特許第6853551号(P6853551)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6853551複合繊維及びその製造方法、ならびに吸着材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6853551
(24)【登録日】2021年3月16日
(45)【発行日】2021年3月31日
(54)【発明の名称】複合繊維及びその製造方法、ならびに吸着材
(51)【国際特許分類】
   D01F 8/02 20060101AFI20210322BHJP
   B01J 20/24 20060101ALI20210322BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20210322BHJP
   D06M 15/05 20060101ALI20210322BHJP
【FI】
   D01F8/02
   B01J20/24 B
   B01J20/30
   D06M15/05
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-191017(P2017-191017)
(22)【出願日】2017年9月29日
(65)【公開番号】特開2019-65414(P2019-65414A)
(43)【公開日】2019年4月25日
【審査請求日】2020年5月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 http://www.fiber.or.jp/jpn/events/2017/autumn/index.html 平成29年度繊維学会秋季研究発表会のプログラム(第7頁) 平成29年9月11日掲載
(73)【特許権者】
【識別番号】000003506
【氏名又は名称】第一工業製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100076314
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 正人
(74)【代理人】
【識別番号】100112612
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲士
(74)【代理人】
【識別番号】100112623
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 克幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163393
【弁理士】
【氏名又は名称】有近 康臣
(74)【代理人】
【識別番号】100189393
【弁理士】
【氏名又は名称】前澤 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100203091
【弁理士】
【氏名又は名称】水鳥 正裕
(72)【発明者】
【氏名】橋本 賀之
(72)【発明者】
【氏名】北村 武大
(72)【発明者】
【氏名】後藤 太一
(72)【発明者】
【氏名】田村 裕
(72)【発明者】
【氏名】古池 哲也
(72)【発明者】
【氏名】西田 健亮
(72)【発明者】
【氏名】デチョジャラッシ ダゥアカモル
【審査官】 斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2004/003130(WO,A1)
【文献】 特開平10−279604(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 8/00 − 9/00
B01J 20/00 − 20/28
B01J 20/30 − 20/34
D06M 13/00 − 15/715
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサン繊維の表面に、I型結晶構造を有しかつアニオン性官能基を有するセルロース繊維を担持してなる、複合繊維。
【請求項2】
平均繊維径が10μm以上1200μm以下である、請求項1に記載の複合繊維。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の複合繊維を製造する方法であって、
キトサン塩水溶液を、セルロース繊維とアルカリを含む凝固液中で紡糸し複合繊維を得る工程を含む、複合繊維の製造方法。
【請求項4】
前記凝固液中のセルロース繊維の濃度が0.001質量%以上0.4質量%以下である、請求項3に記載の複合繊維の製造方法。
【請求項5】
前記凝固液中のアルカリの濃度が0.01質量%以上40質量%以下である、請求項3又は4に記載の複合繊維の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の複合繊維を含有する、吸着材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合繊維、より詳細にはセルロース繊維を担持したキトサン繊維、及びその製造方法に関する。また、該複合繊維を含む吸着材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、キトサン繊維として、キトサンを酸性水溶液に溶解し、得られたキトサン溶液を塩基性の凝固用溶媒中でノズルから湿式紡糸して繊維化したものが知られている(特許文献1参照)。かかるキトサン繊維は水により膨潤しやすいことから、例えばキトサン繊維を担体として用いた吸着材では、強度低下しやすいという課題がある。また、キトサン繊維を用いた吸着材では、アニオン性基を有する誘導体や、酸素酸塩や、酸性化合物や、等電点が生理的pHよりも酸性側にある、あるいは複数のカルボキシル基を持ったアミノ酸を多く含む酸性タンパク質に対する吸着能は高いが、含窒素化合物や、等電点が生理的pHよりも塩基性側にある、あるいは複数のアミノ基を持ったアミノ酸を多く含む塩基性タンパク質に対する吸着能は低いため、親和性を有するリガンドなどを合成化学的に修飾する必要がある。
【0003】
ところで、特許文献2には、セルロース繊維の表面をキトサンで被覆したセシウムの吸着材が開示されている。この文献では、酸化剤によるセルロースの酸化的開裂反応により得られるアルデヒド基を、キトサンのアミノ基と反応させることにより、セルロース繊維をキトサンで被覆しており、キトサン繊維にセルロース繊維を被覆または担持することは記載されていない。
【0004】
特許文献3には、キトサンと酸化セルロースとを含んでなる創傷包帯用組成物が開示されており、キトサンのアミン基と酸化セルロースのカルボキシレート基との間での化学的複合化が記載されている。しかしながら、該酸化セルロースは、四酸化二窒素や過酸化水素などの酸化剤を用いて、レーヨンなどの再生セルロースを酸化したものであるためI型結晶構造を有していない。また、特許文献3には、キトサンと酸化セルロースとの均質混合物が記載されており、キトサン繊維にセルロース繊維を担持することは記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−031702号公報
【特許文献2】特開2015−169633号公報
【特許文献3】特表2006−514843号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の実施形態は、キトサン繊維にI型結晶構造を有するセルロース繊維を複合化することにより、キトサン繊維の水による膨潤を抑えることができ、酸性タンパク質等の酸性物質だけはなく、含窒素化合物や塩基性タンパク質等の塩基性物質に対する吸着能を持つ複合繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明の実施形態に係る複合繊維は、キトサン繊維の表面に、I型結晶構造を有しかつアニオン性官能基を有するセルロース繊維を担持してなるものである。
【0008】
本発明の実施形態に係る複合繊維の製造方法は、該複合繊維を製造する方法であって、キトサン塩水溶液を、セルロース繊維とアルカリを含む凝固液中で紡糸し複合繊維を得る工程を含むものである。
【0009】
本発明の実施形態に係る吸着材は、上記複合繊維を含有するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の実施形態に係る複合繊維であると、キトサン繊維の表面にセルロース繊維を担持することで、水による膨潤を抑えることができ、機械的強度を向上できる。また、キトサン繊維の持つアミノ基とセルロース繊維の持つアニオン性官能基により、酸性タンパク質等の酸性物質だけでなく、含窒素化合物や塩基性タンパク質等の塩基性物質も吸着することができる。
【0011】
また、本発明の実施形態に係る製造方法であると、凝固液中のセルロース繊維、および、アルカリの濃度を調整することにより、複合繊維の繊維径を変化させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】凝固浴中のTOCN濃度と複合繊維の破断強度との関係を示すグラフ
図2】凝固浴中のTOCN濃度と複合繊維の破断伸度との関係を示すグラフ
図3】凝固浴中のTOCN濃度と複合繊維の膨潤率との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0014】
本実施形態に係る複合繊維は、キトサン繊維(A)と、該キトサン繊維の表面に担持したセルロース繊維(B)とを含むものである。
【0015】
[キトサン繊維(A)]
キトサン繊維は、カチオン性多糖であるキトサンからなる繊維である。キトサンは、天然高分子であるキチンの脱アセチル化物であり、脱アセチル化により形成されたアミノ基を有する。キトサン繊維としては、特に限定されないが、例えばキトサン溶液を湿式紡糸して得られたものでもよい。
【0016】
キトサン繊維の平均繊維径は、特に限定されず、1〜1000μmでもよく、1〜400μmでもよく、1〜200μmでもよい。キトサン繊維の平均繊維径は、光学顕微鏡観察により20本の繊維の繊維径の相加平均により求めることができる。
【0017】
[セルロース繊維(B)]
セルロース繊維としては、I型結晶構造を有しかつアニオン性官能基を有するものが用いられる。
【0018】
セルロースI型結晶は天然セルロースの結晶形であり、I型結晶構造を有することにより、セルロース繊維に水不溶性を持たせて、複合繊維の水に対する膨潤を抑えることができる。またセルロース繊維がI型結晶構造を有することにより、キトサン繊維との複合繊維の機械的強度が向上する効果が得られる。
【0019】
セルロース繊維がI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14°〜17°付近と、2θ=22°〜23°付近の2つの位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
【0020】
セルロース繊維の持つアニオン性官能基としては、例えば、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基、硝酸基、ホウ酸基、及び硫酸基からなる群から選択される少なくとも1種が挙げられる。本明細書において、カルボキシル基は、酸型(−COOH)だけでなく、塩型、即ちカルボン酸塩基(−COOX、ここでXはカルボン酸と塩を形成する陽イオン)も含む概念である。リン酸基、スルホン酸基、硝酸基、ホウ酸基、及び硫酸基についても、同様に、酸型だけでなく、塩型も含む概念である。
【0021】
一実施形態において、アニオン性官能基としてはカルボキシル基が好ましい。カルボキシル基を含有するセルロース繊維としては、例えば、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基を酸化してなる酸化セルロース繊維や、セルロース分子中のグルコースユニットの水酸基をカルボキシメチル化してなるカルボキシメチル化セルロース繊維が挙げられる。
【0022】
セルロース繊維におけるアニオン性官能基の量は、特に限定されず、例えば、0.5〜3.0mmol/gでもよく、1.5〜2.0mmol/gでもよい。アニオン性官能基の量は、例えば、カルボキシル基の場合、乾燥質量を精秤したセルロース試料から0.5〜1質量%スラリーを60mL調製し、0.1mol/Lの塩酸水溶液によってpHを約2.5とした後、0.05mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、電気伝導度測定を行い、pHが約11になるまで続け、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(V)から、下記式に従い求めることができる。リン酸基についても、同様の電気伝導度測定により測定することができる。その他のアニオン基についても公知の方法で測定すればよい。
アニオン性官能基量(mmol/g)=V(mL)×〔0.05/セルロース試料質量(g)〕
【0023】
セルロース繊維は、キトサン繊維の表面に担持するものであるため、キトサン繊維よりも平均繊維径が小さいものを用いることが好ましい。より詳細には、セルロース繊維としては、例えば、平均繊維径が3nm以上500nm以下であるセルロース微細繊維(セルロースナノファイバー)を用いてもよい。セルロース微細繊維の平均繊維径は、より好ましくは3〜100nmであり、更に好ましくは3〜30nmである。
【0024】
ここで、セルロース微細繊維の平均繊維径は、次のようにして測定することができる。すなわち、固形分率で0.05〜0.1質量%のセルロース微細繊維の水分散体を調製し、その水分散体を、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、透過型電子顕微鏡(TEM)の観察用試料とする。なお、大きな繊維径の繊維を含む場合には、ガラス上へキャストした表面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。また、観察用試料は、例えば2%ウラニルアセテートでネガティブ染色してもよい。そして、構成する繊維の大きさに応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。その際に、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定し、その軸に対し、20本以上の繊維が交差するよう、試料および観察条件(倍率等)を調節する。そして、この条件を満たす観察画像を得た後、この画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維径を目視で読み取っていく。このようにして、最低3枚の重複しない表面部分の画像を、電子顕微鏡で撮影し、各々2つの軸に交錯する繊維の繊維径の値を読み取る(したがって、最低20本×2×3=120本の繊維径の情報が得られる)。このようにして得られた繊維径の相加平均を平均繊維径とする。
【0025】
セルロース微細繊維の平均アスペクト比は、特に限定されず、例えば10〜1000でもよく、また、50以上でもよく、100以上でもよく、800以下でもよく、500以下でもよい。
【0026】
ここで、セルロース微細繊維の平均アスペクト比は、次のようにして測定することができる。すなわち、先に述べた方法に従い平均繊維径を算出するとともに、同様の観察画像からセルロース微細繊維の平均繊維長を算出し、これらの値を用いて平均アスペクト比を下記式に従い算出する。
平均アスペクト比=平均繊維長(nm)/平均繊維径(nm)
【0027】
セルロース微細繊維は、解繊処理を行うことにより得られる。解繊処理は、アニオン性官能基を導入してから実施してもよく、導入前に実施してもよい。解繊処理としては、例えば、高速回転下でのホモミキサー、高圧ホモジナイザー、超音波分散処理機、ビーター、ディスク型レファイナー、コニカル型レファイナー、ダブルディスク型レファイナー、グラインダー等を用いて、セルロース繊維の水分散液を処理することにより行うことができ、セルロース微細繊維の水分散液を得ることができる。
【0028】
好ましい一実施形態に係るセルロース微細繊維としては、セルロース分子中のグルコースユニットのC6位の水酸基が選択的に酸化されてカルボキシル基に変性された酸化セルロース微細繊維が挙げられる。酸化セルロース微細繊維は、木材パルプなどの天然セルロースをN−オキシル化合物の存在下、共酸化剤を用いて酸化させ、解繊(微細化)処理することにより得られる。N−オキシル化合物としては、一般に酸化触媒として用いられるニトロキシラジカルを有する化合物が用いられ、例えばピペリジンニトロキシオキシラジカルであり、特に2,2,6,6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル(TEMPO)または4−アセトアミド−TEMPOが好ましい。TEMPOで酸化されたセルロース微細繊維は、一般にTEMPO酸化セルロースナノファイバー(TOCN)と称されており、本実施形態でも使用することができる。なお、酸化セルロース微細繊維は、カルボキシル基とともに、アルデヒド基又はケトン基を有していてもよいが、アルデヒド基及びケトン基を実質的に有していないことが好ましい。
【0029】
[複合繊維]
本実施形態に係る複合繊維は、キトサン繊維の表面に上記セルロース繊維を担持してなるものである。
【0030】
なお、本実施形態に係る担持とは、キトサン繊維の表面にセルロース繊維が脱落、飛散なく、全体あるいは一部に付着もしくは被覆している状態、または、細孔や内部に含浸している状態を含み、より具体的には、化学的、物理的または電気的に結合、吸着または固定化している状態などを示す。
【0031】
複合繊維におけるキトサン繊維とセルロース繊維の比率は、特に限定されない。例えば、キトサン繊維100質量部に対して、セルロース繊維が0.001〜50質量部でもよく、0.001〜20質量部でもよく、0.001〜10質量部でもよい。
【0032】
複合繊維の平均繊維径は10〜1200μmであることが好ましく、より好ましくは20〜500μmであり、更に好ましくは50〜300μmである。複合繊維の平均繊維径は、光学顕微鏡観察により20本の繊維の繊維径の相加平均により求めることができる。
【0033】
[複合繊維の製造方法]
一実施形態に係る複合繊維の製造方法は、以下の工程を含む。
(1)キトサン塩水溶液を、セルロース繊維とアルカリを含む凝固液中で紡糸し複合繊維を得る工程、及び、
(2)得られた複合繊維をアルコールに浸漬後、乾燥する工程。
【0034】
詳細には、キトサンを酸性水溶液に溶解してキトサン塩水溶液を調製する(カチオン性高分子であるキトサンは酸との組み合わせにより塩を形成する)。キトサン塩水溶液を紡糸原液(ドープ液)としてノズルから圧力を加えて吐出して、アルカリを含む塩基性の凝固液中で湿式紡糸する。その際、本実施形態では凝固液にアルカリとともにセルロース繊維を分散させておく。これにより、キトサンの凝固に伴い、凝固液中のセルロース繊維とキトサンとの静電相互作用(詳細には、セルロース繊維のアニオン性官能基とキトサンのプロトン化されたアミノ基との相互作用)によりイオンコンプレックスが形成され、キトサン繊維表面にセルロース繊維を担持した複合体が得られる。
【0035】
得られた複合体をアルコール浴に浸漬後、延伸し乾燥することにより、キトサン繊維表面にセルロース繊維を担持した複合繊維が得られる。
【0036】
キトサン塩水溶液におけるキトサンの濃度は、キトサン繊維の紡糸が可能であれば特に限定されず、例えば0.1〜10質量%でもよく、1〜5質量%でもよい。
【0037】
凝固液としては、アルカリを含む塩基性水溶液を用いることができ、溶媒としては、水単独でもよく、水とともに、メタノールやエタノールなどのアルコール、アセトンなどの水混和性有機溶媒を用いてもよい。アルカリとしては、特に限定されず、例えば、NaOH,KOH,NHOH,NaHCO、Ca(OH)、CaCl(OH)、MgCl(OH)等の無機物や水溶性のアミン化合物等が挙げられる。凝固液中のアルカリの濃度は、0.01〜40質量%であることが好ましく、より好ましくは0.5〜20質量%であり、0.5〜10質量%でもよい。
【0038】
凝固液中のセルロース繊維の濃度は、0.001〜0.4質量%であることが好ましく、より好ましくは0.005〜0.3質量%であり、0.005〜0.1質量%でもよい。
【0039】
紡糸後に浸漬するアルコールとしては、例えばメタノールやエタノールなどが挙げられる。複合繊維はアルコール浴に浸漬することにより洗浄され、その際、複合繊維が中性(即ち、pH7)になるまで洗浄してもよい。
【0040】
[作用効果]
本実施形態によれば、カチオン性のキトサン繊維とアニオン性のセルロース繊維とのイオンコンプレックス形成により、キトサン繊維表面にセルロース繊維を担持した複合繊維が得られる。このようにセルロース繊維を担持することで、セルロース繊維が有するI型結晶構造により、キトサン繊維の水に対する膨潤を抑えることができ、機械的強度を向上できる。また、複合繊維化により機械的特性を向上することができるため、複合繊維の巻取りや組紐化が可能になる。
【0041】
また、凝固液中のセルロース繊維、および、アルカリの濃度を調整することにより、複合繊維の繊維径を変化させることが可能である。
【0042】
また、該複合繊維はキトサン繊維を含み、キトサンはそれ自身が抗菌活性を有するため、セルロース繊維単体の場合に比べてカビの発生や腐敗を抑制することができる。
【0043】
また、キトサンは、アミノ基を含有するカチオン性の化合物であり、カルボン酸、リン酸、スルホン酸などのアニオン性基を有する誘導体や、硫酸エステル、リン酸エステル、ホウ酸エステルなどの酸素酸塩や、等電点が生理的pHよりも酸性側にある、あるいは複数のカルボキシル基を持ったアミノ酸を多く含む酸性タンパク質と、イオン結合を形成するため、アニオン性誘導体や酸素酸塩や酸性タンパク質との吸着能は高い。しかし、キトサンが、カチオン性の化合物であるため、含窒素化合物や、その他のカチオン性の化合物、等電点が生理的pHよりも塩基性側にある、あるいは複数のアミノ基を持ったアミノ酸を多く含む塩基性タンパク質とは、イオン結合を生じにくい。よって、キトサンを吸着材として用いる場合、吸着される物質のイオン性や等電点や電荷により吸着能が低い課題があった。
【0044】
これに対し、本実施形態に係る複合繊維は、上記イオンコンプレックス形成に使用されていない両天然高分子由来の両性の官能基(即ち、キトサン繊維のカチオン性のアミノ基と、セルロース繊維のアニオン性官能基)を有する。そのため、アニオン性基を有する誘導体や、酸素酸塩や、等電点が生理的pHよりも酸性側にある、あるいは複数のカルボキシル基を持ったアミノ酸を多く含む酸性タンパク質などの酸性物質だけでなく、含窒素化合物や、等電点が生理的pHよりも酸性側にある、あるいは複数のアミノ基を持ったアミノ酸を多く含む塩基性タンパク質等の塩基性物質も吸着することができ、生理活性物質や含窒素化合物に対する吸着材として用いることができる。
【0045】
ここで、本実施形態に係る生理的pHとは、ヒト体液内で通常生ずる比較的狭い範囲、一般的には、7.0〜7.5の範囲にあるpHを言う。
【0046】
本実施形態に係る複合繊維であると、抗菌性を有する吸着材及びその担体として、例えば、飲料水や魚介類の成魚や稚魚の養殖における水浄化、生体分子の精製と分離材料、アンモニアなどの人体に有害な生理活性物質、タンパク質、細菌、ウイルス、有機物、無機物の除去材料として利用できる。吸着材の形態としては、特に限定されず、例えばフィルター、組紐化したメッシュ、ろ布、網状のろ過剤、膜などの形態や、複合繊維を裁断や粉砕してペレットや粒子として得られるものをカラムに充填しカラムクロマトグラフィーとして利用する形態が挙げられる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0048】
[複合繊維の調製1]
キトサン10g(甲陽ケミカル株式会社製、FM−80)と1質量%酢酸240mLを6時間、130rpmで混合し、4質量%のキトサン酢酸塩水溶液を調製した。得られたキトサン塩水溶液をカラムに注入し、カラムの先端に紡糸ノズルを装着した。紡糸ノズルは、直径0.2mmの紡糸穴を30穴持つものである。
【0049】
下記表1に示す濃度となるようにNaOH水溶液にTOCNを加えた凝固浴に、紡糸ノズルを入れ、キトサン塩水溶液の入ったカラムを0.03MPaで加圧することによりキトサン塩水溶液を凝固浴に押し出し、凝固させることでTOCNがキトサン繊維に担持した複合繊維を得た。得られた複合繊維を、続いてメタノール浴に浸漬させて洗浄した後、延伸ローラにて延伸し、巻取りロールにて巻取りを行い、その後乾燥した。これにより複合繊維を製造した。ここで、凝固浴の長さは100cm、メタノール浴の長さは50cmとし、延伸ローラの引き取り速度は、上流側:6.4m/分、下流側:7.0m/分とし、延伸倍率を1.1倍とした。また、乾燥は、風乾にて行い、平衡水分率は約13質量%であった。
【0050】
TOCNとしては、第一工業製薬(株)製「レオクリスタI−2SP」(セルロースI型結晶構造を有するTEMPO酸化セルロースナノファイバー、数平均繊維径=4nm、平均アスペクト比=280、アニオン性官能基量(カルボキシル基量)=1.9mmol/g)を用いた。
【0051】
得られた複合繊維について、光学顕微鏡観察を行い、20本の繊維の繊維径の相加平均から平均繊維径を求めた。結果は表1に示す通りであり、凝固浴のNaOH濃度を固定して比較したところ、TOCNの濃度増加に伴い、繊維直径の増加が確認された(但し、0.0075質量%程度で飽和)。このことから、凝固浴のTOCNの濃度が高いほど、TOCNの担持量が多くなり、TOCN比率の高い複合繊維が得られることが分かる。
【0052】
【表1】
【0053】
[複合繊維の調製2]
凝固浴中におけるNaOH濃度とTOCN濃度を下記表2に示す通りに変更し、その他は上記[複合繊維の調製1]と同様にして複合繊維を製造した。得られた複合繊維について、光学顕微鏡観察を行い、20本の繊維の繊維径の相加平均から平均繊維径を求めた。
【0054】
結果は表2に示す通りであり、凝固浴のTOCN濃度を固定して比較したところ、NaOHの濃度増加に伴い、繊維直径の増加が確認された(但し、4質量%程度で飽和)。このことから、凝固浴のNaOHの濃度が高いほど、TOCNの担持量が多くなり、TOCN比率の高い複合繊維が得られることが分かる。
【0055】
【表2】
【0056】
[複合繊維の機械的特性]
比較例1及び実施例1,3,4で得られた複合繊維の機械的特性として、破断強度と破断伸度を測定した。詳細には、乾燥した繊維20本を1つの束にして、卓上型万能材料試験機(エー・アンド・ディ株式会社製)により、破断強度と破断伸度を測定した。
【0057】
結果を表3及び図1,2に示す。比較例1は、TOCNを含まない凝固液で紡糸した、キトサンのみからなる繊維であり、実施例1,3,4は、凝固液中のTOCN濃度をそれぞれ0.001、0.0075及び0.01質量%に設定して得られた複合繊維である。かかる実施例の複合繊維であると、比較例1のキトサン単独繊維に比べて、引張り強度が高く、TOCN濃度の上昇とともに増大した。特に、TOCN濃度が0.01質量%である実施例4であると、キトサン単独繊維である比較例1に比べ、破断強度が約40%増大し、破断伸度は2倍以上増大した。このように、キトサン繊維表面にセルロース繊維を担持した複合繊維は優れた繊維物性を示すことがわかった。
【0058】
【表3】
【0059】
[複合繊維のタンパク質とアンモニアの吸着性評価]
比較例1及び実施例1,3,4で得られた複合繊維について、酸性タンパク質であるウシ血清アルブミン(BSA)、塩基性タンパク質であるシトクロムc、及び、アンモニアに対する吸着率を評価した。
【0060】
(1)BSAの吸着試験
複合繊維50mgと214mg/Lのウシ血清アルブミン(BSA)のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)25mLを、密閉容器内で60分、25℃、195rpmで撹拌した。撹拌した液をろ過し、ろ液の可視・紫外分光光度計により280nmでの吸光度を測定し、別途測定して得られたPBS中のBSA量と吸光度との関係を示す検量線により、ろ液のBSA量(mg/L)を算出した。BSAの複合繊維への吸着量(%)は、初期のBSA量(mg/L)からろ液中のBSA量(mg/L)を差し引きし、初期のBSA量(mg/L)で割り算した比率により表記した。結果を下記表4に示す。
【0061】
(2)シトクロムcの吸着試験
複合繊維50mgと1.256μg/mLのシトクロムcのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)25mLを、密閉容器内で60分、25℃、195rpmで撹拌した。撹拌した液をろ過し、ろ液の可視・紫外分光光度計により409nmでの吸光度を測定し、別途測定して得られたPBS中のシトクロムc量と吸光度との関係を示す検量線により、ろ液のシトクロムc量(mg/L)を算出した。シトクロムcの複合繊維への吸着量(%)は、初期のシトクロムc量(mg/L)からろ液中のシトクロムc量(mg/L)を差し引きし、初期のシトクロムc量(mg/L)で割り算した比率により表記した。結果を下記表4に示す。
【0062】
(3)アンモニアの吸着試験
複合繊維50mgと9.7mg/Lのアンモニア水溶液100mLを、密閉容器内で60分、25℃、195rpmで撹拌した。撹拌した液をろ過し、ろ液を0.01mol/L塩酸を用いて滴定することにより、ろ液中のアンモニア量(mg/L)を定量した。アンモニアの複合繊維への吸着量(%)は、初期のアンモニア量(mg/L)からろ液中のアンモニア量(mg/L)を差し引きし、初期のアンモニア量(mg/L)で割り算した比率により標記した。結果を下記表4に示す。
【0063】
表4に示すように、実施例に係る複合繊維であると、イオンコンプレックス形成に使用されなかった両天然高分子由来の官能基(カルボシキル基およびアミノ基)による吸着効果が認められた。吸着効果は、複合繊維を調製する際の凝固浴のTOCNの濃度増加に伴い、大きくなっていた。
【0064】
【表4】
【0065】
[複合繊維の膨潤度]
比較例1及び実施例1,3,4で得られた複合繊維について、水に対する膨潤率を測定した。膨潤率は、水に浸漬したときの重量増加率を測定することにより評価した。試験方法は以下の通りである。
(1)複合繊維を室温で24時間減圧乾燥し、初期重量を測定し、Wdとした。
(2)上記(1)の試料を、蒸留水に1または5日間浸漬後、試料表面の水分をふき取り、重量を測定し、Wwとした。
(3)重量増加率(膨潤率)は以下の式により算出した。
膨潤率(%)=(Ww−Wd)/Wd×100
【0066】
結果は下記表5及び図3に示すとおりであり、TOCNの複合化の度合いを高めるほど、水に対する膨潤度を抑制できることが分かった。
【0067】
【表5】
【0068】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これら実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその省略、置き換え、変更などは、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
図1
図2
図3