特許第6852095号(P6852095)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6852095発色ステンレス鋼板、発色ステンレス鋼コイル及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6852095
(24)【登録日】2021年3月12日
(45)【発行日】2021年3月31日
(54)【発明の名称】発色ステンレス鋼板、発色ステンレス鋼コイル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/34 20060101AFI20210322BHJP
   C25D 11/38 20060101ALI20210322BHJP
   B21B 1/22 20060101ALI20210322BHJP
   B21B 3/02 20060101ALI20210322BHJP
   C23C 22/24 20060101ALI20210322BHJP
【FI】
   C25D11/34 301
   C25D11/38 302
   B21B1/22 L
   B21B3/02
   C23C22/24
【請求項の数】4
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2018-565603(P2018-565603)
(86)(22)【出願日】2018年1月31日
(86)【国際出願番号】JP2018003194
(87)【国際公開番号】WO2018143267
(87)【国際公開日】20180809
【審査請求日】2019年10月29日
(31)【優先権主張番号】特願2017-15643(P2017-15643)
(32)【優先日】2017年1月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000163442
【氏名又は名称】アベル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079577
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 全啓
(72)【発明者】
【氏名】居相 英機
(72)【発明者】
【氏名】居相 浩介
(72)【発明者】
【氏名】青木 善一
【審査官】 西田 彩乃
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−346364(JP,A)
【文献】 特開2000−087259(JP,A)
【文献】 特開平02−305974(JP,A)
【文献】 特開昭62−196394(JP,A)
【文献】 特開2004−307948(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/34
C25D 11/38
B21B 1/22
B21B 3/02
C23C 22/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼板表面に0.05μm以上1.0μm以下の厚さの発色皮膜層を有し、
前記発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは250以上550以下であり、
前記発色皮膜層の表面における算術平均粗さRaは0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度を有し、
前記発色皮膜層の表面に、冷間圧延により形成され、光学顕微鏡または走査電子顕微鏡による拡大像が波状の縞模様として観察される変形帯を有する、発色ステンレス鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の発色ステンレス鋼板を、コイル状に巻回してなる、発色ステンレス鋼コイル
【請求項3】
ステンレス鋼板表面に化学発色もしくは電解発色または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、
前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さと、前記発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは250以上550以下であり、前記発色皮膜層の表面における算術平均粗さRaは0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度に調製する圧延工程とを含む、発色ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
ステンレス鋼板表面に化学発色もしくは電解発色または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、
前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さと、前記発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは250以上550以下であり、前記発色皮膜層の表面における算術平均粗さRa0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度に調製する圧延工程と、
前記圧延工程により冷間圧延された発色ステンレス鋼板をコイル状に巻回して、発色ステンレス鋼コイルを得る巻回工程とを含む、
発色ステンレス鋼コイルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、化学発色法もしくは電解発色法(いずれもバッチ処理)またはコイル発色法(連続発色法)で製造される発色ステンレス鋼板、発色ステンレス鋼コイル及びその製造方法に関する。特に、プレス成形において耐型かじり性と成形性に優れ且つ成形品の強度の高いステンレス冷延(冷間圧延)鋼板、冷延鋼コイル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
先ず、本明細書において、鋼帯とは、幅方向に比べ長さ方向が長い長尺の板状鋼体を言う。また、鋼板とは、鋼帯から所要の長さで切り出した切り板を言う。さらに、コイルとは、鋼帯を螺旋状に巻取ったものを言う。
図10に示すように、ステンレス鋼(発色ステンレス鋼板)100は、ステンレス素地(ステンレス鋼板)101の表面に酸化皮膜(発色皮膜層)102が生成されている。この酸化皮膜(発色皮膜層)102が、光の干渉膜として作用する。このためステンレス鋼(発色ステンレス鋼板)100は、種々の色を呈する。
すなわち、ステンレス鋼100への入射光L0は、酸化皮膜102表面で反射する反射光L1と、ステンレス素地101表面で反射する反射光L2とに分かれ、これら反射した2種類の光L1,L2が、波の性質で互いに干渉し合い、酸化皮膜102の厚みに応じた色の光が強調される。
【0003】
ステンレス鋼の発色法の代表例として、例えば特許文献1に開示されている化学発色法および例えば特許文献2に開示されている電解発色法がある。
【0004】
化学発色法、あるいは電解発色法により製造されたステンレス鋼板では、発色皮膜層は、クロムの(水)酸化物が主体となる。この発色皮膜層は、せいぜい1.5μmと薄い。この発色皮膜層の厚みによる光の干渉効果及び発色皮膜層自体の色味により、発色ステンレス鋼板は、ブロンズ,青,ゴールド,赤,緑など種々の色合いを醸し出すことが出来る。
【0005】
そのため、要求される意匠性に応じて、発色ステンレス鋼板は、種々の形状の成形加工品に加工され、使用されてきた。
【0006】
このような発色ステンレス鋼板は、建材関係の内装及び外装等の建材分野に多用されている。そしてその板厚は0.5mm厚以上が大半である。しかし、特に最近では、光学的特性を活かした機能性部材や、軽薄短小の傾向を反映した発色ステンレス鋼板の小型の成形加工品において、0.5mm厚以下の薄板の使用が増大している。このため、成形後の成形品の剛性が要求されるケースが増えてきている。
【0007】
ステンレス鋼板では、焼きなましによって軟質になる2B材、2D材やBA材等がある。しかしながら、上記のごとく板厚の小さな発色ステンレス鋼板のプレス成形加工品では変形しやすい。このため、その強度を高める必要がある。
【0008】
従来、建材分野において強度を高めた発色ステンレス鋼板の成形品が要求される場合、発色した美麗な表面を保持するという観点から、冷間圧延してステンレス鋼板の表面硬度を高めたステンレス鋼板の調質材を用いる。そしてこのステンレス鋼板の調質材に、プレス加工等の成形を行った後、最後に化学発色または電解発色を施す方法が用いられている。
【0009】
冷間圧延は、図11より明らかなように、何れのステンレス鋼板にあっても圧下率が増加すると共にビッカス硬さが増大する。SUS304 2Bのようなオーステナイト系ステンレス鋼板よりも、SUS443CT 2Bのようなフェライト系ステンレス鋼板の方が、圧延しても硬くなりにくいという特徴がある。
【0010】
ところで、0.5mm厚以下の薄い用途、特に光学特性などの機能性が目的の用途では、発色ステンレス鋼板は、成形加工性と耐型かじり性に優れ、成形品が高い剛性を有することが要求される場合が多くなってきている。型かじりとは、ダイ等のプレス金型と素材との接触によって生じる焼き付きであり、特に過酷な変形を受ける素材のダイとの接触によって生じやすい。
【0011】
また、一般に、ステンレス鋼は、熱伝導率が低い。このため、プレス成型時にプレス金型と焼き付きを生じやすい。そして、金型の損耗によりコストアップを招く。これを防止するために、プレス油中の極圧添加剤を塩素系や硫黄系にする対策や、プレス油の粘性を上げる対策が取られている。
【0012】
例えば、特許文献3に開示されている金属薄板の技術は、金属板の少なくとも一方の表面に、Fe−Ni−O系皮膜を形成させるものである。その目的は、アルミニウム、ステンレスおよび鋼等の各薄板に共通的に、特にプレス成形性に優れ、更にスポット溶接性、接着性および化成処理性にも優れた金属薄板を得るために適した金属板の表面皮膜を開発することである。望ましくは、皮膜の付着量が、皮膜中金属元素の合計量換算で10mg/m2以上1500mg/m2以下の範囲内、Fe含有量(wt%)とNi含有量(wt%)との和に対するFe含有量(wt%)の比率が、0.004以上0.9以下の範囲内、且つ、酸素含有量が、0.5wt%以上10wt%以下の範囲内にあるFe−Ni−O系皮膜を形成させるものである。その際、金属薄板の耐型かじり性及びプレス成形性を改善するために、高粘性の潤滑油(プレス油)を用いなければならない。また、成形後は高粘性のプレス油をきれいに洗浄する必要がある。
【0013】
また、特許文献4に開示されているフェライト系ステンレス鋼板の技術は、深絞り性に極めて優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。このフェライト系ステンレス鋼板は、極めて厳しいプレス加工が可能である。この目的を達成するために、このステンレス鋼板は、摩擦係数μが0.21以下である表面皮膜を有する。また、ランクフォードr値の、異方性を考慮した平均値rが1.9以上である。さらに、限界絞り比が2.50以上である、プレス成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板である。このステンレス鋼板は、特定量のC,N,Cr,Si,Mn,P,S,Alを含有し、さらにTi,Nb,Zrの1種以上を含有する。残部は、鉄及び不可避的不純物からなる。必要に応じて、Mg,B,Mo,Ni,Cu,Vの1種以上をさらに含有しても良い。さらにこのフェライト系ステンレス鋼板の技術は、熱間圧延後に冷間圧延及び焼鈍を特定の組み合わせ、特定の冷間圧延率で施すものである。但し、型かじり性及びプレス成形性を改善するためには、固体潤滑剤を形成しなければならない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公昭52−32621号公報
【特許文献2】特開平06−299394号公報
【特許文献3】特開平10−60663号公報
【特許文献4】特開2004−60009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ところで、一般に、冷間圧延を施した強度の高いステンレス鋼板は、さらに成形性に劣る。特に、プレス成形時において強度が増大するに従い、加工割れや型かじり(焼き付き)がより発生し易い。すなわち、強度や剛性を有するSUS304の1/2H、3/4Hなどの調質材は、プレス成形性が劣り、また型かじりも発生しやすいという問題点があった。
【0016】
しかし、上述のプレス油による対策のうち、前者の対策、すなわち、プレス油中の極圧添加剤を塩素系や硫黄系にする対策では、廃棄したプレス油を焼却する際ダイオキシンが発生するなどの環境面や発色皮膜層の耐食性が低下するなどの問題がある。また、後者の対策、すなわち、プレス油の粘性を上げる対策では、プレス成形後の脱脂工程で多大なコストアップを招くという問題がある。
【0017】
したがって、非塩素系などの極圧添加剤や低粘性のプレス油を用いても、成形性が高く、型かじりが生じにくく、形状凍結性の観点から成形品の強度が高い発色ステンレス鋼板及び鋼コイルの出現が望まれていた。
【0018】
また一方、建材分野では、プレス成形加工後の成形品に化学発色や電解発色処理を施す。このため、成形品を連続的に発色することが出来ない。従って、ある程度の成形品を纏めてバッチ式で発色処理を行う必要がある。それゆえ、生産性に劣るという問題点もあった。
【0019】
この発明は、上記のような従来のものの問題点を解決するためになされたものである。その目的は、成形性が高く、型かじりが生じにくく、形状凍結性の観点から成形品の強度が高いうえ、生産性も高い発色ステンレス鋼の冷延鋼板、鋼コイル、及びその製造方法を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
これらの観点から鋭意検討した結果、本件発明者は、事前に発色を施したステンレス鋼板やステンレス鋼帯(発色ステンレス鋼板が切り出される前の未切断発色ステンレス鋼板)に対し、冷間圧延を施し、ステンレス鋼板の表面ビッカス硬さHvを250以上550以下の範囲に保持し、0.05μm以上1.0μm以下の厚みの発色層に調製することにより、そのプレス成形性および耐焼き付き性が、単に発色皮膜層のない無垢のステンレス鋼板を冷間圧延してビッカス硬さを高め、その後発色したものに比べ、改善することを見出した。
本発明は、この知見に基づきなされたものである。
即ち、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、ステンレス鋼板表面に0.05μm以上1.0μm以下の厚さの発色皮膜層を有し、前記発色皮膜層の表面に、冷間圧延により形成され、光学顕微鏡または走査電子顕微鏡による拡大像が波状の縞模様として観察される変形帯を有するものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvが250以上550以下であるものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記発色皮膜層の表面における算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度を有するものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼コイルは、以上のいずれかの発色ステンレス鋼板をコイル状に巻回してなるものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板の製造方法は、ステンレス鋼板表面に化学発色法もしくは電解発色法または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さに調製する圧延工程とを含むものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼コイルの製造方法は、ステンレス鋼板表面に化学発色法もしくは電解発色法または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さと、表面の算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下に調製する圧延工程と、前記圧延工程により冷間圧延された発色ステンレス鋼板をコイル状に巻回して、発色ステンレス鋼コイルを得る巻回工程とを含むものである。
さらに、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、少なくとも一方の主面が発色されるべきステンレス鋼板と、前記ステンレス鋼板の発色されるべき主面に形成された発色皮膜層とを備えた発色ステンレス鋼板であって、前記発色ステンレス鋼板を冷間圧延することにより表面硬さを制御し、少なくとも一方の主面の前記発色皮膜層の厚みを制御するとともに、前記冷間圧延により、前記発色ステンレス鋼板の少なくとも一方の発色被膜層を備えた主面にプレス油の油溜りとなるべき微小な凹凸が形成されるものである。勿論、ステンレス鋼板の両主面に前記発色被膜層が形成されていても、本願の趣旨を何ら損ねるものではない。
すなわち、本発明に係る発色ステンレス鋼板の前記粗面化は、前記冷間圧延の圧延変形により前記発色ステンレス鋼板に形成された変形帯が生じ、前記発色ステンレス鋼板の少なくとも一方の発色被膜層を備えた主面に微小な段差が生じることによりなされるものである。
さらに、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記変形帯の微小な凹凸の他に、前記発色ステンレス鋼板に、表面が粗面化されたロールを用いた前記冷間圧延を行うことによる発色層を有する主面の粗面化が加わり、プレス時でのプレス油の油溜りが強化されるものである。
【0021】
上述の知見による改善効果の原因は、0.05μm以上の厚みの発色皮膜層によりプレス成形時において金型との耐焼き付き性が改善される点が考えられる。さらに、発色ステンレス鋼板は、その後の冷間圧延によって、図1図9(b)参照)に示すような、発色皮膜層の表面3に、冷間圧延により形成された変形帯5に起因した微小な凹凸が生じる。この微小な凹凸による油溜り7に溜まったプレス潤滑油の油滴が、プレス加工時にプレス潤滑油の油切れを防止して、プレス加工時に潤滑効果をもたらすものと考えられる。
さらに、以下のような知見も見出した。すなわち、発色ステンレス鋼板の冷間圧延時のロール表面粗度を制御することにより、ステンレス鋼板の発色皮膜層の表面3における算術平均粗さRaを、0.05μm以上5.0μm以下に調整すれば、これらの特性がさらに向上することも見出した。
また、次のような知見も見出した。すなわち、発色ステンレス鋼板の冷間圧延後の、発色皮膜層におけるビッカス硬さHvが250以上550以下であれば、成形品の強度が高く、かつステンレス鋼のプレス加工性が高くなる。
【0022】
本知見により、従来の方法、すなわち、冷間圧延により強度を高めたステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯(ステンレス鋼板が切り出される前の未切断ステンレス鋼板である)をプレス加工し、そのプレス加工品に対し化学発色や電解発色を施す方法に比べ、発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯(発色ステンレス鋼板が切り出される前の未切断発色ステンレス鋼板である)を冷間圧延し、表面硬さと発色層の厚みを制御したステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯は、プレス成形性および耐型かじり性により優れており、その鋼板や鋼帯を用いることにより、発色処理工程をも含めた発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の高い剛性を有する成形加工品の生産性は、飛躍的に向上する。
この発明にかかるステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯において、限定理由を述べる。
【0023】
本発明において適用し得る、ステンレス鋼板の発色法としては、前述のように、化学発色法もしくは電解発色法がある。
【0024】
図9に、SUS304BA材の発色ステンレス鋼板の表面の観察結果(図9(a))と、それを50%冷間圧延した表面の観察結果(図9(b))を示す。これら図9(a)および図9(b)は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope; SEM)による発色ステンレス鋼板の発色皮膜層の表面3の拡大像である。なお、光学顕微鏡によっても同様の拡大像が得られる。図9(b)に示すように、変形帯の拡大像は、波状の縞模様として観察される。この拡大像によれば、冷間圧延により図1に示す発色皮膜層の表面3で変形帯5に起因した微小な凹凸が生じていることがわかる。発色ステンレス鋼板の冷間圧延率が10%未満では、図9(b)のごとき、発色皮膜層の表面3の凹凸が観察されず、プレス成形性が低い。プレス成形性には10%以上の冷間圧下率が好ましい。これに対し、冷間圧延後発色処理をしたものでは、化学発色反応または電解発色反応に起因するためか、上記発色皮膜層の表面3の微小な凹凸が観察されない。
【0025】
冷間圧延による発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の厚みは、0.05μm以上1μm以下の範囲が好ましい。
すなわち、発色皮膜層の厚みが0.05μm未満では、プレス加工時に型かじりが発生しやすくなる。
発色皮膜層の厚みが1.0μmを超えると、発色皮膜層とステンレス鋼板生地との密着性が悪くなり、プレス加工時に型かじりが発生しやすくなる。
従って、発色皮膜層の厚みが0.05μm以上1μm以下の範囲で、要求される色味に対応した発色皮膜層の厚みを選択する。この選択により、プレス加工時において成形性が良好で、且つ型かじりの発生を低減した発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯を提供することが出来る。
【0026】
発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは、250以上、550以下の範囲が好ましい。
すなわち、発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvが250未満では、プレス成形等の成形品の剛性が低い。またビッカス硬さHvがそれ以上であると、硬さの上昇と共に成形品の強度が増大する。しかし、ビッカス硬さHvが550を超えると、ステンレス鋼のプレス加工性が著しく低下する。
従って、発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは、250以上、550以下の範囲が好ましい。
【0027】
ところで、発色ステンレス鋼板をダル仕上げにする場合、最終パスのロール表面粗度は、ダル仕上げ発色ステンレス鋼板の表面粗度とほぼ同じである。その理由は、圧延の最終パスのみダルロールに切り替え、そのロール表面が発色ステンレス鋼板に転写されるためである。従って、冷間圧延のロールの面粗度を変化させることにより、冷間圧延された発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の表面粗度を制御すれば、プレス潤滑油の油切れをさらに防止できる。この場合、プレス成形性がさらに向上する。算術平均粗さ、Raが0.05μm未満ではプレス成形性が劣る。また、算術平均粗さRaが5μmを超えると、粗度に起因したプレス割れが発生しやすくなる。算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の範囲では、プレス時にプレス潤滑油が発色ステンレス鋼板表面に保持されやすい。その結果、潤滑効果が発揮され、プレス成形性と耐型かじり性が向上する。
【0028】
ステンレス鋼板は、フェライト系ステンレス鋼板、オーステナイト系ステンレス鋼板ともに化学発色または電解発色によって発色可能なステンレス鋼板であれば、本発明の効果は損なわれない。このため、鋼種限定はしない。また、発色する前のステンレス鋼板の表面仕上げは、BA材や2B材の他に鏡面、ヘアライン、研磨材などがある。これらは同様に有効であるので、本願発明においては、規定しない。また、オーステナイト系ステンレス鋼板は、冷間圧延しても磁性が生じにくい非磁性鋼もあるが、これも本願発明の範囲に含まれる。
また、主にステンレス鋼板、ステンレス鋼帯について説明しているが、冷間圧延により発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さの範疇に入るように調製可能であれば、他の形状のステンレス鋼材であってもよい。これも本願発明の範囲に入る。
【発明の効果】
【0029】
この発明によれば、プレス成形性および耐型かじり性により優れており、その鋼板や鋼帯を用いることにより、発色処理工程をも含めた発色ステンレス鋼の高い剛性を有する成形加工品の生産性を飛躍的に向上できる、発色ステンレス鋼の冷延鋼板、発色ステンレス鋼コイルおよびその製造方法が得られる。
【0030】
この発明の上述の目的、その他の目的、特徴および利点は、図面を参照して行う以下の発明を実施するための形態の説明から一層明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、この発明にかかる発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の一例を示す断面図である。
図2図2は、この発明にかかる発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の製造工程を示す工程図である。
図3図3は、この発明にかかる発色ステンレス鋼板の化学発色工程の一例を示す工程図である。
図4図4は、この発明にかかる発色ステンレス鋼板の化学発色工程および硬膜処理工程に使用する装置の一例を示す図であり、図4(a)は、ステンレス鋼板を浸漬して発色する化学発色装置を示す図、図4(b)は、これにさらに硬膜処理を行う硬膜処理装置を示す図である。
図5図5は、この発明にかかる発色ステンレス鋼板の電解発色工程に使用する電解発色装置の一例を示す図であり、図5(a)は、その図解図、図5(b)は、その浴およびその周辺を示す図である。
図6図6は、この発明にかかる発色ステンレス鋼帯の連続発色に使用するコイル発色法の概要を示す図である。
図7図7は、この発明にかかる発色ステンレス鋼帯の圧延工程に用いる4段圧延機を示す図である。
図8a図8aは、この発明にかかる発色ステンレス鋼板を使用した一例である、スマートフォンのベゼルの平面図である。
図8b図8bは、この発明にかかる発色ステンレス鋼板を使用した一例である、スマートフォンのベゼルの斜視図である。
図9図9は、発色ステンレス鋼板の発色皮膜表面を示す図であり、図9(a)は、圧延前の発色皮膜表面を撮影した写真を示す図、図9(b)は、圧延後の発色皮膜表面を撮影した写真を示す図である。
図10図10は、ステンレス鋼の発色原理を示す図である。
図11図11は、ステンレス鋼の硬さと圧下率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1に示すように、本願発明に係る発色ステンレス鋼板1は、ステンレス鋼板10の表面に、発色皮膜層11を有する。これらステンレス鋼板10および発色皮膜層11からなる発色ステンレス鋼板1全体の厚さは、0.5mm以下、発色皮膜層11の厚さは、0.05μm以上1.0μm以下、発色皮膜層の表面3のビッカス硬さHvは、250以上550以下、発色皮膜層の表面3の表面粗度は、算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の粗さを有する。
【0033】
この発色ステンレス鋼板1は、発色後の冷間圧延による塑性変形により、変形帯5が形成されている。変形帯5による発色皮膜層の表面3の段差が微小な凹凸となり、その凹部は、油溜り7となる。冷間圧延後のプレス成形時に使用するプレス油の油滴がこの油溜り7に保持されるため、プレス加工時にプレス潤滑油の油切れを防止して、プレス加工時に潤滑効果をもたらすものと考えられる。なお、変形帯5は、光学顕微鏡または走査電子顕微鏡による拡大像において、波状の縞模様として観察しうる。
【0034】
この発色ステンレス鋼板は、図2に示すように、まず、化学発色法もしくは電解発色法(いずれもバッチ処理)によりステンレス鋼板表面に発色皮膜層を形成する。あるいは、発色ステンレス鋼板が切り出される前の未切断鋼板である発色ステンレス鋼帯は、ステンレス鋼板が切り出される前の未切断鋼板であるステンレス鋼帯表面に、コイル発色法(連続発色法)により、発色皮膜層を形成する(発色工程20)。このようにして作製された発色ステンレス鋼板又は発色ステンレス鋼帯を冷間圧延により圧延して(圧延工程21)、発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さに調製した0.5mm厚以下の発色ステンレス鋼板、又は発色ステンレス鋼帯を製造する。さらには、このようにして製造された発色ステンレス鋼帯を巻回して(巻回工程)、発色ステンレス鋼コイルを製造したものである。
【0035】
上述のように、本願発明の発色ステンレス鋼板(発色ステンレス鋼帯を含む)又は発色ステンレス鋼コイルを製造するにあたり、まず、ステンレス鋼板(ステンレス鋼帯を含む)に、発色皮膜層の形成を行う。この発色皮膜層は、ステンレス鋼板の場合、化学発色法もしくは電解発色法によるバッチ処理により、ステンレス鋼帯の場合、コイル発色法による連続発色法により、これを形成できる。
【0036】
化学発色法における、ステンレス鋼板表面上への一般的な発色方法は、高濃度の重クロム酸塩・硫酸からなる高温溶液中に、10分以上1000分以下程度の自然浸漬法によりステンレス鋼板を浸漬し、酸化皮膜を形成している。
【0037】
インコ(INCO)法と呼ばれるこの方法は、例えば図3に示すように、脱脂工程30、水洗工程31、表面活性化工程32、水洗工程33、酸化(発色)工程34、水洗工程35、硬膜処理(乾燥)工程36、水洗工程37、乾燥工程38の各工程からなる。
【0038】
図4は、酸化(発色)工程34および硬膜処理工程36に使用される装置を示す。すなわち、図4(a)は、化学発色装置、図4(b)は、硬膜処理装置である。化学発色装置は、ライニング42により内張りされた外槽41に満たした酸化液43、例えば強力な酸化剤である酸化クロムCrO3を硫酸に溶かした溶液に、ステンレス鋼板45、例えばSUS304を浸漬するように構成されている。硬膜処理装置は、化学発色装置の発色槽と同様の槽と、ステンレス鋼板45の対極としての白金電極44と、白金電極44とステンレス鋼板45との間に電位を与える直流電源46とから成っている。
【0039】
化学発色において、まず、脱脂工程30では、アルカリを用いてステンレス鋼板45表面の油脂等の汚れを除く。水洗工程31では、ステンレス鋼板45表面に残存するアルカリ分を水洗により除く。表面活性化工程32では、脱脂したステンレス鋼板45表面を10%塩酸で良くエッチングして活性化する。水洗工程33では、ステンレス鋼板45表面に残存する塩酸分を水洗により除去する。酸化(発色)工程34では、図4(a)に示すような化学発色装置を用い、ステンレス鋼板45を8%の酸化クロムCrO3及び硫酸水溶液に浸漬し、温度80℃、電位を与えない自然電位で酸化被膜の厚さに応じ5〜15分酸化する。水洗工程35では、ステンレス鋼板45表面に残存する酸化クロムCrO3及び硫酸分を水洗により除去する。次にステンレス鋼板45表面に形成された酸化被膜(発色皮膜層)の耐食性を高めるための硬膜処理を、硬膜処理工程36で行う。硬膜処理工程36では、図4(b)に示すような、酸化(発色)工程34と同様の槽を持つ硬膜処理装置を用い、ステンレス鋼板45を5%の酸化クロムCrO3及び燐酸溶液に浸漬し、常温で電流密度0.01A/cm2となるような電位を2〜5分与える。水洗工程37では、ステンレス鋼板45表面に残存する酸化クロムCrO3及び燐酸分を、水洗により除去する。乾燥工程38では、ステンレス鋼45表面の水分を除き、全工程を終了する。
【0040】
また、電解発色法では、例えば、図5に示すような電解発色装置50を使用する。この電解発色装置50において、浴64内に充填した、例えば硫酸水溶液あるいは硫酸に酸化クロムCrO3を加えた水溶液(液温50〜90℃)66中で、定電流電源52の極性を切替える極性転換スイッチ54の一方の出力を、電流計56を介して接続具58aによりステンレス鋼板60に、極性転換スイッチ54の他方の出力を、接続具58bにより対極板62にそれぞれ接続する。極性転換スイッチ54により定電流電源52の極性を交互に切替え、陽極電解処理および陰極電解処理を5秒間ずつ交互に繰り返し行う。この処理により、ステンレス鋼板60の表面に酸化皮膜(発色皮膜層)が形成され、ステンレス表面が発色する。なお、水溶液66は、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムの少なくとも一方を含む80〜100℃の水溶液を使用してもよい。
以上は、交番電解処理の場合の例である。
直流電解処理として陽極電解処理を行う場合は、極性転換スイッチ54を陽極側に固定する。あるいは、極性転換スイッチ54を省略し、定電流電源52の正側端子を、電流計56を介して接続具58aによりステンレス鋼板60に接続し、定電流電源52の負側端子を接続具58bにより対極板62に接続すればよい。
また、直流電解処理として陰極電解処理を行う場合は、極性転換スイッチ54を陰極側に固定する。あるいは、極性転換スイッチ54を省略し、定電流電源52の負側端子を、電流計56を介して接続具58aによりステンレス鋼板60に接続し、定電流電源52の正側端子を接続具58bにより対極板62に接続すればよい。
【0041】
ステンレス鋼板は、せいぜい1.5μm以下のクロムの(水)酸化物が主体の発色皮膜層の干渉膜及び発色皮膜層自身の色味により、ブロンズ,青,ゴールド,赤,緑など種々の色合いを醸し出すことが出来る。
このように、化学発色法または電解発色法による発色工程により発色された発色ステンレス鋼板は、例えば4段圧延機による圧延工程により冷間圧延されることにより変形帯が形成される。またさらに最終パスを粗面化したロールで圧延することにより、発色ステンレス鋼板の1つまたは2つの表面に形成されている発色層形成表面が同時に粗面化される。
この発色処理後の冷間圧延により、発色ステンレス鋼板の表面および裏面におけるビッカス硬さHvが250以上550以下に増し、さらに最終冷間圧延時のロールの表面粗度を制御することにより、これら両表面における算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度となる。この変形帯5による微小な凹凸の凹部が、冷間圧延の際に使用するプレス油の油溜り7となる。冷間圧延後のプレス成形時に使用するプレス油の油滴がこの油溜り7に保持され、油切れを防止することになる。また、冷間圧延での最終圧延のロールの粗面化による発色表面の表面粗度の制御によりプレス時でのプレス油の油切れの防止をさらに強化する。このため、本願の冷間圧延を施した発色ステンレス鋼板は、プレス成形性と耐型かじり性が向上し、その結果、量産性も向上する。
【0042】
また、コイル発色法は、例えば、図6に示すように、アンコイラー工程61、脱脂工程63、発色槽工程65、コイラー工程67からなる。まず、ステンレス鋼帯がコイル状に巻回されているステンレス鋼コイルから、アンコイラー工程61により、ステンレス鋼帯が繰り出される。その繰り出されたステンレス鋼帯の表面に付着している油膜が、脱脂工程63により除去される。その後、脱脂されたステンレス鋼帯が、発色槽工程65により連続して発色される。連続発色後の発色ステンレス鋼帯が、コイラー(巻回)工程67によりコイル状に巻き取られ、発色ステンレス鋼コイルとなる。
【0043】
次に、発色ステンレス鋼コイルから発色後の発色ステンレス鋼帯が繰り出され、圧延工程が実行される。圧延工程では、上述のいずれかの発色法により形成した発色皮膜層、例えば黒色の発色皮膜層を有する発色ステンレス鋼帯を冷間圧延する。この冷間圧延には、例えば、図7に示されるような4段圧延機70、あるいはより多段の多段式圧延機が用いられる。例えばこの4段圧延機は、モータ75により回転駆動される上下一対のワークロール(駆動ロール)71a,71bの間を、上述のようにして形成された、発色ステンレス鋼コイルから繰り出された発色ステンレス鋼帯1が通過することで、冷間圧延が行われる。上下一対のワークロール(駆動ロール)71a,71bは、それぞれ上下1対のバックアップロール(非駆動ロール)73a,73bにより支持される。
【0044】
なお、この図7は、1つのリバース式の4段圧延機を示した。しかしながら、これは一例であって、クラスターミル、ゼンジミア、多段圧延機等、での冷間圧延であっても特段問題がない。またこれら圧延機を複数、直列に設けたものであってもよく、特殊な圧延機や圧延技術、圧延条件は、必要としない。なお、ダル圧延を行う場合は、最終パスのみで行う。
【0045】
この4段圧延機により、冷間圧延を行い、最終パスを粗面化したロールで圧延することにより変形帯が形成される。その結果、発色ステンレス鋼帯の表面(発色皮膜層の表面)および裏面(発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層が形成されていない側の表面)が同時に粗面化され、発色皮膜層および全体が所望の厚みとなった薄い発色ステンレス鋼帯が得られる。この発色処理後の冷間圧延により、発色ステンレス鋼帯の表面および裏面のビッカス硬さHvが250以上550以下に増す。しかも発色ステンレス鋼帯の表面および裏面に、算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度を有する微小な凹凸が観測されるものとなる。この変形帯5による微小な凹凸の凹部が、冷間圧延の際に使用するプレス油の油溜り7となり、油切れを防止することにより、発色ステンレス鋼帯は、プレス成形性と耐型かじり性が向上し、その結果、量産性も向上する。
【0046】
さらに、4段圧延機70による冷間圧延された発色ステンレス鋼帯を、コイラー装置76により、例えば、鉄製の芯78を中心にコイル状に巻取ることにより(巻回工程)、発色ステンレス鋼コイル77が得られる。
なお、冷間圧延した後に、レベラー、テンションレベラー、テンションアニーリング等の、発色ステンレス鋼板または発色ステンレス鋼帯の矯正処理が必要となる場合もある。これらの矯正処理は、何ら本願発明の趣旨を損ねるものではなく、本願発明の権利範囲の範疇に入るものである。
また、上述の説明では、連続発色後の発色ステンレス鋼板を一旦コイル状に巻回して発色ステンレス鋼コイルとした。その後、その発色ステンレス鋼コイルから発色ステンレス鋼帯を繰り出し、冷間圧延を実行した後に、再度コイル状に巻回し、発色ステンレス鋼コイルを形成するようにした。但し、連続発色後の発色ステンレス鋼帯を、直ちに冷間圧延し、その冷間圧延後の発色ステンレス鋼帯をコイル状に巻回して発色ステンレス鋼コイルを形成するようにしてもよい。これら一連の処理は、いずれも本願発明の趣旨を損ねるものではなく、本願発明の権利範囲の範疇に入るものである。
【0047】
実施例
SUS304、SUS316、およびSUS443J1の鋼板を用い、表1Aに示す条件で化学発色処理を行った。また、表1Bおよび表1Cに示す条件で電解発色処理を行った。また、発色皮膜層の厚みは、発色処理時間を変更して発色皮膜厚を調製した。発色皮膜層の厚みは、高周波グロー放電発光表面分析装置(堀場製作所製GD−Profiler2)によりスパッタリングし測定した。硬度測定は、鋼板表面について、硬度測定装置(フューチュアテック製FM−ARS900)を用いてビッカス硬さの5点平均の値を測定し、測定荷重を50gとした。また、表面粗度については、表面粗度測定装置(東京精密製ハンディサーフE−35A)を用いて、算術平均粗さ Raの5点平均の値を測定した。
【0048】
【表1A】
【0049】
【表1B】
【0050】
【表1C】
【0051】
実験例1
SUS304の0.3mm厚のBA材及び1/2H材の200mm幅×300mm長さの鋼板を、表1A、表1Bおよび表1Cに示す条件で発色処理を行った。その後、実験室の4段圧延の小型圧延機を用いて、室温にていずれも0.2mm厚にリバース式で多パスの冷間圧延を行った。また、一方、SUS304のBA材及び1/2H材の0.3mm厚の鋼板を用い、実験室的に0.2mm厚まで冷間圧延を行った。その後、表1の条件で発色した。
耐型かじり試験評価方法として、円筒スウィフト深絞り試験を行った。この場合、パンチ径を40mmとし、パンチ進行速度を60mm/minにし、しわ押さえ力を12kNにし、ブランク径72mm、78mm及び84mmに変更して試験を行った。また、焼き付きの差異を検出しやすいように、低粘性のプレス油(粘度25センチストークス)を塗布して試験を行い、型かじりの有無などを調べた。
【0052】
表2に、SUS304BA材及び1/2H材についての円筒スウィフト深絞り試験の結果を示す。表2において、型かじり性については、円筒スウィフト深絞り試験で型かじりがなかったものを「○」で示した。また、型かじりがあったものを「×」で示した。また、表2において、プレス成形性については、円筒スウィフト深絞り試験の結果、完全に絞り抜けができ、しかも割れが発生しなかったものを「◎」で示した。また、完全に絞り抜け出来たが、パンチコーナー部に割れが発生したものを「○」で示した。さらに、絞り抜けの途中で割れが発生して、絞り抜けができなかったものを「×」で示した。
なお、表2中、発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲内であり、且つ発色処理後冷間圧延したものであれば、実施例としている。一方、発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲外か、または、この範囲内であっても、発色処理が冷間圧延後に行われる場合は、比較例としている。
【0053】
【表2】
【0054】
本実験では、低粘性のプレス油を用いているために限界絞り比は小さい。一方、比較例においては、発色被膜層の厚みが0.05μm未満の場合ステンレス鋼板とプレス金型との焼き付きによりパンチコーナー部に型かじりが発生し、プレス成形性が悪いことが明らかとなった。それに対して、本発明の実施例では、いずれも、一切型かじりが観察されなかった。しかもブランク径が大きくなりプレス成形性が過酷になる場合でもプレス成形性及び深絞り性も、冷間圧延後発色した場合の比較例に比べ極めて良好であった。
【0055】
実験例2
SUS316及びSUS443J1の0.3mm厚のBA材の鋼板を用い、表1の条件で電解発色を行い、発色皮膜層の厚みも変化させた。その後、実験室的に0.2mm厚に多パスの冷間圧延を行った。冷間圧延の最終パスにおいて、ロール表面をショットブラストまたは電解エッチングにより表面粗度を8水準変化させたものを用い、発色ステンレス鋼の冷延鋼板の発色皮膜層の表面における算術平均粗さ、Raを変化させた。これらの鋼板を用いてプレス成形性を評価した。プレス成形性試験として円筒スウィフト深絞り試験を行い、限界絞り比を求めた。この場合、低粘性のプレス油(粘度25センチストークス)を用い、パンチ径を40mmとし、パンチ進行速度を60mm/minにし、しわ押さえ力を12kN以上20kN以下の範囲で変更し、またブランク径を60mm以上100mm以下の範囲で変更して試験を行った。
深絞り試験の場合、ブランク径/パンチ径の比が絞り比になり、破断しないで絞れる限界が限界絞り比である。パンチ径は一定としているので、ブランク径が大きくなるほど、深絞りが難しくなる。勿論限界絞り比は、大きい方が深絞り性は良いことは言うまでもない。
【0056】
それらの結果を表3に示す。耐型かじり性に対しては、層厚0.05μm以上の発色皮膜層が有効であるが、算術平均粗さRaが本発明の請求範囲内であれば、いずれの鋼種も限界絞り比も極めて高いことは明白である。
【0057】
なお、この表3においては、発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲内および算術平均粗さが0.05μm以上5・0μm以下であれば実施例としている。逆に、発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲外か、もしくは、算術平均粗さが0.05μm以上5.0μm以下の範囲外の場合は、比較例としている。
【0058】
【表3】
【0059】
実験例3
SUS304の幅320mm、0.3mm厚のBA材の鋼帯(約300kg)を4分割し、その中の2つの4分割鋼帯は、表4の条件で電解発色を行い、発色皮膜層厚を2水準とした。4段圧延機(ワークロール径80mm)を用いて冷間圧延を行い、最終パスのロールの面粗度を調整し、0.2mm厚の鋼板とした。一方、残り2つの4分割鋼帯は、同様に冷間圧延を行い、表面粗度が2水準の鋼板としたのち、表4の条件で電解発色を行い、発色皮膜厚を2水準とした。プレス成形性や型かじりの評価として、実験例2と同様な円筒スウィフト深絞り試験を行って、限界絞り比を求めるとともに、型かじりの有無を確認した。
【0060】
【表4】
【0061】
それらの結果を表5に示す。この表5においては、発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲内であり、発色処理後に冷間圧延を行っていれば、実施例としている。発色皮膜層の厚さが0.05μm以上1.0μm以下の範囲外か、または、範囲内であっても冷間圧延後に発色処理が行われる場合は、比較例としている。
【0062】
発色皮膜層の層厚が小さな比較例3−1で、型かじりが生じる。また、冷間圧延後発色である比較例3−2は、発色皮膜層の層厚が十分あるため型かじりが生じない。とはいえ、算術平均粗さを本請求範囲内に調製すれば、限界絞り比は若干改善されるが、限界絞り比は比較例3−1と同様に低い。一方、実施例3−1および3−2では、型かじりがともに発生しない。算術平均粗さを本請求範囲内に調製した実施例3−2の限界絞り比が極めて高いことがわかる。
【0063】
【表5】
【0064】
実験例4
表5の実施例3−2を用いて、スマートフォン用ベゼルを試作した。図8a,図8bは、このスマートフォン用ベゼルの試作品を示す図である。図において、このベゼル80は、例えば、高さ137mm、幅74mm、立ち上がり(厚み)1mmの略長方形状の基体81を有する。その2つの長辺S1,S3とこれらと接する1つの短辺S2からなる3辺の辺縁部82は、基体81主面に対し垂直方向にわずかに突出するように折り曲げられた狭額縁形状となっている。また、基体81の残り1つの短辺S4の辺縁部83は、スマートフォンの底面に該当する。辺縁部83は、辺縁部82の狭額縁形状とは異なり幅広である。そのコーナー部C1,C2は、45°カットの切欠きとなっている。コーナー部付近のサポート部84,85およびサポート部84よりわずかに離れて形成されたサポート部86は、辺縁部82より幅広で高い。その形状は、スマートフォン本体との係合に適した形状となっている。
【0065】
このように、スマートフォン用のベゼルは、表面の平坦性が要求される建材とは異なり、薄さと強度の両立が要求される。このようなスマートフォン用のベゼルであっても、発色ステンレス鋼板のプレス加工によりこれを実現できる。その際、本製造方法によれば、型かじりが生じにくく、プレス成形性も増している。このため、コーナー部付近の形状が複雑化しても、生産性の低下を招くことなく加工が可能である。また、発色皮膜層の厚みを変えて、黒以外に発色させたベゼルとすることも可能である。
また、0.5mm以上の板厚を有するステンレス鋼板を、粗面化し、発色することも可能である。
以上のように、本発明の実施の形態は、前記記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。
すなわち、本発明の技術的思想及び目的の範囲から逸脱することなく、以上説明した実施の形態に対し、機序、形状、材質、数量、位置又は配置等に関して、様々の変更を加えることができるものであり、それらは、本発明に含まれるものである。
【0066】
例えば、本願発明の他の実施の形態による発色ステンレス鋼板は、少なくとも一方の主面が発色されるべきステンレス鋼板と、前記ステンレス鋼板の発色されるべき主面に形成された発色皮膜層とを備えた発色ステンレス鋼板であって、前記発色ステンレス鋼板は、冷間圧延により塑性変形させることにより主面の硬さを調整し、少なくとも一方の主面の硬さと前記発色皮膜層の厚みを制御された塑性変形積層体であり、前記冷間圧延により、少なくとも一方の主面にプレス油の油溜りとなるべき微小な凹凸が形成されるものである。
また、前記微小な凹凸は、前記冷間圧延により前記塑性変形積層体の少なくとも一方の主面が粗面化されることにより形成されるものである。
また、前記粗面化は、前記冷間圧延により前記塑性変形積層体に形成された変形帯により、前記塑性変形積層体の少なくとも一方の主面に段差が生じることによりなされるものである。
さらに、前記変形帯は、前記塑性変形積層体に対し、表面が粗面化された圧延ロールにより前記冷間圧延を実行することで形成されるものである。
【産業上の利用可能性】
【0067】
この発明にかかる発色ステンレス鋼板、発色ステンレス鋼コイル、およびその製造方法は、薄物の発色ステンレスの強度と剛性が要求される成形加工品の用途において、金型でプレス成形されるプレス製品などに利用される。また、この発明によれば、型かじりが生じにくく、またプレス成形性に優れた発色ステンレス冷延薄鋼板や薄鋼帯が得られるので、プレス型等の寿命向上や、生産性を向上させ、金属加工業界に大いに貢献する。
【符号の説明】
【0068】
1 発色ステンレス鋼板
3 発色皮膜層の表面
5 変形帯
7 油溜り
10 ステンレス鋼板
11 発色皮膜層
20 発色工程
21 圧延工程
30 脱脂工程
31,33,35,37 水洗工程
32 表面活性化工程
34 酸化工程
36 硬膜処理工程
38 乾燥工程
41 外槽
42 ライニング
43 酸化液
44 白金電極
45 ステンレス鋼板
46 直流電源
50 電解発色装置
52 定電流電源
54 極性転換スイッチ
56 電流計
58a,58b 接続具
60 ステンレス鋼板
61 アンコイラー工程
62 対極板
63 脱脂工程
64 浴
65 発色槽工程
66 水溶液
67 コイラー工程
70 4段圧延機
71a,71b ワークロール
73a,73b バックアップロール
75 モータ
76 コイラー装置
77 発色ステンレス鋼コイル
78 芯
80 ベゼル
81 基体
82,83 辺縁部
84,85,86 サポート部
100 ステンレス鋼
101 ステンレス素地
102 酸化皮膜
S1,S3 長辺
S2,S4 短辺
C1,C2 コーナー部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8a
図8b
図9
図10
図11