【課題を解決するための手段】
【0020】
これらの観点から鋭意検討した結果、本件発明者は、事前に発色を施したステンレス鋼板やステンレス鋼帯(発色ステンレス鋼板が切り出される前の未切断発色ステンレス鋼板)に対し、冷間圧延を施し、ステンレス鋼板の表面ビッカス硬さHvを250以上550以下の範囲に保持し、0.05μm以上1.0μm以下の厚みの発色層に調製することにより、そのプレス成形性および耐焼き付き性が、単に発色皮膜層のない無垢のステンレス鋼板を冷間圧延してビッカス硬さを高め、その後発色したものに比べ、改善することを見出した。
本発明は、この知見に基づきなされたものである。
即ち、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、ステンレス鋼板表面に0.05μm以上1.0μm以下の厚さの発色皮膜層を有し、前記発色皮膜層の表面に、冷間圧延により形成され、光学顕微鏡または走査電子顕微鏡による拡大像が波状の縞模様として観察される変形帯を有するものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvが250以上550以下であるものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記発色皮膜層の表面における算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の表面粗度を有するものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼コイルは、以上のいずれかの発色ステンレス鋼板をコイル状に巻回してなるものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼板の製造方法は、ステンレス鋼板表面に化学発色法もしくは電解発色法または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さに調製する圧延工程とを含むものである。
また、本発明に係る発色ステンレス鋼コイルの製造方法は、ステンレス鋼板表面に化学発色法もしくは電解発色法または連続発色法により発色皮膜層を形成する発色工程と、前記発色工程により発色皮膜層が形成された発色ステンレス鋼板を冷間圧延し、前記発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さと、表面の算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下に調製する圧延工程と、前記圧延工程により冷間圧延された発色ステンレス鋼板をコイル状に巻回して、発色ステンレス鋼コイルを得る巻回工程とを含むものである。
さらに、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、少なくとも一方の主面が発色されるべきステンレス鋼板と、前記ステンレス鋼板の発色されるべき主面に形成された発色皮膜層とを備えた発色ステンレス鋼板であって、前記発色ステンレス鋼板を冷間圧延することにより表面硬さを制御し、少なくとも一方の主面の前記発色皮膜層の厚みを制御するとともに、前記冷間圧延により、前記発色ステンレス鋼板の少なくとも一方の発色被膜層を備えた主面にプレス油の油溜りとなるべき微小な凹凸が形成されるものである。勿論、ステンレス鋼板の両主面に前記発色被膜層が形成されていても、本願の趣旨を何ら損ねるものではない。
すなわち、本発明に係る発色ステンレス鋼板の前記粗面化は、前記冷間圧延の圧延変形により前記発色ステンレス鋼板に形成された変形帯が生じ、前記発色ステンレス鋼板の少なくとも一方の発色被膜層を備えた主面に微小な段差が生じることによりなされるものである。
さらに、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、前記変形帯の微小な凹凸の他に、前記発色ステンレス鋼板に、表面が粗面化されたロールを用いた前記冷間圧延を行うことによる発色層を有する主面の粗面化が加わり、プレス時でのプレス油の油溜りが強化されるものである。
【0021】
上述の知見による改善効果の原因は、0.05μm以上の厚みの発色皮膜層によりプレス成形時において金型との耐焼き付き性が改善される点が考えられる。さらに、発色ステンレス鋼板は、その後の冷間圧延によって、
図1(
図9(b)参照)に示すような、発色皮膜層の表面3に、冷間圧延により形成された変形帯5に起因した微小な凹凸が生じる。この微小な凹凸による油溜り7に溜まったプレス潤滑油の油滴が、プレス加工時にプレス潤滑油の油切れを防止して、プレス加工時に潤滑効果をもたらすものと考えられる。
さらに、以下のような知見も見出した。すなわち、発色ステンレス鋼板の冷間圧延時のロール表面粗度を制御することにより、ステンレス鋼板の発色皮膜層の表面3における算術平均粗さRaを、0.05μm以上5.0μm以下に調整すれば、これらの特性がさらに向上することも見出した。
また、次のような知見も見出した。すなわち、発色ステンレス鋼板の冷間圧延後の、発色皮膜層におけるビッカス硬さHvが250以上550以下であれば、成形品の強度が高く、かつステンレス鋼のプレス加工性が高くなる。
【0022】
本知見により、従来の方法、すなわち、冷間圧延により強度を高めたステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯(ステンレス鋼板が切り出される前の未切断ステンレス鋼板である)をプレス加工し、そのプレス加工品に対し化学発色や電解発色を施す方法に比べ、発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯(発色ステンレス鋼板が切り出される前の未切断発色ステンレス鋼板である)を冷間圧延し、表面硬さと発色層の厚みを制御したステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯は、プレス成形性および耐型かじり性により優れており、その鋼板や鋼帯を用いることにより、発色処理工程をも含めた発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の高い剛性を有する成形加工品の生産性は、飛躍的に向上する。
この発明にかかるステンレス鋼板もしくはステンレス鋼帯において、限定理由を述べる。
【0023】
本発明において適用し得る、ステンレス鋼板の発色法としては、前述のように、化学発色法もしくは電解発色法がある。
【0024】
図9に、SUS304BA材の発色ステンレス鋼板の表面の観察結果(
図9(a))と、それを50%冷間圧延した表面の観察結果(
図9(b))を示す。これら
図9(a)および
図9(b)は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope; SEM)による発色ステンレス鋼板の発色皮膜層の表面3の拡大像である。なお、光学顕微鏡によっても同様の拡大像が得られる。
図9(b)に示すように、変形帯の拡大像は、波状の縞模様として観察される。この拡大像によれば、冷間圧延により
図1に示す発色皮膜層の表面3で変形帯5に起因した微小な凹凸が生じていることがわかる。発色ステンレス鋼板の冷間圧延率が10%未満では、
図9(b)のごとき、発色皮膜層の表面3の凹凸が観察されず、プレス成形性が低い。プレス成形性には10%以上の冷間圧下率が好ましい。これに対し、冷間圧延後発色処理をしたものでは、化学発色反応または電解発色反応に起因するためか、上記発色皮膜層の表面3の微小な凹凸が観察されない。
【0025】
冷間圧延による発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の厚みは、0.05μm以上1μm以下の範囲が好ましい。
すなわち、発色皮膜層の厚みが0.05μm未満では、プレス加工時に型かじりが発生しやすくなる。
発色皮膜層の厚みが1.0μmを超えると、発色皮膜層とステンレス鋼板生地との密着性が悪くなり、プレス加工時に型かじりが発生しやすくなる。
従って、発色皮膜層の厚みが0.05μm以上1μm以下の範囲で、要求される色味に対応した発色皮膜層の厚みを選択する。この選択により、プレス加工時において成形性が良好で、且つ型かじりの発生を低減した発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯を提供することが出来る。
【0026】
発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは、250以上、550以下の範囲が好ましい。
すなわち、発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvが250未満では、プレス成形等の成形品の剛性が低い。またビッカス硬さHvがそれ以上であると、硬さの上昇と共に成形品の強度が増大する。しかし、ビッカス硬さHvが550を超えると、ステンレス鋼のプレス加工性が著しく低下する。
従って、発色皮膜層の表面におけるビッカス硬さHvは、250以上、550以下の範囲が好ましい。
【0027】
ところで、発色ステンレス鋼板をダル仕上げにする場合、最終パスのロール表面粗度は、ダル仕上げ発色ステンレス鋼板の表面粗度とほぼ同じである。その理由は、圧延の最終パスのみダルロールに切り替え、そのロール表面が発色ステンレス鋼板に転写されるためである。従って、冷間圧延のロールの面粗度を変化させることにより、冷間圧延された発色ステンレス鋼板もしくは発色ステンレス鋼帯の表面粗度を制御すれば、プレス潤滑油の油切れをさらに防止できる。この場合、プレス成形性がさらに向上する。算術平均粗さ、Raが0.05μm未満ではプレス成形性が劣る。また、算術平均粗さRaが5μmを超えると、粗度に起因したプレス割れが発生しやすくなる。算術平均粗さRaが0.05μm以上5.0μm以下の範囲では、プレス時にプレス潤滑油が発色ステンレス鋼板表面に保持されやすい。その結果、潤滑効果が発揮され、プレス成形性と耐型かじり性が向上する。
【0028】
ステンレス鋼板は、フェライト系ステンレス鋼板、オーステナイト系ステンレス鋼板ともに化学発色または電解発色によって発色可能なステンレス鋼板であれば、本発明の効果は損なわれない。このため、鋼種限定はしない。また、発色する前のステンレス鋼板の表面仕上げは、BA材や2B材の他に鏡面、ヘアライン、研磨材などがある。これらは同様に有効であるので、本願発明においては、規定しない。また、オーステナイト系ステンレス鋼板は、冷間圧延しても磁性が生じにくい非磁性鋼もあるが、これも本願発明の範囲に含まれる。
また、主にステンレス鋼板、ステンレス鋼帯について説明しているが、冷間圧延により発色皮膜層を0.05μm以上1.0μm以下の厚さの範疇に入るように調製可能であれば、他の形状のステンレス鋼材であってもよい。これも本願発明の範囲に入る。