(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
57.5mass%超え64.5mass%未満のCuと、0.20mass%超え1.20mass%未満のSiと、0.001mass%超え0.20mass%未満のPbと、0.10mass%超え1.00mass%未満のBiと、0.001mass%超え0.20mass%未満のPを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.45mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.45mass%未満であり、
Cuの含有量を[Cu]mass%、Siの含有量を[Si]mass%、Pbの含有量を[Pb]mass%、Biの含有量を[Bi]mass%、Pの含有量を[P]mass%とした場合に、
56.3≦f1=[Cu]−4.8×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.5
0.12≦f2=[Pb]+[Bi]<1.0
の関係を有し、
非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10相の金属相を対象とし、α相の面積率を(α)%、γ相の面積率を(γ)%、β相の面積率を(β)%、μ相の面積率を(μ)%、κ相の面積率を(κ)%、δ相の面積率を(δ)%、ε相の面積率を(ε)%、ζ相の面積率を(ζ)%、η相の面積率を(η)%、χ相の面積率を(χ)%とし、(α)+(β)+(γ)+(μ)+(κ)+(δ)+(ε)+(ζ)+(η)+(χ)=100とした場合に、
20≦f3=(α)≦85
15≦f4=(β)≦80
0≦f5=(γ)<4
8.5≦f6=([Bi]+[Pb])1/2×10+[P]1/2×6+(β)1/2×[Si]1/2×0.8+(γ)1/2×0.5≦18.0
0.45≦f7=(([Bi]+[Pb])1/2−0.05)×((β)1/2−3)×([Si]1/2−0.2))≦3.6
の関係を有し、
α相内にBiを主成分とする粒子が存在していることを特徴とする快削性銅合金。
58.5mass%以上64.0mass%以下のCuと、0.35mass%超え1.15mass%未満のSiと、0.003mass%以上0.095mass%以下のPbと、0.12mass%以上0.49mass%以下のBiと、0.010mass%以上0.15mass%以下のPを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.35mass%以下であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.35mass%以下であり、
Cuの含有量を[Cu]mass%、Siの含有量を[Si]mass%、Pbの含有量を[Pb]mass%、Biの含有量を[Bi]mass%、Pの含有量を[P]mass%とした場合に、
56.8≦f1=[Cu]−4.8×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.0
0.15≦f2=[Pb]+[Bi]<0.50
の関係を有するとともに、
非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10相の金属相を対象とし、α相の面積率を(α)%、γ相の面積率を(γ)%、β相の面積率を(β)%、μ相の面積率を(μ)%、κ相の面積率を(κ)%、δ相の面積率を(δ)%、ε相の面積率を(ε)%、ζ相の面積率を(ζ)%、η相の面積率を(η)%、χ相の面積率を(χ)%とし、(α)+(β)+(γ)+(μ)+(κ)+(δ)+(ε)+(ζ)+(η)+(χ)=100とした場合に、
28≦f3=(α)≦75
25≦f4=(β)≦72
0≦f5=(γ)<2
10.0≦f6=([Bi]+[Pb])1/2×10+[P]1/2×6+(β)1/2×[Si]1/2×0.8+(γ)1/2×0.5≦16.0
0.6≦f7=(([Bi]+[Pb])1/2−0.05)×((β)1/2−3)×([Si]1/2−0.2))≦2.4
の関係を有し、
α相内にBiを主成分とする粒子が存在し、かつβ相内にPを含む化合物が存在していることを特徴とする快削性銅合金。
自動車部品、電気・電子機器部品、機械部品、文具、玩具、摺動部品、計器部品、精密機械部品、医療用部品、飲料用器具・部品、排水用器具・部品、工業用配管部品に用いられることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の快削性銅合金。
前記熱間加工工程、冷間加工工程、矯正加工工程、及び焼鈍工程のうち、最終の工程の後に実施する低温焼鈍工程を更に有し、前記低温焼鈍工程では、保持温度が250℃以上430℃以下であり、保持時間が10分以上200分以下であることを特徴とする請求項5又は請求項6に記載の快削性銅合金の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明の実施形態に係る快削性銅合金及び快削性銅合金の製造方法について説明する。
本実施形態である快削性銅合金は、自動車部品、電気・電子機器部品、機械部品、文具、玩具、摺動部品、計器部品、精密機械部品、医療用部品、飲料用器具・部品、排水用器具・部品、工業用配管部品に用いられるものである。具体的には、バルブ、水栓金具、給水栓、継手、歯車、ねじ、ナット、センサー、圧力容器などの、自動車部品、電気・家電・電子部品、機械部品、および、飲料用水、工業用水、水素などの液体、または気体と接触する器具・部品に用いられるものである。
【0033】
ここで、本明細書では、[Zn]のように括弧の付いた元素記号は当該元素の含有量(mass%)を示すものとする。
そして、本実施形態では、この含有量の表示方法を用いて、以下のように、組成関係式f1及びf2を規定している。
組成関係式f1=[Cu]−4.8×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]
組成関係式f2=[Pb]+[Bi]
【0034】
さらに、本実施形態では、非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相の面積率を(α)%、β相の面積率を(β)%、γ相の面積率を(γ)%で示すものとする。各相の面積率は、各相の量、各相の割合、各相の占める割合とも言う。そして、本実施形態では、以下のように、複数の組織関係式、及び、組成・組織関係式を規定している。
組織関係式f3=(α)
組織関係式f4=(β)
組織関係式f5=(γ)
組成・組織関係式f6=([Bi]+[Pb])
1/2×10+[P]
1/2×6+(β)
1/2×[Si]
1/2×0.8+(γ)
1/2×0.5
組成・組織関係式f7=(([Bi]+[Pb])
1/2−0.05)×((β)
1/2−3)×([Si]
1/2−0.2))
【0035】
本発明の第1の実施形態に係る快削性銅合金は、57.5mass%超え64.5mass%未満のCuと、0.20mass%超え1.20mass%未満のSiと、0.001mass%超え0.20mass%未満のPbと、0.10mass%超え1.00mass%未満のBiと、0.001mass%超え0.20mass%未満のP、を含み、残部がZn及び不可避不純物からなる。前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.45mass%未満であり、かつ、Sn及びAlの合計量が0.45mass%未満である。上述の組成関係式f1が56.3≦f1≦59.5の範囲内、組成関係式f2が0.12≦f2<1.0の範囲内、組織関係式f3が20≦f3≦85の範囲内、組織関係式f4が15≦f4≦80の範囲内、組織関係式f5が0≦f5<4の範囲内、組成・組織関係式f6が8.5≦f6≦18.0の範囲内、組成・組織関係式f7が0.45≦f7≦3.6の範囲内とされている。α相内にBiを主成分とする粒子が存在している。
【0036】
本発明の第2の実施形態に係る快削性銅合金は、58.5mass%以上64.0mass%以下のCuと、0.35mass%超え1.15mass%未満のSiと、0.003mass%以上0.095mass%以下のPbと、0.12mass%以上0.49mass%以下のBiと、0.010mass%以上0.15mass%以下のP、を含み、残部がZn及び不可避不純物からなる。前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.35mass%以下であり、かつ、Sn及びAlの合計量が0.35mass%以下である。上述の組成関係式f1が56.8≦f1≦59.0の範囲内、組成関係式f2が0.15≦f2<0.50の範囲内、組織関係式f3が28≦f3≦75の範囲内、組織関係式f4が25≦f4≦72の範囲内、組織関係式f5が0≦f5<2の範囲内、組成・組織関係式f6が10.0≦f6≦16.0の範囲内、組成・組織関係式f7が0.6≦f7≦2.4の範囲内とされている。α相内にBiを主成分とする粒子が存在し、かつ、β相内にPを含む化合物が存在している。
【0037】
ここで、本発明の第1、2の実施形態である快削性銅合金においては、熱間加工材、または熱間加工材に冷間加工が施された材料、または熱間加工と、焼鈍と、冷間加工とが施された材料であり、電気伝導率が15%IACS以上であり、かつ、少なくとも引張強さS(N/mm
2)が430N/mm
2以上であって、引張強さSと伸びE(%)とのバランスを示す特性関係式f8=S×(100+E)/100が580以上であることが好ましい。
【0038】
以下に、成分組成、組成関係式f1,f2、組織関係式f3,f4,f5、組成・組織関係式f6,f7、特性関係式f8等を、上述のように規定した理由について説明する。
【0039】
<成分組成>
(Cu)
Cuは、本実施形態の合金の主要元素であり、本発明の課題を克服するためには、少なくとも57.5mass%超えのCuを含有する必要がある。Cu含有量が、57.5mass%以下の場合、Si,Zn,P,Pb,Biの含有量や、製造プロセスにもよるが、β相の占める割合が80%を超え、材料としての延性に劣る。よって、Cu含有量の下限は、57.5mass%超えであり、好ましくは58.0mass%以上、より好ましくは58.5mass%以上であり、さらに好ましくは59.0mass%以上である。
一方、Cu含有量が64.5mass%以上であると、Si,Zn,P,Pb,Biの含有量や、製造プロセスにもよるが、β相の占める割合が少なくなり、α相、γ相の占める割合が多くなる。場合によっては、μ相が出現する。従って、Cu含有量は、64.5mass%未満であり、好ましくは64.0mass%以下、より好ましくは63.5mass%以下である。約3mass%のPbを含有する快削黄銅棒は、JIS規格でCu量の範囲が56.0〜63.0mass%と定められており、本実施形態は経済面でも要求される条件を満たす。
【0040】
(Si)
Siは、本実施形態である快削性銅合金の主要な元素であり、Siは、κ相、γ相、μ相、β相、ζ相などの金属相の形成に寄与する。Siは、本実施形態の合金の被削性、強度、高温変形能、耐摩耗性、耐食性、耐応力腐食割れ性を向上させる。
また、Siの含有によって、被削性、特にβ相の被削性が向上し、α相、β相が固溶強化されるため、合金が強化され、合金の延性や靭性にも影響を与える。そしてSiの含有は、α相の導電率を低くするが、β相の形成により、合金の導電率を向上させる。また、Siの含有は、鋳造性を向上させ、熱間変形抵抗を下げ、熱間変形能を向上させる。
【0041】
合金として優れた被削性を有し、高い強度を得て、鋳造性、熱間加工性を向上させるためには、Siは0.20mass%を超えた量で含有する必要がある。Si含有量は、好ましくは0.35mass%超えであり、より好ましくは0.50mass%超えであり、さらに好ましくは0.70mass%以上である。すなわち、合金のSi濃度が高いほど、β相に含有するSi濃度が高くなり、被削性、強度が向上する。
熱間加工性に関し、Siの含有により、500℃を超える温度領域でのα相、β相の熱間変形能を高め、熱間変形抵抗を低くする。その結果、合金の熱間変形能を高め、変形抵抗を低くする。
ところで、α相とβ相からなるCu−Zn合金にSiを0.20mass%を超えた量で含有させると、Bi粒子がα相内に存在するようになる。さらにSiを多く、具体的には、Siを0.35mass%を超え、さらに、0.50mass%を超えた量で含有させると、Bi粒子がα相内に存在する頻度が高くなる。鋳造時の冷却中、熱間加工中、熱間加工後において、Biを含む銅合金の温度が約270℃以上であると、合金中のBiは、液状(溶融状態)で存在する。Siを含まず、α相とβ相からなるCu−Zn−Bi合金では、Bi粒子は、主としてα相とβ相の相境界、或いはβ相内に存在する。そのため、α相の被削性の向上には寄与せず、α相とβ相の相境界に存在するため、延性、鋳造性、熱間加工性、冷間加工性に問題が生じる。本実施形態においては、Siの作用により、Bi粒子をα相内に存在させることができ、α相の被削性を向上させることが可能となり、その他の特性向上にも繋がっている。
【0042】
一方、Si含有量が多すぎると、γ相が過多になり、場合によっては、κ相、μ相が出現する。γ相は、合金の被削性を向上させるが、β相より延性、靭性に劣り、合金の延性を低下させる。γ相が過多であると、却って被削性を低下させ、ドリル切削時のスラストが悪くなる。Siの増量(Si含有量を増やすこと)は合金の導電率を悪くする。本実施形態では、優れた被削性、高い強度と共に良好な延性、及び電気部品等を対象としていることから伝導性を兼ね備えることも目標としている。したがって、Si含有量の上限は1.20mass%未満であり、好ましくは1.15mass%未満、より好ましくは、1.10mass%以下である。製造プロセスやCu濃度、不可避不純物の量にもよるが、Si含有量が、おおよそ1.0mass%より少なくなると、γ相は、存在しなくなるが、β相の占める割合を増やし、BiとPbを少量含有することにより、優れた被削性を確保でき、強度と延性のバランスに優れるようになる。
【0043】
前記の範囲の量のCuとZnとSiの含有によって形成されるβ相は優れた被削性を有し、Siは優先的にβ相に配分されるので、少量のSiの含有で効果を発揮する。また、Cu−Zn合金に、所定の量を超えたSiを含有させると、Biを主成分とする粒子(以後、Bi粒子と称す)がα相内に存在しやすくなり、被削性に乏しいα相の被削性を向上させることができる。被削性に優れるβ相の組成としては、例えばCuが約59mass%、Siが約1mass%、Znが約40mass%の組成が挙げられる。α相の組成としては、例えばCuが約67mass%、Siが約0.6mass%、Znが約32mass%の組成が挙げられる。本実施形態の組成範囲で、α相も、Siの含有により被削性は改善されるが、その改善の度合いはβ相に比べはるかに小さい。α相内に被削性を向上させるBi粒子を存在させることにより、α相の被削性が向上する。
【0044】
Cu−Znの2元合金ベースに、第3、第4の元素を含有させると、また、その元素の量を増減させると、β相の特性、性質は、変化する。特許文献2〜5に記載されているように、Cuが約69mass%以上、Siが約2mass%以上、残部がZnの合金で存在するβ相と、例えば、Cuが約61mass%、Siが約0.8mass%、残部がZnの合金で、生成するβ相とは、同じβ相であっても、特性や性質が異なる。さらに、不可避不純物が多く含まれると、β相の性質も変化し、場合によっては、被削性を含む特性が、低下することがある。同様にγ相の場合、形成されるγ相も主要元素の量や配合割合が異なると、γ相の性質は相違し、不可避不純物が多く含まれると、γ相の性質も変化する。そして、同じ組成であっても、温度などの製造条件によって、存在する相の種類、または、相の量、各相への各元素の分配量が変化する。
【0045】
(Zn)
Znは、Cu、Siとともに本実施形態である快削性銅合金の主要構成元素であり、被削性、強度、高温特性、鋳造性を高めるために必要な元素である。なお、Znは残部としているが、強いて記載すれば、Zn含有量は約42mass%より少なく、好ましくは約41mass%より少なく、約32mass%より多く、好ましくは33mass%より多い。
【0046】
(Pb)
本実施形態においては、Siを含有したβ相によって被削性に優れるようになるが、さらに少量のPb、およびBiの含有によって高いレベルの被削性が達成される。本実施形態の組成において、Pbは、約0.001mass%の量がマトリックスに固溶し、それを超えた量のPbは、直径が約0.1〜約3μmのPb粒子として存在する。Pbは、微量であっても被削性に効果があり、0.001mass%超えの含有量で効果を発揮する。Pb含有量は、好ましくは0.003mass%以上である。
一方、Pbは、人体に有害であり、金属組織にも関連し、合金の延性、冷間加工性への影響もある。本実施形態においては、特に、現段階では人体への影響が不明なBiを主として含有させるため、Pbの含有量も、自ずと制限する必要がある。よって、Pbの含有量は、0.20mass%未満であり、好ましくは0.095mass%以下、より好ましくは0.080mass%以下である。なお、PbとBiは、各々単独で存在する場合もあるが、多くは、共存し(BiとPbの合金として存在)、その中でも、本実施形態の多くは、BiのほうがPbより量が多いので、Biを主成分とする粒子として存在する。BiとPbが共存しても、Bi、Pbのそのものの被削性の効果は損なわれない。
【0047】
(Bi)
本実施形態においては、人体に有害なPbの量を0.20mass%未満に制限し、かつ、高いレベルの被削性を目標としている。本実施形態において、Siの作用により、Biを、α相内に存在させることによりα相の被削性を改善する。さらに、Si,Pにより被削性が改善されたβ相と相まって、合金として高度な被削性を有することが可能となった。Biによる被削性を改善する機能は、Pbより劣るとされていたが、本実施形態においては、Biは、Pbと同等以上の効果を発揮し、しかも、少量で効果を発揮することが、究明された。
【0048】
α相の被削性を改善するためには、α相内に、Bi粒子が存在し、そしてBi粒子の存在頻度を高める必要がある。そして高度な被削性を実現するためには、少なくとも0.10mass%超えた量のBiが必要である。Pbとの関係もあるが、Bi含有量は、好ましくは0.12mass%以上であり、より好ましくは0.15mass%以上である。組成、金属組織を適切にし、そしてBiを約1.00mass%、またはそれ以上の量で含有すると、約3mass%のPbを含む快削黄銅棒、C3604とおおよそ同等の被削性が得られるが、Bi粒子が粗大化し、直径5μmを超えるものも出現する。その結果、合金の延性や強度が低下し、Biによる被削性の向上効果が飽和し、鋳造時に割れが生じやすくなる。人体への影響、被削性の向上効果、機械的諸特性への影響、鋳造性への影響を鑑みれば、Bi含有量は、1.00mass%未満とし、好ましくは0.49mass%以下、さらに好ましくは0.39mass%以下とする。Si、Pの含有量、β相の量などの組成、金属組織の要件(f1〜f7)をより適切にすることにより、Bi含有量が、0.39mass%以下、さらには0.29mass%以下でも、高いレベルの被削性を得ることが可能である。なお、α相内以外にもBi粒子が存在することがあるが、その場合においても、Pbによる被削性を改善する効果より小さいが、Biは、合金の被削性を向上させる。
【0049】
(P)
Pは、α相とβ相からなるCu−Zn−Si合金において、β相に優先的に配分される。Pに関しては、まず、β相中へのPの固溶により、Siを含有したβ相の被削性をさらに向上させることができる。そして、Pの含有と製造プロセスによって、平均で直径約0.3〜3μmの大きさのPを含む化合物が形成される。これらの化合物により、外周切削の場合、主分力、送り分力、背分力の3分力を低下させ、ドリル切削の場合では、特にトルクを引き下げる。外周切削時の3分力、ドリル切削時のトルクと、切屑形状とは、連動しており、3分力、トルクが小さいほど、切屑は分断される。
【0050】
Pを含む化合物は、熱間加工中には形成されない。Pは、熱間加工中、主としてβ相中に固溶する。そして、熱間加工後の冷却過程において、ある臨界の冷却速度以下で、主としてβ相内に、Pを含む化合物が析出する。α相中には、Pを含む化合物が析出することは少ない。金属顕微鏡で観察すると、Pを含む析出物は、小さな粒状で、平均粒子径は、約0.5〜3μmである。そして、その析出物を含有したβ相は、さらに優れた被削性を備えることができる。Pを含む化合物は、切削工具の寿命にほとんど影響を与えず、合金の延性や靭性をほとんど阻害しない。Fe,Mn,Cr,Coと、Si,Pを含む化合物は、合金の強度や耐摩耗性の向上に寄与するが、合金中のSi,Pを消費し、合金の切削抵抗を高め、切屑分断性を低下させ、工具寿命を悪くし、延性も阻害する。
鋳物に関しても、凝固が完了する段階では、Pを含む化合物は形成されず、鋳造後の冷却過程において、ある臨界の温度範囲で、ある臨界の冷却速度以下で、主としてβ相内に、Pを含む化合物を析出する。
また、Pは、Siとの共添加で、Biを主成分とする粒子を、α相内に存在させやすくする働きがあり、α相の被削性向上に貢献している。
【0051】
これらの効果を発揮するためには、Pの含有量の下限は0.001mass%超えであり、好ましくは0.003mass%以上、より好ましくは0.010mass%以上、さらに好ましくは0.020mass%以上である。0.010mass%以上のPを含有することにより、Pを含む化合物が、倍率500倍の金属顕微鏡で観察できるようになる。
一方、Pを、0.20mass%以上の量で含有させると、析出物が粗大化して被削性への効果が飽和するだけでなく、β相中のSi濃度が低下し、被削性が却って悪くなり、延性や靭性も低下する。このため、Pの含有量は、0.20mass%未満であり、好ましくは0.15mass%以下であり、より好ましくは0.10mass%以下である。Pの含有量は、0.05mass%未満でも、β相へのPの固溶と、十分な量のPを含む化合物を形成する。
【0052】
なお、例えばPを含む化合物は、Mn,Fe,Cr,CoなどのSiやPと化合しやすい元素の量が増えると、徐々に化合物の組成比も変化する。すなわち、β相の被削性を顕著に向上させるPを含む化合物から、徐々に被削性に効果の少ない化合物に変化する。従って、少なくともFe,Mn,Co及びCrの合計含有量を0.45mass%未満、好ましくは0.35mass%以下にしておく必要がある。
【0053】
(不可避不純物、特にFe,Mn,Co及びCr/Sn,Al)
本実施形態における不可避不純物としては、例えばMn,Fe,Al,Ni,Mg,Se,Te,Sn,Co,Ca,Zr,Cr,Ti,In,W,Mo,B,Ag及び希土類元素等が挙げられる。
従来から快削性銅合金、特にZnを約30mass%以上の量で含む快削黄銅は、電気銅、電気亜鉛など、良質な原料が主原料ではなく、リサイクルされる銅合金が主原料となる。当該分野の下工程(下流工程、加工工程)において、ほとんどの部材、部品に対して切削加工が施され、材料100に対して40〜80の割合で多量に廃棄される銅合金が発生する。例えば切屑、端材、バリ、湯道、および製造上の不良を含む製品などが挙げられる。これら廃棄される銅合金が、主たる原料となる。切削切屑、端材などの分別が不十分であると、Pbが添加された快削黄銅、Pbを含有しないがBiなどが添加されている快削性銅合金、或いは、Si,Mn,Fe,Alを含有する特殊黄銅合金、その他の銅合金から、Pb,Fe,Mn,Si,Se,Te,Sn,P,Sb,As,Bi,Ca,Al,Zr,Niおよび希土類元素が、原料として混入する。また切削切屑には、工具から混入するFe,W,Co,Moなどが含まれる。廃材は、めっきされた製品を含むため、Ni,Cr、Snが混入する。また、電気銅の代わりに使用される純銅系のスクラップの中には、Mg,Sn,Fe,Cr,Ti,Co,In,Ni,Se,Teが混入する。電気銅や電気亜鉛の代わりに使用される黄銅系のスクラップには、特に、Snがめっきされていることが度々あり、高濃度のSnが混入する。
【0054】
資源の再使用の点と、コスト上の問題から、少なくとも特性に悪影響を与えない範囲で、これらの元素を含むスクラップは、原料として使用される。なお、JIS規格(JIS H 3250)のPbが添加された快削黄銅棒C3604において、必須元素のPbを約3mass%の量で含有し、さらに不純物として、Feの量は0.5mass%以下、Fe+Sn(FeとSnの合計量)は、1.0mass%まで許容されている。またJIS規格(JIS H 5120)のPbが添加された黄銅鋳物において、必須元素のPbを約2mass%の量で含有する以外に、残余成分の許容限度として、Fe量は0.8mass%、Sn量は、1.0mass%以下、Al量は0.5mass%、Ni量は1.0mass%以下とされている。市販のC3604で、FeとSnの合計含有量はおおよそ0.5mass%であり、さらに高い濃度のFeやSnが快削黄銅棒に含有されていることがある。
【0055】
Fe,Mn,Co及びCrは、Cu−Zn合金のα相、β相、γ相にある濃度まで固溶するが、そのときSiが存在すると、Siと化合しやすく、場合によってはSiと結合し、被削性に有効なSiを消費させるおそれがある。そして、Siと化合したFe,Mn,Co及びCrは、金属組織中にFe−Si化合物,Mn−Si化合物,Co−Si化合物,Cr−Si化合物を形成する。これらの金属間化合物は非常に硬いので、切削抵抗を上昇させるだけでなく、工具の寿命を短くする。このため、Fe,Mn,Co及びCrの量は、制限しておく必要があり、それぞれの含有量は、0.30mass%未満が好ましく、より好ましくは0.20mass%未満であり、さらに好ましくは0.15mass%以下である。特に、Fe,Mn,Co,Crの含有量の合計は、0.45mass%未満とする必要があり、好ましくは0.35mass%以下であり、より好ましくは0.25mass%以下であり、さらに好ましくは0.20mass%以下である。
【0056】
一方、快削性黄銅や、めっきが施された廃製品などから混入するSn,Alは、本実施形態の合金においてγ相の形成を促進させ、一見被削性に有用であるように思われる。しかしながら、SnとAlは、Cu,Zn,Siで形成されるγ相本来の性質も変化させる。また、Sn,Alは、α相より、β相に多く配分され、β相の性質を変化させる。その結果、合金の延性や靭性の低下、被削性の低下を引き起こすおそれがある。そのため、Sn、Alの量も制限しておくことが必要である。Snの含有量は、0.40mass%未満が好ましく、0.30mass%未満がより好ましく、0.25mass%以下がさらに好ましい。Alの含有量は、0.20mass%未満が好ましく、0.15mass%未満がより好ましく、0.10mass%以下がさらに好ましい。特に、被削性、延性への影響を鑑み、Sn,Alの含有量の合計は、0.45mass%未満にする必要があり、好ましくは0.35mass%以下であり、より好ましくは0.30mass%以下であり、さらに好ましくは0.25mass%以下である。
【0057】
その他の主要な不可避不純物元素として、経験的に、Niはめっき製品などのスクラップからの混入が多いが、特性に与える影響は前記のFe,Mn,Sn等に比べて小さい。FeやSnが多少混入したとしても、Niの量が0.3mass%未満であれば特性への影響は小さく、Niの含有量は0.2mass%以下がより好ましい。Agについては、一般的にAgはCuとみなされ、諸特性への影響がほとんどないことから、特に制限する必要はないが、Agの含有量は、0.1mass%未満が好ましい。Te,Seは、その元素自身が被削性を有し、稀であるが多量に混入する恐れがある。延性や衝撃特性への影響を鑑み、Te,Seの各々の含有量は、0.2mass%未満が好ましく、0.05mass%以下がより好ましく、0.02mass%以下がさらに好ましい。また、耐食性黄銅には、黄銅の耐食性を向上させるためにAsやSbが含まれているが、延性や衝撃特性への影響を鑑み、As,Sbの各々の含有量は、0.05mass%未満が好ましく、0.02mass%以下が好ましい。
【0058】
その他の元素であるMg,Ca,Zr,Ti,In,W,Mo,B,および希土類元素等のそれぞれの含有量は、0.05mass%未満が好ましく、0.03mass%未満がより好ましく、0.02mass%未満がさらに好ましい。
なお、希土類元素の含有量は、Sc,Y,La、Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,及びLuの1種以上の合計量である。
以上、これら不可避不純物の合計量は、1.0mass%未満が好ましく、0.8mass%未満がより好ましく、0.7mass%未満がさらに好ましい。
【0059】
(組成関係式f1)
組成関係式f1=[Cu]−4.8×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]は、組成と金属組織の関係を表す式で、各々の元素の量が上記に規定される範囲にあっても、この組成関係式f1を満足しなければ、本実施形態が目標とする諸特性を満足できない。組成関係式f1が56.3未満であると、製造プロセスを工夫したとしても、β相の占める割合が多くなり、延性が悪くなる。よって、組成関係式f1の下限は、56.3以上であり、好ましくは56.8以上であり、より好ましくは57.0以上ある。組成関係式f1がより好ましい範囲になるにしたがって、α相の占める割合が増え、優れた被削性を保持するとともに、良好な延性、冷間加工性、衝撃特性、耐食性を備えることができる。
【0060】
一方、組成関係式f1の上限は、β相の占める割合、または、γ相の占める割合、そして凝固温度範囲に影響し、組成関係式f1が59.5より大きいと、β相の占める割合が少なくなり、優れた被削性が得られない。同時にγ相の占める割合が多くなり、延性が低下し、強度も下がる。そして凝固温度範囲が、25℃を超え、引け巣やざく巣などの鋳造欠陥が発生しやすくなる。よって、組成関係式f1の上限は59.5以下であり、好ましくは59.0以下であり、より好ましくは58.5以下であり、さらに好ましくは58.0以下である。
また、約600℃の熱間加工性に関しても組成関係式f1は深くかかわっており、組成関係式f1が、56.3より小さいと、熱間変形能に問題が生じる。組成関係式f1が、59.5より大きいと熱間変形抵抗が高くなり、600℃での熱間加工が困難になる。また、熱間変形能に問題が生じる。
【0061】
本実施形態である快削性銅合金は、切削時の抵抗を低くし、切屑を細かく分断させるという一種の脆さが求められる被削性と、良好な延性との、全く相反する特性を備えたものであるが、組成だけでなく、組成関係式f1,f2および、後述する組織関係式f3〜f5、組成・組織関係式f6,f7を、詳細に議論することにより、より目的や用途に合った合金を提供することができる。
なお、Sn,Al,Cr,Co,Fe,Mnおよび別途規定した不可避不純物については、不可避不純物として扱われる範疇の範囲内であれば、組成関係式f1に与える影響が小さいことから、組成関係式f1では規定していない。
【0062】
(組成関係式f2)
本実施形態においては、より高いレベルの被削性を得ることを目的としている。Biは、主として、α相の被削性の改善に発揮され、Pbと同等以上の被削性の効果がある。被削性を向上させる効果として簡潔に表すために、Bi、Pbを各々単独で規定するだけでは不十分であり、組成関係式f2=[Pb]+[Bi]として規定する。
高いレベルの被削性を得るためには、少なくともf2が、0.12以上必要であり、好ましくは0.15以上であり、より好ましくは0.20以上である。上限は、f2が大きいほど、被削性は向上し、組成、金属組織を適切にすることにより、f2の値が1.0で、おおよそPbを3mass%含有した快削黄銅棒C3604と同等の被削性が得られる。一方で、Pbは、人体に有害であり、Biは、人体への影響が不明であるので、合計量を制限しなければならない。また、f2の値が大きくなるにしたがって、具体的には、f2が、1.0以上になると、延性、衝撃特性が悪くなり、強度も低くなる。さらに、被削性を向上させる効果も飽和し始め、鋳造時割れが生じやすくなるなど鋳造性に問題が生じる。よって、f2は、1.0未満にする必要があり、組成、金属組織をより適切にすることにより、f2が0.70未満、或いは、f2が0.50未満、さらに好ましくはf2が0.40未満でも、高いレベルの被削性を得ることが可能である。同時に、f2の値が小さくなるにつれ、延性、衝撃特性、鋳造性が良くなる。さらに、人体への影響を鑑み、より一層、組成、金属組織の要件を適切にすれば、f2の値が0.30以下であっても、合金として高いレベルの被削性を得ることが可能である。
【0063】
(特許文献との比較)
ここで、上述した特許文献1〜14に記載されたCu−Zn−Si合金と本実施形態の合金との組成を比較した結果を表1,2に示す。
本実施形態と特許文献1、12とは、Snの含有量が異なっており、実質的に多量のBiを必要としている。
本実施形態と特許文献2〜9とは、主要元素であるCu、Siの含有量が異なっており、Cuを多量に必要としている。
特許文献2〜4、7〜9では、金属組織においてβ相は、被削性を阻害するとして、好ましくない金属相として挙げられている。そして、β相が存在する場合、熱処理によって、被削性に優れるγ相に、相変化させることが好ましいとされている。
特許文献4、7〜9では、許容できるβ相の量が記載されているが、β相の面積率は、最大で5%である。
特許文献10では、耐脱亜鉛腐食性を向上させるために、SnとAlを少なくとも、各々0.1mass%以上の量で含有し、優れた被削性を得るためには、多量のPb、Biの含有を必要としている。
特許文献11では、Cuを65mass%以上の量で必要とし、Siの含有とともに、Al,Sb,Sn,Mn,Ni,B等を微量含有させることにより、良好な機械的性質、鋳造性を備えた耐食性を有する銅合金の鋳物である。
特許文献13はPを含有していない。
特許文献14では、Biを含有せず、Snを0.20mass%以上の量で含有し、700℃〜850℃の高温に保持し、次いで熱間押出するとしている。
さらにいずれの特許文献においても、本実施形態で必須の要件である、Siを含有するβ相が被削性に優れていること、少なくともβ相の量が15%以上必要であること、β相の被削性の向上にPが有効であり、β相内に微細なPを含む化合物が存在すること、Biを主成分とする粒子がα相内に存在していることに関し、何も開示されておらず示唆もされていない。
【0066】
<金属組織>
Cu−Zn−Si合金には、10種類以上の相が存在し、複雑な相変化が起こり、組成範囲、元素の関係式だけでは、目的とする特性が必ずしも得られない。最終的には金属組織に存在する相の種類とその面積率の範囲を特定し、決定することによって、目的とする特性を得ることができる。そこで、以下のように、組織関係式、及び、組成・組織関係式を規定している。
20≦f3=(α)≦85
15≦f4=(β)≦80
0≦f5=(γ)<4
8.5≦f6=([Bi]+[Pb])
1/2×10+[P]
1/2×6+(β)
1/2×[Si]
1/2×0.8+(γ)
1/2×0.5≦18.0
0.45≦f7=(([Bi]+[Pb])
1/2−0.05)×((β)
1/2−3)×([Si]
1/2−0.2))≦3.6
【0067】
(γ相、組織関係式f5)
特許文献2〜9に記載されているように、γ相は、Cu濃度が約69〜約80mass%、Si濃度が約2〜約4mass%のCu−Zn−Si合金において、被削性に最も貢献する相である。本実施形態においても、γ相は被削性に貢献することが確認できたが、延性と強度とのバランスを優れたものにするためには、γ相を大幅に制限しなければならない。具体的には、γ相の占める割合を4%以上にすると、良好な延性や靭性が得られない。γ相は、少量で、ドリル切削のトルクを低くし、切屑分断性をよくする作用があるが、γ相が多く存在するとドリル切削のスラスト抵抗値を高くする。β相が15%以上の量(面積率、以下、相の量の単位は面積率である)で存在することを前提に、γ相の被削性への効果は、γ相量の1/2乗の値に相当し、少量のγ相が含有する場合では、被削性への改善効果は大きいが、γ相の量を増やしても被削性の改善効果は減少していく。延性と、ドリル、外周切削の切削抵抗を考慮に入れると、γ相の占める割合は、4%未満にする必要がある。さらにはγ相の量は、2%未満であることが好ましく、1%未満であることがより好ましい。γ相が存在しない、すなわち、(γ)=0の場合でも、Siを含有するβ相を後述の割合で存在させ、かつPbとBiを含有させることにより、優れた被削性が得られる。
【0068】
(β相、組織関係式f4)
γ相を制限し、κ相、μ相を皆無、または含まず、優れた被削性を得るためには、最適なSi量とCu、Znの量との配合割合、β相の量、β相に固溶するSi量が重要となる。なお、ここで、β相には、β’相が含まれる。
本実施形態における組成範囲にあるβ相は、α相に比べると延性に乏しいが、延性や靭性の面からは、大きな制約を受けるγ相に比べると、遥かに延性に富み、Cu−Zn−Si合金のκ相、μ相と比べても延性に富む。したがって、延性の点から、比較的多くのβ相を含有させることができる。また、β相は、高濃度のZnとSiを含有するにも関わらず、良好な伝導性を得ることができる。但し、β相やγ相の量は、組成だけでなく、プロセスに大きく影響される。
【0069】
本実施形態の快削性銅合金であるCu−Zn−Si−P−Pb−Bi合金において、Bi、Pbの含有量を最小限に留めながら良好な被削性にするためには、少なくとも、β相は、15%以上の量で必要であり、β相の面積率は、好ましくは20%以上であり、より好ましくは25%以上であり、更に好ましくは30%以上である。γ相の量が0%であっても、β相が約20%以上の量で存在すると、良好な被削性を備えることができる。Biを含有しない場合において、β相の量が約50%、被削性に乏しいα相の占める割合が約50%であっても、Siを含有したβ相が100%の合金と比較しても、高いレベルで被削性が維持され、かつ、良好な延性と強度を得ることができる。例えば、約1mass%のSiを含むβ相と、好ましくは、β相内にPを含む化合物が存在し、良好な延性を持つ軟らかなα相が共存する場合、軟らかなα相が、クッション材のような役割を果たす、或いは、α相と硬質のβ相の相境界が切屑の分断の起点になると考えられ、β相の量が約50%であっても、優れたβ相の被削性を保持する、すなわち、低い切削抵抗を維持し、場合によっては切屑の分断性が向上する。
【0070】
機械的性質については、延性が増すこと、及びβ単相からα相が析出することにより結晶粒が細かくなることが相まって、β相の強度を維持する。β相の強度は、β相に固溶するSi量に関係し、β相にSiが約0.25mass%以上固溶すると高い強度が得られる。延性面では、β相の量が約50%、または約50%を超えても、クッション材のα相の作用により、α相の優れた延性が優先され、維持される。但し、β相の量が増えるにしたがって、徐々に、延性が低下する。良好な延性を得て、強度と延性のバランスをよくするためには、β相の占める割合を80%以下にする必要があり、β相の面積率は、好ましくは72%以下であり、より好ましくは64%以下である。延性や冷間加工性を重要視するとき、β相の占める割合は、60%以下が好ましい。使用する目的、用途により、適切なβ相の占める割合は、多少変動する。
なお、Siを約1mass%の量で含有したβ相は、500℃の熱間加工の最低レベルの温度から、優れた熱間変形能、低い熱間変形抵抗を示し、合金として優れた熱間変形能、低い熱間変形抵抗を示す。
【0071】
(Si濃度とβ相の被削性)
β相は、本実施形態における組成範囲において、β相に固溶するSiの量が増えるほど被削性が向上し、β相の量が増えるほど、被削性は向上する。β相中に固溶するSiの量は、好ましくは0.25mass%以上であり、より好ましくは0.5mass%以上であり、更に好ましくは0.7mass%以上であり、最も好ましくは1.0mass%以上である。一方、β相に固溶するSi量、β相の量も、それらが増えるにしたがってその効果は徐々に飽和していく。合金のSi濃度と、β相の量と、合金の被削性の関係を鋭意研究の結果、合金の被削性は、簡便的に、Si濃度(mass%)を[Si]としたとき、β相の量(%)の1/2乗である(β)
1/2に、Si濃度の1/2乗である[Si]
1/2を掛け合わすとよく適合することが判明した。すなわち、同じ量のβ相であっても、Si濃度が高いほうが、被削性がよい。同じSi濃度であっても、β相の量が多いほど被削性が良く、その効果は、本実施形態で規定するSi濃度、β相量が前提で、(β)
1/2×[Si]
1/2で表すことができる。
【0072】
(組成・組織関係式f6、f7)
組成・組織関係式f6、f7は、組成関係式f1,f2、組織関係式f3〜f5に加え、総合的に優れた被削性と、高い強度、良好な延性、衝撃特性を得るための、組成の要件と金属組織の要件を絡めた関係式である。被削性に関しては、f6は、被削性を得るための加算式であり、f7は、被削性の相互作用、相乗効果を表した関係式である。
本実施形態のCu−Zn−Si−P−Pb−Bi合金において、被削性は、PbとBiの合計量(f2)、β相の量とSiの量、Pの量(β相中への固溶量)とPを含む化合物の存在、γ相の量に影響され、それぞれの効果が加算される。PbとBiの量と被削性への影響度を鑑みると、被削性の効果は、PbとBiの合計量(mass%)の1/2乗で整理される(表される)。β相の量とSiの量は前記のとおり、(β)
1/2×[Si]
1/2で表すことができる。γ相の量に関して、被削性の効果は、γ相の量(%)の1/2乗で整理される。さらに、Pの量に関しても、Pを含む化合物の存在を考慮し、被削性への効果は、Pの量(mass%)の1/2乗で整理することができる。これらの要因について鋭意研究を重ねた結果から各項の係数が導き出され、この係数を各項に掛け合わせてf6が得られる。f6は、被削性への効果の加算式である。
f6=([Bi]+[Pb])
1/2×10+[P]
1/2×6+(β)
1/2×[Si]
1/2×0.8+(γ)
1/2×0.5
f6において、優れた被削性を得るためには、少なくとも8.5以上必要であり、f6は、好ましくは9.2以上であり、より好ましくは10.0以上であり、さらに好ましくは11.0以上である。一方、上限は、おおよそ被削性の効果が飽和していくことと、合金の延性、強度、冷間加工性、衝撃特性から、f6は、18.0以下であり、好ましくは16.0以下であり、([Bi]+[Pb])
1/2の項を小さくする観点から、より好ましくは14.0以下である。
【0073】
一方、被削性の相互作用、相乗作用は、PbとBiの合計量(f2)と、β相の量と、Siの量の積が対象となる。ここで、PbとBiの合計量の効果が発揮し始める量が約0.002mass%であること、β相が効果を発揮し始める量が約9%であること、及びSiが効果を発揮し始める量が約0.04mass%であることを考慮して、以下の関係式となる。
f7=(([Bi]+[Pb])
1/2−0.05)×((β)
1/2−3)×([Si]
1/2−0.2))
f7は、PbとBiの項と、β相の項と、Siの項の積であるので、1項であっても小さすぎるとf7が満たせない。鋭意研究の結果、高いレベルの被削性を得るためには、f7は、0.45以上必要であり、好ましくは0.6以上であり、より好ましくは0.8以上であり、さらに好ましくは1.0以上である。f7が、3.6を超えると、被削性が飽和する一方で、合金の延性、強度、冷間加工性、衝撃特性が低くなる。f7は、3.6以下であり、好ましくは3.0以下であり、Pb+Biの項を小さくすることから、より好ましくは2.4以下であり、さらに好ましくは2.0以下である。
組成の因子:([Bi]+[Pb])、[Si]、[P]、金属組織の因子:(β)、(γ)を含んだ、加算式:f6、積の式:f7を前記のとおり、狭い範囲に設定し、すなわち、組成の要件、金属組織の要件を適切にし、両式を満たして始めて、優れた被削性、良好な機械的諸性質を備えることができる。特に、([Bi]+[Pb])を除く組成の要件、金属組織の要件をより適切にすることにより、([Bi]+[Pb])を小さくすることが可能である。そして、f6、f7が好ましい範囲内に入ると、より一層優れた被削性、良好な機械的諸性質を備えることができる。
【0074】
なお、組織関係式f3〜f5及び組成・組織関係式f6,f7においては、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の金属相を対象としており、Pを含む化合物を除く金属間化合物、Pb粒子、Bi粒子、BiとPbを主成分とする粒子、酸化物、非金属介在物、未溶解物質などは対象としていない、すなわち、面積率の対象から除外される。Pを含む化合物は、その大きさが平均で、約0.5〜3.0μmで微細であり、大部分がβ相内、およびα相とβ相の境界に存在するので、β相内、α相とβ相の境界にあるPを含む化合物は、β相に含めるものとする。稀にα相内に存在する場合は、α相に含めるものとする。一方、SiやPと、不可避的に混入する元素(例えばFe,Mn,Co,Cr)によって形成される金属間化合物は、金属相の面積率の適用範囲外である。本実施形態においては、500倍の金属顕微鏡で観察できる大きさ、約1000倍の金属顕微鏡で確認、判別できる析出物、金属相を対象としている。したがって、観察できる析出物、金属相の大きさの最小値は、概ね、約0.5μmであり、例えば、β相内に、約0.5μmより小さな、0.1〜0.4μmの大きさのγ相が存在することもあるが、これらのγ相は、金属顕微鏡では確認できないので、β相と見なす。
【0075】
(α相、組織関係式f3)
α相は、β相、或いはγ相とともにマトリックスを構成する主要な相である。Siを含有したα相は、Siを含有しないものに比べると、被削性は少しの向上に留まり、Siの量が所定内であれば延性に富む。β相が100%であると、合金の延性で問題があり、適切な量のα相が必要である。β単相合金から、α相を比較的多く含んでも、例えば約50%の面積率で含んでも、α相自体がクッション材の役割を果たし、α相の存在によって、β相結晶粒が細かくなり、切削時、α相と硬質のβ相との相境界が応力集中源になって切屑を分断し、優れたβ単相合金の被削性が維持され、場合によっては被削性が向上すると考えられる。
【0076】
鋭意研究を重ねた結果、合金の延性の点から、α相の量は、20%以上必要であり、好ましくは28%以上、より好ましくは36%以上である。一方、α相の量の上限は、高いレベルの被削性を得るためには、少なくとも85%以下であり、好ましくは75%以下であり、より好ましくは70%以下であり、さらに好ましくは65%以下である。α相が多いと、被削性が改善されたβ相の量が少なくなり、α相の被削性を改善するBiの量、すなわちα相中に存在するBi粒子が多く必要となる。
【0077】
(被削性、機械的性質とα相の形状、β相の分布)
合金の被削性、機械的性質に及ぼす、α相の形状、分布、β相の分布に関し、α相結晶粒の形状が針状(結晶粒の長辺/短辺が4を超える楕円形)であるとα相の分散が悪くなり、針状の、長辺の大きいα相が、切削時の妨げになる。したがって、好ましい実施形態として、長辺/短辺が4以下の粒状のα相結晶粒が全α相結晶粒に占める割合が50%以上、より好ましくは75%以上であると、被削性は向上する。厳密には、粒状のα相結晶粒の占める割合は、ある視野内でのα相結晶粒の総数(個数)を分母とし、長辺/短辺が4以下である粒状のα相結晶粒の数(個数)を分子とする割合であり、(長辺/短辺が4以下である粒状のα相結晶粒の数(個数)/α相結晶粒の総数(個数))×100である。そして、針状の、長辺の大きいα相が50%を超えると、延性は概ね維持されるが、合金の強度が下がる。したがって、粒状のα相の割合が大きくなると、強度が高くなり、強度と延性のバランスが向上する。長辺/短辺が4以下の粒状のα相結晶粒の占める割合が50%、或いは75%を超えるか否かは、組成だけでなく、製造プロセスに影響され、熱間加工温度が高いと、長辺/短辺が4以下の粒状のα相結晶粒の占める割合が少なくなる。
なお、本実施形態では、結晶粒の長辺と短辺は、例えば500倍の倍率で結晶粒を観察して画像解析法により測定される。詳細には、結晶粒を楕円形と見立て、長辺(長径)は、結晶粒の輪郭上の2点を結ぶ線分のうち最長の線分の長さであり、短辺(短径)は、長辺に垂直に線を引いた時に粒界(結晶粒の輪郭)によって切断される線分のうち最長の線分の長さである。
【0078】
(μ相、κ相、その他の相)
優れた被削性を備えるとともに、高い延性や靭性、高い強度を得るには、α、β、γ相以外の相の存在も重要である。本実施形態では、諸特性を鑑み、κ相、μ相、或いはδ相、ε相、ζ相、η相は、必要としない。金属組織を形成する構成相(α)、(β)、(γ)、(μ)、(κ)、(δ)、(ε)、(ζ)、(η)の総和を100としたとき、好ましくは、(α)+(β)+(γ)>99であり、測定上の誤差、数字の丸め方(四捨五入)を除けば、最適には(α)+(β)+(γ)=100である。
【0079】
(α相内に存在するBi粒子(Biを主成分とする粒子))
Siを含有させたβ単相合金、さらに、Pを含む化合物を存在させたβ単相合金の被削性は、3mass%のPbを含有する快削黄銅の水準に近づくが、まだ達していない。より、高いレベルの被削性を得るためには、α相の被削性を向上させる必要がある。本実施形態の合金において、Siの含有により、平均で約0.3〜3μmの大きさのBi粒子をα相に存在させやすくする。Bi粒子をα相内に存在させることにより、α相の被削性が顕著に向上し、被削性が向上したβ相と相まって、合金としての被削性を顕著に向上させることができる。
Biは、銅合金にほとんど固溶せず、金属顕微鏡で観察すると0.3μm〜3μmの大きさの円形状の粒子として存在する。Biは、Cuや、CuとZnの合金である黄銅に比べ、融点が低く、原子番号が大きく、原子サイズが大きい。このため、Siを含まず、β相の割合が、おおよそ20%を超える黄銅合金の場合、Bi粒子は、α相には、ほとんど存在せず、主としてα相とβ相の相境界に存在し、β相の量が増すにしたがって、β相内にも多く存在する。本実施形態において、Cu−Zn合金へのSiの作用により、Bi粒子がα相内に存在する頻度が高くなることを究明した。その作用は、Si含有量が、大よそ0.1mass%で効果を発揮し始めるが不十分であり、Si含有量が、0.2mass%超え、0.35mass%超え、0.5mass%超えと増すに従って、明確になる。そして、Pの含有によって、Bi粒子がα相中に存在する頻度が高められる。Biは、Pbより被削性が劣るとされていたが、本実施形態においては、α相内にBi粒子を存在させることにより、Pbと同等以上の被削性を得ることができる。BiとPbを共に添加すると、その多くの粒子には、BiとPbが共存するが、Biを単独で含有する場合と同等の効果を発揮する。なお、α相中へのBi粒子が存在する頻度を高め、α相の被削性を大幅に改善するためには、Biは、0.10mass%を超えた量で含有しなければならない。
さらに、Bi粒子をα相中に存在させると、Bi粒子がα相とβ相の相境界に存在する場合に比べ、常温での延性、加工性がよくなる。また、鋳造時に生じる割れも少なくなり、ざく巣等の鋳物欠陥が大幅に減少する。
【0080】
(PとSi,Znの化合物の存在)
Siを含有することによりβ相の被削性は大きく改善し、Pを含有し、Pのβ相への固溶で被削性はさらに改善される。加えて、製造条件により、β相内に、平均粒径が約0.3〜約3μmのPとSi,Znによって形成されるPを含む化合物を存在させることによって、β相は、さらに優れた被削性を備えることができる。Biを含有せず、Pb量が0.01mass%、P量が0.05mass%、Si量が約1mass%のβ単相合金の被削性は、Pを含む化合物が十分存在することによって、Pが無添加のβ単相合金に比べると、被削性指数で、約10%向上する。
Siを含有させたβ相に、Pを含む化合物を存在させることにより、β相の被削性がさらに高められる。またBi粒子の存在によってα相の被削性が高められる。単純に10%の被削性が向上する効果は期待できないが、より好ましい実施形態として、これらP化合物により被削性がさらに高められたβ相と、Bi粒子の存在により被削性が高められたα相の組み合わせにより、より被削性の優れた合金になる。そして、β相内にPを含む化合物を存在させることにより、本実施形態の課題の1つであるPb、Biの量を減らすことも可能となる。
【0081】
Pを含む化合物は、Pと、少なくともSi及びZnのいずれか一方又は両方とを含む化合物、場合によっては、さらにCuを含む化合物や、さらに不可避不純物であるFe、Mn、Cr、Coなどを含む化合物である。そして、Pを含む化合物は、不可避不純物であるFe,Mn,Cr,Coなどにも影響される。不可避不純物の濃度が、前記で規定した量を超えると、Pを含む化合物の組成が変化し、被削性の向上に寄与しなくなるおそれがある。なお、約600℃の熱間加工温度では、Pを含む化合物は存在せず、熱間加工後の冷却時の臨界の冷却速度より遅い速度で生成する。また、したがって、熱間加工後の冷却速度が重要となり、530℃から450℃の温度域を、50℃/分以下の平均冷却速度で冷却する必要がある。一方、冷却速度が遅すぎると、Pを含む化合物が成長し易くなり、被削性への効果が低下する。前記の平均冷却速度の下限は、0.1℃/分以上が好ましく、0.3℃/分以上がより好ましい。
鋳物の場合も同様で、凝固後の高温状態では、Pを含む化合物は存在せず、530℃から450℃の温度域を、50℃/分以下の平均冷却速度で冷却することにより、Pを含む化合物が形成される。
【0082】
ここで、
図1に、本実施形態である快削性合金の金属組織写真を示す。
図1は、Zn−63.0mass%Cu−1.08mass%Si−0.056mass%P−0.005mass%Pb−0.27mass%Bi合金であって、640℃で熱間鍛造し、530℃から450℃の冷却速度を10℃/分としたものである。
図1に示すように、金属顕微鏡で、α相内に、輪郭があり、約0.5〜3μmの大きさのBi粒子が観察される。また、黒く見え、小さな粒状の約0.5〜1.5μmの大きさのPを含む化合物が、β相内に多く存在していることが観察される。また、α相結晶粒の結晶粒径は、約12μmであり、α相結晶粒の形状:長辺/短辺が4以下の粒状のα相結晶粒が、全α相結晶粒に占める割合が100%であり、被削性向上に適した金属組織である。
【0083】
(β相に固溶するSi量と被削性)
本実施形態である組成範囲において生成するα相、β相、γ相のCu,Zn,Siの量には、おおよそ、次の関係がある。
Cu濃度は、α>β≧γ
Zn濃度は、β>γ>α
Si濃度は、γ>β>α
【0084】
(1)量産設備で、580℃でφ24mmに熱間押出した試料(Zn−63.0mass%Cu−1.08mass%Si−0.056mass%P−0.005mass%Pb−0.27mass%Bi合金)、(2)前記(1)と同じ組成の合金を640℃で熱間鍛造した試料、および、(3)実験室で、590℃でφ24mmに押出した試料(Zn−59.5mass%Cu−0.51mass%Si−0.055mass%P−0.026mass%Pb−0.26mass%Bi合金)について、2000倍の倍率で、2次電子像、組成像を撮影し、α、β、γ相中の、Cu,Zn,Siの濃度を、X線マイクロアナライザーで定量分析した。測定は、日本電子製「JXA−8230」を用い、加速電圧20kV、電流値3.0×10
−8Aの条件で行った。結果を表3〜5に示す。
【0085】
表3〜5から、β相に固溶するSi濃度は、概ねα相の1.5倍、すなわち、β相には、α相の1.5倍のSiが配分される。なお、Zn−63.0mass%Cu−1.08mass%Si−0.056mass%P−0.005mass%Pb−0.27mass%Bi合金で形成されるγ相を分析したところ、Cuが60mass%、Siが3mass%、Znが37mass%であった。
なお、特許文献2の代表組成、Zn−76mass%Cu−3.1mass%Si合金を作製し、X線マイクロアナライザー(EPMA)で分析したところ、γ相の組成は、73mass%Cu−6mass%Si−20.5mass%Znであった。本実施形態の快削性銅合金のγ相の組成例である60mass%Cu−3mass%Si−37mass%Znと大きな相違があり、両者のγ相の性質も異なることが予想される。
【0089】
(被削性指数)
一般に、3mass%のPbを含有する快削黄銅を基準とし、その被削性を100%として、様々な銅合金の被削性が数値(%)で表されている。一例として、1994年、日本伸銅協会発行、「銅および銅合金の基礎と工業技術(改訂版)」、p533、表1、及び1990年、ASM International発行、“Metals Handbook TENTH EDITION Volume 2 Properties and Selection: Nonferrous Alloys and Special-Purpose Materials”、p217〜228の文献に銅合金の被削性が記載されている。
表6の合金は、後述する実験室で作製したPbを0.01mass%の量で含む合金で、同じく実験室の押出試験機でφ22mmに熱間押出されたものである。Cu−Znの2元合金では、Pbを少量含んでも、被削性にほとんど影響がないことから、本実施形態の成分範囲内の0.01mass%の量のPbをそれぞれ含有させた。熱間押出温度は、合金A,Dでは、750℃であり、その他の合金B,C,E,F,G,Hでは、635℃であった。押出後、金属組織を調整するため、500℃で2時間熱処理した。後述する切削試験に従って、外周切削、ドリル切削の試験を行い、被削性を求めた。評価結果を表7に示す。なお、基準材の快削黄銅としては、市販されているC3604(Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn)を用いた。
【0092】
前記文献では、α単相黄銅である70Cu−30Znの被削性は30%であると記されている。本実施形態において、表6及び表7に示すとおり、同じα単相黄銅である65Cu−35Zn(合金A)の総合の被削性指数は31%であった。そして、Cu、Znの量を調整し、Siを0.6mass%の量で含有したα単相黄銅(合金D)、すなわち、α相中にSiを0.6mass%の量で固溶させたα単相黄銅では、Siを含まないα黄銅に比べ、被削性指数は約4%向上した。合金A,Dともに、外周切削とドリル穴あけ切削の両者の試験で、切屑は連続した。
外周切削は、主分力、送り分力、背分力に分解できるが、それらの合力(3分力)を切削抵抗とした。ドリル切削については、トルク、スラストに分解し、それらの平均値をドリルの切削抵抗の「総合」として記載した。さらに、合金の被削性として、外周の切削抵抗とドリル切削抵抗を平均し、被削性「総合」指数(評価)とした。
表7の外周切削の切削抵抗は、実施例に記載の合力(被削性指数)に相当する。表7の穴あけ切削のトルク、スラスト、総合は、それぞれ実施例に記載のトルク指数、スラスト指数、ドリル指数に相当する。切屑の評価基準は、実施例と同じである。
【0093】
Cu、Znの量を調整しSiを含まないβ単相黄銅(合金C、54Cu−46Zn)は、Siを含まないα相に比べ、被削性「総合」指数は、約20%向上するが、51%に留まり、切屑形状の改善はほとんどなく、切屑評価は変わらなかった。
0.5mass%のSiを含有したβ単相合金(合金E)は、Siを含まないβ単相黄銅(合金C)に比べ、被削性「総合」指数で、約17%向上した。その中でも、外周切削の切削抵抗は、約28%向上し、トルクは、約9%向上した。Siを約1mass%の量で含有したβ相合金(合金F)では、Siを含まないβ単相合金に比べ、被削性「総合」指数で約21%向上した。このようにβ相に含まれるSiの量が0mass%から0.5mass%の間で、β相の被削性が大きく改善された。つまり、β相中のSiの量が約0.25mass%で、被削性への大きな効果を発揮し始め、Siの量が約0.5mass%で、被削性への効果が明確になり、合金Hの結果から、Siの量が約1.0mass%で、被削性への効果がさらに顕著になると考えられる。したがって、本実施形態においては、β相中のSiの固溶量は、0.3mass%以上が好ましく、0.5mass%以上、または0.7mass%以上がさらに好ましい。
【0094】
β単相黄銅に、0.5mass%のSiに加え、0.05mass%のPを添加すると(合金G)、合金Eに比べて被削性「総合」指数は、約8%良くなり、切屑の形状は、外周切削とドリル穴あけ切削の両者の試験で良くなった。そして、0.05mass%のPを含有し、1mass%のSiを含有するβ単相合金(合金H)は、Pを含まずSiを約1mass%の量で含むβ単相合金に比べ、被削性「総合」指数で約10%向上する。Pの含有の有無で、外周切削の切削抵抗の向上は、約14%で、ドリル穴あけ切削でのトルクは、約9%向上した。外周切削の切削抵抗、およびトルクの大小は、切屑形状に関連し、0.05mass%のPの含有により、外周切削、ドリル穴あけ切削の両者の試験で切屑形状の評価結果が「D」から「B」に向上した。外周切削時の切削抵抗は、3mass%のPbを含有する快削黄銅との差が小さくなり、外周切削、ドリル穴あけ切削の切屑も3mass%のPbを含有する快削黄銅の切屑に近づき、著しく改善された。なお、切削抵抗は、材料の強度に影響され、強度が高いほど、切削抵抗が大きくなる。β単相黄銅や本実施形態の快削性銅合金は、3mass%のPbを含有する快削黄銅よりも、約1.2倍、高い強度を有するので、それを考慮に入れると1mass%のSiと0.05mass%のPを含有するβ単相合金の被削性、特に外周切削時の被削性は、3mass%のPbを含有する快削黄銅の被削性に近づくといえる。
【0095】
合金Bは、Pbを0.01mass%含むが、Si,Pを含まない黄銅で、β相の占める割合が約48%であった。合金Bは、被削性「総合」指数が31%のα単相黄銅(合金A)と、被削性「総合」指数が51%のβ単相黄銅(合金C)からなり、合金Bの被削性「総合」指数は44%で、面積比率に比べ、β相の影響を少し強く受ける。β相を48%含む黄銅の切屑形状は連続し、被削性「総合」指数、および切屑の形状から、到底、3mass%のPbを含有した快削黄銅の代替にはなり得ない。3mass%のPbを含む快削黄銅棒は、β相の占める割合が約20%で、マトリックスの被削性は、少なくとも合金Bより悪い。Pbの作用により、マトリックスに比べ、被削性「総合」指数で60%以上向上し、切屑は分断される。
【0096】
表3、4、7から、β単相合金G,Hは、おおよそ本実施形態の快削性銅合金のβ相に相当し、合金Dは、おおよそα相に相当する。すなわち、β相の被削性は、SiとPの含有により、高いレベルにある。そして、Bi粒子がα相内に存在することにより、α相の被削性が高められ、合金としての被削性は、高いレベルに達していると考えられる。
【0097】
<特性>
(常温強度及び高温特性)
自動車部品を始め本実施形態の使用対象となる部材、部品に対し、薄肉化、軽量化の強い要請がある。必要な強度としては、引張強さが重要視され、延性とのバランスも重要とされている。
そのためには、熱間押出材、熱間圧延材及び熱間鍛造材は、冷間加工を施さない熱間加工あがりの状態で、引張強さが430N/mm
2以上の高強度材であることが好ましい。引張強さは、より好ましくは470N/mm
2以上で、さらに好ましくは510N/mm
2以上である。バルブ、継手、圧力容器、空調・冷凍機に使用される多くの部品は、熱間鍛造で作られている。現行使用されている2mass%Pbを含有する鍛造用黄銅C3771の引張強さは、β相を含むにも拘らず、約400N/mm
2、伸びが30〜35%である。Siの含有と組織関係式f3〜f5の金属組織の要件を満たすことにより、高い強度が得られ、軽量化が図れる。
【0098】
熱間加工後、冷間加工が行われることもあり、冷間加工の影響を加味し、以下の範囲にある材料を高強度、高延性の材料と定義する。
熱間加工材と、熱間加工後にさらに加工率30%以内で冷間加工された材料、或いは、冷間加工と熱処理が施され、場合によっては冷間加工と熱処理が繰り返し行われ、最終加工率30%以内で冷間加工された材料である。冷間加工率を[R]%とすると、冷間加工されない場合は、[R]=0であり、引張強さS(N/mm
2)が、好ましくは、(430+8×[R])N/mm
2以上、より好ましくは、(470+8×[R])N/mm
2以上である。伸びE(%)が、好ましくは、(0.02×[R]
2−1.15×[R]+18)%以上、より好ましくは、(0.02×[R]
2−1.2×[R]+20)%以上である。そして、強度(引張強さS)と延性(伸びE)のバランスを示す特性関係式f8=S×(100+E)/100が580以上であることが好ましい。f8は、より好ましくは620以上であり、さらに好ましくは650以上である。
なお、Pbを含有した熱間加工あがりの快削黄銅は上述の特性関係式f8が約530である。このため、本実施形態の快削性銅合金の特性関係式f8は、Pbを含有した熱間加工あがりの快削黄銅の特性関係式f8よりも、50以上、さらには90以上大きく、強度と延性のバランスに優れている。
【0099】
鋳物は、熱間押出棒などの熱間加工を経た材料に比べて、成分偏析があり、結晶粒も大きく、ミクロ的な欠陥を多少含んでいる。このため、鋳物は、「脆い」、「脆弱」と言われており、靱性、延性の評価において、衝撃値が高いことが望まれる。一方で、切削において切屑の分断性に優れる材料は、ある種の脆さが必要と言われている。衝撃特性と、被削性は、ある面において相反する特性である。機械部品を始め本実施形態の使用対象となる部材、部品に対し、薄肉化、軽量化の強い要請がある。良好な靱性、延性を備えることが必要である。鋳物の強度は、β相、α相に固溶するSiの量に関係し、β相に、Siが約0.25mass%を超えて含有することにより、高い強度が得られる。鋳物は、前記の如く、成分偏析やミクロ的な欠陥が生じやすく、正当に、強度を評価することが難しい。本実施形態では、強度の評価方法として、硬さ(ビッカース硬さ)を採用し、靱性の評価として衝撃試験値(Uノッチ)を採用する。
【0100】
銅合金鋳物で高い強度であるためには、少なくとも、ビッカース硬さが100Hv以上であることが好ましい。ビッカース硬さは、より好ましくは110Hv以上である。硬さと引張強さは、相関関係があり、ビッカース硬さ100Hvは、おおよそ400N/mm
2に相当し、ビッカース硬さ110Hvは、おおよそ420N/mm
2に相当する。Pbを含有する黄銅鋳物、CAC202(代表組成:67Cu−2Pb−残Zn)、CAC203(代表組成:60Cu−2Pb−残Zn)のビッカース硬さは、各々、約60Hv、約70Hvであるので、本実施形態の快削性銅合金の鋳物の強度は、高いレベルにある。
鋳物は、前記のとおり、高強度であるだけでなく、衝撃に耐える強靭な材料であることが必要である。そのためには、Uノッチ試験片でシャルピー衝撃試験を行ったとき、シャルピー衝撃試験値は、好ましくは25J/cm
2以上であり、より好ましくは30J/cm
2以上であり、さらに好ましくは40J/cm
2以上である。一方で、例えば、シャルピー衝撃試験値が90J/cm
2を超えると、いわゆる材料の粘りが増すため、切削抵抗が高くなり、切屑が連なりやすくなるなど被削性が悪くなる。
【0101】
(導電率)
本実施形態の用途には、電気・電子機器部品、EV化が進む自動車部品、その他高い伝導性の部材・部品が含まれる。現在、これらの用途には、Snを約5mass%、約6mass%、或いは約8mass%の量で含有するりん青銅(JIS規格、C5102,C5191,C5210)が多く使用され、それらの導電率は、各々、約15%IACS、約14%IACS、約12%IACSである。したがって、本実施形態の銅合金の導電率は、15%IACS以上であれば、電気・電子部品、自動車部品用途において、電気伝導性に関し大きな問題は生じない。導電率を悪くする元素であるSiを含有し、かつ、高濃度のZnを含有するにも関わらず、高い伝導性を示すのは、β相の量とβ相中に固溶するSiが影響している。β相は、α相より、Zn濃度が高いにもかかわらず、β相を多く含むほど、電気伝導性が向上する。なお、導電率の上限は、伝導性が良くなることで、実用上、問題となることはほとんどないから、特に規定しない。
【0102】
以上の検討結果から、以下の知見を得た。
第1に、従来からCu−Zn−Si合金において生成するβ相は、合金の被削性の向上に効果がないか、或いは、合金の被削性を妨げるとされていた。しかしながら、鋭意研究の結果、一例として、Si量が約1mass%、Cu量が約59mass%、Zn量が約40mass%のβ相が非常に優れた被削性を有することを究明した。
第2に、Cu−Zn−Si合金にBiを少量含有させると、平均で約0.2〜約3μmの大きさのBi粒子を、Siの作用によりα相内に存在させることができた。被削性に乏しいα相を、被削性が大幅に改善されたα相に変化させた。前記の優れた被削性を備えたβ相と合わせ、合金として優れた被削性を備えることができた。なお、BiとPbが共存(BiとPbの合金)する粒子、すなわち、Biを主成分とする粒子であっても、被削性が損なわれないことが確認された。
第3に、Pbは、主として平均で約0.2〜約3μmの大きさのBiとPbが共存する粒子、すなわち、Biを主成分とする粒子として存在し、切屑の分断性を向上させ、切削抵抗を下げる効果を発揮することを明らかにした。
【0103】
第4に、Cu−Zn−Si合金にPを含有させると、優先的にPがβ相内に存在し、β相の被削性をさらに向上させた。そして、製造プロセスを工夫し、β相中に平均粒径が約0.3〜約3μmの大きさのPを含む化合物を存在させると、Pを含む化合物がないものに比べ、さらに切削抵抗を低下させ、同時に切屑の分断性能を向上させることを究明した。
【0104】
第5に、本実施形態の快削性銅合金で生成するγ相に、優れた切屑分断性に効果があることを究明した。特許文献と本実施形態の快削性銅合金では組成が異なり、同じγ相であっても、前記のβ相のように組成が異なると被削性に大きな差が生じるが、本実施形態の快削性銅合金の組成範囲で存在するγ相に、優れた被削性があることを見出した。
【0105】
第6に、環境などに問題のあるPbおよびBiの量を少なくするために、被削性と、β相の量、合金中のSiの量、β相に固溶するSiの量、Pの量、β相内に存在するPを含む化合物、γ相の量を明確にし、機械的諸特性を含め、より適切にすることにより、本実施形態の快削性銅合金を完成させた。
【0106】
最後に、従来のPb含有銅合金は、熱間加工温度で多量のPbが溶けているので、650℃以下での熱間変形能に問題があった。本実施形態の快削性銅合金は、Bi,Pbを含んでも、650℃より低い温度の約600℃で、優れた熱間変形能を有し、熱間変形抵抗が低く、容易に熱間加工でき、熱間での延性に富む銅合金に仕上げられた。
【0107】
(熱間加工性)
本実施形態の快削性銅合金は、約600℃で優れた変形能を有していることが特徴であり、断面積が小さな棒に熱間押出でき、複雑な形状に熱間鍛造できる。Pbを含有する銅合金は、約600℃で強加工すると大きな割れが発生するので、625〜800℃が適正な熱間押出温度とされ、適正な熱間鍛造温度は、650〜775℃とされている。本実施形態の快削性銅合金の場合、600℃で80%以上の加工率で熱間加工した場合に割れないことが特徴であり、好ましい熱間加工温度は、650℃より低い温度であり、より好ましくは625℃より低い温度である。
【0108】
本実施形態の快削性銅合金では、Siを含有することにより、600℃で、変形能が向上し、変形抵抗が低くなる。そしてβ相の占める割合が大きいので、600℃で容易に熱間加工できる。
熱間加工温度が約600℃であり、従来の銅合金の加工温度より低いと、熱間押出用の押出ダイスなどの工具、押出機のコンテナー、鍛造金型は、400〜500℃に加熱され使用されている。それらの工具と熱間加工材の温度差が小さいほど、均質な金属組織が得られ、寸法精度の良い熱間加工材が作れ、工具の温度上昇がほとんどないので、工具寿命も長くなる。また、同時に、高い強度、強度と伸びのバランスに優れた材料が得られる。
【0109】
(鋳造性)
本実施形態においては、健全な鋳物が得られることも目標としており、鋳物に割れがあってはならず、ミクロ的な欠陥が少なく、成分偏析が少ないことが望ましい。鋳造割れに関しては、凝固後の高温状態で、低融点金属が融体として存在するか否かが、第1のポイントであり、低融点金属が存在する場合には、その量と高温状態でマトリックスに延性があるか否かで決まる。本実施形態では、鋳物の凝固・冷却過程で、マトリックス中に、融体で存在する低融点金属であるBi、Pbの合計量を1.0mass%未満に制限しており、Biを主成分とする粒子がα相内に存在するので、鋳造割れにつながり難い。そして、本実施形態の組成、各種の関係式を満たせば、高温で優れた延性を持つβ相を多量に含んでいるので、少量含有する低融点金属による悪影響をカバーでき、鋳物の割れの問題はない。尚、3元状態図では、凝固温度範囲は読み取れない。成分偏析については、凝固温度範囲と関係があり、凝固温度範囲が狭い範囲、例えば25℃以下であれば、成分偏析が生じ難い。
【0110】
本実施形態において、ミクロ欠陥を最小限に留めるのが鋳物の課題である。ミクロ欠陥は、最終の凝固部で生じやすい。最終凝固部は、良質な鋳造方案により、大抵は押湯の部分で留まるが、鋳物本体にまたがる場合、および鋳物の形状によっては、鋳物本体に最終凝固部が存在することもある。ミクロ欠陥については、ターターテストで実験室にて確認でき、本実施形態の鋳物の場合、ターターテストの結果と、Cu,Siの量、および組成関係式f1と、凝固温度範囲は、密接な関係があることが分かった。
【0111】
Cu量が64.5mass%以上になるか、またはSi量が1.2mass%以上になると、最終凝固部でミクロ欠陥が増え、組成関係式f1が59.5を超えると、ミクロ欠陥が増えることが分かった。そして、凝固温度範囲、すなわち(液相線温度−固相線温度)が25℃を超えると、鋳造時におけるひけ巣(shrinkage cavities)およびミクロ欠陥が顕著に現れ、健全な鋳物(sound casting)が得られなくなる。凝固温度範囲は、好ましくは20℃以下であり、さらに好ましくは15℃以下であり、凝固温度範囲が15℃以下であると、より健全な鋳物が得られる。
【0112】
<製造プロセス>
次に、本発明の第1、2の実施形態に係る快削性銅合金の製造方法について説明する。
本実施形態の合金の金属組織は、組成だけでなく製造プロセスによっても変化する。熱間押出、熱間鍛造の熱間加工温度、熱処理条件に影響されるだけでなく、熱間加工や熱処理における冷却過程での平均冷却速度が影響する。鋭意研究を行った結果、鋳造、熱間加工、熱処理の冷却過程において、530℃から450℃の温度領域における冷却速度に金属組織が影響されることが分かった。
【0113】
(溶解、鋳造)
溶解は、本実施形態の合金の融点(液相線温度)より約100〜約300℃高い温度である約950〜約1200℃で行われる。鋳造、および鋳物製品の製造では、融点より、約50〜約200℃高い温度である約900〜約1100℃の溶湯が、所定の鋳型に鋳込まれ、空冷、徐冷、水冷などの幾つかの冷却手段によって冷却される。そして、凝固後は、様々に構成相が変化する。
【0114】
(鋳物製造)
(鋳込み(鋳造))
鋳込まれた(鋳造された)鋳物は、大きく2つに分類される。1つは、熱間押出や熱間圧延などの熱間加工用の大型の円柱状、直方体の鋳塊である。もう1つは、熱間加工を経ずに切削加工後に最終の製品になる鋳物であり、最終の製品として、例えば水栓金具や水道メーターなどが挙げられる。両者ともに鋳物に致命的な欠陥があってはならない。
前者は、大型であるが、形状が単純であり、最終凝固部は単純に除去され、最適な鋳造条件により、比較的健全な鋳物(鋳塊)が得られやすい。後者は、製品形状が複雑なものが多く、材料そのものの鋳造性の善し悪しが、大きく作用する。
後者に関し、鋳物の製造方法としては、ダイキャスト、金型(連続鋳造を含む)、砂型、ロストワックスなどの様々な鋳造方法があり、鋳物の厚みや形状、金型や砂型の材質、厚みなどにより、凝固後の鋳物の冷却速度が大よそ決定される。冷却速度の変更は、冷却方法、或いは、保温等の手段で可能になる。一方、凝固後の冷却過程で、様々な金属組織の変化が起こり、冷却速度によって金属組織が大きく変化する。金属組織の変化は、構成相の種類、それら構成相の量が大きく変化することである。
前記のとおり、鋳込み・凝固後の冷却速度は、鋳込まれた銅合金の重量、厚み、砂型、金型などの鋳型の材質によって様々に変わる。例えば、一般的には従来の銅合金鋳物が、銅合金や鉄合金で作られた金型に鋳造される場合、鋳込み後、約700℃以下の温度で、型から鋳物が外され、強制冷却、空冷、または徐冷され、約5〜約200℃/分の平均冷却速度で冷却される。
一方、砂型の場合、砂型に鋳込まれた銅合金は、鋳物の大きさや、砂型の材質、大きさによるが、約0.05〜約30℃/分の平均冷却速度で、冷却される。本実施形態の快削性銅合金鋳物においては、鋳込み後、凝固直後、例えば800℃の高温状態では、金属組織は、β相単相である。その後の冷却で、α相、γ相、κ相、μ相などの様々な相が生成し、形成される。一例であるが、450℃から800℃の温度域で、冷却速度が速いと、β相が多くなり、450℃より低い温度域で冷却速度が遅いとγ相が生成し易くなる。
鋳物の方案(鋳造方案)、鋳物の形状等により、冷却速度を大幅に変更することは困難であるが、熱間加工を経ずに切削加工後に最終の製品になる鋳物の場合、鋳込み後、530℃から450℃の温度範囲での平均冷却速度を0.1℃/分以上50℃/分以下に調整して冷却する。これにより、Pを含む化合物が形成される。
一方、鋳物の後工程で、熱間加工を行う場合、530℃以上に鋳物が加熱される。530℃以上の温度で鋳物が加熱されると、鋳物の段階で、Pの化合物の存在に関わらず、Pの多くは、固溶する。熱間加工後の冷却過程で、530℃から450℃の温度範囲での平均冷却速度を0.1℃/分以上50℃/分以下に調整して冷却することにより、Pを含む化合物が形成される。したがって、熱間加工が施される場合は、鋳物の段階でPの化合物の存在は重要ではない。
これらの結果、切屑分断作用が向上し、かつ、切削抵抗が低下する。
【0115】
(熱間加工)
熱間加工としては、熱間押出、熱間鍛造、熱間圧延が挙げられる。それぞれの工程について、以下に説明する。なお、2以上の熱間加工工程を行う場合、最終の熱間加工工程を以下の条件で行う。
【0116】
(1)熱間押出
まず、熱間押出に関して、好ましい実施形態として、押出比(熱間加工率)、設備能力にもよるが、実際に熱間加工される時の材料温度、具体的には押出ダイスを通過直後の温度(熱間加工温度)が530℃を超えて650℃より低い温度で熱間押出する。熱間押出温度の下限は、熱間での変形抵抗に関係し、上限は、α相の形状に関連し、より狭い温度で管理することにより、安定した金属組織が得られる。650℃以上の温度で熱間押出すると、α相結晶粒の形状が粒状でなく、針状になりやすくなるか、或いは、直径50μmを超える粗大なα相結晶粒が出現し易くなる。針状や粗大なα相結晶粒が出現すると、強度がやや低くなり、強度と延性のバランスが少し悪くなる。Pを含む析出物の分布が悪くなり、長辺が大きく粗大なα相結晶粒が切削の障害となり、被削性が少し悪くなる。α相結晶粒の形状は、組成関係式f1と関係があり、組成関係式f1が58.0以下の場合は、押出温度が625℃より低いことが好ましい。Pb含有銅合金より、低い温度で押出することにより、良好な被削性と高い強度を備えることができる。
【0117】
そして熱間押出後の冷却速度の工夫により、優れた被削性を備えた材料を得ることができる。すなわち、熱間押出後の冷却過程で、530℃から450℃の温度領域における平均冷却速度を、50℃/分以下、好ましくは45℃/分以下に設定して冷却する。平均冷却速度を50℃/分以下に制限することにより、倍率500倍、または倍率1000倍の金属顕微鏡で、Pを含む化合物の存在が確認できる。一方、冷却速度が遅すぎると、Pを含む化合物が成長し、被削性への効果が低下するおそれがあるので、前記の平均冷却速度は、0.1℃/分以上が好ましく、0.3℃/分以上がより好ましい。
実測が可能な測定位置に鑑みて、熱間加工温度は、熱間押出、熱間鍛造、熱間圧延の終了時点から約3秒後または4秒後の実測が可能な熱間加工材の温度と定義する。金属組織は、大きな塑性変形を受けた加工直後の温度に影響を受ける。議論されている熱間加工後の平均冷却速度が約50℃/分であるので、3〜4秒後の温度低下は、計算上、約3℃であり、ほとんど影響を受けない。
【0118】
(2)熱間鍛造
熱間鍛造は、素材として、主として熱間押出材が用いられるが、連続鋳造棒も用いられる。熱間押出に比べ、熱間鍛造は、加工速度が速く、複雑形状に加工し、場合によっては、肉厚が約3mmにまで強加工することがあるので、鍛造温度は高い。好ましい実施形態として、鍛造品の主要部位となる大きな塑性加工が施された熱間鍛造材の温度、すなわち鍛造直後(鍛造の終了時点)から約3秒後または4秒後の材料温度は、530℃を超えて675℃より低いことが好ましい。鍛造用の黄銅合金として広く使用され、Pbを2mass%の量で含有する黄銅合金(59Cu−2Pb−残部Zn)では、熱間鍛造温度の下限は650℃とされるが、本実施形態の熱間鍛造温度は、650℃より低いことがより好ましい。熱間鍛造においても、組成関係式f1と関係があり、組成関係式f1が58.0以下の場合は、熱間鍛造温度が650℃より低いことが好ましい。熱間鍛造の加工率にもよるが、温度が低いほど、α相の結晶粒の大きさが小さくなり、α相結晶粒の形状が、針状から粒状に変化し、強度が高くなり、強度と延性のバランスが良くなり、かつ、被削性が良くなる。
【0119】
そして、熱間鍛造後の冷却速度の工夫により、被削性の諸特性を備えた材料を得ることができる。すなわち、熱間鍛造後の冷却過程で、530℃から450℃の温度領域における平均冷却速度を、50℃/分以下、好ましくは45℃/分以下に設定して冷却する。冷却速度を制御することにより、β相中に、約0.3〜3μmのPを含む化合物を析出させ、これにより、合金の被削性をさらに向上させることができる。なお、前記の平均冷却速度の下限は、冷却過程で化合物の粗大化が生じることを抑制するために、0.1℃/分以上とすることが好ましく、0.3℃/分以上とすることがさら好ましい。
【0120】
(3)熱間圧延
熱間圧延は、鋳塊を加熱し、5〜15回、繰り返し圧延される。そして、最終の熱間圧延終了時の材料温度(終了時点から3〜4秒経過後の材料温度)が、530℃を超えて625℃より低いことが好ましい。熱間圧延終了後、圧延材が冷却されるが、熱間押出と同様、530℃から450℃の温度領域における平均冷却速度は、0.1℃/分以上50℃/分以下が好ましく、より好ましくは、0.3℃/分以上、または45℃/分以下である。
【0121】
(熱処理)
銅合金の主たる熱処理は、焼鈍とも呼ばれ、例えば熱間押出では押出できない小さなサイズに加工する場合、冷間抽伸、或は冷間伸線後に、必要に応じて熱処理が行われ、この熱処理は、再結晶、すなわち材料を軟らかくすることを目的として実施される。圧延材も同様で、冷間圧延と熱処理が施される。本実施形態においては、さらに、γ相、β相の量を制御することも目的として熱処理が施される。
再結晶を伴う熱処理が必要な場合は、材料の温度が400℃以上600℃以下で、0.1時間から8時間の条件で加熱される。前工程で、Pを含む化合物が形成されていない場合、熱処理中に、Pを含む化合物が形成される。なお、530℃を超える温度で熱処理すると、Pを含む化合物が再固溶し、消失する。熱処理温度が530℃を超える場合、冷却過程において、530℃から450℃の温度領域での平均冷却速度を50℃/分以下、好ましくは45℃/分以下に設定して冷却し、Pを含む化合物を形成する必要がある。前記の平均冷却速度の下限は、0.1℃/分以上が好ましい。
【0122】
(冷間加工工程)
熱間押出棒の場合、高い強度を得るため、寸法精度を良くするため、または押出された棒材、コイル材を曲がりの少ない直線形状にするために、熱間押出材に対して冷間加工を施されることがある。例えば熱間押出材に対して、約2%〜約30%の加工率で冷間抽伸、場合によっては矯正加工、低温焼鈍が施される。
細い棒、線、或いは、圧延材は、冷間加工と熱処理が繰り返し実施され、熱処理後、最終加工率0%〜約30%の冷間加工、矯正加工、低温焼鈍が施される。
冷間加工の利点は、合金の強度を高めることができる点である。熱間加工材に対して、冷間加工と、熱処理を組み合わせることにより、その順序が逆であっても、高い強度、延性、衝撃特性のバランスを取ることができ、用途に応じ、強度重視、延性や靱性重視の特性を得ることができる。なお、冷間加工による、被削性への影響はほとんどない。
【0123】
(低温焼鈍)
棒、線、鍛造品、圧延材、鋳物においては、残留応力の除去、棒材の矯正(棒材の直線度)、金属組織の調整と改善を主たる目的として、再結晶温度以下の温度で棒材、線材、鍛造品、圧延材、鋳物を最終の工程で低温焼鈍することがある。本実施形態の場合、前記熱処理と区別するため、金属組織中で再結晶する割合が50%より小さい場合を低温焼鈍と定義する。低温焼鈍は、保持温度が250℃以上430℃以下で、保持時間が10〜200分の条件で行われる。下限の条件は、残留応力が十分に除去できる最低の温度、または時間である。また、断面が凹状で、底面が平滑な面の型枠、例えば、幅約500mm、高さ約300mm、厚み約10mm、長さ約4000mmの鋼製の型枠(凹状のくぼみの深さは(高さ)−(厚み))に、棒材を整列して並べ、250℃以上430℃以下の温度で、10〜200分保持することにより、直線性に優れた棒材を得ることができる。温度をT℃、時間をt分とすると、300≦焼鈍条件式f9=(T−200)×(t)
1/2≦2000の条件が好ましい。焼鈍条件式f9が300より小さいと、残留応力の除去、または矯正が不十分である。焼鈍条件式f9が、2000を超えると再結晶により材料の強度が低下する。焼鈍条件式f9は、好ましくは、400以上であり、1600以下である。前工程の冷却速度に関わらず、焼鈍条件式f9が400以上であると、微細なPを含む化合物が、低温焼鈍中に形成される。また、合金組成によるが、250℃以上430℃以下で、10〜200分保持すると、β相内、またはβ相とα相の相境界に、微細なγ相が析出することがあり、穴あけ切削の切屑を微細にする。
【0124】
このような製造方法によって、本発明の第1,2の実施形態に係る高強度快削性銅合金が製造される。
熱間加工工程、熱処理工程(焼鈍とも言う)、低温焼鈍工程は、銅合金を加熱する工程である。基本の製造工程は、鋳造、熱間加工(押出、鍛造、圧延)、冷間加工(抽伸、伸線、圧延)、矯正加工、低温焼鈍であり、矯正加工、冷間加工、低温焼鈍を含まない場合もある。なお、矯正加工は、通常、冷間で行われるため、冷間加工とも言う。φ5〜7mm以下の細い棒、線、厚みが8mm以下の板は、前記工程に熱処理が含まれることがある。熱処理は、主として冷間加工後に行われ、最終寸法に応じ、熱処理と冷間加工が繰り返される。最終製品の直径が小さいほど、冷間加工性が被削性と同等以上に、冷間加工性が重要視される。熱処理は、熱間加工後、冷間加工前に行われることもある。
低温焼鈍工程は、熱間加工工程、冷間加工工程、矯正加工工程、及び焼鈍工程のうち、最終の工程の後に実施する。低温焼鈍工程を行う場合、通常、焼鈍工程は、加工工程の間に行うため、低温焼鈍工程は、熱間加工工程、冷間加工工程、及び矯正加工工程のうち、最終の加工工程の後に実施するともいえる。
具体的には、以下の製造工程の組み合わせが挙げられる。なお、熱間押出の代わりに、熱間圧延を行ってもよい。
(1)熱間押出−低温焼鈍
(2)熱間押出−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)−低温焼鈍
(3)熱間押出−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)−矯正加工−低温焼鈍
(4)熱間押出−冷間加工(伸線、圧延)と焼鈍の繰り返し−冷間加工−低温焼鈍
(5)熱間押出−冷間加工(冷間伸線、圧延)と焼鈍の繰り返し−冷間加工−矯正加工−低温焼鈍
(6)熱間押出−焼鈍−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)−低温焼鈍
(7)熱間押出−焼鈍−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)−矯正加工−低温焼鈍
(8)熱間押出−焼鈍−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)と焼鈍の繰り返し−冷間加工−低温焼鈍
(9)熱間押出−焼鈍−冷間加工(抽伸、伸線、圧延)と焼鈍の繰り返し−冷間加工−矯正加工−低温焼鈍
(10)熱間押出−冷間抽伸−矯正加工(矯正加工は無くともよい)−熱間鍛造−低温焼鈍
(11)熱間押出−矯正加工−熱間鍛造−低温焼鈍
(12)熱間押出−熱間鍛造−低温焼鈍
(13)鋳造−熱間鍛造−低温焼鈍
(14)鋳造−矯正加工−熱間鍛造−低温焼鈍
【0125】
以上のような構成とされた本発明の第1、第2の実施形態に係る快削性合金によれば、合金組成、組成関係式f1、f2、組織関係式f3〜f5、組成・組織関係式f6、f7を上述のように規定しているので、PbおよびBiの含有量が少なくても優れた被削性を得ることができ、優れた熱間加工性、高い強度、強度と延性のバランスに優れ、鋳造性も良好である。
【0126】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的要件を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【実施例】
【0127】
以下、本実施形態の効果を確認すべく行った確認実験の結果を示す。なお、以下の実施例は、本実施形態の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成要件、プロセス、条件が本実施形態の技術的範囲を限定するものでない。
【0128】
実操業で使用している低周波溶解炉及び半連続鋳造機を用いて銅合金の試作試験を実施した。また、実験室設備を用いて銅合金の試作試験を実施した。
合金組成を表8〜10に示す。また、製造工程を表11〜16に示す。なお、組成において、“MM”は、ミッシュメタルを示し、希土類元素の合計量を示す。各製造工程について以下に示す。
【0129】
(工程No.A1〜A3,AH1,AH2,A4,A5,A10)
表11に示すように、実操業している低周波溶解炉及び半連続鋳造機により直径240mmのビレットを製造した。原料は、実操業に準じたものを使用した。ビレットを長さ800mmに切断して加熱した。公称能力3000トンの熱間押出機で、直径24mmの丸棒を2本押出した。そして押出材を、530℃から450℃の温度領域にて幾つかの冷却速度で冷却した。温度測定は、熱間押出の中盤から終盤を中心に放射温度計を用いて行い、押出機より押出されたときから約3〜4秒後の押出材の温度を測定した。なお、以後の熱間押出、熱間鍛造、熱間圧延の温度測定には、LumaSense Technologies Inc製の型式IGA8Pro/MB20の放射温度計を用いた。
【0130】
その押出材の温度の平均値が表11に示す温度の±5℃((表に示す温度)−5℃〜(表に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。
工程No.A1、A2、A4、A5では、押出温度が580℃であり、工程No.A3、AH2では、押出温度が620℃であり、工程No.AH1では、押出温度が680℃であった。そして、熱間押出後、530℃から450℃の平均冷却速度は、工程No.A3では、40℃/分であり、工程No.AH2では、70℃/分であった。工程No.A3、AH2、A10以外の工程では、前記平均冷却速度は30℃/分であった。
【0131】
熱間押出終了後、工程No.A1では、熱間押出上がりとし、冷間で矯正した。矯正では、実質的な冷間加工率は0%であった。工程No.A1、A10以外では、直径24.0mmから直径23.4mmに冷間で抽伸した(加工率4.9%)。さらに、工程No.A4、A5では、工程No.A1の素材を用い、それぞれ、310℃で100分間、350℃で60分間の条件で、型枠に材料を入れ低温焼鈍した。工程No.A10では、570℃で、直径45mmに熱間押出を行い、530℃から450℃の平均冷却速度を20℃/分に設定した。工程No.A10の素材は、鍛造実験に使用した。
【0132】
ここで、低温焼鈍を実施したものについては、以下に示す焼鈍条件式f9を算出した。
f9=(T−200)×(t)
1/2
T:温度(材料温度)(℃)、t:加熱時間(分)
【0133】
また、断面が凹状、幅500mm、高さ300mm、厚み10mmで、長さが4000mmの鋼製の型枠に、棒材を4段積みに整列して並べた状態で、低温焼鈍し、次いで、棒材の曲がりを測定した。
曲がり測定結果は、合金No.S1に工程No.A4、A5を施して得られた試料の全ての曲がりが、棒材1メートルあたり0.1mm以下で、良好であった。
【0134】
(工程No.C1〜C3,CH1,CH2,C10)
表12に示すように、実験室において、所定の成分比で原料を溶解した。意図的に、不可避不純物元素を添加した試料も作製した。直径100mm、長さ180mmの金型に溶湯を鋳込み、ビレットを作製した(合金No.S20〜S41、S101〜S114)。
なお、実操業している溶解炉からも溶湯を得て、さらに、Fe、Sn等の不純物を意図的に加え、溶湯を直径100mm、長さ180mmの金型に鋳込み、ビレットを作製した(合金No.S1.1〜S1.7)。
このビレットを加熱し、押出温度を、工程No.C1,C10では、590℃とし、工程No.C2,CH2では、620℃とし、工程No.CH1では、680℃とし、直径24mmの丸棒に押出した。押出後の530℃から450℃の温度範囲での平均冷却速度を、工程No.CH2では、65℃/分とし、工程No.C1,C2,CH1では、25℃/分とした。次に、直線度の良いものは、矯正していないが、直線度の悪いものは、矯正した(加工率0%)。工程No.C3では、工程No.C1の棒を用い、型枠に入れずに、320℃、60分の条件で低温焼鈍した。
工程No.C10では、押出温度を590℃とし、直径45mmに押出し、530℃から450℃の温度範囲での平均冷却速度を20℃/分とし、鍛造用素材とした。
【0135】
(工程No.D)
工程No.D1では、実験室の溶解炉から溶湯を得て、内径45mmの金型に鋳込んだ。表13に示すように、冷却過程において、530℃から450℃の温度領域での平均冷却速度を40℃/分とし、工程No.Fの鍛造用素材とした。
【0136】
(工程No.E)
表14に示すように、工程No.E1は焼鈍を含む工程である。主として、例えば直径7mm以下の細い棒材の工程であるが、棒材が細いと切削試験ができないので、直径の大きな押出棒で代用試験した。
工程No.E1では、工程No.C1の直径24mmの素材を、冷間抽伸で20.0mmとし、480℃で60分間の熱処理を行い、次いで冷間抽伸で直径19.0mmとした。
【0137】
(工程No.F1〜F4,FH1,FH2)
表15に示すように、工程No.A10、C10、D1で得られた直径45mmの丸棒を長さ180mmに切断した。この丸棒を横置きにして、熱間鍛造プレス能力150トンのプレス機で、厚み16mmに鍛造した。所定の厚みに熱間鍛造された直後(熱間鍛造の終了時点)から約3〜約4秒経過後に、放射温度計、および接触温度計を用いて温度の測定を行った。熱間鍛造温度(熱間加工温度)は、表15に示す温度±5℃の範囲((表に示す温度)−5℃〜(表に示す温度)+5℃の範囲内)であることを確認した。
工程No.F1、F2、F3、FH1、FH2では、熱間鍛造温度を、それぞれ640℃、600℃、625℃、690℃、640℃に変えて実施した。冷却過程で、530℃から450℃の温度領域での冷却速度を、工程No.F1では、10℃/分とし、工程No.F2、F3、FH1では、28℃/分とし、工程No.FH2では、70℃/分として、冷却を実施した。なお、工程No.F4では、工程No.F1の鍛造品を用い、340℃で40分間の条件で、低温焼鈍した。
熱間鍛造材は、切断し、切削試験、機械的性質の実験に供した。
【0138】
(工程No.G1〜G3,GH1)
実験室において、所定の成分比で原料を溶解した。その際、実操業を考慮し、Fe,Snなどの不可避不純物を意図的に添加した。そして、溶湯を内径35mm、深さ200mmの鋳型に鋳込んだ。
実際の鋳造を鑑み、鋳物が約700℃になったとき、金型から試料を取り出し、自然冷却、保温、または強制冷却によって、650℃から550℃の温度域、530℃から450℃の温度域、及び430℃から350℃の温度域での平均冷却速度を4種類の値のいずれかに設定して、室温まで冷却した。冷却条件の一覧を表16に示す。温度測定に関しては、鋳物の温度を接触温度計を用いて測定し、各温度領域での平均冷却速度を所定の値に調整した。
【0139】
上述の試験材について、以下の項目について評価を実施した。評価結果を表17〜29に示す。
【0140】
(金属組織の観察)
以下の方法により金属組織を観察し、α相、β相、γ相、κ相、μ相など各相の面積率(%)を画像解析法により測定した。なお、α’相、β’相、γ’相は、各々α相、β相、γ相に含めることとした。
各試験材の棒材、鍛造品を、長手方向に対して平行に、または金属組織の流動方向に対して平行に切断した。次いで表面を研鏡(鏡面研磨)し、過酸化水素水とアンモニア水の混合液でエッチングした。エッチングでは、3vol%の過酸化水素水3mLと、14vol%のアンモニア水22mLを混合した水溶液を用いた。約15℃〜約25℃の室温にてこの水溶液に金属の研磨面を約2秒〜約5秒浸漬した。
【0141】
金属顕微鏡を用いて、倍率500倍で金属組織を観察し、相の割合を求め、Bi粒子の存在場所、Pを含む化合物の有無を調べた。金属組織の状況によっては1000倍で観察し、金属相、Bi粒子と、Pを含む化合物を確認した。5視野の顕微鏡写真において、画像処理ソフト「Photoshop CC」を用いて各相(α相、β相、γ相、κ相、μ相)を手動で塗りつぶした。次いで画像解析ソフト「WinROOF2013」で2値化し、各相の面積率を求めた。詳細には、各相について、5視野の面積率の平均値を求め、平均値を各相の相比率とした。酸化物、硫化物、Bi粒子とPb粒子、Pを含む化合物を除く析出物、晶出物は、除外され、全ての構成相の面積率の合計を100%とした。
【0142】
そして、Pを含む化合物を観察した。金属顕微鏡を用いて500倍で観察できる最小の析出粒子の大きさは、おおよそ0.5μmである。相の割合と同様に、500倍の金属顕微鏡で観察でき、1000倍で判別、確認できる析出物でもって、まず、Pを含む化合物の有無の判断を行った。Pの含有量、製造条件にもよるが、1つの顕微鏡視野の中に、数個〜数百個のPを含む化合物が存在する。Pを含む化合物は、ほとんどがβ相内、α相とβ相の相境界に存在するので、β相に含めた。さらに、β相内に、大きさが0.5μm未満のγ相が存在することがある。本実施形態においては、倍率500倍、場合によっては1000倍の金属顕微鏡で、0.5μm未満の大きさの相の識別が不可能なので、超微細なγ相は、β相として処理された。Pを含む化合物は、金属顕微鏡で、黒灰色を呈し、Mn、Feで形成される析出物、化合物は、水色を呈するので、区別がつく。
【0143】
Bi粒子を、Pを含む化合物と同様、金属顕微鏡で観察した。金属顕微鏡写真から、Bi粒子と、Pを含む化合物は、明瞭に区別がつく。Bi粒子とPb粒子(Pbを主成分とする粒子を含む)の区別に関しては、Bi粒子は円形であり、Pb粒子は、Pbが軟らかいため、研磨により、粒子が延ばされた様相を呈し、区別が可能である。両者の区別が困難な場合は、EPMA等の分析機能を備える電子顕微鏡で判断した。顕微鏡写真で、α相結晶粒内に、Bi粒子が観察できれば、α相内にBi粒子が存在するとし、“B”(good)と評価した。Bi粒子が、α相にあっても、α相とβ相の境界に存在する場合は、α相内に存在しないと判定した。α相内にBi粒子が存在しない場合、“D”(poor)と評価した。
【0144】
相の同定、析出物の同定、Pを含む化合物、及びBi粒子の判定が困難な場合は、電界放出形走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日本電子株式会社製のJSM−7000F)と付属のEDSを用いて、加速電圧15kV、電流値(設定値15)の条件で、FE−SEM−EBSP(Electron Back Scattering Diffracton Pattern)法により、倍率500倍又は2000倍で、相、析出物を特定した。Pを含有した試料で、金属顕微鏡による観察の段階でPを含む化合物が観察されなかった場合、倍率2000倍でPを含む化合物の有無を確認した。
また、幾つかの合金について、α相、β相、γ相、特にβ相に含有されるSi濃度を測定する場合、Pを含む化合物の判断が困難な場合、及びBi粒子が小さい場合、2000倍の倍率で、2次電子像、組成像を撮影し、X線マイクロアナライザーで定量分析、または定性分析した。測定には、日本電子製「JXA−8230」を用い、加速電圧20kV、電流値3.0×10
−8Aの条件で行った。
Pを含む化合物が金属顕微鏡で確認された場合、Pを含む化合物の存在評価を“B”(good)と評価した。Pを含む化合物が2000倍の倍率で確認された場合、Pを含む化合物の存在評価を“C”(fair)と評価した。Pを含む化合物が確認されなかった場合、Pを含む化合物の存在評価を“D”(poor)と評価した。本実施形態のPを含む化合物の存在については、“C”も含むものとする。表では、Pを含む化合物の存在評価の結果を項目「β相中のP化合物の有無」に示す。
【0145】
(導電率)
導電率の測定は、日本フェルスター株式会社製の導電率測定装置(SIGMATEST D2.068)を用いた。なお、本明細書においては、「電気伝導」と「導電」の言葉を同一の意味に使用している。また、熱伝導性と電気伝導性は強い相関があるので、導電率が高い程、熱伝導性が良いことを示す。
【0146】
(引張強さ/伸び)
各試験材をJIS Z 2241の10号試験片に加工し、引張強さ及び伸びの測定を行った。冷間加工工程を含まない熱間押出材、或いは熱間鍛造材の引張強さが、好ましくは430N/mm
2以上、より好ましくは470N/mm
2以上、さらに好ましくは510N/mm
2以上であれば、快削性銅合金の中で最高の水準であり、各分野で使用される部材の薄肉・軽量化、或いは許容応力の増大を図ることができる。また、強度と伸びとのバランスにおいても、引張強さをS(N/mm
2)、伸びをE(%)とすると、強度と延性のバランスを示す特性関係式f8=S×(100+E)/100が、好ましくは580以上、より好ましくは620以上、さらに好ましくは650以上であると、被削性を有し熱間加工された銅合金の中で非常に高い水準であるといえる。
【0147】
(硬さ/衝撃値)
鋳物においては、各試験材の硬さを、ビッカース硬さ計を用い、荷重49kNで行った。高い強度であるためには、好ましくは100Hv以上、より好ましくは110Hv以上であると、快削性銅合金鋳物の中で非常に高い水準であるといえる。
衝撃試験は、JIS Z 2242に準じたUノッチ試験片(ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径1mm)を採取した。半径2mmの衝撃刃でシャルピー衝撃試験を行い、衝撃値を測定した。シャルピー衝撃試験値で、少なくとも25J/cm
2以上であれば、靱性、所謂「脆さ」に関し、問題はない。
【0148】
(融点測定・鋳造性試験)
鋳物試験片の作製時に使用した溶湯の残りを用いた。熱電対を溶湯の中に入れ、液相線温度、固相線温度を求め、凝固温度範囲を求めた。
また、1000℃の溶湯を鉄製のターターモールドに鋳込み、最終凝固部、およびその近傍におけるホール、ざく巣等の欠陥の有無を詳細に調べた(ターターテスト(Tatur Shrinkage Test))。
具体的には、
図3の断面模式図に示すように、最終凝固部を含む縦断面が得られるように鋳物を切断した。試料の断面を400番までのエメリー紙により研磨し、硝酸を用いてマクロ組織を出し、欠陥部分をより分かりやすくした。次いで、浸透探傷試験により、ミクロレベルの欠陥の有無を調査した。
【0149】
鋳造性は、以下のように評価した。断面において、最終凝固部およびその近傍の表面から3mm以内に欠陥指示模様が現れたが、最終凝固部およびその近傍の表面から3mmを超えた部分では欠陥が現れなかった場合、鋳造性を“B”(良、good)と評価した。最終凝固部およびその近傍の表面から6mm以内に欠陥指示模様が現れたが、最終凝固部およびその近傍の表面から6mmを超えた部分では欠陥が発生しなかった場合、鋳造性を“C”(可、fair)と評価した。最終凝固部およびその近傍の表面から6mmを超えた部分で欠陥が発生した場合、鋳造性を“D”(不良、poor)と評価した。
【0150】
最終凝固部は、良質な鋳造方案により、大抵は押湯の部分であるが、鋳物本体にまたがる場合がある。本実施形態の合金鋳物の場合、ターターテストの結果と凝固温度範囲には、密接な関係がある。凝固温度範囲が15℃以下または20℃以下の場合、鋳造性は“B”の評価が多かった。凝固温度範囲が25℃を超える場合、鋳造性は“D”の評価が多かった。凝固温度範囲が25℃以下であれば、鋳造性の評価が“B”または“C”となった。また、不可避不純物の量が多いと、凝固温度範囲が広くなり、鋳造性の評価が悪くなった。
【0151】
<旋盤による被削性試験>
被削性の評価は、以下のように、旋盤を用いた切削試験で評価した。
熱間押出棒材、熱間鍛造品、鋳物について、切削加工を施して直径を14mmとして試験材を作製した。チップブレーカーの付いていないK10の超硬工具(チップ)を旋盤に取り付けた。この旋盤を用い、乾式下にて、すくい角:0°、ノーズ半径:0.4mm、逃げ角:6°、切削速度:40m/分、切り込み深さ:1.0mm、送り速度:0.11mm/rev.の条件で、直径14mmの試験材の円周上を切削した。
【0152】
工具に取り付けられた3部分から成る動力計(三保電機製作所製、AST式工具動力計AST−TL1003)から発せられるシグナルが、電気的電圧シグナルに変換され、レコーダーに記録された。次にこれらのシグナルは切削抵抗(主分力、送り分力、背分力、N)に変換された。切削試験は、チップの摩耗の影響を抑えるために、A→B→C→・・・C→B→Aの往復を2回実施し、各試料について4回測定した。切削抵抗は、以下の式によって求められる。
切削抵抗(主分力、送り分力、背分力の合力)=((主分力)
2+(送り分力)
2+(背分力)
2)
1/2
なお、各サンプルで4回測定し、その平均値を採用した。Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn合金からなる市販の快削黄銅棒C3604の切削抵抗を100とし、試料の切削抵抗の相対値(被削性指数)を算出し、相対評価をした。被削性指数が、高いほど良好な被削性を有する。表中の「合力」の記載は、主分力、送り分力、背分力の合力を指し、被削性指数を示す。
なお、被削性指数は下記のようにして求めた。
試料の切削試験結果の指数(被削性指数)=(C3604の切削抵抗/試料の切削抵抗)×100
【0153】
同時に切屑を採取し、切屑形状により被削性を評価した。実用の切削で問題となるのは、切屑の工具への絡みつき、及び、切屑の嵩張りである。このため、切屑形状として、平均で長さが1mmより短い切屑が生成した場合を“A”(優れる、excellent)と評価した。平均で長さが1mm以上3mm未満の切屑が生成した場合を“B”(良好、good)と評価した。切屑形状で、平均で長さが3mm以上10mm未満の切屑が生成した場合を“C”(可、fair)と評価した。平均で長さが10mm以上の切屑が生成した場合を“D”(poor)と評価した。なお、最初に生成された切屑は除外して評価した。本実施形態では高いレベルの被削性を備えた合金を目指しているので、前記の外周切削条件のもと、「A」、「B」のみを合格とした。
【0154】
切削抵抗は、材料の剪断強さ、引張強さに依存し、強度が高い材料ほど切削抵抗が高くなる傾向がある。切削抵抗がPbを1〜4mass%含有する快削黄銅棒の切削抵抗に対して、高強度材の場合、切削抵抗が約40%高くなる程度であれば、実用上良好とされる。本実施形態においては、3mass%Pbを含有する快削黄銅C3604に比べ、押出材のせん断強さが、おおよそ1.2倍あり、そのため本実施形態における被削性の評価基準を、被削性指数が約70を境(境界値)として評価した。本実施形態においては、高いレベルの被削性を目指しているので、被削性指数が85以上であれば、被削性に優れる(評価:A、excellent)と評価した。被削性指数が75以上85未満であれば、被削性が良好である(評価:B、good)と評価した。被削性指数が66以上75未満であれば、被削性が可である(評価:C、fair)と評価した。被削性指数が66未満であれば、被削性が不可である(評価:D、poor)と評価した。
同等の強度であれば、切屑形状と被削性指数とは、相関関係があり、被削性指数が大きいと、切屑の分断性が良い傾向があり、数値化できる。前記の外周切削条件のもと、「A」、「B」のみを合格とした。
【0155】
因みに、Zn濃度が高く、Pbを0.01mass%含み、β相を約50%含む、快削性銅合金であるZn−58.1mass%Cu−0.01mass%Pb合金の被削性指数は39であり、切屑の長さは15mmを超えた。同様に、Siを含まず、0.01mass%のPbを含むβ単相の銅合金であるZn−55mass%Cu−0.01mass%Pb合金の被削性指数は41であり、切屑の長さは10mmを超えた。
1.08mass%のSi、0.27mass%のBi、0.005mass%のPb、0.056mass%のPを含み、640℃で熱間鍛造され、Biを主成分とする粒子がα相内に存在し、Pを含む化合物が存在する試験No.T09(合金No.S1)の切屑の外観を
図2に示す。試験No.T09(合金No.S1)の切屑の平均長さは1mmより短く、細かく分断されている。
【0156】
<ドリル切削試験>
ボール盤でφ3.5mmハイス製JIS標準ドリルを使用し、深さ10mmのドリル加工を回転数1250rpm、送り0.17mm/rev.の条件で、乾式で切削した。ドリル加工時にAST式工具動力計で電圧変化を円周方向、軸方向で採取し、ドリル加工時のトルク・スラストを算出した。尚、各サンプルで4回測定し、その平均値を採用した。Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn合金からなる市販の快削黄銅棒C3604のトルク、スラストを100とし、試料のトルク、スラストの相対値(トルク指数、スラスト指数)を算出し、相対評価をした。被削性指数(トルク指数、スラスト指数、ドリル指数)が、高いほど良好な被削性を有する。ドリル加工は、ドリルの摩耗の影響を抑えるために、A→B→C→・・・C→B→Aの往復を2回実施し、各試料について、4回測定した。
すなわち、被削性指数を下記のようにして求めた。
試料のドリル試験結果の指数(ドリル指数)=(トルク指数+スラスト指数)/2
試料のトルク指数=(C3604のトルク/試料のトルク)×100
試料のスラスト指数=(C3604のスラスト/試料のスラスト)×100
【0157】
3回目の試験時に、切屑を採取した。切屑形状により被削性を評価した。実用の切削で問題となるのは、切屑の工具への絡みつき、及び、切屑の嵩張り、である。このため、切屑形状が、切屑の平均で、半巻き以下の切屑が生成した場合を“A”(優れる、excellent)と評価した。切屑形状が半巻き超え1巻き以下の切屑が生成した場合を“B”(良好、good)と評価した。切屑形状が1巻き超え2巻き以下までの切屑が生成した場合を“C”(可、fair)と評価した。切屑形状が2巻き超えの切屑が生成した場合を“D”(poor)と評価した。なお、最初に生成された切屑は除外した。本実施形態では、高いレベルのドリル加工性を目指しているので、前記のドリル切削条件のもと、「A」、「B」のみを合格とした。
【0158】
高強度材のトルク、スラストは、Pbを1〜4mass%含有する快削黄銅棒の切削抵抗に対して約40%高くなる程度であれば、実用上良好とされる。本実施形態においては、被削性指数が約70%を境(境界値)として評価した。詳細には、ドリル指数が78以上であれば、被削性に優れる(評価:A、excellent)と評価した。ドリル指数が72以上78未満であれば、被削性が良好である(評価:B、good)と評価した。ドリル指数が67以上72未満であれば、被削性が可である(評価:C、fair)と評価した。被削性指数が67未満であれば、被削性が不可である(評価:D、poor)と評価した。本実施形態では、高いレベルのドリル加工性を目指しているので、前記のドリル切削条件のもと、「A」、「B」のみを合格とした。
【0159】
同じ強度であれば、切屑形状とトルク指数とは、強い関係がある。トルク指数が大きいと、切屑の分断性が良い傾向にあるので、切屑形状をトルク指数で数値比較できる。ただし、本実施形態の合金は、3mass%Pbを含有する快削黄銅に比べ、引張強さと概ね比例関係にあるせん断強さが、おおよそ1.2倍ある。切削抵抗は、せん断強さと強い関係を持つので、材料強度を考慮に入れる必要がある。
【0160】
因みに、Zn濃度が高く、Pbを0.01mass%を含み、β相を約50%含む快削性銅合金であるZn−58.1mass%Cu−0.01mass%Pb合金のドリル指数は49であり(トルク指数は46、スラスト指数は52)、切屑は3巻きを超えた。同様に、Siを含まず0.01mass%Pbを含むβ単相の銅合金であるZn−55mass%Cu−0.01mass%Pb合金のドリル指数は61であり(トルク指数は53、スラスト指数は68)、切屑は3巻きを超えた。
【0161】
精密穴加工用の専用工具として、近年ますます各種の機器が小型化し,それらの部品に対する微細な穴加工の必要性が高まっている。例えば,金型のピン穴,紡孔,プリント基板等の半導体関連装置部品、光デバイス関連装置部品など幅広いニーズが挙げられる。情報家電や医療機器、自動車部品など、さまざまな工業製品の軽薄短小化は今後ますます加速する。このような流れの中にあって、ドリルメーカー各社は0.1mm以下の超硬ドリルのラインアップの充実を図る。これまでは加工穴の直径と深さの比率は10倍程度が限界であったが、最近では0.5mm以下の穴でも、加工穴の直径と深さの比率が100倍程度まで加工できるドリルが数多く登場している。小径・深穴あけ加工の可能性を広げており、これらの分野で、被削性の良い材料が求められている。
【0162】
(熱間加工試験)
工程No.A1、工程No.C1、工程No.C10の各棒材、そして、工程No.Dの鋳物材を切削によって直径15mmとし、長さ25mmに切断した。この試験材を600℃で20分間保持した。次いで試験材を縦置きにして、熱間圧縮能力10トンで電気炉が併設されているアムスラー試験機を用いて、ひずみ速度0.02/秒、加工率80%で圧縮し、厚み5mmとした。熱間加工中、試験材は600℃で維持された。
熱間変形能は、肉眼で割れの有無と表面に大きなしわが生じるかどうかで評価した。熱間変形抵抗は、加工率20%の時の変形抵抗を測定し、30N/mm
2を境に評価した。30N/mm
2は、設備能力や押出比などの熱間加工率にもよるが、一般的に製造される範囲の熱間押出棒が、問題がなく製造される熱間変形抵抗の境界値である。600℃の熱間加工試験で、割れがなく、大きなしわが生じず、熱間変形抵抗が30N/mm
2以下の場合、熱間加工性を“B”(良好、good)と評価した。熱間変形能、熱間変形抵抗のいずれか一方が、上記基準を満たされない場合、条件付きで熱間加工性を“C”(可、fair)と評価した。熱間変形能、熱間変形抵抗の両方とも上記基準を満たさない場合、熱間加工性を“D”(不適、poor)と評価した。評価結果を表17、19、21、23、25および27に示す。
【0163】
600℃での熱間押出や熱間鍛造は、一般的な銅合金で実施されることは、ほとんどない。Pbを含有する快削銅合金の場合、600℃で試験すると、割れが発生し、熱間変形抵抗は30N/mm
2を超える。低い温度で熱間加工することにより、高い強度、高い強度と伸びのバランス、良好な被削性が得られ、寸法精度の向上、工具の長寿命化が図れ、地球環境にも優しい。
組成関係式f1の値が56.3より低い場合、大きなしわが生じ、組成関係式f1の値が59.5より高い場合、変形抵抗が30N/mm
2を超えた。
【0164】
【表8】
【0165】
【表9】
【0166】
【表10】
【0167】
【表11】
【0168】
【表12】
【0169】
【表13】
【0170】
【表14】
【0171】
【表15】
【0172】
【表16】
【0173】
【表17】
【0174】
【表18】
【0175】
【表19】
【0176】
【表20】
【0177】
【表21】
【0178】
【表22】
【0179】
【表23】
【0180】
【表24】
【0181】
【表25】
【0182】
【表26】
【0183】
【表27】
【0184】
【表28】
【0185】
【表29】
【0186】
上述の測定結果から、以下のような知見を得た。
1)本実施形態の組成を満足し、組成関係式f1、f2、組織関係式f3〜f5、組成・組織関係式f6、f7を満たし、Biを主成分とする粒子がα相内に存在することにより、少量のPbとBiの含有で高いレベルの被削性が得られ、約600℃で良好な熱間加工性、15%IACS以上の高い導電率、且つ高強度で、良好な延性、そして強度と延性の高いバランス(特性関係式f8)を持ち合せる熱間加工材(熱間押出材、熱間鍛造材)、および鋳造性が良好な鋳物が得られることが確認できた(合金No.S1、S20〜S41)。
【0187】
2)Cuの量が64.5mass%より高いと、γ相が多くなり、伸びが低くなり、被削性もよくなかった(合金No.S107)。
3)Siの量が0.20mass%より少ないと、所定量のBi、Pbを含有しても、被削性が悪く、引張強さが低かった。原因は、β相に固溶するSiの量が少ないことと、Siが少ないために、Biを主成分とする粒子がα相内に存在しなかったことによるものと考えられる。Si含有量が1.2mass%以上であると、γ相が多くなり、伸びが低くなった。また鋳造性も悪くなった(合金No.S102、S106、S111、S114)。
4)Pを含まないと、被削性が悪かった。Pを0.001mass%を超えた量で含有すると、被削性が良くなった。そして、Pを含む化合物が存在し、さらに金属顕微鏡でPを含む化合物が観察できると、より一層被削性が向上した。Pを含む化合物は、β相内に存在し、β相の被削性を向上させ、合金としての被削性を向上させていると考えられる。Pを含有し、金属顕微鏡でPを含む化合物が観察できない場合であっても、被削性の評価は、良好であったが、金属顕微鏡でPを含む化合物を観察できる場合に比べ、被削性が少し劣った(例えば合金No.S104、S36、S40、工程No.C1、CH2、FH2)。
5)Bi量が0.10mass%より少ないと、高いレベルの被削性に達しなかった。Biの量が0.50mass%を超えると、引張強さ、伸びが少し低くなり、バランス指数f8が少し悪くなった(合金No.S110、S23、S25、S40、S112)。
【0188】
6)実操業で行われる程度の不可避不純物を含有しても、諸特性に大きな影響を与えないことが確認できた(合金No.S1〜S1.7、S20〜S36)。不可避不純物の好ましい範囲を超える量のFe,Mn,CoまたはCrを含有すると、Fe,Mn等とSiの金属間化合物を形成していると考えられる。その結果、Fe等とSiの化合物の存在と、有効に働くSi濃度が減少し、被削性が悪くなったと考えられる。さらにFe等の含有によりPを含む化合物の性質も変化している可能性がある。また、伸びが少し低くなり、バランス指数f8が低くなった(合金No.S1.4、S21.4、S30.2)。不可避不純物の好ましい範囲を超える量のSn,Alを含有すると、γ相が出現する、または多くなる、或いは、β、γ相の性質が変化すると思われる。その結果、伸び値が減少し、バランス指数f8が悪くなり、被削性が悪くなった。また、凝固温度範囲が広くなり、鋳造性が悪くなり、衝撃値も低くなった(合金No.S1.7、S26.2、S26.6)。
【0189】
7)α相中に、Biを主成分とする粒子が存在すると、被削性がよかった。Biを0.5mass%の量で含有しても、Siが所定量より少なく、そして、α相中にBiを主成分とする粒子が存在しないものは、被削性が劣った(合金No.S1、S20〜S28、S102、S111、S114)。
8)組成関係式f1が56.3より小さいと、伸び値が低くなった。f1が59.5より大きいと、被削性が悪くなり、引張強さが低くなった。また、凝固温度範囲が、25℃を超え、鋳造性が悪かった。また、両者ともに、600℃での熱間加工性が悪くなった(合金No.S101、S105)。
9)f1が56.8以上で、伸び値、衝撃値が高くなった。f1が59.0以下で、被削性が良くなり、引張強さが高くなった(例えば合金No.S20〜S40)。
【0190】
10)組成関係式f2が0.5以上であると、被削性は、非常によかった。関係式f3〜f7の条件が好ましい範囲にあると、外周切削の被削性指数で、大よそ95の高い数値が得られた。f2が0.5以上であっても、Si含有量が少ないと被削性が悪かった。さらに、伸び値が少し低くなり、バランス指数f8が少し低かった(合金No.S20、S23、S25、S111、S112)。
11)f2が0.5未満であっても、Si量が0.35mass%を超え、組成・組織関係式f6、f7が好ましい範囲内にあると、すなわち、f6の値が10.0以上、かつ、f7の値が0.6以上、特に、Si量が0.50mass%を超え、f6が11.0以上、かつf7が1.0以上であると、外周切削の被削性指数がおおよそ90以上となり、切屑は、微細に分断された。本実施形態において、被削性を向上させる項の加算式(f6)と、被削性の相互作用を表す式(f7)が重要であると考えられる(合金No.S1、S20〜S22、S24、S26〜S28、S37)。
【0191】
12)γ相が約1%であると、トルク指数が低くなり、ドリル切削が良くなった。γ相が0%であっても、β相の量が約20%以上で、関係式f1〜f7を満たせば、良好な被削性、高い強度が得られた(例えば合金No.S1、S38等)。γ相の割合が4%を超えると、被削性が悪くなり、伸び値が低くなり、バランス指数f8が低かった(例えば合金No.S26.6、S106)。
13)β相の量が少なくα相の量が多いと、被削性が悪く、強度が低かった。β相の量が増すにしたがって、被削性が良くなり、強度も高くなった(合金No.S105、S33、S41)。
14)β相の量が多くα相の量が少ないと、伸びが低くなった。α相の量が増えると伸びが回復した(合金No.S101、S32)。
【0192】
15)f6、f7を満たさないと、組成、他の関係式を満たしても、満足する被削性が得られなかった(合金No.S103、S108、S109、S113)。
15−1)f6、f7が高いと、被削性は良好であったが、伸びが低くなり、バランス指数f8が悪くなった(合金No.S112)。
15−2)β相中にSiが少なくとも、0.3mass%以上含有されていることが確認され、他の要件にも左右されるが、β相中のSiの量が、0.5mass%以上、0.7mass%以上、1.0mass%以上になるにしたがって、より良好な被削性、高い強度を備え、バランス指数f8が良くなることが確認された(合金No.S1〜S41)。
16)f1を満たすと、600℃で良好な熱間加工性を示し、600℃より低い温度で、熱間押出、熱間鍛造ができた。熱間加工温度が650℃を超えると、引張強さが少し低くなり、被削性と、強度・伸びのバランスが少し悪くなった(例えば合金No.S1、S20、S21、工程No.AH1、CH1、FH2)。
【0193】
17)熱間加工条件により、β相、γ相の占める割合が変化し、被削性や、引張強さ、伸び、導電率に影響を与えた(例えば、合金No.S1、各工程)。
18)鋳物に関して、組成、関係式f1〜f7を満たすと、被削性の評価が、「良」以上であり、100HV以上であった。鋳造性は、f1との関係が深く、特にf1が好ましい範囲にあると、凝固温度範囲が狭く、良好な鋳造性を示した。鋳物を素材とした鍛造品についても、押出材を素材とした鍛造品と、同じ、被削性、機械的性質を示した(工程No.D1、F3)。
19)熱間押出後、熱間鍛造後、鋳造後の530℃から450℃の平均冷却速度において約50℃/分が、金属組織観察でPを含む化合物が存在するか否かの境界値であった。Pを含む化合物が存在すると、被削性が向上した(工程No.A1、AH2、C1、CH2、F1、FH2)。
20)熱間加工材を、熱処理条件式f9が1100〜1162となる条件で低温焼鈍し、曲がりを測定すると1mあたり0.1mm以下の曲がりの少ない棒材が得られた。低温焼鈍の条件によっては、γ相が析出する合金があり、トルク指数が向上した(合金No.S1、工程No.A4、A5)。
【0194】
以上のことから、本実施形態の合金のように、各添加元素の含有量および組成関係式f1、f2、組織関係式f3〜f5、組成・組織関係式f6、f7が適正な範囲にある本実施形態の快削性銅合金は、熱間加工性(熱間押出、熱間鍛造)に優れ、被削性、機械的性質も良好である。また、本実施形態の快削性銅合金において優れた特性を得るためには、熱間押出、熱間鍛造での製造条件、熱処理での条件を適正範囲とすることで達成できる。
この快削性銅合金は、Cu:57.5%超64.5%未満、Si:0.20%超1.20%未満、Pb:0.001%超0.20%未満、Bi:0.10%超1.00%未満、P:0.001%超0.20%未満を含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、Fe,Mn,Co,Crの合計量が0.45%未満、Sn,Alの合計量が0.45%未満であり、56.3≦f1=[Cu]−4.8×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.5と0.12≦f2=[Pb]+[Bi]<1.0の関係を有し、金属組織の構成相は、20≦f3=(α)≦85、15≦f4=(β)≦80、0≦f5=(γ)<4、8.5≦f6=([Bi]+[Pb])