(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6853122
(24)【登録日】2021年3月15日
(45)【発行日】2021年3月31日
(54)【発明の名称】低膨張シリカガラスの製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 20/00 20060101AFI20210322BHJP
【FI】
C03B20/00 E
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-112214(P2017-112214)
(22)【出願日】2017年6月7日
(62)【分割の表示】特願2017-107580(P2017-107580)の分割
【原出願日】2017年5月31日
(65)【公開番号】特開2018-140924(P2018-140924A)
(43)【公開日】2018年9月13日
【審査請求日】2019年6月17日
(31)【優先権主張番号】特願2016-111495(P2016-111495)
(32)【優先日】2016年6月3日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2017-38516(P2017-38516)
(32)【優先日】2017年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507182807
【氏名又は名称】クアーズテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】深沢 祐司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 幸子
【審査官】
山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−215319(JP,A)
【文献】
特開2016−037443(JP,A)
【文献】
特開2001−089170(JP,A)
【文献】
特開2005−104820(JP,A)
【文献】
特開2009−203142(JP,A)
【文献】
特開2003−073143(JP,A)
【文献】
国際公開第2004/065315(WO,A1)
【文献】
特開2016−028992(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/140706(WO,A1)
【文献】
KAKIUCHIDA, H et al.,JOURNAL OF APPLIED PHYSICS,2003年,Vol.93, No.1,pp.777-779,DOI:10.1063/1.1527206
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B
C03C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素のみが1wt%以上5wt%以下でドープされているシリカガラスを準備し、シリカガラスを加熱炉で1000℃以上かつ粘性率が1014.5dPa・s以下となる温度以上1500℃以下の温度範囲まで加熱し、加熱炉から取りだして800℃以下までクエンチ処理(急冷)し、その後、再度400℃以上1000℃以下となる温度範囲でアニール処理を行うことを特徴とする低熱膨張シリカガラスの製造方法。
【請求項2】
クエンチ処理で400℃以下まで急冷することを特徴とする請求項1記載の低熱膨張シリカガラスの製造方法。
【請求項3】
クエンチ処理時のシリカガラスの形状が板状であることを特徴とする請求項1または2に記載の低熱膨張シリカガラスの製造方法。
【請求項4】
クエンチ処理において、1000℃から800℃までの冷却時間が1秒未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の低膨張シリカガラスの製造方法。
【請求項5】
クエンチ処理が液体中で行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の低熱膨張シリカガラスの製造方法。
【請求項6】
クエンチ処理後に、再度400℃以上1000℃以下かつシリカガラスの粘性率が1014.5dPa・s以下となる温度範囲でアニール処理を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の低膨張シリカガラスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空紫外波長領域での光リソグラフィーに好適に用いることができる低膨張シリカガラスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、リソグラフィー技術においては、半導体デバイスの微細化の要求がますます高まってきており、露光波長の短波長化や、レンズとウェーハの間に純水等を浸した液浸露光技術により、露光に用いるレンズの開口数を大きくする方法が採用されている。
【0003】
光リソグラフィーにおける解像度Rは、露光光の波長をλ、露光装置のレンズ性能を表す開口数をNA、プロセス定数をk1とすると、R=k1λ/NAという式で表すことができ、露光波長λを短く、開口数NAを大きく、プロセス定数k1を小さくすることで解像度を向上させることができる。
【0004】
ここで、露光波長λについては、水銀ランプのg線(436nm)から始まり、これまでi線(365nm)、KrFエキシマレーザー(248nm)、ArFエキシマレーザー(193nm)が使用され、光源の短波長化が進められてきた。
【0005】
開口数NAは、レンズの大きさを幾何学的に表したものであり、レンズで露光光が絞られウェーハ面で結像する場合に、NA=n・sinθ(nはレンズとウェーハ間の媒質の屈折率、θは光線の開き角を表す。)という式で表される。
【0006】
ここで、露光光の波長が193nmのArFエキシマレーザーを用い、液浸露光技術を使用すると、開口数を1.35としてプロセス定数k1(k1ファクター)が0.3の場合は43nmの解像度を達成できる。
【0007】
そして、このArFエキシマレーザーを使用した光リソグラフィー用の基板には、低熱膨張性と光透過性に優れていることから、シリカガラス基板が好適に用いられる。
【0008】
シリカガラス基板に要求される性能としては、ArFエキシマレーザーを用いる場合、高エネルギー光に晒されても光透過性が悪化しない耐光性等が挙げられる。また、液浸露光を行う場合、レンズとウェーハ間に存在する純水の屈折率とレジストの屈折率との差が小さくなることから光線の開き角が大きくなり、偏光の効果が問題となる。このため、シリカガラス基板は低複屈折であることが求められる。シリカガラス基板が複屈折を持つと、透過した露光光が偏光変化を生じて、結像性能が悪化することがあるためである。
【0009】
例えば、これらの要求を満たすシリカガラスの製造方法として、シリカガラス形成原料を火炎加水分解させて多孔質シリカガラス体(スート)を作製した後に、透明化させるというVAD法によりシリカガラスインゴットを作製し、さらに水素雰囲気中で熱処理して、OH基と水素をドープすることで、ArFエキシマレーザー等に対する耐光性を向上させる方法が開示されている(特許文献1)。
【0010】
また、シリカガラス形成ガラス原料を火炎加水分解法により、多孔質シリカガラス体(スート)を作製した後に、脱水、フッ素添加、透明化処理を施すことで、F
2エキシマレーザー等の強いエネルギーの真空紫外光に対して、透過率やレーザー耐性が向上したフッ素添加シリカガラスの製造方法が開示されている(特許文献2)。特許文献2のフッ素添加シリカガラスでは、フッ素ドープによって、室温付近の熱膨張は、石英ガラスのみの場合に比べて10%程度低減されると考えられる。
【0011】
その他、前記多孔質シリカガラス体(スート)を真空度100Pa以下で帯域溶融して透明ガラス化した後、酸素含有ガス又は水素含有ガスの雰囲気中、仮想温度設定処理を施すことで、遠紫外線照射後でも波長165nmにおいて優れた透過率を保持する方法が開示されている(特許文献3)。
【0012】
一方、シリカガラスの改質手段として、シリカガラスを製造した後に追加の処理として、特定の条件でアニール処理を施すことでガラス構造の緩和を促進し、複屈折を低減させ、そのアニール処理工程の一部を水素雰囲気に変えることで水素ドープを行い、耐光性を向上させる方法が開示されている(例えば、特許文献4)。
【0013】
43nm以下の解像度を、ArFエキシマレーザーを用いた露光方法で達成するためには、ダブルパターニングの手法を用いる必要がある。ダブルパターニングとは露光を2回に分けて行う方法であり、この手法を用いれば、より微細なデバイスパターンである32nm以下の解像度を達成することも可能である。
【0014】
ダブルパターニングを用いてデバイスの微細化を行う場合には、狙いのパターンの位置に精度よく露光できないとパターンのずれが生じてしまうことから、2回のリソグラフィーの間には、極めて高いパターンの重ね合わせ精度が求められる。
【0015】
このため、フォトマスク用のシリカガラス基板には、露光時の熱膨張による位置ずれを回避するため、従来のシリカガラスに比べて、より低熱膨張であることが要求されている。ここで、ダブルパターニング露光の重ね合わせ精度とは、2回の露光の重ね合わせ精度の足し合わせをいい、各露光に要求される重ね合わせ精度は約3〜4nmといわれている。一方、通常のシリカガラスの熱膨張係数は5.0×10
-7/K〜6.0×10
-7/Kであり、1cmの石英片の伸びは、1Kの温度上昇につき、5〜6nmであることから、要求精度には十分とは言い難い。このため、フォトマスク用のシリカガラス基板は、通常のシリカガラスよりも小さい熱膨張が求められている。
【0016】
合わせて、光透過型のフォトマスク用シリカガラス基板として、ArFエキシマレーザーの露光波長である193nmの光透過性は、従来のシリカガラスと同等であることが求められている。
【0017】
低熱膨張性を特徴とするシリカガラスには、コーニング社のULEガラス(Corning Code 7972)などが既に知られている(非特許文献1)。非特許文献1では、TiO
2をシリカガラス中にドープすることで熱膨張が低減することが報告され、TiO
2濃度を調整することで0.1×10
-7/K以下の極低熱膨張性を発現させている。しかし、TiO
2−SiO
2系ガラスは、紫外波長の吸収端が300〜400nmに存在するため、193nmの光透過性は極めて悪く、低熱膨張性と光透過性とを両立できない(非特許文献2)。これはTiO
2をドープすることでTiのd電子構造におけるエネルギーギャップ間のいわゆるd−d遷移により、可視光領域に吸収が生じるためである。また、Tiイオンによる可視光領域での吸収は隣接酸素原子の影響を受けることが知られており、Ti
3+、Ti
4+のイオン価数により吸収波長が異なることが知られているが、いずれにしても300nm〜400nmの間に吸収帯が生じる。このため、TiO
2−SiO
2系ガラス以外の手法によるシリカガラス基板の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2001−180963号公報
【特許文献2】特開2002−316831号公報
【特許文献3】特許第3228676号公報
【特許文献4】特開2006−225249号公報
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Amorphous Materials, Paper presented to the Third International Conference on the Physics of Non-Crystalline Solids held at Sheffield University, September 1970.
【非特許文献2】Journal of Non-Crystalline Solids, vol.11 (1973) p.368
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、真空紫外光の光透過性が高く、かつ、従来のシリカガラスに比べて、低熱膨張性のシリカガラス部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明の低熱膨張シリカガラスの製造方法は、フッ素のみが1wt%以上5wt%以下でドープされているシリカガラスを準備し、シリカガラスを加熱炉で1000℃以上かつ粘性率が10
14.5dPa・s以下となる温度以上1500℃以下の温度範囲まで加熱し、加熱炉から取りだして800℃以下までクエンチ処理(急冷)
し、その後、再度400℃以上1000℃以下となる温度範囲でアニール処理を行うことを特徴とする。
前記クエンチ処理で400℃以下まで急冷することが好ましい。
前記クエンチ処理時のシリカガラスの形状は板状であることが好ましい。
前記クエンチ処理において、1000℃から800℃までの冷却時間が1秒未満であることが好ましい。
前記クエンチ処理は液体中で行われることが好ましい。
前記クエンチ処理後に、再度400℃以上1000℃以下かつシリカガラスの粘性率が10
14.5dPa・s以下となる温度範囲でアニール処理を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、ArFエキシマレーザー(193nm)の光透過性が高く、かつ、従来のシリカガラスに比べて低熱膨張性のフッ素ドープシリカガラス部材を提供することができる。
本発明のシリカガラス部材は、例えば、多孔質シリカ体(スート)にフッ素ドープして透明化処理をした後、1000℃以上の温度からクエンチ処理し、さらに1000℃以下の温度範囲でアニール処理を行うことで、室温付近で4.0×10
-7/K以下という低熱膨張性を達成することができる。
このようなシリカガラス部材は、ArFエキシマレーザーを光源とするダブルパターニング露光工程に用いられるフォトマスク基板として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のシリカガラス部材は、真空紫外光を光源とする光リソグラフィー工程に使用されるシリカガラスであって、フッ素濃度が1wt%以上5wt%以下で、かつ、20℃〜50℃における熱膨張係数が4.0×10
-7/K以下である。
【0025】
本発明の上記構成要件について、以下、詳細に説明する。
本発明において、シリカガラス部材中のフッ素濃度が1wt%以上5wt%以下である。フッ素ドープしたシリカガラスが300℃以上で低熱膨張性を示すことは過去のフッ素ドープ光ファイバーの研究時に広く知られており、400℃付近では、熱膨張係数が2.5×10
-7/Kであるという報告もされている(Development of optical fibers in Japan, New York: Gordon and Breach Science Publishers, c1989.)。しかしながら、このようなフッ素ドープシリカガラスでも、室温を含む20℃〜50℃の間では熱膨張係数には影響をほとんど与えず、例えば、フッ素を1.5wt%までドープしたシリカガラスでも、5℃〜65℃の熱膨張係数はドープしないものとほとんど変わらない(Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 57(2007))。
【0026】
原理としては、フッ素ドープは、シリカガラスの末端構造であるOH基と置換し、かつ、員環構造(例えば、三員環構造、四員環構造、六員環構造、等)の一部を切断し、新たな末端基構造を作るために、ドーピング条件によってはシリカガラスに含まれる他の末端基(例えば、OH基、Cl基等)に比べて、重量比で10倍以上のフッ素をドープすることが可能である。そして多くの末端基構造を持つシリカガラスは低粘性となる特徴がある。
【0027】
低粘性であることは、シリカガラスが低密度であり、かつ、比較的低温下で構造変化が生じることを意味する。そして、それは高温下ではシリカガラス中の分子の流動性が大きく、構造変化が顕著になることも意味する。つまり、多くの末端基構造を持つシリカガラスは、その構造が変化する温度範囲が広い。このように多くのフッ素基を持つシリカガラスは、クエンチ処理及びアニール処理を組み合わせることで、広範囲な温度範囲での仮想温度の設定が容易となり、密度のコントロールが可能となる。
【0028】
本発明では、シリカガラスに対して、フッ素ドープを行い、所定の熱処理を加えることにより、フッ素濃度が1wt%以上5wt%以下であり、低密度化され、20℃〜50℃における熱膨張係数が4.0×10
-7/K以下であるシリカガラス部材が得られる。
具体的には、上記シリカガラス部材は、例えば、シリカガラス形成原料を火炎加水分解して多孔質シリカ体(スート)を形成し、その後に透明化処理を行う、いわゆるVAD法により製造することができる(特開2001−342027号公報)。すなわち、スートを形成後、ヘリウム等の不活性ガスとSiF
4ガスとを混合した混合ガス雰囲気中で処理することで、フッ素をドープした後、フッ素含有雰囲気(混合ガス雰囲気)下に透明化し、さらに所定の熱処理を施すことにより、シリカガラス部材を製造する。
【0029】
混合ガス中のフッ素濃度(SiF
4ガスの濃度割合)は5vol%超〜35vol%が好ましく、10vol%〜35vol%がより好ましく、25vol%〜35vol%が特に好ましい。また、混合ガスの導入温度は1000℃〜1300℃が好ましく、1100℃〜1200℃がより好ましい。導入温度が1000℃未満ではフッ素のガラス構造中への拡散が遅く、十分にドープされないことがある。一方、1300℃を超えると、スートの焼結が始まり、フッ素のガラス構造中への拡散が阻害されることがある。
本発明では、例えば、透明化処理において、混合ガス中のSiF
4ガスの濃度割合と、焼成温度とを調整することで、得られるシリカガラス部材中のフッ素濃度を1wt%以上5wt%以下にしている。
【0030】
本発明における所定の熱処理とは、透明化処理の後に、1000℃以上のフッ素ドープシリカガラスをクエンチ処理し、好ましくはさらに、その後1000℃以下でアニール処理を行う工程である。なお、クエンチ処理は、前記透明化処理から一旦降温することなく引き続き実施してもよい。
本発明におけるクエンチ処理は、シリカガラスを1000℃から1500℃の温度範囲で、かつ、粘性が10
14.5dPa・s以下、好ましくは10
13.0dPa・s以下になるまで加熱し、その後、シリカガラスを800℃以下まで急冷する処理をいい、急冷後の温度は800℃よりも600℃、600℃よりも400℃と、低いほど好ましい。もちろん常温まで冷却しても良い。また、冷却速度については、1000Kをおよそ数秒、好ましくは約1秒で冷却するほどの急冷である必要がある。少なくとも1000℃から800℃までの冷却には1秒かからないことが好ましい。急冷は、例えば、加熱炉から直接、隣接して存在する気体または液体の低温冷媒中に移すことなどが挙げられる。例えば、シリカガラスを1500℃に加熱し、その後、大気中に放出してエアーを吹き付けたり、純水のプールを潜らせるような処理をすればよい。このとき、大気放出後のエアー流速を冷却に十分な値に設定したり、熱容量から計算して純水プールの容積を対象のシリカガラスに対して十分な量だけ準備すれば、シリカガラスの温度を冷媒温度まで急冷することが可能である。
【0031】
なお、クエンチ処理は、なるべく瞬時に冷却する必要があるために、シリカガラスはブロックよりも薄板形状にして行うことが好ましく、また、空気中で行っても良いが、水や油などの液体中で行うことがより好ましい。特に、大きなシリカガラスは、シリカガラス全体を均一に急冷するために、薄板化しておくとよい。本発明では、シリカガラスの粘性は、主にフッ素量と温度によって決まるが、粘性が十分低くなるまで加熱した後、シリカガラスを急冷することで、冷却前のシリカガラスの特性が固定化され、常温の熱膨張率を下げることができる。具体的には、シリカガラスの粘性が10
14.5dPa・sとなる温度を挟んで、それより200℃以上高い温度から100℃以上低い温度まで急冷することにより低熱膨張率という本発明の目的を達成することができる。
【0032】
フッ素ドープされると、シリカガラスは低粘性となることから、1000℃以上ではガラス中の分子振動が大きく、微視的には体積膨張をしていることが推測される。この状態でクエンチ処理を行うことで、体積膨張した状態を維持したままガラス構造が凍結され、低密度化される。
【0033】
しかしながら、クエンチ処理により、3員環や4員環に代表される小員環構造に起因する局所的な歪みが構造中に残留することがあり、その場合はクエンチ処理した後に、歪みを除去するアニール処理が必要となる。アニール処理は、1000℃以下でかつ粘性率が10
14.5dPa・s以下の範囲で行うことが必要である。アニール温度は、シリカガラスの持つ温度特性によって決定される。例えば、フッ素濃度が1wt%以上5wt%以下のシリカガラスの歪点は1000℃以下であることから、アニール温度は、通常1000℃以下、好ましくは800℃以下、より好ましくは600℃から400℃の間で行う。クエンチ処理で急冷却した後、冷却後のシリカガラスをヒータなどで加熱して、例えば400℃の温度で50時間程度保持するアニール処理をすることで、シリカガラスは、低密度状態を維持したまま、局所的な歪みを解消することが可能となる。400℃を下回る温度ではアニールの効果は望めない。
なお、歪点とは10
14.5dPa・sの粘性率となる温度であり、シリカガラスの粘性流動が事実上起り得ない温度であり、徐冷域における下限温度に相当する。したがって、本発明のシリカガラス部材の1000℃での粘性率は、10
14.5dPa・s以下であることが好ましく、10
13.0dPa・s以下であることがより好ましい。
【0034】
このようにして得られるシリカガラス部材の20℃〜50℃での熱膨張係数は4.0×10
-7/K以下、好ましくは3.2×10
-7/K以下、より好ましくは3.0×10
-7/K以下である。また、前記シリカガラス部材の20℃〜50℃での密度は、2.16g/cm
3以上2.19g/cm
3以下、具体的には2.190g/cm
3以下であり、好ましくは2.185g/cm
3以下、より好ましくは2.16g/cm
3以上2.180g/cm
3以下である。密度が2.16g/cm
3未満では、シリカガラス部材の表面の硬度が不足する傾向にあり、研磨工程や輸送工程での破損が生じ、光リソグラフィー工程で使用できないことがある。なお、シリカガラス部材の密度はフッ素濃度とも関係があることから、フッ素濃度は1wt%以上5wt%以下であり、1.5wt%以上5wt%以下が好ましく、3wt%以上5wt%以下がより好ましい。
【0035】
シリカガラスは、仮想温度により熱膨張が異なることが知られている(Journal of Non-Crystalline Solids vol.5 (1970) p.123)。仮想温度とは、高温の過冷却液体状態の構造が凍結されたガラスにおいて、その凍結が生じた温度に対応するものである。シリカガラスは密度によっても熱膨張が異なることが知られており、高密度化したガラスは熱膨張係数が上昇することが報告されている(「材料」、第32巻、第362号、p.64)。つまり、シリカガラスは密度や凍結温度によってその構造が異なり、例えば、高密度ガラスの場合、ガラスネットワーク構造間の自由体積と呼ばれる隙間が小さくなり、温度上昇に伴う分子振動を緩和する隙間が少ないために体積膨張が顕著になる。
【0036】
シリカガラスはアニール処理をすることで、仮想温度を変更できることが知られている。仮想温度はシリカガラス中のOH基濃度にも依存しており、OH基濃度が多いほど仮想温度は低下しやすい。これはOH基がガラス構造中の末端部に存在しており、アニール処理により員環構造が切断され、ガラス構造の流動性が高まることで構造凍結する温度が低温化するためである。しかし、シリカガラスの仮想温度を変化させて低密度化することには限界があり、仮想温度とOH基濃度とを変化させたシリカガラスの熱膨張係数は20℃〜400℃の間で概ね6.0×10
-7/K〜6.5×10
-7/Kであることが報告されている(Journal of Non-Crystalline Solids, vol.355 (2009) p.323)。
【0037】
一方、従来、シリカガラスにフッ素ドープすると、員環構造を切断しガラス構造が変化することが知られており、例えば、員環構造の−Si−O−Si−結合角が変化することが報告されている(Journal of the Ceramic Society of Japan vol.120 (2012) p.447)。つまり、シリカガラスにフッ素をドープすることで、仮想温度を変化させ、シリカガラスを低密度化することができる。
【0038】
本発明では、フッ素基を持つガラスをクエンチ処理し、さらにアニール処理を組み合わせることで仮想温度のコントロールができるが、20℃〜50℃における熱膨張係数を4.0×10
-7/K以下とするためには仮想温度は1000℃以下が好ましく、900℃以下がより好ましい。仮想温度が1000℃超の場合は、シリカガラスが局所的な歪みを解消していない状態であることが多く、その場合、安定した低熱膨張性を発現できないことがある。なお、仮想温度はJournal of Non-Crystalline Solids vol.185 (1995) p.191に報告された計算式を基本として求めることができる。仮想温度は、シリカガラスのSi−O−Siの非対称伸縮振動の赤外吸収波数と相関することが報告されているが、ガラス構造中にフッ素がドープされることで振動数が変化することが予想される。事前にフッ素濃度が既知のガラスを所定の温度で熱処理して、その温度を仮想温度とみなし基本式で計算された値との差を補正係数として用いれば、フッ素ドープガラスの仮想温度を計算することができる。これら計算式は幾つか報告されており、本発明では、特許文献2で報告されているフッ素濃度が1wt%以上の場合に用いられる式を採用した。
【0039】
本発明のシリカガラス部材において、OH基濃度は10ppm以下であることが好ましい。OH基濃度が10ppm超である場合、フッ素濃度を1wt%以上にすることが困難な場合がある。これは、フッ素はOH基と交換されるのであるから、OH基濃度が高ければ、フッ素濃度は小さくなるという、トレードオフの関係にあることに起因している。
【0040】
このようにして得られるシリカガラス部材に含まれるFe、Cr、Ni、Cu及びTiの濃度はそれぞれ1wtppm以下であり、かつ、1000℃の温度での粘性率が10
14.5dPa・s以下であることが好ましい。
【0041】
ArFエキシマレーザー光源を用いた光リソグラフィー工程でシリカガラス部材を使用するためには露光波長193nmの光透過性が要求される。このとき、ガラス中の金属不純物は透過性を悪化させる原因となる。特に遷移金属であるFe、Cr、Ni、Cu、及びTiに代表される金属不純物は、電子の励起準位であるd軌道間のd−d遷移を起こし、吸収端を可視領域に有するため、紫外領域での透過性を著しく悪化させる。このため、これら金属不純物の濃度は、上記のとおり、それぞれシリカガラス部材中に1wtppm以下であることが好ましい。
【0042】
上記シリカガラス部材は、真空紫外光を光源とする光リソグラフィーに使用することができる。ここで、真空紫外光は、10〜200nm付近の波長を有する電磁波をいい、真空紫外レーザーには、ArFエキシマレーザー(193nm)やF
2レーザー(157nm)等がある。
【0043】
上記シリカガラス部材における、ArFエキシマレーザーの露光波長193nmの光透過性は、直線透過率で85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは91%以上であり、従来のシリカガラスの光透過率と同等以上である。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明は下記に示す実施例により制限されるものではない。
【0045】
[実施例1]
ガラス成形原料としてのSiCl
4を酸水素火炎中で加水分解させ、生成したシリカ微粒子を石英ガラス製のターゲットに堆積させて、直径200mm、長さ500mmの多孔質シリカ(スート)を得た。次いで、前記スートを炉に入れ、流量20L/minのHeガス雰囲気中、400℃/hの昇温速度で1200℃まで昇温した後、雰囲気ガスをSiF
4 20vol%+He 80vol%の混合ガスに切り換え(流量15L/min)、1200℃で3時間保持してフッ素ドープ処理を行った。
前記フッ素ドープ処理終了後、雰囲気はそのままとして、400℃/hの昇温速度で1400℃まで昇温し、1400℃で2時間保持して透明化処理を行って、直径120mm、長さ230mmのシリカガラスインゴットを得た。
インゴットを一旦常温に戻して、スライスして厚さ6.4mmの薄板にした後、その薄板を電気炉に入れて大気雰囲気中で昇温し、1100℃で1時間保持後に、炉体から引き抜き、大量の空気を吹き付けることにより20℃まで急冷させるクエンチ処理を行った。さらにクエンチ処理後に再度大気雰囲気中で100℃/hの昇温速度で1000℃まで再加熱し、自然放冷することでアニール処理を行い、シリカガラス部材を得た。
【0046】
得られたシリカガラス部材を切断し、円筒形に加工した後、光干渉型熱膨張計(アルバック理工LIX−2)で熱膨張測定を行った。さらに20mm×40mm×6.4mmの短冊状のサンプルを切り出し、光学研磨を実施した後に、真空紫外測定装置(JASCOVUV−200)で波長193nmの直線透過率を測定し、赤外線分光測定装置(Nicolet6700)で仮想温度、及びOH吸収ピークによるOH濃度を測定した。合わせてイオンクロマトグラフィーでF濃度分析、アルキメデス法(JISR1634)で密度測定、質量分析計で金属不純物分析、ビームベンディング法(ISO7884−4)で粘性率測定を行った。
【0047】
[実施例2]
実施例1において、SiF
4とHe混合ガスの比を30vol%:70vol%としたフッ素ドープ処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0048】
[実施例3、4]
実施例1において、SiF
4とHe混合ガスの比を30vol%:70vol%としたドープ処理を行ったことと、得られた薄板を1300℃で1時間のクエンチ処理後に800℃(実施例3)、600℃(実施例4)でアニール処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0049】
[実施例5]
実施例1において、SiF
4とHe混合ガスの比を8vol%:92vol%としたフッ素ドープ処理を行った以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0050】
[実施例6]
実施例1において、SiF
4とHe混合ガスの比を8vol%:92vol%としたフッ素ドープ処理を行ったことと、クエンチ処理後に薄板を800℃でアニール処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0051】
[実施例7]
実施例1において、クエンチ処理時に薄板を炉体から落下させ常温の水中に浸漬した以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0052】
[実施例8]
実施例1と同じように作製したスートを炉に入れ、流量20L/minのHeガス雰囲気中、400℃/hの昇温速度で1200℃まで昇温した後、雰囲気ガスをSiF
4 25vol%+He 75vol%の混合ガスに切り換え(流量15L/min)、1200℃で3時間保持してフッ素ドープを行った。
前記フッ素ドープ処理終了後、雰囲気はSiF
4 20vol%+He 80vol%の混合ガスにして、400℃/hの昇温速度で1400℃まで昇温し、1400℃で2時間保持して透明化処理を行って、直径120mm、長さ230mmのシリカガラスインゴットを得た。
得られたシリカガラスインゴットから作製した薄板(厚さ6.4mm)を大気雰囲気中1300℃で1時間保持後に、炉体から落下させ、常温の水中に浸漬してクエンチ処理を行った。さらにクエンチ処理後に再度大気雰囲気中で100℃/hの昇温速度で600℃まで再加熱し、自然放冷することでアニール処理を行い、シリカガラス部材を得た。
【0053】
[実施例9]
実施例1と同じように作製したスートを炉に入れ、流量20L/minのHeガス雰囲気中、400℃/hの昇温速度で1200℃まで昇温した後、雰囲気ガスをSiF
4 35vol%+He 65vol%の混合ガスに切り換え(流量15L/min)、1200℃で3時間保持してフッ素ドープを行った。
前記フッ素ドープ処理終了後、雰囲気はSiF
4 20vol%+He 80vol%の混合ガスにして、400℃/hの昇温速度で1400℃まで昇温し、1400℃で2時間保持して透明化処理を行って、直径120mm、長さ230mmのシリカガラスインゴットを得た。
得られたシリカガラスインゴットをゆっくり冷却し1300℃になったところで1時間保持後に、炉体から落下させ、常温の水中に浸漬することでクエンチ処理を行った。さらにクエンチ処理後に再度大気雰囲気中で100℃/hの昇温速度で400℃まで再加熱し、自然放冷することでアニール処理を行い、シリカガラス部材を得た。
【0054】
[比較例1]
実施例1において、SiF
4とHe混合ガスの比を5vol%と95vol%としたフッ素ドープ処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、シリカガラスを得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0055】
[比較例2、3]
比較例1において、薄板を1300℃で1時間保持した後にクエンチ処理し、1000℃(比較例2)、800℃(比較例3)でアニール処理を行ったこと以外は、比較例1と同様にして、シリカガラスを得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0056】
[比較例4]
実施例1において、クエンチ処理を省略した以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0057】
[比較例5]
実施例1において、アニール処理を省略した以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0058】
[比較例6]
実施例1において、クエンチ処理及びアニール処理を省略した以外は、実施例1と同様にして、シリカガラス部材を得た。その後、実施例1と同様の試験・評価を行った。
【0059】
実施例1〜9及び比較例1〜6の結果を表1に示す。また、実施例1の透過率曲線を
図1に示す。
【0060】
実施例では、シリカガラスは酸水素火炎で加水分解により得られるものについて記したが、シリカガラスは他の方法で製造したものでも良い。例えば、フッ素を加えてゾルゲル法などにより得たシリカガラスについて、クエンチ処理をして、その後、熱処理をしても良い。
【0061】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明のシリカガラス部材は、ArFエキシマレーザー(193nm)やF
2レーザー(157nm)等の真空紫外光を光源とする光リソグラフィーに好適に使用することができる。