特許第6856871号(P6856871)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6856871固体高分子形燃料電池用セパレータ部品および固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6856871
(24)【登録日】2021年3月23日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池用セパレータ部品および固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/021 20160101AFI20210405BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20210405BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210405BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20210405BHJP
【FI】
   H01M8/021
   H01M8/10
   C22C38/00 302Z
   !C22C38/44
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-95948(P2017-95948)
(22)【出願日】2017年5月12日
(65)【公開番号】特開2017-208336(P2017-208336A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2020年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2016-96624(P2016-96624)
(32)【優先日】2016年5月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 昌信
(72)【発明者】
【氏名】吉野 一郎
【審査官】 馳平 憲一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−339569(JP,A)
【文献】 特開2009−167502(JP,A)
【文献】 特開平05−117813(JP,A)
【文献】 特開平08−283915(JP,A)
【文献】 特開2009−123376(JP,A)
【文献】 特開2005−190866(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00−8/02
8/08−8/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
含有される酸素量が質量%で30ppm以下であり、かつ結晶粒径が3.0μm以下である結晶粒の占める割合が全結晶粒に対して60%以上であるオーステナイト系ステンレス鋼製の固体高分子形燃料電池用セパレータ素材の表面に窒化チタン粒子を含有するスチレンブタジエンゴムが具備されていることを特徴とする固体高分子形燃料電池用セパレータ部品。
【請求項2】
請求項1に記載の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法であって、前記オーステナイト系ステンレス鋼の表面を常圧の雰囲気下で80℃以上220℃以下の温度範囲で加熱した状態で、前記スチレンブタジエンゴムを前記オーステナイト系ステンレス鋼の表面に付着させることを特徴とする固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法。
【請求項3】
前記オーステナイト系ステンレス鋼の表面を80℃以上100℃以下の温度範囲で加熱した後、150℃以上220℃以下の温度範囲まで昇温することで前記オーステナイト系ステンレス鋼の表面を段階的に加熱することを特徴とする請求項2に記載の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に車輌、船舶、航空機などの乗物に搭載され、または企業や一般家庭で使用されている燃料電池、特に固体高分子形燃料電池に用いるセパレータ素材、当該素材を用いた固体高分子形燃料電池用セパレータ部品および固体高分子形燃料電池用セパレータの部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車やバスの電源として搭載されている燃料電池や一般家庭向けの電源として提供されている燃料電池は、その多くが固体高分子形燃料電池(PEFCまたはPEMFC)である。固体高分子形燃料電池は、りん酸形燃料電池など他の燃料電池に比べて小形かつ軽量化が可能であり、起動時の操作が比較的に容易であることから各産業分野でその普及が進みつつある。そのため固体高分子形燃料電池を構成するセパレータとしては、良好な電気伝導性に加えて、酸における耐食性や加工時における成形性などの諸特性が求められている。
【0003】
例えば、特許文献1ではステンレス鋼製の燃料電池用セパレータとして平均結晶粒径が1〜40μmの範囲のオーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。オーステナイト系ステンレス鋼板の平均結晶粒径を一定範囲に規定することで、適度な寸法精度と成形性が確保できることが説明されている。
【0004】
また、特許文献2にも特許文献1と同様に燃料電池用セパレータ素材としてオーステナイト系ステンレス鋼材の化学成分が開示されている。特に、鋼材中の酸素(O)濃度については酸化物の生成を抑制、中でも鋼材中の硫黄(S)と結合することを阻止する観点から比較的に低濃度であることで求められている。これにより、高温雰囲気中における燃料電池用セパレータ素材の耐酸化特性と電気伝導性を実現できることが説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−339569号公報
【特許文献2】特開平11−293941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に開示されているPEFC(固体高分子形燃料電池)用ステンレス鋼製セパレータでは、模擬PEFC環境中(低pHやフッ化物イオンの雰囲気)におけるステンレス鋼の耐食性についてのみ開示されており、通常のステンレス鋼の腐食の起点となる鋼中の介在物(酸化物や硫化物)や鋼中の酸素濃度の影響や実際のPEFCの環境下でのステンレス鋼製セパレータの耐食性については何ら開示されていない。
【0007】
また、特許文献2に開示されているPEFC(固体高分子形燃料電池)用ステンレス鋼製のセパレータでは、腐食の起点となる鋼中の酸化物や硫化物の影響について、873K 以上の高温酸化雰囲気におけるステンレス鋼の耐食性に限定しており、PEFCの作動温度である353K付近でのステンレス鋼の耐食性やステンレス鋼を薄肉化した際の強度や加工性については何ら開示されていない。
【0008】
そこで、本発明においては燃料電池用途のセパレータとして求められる所望の電気伝導性および耐食性を兼ね備えた燃料電池用セパレータ部品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述した課題を解決するために、本発明者はステンレス鋼製の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品であって、このステンレス鋼の結晶粒径について3.0μm以下の結晶粒径が全体に対して占める割合を60%以上とする。また、ステンレス鋼がオーステナイト系ステンレス鋼である場合には、当該ステンレス鋼に含有される酸素量を質量%で30ppm以下とする固体高分子形燃料電池用セパレータ部品とする。
【0010】
また、前述の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の表面に窒化チタン粒子(以下、「TiN」という)を含有するスチレンブタジエンゴム(以下、「SBR」という)を付着させる固体高分子形燃料電池用セパレータとすることもできる。
【0011】
固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法としては、ステンレス鋼の表面を常圧の雰囲気下で80℃以上220℃以下の温度範囲で加熱した状態でTiN粒子を含むSBRを密着させることができる。また、ステンレス鋼の表面を80℃以上100℃以下の温度範囲で加熱した後、150℃以上220℃以下の温度範囲まで昇温することで前記ステンレス鋼の表面を段階的に加熱しても構わない。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る固体高分子形燃料電池用セパレータ部品とすることで、燃料電池用途のセパレータとして求められる所望の電気伝導性および耐食性の両立を図ることができる。また、本発明の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品の製造方法は常圧雰囲気の中で、かつ200℃前後の加熱温度で素材(ステンレス鋼)にTiN粒子を含むSBRを付着するので、比較的に低コストでセパレータ部品を製造できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1における本発明材1、2および比較材1〜3をそれぞれ別個に組み込んだ各セルにおける500時間までの発電試験結果である。
図2】ステンレス鋼の表面にTiN粒子を含むSBRを付着させた状態を示すSEM写真である。
図3】実施例2における本発明材1〜4および比較材としての樹脂含浸黒鉛材(比較材4)をそれぞれ別個に組み込んだ各セルにおける500時間までの発電試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態の一例について説明する。本発明の固体高分子形燃料電池用セパレータ部品は、ステンレス鋼製とし、鋼種としては例えばオーステナイト系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼などが適用できる。
【0015】
また、ステンレス鋼の結晶粒径については、3.0μm以下の結晶粒径が全体に対して占める割合を60%以上とする。ステンレス鋼の結晶粒径の割合を規定した理由は、3.0μm以下の結晶粒径が全体に対して占める割合が60%未満になると、素材たるステンレス鋼をセパレータに加工する特性は向上する(加工しやすくなる)が、セパレータ部品の素材としての材料強度が低下する、もしくは加工工程においてスプリングバックを考慮した金型設計が必要になるためである。
【0016】
さらに、ステンレス鋼の鋼種がオーステナイト系ステンレス鋼の場合には、当該ステンレス鋼に含有される酸素(O)量は質量%で30ppm以下とする。オーステナイト系ステンレス鋼に含有される酸素量の上限を30ppmに規定した理由は、オーステナイト系ステンレス鋼の酸素量が30ppmを超えるとオーステナイト系ステンレス鋼中の酸化物系介在物が増加することでセパレータ部品としての耐食性が低下し、ひいてはセパレータとしての発電効率の低下につながるためである。
【0017】
セパレータ部品の素材(原材料)であるステンレス鋼の表面を改質する方法としては、金メッキ等の貴金属メッキ法やCVD法やPVD法によるカーボンや窒化物の被覆、熱窒化法によるクロム窒化物を析出させる方法がある。しかし、表面を改質する際に用いる装置や工程が複雑であることから、本発明では簡便な泳動電着法によりステンレス鋼の表面にTiN粒子を具備(含有)したSBRを付着させることとした。
【0018】
これにより、電極基板となるガス拡散層(以下、「GDL」という)との接触抵抗の低減を図ることができる。ここで泳動電着法とは、導電性粒子を分散させた分散浴中に2枚の電極を浸漬した状態で、これら2枚の電極間に電圧を印加することにより一方の電極上に導電性粒子を吸着、堆積させる方法をいうものとする。
【0019】
上述の泳動電着法に使用する分散浴には、例えば分散媒として2−プロパノール、導電性粒子としては平均粒径が50nmのTiN粒子、ゴム系のバインダーとしてはSBRをそれぞれ選定することができる。当該分散媒中にはTiN粒子を0.050wt%、SBRを0.074wt%の割合で加えた後、超音波振動によりTiN粒子およびSBRを分散媒中に充分に分散させたものを分散浴とすることができる。
【実施例1】
【0020】
本発明材(2水準)および比較材(3水準)をそれぞれ別個のセルに組み込んでセパレータとしての発電試験を行ったので、その試験結果について図面を用いて説明する。本試験に用いた供試材は、まず本発明材としてステンレス鋼に含有される酸素量が重量%で30ppm以下のSUS316L鋼に対して結晶粒を微細化させたものを用いた(本発明材1〜2の酸素量はすべて22ppm)。本発明材1は表2に示すように結晶粒を微細化させた結果、平均結晶粒径が1.5μm、全結晶粒に対して結晶粒径が3.0μm以下である結晶粒の占める割合が96%である供試材である。本発明材2は平均結晶粒径が2.9μm、全結晶粒に対して結晶粒径が3.0μm以下である結晶粒の占める割合が63%である供試材である。
【0021】
これに対して、結晶粒微細化させていない供試材(以下、「比較材1」という)、ステンレス鋼に含有される酸素量が重量%で30ppm以上のSUS316L鋼に対して結晶粒を微細化させていない供試材(以下、「比較材2」という)および結晶粒を微細化させた供試材(以下、「比較材3」という)を比較材1〜3とした。本試験に用いた供試材の化学組成(単位:重量%)を表1に、供試材の平均結晶粒径などを表2に、供試材の仕様および試験条件を表3にそれぞれ示す。
【0022】
【表1】
【0023】
【表2】
【0024】
【表3】
【0025】
なお、供試材の厚さ(板厚)は本発明材1、2および比較材3が0.07mm、比較材1および2は0.10mmとした。
【0026】
本発明材1、2および比較材1〜3のいずれについてのセパレータ部品の溝深さは、流路形成材と流路底板の溝深さが0.5mmとなるように流路底板の溝深さを設定し、当該流路底板に機械加工によりサーペンタイン流路を成型した。また、本発電試験において流路形成材と流路底板が接する面には流路形成材側に接触抵抗を低減する金メッキ処理を施した。
【0027】
本発明材1、2および比較材1〜3をそれぞれ別個に組み込んだ各セルにおける500時間までの発電試験結果を図1に示す。本試験中における発電試験中のセル電圧の経時変化を図1に示すグラフより直線近似して、本発明材1、2および比較材1〜3の発電開始時のセル電圧と平均セル電圧低下速度を求めた。その結果、発電開始時のセル電圧は本発明材1では約0.64V、本発明材2では約0.67V、比較材1、2では約0.62V、比較材3では約0.65Vであった。また、平均セル電圧低下速度を比較すると、本発明材1は0.23×10−4Vh−1、本発明材2は0.25×10−4Vh−1、比較材1は0.19×10−4Vh−1、比較材2は0.29×10−4Vh−1、比較材3は0.46×10−4Vh−1であった。
【0028】
比較材1と2の電圧低下速度を比較すると、酸素低減化処理を施した比較材1は酸素低減処理をしていない比較材2よりも優れていた。セパレータの薄肉化によるスタックのコンパクト化を目的とし、比較材1および比較材2に対して酸素低減処理および結晶粒微細加工を施した本発明材1および2は、酸素低減化処理をしていない比較材3に対して電圧低下速度が優れていた。
【0029】
また、発電試験後にそれぞれのセルを分解して、本発明材1、2および比較材1〜3の各セパレータの表面を光学顕微鏡で観察した。その結果、本発明材1、2はアノード側およびカソード側の両極においてセパレータ部品の表面には腐食痕は観察されなかった。また、比較材1〜3のアノード側のセパレータ部品の表面も同様に腐食痕は観察されなかった。これに対して、比較材2、3のカソード側のセパレータ部品の表面全体は均一に腐食していた。
【0030】
これは、素材であるステンレス鋼中の酸化物系介在物の影響が原因の一つとして考えられる。すなわち、本発明材1、2および比較材1は酸素低減化処理したことにより腐食の起点となるステンレス鋼中の酸化物系介在物が比較材2の約50%まで低減した。このことにより、発電試験中にステンレス鋼中の不純物の溶出が抑制され、本発明材1、2および比較材1と比較材2、3の耐食性に差異がでたものと思われる。
【0031】
以上より、本発明材(板厚=0.07mm)は比較材(板厚=0.10mm)よりも板厚を薄くしても耐食性を保った状態で同等の発電効率を得ることができるので、所定の容量のセルスタック内にはより多い枚数のセパレータを収容することができる。その結果、燃料電池として高電圧を出力することが可能になる。もしくは同じ電圧を出力するための燃料電池スタックの容量を小型化することができる。
【実施例2】
【0032】
次に、本発明材1および2の表面に電着処理を行った供試材(以下、「本発明材3、4」という)をそれぞれ別個のセルに組み込んで発電試験を行った。同時に、比較材として樹脂含浸黒鉛材(比較材4)をセパレータとして組込だセルの発電試験も行ったので、それらの試験結果について図面を用いて説明する。
【0033】
本発明材3、4は表面処理として泳動電着法によりステンレス鋼の表面にTiN粒子を含有するSBRを付着させることによりGDLとの接触抵抗の改善を行ったものである。具体的には、本発明材1および2に対してTiN粒子を含むSBR分散浴(分散媒:2−プロパノール、導電性粒子:TiN(平均粒径は50nm)0.050wt%、ゴム系バインダー:SBRバインダー0.074wt%)中に浸漬させた状態で、対極にSUS304鋼を使用して所定の電圧を印加した。
【0034】
次に、本発明材1および2を大気中にて353K(80℃)の温度で加熱した後、453K(180℃)まで昇温して再度加熱することで乾燥させて、本発明材3、4を作製した。ステンレス鋼の表面にTiN粒子を含むSBRを付着させた状態の一例(SEM写真)を図2に示す。
【0035】
本実施例の試験条件は、実施例1と同様に表2に示す条件で行った。本発明材1〜4、比較材4をそれぞれ別個に組み込んだ各セルにおける500時間までの発電試験結果を図3に示す。
【0036】
本発電試験中のセル電圧の経時変化を図3に示すグラフより直線近似し、本発明材1〜4および比較材4をセパレータとして組込だセルの発電開始時のセル電圧を比較した結果、本発明材1では約0.64V、本発明材2では約0.67V、本発明材3では約0.66V、本発明材4では約0.66V、比較材4では0.66Vであった。
【0037】
本発明材1および2に表面処理を行なうことで発電開始時のセル電圧がベンチマークとなる比較材4(樹脂含浸黒鉛材)と同等となった。また、発電試験後に各セルを分解して、セパレータの表面を光学顕微鏡で観察した。その結果、本発明材3、4の表面のTiN粒子を具備するSBRは発電試験中に剥離することなく、ステンレス鋼の表面における腐食も確認されなかった。
図1
図2
図3