(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ワックスは、ポリエチレン、ポリプロピレン、及び、ポリテトラフルオロエチレンからなる群より選択された少なくとも何れかである、請求項6に記載のすべり支承用構造体。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に開示されている二硫化モリブデンを用いた固着防止剤は、施工時にべとつきが生じるほか、長期間放置した後は所望の性能が得られないという問題がある。また、上記特許文献2及び特許文献3に開示されているような塗料やグリースの塗布を行う場合には、工程が増えてしまうという問題がある。また、上記特許文献4に開示されているフッ素樹脂へのプラズマ処理を用いたとしても、十分な潤滑性の向上を図ることは困難である。
【0010】
また、すべり支承のすべり板の潤滑性を皮膜形成により図る場合、形成する皮膜は厚膜とすることが望まれるが、上記特許文献5に開示されている方法で結晶性層状物を含有する皮膜を形成する場合、厚膜化することが困難である。加えて、上記特許文献5に開示されている方法では、十分な密着性を有する皮膜を形成することはできない。
【0011】
このように、すべり支承としての性能を長期にわたって維持しつつ、すべり板の摩擦係数を適切に制御する技術は未だ改善の余地があり、より小型のダンパーの適用又はダンパーの省略を、より簡便に実現する技術が希求されている現状にある。
【0012】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、より小型のダンパーの適用又はダンパーの省略をより簡便に実現することが可能な、すべり支承用構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、すべり板表面及び/又は摺接面の少なくとも一部に、所定の層状複水酸化物を含む結晶性層状物と、樹脂とを含有する皮膜の形成された鋼板を用いることで、皮膜の密着性を維持しつつ、摺接面の摩擦係数を所望の範囲に制御することが可能であるとの知見を得て、より小型のダンパーの適用又はダンパーの省略をより簡便に実現することが可能なすべり支承用構造体を完成するに至った。
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
[1]すべり板と、前記すべり板のすべり板表面に摺接する摺接面を有するすべり材と、を備え、前記すべり板表面及び/又は前記摺接面の少なくとも一部は、鋼板と、当該鋼板を被覆する皮膜と、を有しており、
前記鋼板は、表面に、Zn、Zn−Al合金、Zn−Al−Si合金、Zn−Al−Mg合金、Zn−Al−Mg−Si合金、Zn−Fe合金、Zn−Ni合金、及び、Al−Si合金からなる群より選択された少なくとも何れかを含むめっき層を有するめっき鋼板であり、前記皮膜は、結晶性層状物と樹脂組成物とを含む皮膜であり、前記皮膜の平均膜厚は、10nm〜10000nmであり、前記結晶性層状物は、化学式[M
2+(1−x)M
3+x(OH)
2][A
n−]
x/n・zH
2Oで表される層状複水酸化物を含み、前記すべり板表面に対する前記摺接面の摩擦係数は、0.05〜0.15である、すべり支承用構造体。
ここで、前記化学式において、
M
2+:Mg
2+、Ca
2+、Fe
2+、Ni
2+、Zn
2+、Pb
2+、及び、Sn
2+からなる群より選択される1種以上
M
3+:Al
3+、Fe
3+、Cr
3+、3/4Zr
4+、及び、Mo
3+からなる群より選択される1種以上
A
n−:OH
−、F
−、CO
32−、Cl
−、Br
−、(C
2O
4)
2−、I
−、(NO
3)
−、(SO
4)
2−、(BrO
3)
−、(IO
3)
−、(V
10O
28)
6−、(Si
2O
5)
2−、(ClO
4)
−、(CH
3COO)
−、[C
6H
4(CO
2)
2]
2−、(C
6H
5COO)
−、[C
8H
16(CO
2)
2]
2−、n(C
8H
17SO
4)
−、TPPC、n(C
12H
25SO
4)
−、n(C
18H
37SO
4)
−、及び、SiO
44−からなる群より選択される1種以上
である。
[2]前記M
2+は、Mg
2+、Ca
2+、Fe
2+、Ni
2+、及び、Zn
2+からなる群より選択される1種以上であり、前記M
3+は、Al
3+、Fe
3+、及び、Cr
3+からなる群より選択される1種以上であり、前記A
n−は、OH
−、CO
32−、Cl
−、及び、(SO
4)
2−からなる群より選択される1種以上である、[1]に記載のすべり支承用構造体。
[3]前記樹脂組成物は、水溶性ウレタン系樹脂組成物、及び、水溶性ポリオレフィン系樹脂組成物の少なくとも何れかである、[1]又は[2]に記載のすべり支承用構造体。
[4]前記平均膜厚は、2000nm超過5000nm以下である、[1]〜[3]の何れか1つに記載のすべり支承用構造体。
[5]前記すべり板表面及び前記摺接面のそれぞれは、前記鋼板と前記皮膜とを有する、[1]〜[4]の何れか1つに記載のすべり支承用構造体。
[6]前記皮膜は、更にワックスを含む、[1]〜[5]の何れか1つに記載のすべり支承用構造体。
[7]前記ワックスは、ポリエチレン、ポリプロピレン、及び、ポリテトラフルオロエチレンからなる群より選択された少なくとも何れかである、[6]に記載のすべり支承用構造体。
[8]前記ワックスの含有量は、前記皮膜における全固形分の質量に対して、0.5質量%〜20質量%である、[6]又は[7]に記載のすべり支承用構造体。
[
9]前記めっき層の厚みは、1μm〜100μmである、
[1]〜[8]の何れか1つに記載のすべり支承用構造体。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように本発明によれば、より小型のダンパーの適用又はダンパーの省略をより簡便に実現することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0018】
<すべり支承用構造体による免震の仕組み>
本発明の実施形態に係るすべり支承用構造体について説明するに先立ち、
図3を参照しながら、すべり支承用構造体による免震の仕組みの一例について、簡単に説明する。
図3(a)は、平常時におけるすべり支承用構造体100の模式側面図である。すべり支承用構造体100は、建物200と基礎300との間に設置されている。そして、すべり支承用構造体100は、基礎300に載置されたすべり板110と、すべり板110に摺接するすべり材120と、すべり材120の上に積層されたゴム状の弾性体であるエラストマー130と、エラストマー130を建物200に固定するベースポット140を備える。なお、
図3において、すべり材120のすべり距離を抑制するダンパーは図示していない。
【0019】
図3(b)は、水平力が加えられた場合におけるすべり支承用構造体100の模式側面図である。例えば地震が発生して、基礎300が
図3(b)の右方向に変位した結果、水平力が加えられたすべり支承用構造体100は、まず、エラストマー130が基礎300の変位に追随してせん断変形することにより、建物200の水平方向の変位を抑制して免震機能を発揮する。例えば弱震時の場合には、すべり支承用構造体100は、エラストマー130のせん断変形のみによって水平力を吸収することが可能であり、すべり材120は摺動せずにすべり板110と摺接したままの状態を維持する。弱震のまま地震が収まれば水平力は減衰していき、エラストマー130のせん断変形量が小さくなって、すべり支承用構造体100はやがて
図3(a)に示す平常時の状態に戻る。
【0020】
図3(c)は、水平力がすべり水平荷重を超えた場合におけるすべり支承用構造体100の模式側面図である。例えば地震が弱震から中震又は強震へ変わった場合には、すべり支承用構造体100に加えられる水平力が大きくなり、水平力がすべり水平荷重、すなわちすべり板110とすべり材120との間の摩擦抵抗力を超えることとなる。この場合には、すべり支承用構造体100は、エラストマー130のせん断変形のみによって水平力を吸収することができず、エラストマー130がせん断変形すると共に、すべり材120の摺接面120aがすべり板110の表面110aを摺動することによって、免震機能を発揮する。地震が収まれば、水平力は減衰していき、エラストマー130のせん断変形量が小さくなると共にすべり材120の摺動が収まっていき、すべり支承用構造体100はやがて
図3(a)に示す平常時の状態に戻る。
【0021】
<第1実施形態>
続いて、
図1を参照しながら、本発明の第1の実施形態に係るすべり支承用構造体について、詳細に説明する。
図1は、本発明の第1実施形態に係るすべり支承用構造体101を示す模式断面図である。
【0022】
本実施形態に係るすべり支承用構造体101は、すべり板111と、すべり板111の表面111aに摺接する摺接面121aを有するすべり材121と、を備える。ここで、本実施形態に係るすべり板111の表面111a及び/又はすべり材121の摺接面121aの少なくとも一部には、鋼板と、かかる鋼板を被覆する皮膜と、を有しており、すべり板111の表面111a及びすべり材121の摺接面121aのそれぞれが、上記の皮膜が形成された鋼板を有していることが好ましい。
図1では、すべり板111の表面111a及びすべり材121の摺接面121aのそれぞれが、鋼板及び皮膜を有する場合について、図示を行っている。
【0023】
図1に示したように、すべり板111は、母材鋼板112の表面がめっき層113で被覆されためっき鋼板114であることが好ましく、かかるめっき鋼板114の表面は、皮膜115によって被覆されている。かかる場合に、皮膜115の表面が、すべり板111の表面111aとして機能する。
【0024】
また、すべり材121は、母材鋼板122の表面がめっき層123で被覆されためっき鋼板124であることが好ましく、かかるめっき鋼板124の表面は、皮膜125によって被覆されている。かかる場合に、皮膜125の表面が、すべり材121の摺接面121aとして機能する。
【0025】
すべり板111及びすべり材121をめっき鋼板を用いて形成することで、すべり板111の表面111aに対するすべり材121の摺接面121aの摩擦係数を、容易に所望の範囲に制御することが可能となる。
【0026】
すべり材121の摺接面121aがすべり板111の表面111aを摺動することによって、摺接面121a及び表面111aは摩耗していく。摺動による摩耗で皮膜115又は125が無くなると、めっき層113又はめっき層123が露出し、めっき層により摺動することとなる。そして、更にこれらのめっき層が無くなると、鋼材112又は鋼材122が露出し、鋼材により摺動することとなる。めっき層113又はめっき層123が露出した状態で摺動すると、皮膜の場合と比べて摩擦係数がやや増加する可能性が考えられる。更に、母材鋼板112,122が露出した状態で摺動すると、摩擦係数が更に増加して、すべり支承用構造体としての免震性能を十分に発揮することが困難となる場合がある。しかしながら、摺接面121a及び表面111aが皮膜115及び皮膜125をそれぞれ有することにより、摺動によるめっき層113,123や母材鋼板112,122の露出を抑制することができる。これにより、摺動による摩擦係数の増加を抑えて、すべり支承用構造体としての免震性能をより長く発揮させることができる。
【0027】
また、摺動による摩耗で皮膜115又は皮膜125が無くなると、めっき層113又はめっき層123が露出し、めっき層により摺動することとなるが、摺動によりめっき層が破壊されると、破壊されためっき層の一部がすべり板111の表面111aと摺接面121aとの間で潤滑剤として機能し、摩擦係数の上昇を緩和してすべり支承用構造体101の免震機能を維持することができる。
【0028】
ここで、めっき層113及びめっき層123の形成方法については、特に限定されるものではなく、各種の溶融めっき法や電解めっき法等のような、公知の各種の方法を利用することが可能である。
【0029】
例えば、めっき鋼板114,124のめっき層113,123は、Zn、Zn−Al合金、Zn−Al−Si合金、Zn−Al−Mg合金、Zn−Al−Mg−Si合金、Zn−Fe合金、Zn−Ni合金及びAl−Si合金の群から選択された少なくともいずれかを含むことができる。これらを含むめっき層であれば、摩擦係数の上昇を緩和する潤滑剤として機能するのみならず、鋼材の腐食を防止し、長期にわたって耐食性を満足することから、結果としてすべり支承用構造体101の免震機能を長期間維持することができる。
【0030】
めっき層113及び/又はめっき層123の厚み(平均厚み)は、1μm〜100μmとすることが好ましい。めっき層の厚みが1μm未満の場合、潤滑剤としての機能を十分に発揮できない場合や、耐食性を十分に満足することができない場合がある。また、めっき層の厚みが100μmを超える場合、めっき層表面の平滑性に問題が生じて免震性能が低下する可能性がある。更に、1回のめっき処理で100μmを超えるめっき層を形成することが困難である場合があり、複数回の処理が必要となってめっき層の形成工程が増える等、工業的に好ましくない場合がある。めっき層の厚みが1μm〜100μmであれば、工業的に防食性及び潤滑剤としての機能を十分に発揮することができるため、すべり支承用構造体101としての免震機能を満足することができる。めっき層113及び/又はめっき層123の厚みが5μm〜50μmであれば、めっき処理が容易となるため、より好ましい。めっき層113及び/又はめっき層123の厚みは、更に好ましくは、10μm〜30μmである。
【0031】
また、本実施形態では、上記のような鋼板として、めっき鋼板114,124を例に挙げたが、本発明はかかる例に限定されるものではなく、上記のような鋼板として、公知の各種の鋼板を用いることができる。例えば、本実施形態に係る鋼板として、各種の普通鋼や、普通鋼に対して公知の各種のめっき処理を施した各種のめっき鋼板を用いることが可能であり、また、例えばステンレス鋼板等のような各種の鉄合金等を用いることも可能である。なお、普通鋼は、所望の強度等を有するものであれば、特に限定されるものではない。
【0032】
本実施形態に係る皮膜115,125は、結晶性層状物と樹脂組成物とを含有し、結晶性層状物は、化学式[M
2+(1−x)M
3+x(OH)
2][A
n−]
x/n・zH
2Oで表される層状複水酸化物を含む。皮膜115,125が上記のような結晶性層状物と樹脂組成物とを含有することで、皮膜115,125の密着性を十分に維持しつつ、すべり板111の表面111aとすべり材121の摺接面121aとの摩擦係数を好適な範囲に設定することが可能となる。その結果、本実施形態に係るすべり支承用構造体101では、ダンパーを用いることなく、又は、小型のダンパーを適用することで、すべり材121の摺動を制動することが容易となる。
【0033】
結晶性層状物は、摺動時にせん断変形応力が加わるとすべり変形して、皮膜115,125に生じたせん断変形応力を吸収する。これにより、本実施形態に係るすべり支承用構造体101では、皮膜115,125が結晶性層状物を含有することで、所望の摩擦係数が実現される。また、皮膜115,125が樹脂組成物を含有することで、皮膜115,125の鋼板への好適な密着性が実現される。
【0034】
これらの皮膜115,125は、上記のような結晶性層状物及び樹脂組成物を含有する電解液を調整し、かかる電解液を用いてめっき鋼板等の鋼板をカソードとするカソード電解を実施した後、リンガーロール等の公知の方法を用いて液膜厚を制御し、更に、適切に乾燥を行うことで、形成することができる。また、本実施形態に係るすべり支承用構造体101では、かかる方法により皮膜115,125を形成することで、密着性を好適に維持しつつ、皮膜の厚膜化を実現することが可能となる。
【0035】
本実施形態において、結晶性層状物とは、単位結晶格子のうち、板状の共有結合結晶が分子間力、水素結合、静電エネルギー等の比較的弱い結合で積層された結晶を意味する。なかでも、その構造が化学式[M
2+(1−x)M
3+x(OH)
2][A
n−]
x/n・zH
2Oで表される層状複水酸化物は、正に帯電した板状の2価及び3価の金属水酸化物に対し、負に帯電したアニオンが電気的なバランスを保つために静電エネルギーにより結合して層状に積層するため、層状の結晶構造を有している。従って、本実施形態において、層状複水酸化物は、結晶性層状物として用いるのに適している化合物である。
【0036】
なお、結晶性層状物として用いた化合物が結晶性を有しているか否かは、着目している化合物の結晶構造を同定することで判断可能であり、結晶構造は、薄膜X線回折法等の公知の方法により特定することが可能である。また、化学式[M
2+(1−x)M
3+x(OH)
2][A
n−]
x/n・zH
2Oで表される層状複水酸化物であるかは、公知のX線回折法により同定することが可能である。
【0037】
ここで、上記化学式において、M
2+で表される金属イオンは、Mg
2+、Ca
2+、Fe
2+、Ni
2+、Zn
2+、Pb
2+、及び、Sn
2+からなる群より選択される1種以上である。上記の金属イオンのうち、特に、Mg
2+、Ca
2+、Fe
2+、Ni
2+、及び、Zn
2+は、天然又は人工的に生成した層状複水酸化物種として確認されており、また、かかる金属イオンを有する層状複水酸化物は安定的に存在することが可能であるため、M
2+で表される金属イオンとして、より好ましい。
【0038】
上記化学式において、M
3+で表される金属イオンは、Al
3+、Fe
3+、Cr
3+、3/4Zr
4+、及び、Mo
3+からなる群より選択される1種以上である。上記の金属イオンのうち、特に、Al
3+、Fe
3+、及び、Cr
3+は、天然又は人工的に生成した層状複水酸化物種として確認されており、また、かかる金属イオンを有する層状複水酸化物は安定的に存在することが可能であるため、M
3+で表される金属イオンとして、より好ましい。
【0039】
上記化学式において、A
n−で表されるアニオンは、OH
−、F
−、CO
32−、Cl
−、Br
−、(C
2O
4)
2−、I
−、(NO
3)
−、(SO
4)
2−、(BrO
3)
−、(IO
3)
−、(V
10O
28)
6−、(Si
2O
5)
2−、(ClO
4)
−、(CH
3COO)
−、[C
6H
4(CO
2)
2]
2−、(C
6H
5COO)
−、[C
8H
16(CO
2)
2]
2−、n(C
8H
17SO
4)
−、テトラキス(4−カルボキシフェニル)ポルフィリン(TPPC)、n(C
12H
25SO
4)
−、n(C
18H
37SO
4)
−、及び、SiO
44−からなる群より選択される1種以上である。これらのアニオン種は、層状複水酸化物の層間アニオンとしての取り込みが確認されており、層状複水酸化物として存在することが可能である。上記のアニオンのうち、特に、OH
−、CO
32−、Cl
−、及び、(SO
4)
2−は、層状複水酸化物の他のアニオンと比較して層間アニオンとして取り込まれやすく、より短時間での成膜が可能となるため、A
n−で表されるアニオンとして、より好ましい。また、上記のアニオン種のうちCO
32−は、イオン源として、大気中の二酸化炭素を利用することが可能である。
【0040】
本実施形態に係る皮膜115,125には、上記の結晶性層状物に加えて、樹脂組成物を含有する。先だって言及したように、皮膜115,125が樹脂組成物を含有することで、皮膜115,125の密着性を向上させることが可能となる。本実施形態に係るすべり支承用構造体101において、かかる樹脂組成物は、水溶性ウレタン系樹脂組成物、及び、水溶性ポリオレフィン系樹脂組成物の少なくとも何れかであることが好ましい。
【0041】
ウレタン系樹脂組成物は、イソシアネート基と水酸基を有する化合物の縮合により生成されるポリウレタン樹脂の組成物である。また、オレフィン系樹脂組成物は、二重結合を1つ有する炭化水素であるポリオレフィン樹脂の組成物である。このようなポリオレフィン樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン等の樹脂が挙げられる。本実施形態では、上記ウレタン系樹脂組成物やポリオレフィン系樹脂組成物として、水溶性のものを用いることが好ましい。
【0042】
なお、これらのオレフィン系樹脂組成物及びウレタン系樹脂組成物は、公知の添加剤を含むことができる。かかる添加剤としては、例えば皮膜の平滑な形成を促すレベリング剤や、皮膜形成時における皮膜中及び皮膜表面の泡を消す消泡剤等が挙げられる。
【0043】
本実施形態に係るすべり支承用構造体101において、皮膜115,125の平均膜厚は、10nm〜10000nm(10μm)の範囲内である。平均膜厚が10nmよりも薄い場合には、摺動によって皮膜がすぐに摩耗して無くなってしまい、鋼板の露出が早まって摩擦係数が増加し、すべり支承用構造体の免震性能を発揮する時間が短くなってしまう。また、平均膜厚が10000nmを超える場合には、免震性能に問題は無いものの、複数回の処理が必要となって皮膜の形成工程が増える等、工業的に好ましくない場合がある。また、平均膜厚が10000nmを超える場合には、食い込みが発生して、摺動時に塗膜が剥離するなどの不具合が発生する可能性もある。平均膜厚が10nm〜10000nmの範囲内であれば、工業的にすべり支承用構造体としての免震機能を満足することができる。皮膜115,125の平均膜厚は、好ましくは、2000nm超過10000nm以下の範囲内であり、より好ましくは、2000nm超過5000nm以下の範囲内である。
【0044】
なお、皮膜115,125の平均膜厚は、集束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)で加工した断面を極低加速電圧走査型電子顕微鏡(極低加速SEM)を用いて観察することで測定可能である。すなわち、FIBで加工した断面を適切な倍率のもとで複数の視野で観察する。この際に、各視野においては、複数の位置で皮膜の厚みを算出して、視野毎に平均膜厚を算出する。その後、複数の視野間で各視野での平均膜厚の平均値を更に算出して、得られた平均値を、皮膜115,125の平均膜厚とすることができる。また、めっき層113,123の厚み(平均厚み)も、同様にして測定することが可能である。
【0045】
本実施形態において、すべり板111の表面111aに対するすべり材121の摺接面121aの摩擦係数は、0.05〜0.15の範囲内である。摩擦係数が0.05よりも小さいと、より大きなダンパーが必要となり、摩擦係数が0.15を超えると、免震効果が損なわれる。摩擦係数がこの範囲内であることにより、水平力を減衰する効果が得られるため、ダンパーを用いることなく、又は、小型のダンパーを適用することで、免震機能を発揮しつつ、すべり材121の摺動を制動することが容易となる。かかる摩擦係数は、好ましくは、0.08〜0.12の範囲内である。
【0046】
ここで、摩擦係数(μ)は、すべり板111の表面111aとすべり材121の摺接面121aに働く摩擦力(F)と、すべり板111の表面111aとすべり材121の摺接面121aに垂直に作用する圧力、すなわち建物200の荷重に相当する垂直効力(N)との比である。μ、F及びNの関係は、下記式(1)に示すとおりである。
【0048】
摩擦係数は、摩擦力Fが、すべり材121が摺動する直前の摩擦力である最大静止摩擦力である場合、摩擦係数μは静摩擦係数となる。また、摩擦力Fが、すべり材121が摺動中の摩擦力である動摩擦力である場合、摩擦係数μは動摩擦係数となる。本発明では、摩擦係数は静摩擦係数及び動摩擦係数の両方であり、静摩擦係数及び動摩擦係数が0.05〜0.15の範囲内となる。
【0049】
本実施形態に係る皮膜115,125は、上記の成分に加えて、更に、ワックスを含有していてもよい。ワックスは、皮膜の表層に集まる特徴があることから、ワックスを含有させることで、摩擦係数の制御がより容易となる。
【0050】
皮膜115,125は、かかるワックスとして、ポリエチレン、ポリプロピレン及びポリテトラフルオロエチレンからなる群から選択された少なくとも何れかを含有することができる。上記のようなワックスであれば、長期安定性に優れるため、摩擦係数がより安定し、すべり支承用構造体の免震機能をより長期間確保することができる。
【0051】
皮膜115,125におけるワックスの含有量は、皮膜における全固形分の質量に対して、例えば0.5質量%〜20質量%とすることが好ましい。ワックスの含有量が0.5質量%〜20質量%であれば、皮膜の性能を損なうことなく、すべり支承用構造体の免震機能をより長期間確保することができる。ワックスの含有量が0.5質量%より少ない場合、ワックスの性能を十分に発揮できない可能性がある。また、ワックスの含有量が20質量%より多い場合、ワックスの効果が飽和してしまうと共に、摩擦係数が小さくなり過ぎる可能性がある。ワックスの含有量が1質量%〜20質量%であれば、摩擦係数をより厳密に制御できるため、より好ましい。皮膜115,125におけるワックスの含有量は、更に好ましくは、1質量%〜5質量%である。
【0052】
以上、
図1を参照しながら、本実施形態に係るすべり支承用構造体101について、詳細に説明した。
【0053】
なお、第1実施形態では、すべり板111の表面111aの全面に皮膜115が形成され、摺接面121aの全面に皮膜125が形成される場合について説明したが、本発明はかかる例に限定されるものではない。すなわち、すべり板111の表面111aに対する摺接面121aの摩擦係数が0.05〜0.15の範囲内であればよく、かかる範囲を満たせば、すべり板111の表面111a及び/又は摺接面121aの少なくとも一部に皮膜が形成されていればよい。例えば、すべり板111の表面のみに皮膜115が形成されていてもよいし、すべり材121の摺接面の一部のみに皮膜125が形成されていてもよい。
【0054】
<第2実施形態>
次に、
図2を参照しながら、本発明の第2の実施形態に係るすべり支承用構造体について説明する。
図2は、本発明の第2実施形態に係るすべり支承用構造体102を示す模式断面図である。
【0055】
本実施形態に係るすべり支承用構造体102において、すべり板111及びすべり材121の構成は、第1実施形態に係るすべり支承用構造体101のすべり板111及びすべり材121の構成と同様である。従って、以下では、これらすべり板111及びすべり材121についての詳細な説明は省略する。
【0056】
本実施形態に係るすべり支承用構造体102では、すべり板111は、ソールプレート150に載置されており、かかるソールプレート150により、すべり板111を補強することが可能となる。例えばボルト等の締結具によってソールプレート150を基礎に締結することで、すべり板111を基礎に固定することができる。
【0057】
また、本実施形態に係るすべり支承用構造体102では、すべり材121の上に、エラストマー130が積層され、更に、エラストマー130の上に、ベースポット140が設けられる。エラストマー130は、すべり支承用構造体102に水平力が加えられた場合にせん断変形することにより、免震機能を発揮する。また、ベースポット140は、すべり材121及びエラストマー130を補強する。例えばボルト等の締結具によってベースポット140を建物に締結することにより、すべり材121を建物に固定することができる。
【0058】
本実施形態では、第1実施形態に係るすべり支承用構造体101に対してエラストマー130、ベースポット140及びソールプレート150を追加したすべり支承用構造体102について説明したが、これらの追加した構成を他の構成に置換することも可能である。例えば、本実施形態に係るすべり支承用構造体102に対して、すべり材121をエラストマー130に固定する固定板を追加することができる。また、エラストマー130は、例えば天然ゴムのみから構成されていてもよく、また、天然ゴムと鋼板とが積層された構成であってもよい。
【0059】
以上、
図2を参照しながら、本実施形態に係るすべり支承用構造体102について、簡単に説明した。
【0060】
<製造方法>
次に、本発明の各実施形態に係るすべり支承用構造体の製造方法について、その一例を説明する。
【0061】
すべり板は、例えば、めっき層及び/又は皮膜が形成された普通鋼(例えば、縦60cm×横60cm×厚み2mmのもの)とすることができる。また、ステンレス鋼(例えば、SUS304:縦60cm×横60cm×厚み2mmのもの)をそのままの状態で、又は、皮膜を形成して、すべり板とすることができる。
【0062】
また、すべり材は、例えば、めっき層及び/又は皮膜が形成された普通鋼(例えば、直径50mmの円形状×厚み2mmのもの)とすることができる。また、ステンレス鋼(例えば、SUS304:直径50mmの円形×厚み2mmのもの)をそのままの状態で、又は、皮膜を形成して、すべり材とすることができる。
【0063】
この際、すべり板及びすべり材の少なくとも一方には、上記のような皮膜が形成されるようにする。
【0064】
また、めっき層を形成するためのめっき処理は、公知の方法に則して実施することが可能であり、例えば、JIS H8641の溶融亜鉛めっきの作業工程に従い行うことができる。また、JIS G3300番台に規定された連続めっき鋼帯及び鋼板、又は、その他のめっき鋼板及び鋼帯を使用することも可能である。具体的なめっき種としては、例えば、Zn、Zn−Al合金、Zn−Al−Si合金、Zn−Al−Mg合金、Zn−Al−Mg−Si合金、Zn−Fe合金、Zn−Ni合金及びAl−Si合金を用いることができる。
【0065】
皮膜は、上記のような結晶性層状物及び樹脂組成物を含有する電解液を調整し、かかる電解液を用いてめっき鋼板等の鋼板をカソードとするカソード電解を実施した後、リンガーロール等の公知の方法を用いて液膜厚を制御し、更に、適切に乾燥を行うことで、形成することができる。ここで、カソード電解の際の電流密度や通電時間は、形成する皮膜の膜厚に応じて、適宜設定すればよい。また、皮膜にワックスを含有させる場合には、用いるワックスを予め電解液に混合しておけばよい。
【0066】
以上のようにして製造したすべり板及びすべり材を用い、すべり板の中心軸とすべり材の中心軸とが一致するように、すべり板のすべり板表面にすべり材を摺接することで、すべり支承用構造体とすることができる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例に基づき、本発明を詳細に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係るすべり支承用構造体のあくまでも一例にすぎず、本発明に係るすべり支承用構造体が下記の例に限定されるものではない。
【0068】
[すべり板及びすべり材の素材]
板厚1.6mmの熱延鋼板、並びに、板厚1.6mmの熱延鋼板に対して、膜厚20μmの溶融Znめっき、膜厚18μmのZn−5%Alめっき、膜厚18μmのZn−6%Al−3%Mgめっき、膜厚18μmのZn−11%Al−3%Mg−0.2%Siめっき、膜厚20μmのZn−55%Al−1.6%Siめっき、膜厚20μmのZn−55%Al−2%Mg−1.6%Siめっき、膜厚7μmのZn−9%Feめっき、膜厚3μmのZn−13%Niめっき、又は、膜厚30μmのAl−9%Siめっきの何れかを形成したものを、それぞれ準備した。準備したこれら鋼板を、すべり板及びすべり材の素材として利用した。
【0069】
なお、以下の表1における「すべり板/すべり材」の欄において、「鋼」と記載されているものは、板厚1.6mmの熱延鋼板を用いて、すべり板及びすべり材を形成したことを意味している。また、同欄において、めっき層の成分が記載されているものは、記載されためっき層の形成された鋼板を用いて、すべり板及びすべり材を形成したことを意味している。この場合に、同欄における括弧内の数字は、めっき層の膜厚(単位:μm)を意味している。
【0070】
[結晶性層状物]
結晶性層状物として、層状複水酸化物を用いることとし、以下の表1に示すような組成の水溶液を、電解液としてそれぞれ準備した。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
被塗物材(上記の板厚1.6mmの鋼板)をNaOH水溶液で電解脱脂した後、電解液に浸漬し、通電させることで、層状複水酸化物を析出させた。なお、膜厚調整は、電流密度で行い、電流密度を1〜10A/dm
2の範囲で変化させた。電解後、電解液から取り出し、リンガーロールにて膜厚を制御し、引き続き乾燥炉に入れて、皮膜を形成させ、所定の平均膜厚の皮膜を得た。
【0074】
なお、得られた皮膜について、薄膜X線回折法を用いて解析を行った結果、層状複水酸化物は結晶性を有していることが明らかとなった。また、各電解液から形成した層状複水酸化物の組成は、上記表1にあわせて示したようにそれぞれ同定された。
【0075】
[樹脂組成物]
また、樹脂組成物としては、水溶性ウレタン樹脂組成物を使用した。この樹脂組成物を、必要に応じて上記電解質水溶液中に混合した。用いた水溶性ウレタン樹脂組成物は、以下のようにして合成した。すなわち、末端にヒドロキシル基を有するアジピン酸と1,4−ブチレングリコールとから合成された平均分子量900のポリエステルポリオール230gと、2,2−ビス(ヒドロキシメチル)プロピオン酸15gと、をN−メチル2−ピロリドン100gに加え、80℃に加温して溶解させた。その後、ヘキサメチレンジイソシアネート100gを加え、110℃に加温して2時間反応させ、トリエチルアミン(沸点89℃)を11g加えて中和した。得られた溶液をエチレンジアミン5gと脱イオン水570gとを混合した水溶液に強攪拌下において滴下して、水溶性ポリウレタン樹脂を得た。
【0076】
[ワックス]
ワックスとして、ポリエチレン樹脂(PE)、ポリプロピレン樹脂(PP)、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)をそれぞれ準備し、必要に応じて電解質水溶液に10質量%添加した。
【0077】
得られた各すべり支承用構造体について、以下の項目について、評価を行った。
【0078】
[成膜性及び密着性]
成膜性及び密着性は、セロハンテープ(商品名:セロテープ(登録商標))を皮膜に対して張り付けた上で、セロハンテープを剥離した際の皮膜の剥離状況を検査することで評価した。評価基準は、以下の通りである。
【0079】
◎:剥離しない
○:一部剥離した
×:皮膜形成時に剥離した
【0080】
[摩擦係数]
すべり板を幅30mm×長さ300mmに切り出し、すべり材を20mmφで打ち抜いて、すべり板の両面に、2枚のすべり材の摺接面を接触させた。その上で、すべり材に面圧N=10MPa(加圧力31.4KN)を付与し、すべり板を一定速度(16.7mm/s)で引き抜くときの荷重Fを測定した。150mm引き抜くときの中央の130mmの摩擦係数μ=N/Fの平均値を、評価値とした。評価基準は、以下の通りである。
【0081】
◎:0.08≦μ≦0.12
○:0.05≦μ<0.08、又は、0.12<μ≦0.15
×:μ<0.05、又は、μ>0.15
【0082】
[摩擦耐久性]
摩擦耐久性は、ピンオンディスク摩擦試験機を用いて評価した。具体的には、50mmに切り出した試験片上で、以下に示した鋼球を摺動させ、摩擦係数が0.05〜0.15であるときの周回数で判定した。評価基準は、以下の通りである。
【0083】
鋼球:寸法 3/16、材質 クロム鋼SUJ2、等級 G−28
無塗油:鋼球及びすべり材はいずれも無塗油
荷重:14.7N
回転速度:100rpm(摺動径=半径10mm)
温度:常温
【0084】
◎:100回以上
○:50回以上100回未満
×:50回未満
【0085】
[総合評価]
上記の各評価結果に基づき、各すべり支承用構造体について、以下の基準で総合評価を行った。評価基準は、以下の通りである。
【0086】
◎:各評価項目の評価結果が◎
○:各評価項目の評価結果が○以上であるが、全ての評価結果は◎ではない
×:各評価項目の評価結果の何れかに×が存在する
【0087】
各すべり支承用構造体についての評価結果を、以下の表2にまとめて示した。
【0088】
【表3】
【0089】
【表4】
【0090】
上記表2から明らかなように、本発明例に該当するすべり支承用構造体は、すべり面の摩擦係数が適切な値となり、かつ、成膜性、密着性、及び、摩擦耐久性についても良好な結果を示す一方で、比較例に該当するすべり支承用構造体は、すべり面の摩擦係数が適切な値とはならないことがわかる。
【0091】
<まとめ>
以上のように、本発明の実施形態に係るすべり支承用構造体であれば、すべり支承用構造体の設置時に後処理工程を増やすことなく、ダンパーを用いることなく、又は、小型のダンパーを適用することで、免震機能を発揮しつつ、すべり材の摺動を制動することが容易となる。特に、すべり板及びすべり材として用いる素材にめっき層を設けることで、すべり支承用構造体の免震機能を延命化することができる。
【0092】
また、例えば通常のダンパーを設置するスペースの確保が困難である住宅等の小型の建築物の場合においても、本発明の実施形態のすべり支承用構造体を用いた免震方法を提供することができる。
【0093】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。