【実施例】
【0080】
以下の実験例を参照することによって、本発明を詳細にさらに説明する。これらの例は、例証のために提供されるにすぎず、別段の指定が無い限り、限定的であることを意図しない。したがって、本発明は、以下の例に限定されると解釈されるべきでは決してなく、正しくは、本明細書において提供される教示の結果として明らかになる任意およびすべての変形例を包含すると解釈されるべきである。
【0081】
さらなる説明がなくても、当業者は、前述の説明および以下の例示的な例を用いて、本発明の化合物を作製および利用し、特許請求の範囲の方法を実践できると考えられる。したがって、以下の実施例は、本発明の態様を具体的に示し、限定的であると決して解釈されるべきではない。
【0082】
ヌーナン症候群(NS)は、Shp2をコードするPTPN11遺伝子の活性化変異が原因で生じる常染色体優性障害であり、先天性心疾患、低身長、および顔異形症となって現れる。Shp2シグナル伝達の複雑さは、多発性黒子を伴うヌーナン症候群(NSML)患者が、PTPN11不活性化変異を有しているにもかかわらず、NSに類似した症状を示すという観察結果によって例示される。「タンパク質ゼロ関連」(PZR)は、細胞外マトリックスと連係して細胞遊走を促進する膜貫通型糖タンパク質であり、NSおよびNSMLのマウスモデルにおいて、主要な高チロシルリン酸化(hyper-tyrosyl-phosphorylated)タンパク質として同定された。PZR高チロシルリン酸化は、ホスファターゼに依存しない様式で、NSおよびNSMLのShp2へのSrc動員の増強によって促進された。したがって、PZRは、NSおよびNSMLの標的であると特定された。PZRを介したShp2の膜への動員の増強は、これらのPTPN11変異の一部重複する病態生理学的特徴を管理する(direct)ための共通メカニズムとして働いた。
【0083】
本明細書において開示する実験を行う際に使用される材料および方法を、以下に説明する。
【0084】
抗体、化学物質、細胞株、および発現試薬。ウサギモノクローナルホスホ-PZR(Y241)抗体およびウサギモノクローナルホスホ-PZR(Y263)抗体は、Cell Signalingと共同で作製した。マウスモノクローナルSrc抗体、ウサギポリクローナルSrc抗体、ウサギポリクローナルホスホ-ERK1/2(T202 Y204)、マウスモノクローナルERK1/2抗体、ウサギポリクローナルホスホ-Akt(S473)抗体、およびマウスモノクローナルAkt抗体は、Cell Signalingから購入した。ウサギポリクローナルShp2抗体およびウサギポリクローナルERK1/2抗体は、Santa Cruz Biotechnologyから購入した。マウスモノクローナルShp2抗体は、BD Bioscienceから購入した。マウス抗ホスホチロシン抗体4G10(05-321)はMerck Milliporeから、ウサギ抗GFP(TP401)はAcrisから、マウス抗HA.11クローン16B12はCovanceから入手した。ウサギポリクローナルPZR(105-6)は、Z. J. Zhaoが寛大に提供して下さった。Srcファミリーキナーゼ阻害剤PP2およびSU6656は、Calbiochemから購入した。HEK-293細胞、NIH 3T3細胞、SYF(Src
-/-Yes
-/-Fyn
-/-マウス胚線維芽細胞(MEF))細胞、およびSrc
++(Srcを過剰発現するSYF)細胞はATCCから購入し、37℃、5%CO2インキュベーターにおいて、増殖培地(1%ペニシリン-ストレプトマイシンおよび10%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM))中で増殖させた。野生型Shp2を含む複製欠損アデノウイルス(Ad)構築物(Ad-Shp2 WT)、E76A機能獲得型Shp2変異体を含む複製欠損アデノウイルス(Ad)構築物(Ad-Shp2E76A)、および緑色蛍光タンパク質(GFP)を含む複製欠損アデノウイルス(Ad)構築物(Ad-GFP)を、以前に説明されているようにして調製した(Eminaga, S., et al., J. Biol. Chem., 283:15328-15338)。NIH 3T3細胞およびSYF細胞を、感染多重度(MOI)が50となる量のアデノウイルスに感染させた。SrcWTを含むpJ3ΩベクターおよびK295R/Y527FドミナントネガティブSrc変異体(SrcK295R/Y527F)を含むpJ3Ωベクターは、以前に説明されている(Fornaro, M., et al., J. Cell Biol., 175:87-97)。Shp2 WT、機能獲得型/ヌーナン症候群のShp2変異体(Shp2E76AおよびShp2N308D)、ならびに多発性黒子を伴うヌーナン症候群のShp2変異体(Shp2Y279CおよびShp2T468M) をコードするpIRES-GFPプラスミドは、以前に説明されている(Kontaridis, MI, et al., J. Biol. Chem., 281:6785-6792)。ゼブラフィッシュShp2変異体は、以前にクローニングされている(Jopling, C., et al., PLoS Genet., 3:e225)。ゼブラフィッシュPZR(zPZR)は、ゼブラフィッシュ胚cDNA(尾芽胚期(bud stage)から受精後48時間目(hpf)まで)からネステッドPCRによってクローニングした。zPZR ITIMのY236F、Y258F、およびY236F Y258F変異体は、部位特異的変異誘発を用いて作製した。RPTPaシグナル配列およびヘマグルチニン(HA)タグをzPZRのN末端に組み入れた。HEK-293細胞およびSYF細胞中へのDNAトランスフェクションは、製造業者のプロトコールに従ってリポフェクタミン2000を用いて実施した。
【0085】
MS解析。以前に説明されているようにして(Rikova, K., et al., Cell, 131:1190-1203)、PhosphoScan法を実施した。野生型マウス心臓およびShp2変異体(ヌーナン症候群)マウス心臓をホモジナイズし、超音波処理し、かつ遠心分離して細胞片を除去した。ProteinPlusクーマシー試薬(Pierce)を用いて、各組織のタンパク質総量を標準化し、タンパク質を還元し、アルキル化し、トリプシン(Worthington)を用いて一晩消化した。Sep-PakクラシックC
18カートリッジ(Waters)を用いる固相抽出によって、得られたペプチドを非ペプチド物質から分離した。凍結乾燥ペプチドを再溶解し、pY-100ホスホチロシン抗体(9411; Cell Signaling Signaling Technology)を用いるイムノアフィニティー精製によって、ホスホペプチドを濃縮した。0.15%トリフルオロ酢酸(TFA)でペプチドを溶出させ、液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)解析の直前に、C
18スピンチップを用いて濃縮した。各試料について2つ1組の注入を実行して解析レプリケートを作製し、各試料からのタンデムMS(MS/MS)同定の数を増やした。Magic C
18 AQ逆相樹脂を詰めた10cm×75μmのPicoFritキャピラリーカラム上に直接、ペプチドを添加した。280nl/分で送達される、0.125%ギ酸中アセトニトリルの45分の直線勾配を用いて、カラムを展開した。タンデム質量スペクトルは、Top 10法、ダイナミックエクスクルージョン(dynamic exclusion)反復数1、および反復期間30秒を用いて、XCaliburを実行するLTQ-Orbitrap XL質量分析計を用いて集めた。MSスペクトルは、質量分析計のOrbitrap構成部分において集め、MS/MSスペクトルはLTQ部分において集めた。SEQUESTおよびCoreプラットフォーム(Gygi Lab, Harvard University)を用いて、MS/MSスペクトルを処理した。検索は、偽陽性率を推定するために全検索について逆方向の偽データベース(reverse decoy database)を含めて、マウスNCBIデータベースに対して実施した。Coreの線形判別解析モジュールにおいて0.98の精度カットオフを用いて、ペプチドの帰属を得た。システインカルボキサミドメチル化を静的改変(static modification)と指定し、メチオニン酸化ならびにセリン、トレオニン、およびチロシンのリン酸化は許容した。質量確度(5ppm)フィルターおよびペプチド中のホスホチロシンの存在を利用して、結果をさらに絞り込んだ。Progenesis v4.1(Nonlinear Dynamics)を用いて、非標識定量を実施した。結果の正確さを確実にするために、少なくとも2.0倍変化したペプチドすべてについて、ペプチド存在量データをProgenesisにおいて手作業で再検討した。
【0086】
動物の取扱い - Ptpn11
D61G/+マウスは、Benjamin Neel博士(University of Toronto, Toronto)から提供され、以前に説明されていたようにして遺伝子型を同定した(Araki T, Mohi MG, Ismat FA, Bronson RT, Williams IR, Kutok JL, Yang W, Pao LI, Gilliland DG, Epstein JA, Neel BG. 2004. Mouse model of Noonan syndrome reveals cell type- and gene dosage-dependent effects of Ptpn11 mutation. Nat Med 10:849-857)。簡単に説明すると、Ptpn11
D61G/+雄マウスをWT C75BL/6 x SV129雌マウスと交雑させ、それらの子孫をPCRおよびD61G対立遺伝子に対するAgeIを用いた消化によって遺伝子型同定した。
【0087】
ダサチニブ処置 - N-(2-クロロ-6-メチルフェニル)-2-[[6-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]-2-メチル-4-ピリミジニル]アミノ]-5-チアゾールカルボキサミド一水和物(ダサチニブ、BMS-354825)をBiovisionから購入した。ダサチニブを濃度10mg/mlでDMSOに溶解し、次いで、ビヒクル(1×ダルベッコPBS)に濃度200μg/mlで再懸濁した。出生後10日目から始めて生後6週目まで(P42)、WT雄マウスおよびPtpn11
D61G/+雄マウスにダサチニブ(0.1mg/kg、腹腔内)を毎日注射した。その後、注射を2週間継続するか、または中断した。ビヒクルを注射されたマウスが対照としての機能を果たした。体重を毎週測定し、P42(6週目)およびP56(8週目)に心エコーを実施した。動物の取扱いは、イェール大学の施設内動物管理使用委員会(The Yale University Institutional Animal Care and Use Committee)の認可を受けた。
【0088】
心エコー調査 - 心臓の大きさおよび機能を、Vevo770コンソールを用いて心エコーによって解析した。イソフルラン(O
2中0.2%)を吸入させて、マウスに軽く麻酔をかけた。測定値はすべて、3〜6回の連続した心周期から取得し、それらの平均値を解析に使用した。拡張末期(d)と収縮末期(s)の両方における心室中隔壁(IVS)、左室内径(LVID)、および左室後壁厚(LVPW)を、TモードトレーシングおよびMモードトレーシングから測定した。拡張期測定は、米国心エコー図学会(the American Society of Echocardiography)の最先端の方法を用いて実施した。TMモード測定値について、左室拡張末期容積(LV vol,d)および左室収縮末期容積(LV vol,s)を計算した。駆出率(EF)(%)は、[(LVvol,d-LVvol,s)/VLvol,d]×100によって計算し、短縮率(%)は、[(LVID,d-LVID,s)/LVID,d]×100によって計算した。
【0089】
統計学的解析 - 統計値は、平均値±s.e.mとして提示している。二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)検定を用いて、P値を算出した。統計学的解析はいずれも、GraphPad Prism 5を用いて実施した。いずれの調査についても、0.05未満のP値を有意とみなした。
【0090】
本明細書において開示する実施例2の実験を行う際に使用される材料および方法を、以下に説明する。
【0091】
抗体、化学物質、細胞株、およびプラスミド - 以下の抗体を、記載したようにイムノブロッティング(IB)または免疫沈降法(IP)いずれかのために使用した。マウスモノクローナルFlag抗体(F1804、IP-1:100、IB-1:1,000)およびマウスモノクローナルビオチン標識Flag抗体(F9291、IB-1:1,000)は、Sigmaから入手した。マウスモノクローナルMyc抗体(sc-40、IP-1:100、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルビオチン標識Myc抗体(sc-40B、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルShp2抗体(sc-280、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルp38抗体(sc-535、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルGST抗体(sc-138、IB-1:1,000)は、Santa Cruz Biotechnologyから入手した。ウサギモノクローナルホスホ-PZR抗体(Y241;8181番、IB-1:1,000)、ウサギモノクローナルホスホ-PZR抗体(Y263;8088番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-Src抗体(Y416;2101番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルSrc抗体(2110番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルRaf1抗体(12552番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-MEK1/2抗体(S217/221;9154番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルMEK1/2抗体(4694番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-ERK1/2抗体(T202/Y204;9101番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルERK抗体(9107番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-p38抗体(T180/Y182;9215番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-JNK抗体(T183/Y185;4668番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルJNK抗体(3708番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルホスホ-Akt抗体(S473;9271番、IB-1:1,000)、マウスモノクローナルAkt抗体(2967番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルSERCA2A抗体(9580番、IB-1:1,000)、ウサギポリクローナルトロポニンI抗体(4002番、IB-1:1,000)は、Cell Signalingから購入した。ウサギポリクローナルホスホ-Raf1抗体(Y341;ab192820、IB-1:1,000)およびウサギポリクローナルαチューブリン抗体(ab4074、IB-1:1,000)は、Abcamから入手した。マウスモノクローナルShp2抗体(610622番、IB-1:1,000)は、BD Bioscienceから購入した。マウスモノクローナルHis抗体(11922416番、IB-1:1,000)はRocheから入手した。ウサギポリクローナルトロポニンT(MS-295、IB-1:1,000)は、Thermo Scientificから入手した。ウサギポリクローナルPZR抗体(IB-1:1,000)は、Z. J. Zhaoが寛大に提供して下さった。ダサチニブはBiovisionから購入し、STI-571はLKT laboratoriesから入手した。Shp2ホスファターゼ阻害剤は、Z.-Y. Zhang(Indiana University)が寛大に提供して下さった。HEK-293T細胞はATCCから購入し、マウス胚線維芽細胞(MEF)はWTマウスおよびPtpn11
D61G/+マウスから単離した。細胞は、37℃、5% CO
2インキュベーターにおいて、増殖培地(1%ペニシリン-ストレプトマイシンおよび10%ウシ胎児血清を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM))中で増殖させた。ヒトSrc構築物、ならびにPtpn11完全長構築物、N+C構築物、およびPTP構築物をPCRによって作製し、pCMV-3Tag4aベクターおよびpCMV-Tag2bベクター(Clontech laboratories)中にクローニングした。HEK-293T細胞中へのDNAトランスフェクションは、製造業者のプロトコールに従ってリポフェクタミン3000(Invitrogen)を用いて実施した。
【0092】
免疫沈降法およびイムノブロッティング - 細胞または心臓組織を氷上で溶解緩衝液(25mM Tris-HCl、pH7.4、136mM NaCl、1mM CaCl
2、1mM MgCl
2、1% Nonidet P-40、1mM Na
3VO
4、10mM NaF、1mMベンズアミジン、1mM PMSF、1μg/mlペプスタチンA、5μg/mlアプロチニン、および5μg/mlロイペプチン)に溶解した。細胞または組織溶解物を4℃で30分間インキュベートし、14,000rpm、4℃で10分間遠心分離することによって清澄にした。製造業者の取扱い説明書(Pierce)に従ってBCA試薬を用いて、タンパク質濃度を測定した。免疫沈降法の場合、溶解物500μgを1μgの指定の抗体と共に4℃で一晩インキュベートした。4℃で4時間、プロテインAセファロースビーズまたはプロテインGセファロースビーズのいずれかの表面で免疫複合体を回収し、同じ溶解緩衝液で3回洗浄し、次いで、試料緩衝液中で5分間、95℃まで加熱した。全溶解物または免疫複合体をSDS-PAGEおよびイムノブロッティングに供した。高感度ケミルミネッセンス法検出またはOdyssey Imaging Systemを用いて、抗体結合部位を可視化した。
【0093】
インビトロGSTプルダウンアッセイ法 - 細菌由来の精製されたGST-Src SH3およびHis -Shp2 PTPは、T. Boggon (Yale University)によって提供された。プルダウンアッセイ法は、His-Shp2 PTPまたはFlagタグ付きShp2を過剰発現するHEK-293細胞溶解物のいずれかと共にGST-Srcタンパク質SH3を含む溶解緩衝液1ml中で、4℃で一晩実施した。SH3が結合したShp2タンパク質を、BSAでコーティングしたGST-セファロースビーズを用いて4℃で1時間、アフィニティー精製した。Srcタンパク質のSH3とShp2タンパク質との相互作用を、抗His抗体または抗Flag抗体および抗GST抗体を用いるイムノブロッティングによって検査した。
【0094】
動物の取扱い - Ptpn11
D61G/+マウスは、Benjamin Neel博士(University of Toronto, Toronto)によって提供され、以前に説明されていたようにして遺伝子型を同定した
9。簡単に説明すると、Ptpn11
D61G/+雄マウスを野生型C75BL/6 x SV129雌マウスと交雑させ、それらの子孫をPCRおよびD61G対立遺伝子に対するAgeIを用いた消化によって遺伝子型同定した。ダサチニブ(Biovision)をビヒクル(リン酸緩衝生理食塩水に溶かした1% DMSO)中に懸濁した。出生前処置のために、妊娠中のマウスに毎日ダサチニブを腹腔内注射(0.1mg/kg体重)し、これは妊娠7.5日目(E7.5)に始めて、出生後9日目まで(授乳中の雌に)継続した。ビヒクルを注射されたマウスが対照としての機能を果たした。P10に始めて、生後8週目まで、ダサチニブまたはビヒクルのみを仔マウスに毎日、直接(腹腔内)注射した。出生後処置のために、P10から生後6週目まで、ダサチニブを仔マウスに(腹腔内)注射した;注射は2週間中断した。動物の取扱いは、イェール大学の施設内動物管理使用委員会の認可を受けた。
【0095】
組織学的検査 - ビヒクルまたはダサチニブで処置した野生型マウスおよびNSマウスから、心臓、肝臓、および脾臓を単離した。リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に溶かした4%パラホルムアルデヒドで組織を固定し、パラフィン切片のために加工処理し、ヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)またはマッソンの三色染色法を用いて染色した。明視野顕微鏡(Olympus BX51, Yale Liver Center)のもとで組織画像を得た。
【0096】
心エコー - 酸素中1%イソフラン(isofurane)を含む密閉したプラスチック製容器中で、無動になるまでマウスに麻酔をかけ、次いで、温められた処置台(procedure board)(37°C)上に移した。処置の間ずっと、イソフルラン気化器に連結されたノーズコーンによって1%イソフルランを供給して、動物に麻酔をかけたままにした。マウスの胸の上にスキャンヘッドを置き、安定な画像シグナル(BモードとMモードの両方)を取得し、Vevo 770(VisualSonics)を用いてデータを解析した。Mモード画像を用いて、収縮期および拡張期(distolic)の左室の周壁(peripheral wall)厚、心腔(chamber)の直径、および心室間の壁の厚さを測定した。駆出率(EF)(%)および短縮率(FS)(%)を算出した。
【0097】
血行動態調査 - ケタミン(100mg/kg)およびキシラジン(5mg/kg)を腹腔内注射することによって、麻酔を導入した。動物を温かいパッドの上に置き、頸部に切開部を作った。右側頸動脈を露出させ、1.9フレンチの先端トランスデューサ付きカテーテル(Millar Inc., Houston, TX)を動脈に挿入し、その後、左室内に進めた。高忠実度の正、負のdp/dtを含む左室圧および心拍数を、基本条件下で測定した。データを記録し、LabChartソフトウェアを用いて解析した。
【0098】
RNA抽出および定量的リアルタイムPCR解析 - 製造業者の取扱い説明書に従ってRNeasyキット(Qiagen, CA)を用いて、マウス心臓からRNAを単離した。逆転写酵素PCRキット(Applied Biosystems, CA)を用いて合計1μgのRNAを逆転写して、cDNAを作製した。下記のプライマー対と共にApplied Biosytems 7500 FastリアルタイムPCRシステムおよびSYBRグリーン遺伝子発現マスターミックスを用いて、3つ1組でリアルタイム定量PCRを実施した。
【0099】
相対的遺伝子発現レベルはいずれも、ΔC
T法を用いて解析し、18S rRNA発現に対して標準化した。
【0100】
単細胞解析のための心臓組織の酵素消化 - Xianghua Xu, et al. J Vis Exp. 2009; (28):1308を改変したランゲンドルフ手順によって、8週齢のマウスから心筋細胞を単離した。手短に言えば、心臓を素速く摘出し、カニューレ処置してランゲンドルフ装置に取り付けた。ランゲンドルフ装置において、37℃のCa
2+を含まない灌流緩衝液(25mM HEPES中、118mM NaCl、4.8mM KCl、2.0mM KH
2PO
4、2.55mM MgSO
4、10mM BDM、および10mMグルコース)を心臓に灌流させた。組織を消化するために、0.5mg/mLリベラーゼTH(Roche Applied Science, Penzberg, Germany)を含む緩衝液を心臓に灌流させた。約10分後、ランゲンドルフ装置から心臓を取り外し、右室および心房を除去した。左室を単離し、切断して細片にし、機械撹拌しながら5〜10分間、37℃の消化溶液でさらに消化し、次いで、徐々に粉砕して個々の細胞を遊離させた。残存している組織の大きな塊は、新鮮な消化緩衝液に移して、上記のプロセスを6回まで、または全組織が消化されるまで、繰り返した。穏やかな遠心分離によって細胞をコラゲナーゼから取り除き、いくつかの洗浄段階のFBS含有緩衝液に再懸濁し、高濃度CaCl
2溶液を段階的に添加することによって、徐々にカルシウム(0.05〜1.1mM)を再導入した。画像化の前に少なくとも1時間、細胞を静置した。
【0101】
心筋細胞機能の特徴付け - 心筋細胞を、タイロード液(150mM中:NaCl:140、KCl:5.4、CaCl
2:1.8、MgCl
2:1、HEPES:25mM、グルコース:10mM)中で画像化した。カルシウム蛍光画像法のために、2.5μM Fura-2 AMを追加しプルロニック酸(20%w/v)を添加した(complimented)タイロードを暗所で15分間、細胞ペレットに負荷した。15分間の負荷後、細胞を新しいタイロード液に再懸濁し、画像化するまで安定させた。心筋細胞のCa
2+トランジェントおよび無負荷短縮性収縮(unloaded shortening contraction)を、恒温灌流槽(Cell MicroControls, Norfolk, VA)を備えた倒立顕微鏡(Nikon Eclipse, Chiyoda, Tokyo)を用いて、37℃タイロード液の常時灌流下で測定した。細胞を1Hzで電界刺激した。筋節長カメラシステム(HVSL, Aurora Scientific, Ontario, Canada)を用いて、収縮事象をリアルタイムで画像化した。刺激された際に収縮した、筋節の横紋がはっきりとしている桿状細胞のみを、測定のために選択した。10回の連続した拍動の間、筋節の長さを測定および記録し、続いて、全拍動を平均して単一の波形を作成した。RatioMaster蛍光システム(PTI, Birmingham, NJ)によって100Hzの総括速度(overall rate)で発生させた励起波長340nmと380nmを交互に用いて、カルシウムトランジェントの測定値を同時に記録した。蛍光発光を中心波長510nmで選別し(filtered)、定量して、交互の励起波長に対する応答(それぞれF
340およびF
380)を得た。Ca
2+トランジェントは、各時点の2種の蛍光強度の補間比(interpolated ratio)(F
340/F
380)として報告した。データは、DAP5216aデータ獲得システム(Microstar Laboratories, Bellevue, WA)を用いて記録し、MATLAB(MathWorks, Natick, MA)で記述されたカスタムソフトウェアを用いて処理した。ピーク筋節長短縮(ピークSL短縮(Peak SL shortening))、ピーク短縮までの時間(TTP)、再び50%長くなるまでの時間(RT50)、カルシウムトランジェントの大きさ(Ca
2+R
mag:最大F
340/F
380-最小F
340/F
380)、およびカルシウムの減衰速度Tau(Tau
Ca2+)をコンピューターで計算した。
【0102】
統計学的解析 - いずれのデータも、平均値±平均値の標準誤差(SEM)を表す。グループ間の差異は、GraphPad Prism 6統計ソフトウェアプログラムによって、チューキーの多重比較と共に分散分析(ANOVA)を用いて評価した。
【0103】
本明細書において開示する実験の結果を以下に説明する。
【0104】
実施例1:チロシンキナーゼ治療介入(intervention)を用いてRASオパシーによる心臓疾患を標的とする
図1Aは、Ptpn11
D61G/+マウスの心臓中の差次的にチロシルリン酸化されたタンパク質のプロテオミクス解析の図である。
【0105】
図1Bは、野生型マウス心臓およびPtpn11
D61G/+マウス心臓中のホスホチロシンを含む各ペプチドの比をlog2変換した値を示すグラフである。
図1Cは、差次的にチロシルリン酸化されたペプチドのヒートマップである(リン酸化部位は、MSによって特定し、括弧内に示している)。
図1Dは、ディファレンシャルプロテオミクスによる、チロシン242を含むPZR(上のパネル)およびチロシン264を含むPZR(下のパネル)の抽出イオンクロマトグラムの画像およびペプチド配列のパネルである。
図1Eは、様々な脊椎動物におけるPZRのC末端のアミノ酸配列を示す。ヌーナン症候群変異体(Shp2
D61G/+)のノックイン変異を有しているマウスの心臓に関する包括的なホスホチロシルプロテオミクスにより、チロシルリン酸化タンパク質の調節の変化が明らかになる。MS解析は、これらのマウスにおいて最も大量に高チロシルリン酸化されているタンパク質がPZRであることを示している。チロシル残基264および242は、ヌーナン症候群(Shp2
D61G/+)マウスの心臓中で増加したPZRチロシルリン酸化部位であると同定された。PZRチロシン242および264は、進化の間に高度に保存されていることを考慮すると、PZRの機能にとって重要である可能性が高い。これらの結果から、PZRチロシルリン酸化の増加が、ヌーナン症候群に関係する心臓疾患の発病の際にある役割を果たしている可能性があることが示唆される。これらの結果から、Y242およびY264が、このNSマウスモデルにおけるPZR高チロシルリン酸化部位であることが確認された。
【0106】
図2A〜2Eは、PZRチロシルリン酸化の特徴付けを示しているイムノブロットを示す。NS変異体およびNSML変異体によるPZR高チロシルリン酸化部位の形態(conformation)。マウス中に存在するチロシルリン酸化部位においてPZRのリン酸化耐性変異体が発現すると、ホスホ特異的な抗PZR(Y242)および抗PZR(Y263)を用いて検出されるように、培養細胞においても、リン酸化される能力が損なわれる。NS患者またはNSML患者のいずれかで認められるものに相当するShp2変異体は、Y241およびY263においてPZR高チロシルリン酸化を誘導することができる。同様に、ゼブラフィッシュPZRも、同等の残基においてチロシルリン酸化されることができる同一の特性を示す。これらの結果から、NSまたはレオパード症候群に関連するShp2変異体が様々な細胞株においてPZR高リン酸化を誘導することが示唆された。
【0107】
図3A〜3Dは、Ptpn11
D61G/+マウスおよびPtpn11
Y279C/+マウスの心臓および皮質におけるPZRチロシルリン酸化を示す。部位特異的なホスホ-PZR抗体を用いて、本発明者らは、Shp2
D61G/+対立遺伝子のノックイン変異を発現するマウスが、心臓および皮質においてPZRチロシルリン酸化の増加を示すことを示している。同様に、Shp2
Y279C/+対立遺伝子のノックイン変異を発現するマウスも、心臓および皮質においてPZRチロシルリン酸化の増加を示す。これらの結果から、それぞれホスファターゼ触媒活性が増強および低減しているNS変異とNSML変異の両方とも、PZRチロシルリン酸化を増加させることができることが実証される。これらの結果から、PZRがNSとNSMLの両方にとっての標的であることが実証され、PZRがこれらのRASオパシーの新規の共通のシグナル伝達構成要素に相当することが示唆される。これらの結果から、NSモデルマウスおよびNSMLモデルマウスの心臓および皮質における例の(that)PZR高チロシルリン酸化が示された。これらのインビボデータは、コンピューターでの実験(
図1A〜1E)およびインビトロ実験(
図2A〜2E)が正しいことを裏付けた。
【0108】
図4A〜4Cは、Ptpn11
D61G/+マウスの肝臓、腎臓、および脾臓におけるPZRチロシルリン酸化の画像およびグラフを示す。PZRは、Ptpn11
D61G/+マウスの肝臓、腎臓、および脾臓において高チロシルリン酸化されている。これらの結果により、NSマウスの様々な組織におけるPZR高チロシルリン酸化が示された。
【0109】
図5A〜5Dは、Ptpn11
D61G/+マウスおよびPtpn11
Y279C/+マウスの心臓および皮質におけるERKおよびAktのリン酸化の画像を示す。Ptpn11
D61G/+マウスの心臓および皮質におけるERKおよびAKTのリン酸化状態は、野生型のものに対して実質的な(substantive)差を示さないが(despite)、同様の条件下で、PZRは高チロシルリン酸化されている(
図3A〜3Dを参照されたい)。これらの結果から、NSマウスまたはNSMLマウスの間で、Shp2、ホスホ-ERK1/2、およびホスホ-Aktの基礎レベルに明らかな差が観察されないことが暗に示された(implicated)。さらに、これらの結果から、心臓および皮質におけるMAPKおよびAKTのシグナル伝達に対するこれらのRASオパシーの影響が、PZR高チロシルリン酸化を推進するものとは異なることが示された。
【0110】
図6A〜6Bは、NS/NMLS-Shp2を介したPZRのY241およびY263リン酸化に対するSrcファミリーキナーゼの影響を示すブロットである。NSおよびNMLSに関連する変異体はPZR高チロシルを誘導し、これは、SFK阻害剤SU6656で細胞を前処理すると阻害され得る。これらの結果から、SFKがPZRのY241とY263の両方をリン酸化できることが示唆された。さらに、これらの結果から、NS-Shp2変異体およびNSML-Shp2変異体によって誘導されるPZR高チロシルリン酸化がSrcファミリーキナーゼに依存性であることが示された。
【0111】
図7A〜7Bは、SrcキナーゼがNS/LS-Shp2に誘導されるPZR高チロシルリン酸化を媒介したことを示すブロットである。
図7C〜7Dは、SrcキナーゼがPZR高チロシルリン酸化を媒介したことを示すブロットである。これらの図は、PZRチロシルリン酸化に対するチロシンキナーゼ阻害活性の影響の比較を示す。活性化Shp2(Shp2-E76A)変異体を発現している細胞に、チロシンキナーゼ阻害剤であるPP2およびSU6656を投与した。PP2とSU6656の両方とも、Shp2-E76Aに誘導されるPZR高チロシルリン酸化を阻害することができるが、SU6656の方が効果的であった。PZR高チロシルリン酸化は、1μMのSU6656で完全に阻害されたのに対し、PP2の場合は5μMで阻害された。これらの結果によって、SrcファミリーキナーゼがPZRリン酸化を担っているという考えが裏付けられた。重要なことには、SrcによるPZRリン酸化は、Shp2がPZRと相互作用するための結合部位(pY241/pY263)を作り出した。これらの結果は、c-SrcがPZRのShp2結合部位を直接的にリン酸化することを暗に示した。
【0112】
ヌーナン症候群では、SrcによるY241およびY263のリン酸化増加の結果、有害な高レベルのPZR/Shp2複合体が生じた。PZR/Shp2複合体は、これらの患者において先天性(congeneital)心疾患の発症を促進するメカニズムであると提唱されている。
【0113】
図8A〜8Bは、NS/NSMLに関連するShp2変異体およびPZRとのSrc複合体形成の増大を示している。
図8Aは、NSまたはNSMLのいずれかを引き起こすことが公知である変異型のShp2が、野生型Shp2と比べて高い親和性でc-Srcに結合できることを示す。さらに、これらの結果は、c-SrcがPZRのShp2結合部位を直接的にリン酸化したことも示唆する。
【0114】
図9は、NS-Shp2変異体およびNSML-Shp2変異体がPZRチロシルリン酸化に与える影響に関するモデルの図解である。このモデルは、NSマウスモデルとNSMLマウスモデルの両方の心臓においてPZRのShp2結合部位が高チロシルリン酸化されているのが観察された実験データに基づいている。PZRチロシルリン酸化の増加により、PZRへのShp2結合の増加が促進された。図は、極めて近くにある他の潜在的なSrc基質と同様に、PZRチロシルリン酸化が増大するとPZRへのShp2動員が増加して、さらにPZRチロシルリン酸化が促進されることを提唱している。
【0115】
さらに、NS変異体およびNSML変異体は、チロシンキナーゼであるSrcとも、高い親和性で相互作用した。まとめると、これらの相手を選ばない相互作用の結果、PZRからの下流シグナル伝達が機能不全に陥り、このことが先天性心疾患の発症の一因となった。Srcチロシンキナーゼ活性の邪魔をする(intervening)ことによって、PZR/Shp2複合体が減少し、PZRおよびおそらくは他の標的からの変化したシグナル伝達が訂正されると提唱されている。
【0116】
図10は、ダサチニブの投与を示す画像のパネルである。雄Ptpn11D61G/+マウスに、指定用量のダサチニブまたはDMSO対照を腹腔内(intrapertinoeally)注射した。24時間後、マウスを犠死させ、心臓組織を採取し、トータルPZR抗体およびpY(263)-PZR抗体を用いてイムノブロットした。これらの結果から、NSマウスへのダサチニブ注射が、PZRチロシルリン酸化を低減させるのに有効であることが示された。
【0117】
図11Aは、NSマウスモデルでのダサチニブ出生前投与計画を示す図である。動物がE7.5で子宮内にいる時点から生後9日目(P9)までの間、妊娠中の母マウスにダサチニブを毎日投与した。生後10日目(P10)から、毎日注射(腹腔内)することによって6週間(P42)および8週間(P56)、NSマウスにダサチニブを直接的に与えた。
【0118】
図11Bは、NSマウスモデルでのダサチニブ出生後投与計画を示す図である。生後10日目(P10)から開始して6週間(P42)、ダサチニブをNSマウスに毎日投与し、6週間後、治療をやめ、心機能を測定した。その後、ダサチニブ処置を2週間中止した後に、この同じマウス群を評価した。
【0119】
図11Aおよび11Bにおいて、これらのマウスの心機能を6週目および8週目に評価した。これらの図は、NSマウスに対する出生前または出生後のダサチンブ(Dasatinb)処置戦略を説明したものである。本明細書において説明する投与計画は、NSに関係する心臓疾患に治療的介入するためのダサチニブの有効性についての3つの局面を試験するために設計された。NSは発達障害であるため、
図11Aに示す第1の投与計画では、発達中の胚に投与された場合に治療的効果を発揮する際のダサチニブの有効性を試験した。第2の評価では、生後に投与された場合に、NSに関係する心臓疾患を治療する際のダサチニブの有効性を明らかにした。治療用量のダサチニブを生後に患者に投与できることが理解されているため、この戦略は、心臓疾患の転帰と、より密接に関連していた。この投与戦略は、子宮内合併症のリスクを軽減すると思われる。最後に、第3の試験は、治療によって心機能が改善した場合、治療を継続するためにダサチニブ投与が必要であることを確かめることを意図した。
【0120】
図12Aは、NSマウスを出生前にダサチニブで処置すると心機能が改善することを示すグラフのパネルである(P42、
図11Aで認められる)。
図12Bは、NSマウスを出生後にダサチニブで処置すると心機能が改善することを示すグラフのパネルである(P42)。
図12Cは、ダサチニブ処置の休止後に心機能の改善が維持されたことを示すグラフのパネルである(P56、
図11Bで認められる)。これらの結果は、NSの発病にSrcシグナル伝達が関与していることの証拠を与えた。
【0121】
これらの実験の結果から、低用量のダサチニブ(本明細書において、癌治療に有効であると判明している量よりも少ない用量と定義される)が、NSマウスの心機能を改善する際に有効であることが実証された。
図12Aにおいて、これらの結果から、駆出率(EF)および短縮率(FS)に基づいて評価したところ、妊娠マウスにダサチニブを注射した場合、心臓機能は、野生型のパラメーターまで完全に回復していることが実証された。
図11Bにおいて、ダサチニブは、発生後に投与された場合でさえ、有効であることが示された。この処置は、NSマウスの心機能を完璧に直す機能性を依然として発揮した。これらの結果から、RASオパシー患者の先天性心疾患を治療するためのダサチニブの治療的投与は、発生後投与によって、実質的に低いリスクで行えることが示された。最後に、
図11Cは、有効な心機能性が達成された後に2週間、ダサチニブを休止したところ、心機能が継続して維持されたことを示す。これらの結果から、ひとたび有効な治療法が達成され心臓機能性が回復すると、ダサチニブに継続的に曝露する必要は無用であることが実証された。
【0122】
実施例2:ダサチニブによる、ヌーナン症候群(NS)マウスモデルの心臓欠陥の選択的救済
Shp2は、2つのSrc相同2(SH2)ドメイン、すなわちタンパク質チロシンホスファターゼ(PTP)ドメインおよびカルボキシ末端尾部から構成されている。NSに関連するShp2(NS-Shp2)変異は、アミノ末端のSH2ドメインとPTPドメインの間の境界を占有するアミノ酸残基中でしばしば起こる。結果として生じる変異は、触媒作用を促進する、より「開放的な」立体配置に有利なように、SH2ドメインとPTPドメインの間に存在する自己抑制的な「閉鎖的な」高次構造を乱す。
【0123】
タンパク質ゼロ関連タンパク質(PZR)、すなわち、そのC末端に2つの免疫受容体チロシンベース抑制モチーフ(ITIM)を含む膜貫通型糖タンパク質は、c-Src基質として働き、かつNSマウスモデルの心臓において、主要な高チロシルリン酸化タンパク質およびShp2結合標的となる。NS-Shp2変異体は、c-Srcに対して高い親和性で相互作用して、PZR複合体形成を通してc-Srcを無差別に標的とする能力をこれらの変異体に与える。NSによるCHDのモデルとしてゼブラフィッシュを用いて、PZR-Shp2-Src複合体形成が、NSによるCHDにおける異常なシグナル伝達を促進することが提唱された。
【0124】
この仮説に決定的に重要であるのは、NS-Shp2変異体が、c-Srcとの相互作用の強まりを示して、c-Srcを介したシグナル伝達の増加をもたらす能力である。Shp2とc-Srcの相互作用の強まりという性質は、さもなければ「閉鎖的な」高次構造において露出していないShp2のPTPドメイン内の結合表面の露出が増大した結果として起こる可能性が高い。Shp2は、c-SrcのSH3ドメインを介してc-Srcとの複合体を形成することが示されているが、c-Srcが相互作用するShp2領域はまだ確定されていない。
【0125】
このことに取り組むために、一連のShp2欠失変異体を設計し(
図13a)、HEK-293T細胞に同時トランスフェクトし、同時免疫沈降によって複合体形成を調べた(
図23)。予想されたとおり、完全長Shp2は、c-Srcとの複合体中で検出されたのに対し、PTPドメインを欠くShp2の欠失変異体は、相互作用できなかった(
図13b)。さらに、インビトロ結合アッセイ法によって、Shp2のPTPドメインとc-SrcのSH3ドメインが直接的に相互作用することが確かめられた(
図13c)。
【0126】
この相互作用はShp2のPTPドメイン内で起こるため、NS-Shp2変異体の「開放的な」高次構造は、野生型Shp2と比べて、c-SrcのSH3ドメインとの安定性の高い相互作用を確立する準備が整っていると考えられている。したがって、NS-Shp2変異体は、PZRを介して膜においてc-Srcと複合体をより安定に形成し、このことが、c-Srcを介した異常なシグナル伝達の推定されるメカニズムであると以前に提唱されている。重要なことには、これらの観察結果によって、c-SrcまたはSrcファミリーキナーゼ(SFK)メンバーが、候補としてShp2によるNS発病と関係づけられる。
【0127】
SFKがNS発病に関与しているかどうかを試験するために、c-Srcの阻害によってShp2-NSシグナル伝達が改善するかどうかを試験する目的で、c-Srcを薬理学的に阻害した。c-Srcを阻害するために、ダサチニブ(スプリセル(著作権))、すなわち慢性骨髄性白血病の治療用に認可されている二重Abl-Srcキナーゼ阻害剤を使用した。NSマウスから単離したマウス胚線維芽細胞(MEF)をダサチニブで処置すると、c-Src、ERK1/2、およびPZRのチロシルリン酸化が妨害された(
図13d〜13hおよび24)。
【0128】
ダサチニブによってPZRチロシルリン酸化を阻害した場合もまた、PZR/Shp2複合体形成が妨害された(
図13d)。さらに、NS由来MEF中のRaf-1、MEK1、JNK、およびAktも、ダサチニブによって阻害された(
図17)。
【0129】
BCR-Ablキナーゼ阻害剤であるSTI-571(グリベック(著作権))は、PZRチロシルリン酸化を減らす効果が無かったことから、PZRチロシルリン酸化の阻害およびPZR/Shp2複合体の妨害が、Ablではなくc-Srcに対するダサチニブの効果の結果である可能性が高いことが示唆された(
図17)。さらに、Shp2阻害剤は、NS-Shp2を介したPZR高チロシルリン酸化を妨害しなかった(
図17)ことから、NS-Shp2を介したc-Src PZRチロシルリン酸化が、Shp2のホスファターゼ活性とは無関係に起こることが示唆された。
【0130】
NSによるc-SrcおよびPZRのチロシルリン酸化に対するインビボでのダサチニブの影響を調査するために、Shp2のAsp61の位置がGly61になるノックイン変異(D61G)を含むマウスにダサチニブを注射した(Araki et al Nat Med 10, 849-857 (2004))。本明細書において「NSマウス」と呼ぶ、PtpN11
D61G/+についてヘテロ接合性のマウスは、低身長、頭蓋顔面異常、骨髄増殖性疾患、およびCHDを含む、ヒト疾患の多くの特徴を再現する。
【0131】
ダサチニブは、マウスの腫瘍発生を予防するにあたって約20mg/kgの投与量で有効であることが示されている(Shah et al., Science 305, 399-401(2004))。ヒトでのダサチニブの治療的効果は、約2mg/kg、すなわち、マウスでの約24mg/kgと等価な用量であることが報告されている(Kantarjian et al., N Engl J Med 362, 2260-2270 (2010)、Yu et al., Clinical Cancer Research 15, 7421-7428 (2009)、Apperley J Clin Oncol 27, 3472-3479 (2009))。0.5mg/kgという少ないダサチニブ用量が、3週齢NSマウスの心臓においてc-Srcチロシルリン酸化とPZRチロシルリン酸化の両方を有意に阻害するのに十分であった(
図13i〜13l)。特に、これらの用量のダサチニブ(0.1〜0.5mg/kg)では、3週齢NSマウスの心臓において、ERK1/2リン酸化(
図13i〜13l)も、Raf-1も、MEK1も、p38MAPKも、JNKも、影響を受けなかった(
図18)。これらの結果から、有効な化学療法用量(慢性骨髄性(myelogous)白血病成人患者の場合、約100〜140mg/日または約1.4〜2.0mg/kg/日)と比べて、最小で250分の1の用量のダサチニブが、NSマウスの心臓におけるPZRチロシルリン酸化を阻害できることが示される。
【0132】
さらに、NSマウスの心臓において、PZRチロシルリン酸化のダサチニブによる阻害は、ERK1/2リン酸化の阻害と連動していなかった(
図13)。それゆえ、低用量のダサチニブは、ERK1/2経路とは無関係に、NS-Shp2シグナル伝達の邪魔をした。
【0133】
妊娠中の母マウスにダサチニブを投与し、NSマウスにおける心臓欠陥の改善を評価した。胎生期7日目に始めて、出生後9日目まで(授乳中の雌に)、NSマウスと交雑させた野生型妊娠マウスに0.1、0.5、または1.0mg/kgのダサチニブを毎日腹腔内(interperitoneally)投与した。出生後10日目(P10)以降、個々の仔マウスへの直接的な毎日のダサチニブ注射を再開し、生後8週目(P56)まで行った(
図14a)。0.5mg/kg/日および1.0mg/kg/日のダサチニブ処置は胎生致死を示したが、0.1mg/kg/日のダサチニブ処置では、観察可能な有害作用はなかった(表1)。
【0134】
心エコーおよび観血的血行動態に基づいて、6週目および8週目にNSマウスの心機能を検査した。無処置のNSマウスの駆出率(EF)および短縮率(FS)は、ビヒクルで処置した野生型マウスと比べて、有意に35%減少した(P<0.01)。しかし、ダサチニブで処置したNSマウスは、P42時点で、ビヒクルで処置したNSマウスと比べて、心機能の完全な回復を示した(
図14bおよび14c、ならびに表2)。しかし、ダサチニブをさらに2週間継続して投与すると、野生型マウスとダサチニブで処置したNSマウスの両方で、心不全が誘発された(
図14d〜14eおよび表3)。これらのデータから、子宮内ダサチニブ処置が、NSマウスで観察される損なわれた心機能を救済できることが示唆される。したがって、c-Src活性は、Shp2-NS CHDの症状発現の一因となる。
【0135】
(表1)出生前にダサチニブで処置したPtpn11
D61G/+×WT繁殖動物(breeder)からの子孫
【0136】
(表2)出生前にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP42時点の心エコーパラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
*、p<0.05;
**、p<0.01は、ビヒクルで処置したWTマウスと比べた有意性を示す。††、p<0.01は、ビヒクルで処置したPtpn11
D61G/+マウスと比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。IVS、心室内中隔壁厚(Intraventricular septum wall thickness);LVID、左室内径(left ventricular internal dimension);LVPW、左室後壁厚(left ventricular posterior wall thickness);LV vol、左室容積(left ventricle volume);EF、駆出率(ejection fraction);FS、短縮率(fractional shortening);d、拡張期(diatole);s、収縮期(systole)。
【0137】
(表3)出生前にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP56時点の心エコーパラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
*、p<0.05;
***、p<0.001は、ビヒクルで処置したWTマウスと比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。IVS、心室内中隔壁厚(Intraventricular septum wall thickness);LVID、左室内径(left ventricular internal dimension);LVPW、左室後壁厚(left ventricular posterior wall thickness);LV vol、左室容積(left ventricle volume);EF、駆出率(ejection fraction);FS、短縮率(fractional shortening);d、拡張期(diatole);s、収縮期(systole)。
【0138】
ダサチニブは、発生後にCHDに対するNS-Shp2の影響を小さくする際に有効であった。NSマウスをP10からP42までダサチニブ(0.1mg/kg/日)で処置した(
図14f)。CHDを呈することに加えて、NSヒトおよびNSマウスは、発育遅延、顔異形、およびヒト疾患のものに似た脾腫を示す。NSマウスは、発育低下、顔異形、および脾腫を示すことが判明したが、ダサチニブ処置では、これらのNSに関係する病変のどれも改善しなかった(
図19〜21)。さらに、肝損傷の証拠は、ダサチニブで処置した野生型マウスでもNSマウスでも、認められなかった(
図22)。
【0139】
しかし、心臓パラメーターを検査した際、EFおよびFSといった指標に基づいて判定されるように、ダサチニブで処置したNSマウス(P42)は、完全に回復した心機能性を有していた(
図14gおよび14hならびに表4〜5)。珍しいことに、もっと後の時点、すなわちダサチニブ処置を2週間中断した後にNSマウスの心機能を評価した際、ビヒクルで処置した野生型対照と比べて同レベルの心機能改善が観察された(
図14iおよび14j)。その他の心臓パラメーターも、観血的血行動態に基づいて評価し、これらの結果から、ダサチニブで処置したNSマウスにおいて大動脈血圧および左室圧が有意に回復していることが示された(
図14k〜14nおよび表6)。
【0140】
総合すれば、これらのデータから、CMLの治療薬として使用する場合の治療量以下である用量で、NSマウスに発生後に投与した場合、ダサチニブが、NSマウスの心不全を予防するための選択的有効性を提供することが実証される。興味深いことに、ダサチニブを除去してもNSマウスの心機能の回復は逆戻りしなかったことから、心機能の改善は一時的ではないと思われる。
【0141】
(表4)出生後にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP42時点の心エコーパラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
*、p<0.05;
**、p<0.01は、ビヒクルで処置したWTマウスと比べた有意性を示す。†、p< 0.05は、ビヒクルで処置したPtpn11
D61G/+マウスと比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。IVS、心室内中隔壁厚(Intraventricular septum wall thickness);LVID、左室内径(left ventricular internal dimension);LVPW、左室後壁厚(left ventricular posterior wall thickness);LV vol、左室容積(left ventricle volume);EF、駆出率(ejection fraction);FS、短縮率(fractional shortening);d、拡張期(diatole);s、収縮期(systole)。
【0142】
(表5)出生後にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP56時点の心エコーパラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
***、p<0.001は、ビヒクルで処置したWTマウスと比べた有意性を示す。†、p<0.05;†††、p<0.001は、ビヒクルで処置したPtpn11
D61G/+マウスと比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。IVS、心室内中隔壁厚(Intraventricular septum wall thickness);LVID、左室内径(left ventricular internal dimension);LVPW、左室後壁厚(left ventricular posterior wall thickness);LV vol、左室容積(left ventricle volume);EF、駆出率(ejection fraction);FS、短縮率(fractional shortening);d、拡張期(diatole);s、収縮期(systole)。
【0143】
(表6)出生後にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP56時点の血行動態解析パラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
**、p<0.01;
***、p<0.001は、ビヒクルで処置したWTマウスと比べた有意性を示す。†、p<0.05;††、p<0.01は、ビヒクルで処置したPtpn11
D61G/+マウスと比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。
【0144】
ダサチニブで処置したNSマウスで示される心臓表現型の性質をさらに正確に深く理解するために、これらの心臓の肉眼形態学的および組織学的検査を行った。NSマウスは、野生型マウスと比べて心臓重量が小さい(
図15a)。体重に対する心臓重量の比は、NSマウスにおいて有意に上昇していた(
図15b)。組織学的解析によって、NSマウスが拡張型心筋症(DCM)を患っていることも明らかになった。これは、収縮期の有意に減少した左室中隔壁厚および増加した左室(left ventricular chamber)の直径によって示された(
図15cおよび表4)。
【0145】
予想されたとおり、心臓組織の組織学的検査により、ビヒクルで処置したNSマウスの左室壁において、無秩序な筋原線維構造が明らかになった(
図15d)。対照的に、ダサチニブで処置したNSマウスは、ビヒクルで処置した野生型マウスのものと本質的に同じレベルまでの、これら病理学的心臓表現型すべての大きな回復を示した(
図15a〜15d)。
【0146】
機能不全に陥った心臓の別の顕著な特徴は、心臓の線維化が起こることである。ダサチニブ処置によって、NS心臓の心不全が予防されるという概念と一致して、ダサチニブで処置したNSマウス心臓における線維症は、ビヒクルで処置した野生型マウスと組織レベルで比べて著しく軽減しており、線維症遺伝子Col1a2およびCol3a1のmRNA発現レベルの低下と一致していた(
図15d〜15f)。Col1a2遺伝子およびCol3a1遺伝子によってコードされるコラーゲンのような線維性成分の沈着は、心不全に関連している。したがって、Col1a2およびCol3a1の発現の低下は、低用量ダサチニブ処置によって心不全が治ることと矛盾しない。
【0147】
心臓の構造タンパク質、例えばαミオシン重鎖(MYH6)およびβミオシン重鎖(MYH7)の遺伝子の再発現は、心筋症の徴候である。特に、MYH6の不活性化およびMYH7の活性化は、心筋症の発症を後押しする(support)心臓リプログラミングの特徴を表している(Morita et al., J Clin Invest 115 (2005))。ビヒクルで処置したNSマウスにおけるMYH6発現は、野生型マウスと比べて有意に下方調節されていた。ダサチニブ処置の結果、野生型マウスおよびNSマウスで、同等レベルのMYH6発現が得られた(
図15g)。MYH7は、ビヒクルで処置したNSマウスにおいて顕著に再発現されており、これは、ダサチニブ処置後、完全に正常化してビヒクル処置野生型レベルまで戻った(
図15h)。
【0148】
心房性ナトリウム(naturietic)利尿ペプチド(Anp)および脳性ナトリウム利尿ペプチド(Bnp)を評価することによって、NSマウスの心不全を改善するダサチニブの効果をさらに強く裏付けた。Anp mRNA発現レベルとBnp mRNA発現レベルの両方とも、ビヒクルで処置した野生型対照と比べて、NSマウスにおいて有意に上方調節されていた(
図15iおよび15j)。対照的に、ダサチニブで処置したNSマウスは、AnpとBnpの両方のmRNA発現レベルの上昇から完全に救出されていた(
図15iおよび15j)。まとめると、これらの結果から、Srcファミリーキナーゼ活性が、NSに関連するCHDの発症において肝要な役割を果たしているという結論が裏付けられる。
【0149】
NS心機能に対するダサチニブの効果が心筋に固有であるかどうかを判定するために、ビヒクルおよびダサチニブで処置した野生型マウスおよびNSマウスから単離した心筋細胞において、カルシウム(Ca
2+)を介した力の動態(force dynamics)を測定した。単離した心筋細胞を、電気的ペーシング下でのCa
2+ハンドリングおよび収縮速度論について同時に特徴決定した。NS心筋細胞の相対的カルシウム放出率(R
magCa
2+)は、野生型心筋細胞と比べて55%高く、この差は、ダサチニブで処置したNSマウスでは実質的に改善していた(
図16aおよび16b)。
【0150】
ビヒクルで処置したNSマウスから得た心筋細胞は、収縮性の不足を示し、ピーク短縮は、ビヒクルで処置した野生型マウスより22%小さかった(
図16aおよび16c)。この結果は、これらの同じ心筋細胞において、野生型と比べて著しく顕著なCa
2+放出増加が観察されるという観点から、印象的であり、ビヒクルで処置したNS細胞では筋フィラメントCa
2+の感受性が低下していることを示唆する。しかし、NS心筋細胞における筋節の短縮率は顕著に低くなっており、野生型心筋細胞の場合より22%低かった(
図16a〜16cおよび表7)。重要なことには、これらの差は、ダサチニブで処置したNSマウスから単離した心筋細胞では完全になくなっていた(restored)(
図16a〜16cおよび表7)。
【0151】
カルシウムハンドリングおよび収縮性の変化の分子メカニズムを、筋小胞体(sarco(endo)plasmic reticulum)Ca
2+-ATPアーゼ2(SERCA2A)についてのイムノブロッティングによって調査した。心筋中で、SERCA2Aは、収縮機構へのカルシウム送達を担う主要アイソフォームである。心不全の顕著な特徴は、SERCA2A発現の低下であり、これにより、収縮性タンパク質へのCa
2+送達に欠陥が生じ、したがって、収縮力が低下する。
【0152】
印象的なことには、ビヒクルで処置したNSマウスの心臓は、野生型と比べて、有意に低下したSERCA2Aタンパク質発現ならびに増大したTnIおよびTnT発現を示した(
図16d〜16g)。ダサチニブで処置したNSマウスにおける心機能の回復と一致して、ダサチニブで処置したNSマウスから単離した心臓組織は、完全に正常化したSERCA2A発現レベルを示した(
図16dおよび16e)。
【0153】
収縮性を維持するための代償メカニズムの結果として心不全時に起こる継続的リモデリングの結果、収縮性タンパク質であるトロポニンT(TnT)およびトロポニンI(TnI)が上方調節される。ビヒクルで処置したNSマウスでは、ビヒクルで処置した野生型マウスと比べて、TnTとTnIの両方が有意に増加していた(
図16d、16f、および16g)。ダサチニブで処置したNSマウスは、TnTとTnIの両方の発現レベルが、ビヒクルで処置した野生型マウスと同等のレベルまで戻ったことから、機能不全に陥った心臓の表現型の完全な回復を示していた(
図16d、16f、および16g)。まとめると、これらの知見から、ダサチニブによる発生後処置をNSマウスモデルに施すと、心筋の収縮機能障害が緩和されることがはっきりと実証される。
【0154】
(表7)出生後にビヒクルまたはダサチニブで処置したWTマウスおよびPtpn11D
61G/+マウスのP56時点の心臓から単離した心筋細胞のCa2+興奮収縮連関パラメーター
データは、平均値±SEMを表す。
*、p<0.05;
***、p<0.001は、ビヒクルで処置したWT心筋細胞と比べた有意性を示す。†、p<0.05;†††、p<0.001は、ビヒクルで処置したPtpn11
D61G/+心筋細胞と比べた有意性を示す。p値はすべて、二元配置ANOVA(チューキーの多重比較)を用いて導いた。TTP、ピークまでの時間(Time to peak);RT50、最大緊張(peak tension)から50%弛緩までの時間;RT90、最大緊張から90%緩和までの時間。
【0155】
膜貫通型糖タンパク質PZRが、NSマウス心臓中で最も異常に高チロシルリン酸化されたタンパク質であることが以前に明らかにされた(Eminaga et al., J Biol Chem 283, 15328-15338 (2008))。PZRは、Shp2結合タンパク質でありSFK基質である。PZR高チロシルリン酸化は、NSを介したSrcシグナル伝達の増強の直接的結果である。これらのデータから、NSに関係するCHDが伝播する(propogation)際にc-Srcが機能していることが示唆される。
【0156】
図25a〜25fに示すデータは、野生型(WT)マウスおよびNSML(Ptpn11
Y279C/+)マウスでの出生後10日目(P10)から始まる6週間(P42)のダサチニブ処置に相当する。Ptpn11
Y279C/+はKontaridis博士(Beth Israel Deaconess Hospital, Boston, MA)から入手し、説明されているようにして(Marin, et al, J Clin. Invest., 121:1026-1043(2011))繁殖させた。ビヒクルまたは用量0.1mg/kg/日のダサチニブのいずれかでマウスを6週間処置し、その後、ダサチニブ処置を中断し、2週間後にマウスを犠死させた。調査の完了時に、野生型マウスおよびPtpn11
Y279C/+マウスを犠死させ、心臓から得た全RNAを単離し、心筋症の発症に関与している遺伝子Myh6およびMyh7、ならびに心臓の線維症の発症に関与している遺伝子col1a2およびCol3a1についてのmRNA発現を検出するために、qPCRを実施した。
【0157】
図に示したように、ビヒクルで処置したPtpn11
Y279C/+マウスは、ANP、Myh6、およびMyh7の発現増大によって証明されるように、組織心筋症の徴候を6週齢までに既に示し始めた(
図25dおよび25e)。さらに、ビヒクルで処置した野生型マウスと比べて、Ptpn11
Y279C/+マウスでは心臓の線維化が付随的に増加した(
図25aおよび25b)。しかし、ダサチニブで処置したPtpn11
Y279C/+マウスは、ANP、Myh6、およびMyh7の発現の野生型レベルまでの完全な回復を示した。意義あることだが、ダサチニブで処置したPtpn11
Y279C/+マウスでは、胎児/成体ミオシン収縮性遺伝子の切り換えを表すMyh6/Myh7比もまた、野生型レベルに回復していた(
図25f)。まとめると、これらのデータから、多発性黒子を伴うヌーナン症候群(NSML)に関係する心筋症を分子レベルで治すにあたっての低用量ダサチニブ処置の有効性が実証される。
【0158】
これは、NSの発病にc-Srcシグナル伝達が関与していることについての最初の証拠である。他のグループは、Shp2がホスファターゼ依存的にSFKの上流に位置することを報告している(Zhang et al., Mol Cell 13, 341-355 (2004))。本明細書では、PTP-Shp2/Src-SH3結合の増大および局在化を実現してc-Srcシグナル伝達を促進するNS-Shp2変異体の「開放的な」高次構造を引き起こす独特なメカニズムを実証する。CML治療に必要とされる治療量以下の用量のダサチニブを発生後に投与することが、心臓の収縮性および機能を回復するのに十分であった。これらのデータは、c-SrcがNSによる発病の中心的媒体であることを強く示唆する。低用量のダサチニブでは、Src経路が選択的に影響を受けると思われ、ERK1/2シグナル伝達は、少なくとも心筋において、阻害されたが無視できる程度であった。しかし、ダサチニブ処置の影響を受ける心臓の特定の細胞のサブセット中にERK1/2が存在することが想像できる。
【0159】
重要なことには、ダサチニブで処置したNSマウスから単離した心筋細胞のカルシウムを介した収縮連関の解析により、これらの細胞が作用部位(この作用部位を介して、ダサチニブによるc-Src阻害が収縮機構に対する効果を発揮する)であることがはっきりと実証された。以前の観察結果と一致して、NS-Shp2変異体は、心筋中のCa
2+シグナル伝達を増加させた(Uhlen,et al. PNAS 103, 2160-2165 (2006))。興味深いことに、NSマウス由来の心筋は収縮性の低下を示したことから、Ca
2+を介した力収縮のレベルでの感受性の低下が示唆された。感受性の低下は、少なくともある程度、SERCA2A発現レベルの低下によって説明することができる。
【0160】
要約すれば、PTPN11の媒介によるCHDを治療するための新規かつ予期しない治療戦略が、本明細書において説明される。これらのデータから、Srcファミリーのキナーゼが、PTPN11に関係するCHDをもたらす標的クラスであると特定される。「低用量」のダサチニブまたは他のc-Src阻害剤の治療戦略は、心疾患を治療するための新しい道を切り開く可能性がある。
【0161】
他の態様
本明細書において、変動要素の任意の定義における要素の一覧表の記載は、任意の単一の要素または列挙された要素の組合せ(もしくは部分的組合せ)としてのその変動要素の定義を含む。本明細書における態様の記載は、任意の単一の態様としてのその態様、または他の任意の態様もしくはそれらの一部分と組み合わせられたその態様を含む。
【0162】
本明細書に引用される、それぞれおよびすべての特許、特許出願、および刊行物の開示内容は、ここに、その全体が参照により本明細書に組み入れられる。特定の態様に関して本発明を開示したが、本発明の他の態様および変形態様が、本発明の真の精神および範囲から逸脱することなく当業者によって考案され得ることは明らかである。添付の特許請求の範囲は、このような態様および等価な変形態様すべてを含むと解釈されるものとする。