特許第6852273号(P6852273)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6852273
(24)【登録日】2021年3月15日
(45)【発行日】2021年3月31日
(54)【発明の名称】テーラードブランク成形材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/322 20140101AFI20210322BHJP
   B23K 26/21 20140101ALI20210322BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20210322BHJP
   B21C 37/02 20060101ALI20210322BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20210322BHJP
   C21D 9/50 20060101ALN20210322BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20210322BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20210322BHJP
   C22C 38/38 20060101ALN20210322BHJP
   C22C 21/02 20060101ALN20210322BHJP
【FI】
   B23K26/322
   B23K26/21 F
   B21D22/20 G
   B21C37/02 A
   !C21D9/00 A
   !C21D9/50 101Z
   !C21D1/18 Q
   !C22C38/00 301T
   !C22C38/38
   !C22C21/02
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-78746(P2016-78746)
(22)【出願日】2016年4月11日
(65)【公開番号】特開2017-189781(P2017-189781A)
(43)【公開日】2017年10月19日
【審査請求日】2018年12月6日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】泰山 正則
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 康信
(72)【発明者】
【氏名】内藤 恭章
(72)【発明者】
【氏名】巽 雄二郎
【審査官】 正木 裕也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−220445(JP,A)
【文献】 特開2009−166050(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/322
B21C 37/02
B21D 22/20
B23K 26/21
C21D 1/18
C21D 9/00
C21D 9/50
C22C 21/02
C22C 38/00
C22C 38/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テーラードブランク成形材の製造方法であって、
2枚のアルミニウムめっき鋼板を突き合わせ、レーザビームを照射して、溶接する際、溶接進行方向に対向する方向に、前記鋼板の表裏面双方に気体を噴射しながら溶接して製造したテーラードブランク材を、ホットスタンプにより加工し、かつ、
当該テーラードブランク成形材の溶接部において、
上記溶接部の溶接金属のアルミニウムの平均濃度が、1.5質量%以下であり、
上記溶接金属の組織がマルテンサイトを面積率で80%以上含有し、
上記溶接金属の硬さと上記溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が、上記2枚のアルミニウムめっき鋼板のうち強度が低いアルミニウムめっき鋼板の硬さと板厚の積の値より高く、かつ、上記溶接金属の硬さと上記溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が682.5(HV・mm)以上であり、
上記溶接金属のうち、溶融境界から0.3mm以内、溶接部の表面から鋼板の板厚の1/4以内の領域のアルミニウム濃度が1.5質量%未満であることを特徴とするテーラードブランク成形材の製造方法。
【請求項2】
前記気体を噴射する方向は、溶融池直上を横切ることを特徴とする請求項1に記載のテーラードブランク成形材の製造方法。
【請求項3】
前記気体の噴射する鋼板面に対する角度は、0度以上30度以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のテーラードブランク成形材の製造方法。
【請求項4】
前記気体の噴射速度は、溶融池直上よりも溶融池周囲の速度が大きいことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のテーラードブランク成形材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の構造部材のような強度が要求される部材の製造に使用されるブランクに関し、複数の鋼板をあらかじめ溶接し、その後、高温でのプレス(いわゆるホットスタンプ)により、必要な強度を持った部材に加工されたテーラードブランク成形材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の観点から、COガス排出量削減のために自動車車体の軽量化が重要な課題となっている。そのひとつの対策として、高強度鋼板を適用する検討が進められており、鋼板の強度は、ますます高まっている。
【0003】
しかし、鋼板の高強度化はプレス成形時に必要なプレス力が高くなり、設備の大型化を伴って設備コストが増大することに加え、鋼板の高強度化に伴う成形の難しさによる金型の修正コスト、金型自体のメンテナンスコスト、形状凍結性向上のためのリストライキングによる生産性の劣化など、コスト増をもたらす様々な問題点が指摘されている。
【0004】
この問題を解決するひとつの方法としてホットスタンプが注目されている。ホットスタンプとは、鋼板を高温に加熱し、高温域でプレス加工する技術である。ホットスタンプは、鋼板をAc3変態温度以上に加熱し、熱間でプレス加工を施すことを特徴とし、金型による抜熱で急速に冷却し、プレス圧が掛った状態で変態を起こさせることにより、高強度でかつ形状凍結性の優れたプレス加工品を製造することができる技術である。
【0005】
一方、部品の軽量化、高機能化を実現する方法として、テーラードブランクがある。テーラードブランクとは、目的に応じて、複数の鋼板の端面をレーザ溶接などによって接合したプレス用素材であるテーラードブランク材を用いる方法である。テーラードブランク材は、異種鋼板をつなぎ合わせることにより、ひとつの部品の中で板厚や強度を自由に変化させることができるため、部品の軽量化や、高機能化が可能なことに加え、一体化による部品点数が削減できるメリットがある。
【0006】
近年では、さらなる軽量化・高機能化を目指し、上述の二つの技術を組合せた、すなわち、溶接されたテーラードブランク材をホットプレスにより製造する部材も見られている。
【0007】
一方、自動車用部材など耐食性を必要とするものの多くには、亜鉛系のめっき鋼板が用いられる。亜鉛系めっき鋼板を用いたブランクをホットスタンプする場合、ブランクは700~1000℃に加熱される。この温度は、亜鉛の沸点に近いため、加熱中に亜鉛は蒸発し、耐食性が損なわれる。このため、ホットスタンプ用のブランクには、亜鉛系のめっきに比べて沸点が高いAl系めっきが施された鋼板、いわゆるアルミニウムめっき鋼板を使用することが望ましい。
【0008】
しかし、アルミニウムめっき鋼板を溶接したテーラードブランク材をホットプレスすると、鋼板表面のAlめっき層が、溶接金属中に溶け込み、溶接金属の焼入れ性が低下するために、ホットスタンプ後に十分な継手強度が得られないことが知られている。
【0009】
特許文献1には、板の周囲に位置する領域からアルミニウムめっき層が取り除かれているアルミニウム合金めっき鋼が開示されている。
【0010】
特許文献2には、ホットスタンプ後の溶接金属の硬さと溶接金属の最も薄い部分の厚さの積が、低強度側の鋼板のホットスタンプ後の硬さと板厚の積よりも高くなるように、突合せ溶接する鋼板が組み合わされて溶接されているテーラードブランクが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5237263号公報
【特許文献2】特許第5316664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に開示される技術は、テーラードブランク材の製造のまえに、ブラシやレーザアブレーションにより溶接される部分のめっき層を取り除くことが必要なため、工数の増大やそのための設備が必要となるなどの課題がある。
【0013】
特許文献2に開示される技術は、ワイヤ添加により、溶接金属の成分を調整し、溶接部の焼き入れ硬度を確保することを骨子としている。特許文献2の技術によれば、継手強度の高いホットスタンプ用テーラードブランク材を得ることができるが、本発明者らが検討した結果、溶接ビード端(溶融境界近傍)には、Alの濃化した層が形成される場合があり、継ぎ手強度のバラツキを生じる場合があることが分かった。
【0014】
本発明は、上述した継ぎ手強度のばらつきを改善し、アルミニウムめっき鋼板を、溶接される部分のめっき層を取り除かずにそのまま突合せレーザ溶接して形成し、ホットプレスにより加工したテーラードブランク成形材であって、十分な安定した継手強度を有するテーラードブランク成形材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
ホットスタンプ用のテーラードブランク材では、ホットスタンプにより鋼板母材部は焼入されて硬くなる。ホットスタンプ後において必要な継手強度を確保するためには、ホットスタンプ後の溶接金属の硬さが、少なくとも、継手部を形成する鋼板のうちの低強度側の鋼板母材部の硬さと同等以上であるとともに、溶接ビード端のAl濃化域を生じないことが必要である。
【0016】
本発明者らは、アルミニウムめっき鋼板からなるブランクを溶接し、テーラードブランク材とする際に、ホットスタンプ後の低強度側の鋼板母材部と同等以上の硬さを有する溶接金属部が形成され、かつ、溶接ビード端にAl濃化域を生じないようにするための手段を検討し、その結果、そのような溶接金属部の形成に必要な条件を見出すことによって上記課題を解決した。
【0017】
そのようにしてなされた本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0018】
(1)テーラードブランク成形材の製造方法であって、複数枚のアルミニウムめっき鋼板を突き合わせ、レーザビームを照射して、溶接する際、溶接進行方向に対向する方向に、前記鋼板の表裏面双方に気体を噴射しながら溶接して製造したテーラードブランク材を、ホットスタンプにより加工し、かつ、当該テーラードブランク成形材の溶接部において、
上記溶接部の溶接金属のアルミニウムの平均濃度が、1.5質量%以下であり、上記溶接金属の組織がマルテンサイトを面積率で80%以上含有し、上記溶接金属の硬さと上記溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が、上記2枚のアルミニウムめっき鋼板のうち強度が低いアルミニウムめっき鋼板の硬さと板厚の積の値より高く、かつ、上記溶接金属の硬さと上記溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が682.5以上であり、上記溶接金属のうち、溶融境界から0.3mm以内、溶接部の表面から鋼板の板厚の1/4以内の領域のアルミニウム濃度が1.5質量%未満であることを特徴とするテーラードブランク成形材の製造方法。
(2)前記気体を噴射する方向は、溶融池直上を横切ることを特徴とする前記(1)のテーラードブランク成形材の製造方法。
(3)前記気体の噴射する鋼板面に対する角度は、0度以上30度以下であることを特徴とする前記(1)又は(2)のテーラードブランク成形材の製造方法。
(4)前記気体の噴射速度は、溶融池直上よりも溶融池周囲の速度が大きいことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかのテーラードブランク成形材の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、鋼板端部におけるAlめっきを除去することなく、アルミニウムめっき鋼板を突き合せレーザ溶接した継手強度の高いテーラードブランク成形材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の溶接装置の各構成を模式的に示した図である。
図2】ノズル及び噴流が上向き又は下向きに傾けられた例を示す図である。
図3】本発明の溶接装置に備えられるノズルを説明するための図である。
図4】本発明の溶接方法における噴流の速度分布と溶融池との関係を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
はじめに、本発明者らが検討した内容について説明する。なお、以下の説明においては、アルミニウムめっき鋼版を突き合わせ溶接したホットスタンプ用の素材をテーラードブランク材、テーラードブランク材をホットスタンプにより加工して得られる構造部材をテーラードブランク成形材という。
【0022】
ホットスタンプ用の鋼板はC含有量が高く、突合せレーザ溶接により形成された溶接金属は、溶接後の冷却で焼入され、母材より硬くなる。しかし、アルミニウムめっき鋼板を突合せレーザ溶接した場合には、レーザ光が直接照射されることにより、鋼母材とともに、溶融しためっき層のAlが溶接金属にほぼ均等に混入し、溶接金属中のAl濃度によっては、焼入性が低下して溶接後に十分な硬さを有する溶接した金属が得られない場合がある。
【0023】
一方、レーザ光の直接の照射により、溶融されないレーザスポット(レーザ照射径)周りのAlは、形成された溶融池からの伝熱により溶融し、凝固中の溶融池に侵入し、溶接ビード端に濃化するため、同様に、焼き入れ性が低下する。
【0024】
溶接金属は、レーザ溶接時の溶融、冷却により、オーステナイト変態、マルテンサイト変態し、マルテンサイト主体の組織となる。その後のホットスタンプ工程で加熱されることにより、再びオーステナイト変態し、ホットスタンプ時の金型との接触による冷却でマルテンサイト変態する。
【0025】
しかしながら、溶融Alめっき層が混入した成分では、Ac3点温度が上昇しており、ホットスタンプの加熱温度(例えば900℃)では、十分にオーステナイト変態しない。オーステナイト変態しない組織は焼きが入らず焼戻されることになる。
【0026】
また、ホットスタンプ用のテーラードブランクでは、互いに突合せ溶接するアルミニウムめっき鋼板の一方が強度の高い鋼板で、他方がそれよりも強度の低い鋼板の組み合わせを採用することが多い。そのような強度の異なるアルミニウムめっき鋼板をレーザ溶接して形成されたテーラードブランクでは、形成された溶接金属が、ホットスタンプ工程で焼戻されても、強度の低い側の鋼板のホットスタンプ後の硬さと同等以上の硬さを有していれば、必要な溶接継手部の強度を保つことができる。
【0027】
本発明者らは、アルミニウムめっき鋼板をレーザ溶接してテーラードブランク材を製造する際、溶接ビード端に生じるAl濃化層を抑制し、ホットスタンプ工程において必要な焼入れ特性を有した溶接金属が形成できれば、突合せ部端部のアルミニウムめっきを除去しなくても溶接が可能であるとの観点から、そのために必要な溶接金属やアルミめっき鋼板の条件について検討した。
【0028】
溶接ビード端のAl濃化域は、その分布形態から、レーザ照射により形成された溶融池の熱によってレーザ照射範囲外にあるAlめっきが溶融し、溶融池の凝固過程で侵入したために、溶接金属端に形成されたと推測された。そのため、引用文献2に開示されるワイヤによる成分調整は難しい。そこで、本発明者らは、溶融したAlめっき層の侵入を防ぐため、ガス付与により侵入を抑制する条件を検討した。
【0029】
一方、Alが混入した部位の焼き入れ性を確保するためは、少なくともレーザ溶接時に形成された溶接金属が溶接後の冷却過程においてオーステナイト変態し、さらに冷却される過程で焼きが入って十分硬くなることが必要である。また、焼きが入った溶接部が、ホットスタンプ工程において、再びオーステナイトに変態して焼き入れされるか、十分に変態できずに焼戻されても、強度の低い側の鋼板と同等以上の硬さを維持できることが必要である。
【0030】
アルミニウムめっき鋼板の突合せレーザ溶接では、溶接される鋼板組成、鋼板板厚、Alめっき層の溶融量から溶接金属の組成が決まる。本発明者らは、したがって、焼きが入る溶接金属の条件を明らかにすれば、突合せ部端部のAlめっきを除去しなくても溶接が可能である、鋼板組成、鋼板板厚、Alめっき層の厚みの組み合わせが決定できるものと考えた。
【0031】
本発明者らの検討の結果、レーザビームの照射により形成される溶融池に向け、溶接進行方向から溶融池に直接あたらないように気体を噴出することにより、溶融したAlめっき層が溶融池に侵入するのを抑制するとともに、アルミニウムめっき鋼板を突合せレーザ溶接して形成される溶接金属のAlの平均濃度を0.3質量%以上、1.5質量%以下とし、かつ、溶接金属のAc3点温度を1250℃以下とし、ホットスタンプ後の溶接金属の硬さと溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が、低強度側の鋼板のホットスタンプ後の硬さと板厚の積の値より高くなるように、前記突合せ溶接する鋼板が組み合わされて溶接される本発明のテーラードブランク成形材に到達した。
【0032】
以下、本発明について、必要な条件や好ましい条件について順次説明する。
【0033】
(ビード端への溶融Alの侵入抑制)
本発明者らは、レーザ溶接時に形成される溶融池からの伝熱により溶融されたAlめっきのビード端への侵入防止を気体噴出装置により実施することを考え、種々検討を行った。その結果、気体噴出装置を溶接進行方向前方の溶接表裏面に設け、溶接線方向に、溶融池直上に向けて、噴出することが有効であること見出した。
【0034】
溶融池の伝熱によるAlめっきの溶融、侵入は、溶接表・裏面で生じるために、気体噴出装置を溶接表裏面双方に設ける必要がある。また、速い流速を有した噴出気体による溶融池の乱れ、溶融池からの流出を抑制するために、噴出気体は溶融池直上に付与されることが望ましい。
【0035】
気体の噴射は、気体噴射手段の噴射口の下端に沿う延長線と溶融池との垂直距離が3mm以下の範囲となるように溶融池の直上を横切って気体を噴射することが好ましい。図1は、本発明の溶接装置の構成を模式的に示した図であり、溶接部の板厚方向の断面を示している。レーザ溶接は紙面右から左へ進行し、ノズルによる気体噴射は、レーザの進行方向前方から行われる。なお、図1では、裏面側の気体噴出装置は省略している。
【0036】
気体噴射手段の「噴射口の下端に沿う延長線」は、噴射口の下端形状により決まり、たとえば、噴射口の下端が、図1に示した例のように、鋼板1の上面に対して平行であれば、その延長線Akも鋼板1に平行となる。また、たとえば、噴射口の下端が末広がり状となっている場合には、該末広がり状の下端を延長するように延長線が形成される。ノズルの下端に沿う延長線と、溶融池との垂直距離を3mm以内と小さくすることで、効率よく溶融Alの浸入を防止することができる。
【0037】
また、噴流は、溶融池の上面に対して水平であることが好ましいが、これに限定されることはなく、溶融池の上面に対して離れる、または近づく方向に角度を有してもよい。角度は特に限定されるものではないが、噴流が直接に溶融池に当たると溶融池から溶融金属が流れ出すことがあるので、図2に示したθ’、θ’’がともに0度〜30度であることが好ましく、特にθ’’は0度〜20度であることが好ましい。
【0038】
ノズルの形状は特に限定されるものではない。たとえば、図3のように、幅方向に二つの噴射口を有するノズルから気体を噴射し、溶融池直上に比べその周囲の噴射速度を高くする(図4)ことにより、溶接品質の向上が期待される。
【0039】
噴射される気体の種類は特に限定されるものではない。圧縮空気や不活性ガス、酸素、窒素等を用いることができるが、溶融金属と反応する懸念がある場合には、不活性ガス(Ar)が好ましい。
【0040】
(溶接ビード端のAl濃化域)
前述したとおり、アルミニウムめっき鋼板を突合せレーザ溶接した場合、レーザ光の直接の照射により溶融されないレーザスポット(レーザ照射径)周りのAlが、形成された溶融池からの伝熱により溶融し、凝固中の溶融池に侵入し、溶接ビード端にAl濃化域を形成する。
【0041】
本発明においては、上述した方法により溶接ビード端への溶融Alの侵入を抑制し、Alが濃化しやすい溶接ビード端におけるAl濃度を1.5%未満とする。ここで溶接ビード端とは、溶融境界から0.3mm以内、溶接部の表面から鋼板の板厚の1/4以内の領域をいうものとする。溶融境界は、溶接ビードを溶接線に対し垂直な断面で切断し、研磨し、エッチングすることで容易に確認することができる。
【0042】
(溶接金属の組織)
テーラードブランク成形材の溶接金属は、強度を確保するために、十分な溶接部硬さを有する必要がある。そのため、溶接金属の組織は、マルテンサイトを面積率で80%以上含有する必要がある。ここで、マルテンサイトとは、焼き戻されていないフレッシュマルテンサイト、及び焼き戻しマルテンサイトの双方を含むものとする。
【0043】
フレッシュマルテンサイトの面積率は、マルテンサイトは、レペラーエッチングを行えば、光学顕微鏡によって白くなった相として観察することが可能である。また、焼き戻しマルテンサイトの面積率は、SEM−EBSDを用いた組織解析により求めることが可能である。
【0044】
(溶接金属のAc3点温度)
溶接金属のAl濃度が1.5質量%以下で、下記の式(1)で定義される溶接金属のAc3点が1250℃以下であれば、レーザ溶接後において溶接金属に十分に焼きを入れ、上述した組織を得るのに有利である。その結果、十分な溶接部硬さを有するテーラードブランク材が製造できるので、ホットスタンプ工程によって溶接部が焼き戻されても十分な強度を保持することができる。
【0045】
Ac3=910−230C0.5−15.2Ni+44.7Si+104V
+31.5Mo+13.1W−30Mn−11Cr−20Cu+700P
+400Al+120As+400Ti ・・・(1)
【0046】
ここで、式(1)において、元素記号はそれぞれの元素の含有量(質量%)を表す。また、含有していない元素は含有量0として計算する。
【0047】
なお、このAc3の式は、文献(Leslie, W.C.著、幸田成康/監訳「レスリー鉄鋼材料学」丸善(1985)発行、p.273)等によりよく知られた式である。
【0048】
CやMnなどの含有量が少なく、Siの含有量が多い場合など、鋼材の化学組成によっては、溶接金属のAl濃度が1.5wt%以下であっても、レーザ溶接後、十分に焼きが入らない場合が生じる。本発明者らは、式(1)で見積もられるAc3点温度が1250℃以下であれば、レーザ溶接によって十分に焼きが入ることを実験的に確認した。
【0049】
(ホットスタンプ後の溶接金属の硬さ)
テーラードプランク材をホットスタンプしてテーラードブランク成形材である構造部材を製造した後、その部材が自動車に組み込まれ、衝突によって大変形を受けた際にも、溶接ビードで破断することなく、良好な変形能・エネルギー吸収特性・耐力を発揮しなければならない。
【0050】
そのためには、ホットスタンプ後のテーラードブランク成形材の溶接部の強度が、少なくとも強度の低い側の鋼板のホットスタンプ後の強度と同等またはそれ以上であることが必要である。
【0051】
すなわち、ホットスタンプ後の溶接金属の硬さHv(WM)と溶接金属の最も薄い部分の厚さt(WM)の積が、ホットスタンプ後の低強度側鋼板の硬さHv(LBM)と低強度側鋼板の板厚t(LBM)の積の値より高くなる、すなわち、
Hv(WM)×t(WM)>Hv(LBM)×t(LBM)
となるように、高強度側と低強度側の鋼板及び溶接金属が組み合わされて、溶接されていることが必要である。
【0052】
ここで、溶接金属の硬さは、溶接ビード長手方向の横断面において、ビード幅の中心で板厚方向に5点測定し、最も高い測定値と最も低い測定値を除いた中3点の測定値を平均したものとする。
【0053】
また、溶接金属の最も薄い部分の厚さとは、溶接金属の表面から、板に垂直な板厚方向の溶接金属の裏面までの長さが、溶接金属中で最も短い箇所の長さをいうものとする。
【0054】
Ac3点温度が上昇すると、ホットスタンプの加熱温度では十分にオーステナイト変態せず、ホットスタンプにより溶接部は焼き戻されることになる。こうした場合でも、溶接する鋼板の組み合わせを選択して、Hv(WM)×t(WM)>Hv(LBM)×t(LBM)の条件を満たすようにすることは可能であり、その場合には、ホットスタンプされた部材が、自動車の構造部材として十分な機能を発揮することが確かめられた。
【0055】
製造しようとするテーラードブランク成形材が、このような条件を満たすかどうかは、実際に製造して確認することが基本となる。ホットスタンプ後の低強度側鋼板の硬さHv(BM)と溶接金属の硬さHv(BM)を予測して、テーラードブランクが上記の条件を満たすかどうか、あらかじめ推定することもできる。
【0056】
Hv(WM)は、両鋼板の化学成分と板厚より溶接金属のC量を推定し、推定されたC量によって、溶接金属がマルテンサイトである時の硬さHv(WM)を下記式(2)より計算し、計算された硬さから100を引いた値を溶接金属の下限として推定する。なお、100は、実験的に求められた数である。
【0057】
Hv(M)=884C(1−0.3C2)+294 ・・・(2)
【0058】
溶接金属には、Alが入ることからAc1、Ac3が上昇する。ホットスタンプ工程によって、Al量によっては、完全にオーステナイトに変態せず、2相域、あるいは単に焼き戻されるだけになる。単に焼き戻されるだけの場合に最も軟らかくなる。経験的にその硬さは、Hv(M)−100程度となることを確認した。
【0059】
Hv(BM)は、式(2)から計算されるHv(M)値と鋼板の元素含有量(質量%)を用いて計算される、下記の式
{1650(C+f(B))+10Si+80(Mn+Cr+V+2Mo+2Nb
+Cu/2+Ni/4)}
の値の低い方を推定値として採用する。
【0060】
ただし、B含有量≧0.0004質量%の場合は、f(B)=0.03とし、B含有量
<0.0004質量%の場合は、f(B)=0とする。
【0061】
以上のように予測された硬さと、組み合わせようとする鋼板の板厚、溶接金属の厚みを
鋼板板厚〜0.9×鋼板板厚として、上記式を満たすかどうか判定して、テーラードブラ
ンクを構成する鋼板の組み合わせの可能性をあらかじめ予測することができる。
【0062】
(溶接金属の厚み)
シャー切断されたままの鋼板の端面の突合せレーザ溶接では、端面の切断精度の関係で、通常は溶接ビード表面が鋼板表面に対して窪んだ状態(肉やせした状態)で溶接される。
【0063】
しかし、溶接金属の肉厚が母材鋼板の板厚よりも小さくなりすぎると、溶接継手部の強度が低下するため、溶接金属の最も薄いところの肉厚が、鋼板板厚(鋼板の板厚が異なる場合は、薄い方の板厚)の90%未満とならないようにするのが好ましい。
【0064】
肉厚が90%未満の場合には、溶接金属が焼きが入りやすい組成であっても、高温となるホットスタンプ時に溶接部で破断したり、破断しなくても製品強度が低下したりするので、フィラーワイヤを用いて溶接して、肉やせ分を補うことが好ましい。
【0065】
一方、溶接部の肉厚の薄い場合に限らず、溶接金属のAl濃度の調整のためにフィラーワイヤを用いて溶接してもよい。
【0066】
フィラーワイヤを用いて溶接する場合、溶接ビードの表裏面を鋼板表裏面に対して盛り上がらせて、溶接金属の肉厚を厚くする方が、溶接部の強度を確保することができる。しかしながら、溶接金属の盛り上がり高さが過度になると、ホットスタンプ時に溶接部付近で鋼板と金型との接触が不良となり、鋼板に対する焼き入れが不足する。
【0067】
そこで、溶接金属の表裏面が、アルミニウムめっき鋼板の表裏面(鋼板の板厚が異なる場合は、厚い方の鋼板の表裏面)の延長線を基準として、それより300μmを超えて外側に突出しないようにする。突出量が300μm以下であれば、金型、特に直水冷金型を用いて、鋼板に十分に焼きを入れることができる。直水冷金型とは、金型より冷却水を噴出し、鋼板を冷却する金型である。
【0068】
(アルミニウムめっき鋼板)
本発明でテーラードブランク材に用いられるアルミニウムめっき鋼板は、特定のものに限定されるものではない。以下、鋼板母材やめっき層について、本発明のテーラードブランク成形材に適用可能な一例について説明する。
【0069】
[アルミニウムめっき鋼板の母材]
母材鋼板として、強度の高い側の鋼板には、ホットスタンプ工程で焼入され、高い機械的強度(例えば、引張強さ・降伏点・伸び・絞り・硬さ・衝撃値・疲れ強さ・クリープ強さなど)を有する組成の鋼板を使用することが望ましい。
【0070】
そのような鋼板の例としては、質量%で、C:0.15〜0.45%、Si:0.1〜0.5%、Mn:0.8〜3.0%、Cr:0.01〜0.5%、B:0.1%以下(0%を含む)を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる成分の鋼、あるいは、この鋼をベースに、さらに、Ti、Mo、Nbの1種又は2種以上を、それぞれ1.0%以下添加した鋼が例示できる。
【0071】
このような鋼板に組み合わされる鋼板の例としては、冷延鋼板として270〜1800MPa級の引張強度が得られる組成のアルミニウムめっき鋼板が例示できる。ただし、ホットスタンプ用の鋼板では、ホットスタンプ前の鋼板強度そのものは特に規定されるのもではない。
【0072】
鋼板母材の板厚は、たとえば、0.8〜4mmの範囲が本発明に適用できる。
【0073】
[Alめっき層]
Alめっき層は、鋼板の腐食を防止するとともに、鋼板をホットスタンプにより加工する際に、高温に加熱された鋼板の表面が酸化することにより発生するスケール(鉄の酸化物)の生成を防止する。Alめっき層は、有機系材料によるめっき被覆や他の金属系材料(例えばZn系)によるめっき被覆よりも沸点などが高いため、ホットスタンプ方法により成形する際に高い温度での加工が可能となり、溶接金属に焼きを入れるために有利である。これらの作用のため、Alめっき層は鋼板の両面に形成されていることが望ましい。
【0074】
Alめっき層は、例えば溶融めっき法により鋼板の表面に形成される。めっき層の成分として、Alを含有していれば本発明を適用できる。Al以外の成分は、特に限定しない。たとえば、Siを3〜15質量%添加したものでもよい。
【0075】
Siを添加すると、溶融めっき金属被覆時に生成される合金層を制御することができる。その効果を得るためには、Siを3%以上含有させることが好ましい。Siの含有量が15%を超えるとめっき層の加工性や耐食性が低下することがあるので、Siの含有量は15%未満とすることが好ましい。
【0076】
(テーラードブランク材を製造するための溶接方法)
本発明のテーラードブランク成形材を得るために用いるテーラードブランク材は、アルミニウムめっき鋼板をレーザ溶接によって溶接して得られる。アルミニウムめっき鋼板のテーラードブランク材では、溶接金属にめっき層のAlが溶け込むことで、溶接金属のAc3点温度が上昇し、ホットスタンプ工程では、十分にオーステナイト化できない。そのため、テーラードブランクを製造する際に、溶接後の冷却で十分に溶接部に焼きを入れることが必要となるので、溶接後の冷却速度の速いレーザ溶接による溶接が必要である。
【0077】
レーザ溶接方法は、レーザ発振器の種類などには特に限定されず、用いられる鋼板板厚に応じたレーザ出力で溶接すればよい。その際、前述のように、フィラーワイヤを供給して溶接することもできる。
【0078】
なお、本発明のテーラードブランク成形材は2枚のアルミニウムめっき鋼板からなるものに限定されるものではない。3枚以上のアルミニウムめっき鋼板、2か所以上の溶接部を含むものでもよい。その場合は、各溶接部の溶接金属の硬さと溶接金属の最も薄い部分の厚さの積の値が、その溶接部により溶接された2枚のアルミニウムめっき鋼板のうち強度が低いアルミニウムめっき鋼板の硬さと板厚の積の値より高くなるようにすればよい。
【実施例】
【0079】
ホットスタンプにより引張強度が1470MPa級となる鋼板(鋼種HS)、ホットスタンプ前で引張強度が270MPa、440MPa、590MPaとなる鋼板(鋼種270r、440、590)を用いて、レーザ溶接によって接合した。用いた鋼板の板厚は、1.0mmから1.8mmの範囲とした。また、適宜、Φ0.9mmの溶接ワイヤ(YGW12,YM−80)を溶接中に供給した。
【0080】
溶接金属中のAl平均濃度を作り分けるために、Alめっきの無い鋼板の外に、Alめっき付着量が、両面に片面当たり40gr/m、及び両面に片面当たり80gr/mの鋼板を試作した。
【0081】
これらの鋼板を、シャー切断したままの状態で突合せ、ファイバレーザにより溶接した。レーザの集光スポット径は0.6mmとした。
【0082】
また、溶融Alの侵入防止を目的として、内径4mm、外径6mmの丸管2本を水平方向に隣接した丸管隣接ノズルを用いた。これにより図4に示したような、噴流の横断面において中央の速度が遅い速度分布を得ることができた。
【0083】
ノズルは、先端位置がレーザ光路より12mm離れた位置に、溶融池の直上3mmを狙い、溶接表裏面に配置し、Arガスを、圧力0.5MPa、100L/分の条件で噴射した。溶接速度は4m/minの一定とし、板厚に応じてレーザ出力を2kWから4kWの範囲で調整した。
【0084】
溶接により得られたテーラードブランク材を、次いでホットスタンプし、ホットスタンプ成形材を得た。ホットスタンプは、炉加熱によりブランク材を900℃にまで加熱して金型で挟み込むことにより行い、平板に仕上げた。
【0085】
レーザ溶接後、溶接金属中のAl平均濃度を分析して求めた。また、レーザ溶接後の溶接部の品質確認のために、溶接部の板厚方向の断面観察とビード厚計測を実施した。
【0086】
さらに、ホットスタンプによる焼き入れ状態確認のため、ホットスタンプ後の母材部及び溶接ビード部の硬さ測定を実施した。また、部分的に強度を作り分けたホットスタンプ後の部材性能評価として、溶接ビードと直交して負荷をかける引張試験及び密着曲げ試験を行った。
【0087】
使用した鋼板や溶接後やホットスタンプ後の各種測定した結果を表1に示す。実施例溶接金属の厚さに、数字を2つ記載した場合、例えば、No.12は、溶接金属の厚さが、薄い側の鋼板の板厚+0.20mm(溶接金属の表側)+0.15mm(溶接金属の裏側)と測定されたことを意味する。
【0088】
【表1】
【符号の説明】
【0089】
1 被溶接材
17 ノズル
27a ノズル
27b 噴出口
27c 噴出口
C 溶接部
図1
図2
図3
図4