(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は、電機機器の鉄心の素材として利用される。これらの電機機器では、高いエネルギー効率、小型化及び高出力化が要求される。そのため、電機機器の鉄心として利用される無方向性電磁鋼板には、低い鉄損及び高い磁性密度が要求される。
【0003】
従来、無方向性電磁鋼板の鉄損を低くするため、次の技術が採用されている。
・無方向性電磁鋼板にSi及びAl等を含有する。
・無方向性電磁鋼板の結晶粒径を制御する。
・無方向性電磁鋼板の板厚を薄くする。
【0004】
一方、無方向性電磁鋼板の磁性密度を高めるため、集合組織の制御が利用されている。集合組織制御では、鋼板面内において、磁化容易軸を含む結晶面の集積度を増加させる。具体的には、鋼板面内に磁化容易軸を含まない{111}面への集積を抑制し、磁化容易軸を含む{110}面及び{100}面への集積を増加させる。
【0005】
磁化容易軸を含む{110}面及び{100}面への集積を増加させるため、熱間圧延工程及び冷間圧延工程での圧延変形に伴う結晶回転が制御される。また、無方向性電磁鋼板において、特に冷間圧延の温度を常温(室温、25℃程度)より高い温度で実施する、いわゆる「温間圧延」が実施されることがある。
【0006】
無方向性電磁鋼板の製造において、磁気特性を高めるために、熱間圧延後に温間圧延を実施する技術が、特許文献1〜特許文献5に提案されている。
【0007】
特許文献1に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、無方向性電磁鋼板のAl含有量を質量%で0.02%以下とする。また、最終冷間圧延工程において、最終パスを除く少なくとも1パスを100〜300℃の温間圧延とする。さらに、最終パスを100℃以下、10〜30%で圧延する。これにより、無方向性電磁鋼板の鉄損W
15/50が向上する、と特許文献1には記載されている。
【0008】
特許文献2に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、質量%でCu:0.2%以上、4.0%以下、Ni:0.5%以上、5.0%以下を含有する鋼素材に対して、最終の冷間圧延工程において圧延温度が100〜300℃以上の温間圧延を1パス以上実施し、その際の温間圧延の累積圧下率を45%以上とする。これにより、強度と鉄損とのバランスに優れた無方向性電磁鋼板が製造できる、と特許文献2には記載されている。
【0009】
特許文献3に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、熱延仕上げ温度をA
r3変態点未満700℃以上とする。製造された熱延鋼板に対して脱スケールを実施した後、冷間圧延において付与する全ひずみを対数ひずみに換算して、そのうちの50%以上を100℃〜400℃の温間で圧延し、700℃〜950℃で3分以下の仕上げ焼鈍を行う。これにより、磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板が製造できる、と特許文献3には記載されている。
【0010】
特許文献1〜3で実施される温間圧延では、冷間圧延よりも圧延温度が高い。そのため、鋼中の転位のすべり挙動の変化に起因して、結晶方位が変化することがある。これは、鋼中に含有する元素と転位との相互作用が温度に依存し、この温度依存性により、結晶方位が変化すると考えられる。
【0011】
このような元素と転位との相互作用に注目して温間圧延の条件を制御する技術が、特許文献4に提案されている。特許文献4に開示された電磁鋼板製造法では、固溶(C+N)が10ppm以上である鋼を、200〜500℃の温度範囲において20%以上の圧下率で圧延し、そのあと再結晶焼鈍をおこない、集合組織の(110)〔001〕方位成分を発達させる。特許文献5に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、鋼中のP、S及びSeを、P+100×S+300×Se≦0.5となるように抑制し、熱延板焼鈍をAc
3点以上の温度域で行う。
【0012】
このように、温間圧延は、鋼中の転位のすべり挙動の変化に起因して、結晶方位が変化することを利用し、磁気特性、特に磁束密度にとって都合のよい方位の形成を目的とした技術に適用されている。
【0013】
一方、無方向性電磁鋼板は、打ち抜き加工等により、モータ用の鉄心に加工される。この際、Siを含有し硬質な無方向性電磁鋼板では、打ち抜きによる金型の損耗が一般的な加工用鋼板よりも大きくなる。打ち抜き回数が多くなり金型の損耗が大きくなると、鋼板の打ち抜き精度が低下する。このため、打ち抜きによる金型の損耗の抑制が求められるとともに、損耗した金型で打ち抜いたとしても打ち抜き精度が低下しにくい鋼板の開発が求められている。
【0014】
打ち抜き加工性が良好な鋼板に関する技術が、特許文献6〜14に提案されている。
【0015】
特許文献6〜8に開示された無方向性電磁鋼板では、硬さや降伏応力を制御することにより、打ち抜き加工性を高めている。特許文献9に開示された無方向性電磁鋼板では、フェライト相の結晶粒径を制御して、加工性を高める。特許文献6〜9に提案された技術では、無方向性電磁鋼板の機械特性を制御して、打ち抜き加工性を高めている。
【0016】
特許文献10に開示された無方向性電磁鋼板では、{011}<100>方位の強度を所定範囲に制御し、特許文献11では、粒界強度の影響を検討している。また、特許文献12に開示された無方向性電磁鋼板の製造方法では、ダレ発生への粒径制御と結晶方位制御(磁束密度)の影響を考慮して、温間圧延が打ち抜き加工性の向上に有効であると記載されている。特許文献13及び14に開示された無方向性電磁鋼板では、鋼板の表層の硬さや化学組成を調整することにより、打ち抜き加工性を改善している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0025】
本発明者らは、限界打ち抜き回数に影響を及ぼす無方向性電磁鋼板の特徴について調査及び検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0026】
無方向性電磁鋼板の粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)の、Feの700eVにおけるピーク(粒界Fe700)に対する比(粒界Mn545/粒界Fe700)を、0.05〜0.15とする。これにより、限界打ち抜き回数が増加する。
【0027】
図1は、本発明の化学組成を満たす無方向性電磁鋼板において、粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)のFeの700eVにおけるピーク(粒界Fe700)に対する比(粒界Mn545/粒界Fe700)と、限界打ち抜き回数との関係を示す図である。
【0028】
図1を参照して、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の範囲の場合、粒界Mn545/粒界Fe700が他の範囲の場合と比較して、限界打ち抜き回数が顕著に増加している。
【0029】
なお、鋼板のMn含有量の増加は、基本的には限界打ち抜き回数を低下させる。
図2は、粒界Mn545/粒界Fe700が特定の値を持つ鋼板における、Mn含有量と限界打ち抜き回数との関係を示す図である。
図2を参照して、限界打ち抜き回数は、Mn545/Fe700の増加に伴い高くなる。しかしながら、粒界Mn545/粒界Fe700が一定の場合、Mn含有量の増加により限界打ち抜き回数は低下する。
【0030】
以上の結果より、無方向性電磁鋼板の粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)の、Feの700eVにおけるピーク(粒界Fe700)に対する比(粒界Mn545/粒界Fe700)を、0.05〜0.15とする。この場合、限界打ち抜き回数を向上させることができる。
【0031】
上述のように粒界Mn545/粒界Fe700を規定することにより、限界打ち抜き回数が顕著に増加するメカニズムについては明確ではないが、以下の事項が考えられる。
【0032】
従来、例えばPのような元素が鋼板の結晶粒界に偏析すれば、粒界強度が低下することが知られている。例えばPの偏析及びそれによる打ち抜き加工性の改善については、特許文献8に開示されている。これに対して、本発明鋼では、粒界にMnが偏析することで、粒界におけるFeとMnの相互作用が強まって、粒界強度が低下し、粒界破壊が起きやすくなる。その結果、限界打ち抜き回数が増加すると考えられる。なお、粒界Mn545/粒界Fe700が規定範囲を満足しない場合、粒界におけるFeとMnの相互作用は弱いままである。そのため、上記Mn545の、無方向性電磁鋼板の粒内におけるオージェ電子分光で得られるMnの545eVでのピーク(以下、粒内Mn545という)に対する比(=粒界Mn545/粒内Mn545)が適切であっても、限界打ち抜き回数の増加は得られない。
【0033】
しかしながら、一般的にはMn含有量が増加すると鋼板の硬度が上昇する。そのため、単純にMn含有量を増加させても限界打ち抜き回数は向上しない。本発明では後述するように、製造条件を含めて粒界へのMn偏析を助長する。粒界におけるFeとMnが相互に作用して、鋼板の硬度上昇に起因する限界打ち抜き回数の低下の影響を上回る効果を発現し、トータルで限界打ち抜き回数が増加するようになると考えられる。
【0034】
なお、本発明鋼板のように粒界にMnを偏析させるには、基本的にはMn含有量を多くする必要がある。その結果、磁気特性としては低鉄損化も達成できる。
【0035】
なお、限界打ち抜き回数の増加には、無方向性電磁鋼板の平均結晶粒を粗大にすることが好ましい。これは単に粒径を大きくして鋼板の硬度を低下させる効果というよりも、粒界密度の低下により、本発明が特徴とする粒界へのMn偏析が促進する効果と考えることが妥当である。本発明鋼板において、平均結晶粒径を粗大化できることはMnを高濃度で含有することとも合わせて本発明鋼の低鉄損化に有効に作用する。
【0036】
上述のMn偏析を実現する製造方法の一例を本発明者らは検討した。その結果、熱延鋼板を圧延して無方向性電磁鋼板を製造するときに、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施する(仕上げ圧延工程)。さらに、1パス目の温間圧延において、圧延温度をT(℃)、ひずみ速度をεドット(s
-1)、圧下率をr(%)と定義したとき、式(1)〜式(3)を満たす条件で圧延を実施し、さらに、仕上げ圧延工程での累積圧下率を75〜95%とすることにより、上述の集合組織を有する無方向性電磁鋼板を製造できることを見出した。
【数2】
【0037】
以上の知見に基づいて完成した本発明の無方向性電磁鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.001〜0.005%、Si:3.0〜5.0%、Mn:1.0〜3.0%、P:0.02%以下、S:0.005%以下、Al:0.01%以下、及び、N:0.001〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。無方向性電磁鋼板の粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)とFeの700eVにおけるピーク(粒界Fe700)の比(粒界Mn545/粒界Fe700)が、0.05〜0.15である。
【0038】
上述の無方向性電磁鋼板では、粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)の、粒内における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒内Mn545)に対する比(粒界Mn545/粒内Mn545)が、2.0〜10.0であってもよい。
【0039】
上述の無方向性電磁鋼板では、無方向性電磁鋼板の板厚をtと定義したとき、無方向性電磁鋼板の表面からt/2深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(c)が4.0以上であり、無方向性電磁鋼板の表面からt/10深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(s)のI(c)に対する比(I(s)/I(c))が0.8〜1.2であってもよい。
【0040】
上記化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti:0.01%以下、V:0.01%以下、及び、Nb:0.01%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。この場合、上記化学組成は、式(A)を満たす。
【数3】
【0041】
上記化学組成は、Feの一部に代えて、Sn:0.2%以下、Cu:0.1%以下、Ni:0.1%以下、Cr:0.2%以下、及び、B:0.001%以下からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0042】
本発明による無方向性電磁鋼板の製造方法は、上述の化学組成を有する素材に対して熱間圧延を実施して熱延鋼板を製造する熱間圧延工程と、熱延鋼板に対して、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施して、0.10〜0.50mmの板厚を有する薄鋼板を製造する仕上げ圧延工程と、薄鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施する仕上げ焼鈍工程とを備える。仕上げ圧延工程では、1パス目の圧延において、圧延温度をT(℃)、ひずみ速度をεドット(s
-1)、圧下率をr(%)と定義したとき、式(1)〜式(3)を満たす条件で熱延鋼板に対して温間圧延を実施する。さらに、1パス目の圧延を実施するワークロールの直径は1000mm以下とする。さらに、仕上げ圧延工程での累積圧下率を75〜95%とする。
【数4】
【0043】
上記冷間圧延では、たとえば、圧延温度を150℃以下とする。
【0044】
上記仕上げ圧延工程では、各々が一対のワークロールを有し、一列に並んだ複数の圧延スタンドを含むタンデム圧延機を用いてもよい。この場合、少なくとも前記1パス目の圧延を実施する圧延スタンド、又は、圧延スタンド及びその下流に配列された圧延スタンドにて温間圧延を実施し、温間圧延を実施する圧延スタンドの下流に配列された圧延スタンドにて冷間圧延で実施する。
【0045】
上記仕上げ焼鈍工程では、最高到達温度を900〜1200℃としてもよい。
【0046】
以下、本発明による無方向性電磁鋼板について詳述する。
【0047】
[化学組成]
本発明による無方向性電磁鋼板の化学組成は、次の元素を含有する。なお、無方向性電磁鋼板の化学組成における「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0048】
C:0.001〜0.005%
炭素(C)は鋼中に固溶Cとして存在し、温間圧延時の動的ひずみ時効による集合組織を改善する。これにより、無方向性電磁鋼板の磁束密度が高まる。C含有量が0.001%未満であれば、この効果が得られない。一方、C含有量が0.005%を超えれば、鋼中に微細な炭化物が析出して磁気特性が低下する。したがって、C含有量は0.001〜0.005%である。C含有量の好ましい下限は0.0015%であり、さらに好ましくは0.002%である。C含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0049】
Si:3.0〜5.0%
シリコン(Si)は、鋼板の固有抵抗を高め、渦電流損を低減する。Siはさらに、ヒステリシス損を低減する。Si含有量が3.0%未満であれば、上記効果が得られない。また、Si含有量が3.0%未満であれば、仕上げ焼鈍時に相変態が生じる場合があり、本発明の効果が損なわれる場合がある。一方、Si含有量が5.0%を超えれば、後述の温間圧延での圧延性、及び、無方向性電磁鋼板の打ち抜き加工性が低下する。したがって、Si含有量は3.0〜5.0%である。Si含有量の好ましい下限は3.5%である。Si含有量の好ましい上限は4.5%であり、さらに好ましくは4.0%である。
【0050】
Mn:1.0〜3.0%
マンガン(Mn)は、鋼の固有抵抗を高める。Mnはさらに、硫化物を粗大化して無害化する。また、Mnが粒界に偏析することで限界打ち抜き回数を増加させることができる。Mn含有量が1.0%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が3.0%を超えれば、鋼の磁束密度が低下する。さらに、焼鈍時に相変態が生じ、本発明の効果が損なわれる。したがって、Mn含有量は1.0〜3.0%である。Mn含有量のこのましい下限は1.5%であり、さらに好ましくは2.0%である。Mn含有量の好ましい上限は2.8%であり、さらに好ましくは2.5%ある。
【0051】
P:0.02%以下
リン(P)は不純物である。Pは鋼の加工性を低下し、冷間圧延時に鋼板に割れを発生させ得る。したがって、P含有量は0.02%以下である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量の下限は特に制限されない。脱リンのコスト及び生産性の観点から、P含有量の好ましい下限は0.01%である。
【0052】
S:0.005%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、MnSを生成して鉄損を増加する。したがって、S含有量は0.005%以下である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量の下限は特に制限されない。脱硫のコスト及び生産性の観点から、S含有量の好ましい下限は0.001%である。
【0053】
Al:0.01%以下
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、窒化物を粗大化して無害化する。しかしながら、Al含有量が0.01%を超えれば、Mnの粒界偏析を抑制するため、本発明の効果が損なわれる。したがって、Al含有量は0.01%以下である。
【0054】
N:0.001〜0.005%
窒素(N)はCと同様に、鋼中に固溶Nとして存在し、温間圧延時の動的ひずみ時効による集合組織を改善する。これにより、無方向性電磁鋼板の磁束密度が高まる。N含有量が0.001%未満であれば、この効果が得られない。一方、N含有量が0.005%を超えれば、微細なAlNが析出して、磁気特性が低下する。したがって、N含有量は0.001〜0.005%である。N含有量の好ましい下限は0.0015%であり、さらに好ましくは0.002%である。N含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0055】
本発明による無方向性電磁鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、無方向性電磁鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものである。これらの不純物の含有量は、本実施形態の無方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容される。
【0056】
[任意元素]
本発明の無方向性電磁鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti、V及びNbからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素を含有する場合、化学組成は式(A)を満たす。
【数5】
ここで、式(A)中の元素記号には、無方向性電磁鋼板中のその元素の含有量(質量%)が代入される。なお、式(A)中の元素記号のうち対応する元素の含有量が検出限界未満のものについては、「0」が代入される。
【0057】
Ti:0.01%以下
V:0.01%以下
Nb:0.01%以下
チタン(Ti)、バナジウム(V)及びニオブ(Nb)は任意元素である。これらの元素は炭窒化物を形成して、C及びNを固定する。冷間圧延前にこれらの炭窒化物が存在すれば、固溶C、固溶Nによる動的ひずみ時効が得られない。Ti含有量が0.01%以下、V含有量が0.01%以下、Nb含有量が0.01%以下であり、さらに、Ti、V及びNbの合計含有量が式(A)を満たせば、固溶C及び固溶Nによる動的ひずみ時効が活用できる。
【0058】
Ti含有量の好ましい下限は0.005%である。V含有量の好ましい下限は0.005%である。Nb含有量の好ましい下限は0.005%である。
【0059】
なお、本明細書において、Ti含有量が0.004%以下の場合、Ti含有量は不純物レベルと解釈される。同様に、V含有量が0.004%以下の場合、V含有量は不純物レベルと解釈される。Nb含有量が0.004%以下の場合、Nb含有量は不純物レベルと解釈される。
【0060】
本発明の無方向性電磁鋼板の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Sn、Cu、Ni、Cr及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0061】
Sn:0.2%以下
スズ(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Snは鋼板の集合組織を改善し、磁束密度を高める。Snはさらに、仕上げ焼鈍時の窒化を抑制し、磁気特性の低下を抑制する。一方、Sn含有量が0.2%を超えれば、鋼板の加工性を低下して、冷間圧延時に鋼板に割れを発生させ得る。したがって、Sn含有量は0.2%以下とする。Sn含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Sn含有量の好ましい上限は0.15%であり、さらに好ましくは0.1%である。
【0062】
Cu:0.1%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Cuは、飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を下げる。Cuはさらに、CuSを形成して鉄損を劣化する。Cuはさらに、Niとともに含有されると鋼板表面に内部酸化層が形成されやすく、その結果、高周波鉄損が劣化する。したがって、Cu含有量は0.1%以下である。Cu含有量の下限値は、特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0063】
Ni:0.1%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Niは磁束密度B
50を高め、さらに、鋼板強度を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、原料コストが高くなる。Niはさらに、Cuとともに含有されると、鋼板表面に内部酸化層が形成されやすく、その結果、高周波鉄損が劣化する。したがって、Ni含有量は0.1%以下である。Ni含有量の下限値は、特に制限はないが、磁束密度B
50及び鋼板強度の観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0064】
Cr:0.2%以下
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Crは飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を低下させる。したがって、Cr含有量は0.2%以下である。Cr含有量の下限値は特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.01%以上であるのが好ましい。
【0065】
B:0.001%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。過剰に含有される場合、Bは、飽和磁束密度を下げ、磁束密度B
50を低下させる。したがって、B含有量は0.001%以下である。B含有量の下限値は、特に制限はないが、鉄スクラップから混入される観点から、0.0001%以上であるのが好ましい。
【0066】
[オージェ電子分光ピーク]
本発明の無方向性電磁鋼板の粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)の、Feの700eVにおけるピーク(粒界Fe700)に対する比(粒界Mn545/粒界Fe700)は、0.05〜0.15である。
【0067】
また、上述の無方向性電磁鋼板では、粒界における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒界Mn545)の、粒内における、オージェ電子分光で得られるMnの545eVにおけるピーク(粒内Mn545)の比(粒界Mn545/粒内Mn545)が、2.0〜10.0であることが好ましい。
【0068】
粒界Mn545/粒界Fe700が0.05未満であれば、粒界に偏析したMnによる粒界破壊が十分に起こらない。その結果、限界打ち抜き回数が低くなる。一方、Mn545/Fe700が0.15を超えれば、鋼板の脆性が高まり、鋼板の取り扱い中に破壊が発生しやすくなる。したがって、粒界Mn545/粒界Fe700は0.05〜0.15である。粒界Mn545/粒界Fe700の好ましい下限は0.07であり、さらに好ましくは0.09である。粒界Mn545/粒界Fe700の好ましい上限は0.14であり、さらに好ましくは0.13である。
【0069】
また、粒界Mn545/粒界Fe700が範囲外にあれば、粒界Mn545/粒内Mn545が、2.0〜10.0にあっても、発明の効果は得られなくなる。
【0070】
[オージェ電子分光ピークの測定方法]
粒界Mn545、粒内Mn545及び粒界Fe700は次の方法で測定される。無方向性電磁鋼板を圧延方向に垂直な断面で切断し、18mmL×4mmW(Lは圧延方向長さ、Wは板幅を意味する)の粗試料片を複数採取する。粗試料片に対して長さ方向中央に切り欠き加工してオージェ電子分光ピーク測定用試験片を作製する。
【0071】
作製されたオージェ電子分光ピーク測定用試験片をオージェ電子分光装置内に入れて液体窒素にて試料を冷却し、試料を破断させる。試料の粒界破壊した破面を探し出し、その粒界面におけるMn量及びFe量を目安として、10か所分析する。そして、各測定箇所において、545eVにおけるMnのピーク「粒界Mn545」の、700eVにおけるFeのピーク「粒界Fe700」に対する比(粒界Mn545/粒界Fe700)を求め、平均値を算出する。
【0072】
同様に試料の粒内破壊した破面を探し出し、その粒内におけるMn量を目安として、10か所分析する。そして、各測定箇所において、545eVにおけるMnのピーク「粒界Mn545」の、「粒内Mn545」に対する比(粒界Mn545/粒内Mn545)を求め、平均値を算出する。
【0073】
[集合組織]
好ましくはさらに、本発明の無方向性電磁鋼板の板厚をt(mm)と定義したとき、無方向性電磁鋼板の集合組織は、下記(特徴I)及び(特徴II)を有する。
(I)鋼板表面からt/2深さ位置(板厚中心層)での集合組織において、{100}<012>方位の集積度I(c)が4.0以上である。
(II)鋼板の表面からt/10深さ位置(表層)での{100}<012>方位の集積度I(s)の、表面からt/2深さ位置での{100}<012>方位の集積度I(c)に対する比(I(s)/I(c))が0.8〜1.2である。
【0074】
[I:板厚中心層の集合組織について]
板厚中心層での{100}<012>方位の集積度I(c)が4.0以上であれば、ダレ量が低下する。集積度I(c)の好ましい上限値は4.5であり、さらに好ましくは5.0である。
【0075】
図3は、集積度I(c)と、粒界Mn545/粒界Fe700と、ダレ量との関係を示す図である。
図3を参照して、集積度I(c)が4.0未満である場合(図中×印)、粒界Mn545/粒界Fe700が増加しても、ダレ量はそれほど変化しない。一方、集積度I(c)が4.0以上である場合(図中○印)、粒界Mn545/粒界Fe700の増加に伴い、ダレ量が低下する。そして、集積度I(c)が4.0以上であり、かつ、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15であれば、ダレ量が15μm以下になる。
【0076】
[II:表層と板厚中心層の集積度の比について]
{100}<012>方位の表層と板厚中心層の集積度の比は、打ち抜き加工時の打ち抜き寸法精度を改善する。I(s)/I(c)が0.8〜1.2であれば、この効果が有効に得られる。I(s)/I(c)の好ましい範囲は0.85〜1.15であり、さらに好ましくは0.9〜1.1である。
【0077】
図4は、I(s)/I(c)と、粒界Mn545/粒界Fe700と、打ち抜き寸法差との関係を示す図である。打ち抜き寸法差が小さいほど、打ち抜き寸法精度が高いことを意味する。
図4を参照して、I(s)/I(c)が0.8〜1.2の場合(図中○印)、I(s)/I(c)が0.8未満の場合(図中×印)、及び、I(s)/I(c)が1.2よりも大きい場合(図中*印)よりも、打ち抜き寸法差が小さい。そして、I(s)/I(c)が0.8〜1.2の場合であって、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15であるとき、打ち抜き寸法差が10μm以下となり、優れた打ち抜き寸法精度が得られる。
【0078】
[集積度の測定方法]
集積度I(s)、及び、集積度I(c)は次の方法で測定できる。無方向性電磁鋼板を圧延方向に垂直な断面で切断し、板厚tの粗試料片を複数採取する。粗試料片に対して化学研磨を実施して、板厚を表面からt/10減厚したI(s)測定用試験片を作製する。また、粗試験片に対して化学研磨を実施して、板厚を表面からt/2減厚したI(c)測定用試験片を作製する。
【0079】
作製された測定用試験片に対して、X線回折装置により、{200}面、{110}面、{211}面の極点図を測定し、結晶方位分布関数ODF(Orientation Determination Function)を作成する。作成されたODFを用いて、集積度I(c)及びI(s)を求める。{111}<112>方位とは、ODFにおけるφ
2=45°断面のφ
1=55°、および、Φ=30°の集積度を示す。{100}<012>方位とは、ODFにおけるφ
2=45°断面のφ
1=20°かつΦ=0°の集積度を示す。
【0080】
[平均結晶粒径について]
本発明において、平均結晶粒径は特に限定されないが、100μm以上とすることが好ましい。本発明鋼板においては、後述するように温間圧延を含む仕上げ圧延後の仕上げ焼鈍工程における再結晶および粒成長過程で粒界にMnを偏析させる。このため、粒成長が進展するほど粒界のMn偏析も強くなる傾向があり、平均結晶粒径を大きくすることは好ましい形態である。打ち抜き加工性の観点では一般的に、結晶粒径が大きくなると、鋼板の延性が増し、打ち抜きの破断時に引き伸ばされるような変形を伴うことになり、バリの発生や形状精度の問題を生ずる場合がある。しかしながら、本発明鋼はMn偏析のため粒界破壊が容易に発生し、粒界破壊を起点に破壊が一気に進行する。そのため、結晶粒径を粗大にしても、上述の問題が生じ難い。さらに、低鉄損化の観点でも粒径を大きくすることは好ましい。したがって、好ましい平均結晶粒径は100μm以上である。さらに好ましい平均結晶粒径は120μm以上である。好ましい平均結晶粒径は250μm以下であり、さらに好ましくは200μm以下である。
【0081】
無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径は次の方法で測定できる。長手方向と板厚方向の断面における金属組織を100倍で6視野撮影し、トータルで写真画像(7000μm×1000μm)を得る。得られた写真画像に対して長手方向に線を引き,結晶粒界の交点数を数え、長手方向の線の長さを交点数で除する。以上の方法により、平均結晶粒径が得られる。
【0082】
[無方向性電磁鋼板の製造方法]
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法の一例を説明する。本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する工程(熱間圧延工程)と、少なくとも1パス目の圧延で温間圧延を実施し、2パス目以降の圧延で温間圧延又は冷間圧延を実施して、さらに、1パス目の温間圧延を特定条件で実施して薄鋼板を製造する工程(仕上げ圧延工程)と、薄鋼板に対して仕上げ焼鈍を実施して再結晶させる工程(仕上げ焼鈍工程)とを含む。以下、各工程について詳述する。
【0083】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、スラブを熱間圧延して熱延鋼板を製造する。スラブは、上述の化学組成を有する。スラブは周知の方法で製造される。たとえば、上述の化学組成の溶湯を用いて、連続鋳造法によりスラブを製造する。上述の化学組成の溶湯を用いて、造塊法によりインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延してスラブを製造してもよい。連続鋳造法により製造されたスラブに対して分塊圧延を実施してもよい。
【0084】
準備されたスラブに対して、熱間圧延を実施する。熱間圧延における各種条件は、特に限定されない。熱間圧延時のスラブ加熱温度は特に限定されない。コスト及び熱間圧延性の観点から、好ましくは、スラブ加熱温度は1000℃〜1300℃である。スラブ加熱温度のさらに好ましい下限は1050℃である。スラブ加熱温度のさらに好ましい上限は1250℃である。
【0085】
本発明の製造方法では、熱延鋼板に対して熱延板焼鈍を実施しても、実施しなくてもよい。熱延板焼鈍を実施する場合、例えば、仕上げ温度は700℃〜950℃であり、巻取り温度は750℃以下である。熱延板焼鈍を実施しない場合、仕上温度は850〜900℃であり、巻取り温度は850℃以下である。
【0086】
熱延板焼鈍を実施する場合、たとえば、最高到達温度は950〜1050℃であり、保持時間は1〜180秒である。熱延板焼鈍はたとえば、連続焼鈍炉により実施される。最高到達温度及び保持時間が上記範囲内であれば、設備への負荷を抑えることができ、生産性も高めることができる。さらに、無方向性電磁鋼板の磁気特性も高まる。
【0087】
[仕上げ圧延工程及び仕上げ焼鈍工程でのMn偏析について]
熱延工程により熱延鋼板を製造した後に実施される仕上げ圧延工程と仕上げ焼鈍工程は、本発明の特徴である粒界へのMn偏析と密接に関連しており、各工程の制約条件も、粒界へのMn偏析への影響を考慮して決定される。このため、最初に、仕上げ圧延工程から仕上げ焼鈍工程において生ずるMn偏析に関する現象を説明する。なお、この現象は完全に解明されたものではなく、ここでの説明は検討結果を踏まえての想定も含めたものであることをあらかじめ断っておく。
【0088】
[圧延中から圧延後にかけての状態]
粒界へMnを十分に濃化させるには、MnとCを相当量含有する鋼材を、T1(℃)以上の温度域で圧延する必要がある。これは圧延中の特殊な変形挙動による、加工組織での高転位密度状態が原因になっていると考えられる。なお、T1は以下の式で表わされる。
【数6】
【0089】
一般的に、高Si鋼では変形時の転位のすべり系が限定され、約200℃以下の温度域では変形において双晶が発生する(双晶変形)。双晶変形は転位移動を伴わない変形であるため、転位密度が高くならない。約200℃以上の温度域であれば、双晶変形が抑制される上、さらに拡散によるC移動と変形による転位移動の速度が同程度となって相互作用が強くなる。そのため、転位が動きにくくなり(いわゆる青熱脆性、動的ひずみ時効)転位密度が上昇する。ただし約400℃を超えるとCの移動速度が速くなるため、相互作用は小さくなる。
【0090】
これに対し、Mnを多量に含有する本発明鋼では、Cの相当部分はMn−Cダイポールを形成し、移動速度が遅くなっている。このため、上記の作用が強く働く温度域は上昇し、転位密度が上昇する温度域の下限は約400℃以上となる。ただしこの温度には歪量と歪速度が影響するため、これを考慮した温度がT1(℃)となる。また上限は600℃にまで上昇する。これらの温度はさらには鋼成分、特にMn量とC量にも依存すると考えられるが、解析が複雑になるため、本発明においては、発明効果が得られる範囲として、仕上げ圧延工程での1パス目の圧延温度Tを、T1〜600℃と規定する。
【0091】
なお、同じような高転位密度の状況は、「高Mn」+「高冷延率での冷間圧延」でも達成できそうに思える。しかしながら、これまでの検討では、一般的な冷間圧延を含めたT1以下の温度での圧延では発明効果を得られていない。この理由は不明であるが、転位構造などの違いが影響しているものと考えられる。
【0092】
[再結晶中から再結晶後にかけての状態]
上述のようにT1〜600℃の温度域ではMn及びCはMn−Cダイポールの形で転位と強い相互作用を持つ。再結晶の過程においては、特に仕上げ焼鈍の焼鈍初期において、加工組織中の高い転位密度を駆動力とする再結晶粒界がMn−Cダイポールとの相互作用の下で移動するため、粒界はMn−Cダイポールを掃き溜めるような形で移動し、粒界にMnが濃化する。より高温となる焼鈍後期においては、MnとCの相互作用は弱くなると考えられる。しかしながら、一旦粒界に濃化したMnは、粒成長にともなう粒界移動においては、偏析したまま粒界とともに移動する。そのため、最終的な組織の粒界には、十分な量のMnを濃化させることが可能となる。
【0094】
[仕上げ圧延工程]
仕上げ圧延工程では、熱延工程により製造された熱延鋼板に対して、少なくとも最初の1パス目の圧延を温間圧延で実施する。そして、2パス目以降の圧延を温間圧延又は冷間圧延で実施して、薄鋼板を製造する。ここで、「パス」とは、一対のワークロールを有する1つの圧延スタンドを鋼板が通過して圧下を受けることを意味する。
【0095】
仕上げ圧延工程では、一列に並んだ複数の圧延スタンド(各圧延スタンドは一対のワークロールを有する)を含むタンデム圧延機を用いてタンデム圧延を実施して、複数のパスを実施してもよいし、一対のワークロールを有するゼンジミア圧延機等によるリバース圧延を実施して、複数のパスを実施してもよい。生産性の観点から、タンデム圧延機を用いて複数の圧延パスを実施するのが好ましい。
【0096】
冷間圧延工程を実施する場合、冷間圧延途中で鋼板に対して熱処理を実施してもよい。つまり、本発明における冷間圧延工程では、途中で熱処理を挟んで複数回のパスを実施してもよい。
【0097】
以下、仕上げ圧延工程での条件について説明する。
【0098】
[仕上げ圧延工程での累積圧下率]
仕上げ圧延工程での累積圧下率は75〜95%である。なお、累積圧下率(%)は次のとおり定義される。
累積圧下率=(1−仕上げ圧延工程の最終パス後の薄鋼板の板厚/1パス目の温間圧延前の熱延鋼板の板厚)×100
【0099】
累積圧下率は、製品板厚上の制約に基づいて規定される。たとえば、熱延鋼板の板厚が2.0mmであって、無方向性電磁鋼板の最終板厚が0.10〜0.50mmである場合、累積圧下率は75〜95%となる。以上の観点から、本発明における仕上げ圧延工程での累積圧下率は75〜95%である。累積圧下率の好ましい下限は85%である。累積圧下率の好ましい上限は92.5%である。
【0100】
[1パス目の温間圧延工程]
上述のとおり、熱延鋼板に対する1パス目の圧延を、温間圧延で行う。1パス目の温間圧延における条件は次のとおりである。
【0101】
[式(1)〜式(3)について]
1パス目の温間圧延ではさらに、式(1)〜式(3)を満たす条件で圧延を実施する。
【数7】
ここで、T(℃)は1パス目の圧延での圧延温度(単位は℃、以下、初期圧延温度という)であり、より具体的には、1パス目の圧延を実施する圧延スタンド入側での鋼板温度(℃)である。εドット(イプシロンドット)は、1パス目の圧延のひずみ速度(単位はs
-1、以下、初期ひずみ速度という)である。rは、1パス目の圧延の圧下率(単位は%、以下、初期圧下率という)である。
【0102】
つまり、仕上げ圧延工程における1パス目の圧延では、式(2)を満たす初期ひずみ速度、式(3)を満たす初期圧下率、及び、式(1)を満たす圧延温度で温間圧延を実施する。
【0103】
[式(1)について]
初期圧延温度Tは、前述のように粒界へのMn偏析程度を制御する重要な因子である。
【0104】
初期圧延温度T(℃)が式(1)を満たさなければ、ひずみが蓄積されにくくなる。そのため、再結晶後の結晶粒界へのMn偏析が促進されず、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05未満となる。
【0105】
なお、初期圧延温度TがT1未満であればさらに、I(s)/I(c)が0.80未満となる。そのため、打ち抜き寸法差が低下する。
【0106】
さらに、初期圧延温度Tが600℃を超えれば、集積度I(c)が4.0未満となり、I(s)/I(c)が1.20以上となる。そのため、打ち抜き寸法精度が低下する。
【0107】
図5は、本発明の化学組成の無方向性電磁鋼板の製造工程における。1パス目の温間圧延での初期ひずみ速度(s
-1)及び初期圧延温度(℃)と、粒界Mn545/粒界Fe700との関係を示す図である。
図5では、一例として、初期圧下率rを30%としている(式(3)を満たす)。したがって、式(1)の左辺はT1=223.2×(εドット)
0.1159である。
【0108】
図5を参照して、初期ひずみ速度が10〜1000(s
-1)の場合、初期圧延温度がT1=222.3×(εドット)
0.1159の曲線以上であれば、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05以上となる。そして、初期圧延温度がT1=222.3×(εドット)
0.1159の曲線よりも下方であれば、Mn545/Fe700が0.05未満となる。
【0109】
[式(2)について]
初期ひずみ速度εドット(イプシロンドット)は、初期圧延温度Tと関連して、動的ひずみ時効の発生に影響を及ぼす因子である。初期ひずみ速度εドットはさらに、結晶のすべり変形による不均一変形組織の発生頻度を制御する因子である。初期ひずみ速度εドットが高くなれば、変形に対し転位の移動速度が追随できず、変形帯のような不均一変形が発生する。このような不均一変形は、その後の再結晶焼鈍における粒界へのMn偏析には好ましいものではない。
【0110】
初期ひずみ速度εドットが10s
-1未満であれば、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05未満となる。また,I(c)が4.0未満になり磁束密度B
50が低い。一方、初期ひずみ速度εドットが1000s
-1を超えても、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05未満となる。初期ひずみ速度εドットが式(2)を満たせば、式(1)及び式(3)を満たすことを条件に、粒界Mn545/粒界Fe700が、0.05〜0.15になる。初期ひずみ速度εドットの好ましい下限は10s
-1である。初期ひずみ速度εドットの好ましい上限は100s
-1である。
【0111】
[式(3)について]
初期圧下率rは、初期圧延温度Tと関連して、ひずみの蓄積に影響を及ぼす因子である。初期圧下率rはまた、結晶のすべり変形による不均一変形組織の発生頻度を制御する因子である。
【0112】
初期圧下率rが10%未満であれば、ひずみの蓄積が不十分となり磁束密度B
50が低くなる。また、粒界Mn545/粒界Fe700は満足するが、粒界Mn545/粒内Mn545は低くなる場合がある。一方、初期圧下率rが50%を超えれば、再結晶組織における結晶粒界へのMn偏析量が増加し、粒界Mn545/粒界Fe700が0.15超となる。そのため、限界打ち抜き回数が低下する。初期圧下率rが式(3)を満たせば、式(1)及び式(2)を満たすことを条件に、粒界Mn545/粒界Fe700が、0.05〜0.15にできる。初期圧下率rの好ましい上限は30%であり、さらに好ましくは20%である。
【0113】
限界打ち抜き回数を高める場合、初期圧下率rが50%以下となれば足り、初期圧下率rの下限は10%以上あることが好ましい。
【0114】
[ワークロール直径について]
仕上げ圧延工程における1パス目の圧延を実施する圧延スタンドのワークロールの直径は、1000mm以下であり、好ましくは、400〜1000mmである。ワークロール直径が1000mm以下であれば、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05以上となり、十分な限界打ち抜き回数が得られる。ワークロール直径が400mm以上であればさらに、集積度I(c)が4.0以上となり、I(s)/I(c)が0.80〜1.20の範囲内となり、ダレ量が抑制され、打ち抜き加工精度も高まる。さらに、粒界Mn545/粒内Mn545が高くなるため、限界打ち抜き回数も増加する。
【0115】
[パススケジュールについて]
ひずみを効果的に蓄積させる観点では,1パス目圧延から温間圧延を実施することが好ましい。2パス目以降の圧延(初期圧延スタンドの下流側に配置された圧延スタンドでの圧延)では板厚が薄くなっているため、十分な圧延形状比(ロール接触弧長さ/平均板厚)をとることが難しい。このため、本発明にとって必要な変形状態としにくく、発明効果の大幅な向上は期待できない。また圧延工程の後段で温間圧延しても、Mn偏析効果は飽和し、限界打ち抜き回数が減少する場合もある。
【0116】
本発明において、そのような小さな圧延形状比で温間圧延又は冷間圧延を実施した場合、1パス目で導入した本発明にとって必要な変形状態が一部消失してしまい、再結晶および粒成長過程での結晶粒界へのMn偏析が過剰となり発明効果を阻害することにもなる。このため、本発明においては、1パス目圧延の条件で製造法を規定するものである。ただし、2パス目以降も温間圧延とすることは、発明効果が完全に失われるものでなければ、除外するものでないことは言うまでもない。
【0117】
また、脆性破断の回避の観点からも、圧延形状比が高い1パス目の圧延を温間圧延とすることは有利となる。
【0118】
さらに、過張力破断回避の観点では、1パスあたりの圧下率を高くする場合、又は1パスあたりのひずみ速度を速くする場合、圧延荷重が増加して張力が大きくなりすぎる場合がある。この場合、圧延中の鋼板が破断する場合がある。調査の結果、過剰な張力は1パス目の圧延を実施する圧延スタンド(初期圧延スタンド)の出側と、2パス目の圧延を実施する圧延スタンドの出側で生じやすい。1パス目の圧延にて温間圧延を実施することは、鋼板に過剰な張力が付与されるのを抑制するためにも好都合である。
【0119】
温間圧延に用いるワークロールの観点では、温間圧延によるロール寿命は、冷間圧延によるロール寿命よりも低い。温間圧延では冷間圧延よりもワークロールが磨耗しやすく、さらに焼戻しが生じるためである。本発明では、1パス目のみを温間圧延とすることにより、ロール原単位を高めることができる。
【0120】
以上の理由により、圧延の1パス目を含む前段を温間圧延とし、後段を冷間圧延とすることは本発明の好ましい実施形態となる。後段の冷間圧延では、圧延温度(鋼板温度)を150℃以下とする。これにより、磁気特性を高めつつ、板厚変動を小さくするとともに、1パス目の温間圧延で形成された本発明にとって好ましい加工組織状態が破壊される懸念を回避することができる。
【0121】
タンデム圧延機を用いる場合、少なくとも1パス目の圧延を実施する圧延スタンド、及び、その圧延スタンドと下流に配列される圧延スタンドにて温間圧延を実施し、温間圧延を実施した圧延スタンドの下流に配置された1又は複数の圧延スタンドにて冷間圧延を実施してもよい。
【0122】
[圧延温度の制御について]
圧延の1パス目を含む前段での温間圧延のために、熱延鋼板を加熱する。温間圧延工程における加熱方法は、電磁誘導加熱、通電加熱、ヒーター加熱、雰囲気ガス中での加熱等を含め、公知の加熱方法を適用できる。
【0123】
温間圧延後の後段の圧延において、上記のメリットを得るため冷間圧延を適用する際は、温間圧延後、冷間圧延とするパスの前で、冷却ロールなどへの接触や、冷却ガスの吹き付けなど、公知の方法により所要の温度に鋼板を冷却すればよい。
【0124】
[仕上げ焼鈍工程]
仕上げ圧延工程を実施して製造された冷延鋼板に対して、仕上げ焼鈍を実施して、無方向性電磁鋼板を製造する。仕上げ焼鈍では、最終の板厚に仕上げられた冷延鋼板を焼鈍して再結晶させる。
【0125】
仕上げ焼鈍の最高到達温度及び保持時間は、特に限定されない。最高到達温度及び保持時間は、無方向性電磁鋼板の化学組成や、熱間圧延工程、仕上げ圧延工程の条件に応じて適宜設定される。仕上げ焼鈍後の無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径が100μm以上となる条件を採用することが好ましいことは前述の通りである。最高到達温度及び保持時間の設定は、当業者であれば容易である。好ましい仕上げ焼鈍における最高到達温度は900〜1100℃である。この場合、集積度I(c)が4.0以上となり、ダレ量を抑制できる。最高到達温度での保持時間(つまり、900〜1100℃での保持時間)はたとえば、10〜90秒である。同じ化学組成、同じ熱間圧延工程条件、及び、同じ仕上げ圧延工程条件により圧延されたサンプル冷延鋼板を用いて、熱処理及び組織観察を行い、事前に仕上げ圧延焼鈍の条件(最高到達温度及び保持時間)を決定してもよい。この場合、平均結晶粒径を100μm以上にする、より適切な条件を決定できる。
【0126】
[その他の工程]
上述の製造方法において、仕上げ焼鈍工程後にコーティング工程を実施してもよい。コーティング工程では、仕上げ焼鈍後の無方向性電磁鋼板の表面に、絶縁コーティングを施す。絶縁コーティングの種類は特に限定されない。絶縁コーティングは有機成分であってもよいし、無機成分であってもよい、絶縁コーティングは、有機成分と無機成分とを含有してもよい。無機成分はたとえば、重クロム酸−ホウ酸系、リン酸系、シリカ系等である。有機成分はたとえば、一般的なアクリル系、アクリルスチレン系、アクリルシリコン系、シリコン系、ポリエステル系、エポキシ系、フッ素系の樹脂である。塗装性を考慮した場合、好ましい樹脂は、エマルジョンタイプの樹脂である。加熱及び/又は加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施してもよい。接着能を有する絶縁コーティングはたとえば、アクリル系、フエノール系、エポキシ系、メラミン系の樹脂である。
【0127】
以上の製造工程により、本発明による無方向性電磁鋼板が製造できる。本発明の無方向性電磁鋼板は、磁気特性に優れる。さらに、打ち抜き加工におけるダレ発生を抑制できる。
【実施例1】
【0128】
以下、実施例を例示して、本発明を具体的に説明する。
【0129】
表1に示す化学組成のスラブ(鋼片)に熱間圧延を実施して、板厚2.0mmの熱延鋼板を製造した。表1中の「−」は、含有量が検出限界未満であったことを示す。
【0130】
【表1】
【0131】
熱延鋼板に対して、1000℃で1分均熱する熱延板焼鈍を実施した。その後、5個の圧延スタンドが一列に配列されたタンデム圧延機を用いて、表2に示す条件として、1パス目の圧延を温間圧延で実施した。さらに、2〜5パス目の圧延を100℃以下の冷間圧延で実施して、板厚0.25mmの薄鋼板を製造した。仕上げ圧延工程での累積圧下率はいずれの試験番号においても、88%であった。仕上げ圧延後の薄鋼板に対して、表2に示す仕上げ焼鈍温度(最高到達温度)で14秒保持した。以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板を製造した。
【0132】
【表2】
【0133】
なお、表2中のT1は、式(1)の左辺とし、T2は式(1)の右辺とした。具体的にはT1は次のとおりとした。
【数8】
以上の工程で製造された無方向性電磁鋼板に対して、オージェ電子分光ピークを測定するとともに、次の評価試験を実施した。
【0134】
[磁気特性評価試験]
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、55mm角磁気測定試験により、5000A/mにおける磁束密度B
50を測定した。磁束密度B
50は、L方向(圧延方向)及びC方向(圧延方向に直交する方向)の平均値として求めた。
【0135】
[限界打ち抜き回数測定試験]
製造された無方向性電磁鋼板に対して、55mm×55mmの正方形状の磁気測定試料を打ち抜く打ち抜き加工試験を実施した。打ち抜き方向と平行であって、打ち抜き刃と垂直な断面となるように、無方向性電磁鋼板を切断した。そして、切断面のうち、無方向性電磁鋼板の端部を樹脂に埋め込み、研磨した。研磨後の無方向性電磁鋼板の端部を光学顕微鏡で撮影して写真画像を生成した。写真画像を用いて、打ち抜き加工により鋼板端部に形成されたかえり高さを測定した。
図6は、打ち抜き試験における、鋼板端部の写真画像の模式図である。
図6を参照して、鋼板端部100には、打ち抜き方向PUから順に、ダレ部101、せん断面102、破断面103、かえり104が形成されている。
【0136】
限界打ち抜き回数測定は製品板から55mm角磁気測定試料を打ち抜くときの「かえり」の高さD104が25μm超となるまでの(つまり、高さD104が25μm以下となる最大の)打ち抜き回数によって評価した。
【0137】
[打ち抜き寸法差測定試験]
打ち抜き試験を次の方法で実施した。55mm角金型を用いて、打ち抜き加工を実施して、
図7(A)及び
図7(B)に示す、55mm×55mmの試験片を作製した。クリアランスは板厚の8%とした。
【0138】
図7(A)に示すとおり、正方形状の試験片の圧延方向の長さを3箇所(L1〜L3)測定した。具体的には、
図7(A)を参照して、試験片のうち、圧延方向に平行な左辺から幅方向に5mm位置における圧延方向長さをL1と定義した。同様に、幅方向中央位置における圧延方向長さをL2と定義した。圧延方向に平行な右辺から幅方向に5mm位置における圧延方向長さをL3と定義した。
【0139】
さらに、
図7(B)に示すとおり、正方形状の幅方向の長さを3箇所(C1〜C3)測定した。具体的には、
図7(B)を参照して、試験片のうち、幅方向に平行な上辺から圧延方向に5mm位置における幅方向長さをC1と定義した。同様に、圧延方向中央位置における幅方向長さをC2と定義した。幅方向に平行な下辺から圧延方向に5mm位置における幅方向長さをC3と定義した。
【0140】
上述の長さL1〜L3及び長さC1〜C3を測定した。測定された各長さL1〜L3、C1〜C3を用いて、下記式で定義した打ち抜き寸法精度A(μm)を評価した。
【数9】
【0141】
[ダレ測定試験]
製造された無方向性電磁鋼板に対して、55mm×55mmの正方形状の磁気測定試料を打ち抜く打ち抜き加工試験を実施した。打ち抜き方向と平行であって、打ち抜き刃と垂直な断面となるように、無方向性電磁鋼板を切断した。そして、切断面のうち、無方向性電磁鋼板の端部を樹脂に埋め込み、研磨した。研磨後の無方向性電磁鋼板の端部を光学顕微鏡で撮影して写真画像を生成した。写真画像を用いて、打ち抜き加工により鋼板端部に形成されたダレ量D101(
図6参照)を求めた。具体的には、打ち抜き加工後の任意の5箇所の鋼板端部において、ダレ部101のダレ量D101を測定する。測定されたダレ量D101の平均を、ダレ量と定義した。
【0142】
[結果]
評価結果を表2に示す。表2を参照して、試験番号2〜12、16、17、27、32、37、39、40、41、43〜46では、化学組成が適切であり、製造条件も適切であった。そのため、オージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間にあった。その結果、限界打ち抜き回数も43×10
4回以上となり、良好であった。
【0143】
さらに、試験番号2〜12、16、17、27、32、41、44〜46では、製造条件のうち、初期圧下率rが10%以上であり、かつ、ワークロール直径が1100mm未満であり、かつ、仕上げ焼鈍での最高到達温度が900〜1100℃の範囲内であった。そのため、集積度I(c)が4.0以上であり、I(s)/I(c)が0.8〜1.2の間にあった。その結果、ダレ量は15μm以下と少なく、打ち抜き加工時のダレ発生を十分に抑制できた。また打ち抜き寸法差は10μm以下と少なかった。
【0144】
一方、試験番号1、13〜15、22〜24、47〜49は化学組成が不適切であった。そのため、製造条件が適切であってもオージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らず、限界打ち抜き回数が43×10
4回未満と低かった。
【0145】
試験番号18では、初期圧延温度Tが低すぎたため、I(s)/I(c)が低すぎた。さらに、初期ひずみ速度が低すぎたため、集積度I(c)が4.0未満となり、かつ、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の範囲内に入らなかった。そのため、磁束密度B
50が1.65T未満であり、磁気特性が低かった。さらに、ダレ量も15μmを超えた。さらに、打ち抜き寸法差も10μmを超えた。さらに、限界打ち抜き回数も低かった。
【0146】
試験番号19及び20では、初期ひずみ速度が低すぎた。そのため、集積度I(c)が4.0未満となり、かつ、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の範囲内に入らなかった。その結果、ダレ量が15μmを超え、限界打ち抜き回数が43×10
4回未満と低かった。
【0147】
試験番号21では、初期ひずみ速度が低すぎた。さらに、初期圧延温度Tが高すぎた。そのため、集積度I(c)が4.0未満となり、かつ、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の範囲内に入らなかった。その結果、ダレ量が15μmを超え、限界打ち抜き回数が43×10
4回未満と低かった。またI(s)/I(c)が1.2を超えたため,打ち抜き寸法差は10μmを超えた。
【0148】
試験番号25、26、29〜31では初期圧延温度が低すぎた。そのため、I(s)/I(c)が低すぎた。その結果、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。試験番号25は初期圧延温度が低すぎたため、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかった。その結果、I(c)は4.0未満となり、ダレ量が15μmを超えた。また、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかったため,粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても、限界打ち抜き回数も低かった。試験番号26、29〜31は初期圧延温度が外れたため、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかった。その結果、I(c)は4.0以上であるがダレ量が15μmを超えた。また、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかったため、粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても限界打ち抜き回数は低かった。
【0149】
試験番号28及び33では、初期圧延温度Tが高すぎた。そのため、I(s)/I(c)が高すぎた。その結果、打ち抜き寸法精度が10μmを超えた。さらに、集積度I(c)が4.0未満であった。そのため、ダレ量が15μmを超えた。さらに、オージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかった。そのため、限界打ち抜き回数が低かった。
【0150】
試験番号34〜36では初期ひずみ速度が速すぎた。そのため、オージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかった。その結果、粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても、限界打ち抜き回数は低かった。
【0151】
試験番号34ではさらに、初期圧延温度Tが低すぎた。そのため、集積度I(c)が4.0未満となり、かつ、I(s)/I(c)が0.80未満となった。その結果、ダレ量が15μmを超え、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。さらに、オージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らなかった。
【0152】
試験番号36ではさらに、初期圧延温度Tが高すぎた。そのため、集積度I(c)が4.0未満となり、かつ、I(s)/I(c)が1.20を超えた。その結果、ダレ量が15μmを超え、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。
【0153】
試験番号38では、初期圧下率rが高すぎた。そのため、粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らず、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。また、粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても限界打ち抜き回数は低かった。
【0154】
試験番号42では、ワークロール直径が大きすぎた。オージェピーク比粒界Mn545/粒界Fe700が0.05〜0.15の間に入らず、打ち抜き寸法差が10μmを超えた。また、粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても限界打ち抜き回数は低かった。
【実施例2】
【0155】
質量%で、Si:3.3%、Al:0.005%、Mn:2.2%、P:0.01%、C:0.003%、N:0.0021%、S:0.0005%を含有し、残部がFe及び不純物元素からなるスラグ(鋼片)に対して熱間圧延を実施して、板厚2.0mmの熱延鋼板を得た。この熱延鋼板に対して1000℃で1分均熱する熱延板焼鈍を実施した。
【0156】
熱延板焼鈍後、5個の圧延スタンドが一列に配列されたタンデム圧延機を用いて、仕上げ圧延工程を実施した。具体的には、1パス目の圧延において、初期ひずみ速度を31s
−1とし、初期圧下率を30%とした。仕上げ圧延工程での累積圧下率は85%であった。1パス目〜5パス目までのそれぞれのスタンドでの圧延温度は表3に示すとおりであった。仕上げ圧延後の薄鋼板に対して、仕上げ焼鈍温度1000℃で14秒保持した。以上の製造工程により、無方向性電磁鋼板を製造した。
【0157】
【表3】
【0158】
各試験番号の無方向性電磁鋼板に対して、実施例1と同様の方法で、集積度I(s)、集積度I(c)、I(s)/I(c)、平均結晶粒径、オージェピーク比Mn545/Fe700、ダレ量(μm)、磁束密度B
50(T)、打ち抜き寸法精度、限界打ち抜き回数を求めた。
【0159】
[結果]
結果を表3に示す、試験番号1〜2では、化学組成が適切であり、製造条件も適切であった。そのため、集積度I(c)が4.0以上であり、I(s)/I(c)が0.8〜1.2の間にあった。また、Mn545/Fe700は0.05〜0.15の間にあった。その結果、ダレ量は15μm以下と少なく、打ち抜き寸法精度は10μm以下と少なかった。さらに、限界打ち抜き回数にも優れていた。
【0160】
一方、試験番号3〜5では、3〜5パス目の圧延温度が高くなり、粒界Mn545/粒界Fe700は0.15を超えた。その結果、打ち抜き寸法精度は10μmを超え、限界打ち抜き回数は少なかった。
【0161】
試験番号6〜13では、1パス目の初期圧延温度が低すぎ、式(1)を満たさなかった。そのため、I(c)、I(s)/I(c)が低すぎ、粒界Mn545/粒界Fe700は0.05よりも低かった。その結果、ダレ量が15μmを超え、打ち抜き寸法精度が10μmを超え、さらに粒界Mn545/粒内Mn545が2.0〜10.0にあっても、限界打ち抜き回数も低かった。また,磁束密度B
50も低かった。
【0162】
以上、本発明の好適な実施例について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。