強度比率(a)/(b)の測定結果を、表1に示した。界面活性剤を付与していないため、スペクトル強度比率は3.6と高く、臨界表面張力も38mN/mと実施例と比べ高くなった。
次いで炭素繊維に、エポキシ系サイジング剤を付与し、120℃で乾燥させ、サイジング剤付着炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は0.7%であった。得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度を測定した。得られた結果を表1に示す。比較例1で得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度は82MPaと実施例に比べ低かった。
【0057】
[比較例2]
界面活性剤を付与した後、190℃の乾燥温度で120秒乾燥処理した以外は、実施例1と同様に処理を行い、得られた炭素繊維の臨界表面張力およびスペクトル強度比率(a)/(b)の測定結果を、表1に示した。乾燥温度が高かったため、スペクトル強度比率は3.8と高くなり、臨界表面張力も37mN/mと実施例と比べ高くなった。
次いで炭素繊維に、エポキシ系サイジング剤を付与し、120℃で乾燥させ、サイジング剤付着炭素繊維を得た。サイジング剤の付着量は0.7%であった。得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度を測定した。得られた結果を表1に示す。比較例2で得られたサイジング剤付着炭素繊維のIPSS上降伏点強度は79MPaと実施例に比べ低かった。
【0058】
【表1】