(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記重畳回路は、ダイオード接続、コンデンサによる電界結合、あるいは、パルストランスによる磁気結合によって重畳を行うことを特徴とする請求項5または6記載の溶接用電源装置。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
<溶接システムの構成>
図1は、本発明の実施の形態に係る溶接システム1の概略構成を示す図である。この溶接システム1は、消耗電極式(溶極式)のガスシールドアーク溶接法によって、被溶接物200の溶接を行うものである。
【0009】
この溶接システム1は、溶接ワイヤ100を用いて被溶接物200を溶接する溶接トーチ10と、溶接トーチ10を保持するとともに溶接トーチ10の位置や姿勢を設定するロボットアーム20とを備えている。また、溶接システム1は、溶接トーチ10に溶接ワイヤ100を送給するワイヤ送給装置30と、溶接トーチ10に炭酸ガスを含むシールドガスを供給するシールドガス供給装置40とを備えている。さらに、溶接システム1は、溶接トーチ10を介して溶接ワイヤ100および被溶接物200に溶接電流を供給する溶接用電源装置50と、ロボットアーム20を制御するロボット制御装置60とを備えている。
【0010】
<溶接用電源装置の構成>
図2は、溶接システム1における溶接用電源装置50の概略構成を示す図である。ただし、
図2は、溶接用電源装置50のうち、溶接電流の供給に関連する構成要素を示している。
【0011】
溶接用電源装置50は、商用交流電源5から供給されてくる三相交流に各種処理を施すことによって直流の溶接電流Iに変換し、溶接トーチ10および被溶接物200(ともに
図1参照)へと供給する。この間、溶接用電源装置50では、外部に出力する溶接電流Iの大きさ等を調整する。
【0012】
本実施の形態の溶接用電源装置50は、第1整流回路51と、第1生成回路52と、第2生成回路53と、重畳回路54と、直流リアクトル55と、出力電流検出回路56とを備えている。以下、溶接用電源装置50の各構成要素について、順に説明を行う。
【0013】
[第1整流回路]
第1整流回路51は、入力側が商用交流電源5に接続されており、出力側が第1生成回路52と第2生成回路53とに接続されている。この第1整流回路51は、商用交流電源5から入力されてくる三相交流を、整流および平滑化することで直流に変換する。この第1整流回路51は、三相全波整流回路等で構成することができる。また、第1整流回路51の出力側には、必要に応じて平滑コンデンサを並列に接続してもよい。
【0014】
[第1生成回路]
第1生成回路52は、入力側が第1整流回路51に接続されており、出力側の正極は直流リアクトル55に、出力側の負極は出力電流検出回路56に、それぞれ接続されている。この第1生成回路52は、第1整流回路51から入力されてくる直流を、フラット電流I
0および第1パルス電流I
1を交互に繰り返す被重畳電流I
x(これらの詳細は後述する)に変換する。そして、この第1生成回路52は、インバータ回路521と、変圧器522と、第2整流回路523とを備えている。
【0015】
(インバータ回路)
インバータ回路521は、入力側が第1整流回路51に接続されており、出力側が変圧器522に接続されている。このインバータ回路521は、第1整流回路51から入力されてくる直流を、上記商用交流電源5よりも周波数の高い交流に変換する。このインバータ回路521は、パワートランジスタ等のスイッチング素子によって構成することができる。また、本実施の形態のインバータ回路521は、例えばPWM(Pulse Width Modulation)制御によって動作する。
【0016】
(変圧器)
変圧器522は、入力側がインバータ回路521に接続されており、出力側が第2整流回路523に接続されている。そして、変圧器522からみて入力側(図中左側)が一次側に、変圧器522からみて出力側(図中右側)が二次側になっている。この変圧器522は、インバータ回路521から入力されてくる交流(一次側電圧)を、より電圧値の低い交流(二次側電圧)に変換する。この変圧器522は、単相トランス等で構成することができる。
【0017】
(第2整流回路)
第2整流回路523は、入力側が変圧器522に接続されており、出力側の正極は直流リアクトル55に、出力側の負極は出力電流検出回路56に、それぞれ接続されている。この第2整流回路523は、変圧器522から入力されてくる交流を、整流および平滑化することで直流に変換する。この第2整流回路523は、変圧器522における二次側のセンタータップ(図示せず)を利用する、センタータップ型全波整流回路等で構成することができる。
【0018】
[第2生成回路]
第2生成回路53は、入力側が第1整流回路51に接続されており、出力側は重畳回路54に接続されている。この第2生成回路53は、第1整流回路51から入力されてくる直流を、第2パルス電流I
2を含む重畳電流I
y(これらの詳細は後述する)に変換する。そして、この第2生成回路53は、パルス電力生成回路531を備えている。
【0019】
(パルス電力生成回路)
図3は、パルス電力生成回路531の概略構成を示す図である。本実施の形態では、パルス電力生成回路531を、伝送線路の特性を活かした、パルスフォーミングネットワーク(Pulse Forming Network:PFN)回路で構成している。パルス電力生成回路531すなわちPFN回路は、n段(n≧1)のLC回路によって構成されている。ここで、各段におけるインダクタンスLおよびキャパシタンスCの値は、所望するパルス幅、および接続される負荷(接続ケーブルを含む)の特性インピーダンスによって決められる。その関係式は、LC回路の段数をn、所望するパルス幅をT、負荷の特性インピーダンスをZ
0としたとき、以下のように表される。
【0021】
[重畳回路]
重畳回路54は、入力側が第2生成回路53(より具体的にはパルス電力生成回路531)に接続されており、出力側が第1生成回路52(より具体的には第2整流回路523)の出力に接続されている。この重畳回路54は、第1生成回路52の出力(被重畳電流I
x)に、第2生成回路53の出力(重畳電流I
y)を重畳することで、溶接電流Iを生成する。この重畳回路54は、第1生成回路52側から第2生成回路53側への電流の流入(逆流)を防止するダイオード等で構成することができる。また、重畳回路54は、第1生成回路52の出力に対し、第2生成回路53の出力の交流成分のみをカップリングさせる、コンデンサ(電界結合を利用)やパルストランス(磁気結合を利用)等で構成することもできる。
【0022】
[直流リアクトル]
直流リアクトル55は、入力側が第1生成回路52および重畳回路54の正極に接続されており、出力側が溶接トーチ10を介して溶接ワイヤ100(
図1参照)に接続されている。この直流リアクトル55は、溶接電流Iの波形を平滑化するとともに、溶接ワイヤ100が母材である被溶接物200に接触短絡した場合や、溶滴が溶融池に接触した場合などにおける溶接電流Iの流れをコントロールする。
【0023】
[出力電流検出回路]
出力電流検出回路56は、入力側が第1生成回路52および重畳回路54の負極に接続されており、出力側が被溶接物200(
図1参照)に接続されている。この出力電流検出回路56は、溶接トーチ10から溶接ワイヤ100およびアークを介して被溶接物200に流れる、出力電流すなわち溶接電流Iの電流値を検出する。なお、本実施の形態では、出力電流検出回路56が検出した溶接電流Iの電流値に基づき、図示しないコントローラが、インバータ回路521の動作を制御するようになっている。
【0024】
[従来の構成との関係]
本実施の形態の溶接用電源装置50が、第1整流回路51と、第1生成回路52(インバータ回路521、変圧器522および第2整流回路523)と、直流リアクトル55と、出力電流検出回路56とを備えている点は、従来の回路構成と同じである。これに対し、本実施の形態の溶接用電源装置50は、第2生成回路53と重畳回路54とをさらに備えている点が、従来の回路構成とは異なる。
【0025】
<溶接用電源装置の動作>
では、
図2に示す溶接用電源装置50の動作を説明する。
第1整流回路51は、商用交流電源5から供給される三相交流を直流に変換する。
次に、第1生成回路52では、インバータ回路521が直流を交流に変換し、変圧器522が交流の電圧を変換し、第2整流回路523が交流を直流に変換する。このとき、第1生成回路52では、インバータ回路521のスイッチング動作を制御することにより、平坦なフラット電流I
0と、一時的に突出する第1パルス電流I
1とを交互に出力する、被重畳電流I
xを生成する。
【0026】
一方、第2生成回路53では、第1生成回路52における被重畳電流I
xの生成に並行して、パルス電力生成回路531が、直流を周期的なパルスに変換する。このとき、パルス電力生成回路531では、電流値が0の状態と、電流値が一時的に突出する第2パルス電流I
2とを交互に出力する、重畳電流I
yを生成する。
【0027】
そして、重畳回路54は、第1生成回路52が出力する被重畳電流I
xに、第2生成回路53が出力する重畳電流I
yを重畳し、溶接電流Iとして出力する。この溶接電流Iは、直流リアクトル55によって波形が平滑化された状態で、溶接トーチ10、溶接ワイヤ100およびアークを介して、被溶接物200に流れる。このとき、溶接ワイヤ100の先端が、アークにより溶融して溶滴となり、成長した溶滴が溶接ワイヤ100から離脱して被溶接物200へと移行し、被溶接物200の溶接が行われることになる。その結果、被溶接物200を、溶接ワイヤ100を用いて溶接してなる溶接物が得られる。
【0028】
<溶接電流の波形>
図4は、溶接用電源装置50から出力される溶接電流Iの波形の概要を示す図である。
図4において、横軸は時間t(sec)であり、縦軸は溶接電流I(A)である。本実施の形態において、溶接電流I(A)は、常時正の値をとるとともに、溶接周期T
wにて同じ波形が繰り返し出力される。
【0029】
[溶接周期]
溶接周期T
wは、フラット電流I
0に第1パルス電流I
1を加えて出力する第1期間T
1と、第1期間T
1に続いて、第2パルス電流I
2を出力する第2期間T
2と、第2期間T
2に続いて、フラット電流I
0を出力する第3期間T
3とを有している(T
w=T
1+T
2+T
3)。ここで、上述したように、フラット電流I
0および第1パルス電流I
1は第1生成回路52(
図2参照)が生成し、第2パルス電流I
2は第2生成回路53(
図2参照)が生成する。なお、本実施の形態では、第1期間T
1が第1工程に、第2期間T
2が第2工程に、第3期間T
3が第3工程に、それぞれ対応している。
【0030】
[第1期間]
第1期間T
1は、溶接ワイヤ100の先端を溶融し、溶滴を成長させるための期間である。この第1期間T
1は、溶接電流Iがフラット電流I
0のベース電流値I
bから第1パルス電流I
1の第1ピーク電流値I
p1まで増加する第1立ち上がり期間T
r1と、第1立ち上がり期間T
r1に続いて、溶接電流Iが第1ピーク電流値I
p1に維持される第1ピーク期間T
p1と、第1ピーク期間T
p1に続いて、溶接電流Iが第1ピーク電流値I
p1からベース電流値I
bまで減少する第1立ち下がり期間T
f1とで構成される。
【0031】
第1ピーク電流値I
p1の大きさおよび第1期間T
1の長さは、溶接ワイヤ100のワイヤ径および送給速度によって定められる。ここで、第1ピーク電流値I
p1の大きさは、600(A)以下とすることが望ましい。ここで、第1ピーク電流値I
p1の大きさが600(A)を超えると、ワイヤ径にもよるが、溶接ワイヤ100が自身のジュール発熱によって軟化する現象が始まり、溶接ワイヤ100の先端が回転を始める移行形態(ローテーティング移行)に変化し、スパッタの増加等を誘発するおそれがある。また、溶融速度も非常に速くなるので、溶接ワイヤ100の送給速度が追いつかなくなるという問題が発生する場合もあり得る。一方、第1期間T
1の長さは、全体で10msec以下であることが望ましい。ここで、第1期間T
1の長さが10msecを超えると、溶接ワイヤ100の先端での溶滴の成長が促進され、溶滴が巨大化するおそれがある。また、第1期間T
1を構成する第1立ち上がり期間T
r1、第1ピーク期間T
p1および第1立ち下がり期間T
f1の長さは、それぞれ、数百μsec〜数msecの範囲から選択することが望ましい。
【0032】
[第2期間]
第2期間T
2は、上記第1期間T
1で成長させた溶滴を、溶接ワイヤ100の先端から離脱させるための期間である。ただし、第2期間T
2では、実際には、溶滴を完全には離脱させず、溶滴に離脱寸前まで力(電磁ピンチ力)を作用させる程度とすることが望ましい。なお、ここでいう第2期間T
2は、
図3に示すパルス電力生成回路531のところで説明したパルス幅Tと同義である。この第2期間T
2は、溶接電流Iがフラット電流I
0のベース電流値I
bから第2パルス電流I
2の第2ピーク電流値I
p2まで増加する第2立ち上がり期間T
r2と、第2立ち上がり期間T
r2に続いて、溶接電流Iが第2ピーク電流値I
p2に維持される第2ピーク期間T
p2と、第2ピーク期間T
p2に続いて、溶接電流Iが第2ピーク電流値I
p2からベース電流値I
bまで減少する第2立ち下がり期間T
f2とで構成される。
【0033】
ここで、第2ピーク電流値I
p2の大きさは、少なくとも上述した第1ピーク電流値I
p1の大きさよりも大きい(I
p2>I
p1)。また、第2立ち上がり期間T
r2における溶接電流Iの微分値(di/dt)は、溶接ワイヤ100のワイヤ径と溶接ワイヤ100の表皮効果とを考慮し、十分に大きくなるように設定することが望ましい。一方、第2期間T
2の長さは、全体で100nsec以下であることが望ましい。ここで、第2期間T
2の長さが100nsecを超えると、第2期間T
2においても、溶接ワイヤ100の先端での溶滴の成長が促進され、溶滴が巨大化するおそれがある。また、第2期間T
2を構成する第2立ち上がり期間T
r2、第2ピーク期間T
p2および第2立ち下がり期間T
f2の長さは、それぞれ、数(nsec)〜100(nsec)の範囲から選択することが望ましい。
【0034】
[第3期間]
第3期間T
3は、上記第2期間T
2で溶接ワイヤ100から離脱した溶滴を、円滑に母材すなわち被溶接物200側へ移行させるための期間である。第3期間T
3は、溶接電流Iがフラット電流I
0のベース電流値I
bに維持されるベース期間T
bで構成される。
【0035】
ここで、ベース電流値I
bの大きさは、少なくとも上述した第1ピーク電流値I
p1の大きさよりも小さい(I
b<I
p1)。また、ベース電流値I
bの大きさは、溶接ワイヤ100の先端と被溶接物200との間に生じたアークが維持できる程度、例えば300(A)以下とすることが望ましい。一方、第3期間T
3すなわちベース期間T
bの長さは、溶滴の移行周期や平均アーク長等を加味し、数(msec)以下とすることが望ましい。
【0036】
なお、本実施の形態では、第3期間T
3が終了すると、次の溶接周期T
wにおける第1期間T
1へと移行し、溶接ワイヤ100の先端において、次の溶滴の成長が開始されることになる。このようにして、各溶接周期T
wにて、溶滴の成長および離脱が行われる。
【0037】
<溶接電流による溶接ワイヤの挙動>
では、
図4に示す波形の溶接電流Iを供給した場合の、溶接ワイヤ100の挙動を説明する。
最初に、第1期間T
1において第1パルス(第1ピーク電流値I
p1)の溶接電流Iを供給することで、溶接ワイヤ100の先端に、狙いとする大きさの溶滴を粗方生成した後、第2期間T
2で極短時間(ナノ秒オーダ)の第2パルス(第2ピーク電流値I
p2)の溶接電流Iを供給する。極短時間の高電流パルス(第2パルス)は、換言すれば、di/dtの高い高周波電流である。そのため、その電流挙動は、表皮効果の影響を受け、溶接ワイヤ100および溶接ワイヤ100の先端に生成された溶滴の表面に集中的に分布する。
【0038】
ここで、電流値が1/eとなる表皮厚さδは、電気抵抗率ρおよび比透磁率μと、周波数fとを用いて、以下のように表される。
【0040】
ところで、この表皮厚さδを決める各要素のうち、電気抵抗率ρおよび比透磁率μは、材質の温度と密接な関係がある。溶接ワイヤ100の電気抵抗率ρは、温度の上昇とともに高くなる。これに対し、溶接ワイヤ100の比透磁率は、温度上昇とともに一旦上昇するものの、ある温度を境に低下をはじめ、キュリー温度と呼ばれる温度にて真空の透磁率(比透磁率が1)とほぼ等しくなる。キュリー温度は、融点よりも低い温度であることから、溶接ワイヤ100の先端部での表皮厚さδは、電気抵抗率ρの変化が支配的となる。一方、アークプラズマでは、表皮厚さδに寄与する電気抵抗率ρは金属導体である溶接ワイヤ100に比較して遥かに大きい。また、アークプラズマの比透磁率μは、真空の透磁率とほぼ等しく、表皮効果の影響は受けないに等しい。
【0041】
ここで、溶滴移行に寄与する電磁ピンチ力F(後述する
図5も参照)は、溶接電流Iと磁束Bとに比例する(F∝BIsinθ、θ:溶接電流Iと磁束Bとがなす角度)ため、電流密度の高いところに、より強く作用する。先の表皮効果の影響により、溶滴と溶接ワイヤ100の接触する固相と液相との界面に対し、溶滴とアークプラズマとが接する溶滴先端の電流密度は低くなる。これにより、溶滴上部から離脱方向に作用する力を、溶滴下面の溶滴を押し上げる力よりも強く作用させることが可能となり、溶滴移行を促すことができる。加えて、この第2パルスは時間的に極めて短時間であることから、第2パルスによって加えられる熱エネルギーは微小であり、溶滴の成長にはほとんど寄与しない。このため、溶接ワイヤ100の溶融とは独立して、溶滴移行を促進させることが可能となる。
【0042】
ここで、本実施の形態における溶滴の成長および離脱には、溶接電流Iを構成する第1パルスおよび第2パルスと、これらによって生じる電磁ピンチ力Fとの関係が影響する。次に、第1期間T
1(第1パルス)および第2期間T
2(第2パルス)のそれぞれにおける、電磁ピンチ力Fの作用について説明を行う。
【0043】
[第1期間について]
図5は、第1期間T
1における溶接ワイヤ100の先端部の状態を説明するための図である。
図5に示す例では、溶接ワイヤ100の下方に被溶接物200が位置しており、溶接ワイヤ100の下側の端部すなわち先端部と、被溶接物200との間には、溶接電流Iの供給に伴ってアーク300が生じている。また、溶接ワイヤ100の先端部には、アーク300の発生に伴って溶接ワイヤ100が溶融することにより、溶滴400が形成されている。なお、これらの関係については、後述する
図6においても同様である。
【0044】
第1期間T
1において、溶接電流I(第1パルス)は、中心部を含む溶接ワイヤ100の全体にわたって流れている。このときの溶接ワイヤ100での電流密度である第1電流密度J
p1は、溶接ワイヤ100の半径をd
wとしたとき、以下の式で表される。
【0046】
また、このときのアーク300での電流密度である第1電流密度J
p1は、アーク300の半径をd
aとしたとき、以下の式で表される。
【0048】
実際には、アークプラズマでは、その温度によって導電率が異なるため、温度分布に従った電流密度分布となる。アーク温度は側面よりも中央、母材側(被溶接物200側)よりも電極側(溶接ワイヤ100側)で高くなる傾向がある。
【0049】
[第2期間について]
図6は、第2期間T
2における溶接ワイヤ100の先端部の状態を説明するための図である。
【0050】
第2期間T
2では、上記第1期間T
1と比べて、溶接電流I(第2パルス)の変化が急峻であり、極めて短時間に電流変化が生じることになる(di/dtが大きい)。このため、電流の挙動は高周波としての特性を持ち、溶接ワイヤ100および溶滴400では、表皮効果により、その電流密度分布が表面に集中することになる。
【0051】
ここで、電流値が1/eとなる表皮厚さδは、上述した数式(5)で表される。ここから、電流の大半が表面から表皮厚さδの範囲に流れているとすると、このときの溶接ワイヤ100での電流密度である第2電流密度J
p2は、以下のように表される。
【0053】
すなわち、表皮厚さδが小さくなればなるほど、第2電流密度J
p2は大きくなっていくことが分かる。ここで、比透磁率μは、キュリー温度以上ではほぼ1となるため、表皮厚さδは、電気抵抗率ρおよび周波数fが支配的となり、電気抵抗率ρは温度の上昇とともに増加する。このため、溶滴400の上部(溶接ワイヤ100側)と下部(被溶接物200側)とで、表皮厚さδは異なり、温度の低い溶滴400の上部側となるほど、表皮厚さδは小さくなる。結果、第2電流密度J
p2も溶滴400の下部に対し、上部の方が高くなる。
【0054】
一方、アーク300においては、表皮厚さδに関わる電気抵抗率ρは遥かに大きく、比透磁率もほぼ1である。また、温度分布についても、第2期間T
2は非常に短い時間(100nsec以下)であることから、熱伝導の時定数から考えても、その温度分布が大きく変化することはない。したがって、アーク300での電流密度分布については、第1期間T
1とほぼ変化がなく、電流の増加割合分だけ上昇するような形となる。
【0055】
[電磁ピンチ力]
ところで、このとき発生する電磁ピンチ力Fは、上述したように、F∝BIsinθで表され、電流値と磁束密度とに比例して強くなる。それゆえ、先の電流密度分布と、その電流分布によって生じた磁束密度分布とにしたがって、電磁ピンチ力Fの発生分布も決まる。第1期間T
1では、
図5に示すように、溶接ワイヤ100および溶滴400の全体に電流が分散しているが、第2期間T
2では、
図6に示すように、溶接ワイヤ100および溶滴400の表面に電流が集中している。また、表面への集中度合いは、溶滴400の下部よりも上部の方が高いため、電磁ピンチ力Fについても、溶滴400の上部に、より大きく作用することになる。電磁ピンチ力Fの方向は、同一方向に流れる電流が相互に及ぼす力の関係上、基本的にワイヤ軸に対し垂直に作用する。また、それに加え、電流がワイヤ軸に対し垂直方向に拡がって流れる場合は母材方向に、電流がワイヤ軸に対し垂直方向に収束するように流れる場合は電極側に、それぞれ電磁ピンチ力Fが発生する。第1期間T
1で溶滴400を成長させた後、第2期間T
2での電磁ピンチ力Fを溶滴400に作用させると、溶滴400の下部よりも上部の方に強い電磁ピンチ力Fが作用する。これにより、溶接ワイヤ100の先端の溶滴400を下方に押し下げ、溶滴400の離脱を促すことが可能となる。この第2期間T
2において、溶接ワイヤ100の下端と溶滴400の上端との間にしっかりとした括れを形成してやることで、第3期間T
3に移行した後に、速やかに溶滴400を離脱させることが可能になる。
【0056】
<本実施の形態の効果>
以上説明したように、本実施の形態では、溶接電流Iとして、第1ピーク電流値I
p1を供給する第1期間T
1を10msec以下とし、第1ピーク電流値I
p1よりも電流値が大きい第2ピーク電流値I
p2を供給する第2期間T
2を100nsec以下とした。これにより、第2ピーク電流値I
p2を供給する期間を100nsec超とした場合と比較して、第2ピーク電流値I
p2を供給している間での、溶滴の成長を抑制することができる。このため、離脱時の溶滴の巨大化を抑制することが可能となり、結果として、スパッタの発生を抑制することができる。
【0057】
また、本実施の形態では、第1パルス電流I
1とフラット電流I
0とを含む被重畳電流I
xを第1生成回路52で生成する一方、第2パルス電流I
2を含む重畳電流I
yを第2生成回路53で生成するようにした。ここで、本実施の形態では、短時間且つ高電流値となる第2パルス電流I
2を生成するパルス電力生成回路531を、パルスフォーミングネットワーク回路で構成するようにした。そして、第1生成回路52が生成した被重畳電流I
xに対し、第2生成回路53が生成した重畳電流I
yを、重畳回路54によって重畳し、溶接電流Iとした。ここで、重畳回路54としては、ダイオード接続、コンデンサによる電界結合、あるいは、パルストランスによる磁気結合を採用するようにした。これにより、簡易な構成で、本実施の形態の溶接電流Iを生成することが可能になる。
【0058】
<その他>
なお、本実施の形態では、炭酸ガスを含むシールドガスを用いた場合を例として説明を行ったが、これに限られるものではない。例えば、炭酸ガスからなるシールドガスを用いた場合に適用してもよいし、炭酸ガスを含まない不活性ガスからなるシールドガスを用いた場合に適用してもよい。
【0059】
また、本実施の形態では、第1期間T
1と第2期間T
2との間に、フラット電流I
0を維持する期間を設けていなかったが、これに限られるものではない。例えば第1期間T
1と第2期間T
2との間に、第3期間T
3のようにフラット電流I
0を一定時間だけ維持する期間を設けてもよい。