(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
波動歯車装置のカムに嵌合する内径面を有する内輪と、前記波動歯車装置のフレクスプラインの内側に嵌合する外径面を有する外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介在する複数の玉と、を備える玉軸受において、
前記カムに楕円状に形成された外周面の楕円周長をL1とし、前記内輪の内径面の円周長をL2としたとき、L1/L2の値が、1.0001以上1.0007以下であることを特徴とする玉軸受。
前記内輪の内径と外径の径差である内輪肉厚をtとし、前記内輪の内径面と前記外輪の外径面との径差である軸受断面高さをTとしたとき、t/Tの値が、0.109以上0.448以下である請求項1に記載の玉軸受。
前記内輪の幅をBとし、前記内輪の内径面と前記外輪の外径面との径差である軸受断面高さをTとしたとき、B/Tの値が、0.789以上1.579以下である請求項1又は2に記載の玉軸受。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
玉軸受の内輪とカム間の嵌合部において、内輪に形成された円筒面状の内径面と、カムの楕円状の外周面との締め代が小さい場合、前述のスラスト力により、カムの外周面に対して内輪の内径面が相対的に軸方向に変位する可能性がある。波動歯車装置を減速機として使用した場合、玉軸受は、カムに対してフレクスプラインの底部側へずれ動く可能性がある。これにより、フレクスプラインの筒部に過大な引っ張り応力が発生し、その筒部に割れが生じる可能性がある。また、前述の締め代が大きい場合、内輪が薄肉形状であることから、内輪に発生する引張り応力が大きくなり、内輪に割れが発生する可能性がある。
【0007】
内輪に円筒面状に形成された内径面と、相手部材に円筒面状に形成された外径面との嵌合によって玉軸受を固定する一般的な軸受固定構造では、それら内径面と外径面との締め代を選定する方法が確立されている。ところが、内輪に円筒面状に形成された内径面と、波動歯車装置のカムに楕円状に形成された外周面との嵌合によって玉軸受をカムに固定する軸受固定構造においては、それら内径面と外周面との締め代を選定する方法が確立されていない。
【0008】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、波動歯車装置の使用時、フレクスプラインとカムとの間に介在する玉軸受に作用するスラスト力による玉軸受のずれ動きが生じないようにすると共に、内輪とカム間の締め代による内輪の割れを防ぐことにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を達成するため、この発明は、波動歯車装置のカムに嵌合する内径面を有する内輪と、前記波動歯車装置のフレクスプラインの内側に嵌合する外径面を有する外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介在する複数の玉と、を備える玉軸受において、前記カムに楕円状に形成された外周面の楕円周長をL
1とし、前記内輪の内径面の円周長をL
2としたとき、L
1/L
2の値が、1.0001以上1.0007以下である構成を採用したものである。
【0010】
上記構成によれば、カムの外周面の楕円周長と内輪の内径面の円周長の周長比L
1/L
2の値が1.0001以上に設定されているので、波動歯車装置の使用時、玉軸受に作用するスラスト力によって内輪がカムに対して軸方向にずれ動かないようにすることができる。また、周長比L
1/L
2の値が1.0007以下に設定されているので、内輪とカム間の締め代による内輪の割れを防ぐことができる。
【0011】
前記内輪の内径と外径の径差である内輪肉厚をtとし、前記内輪の内径面と前記外輪の外径面との径差である軸受断面高さをTとしたとき、t/Tの値が、0.109以上0.448以下であるとよい。このt/Tの数値範囲は、内輪のずれ動きを防ぐのに適する。
【0012】
前記内輪の幅をBとし、前記内輪の内径面と前記外輪の外径面との径差である軸受断面高さをTとしたとき、B/Tの値が、0.789以上1.579以下であるとよい。このB/Tの数値範囲は、内輪のずれ動きと割れを防ぐのに適する。
【発明の効果】
【0013】
この発明は、上記構成の採用により、波動歯車装置の使用時、フレクスプラインとカムとの間に介在する玉軸受に作用するスラスト力による玉軸受のずれ動きを無くすと共に、内輪とカム間の締め代による内輪の割れを防ぐことができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
この発明の一例としての実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1、2に示すように、この玉軸受1は、波動歯車装置用のものである。この波動歯車装置は、サーキュラスプライン2と、フレクスプライン3と、カム4と、フレクスプライン3とカム4との間に介在する玉軸受1とを備える。
【0016】
玉軸受1は、内輪5と、外輪6と、内輪5の軌道溝7と外輪6の軌道溝8との間に介在する一列の玉9と、これら玉9間の周方向間隔を保つ保持器10とを備える。両軌道溝7、8間には、通常、奇数個の玉9が配置されている。
【0017】
以下、「軸方向」は、玉軸受1の軸受中心軸(図示省略)に沿った方向のことをいう。玉軸受1の軸受中心軸は、設計上、内輪5、外輪6の各軌道輪の中心軸と同軸に設定され、また、波動歯車装置の回転軸線と同軸に設定されている。以下、その軸受中心軸に対して直角な方向のことを「径方向」といい、その軸受中心軸回りの円周方向のことを「周方向」という。
【0018】
カム4は、第一軸S1と一体に周方向に回転可能となっている。フレクスプライン3は、第一軸S1と同軸に配置された第二軸S2と一体に周方向に回転可能となっている。
【0019】
サーキュラスプライン2の内周には、周方向に所定数の歯11が設けられている。
【0020】
フレクスプライン3は、筒部12と、筒部12の軸方向一端に連続する底部13とで形成されたカップ状になっている。筒部12の内側は、円筒面状に形成されている。筒部12の軸方向の先端は、フレクスプライン3の開口縁14になっている。筒部12の外周には、サーキュラスプライン2の歯11に噛み合う歯15が設けられている。フレクスプライン3の歯15の数は、サーキュラスプライン2の歯11の数よりも2つ少ない。底部13の中央部に第二軸S2が連結されている。
【0021】
図3に示すように、カム4は、楕円状に形成された外周面4aを有する。カム4の外周面4aは、楕円周長L
1を有する。楕円周長L
1は、外周面4aの任意の軸方向位置における一周の長さである。
【0022】
図4に、玉軸受1が自然状態のときの断面を示す。同図に示すように、内輪5は、外周に軌道溝7を有する軌道輪からなる。外輪6は、内周に軌道溝8を有する軌道輪からなる。内輪5、外輪6は、それぞれ軸受鋼によって形成された円環状の一部品からなる。
【0023】
ここで、軸受鋼は、炭素0.9%以上1.1%以下、クロム0.9%以上1.6%以下を含有する高炭素クロム鋼のことをいう。軸受鋼としては、例えば、JIS規格(G4805:2008)で規定された高炭素クロム軸受鋼鋼材が挙げられる。
【0024】
図5に内輪5の側面視を示す。
図4、
図5に示すように、内輪5は、円筒面状に形成された内径面5aを有する。内輪5の内径面5aは、内輪5の内径dを規定する。内輪5の内径dは、玉軸受1の軸受内径に一致する。
【0025】
内輪5の外径Diは、内輪5に外接する仮想円筒面の直径に相当する。内輪5の外径Diは、内輪5の肩部外径で規定されている。内輪肉厚tは、内輪5の内径dと外径Diの径差である。内輪肉厚tの値は、内輪5の外径Diと内径dの差分に相当する。
【0026】
内輪5の内径面5aは、円周長L
2を有する。円周長L
2は、内径面5aの任意の軸方向位置における一周の長さである。
【0027】
図4に示すように、内輪5は、幅Bを有する。幅Bは、内輪5に軸方向両側から接する平行な仮想二平面間の距離に相当する。
【0028】
外輪6は、円筒面状に形成された外径面6aを有する。外輪6の外径面6aは、外輪6の外径Doを規定する。外輪6の外径Doは、玉軸受1の軸受外径に一致する。
【0029】
玉軸受1の軸受断面高さTは、内輪5の内径面5aと外輪6の外径面6aとの径差である。Tの値は、外輪6の外径Doと内輪5の内径dの差分に相当する。
【0030】
t/Tの値は、0.109以上0.448以下に設定されている。
【0031】
B/Tの値は、0.789以上1.579以下に設定されている。
【0032】
図1、
図2に示すように、玉軸受1の内輪5は、この内径面5aにおいてカム4の外周面4aに嵌合されることにより、楕円状に弾性変形させられる。この嵌合により、玉軸受1がカム4の外周面4aに固定される。また、この際の内輪5の楕円状変形に伴い、外輪6が、玉9を介して押されることにより、楕円状に弾性変形させられる。この状態で玉軸受1の外輪6の外径面6aがフレクスプライン3の筒部12の内側に圧入されることにより、フレクスプライン3の筒部12も楕円状に弾性変形させられる。
【0033】
嵌合されたカム4と玉軸受1は、ウェーブジェネレータを構成する。すなわち、第一軸S1が回転し、その第一軸S1に固定されているカム4の回転と一体に楕円状の玉軸受1が回転すると、その回転方向へ楕円状の長軸方向の向きが変わり、サーキュラスプライン2の歯11とフレクスプライン3の歯15の噛み合う位置が回転方向に移動して、フレクスプライン3とサーキュラスプライン2との間に1周で歯2つ分の相対回転が発生する。その相対回転が減速回転として取り出される。この使用中、フレクスプライン3の弾性変形により、ウェーブジェネレータにスラスト力Fが働く。このスラスト力Fは、玉軸受1の外輪6とフレクスプライン3との接触部(長軸上)からウェーブジェネレータに作用する。
【0034】
ここで、
図3に示すカム4の外周面4aと、
図5に示す内輪5の内径面5aとを
図1、
図2に示すように嵌合したときの締め代を考えると、この締め代の最大値は、外周面4aの長軸長さと内径面5aの内径d(
図4参照)との差分に相当する。また、この締め代の最小値は、外周面4aの短軸長さと内径面5aの内径dとの差分に相当する。
【0035】
カム4の外周面4aと、内輪5の内径面5aとの締め代は、外周面4aを仮想円化したときの仮想外径面4av(
図3参照)と、内輪5の内径面5a(
図5参照)とで決めることができる。ここで、仮想円とは、外周面4aの楕円周長L
1と同一の周長を有する円のことである。カム4の外周面4aの仮想外径面4avと、内輪5の内径面5aの内径dとの関係はL
1/L
2に対応する。
【0036】
カム4の外周面4aの仮想外径面4avと、内輪5の内径面5aとの締め代を決定すると、それら仮想外径面4avと内径面5aとのはめあい面圧を求めることができ、カム4から内輪5を引き抜くのに必要な内輪5の引抜き力も分かる。求めた内輪5の引抜き力が前述のスラスト力Fよりも大きい場合、スラスト力Fによって内輪5がカム4に対して軸方向にずれ動くことは、発生しなくなる。このことから、カム4の外周面4aの仮想外径面4avと、内輪5の内径面5aとの締め代の下限、すなわちL
1/L
2の値の下限を決めることが可能である。このL
1/L
2の値が1.0001以上である場合、この波動歯車装置の実用上、スラスト力Fによってカム4に対する玉軸受1のずれ動きが生じないようにすることが可能である。
【0037】
また、それら仮想外径面4avと内径面5aとの締め代及び前述の内輪肉厚tが分かると、内輪5の断面積に掛かる引張り応力が分かる。この引張り応力が許容値を超えると、内輪5が破断して割れる可能性がある。軸受鋼製の内輪5、外輪6の場合、内輪5が割れず、玉軸受1を安定して使用できるような当該締め代の上限値は、内輪5の接線応力の最大値が大凡13kgf/mm
2(127MPa)を超えない値とすればよい。このことから、カム4の外周面4aの仮想外径面4avと、内輪5の内径面5aとの締め代の上限、すなわちL
1/L
2の値の上限を決めることが可能である。このL
1/L
2の値が1.0007以下である場合、この波動歯車装置の実用上、内輪5とカム4間の締め代による内輪5の割れを防ぐことが可能である。
【0038】
上述のように、この玉軸受1は、L
1/L
2の値が1.0001以上1.0007以下であるので、この波動歯車装置の使用時、フレクスプライン3とカム4との間に介在する玉軸受1に作用するスラスト力Fによってカム4に対する玉軸受1のずれ動きが生じないようにすると共に、内輪5とカム4間の締め代による内輪5の割れを防ぐことができる。
【0039】
また、この玉軸受1は、t/Tの値が0.109以上0.448以下であって、B/Tの値が0.789以上1.579以下であるので、内輪5のずれ動きと割れを防ぐのに適したものである。
【実施例】
【0040】
実施例は、カム4の外周面4aの楕円周長L
1が78.66mmである(以下、適宜、
図1、
図3、
図5を参照)。また、発生するスラスト力Fは、10kgfである(ただし、出力トルク瞬時最大46Nm時)。この実施例は、非特許文献1の第052頁におけるHDS型番14を前提にしている。そのスラスト力Fは、2×T/D×0.07×tan30°(ただし、T:出力トルク、D:HDS型番×0.00256)で求めることができる。
【0041】
また、内輪5の引抜き力は、0.12×P×π×d×B (ただし、P:内輪の外径面の面圧 d:内輪の内径 B:内輪の幅)で求めることができる。
【0042】
内輪5の外径Diを26mm、内輪5の幅Bを7mmに固定し、内輪5の内径dを変化させて周長比L
1/L
2を異ならせた各例について、内輪5の引抜き力と、内輪5の最大応力(接線応力の最大値)とを算出した結果をt/T、B/Tの値と共に表1に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
内輪5の外径Diを29mm、内輪5の幅Bを3.5mmに固定し、内輪5の内径dを変化させてL
1/L
2を異ならせた各例について、内輪5の引抜き力と、内輪5の最大応力(接線応力の最大値)とを算出した結果をt/T、B/Tの値と共に表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
表1、表2における最大応力が13kgf/mm
2を超える場合、内輪5の割れが懸念される。したがって、表1、表2において、内輪の内径dが25.02mm(周長比L
1/L
2が1.0008)の例は、適切な締め代とはいない。
【0047】
また、表1、表2における内輪5の引抜き力がスラスト力F:10kgf以下である場合、内輪5がカム4に対して軸方向にずれ動く。したがって、表1、表2において、内輪の内径dが25.038mm(L
1/L
2が1.0001)未満の例は、適切な締め代とはいない。
【0048】
すなわち、表1、表2からは、1.0001≦L
1/L
2≦1.0007であれば適切な締め代になることが分かる。
【0049】
また、表1、表2からは、内輪5の引抜き力がスラスト力Fに勝る各例のt/Tに着目すると、0.109≦t/T≦0.448であれば、内輪5のずれ動きを防ぐのに適することが分かる。
【0050】
また、表1、表2からは、内輪5の引抜き力がスラスト力Fに勝る各例のB/Tに着目すると、0.789≦B/T≦1.579であれば、内輪5のずれ動きを防ぐのに適することが分かる。
【0051】
また、表1、表2からは、最大応力が13kgf/mm
2を超えない各例のB/Tに着目すると、0.789≦B/T≦1.579であれば、内輪5の割れを防ぐのに適することが分かる。
【0052】
今回開示された実施形態及び実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。