(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下では、本発明の実施形態の高周波医療機器用の電極および高周波医療機器について添付図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態の高周波医療機器の一例を示す模式的な構成図である。
図2は、
図1におけるA−A断面図である。
図3は、本発明の実施形態の高周波医療機器用の電極の模式的な断面図である。
各図面は模式図のため、形状および寸法は誇張されている(以下の図面も同じ)。
【0017】
図1に示す本実施形態の高周波ナイフ10は、本実施形態の高周波医療機器の一例である。高周波ナイフ10は、高周波電圧を印加することで、生体組織を切開、切除したり、生体組織を凝固(止血)したり、焼灼したりする医療用処置具である。
高周波ナイフ10は、術者が手で持つための棒状の把持部2と、把持部2の先端から突出された電極部1(高周波医療機器用の電極)とを備える。
【0018】
電極部1は、被処置体である生体組織に当接させて高周波電圧を印加する。
電極部1は、外縁部において生体組織の切開などに好適な刃部1cを有する。電極部1において刃部1cで囲まれた側面は、生体組織の凝固などに好適な腹部1dを構成している。腹部1dは、平坦面または平面に近い緩やかな湾曲面からなる。
ただし、
図1、2に示された形状は、電極部1の形状の一例である。例えば、電極部1は、丸棒状、角棒状、円板状、鉤状などであってもよい。
図2に示すように、電極部1は、電極本体1A(基材)と、中間層1Bと、導電性付着防止膜1Cと、を備える。
【0019】
図1に示すように、電極本体1Aの外形状は、突出方向の先端の角部に円弧状部を有する矩形片状とされている。
図2に示すように、突出方向(図示紙面奥から手前に向かう方向)に直交する断面では、電極本体1Aは外縁に向かって厚さが薄くなっていく扁平形状を有する。特に図示しないが、突出方向の先端(
図1における電極部1の左端)における外縁部の断面形状も同様に、外縁に向かって厚さが薄くなっている。
図2に示す例では、電極本体1Aの外縁部は突出方向に直交する断面内で丸みがつけられている。外縁部の丸みの曲率半径は、高周波ナイフ10の使用目的に応じた適宜値とされる。
図2では、一例として外縁部の丸みの曲率半径が電極本体1Aの厚さの4分の1程度に描かれている。しかし、外縁部の丸みの曲率半径は、これよりも大きくてもよいし、小さくてもよい。丸みの曲率半径は、鋭いエッジを構成するほど小さくてもよい。
【0020】
電極本体1Aの材料としては、導電性を有するとともに加工性の良好な適宜の金属材料が用いられる。本明細書では、特に断らない限り、「金属材料」は、金属または合金を意味する。例えば、「X(金属元素名)を主成分とする金属材料」は、Xの高純度金属またはXを主成分とする合金を意味する。誤解のおそれがない場合には、簡単のため、「X」をXの高純度金属の意味で用いる場合がある。
電極本体1Aの材質としては、例えば、アルミニウムを主成分とする金属材料、チタンを主成分とする金属材料、ステンレスなどが用いられてもよい。例えば、ステンレス、アルミニウムを主成分とする金属材料、およびチタンを主成分とする金属材料は、加工性に優れるため、複雑な形状を有する電極本体1Aが容易に製造される。
アルミニウムを主成分とする金属材料、チタンを主成分とする金属材料、およびステンレスは、いずれも融点が1900℃未満の金属材料である。
例えば、アルミニウム、チタン、およびSUS304の融点は、それぞれ、660℃、1812℃、1450℃である。
電極本体1Aは、1種類の金属材料が用いられてもよいし、複数種類の金属材料が複合されていてもよい。電極本体1Aとして、複数種類の金属材料が複合されている場合、電極本体表面1aを構成する材料として、上述のアルミニウムを主成分とする金属材料、チタンを主成分とする金属材料、およびステンレスのいずれかが用いられることがより好ましい。
【0021】
図1に示すように、電極本体1Aは、把持部2に保持された基端部に接続された配線によって高周波電源3に電気的に接続されている。高周波電源3には、被処置体に装着する対極板4が電気的に接続されている。
【0022】
図2、3に示すように、中間層1Bは、電極本体表面1a上に積層され、少なくとも把持部2から突出した電極本体1Aの部位の全体を被覆するように設けられた薄膜である。
中間層1Bは、把持部2の内部の電極本体表面1aも含めて被覆していてもよい。
中間層1Bは、単層構造でもよいし、多層構造でもよい。中間層1Bは、電極本体1Aよりも融点が高い金属材料(第1の金属材料)の層状部を含む。中間層1Bが多層構造を有する場合、第1の金属材料からなる層状部は、後述する導電性付着防止膜1Cと接するように設けられることがより好ましい。
中間層1Bは、層厚方向に組成が変化する傾斜層を含んでいてもよい。
図3に示す例では、中間層1Bは単層である。
【0023】
中間層1Bに含まれる第1の金属材料の融点は、電極本体1Aの金属材料の融点に比べて高ければ高いほど、より好ましい。
中間層1Bに含まれる第1の金属材料の融点は、1900℃以上であることがより好ましい。
中間層1Bに含まれる第1の金属材料は、タングステン、モリブデン、タンタル、およびニオブからなる群から選ばれた1つの金属元素を主成分とすることがより好ましい。例えば、タングステン、モリブデン、タンタル、およびニオブの融点は、それぞれ、3387℃、2623℃、2990℃、2415℃である。
【0024】
中間層1Bの層厚は、特に限定されない。例えば、中間層1Bの層厚は、0.5μm以上5μm以下であってもよい。中間層1Bの層厚が0.5μm以上5μm以下の場合、例えば、スパッタリングによって中間層1Bを製造することが容易となる。
【0025】
図3に模式的に示すように、導電性付着防止膜1Cは、中間層1Bの上面1bに積層するように設けられている。導電性付着防止膜1Cは、少なくとも生体組織と当接する領域において、電極部1の最表面を構成している(
図2参照)。本実施形態では、導電性付着防止膜1Cは、少なくとも把持部2から突出する電極本体1Aの中間層1Bを被覆している。
導電性付着防止膜1Cは、ベース材料5(非金属材料)と導電性物質6とを備える。
【0026】
ベース材料5は、中間層1Bの上面1bとの密着性が良好であり、生体組織と付着しにくい非金属材料によって構成されている。例えば、ベース材料5は、シリコーン系樹脂、シリカ、およびフッ素系樹脂からなる群のうち少なくとも1つを含むことがより好ましい。
【0027】
導電性物質6は、ベース材料5に分散して含有されている。
導電性物質6の材質は、導電性付着防止膜1Cに電極部1として必要な導電性を付与できれば特に限定されない。
例えば、導電性物質6の材質としては、カーボンブラックなどの炭素系粒子、または金属粒子が用いられてもよい。
カーボンブラックは、導電性および生体適合性に優れるとともに、ベース材料5となる非金属材料に対する分散性に優れる。このため、カーボンブラックは、導電性物質6として特に好適である。
導電性物質6として金属粒子が用いられる場合、電気導電率が高い金属材料が用いられることがより好ましい。
導電性物質6は、ベース材料5から露出して導電性付着防止膜1Cの外表面1eの一部を構成する可能性がある。このため、導電性物質6は、生体適合性を有し、かつ生体組織が付着しにくい金属材料が用いられることがより好ましい。
導電性物質6に好適な金属材料の例としては、例えば、金、銀、白金、ニッケル、銅などをそれぞれ主成分とする金属材料が挙げられる。
【0028】
以上説明した電極部1は、例えば、以下のようにして製造されてもよい。
例えば、適宜の金属材料が加工されて電極本体1Aが製造される。電極本体1Aの製造方法としては、例えば、プレス加工、切削加工、成形加工などが挙げられる。
この後、電極本体1Aの電極本体表面1aに中間層1Bが形成される。
中間層1Bの形成方法としては、例えば、スパッタリング、蒸着、メッキなどが挙げられる。
この後、中間層1Bの上面1bに導電性付着防止膜1Cが形成される。
導電性付着防止膜1Cは、例えば、塗装によって形成されてもよい。この場合、まず、ベース材料5の成分を含む樹脂塗料あるいはセラミック塗料に導電性物質6が混合される。これにより、導電性付着防止膜1Cを形成するための塗料が形成される。
この後、この塗料が、適宜の塗装手段によって、中間層1Bの上面1bに塗装される。塗装手段は、特に限定されない。
塗装手段の例としては、例えば、スプレー塗装、ディップコート、スピンコート、スクリーン印刷、インクジェット法、フレキソ印刷、グラビア印刷、パッド印刷などが挙げられる。スプレー塗装、ディップコートは、塗装対象の形状が複雑であっても容易に塗装できるため、高周波医療機器に導電性付着防止膜1Cを形成するための塗装手段として特に好適である。
例えば、中間層1B上に形成された塗料層は、加熱されるなどして、乾燥される。これにより、導電性付着防止膜1Cが形成される。
以上で、電極部1が製造される。
【0029】
次に、このような構成の高周波ナイフ10および電極部1の作用について説明する。
図4(a)、(b)、(c)、(d)は、比較例の高周波医療機器用の電極の作用を説明する模式的な断面図である。
図5(a)、(b)は、ぞれぞれ、切開実施前および切開実施後における比較例の電極表面の一例を示すSEM画像である。
図6(a)、(b)、(c)は、本発明の実施形態の高周波医療機器用の電極の作用を説明する模式的な断面図である。
図7(a)、(b)は、それぞれ、切開実施前および切開実施後における実施形態の電極表面の一例を示すSEM画像である。
【0030】
図1に示すように、高周波ナイフ10を用いた処置は、例えば、患者(図示略)に対極板4を装着し、高周波電源3によって電極部1に高周波電圧を印加した状態で行われる。術者は、電極部1に高周波電圧を印加した状態で、患者の被処置部などの被処置体に電極部1の刃部1cまたは腹部1dを接触させる。
【0031】
電極部1と対極板4との間に高周波電圧が印加されると、導電性付着防止膜1Cを介して生体組織との間に高周波電流が発生する。高周波電流が生体組織に流れるとジュール熱が発生する。これにより被処置体の生体組織の水分が急速に蒸発し、刃部1cからの押圧力によって生体組織が破断される。このため、電極部1が生体組織に対して移動されることによって生体組織の切開、切除が可能となる。
腹部1dを被処置体に押し当てた状態で高周波電流が流されると、被処置体の生体組織の水分が急速に蒸発し、腹部1dの近傍で生体組織が凝固される。このため、腹部1dが被処置体に押し当てられることにより止血や生体組織の焼灼が可能となる。
必要な処置が終了すると、術者は、電極部1を被処置体から離間させる。このとき、生体組織と接触している導電性付着防止膜1Cの外表面1eにはベース材料5によって生体組織が付着しにくくなっているため、生体組織は容易に剥離する。
【0032】
しかし、高周波ナイフ10の使用条件によっては、高周波電流による発熱によって、電極部1が高温にさらされる。特に、高周波電圧の印加によって、電極部1と生体組織との間にスパークが発生すると、電極部1と生体組織との間の微小領域に放電エネルギーが集中して急激な温度上昇が発生するおそれがある。
【0033】
まず、本実施形態と対比するため、
図4(a)、(b)、(c)、(d)に示す比較例の場合について説明する。
図4(a)に模式的に示すように、比較例の電極部101は、実施形態の電極部1から中間層1Bを除いて構成されている。このため、電極部101における導電性付着防止膜1Cは、電極本体1Aの電極本体表面1a上に積層されている。
導電性付着防止膜1Cの外表面1eに生体組織T1が接触した状態で、高周波電圧が印加されると、生体組織T1と電極部101との間にスパークS1が発生する場合がある。ただし、図示されたスパークS1は模式的に表されており、放電経路、放電範囲を正確に示すことは意図されていない(後述するスパークS2の図示も同様)。
例えば、スパークS1が発生すると、スパークS1によって、電極本体1Aの電極本体表面1aと生体組織T1との間の絶縁破壊が生じて放電が発生する。
【0034】
スパークS1は、微小領域に作用するため、放電エネルギーによって放電経路中の媒体が急激に加熱される。このときの温度が、電極本体1Aの融点を超えると、電極本体表面1aから電極本体1Aの一部が急激に溶融する。溶融した電極本体1Aの金属材料は飛散したり、蒸発したりする。同様に、導電性付着防止膜1Cも溶けたり、蒸発したりする。この結果、導電性付着防止膜1Cに貫通し、電極本体1Aをえぐるような穴部Hが形成される。穴部Hの穴底には、金属材料が溶融飛散による凹凸面である粗表面1fが形成される。
生体組織T1が移動しやすい場合には、生体組織T1は、飛散する電極本体1Aなどによって跳ね飛ばされて外表面1eから離れる。しかし、電極部101は生体組織に押しつけて用いられるため、
図4(b)に模式的に示すように、穴部Hには他の生体組織T2が近づく。この結果、
図4(c)に示すように、穴部Hに入り込んだ生体組織T2が穴部Hの粗表面1fに接触する。
生体組織T1が移動しにくい場合には、穴部H上の生体組織T1が、穴部Hに入り込んで穴部Hの粗表面1fに接触する(
図4(c)参照)。
【0035】
この状態でさらに高周波電圧が印加されると、粗表面1fと生体組織T2(T1)との間にスパークS2が発生したり、通電によるジュール熱が発生したりすることで、生体組織T2(T1)の水分が蒸発し、生体組織T2(T1)が変性する(
図4(c)参照)。
このようにして、
図4(d)に模式的に示すように、粗表面1f上に凝固物T2’(T1’)が付着する。
粗表面1fは、導電性付着防止膜1Cに比べると生体組織が固着しやすい金属材料で構成されており、かつ微細な凹凸を有している。このため、凝固物T2’(T1’)は、固着強度が高くなる。
このようにして、比較例の電極部101は、高周波電圧が印加されるたびに、生体組織の付着が増えていくため、電極部101の処置性能が低下していく。
【0036】
図5(a)、(b)に、走査型電子顕微鏡(SEM、Scanning Electron Microscope)によって取得された比較例の電極部101における電極本体表面1aの一例の画像(SEM画像)が示されている。
図5(a)、(b)における電極本体1Aの材質としては、SUS304が用いられた。ただし、導電性付着防止膜1Cは撮影のために除去されている。
図5(a)には、電極部101によって切開が行われる前(切開前)の電極本体表面1aのSEM画像が示されている。
図5(b)には、電極部101によって粘膜層の切開が10回行われた後(切開後)の電極本体表面1aのSEM画像が示されている。なお、各SEM画像の表示範囲の大きさは、60μm×45μmである。
図5(a)に示すように、切開前の電極本体表面1aはほぼ平坦であった。
これに対して、
図5(b)に示すように、切開後の電極本体表面1aには微小な凹凸面が形成されている。この凹凸面は電極本体表面1aが溶融することによって形成されたと考えられる。
【0037】
実施形態の電極部1は、電極本体1Aと導電性付着防止膜1Cとの間に、中間層1Bが設けられている。中間層1Bは、金属材料からなるため良導電体である。
このため、
図6(a)に模式的に示すように、電極部1と生体組織t1との間には、スパークs1が発生する場合、スパークs1は中間層1Bの上面1bと生体組織t1との間で発生する。ただし、図示されたスパークs1は模式的に表されており、放電経路、放電範囲を正確に示すことは意図されていない(後述するスパークs2の図示も同様)。
このため、スパークs1の経路上の導電性付着防止膜1Cおよび中間層1Bが急激に加熱される。
導電性付着防止膜1Cは比較例の場合と同様に溶融して蒸発する。しかし、中間層1Bは、電極本体表面1aよりも融点が高いため、まったく溶融しないか、溶融したとしても比較例に比べて溶融量が少なくなる。
本発明者の検討によれば、中間層1Bに融点が1900℃以上の金属層が含まれていれば、中間層1Bの溶融の発生が格段に抑制される。特に、中間層1Bが、融点が2400℃を超えるような金属材料、例えば、タングステン、モリブデン、タンタル、およびニオブからなる群から選ばれた1つの金属元素を主成分とする金属材料を含んでいれば、中間層1Bの溶融は防止される。
【0038】
このため、
図6(b)に模式的に示すように、スパークs1が発生した部位の導電性付着防止膜1Cの蒸発によって、導電性付着防止膜1Cの層厚方向に貫通する穴部h1が生じる。しかし、中間層1Bの上面1bはまったく損傷しないか、一部が溶融したとしても、溶融金属が飛散したり、溶融部に粗面が形成されたりするほどではない。
このように、中間層1Bが飛散することがないため、導電性付着防止膜1Cが欠損する領域も比較例に比べると狭くなる。
中間層1Bに伝わる熱は、中間層1B内を拡散して、一部が電極本体1Aにも熱伝導する。しかし、電極本体1Aの温度上昇は、比較例に比べると少なくなる。万一、電極本体1Aの一部が溶融したとしても、中間層1Bに覆われているため、比較例のように、溶融金属が飛散することはない。
【0039】
このように本実施形態では、スパークs1が生じても、スパークs1の周囲の導電性付着防止膜1Cが欠損するのみであるため、導電性付着防止膜1Cへのダメージも比較例に比べて少ない。例えば、飛散しなかった生体組織t1(二点鎖線参照)が穴部h1上に留まったとしても、導電性付着防止膜1Cの欠損部分が少ない場合には、付着防止性能が維持される。万一、生体組織t1が、中間層1Bの上面1bに触れたとしても、上面1bは平坦面であるため、比較例に比べると、生体組織t1の固着が起こりにくくなっている。
【0040】
このような電極部1は、さらに高周波電圧が印加されると、他の生体組織t2との間にスパークs2が発生することも考えられる。この場合、同様にして、スパークs2の経路の周囲に穴部h2が形成される(
図6(c)参照)。
このように、電極部1は繰り返して使用されることによって、導電性付着防止膜1Cは徐々に劣化していくおそれがある。しかし、比較例の場合と比べると、劣化の進行は遅くなる。しかも中間層1Bの上面1bの露出面積が増えてきても、上面1bが平坦であるため比較例に比べて凝固物が剥がれやすくなっている。
【0041】
図7(a)、(b)に、実施形態の電極部1における中間層1Bの上面1bの一例のSEM画像が示されている。
図7(a)、(b)に示す例では、中間層1Bの材質としては、層厚1μmのタングステンが用いられた。電極本体1Aの材質としては、比較例と同様のSUS304が用いられた。ただし、導電性付着防止膜1Cは撮影のために除去されている。
図7(a)には、電極部1によって切開が行われる前(切開前)の上面1bのSEM画像が示されている。
図7(b)には、電極部1によって上述の比較例のSEM画像と同様な条件で切開が行われた後(切開後)の上面1bのSEM画像が示されている。なお、各SEM画像の表示範囲の大きさは、60μm×45μmである。
図7(a)に示すように、切開前の上面1bはほぼ平坦であった。
これに対して、
図7(b)に示すように、切開後の上面1bも切開前と同様に平坦であった。このため、タングステンからなる中間層1Bでは、溶融が生じなかったと考えられる。
【0042】
以上説明したように、本実施形態の高周波ナイフ10および電極部1は、処置時にスパークが発生しても、生体組織の付着防止性能の劣化を低減できる。このため、高周波ナイフ10および電極部1の耐用寿命が向上する。
【0043】
[変形例]
本実施形態の変形例の高周波医療機器用の電極および高周波医療機器について説明する。
図8は、本発明の実施形態の変形例の高周波医療機器用の電極の模式的な断面図である。
【0044】
図1に示すように、本変形例の高周波ナイフ20(高周波医療機器)は、上記実施形態における電極部1に代えて電極部21(高周波医療機器用の電極)を備える。
図2に示すように、本変形例における電極部21は、上記実施形態における電極部1の導電性付着防止膜1Cに代えて、導電性付着防止膜21C(金属層)を備える。
以下、上記実施形態と異なる点を中心に説明する。
【0045】
図8に模式的に示すように、導電性付着防止膜21Cは、生体組織が付着しにくい金属材料からなる金属層を含んで構成されている。導電性付着防止膜1Cは、単層構造を有していてもよいし、多層構造を有していてもよい。導電性付着防止膜1Cが多層構造を有する場合には、外表面21eを構成する金属層に、生体組織が付着しにくい金属材料が用いられる。この場合、外表面21eを構成する金属層と中間層1Bとの間の金属層は、外表面21eを構成する金属層と中間層1Bとの密着性を向上できる適宜の金属材料が用いられることがより好ましい。
外表面21eを構成する金属層と中間層1Bとの密着性を向上できる金属材料としては、例えば、外表面21eを構成する金属層を構成する金属材料と中間層1Bを構成する金属材料との合金が用いられてもよい。例えば、例えば、外表面21eを構成する金属層を構成する金属材料と中間層1Bを構成する金属材料との組成が漸次または段階的に変化する傾斜層が用いられてもよい。
導電性付着防止膜21Cにおいて少なくとも外表面21eを構成する金属層は、金を主成分とする金属材料または白金を主成分とする金属材料が用いられることがより好ましい。
【0046】
このような電極部21は、上記実施形態と同様に、電極本体1A上に中間層1Bが積層された後、導電性付着防止膜21Cが成膜される。
導電性付着防止膜21Cの成膜方法としては、例えば、スプレーコーティング、ディップコーティングなどが挙げられる。
【0047】
本変形例の高周波ナイフ20によれば、導電性付着防止膜21Cが、金属層で構成される点のみが上記実施形態と異なる。このため、電極部21の表面は、導電性付着防止膜21Cの作用によって、生体組織が付着しにくくなっている。
さらに、電極部21の使用中に発生するスパークによって、導電性付着防止膜21Cが溶融しても、導電性付着防止膜21Cと電極本体1Aとの間には、上記実施形態と同様の中間層1Bが設けられている。このため、電極部21の使用中に発生するスパークによって、導電性付着防止膜21Cが損傷しても、中間層1Bによって、スパークによる電極本体1Aの損傷と露出とが抑制される。
このため、上記実施形態と同様、本変形例の高周波ナイフ20および電極部21は、処置時にスパークが発生しても、生体組織の付着防止性能の劣化を低減できる。これにより、高周波ナイフ20および電極部21の耐用寿命が向上する。
【0048】
なお、上記実施形態および変形例の説明では、高周波医療機器用の電極を備える高周波医療機器が、高周波ナイフの場合の例で説明したが、高周波医療機器は高周波ナイフには限定されない。本発明の高周波医療機器用の電極を好適に用いることができる他の高周波医療機器の例としては、例えば、電気メス、高周波ナイフ、高周波ハサミ、スネア等の処置具などが挙げられる。
【実施例】
【0049】
次に、上述した実施形態および変形例に対応する高周波医療機器用の電極の実施例1〜18について、比較例1〜5とともに説明する。下記[表1]に、各実施例、各比較例の電極部の構成および評価結果が示されている。
【0050】
【表1】
【0051】
[実施例1]
実施例1は、上述の実施形態の電極部1に対応する実施例である。
[表1]に示すように、基材である電極本体1Aの材質としてはステンレスであるSUS304が用いられた。電極本体1Aの形状は、直径0.8mmの丸棒状とされた。
中間層1B([表1]では符号は省略。他の各部材名も同様。)は、層厚1μmのタングステン([表1]では「W」と記載。)が用いられた。
【0052】
導電性付着防止膜1Cの主成分であるベース材料5としては、シリコーン系樹脂([表1]では、「シリコーン」と表記。)が用いられた。
導電性付着防止膜1Cの導電性物質6としては、カーボンブラック([表1]では、「CB」と表記。)が用いられた。カーボンブラックの平均粒子径は、25nmであった。
導電性付着防止膜1Cにおける導電性物質6の含有率は、30mass%とされた。
導電性付着防止膜1Cの膜厚は、20μmとされた。
【0053】
実施例1の電極部1は以下のようにして製造された。
電極本体1Aが製造された後、電極本体1Aの電極本体表面1aにタングステンからなる単層の中間層1Bが成膜された。中間層1Bは、スパッタリングによって成膜された。中間層1Bの層厚は1μmであった。
ベース材料5および導電性物質6が、硬化時に導電性物質6の含有率が上述の値になるように計量されてから混合された。これにより、導電性付着防止膜1Cを形成する塗料が製造された。
塗料は、中間層1B上にスプレー塗装された。この後、塗膜は、220℃で2時間乾燥された。このようにして、中間層1B上に導電性付着防止膜1Cが成膜された。これにより、実施例1の電極部1が製造された。
電極部1は、配線が接続された後、把持部2が取り付けられた。電極部1の配線は、対極板4が接続された高周波電源3と電気的に接続された。このようにして、実施例1の高周波ナイフ10が製造された。
【0054】
[実施例2、3]
実施例2、3では、電極本体1Aの材質が実施例1と異なる。
実施例2の電極本体1Aとしては、アルミニウム([表1]では、「Al」と表記。)が用いられた。実施例3の電極本体1Aとしては、チタン([表1]では、「Ti」と表記。)が用いられた。
実施例2、3の電極部1および高周波ナイフ10は、電極本体1Aの材質が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0055】
[実施例4〜6]
実施例4〜6では、中間層1Bの材質が実施例1と異なる。
実施例4の中間層1Bとしては、モリブデン([表1]では、「Mo」と表記。)が用いられた。実施例5の中間層1Bとしては、タンタル([表1]では、「Ta」と表記。)が用いられた。実施例6の中間層1Bとしては、ニオブ([表1]では、「Nb」と表記。)が用いられた。
実施例4〜6の電極部1および高周波ナイフ10は、中間層1Bの材質が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0056】
[実施例7、8]
実施例7は、中間層1Bの層厚が0.5μmとされた点が、実施例1と異なる。
実施例8は、中間層1Bの層厚が5μmとされた点が、実施例1と異なる。
実施例7、8の電極部1および高周波ナイフ10は、中間層1Bの層厚が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0057】
[実施例9、10]
実施例9、10は、ベース材料5の材質が実施例1と異なる。
実施例9のベース材料5としては、セラミックスであるシリカが用いられた。実施例10のベース材料5としては、フッ素系樹脂が用いられた。
各導電性付着防止膜1Cを形成する塗料としては、それぞれの成分を含有するシリカ塗料、フッ素塗料に、導電性物質6が混合されて製造された。
実施例9、10の電極部1および高周波ナイフ10は、導電性付着防止膜1Cのベース材料5を形成するための塗料が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0058】
[実施例11、12]
実施例11、12は、上述の変形例の電極部21に対応する実施例である。実施例11、12は、実施例1における導電性付着防止膜1Cに代えて導電性付着防止膜21Cを備える。
実施例11の導電性付着防止膜21Cとしては、金([表1]では「Au」と表記)が用いられた。実施例12の導電性付着防止膜21Cとしては、白金([表1]では「Pt」と表記)が用いられた。
各導電性付着防止膜21Cの層厚は、1μmとされた。
実施例10、11の電極部21および高周波ナイフ20は、導電性付着防止膜21Cとして、上述の導電性付着防止膜1Cの金属層がメッキによって形成された以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0059】
[実施例13〜15]
実施例13〜15では、導電性物質6の材質が実施例1と異なる。
実施例13の導電性物質6としては、平均粒子径が25nmの金粒子([表1]では、「Au粒子」と表記。)が用いられた。実施例14の導電性物質6としては、平均粒子径が40nmの銀粒子([表1]では、「Ag粒子」と表記。)が用いられた。実施例15の導電性物質6としては、平均粒子径が30nmのニッケル粒子([表1]では、「Ni粒子」と表記。)が用いられた。
実施例13〜15の電極部1および高周波ナイフ10は、導電性付着防止膜1Cを形成するための塗料に含有される導電性物質6の材質が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0060】
[実施例16〜18]
実施例16〜18では、導電性物質6の含有率が実施例1と異なる。
実施例16〜18における導電性物質6の含有率は、それぞれ、5mass%、10mass%、20mass%とされた。
実施例16〜18の電極部1および高周波ナイフ10は、導電性付着防止膜1Cを形成するための塗料に含有される導電性物質6の添加量が異なる以外は、実施例1と同様にして製造された。
【0061】
[比較例1〜5]
比較例1〜5について、上記の実施例と異なる点を中心に説明する。
比較例1は、上記実施例1において中間層1Bが削除された場合の例になっている。
比較例2〜4は、上記実施例1において、中間層1Bの材質が変更された例になっている。
比較例2では、タングステンに代えて、金([表1]では、「Au」と表記。)が用いられた。金の融点は、1064℃である。
比較例3では、タングステンに代えて、窒化チタンアルミニウムケイ素(TiAlSiN)が用いられた。TiAlSiNの融点は、1064℃である。
比較例4では、タングステンに代えて、窒化クロム(CrN)が用いられた。CrNの融点は、800℃である。
比較例5は、上記実施例1において導電性物質6が削除された場合の例になっている。比較例5では、付着防止膜は層厚5μmのシリコーン系樹脂によって構成された。
【0062】
[評価方法]
実施例1〜18、比較例1〜5の電極部における生体組織の付着防止性評価が行われた。
付着防止性評価は、切開性能の経時変化の測定が行われた。これは電極への生体組織の付着が発生すると、通電しづらくなり、切開性が低下するためである。
具体的な試験方法としては、後述する所定の切開動作を繰り返された。
被処置体としては豚の胃が用いられた。各実施例、各比較例の電極部を用いて、被処置体の粘膜層および粘膜下層の切開動作が繰り返して行われた。1回の切開動作は、切開モード、出力50W、切開距離10mmの条件で行われた。
このような切開動作は、電極部ごとに500回ずつ行われた。500回目の切開では、10mm切開するのに要した時間(切開時間)が測定された。
【0063】
[評価結果]
[表1]に切開時間と、付着防止性評価の判定が記載されている。
切開時間が5秒以内の場合、切開性が良好である。このため、生体組織の付着防止性として、「良い」(good、[表1]には「○」と記載)と評価された。
切開時間が5秒を超える場合、切開性が不良である。このため、生体組織の付着防止性として、「不良」(no good、[表1]には「×」と記載)と評価された。
[表1]に示すように、実施例1〜6、9、10の各電極部による切開時間は3秒であった。実施例7、8、11〜15、17、18の各電極部による切開時間は4秒であった。実施例16の電極部による切開時間は5秒であった。
このため、実施例1〜18の電極部の付着防止性はいずれも「良い」と評価された。
これに対して、比較例1〜4の電極部による切開時間は、それぞれ、30秒、20秒、20秒、30秒であった。このため、比較例1〜4の電極部の付着防止性はいずれも「不良」と評価された。
比較例5の電極部の付着防止膜は、導電性を有しなかったため、初期状態でも被処置体を切開できなかった。このため、比較例5は「不良」と評価された。
【0064】
比較例1は、
図4(a)、(b)に示す比較例の構成を有していたため、上述したように、電極本体1Aの溶融が発生した結果、生体組織が固着して切開性が低下したと考えられる。
比較例2〜4の場合、いずれも中間層の材質の融点が基材の材質の融点に比べて低かったため、付着防止膜の損傷および基材の溶融が生じた結果、生体組織が固着して切開性が低下したと考えられる。
【0065】
以上、本発明の好ましい実施形態、変形例を、各実施例とともに説明したが、本発明はこれらの実施形態、変形例、各実施例に限定されることはない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。
また、本発明は前述した説明によって限定されることはなく、添付の特許請求の範囲によってのみ限定される。