特許第6854487号(P6854487)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人東京工業大学の特許一覧 ▶ 株式会社カネカの特許一覧

特許6854487生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6854487
(24)【登録日】2021年3月18日
(45)【発行日】2021年4月7日
(54)【発明の名称】生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/92 20060101AFI20210329BHJP
   D04H 3/011 20120101ALI20210329BHJP
【FI】
   D01F6/92 301Q
   D04H3/011ZBP
【請求項の数】10
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2017-561137(P2017-561137)
(86)(22)【出願日】2017年1月11日
(86)【国際出願番号】JP2017000633
(87)【国際公開番号】WO2017122679
(87)【国際公開日】20170720
【審査請求日】2019年10月11日
(31)【優先権主張番号】特願2016-3715(P2016-3715)
(32)【優先日】2016年1月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】特許業務法人 有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鞠谷 雄士
(72)【発明者】
【氏名】宝田 亘
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 紀之
(72)【発明者】
【氏名】シティ サラ
(72)【発明者】
【氏名】福田 竜司
【審査官】 大▲わき▼ 弘子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/068943(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/029316(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F1/00−6/96;9/00−9/04
D04H1/00−18/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法であって、
紡糸時に130℃以上190℃以下の温度で紡糸ダイスから押出され、300m/分以上4,000m/分以下の引き取り速度で第一の引き取りロールにより引き取られ、連続して、600m/分以上7,000m/分以下の引き取り速度で第二の引き取りロールに引き取られることで、延伸紡糸し、
前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維は、ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤とを含有し、
前記結晶核剤がペンタエリスリトールを含有し、
前記滑剤が、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミドからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項2】
前記結晶核剤の含有量が、前記ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対して、0.05重量部以上12重量部以下である、請求項1に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項3】
前記滑剤の含有量が、前記ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対して、0.5重量部を超え10重量部以下である、請求項1または2に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項4】
前記滑剤がエルカ酸アミドを含有する、請求項1〜3の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項5】
前記ポリヒドロキシアルカノエートが、下記一般式(1)
[−CHR−CH−CO−O−] (1)
(式中、RはC2n+1で表されるアルキル基で、nは1以上15以下の整数である。)、
で示される繰り返し単位を含む、請求項1〜4の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項6】
前記ポリヒドロキシアルカノエートが、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)及びポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−4−ヒドロキシ酪酸)から選択される1種以上である、請求項1〜5の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項7】
前記ポリヒドロキシアルカノエートが、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)である、請求項1〜6の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項8】
前記ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)における3−ヒドロキシ酪酸のモノマー比率が99.5モル%以下85.0モル%以上である、請求項7に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項9】
前記ポリヒドロキシアルカノエートの160℃、5kg荷重で測定したメルトフローレートが0.1以上100以下である、請求項1〜8の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項10】
前記紡糸ダイスの開口面積が0.03mm以上3.5mm以下である、請求項1〜9の何れか1項に記載の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性脂肪族ポリエステル系繊維および製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、プラスチック廃棄物が、生態系への影響、燃焼時の有害ガス発生、大量の燃焼熱量による地球温暖化等、地球環境への大きな負荷を与える原因となっている問題がある。この問題を解決できるものとして、生分解性プラスチックの開発が盛んになっている。
【0003】
このような生分解性プラスチックの中でも植物由来の原料を使用して得られる生分解性プラスチックを燃焼させた際に出る二酸化炭素は、もともと空気中にあったもので、大気中の二酸化炭素は増加しない。このことをカーボンニュートラルと称し、二酸化炭素削減目標値を課した京都議定書の下、重要視され、積極的な使用が望まれている。
【0004】
最近、生分解性およびカーボンニュートラルの観点から、植物由来の原料を炭素源として微生物産生される生分解性プラスチックとして、脂肪族ポリエステル系樹脂が注目されており、特にポリヒドロキシアルカノエート(以下、PHAと称する場合がある)系樹脂、さらにはPHA系樹脂の中でもポリ(3−ヒドロキシブチレート)単独重合樹脂、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシバリレート)共重合樹脂、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシヘキサノエート)共重合樹脂(以下、P3HB3HHと称する場合がある)、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−4−ヒドロキシブチレート)共重合樹脂およびポリ乳酸等が注目されている。
【0005】
しかしながら、前記PHA系樹脂は、結晶化速度が遅く、しかもガラス転移温度が室温より低い(約0〜4℃)ことから、成形加工に際し、加熱溶融後、固化のための冷却時間を長くする必要があり、生産性が悪い。特に、PHAを用いて溶融紡糸法により繊維を製造しようとする際には、樹脂の固化が遅いことから、繊維同士の膠着やロールへの貼り付きが発生し、安定した繊維の製造が難しく、また得られる繊維の品質も低い物となってしまう。
【0006】
この結晶化速度の遅さによる諸問題を解決する手段として、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシヘキサノエート)を含むポリエステル樹脂を、特定の引き取り速度で溶融紡糸して得られ、特定の結晶構造を有する、ポリエステル繊維が開示されている(特許文献1)。当該方法であれば紡糸線上での伸長変形に伴う分子配向の増加が結晶化速度の上昇を引き起こすため、引き取りロールまでに結晶化による固化が完了し、引き取りロールへの巻き取りが可能となると同時に、得られる繊維の物性も改善される。しかし、大型の巻取装置を用いて繊維を大量生産する場合、いきなり最初から高速度で繊維の巻き上げを開始できるわけではなく、通常は100m/分〜2,000m/分程度の低い速度で糸掛けを行い、そこから徐々に巻取速度を増加し、生産速度に達したところから製品の巻取を開始することが考えられる。また、この生産開始時の糸掛けには空気で繊維を吸引するサクションガンと呼ばれる器具を用いることが考えられるが、このサクションガンで吸引される際の繊維の走行速度は一般に2,000〜4,000m/分程度と低いものである。前記特許文献1に記載されている方法は、1,500m/分〜7,000m/分の引き取り速度で紡糸することが実現できればその生産性、繊維の物性共に非常に優れるものの、その生産条件に到達するまでの糸掛けや巻取速度の増加段階など、生産開始時における作業性の改善方法については示されていない。
【0007】
また、別の先行事例として、3−ヒドロキシアルカノエート重合体の溶融紡糸技術の先行事例として、P3HB3HHを、溶融押出機から吐出した直後に樹脂のガラス転移温度(Tg)以下に急冷して、フィラメントをブロッキングから開放し、次いで、Tg以上の温度で速やかに部分的な結晶化を進行させる冷延伸法が開示されている(特許文献2)。この方法によれば、溶融紡糸をP3HB3HHのような結晶化し難いポリマーを結晶化ではなく冷却によるガラス化により行うため、結晶化速度に関わらず繊維同士の膠着やロールへの貼り付きが発生せず、安定した繊維の製造が可能である。しかし、ガラス転移点が室温より低いPHAにおいてはガラス転移温度以下に急冷するためには冷凍機等を用いて低温環境を作成する必要があることから消費エネルギーが多大となり、また設備が大掛かりになり、実用上、課題が残る。
【0008】
また、別の先行事例として、メルトフローレート値や紡糸温度を限定して生分解性脂肪族ポリエステルの中空断面糸あるいは多葉断面糸の高速紡糸に関する製造方法が開示されている(特許文献3)。当該製造方法は、延伸前に冷却を必要としており、設備上の制約があるとともに、3−ヒドロキシアルカノエート重合体は共重合比などの分子構造が、結晶性や紡糸性および得られる繊維の強度に大きく影響するが、当該文献には適切な共重合比については開示も示唆もされていない。
【0009】
また、別の先行事例として、ポリ乳酸−ポリエチレングリコール共重合体を4,000m/分以上で溶融紡糸する製造方法が開示されている(特許文献4)。当該方法であればポリ乳酸単独に比べて高速紡糸性は高まる。しかしながら、もともと加水分解され易いポリ乳酸に親水性のポリエチレングリコールブロックが共重合することでさらに加水分解され易くなると思われ、水分管理が厳しくなるという難点がある。
【0010】
また、別の先行事例として、結晶化が遅いポリヒドロキシアルカノエートの結晶化を改善する目的で、ペンタエリスリトールを結晶核剤として混合することが開示されている(特許文献5)。しかしながら、当該文献には、射出成形、ブロー成形、押出成形などの加工方法の開示はあるものの、繊維については開示も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2015/029316号
【特許文献2】特開2002−371431号公報
【特許文献3】特開平11−061561号公報
【特許文献4】特開平10−037020号公報
【特許文献5】国際公開第2014/020838号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、ポリヒドロキシアルカノエートを含有してなるポリエステル系繊維の紡糸性および生産性を向上させ、引張強度を高めることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく鋭意検討を行い、ポリヒドロキシアルカノエートに特定の結晶核剤及び滑剤を含有させることで、ポリヒドロキシアルカノエートの結晶化を促進し、サクション性を改善し、高い引き取り速度での紡糸性および生産性を向上させ、引張強度を高めることができることを見出した。
【0014】
本発明の第一は、ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤とを含有し、前記結晶核剤がペンタエリスリトールを含有し、前記滑剤が、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミドからなる群より選択される少なくとも1種を含有する、生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0015】
好ましくは、前記結晶核剤の含有量が、前記ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対して、0.05重量部以上12重量部以下である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0016】
好ましくは、前記滑剤の含有量が、前記ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対して、0.5重量部を超え10重量部以下である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0017】
好ましくは、前記滑剤がエルカ酸アミドを含有する、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維。
【0018】
好ましくは、前記ポリヒドロキシアルカノエートが、下記一般式(1)
[−CHR−CH−CO−O−] (1)
(式中、RはC2n+1で表されるアルキル基で、nは1以上15以下の整数である。)、
で示される繰り返し単位を含む、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0019】
好ましくは、前記ポリヒドロキシアルカノエートが、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)及びポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−4−ヒドロキシ酪酸)から選択される1種以上である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0020】
好ましくは、前記ポリヒドロキシアルカノエートが、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0021】
好ましくは、前記ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)における3−ヒドロキシ酪酸のモノマー比率が99.5モル%以下88.5モル%以上である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0022】
好ましくは、前記ポリヒドロキシアルカノエートの160℃、5kg荷重で測定したメルトフローレートが0.1以上100以下である、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0023】
また、紡糸時に130℃以上190℃以下に温度で紡糸ダイスから押出され、2,000m/分以上7,000m/分以下の引き取り速度で紡糸して得られた、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0024】
また、紡糸時に130℃以上190℃以下に温度で紡糸ダイスから押出され、300m/分以上4,000m/分以下の引き取り速度で第一の引き取りロールにより引き取られ、連続して、600m/分以上7,000m/分以下の引き取り速度で第二の引き取りロールに引き取られることで、延伸紡糸して得られた、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維に関する。
【0025】
本発明の第二は、紡糸時に130℃以上190℃以下に温度で紡糸ダイスから押出され、空気エジェクタにて空気延伸されることにより得られた、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維よりなる不織布に関する。
【0026】
本発明の第三は、紡糸時に130℃以上190℃以下の温度で紡糸ダイスから押出され、2,000m/分以上7,000m/分以下の引き取り速度で紡糸する、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法に関する。
【0027】
また、紡糸時に130℃以上190℃以下の温度で紡糸ダイスから押出され、300m/分以上4,000m/分以下の引き取り速度で第一の引き取りロールにより引き取られ、連続して、600m/分以上7,000m/分以下の引き取り速度で第二の引き取りロールに引き取られることで、延伸紡糸する、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造方法に関する。
【0028】
さらに、紡糸時に130℃以上190℃以下の温度で紡糸ダイスから押出され、空気エジェクタにて空気延伸される、前記生分解性脂肪族ポリエステル系繊維よりなる不織布の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、ポリヒドロキシアルカノエートの結晶化の速度が改善され、サクション性を改善し、繊維の紡糸性および生産性を向上させ、引張強度を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の好ましい実施の形態の一例を具体的に説明する。
【0031】
本発明の生分解性脂肪族ポリエステル系繊維は、ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤とを含有するものである。ここで、繊維とは、例えば、0.1μm以上500μm以下の太さ、1,000μm以上の長さを有し、繊維長10,000mあたりの重量が1g以上2,000g以下のものをいう。また、生分解性とは、微生物の働きによって分解される性質をいう。
【0032】
[ポリヒドロキシアルカノエート]
ポリヒドロキシアルカノエートは、微生物から生産される微生物産生PHAから選択される1種以上である。
【0033】
ここで補足すると、一般的なPHAとして、微生物から生産される微生物産生PHAの他に、化学合成により得られるPHAが存在する。微生物産生PHAは、その構造単位(モノマー構造単位)はD体(R体)のみであって、光学活性を有するのに対し、化学合成により得られるPHAは、D体(R体)及びL体(S体)から誘導された構造単位(モノマー構造単位)がランダムに結合しており、光学的に不活性である。
【0034】
微生物から生産される微生物産生PHAは、一般式(1) :[−CHR−CH−CO−O−](式中、RはC2n+1で表されるアルキル基で、nは1以上15以下の整数である。)で示される繰り返し単位を含む脂肪族ポリエステルであることが好ましい。
【0035】
微生物産生PHAを生産する微生物としては、PHA類生産能を有する微生物であれば特に限定されない。例えば、ポリ(3−ヒドロキシブチレート)(以下、「PHB」と略称する。)生産菌としては、1925年に発見されたBacillus megateriumが最初で、他にもカプリアビダス・ネケイター(Cupriavidus necator)(旧分類:アルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus、ラルストニア・ユートロフア(Ralstonia eutropha))、アルカリゲネス・ラタス(Alcaligenes latus)などの天然微生物が知られており、これらの微生物ではPHBが菌体内に蓄積される。
【0036】
また、ヒドロキシブチレートとその他のヒドロキシアルカノエートとの共重合体生産菌としては、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシバレレート)(以下、「PHBV」と略称する。)およびポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシヘキサノエート)(以下、P3HB3HHと略称する。)生産菌であるアエロモナス・キヤビエ(Aeromonas caviae)、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−4−ヒドロキシブチレート)生産菌であるアルカリゲネス・ユートロファス(Alcaligenes eutrophus)などが知られている。特に、P3HB3HHに関し、P3HB3HHの生産性を上げるために、PHA合成酵素群の遺伝子を導入したアルカリゲネス・ユートロファス AC32株(Alcaligenes eutrophus AC32, FERM BP−6038)(T.Fukui,Y.Doi,J.Bateriol.,179,p4821−4830(1997))などがより好ましく、これらの微生物を適切な条件で培養して菌体内にP3HB3HHを蓄積させることができる。また上記以外にも、生産したいPHAに合わせて、各種PHA合成関連遺伝子を導入した遺伝子組み替え微生物を用いても良いし、基質の種類を含む培養条件の最適化をすればよい。
【0037】
ポリヒドロキシアルカノエートの分子量は、目的とする用途で、実質的に十分な物性を示すものであれば、その分子量は特に制限されない。分子量が低すぎると得られる成形品の強度が低下する傾向がある。逆に高すぎると加工性が低下し、成形が困難になる傾向がある。それらを勘案してポリヒドロキシアルカノエートの重量平均分子量の範囲は、50,000以上3,000,000以下が好ましく、100,000以上1,500,000以下がより好ましい。ここで、重量平均分子量は、クロロホルム溶離液を用いたゲルバーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用い、ポリスチレン換算分子量分布より測定されたものをいう。当該GPCにおけるカラムとしては、前記分子量を測定するのに適切なカラムを使用すればよい。
【0038】
ポリヒドロキシアルカノエートの160℃、5kg荷重で測定したメルトフローレートは0.1以上100以下であることが好ましく、1以上50以下であることがより好ましく、10以上40以下であることがさらに好ましい。メルトフローレートが低すぎる場合、溶融させたときの流動性が不十分となる傾向があり、メルトフローレートが高すぎる場合、流動性が高くなりすぎる傾向がある。そのため、いずれの場合においても繊維を引き取ることが難しい傾向がある。なお、メルトフローレートは、JIS K 7210に準じた方法により測定することができる。
【0039】
ポリヒドロキシアルカノエートとしては、例えば、PHB〔ポリ(3−ヒドロキシブチレート)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸)〕、P3HB3HH〔ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシヘキサノエート)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)〕、PHBV〔ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシバレレート)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸)〕、P3HB4HB〔ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−4−ヒドロキシブチレート)、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−4−ヒドロキシ酪酸)〕、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシオクタノエート)、ポリ(3−ヒドロキシブチレート−コ−3−ヒドロキシオクタデカノエート)などが挙げられる。
【0040】
また、工業的に生産が容易であるものとして、PHB、P3HB3HH、PHBV、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシ吉草酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)、P3HB4HBが挙げられる。さらには、核剤の添加による結晶化促進効果が顕著であることから、P3HB3HHであることが好ましい。
【0041】
ポリヒドロキシアルカノエートの繰り返し単位の平均組成比は、得られる繊維の柔軟性と強度のバランスの観点から、ポリ(3−ヒドロキシブチレート)の組成比が80モル%以上99.5モル%以下であることが好ましく、85モル%以上99.5モル%以下であることがより好ましく、85モル%以上97モル%以下であることがより好ましい。ポリ(3−ヒドロキシブチレート)の組成比が80モル%未満であると剛性が不足する傾向があり、99.5モル%より多いと柔軟性が不足する傾向がある。
【0042】
本発明で用いられるポリヒドロキシアルカノエートは、1種を単独で使用してもよいし、少なくとも2種以上を混合されていてもよく、例えば、P3HB3HHにおいて、ポリ(3−ヒドロキシブチレート)の組成比が異なるものが少なくとも2種以上混合されたものでもよい。
【0043】
ポリヒドロキシアルカノエートとして、P3HB3HHを用いる場合は、ポリヒドロキシアルカノエートの繰り返し単位の平均組成比としては、ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−コ−3−ヒドロキシヘキサン酸)における3−ヒドロキシ酪酸のモノマー比率が99.5モル%以下85.0モル%以上であることが好ましく、95モル%以下88.5モル%以上であることがより好ましい。3−ヒドロキシ酪酸のモノマー比率が99.5モル%以下85.0モル%以上であることにより、得られる繊維が柔軟性及び機械的強度に優れる。
【0044】
[結晶核剤]
本発明で用いられる結晶核剤は、ペンタエリスリトールを含有するものである。ペンタエリスリトールは、生分解性樹脂の結晶化速度の改善効果や生分解性樹脂との相溶性及び親和性に優れるため、得られるポリエステル繊維は引張強度が高く、その製造工程においてもサクション性に優れ、紡糸性および生産性に優れる。
【0045】
また、結晶核剤は、ペンタエリスリトールのみであってよく、ペンタエリスリトール以外の結晶核剤を含有していてもよい。ペンタエリスリトール以外の結晶核剤としては、例えば、窒化ホウ素、酸化チタン、タルク、層状ケイ酸塩、炭酸カルシウム、塩化ナトリウム及び金属リン酸塩などの無機物;エリスリトール、ガラクチトール、マンニトール及びアラビトールのような天然物由来の糖アルコール化合物;ポリビニルアルコール、キチン、キトサン、ポリエチレンオキシド、脂肪族カルボン酸アミド、脂肪族カルボン酸塩、脂肪族アルコール、脂肪族カルボン酸エステル、ジメチルアジペート、ジブチルアジペート、ジイソデシルアジペート及びジブチルセバケートのようなジカルボン酸誘導体;インジゴ、キナクリドン及びキナクリドンマゼンタのような官能基C=Oと、NH、SおよびOから選ばれる官能基とを分子内に有する環状化合物;ビスベンジリデンソルビトールやビス(p−メチルベンジリデン)ソルビトールのようなソルビトール系誘導体;ピリジン、トリアジン及びイミダゾールのような窒素含有ヘテロ芳香族核を含む化合物;リン酸エステル化合物、高級脂肪酸のビスアミドおよび高級脂肪酸の金属塩;分岐状ポリ乳酸;低分子量ポリ3−ヒドロキシ酪酸などが例示できる。ペンタエリスリトール以外の結晶核剤は単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0046】
本発明で用いられるペンタエリスリトールは通常、一般に入手可能であるものであれば特に制限されず、試薬品あるいは工業品を使用し得る。試薬品としては、和光純薬工業株式会社、シグマ・アルドリッチ社、東京化成工業株式会社やメルク社などの製品が挙げられ、工業品であれば、広栄化学工業株式会社品(商品名:ペンタリット)や東洋ケミカルズ株式会社などの製品を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0047】
一般に入手できる試薬や商品の中には不純物として、ペンタエリスリトールが脱水縮合して生成するジペンタエリスリトールやトリペンタエリスリトールなどのオリゴマーが含まれているものがある。上記オリゴマーはポリヒドロキシアルカノエートの結晶化には効果を有しないが、ペンタエリスリトールの結晶化効果等を阻害しない。従い、上記オリゴマーが含まれていても構わない。
【0048】
結晶核剤の含有量(例えば、ペンタエリスリトールの含有量)は、ポリヒドロキシアルカノエートの結晶化を促進できれば特に制限はないが、ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対し、0.05重量部以上12重量部以下であることが好ましく、0.1重量部以上10重量部以下であることがより好ましく、0.5重量部以上8重量部以下であることがさらに好ましい。結晶核剤の含有量が少なすぎると、結晶核剤としての効果が得られない場合があり、結晶核剤の含有量が多すぎると、結晶化速度の改善効果が小さくなり、加工時の粘度や繊維物性の低下が生じるなどの影響がある場合がある。
【0049】
[滑剤]
本発明で用いられる滑剤は、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミドからなる群より選択される少なくとも1種を含有する。これにより、得られる繊維は、滑性、特に外部滑性を備える。また、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミドは、入手しやすいという利点もある。
【0050】
ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミドの中でも特に、エルカ酸アミドを含有することが好ましい。生分解性脂肪族ポリエステル系繊維の製造工程においてサクション性に優れ、紡糸性および生産性に優れるためである。
【0051】
また、滑剤は、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、オレイン酸アミドまたはこれらの2種以上の組合せであってよく、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミド以外の滑剤を含有していてもよい。例えば、メチレンビスステアリン酸アミド及びエチレンビスステアリン酸アミドなどのアルキレン脂肪酸アミド;ポリエチレンワックス、酸化ポリエステルワックス、グリセリンモノステアレート、グリセリンモノベヘネート及びグリセリンモノラウレートなどのグリセリンモノ脂肪酸エステル;コハク酸飽和脂肪酸モノグリセライドなどの有機酸モノグリセライド;ソルビタンベヘネート、ソルビタンステアレート及びソルビタンラウレートなどのソルビタン脂肪酸エステル;ジグリセリンステアレート、ジグリセリンラウレート、テトラグリセリンステアレート、テトラグリセリンラウレート、デカグリセリンステアレート及びデカグリセリンラウレートなどのポリグリセリン脂肪酸エステル;ステアリルステアレートなどの高級アルコール脂肪酸エステルなどが挙げられるが、これらに限定されない。ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド及びオレイン酸アミド以外の滑剤は単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0052】
滑剤の含有量(例えば、ベヘン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、及びオレイン酸アミドの合計含有量)は、滑性を付与できれば特に制限はないが、ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対し、0.01重量部以上20重量部以下であることが好ましく、0.05重量部以上10重量部以下であることがより好ましく、0.5重量部を超え10重量部以下であることがさらに好ましく、0.5重量部を超え5重量部以下であることがよりいっそう好ましく、0.7重量部以上4重量部以下であることが最も好ましい。滑剤の含有量が少なすぎると、効果が発現しない場合があり、滑剤の含有量が多すぎると、繊維表面にブリードアウトし、繊維の触感を損なう場合がある。
【0053】
エルカ酸アミドの含有量は、ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対し、0.2〜4重量部が好ましく、より好ましくは0.5〜3重量部、さらに好ましくは0.8〜2重量部である。エルカ酸アミドの含有量を上記範囲に制御することにより、紡糸性と引張強度について優れたバランスが保持される傾向にある。
【0054】
[任意成分]
本発明の生分解性ポリエステル系繊維は、ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤の他、得られる生分解性ポリエステル系繊維の特徴を損なわない程度で、可塑剤;無機充填剤;酸化防止剤;紫外線吸収剤;染料及び顔料などの着色剤;または帯電防止剤などの他の成分を含有してもよい。
【0055】
上記の可塑剤は特に限定されないが、例えば、グリセリンジアセトモノラウレート、グリセリンジアセトモノカプリレート、グリセリンジアセトモノデカノエートなどの変性グリセリン系化合物;ジエチルヘキシルアジペート、ジオクチルアジペート、ジイソノニルアジペートなどのアジピン酸エステル系化合物;ポリエチレングリコールジベンゾエート、ポリエチレングリコールジカプリレート、ポリエチレングリコールジイソステアレートなどのポリエーテルエステル系化合物;安息香酸エステル系化合物;エポキシ化大豆油;エポキシ化脂肪酸2−エチルヘキシル;セバシン酸系モノエステルなどを挙げることができる。これらは単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0056】
上記可塑剤の中でも、入手のし易さや効果の高さの点で、変性グリセリン系化合物、ポリエーテルエステル系化合物が好ましい。
【0057】
上記の無機充填剤は特に限定されないが、例えば、クレー、合成珪素、カーボンブラック、硫酸バリウム、マイカ、ガラス繊維、ウィスカー、炭素繊維、炭酸マグネシウム、ガラス粉末、金属粉末、カオリン、グラファイト、二硫化モリブデン、及び酸化亜鉛などを挙げることができる。これらの1種または2種以上を含有することができる。
【0058】
無機充填剤を添加する場合、無機充填剤の含有量は、本発明の効果を発現できれば特に制限はないが、ポリヒドロキシアルカノエート100重量部に対し、例えば、0.1重量部50重量部以下であることが好ましい。
【0059】
[製造方法]
本発明の生分解性ポリエステル系繊維を得る方法は、一般的に用いられる溶融紡糸方法を採用することができ、特に制限はないが、例えば、溶融押出機などを用いて、ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤とを含有する組成物を溶融し、紡糸ノズルから押出した後、i)高速の引き取りロールにより延伸しながら引き取る高速溶融紡糸や、ii)第一の引き取りロールにて引き取った後に、より高速で引き取る複数の引き取りロールによって第二、さらには必要に応じ、第三の引き取りロールによって巻き取った後に連続的に延伸する高速インライン延伸紡糸、iii)空気エジェクタにより空気延伸し、引き取りロールやベルトに吹き付け、不織布を得るスパンボンド法などが使用できる。
【0060】
溶融押出機は、用いるポリヒドロキシアルカノエートの分子量や溶融粘度を適度に保つことが可能であれば一般的な装置でよく、溶融部分が一定温度に恒温される圧縮押出装置や連続供給が可能なスクリュー型押出装置のどちらを用いてもよい。溶融押出の少量検討には圧縮押出装置が適しており、工業的な生産にはスクリュー型押出装置が適した装置である。押出装置のノズル直下の温度は特に限定されないが、ポリヒドロキシアルカノエートのガラス転移点温度以上70℃以下で繊維化することが好ましい。前記消費エネルギーの無駄や設備を軽減することができるため、ガラス転移点温度以上60℃以下で繊維化することがより好ましい。
【0061】
また、本発明の生分解性ポリエステル系繊維の溶融紡糸温度は、好ましくは、130℃以上190℃以下であり、より好ましくは、150℃以上190℃以下である。溶融紡糸温度が130℃より低いと完全に溶け切っていない成分が存在するために紡糸が不安定になる。190℃より高いと、樹脂の熱分解が起き易くなるので、紡糸が安定せず、得られる繊維の物性が損なわれる場合がある。なお、溶融紡糸温度は、紡糸ダイスから押出されるときの樹脂の温度とも言い換えることができる。
【0062】
ポリヒドロキシアルカノエートと結晶核剤と滑剤とを含有する組成物を溶融し、流量を調整して吐出量を一定に保ちながら紡糸ダイスから押し出し、引き取る際の紡糸ダイスの開口面積は、0.03mm2以上3.5mm2以下であることが好ましい。0.03mm2未満であると、紡糸中に切れ易くなり、3.5mm2を超えると、繊維が太くなるために固化に要する時間が長くなり成形された伸び切り鎖が緩和されてしまい、加工性や強度が改善されない場合がある。
【0063】
最終的に必要な繊維径と生産時の紡糸速度から任意に選定することが可能であるが、押出時の熱によるポリマーの分解による影響を小さくするため、紡糸機内部での樹脂の滞在時間は、30分以下であることが好ましく、15分以下とするのがより好ましい。
【0064】
生分解性ポリエステル系繊維を、i)高速の引き取りロールにより延伸しながら引き取る高速溶融紡糸により製造する場合は、当該高速溶融紡糸での引き取り速度は、好ましくは、2,000m/分以上7,000m/分以下であり、より好ましくは、2,500m/分以上7,000m/分以下である。引き取り速度が2,000m/分より低いと、PHAとして特にP3HB3HHを用いた場合、P3HB3HHの配向結晶が充分に形成されず、自己伸長などが生じ、生産が不安定になる場合があり、得られる繊維の物性が低い場合がある。引き取り速度に上限値は特にないが、7,000m/分より大きいと得られる繊維の強度が変わらなくなるので、7,000m/分より高くする必要は無い。
【0065】
生分解性ポリエステル系繊維を、ii)第一の引き取りロールにて引き取った後に、より高速で引き取る複数の引き取りロールによって第二、さらに必要に応じ第三の引き取りロールによって巻き取った後に連続的に延伸する高速インライン延伸紡糸により製造する場合は、高速インライン延伸紡糸での第一の引き取りロールでの引き取り速度は300m/分以上4,000m/分以下とし、第二の引き取りロールでの引き取り速度は600m/分以上7,000m/分以下として、第一の引き取りロールでの引き取り速度は第二の引き取りロールでの引き取り速度より遅い速度で引き取ることが好ましい。第二の引き取りロールでの引き取り速度が遅い場合は、自己伸長などが生じ、生産が不安定になる場合があり、得られる繊維の物性が低い場合がある。引き取り速度に上限値は特にないが、7,000m/分より大きいと得られる繊維の強度が変わらなくなるので、7,000m/分より高くする必要は無い。
【0066】
生分解性ポリエステル系繊維は、iii)空気エジェクタにより空気延伸し、引き取りロールやベルトに吹き付け、不織布を得るスパンボンド法等により不織布状にすることもできる。不織布状に加工する方法としては、一般的な方法を採用でき、例えばスパンボンド法、メルトブローン法、エアレイド法等が例示できる。
【0067】
上記スパンボンド法で不織布状に繊維を作成する場合は、空気エジェクタによる空気延伸速度は、好ましくは、700m/分以上7,000m/分以下であり、より好ましくは800m/分以上7,000m/分以下である。空気延伸速度が700m/分より遅い場合は、作成した不織布が冷却時に収縮する場合があり、均質で良好な不織布が得られないことがある。空気延伸速度に上限値は特にないが、7,000m/分より大きいと得られる繊維の強度が変わらなくなるので、7,000m/分より高くする必要は無い。なお、空気延伸速度とは、空気エジェクタを通過する繊維の速度をいう。
【0068】
本発明の生分解性ポリエステル系繊維は、糸状及び不織布状の他、種々の形状を構成し、公知の繊維と同様に、農業、漁業、林業、衣料、非衣料繊維製品(例えばカーテン、絨毯、鞄など)、衛生品、園芸、自動車部材、建材、医療、食品産業、その他の分野においても好適に使用することができる。
【実施例】
【0069】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によりその技術的範囲を限定されるものではない。
【0070】
<製造例1>P3HB3HHの製造
培養生産にはKNK−005株(米国特許US7384766参照)を用いた。
【0071】
種母培地の組成は1w/v% Meat−extract、1w/v% Bacto−Tryptone、0.2w/v% Yeast−extract、0.9w/v% Na2HPO4・12H2O、0.15w/v% KH2PO4、(pH6.8)とした。
【0072】
前培養培地の組成は1.1w/v% Na2HPO4・12H2O、0.19w/v% KH2PO4、1.29w/v% (NH42SO4、0.1w/v% MgSO4・7H2O、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N塩酸に1.6w/v% FeCl3・6H2O、1w/v% CaCl2・2H2O、0.02w/v% CoCl2・6H2O、0.016w/v% CuSO4・5H2O、0.012w/v% NiCl2・6H2Oを溶かしたもの。)、とした。炭素源はパーム油を10g/Lの濃度で一括添加した。
【0073】
P3HB3HH生産培地の組成は0.385w/v% Na2HPO4・12H2O、0.067w/v% KH2PO4、0.291w/v% (NH42SO4、0.1w/v% MgSO4・7H2O、0.5v/v% 微量金属塩溶液(0.1N 塩酸に1.6w/v% FeCl3・6H2O、1w/v% CaCl2・2H2O、0.02w/v% CoCl2・6H2O、0.016w/v% CuSO4・5H2O、0.012w/v% NiCl2・6H2Oを溶かしたもの。)、0.05w/v% BIOSPUREX200K(消泡剤:コグニスジャパン社製)とした。
【0074】
まず、KNK−005株のグリセロールストック(50μl)を種母培地(10ml)に接種して24時間培養し種母培養を行なった。次に種母培養液を1.8Lの前培養培地を入れた3Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDL−300型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度33℃、攪拌速度500rpm、通気量1.8L/minとし、pHは6.7〜6.8の間でコントロールしながら28時間培養し、前培養を行なった。pHコントロールには14%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。
【0075】
次に、前培養液を6Lの生産培地を入れた10Lジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製MDS−1000型)に1.0v/v%接種した。運転条件は、培養温度28℃、攪拌速度400rpm、通気量6.0L/minとし、pHは6.7〜6.8の間でコントロールした。pHコントロールには14%水酸化アンモニウム水溶液を使用した。炭素源としてパーム油、を使用した。培養は64時間行い、培養終了後、遠心分離によって菌体を回収、メタノールで洗浄、凍結乾燥し、乾燥菌体重量を測定した。
【0076】
得られた乾燥菌体1gに100mlのクロロホルムを加え、室温で一昼夜攪拌して、菌体内のP3HB3HHを抽出した。菌体残渣をろ別後、エバポレーターで総容量が30mlになるまで濃縮後、90mlのヘキサンを徐々に加え、ゆっくり攪拌しながら、1時間放置した。析出したP3HB3HHをろ別後、50℃で3時間真空乾燥し、ポリヒドロキシアルカノエートA1であるP3HB3HHを得た。
【0077】
得られたP3HB3HHの3HB及び3HH組成分析は以下のようにガスクロマトグラフィーによって測定した。乾燥P3HB3HH20mgに2mlの硫酸−メタノール混液(15:85)と2mlのクロロホルムを添加して密栓し、100℃で140分間加熱して、P3HB3HH分解物のメチルエステルを得た。冷却後、これに1.5gの炭酸水素ナトリウムを少しずつ加えて中和し、炭酸ガスの発生がとまるまで放置した。4mlのジイソプロピルエーテルを添加してよく混合した後、遠心して、上清中のポリエステル分解物のモノマーユニット組成をキャピラリーガスクロマトグラフィーにより分析した。ガスクロマトグラフは島津製作所GC−17A、キャピラリーカラムはGLサイエンス社製NEUTRA BOND−1(カラム長25m、カラム内径0.25mm、液膜厚0.4μm)を用いた。キャリアガスとしてHeを用い、カラム入口圧100kPaとし、サンプルは1μlを注入した。温度条件は、初発温度100℃から200℃まで8℃/分の速度で昇温、さらに200℃から290℃まで30℃/分の速度で昇温した。上記条件にて分析した結果、ポリヒドロキシアルカノエートA1は、3−ヒドロキシヘキサノエート(3HH)のモノマー比率が5.4モル%、3−ヒドロキシブチレート(3HB)のモノマー比率が94.6モル%のP3HB3HHであった。GPCで測定した重量平均分子量Mwは35万であり、融点は141℃であった。
【0078】
<製造例2>
KNK−631株(国際公開第2009/145164参照)および炭素源としてパーム核油を用いた以外は、製造例1と同様の方法でポリヒドロキシアルカノエートA2であるP3HB3HHを得た。ポリヒドロキシアルカノエートA2は、3−ヒドロキシヘキサノエート(3HH)のモノマー比率が11.4モル%、3−ヒドロキシブチレート(3HB)のモノマー比率が88.6モル%のP3HB3HHであった。GPCで測定した重量平均分子量Mwは33万であり、融点は131℃であった。
【0079】
<配合例1〜12>
製造例1、2で得られたP3HB3HH(100重量部)及びその他の成分を表1に示す組成比でドライブレンドし、東芝機械社製の2軸押出機(TEM26SS)を用いて130〜160℃で溶融混錬してペレット化した。
【0080】
【表1】
【0081】
<実施例1〜12、比較例1〜7>
配合例1〜12に示す組成比にて得られたペレットを、スクリュー径20mmの1軸押出機で溶融し、ギアポンプで流量を調整し、溶融紡糸温度160℃で、開口面積が0.2mmの紡糸孔を4個有する紡糸ダイスから雰囲気温度25℃に1孔あたりの樹脂の吐出量=2.5g/min/holeで押し出し、25℃の巻き取りロールを介して、表2の各実施例および比較例に記載の引き取り速度で引き取り、ポリエステル系繊維を得た。なお、この時の紡糸機内部での樹脂の滞在時間は14分であった。また、いずれの配合例によるペレットを用いたか、および引き取り速度等の製造条件は表2に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
得られた各ポリエステル系繊維は、以下のとおり評価した。結果は表2に示す。
【0084】
(サクション性)
サクション性は、各実施例および比較例のポリエステル系繊維の製造時に、ダイスの4個の紡糸孔から吐出された糸を引き取りロールに巻くために、サクションガンで引き取った状態を目視評価した。
◎:繊維がサクションガンに張り付かず、繊維が引き取れる。
○:初期に繊維がサクションガンに張り付くことがあるが、引取りが安定すると張り付かず、繊維が引き取れる。
△:初期は繊維が引き取れるが、10秒以内にサクションガンに固着するか、繊維が断線する。
×:繊維がサクションガンに固着する、および/または、繊維が断線する。
【0085】
(引張強度)
得られた繊維は、島津社の引張測定装置オートグラフAG−Iを用いて、以下の条件で引張強度を測定した。すなわち、各実施例および比較例により得られたポリエステル系繊維をサンプルとして、各サンプルの初期長を20mmとし、定格容量5Nのロードセルを用い、20mm/minの速度で測定した。
【0086】
<実施例13〜19、比較例8〜11>
各配合例で得られたペレットを、スクリュー径20mmの1軸押出機で溶融し、ギアポンプで流量を調整し、溶融紡糸温度160℃で、開口面積が0.2mmの紡糸孔を3個有する紡糸ダイスから雰囲気温度25℃に対して、1孔あたりの樹脂の吐出量=3.3g/min/holeで押し出し、各実施例および比較例について表3に記載の速度で50℃の第一の引き取りロール(第一ロール引取り速度)で引取った後、連続して、50℃の第二の引き取りロールで、同様に表3に記載の引き取り速度(第二ロール引取り速度)で引き取り、ポリエステル系繊維を得た。なお、この時の紡糸機内部での樹脂の滞在時間は14分であった。また、いずれの配合例によるペレットを用いたか、および引き取り速度等の製造条件は表3に示す。
【0087】
【表3】
【0088】
得られたポリエステル系繊維について、以下のとおり評価した。結果は表3に示す。
【0089】
(延伸倍率)
延伸倍率は、以下の式から計算される。
延伸倍率=第二の引き取りロールの引き取り速度/第一の引き取りロールの引き取り速度
【0090】
(紡糸性)
紡糸性は、各実施例および比較例のポリエステル系繊維の製造時に、紡糸中のポリエステル系繊維の状態を目視評価した。
◎:繊維がロールに張り付かず、かつ個々の繊維が互着せずに1本1本分離できる。
○:繊維がロールに張り付かず、かつ個々の繊維に部分的に互着が見られるが、ほぐせば1本1本分離できる。
△:繊維がロールに貼り付かないが、個々の繊維に部分的な互着が見られ、互着部分が分離できない。
×:繊維がロールに固着する、および/または、引取れないため、取得不可である。
【0091】
(引張強度)
得られた繊維は、島津社の引張測定装置オートグラフAG−Iを用いて、以下の条件で引張強度を測定した。すなわち、各実施例および比較例により得られたポリエステル系繊維をサンプルとして、各サンプルの初期長を20mmとし、定格容量5Nのロードセルを用い、20mm/minの速度で測定した。結果は表3に示した。
【0092】
<実施例20、比較例12、13>
各配合例で得られたペレットを、スクリュー径20mmの1軸押出機で溶融し、ギアポンプで流量を調整し、溶融紡糸温度160℃で、開口面積が0.2mmの紡糸孔を4個有する紡糸ダイスから雰囲気温度25℃に1孔あたりの樹脂の吐出量=2.5g/min/holeで押し出し、0.8mm径空気エジェクタにて空気延伸し、平織り金網に吹きつけ、金網を手動で移動させることにより、不織布を得た。なお、いずれの配合例によるペレットを用いたか、および空気延伸速度等の製造条件は表4に示す。
【0093】
(成形性)
得られた不織布の外観を観察し、成形性を目視で評価した。結果は表4に示した。
○:金網に繊維が均質に広がり、繊維同士が融着して、収縮が見られない。
△:金網に繊維が均質に広がるが、冷却に伴って、収縮する。
×:金網に繊維が均質に広がらず、冷却に伴って、収縮し、塊状になる。
【0094】
【表4】
【0095】
表2〜4から明らかなように、本発明の生分解性ポリエステル系繊維は、紡糸性および生産性が良好で、高い引張強度が得られる。