(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
1型糖尿病(T1DM)は、膵臓のβ細胞の破壊を特徴とする代謝性自己免疫疾患であり、インスリン、すなわち血流から多くの種類の細胞内へのグルコースの吸収を促進し、肝臓のグルコースの血流内への放出/血流からの除去を調節する内分泌のフィードバックループに関与するホルモンを産生することを、身体ができなくなる。T1DM患者は、外部の源から血流へインスリンを供給することが必要であり、健常な血糖値を維持することが非常に困難である傾向がある。低血糖は非常に短い期間で影響をもたらし、例えば軽度の場合はめまいまたは失見当識、重篤な場合は合併症または意識喪失、重度の場合は昏睡または死亡をもたらす可能性がある。対照的に、高血糖状態は、短期であればほとんど影響をもたらさない。しかし、長期間にわたって血糖値が平均して高いと、例えば心血管疾患、腎不全および網膜の損傷のような様々な健康問題を引き起こす場合があり、多年にわたる可能性もある。
【0003】
この研究の究極の用途は、T1DM患者へのインスリンの自動供給用の人工膵臓(AP)である[1、2、3]。特に、APにおいて、持続皮下インスリン注入(CSII)用のポンプによりインスリンの供給(制御入力)が行われ、グルコースの感知(フィードバックのための出力測定)が持続血糖モニタ(CGM)に基づく、皮下−皮下APスキームが開発されている[4]。完全自動化APの重要な要素は、効果的かつ安全なアルゴリズムのインスリン投与を実行するフィードバック制御法である。例えば、モデル予測制御(MPC)[5、6、7、8、9]または比例−積分−微分制御[10、11]に基づくグルコースコントローラが提案されている。我々はゾーンMPC戦略の開発に徐々に焦点を当てるようになっていった[12、13、14]。これは、単一の設定点を追跡するというよりも、標的領域内に含まれることに対して血糖値を制御するものである。これは、2つの理由により、コントローラの実生活の操作において有効であることが証明されている。第1に、ヒトの生理機能の対象間および対象内の変動が大きいため、一般に、プラントモデルの大きな不一致があることである。第2は、フィードバック信号が、CGMによって5分ごとに提供される血糖値の推定値で、大きな誤差および遅延に悩まされており、その両者が時間変動特性を有し、モデル化および修正が困難であることが証明されてきたことである。ゾーンMPCを利用することにより、血糖値が標的ゾーン内にあると推定されたときの状態推定値における、ノイズへの過度な応答に対するロバスト性が得られる。
【0004】
MPC[15、16]で典型的なように、APにて通常利用されるコスト関数は、グルコース出力の偏差、すなわち予測グルコースレベルと設定点との間の差異、またはゾーンMPCの場合には標的ゾーンまでの距離に対してペナルティを課す。それは、プラントモデルの不一致と長時間の予測範囲がなければ、MPCで頻繁に生じるように、効果的な制御に至る可能性がある。しかし、APは大きなプラントモデルの不一致を伴って動作するのが必然的であり、実際に長時間の予測範囲は有用な予測をもたらさない。我々は、45分の予測範囲を用いている。これは、大きな食事による高血糖の変動(告知なしであれば最大8時間)よりも著しく短い。さらに、CGMの感知およびCSIIの供給に関連する長時間の遅れがある。標準的な二次の出力コスト関数を使用した結果、APは、過去のインスリンの供給によって駆立てられることにより、予測グルコースレベルが標的ゾーンに既に安定に収束している可能性のあるときに、高血糖の変動の測定上のピークに達した後でさえも、インスリンの供給を駆立て続ける。コントローラは、標的ゾーン内のグルコース値の到達を早めることを目的とする。これは頻繁に達成されているが、インスリンの過剰供給によるコントローラ誘導性低血糖という望ましくない結果を伴うことがよくある。この解決策は、典型的には、コントローラを性能低下調整して、インスリンの供給が、高血糖の変動の「上り」と「下り」の区間両方で消極的であるようにし、グルコースのピークがより高く、また標的ゾーン外で費やされる時間がより長くなるようにすることである。
【0005】
発明者らは、本明細書において、MPCコスト関数における速度重み付け機構を開示し、その値および血糖の軌道の変化レートの両方を考慮に入れて、予測されるゾーンの変動にペナルティを課すようにしている。開示の機構により、制御の設計者は幾分か新たな自由度が得られ、高血糖性の変動の下りの区間に対し上りの区間のAPの応答が幾分か分離されている設計を促進する。上りの区間の開始に向けて、変動する間により多くのインスリンをより早期に供給し、コントローラが下りの区間に少なく供給できるようにすることが目的である。関連する研究[17]で、発明者らは、コスト関数に「速度ペナルティ」項を追加することを提案した。これは予測グルコースレベルの変化レートに直接基づいて、上りの移行中により積極的な供給をもたらすものである。この追加した項は、グルコースの軌道が上りであるとき、他の様式で消極的なコントローラが「特別なキック」をすることを許容するが、この機構は軌道が下りであるときコントローラが「後ずさり」することを積極的に許容しない。ここで提案される速度重み付け機構は、この後者の目的に役立つ。提案の機構は、固定費を利用して出力値にペナルティを課す代わりに、また、グルコース速度に直接的にペナルティを課す代わりに、速度の関数である重み付けに基づいて、出力値にペナルティを課すようにする。グルコース速度が低下するにつれて、平滑にゼロに収束するコストを選択することにより、MPCコスト関数は、入力コストによっていっそう支配されて、出力コストを積極的に無視していく。次いで、最適化されたインスリンの供給コマンドが、対象の基礎注入レートである、所望されるような入力の設定点に収束する。
【0006】
状態依存性の/二次コスト関数は、ハイブリッドMPC戦略における標準的な手法であり、整数計画問題に至る。開示されたアプローチは独特であり、速度(すなわち、状態)に基づき二次的な(線形を含むことができる)コストを滑らかに調節する。滑らかさにより、生じた最適化問題を一連の二次計画法(QP)の問題により解決することが可能になる。
【発明の概要】
【0007】
本発明は、インスリンの供給の速度重み付け制御をするための方法、装置、アルゴリズム、およびシステムを提供する。
【0008】
一態様において、本発明は、グルコース速度の関数である因子により調節されたコストで予測されたグルコースアウトカムにペナルティを課すこと、ここでグルコースレベルが高い場合、グルコースアウトカムは、次第に負になるグルコース速度に対して徐々に少ないペナルティを課し、および/または、既に正常血糖ゾーンに収束している場合の高血糖グルコース値は、高血糖状態で安定している場合よりも、コントローラによる矯正作用が少なくなることを含む、1型糖尿病用の人工膵臓の速度重み付け制御の方法を提供する。
【0009】
別の態様において、本発明は、MPC問題のコスト関数内で積分可能な速度重み付け機構を含む1型糖尿病を処置するための人工膵臓(AP)のクローズドループ動作用のモデル予測制御(MPC)の方法であって、予測される高血糖の血糖変動は、予測血糖値の変化レートに基づいてペナルティを課され、高血糖の変動に対するAPの上り対下りの応答を独立して形成することを備える方法を提供する。
【0010】
別の態様において、本発明は、インスリンの供給を制御する方法であって、
(a)コントローラ誘導性低血糖の発生を減少させる速度重み付けと、より有効な高血糖の矯正をもたらす速度ペナルティとを組み合わせること、
(b)コントローラがインスリンの供給をより容易に減弱することを可能にすることによって安全性を向上させる非対称的な入力コスト関数、および高血糖状態が矯正過程にあるときにコントローラの積極性を戦略的に減少させることによって、コントローラ誘導性低血糖の防止を促す速度重み付けコスト関数を採用すること、または
(c)高血糖の変動の上りの区間では積極的であるが下りの区間では消極的な制御を与えるために速度重み付けを使用すること、それにおいてグルコース偏差にペナルティを課すために使用される二次コストが速度依存性であり、二次コストパラメータそれ自体が、グルコース出力の変化レートの関数である、
を含む方法を提供する。
【0011】
開示の方法は、例えば、インスリンポンプ、持続血糖モニタリングシステム、または人工膵臓において、血糖測定のフィードバックに基づいて、1型糖尿病患者へのインスリンの供給を制御する装置、戦略、またはさらなるアルゴリズムに組み込むことができる、1型糖尿病を処置するための人工膵臓のモデル予測制御(MPC)アルゴリズムにおいて実施することができる。
【0012】
開示された方法は、以下のものと作動的に組み合わせることができる:
(a)持続血糖モニタ(CGM)用センサ;
(b)状態フィードバック制御システム;および/または
(c)警報または通知システム。
【0013】
また、本発明は開示された方法を実施するようにプログラムされたコントローラ、および1型糖尿病を処置すべくインスリンの供給を制御するためのそのようなコントローラの使用をもたらす。
【0014】
別の態様において、本発明は、開示の方法を実施するようにプログラムされたコントローラ、状態モニタリングシステム、薬物ポンプまたは計量システム、および任意で供給される薬物(例えばインスリン)を含む、薬物供給システムを提供する。
【0015】
別の態様において、本発明は、開示の方法を組み込む1型糖尿病を処置するための人工膵臓のモデル予測制御(MPC)用の方法を提供する。
【0016】
本質的に、本明細書に記載の方法、装置、アルゴリズムおよび薬物指示システムを含むさらなる実施形態、ならびに列挙した特定の実施形態のすべての組み合わせにおいて、様々な態様を実施または実装することができる。
【0017】
個々の刊行物または特許出願が具体的かつ個別に参照により組み込まれることを示しているかのように、本明細書に引用されるすべての刊行物および特許出願は参照により本明細書に組み込まれる。前述の発明は、理解を明瞭にする目的で、例示および実施例によってある程度詳細に記載してきたが、当業者には、添付の特許請求の範囲の精神または範囲から逸脱することなく、本発明の教示に照らして特定の変更および修正がなされてもよいことが容易に明白となる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1型糖尿病患者の血糖濃度を正常血糖ゾーン(80〜140mg/dL)内に維持するように設計された成功した人工膵臓システムにおける重要な要素は、1型糖尿病の対象に投与されるインスリンの供給を自動的に指示する制御アルゴリズムである。制御アルゴリズムには多くの種類がある。本発明は、「モデル予測制御」(MPC)アルゴリズムに基づく制御戦略の部類に関連する。これらは、予測されたグルコースアウトカム、およびコスト関数としても知られている目的関数に関して最適なインスリンの供給を実行する、リアルタイムの最適化に基づくコントローラである。
【0020】
本発明は、インスリン過剰供給のリスクを戦略的に低下させることにより人工膵臓装置の安全性を改善し、結果として生じるコントローラ誘導性低血糖を改善する。これは、MPCの最適化で使用する目的関数の新規な構造を採用することによって達成される。予測されるグルコースアウトカムにペナルティを課すために、典型的にMPCで使用されるような線形または二次関数などの固定費の代わりに、本発明は、線形または二次(または、さらに一般的なものさえも)であるが、グルコース速度の関数、すなわち血糖濃度の変化レートである因子による調節であり得るコストを採用する。具体的には、グルコースレベルが高い場合、グルコースアウトカムは、次第に負になるグルコース速度に対して徐々に少なくペナルティを課す。したがって、高いグルコース値を固持している場合、グルコース値が下降している軌道において同様に高い場合よりも、コントローラが積極的になる。さらに、グルコース降下のスピードが増すと、コントローラは一定の限界まで徐々に消極的になる。
【0021】
本発明は、線形、二次、またはより一般的なコスト構造であっても、MPC目的関数で採用される典型的なコストに、高血糖グルコース予測によって負うコストの一部と乗算するさらなる項を付加することによって機能する。
【0022】
この項は、設計パラメータであり、ペナルティを課される予測時点のグルコース速度(変化レート)に基づいて典型的なMPC制御行動を調節する、いわゆる「速度重み付け」関数である。すべてのグルコース速度について速度重み付け関数を単一に設定すると、標準的なMPCコントローラに至る。本発明は、予測されるグルコース速度が徐々に負になるにつれて速度重み付け関数を十分明確にゼロに収束するように単一でないよう設計することによって、機能する。したがって、既に高血糖グルコース値が正常血糖ゾーンに収束している場合は、高血糖状態で安定している場合よりも、コントローラによる矯正作用が少なくなる。結果として生じるMPC問題は、もはやMPCで一般的に採用されている線形計画、二次計画、またはより一般的な凸計画ではない。本発明は、一連の二次計画法と同様の方法によって、結果として生じる最適化問題に対する最適解を計算する。
【0023】
本発明は、例えば、インスリンポンプ、持続血糖モニタリングシステム、または人工膵臓において、血糖測定のフィードバックに基づいて、1型糖尿病患者へのインスリンの供給を制御する装置、戦略、またはさらなるアルゴリズムに組み込むことができる、モデル予測制御アルゴリズムを提供する。本発明は、1型糖尿病患者らの血糖値を正常血糖範囲(80〜140mg/dL)に維持する際に、血糖測定に基づくモデル予測制御をフィードバックとして使用する人工膵臓の能力を改善するために利用することができる。
【0024】
本発明は、University of Virginia/パドヴァのFDA受託代謝シミュレータ、および本発明とは無関係の臨床諸研究から得られた歴史的な試験データで妥当とされ、実験的な人工膵臓装置/システムで実施されている。
【0025】
例:T1DMを処置するための人工膵臓のMPCにおけるコントローラ誘導性低血糖を防止するための速度重み付け
I.1型糖尿病を処置するための人工膵臓(AP)のクローズドループ動作用のモデル予測制御(MPC)の戦略の設計が開発されている。予測血糖値の変化レートに基づいて、予測される高血糖の血糖変動にペナルティを課すことを促進する、MPC問題のコスト関数内で積分可能な速度重み付け機構を開示している。本方法は、制御設計者に、特に下りの応答を強調して高血糖の変動に対するAPの上り対下りの応答を独立して形成する自由をいくらか提供する。本提案は、皮下のグルコース感知および皮下のインスリン注入が大幅に遅れたことに一部起因する、食後などの大きな高血糖性の変動後のコントローラ誘導性低血糖の危険な問題に取り組む−その事例をここで考察する。提案している解決法の有効性は、告知有りおよび告知なしの食事シナリオ双方に関しUniversity of Virginia/パドヴァの代謝シミュレータを用いて実証されている。
【0026】
II.MPCの設計
A.インスリン−グルコース伝達関数
[13]のインスリン−グルコースモデルをここで採用し、以下に要約する。このモデルは、離散時間、線形時不変(LTI)システムであり、サンプル期間がT=5[min]である。時間ステップのインデックスをiで示す。スカラーのプラント入力は、サンプル期間当たりに供給される、投与されるインスリンボーラスu
IN,i[U]であり、スカラーのプラント出力は、対象の血糖値y
BG,i[mg/dL]である。このプラントは、定常状態の周囲で線形化される。それは、対象固有の時間依存的な入力基礎レートu
BASAL,i[U/h]を適用することで達成されると仮定され、また定常状態の血糖出力y
s=110[mg/dL]に至ると仮定される。
【0027】
LTIモデルの入力u
iおよび出力y
iは、
【数1】
【0029】
逆方向シフト演算子をz
−1で、入力u
iおよび出力y
iの時間領域信号のz変換をそれぞれY(z
−1)およびU(z
−1)により表す。uからyへの伝達特性は
【数2】
【0030】
で記載し、
極はp
1=0.98、p
2=0.965、いわゆる安全因子はF=1.5(単位なし、個人化できるが、本明細書では1.5に固定)、対象固有の1日のインスリン総量はu
TDI[U](正のスカラー)で、ここで定数
c:=−60(1−p
1)(1−p
2)
2
が、正しい利得を設定するため、および単位換算のために使用される。
【0031】
1800の項は、急速作用のインスリンの供給に対する血糖の低下を推定する「1800ルール」に由来するものである[18]。
【0032】
B.状態空間モデル
ここで利用している(1)の状態空間の実現は、
x
i+1=Ax
i+Bu
i(2a)
y
i=C
yx
i(2b)
v
i=C
yx
i(2c)
【数3】
【0033】
3つの(A、B、C
y)は(1)を表す。プラントモデルの不一致がなければ、x
i:=[y
i y
i+1 y
i+2]
Tであることに留意されたい。第2の出力行列C
vは、(2c)の出力v
iが、次の2T=10minにわたって、単位がmg/dL/minである血糖値の変化レートの平均の推定を提供するように選択された。出力v
iは、以後「速度」と呼び、提案している速度重み付けで使用する。この速度出力の概念は、[17]で最初に導入された。
【0034】
C.状態の推定
状態の推定は、各ステップiにおいて、線形状態推定器によって提供される(例えば、[19]を参照されたい)。簡潔にするために、状態推定器の詳細を省略しているため、状態x
iがすべてのiに対して利用可能であるという簡略化した仮定をする。モデル(2)の状態xは推定しかできないので、実際の状態と推定された状態間での表記上の区別はしていない。
【0035】
D.血糖標的ゾーン
本研究では、血糖標的ゾーン、すなわち基礎レートのみが供給される血糖値は、[80、140]mg/dLという範囲であり、これは[12、13]と同じである。簡略化のために、ゾーンは時不変にしており、[14]とは対照的である。
【0036】
(符号化されている)ゾーン変動
【数4】
【0039】
E.インスリン供給の制約
各ステップiでは、コントローラは
0≦u
i+u
BASAL,i≦u
MAX、(3)
という制約を実施しなければならず、
式中u
MAXは、選択されたCSIIポンプが供給できる最大のボーラスの大きさを示している。本研究では、u
MAX=25[U]を選択している。このボーラスの大きさは非常に大きいので、コントローラによっていずれ命令される可能性は非常に低いということに留意されたい。
【0040】
インスリンの供給は、インスリンの供給履歴に基づく制約であるインスリンオンボード(IOB)の制約の影響をさらに受け、例えば食事によるボーラス後に多くのインスリンが供給されたばかりであるときに、過剰供給を防止する。IOB制約の概念は[20]から取得し、わずかに変更している。変更の理由はここでは説明しないが、記載されているIOB制約は臨床試験で効果的であることが証明されている。1=2、4、6および8用のベクトル
【数6】
【0041】
を、
図1に示す2、4、6および8時間それぞれの減衰曲線を表すものとする。曲線はT=5min間隔でサンプリングされ、各曲線は持続時間が8時間であり、必要なときに末尾にゼロを増やす(8h/T=96)。ステップiで適用可能な減衰曲線θ
iは、現在のグルコース値y
BG,iに依存する:
【数7】
【数8】
【0042】
は、線形化されたインスリン注入コマンドであるu
iの8時間の履歴を示すものとするが、任意のステップで値をゼロに設定することは、手動の食事によるボーラスが供給されたことである。さらに、食事によるボーラスの8時間の履歴を
【数9】
【0043】
現在のIOBの量の計算を
【数10】
【0044】
現在の血糖値に依存するIOBの必要量を
【数11】
【0045】
で、患者のいわゆる補正係数をC
f(mg/dL)/U]で示す。各時間ステップiにおいて、IOBの上限u
IOBが、その後、
【数12】
【0047】
それは、u
IOB≧0およびu
IOB=0が、コントローラがu
BASAL,iほど絶対的に供給しないことを意味するという点を保持している。したがって、大規模なボーラスの後、インスリンの供給は一時的に基礎レートに制限されるが、IOBの制約はインスリンの供給を基礎レート未満に抑制することができないことに留意されたい。
【0048】
F.MPC問題
MPCの背景について、読み手は、[15、16]が示される。正の整数の集合を
【数13】
【0049】
で、連続する整数{a、...、b}の集合を
【数14】
【0050】
で、予測入力u、状態x、グルコース出力y、および速度出力vをそれぞれu、x、y、vで、予測範囲を
【数15】
【0052】
で、非負の制御入力および非正の制御入力に対する重み付け係数を各々
【数17】
【0054】
で表す。次に、MPCは、各ステップiにおいて、最適な予測制御入力軌道
【数19】
【0056】
を適用することによってクローズドループ制御を実行し、以下のように特徴付けられる。
【0059】
により判定され、以下に曝される。
【数23】
【0060】
式(6a)〜(6d)は、モデル(2)の予測力学を実施させ、現在の状態に初期化する。式(6e)および(6f)は、それぞれ制御範囲にわたる入力の制約(3)および(4)を実施させる。式(6g)は、制御範囲を超えて正確に基礎レートが供給されることを意味する。式(6h)および(6i)は、それぞれ(5)でペナルティを課すための上側および下側のゾーンの偏差を提供し、ゾーンの偏差の非対称的なペナルティを促進する。式(6j)および(6k)は、入力uの基礎レートからの正および負の偏差をそれぞれ提供し、再び非対称的なコスト関数を促進する。非対称的な入力コスト関数は[17]で提案され、臨床試験において有効であることが証明されている。
【0061】
G.ポンプ離散化
各ステップiにおいて、上記のMPC問題に対する解が計算された後、判定された
【数24】
【0062】
が、0.05UのCSIIポンプ離散化の最も近い整数倍に切り捨てられる。切り捨てられた部分は、いわゆるキャリーオーバー方式で次のステップにおいて加えられる。それ以外は、制御コマンドの後処理は行わない。
【0063】
H.速度重み付け関数Q(・)
我々の研究の1つの貢献は、(v)=1
【数25】
【0064】
よりも一般的な速度重み付け関数Q(・)を考察していることである。Q(v)がすべての速度vに対して単一である場合、出力コスト関数は標準的な(ゾーン)MPC関数である。ゾーンの偏差のコストは不変かつ対称的であり、得られるコスト関数(5)は[17]で採用されたものであるが、[17]で提案された速度ペナルティはない。本研究では、
図2に示した(7)の速度重み付け関数を10
−6=ε<<1で使用している。v>0ならばQ(v)=1(すなわち、非負の速度の標準的なMPC解が得られる)、v<−1であればQ(v)=ε<<1(すなわち、ゾーン変動は効果的に、急峻な負のグルコース速度に対してまったくペナルティを課さず、入力の設定点が指令されるに至る)、また、−1≦v≦0のときに平滑に遷移し、MPCの解が、速度が徐々に負になるにつれて、入力された設定値にゆっくり収束するという所望の特徴を備えている。十分に提起された問題に至るにはε>0を要する。
【数26】
【0065】
Q(・)が正の定数である場合、MPC問題は連続した厳密に凸のQPとして投げかけることができる。Q(・)がより一般的な関数である場合、MPC問題はQPではないが、Q(・)の連続性と滑らかさの穏やかな仮定の下で、MPC問題の解を一連の二次計画法によって得ることができる。
【0066】
[実施例]
III.例および考察
A.シミュレーションのセットアップ
このセクションでは、
図2に示した速度重み付け関数を利用した、開示の速度重み付けMPCを、以下のシナリオに基づいて、University of Padova/バージニア州の食品医薬品局(FDA)受託の代謝シミュレータ[21]により、Q(v)=1で、「標準的なMPC」と比較している。シミュレーションは真夜中に開始し、持続時間は20時間で、04:00に90グラムの炭水化物の食事を摂取させる。シミュレータとコントローラ両方のパラメータは時不変であるため、食事摂取の時間帯は無関係である。我々は、告知なしの食事と、告知有りの食事のいずれかを検討する。告知なしの食事は、フィードバックのみに基づいて食事の乱れが拒まれ、告知有りの食事は、食事によるボーラスが食事の消化開始時に供給され、ボーラスの大きさは、インシリコの対象のパラメータに対して最適なものである。コントローラのパラメータは、N
y=9(すなわち、45分の予測範囲)、N
u=5(すなわち、25分の制御範囲)、
【数27】
【0067】
である。制御用のフィードバック信号はシミュレータのCGM信号であるが、付加的なノイズはない。CGMノイズは、開示のコントローラの速度重み付け作用を実証するために、本研究で提示された事例では省いている。ノイズがなければ、速度重み付けMPCと標準的なMPCとの間の差異は、高血糖の変動のピーク後にのみ生じる。しかし、CGMノイズがある場合や、より厄介なシナリオである事例が検証され、これらのケースについても全体の結論は保持している。
【0068】
B.単一の対象の例
開示の速度重み付けMPCを標的とする状況のシミュレーションの例を
図3に示す。標準的なMPCを使用すると、血糖値が既にゾーンに向かって下降しているピーク後に顕著なインスリン注入が起こり、09:30に低血糖が引き起こされる。コントローラは08:30頃から10:00までポンプを停止し、幾分リバウンドした後にグルコースが安定する。対照的に、提案の速度重み付けMPCは、ピークに達した直後に基礎レートにインスリン注入を減少させ、降下を減速する。低血糖は誘発されず、06:00より後、コントローラは、ポンプの停止を必要とせず、グルコースのリバウンドを伴わずに、基礎レートを持続的に供給している。
【0069】
図4の例では、標準的なMPCは低血糖を誘発しないが、速度重み付けMPCはやはり、降下中インスリンの供給の明らかな減少をもたらしている。この例は、提案している戦略の潜在的な欠点を示している。一部の対象に関しては、この提案によりゾーンへ戻るのがより遅くなり、高血糖で過ごす時間が長くなるのである。しかし、そのような対象は、より積極的に調整したコントローラ、すなわち提案の速度重み付けMPC戦略とより小さい
【数28】
【0070】
とを組み合わせることにより、上昇中により多くのインスリンを供給して、おそらくはピーク時のグルコース値を減少させ、高血糖の時間を短縮する。本開示では、提案された速度重み付けのみによって誘導されたグルコースアウトカムの差異を解明するために、
【数29】
【0072】
上記の例では、告知なしの食事であったが、提案している速度重み付けによって、告知有りの食事でも低血糖のリスクが軽減されている。
図5の例では、IOBの制約が、04:00に供給される食事によるボーラスのために、コントローラが05:45まで基礎レートを超えて供給するのを防いでいる。05:45の後、グルコース降下中、標準的なMPCは基礎レートを超えて供給し、09:45に低血糖が誘発され、関連するポンプが停止し、続いてグルコースのリバウンドが生じている。対照的に、開示の速度重み付けMPCは、05:45の後にIOBの制約が緩和されても、食事によるボーラス後に基礎レート付近で供給し続け、低血糖は誘発されていない。
【0073】
C.IOBの制約の調整に関する所見
図1に示す減衰曲線に基づいてIOB制約機構を調整する場合、トレードオフがなされる。一方で、減衰曲線がより長いと、より少ないインスリンの供給に至る。なぜなら、供給されるインスリンがより長い間活性化されるようにモデル化され、そのため、食事によるボーラス後に、コントローラが高血糖の矯正を試みる余地を得るまでにより長い時間がかかるからである。標準的なMPCおよび
図5の場合には、より長い減衰曲線を使用することが、コントローラ誘導性低血糖を防いでいたであろう。一方、コントローラに対し、高血糖を制御する余地をより多く許容することが一般に望ましい。提案の速度重み付けMPCを利用することで、このトレードオフが部分的に緩和される:より短い減衰曲線を使用することができ、食事によるボーラス後早期に上昇しているか持続的に高いグルコース値を制御する余地をコントローラがより多く得て、その一方で食事によるボーラスの遅れた作用によってグルコース値が低下しているときに、インスリンを過剰に供給させない。
【0074】
D.集計結果
10の対象および100の対象シミュレータコホートからなるUniversity of Padova/バージニア州代謝シミュレータの全コホートの制御変動グリッド解析(CVGA)[22]を検討する。後者には101番目の「平均」対象が含まれ、結果として111のインシリコの対象を組み合わせたコホートとなった。告知なしの食事および告知有りの食事のCVGAのプロットをそれぞれ
図6および
図7に示す。上部の小区画は標準的なMPCで結果を示し、下部の小区画は提案された速度重み付けMPCに対するものである。各インシリコの対象の結果は、黒い点で示されている。大きな青い点は個々の点の算術平均であり、青い円は各点のコホートの平均値までの距離の標準偏差である半径を有し、それぞれ、根底にあるCVGAの空間の観点である。円の半径、さらにCVGAゾーンの含有率も表Iに示す。
【表1】
【0075】
CGMノイズがなく固定の
【数30】
【0076】
であるため、各対象のグルコースのピーク(垂直方向の位置)は、両方のMPC戦略で等しい。MPC戦略は、最下点の深さ(水平方向の位置)にのみ影響する。告知なしの食事の場合、ほとんどの対象は左にシフトしている、すなわち、最下点が高くなり、低血糖のリスクが低下していることを意味している。平均値は大きく左にシフトし、広がりは小さくなる。告知有りの食事については、食事告知のフィードフォワード性のためにピークが顕著に低くなる。多くの対象にとって、標準的なMPCと提案された速度重み付けMPCとの間に差はない。しかし、左への全体的なシフトがあり、拡散はより少なく、少数の対象に関して、速度重み付けの使用は、コントローラ誘導性低血糖の重大なリスクを明らかに緩和する。
【0077】
IV.結論
APのMPCのための速度重み付け機構が開示されており、予測血糖値の偏差がコスト関数によってペナルティを課されるようにする。それは、偏差の大きさと、予測グルコース値が要素である軌道の速度の両方を考慮に入れている。したがって、MPCコスト関数は、より「速度を意識する」ようにされ、高血糖の変動の上りの区間と下りの区間の間のAPの応答は、幾分独立して調整され得る。シミュレーションの例によって、コントローラ誘導性低血糖のリスクは、設計目的通り、開示の戦略により緩和されることが証明された。
【0078】
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