特許第6848640号(P6848640)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6848640
(24)【登録日】2021年3月8日
(45)【発行日】2021年3月24日
(54)【発明の名称】走査型プローブ顕微鏡
(51)【国際特許分類】
   G01Q 10/06 20100101AFI20210315BHJP
   G01Q 60/30 20100101ALI20210315BHJP
【FI】
   G01Q10/06
   G01Q60/30
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-81170(P2017-81170)
(22)【出願日】2017年4月17日
(65)【公開番号】特開2018-179824(P2018-179824A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2019年7月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大田 昌弘
【審査官】 佐野 浩樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2017/042946(WO,A1)
【文献】 特開2007−085764(JP,A)
【文献】 特開2005−257420(JP,A)
【文献】 特開2002−031589(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0369838(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0146673(US,A1)
【文献】 特表2015−500990(JP,A)
【文献】 特開2000−346782(JP,A)
【文献】 特開2000−329679(JP,A)
【文献】 特開平10−206433(JP,A)
【文献】 特開2001−228072(JP,A)
【文献】 米国特許第5237859(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q10/00−90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端を固定端とし他端を可動端としたカンチレバーの該可動端に設けられた探針の先端を試料表面に近づけて接触させた後に、該探針先端を該試料表面から離脱させる過程における該カンチレバーの撓み量を測定するフォースカーブ測定を行うものであって、
a) 前記固定端と前記試料表面を近づけ及び遠ざける方向であるZ方向、並びに該Z方向に垂直なX方向及びY方向に、該固定端と該試料表面の位置を相対的に変化させる位置変更手段と、
b) 前記カンチレバーの撓み量を測定する撓み量測定手段と、
c) 前記固定端を、所定の初期位置から、前記試料表面に前記探針先端が接触して前記撓み量が所定値になるまで、該試料表面に対して相対的に移動させる間のZ方向の移動距離を検出するZ方向移動距離検出手段と、
d) 前記移動距離が所定の下限値を下回ったときに前記初期位置を前記試料表面からより離れた位置に変更し、前記移動距離が所定の上限値を上回ったときに前記初期位置を前記試料表面により近い位置に変更する初期位置変更手段と
を備えることを特徴とする走査型プローブ顕微鏡。
【請求項2】
前記下限値及び前記上限値が同じ値であることを特徴とする請求項1に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【請求項3】
前記位置変更手段が前記固定端と前記試料表面を近づけるようにZ方向の位置を移動させる際に、前記撓み量が所定値になる前に該位置が所定の限界位置に達したときに、前記Z方向移動距離検出手段が前記初期位置と前記限界位置の距離を前記Z方向の移動距離として検出することを特徴とする請求項1又は2に記載の走査型プローブ顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探針で試料表面を走査することにより該試料表面の情報を得る走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope: SPM)に関する。
【背景技術】
【0002】
SPMでは、探針と試料の相対的な位置を該試料の表面に沿って変化させつつ、探針の先端と試料表面の間の相互作用を検出することにより、試料の表面の情報を取得する。例えば、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)では、探針先端の原子と試料表面の原子の間に生じる原子間力を検出する。試料表面の形状を観測する際には、試料表面に垂直な方向(Z方向)における探針先端の位置を、探針先端と試料表面の間の原子間力が一定になるように制御しつつ、探針をZ方向に垂直(X−Y面に平行)な方向に移動させる。これにより、探針先端は試料表面との距離を一定に保ちつつ該試料表面に沿って移動する(試料表面を走査する)ため、この探針先端の位置により試料表面の形状のデータを得ることができる。
【0003】
上記の例では探針先端と試料表面の間の原子間力が一定となるようにしつつ試料表面を走査したが、試料表面の各点において探針先端をZ方向に移動させながら原子間力を測定する、という測定方法もある(例えば特許文献1、非特許文献1参照)。この方法によって試料表面の各点で得られるデータはフォースカーブと呼ばれる。フォースカーブは後述のように、ポリマーや生体等の試料の柔軟性や、トナー等の試料の他の物体に対する付着力等を測定するために用いられる。
【0004】
図5(a)に、フォースカーブの取得に用いられるSPMの構成の一例を示す。この装置は、一端に探針91が設けられた、可撓性を有する棒材から成るカンチレバー92を有する。カンチレバー92の他端は、固定部(支持具)93に固定されている。以下、カンチレバー92の前記一端は、カンチレバー92の可撓性により上下方向(Z方向)に移動可能であることから「可動端921」と呼び、前記他端は、固定部93に固定されていることから「固定端922」と呼ぶ。探針91の下方には試料台94が設けられており、試料台94の上面に試料が裁置される。試料台94はピエゾ素子によりZ方向に移動し、それにより、試料の表面(試料表面S)に対する固定端922のZ方向の位置が変化する。ここで、試料台94のピエゾ素子に印加される電圧により、固定端922のZ方向の位置Z1が求められる。カンチレバー92の上方には、カンチレバー92の可動端921にレーザ光を照射するレーザ光源95と、可動端921で反射されたレーザ光を検出する受光器96が設けられている。レーザ光が受光器96に入射する位置が可動端921のZ方向の位置により相違することから、この入射位置を検出することにより、可動端921のZ方向の位置Z2が求められる。こうして、可動端921及び固定端922のZ方向の位置Z1及びZ2が求められることから、両者の差(Z1-Z2)に基づいてカンチレバー92の撓み量dが求められる。以下、撓み量dは、カンチレバー92の撓みが無いときの(Z1-Z2)をz0として、d=(z0-(Z1-Z2))で定義する。すなわち、可動端921が上がるようにカンチレバー92が撓んでいるときには撓み量dは正の値を有し、可動端921が下がるようにカンチレバー92が撓んでいるときには撓み量dは負の値を有する。
【0005】
図5(a)〜(e)にフォースカーブを取得する間の探針91の動作(位置及び形状)及び試料台94の動作(位置)の例を示し、図6にフォースカーブの例を示す。なお、図5(b)〜(e)では、レーザ光源95及び受光器96を省略した。図6のフォースカーブの横軸は、試料台94に対するカンチレバー92の固定端922のZ方向の位置を示し、縦軸はカンチレバー92の撓み量dを示す。フォースカーブの測定は以下のように行う。まず、試料台94を上方に移動させ、探針91の先端と試料表面Sを近づけてゆく。探針91の先端と試料表面Sの間がある程度離れている間は、探針91の先端と試料表面Sの間の原子間力は無視できるほど小さいため、撓み量は0となる(a)。探針91の先端と試料表面Sがさらに近づくと、探針91の先端と試料表面Sの間の原子間力であるファンデルワールス力が無視できなくなる程度に大きくなるため、カンチレバー92は可動端921が下がるように撓み、撓み量は負の値を取る(b)。その状態から更に試料台94を上方に移動させると、探針91の先端が試料表面Sに接触した状態でカンチレバー92の固定端922が試料表面Sに近づく。これにより、カンチレバー92は(b)のときとは逆向きに、すなわち撓み量dが正になってその絶対値が大きくなるように撓んでゆく(c)。それに伴い、探針91の先端が試料表面Sに押しつけられてゆくことにより、探針91の先端は試料表面Sからの反作用の力を受ける。
【0006】
カンチレバー92の撓み量が所定の最大値dM(Z方向の位置がZf図6参照)に達したとき、試料台94の移動方向を上方から下方に切り替える。これにより、撓み量dは減少に転じる。撓み量dが0に達した後、試料表面Sの粘着性により探針91の先端が試料表面Sに付着していることにより、直ぐには探針91の先端が試料表面Sから離脱することなく、カンチレバー92は(c)のときとは逆向きに、すなわち撓み量dが負になってその絶対値が大きくなるように撓んでゆく(d)。やがて、カンチレバー92のこの撓みに起因する弾性力によって探針91の先端に作用する上向きの力により、探針91の先端が試料表面Sから離れ、カンチレバー92の撓みが急激に減少して、撓み量dが0となる(e)。ここまでの一連の操作により、試料表面S上の1つの点におけるフォースカーブが取得され、同様の測定が試料表面S上の多数の点において行われる。
【0007】
このようにして取得されるフォースカーブは、試料の表面に関する以下の情報を含んでいる。まず、(c)において得られるフォースカーブは、試料表面の柔軟性を表している。カンチレバー92における探針91の固定端922が試料表面Sに(フォースカーブの横軸の左側に)近づくに伴う撓み量の変化が小さいほど、すなわち(c)におけるフォースカーブの傾きが小さいほど、試料の柔軟性が大きいことを意味する。また、(e)における撓み量の急変が生じる位置がフォースカーブの横軸の右側に近いほど、探針91に対する試料の付着力が大きいことを意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-283433号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】水口由紀子他、「原子間力顕微鏡による固体表面−粒子間の付着力測定と解析」、コニカミノルタテクノロジーリポート、第1巻、19-22頁、2004年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
フォースカーブの測定を行う際に、試料表面SがZ方向に垂直な面から傾斜して試料が試料台に装着された場合や、試料表面Sの凹凸が大きい場合には、試料表面Sの高さ(Z方向の位置)がX−Y面内の位置によって異なることとなる。そうすると、測定を開始するときにX−Y面内のある位置で固定端922のZ方向の初期位置Zi図6参照)を設定すると、この初期位置Ziの場合における探針91の先端と試料表面Sの距離Liも、X−Y面内の位置毎に相違することとなる。また、X−Y面内で1点毎にフォースカーブを測定する必要があるため、測定が長時間に亘り、測定中の温度変化に伴って熱ドリフトと呼ばれるZ方向の位置ずれが生じることがある。
【0011】
これらの原因により、X−Y面内のある測定点において、初期位置Ziにおける距離Liが近すぎるか、あるいはその逆に遠すぎる状態でフォースカーブの測定が行われてしまうおそれがある。初期位置Ziにおける距離Liが近すぎると、図7に示すように、(d)の段階において探針91の先端が試料表面Sに付着したままの状態でカンチレバー92がZ方向の初期位置Ziまで戻ってしまう。そうすると、カンチレバー92のX−Y面での位置を移動させることができなくなってしまう。一方、初期位置Ziにおける距離Liが遠すぎると、図8に示すように、(c)の段階においてカンチレバー92の支持具が下端の位置Zmまで移動してもカンチレバー92の撓み量が最大値dMに達することなく上昇してしまう。そうすると、試料表面の柔軟性を正確に測定することができない。初期位置Ziにおける距離Liがさらに遠くなると、図9に示すように、(a)の段階においてカンチレバー92の支持具が下端の位置Zmまで移動しても探針91が試料に接触することすらなく上昇してしまう。そうすると、試料表面の柔軟性や探針91に対する試料の付着力を全く測定することができない。
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、試料表面が傾斜した状態である場合、試料表面の凹凸が大きい場合、あるいは測定中に熱ドリフトが生じた場合であっても、フォースカーブのデータを適切に測定することができる走査型プローブ顕微鏡を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る走査型プローブ顕微鏡は、一端を固定端とし他端を可動端としたカンチレバーの該可動端に設けられた探針の先端を試料表面に近づけて接触させた後に、該探針先端を該試料表面から離脱させる過程における該カンチレバーの撓み量を測定するフォースカーブ測定を行うものであって、
a) 前記固定端と前記試料表面を近づけ及び遠ざける方向であるZ方向、並びに該Z方向に垂直なX方向及びY方向に、該固定端と該試料表面の位置を相対的に変化させる位置変更手段と、
b) 前記カンチレバーの撓み量を測定する撓み量測定手段と、
c) 前記固定端を、所定の初期位置から、前記試料表面に前記探針先端が接触して前記撓み量が所定値になるまで、該試料表面に対して相対的に移動させる間のZ方向の移動距離を検出するZ方向移動距離検出手段と、
d) 前記移動距離が所定の下限値を下回ったときに前記初期位置を前記試料表面からより離れた位置に変更し、前記移動距離が所定の上限値を上回ったときに前記初期位置を前記試料表面により近い位置に変更する初期位置変更手段と
を備える。
【0014】
カンチレバーの固定端を試料表面に対して相対的に移動させる際に、試料表面は移動させずに固定端のみを移動させてもよいし、固定端は移動させずに試料表面のみを移動させてもよい。あるいは、カンチレバーの固定端と試料表面の双方を移動させてもよい。
【0015】
撓み量測定手段には、例えば上述の、カンチレバーの可動端にレーザ光を照射するレーザ光源と可動端で反射したレーザ光を受光する受光器を組み合わせた装置のように、従来のフォースカーブ測定を行うSPMで用いられているものと同様の装置を用いることができる。
【0016】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡では、カンチレバーの固定端を所定の初期位置から試料表面に相対的に近づけるようにZ方向に移動させ、探針先端が試料の表面に接触した後、さらに、撓み量測定手段で測定されるカンチレバーの撓み量が所定値になるまで固定端を相対的に試料表面側に移動させる。その後、固定端を試料表面に対して相対的に初期位置までZ方向に移動させる。ここまでの一連の操作中に得られる固定端のZ方向の位置及び撓み量により、試料表面上の1つの測定対象点におけるフォースカーブが求められる。そして、カンチレバーをX方向及び/又はY方向に移動させたうえで上記同様の操作を行うことにより、異なる測定対象点におけるフォースカーブを求めることができる。
【0017】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡によれば、前記移動距離が所定の下限値を下回ったとき、すなわちカンチレバーの固定端の初期位置が前記試料表面に所定の下限の距離よりも近づいたときには、初期位置変更手段によって前記初期位置が前記試料表面からより離れた位置に変更される。そのため、初期位置が試料に近づきすぎることで生じる、カンチレバーの固定端が初期位置に戻っても探針先端が試料表面に付着したままの状態となることを防ぐことができる。また、前記移動距離が所定の上限値を上回ったとき、すなわち前記初期位置が試料表面から所定の上限の距離よりも遠ざかったときには、初期位置変更手段によって、前記初期位置が前記試料表面により近い位置に変更に変更される。そのため、初期位置が試料表面から遠ざかりすぎることで生じる、カンチレバーの撓み量が所定値に達することなくカンチレバーの固定端が初期位置に戻ってしまうことを防ぐことができる。以上の作用により、試料表面が傾斜した状態で試料が装着された場合、試料表面の凹凸が大きい場合、あるいは測定中に試料のドリフトが生じた場合であっても、初期位置が適切に設定され、フォースカーブを適切に測定することができる。
【0018】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡において、前記移動距離の下限値及び上限値を同じ値とすることもできる。この場合、前記移動距離が常に同じ値になるように初期位置が設定されるため、各試料及び各測定位置におけるフォースカーブの横軸(図6)の範囲を統一することができる。
【0019】
フォースカーブの測定を行う際に、試料がセットされることなく誤って測定を開始した場合に探針先端が走査型プローブ顕微鏡の他の構成要素(例えば試料を載置する試料台)に衝突することを防止する等の理由により、Z方向の位置に限界位置が設定されている場合がある。そのため、前記撓み量が所定値になる前にZ方向の位置が限界位置に達し、Z方向移動距離検出手段において初期位置から前記撓み量が所定値になるまでの移動距離を検出することができない可能性がある。その場合には、Z方向移動距離検出手段は、前記初期位置と前記限界位置の距離を前記Z方向の移動距離として検出するようにすればよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、試料表面が傾斜した状態である場合、試料表面の凹凸が大きい場合、あるいは測定中に試料のドリフトが生じた場合であっても、フォースカーブのデータを適切に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係る走査型プローブ顕微鏡の一実施形態を示す概略構成図。
図2】本実施形態の走査型プローブ顕微鏡における初期位置、所定撓み位置及び移動距離を説明する図。
図3】本実施形態の走査型プローブ顕微鏡において、移動距離が下限値ΔZLを下回った状態(a)、及び移動距離が上限値を上回った状態(b)を示す図。
図4】本実施形態の走査型プローブ顕微鏡の動作を示すフローチャート。
図5】フォースカーブを取得するための装置の一例(a)、並びにフォースカーブを取得する際の探針及び試料台の動作((a)〜(e))を示す図。
図6】フォースカーブの一例を示す図。
図7】カンチレバーの初期位置における探針先端と試料表面Sの距離が近すぎる場合におけるフォースカーブの一例を示す図。
図8】カンチレバーの初期位置における探針先端と試料表面Sの距離が遠すぎる場合におけるフォースカーブの一例を示す図。
図9】カンチレバーの初期位置における探針先端と試料表面Sの距離が図8よりもさらに遠くなった場合におけるフォースカーブの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る走査型プローブ顕微鏡の一実施形態を、図1図4を用いて説明する。
【0023】
図1は、本実施形態の走査型プローブ顕微鏡10の概略構成図である。走査型プローブ顕微鏡10は、可動端121に探針11が設けられたカンチレバー12と、カンチレバー12の固定端122が固定された固定部(支持具)13と、カンチレバー12の可動端121の下側に設けられた、試料Sが載置される試料台14と、カンチレバー12の可動端121にレーザ光を照射するレーザ光源15と、可動端121で反射されたレーザ光を検出する受光器16が設けられている。試料台14の下には、試料台14を上下方向(Z方向)に移動させるZ方向アクチュエータ141が設けられており、Z方向アクチュエータ141の下には、試料台14及びZ方向アクチュエータ141をZ方向に垂直なX−Y方向に移動させるX−Y方向アクチュエータ142が設けられている。これらZ方向アクチュエータ141及びX−Y方向アクチュエータ142により、上記位置変更手段が構成されている。Z方向アクチュエータ141及びX−Y方向アクチュエータ142はいずれもピエゾ素子を有しており、該ピエゾ素子に印加される電圧によってZ方向及びX−Y方向の位置が制御される。受光器16は、可動端121で反射されたレーザ光の入射位置を検出するものであって、レーザ光源15及び後述の撓み量算出部171と合わせて上記撓み量測定手段を構成する。ここまでに述べた構成要素は、従来の走査型プローブ顕微鏡で用いられている構成要素と同様であるため、上記の点以外の詳細な説明を省略する。
【0024】
走査型プローブ顕微鏡10はさらに制御部17を有する。制御部17は、撓み量算出部171、位置変更制御部172、Z方向移動距離検出部173、及び初期位置変更部174を有する。制御部17は、CPU(中央演算装置)やメモり等のハードウエアと、以下に述べる演算処理を行うソフトウエアにより具現化されている。
【0025】
撓み量算出部171は、受光器16で検出したレーザ光の入射位置の信号を受信して、該信号に基づいて可動端121のZ方向の位置、すなわちカンチレバー12の撓み量を算出するものである。
【0026】
位置変更制御部172は、試料Sの表面において探針11をX−Y方向に移動させるようにX−Y方向アクチュエータ142に電気信号を送信すると共に、試料台14の表面を原点とする固定端122のZ方向の位置を移動させる(前述の通り、実際には試料台14の方を移動させる)ように、Z方向アクチュエータ141に電気信号を送信するものである。Z方向の位置は位置変更制御部172の制御により、所定の初期位置Ziから、撓み量算出部171において算出されるカンチレバー12の撓み量が所定値になる所定撓み位置Zfまで、探針11が試料S(及び試料台14)の表面に近づくように移動し、その後初期位置Ziに戻るように移動する。
【0027】
なお、Z方向の移動範囲は、前述の初期位置Ziと所定撓み位置Zfの間という要件の他に、試料Sが試料台14に載置されていないときに誤動作で移動して探針11が試料台14に衝突することを防止するために、Z方向の位置には限界となる位置(限界位置)が規定されている。すなわち、Z方向の位置が限界位置に達してもなおカンチレバー12の撓み量が所定値に達しない場合には、Z方向の位置が所定撓み位置Zfに到達することなく初期位置Ziに戻るように移動する。
【0028】
また、初期位置Ziは、後述のように測定中に初期位置変更部174によって変更され得る値であるが、固定部13に固定端122が固定された位置及び試料台14の標準的な位置により、初期位置変更部174による変更を受ける前の初期位置を定めることができる。
【0029】
Z方向移動距離検出部173は、Z方向の位置が、所定の初期位置Ziから所定撓み位置Zfまで移動する間の移動距離ΔZ=(Zf-Zi)を検出するものである(図2参照)。この移動距離ΔZは、位置変更制御部172がZ方向アクチュエータ141に送信する電気信号の履歴に基づいて検出することができる。但し、前述のようにZ方向の位置が限界位置に達してもなおカンチレバー12の撓み量が所定値に達しない場合には、Z方向移動距離検出部173は、初期位置Ziと当該限界位置の距離を移動距離として検出する。
【0030】
初期位置変更部174は、Z方向移動距離検出部173で検出された移動距離ΔZを所定の下限値ΔZL及び上限値ΔZUとの比較に基づいて、初期位置Ziを変更するよう、位置変更制御部172に制御信号を送信するものである。すなわち、移動距離ΔZが下限値ΔZLを下回ったとき(図3(a))には、試料Sの表面からより離れた位置になるように初期位置Ziを変更する。一方、移動距離ΔZが上限値ΔZUを上回ったとき(図3(b))には、試料Sの表面により近い位置になるように初期位置Ziを変更する。移動距離ΔZが下限値ΔZLと上限値ΔZUの間であれば、初期位置Ziは変更されない。
【0031】
ここで下限値ΔZL及び上限値ΔZUは、予備実験を行うことにより定めることができる。例えば、下限値ΔZLは、カンチレバー12の固定端122が初期位置に戻っても探針11の先端が試料Sの表面に付着したままの状態となることを防ぐことを目的としていることから、測定対象の試料Sの探針11への付着特性に応じて定めることができる。一般に、柔軟性及び付着特性が近い複数の試料を続けて測定することが多いため、それら複数の試料の測定において図6に示すような正常なフォースカーブを得ることができれば、それらのフォースカーブにおいて撓み量が前記所定値になる位置から探針先端が試料表面Sから離れるまでの距離、又はその距離に余裕となる付加的な距離を加えた距離を下限値ΔZLとすることができる。また、上限値ΔZUは、例えば、前述した初期位置変更部174による変更を受ける前の初期位置と限界位置の距離から、余裕となる付加的な距離を減じた距離とすることができる。
【0032】
さらに、走査型プローブ顕微鏡10は記録部18を有する。記録部18には、測定データとして、X及びY方向の位置、並びに該位置におけるフォースカーブの作成に必要なデータであるZ方向の位置及びカンチレバー12の撓み量が記録される。X及びY方向の位置、並びにZ方向の位置のデータはいずれも位置変更制御部172から記録部18に送信される。また、カンチレバー12の撓み量のデータは撓み量算出部171から記録部18に送信される。
【0033】
以下、図4のフローチャートを参照しつつ、本実施形態の走査型プローブ顕微鏡10の動作を説明する。
【0034】
測定を開始すると、まず、位置変更制御部172は、X−Y方向アクチュエータ142に電気信号を送信することにより、探針11の先端を試料S上の測定対象の位置に向けてX−Y方向に移動させる(ステップS1)。次に、位置変更制御部172は、探針11の先端を試料Sの表面に近づけるように、Z方向の位置を移動させる(ステップS2)。このZ方向の移動は所定のステップを刻むように離散的に行ってもよいし、連続的に行ってもよい。
【0035】
このようにZ方向の位置が移動する間に随時、撓み量算出部171は、受光器16の検出信号に基づいてカンチレバー12の撓み量を算出する(ステップS3)。算出された撓み量は、X−Y方向及びZ方向の位置の情報と共に、記録部18に記録する。このように撓み量が算出される度に、撓み量算出部171は当該撓み量が所定値に達しているか否かを判定する(ステップS4)。撓み量が所定値に達していれば後述のステップS6に移る。一方、撓み量が所定値に達していなければ、位置変更制御部172は、Z方向の位置が下限に達しているか否かを判定したうえで(ステップS5)、YESであればステップS6に移る。一方、ステップS5においてNOと判定された場合にはステップS2に戻り、ステップS2からステップS5までの動作を繰り返す。
【0036】
ステップS6では、Z方向移動距離検出部173は、位置変更制御部172がZ方向アクチュエータ141に送信する電気信号の履歴に基づいて、初期位置から現在位置までのZ方向の移動距離ΔZを検出する。そして、Z方向移動距離検出部173は、移動距離ΔZが下限値ΔZLを下回るか又は上限値ΔZUを上回っているか否かを判定したうえで(ステップS7)、YESであればステップS8に移り、NOであればステップS9に移る。
【0037】
ステップS8では、初期位置変更部174は、移動距離ΔZが下限値ΔZLを下回っていれば、初期位置Ziの設定値を試料Sの表面からより離れた位置に変更し、上限値ΔZUを上回っていれば、初期位置Ziの設定値を試料Sの表面により近い位置に変更する。そして、位置変更制御部172はZ方向の位置を変更後の初期位置Ziまで戻す。そのうえで、ステップS2からステップS7の操作を繰り返す(すなわち、変更後の初期位置Ziから測定をやり直す)。ここで、初期位置Ziの変更量は移動距離ΔZよりも十分に小さい距離とすればよい。仮にこの変更量が不十分であったとしても、再度ステップS8において初期位置Ziの設定を行うことになるため、不正常なデータを取得することは防止される。
【0038】
ステップS9では、位置変更制御部172は、探針11の先端を試料Sの表面から遠ざけるように、Z方向の位置を移動させる。そして、ステップS3と同様に、撓み量算出部171はカンチレバー12の撓み量を算出し、X−Y方向及びZ方向の位置の情報と共に該撓み量を記録部18に記録する(ステップS10)。これらステップS9及びS10の操作を、Z方向の位置が初期位置Ziまで戻るまで繰り返し行い(ステップS11でNOの場合)、初期位置Ziまで戻れば(ステップS11でYESの場合)、X−Y方向の1つの測定点における測定が完了する。そして、測定対象の測定点が残っている(ステップS12でNOの)場合にはステップS1に戻ってステップS11までの操作を繰り返し、全測定点の測定が完了した(ステップS12でYESの)場合には一連の測定を終了する。
【0039】
以上のように、本実施形態の走査型プローブ顕微鏡10によれば、Z方向の移動距離に基づいて同方向の初期位置が変更されるため、初期位置が適切に変更され、初期位置に戻っても探針11の先端が試料Sの表面に付着したままの状態となったり、カンチレバーの撓み量が所定値に達することなく探針11の先端が上昇してしまうことを防止することができる。そのため、表面が傾斜した状態で試料Sが試料台14に装着された場合、試料Sの表面の凹凸が大きい場合、あるいは測定中に熱ドリフトが生じた場合であっても、フォースカーブの測定を適切に行うことができる。
【符号の説明】
【0040】
10…走査型プローブ顕微鏡
11、91…探針
12、92…カンチレバー
121、921…カンチレバーの可動端
122、922…カンチレバーの固定端
13、93…固定部(支持具)
14、94…試料台
141…Z方向アクチュエータ
142…X−Y方向アクチュエータ
15、95…レーザ光源
16、96…受光器
17…制御部
171…撓み量算出部
172…位置変更制御部
173…Z方向移動距離検出部
174…初期位置変更部
18…記録部
図1
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図9