【文献】
TERAMOTO, H. et al.,Chemical Modification of Silk Sericin in Lithium Chloride/Dimethyl Sulfoxide Solvent with 4-Cyanophe,Biomacromolecules,2004年,5(4),pp. 1392-1398,"Materials", "Preparation of Regenerated Sericins"
【文献】
DESAI, U. R. and KLIBANOV, M.,Assessing the Structural Integrity of a Lyophilized Protein in Organic Solvents,Journal of the American Chemical Society,1995年,117(14),pp. 3940-3945,"Abstract", "Experimental Section"
【文献】
WAYBRIGHT, T. J. et al,Overcoming Problems of Compound Storage in DMSO: Solvent and Process Alternatives,Journal of Biomolecular Screening,2009年,14(6),pp. 708-715,Fig. 3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するクモ糸タンパク質は、式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上含む組換えクモ糸タンパク質であり、前記式(1)において、REP1は、(X1)pで表されるポリアラニン領域を意味し、pは2〜20の整数を示し、X1は、アラニン(Ala)、セリン(Ser)、又はグリシン(Gly)を示し、(X1)pで表されるポリアラニン領域において、アラニンの合計残基数が該領域のアミノ酸の合計残基数の80%以上であり、連続して並んでいるアラニンは、2残基以上20残基以下であり、REP2は10〜200残基のアミノ酸からなるアミノ酸配列であり、前記アミノ酸配列中に含まれるグリシン、セリン、グルタミン、プロリン及びアラニンの合計残基数がアミノ酸残基数全体に対して40%以上である請求項1に記載の極性溶媒の製造方法。
前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するクモ糸タンパク質は、配列番号1、配列番号2又は配列番号3に示されているアミノ酸配列を有するADF3由来の組換えクモ糸タンパク質、或いは配列番号1、配列番号2及び配列番号3の何れかに示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、結晶領域と無定型領域からなる繰り返し領域を有するADF3由来のクモ糸タンパク質である請求項1又は2に記載の極性溶媒溶液の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、ポリアミノ酸(特にポリペプチド)自体も、前記ポリアミノ酸を含む溶質を極性溶媒に溶解した極性溶媒溶液も吸湿し易く、吸湿すると粘度低下などが問題となることを見出した。また、本発明者らは、前記溶液中に無機塩を含ませるとことによって、単にポリアミノ酸(特にポリペプチド)の溶解度が高まるだけでなく、前記溶液がある程度水分を吸収してしまっても粘度を高く維持することができること、更には、前記溶液中の水分含有量を減らすことによって、前記溶液中の無機塩含有量がより少ない状態で前記溶液の粘度を高く維持できることも見出した。これらのことから、前記溶液の粘度を所望の値に安定的に維持するために、溶質に含まれるポリアミノ酸(特にポリペプチド)によって前記溶液中に持ち込まれる水分を含めて、前記溶液中の水分含有量を低く抑えたり、無機塩含有量を増減したりして、前記溶液中の水分含有量と無機塩含有量との比率を特定の値とすることを着想した。
【0012】
前記溶液中には1種類又は複数種類の無機塩が含まれる(添加される)が、前記溶液中に複数種類の無機塩が含まれる場合には、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値が、前記溶液中に含まれる複数種類の無機塩の総モル数を用いて算出される。換言すれば、前記溶液中に複数種類の無機塩を含める(添加する)場合には、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値が2.5×m×n以下となるように、複数種類の無機塩のそれぞれの前記溶液中の含有量が調整される。なお、本明細書においては、前記極性溶媒溶液をドープ液と言う場合もある。以下、主として、ポリアミノ酸の代表例であるポリペプチドを例に説明する。
【0013】
また、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値は、好ましくは2.0×m×n(以下において、数式1と記す。)以下とされる。これによって、前記溶液中の無機塩や水分の含有量の変化による前記溶液の粘度の変動量がより大きくなり、以って、単に、前記溶液中の無機塩含有量や水分含有量を変えるだけで、前記溶液の粘度を更に容易に所望の値と為すことができる。なお、前記数式1において、mで表される、無機塩を形成する陽イオンの数は、好ましくは1であり、nで表される陽イオンの電荷数は、好ましくは1又は2である。それによって、前記溶液の粘度を更に容易に且つ確実に所望の値と為すことができる。
【0014】
前記溶液中の水分と無機塩のモル比の値を小さくするには、前記溶液中の水分含有量を低下させることが望ましい。そうすることで、無機塩の使用量を低減できる。それ故、本発明の極性溶媒溶液の製造方法では、好ましくは、前記溶液中に無機塩を添加し、かつ前記溶液中の水分の含有量を減らすことにより、前記溶液の粘度を増加させる。これによって、前記溶液の粘度を所望の値と為しつつ、前記溶液中の無機塩含有量を減少させることができる。その結果、紡糸やフィルムなどのドープ液として使用された際などに安定した紡糸やキャスティングが可能となると共に、無機塩の過剰な使用によるコストの増大を効果的に抑制することができる。
【0015】
そして、本発明の製造方法では、前記溶液中の水分含有量と無機塩の含有量のうちの何れか一方を変えることにより、あるいは前記溶液中の水分含有量のみを減らすことによって、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値が、好ましくは2.5×m×n以下、より好ましくは2.0×m×n以下とされる。これによって、無機塩の添加量を抑えつつ、前記溶液の粘度をより確実に所望の値と為すことが可能となり、その結果、更なるコスト低減が図られ得る。
【0016】
本発明の製造方法においては、前記溶液中の水分含有量を減らすための調整が、例えば、前記溶質や溶媒を予め加熱乾燥したり、真空乾燥したり、前記溶液の製造時と貯蔵時のうちの少なくとも何れか一方における雰囲気の相対湿度を調整したり、若しくは製造された前記溶液を加熱して水分を蒸発させたり、ゼオライトを始めとした各種の吸湿剤(吸湿材)などを用いて吸湿したりすることなどによって、又はそれらの操作を適宜に組み合わせたりすることなどによって実現される。なお、前記溶液中の水分含有量を減らすための調整方法としては、前記溶質を前記溶媒に溶解させる前に乾燥させる方法が好適に採用される。これによって、前記溶液中の水分含有量をより確実且つ効率的に減らすことができる。また、雰囲気の相対湿度の調整によって前記溶液中の水分含有量を変える場合には、前記溶液の製造時と貯蔵時のうちの少なくとも何れか一方における雰囲気の相対湿度が、有利には1.3%RH以下の条件に保たれる。雰囲気を相対湿度1・3%RH以下の条件に保つには、溶液作製や保存などの処理をいわゆるドライルーム内でするのが好ましい。
【0017】
本発明においては、前記溶液を100質量%としたときの前記溶液中の水分含有量が、好ましくは0.6質量%以上、9.1質量%以下とされる。より好ましい水分含有量は0.6質量%以上、8.8質量%以下であり、更に好ましい水分含有量は0.8質量%以上、8.8質量%以下である。前記溶液中の水分含有量が前記の範囲であれば、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値を、より確実に2.5×m×n以下とすることができ、それによって、単に、前記溶液中の無機塩含有量を減らすだけで、前記溶液の粘度を安定的に且つ確実に所望の値と為し得るだけでなく、モル比を特定したことによって発揮される前記した特徴を有利に確保し得る。
【0018】
本発明で使用できる極性溶媒は、(i)ジメチルスルホキシド(DMSO)、(ii)N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、(iii)N,N−ジメチルアセトアミド(DMA)、及び(iv)N−メチル−2−ピロリドン(NMP)からなる群から選ばれる少なくとも一つの非プロトン性極性溶媒を含むものが好ましい。これらの極性溶媒はポリペプチドを含む溶質を溶解させ易いからである。また、本発明で使用できる極性溶媒には、前記した非プロトン性極性溶媒を含むものの他、ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)やギ酸、各種のアルコール(例えば、メタノール、エタノール、2−プロパノールなどの炭素数1〜6の低級アルコール)などのプロトン性極性溶媒を含むものも含まれる。なお、前記極性溶媒は、前記極性溶媒の全体を100質量%としたとき、前記(i)〜(iv)からなる群から選ばれる溶媒の合計量の割合が10〜100質量%の範囲内の値とされることが望ましい。これによって、ポリペプチドを含む溶質の溶解度が高められる。
【0019】
本発明で使用できる無機塩としては、例えば、以下に示すルイス酸とルイス塩基とからなる無機塩が挙げられる。ルイス塩基は、例えば、オキソ酸イオン(硝酸イオン、過塩素酸イオン等)、金属オキソ酸イオン(過マンガン酸イオン等)、ハロゲン化物イオン、チオシアン酸イオン、シアン酸イオンなどであってもよい。ルイス酸は、例えば、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等の金属イオン、アンモニウムイオン等の多原子イオン、錯イオンなどであってもよい。無機塩の具体例としては、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、硝酸リチウム、過塩素酸リチウム、及びチオシアン酸リチウムのようなリチウム塩、塩化カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム、硝酸カルシウム、過塩素酸カルシウム、及びチオシアン酸カルシウムのようなカルシウム塩、塩化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄、硝酸鉄、過塩素酸鉄、及びチオシアン酸鉄のような鉄塩、並びに、塩化アルミニウム、臭化アルミニウム、ヨウ化アルミニウム、硝酸アルミニウム、過塩素酸アルミニウム、及びチオシアン酸アルミニウムのようなアルミニウム塩、塩化カリウム、臭化カリウム、ヨウ化カリウム、硝酸カリウム、過塩素酸カリウム、及びチオシアン酸カリウムのようなカリウム塩、塩化ナトリウム、臭化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、硝酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、及びチオシアン酸ナトリウムのようなナトリウム塩、塩化亜鉛、臭化亜鉛、ヨウ化亜鉛、硝酸亜鉛、過塩素酸亜鉛、及びチオシアン酸亜鉛のような亜鉛塩、塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、ヨウ化マグネシウム、硝酸マグネシウム、過塩素酸マグネシウム、及びチオシアン酸マグネシウムのようなマグネシウム塩、塩化バリウム、臭化バリウム、ヨウ化バリウム、硝酸バリウム、過塩素酸バリウム、及びチオシアン酸バリウムのようなバリウム塩、塩化ストロンチウム、臭化ストロンチウム、ヨウ化ストロンチウム、硝酸ストロンチウム、過塩素酸ストロンチウム、及びチオシアン酸ストロンチウムのようなストロンチウム塩などが挙げられる。そして、それらの中でも、本発明では、アルカリ金属ハロゲン化物、アルカリ土類金属ハロゲン化物、アルカリ土類金属硝酸塩及びチオシアン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも一つが好適に用いられる。アルカリ金属ハロゲン化物としては、例えばLiCl,LiBrなどがあり、アルカリ土類金属ハロゲン化物としては、例えばCaCl
2などがあり、アルカリ土類金属硝酸塩としては、例えばCa(NO
3)
2などがあり、チオシアン酸塩としては、例えばNaSCNなどがある。この中でもLiClは、前記溶液の粘度を高く維持できることから好ましい。
【0020】
本発明で使用される無機塩は、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値が2.5×m×n(mは無機塩を形成する陽イオンの数で、nは該陽イオンの電荷数)以下となる量において用いられる。本発明で使用される無機塩のうち、例えばLiClやLiBr,NaSCNなどのように、陽イオンの数が1で、かかる陽イオンの電荷数が1である無機塩を用いる場合には、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値は2.5以下となる必要がある。また、例えばCaCl
2やCa(NO
3)
2のなどのように、陽イオンの数が1で、かかる陽イオンの電荷数が2である無機塩を用いる場合には、前記溶液中の水分と無機塩のモル比(水分/無機塩)の値が5.0以下となる必要がある。
【0021】
本発明で使用される無機塩は、前記溶液を100体積%としたとき、前記溶液中に合計で1w/v%以上、15w/v%以下の割合で含有されているのが好ましい。これによって、ポリペプチドを含む溶質を極性溶媒に対してより確実に溶解させることができる。前記溶液中に複数種類の無機塩が含まれる場合にあっても、それら複数種類の無機塩の含有量が、合計で1w/v%以上、15w/v%以下の割合となるように調整される。なお、w/v(質量/体積)%は、前記溶液の単位体積当たり(100mL)の無機塩の質量(g)の百分率を表す。
【0022】
本発明で使用される溶質は、ポリアミノ酸(特にポリペプチド)を含むものであればよく、特に限定されない。本明細書において、ポリアミノ酸とは、複数のアミノ酸のアミノ基とカルボキシル基とがアミド結合して重合したポリアミド化合物を言う。ポリアミノ酸としては、ポリアミド化合物を構成するアミノ酸が、15以上であることが好ましく、20以上であることがより好ましく、30以上であることがさらに好ましく、100以上がよりさらに好ましく、500以上が特に好ましい。ポリアミノ酸としては、6000以下であることが好ましく、5000以下であることがより好ましく、3000以下であることがさらに好ましく、2000以下であることが特に好ましい。本明細書で使用される溶質は、例えば、ポリアミノ酸を単独で用いてもよく、或いは例えば炭水化物や合成樹脂等のポリアミノ酸以外のもののうちの1種又は2種以上とポリペプチドとを組み合わせて用いてもよい。また本明細書で使用される溶質は、例えば、ポリペプチドを単独で用いてもよく、或いは例えば炭水化物や合成樹脂等のポリペプチド以外のもののうちの1種又は2種以上とポリペプチドとを組み合わせて用いてもよい。このポリペプチドは、構造タンパク質であることが好ましく、更に結晶領域を含むものが好ましい。このようなポリペプチドは繊維やフィルムにしたときに高い強度やタフネスを発揮できる。なお、構造タンパク質とは、生物体の構造に関わるタンパク質、或いは生物体が作り出す構造体を構成するタンパク質を言い、例えば、フィブロイン、セリシン、コラーゲン、ケラチン、エラスチン、レシリンなどが挙げられる。
【0023】
前記ポリペプチドは、クモ糸タンパク質やシルクタンパク質などのフィブロインが好ましく、その中でも特にクモ糸タンパク質が好ましい。クモ糸タンパク質は極性溶媒と親和性が高く、溶解し易いからである。
【0024】
本発明の極性溶媒溶液を100質量%としたとき、溶質(例えば、クモ糸タンパク質)の濃度は2〜50質量%であることが望ましく、更に好ましくは3〜40質量%であり、特に好ましくは5〜30質量%である。このような濃度とすることによって、極性溶媒溶液の粘度の低下や過剰な上昇を効果的に防止できる。
【0025】
また、本発明の極性溶媒溶液は、粘度が、好ましくはゴミなどの不要物や泡などを取り除いた状態で10〜100000mPa・sとされることが望ましく、より好ましくは15〜20000mPa・sとされ、更に好ましくは100〜10000mPa・sとされる。このような範囲内の粘度の極性溶媒溶液をドープ液として用いることで、良好に湿式紡糸したりフィルムキャスト成形したりすることができる。
【0026】
本発明において、ポリペプチドを含む溶質を溶解する極性溶媒として好適に用いられるDMSOは、例えば、クモ糸タンパク質を含む溶質を溶解する溶媒として、特に有利に使用される。DMSOは融点18.4℃、沸点189℃であり、従来法で使用されているヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)の沸点59℃、ヘキサフルオロアセトン(HFAc)の沸点−26.5℃に比べると、沸点ははるかに高い。また、DMSOは、一般産業分野においてもアクリル繊維の重合、紡糸液として使用され、ポリイミドの重合溶媒としても使用されていることから、コストも安く安全性も確認されている物質である。
【0027】
本発明において溶質に含まれるポリペプチドとして例示されるクモ糸タンパク質は、天然クモ糸タンパク質と、天然クモ糸タンパク質に由来又は類似(以下、由来と言う。)するものであればよく、特に限定されない。また、ここで言う天然クモ糸タンパク質に由来するものとは、天然クモ糸タンパク質が有するアミノ酸の反復配列と同様乃至類似のアミノ酸配列を有するものであって、例えば組換えクモ糸タンパク質や天然クモ糸タンパク質の変異体、類似体又は誘導体などが挙げられる。なお、前記クモ糸タンパク質は、強靭性に優れるという観点からクモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質やそれに由来するクモ糸タンパク質であることが好ましい。前記大吐糸管しおり糸タンパク質としては、アメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する大瓶状腺スピドロインMaSp1やMaSp2、二ワオニグモ(Araneus diadematus)に由来するADF3やADF4などが挙げられる。
【0028】
前記クモ糸タンパク質は、クモの小瓶状腺で産生される小吐糸管しおり糸タンパクやそれに由来するクモ糸タンパク質であってもよい。前記小吐糸管しおり糸タンパク質としては、アメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する小瓶状腺スピドロインMiSp1やMiSp2が挙げられる。
【0029】
その他にも、前記クモ糸タンパク質は、クモの鞭毛状腺(flagelliform gland)で産生される横糸タンパク質やそれに由来するクモ糸タンパク質であってもよい。前記横糸タンパク質としては、例えばアメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する鞭毛状絹タンパク質(flagelliform silk protein)などが挙げられる。
【0030】
前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するクモ糸タンパク質(ポリペプチド)としては、例えば、式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上、好ましくは4以上、より好ましくは6以上含む組換えクモ糸タンパク質が挙げられる。なお、前記組換えクモ糸タンパク質において、式(1):REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位は、同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0031】
前記式(1)において、REP1は、主としてアラニンにより構成され(X1)pで表されるポリアラニン領域を意味し、好ましくは、REP1はポリアラニンを意味する。ここで、pは特に限定されるものではないが、好ましくは2〜20の整数,より好ましくは4〜12の整数を示す。X1は、アラニン(Ala)、セリン(Ser)、又はグリシン(Gly)を示す。(X1)pで表されるポリアラニン領域において、アラニンの合計残基数が該領域のアミノ酸の合計残基数の80%以上であることが好ましく、より好ましくは85%以上である。前記REP1において、連続して並んでいるアラニンは、2残基以上であることが好ましく、より好ましくは3残基以上であり、更に好ましくは4残基以上であり、特に好ましくは5残基以上である。また、前記REP1において、連続して並んでいるアラニンは、20残基以下であることが好ましく、より好ましくは16残基以下であり、更に好ましくは12残基以下であり、特に好ましくは10残基以下である。前記式(1)において、REP2は10〜200残基のアミノ酸からなるアミノ酸配列であり、前記アミノ酸配列中に含まれるグリシン、セリン、グルタミン、プロリン及びアラニンの合計残基数がアミノ酸残基数全体に対して40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である。
【0032】
大吐糸管しおり糸において、前記REP1は繊維内で結晶βシートを形成する結晶領域に該当し、前記REP2は繊維内でより柔軟性があり大部分が規則正しい構造を欠いている無定型領域に該当する。そして、前記[REP1−REP2]は、結晶領域と無定型領域からなる繰り返し領域(反復配列)に該当し、しおり糸タンパク質の特徴的配列である。
【0033】
前記式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上含むクモ糸タンパク質としては、例えば、配列番号1、配列番号2及び配列番号3の何れかに示されているアミノ酸配列を有するADF3由来の組換えクモ糸タンパク質が挙げられる。配列番号1に示されるアミノ酸配列は、N末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したADF3のアミノ酸配列において、第1〜13番目の反復領域をおよそ2倍になるように増やすとともに、翻訳が1154番目アミノ酸残基で終止するように変異させたものである。配列番号2に示されているアミノ酸配列は、NCBIデータベースから入手したADF3の部分的なアミノ酸配列(NCBIのGenebankのアクセッション番号:AAC47010、GI:1263287)のアミノ酸配列のN末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したアミノ酸配列である。配列番号3に示されるアミノ酸配列は、N末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したADF3のアミノ酸配列において、第1〜13番目の反復領域をおよそ2倍になるように増やしたものである。また、前記式1:REP1−REP2(1)で示されるアミノ酸配列の単位を2以上含むポリペプチドとしては、配列番号1、配列番号2及び配列番号3の何れかに示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、結晶領域と無定型領域からなる繰り返し領域を有するポリペプチドを用いてもよい。
【0034】
前記小吐糸管しおり糸タンパク質に由来するクモ糸タンパク質(ポリペプチド)としては、式2:REP3−REP4−REP5(2)で示されるアミノ酸配列を含む組換えクモ糸タンパク質が挙げられる。前記式2において、REP3は(Gly−Gly−Z)sで表されるアミノ酸配列を意味し、REP4は、(Gly−Ala)lで表されるアミノ酸配列を意味し、REP5は(Ala)rで表されるアミノ酸配列を意味する。REP3において、Zは任意の一つのアミノ酸を意味するが、特にAla、Tyr及びGlnからなる群から選ばれる一つのアミノ酸であることが好ましい。またREP3において、sは1〜4であることが好ましく、REP4においてlは0〜4であることが好ましく、REP5においてrは1〜6であることが好ましい。
【0035】
クモ糸において、小吐糸管しおり糸はクモの巣の中心から螺旋状に巻かれ、巣の補強材として使われたり、捉えた獲物を包む糸として利用されたりする。大吐糸管しおり糸と比べると引っ張り強度は劣るが伸縮性は高いことが知られている。これは小吐糸管しおり糸において、多くの結晶領域がグリシンとアラニンが交互に連なる領域から形成されているため、アラニンのみで結晶領域が形成されている大吐糸管しおり糸よりも結晶領域の水素結合が弱くなり易いためと考えられている。
【0036】
前記横糸タンパク質に由来する組換えクモ糸タンパク質(ポリペプチド)としては、例えば、式3:REP6(3)で示されるアミノ酸配列を含む組換えクモ糸タンパク質が挙げられる。前記式3において、REP6は(U1)t、又は、(U2)tで表されるアミノ酸配列を意味する。REP6において、U1は、Gly−Pro−Gly−X−X(配列番号12)で表されるアミノ酸配列を意味し、U2は、Gly−Pro−Gly−Gly−X(配列番号13)で表されるアミノ酸配列を意味する。また、U1及びU2において、Xは任意の一つのアミノ酸を意味するが、Ala、Ser、Tyr、Gln、Val、Leu及びIleからなる群から選ばれる一つのアミノ酸であることが好ましく、Ala、Ser、Tyr、Gln及びValからなる群から選ばれる一つのアミノ酸であることがより好ましく、複数あるXは、同一であっても異なってもよい。またREP6において、tは少なくとも4以上の数字を表し、好ましくは10以上、より好ましくは20以上である。
【0037】
クモ糸において、横糸は結晶領域を持たず、無定形領域からなる繰り返し領域を持つことが大きな特徴である。大吐糸管しおり糸などにおいては結晶領域と無定形領域からなる繰り返し領域を持つため、高い応力と伸縮性を併せ持つと推測される。一方、横糸については、大吐糸管しおり糸に比べると応力は劣るが、高い伸縮性を持つ。これは横糸の大部分が無定形領域によって構成されているためだと考えられている。
【0038】
前記組換えクモ糸タンパク質(ポリペプチド)は、組換えの対象となる天然型クモ糸タンパク質をコードする遺伝子を含有する発現ベクターで形質転換した宿主を用いて製造することができる。遺伝子の製造方法は特に制限されず、天然型クモ糸タンパク質をコードする遺伝子をクモ由来の細胞からポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などで増幅してクローニングするか、若しくは化学的に合成する。遺伝子の化学的な合成方法も特に制限されず、例えば、NCBIのウェブデータベースなどより入手した天然型クモ糸タンパク質のアミノ酸配列情報をもとに、AKTA oligopilot plus 10/100(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)などで自動合成したオリゴヌクレオチドをPCRなどで連結して合成することができる。この際に、タンパク質の精製や確認を容易にするため、前記のアミノ酸配列のN末端に開始コドン及びHis10タグからなるアミノ酸配列を付加したアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子を合成してもよい。前記発現ベクターとしては、DNA配列からタンパク質を発現し得るプラスミド、ファージ、ウイルスなどを用いることができる。前記プラスミド型発現ベクターとしては、宿主細胞内で目的の遺伝子が発現し、かつそれ自体が増幅することのできるものであればよく、特に限定されない。例えば宿主として大腸菌Rosetta(DE3)を用いる場合は、pET22b(+)プラスミドベクター、pColdプラスミドベクターなどを用いることができる。中でも、タンパク質の生産性の観点から、pET22b(+)プラスミドベクターを用いることが好ましい。前記宿主としては、例えば動物細胞、植物細胞、微生物などを用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下実施例を用いて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0040】
<各測定方法>
(1)粘度: 京都電子工業株式会社製のEMS粘度計(EMS−01S)を使用して測定した。
(2)相対湿度:実験環境の温度と露点温度を測定し、公知の計算式にて算出した。
(3)ドープ液中の水分率:京都電子工業株式会社製のハイブリッドカールフィッシャー水分計(MKH−700)を使用して測定した。
【0041】
<実験1>
1.クモ糸タンパク質の準備
<遺伝子合成>
(1)ADF3Kaiの遺伝子の合成
ニワオニグモの2つの主要なしおり糸タンパク質の一つであるADF3(GI:1263287)の部分的なアミノ酸配列をNCBIのウェブデータベースより取得し、同配列のN末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号4)を付加したアミノ酸配列(配列番号2)をコードする遺伝子を、GenScript社に合成委託した。その結果、配列番号5で示す塩基配列からなるADF3Kaiの遺伝子が導入されたpUC57ベクター(遺伝子の5’末端直上流にNde Iサイト、及び5’末端直下流にXba Iサイトあり)を取得した。その後、同遺伝子をNde I及びEcoR Iで制限酵素処理し、pET22b(+)発現ベクターに組み換えた。
【0042】
(2)ADF3Kai−Largeの遺伝子の合成
ADF3Kaiを鋳型にT7プロモータープライマー(配列番号8)とRep Xba Iプライマー(配列番号9)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における5’側半分の配列(以下、配列Aと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めNde I及びXba Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。同様に、ADF3Kaiを鋳型にXba I Repプライマー(配列番号10)とT7ターミネータープライマー(配列番号11)を用いてPCR反応を行い、ADF3Kaiの遺伝子配列における3’側半分の配列(以下、配列Bと記す。)を増幅し、同断片をMighty Cloning Kit(タカラバイオ株式会社製)を使用して、予めXba I、EcoR Iで制限酵素処理をしておいたpUC118ベクターに組み換えた。配列Aの導入されたpUC118ベクターをNde I、Xba Iで、配列Bの導入されたpUC118ベクターをXba I、EcoR Iでそれぞれ制限酵素処理し、ゲルの切り出しによって配列A及び配列Bの目的DNA断片を精製した。DNA断片A、B及び予めNde I及びEcoR Iで制限酵素処理をしておいたpET22b(+)をライゲーション反応させ、大腸菌DH5αに形質転換した。T7プロモータープライマー及びT7ターミネータープライマーを用いたコロニーPCRにより、目的DNA断片の挿入を確認した後、目的サイズ(3.6 kbp)のバンドが得られたコロニーからプラスミドを抽出し、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により全塩基配列を確認した。その結果、配列番号6に示すADF3Kai−Largeの遺伝子の構築が確認された。なお、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列は配列番号3で示すとおりである。
【0043】
(3)ADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子の合成
前記で得られたADF3Kai−Largeの遺伝子が導入されたpET22b(+)ベクターを鋳型に、PrimeStar Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ株式会社製)を用いた部位特異的変異導入により、ADF3Kai−Largeのアミノ酸配列(配列番号3)における1155番目のアミノ酸残基グリシン(Gly)に対応するコドンGGCを終止コドンTAAに変異させ、配列番号7に示すADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子をpET22b(+)上に構築した。変異の導入の正確性については、3130xl Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いたシーケンス反応により確認した。なお、ADF3Kai−Large−NRSH1のアミノ酸配列は配列番号1で示すとおりである。
【0044】
<タンパク質の発現>
前記で得られたADF3Kai−Large−NRSH1の遺伝子配列を含むpET22b(+)発現ベクターを、大腸菌Rosetta(DE3)に形質転換した。得られたシングルコロニーを、アンピシリンを含む2mlのLB培地で15時間培養後、同培養液1.4mlを、アンピシリンを含む140mlのLB培地に添加し、37℃、200rpmの条件下で、培養液のOD
600が3.5になるまで培養した。次に、OD
600が3.5の培養液を、アンピシリンを含む7Lの2×YT培地に50%グルコース140mlと共に加え、OD
600が4.0になるまで更に培養した。その後、得られたOD
600が4.0の培養液に、終濃度が0.5mMになるようにイソプロピル−β−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加してタンパク質発現を誘導した。IPTG添加後2時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の培養液から調製したタンパク質溶液をポリアクリルアミドゲルに泳動させたところ、IPTG添加に依存して目的サイズ(約101.1kDa)のバンドが観察され、目的とするタンパク質が発現していることを確認した。
【0045】
<精製>
(1)遠沈管(1000ml)にADF3Kai−Large−NRSH1のタンパク質を発現している大腸菌の菌体約50gと、緩衝液AI(20mM Tris−HCl、pH7.4)300mlを添加し、ミキサー(IKA社製「T18ベーシック ウルトラタラックス」、レベル2)で菌体を分散させた後、遠心分離機(クボタ製の「Model 7000」)で遠心分離(11,000g、10分、室温)し、上清を捨てた。
(2)遠心分離で得られた沈殿物(菌体)に緩衝液AIを300mlと、0.1MのPMSF(イソプロパノールで溶解)を3ml添加し、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で3分間分散させた。その後、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Saovi社製の「Panda Plus 2000」)を用いて菌体を繰り返し3回破砕した。
(3)破砕された菌体に、3w/v%のSDSを含む緩衝液B(50mM TrisーHCL、100mM NaCl、pH7.0)300mlを加え、前記IKA社製のミキサー(レベル2)で良く分散させた後、シェイカー(タイテック社製、200rpm、37℃)で60分間攪拌した。その後、前記クボタ製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を捨て、SDS洗浄顆粒(沈殿物)を得た。
(4)SDS洗浄顆粒を100mg/mlの濃度になるよう1Mの塩化リチウムを含むDMSO溶液で懸濁し、80℃で1時間熱処理した。その後、前記クボタ製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、上清を回収した。
(5)回収した上清に対して3倍量のエタノールを準備し、エタノールに回収した上清を加え、室温で1時間静置した。その後、前記クボタ製の遠心分離機で遠心分離(11,000g、30分、室温)し、凝集タンパク質を回収した。次に純水を用いて凝集タンパク質を洗浄し、遠心分離により凝集タンパク質を回収するという工程を3回繰り返した後、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収した。得られた凍結乾燥粉末における目的タンパク質ADF3Kai−Large−NRSH1(約56.1kDa)の精製度は、粉末のポリアクリルアミドゲル電気泳動(CBB染色)の結果をTotallab(nonlinear dynamics ltd.)を用いて画像解析することにより確認した。その結果、ADF3Kai−Large−NRSH1の精製度は約85%であった。
【0046】
2.ドープ液の調整と粘度測定
前記で得られたクモ糸タンパク質(粉体)を真空乾燥(絶乾)した後、この絶乾状態のクモ糸タンパク質を、予め所定量ずつ準備しておいた4つのDMSO溶媒に、それぞれ濃度15質量%の割合で溶かす一方、それら4つのクモ糸タンパク質が溶解したDMSO溶媒に、下記表1に示すように、LiCl(無機塩)を濃度4.0w/v%(質量/体積%)となるように溶かすと共に、純水を互いに異なる量で添加(1つにはLiClのみを溶かして純水は添加しなかった)して、LiClを含有しかつ水分含有量(添加量)が互いに異なる4種類のドープ液(実施例1〜4)を作製した。なお、ここでいうLiCl濃度4.0w/v%とは、溶液100mL中にLiClが4g含まれていることを意味する。また、それら実施例1〜4のドープ液とは別に、前記で得られた絶乾状態のクモ糸タンパク質(粉体)を、予め所定量ずつ準備しておいた4つのDMSO溶媒に、それぞれ濃度15質量%の割合で溶かす一方、それら4つのクモ糸タンパク質が溶解したDMSO溶媒のうちの3つに、下記表1に示すように純水のみを互いに異なる量で添加して、LiClを含有せずに水分含有量(添加量)が互いに異なる3種類のドープ液(比較例2〜4)と水分もLiClも含有しないドープ液(比較例1)を作製した。なお、それら実施例1〜4及び比較例1〜4の8種類のドープ液を作製する際には、シェイカーを使用して、クモ糸タンパク質を5時間掛けてDMSO溶媒に溶解させた後、ゴミと泡を取り除いた。この処理はすべて相対湿度1.3%RH以下のドライルームで行った。保存も相対湿度1.3%RH以下のドライルームで行った。そして、それら実施例1〜4のドープ液と比較例1〜4のドープ液のそれぞれの粘度を、温度25℃、で測定した。それらの結果を下記表1と
図1に示した。
【0047】
【表1】
【0048】
表1及び
図1から明らかなとおり、LiClを含有する実施例1〜4のドープ液では、水分含有量が低いほど粘度が高く、水分含有量0質量%の実施例1の粘度が最も高くなっている。LiClを含まない比較例1〜4のドープ液も、水分含有量が低いほど粘度が高くなっているものの、実施例1〜4と比較例1〜4との間で同じ水分含有量同士のものを比較した場合、前者の方が後者よりも粘度が高く、しかも、水分含有量の低下に伴う粘度の上昇率の大きさも、前者の方が、後者に比して同等以上となっている。このことから、ドープ液中の水分含有量を減らすことによって粘度を高めることができ、その上、ドープ液にLiClを添加することによって、粘度をより高く維持し得ることが確認できた。なお、実施例1〜4のドープ液を用いたときに安定した紡糸やキャスティングができることも確認した。
【0049】
また、実施例4と比較例1とを比較した場合、それらの粘度が互いに略同程度の大きさとなっている。これは、ドープ液中の水分含有量とLiCl含有量とを共にゼロとすれば、水分含有量が3.0質量%でLiCl含有量が4.0w/v%であるドープ液と粘度が同程度の大きさのドープ液が得られることを示している。このことから、所望の粘度を有するドープ液を製造する際には、ドープ液中の水分含有量を減らすことによって、ドープ液への無機塩の添加量をも減少させ得ることが確認できた。
【0050】
<実験2>
この実験は、水分の有無及びLiCl含有量の違いと粘度との関係を調べた。前述のようにして得られた絶乾状態のクモ糸タンパク質(粉体)を、予め所定量ずつ準備しておいた3つのDMSO溶媒に濃度15質量%の割合で溶かす一方、それら3つのクモ糸タンパク質を溶解したDMSO溶媒に、下記表2に示すようにLiCl(無機塩)を添加して、水分含有量がゼロでかつLiCl含有量が互いに異なる3種類のドープ液(実施例5〜7)を作製した。それら3種類のドープ液(実施例5〜7)の作製は、相対湿度1.3%RH以下のドライルームで行った。保存も相対湿度1.3%RH以下のドライルームで行った。また、それらとは別に、前述のようにして得られた絶乾状態のクモ糸タンパク質(粉体)を、予め所定量ずつ準備しておいた3つのDMSO溶媒に濃度15質量%の割合で溶かす一方、それら3つのクモ糸タンパク質を溶解したDMSO溶媒に、下記表2に示すように水分とLiCl(無機塩)を添加して、水分含有量が3質量%でかつLiCl含有量が互いに異なる3種類のドープ液(比較例5、実施例8及び9)を製造した。その後、作製された実施例5〜9と比較例5の6種類のドープ液のそれぞれの粘度を、温度25℃で測定した。それらの結果を下記表2と
図2に示した。
【0051】
【表2】
【0052】
表2及び
図2から明らかなとおり、ドープ液中の水分含有量を減らせば、ドープ液の粘度を高めることができ、また、ドープ液中に水分が混入しても、より多くのLiClを添加すれば目的粘度のドープ液が得られることが確認できた。これは、ドープ液中の水分含有量や無機塩含有量を変えることによって、ドープ液の粘度を容易に所望の粘度に為し得ることを如実に示している。
【0053】
<実験3>
この実験は、ドープ液のH
2O/LiClのモル比と粘度の関係を温度別に調べた。前述のようにして得られた実施例8及び9と比較例5の3種類のドープ液を用い、それら3種類のドープ液の粘度を25℃、30℃、40℃、50℃、60℃、70℃の温度でそれぞれ測定した。結果は
図3に示すとおりである。
【0054】
図3から明らかなように、H
2O/LiClのモル比が2.5以下となるように制御すれば、ドープ液中のLiCl含有量や水分含有量の変化による粘度の変動量をより大きく為すことができ、それによって、単に、ドープ液中のLiCl含有量や水分含有量を変えるだけで、ドープ液の粘度を容易に所望の値と為すことができる。
【0055】
<実験4>
この実験は、ドープ液のH
2O/CaCl
2のモル比と粘度の関係を温度別に調べた。LiClの代わりにCaCl
2を無機塩として用いる以外は、前記実施例8、9、及び比較例5の3種類のドープ液を作製する際と同様な方法により3種類のドープ液(実施例10、比較例6、比較例7)を作製し、その後、3.0質量%の水分と1.0w/v%のCaCl
2を含むドープ液(比較例6)と、3.0質量%の水分と4.0w/v%のCaCl
2を含むドープ液(比較例7)と、3.0質量%の水分と8.0w/v%のCaCl
2を含むドープ液(実施例10)の3種類のドープ液の粘度を25℃、30℃、40℃、50℃、60℃、70℃の温度でそれぞれ測定した。結果は
図4に示すとおりである。比較例6、比較例7及び実施例10のドープ液のH
2O/CaCl
2のモル比を下記表3に示した。
【0056】
【表3】
【0057】
図4から明らかなように、H
2O/CaCl
2のモル比が5.0以下となるように制御すれば、ドープ液中のCaCl
2含有量や水分含有量の変化による粘度の変動量をより大きく為すことができ、それによって、単に、ドープ液中のCaCl
2含有量や水分含有量を変えるだけで、ドープ液の粘度を容易に所望の値と為すことができる。