(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は、電機機器の鉄心の素材として利用される。これらの電気機器では、高いエネルギー効率、小型化及び高出力化が要求される。そのため、電機機器の鉄心として利用される無方向性電磁鋼板には、低い鉄損及び高い磁性密度が要求される。
【0003】
従来、無方向性電磁鋼板の鉄損を低くするため、次の技術が採用されている。
・無方向性電磁鋼板にSi及びAl等を含有する。
・無方向性電磁鋼板の結晶粒径を制御する。
・無方向性電磁鋼板の板厚を薄くする。
【0004】
一方、無方向性電磁鋼板の磁性密度を高めるため、集合組織の制御が利用されている。集合組織制御では、鋼板面内において、磁化容易軸を含む結晶面の集積度を増加させる。具体的には、鋼板面内に磁化容易軸を含まない{111}面への集積を抑制し、磁化容易軸を含む{110}面及び{100}面への集積を増加させる。
【0005】
磁化容易軸を含む{110}面及び{100}面への集積を増加させるため、熱間圧延工程及び冷間圧延工程での圧延変形に伴う結晶回転が制御される。また、無方向性電磁鋼板において、特に冷間圧延の温度を常温(室温、25℃程度)より高い温度で実施する、いわゆる「温間圧延」が実施されることがある。
【0006】
無方向性電磁鋼板の製造において、磁気特性を高めるために、熱間圧延後に温間圧延を実施する技術が、特許文献1〜特許文献5に提案されている。
【0007】
特許文献1に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、無方向性電磁鋼板のAl含有量を質量%で0.02%以下とする。また、最終冷間圧延工程において、最終パスを除く少なくとも1パスを100〜300℃の温間圧延とする。さらに、最終パスを100℃以下、10〜30%で圧延する。これにより、無方向性電磁鋼板の鉄損W
15/50が向上する、と特許文献1には記載されている。
【0008】
特許文献2に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、質量%でCu:0.2%以上、4.0%以下、Ni:0.5%以上、5.0%以下を含有する鋼素材に対して、最終の冷間圧延工程において圧延温度が100〜300℃以上の温間圧延を1パス以上実施し、その際の温間圧延の累積圧下率を45%以上とする。これにより、強度と鉄損とのバランスに優れた無方向性電磁鋼板が製造できる、と特許文献2には記載されている。
【0009】
特許文献3に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、熱延仕上げ温度をA
r3変態点未満700℃以上とする。製造された熱延鋼板に対して脱スケールを実施した後、冷間圧延において付与する全ひずみを対数ひずみに換算して、そのうちの50%以上を100℃〜400℃の温間で圧延し、700℃〜950℃で3分以下の仕上げ焼鈍を行う。これにより、磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板が製造できる、と特許文献3には記載されている。
【0010】
特許文献1〜3で実施される温間圧延では、冷間圧延よりも圧延温度が高い。そのため、鋼中の転位のすべり挙動の変化に起因して、結晶方位が変化することがある。これは、鋼中に含有する元素と転位との相互作用が温度に依存し、この温度依存性により、結晶方位が変化すると考えられる。
【0011】
このような元素と転位との相互作用に注目して温間圧延の条件を制御する技術が、特許文献4及び特許文献5に提案されている。特許文献4に開示された電磁鋼板製造法では、固溶(C+N)が10ppm以上である鋼を、200〜500℃の温度範囲において20%以上の圧下率で圧延し、そのあと再結晶焼鈍をおこない、集合組織の(110)〔001〕方位成分を発達させる。特許文献5に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、鋼中のP、S及びSeを、P+100×S+300×Se≦0.5となるように抑制し、熱延板焼鈍をAc
3点以上の温度域で行う。
【0012】
一方、無方向性電磁鋼板は、打ち抜き加工等により、モータ用の鉄心に加工される。そのため、無方向性電磁鋼板には、「打ち抜き寸法精度」も要求される。特に、無方向性電磁鋼板が打ち抜きポンチによりダイに押し込まれる際に形成される、打ち抜きモータ鉄心外径寸法の最大値と最小値の差を抑制することが求められる。つまり、打ち抜き加工時における弾性ひずみ発生の抑制(塑性ひずみの導入促進)が求められる。
【0013】
このような打ち抜き寸法精度改善を含む、打ち抜き加工性の向上に関する技術が、特許文献6〜8に提案されている。
【0014】
特許文献6に開示された無方向性電磁鋼板では、Siおよび/またはAlを合計で0.03%〜0.5%に制御してPを0.10%〜0.26%添加し平均粒径を30〜80μmに制御する、あるいはSiおよび/またはAlを合計で0.5%超〜2.5%に制御してPを0.10〜0.26%添加することで降伏応力を増加して打ち抜き寸法精度を高めている。
【0015】
特許文献7、8に開示された無方向性電磁鋼板では、板厚(mm)と降伏応力YP(N/m
2)の積が0.65以上になるように制御し、打ち抜き寸法精度を高めている。特許文献6〜8に提案された技術では、無方向性電磁鋼板の降伏応力を高くして、打ち抜き寸法精度を高めている。
【0016】
また、磁気特性の中でも特に高周波特性に関しては、表層の{111}方位を含めた集合組織についての特別な考慮が必要であることが、特許文献9〜12に示されている。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0025】
本発明者らは、優れた磁気特性を有し、かつ、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度を改善する無方向性電磁鋼板について調査及び検討を行った。その結果、相変態を有する化学組成の無方向性電磁鋼板において、次の要件を満たすことにより、打ち抜き寸法精度が改善することを見出した。
【0026】
(I)相変態を有する無方向性電磁鋼板の板厚をtと定義した場合、圧延面からt/10深さ位置(以下、表層という)での{111}<112>方位の集積度I(sa)を6.0未満とする。さらに、表層での{100}<012>方位の集積度I(sb)の、圧延面からt/2深さ位置(以下、板厚中心層という)での{100}<012>方位の集積度I(cb)に対する比を、集積度比RA=I(sb)/I(cb)と定義した場合、集積度比RAを0.80〜1.20とする。この場合、打ち抜き時の打ち抜き寸法精度を改善できる。
【0027】
図1は、本発明の化学組成を満たす無方向性電磁鋼板において、表層での{111}<112>方位の集積度I(sa)と、集積度比RA(=I(sb)/I(cb))と、打ち抜き寸法精度の指標であるうち抜き寸法差(μm)との関係を示す図である。後述するとおり、打ち抜き寸法差が小さいほど、打ち抜き寸法精度に優れる。
【0028】
図1を参照して、表層での{111}<112>方位の集積度I(sa)が6.0以上の場合(
図1中の×印)、集積度比RAが変動しても、打ち抜き寸法精度はそれほど変化しない。一方、表層での{111}<112>方位の集積度I(sa)が6.0未満の場合(
図1中の○印)、集積度比RAの増加とともに、打ち抜き寸法差が小さくなる。そして、集積度比RAが0.8〜1.2の範囲において、打ち抜き寸法差が10μm以下となる。一方、集積度比RAが1.0付近よりも増加するにともない、打ち抜き寸法精度は大きくなる。
【0029】
要するに、集積度I(sa)が6.0未満の場合、打ち抜き寸法差は、集積度比RA=1.0近傍に変曲点を有する下に凸の曲線となる。そして、集積度比RAが0.8〜1.2の範囲において、打ち抜き寸法差は10μm以下となり、打ち抜き寸法精度を顕著に改善できる。
【0030】
なお、集積度比RAが変動したときの磁気特性への影響は小さい。
図2は、本発明の化学組成を有する無方向性電磁鋼板における、板厚中心層の{100}<012>方位の集積度I(cb)と、磁束密度B
50(T)との関係を示す図である。
図2に示すとおり、磁束密度B
50は、板厚中心層の{100}<012>方位の集積度I(cb)の増加に応じて高くなるものの、集積度比RA(=I(sb)/I(cb))の変動の影響をほとんど受けない。そして、集積度I(cb)が4.0以上であれば、磁束密度B
50(T)が1.80以上となり、優れた磁気特性が得られる。
【0031】
以上の知見に基づいて、相変態を有する化学組成の無方向性電磁鋼板において、板厚をtと定義した場合、表層での{111}<112>方位の集積度I(sa)が6.0未満であり、板厚中心層での{100}<012>方位の集積度I(cb)が4.0以上であり、集積度比RA(=I(sb)/I(cb))が0.80〜1.20であれば、磁気特性を維持しつつ、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度を改善できる。ここでいう化学組成は、具体的には、質量%で、C:0.001〜0.005%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.10%未満、S:0.005%以下、Al:0.001〜2.0%、及び、N:0.001〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成のうち、相変態を有する化学組成に限定する。
【0032】
ここで、本明細書において、「相変態を有する化学組成」とは、25〜1200℃において、フェライト相及びオーステナイト相の二相が共存する、又は、オーステナイト単相である温度が存在する化学組成を指す。相変態の有無については、次の線膨張率測定試験により判断する。線膨張率測定試験では、直径10mm×長さ20mmの丸棒状の試験片を、Ar雰囲気で4℃/分で25〜1200℃の範囲で昇温し、線膨張率αを測定する。
図3は、線膨張測定試験での温度と線膨張率との関係を示す図である。
図3を参照して、25〜1200℃において、線膨張率αと温度Tの勾配dα/dTが正から負に転じた温度(Ac
1点)が存在する場合、その試験片において、フェライトからオーステナイトへの相変態が開始し、相変態が生じたことが分かる。したがって、線膨張率測定試験において、勾配dα/dTが正から負に転じれば、その化学組成を有する鋼が相変態を有すると判断する。
【0033】
上述のように相変態を有する化学組成の無方向性電磁鋼板でのみ、表層の集合組織と板厚中心層の集合組織とを規定することにより、打ち抜き寸法精度が顕著に改善されるメカニズムについては明確ではないが、以下の3つの要因が考えられる。
【0034】
1つ目の要因として、結晶方位による降伏応力の差が挙げられる。{111}方位は{100}方位より降伏応力が高い。そのため、打ち抜き加工時の剪断面近傍領域において、剪断面から鋼板内部にいたる塑性変形は狭い領域に制限されてしまう。その結果、加工中から加工後の除荷過程での弾性変形量が大きくなり、打ち抜き寸法精度が劣化しやすい。特に表層では、熱延鋼板の集合組織が{110}<001>となる。そのため、冷間圧延後仕上げ焼鈍すれば、{111}<112>方位が発達しやすくなり、表層の降伏応力が上昇する。その結果、打ち抜き寸法精度が劣化する。
【0035】
2つ目の要因として、表層と板厚中心層での集合組織が異なれば、塑性変形領域の割合が板厚方向で変動するため、打ち抜き寸法精度が劣化することを挙げられる。特に{100}方位は加工硬化しやすい。そのため、板厚方向の集積度の変化が打ち抜き寸法精度に強く影響を及ぼす。
【0036】
3つ目の要因として、相変態を有さない鋼板と、相変態を有する鋼板とでは、熱間圧延工程での相変態に起因して熱間圧延後の集合組織が異なることが挙げられる。相変態を有さない鋼板では、熱間圧延後に{100}<012>や{411}<148>、{110}<001>方位の集積度が高い集合組織が得られる。これに対し相変態を有する鋼板では{100}<011>や{110}<001>方位の集積度が高い集合組織が得られる。
【0037】
このような熱間圧延後の集合組織の違いにより、温間圧延でのすべり変形挙動が変化する。そのため、再結晶時において、相変態を有さない鋼板では無方向性電磁鋼板の板厚方向において、{100}<012>方位の集積度分布が不均一になるのに対し、相変態を有する鋼板では、無方向性電磁鋼板の板厚方向において、{100}<012>方位の集積度分布が均一になると考えられる。
【0038】
本発明の無方向性電磁鋼板では、表層では{111}<112>方位の集積度I(sa)を弱め、表層及び板厚中心層の{100}<012>方位の集積度の差を小さくする。つまり、本発明の無方向性電磁鋼板では、この組合せを実現することにより、いわゆるスプリングバックのような、塑性変形域での変形応力を除荷した場合の弾性変形の戻りが小さくなる。その結果、打ち抜き寸法精度が顕著に改善されると考えられる。
【0039】
上述の表層及び板厚中心層の集合組織を実現する製造方法の一例を本発明者らは検討した。その結果、相変態を有する化学組成の熱延鋼板を圧延して無方向性電磁鋼板を製造するときに、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施する(仕上げ圧延工程)。さらに、1パス目の温間圧延において、圧延スタンドのロールと非圧延材である熱延鋼板との摩擦係数を0.10超〜0.30とし、さらに、圧延温度をT(℃)、ひずみ速度をεドット(s
-1)、圧下率をr(%)と定義したとき、式(1)〜式(3)を満たす条件で圧延を実施し、さらに、仕上げ圧延工程での累積圧下率を75〜95%とすることにより、上述の集合組織を有する無方向性電磁鋼板を製造できることを見出した。
【数2】
【0040】
以上の知見に基づいて完成した本発明の無方向性電磁鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.001〜0.005%、Si:0.5〜2.0%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.10%未満、S:0.005%以下、Al:0.001〜2.0%、及び、N:0.001〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成のうち、相変態を有する化学組成であって、無方向性電磁鋼板の板厚をtと定義したとき、無方向性電磁鋼板の表面からt/10深さ位置での{111}<112>方位の集積度I(sa)が6.0未満であり、表面からt/2深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(cb)が4.0以上であり、無方向性電磁鋼板の表面からt/10深さ位置での{100}<112>方位の集積度I(sb)の集積度I(cb)に対する比が0.8〜1.2である。
【0041】
上記化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti:0.01%以下、V:0.01%以下、及び、Nb:0.015%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。この場合、上記化学組成は、式(A)を満たす。
【数3】
【0042】
上記化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Sn:0.2%以下、Cu:0.1%以下、Ni:0.1%以下、Cr:0.2%以下、及び、B:0.001%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0043】
本発明による無方向性電磁鋼板の製造方法は、上述の化学組成を有する素材に対して熱間圧延を実施して仕上げ温度をAr
1点(℃)〜1000℃で熱延鋼板を製造する熱間圧延工程と、熱延鋼板に対して、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施して、0.10〜0.50mmの板厚を有する薄鋼板を製造する仕上げ圧延工程と、薄鋼板に対して最高到達温度を800℃〜Ac
1点とした仕上げ焼鈍を実施する仕上げ焼鈍工程とを備える。仕上げ圧延工程では、1パス目の圧延において、1パス目の圧延を実施する圧延スタンドのロールと熱延鋼板対との摩擦係数を0.10超〜0.30とし、さらに圧延温度をT(℃)、ひずみ速度をεドット(s
-1)、圧下率をr(%)と定義したとき、式(1)〜式(3)を満たす条件で熱延鋼板に対して温間圧延を実施する。そして、仕上げ圧延工程での累積圧下率を75〜95%とする。
【数4】
【0044】
上記冷間圧延では、たとえば、圧延温度を100℃未満とする。
【0045】
上記仕上げ圧延工程では、各々が一対のワークロールを有し、一列に並んだ複数の圧延スタンドを含むタンデム圧延機を用いてもよい。この場合、1パス目の圧延を実施する圧延スタンドにて温間圧延を実施し、1パス目の圧延を実施する圧延スタンドの下流に配列された複数の圧延スタンドにて2パス目以降の圧延を冷間圧延で実施する。
【0046】
以下、本発明による無方向性電磁鋼板について詳述する。
【0047】
[化学組成]
本発明による無方向性電磁鋼板の化学組成は、次の元素を含有する。なお、無方向性電磁鋼板の化学組成における「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0048】
C:0.001〜0.005%
炭素(C)は鋼中に固溶Cとして存在し、温間圧延時の動的ひずみ時効による集合組織を改善する。これにより、無方向性電磁鋼板の磁束密度が高まる。C含有量が0.001%未満であれば、この効果が得られない。一方、C含有量が0.005%を超えれば、鋼中に微細な炭化物が析出して磁気特性が低下する。したがって、C含有量は0.001〜0.005%である。C含有量の好ましい下限は0.0015%であり、さらに好ましくは0.002%である。C含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0049】
Si:0.5〜2.0%
シリコン(Si)は、鋼板の固有抵抗を高め、渦電流損を低減する。Siはさらに、ヒステリシス損を低減する。Si含有量が0.5%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Si含有量が2.0%を超えれば、相変態を有さない場合があり、本発明の効果が得られない場合がある。したがって、Si含有量は0.5〜2.0%である。Si含有量の好ましい下限は0.7%であり、さらに好ましくは1.0%である。Si含有量の好ましい上限は1.8%であり、さらに好ましくは1.5%である。
【0050】
Mn:0.1〜1.5%
マンガン(Mn)は、鋼の固有抵抗を高めると同時に、相変態させやすくする。相変態が発生しなければ、本発明の効果が得られない場合がある。Mnはさらに、硫化物を粗大化して無害化する。Mn含有量が0.1%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が1.5%を超えれば、鋼の磁束密度が低下する。したがって、Mn含有量は0.1〜1.5%である。Mn含有量のこのましい下限は0.2%であり、さらに好ましくは0.5%である。Mn含有量の好ましい上限は1.2%であり、さらに好ましくは1.0%である。
【0051】
P:0.10%未満
リン(P)は不純物である。Pは鋼の加工性を低下し、冷間圧延時に鋼板に割れを発生させ得る。したがって、P含有量は0.10%未満である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量の下限は特に制限されない。脱リンのコスト及び生産性の観点から、P含有量の好ましい下限は0.01%である。
【0052】
S:0.005%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、MnSを生成して鉄損を増加する。したがって、S含有量は0.005%以下である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量の下限は特に制限されない。脱硫のコスト及び生産性の観点から、S含有量の好ましい下限は0.001%である。
【0053】
Al:0.001〜2.0%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、窒化物を粗大化して無害化する。Alはさらに、Siと同様に鋼の固有抵抗を増加させて鉄損を低減する。Al含有量が0.001%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Al含有量が2.0%を超えれば、相変態を有さなくなる場合があり、本発明の効果が得られない場合がある。したがって、Al含有量は0.001〜2.0%である。Al含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.1%である。Al含有量の好ましい上限は1.0%であり、さらに好ましくは0.5%である。
【0054】
N:0.001〜0.005%
窒素(N)はCと同様に、鋼中に固溶Nとして存在し、温間圧延時の動的ひずみ時効による集合組織を改善する。これにより、無方向性電磁鋼板の磁束密度が高まる。N含有量が0.001%未満であれば、この効果が得られない。一方、N含有量が0.005%を超えれば、微細なAlNが析出して、磁気特性が低下する。したがって、N含有量は0.001〜0.005%である。N含有量の好ましい下限は0.0015%であり、さらに好ましくは0.002%である。N含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0055】
本発明による無方向性電磁鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、無方向性電磁鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものである。これらの不純物の含有量は、本実施形態の無方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容される。本明細書において、Ti含有量が0.004%以下の場合、Ti含有量は不純物レベルと解釈される。同様に、V含有量が0.004%以下の場合、V含有量は不純物レベルと解釈される。Nb含有量が0.004%以下の場合、Nb含有量は不純物レベルと解釈される。つまり、上記不純物中において、Ti含有量、V含有量及びNb含有量は次のとおりである。
Ti:0.004%以下、
V:0.004%以下、
Nb:0.004%以下
【0056】
[任意元素]
本発明の無方向性電磁鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti、V及びNbからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。さらに,これらの元素を含有する場合、化学組成は式(A)を満足する。
【数5】
ここで、式(A)中の元素記号には、無方向性電磁鋼板中のその元素の含有量(質量%)が代入される。
【0057】
Ti:0.01%以下
V:0.01%以下
Nb:0.015%以下
チタン(Ti)、バナジウム(V)及びニオブ(Nb)は任意元素である。これらの元素は炭窒化物を形成して、C及びNを固定する。冷間圧延前にこれらの炭窒化物が存在すれば、固溶C、固溶Nによる動的ひずみ時効が得られない。Ti含有量が0.01%以下、V含有量が0.01%以下、Nb含有量が0.015%以下であり、さらに、Ti、V及びNbの合計含有量が式(A)を満たせば、固溶C及び固溶Nによる動的ひずみ時効を抑制できる。
【0058】
本発明の無方向性電磁鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Sn、Cu、Ni、Cr及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0059】
Sn:0.2%以下
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Snは鋼板の集合組織を改善し、磁束密度を高める。Snはさらに、仕上げ焼鈍時の窒化を抑制し、磁気特性の低下を抑制する。一方、Sn含有量が0.2%を超えれば、鋼板の加工性を低下して、冷間圧延時に鋼板に割れを発生させ得る。したがって、Sn含有量は0.2%以下とする。Sn含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Sn含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.1%である。
【0060】
Cu:0.1%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Cuは、飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を下げる。Cuはさらに、CuSを形成して鉄損を劣化する。Cuはさらに、Niとともに含有されると鋼板表面に内部酸化層が形成されやすく、その結果、高周波鉄損が劣化する。したがって、Cu含有量は0.1%以下である。Cu含有量の下限値は、特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0061】
Ni:0.1%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは磁束密度B
50を高め、さらに、鋼板強度を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、原料コストが高くなる。Niはさらに、Cuとともに含有されると、鋼板表面に内部酸化層が形成されやすく、その結果、高周波鉄損が劣化する。したがって、Ni含有量は0.1%以下である。Ni含有量の下限値は、特に制限はないが、磁束密度B
50及び鋼板強度の観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0062】
Cr:0.2%以下
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Crは飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を低下させる。したがって、Cr含有量は0.2%以下である。Cr含有量の下限値は特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0063】
B:0.001%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Bは、飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を低下させる。したがって、B含有量は0.001%以下である。B含有量の下限値は、特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.0001%以上であるのが好ましい。
【0064】
[集合組織]
本発明の無方向性電磁鋼板の板厚をt(mm)と定義したとき、無方向性電磁鋼板の集合組織は、下記(特徴A)及び(特徴B)を有する。
(I)鋼板表面からt/10深さ位置(表層)での集合組織において、{111}<112>方位の集積度I(sa)が6.0未満である。
(II)鋼板表面からt/2深さ位置(板厚中心層)での集合組織において、{100}<012>方位の集積度I(cb)が4.0以上である。
(III)鋼板の表面からt/10深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(sb)の、表面からt/2深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(cb)に対する比(集積度比RA=I(sb)/I(cb))が0.80〜1.20である。
【0065】
[I:表層の集合組織について]
表層での{111}<112>方位の集積度I(sa)が低ければ、無方向性電磁鋼板の表層の降伏応力が低下し、剪断面から鋼板内部へ塑性変形領域が拡がる。その結果、後述の集積度比RAとの組み合わせにより、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度を改善できる。集積度I(sa)が6.0未満であれば、この効果が有効に得られる。集積度I(sa)の好ましい上限値は4.0であり、さらに好ましくは2.0である。
【0066】
[II:板厚中心層の集合組織について]
板厚中心層での{100}<012>方位の集積度I(cb)が低ければ、無方向性電磁鋼板の磁束密度B
50が低下する。集積度I(cb)が4.0以上であれば磁束密度が向上する。集積度I(cb)の好ましい上限値は4.5であり、さらに好ましくは5.0である。
【0067】
[III:表層及び板厚中心層の集積度比RAについて]
{100}<012>方位の表層と板厚中心層の集積度比RAは、上述の{111}<112>方位との相互作用により、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度を改善する。集積度比RA=I(sb)/I(cb)が0.80〜1.20であれば、この効果が有効に得られる。集積度比RAの好ましい範囲は0.85〜1.15であり、さらに好ましくは0.90〜1.10である。
【0068】
[集積度の測定方法]
I(sa)、I(sb)及びI(cb)は次の方法で測定できる。無方向性電磁鋼板を圧延方向に垂直な断面で切断し、板厚tの粗試料片を複数採取する。粗試料片に対して化学研磨を実施して、板厚を表面からt/10減厚したI(sa)及びI(sb)測定用試験片を作製する。また、粗試験片に対して化学研磨を実施して、板厚を表面からt/2減厚したI(cb)測定用試験片を作製する。
【0069】
作製された各測定用試験片に対して、X線回折装置により、{200}面、{110}面、{211}面の極点図を測定し、結晶方位分布関数ODF(Orientation Determination Function)を作成する。作成されたODFを用いて、集積度I(sa)、I(sb)及びI(cb)を求める。{111}<112>方位とは、ODFにおけるφ
2=45°断面のφ
1=55°、及びΦ=30°の集積度を示す。{100}<012>方位とは、ODFにおけるφ
2=45°断面のφ
1=20°かつΦ=0°の集積度を示す。
【0070】
[無方向性電磁鋼板の製造方法]
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法の一例を説明する。本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程(熱間圧延工程)と、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施して、さらに、1パス目の温間圧延を特定条件で実施して薄鋼板を製造する工程(仕上げ圧延工程)と、薄鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施して再結晶させる工程(仕上げ焼鈍工程)とを含む。以下、各工程について詳述する。
【0071】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する。スラブは、上述の化学組成を有する。スラブは周知の方法で製造される。たとえば、上述の化学組成の溶湯を用いて、連続鋳造法によりスラブを製造する。上述の化学組成の溶湯を用いて、造塊法によりインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延してスラブを製造してもよい。連続鋳造法により製造されたスラブに対して分塊圧延を実施してもよい。
【0072】
準備されたスラブに対して、熱間圧延を実施する。熱間圧延時のスラブ加熱温度は特に限定されない。コスト及び熱間圧延性の観点から、好ましくは、スラブ加熱温度は1000℃〜1300℃である。スラブ加熱温度のさらに好ましい下限は1050℃である。スラブ加熱温度のさらに好ましい上限は1250℃である。
【0073】
本発明の製造方法では、熱間圧延工程での仕上げ温度はオーステナイト単相または,フェライト相とオーステナイト相の2相域からフェライト単相に変態が終了する温度Ar
1(℃)以上〜1000℃である。ここで、仕上げ温度とは、熱間圧延工程で最終の圧下を行う圧延スタンド出側での鋼板温度を意味する。
【0074】
仕上げ圧延温度の下限がAr
1点(℃)未満であれば、熱延集合組織において{100}<011>や{110}<001>方位の集積度が高い集合組織が得られなくなる。その結果、後続工程の製造条件が適正であっても、仕上げ焼鈍後の鋼板表層における{111}<112>方位の集積度I(sa)が高くなり、打ち抜き寸法精度が低くなる。したがって、仕上げ温度の下限は、Ar
1(℃)未満である。一方、仕上げ温度の上限は操業の観点から1000℃である。巻き取り温度は、特に限定しないが、操業の観点から600〜900℃であることが望ましい。
【0075】
本発明の製造方法では、熱間圧延工程後であって、仕上げ圧延工程前に、熱延鋼板に対して熱延板焼鈍を実施しても実施しなくてもよい。熱延板焼鈍を実施する場合、たとえば、最高到達温度はAc
1点(℃)以下(Ac
1点:フェライトがオーステナイトに変態し始める温度)であり、保持時間は1〜180秒である。熱延板焼鈍はたとえば、連続焼鈍炉により実施される。最高到達温度及び保持時間が上記範囲内であれば、設備への負荷を抑えることができ、生産性も高めることができる。さらに、熱延板焼鈍の最高到達温度がAc
1点以下であれば、冷延前の結晶粒径を粗大化することができ、無方向性電磁鋼板の磁気特性も高まる。一方、熱延板焼鈍温度がAc
1点を超えれば、フェライト単相からフェライト相とオーステナイト相の2相域、又は、オーステナイト単相に相変態し、冷間圧延前の集合組織が変化する。その結果,後続工程の製造条件が適正であっても、仕上げ焼鈍後の鋼板中心層における{100}<012>方位集積度(I(cb))が低くなり、RA(=I(sb)/I(cb))が満足されない。その結果、打ち抜き寸法精度が低下する。さらに、磁気特性が低下し発明の効果が得られない場合がある。したがって、熱延板焼鈍工程を実施する場合、熱延板焼鈍における最高到達温度はAc
1点以下(℃)とする。
【0076】
[仕上げ圧延工程]
仕上げ圧延工程では、熱延工程により製造された熱延鋼板に対して、少なくとも最初の1パス目の圧延を温間圧延で実施する。そして、2パス目以降の圧延を温間圧延又は冷間圧延で実施して、薄鋼板を製造する。ここで、「パス」とは、一対のワークロールを有する1つの圧延スタンドを鋼板が通過して圧下を受けることを意味する。
【0077】
仕上げ圧延工程では、一列に並んだ複数の圧延スタンド(各圧延スタンドは一対のワークロールを有する)を含むタンデム圧延機を用いてタンデム圧延を実施して、複数のパスを実施してもよいし、一対のワークロールを有するゼンジミア圧延機等によるリバース圧延を実施して、複数のパスを実施してもよい。生産性の観点から、タンデム圧延機を用いて複数の圧延パスを実施するのが好ましい。
【0078】
冷間圧延工程を実施する場合、冷間圧延途中で鋼板に対して熱処理を実施してもよい。つまり、本発明における冷間圧延工程では、途中で熱処理を挟んで複数回のパスを実施してもよい。
【0079】
以下、仕上げ圧延工程での条件について説明する。
【0080】
[仕上げ圧延工程での累積圧下率]
仕上げ圧延工程での累積圧下率は75〜95%である。なお、累積圧下率(%)は次のとおり定義される。
累積圧下率(%)=(1−仕上げ圧延工程の最終パス後の薄鋼板の板厚/1パス目の温間圧延前の熱延鋼板の板厚)×100
【0081】
累積圧下率は、製品板厚上の制約と、{100}方位の集積度を高める点とに基づいて規定される。たとえば、熱延鋼板の板厚が2.0mmであって、無方向性電磁鋼板の最終板厚が0.10〜0.50mmである場合、累積圧下率は75〜95%となる。さらに、上述のとおり、板厚中心部において{100}<012>方位の集積度を高めるためには、累積圧下率が高い方が好ましい。以上の観点から、本発明における仕上げ圧延工程での累積圧下率は75〜95%である。累積圧下率の好ましい下限は85%である。累積圧下率の好ましい上限は92.5%である。
【0082】
[1パス目の温間圧延工程]
上述のとおり、熱延鋼板に対する1パス目の圧延を、温間圧延で行う。1パス目の温間圧延における条件は次のとおりである。
【0083】
[1パス目の温間圧延における摩擦係数μ]
1パス目の温間圧延の圧延スタンドのロールと非圧延材である熱延鋼板との摩擦係数μは、鋼板の表層での剪断変形量に影響する因子である。摩擦係数が低すぎれば、鋼板表層において圧延素材の粒界近傍への剪断変形を伴うひずみの蓄積が不十分となる。この場合、{111}<112>方位の発生が十分に抑制されず、集積度I(sa)が6.0以上となる。一方、摩擦係数μが高すぎれば、剪断変形が板厚中心層にまで及ぶ。この場合、表層に比べ板厚中心層での{100}<012>方位の発生が過剰となり、集積度比RA=I(sb)/I(cb)が0.80未満となる。1パス目の温間圧延の摩擦係数μが0.10超〜0.30であれば、後述の式(1)〜式(3)が満たされることを条件に、表層の{111}<112>方位の発生を抑制しつつ、表層と板厚中心層の{100}<012>方位の集積度を均一化できる。その結果、集積度I(sa)が6.0未満になり、集積度比RAが0.80〜1.20になる。1パス目の温間圧延の摩擦係数μの好ましい範囲は0.15〜0.25である。
【0084】
[式(1)〜式(3)について]
1パス目の温間圧延ではさらに、式(1)〜式(3)を満たす条件で圧延を実施する。
【数6】
ここで、T(℃)は1パス目の圧延での圧延温度(単位は℃、以下、初期圧延温度という)であり、より具体的には、1パス目の圧延を実施する圧延スタンド入側での鋼板温度(℃)である。εドット(イプシロンドット)は、1パス目の圧延のひずみ速度(単位はs
-1、以下、初期ひずみ速度という)である。rは、1パス目の圧延の圧下率(単位は%、以下、初期圧下率という)である。
【0085】
つまり、仕上げ圧延工程における1パス目の圧延では、式(2)を満たす初期ひずみ速度、式(3)を満たす初期圧下率、及び、式(1)を満たす圧延温度で温間圧延を実施する。
【0086】
[式(1)について]
初期圧延温度Tは、圧延中の粒界近傍での剪断変形の発生程度を制御する因子である。適切な温度範囲で圧延中の鋼板においては、粒界強度と粒内強度の差が適切な状況になり、粒界近傍への剪断ひずみの蓄積が高まる。特に表層近傍において、粒界近傍で剪断成分が大きな変形状態になると、その後の再結晶焼鈍において、{111}方位の発生が抑制される。
【0087】
初期圧延温度T(℃)が式(1)〜式(3)を満たさなければ、鋼板表層の粒界近傍にひずみが蓄積されにくくなる。そのため、表層での{111}方位の発生が抑制されず、集積度I(sa)が6.0以上となる。
【0088】
図4は、本発明の化学組成を満たす無方向性電磁鋼板の製造工程における1パス目の温間圧延での初期ひずみ速度(s
-1)及び初期圧延温度(℃)と、集積度I(sa)、I(cb)及びRA=I(sb)/I(cb)との関係を示す図である。
図4では、一例として、初期圧下率を30%としている(式(3)を満たす)。したがって、式(1)の右辺はT=149.0×(εドット)
0.09648となる。
【0089】
図4を参照して、初期ひずみ速度が10〜1000(s
-1)の場合、初期圧延温度がT=149.0×(εドット)
0.09648の曲線以下あれば、集積度I(sa)が6.0未満となる。そして、初期圧延温度がT=149.0×(εドット)
0.09648の曲線よりも上方であれば、集積度I(sa)が6.0以上となる。
【0090】
[式(2)について]
初期ひずみ速度εドット(イプシロンドット)は、初期圧延温度Tと関連して、粒界近傍での剪断変形に影響を及ぼす因子である。初期ひずみ速度εドットはさらに、結晶のすべり変形による不均一変形組織の発生頻度を制御する因子である。初期ひずみ速度εドットが高くなれば、変形に対し転位の移動速度が追随できず、変形帯のような不均一変形が発生する。このような不均一変形は、剪断変形が発生しにくく変形が単純な板厚中心層の変形挙動に強く影響し、その後の再結晶焼鈍において、板厚中心層において{100}方位の発生を促進する。
【0091】
初期ひずみ速度εドットが10s
-1未満であれば、板厚中心層での不均一変形が十分とならず、表層と板厚中心層の{100}<012>方位の集積度比RA(=I(sb)/I(cb))が0.80未満となる。一方、初期ひずみ速度εドットが1000s
-1を超えれば、鋼板の表層においても不均一変形の影響が大きくなる。この場合、表層においても{100}<012>方位が増加するため、集積度比RAが1.20超となる。初期ひずみ速度εドットが式(2)を満たせば、式(1)及び式(3)を満たすことを条件に、表層の{111}<112>方位の発生を抑制しつつ、板厚中心層の{100}<012>方位の発生も促進できる。その結果、集積度比RAが0.80〜1.20になる。初期ひずみ速度εドットの好ましい下限は10s
-1である。初期ひずみ速度εドットの好ましい上限は100s
-1である。
【0092】
[式(3)について]
初期圧下率rは、初期圧延温度Tと関連して、粒界近傍での剪断変形に影響を及ぼす因子である。初期圧下率rはまた、結晶のすべり変形による不均一変形組織の発生頻度を制御する因子である。
【0093】
初期圧下率rは特に、鋼板の表層に付与される剪断変形の程度に影響する。そのため、初期圧下率rと上述の摩擦係数μとの組み合わせにより、鋼板表層における{111}<112>方位と、表層及び板厚中心層における{100}<012>方位の配分が決定される。
【0094】
初期圧下率rが10%未満であれば、鋼板の板厚中心層での不均一変形が不十分となり、{100}<012>方位の発生が十分に促進されない。一方、初期圧下率rが50%を超えれば、鋼板表層にも不均一変形の影響が大きくなる。この場合、表層においても{100}<012>方位が増加するため、集積度比RAが1.20超になる。初期圧下率rが式(3)を満たせば、式(1)及び式(2)を満たすことを条件に、表層の{111}<112>方位の発生を抑制しつつ、板厚中心層の{100}<012>方位の発生も促進できる。その結果、集積度比RAが0.80〜1.20になる。初期圧下率rの好ましい上限は30%であり、さらに好ましくは20%である。
【0095】
[パススケジュールについて]
無方向性電磁鋼板の磁気特性向上の観点では,少なくとも1パス目圧延から温間圧延を実施することにより、変形帯のような不均一変形が発生する頻度を十分に高くでき、その結果、板厚中心層において{100}<012>方位の再結晶を最大化し、集積度比RAを必要な範囲に制御できる。2パス目以降の圧延(初期圧延スタンドの下流側に配置された圧延スタンドでの圧延)では板厚が薄くなっているため、十分な圧延形状比(ロール接触弧長さ/平均板厚)をとることが難しい。このため、本発明にとって必要な変形状態としにくく、発明効果の大幅な向上は期待できない。また圧延工程の後段は、本発明が注目する変形状態とは無関係に、最終的な製品の板厚精度を確保するために圧延形状比を小さくする必要がある。また、板厚精度の観点では十分な潤滑が可能となる冷間圧延が有利という側面もある。
【0096】
本発明において、そのような小さな圧延形状比で温間圧延または冷間圧延を実施した場合、1パス目で導入した本発明にとって必要な変形状態が一部消失してしまい、再結晶後の鋼板表層に形成される{111}<112>方位の集積が増加して発明効果を阻害することにもなる。このため、本発明においては、1パス目圧延の条件で製造法を規定するものである。ただし、2パス目以降も温間圧延とすることは、発明効果が完全に失われるものでなければ、除外するものでないことは言うまでもない。
【0097】
また、脆性破断の回避の観点からも、圧延形状比が高い1パス目の圧延を温間圧延とすることは有利となる。
【0098】
さらに、過張力破断回避の観点では、1パスあたりの圧下率を高くする場合、又は1パスあたりのひずみ速度を速くする場合、圧延荷重が増加して張力が大きくなりすぎる場合がある。この場合、圧延中の鋼板が破断する場合がある。調査の結果、過剰な張力は1パス目の圧延を実施する圧延スタンド(初期圧延スタンド)の出側と、2パス目の圧延を実施する圧延スタンドの出側で生じやすい。1パス目の圧延にて温間圧延を実施することは、鋼板に過剰な張力が付与されるのを抑制するためにも好都合である。
【0099】
温間圧延に用いるワークロールの観点では、温間圧延によるロール寿命は、冷間圧延によるロール寿命よりも低い。温間圧延では冷間圧延よりもワークロールが磨耗しやすく、さらに焼戻しが生じるためである。本発明では、1パス目のみを温間圧延とすることにより、ロール原単位を高めることができる。
【0100】
以上の理由により、圧延の1パス目を含む前段を温間圧延とし、後段を冷間圧延とすることは本発明の好ましい実施形態となる。この場合、後段の冷間圧延では、圧延温度(鋼板温度)を100℃未満とする。これにより、磁気特性を高めつつ、板厚変動を小さくするとともに、1パス目の温間圧延で形成された本発明にとって好ましい加工組織状態が破壊される懸念を回避することができる。
【0101】
タンデム圧延機を用いる場合、少なくとも1パス目の圧延を実施する圧延スタンド、及び、その圧延スタンドと下流に配列される圧延スタンドにて温間圧延を実施し、温間圧延を実施した圧延スタンドの下流に配置された1又は複数の圧延スタンドにて冷間圧延を実施してもよい。
【0102】
[圧延温度の制御について]
圧延の1パス目を含む前段での温間圧延のために、熱延鋼板を加熱する。温間圧延工程における加熱方法は、電磁誘導加熱、通電加熱、ヒーター加熱、雰囲気ガス中での加熱等を含め、公知の加熱方法を適用できる。
【0103】
温間圧延後の後段の圧延において、上記のメリットを得るため冷間圧延を適用する際は、温間圧延後、冷間圧延とするパスの前で、冷却ロールなどへの接触や、冷却ガスの吹き付けなど、公知の方法により所要の温度に鋼板を冷却すればよい。
【0104】
[仕上げ焼鈍工程]
仕上げ圧延工程を実施して製造された冷延鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施して、無方向性電磁鋼板を製造する。仕上げ焼鈍では、最終の板厚に仕上げられた冷延鋼板を焼鈍して再結晶させる。
【0105】
仕上げ焼鈍の最高到達温度及び保持時間は、仕上げ焼鈍中に相変態を起こさず、かつ仕上げ焼鈍後の無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径が50μm以下となる範囲に限定する。相変態を生じない最高到達温度及び保持時間は、無方向性電磁鋼板の化学組成や、熱間圧延工程、仕上げ圧延工程の条件に応じて適宜設定される。最高到達温度及び保持時間の設定は、当業者であれば容易である。仕上げ焼鈍における最高到達温度は800℃〜Ac
1点(Ac
1点:フェライトがオーステナイトに変態し始める温度)である。最高到達温度の好ましい上限は900℃である。また、最高到達温度での保持時間は20〜90秒である。同じ化学組成、同じ熱間圧延工程条件、及び、同じ仕上げ圧延工程条件により圧延されたサンプル冷延鋼板を用いて、熱処理及び組織観察を行い、事前に仕上げ圧延焼鈍の条件(最高到達温度及び保持時間)を決定してもよい。この場合、平均結晶粒径を50μm以下にする、より適切な条件を決定できる。なお、最高到達温度が800℃未満であれば、集積度比RAが0.8未満となり、打ち抜き寸法精度が低下する。一方、最高到達温度がAc
1点を超えると、I(cb)が得られなくなり、磁束密度B
50が低くなり,発明の効果が得られない。
【0106】
[その他の工程]
上述の製造方法において、仕上げ焼鈍工程後にコーティング工程を実施してもよい。コーティング工程では、仕上げ焼鈍後の無方向性電磁鋼板の表面に、絶縁コーティングを施す。絶縁コーティングの種類は特に限定されない。絶縁コーティングは有機成分であってもよいし、無機成分であってもよい、絶縁コーティングは、有機成分と無機成分とを含有してもよい。無機成分はたとえば、重クロム酸−ホウ酸系、リン酸系、シリカ系等である。有機成分はたとえば、一般的なアクリル系、アクリルスチレン系、アクリルシリコン系、シリコン系、ポリエステル系、エポキシ系、フッ素系の樹脂である。塗装性を考慮した場合、好ましい樹脂は、エマルジョンタイプの樹脂である。加熱及び/又は加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施してもよい。接着能を有する絶縁コーティングはたとえば、アクリル系、フエノール系、エポキシ系、メラミン系の樹脂である。
【0107】
以上の製造工程により、本発明による無方向性電磁鋼板が製造できる。本発明の無方向性電磁鋼板は、磁気特性に優れる。さらに、打ち抜き加工におけるダレ発生を抑制できる。
【実施例1】
【0108】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。
【0109】
表1に示す化学組成のスラブ(鋼片)を製造した。表1中の「−」は、含有量が検出限界未満であったことを示す。
【0110】
各スラブから、直径10mm×長さ20mmの試料を切り出した。その後、Ar雰囲気で4℃/分で25〜1200℃の範囲で昇温し、線膨張率αを測定した。線膨張率αと温度Tの勾配dα/dTが正から負に転じた温度を、フェライト相からオーステナイト相への相変態が開始したと判断し、Ac
1点と判断した。また、
図3に示すとおり、1200〜25℃の範囲で4℃/分で冷却し、降温時の線膨張率αを測定した。そして、線膨張率αと温度Tの勾配dα/dTが負から正に転じた温度をオーステナイト相がすべてフェライト相に変態したと判断し、その温度をAr
1と判断した。これらの結果に基づいて、熱間圧延以降の製造条件の影響を調査した。
【0111】
スラブを1150℃に加熱して、仕上げ温度を950℃、900℃、850℃、700℃とする熱間圧延を実施して、板厚2.0mmとし、800℃で巻き取り、熱延鋼板を製造した。
【0112】
【表1】
【0113】
熱延鋼板に対して、850℃、950℃、1000℃で1分均熱する熱延板焼鈍を実施した。その後、5個の圧延スタンドが一列に配列されたタンデム圧延機を用いて、表2に示す条件として、1パス目の圧延を温間圧延で実施した。さらに、2〜5パス目の圧延を100℃以下の冷間圧延で実施して、板厚0.50mmの薄鋼板を製造した。仕上げ圧延工程での累積圧下75%であった。仕上げ圧延後の薄鋼板に対して、表1に示す仕上げ焼鈍温度(最高到達温度)で14秒保持した。以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板を製造した。
【0114】
【表2】
【0115】
なお、表2中のT1は、式(1)の左辺とし、T2は式(1)の右辺とした。具体的にはT2は次のとおりとした。
【数7】
以上の工程で製造された無方向性電磁鋼板に対して、次の評価を行った。
【0116】
[集積度測定試験]
上述の測定方法に基づいて、表層での集積度I(sa)、集積度I(sb)と、板厚中心層での集積度I(cb)とを求めた。
【0117】
[磁気特性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、55mm角磁気測定試験により、5000A/mにおける磁束密度B
50を測定した。磁束密度B
50は、L方向(圧延方向)及びC方向(圧延方向に直交する方向)の平均値として求めた。
【0118】
[打ち抜き寸法差測定試験]
打ち抜き試験を次の方法で実施した。55mm角金型を用いて、打ち抜き加工を実施して、
図4(A)及び
図4(B)に示す、55mm×55mmの試験片を作製した。クリアランスは板厚の8%とした。
【0119】
図4(A)に示すとおり、正方形状の試験片の圧延方向の長さを3箇所(L1〜L3)測定した。具体的には、
図4(A)を参照して、試験片のうち、圧延方向に平行な左辺から幅方向に5mm位置における圧延方向長さをL1と定義した。同様に、幅方向中央位置における圧延方向長さをL2と定義した。圧延方向に平行な右辺から幅方向に5mm位置における圧延方向長さをL3と定義した。
【0120】
さらに、
図4(B)に示すとおり、正方形状の幅方向の長さを3箇所(C1〜C3)測定した。具体的には、
図4(B)を参照して、試験片のうち、幅方向に平行な上辺から圧延方向に5mm位置における幅方向長さをC1と定義した。同様に、圧延方向中央位置における幅方向長さをC2と定義した。幅方向に平行な下辺から圧延方向に5mm位置における幅方向長さをC3と定義した。
【0121】
上述の長さL1〜L3及び長さC1〜C3を測定した。下記式で定義した打ち抜き寸法精度A(μm)を評価した。
【数8】
【0122】
[結果]
評価結果を表2に示す。表2を参照して、試験番号2〜11、20、26〜28、38、39、56及び59では、化学組成が適切であり、製造条件も適切であった。そのため、集積度I(sa)が6.0未満であり、集積度I(cb)が4.0以上であり、集積度比RA=I(sb)/I(cb)が0.80〜1.20であった。その結果、打ち抜き寸法差は10μm以下と少なく、打ち抜き加工時の寸法ばらつき発生を十分に抑制できた。また、磁束密度B
50が1.80T以上であり、優れた磁気特性が得られた。
【0123】
一方、試験番号1のSi含有量は高すぎた。そのため、試験番号1の無方向性電磁鋼板は相変態しなかった。その結果、集積度I(cb)が低く、集積度比RAも低かった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0124】
試験番号12〜15では初期ひずみ速度が低すぎた。そのため、集積度比RAが0.80未満であった。その結果、打ち抜き寸法差が10μmを超え、打ち抜き寸法精度が低かった。なお、試験番号15では、初期圧延温度Tも高かったため、集積度I(sa)が6.0以上となり、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。
【0125】
試験番号16では、初期圧延温度Tが低すぎ、摩擦係数μも低かった。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となり、集積度I(cb)が4.0未満となり、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0126】
試験番号17では、摩擦係数μが低かった。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、集積度I(cb)が4.0未満となった。そのため、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0127】
試験番号18では、初期圧延温度Tが高すぎ、摩擦係数μも低かった。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となり、集積度I(cb)が4.0未満となり、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、集積度I(cb)が4.0未満となった。そのため、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0128】
試験番号19及び25では、初期圧延温度Tが低すぎた。そのため、集積度I(cb)が4.0未満となり、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0129】
試験番号21及び29では、初期圧延温度Tが高すぎた。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0130】
試験番号22では、初期圧延温度Tが低すぎ、摩擦係数μが高すぎた。そのため、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0131】
試験番号23では、摩擦係数μが高すぎた。そのため、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0132】
試験番号24では、初期圧延温度Tが高すぎ、摩擦係数μが高すぎた。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となり、集積度比RAが0.80未満となった。その結果、その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0133】
試験番号30では、初期圧延温度Tが低すぎ、初期ひずみ速度が高すぎた。そのため、集積度I(cb)が4.0未満となった。その結果、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。さらに、集積度比RAが1.20を超えた。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0134】
試験番号31〜33では、初期ひずみ速度が高すぎた。そのため、集積度比RAが1.20を超えた。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0135】
試験番号34では、初期圧延温度Tが高すぎた。そのため、集積度I(sa)が6.0以上となった。また,ひずみ速度が高すぎ、集積度比RAが1.20を超えた。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0136】
試験番号35では、初期圧下率rが低すぎた。そのため、集積度I(cb)が4.0未満となった。その結果、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0137】
試験番号36では、初期圧下率rが高すぎた。そのため、集積度比RAが1.20を超えた。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0138】
試験番号37では、仕上げ焼鈍時の最高到達温度が低すぎた。そのため、集積度I(cb)が4.0未満となった。その結果、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。さらに、集積度比RAが0.8未満であった。その結果、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0139】
試験番号40では、仕上げ焼鈍時の最高到達温度が高すぎた。その結果、相変態して集合組織が変化して、集積度I(cb)が4.0未満となった。その結果、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0140】
試験番号41〜48では、Si含有量が高すぎ、相変態しない化学組成を有する無方向性電磁鋼板であった。そのため、集積度比RAが0.80未満であり、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【0141】
試験番号49では、P含有量が本発明で規定する範囲を超えた鋼について,従来方法で製造した。試験番号49では、今回請求する圧延条件を満足していない鋼と比べて打ち抜き寸法精度は優位であった。しかしながら、本発明例は、試験番号49と比較して、磁束密度B
50が優位であった。
【0142】
試験番号50〜55では、各元素の範囲は本発明で規定する範囲内にあるものの相変態しない化学組成であった。そのため、集積度I(sa)が6.0を超えた。その結果、集積度比RAが0.80〜1.20の範囲内であるにも係らず、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0143】
試験番号57及び58では、各元素の範囲は本発明で規定する範囲内にあり、相変態する化学組成であったものの、熱間圧延工程での仕上げ温度がAr
1点(℃)未満であった。そのため、集積度I(sa)が6.0を超えた。その結果、集積度比RAが0.80〜1.20の範囲内であるにも拘わらず、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。
【0144】
試験番号60及び61では、各元素の範囲は本発明で規定する範囲内にあり、相変態する化学組成であったものの、熱延板焼鈍工程での最高到達温度がAc
1点を超えた。そのため、集積度I(cb)が4.0未満であった。その結果、集積度比RAが0.80未満であり、打ち抜き寸法差は10μmを超え、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度が低かった。さらに、磁束密度B
50が1.80T未満であり、磁気特性が低かった。
【実施例2】
【0145】
表1に示す鋼Bの化学組成を有するスラブ(鋼片)に対して、1150℃に加熱して、仕上げ温度を900℃とする熱間圧延を実施して、板厚2.0mmとし、800℃で巻き取り、熱延鋼板を製造した。この熱延鋼板に対して850℃で1分均熱する熱延板焼鈍を実施した。
【0146】
熱延板焼鈍後、5個の圧延スタンドが一列に配列されたタンデム圧延機を用いて、仕上げ圧延工程を実施した。具体的には、1パス目の圧延において、初期ひずみ速度を31s
−1とし、初期圧下率を30%、摩擦係数μを0.2とした。仕上げ圧延工程での累積圧下率は85%であった。1パス目〜5パス目までのそれぞれのスタンドでの圧延温度は表3に示すとおりであった。仕上げ圧延後の薄鋼板に対して、仕上げ焼鈍温度(最高到達温度)850℃で14秒保持した。以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板を製造した。
【0147】
【表3】
【0148】
なお、各試験番号の鋼板における板厚変動については、50mmの間隔で、板幅方向に4か所×長さ方向に4か所、計16か所の板厚を測定した。そして、測定された板厚の最大値と最小値の差の1/2を板厚変動(mm)と定義した。測定された16か所の平均を平均板厚(mm)と定義した。
【0149】
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、実施例1と同様の方法で、集積度I(sa)、集積度I(sb)、集積度I(cb)、磁束密度B
50(T)、打ち抜き寸法精度(μm)を求めた。
【0150】
[結果]
結果を表3に示す、試験番号1〜5では、化学組成が適切であり、製造条件も適切であった。そのため、集積度I(sa)が6.0未満であり、集積度I(cb)が4.0以上であり、集積度比RA=I(sb)/I(cb)が0.8〜1.2であった。その結果、打ち抜き寸法差は10μm以下と少なく、優れた打ち抜き寸法精度が得られた。磁束密度B
50が1.800T以上であり、優れた磁気特性が得られた。
【0151】
一方、試験番号6〜13では、1パス目の初期圧延温度が低すぎ、式(1)を満たさなかった。そのため、集積度I(cb)が低かった。その結果、磁束密度B
50が1.800T未満であり、磁気特性が低かった。さらに、集積度比RAが0.8未満であったため打ち抜き寸法精度が10μmを超えた。
【0152】
また、試験番号7〜13は、2〜5パス目のいずれかで圧延温度が100℃以上の温間圧延を含んだ。そのため、全てが冷間圧延の試験番号6と比較して、板厚変動幅が大きくなった。さらに、1パス目を150℃で温間圧延した試験番号1〜5よりも、板厚変動幅が大きくなった。
【0153】
以上、本発明の好適な実施例について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。