特許第6847766号(P6847766)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社UACJの特許一覧

特許6847766アルミニウム合金溶加材、アルミニウム合金の溶接方法及びアルミニウム合金材
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6847766
(24)【登録日】2021年3月5日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】アルミニウム合金溶加材、アルミニウム合金の溶接方法及びアルミニウム合金材
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/28 20060101AFI20210315BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20210315BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20210315BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20210315BHJP
   B23K 103/10 20060101ALN20210315BHJP
【FI】
   B23K35/28
   B23K9/173 A
   B23K9/23 F
   C22C21/06
   B23K103:10
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-105639(P2017-105639)
(22)【出願日】2017年5月29日
(65)【公開番号】特開2018-199156(P2018-199156A)
(43)【公開日】2018年12月20日
【審査請求日】2020年3月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(72)【発明者】
【氏名】蓬田 翔平
(72)【発明者】
【氏名】岡田 俊哉
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭53−080311(JP,A)
【文献】 特開昭51−128655(JP,A)
【文献】 特開昭56−065960(JP,A)
【文献】 特開2003−211284(JP,A)
【文献】 特開2000−317675(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0132181(US,A1)
【文献】 中国特許出願公開第101380703(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
C22C 21/06
B23K 9/173
B23K 9/23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金の被溶接材を接合するアルミニウム合金溶加材であって、
前記アルミニウム合金溶加材は、Mg:5.0〜10.0%(mass%、以下同じ。)、B:0.0001〜0.01、Mn:0.40〜1.5%、Cr:0.050〜0.25%、Si:0.40%以下、Fe:0.40%以下を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有
前記被溶接材は、Mg:5.0〜10.0%、B:0.0001〜0.010%を含む合金組成を有する、
ことを特徴とするアルミニウム合金溶加材。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミニウム合金溶加材に対して、さらにZn:0.25%以下、Zr:0.05%以下、Ti:0.25%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、
ことを特徴とするアルミニウム合金溶加材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアルミニウム合金溶加材に対して、さらにCu:0.05〜1.0%を含む、
ことを特徴とするアルミニウム合金溶加材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金溶加材を使用して、前記被溶接材を溶接する、
ことを特徴とするアルミニウム合金の溶接方法。
【請求項5】
接電流が400A〜1200Aの範囲で前記被溶接材MIG溶接する、
ことを特徴とする請求項4に記載のアルミニウム合金の溶接方法。
【請求項6】
前記アルミニウム合金溶加材と前記被溶接材とのB濃度の和を0.0002〜0.02%とする、
ことを特徴とする請求項4又は5に記載のアルミニウム合金の溶接方法。
【請求項7】
アルミニウム合金溶加材を使用する溶接の被溶接材であるアルミニウム合金材であって、
前記アルミニウム合金溶加材は、Mg:5.0〜10.0%(mass%、以下同じ。)、B:0.0001〜0.010%、Mn:0.40〜1.5%、Cr:0.050〜0.25%、Si:0.40%以下、Fe:0.40%以下を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有し、
前記アルミニウム合金材は、Mg:5.0〜10.0%、B:0.0001〜0.01、Si:0.20〜0.40%、Fe:0.10〜0.30%、Cu:0.020〜0.10、Mn:0.60〜1.5%、Cr:0.00〜0.10%、Zn:0.030〜0.25%、Ti:0.010〜0.060%、Zr:0.020〜0.030%を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有する
ことを特徴とするアルミニウム合金材。
【請求項8】
調質Oにおける引張強さが320MPa以上である、
ことを特徴とする請求項7に記載のアルミニウム合金材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金溶加材、アルミニウム合金の溶接方法及びアルミニウム合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、海上輸送用船舶やLNGタンク、化学プラントなどの構造物にアルミニウム合金が用いられている。アルミニウム合金を適用する上では、各部位に必要とされる強度や耐食性、成形性、接合性などを満たす必要があり、種々の検討が成されている。
【0003】
従来使用されている高強度溶接構造体用アルミニウム合金材としては、5083合金が知られている。前記5083合金は、Mgを4.0〜4.9mass%の間で含有するAl−Mg系合金であって、JIS規格における強度下限値は275MPaである。
【0004】
Al−Mg系合金の溶接構造体を製造するための溶接方法としては、アーク溶接や電子ビーム溶接、レーザ溶接等が用いられる。また、溶接に際して溶加材を用いる場合には、JIS Z3604に示される指針に沿った溶加材を選定することになる。すなわち、5083合金を溶接する場合に選択される溶加材は5183や5356、5556である。これは、溶接割れを抑制し、高い継手強度が得られるためである。
【0005】
これに対し、アルミニウム合金材及び溶接継手の高強度化に対する要求が年々高まっている。前記アルミニウム合金材及び溶接継手の高強度化により、同一耐荷重における構成材料の必要厚さは薄くなり、さらに重量は減少することになる。したがって、材料費の低減が可能であるだけでなく、特に船舶などにおいては、積載量の増加にもつながることとなる。
【0006】
Al−Mg系合金の強度は、Mgやその他の微量元素の添加量によって決まり、Mgを5.0mass%以上添加することでJIS5083合金よりも高強度であるAl−Mg系合金も開発されている。しかしながら、これらの高強度Al−Mg系合金に対して、JIS Z3604の指針に沿った溶加材を用いた場合では、溶接継手の強度が使用するAl−Mg系合金相当には達しない。
【0007】
溶接継手の強度は使用するアルミニウム合金材のO材強度と溶接金属部の強度の関係で決まる。すなわち、O材強度が320MPaを超える高強度Al−Mg系合金を5183や5356などの溶加材で溶接した場合、余盛除去後の溶接継手の強度が315MPaを超えることは無い。これは、母材のO材強度に対して、溶接金属部の強度が低くなるためであり、この時の溶接継手の強度は溶接金属部の強度と同等になる。したがって、高強度Al−Mg系合金を使用して溶接継手を高強度化するためには、溶接金属部を高強度化する必要がある。
【0008】
また、溶接構造体の製造においては、溶接継手の加工性も重要である。特に、最終的な製品形状を得るためには溶接継手を成形加工する場合が多いため、成形性や曲げ加工性の向上が必要とされている。一般的に、材料及び溶接継手の高強度化により成形性や曲げ加工性は低下するため、加工性を維持しつつ高強度化を実現することが重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭52−128854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
5083合金の強度規格下限値が275MPaであることを考慮すると、特許文献1に記載されたアルミニウム合金溶加材を用いたとき、強度が下限に近い5083合金であれば継手効率の低下は発生しない。しかしながら、5083規格以上の強度を有する高強度アルミニウム合金による継手を作製する際には、継手効率が低下することが明白である。また、特許文献1では大入熱溶接として25kJ/cmにおいて継手強度が改善されているが、これよりも高い入熱量になった場合に充分な継手強度を示すかは不明である。さらに、溶接構造体を形成するために重要な曲げ性の評価等なされていない。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、JIS規格の5083合金よりも高強度なAl−Mg系合金を溶接する際に使用されるアルミニウム合金溶加材であって、高い継手効率が得られるアルミニウム合金溶加材を提供することを目的とする。また、本発明の他の目的は、上記アルミニウム合金溶加材を用いるアルミニウム合金の溶接方法及び上記アルミニウム合金の溶接方法によって接合されるアルミニウム合金材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係るアルミニウム合金溶加材は、
アルミニウム合金の被溶接材を接合するアルミニウム合金溶加材であって、
前記アルミニウム合金溶加材は、Mg:5.0〜10.0%(mass%、以下同じ。)、B:0.0001〜0.01、Mn:0.40〜1.5%、Cr:0.050〜0.25%、Si:0.40%以下、Fe:0.40%以下を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有
前記被溶接材は、Mg:5.0〜10.0%、B:0.0001〜0.010%を含む合金組成を有する、
ことを特徴とする。
【0013】
上記のアルミニウム合金溶加材に対して、さらにZn:0.25%以下、Zr:0.05%以下、Ti:0.25%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、
こととしてもよい。
【0014】
上記のアルミニウム合金溶加材に対して、さらにCu:0.05〜1.0%を含む、
こととしてもよい。
【0015】
上記目的を達成するため、本発明の第2の観点に係るアルミニウム合金の溶接方法は、
上記のアルミニウム合金溶加材を使用して、前記被溶接材を溶接する、
ことを特徴とする。
【0016】
上記のアルミニウム合金の溶接方法において
接電流が400A〜1200Aの範囲で前記被溶接材MIG溶接する、
こととしてもよい
【0017】
上記のアルミニウム合金の溶接方法において、
前記アルミニウム合金溶加材と前記被溶接材とのB濃度の和を0.0002〜0.02%とする、
こととしてもよい。
【0018】
上記目的を達成するため、本発明の第の観点に係るアルミニウム合金材は、
アルミニウム合金溶加材を使用する溶接の被溶接材であるアルミニウム合金材であって、
前記アルミニウム合金溶加材は、Mg:5.0〜10.0%(mass%、以下同じ。)、B:0.0001〜0.010%、Mn:0.40〜1.5%、Cr:0.050〜0.25%、Si:0.40%以下、Fe:0.40%以下を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有し、
前記アルミニウム合金材は、Mg:5.0〜10.0%、B:0.0001〜0.01、Si:0.20〜0.40%、Fe:0.10〜0.30%、Cu:0.020〜0.10、Mn:0.60〜1.5%、Cr:0.00〜0.10%、Zn:0.030〜0.25%、Ti:0.010〜0.060%、Zr:0.020〜0.030%を含み残部Al及び不可避的不純物からなる合金組成を有する
ことを特徴とする。
【0019】
上記のアルミニウム合金材において、
調質Oにおける引張強さが320MPa以上である、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金を溶接する場合であっても、高い継手効率、曲げ加工性を有する溶接継手が得られるアルミニウム合金溶加材が得られる。さらに大入熱溶接時にも同等の効果を奏するアルミニウム合金溶加材が得られる。
【0021】
また、本発明によれば、上記アルミニウム合金及びアルミニウム合金溶加材を使用して好適に溶接することができる。さらに、大入熱溶接であっても好適に溶接することが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者等は鋭意研究を重ねた結果、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金の調質Oにおける強度と同等の溶接金属部強度を実現するために必要な溶加材中のMg濃度を見出した。さらに、高強度溶接継手においても良好な曲げ加工性を有するために溶接金属部の結晶粒組織を微細化することで前述の問題を出来ることを見出して本発明を完成するに至った。
【0023】
本発明に係るアルミニウム合金溶加材は、所定のアルミニウム合金組成を有し、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金を溶接する際に効果を発揮する。以下に、これらについて説明する。
【0024】
1.アルミニウム合金組成
本発明に係るアルミニウム合金溶加材は、Mg:5.0〜10mass%、B:0.0001〜0.010mass%を含む合金組成を有する。
前記アルミニウム合金溶加材は、さらにMn:0.40〜1.5mass%、Cr:0.050〜0.25mass%、Si:0.40mass%以下、Fe:0.40mass%以下、Zn:0.25mass%以下、Zr:0.050mass%以下、Ti:0.25mass%以下を含んでも良い。
さらに、Cu:0.05〜1.0%を選択的添加元素として含んでも良い。
【0025】
Mg:5.0〜10.0mass%
Mgは、溶接金属の高強度化を図る上において必須の添加元素である。Mgの有効な添加効果を得る上においては、5.0mass%以上の含有量とする必要がある。他方、Mgの含有量が10.0mass%を超えるようになると、ワイヤ製造のためのビレットを鋳造する際に、金属組織中にMg−Si系脆化層が形成されるようになる。そのため、熱間加工、抽伸加工することが困難となって、目的とする直径の溶加材を得ることが出来なくなる。
【0026】
B:0.0001〜0.010mass%
Bは、特に溶接工程における溶融凝固過程で金属組織の微細化効果を奏する元素である。そのために、0.0001mass%以上の割合で含有せしめる必要がある。他方、Bの含有量が0.010mass%を超えると、金属組織中に粗大な凝集物を生成して、熱間加工、抽伸加工することが困難となって、目的とする直径の溶加材を得ることが出来なくなる。
【0027】
Mn:0.40〜1.5mass%
Mnは、溶接金属の高靭性化に寄与し、溶接継手の曲げ加工性を向上させる成分である。Mnの添加効果を充分に発揮させるためには、0.40mass%以上の割合で含有せしめる必要がある。他方、Mnの含有量が多くなり過ぎると、ワイヤ製造のためのビレット鋳造する際に、粗大なAl−Mn系晶出物が生成して、抽伸加工が困難となる等の問題を惹起するようになる。
【0028】
Cr:0.050〜0.25mass%
Crは、溶接割れ感受性の低減に効果を奏する元素である。Crの有効な添加効果を得るためには、0.050mass%以上の割合で含有せしめる必要がある。他方、Crの含有量が0.25mass%を超えるようになると、ワイヤ製造のためのビレットを鋳造する際に、金属組織中に粗大なAl−Cr系晶出物を生成して、溶加材としてのワイヤを得るための抽伸加工操作が困難となる問題を惹起する。
【0029】
Ti:0.25mass%以下
Tiは、特に鋳造工程における溶融凝固過程で金属組織の微細化効果を奏する元素であり、ビレット鋳造時に添加される場合がある。他方、Tiの含有量が0.25mass%を超えると、金属組織中にAl−Ti系の粗大な晶出物を生成して、抽伸加工操作が困難となる問題を惹起する。したがって、Tiの含有量は0.25%以下に制御されることが望ましい。
【0030】
Si:0.40mass%以下
Fe:0.40mass%以下
Zn:0.25mass%以下
Zr:0.050mass%以下
Si、Fe、Zn及びZrは、何れも、不純物元素であって、それぞれ、上記で規定される含有量以下となるように制御されることが望ましい。Si含有量が多くなり過ぎると、溶接金属部の溶接割れ感受性が高くなる問題が惹起される。Fe含有量が多くなり過ぎると、ワイヤ製造のためのビレットを鋳造する際に、粗大なAl−Fe系晶出物を生成して、抽伸加工操作が困難となる問題を生じる。Zn含有量が多くなり過ぎると、溶接金属部にMg−Zn系脆化層が形成され、溶接継手部位の特性、中でも強度を低下せしめる問題が生じる。Zr含有量が多くなり過ぎると、巨大晶出物を生成して、抽伸操作が困難となる問題が生じる。
なお、Si、Feについては、通常工業的に用いられるアルミニウム母合金中に一定量含有される元素であり、アルミニウム合金中の含有量を0.01%未満に制御することは製造上工業的ではない。したがって、Si、Feの下限値は通常0.01%程度である。
【0031】
Cu:0.05〜1.0%
Cuは、溶接金属の高強度化を図る上において選択的に添加される元素である。Cuの有効な添加効果を得る上においては、0.05mass%以上の含有量とする必要がある。他方、Cuの含有量が1.0mass%を超えるようになると、溶接割れ感受性が高くなる問題が惹起される。
【0032】
2.製造方法
本発明に従う溶加材は、上記した合金成分を有するアルミニウム合金を用いて、常法に従って作製されるものである。一般的には、JIS Z3232に規定される径及び許容差の溶接棒又は電極ワイヤとして、実現されることとなる。
【0033】
3.溶接条件
本発明に係る溶加材は、MIG溶接に用いられ、溶接電流が400〜1200Aの溶接条件で溶接することで顕著な効果を有する。溶接時の溶接電流は、被溶接材の厚さと溶接パス数により大凡決まる。厚さ6mmを超える厚板を溶接する際には、低い溶接電流にて多層で溶接される場合が多い。しかしながら、多層溶接では品質管理が難しいことや生産性が低下することから、少ない溶接パス数にて溶接する需要が高まっている。高い溶接電流にて溶接を行う場合には、MgやZn等の元素が蒸発することによる継手強度の低下が課題として存在する。これに対し、本発明に係る溶加材は、溶接電流が400Aを超える場合に生じるMgの蒸発を補うことが出来るため、継手効率を低下させることが無い。また、溶接電流が400A以下の条件で溶接する場合においても、5183合金、5356合金又は5556合金等の従来の溶加材よりも高い継手効率、曲げ加工性が得られる。溶接電流が1200Aを越える溶接条件ではパッカリングが発生するため溶接が不可能である。
【0034】
さらに、本発明に係る溶加材を用いた前記アルミニウム合金の溶接に際しては、5kJ/cmを超える入熱におけるレーザ溶接又は電子ビーム溶接等の溶融溶接手法が採用される場合もあり、前記した溶加材によって形成される溶接継手を介して一体的に接合されて、目的とする形状乃至は構造の部材を与える接合体が形成される。
【0035】
4.被溶接材
本発明に係る溶加材は、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金を溶接する際にその効果を発揮する。従来、Al−Mg系合金として溶接構造体に多く用いられている合金はJIS5083合金であり、その成分範囲はMg:4.0〜4.9mass%、Mn:0.40〜1.0mass%、Si:0.40mass%以下、Fe:0.40mass%以下、Cu:0.10mass%以下、Cr:0.050〜0.25mass%、Zn:0.25mass%以下、Ti:0.15mass%以下、残部Al及び不可避的不純物として規定されている。本発明に係る溶加材が効果を発揮する被溶接材は、前記JIS5083合金よりもMg添加量が高いアルミニウム合金である。したがって、前記アルミニウム合金はJIS5083合金に比べて高強度なAl−Mg系合金材である。添加されるMg量やその他の微量元素によってO材の引張強さ(以下、本明細書では「O材強度」という。)は300MPa〜400MPaの範囲で変化する。本発明に係る溶加材は、前記アルミニウム合金のO材強度範囲を有するAl−Mg系合金に使用して初めてその効果を発揮するものである。
【0036】
特に、O材強度が320MPaを超える前記アルミニウム合金を溶接する際に、前記溶加材は効果を発揮する。上記よりも低強度のAl−Mg系合金においては、5183合金、5356合金又は5556合金等の従来の溶加材でも充分な継手効率を得ることが出来る。一方で、Mgを10mass%以上含有すると、圧延工程で割れが発生して製造が困難となる。
【0037】
また、前記アルミニウム合金においては、0.0001〜0.010mass%の範囲でBを添加すると良い。被溶接材中に添加されるBは、溶接時の溶融凝固過程において形成される溶接部の金属組織を微細化する効果を奏し、溶接継手の曲げ性を向上させる。本発明に係る溶加材は、0.0001〜0.010mass%の範囲でBを含んでいるが、溶接金属部の合金組成は母材組成と溶加材組成の混合された組成を有するため、被溶接材にBを添加しない場合には、Bの奏する効果が十分でない場合がある。したがって、本発明に係る溶加材は、被溶接材に0.0001〜0.010mass%の範囲でBが添加されている際に使用することで、溶接継手の曲げ加工性の安定的な向上が見込めるものである。Bの添加量が0.0001mass%未満では、前記効果が十分でない。Bの添加量が0.010mass%を超えると、Al合金中に粗大な凝集物を形成して、曲げ加工性が低下する。
【0038】
さらに、前記アルミニウム合金は、Znを0.39mass%未満の範囲で添加すると良い。Znは、アルミニウム合金の強度を向上させる添加元素である。一方で、Znを0.39mass%以上添加すると溶接時に割れが発生し易くなる。
【0039】
さらに、前記アルミニウム合金は、Mg、B及びZn以外の元素についてアルミニウム合金材として製造可能な範囲で含んでも良い。これらは、合金の強度や生産性、製造性を変化させるものであって、使途に合わせて適宜調整される。さらに、溶接時の熱影響部における結晶粒の粗大化を抑制させるために、Zrを0.040mass%以下の範囲で含んでも良い。
【0040】
5.溶加材と被溶接材のB濃度の和
本発明に係る溶加材と被溶接材のB濃度の和は0.0002〜0.02%とすることが望ましい。溶接金属部のB濃度は、溶加材と被溶接材のB濃度によって決まる。溶接金属部の結晶粒を微細化し、溶接継手の曲げ加工性を向上させるためには、溶加材と被溶接材のB濃度の和を0.0002〜0.02%とすると良い。B濃度の和が0.0002%未満であると、溶接金属部の結晶粒が粗大化し溶接継手の曲げ加工性が低下する。B濃度の和が0.02%を超えると、溶接金属部に粗大な凝集物が形成され、溶接継手の曲げ加工性が低下する。
【実施例】
【0041】
以下に、本発明の代表的な実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記した具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0042】
先ず、表1に示される各種合金組成のAl−Mg系合金を、通常のDC(Direct Chill)鋳造法によりスラブを作製した。次いで、ここで得られたスラブを均質化処理した後、常法に従って熱間圧延により8〜80mmの板厚を有する調質OのAl材料を得た。母材No.7に記載の成分では熱間圧延時に割れが発生し、所定の厚さまで圧延することが出来なかった。なお、表1及び後述の表2の化学成分において、「−」は当該化学成分が検出限界未満であることを示す。また、Alの項における「残部」は不可避的不純物を含む。
【0043】
【表1】
【0044】
一方、溶加材についても、表2に示される各種合金組成からなるアルミニウム合金を溶製した後、通常のDC鋳造法により各種ビレットを作製した。次いで、得られたビレットを均質化処理した後、常法に従って直接押出して、抽伸用素材を得た。その後、線径が2.4、4.0、4.8mmである溶接ワイヤとして、従来と同様な抽伸加工にて、目的とする各種溶加材を作製した。ここで、溶加材No.16、18、20、23〜27に記載の成分ではワイヤ抽伸加工時に割れが発生し、目的の線径を有する溶接ワイヤを得ることが出来なかった。
【0045】
【表2】
【0046】
次いで、MIG溶接にて溶接継手の作製を行った。作製した溶接継手はJIS Z3604に準拠したX形開先の突合せ継手である。全ての母材に対し、片側1パス、両側2パスの突合せ溶接を実施し、被溶接材の各板厚に対して用いたMIG溶接条件は表3の通りである。
【0047】
【表3】
【0048】
表1の母材と表2の溶加材、表3の溶接条件によって作製した溶接継手の評価結果を表4及び表5に示す。母材強度はJIS Z2241に準拠した方法にて引張試験を行い測定した。継手強度はJIS Z3121に準拠した方法にて引張試験を実施し、継手効率は継手強度と母材強度との比として算出した。また、溶接部の外観及び断面観察より、割れが存在しなかったものを「○」、割れが存在したものを「×」とした。さらに、JIS Z3122に準拠した方法にて溶接継手の曲げ試験を行い、表面に割れが発生しなかったものを「○」、3mm未満の割れが発生したものを「△」、3mm以上の割れが発生したもの「×」とした。また、良好な溶接を行うことが不可能であった例については、継手強度、継手効率、溶接割れ評価及び溶接継手曲げ試験の各項目を「−」で表示した。
【0049】
【表4】
【0050】
【表5】
【0051】
表4及び表5の結果から明らかな如く、本発明に従う合金組成の溶加材を用いて、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金をMIG溶接したものである試験結果(No.10、12〜14、16〜18、21〜24、27、29〜31、33〜35、38〜40、43、45〜47、49〜51、53〜55、58、60〜62、64〜67、70〜72、75、77〜79、81〜83、87〜89)においては、96%以上の高い継手効率が得られた。また、溶接電流が400Aを超える条件でMIG溶接した試験結果(比較例を含むNo.12〜25、29〜41、45〜56、60〜73、77〜90)では、従来の溶加材であるA5183WYを使用した場合に継手効率が95%未満であるのに対して、本発明に従う溶加材を使用した場合には継手効率が96%以上となった。このように、発明例の内、No.12〜14、16〜18、21〜24、29〜31、33〜35、38〜40、45〜47、49〜51、53〜55、60〜62、64〜67、70〜72、77〜79、81〜83、87〜89では本発明に従う溶加材の効果が顕著に現われる結果となった。
【0052】
これに対して、被溶接材が低強度であったり(No.1〜8)、溶接電流が400A未満であったりする場合(No.2、11、28、44、59、76)には、A5183WYを溶加材として使用しても95%以上の継手効率が得られた。この結果から、上記の条件では本発明に従う溶加材を使用することによる効果が小さいことがわかる。
【0053】
また、溶加材のMg量が本発明の下限値より低い場合(No.37)には、被溶接材にMg:5〜10%を含むアルミニウム合金を使用し溶接条件を本発明例の範囲内としても継手効率が95%未満となり、充分な継手効率を有する溶接継手を得ることは出来なかった。
【0054】
溶加材のB量が本発明の下限値より低い場合(No.20)には、溶接継手の曲げ加工性が低下した。
【0055】
溶加材のSi量、Cu量が本発明の上限値より高い場合(No.69、85)には、溶接部に割れが発生して継手強度と曲げ加工性が著しく低下した。
【0056】
溶接電流が1200Aを超える溶接条件No.5を使用した試験(No.9、26、42、57、75、91)では、溶接時の電流値が高すぎることによるパッカリングの発生が見られたため、被溶接材を両側2パスにて良好な溶接を行うことは不可能であった。
【0057】
被溶接材のB添加量が本発明の下限値より低い場合(No.92〜99)では、溶接継手の曲げ加工性が低下した。
【0058】
Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金を溶接する場合であって、溶加材と被溶接材のB量の濃度の和が0.0002mass%よりも低い場合(No.11、15、19、20、25、26、59、63、68、73、93、95、97、99)や、0.02mass%よりも高い場合(No.100、102、104、106)には、溶接継手の曲げ加工性が低下した。
【0059】
また、B量が0.010mass%を超え、Mg:5〜10%を含むアルミニウム合金を溶接する場合(No.101、103、105、107)には、溶加材と被溶接材のB量の濃度の和が0.0002〜0.02%であっても、溶接継手の曲げ加工性が低下した。