(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0〜20.0μmのTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−xAlx)(CyN1−y)で表した場合、複合窒化物層または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとの合量に占める平均含有割合xavgおよび複合窒化物層または複合炭窒化物層のCのCとNとの合量に占める平均含有割合yavg(但し、xavg、yavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.95、0≦yavg≦0.005を満足し、
(b)前記硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を有する前記TiとAl複合窒化物層または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含み、
(c)また、前記NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦方向断面から解析し、電子線後方散乱回折による結晶方位マッピングを行い、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の局所方位差平均(GAM値)を求めた場合、該結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒が、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の中で面積割合として60%以上存在することを特徴とする表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値)を求めた場合、該結晶粒内平均方位差(GOS値)が、1度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で50%未満かつ2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%未満であることを特徴とする請求項1に記載の表面切削工具。
前記硬質被覆層は、前記複合窒化物または複合炭窒化物について、前記縦断面方向から観察した場合に、前記複合窒化物または複合炭窒化物のNaCl型の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅(W)が0.1〜2.0μm、平均アスペクト比(A)が2.0〜10.0である柱状組織を有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の表面切削工具。
前記硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAl複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒が、前記複合窒化物または複合炭窒化物層に占める面積割合が95%以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
前記工具基体と前記硬質被覆層との間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒化酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる合計で0.1〜20.0μmの平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の表面切削工具。
前記硬質被覆層の外表面に少なくとも酸化アルミニウムを含む1層以上の上部層が合計で1.0〜25.0μmの平均膜厚で形成されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の表面切削工具。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して基体ということがある)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により蒸着形成した被覆工具が知られており、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ここで、前記従来のTi−Al系の複合窒化物層を蒸着形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱CVD法により、硬質被覆層として、立方晶構造の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を蒸着形成するとともに、硬質被覆層と基体との界面側から、硬質被覆層の表層側に向かうにしたがって、硬質被覆層中のAl含有割合が漸次増加する組成傾斜構造を有することによって、組成に応じた(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)の格子定数の違いによる歪を積極的に導入する技術が開示されている。
そして、この技術によれば、例えば、(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層からなる硬質被覆層を合金鋼の高速断続切削等に用いた場合に、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられるとともに、長期の表面被覆工具の使用にわたって優れた耐摩耗性が発揮されるとされている。
また、特許文献2、3、4、5、6には、TiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層で構成される硬質皮膜層について、結晶粒中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位について、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析される結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値)をある一定水準以上に導入する技術が開示されている。
そして、この技術によれば(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層からなる硬質被覆層を合金鋼の高速断続切削等に用いた場合に、チッピング、欠損の発生が抑えられるとともに、長期の表面被覆工具の使用にわたって優れた耐摩耗性が発揮されるとされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、表面被覆切削工具には、チッピング、欠損、剥離等の発生を更に抑え、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載された技術は、硬質被覆層を合金鋼の高速断続切削等に用いた場合における、チッピング、欠損、剥離等の発生の抑制について、格子定数の違いによる歪の積極的な導入に着目されているにすぎず、硬質皮膜層を構成する各結晶粒子の欠陥に起因する耐チッピング性、耐熱亀裂性、耐酸化性への影響については特段の考慮がなされていない。
また、特許文献2、3、4、5、6に記載された技術は、該複合窒化物もしくは複合炭窒化物層の立方晶結晶構造を有する結晶粒の結晶粒内平均方位差(GOS)に着目しているが、結晶粒内平均方位差(GOS値)は対象のピクセルから遠方のピクセルとの方位差を含んだ評価であり、隣り合うピクセル同士の方位差については特段の考慮がなされていないため、結晶粒そのものの靱性を高めた皮膜とはとはいえない面がある。
そこで、本発明は、チッピング、欠損等の異常損傷が発生しやすい鋳鉄等の高速断続切削等に供した場合であっても、より一層優れた耐チッピング性、耐熱亀裂性、耐酸化性を発揮するとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を有する被覆工具を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上述のとおり、耐チッピング性、耐熱亀裂性、耐酸化性を発揮するとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を有する被覆工具を提供するとの観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物(以下、「(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性・耐熱亀裂性、耐酸化性を向上させ、耐摩耗性の改善をはかるべく、当該硬質皮膜層の結晶粒子内の結晶方位差に起因する歪や欠陥の有無について鋭意研究を重ねた結果、次のような新規な知見を得た。
【0007】
すなわち、前記(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)のNaCl型面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦方向断面(基体表面に対する法線方向の断面)から解析し、電子線後方散乱回折による方位マッピングを測定し、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の局所方位差平均(GAM値)を求めた場合、
該結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒が、前記(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)のNaCl型面心立方構造である結晶粒の中で面積割合として60%以上であるときに、
(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)のNaCl型面心立方構造を含む硬質被覆層を有する被覆工具の耐チッピング性・耐熱亀裂性・耐酸化性は向上し、耐摩耗性の改善がなされることを見出した。
【0008】
したがって、前記のような硬質被覆層を備えた被覆工具を、例えば、鋳鉄等の高速断続切削等に用いた場合には、より一層、チッピング、熱亀裂の発生が抑えられるとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮することができるのである。
【0009】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであり、以下のとおりのものである。
「(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が設けられた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚1.0〜20.0μmのTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)で表した場合、複合窒化物層または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとの合量に占める平均含有割合x
avgおよび複合窒化物層または複合炭窒化物層のCのCとNとの合量に占める平均含有割合y
avg(但し、x
avg、y
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.95、0≦y
avg≦0.005を満足し、
(b)前記硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を有する前記TiとAl複合窒化物層または複合炭窒化物の結晶粒を少なくとも含み、
(c)また、前記NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦方向断面から解析し、電子線後方散乱回折による結晶方位マッピングを行い、各々の測定点同士の結晶方位関係を解析し、測定した結晶粒の局所方位差平均(GAM値)を求めた場合、該結晶粒の結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒が、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の中で面積割合として60%以上存在することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値)を求めた場合、該結晶粒内平均方位差(GOS値)が、1度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で50%未満かつ2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%未満であることを特徴とする前記(1)に記載の表面切削工具。
(3)前記硬質被覆層は、前記複合窒化物または複合炭窒化物について、前記縦断面方向から観察した場合に、前記複合窒化物または複合炭窒化物のNaCl型の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅(W)が0.1〜2.0μm、平均アスペクト比(A)が2.0〜10.0である柱状組織を有することを特徴とする前記(1)または(2)のいずれかに記載の表面切削工具。
(4)前記硬質被覆層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAl複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒が、前記複合窒化物または複合炭窒化物層に占める面積割合が95%以上であることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5)前記工具基体と前記硬質被覆層との間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒化酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる合計で0.1〜20.0μmの平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の表面切削工具。
(6)前記硬質被覆層の外表面に少なくとも酸化アルミニウムを含む1層以上の上部層が合計で1.0〜25.0μmの平均膜厚で形成されていることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれかに記載の表面切削工具。」
【発明の効果】
【0010】
本発明は、硬質被覆層における結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒の面積割合が60%以上であるため、結晶粒の靱性が向上する他、結晶粒内の欠陥が抑制され、耐チッピング性・耐熱亀裂性・耐酸化性が向上し、その結果、この硬質皮膜を有する表面切削工具は、優れた耐摩耗性を発揮し、工具として十分な寿命を有するという優れた効果を発揮する。また結晶粒内平均方位差(GOS)が1度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で50%未満または、2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%未満とすることにより、結晶粒の靱性や耐酸化性が向上し、より一層、上記効果が奏される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
硬質被覆層を構成する複合窒化物層または複合炭窒化物の平均層厚:
本発明の表面被覆切削工具が有する硬質被覆層は、化学蒸着された組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)で表されるTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を少なくとも含む。この複合窒化物層または複合炭窒化物層は、硬さが高く、優れた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1.0〜20.0μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、平均層厚が薄いため長期の使用にわたっての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20.0μmを超えると、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなるためである。
【0014】
硬質被覆層を構成する複合窒化物層または複合炭窒化物層の組成:
本発明の表面被覆切削工具が有する硬質被覆層を構成する複合窒化物層または複合炭窒化物層は、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
avg(但し、x
avg、y
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.95、0≦y
avg≦0.005を満足するように制御する。
その理由は、Alの平均含有割合x
avgが0.60未満であると、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層は硬さに劣るため、鋳鉄等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でなく、一方、Alの平均含有割合x
avgが0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下するためである。
また、Cの平均含有割合y
avgは、0≦y
avg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物層または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物層または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、C成分の平均含有割合y
avgが0≦y
avg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物層または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に損なわれるため好ましくない。
【0015】
複合窒化物または複合炭窒化物を構成するNaCl型の立方晶構造である結晶粒個々の結晶粒内局所方位差平均(GAM値)と結晶粒内平均方位差(GOS値):
本発明において電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.01μm間隔で解析し、
図1、2に示すように、隣接する測定点(以下、ピクセルという)P間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界Bと定義する。ここで、縦断面方向とは、縦断面に垂直な方向を意味する。縦断面とは、工具基体表面に垂直な工具の断面を意味する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。
本発明でいう結晶粒内局所方位差平均(GAM(Grain Average Misorientation)値)とは、立方晶構造を有する結晶粒内の全ての隣接するピクセルの方位差の平均値を求めたものである(
図1)。GAM値を数式で表す場合、下記式(数1)によって表現できる。ここで、mは結晶粒内のピクセル同士の境界の数を表し、α
iは隣接測定点の境界iにおける方位差を表す。
また、本発明でいう結晶粒内平均方位差(GOS(Grain Orientation Spread)値)とは、立方晶構造を有する結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間での方位差を計算し、平均化したものである(
図2)。GOS値を数式で表す場合、下記式(数2)によって表現できる。ここで、nは同一結晶粒内のピクセル数、同一結晶粒内の異なるピクセルにおのおの付けた番号をiおよびj(ここで 1≦i、j≦nとなる)、ピクセルiでの結晶方位とピクセルjでの結晶方位から求められる結晶方位差をα
ij(i≠j)と表す。
【0017】
ここで、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)は、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.01μm間隔の解析を、幅25μm、縦は膜厚の測定範囲内での縦断面方向からの測定を任意の5視野で実施し、各視野において、複合窒化物または複合炭窒化物を構成するNaCl型の面心立方構造の結晶粒に対して、結晶粒内の隣り合うピクセル間の方位差を計算し、それを結晶粒内の隣接するピクセルの境界の数で平均化することで求められ、これをヒストグラムで整理し、1度未満を示す結晶粒がAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造である結晶粒全体に対して面積割合で60%以上存在している(
図4)とき、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を有する。
このように本発明の表面被覆切削工具が有するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成する結晶粒は、従来のTiAlN層を構成している結晶粒と比較して、結晶粒内で結晶方位のばらつきが小さく、すなわち、歪みが小さいため、このことが耐酸化性や結晶粒の靱性の向上に寄与していると推定される。
好ましい複合窒化物層または複合炭窒化物層の面積に対する、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒の面積割合は70%以上である。また、より好ましい複合窒化物層または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造である結晶粒の面積に対する、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒の面積割合は80%以上である。
また、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値)を求めた場合に該結晶粒内平均方位差(GOS値)が1度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で50%未満、または、2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%未満であることが好ましい。これは、該結晶粒内平均方位差(GOS値)が1度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で50%以上、または、2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%以上の被覆層は、ともに結晶粒に歪あるいは欠陥が多く入り、結晶粒の靱性向上や耐酸化性向上の効果が小さくなることがあるという理由による。
【0018】
NaCl型の面心立方構造を有するAlとTi複合窒化物または複合炭窒化物の面積割合:
TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層はNaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物層または複合炭窒化物の結晶粒を含むことで優れた耐摩耗性を発揮し、前記複合窒化物または複合炭窒化物層に占める前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合が95%以上で特に優れた耐摩耗性を発揮する。
【0019】
縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物層または複合炭窒化物のNaCl型の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均結晶幅Wと平均アスペクト比A:
TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層内のNaCl型の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2.0μm、平均アスペクト比Aが2〜10となる柱状組織となるように構成することにより、靭性および耐摩耗性が向上するという前述した効果をより一層発揮させることができる。
すなわち、平均粒子幅Wを0.1〜2.0μmとしたのは、0.1μm未満では、被覆層表面に露出した原子における(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)結晶粒界に属する原子の占める割合が相対的に大きくなることにより、被削材との反応性が増し、その結果、耐摩耗性を十分に発揮することができず、また、2.0μmを超えると硬質被覆層全体における(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)結晶粒界に属する原子の占める割合が相対的に小さくなることにより、靭性が低下し、耐チッピング性を十分に発揮することができなくなるためである。
また、平均アスペクト比Aが2未満の場合、十分な柱状組織となっていないため、アスペクト比の小さな等軸結晶の脱落を招き、その結果、十分な耐摩耗性を発揮することができない。一方、平均アスペクト比Aが10を超えると結晶粒そのものの強度を保つことができず、かえって、耐チッピング性が低下するため好ましくない。
なお、本発明において、平均アスペクト比Aとは、走査型電子顕微鏡を用い、幅100μm、高さが硬質被覆層全体を含む範囲で硬質被覆層の縦断面観察を行った際に、工具基体表面と垂直な被覆断面側から観察し、基体表面と平行な方向の粒子幅w、工具基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。
【0020】
下部層と上部層:
本発明の表面被覆切削工具が有するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、それだけでも十分に前記効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、合計で0.1〜20.0μmの平均層厚を有する下部層を設けた場合、および/または、合計で1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層を設けた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層優れた特性を創出することができる。Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0021】
なお、本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層の断面を模式的に
図3に示す。
【実施例】
【0022】
次に、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、実施例としては、WC基超硬合金を工具基体とする被覆工具について述べるが、工具基体としてTiCN基サーメットおよびcBN基超高圧焼結体を用いた場合も同様である。
【実施例1】
【0023】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0024】
次に、これらの工具基体A〜Cの表面に、CVD装置を用い、
(a)表3、表4に示される形成条件A〜G、すなわち、NH
3、N
2とH
2からなるガス群Aと、AlCl
3、TiCl
4、Al(CH
3)
3、H
2からなるガス群Bをそれぞれ供給する。
(b)供給に当たり、ガス群AにおけるNH
3供給量を比較的少なくし、ガス群AにN
2をNH
3の少なくとも4倍以上供給した上で、N
2/(AlCl
3+Al(CH
3)
3)が大きくなり過ぎないことが本発明に係る硬質被覆層を得るために好ましい。
(c)より具体的には、反応ガス組成は、容量%(ガス群Aとガス群Bの合計に対する
割合)で表して、
ガス群A NH
3:1.0〜1.9%、N
2:6.0〜10.0%、H
2:40.0〜50.0%
ガス群B AlCl
3:0.60〜0.90%、TiCl
4:0.10〜0.40%、Al(CH
3)
3:0.00〜0.10%、H
2:残部
(d)反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa
反応雰囲気温度:700〜900℃
供給周期:1〜5秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15〜0.25秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.10〜0.20秒
として、所定時間、熱CVD法を行い、結晶粒内局所方位差平均1度未満を示す結晶粒が表5に示される割合で存在し、同表に記載の厚みを有する(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を含む硬質被覆層を形成した本発明被覆工具1〜15を製造した。
なお、一部の本発明被覆工具については、表2に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0025】
また、比較の目的で、工具基体A〜Cの表面に、表3、表4に示される条件で本発明被覆工具1〜15と同様に、少なくともTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。なお、本発明被覆工具と同様に、一部の比較被覆工具については、表2に示される形成条件で、表6に示される下部層および/または上部層を形成した。
【0026】
本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜15の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めた。
【0027】
また、複合窒化物層または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合x
avgについては、電子線マイクロアナライザ(Electron−Probe−Micro−Analyser:EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合x
avgを求めた。Cの平均含有割合y
avgについては、二次イオン質量分析(Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合y
avgはTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。
【0028】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、隣接するピクセル間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界とし、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒とし、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間で結晶粒内方位差を求め、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満となる結晶粒がTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造である結晶粒全体に占める面積割合および該結晶粒内平均方位差(GOS値)が1度以上あるいは2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層のNaCl型の面心立方構造である結晶粒全体に占める面積割合を求めた。その結果を表5および表6に示す。
図4に、本発明被覆工具7について測定した結晶粒内局所方位差平均(GAM値)のヒストグラムの一例を示し、また、
図5には、比較被覆工具4について測定した結晶粒内平均方位差平均のヒストグラムの一例を示す。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
【表3】
【0032】
【表4】
【0033】
【表5】
【0034】
【表6】
【0035】
次に、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径50mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜8、比較被覆工具1〜8について、以下に示す切削条件Aで、鋳鉄の高速断続切削の一種である湿式フライス切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表7に示す。
≪切削条件A≫
工具基体:WC基超硬合金
切削試験:湿式フライス切削加工、
被削材:ダクタイル鋳鉄FCD 700幅100mm、長さ400mmのブロック材
回転速度:994 min
−1、
切削速度:350 m/min、
切り込み:1.0 mm、
一刃送り量:0.4 mm/刃、
切削時間:6分
(通常の切削速度は、200m/min)
【0036】
また、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具9〜15、比較例被覆工具9〜15について、以下に示す切削条件Bで、鋳鉄の乾式高速断続切削試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表8に示す。
≪切削条件B≫
工具基体:WC基超硬合金
被削材:JIS・FCD800 長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒
切削速度:350 m/min、
切り込み:1.5 mm、
一刃送り量:0.2 mm/刃、
切削時間:4分
(通常の切削速度は、200m/min)
【0037】
【表7】
【0038】
【表8】
【0039】
表7および表8に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の立方晶結晶粒内において、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒の割合が面積割合で60%以上であるため、優れた耐酸化性を発揮し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靱性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮している。
【0040】
これに対して、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物層または複合炭窒化物層を構成するNaCl型の立方晶結晶粒内において、結晶粒内局所方位差平均(GAM値)が1度未満を示す結晶粒の割合が面積割合で60%未満の比較被覆工具1〜15については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、皮膜の靱性、耐酸化性が劣り、熱亀裂、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたっている。