(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ダイヤモンドライクカーボン膜において、膜表面から膜厚の20%深さの範囲のビッカース硬さが3000〜3500、前記ダイヤモンドライクカーボン膜と前記CrN皮膜との界面から20%深さの範囲のビッカース硬さが2500〜3000である、請求項1に記載のチタン板のプレス用金型。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態であるチタン板用のプレス金型及びチタン板のプレス成形方法について説明する。
なお、本実施形態は、本発明のチタン板用のプレス金型及びチタン板のプレス成形方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0012】
図1に、本実施形態に係るプレート式熱交換器の要部を示し、
図2には、プレート式熱交換器の要部の分解斜視図を示す。
図1及び
図2に示すように、プレート式熱交換器は、波状に成形されたプレートが板厚方向に重ね合わされて構成されている。波状のプレートが重ねられることによって、各プレートの間に流体が流通する流路が形成される。各流路に高温の流体及び低温の流体が流れることにより、プレートを介して各流体の間で熱交換が行われる。プレートは、チタン板で構成されている。
【0013】
より具体的に、
図1に示すように、プレート式熱交換器は、チタン板からなるプレート1A〜1Eが、所定の間隔をあけて重ねられて構成されている。各プレート1A〜1Eはそれぞれ、平坦な原板(チタン板)が波状に成形された波板であり、波長及び振幅が一定の波板であってもよく、波長及び振幅が異なる波板であってもよい。
図1に示す例では、各プレート1A〜1E同士の間で、波長及び振幅は同一となっている。また、各プレート1A〜1Eは重ねられた状態で図示略の締結ボルトによって締結されている。更に、各プレート1A〜1Eの外周部には、流体の流出防止のための図示略のガスケットが配設されている。
【0014】
以上の構成により、プレート1Aと1Bとの間に流路2Aが形成され、プレート1Bと1Cとの間に流路2Bが形成され、プレート1Cと1Dとの間に流路2Cが形成され、プレート1Dと1Eとの間には流路2Dが形成される。各流路2A〜2Dにおける流体の流れ方向は、
図1に示すように隣接する流路同士の間で相互に逆方向になっている。そして、例えば、流路2A及び2Cに低温の流体(例えば海水)が流通され、流路2B及び2Dには高温の流体(例えば熱水若しくは水蒸気)が流通されることにより、各プレート1A〜1Eを介して高温の流体と低温の流体との間で熱交換がなされる。
【0015】
各プレート1A〜1Eは、チタン板をプレス成形することによって製造される。本実施形態におけるチタン板は特に制限はなく、純チタン板またはチタン合金板のいずれでもよい。例えば、以下の純チタン板またはチタン合金板を用いることができる。ただし、以下に挙げるチタン板はあくまで例示であり、下記に列挙する以外の純チタン板またはチタン合金板を用いてもよい。
【0016】
純チタン板として例えば、工業用純チタン板を用いることができる。工業用純チタンは、JIS規格の1種〜4種、およびそれに対応するASTM規格のGrade1〜4、DIN規格の3・7025、3・7035、3・7055で規定される工業用純チタンを含むものとする。すなわち、本発明で対象とする工業用純チタンは、質量%で、C:0.1%以下、H:0.015%以下、O:0.4%以下、N:0.07%以下、Fe:0.5%以下、残部Tiからなる。
【0017】
チタン合金板としては、α型チタン合金、α+β型チタン合金、β型チタン合金を用いることができる。
α型チタン合金としては、例えば高耐食性合金(ASTM Grade 7、11、16、26、13、30、33あるいはこれらに対応するJIS種や更に種々の元素を少量含有させたチタン材)、Ti−0.5Cu、Ti−1.0Cu、Ti−1.0Cu−0.5Nb、Ti−1.0Cu−1.0Sn−0.3Si−0.25Nb、Ti−0.5Al−0.45Si、Ti−0.9Al−0.35Si、Ti−3Al−2.5V、Ti−5Al−2.5Sn、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−6Al−2.75Sn−4Zr−0.4Mo−0.45Siなどがある。
【0018】
α+β型チタン合金としては、例えば、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−6Al−7V、Ti−3Al−5V、Ti−5Al−2Sn−2Zr−4Mo−4Cr、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−1Fe−0.35O、Ti−1.5Fe−0.5O、Ti−5Al−1Fe、Ti−5Al−1Fe−0.3Si、Ti−5Al−2Fe、Ti−5Al−2Fe−0.3Si、Ti−5Al−2Fe−3Mo、Ti−4.5Al−2Fe−2V−3Moなどがある。
【0019】
さらに、β型チタン合金としては、例えば、Ti−11.5Mo−6Zr−4.5Sn,Ti−8V−3Al−6Cr−4Mo−4Zr,Ti−10V−2Fe−3Mo,Ti−13V−11Cr−3Al,Ti−15V−3Al−3Cr−3Sn,Ti−6.8Mo−4.5Fe−1.5Al、Ti−20V−4Al−1Sn、Ti−22V−4Alなどがある。
【0020】
次に、本実施形態のチタン板の成形方法の一例を説明する。以下に示す例は、
図1及び
図2に示すプレート式熱交換器のプレート1A〜1Eを製造する例について説明するが、本発明はこれに限られるものではなく、チタン板のプレス成形方法に広く適用可能である。
【0021】
図3(a)に成形前のチタン板及びプレス用金型を示し、
図3(b)には成形後のチタン板及びプレス用金型を示す。まず、
図3(a)に示すように、チタン板11a及びプレス用金型21を用意する。プレス用金型21は、パンチ22と、ダイ23とからなる。パンチ22は、パンチプレート22aと、パンチプレート22aの下面に等間隔に取り付けられた複数の突起部22bとからなる。また、ダイ23は、ダイプレート23aと、ダイプレート23aの上面に等間隔に取り付けられた複数の突起部23bとからなる。そして、パンチ22が下死点に下降したときに、パンチ22の突起部22b同士の間にダイ23の突起部23bの先端が侵入し、ダイ23の突起部23b同士の間にパンチ22の突起部22bの先端が侵入するように、各突起部22b、23bが位置決めされている。突起部22b、23bは、本発明における基材であり、所定の成分の鋼材で構成され、また、突起部22b、23b(基材)の表面には表面処理皮膜が形成されている。表面処理膜は、CrN皮膜及びダイヤモンドライクカーボン膜の積層膜からなる。基材及び表面処理皮膜については後述するが、突起部22b、23b(基材)に表面処理皮膜が形成されることにより、チタン板11aに対する摩擦係数が小さくなってプレス成形時のチタン板11aの潤滑性が向上する。
【0022】
また、
図3(a)に示すように、パンチ22とダイ23の間に成形前のチタン板11aが配置される。チタン板11aは、板長さ方向(図中左右方向)の両端が図示しないしわ押さえによって拘束されている。また、チタン板11aは、板幅方向に拘束されてよく、拘束されなくてもよい。
【0023】
次に、
図3(b)に示すように、パンチ22をダイ23に向けて下降させ、ダイ23の突起部23b同士の間にパンチ22の突起部22bの先端を侵入させる。チタン板11aは、図中左右方向両端が拘束された状態でダイ23の突起部23aの上に位置しているところ、パンチ22の下降に伴いチタン板11aに各突起部22b、23bが当接し、更にチタン板11aに対して各突起部22b、23bが押し込まれることによってチタン板11aの複数箇所において曲げ変形がなされ、最終的に波状に成形されたチタン板11bが得られる。
【0024】
なお、成形時には、通常のチタン板のプレス成形加工に用いられるエマルジョン系またはソリュブル油系の潤滑剤を用いることが好ましい。潤滑剤を用いることで、チタン板11aとプレス用金型21との間の摩擦が更に低減するので好ましい。潤滑性能及び製品に付着した潤滑剤の除去のし易さの観点から、水溶性切削油剤であるソリュブル油系潤滑剤が最も適している。
【0025】
図4に成形前のチタン板11aを示し、
図5には成形後のチタン板11bを示す。
図4及び
図5では、チタン板11a、11bを平面図と側面図で示している。
図4及び
図5に示すように、成形後のチタン板11bの板幅w2は、成形前の板幅w1からほぼ変化していない。一方、チタン板11aは板長さ方向の両端が拘束を受けたまま複数箇所において曲げ変形を受けたため、成形後のチタン板11bの長手方向の表面に沿う長さL2は、成形前のチタン板11aの長手方向の表面に沿う長さL1に対して、波状に変形した分だけ長く伸ばされている。また、両端が拘束されたまま伸ばされたことで、板厚も部分的に減少している。すなわち成形後のチタン板11bは、波状に成形された際に、板長さ方向に沿って変形を受けて歪むが、板長さ方向に直交する板幅方向には変形を受けず歪み量が0となっており、所謂平面歪み状態になっている。
【0026】
次に、本実施形態に係るプレス用金型21に適用される基材及び表面処理皮膜について説明する。基材は、質量%で、C:1.00〜2.30%、Si:0.10〜0.60%、Mn:0.20〜0.80%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:4.80〜13.00%、を含有し、残部が鉄及び不純物から成る鋼組成を有する鋼材からなる。この基材からなる突起部22b、23bの表面に表面処理皮膜が備えられている。表面処理皮膜は、基材表面に形成されたCrN皮膜と、CrN皮膜上に形成されたダイヤモンドライクカーボン膜とがこの順に積層されている。基材表面に窒化膜を形成し、その上に表面処理皮膜を形成してもよい。ダイヤモンドライクカーボン膜においては、ラマン分光法により測定された波数1380cm
−1における吸収強度I
1380と、波数1540cm
−1における吸収強度I
1540との比I
1380/I
1540が、膜表面から膜厚の20%深さの範囲で0.5〜0.7となり、ダイヤモンドライクカーボン膜とCrN皮膜との界面から20%深さの範囲では比I
1380/I
1540が0.3〜0.5となっている。
【0027】
[基材の組成]
まず、本実施形態の基材の成分組成に関し、各元素の限定理由について詳述する。なお、以下の説明においては、特に指定の無い限り、「%」は質量%を表すものとする。また、以下に示す基本成分及び選択元素の残部は、鉄及び不可避的不純物からなる。
【0028】
(C:炭素) 1.00〜2.30%
Cは、炭化物の形成および基材の硬さの確保に必要な元素である。また、Cr、Mo、V等と結合して硬い炭化物を形成するので、焼入れ焼き戻し硬さを高め、耐摩耗性を構成させる元素として重要である。そのため、本実施形態ではCを1.00%以上含有させる。硬さの確保の観点から、1.4%以上含有させることが好ましい。
一方、C含有量が2.30%を超えると、靱性を著しく劣化させる。そこで、本実施形態では、C含有量は2.30%以下と限定する。なお、靭性確保の観点から、C含有量の上限は、2.20%であることが好ましく、2.00%以下であることがさらに好ましい。
【0029】
(Si:ケイ素) 0.10〜0.60%
Siは、脱酸剤として含有される。また、Siは、高温焼戻し中の軟化抵抗性を高める作用があるため含有される。これらの観点から、Siは0.10%以上含有させる。一方、Si含有量が0.60%を超えると、熱間加工性や靱性を低下させるほか、非金属介在物が増加するおそれがある。そのため、Si含有量は0.60%以下とする。なお、基材の靭性確保の観点から、Si含有量の上限は0.50%であることが好ましい。
【0030】
(Mn:マンガン) 0.20〜0.80%
Mnは、Siと同様に脱酸効果のある元素であり、焼入れ性を向上させると同時に、残留オーステナイトを増加させる元素である。この観点から、Mnは0.20%以上含有させる。なお、基材の硬度確保の観点から、0.30以上含有させることが好ましい。なお、靭性とのバランスを考慮し、本実施形態ではMn量の上限を0.8%とする。好ましくは、0.6%以下である。
【0031】
(P:リン) 0.030%以下
(S:硫黄) 0.030%以下
P,Sともに、鋼中に存在しない方が好ましい不純物元素である。このことから、P,Sともに、その含有量を0.030%以下に制限する。なお好ましくは、0.020%以下に制限する。
【0032】
(Cr:クロム) 4.80〜13.00%
CrはCと結合して、結合して炭化物を形成することにより、基材の耐摩耗性を向上させる需要な元素である。また、本実施形態ではプレス用金型21の基材上にCrN皮膜(硬質皮膜)を形成することから、当該CrN皮膜との密着性を確保する上でも非常に重要である。これらの観点から、Cr量は4.80%以上とし、好ましくは8.00%以上、さらに好ましくは11.00%以上とする。
一方、Crを過剰に添加すると、粗大な炭化物の生成によって靭性が劣化するおそれがあるので、Cr量の上限を13.00%とする。なお、好ましくは12.50%以下である。
【0033】
なお、本実施形態では、上記成分組成にさらに、Mo:0.70〜1.20%及びV:0.15〜1.00%、を含有させてもよい。
【0034】
(Mo:モリブデン) 0.70〜1.20%
Moは、焼戻し軟化抵抗性を向上させるとともに、炭化物の形成により基材に耐摩耗性を付与する効果も有する。これらの観点から、Moは0.70%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.80%以上である。
一方、Moを過剰に添加すると基材の靱性を劣化させるおそれがある。このことから、Moは1.20%以下含有させることが好ましく、より好ましくは1.10%以下である。
【0035】
(V:バナジウム) 0.15〜1.00%
Vは、基材の焼入れ性向上、焼戻し軟化抑制さらには炭化物の微細化に有効である。そのため、Vは0.15%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.20%以上である。
一方、Vを過剰に添加すると、冷間加工性を阻害するおそれがあるため、Vは1.00%以下含有させることが好ましく、より好ましくは0.50%以下である。
【0036】
また、本実施形態では、上記成分組成にさらに、W:0.60〜0.80%を含有させてもよい。
【0037】
(W:タングステン) 0.60〜0.80%
Wは、Vと同様に、基材の焼入れ性向上、焼戻し軟化抑制さらには炭化物の微細化に有効である。そのため、Wは0.6%以上含有させることが好ましい。一方、Wを過剰に添加すると、冷間加工性を阻害するおそれがあるため、Wは0.80%以下含有させることが好ましい。
【0038】
本実施形態においては、上記した元素以外の残部は実質的にFeからなり、不純物をはじめ、本発明の作用効果を害さない元素を微量に添加することができる。
【0039】
なお、本実施形態のプレス用金型においては、基材の材質として上記成分組成を有するものを用いるが、その中でも、より安価でかつ耐摩耗性と耐凝着性をバランスよく確保する観点から、JIS G 4404にて規定されている、SKD1,SKD2,SKD10,SKD11もしくはSKD12(いずれも上記成分組成範囲内)を用いることが好ましく、これらの中でも特に、SKD11を用いることがより好ましい。
【0040】
[CrN皮膜]
上記成分組成を有するような基材の硬度は、ビッカース硬さで約500〜600程度である。つまり、上記基材上に皮膜等を形成せず、基材ままの状態でチタン板をプレス成形した場合、基材自体の硬度は確保できていることから耐摩耗性に関しては比較的良好な結果が得られるが、耐凝着性に関しては、チタン板の材料が基材に焼付いてしまう場合があり、プレス用金型に多数の疵が生じてしまうおそれがある。
【0041】
そのため、本実施形態では、基材表面にCrN皮膜を形成することが重要であることを見出した。基材表面上にCrN皮膜を形成することにより、プレス用金型21とチタン板11aとの密着性を確保でき、耐凝着性を向上させることができる。
【0042】
CrN皮膜の厚さは特に限定しないが、0.5μm〜5μmとすることができる。CrN皮膜を薄くしすぎると、皮膜形成時にムラが生じ、耐凝着性が不十分となるおそれがある。また、CrN皮膜を過度に厚くすると、硬度は向上する一方で、皮膜にき裂(クラック)が生じやすくなり、脆くなるおそれがあるほか、経済的観点から製造コストが高くなり好ましくない。これらのことから、CrN皮膜の厚さは0.5μm〜5μmとすることが好ましい。
【0043】
CrN皮膜の成膜方法に関しては特に限定しないが、基材との密着性を確保でき、更に成膜した皮膜の硬度を向上させうることから、PVD法(物理蒸着法)を用いることが好ましい。他の蒸着法(例えばCVD法)によっても本実施形態に係るCrN皮膜は形成できるが、硬度が不十分であったり、CrN皮膜の膜厚が過度に厚くなったりするおそれがあるため、CrN皮膜の成膜法としてはPVD法を用いることが好ましい。
【0044】
また、CrN皮膜のビッカース硬さは800〜2000の範囲内とすることが好ましい。CrN皮膜の硬度は、プレス用金型21の耐摩耗性を向上させる観点から、高硬度とすることが好ましい。したがって、本実施形態では、CrN皮膜のビッカース硬さを800以上とすることが好ましく、1500以上とすることがより好ましい。一方、CrN皮膜の硬度の過度な上昇は、クラックの発生を招くおそれがあることから、CrN皮膜のビッカース硬さは2000以下とすることが好ましい。
【0045】
なお、CrN皮膜は単層構造でもよく、2層以上積層する複層構造でもよい。しかし、上述したように、CrN皮膜の膜厚が厚くなりすぎるとクラックが生じるおそれがあるほか、複層構造とすることで、生産性の低下、製造コストの上昇を招くことから、CrN皮膜は単層構造とすることが好ましい。
【0046】
[ダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)]
チタン板のプレス用金型21は、使用環境・使用条件が過酷であることから、耐摩耗性や耐凝着性は勿論のこと、チタン板に対する優れた低摩擦性が求められる。
そこで本実施形態では、低摩擦性を実現するため、CrN皮膜上に、sp
2混成軌道の炭素(sp
2構造)とsp
3混成軌道の炭素(sp
3構造)からなる高硬度なダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)を成膜する。
しかし、CrN皮膜上に高硬度なDLC膜を成膜しただけでは、CrN皮膜とDLC膜との間(界面)で硬度格差(強度の不連続性)が生じ、CrN皮膜とDLC膜との界面において応力が集中しやすくなる結果、CrN皮膜とDLC膜との密着性が十分に確保できなくなり、チタン板のプレス成形中にDLC膜が剥離するおそれがある。
そのため、CrN皮膜とDLC膜との間における硬度の格差を緩和させるようDLC膜の膜厚方向の硬度分布(硬度傾斜)を制御することが重要である。
【0047】
具体的には、ダイヤモンドライクカーボン膜において、ラマン分光法におり測定された波数1380cm
−1における吸収強度I
1380と、波数1540cm
−1における吸収強度I
1540との比I
1380/I
1540を、膜表面から膜厚の20%深さの領域(上層領域)で0.5〜0.7、DLC膜とCrN皮膜との界面から20%深さの領域(下層領域)で0.3〜0.5となるよう制御し、膜表面からCrN皮膜側に向かってsp
3構造の割合が減少(硬度が減少)するような硬度傾斜を付与する。
【0048】
なお、前述のとおり、I
1380とはラマン分光法におり測定された波数1380cm
−1における吸収強度、いわゆる「Dバンド」であり、他方のI
1540とはラマン分光法におり測定された波数1540cm
−1における吸収強度、いわゆる「Gバンド」であり、I
1380/I
1540(D/G)を算出することでsp
3構造性の目安とすることができる。
【0049】
ダイヤモンドライクカーボンは、sp
3混成軌道(ダイヤモンド構造)の炭素の割合が比較的多いものと、sp
2混成軌道(グラファイト構造)の炭素の割合が比較的多いものが混在したものである。つまりsp
3構造が多くなるとダイヤモンド寄りの性質(高硬度)となり、sp
2構造が多くなるとグラファイト寄りの性質(軟質)となる。
【0050】
したがって、CrN皮膜側の下層領域は軟質、膜表面側である上層領域は硬質なものとなるよう、DLC膜におけるsp
3構造とsp
2構造の割合を制御することで、DLC膜の膜厚方向における硬度の傾斜をつけ、CrN皮膜とDLC膜との間における硬度格差を緩和させることができる。
CrN皮膜のビッカース硬度は800〜2000程度であるので、DLC膜の下層領域はビッカース硬度で2500〜3000程度、上層領域は3000〜3500程度とすることが望ましい。
【0051】
このように、DLC膜の上層領域をsp
3構造の割合を高めた硬質なものとすることで、チタン板に対し優れた耐摩耗性を発揮できる上、この上層領域はsp
2混成軌道(グラファイト構造)の炭素も多少含んでいることから低摩擦性をも確保できる。一方で、DLC膜の下層領域をsp
3構造の割合を抑えた軟質なものとすることで、CrN皮膜との硬度格差を緩和でき、耐剥離性を確保できる。
さらに、DLC膜はチタンとの親和性が低いことから、チタン板に対する耐凝着性も良好なものとできる。
【0052】
なお、I
1380/I
1540は、ラマン分光分析法によって測定できる。ラマン分光分析法は、試料表面にレーザー光等を照射し、それによって発せられるラマン散乱光を分光し、入射光とラマン散乱光との波長の差から試料表面の分子の構造および結合状態を明らかにする手法である。
【0053】
DLC膜の膜厚については特に限定せず、0.5μm〜2.0μmの範囲内とすることが望ましいが、製法やその条件、プレス用金型の使用環境等により適宜決定してよい。
【0054】
本実施形態に係るDLC膜は、プラズマCVD法によって成膜できる。
DLC膜におけるsp
3構造とsp
2構造の割合を上記のように制御するためには、プラズマCVD法の各条件(成膜条件)を調整すればよい。具体的には、反応ガスの種類や割合、基板温度、陰極電圧、真空度等を適宜調整することで、DLC膜におけるsp
3構造とsp
2構造の割合を調整できる。つまり、DLC膜の膜厚方向に上記のような硬度傾斜が付与されるのであれば、成膜条件を適宜調整しながら成膜してもよく、成膜開始から一定の条件の下で成膜してもよい。
【0055】
反応ガスはCH
4とH
2の混合ガス、あるいはCH
4ガスのみとすることができる。反応ガスとして混合ガスを用いる場合は、各ガスの流量を調整することでsp
3構造とsp
2構造の割合を調整でき、CH
4ガスのみを用いる場合は他の各条件を調整すればよい。
また、本実施形態におけるDLC膜は、sp
3構造とsp
2構造を所望の割合とすることが重要であるため、膜中にH(水素)が多量に混入することは好ましくない。そのため、反応ガスとしてH
2は適当な量に抑えるほうがよい。
以上述べた成膜条件は、用いるプラズマCVD装置の種類、スペック等に影響されるため、生成させているDLC膜のラマンピークを調べながらsp
3構造とsp
2構造の割合を調整すればよい。
【0056】
また、基材上にCrN皮膜を成膜し、DLC膜を成膜するまでの間、CrN皮膜表面に汚れが付着する場合がある。そのため本実施形態では、DLC膜を成膜する前にCrN皮膜表面に対しプラズマクリーニングを施し、表面の汚れを分解・除去した上でDLC膜を成膜することが望ましい。これにより、CrN皮膜とDLC膜との密着性をより向上させることができる。
【0057】
[窒化層]
本実施形態に係るプレス用金型21は、基材上にCrN皮膜を成膜し、さらにその上に高硬度なダイヤモンドカーボン膜を成膜することで、プレス用金型21の耐摩耗性、耐凝着性、低摩擦性を確保する。しかしながら、高硬度のCrN皮膜と比較的軟質な基材との間(界面)では硬度格差(強度の不連続性)が生じ、CrN皮膜と基材との界面において応力が集中しやすくなる結果、CrN皮膜の厚みによってはCrN皮膜と基材との密着性が十分に確保できない場合がある。
そこで、本発明者らが検討した結果、高硬度なCrN皮膜と、比較的軟質な基材との間に、CrN皮膜と基材とを連結させうる別の層を設けることで、硬度格差を緩和させることができ、CrN皮膜と基材との密着性、及びプレス用金型の強度を両立させうることを知見した。
また、一般的に、最大せん断応力は最表面ではなく表面直下(表層)で最大となる「ヘルツの接触応力」の観点からも、プレス用金型の表面直下、すなわちCrN皮膜と基材との間にも高硬度の層をさらに設け、プレス用金型の耐摩耗性を確保することが好ましい。
【0058】
以上のことから、基材とCrN皮膜との間に、基材表層をプラズマ窒化処理することによって得られる窒化層を設けることが好ましい。このように、基材の表層に窒化層を形成することで、CrN皮膜と基材との間の硬度差を緩和することができ、応力の集中を抑制することができる。その結果、CrN皮膜と基材との密着性、ならびに強度を向上させることができ、CrN皮膜の剥離を低減し、耐凝着性を向上させることが可能となる。
【0059】
窒化層の厚さは特に限定しないが、本実施形態では、0.5μm〜5μmとすることができる。
高硬度のCrN皮膜と比較的軟質な基材との間における強度の差を低減するためには、窒化層の厚みを0.5μm以上確保することが好ましい。より好ましくは1μm以上である。一方、窒化層の厚みを過度に厚くしすぎることは、プラズマ窒化処理に要する時間が長くなり生産性を低下させるほか、製造コストも高くなる。また、窒化層の厚みを過度に厚くすると、基材の表面粗度が大きくなってしまい、CrN皮膜の成膜前に基材表面を研磨する必要が生じる。これらの観点から、窒化層の厚みは5μm以下とすることが好ましい。
【0060】
窒化層中の平均窒素濃度は、0.10〜0.50質量%とすることが好ましい。
窒化層中の窒素濃度が低すぎると、強度向上の効果が小さく、十分な耐摩耗性が得られないおそれがあるため、窒化層中の平均窒素濃度は0.10質量%以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.20%以上である。
一方、窒化層中の窒素濃度が高すぎると、窒化層表面が脆化する傾向となりやすく、割れが生じるおそれがある。このことから、窒化層中の平均窒素濃度は0.50質量%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.40%以下である。
【0061】
また、窒化層における窒素の濃度分布が、窒化層表層から深さ方向に向かって減少するような濃度勾配を有することが好ましい。
上述したように、プレス用金型の内部で強度格差が生じることは、CrN皮膜と基材との密着性、及び強度の観点から好ましくない。従って、CrN皮膜、基材表層、基材内部それぞれの間の強度の格差、すなわち基材の深さ方向に沿った強度勾配は緩やかにすることが好ましい。そのためには、CrN皮膜と基材との間に形成する窒化層内の窒素の濃度分布を、窒化層表層から基材側に向かって減少するような濃度勾配となるよう制御することが好ましい。
【0062】
なお、窒素の濃度分布を、窒化層表層から深さ方向に向かって減少する勾配となるよう制御するためには、窒化層を形成するための基材表層に対するプラズマ窒化処理を複数回に分け、かつ、各回の処理を異なる条件で行うことにより、窒化層内における窒素の濃度分布を調整すればよい。
【0063】
なお、「窒化層」の判別(基材と「窒化層」との境界の判定)は、グロー放電発光分析装置(GDS)によって行うことができる。具体的には、まず、上記プラズマ窒化処理によって窒化させた基材表層において、分析領域を直径1mmとし、通常のグロー放電発光分析を行う。引き続き、深さ方向に分析を進め、分析領域の窒素量が母材(基材)の平均窒素濃度を超えているところまでの領域を「窒化層」とする。つまり、グロー放電発光分析を深さ方向に行い、窒素量が基材の平均窒素濃度まで下がった地点を基材と「窒化層」との境界の判定することとする。
【0064】
また、窒化層中の平均窒素濃度についても、GDSを用いて測定することができる。なお、本実施形態では、分析領域を直径1mmとし、GDSを用いて深さ方向に分析を行い、JIS K 0150に規定されているQDP(Quantitative Depth Profile)法を適用し、深さ50nmごとの窒素濃度を測定する。これにより、窒化層における窒素の濃度分布を得る事ができる。また、窒化層全体の平均窒素濃度は、深さ50nmごとの各窒素濃度の平均を算出することで求めることができる。
【0065】
以上、本実施形態に係るプレス用金型21及びチタン板のプレス成形方法について説明したが、上記CrN皮膜を成膜する前(プラズマ窒化処理を施す前)においては、基材の表面性状を良好なものとし、CrN皮膜の成膜性を確保するために、基材表面を鏡面研磨することが望ましい。これにより、CrN皮膜と基材との密着性を向上させることができ、結果、優れた耐凝着性を得ることが可能となる。
【0066】
図6には、パンチのストローク量と、チタン板の板厚との関係をグラフで示す。
図6のグラフは、
図2に示すプレス用金型でチタン板をプレス成形した場合を簡易的に模擬した実験によって得られた結果である。板厚0.5mmの純チタン板の長手方向両端を拘束し、純チタン板の長手方向両端を2本のロールで下側から支持した状態で、チタン板の長手方向中央に1本のロールを上側から下降させて曲げ成形を行った場合の、チタン板の板厚の減少挙動を示したものである。加工後のチタン板は平面歪み状態になるようにしている。
図6の横軸のパンチのストローク量は上側に配置したロールの下降量であり、縦軸の板厚は曲げ加工を受けた部位における最小板厚である。ロールの種類を変更することで、チタン板とロールとの静摩擦係数μを0.05と0.1に設定している。板厚が0.3mm(減少率40%)まで減少した時点のストローク量を見ると、静摩擦係数μが0.1の場合は4.3mmであるが、静摩擦係数μが0.05の場合は4.5mmまでストローク量が増加している。このように、金型とチタン板の静摩擦係数を高めて潤滑性を向上させることで、ストローク量を増加させることができ、割れを生じさせずに所望の形状に加工することが可能になる。
【0067】
本実施形態のチタン板のプレス用金型には、本実施形態に係る表面処理皮膜が形成されるため、表面処理皮膜を形成しない場合に比べて、チタン板とプレス用金型との間の潤滑性を大幅に高めることができる。これによりチタン板のプレス成形方法において、プレス成形時のチタン板の割れを抑制できるようになる。
【0068】
また、本実施形態のチタン板のプレス用金型によれば、基材上に、CrN皮膜ならびにダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)を形成することで、プレス用金型21の潤滑性、耐摩耗性及び耐凝着性を向上させることができる。またDLC膜において、DLC膜の膜厚方向に硬度の傾斜をつけることで、CrN皮膜とDLC膜との間における硬度の格差を緩和させることができる。その結果、DLC膜の上層領域は、硬質なものとすることで、チタン板11aに対し優れた耐摩耗性を発揮できる上、sp
2混成軌道(グラファイト構造)の炭素も多少含んでおり低摩擦性を確保できる。一方の下層領域は軟質なものとすることで、CrN皮膜との硬度格差を緩和でき、耐剥離性の確保できる。
【0069】
更に、基材とCrN膜との間に、窒化層を設けることで、高硬度のCrN皮膜と比較的軟質な基材との間での硬度格差(強度の不連続性)を解消させ、CrN皮膜と基材との密着性が十分に確保することができる。
【0070】
また、本実施形態のチタン板のプレス成形方法は、成形後のチタン板の変形状態が平面ひずみ状態を含むものとなる場合でも、プレス成形後の割れ、チタン材料の凝着及び金型の摩耗を防止することができる。すなわち、本実施形態のチタン板のプレス成形方法では、表面処理皮膜によって突起部22b、23bとチタン板11aとの潤滑性が高まるので、チタン板11aを拘束したまま突起部22b、23bによって曲げ加工を行った場合でも、曲げ加工中にチタン板11aが突起部表面上を滑って凝着せず、チタン板11aは突起部22b、23bに拘束されずに伸ばされて、所望の形状に成形できる。また、パンチ22の下降により突起部22b、23bがチタン板11aに衝突して表面処理膜及び基材に衝撃が加わっても、CrN皮膜上にDLC膜膜があるため、DLC膜が剥離することなく、潤滑性、耐凝着性及び耐摩耗性を損なうことがない。これにより、成形後のチタン板の変形状態が平面ひずみ状態を含むものとなる場合でも、プレス成形後の割れ、チタン材料の凝着及び金型の摩耗を防止できる。
【0071】
また、チタン板を成形する際、潤滑剤をチタン板に塗布してからプレス成形することで、チタン板とプレス用金型との潤滑性をより高めることができる。
【0072】
更に、本実施形態に係るプレス用金型によれば、金型の寿命を格段に向上でき、金型の交換頻度を低減でき、製造コストを大幅に削減できる。また、金型の交換頻度の低減によって、金型交換時の位置調整等に伴う歩留まり低下を防止し、また、成形寸法精度向上による歩留まり向上を達成できる。
【0073】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、チタン板のプレス成形に用いられる金型であれば、いかなる金型にも適用できる。
【実施例】
【0074】
次に、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0075】
<プレス用金型>
(実施例1)
まず、プレス用金型のダイ及びパンチの基材としてJIS G 4404にて規定されている工具鋼SKD11(C,Si,Mn,Cr,Mo,V,P,S,残部鉄及び不純物を本発明の範囲で含む鋼)を採用し、所定の形状に成形後、焼入れ及び焼戻し処理を行った。
次に、得られた基材表面に対して、窒化処理を行い、基材表層に、25μm厚、平均窒素濃度が0.20質量%である窒化層を形成した。
なお、窒化処理は、アンモニアと水素の混合ガス雰囲気中(NH
3、H
2、Ar)で直流グロー放電により生じた反応性の高い活性種を利用し窒化するラジカル窒化処理を用いた。処理温度は500℃とし3時間の処理を施した。
次に、窒化処理を施した基材表層(窒化層)上に、PVD蒸着法により、1.5μmのCrN皮膜(単層)を成膜した。
【0076】
ダイ及びパンチにについて、CrN皮膜表面から深さ方向に、グロー放電発光分析装置(GDS)を用いて成分分析を行った。分析結果を
図7〜9に示す。
図7〜9における横軸は、CrN層表面からの深さ(μm)、縦軸は各成分の濃度(質量%)を示す。
図7及び
図8に示すように、基材表層に、厚さ1.5μmのCrN層が形成されていることが分かる。また、
図9は、微量に含有する元素の深さ方向への濃度挙動を確認するために、
図7のグラフの縦軸範囲を変化させ表したグラフである。
図9のグラフより、CrN皮膜と基材との間には、窒化層が形成されていることが分かる。また、グラフからも明らかなように、CrN皮膜側から基材側に向けて窒素濃度が緩やかに減少する勾配を示しており、窒化層内における深さ方向に対する硬さ変動も緩やかであることが分かる。なお、
図7〜
図9はパンチの分析結果であるが、ダイについても
図7〜
図9と同様な分析結果が得られた。
【0077】
次に、予め上記ダイ及びパンチの表面(CrN皮膜)に対してプラズマクリーニングを施し汚れを除去した上で、CrN皮膜上にダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)を成膜した。膜厚は1.0μmとした。
DLC膜はプラズマCVD法によって成膜した。装置は容量結合型高周波プラズマCVD装置を用い、温度は500℃とした。プラズマ発生用電源には、13.56MHzの高周波電源を用いた。反応ガスとしては、CH
4とH
2の混合ガスを用いた。このとき、CH
4とH
2の混合ガスの混合比を変えることにより、CrN皮膜との界面から表面に向かって膜の硬さが徐々に増加するようにした。
【0078】
(比較例1)
実施例1で採用した工具鋼SKD11を基材とし、実施例1と同様に、窒化層およびCrN皮膜(単層)を形成した。次に、CrN皮膜上に、イオンプレーティング法によりダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)を1.0μmの厚さで成膜した。このようにしてダイ及びパンチを製造した。
【0079】
<ラマン分光法>
実施例1および比較例で得られたダイ及びパンチの表層の、sp
2混成軌道の炭素とsp
3混成軌道の炭素の割合(sp
3/sp
2)をラマン分光分析によって測定した。
結果を
図10(a)〜(c)及び
図11(a)〜(c)、表1、2に示す。
【0080】
図10(a)は、実施例1のパンチの表層の顕微鏡写真、
図10(b)、10(c)は実施例1のパンチのDLC膜のラマンスペクトルを示す。
図11(a)は比較例1のパンチの表層の顕微鏡写真、
図11(b)、11(c)は比較例1のパンチのDLC膜のラマンスペクトルを示す。なお、図中の「表面付近」とはDLC膜の表層、「DLC膜内部」とはDLC膜の内部、「界面付近」とはDLC膜とCrN皮膜との界面付近のラマンスペクトルである。
また表1に、実施例1のラマンバンドパラメータを、表2に比較例1のラマンバンドパラメータを示す。
【0081】
図10(a)〜(c)、表1から明らかなように、実施例1で得られたDLC膜は、CrN皮膜からDLC膜に向かうにしたがい、I
1380/I
1540が大きくなっている。
つまり、CrN皮膜からDLC膜に向かうにしたがい硬度が大きくなる硬度傾斜となっていることが分かる。
つまり、CrN皮膜からDLC膜に向かうにしたがい硬度が大きくなる硬度傾斜となっていることが分かる。
【0082】
一方、
図11(a)〜(c)、表2から明らかなように、比較例1で得られたDLC膜は、「表面付近」、「DLC膜内部」ともにI
1380/I
1540が大きく、膜厚方向において硬度傾斜が付与されていないことが分かる。
なお、
図10〜
図11はパンチの分析結果であるが、ダイについても
図10〜
図11と同様な分析結果が得られた。
【0083】
次に、実施例1および比較例1で得られた窒化層、CrN皮膜、ならびにDLC膜のビッカース硬さについて測定した。基材および窒化層については、マイク口ビッ力一ス硬度計により測定した。また、CrN皮膜およびDLC膜については、ナノインデンテーション(押込み)法によって、極低荷重の押込み試験を行い、ビッ力一ス硬さに換算した。具体的には、ナノインデンテーション(押込み)法に従い、三角錐型圧子(パーコピッチ圧子)を用いて、0.005〜0.1mNの荷重を20秒負荷したとき(負荷20s、保持5s、除荷20s)の押し込み硬さをナノインデンテーション硬さとして求めた。このとき、押し込み深さの10倍以上になる条件で測定した。
また、面研削による測定と埋め込み研磨による側面(断面)押し込みを併用した。得られたナノインデンテーション硬さから、下記の換算式によってビッ力一ス硬さを求めた。
Hv=0.0945×H
IT
ただし、上記式中のHvはビッ力一ス硬さを、H
ITはナノインデンテーション硬さをそれぞれ意味する。
【0084】
何れの層、膜においても、断面において3点測定しその平均をもって「ビッカース硬さ」とした。窒化層については基材との界面近傍(2μm深さまでの領域:内側領域)およびCrN皮膜との界面近傍(2μm深さまでの領域:外側領域)において測定した。DLC膜は、膜表面から0.20tまでの領域(表面付近)、DLC膜とCrN皮膜との界面から0.20tまでの領域(界面付近)、およびDLC膜の膜厚方向中心部(DLC膜内部)の計3か所において測定した。
その結果を表3に示す。表3に示すように、実施例1では、各層・各膜の平均ビッカース硬さはそれぞれ、窒化層は1000、CrN皮膜は2000、DLC膜の「界面付近」は2500、「DLC膜内部」は3000、DLC膜の「表面付近」は3500となり、膜厚方向において硬度傾斜が付与されていた。
【0085】
また、表3に示すように、比較例1で得られたDLC膜の「表面付近」、「DLC膜内部」、「界面付近」それぞれおいて実施例1と同様にビッカース硬度を測定したところ、「界面付近」は4000、「DLC膜内部」は4000、「界面付近」は4000となり、膜厚方向において均一な硬度分布であった。
【0086】
【表1】
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
<プレス成形についての評価>
実施例1及び比較例1のダイ及びパンチを用いて、チタン板をプレス成形することにより、プレス成形性を評価した。
図12に、試験に用いたプレス用金型の断面模式図を示す。
図12に示すプレス用金型は、パンチ21と、ダイ22と、しわ押さえパッド23とから構成された。パンチ21には、3つの突起部21aを等間隔に設けた。また、ダイ22には2つの突起部22a、22aを設けた。ダイ21及びパンチ22における突起部先端は、断面視した場合に曲率半径3.0mmの曲面とされた。パンチ21の突起部21a及びダイ22の突起部22aは、パンチ21が下死点に下降したときに各突起部21a、22a同士の隙間が1.5mmになるように位置決めされた。パンチ21の図中幅方向の寸法は36mmであり、パンチ21及びダイ22のそれぞれの突起部の高さは10mmであった。ダイ22の外周部の上方には、しわ押さえパッド23を配置した。ダイ22には、パンチ21を囲むように材料の流入防止ビード22bを設けた。これにより、成形加工を受けたチタン板は、平面ひずみ状態となる。
【0090】
図12に示すプレス用金型を用いて、厚み0.5mmのチタン板のプレス成形を行った。チタン板は、JIS1種のチタンからなるチタン板を用いた。実施例1のプレス用金型を用いた場合は、チタン板に防錆油(商品名:ノックスラスト、パーカー興産株式会社製)のみを潤滑剤として塗布し、プレス成形した。また、比較例1のプレス用金型を用いた場合は、ミルボンドによって表面処理したチタン板に、実施例1と同じ潤滑剤を塗布して、プレス成形した。プレス成形によって、チタン板を
図2に示すような波形状に成形加工した。このとき、波の振幅が狙い値で2.5mmになるようにポンチ21を押し込んだ。
【0091】
プレス成形の結果、実施例1、比較例1とも、
図2に示すような波形状に成形され、一方及び他方の突出部の断面の曲率半径が3.05〜3.11mmの範囲となり、振幅が4.8mmとなり、ほぼ狙い通りの形状が得られた。実施例1、比較例1との割れは生じなかった。
板厚の最小値は、実施例1で0.38mm、比較例1で0.37mmとなり、両者に大きな差はなかった。
このように、実施例1のプレス用金型を用いてプレス成形したチタン板は、ミルボンドの処理を行わないものであったが、比較例1と同様に割れを生じさせることなく、狙い通りの形状に成形が可能となった。
【0092】
また、JIS Z 2247に規定するエリクセン試験のパンチに本発明の金型を適用して耐久試験を行った。すなわち、パンチの基材の形状をJIS Z 2247に規定された形状にしたこと以外は上記実施例1と同様にして、エリクセン試験用のパンチを製造した。そして、厚み0.5mmのJIS1種のチタン板を試験片とし、試験片に貫通割れが発生するまでパンチを押し込んだ。これを200回繰り返した。その結果、パンチの表面に形成されたDLC膜の膜厚がやや薄くなったものの、DLC膜そのものが剥がれることがなく、耐久性は良好だった。耐久性は問題なかった。