(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は汎用鋼と比べて高い耐食性を示す。しかしながら、例えば高温でかつ塩化物イオン濃度が高い環境下においては孔食やすきま腐食が発生し、全く腐食しないわけではない。ステンレス鋼の耐食性を向上させる発明により、腐食問題によるコスト増大を抑制し安全性を向上させることで、産業の発達に寄与することが可能である。
【0003】
Crを多量に含有する二相ステンレス鋼(第一世代二相ステンレス鋼:SUS329J4Lなど)は、SUS304やSUS316Lに代表される汎用のステンレス鋼に比べて優れた耐食性を示す。近年においてはステンレス鋼が使用される環境が過酷化し、従来の二相ステンレス鋼では満足な耐食性を示すことができなくなっている。二相ステンレス鋼の耐食性を示す指標として(1)および(2)式で表わされる耐孔食指数(PRE、PREW)が知られている。
【0004】
PRE=Cr+3.3Mo+16N (1)
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N (2)
これらの式に従い、例えば特許文献1では、使用環境の過酷化に伴いMoやNに加えてWを活用することで耐食性を向上させた二相ステンレス鋼(第二世代二相ステンレス鋼)が検討されてきた。しかしながら、このような第二世代二相ステンレス鋼であっても、海水環境下において耐食性は十分ではない。この問題を解決するため、例えば特許文献2では、Mo含有量を増加させたステンレス鋼が開発されているが、Mo含有量の増加は素材の製造性を低下させてしまう。また、ステンレス鋼は化学工業分野などでは海水以上に過酷な高温高濃度環境下で使用される場合があり、そのような過酷環境下で充分な耐食性を示す素材には素材中のMo含有量をさらに増大させるため、著しく製造性が低下してしまう。
【0005】
ところで、ステンレス鋼の耐食性は表面に形成される不働態皮膜により維持されている。すなわち耐食性を向上させる手段として、素材の成分および組織設計のみならず表面処理を行うことが有効である。表面処理は、素材の製造性を低下させることなく耐食性を向上させることを可能にする。例えば特許文献3〜5で検討されている表面処理方法では、クロム酸、モリブデン酸、オゾンなどを使用する必要があった。また不働態皮膜性状に関しては、例えば特許文献6および7で検討されているように、表面Cr濃化についての発明がほとんどである。一部、特許文献8で検討されているように、表面CrおよびMo濃化に関する発明もあるが、両元素のどちらも高い水準で濃化できているわけではない。また、特許文献9のように、高温高濃度塩化物環境下での耐食性が検討されているものの、十分な耐食性は示されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように、従来技術ではCr、Mo、Wを素材に含有させる検討がなされていた。しかし、腐食は素材の表面から発生する。このため、単に素材がこれらの元素を含有するだけでは、近年の過酷な使用環境に耐えうる耐食性を得ることは難しいものと考えられる。これに加えて、Moによる製造性の劣化を抑制することが求められている。
【0008】
本発明は、製造性を低下させることなく高耐食化することで、化学工業分野等での高温・高濃度塩化物環境下における腐食を抑制する二相ステンレス鋼、その製造方法および表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
Mo含有ステンレス鋼に対する従来の表面処理方法では、CrとMoを表面濃化させることで耐食性を向上させるとされていたが、両者の高濃度化の両立は困難であり、高温高濃度塩化物環境下において充分な耐食性が得られなかった。本発明者らは、CrおよびMoの両者を同時に濃化させることに加えて、さらにWをも表面濃化させることによって、高温度高濃度塩化物環境下において充分な耐食性を示す表面処理方法を検討した。その結果、以下のような知見を得た。
【0010】
(1)硝酸水溶液中において素材に+と−の電流を特定のパターンで流す処理を施すことで、偶然にも、表面にCr、MoおよびWを高い水準で濃化させることができる知見を得た。
【0011】
(2)硝酸水溶液中において、素材に+電流を流すことで素材表面からFeやNiなどが酸化して溶出し、これにより素材表面でCr、Wの濃化が促進する。この際Moも溶出しMoO
42−となるが、−電流を流すことでこれを還元してMo酸化物として表面に濃化させることが可能である知見を得た。
【0012】
(3)このような表面処理により得られた二相ステンレス鋼材は、従来の表面処理方法を適用した場合に比べて、表面に形成された不導体被膜の最表面が高Cr、Mo、Wとなり、優れた耐食性を示す知見を得た。
【0013】
(4)また、Wをも最表面に濃化させたため、Mo含有量を必要以上に高める必要がない。これにより、得られた鋼の製造性の劣化を抑制することができる知見を得た。
【0014】
上記の知見に基づき完成された本発明は以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.5%以下、P:0.040%以下、S:0.008%以下、Cu:0.2〜2.0%、Ni:5.0〜9.0%、Cr:22〜28%、N:0.24〜0.32%、W:1〜8%、Mo:1〜4%であり、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有する二相ステンレス鋼材であって、表面に形成された不働態皮膜の最表面が(i)式を満たす不働態皮膜を備えることを特徴とする二相ステンレス鋼材。
【0015】
(Cr+3.3Mo+1.65W)/(Fe+Ni+Cr+Mo+W)≧0.76
(i)
ここで、(i)式中、Cr、Mo、W、Fe、Ni、Cr、MoおよびWは、各元素の質量%を表す。
【0016】
本発明において、「表面」とは、鋼材の面に垂直な深さ方向に0.3〜2nmの深さの領域を表し、「最表面」とは、鋼材の面に垂直な深さ方向に0.3nm以下の深さの領域を表す。
【0017】
(2)上記(1)に記載の二相ステンレス鋼材の製造方法であって、素材に熱間加工、脱スケール、冷間加工、焼鈍を施した鋼材に対して硝酸水溶液中で通電する際に、制御電流密度が100〜300μAcm
−2であるプラス電流を通電した後に、制御電流密度が−250〜−100μAcm
−2であるマイナス電流を通電することを特徴とする二相ステンレス鋼材の製造方法。
【0018】
本発明において、「プラス電流」とは、水溶液から素材に流れる電流を表す。「マイナス電流」とは、素材から水溶液に流れる電流を表す。
【0019】
(3)上記(1)に記載の二相ステンレス鋼材の表面処理方法であって、素材に熱間加工、脱スケール、冷間加工、焼鈍を施した鋼材に対して硝酸水溶液中で通電する際に、制御電流密度が100〜300μAcm
−2であるプラス電流を通電した後に、制御電流密度が−250〜−100μAcm
−2であるマイナス電流を通電することを特徴とする二相ステンレス鋼材の表面処理方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、製造性を劣化させることなく、化学工業分野等で問題となる高温高濃度環境下における腐食を抑制することができる。その結果、本発明は、化学工業分野におけるメンテナンスコストの低減により、産業に大きく寄与することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明を詳述する。なお、以下では、「質量%」を単に「%」と記載する。
1.化学組成
C:0.03%以下
Cは、後述するNと同様にオーステナイト相を安定化するのに有効であるが、その含有量が0.03%を超えると炭化物が析出しやすくなり、耐食性が劣化するため0.03%以下とする。
【0023】
Si:1.0%以下
Siは鋼の脱酸成分として有効であるが、金属間化合物の生成を促進する元素であるから本発明では1%以下に限定する。好ましいのは0.5%以下である。
【0024】
Mn:1.5%以下
Mnは二相ステンレス鋼の溶製時の脱硫および脱酸効果によって熱間加工性を向上させる。また、Nの溶解度を大きくする作用もある。これらの効果を狙って通常はその含有量を2.0%までとすることが多い。しかし、Mnは耐食性を劣化させる元素でもあるため、本発明では1.5%以下と定めた。
【0025】
P:0.040%以下
Pは鋼中に不可避的に混入する不純物元素であるが、その含有量が0.040%を超えると耐食性、靱性の劣化が著しくなるから0.040%を上限とする。
【0026】
S:0.008%以下
Sも鋼中に不可避的に混入する不純物元素で、鋼の熱間加工性を劣化させる。また、硫化物は孔食の発生起点となり耐孔食性を損なう。これらの悪影響を避けるため、その含有量を0.008%以下に抑えることとした。好ましくは0.005%以下である。
【0027】
Cu:0.2〜2.0%
Cuは、還元性の低pH環境、例えばH
2SO
4あるいは硫化水素環境での耐食性向上に特に有効で、その効果を得るためには0.2%以上の含有量が必要である。しかし、Cuの多量添加は鋼の熱間加工性を劣化させるから上限を2.0%とする。
【0028】
Ni:5.0〜9.0%
Niはオーステナイトを安定化するために必須の成分であるが、その含有量が9.0%を超えるとフェライト量の減少により二相ステンレス鋼の基本的な性質が確保しにくい。一方、Niの含有量が5.0%より少ないとフェライト量が多くなり過ぎて同じく二相ステンレス鋼の特徴が失われる。また、フェライト中へのNの固溶度が小さいため窒化物が析出して耐食性が劣化する。
【0029】
Cr:22〜28%
Crは耐食性を維持するために有効な基本成分である。その含有量が22%未満では、十分な耐食性が得られない。一方、Crの含有量が28%を超えると金属間化合物の析出が顕著になり、熱間加工性の低下および溶接性の劣化を招く。
【0030】
N:0.24〜0.32%
Nは強力なオーステナイト生成元素で、二相ステンレス鋼の熱的安定性と耐食性の向上に有効である。本発明鋼のようにフェライト生成元素であるCr、Moが多量に添加された場合には、フェライトとオーステナイトの二相のバランスを適正なものにするためにも0.24%以上のNの含有が必要となる。
【0031】
さらにNは、Cr、MoおよびWと同様に合金の耐食性を向上させる。しかし、本発明鋼のような25%Cr系の二相ステンレス鋼では、Nを0.32%を超えて含有させようとするとブローホールの発生による欠陥、あるいは溶接の際の熱影響による窒化物生成等により鋼の靱性、耐食性を劣化させる。
【0032】
W:1〜8%
Wは本発明の二相ステンレス鋼を最も特徴づける成分である。
WはMoと同様に耐食性、特に孔食および隙間腐食への抵抗性を向上させる元素であり、pHの低い環境で耐食性を向上させる安定な酸化物を形成する元素である。
【0033】
しかし、WはMoと比較して値段が高い上に、原子量が約2倍であるためMoと同じ効果を得るには含有量が2倍程度必要であること、およびMoと同様に金属間化合物の生成を促進すると考えられていたこと、等から、これまでその積極的な多量添加はなされていなかった。
【0034】
本発明では、1%以上のWを含有させる。1%未満では、後述する表面処理を行ったとしても、Wを表面に濃化させることができず、孔食電位を高めることができない。また、前記の(2)式で表される耐孔食指数(PREW)を40以上とすることが好ましいが、1%未満では、Cr、Mo、N等の添加を増さなければならず、Wを利用する効果が小さくなる。W含有量を増すほどPREWを40以上とするためのCr、Moの含有量を少なくすることができる。好ましくは2%以上である。
【0035】
Mo:1〜4%
MoはCrと同様に耐食性を向上させるのに非常に有効な成分ある。特に耐孔食性および耐隙間腐食性を高めるため、本発明ではその含有量を1%以上とする。好ましくは2%以上である。一方、Moの過剰添加は製造中の素材の脆化の原因になり、Crと同様に金属間化合物の析出を容易にする作用が強い。このため、製造性(加工性)が劣る。従って、Moの含有量は4%までにとどめる。好ましくは3.5%以下である。
【0036】
残部:Feおよび不純物
上記以外の残部はFeおよび不純物である。ステンレス鋼の製造では、リサイクル推進の観点から、スクラップ原料を使用することが多い。このため、ステンレス鋼には、種々の不純物元素が不可避的に混入する。このため、不純物元素の含有量を一義的に定めることは困難である
。
【0037】
(2)不働態皮膜の最表面が(i)を満たす
本発明では、不働態皮膜にCr、Mo、Wなどの耐食性向上に有効な金属元素を濃化させることで耐食性を向上させることができる。これらの元素は(i)式を満たす。
(Cr+3.3Mo+1.65W)/(Fe+Ni+Cr+Mo+W)≧0.76
(i)
(i)式中、Cr、Mo、W、Fe、Ni、Cr、MoおよびWは、各元素の質量%を表す。
【0038】
本発明では、前述のような化学組成を有する鋼材に対して、後述する表面処理方法で通電することによって、FeおよびNiが溶出するとともにCrおよびWが表面に濃化し、さらにMoも酸化物として表面に濃化する。つまり、本発明で規定する(i)式は、含有量の変動が大きい5つの元素に着目し、これらの中で耐食性を高める3つの元素が最表面の構成元素中でどの程度存在するがを表す指標となる。(i)式中、分子ではMoおよびWに係数が付されている。Wの原子量はMoの原子量の2倍程度である。このため、両者を同程度の個数だけ存在させるためには、質量比ではMoをWの2倍程度としなければならず、Moの係数をWの係数の2倍とした。また、MoやWの係数がCrの係数に対して各々3.3倍、1.65倍は、一般的に知られる耐孔食指数にて用いられる計数とした。
【0039】
このように、本発明のステンレス鋼は、従来よりも耐食性を向上させるこれら3つの元素を多く含有する不導体被膜を備える。本発明のように優れた耐食性を示すためには、表面に形成された不導体被膜の最表面(鋼材の面に垂直な深さ方向に0.3nm以下の深さの領域)において、(Cr+3.3Mo+1.65W)/(Fe+Ni+Cr+Mo+W)で表される質量比が0.76以上を満たす必要がある。好ましくは0.8以上である。
【0040】
2.製造方法、表面処理方法
(1)素材の製造
まず、上述の化学組成を有する二相ステンレス鋼を溶製する。二相ステンレス鋼は、電気炉により溶製されてもよいし、Ar−O
2混合ガス底吹き脱炭炉(AOD炉)により溶製されてもよい。二相ステンレス鋼はまた、真空脱炭炉(VOD炉)により溶製されてもよい。溶製された二相ステンレス鋼は、造塊法によりインゴットに製造されてもよいし、連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム又はビレット)に製造されてもよい。
【0041】
製造されたインゴット又は鋳片などの素材を用いて二相ステンレス鋼を製造する。
二相ステンレス鋼材は、たとえば、以下の方法で製造される。製造されたインゴット又はスラブを熱間加工して、二相ステンレス鋼材を製造する。熱間加工はたとえば、熱間鍛造や熱間圧延である。
【0042】
製造された二相ステンレス鋼材に対して、溶体化処理を実施してもよい。具体的には、二相ステンレス鋼材を熱処理炉に収納し、溶体化処理温度で均熱する。均熱後、二相ステンレス鋼を水冷等により急冷する。その後、脱スケール、冷間圧延、熱処理、場合によっては調質圧延をこの順で行う。各条件は一般的な条件であり、脱スケールはショットブラストとフッ硝酸洗により行い、冷間圧延での圧下率は80%以下、熱処理は二相ステンレス鋼で問題となるσ相析出を避けるため1050−1200℃の条件で行えばよい。所望の鋼材を得るために適宜調整される。
【0043】
(2)素材の表面処理
本発明では、前述のような処理が施された鋼材を硝酸水溶液中で通電する。この際、制御電流密度が100〜300μAcm
−2又はこれと同等の電気的条件でプラス電流を通電した後に、制御電流密度が−250〜−100μAcm
−2であるマイナス電流を通電する。
【0044】
不働態皮膜最表面に耐食性向上に有効な金属元素を濃化させる従来の電解処理として、電位制御による定電位処理がある。一般的に不働態皮膜の形成は電位と関係している。
図1に純金属(Fe、Ni、Cr、Mo、W)のアノード分極曲線を示す。
図1(a)に示すように、ステンレス鋼に多く含まれるFeやNiを溶出させて不働態皮膜にCrを濃化させるためには、最もFeやNiの溶出が激しく、かつCrが溶出しない電位条件である600mV vs. SCEに保持する。また、WはCrと同様に酸性環境下では溶出しない元素であるので、同様の処理により濃化する。
【0045】
しかしながら、
図1(b)に示すように、MoはFeやNiと同様に広い電位領域で溶出してしまうため、MoとCrおよびWとを高い水準で表面濃化させることは従来技術では困難であった。
【0046】
そこで、本発明の表面処理では、まず、電解中に変動する電位の最大値が600mV vs. SCE程度となるように、制御電流密度が100〜300μAcm
−2のプラス電流を通電する。これにより、Crの溶出をできる限り抑制する。そして、Crの溶出を抑えつつFeおよびNiが溶出した後、制御電流密度が−250〜−100μAcm
−2のマイナス電流を通電してMoの還元による表面濃化を促進することで、Cr、Mo、Wといった耐食性向上に有効な金属元素を表面濃化させることができる。このように、本発明では、従来の不導体被膜の形成には一切適用されていない前述の表面処理を行うことによって、はじめて、これら3つの元素の濃化が可能となったのである。なお、前述の「これと同等の電気的条件」とは、具体的には、電位条件が600mV vs. SCE以下となるような条件である。
【0047】
プラス電流の制御電流密度を300μAcm
−2より大きくすると、電位が600mV vs. SCEを大きく超えてしまい不働態皮膜最表面のCr比が減少する恐れがある。100μAcm
−2より小さくすると電位が600mV vs. SCEよりも遥かに低い水準(200mV vs. SCE未満)にしか到達せず、FeやNiが充分に溶出しない。最初にマイナス電流を通電した場合も同様にFeやNiが充分に溶出しない。マイナス電流を−100μAcm
−2より大きくするとマイナス電流を流した際に充分にMoO
42−の還元反応が進まずMo比が減少する恐れがある。また、マイナス電流を−250μAcm
−2より小さくすると、溶出したFeやNiが表面に吸収され、Cr、Mo、Wの濃化を阻害する。以上の理由により、本発明では、プラス電流の制御電流密度は100〜300μAcm
−2とし、マイナス電流の制御電流密度は−250〜−100μAcm
−2とした。
【0048】
また、本発明では、電解処理の最初にプラス電流を通電し、その次にマイナス電流を通電するが、マイナス電流を通電した後は、表面状態に応じてマイナス電流やプラス電流を適宜通電すればよい。
【0049】
プラス電流やマイナス電流の通電時間は、Cr、MoおよびWの濃化を十分に行うことができれば特に限定されないが、2秒以上であることが好ましい。また、製造プロセスの観点から、プラス電流やマイナス電流を通電する間に無通電時間を設けてもよい。
【0050】
また、本発明で行う電解処理は硝酸水溶液中で行う。濃度や処理温度は、FeやNiを溶出する程度であれば特に限定されないが、各々、5〜30%程度、30℃以上であればよい。
【0051】
このように、本発明の製造方法により製造された二相ステンレス鋼材は、不導体被膜最表面でのCr、MoおよびWの濃度が高い。このため、化学工業分野等で問題となる高温高濃度環境下における腐食を抑制することができる。また、最表面にMoを濃化させることが可能であるため、鋼材全体でのMo含有量を必要以上に高める必要がなく、製造性の劣化を抑制することができる。その結果、本発明は、化学工業分野におけるメンテナンスコストの低減により、産業に大きく寄与することが可能となる。
【実施例】
【0052】
<共試材>
表1に示すNo.A〜CのPREWが43〜44程度である鋳塊を熱間鍛造により鋼材を製造し、熱延後にショットブラスト、フッ硝酸洗による脱スケール、および圧下率80%以下での冷間圧延を施し、1050〜1200℃で熱処理した。これらの鋼材に対して以下のような表面処理を施して発明材を製造した後、耐食性を評価した。また比較材として、本発明範囲とは異なる市販のステンレス鋼(No.D)についても調査した。
【0053】
【表1】
【0054】
<製造性評価>
前述の熱間鍛造後の鍛造材における亀裂発生の有無を目視にて調査した。
【0055】
<表面処理>
本表面処理では、
図2に示すパターンで「+」→「−」→「−」→「+」の電流を通電し、30℃、5mass%HNO
3水溶液にて合計で30秒間の電解処理を行った。電解時の制御電流密度は+電流の場合は100〜250μAcm
−2の範囲内、−電流の場合は−250〜−100μAcm
−2の範囲内とした。このような処理を施した鋼材について、後述する耐食性評価試験に用いた。
【0056】
また比較のため、同一素材を用いて30℃、5mass%HNO
3水溶液において表2に示す電位で定電位処理を600sec間施したものについても耐食性評価試験に用いた。また、別の比較として、表面処理を行わないものについても耐食性評価試験に用いた。さらに別の比較として、電解時の制御電流密度は+電流の場合は100〜250μAcm
−2の範囲から外れ、−電流の場合は−250〜−100μAcm
−2の範囲から外れるものについても耐食性評価試験に用いた。
【0057】
<耐食性評価>
上述の方法により表面処理を施した供試材を用いて孔食電位を測定した。各供試材から直径15mm、板厚2mmの円盤状試験片を加工し、表面は表面処理ままとして試験に用いた。Mo含有量が多く製造性に劣る素材Dについては同様の形状に加工し、#600湿式研磨して試験に用いた。
【0058】
試験はJIS G 0577に準拠し、100μAcm
−2に対応する電位V’
C100の大小により耐食性の優劣を評価した。高温・高濃度塩化物環境下とするため、環境条件として250gL
−1のNaCl水溶液を用い、90℃の環境下で測定を行った。表面処理条件と耐食性の関係を表2に示す。
【0059】
【表2】
【0060】
比較材No.13〜
23,26〜30および32〜36に比べて本発明No.1〜
10,12は高い孔食電位を示し、耐食性が向上している。これは、本発明の表面処理により不働態皮膜最表面における耐食性向上に有効な金属元素質量比(Cr+3.3Mo+1.65W)/(Fe+Ni+Cr+Mo+W)が0.76以上となるためである。
【0061】
比較材No.13〜
23,26,27では、定電圧制御を行っているために不導体被膜最表面での還元反応が行われていない。このため、Moの濃化が十分ではなく、いずれも孔食電位が劣った。
【0062】
比較材No.28〜30では、表面処理を行っていないためにCr、MoおよびWの濃化が行われず、いずれも孔食電位が劣った。
【0063】
比較材No.31は本発明と同程度の耐食性を示すが、素材そのものにMoを多量に含有しているため、熱間加工中で亀裂が発生しやすく製造性が顕著に劣化する。
【0064】
比較材No.32および33では、制御電流密度の絶対値が小さいため、プラス電流を通電した際には電流密度が小さいためにFeやNiが十分に溶出せず、マイナス電流を通電した際には電流密度が大きいためにMoO
42−の還元反応が進まずMo比が減少し、いずれも孔食電位が劣った。
【0065】
比較材No.34〜36では、制御電流密度の絶対値が大きいため、プラス電流を通電した際には不働態皮膜最表面のCr比が減少し、マイナス電流を通電した際には電流密度が小さいために溶出したFeやNiが表面に吸収され、Cr、Mo、Wの濃化が阻害され、いずれも孔食電位が劣った。
【0066】
<不働態皮膜の特性調査>
X線光電子分光法により不働態皮膜中の各主要金属元素の比を調査した。結果の一例を表3および
図3に示す。なお、表3は、表2から素材No.Aのものを抽出し、これらについて(i)式の値を加入したものである。
【0067】
【表3】
【0068】
比較材と比べて、本発明の不働態皮膜においては、Cr、Mo、W酸化物が表面に多く存在している。(2)式に示したとおり、これらの元素が多く含まれていることで耐食性が向上している。本発明においては、質量比において不働態皮膜最表面の(Cr+3.3Mo+1.65W)/(Fe+Ni+Cr+Mo+W)質量比が0.76以上となる不働態皮膜を素材表面に形成している。このような不働態皮膜は、比較材では形成されず、本発明でのみ形成される。
【0069】
<制御電流密度と孔食電位との関係>
図4に、制御電流密度と孔食電位との関係を示す。
図4に示すように、制御電流密度が100〜300μAcm
−2では、孔食電位が620mV vs. SCE以上を示すことがわかる。これは、表3および
図3からも明らかなように、制御電流密度を本発明のように制御することにより、不導体被膜の最表面にCr、MoおよびWが濃化したことに加えて最表面からFeおよびNiが溶出したためであることがわかる。