特許第6856886号(P6856886)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6856886
(24)【登録日】2021年3月23日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】鉄基軟磁性材料及び鉄基軟磁性コア
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20210405BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20210405BHJP
   H01F 27/24 20060101ALI20210405BHJP
   H02K 1/02 20060101ALI20210405BHJP
   C22C 33/02 20060101ALN20210405BHJP
【FI】
   C22C38/00 303S
   H01F1/147
   H01F27/24 Z
   H02K1/02 Z
   !C22C33/02 L
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-234328(P2016-234328)
(22)【出願日】2016年12月1日
(65)【公開番号】特開2018-90850(P2018-90850A)
(43)【公開日】2018年6月14日
【審査請求日】2019年11月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】アイシン精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000213
【氏名又は名称】特許業務法人プロスペック特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塚原 誠
(72)【発明者】
【氏名】岡田 則和
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特許第133862(JP,C2)
【文献】 特開2015−061052(JP,A)
【文献】 特開2006−152354(JP,A)
【文献】 特開2003−257722(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第104200946(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00−45/10
H01F 1/12− 1/38, 1/44
H02K 1/00− 1/16
H02K 1/18− 1/26
H02K 1/28− 1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルと、前記セルの境界に存在し且つ少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相と、を含む構造を有する鉄基軟磁性材料であって、
前記鉄基軟磁性材料に含有される鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及び少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)のそれぞれの含有率の組み合わせが、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及びカルコゲン(Ch)の原子濃度の三元組成図において、97.5at%Fe−0.8at%Al−1.7at%Chを表すA点、67.9at%Fe−30.3at%Al−1.8at%Chを表すB点、56.0at%Fe−32.0at%Al−12.0at%Chを表すC点、及び83.4at%Fe−5.0at%Al−11.6at%Chを表すD点によって囲まれる領域である特定領域に対応する組み合わせであり、
前記母相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記母相における鉄(Fe)の含有率が70at%以上であり、
前記セル境界相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記セル境界相におけるアルミニウム(Al)の含有率と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)の含有率との合計が60at%以上である、
鉄基軟磁性材料
【請求項2】
請求項1に記載の鉄基軟磁性材料であって、
前記セル境界相に含まれる前記カルコゲン化物が、鉄(Fe)とアルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなる六方晶のカルコゲン化物である第1カルコゲン化物及びアルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物である第2カルコゲン化物からなる群より選ばれる少なくとも何れか一方のカルコゲン化物である、
鉄基軟磁性材料。
【請求項3】
請求項に記載の鉄基軟磁性材料であって、
前記第1カルコゲン化物が、組成式FeAlによって表される化合物を含む非化学量論的化合物であり、
前記第2カルコゲン化物が、硫化アルミニウム(Al)である、
鉄基軟磁性材料。
【請求項4】
請求項1乃至請求項の何れか1項に記載の鉄基軟磁性材料であって、
断面観察によって測定される前記セルの長手方向に直交する方向における前記セルの寸法が200μm以下である、
鉄基軟磁性材料。
【請求項5】
請求項1乃至請求項の何れか1項に記載の鉄基軟磁性材料によって構成される鉄基軟磁性コア。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基軟磁性材料及び鉄基軟磁性コアに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄基軟磁性材料は、例えばモータ、トランス及びリアクトル等のコアを構成する材料として広く使用されている。コアに交流磁場を印加すると渦電流が発生する。この渦電流に起因する電気エネルギー損失(渦電流損失)を低減するためには、鉄を主成分とする母相が小さい領域(1つ又は複数の結晶粒によって構成されるセル)に分割されており且つ個々のセルが電気的に絶縁されていることが望ましい。このように個々のセルを電気的に絶縁するためには、高い電気抵抗を有する物質によってセル境界相を形成させることが望ましい。このように個々のセルがセル境界相によって覆われている構造は「セルウォール構造」と称される。
【0003】
そこで、当該技術分野においては、金属軟磁性材と高固有抵抗物質の構成元素からなる粉末とを成形・焼結又は熔解・鋳造することにより、高固有抵抗物質によって金属軟磁性材が互いに独立しており且つ連続体である組織を呈する複合軟磁性材料を得ることが提案されている(例えば、特許文献1を参照)。或いは、熔解・鋳造において鋳造品の表層を所定の冷却速度にて冷却してネットワーク状に硫化鉄(II)(FeS)(以降、単に「硫化鉄」と称される)を晶出させることにより、鉄−珪素合金(Fe−Si)又は鉄−コバルト合金(Fe−Co)からなる金属強磁性体相が硫化鉄からなる半導体相によって分け隔てられた構造からなる磁心材料を得ることが提案されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0004】
これらの従来技術によれば、上述したセルウォール構造により、軟磁性材料からなる成形品における渦電流損失を低減することができる。これらの従来技術に係る軟磁性材料において個々のセルを電気的に絶縁するセル境界相を構成する材料としては、硫化鉄が挙げられている。しかしながら、硫化鉄の電気抵抗は十分に高くなく、硫化鉄によって構成されるセル境界相の電気抵抗は、渦電流損失を十分に低減するには不十分である。
【0005】
更に、鉄を主成分とする母相からなるセル、並びにバナジウム及びクロムのうちの少なくとも何れか一方と鉄と硫黄とを含むセル境界相を備え、母相を構成するセルの境界に沿って、セル境界相によって母相が仕切られていることを特徴とする軟磁性材料も提案されている(例えば、特許文献3を参照。)。これによれば、良好な磁性を保持しつつ、低コスト化を図ると共に、高い電気抵抗を有し且つ渦電流損失が発生し難い軟磁性材料を提供することができる。しかしながら、このような組成を有する鉄基軟磁性材料において形成されるセル境界相の電気抵抗は、渦電流損失を十分に低減するには不十分である。
【0006】
加えて、鉄を主成分とする母相と、モリブデン及びタングステンのうちの少なくともいずれか一方と鉄と硫黄とを含み、母相を構成するセルの境界に沿ってセルを仕切るセル境界相と、を備えた鉄基軟磁性材料が提案されている(例えば、特許文献4を参照。)。これによれば、良好な磁性を保持しつつ、低コスト化を図ると共に、高い電気抵抗を有し且つ渦電流損失が発生し難い鉄基軟磁性材料を提供することができる。しかしながら、このような組成を有する鉄基軟磁性材料においてセルウォール構造を達成するためには、構成材料を熔解させて溶湯とした後に急冷凝固させる際の温度条件等の厳密な制御が必要とされる。また、形成されるセル境界相の電気抵抗を高めることが困難である。
【0007】
ところで、近年、鉄を主成分とする母相と、母相の結晶粒界(母相を構成する結晶粒と結晶粒との間の境界)に存在し銅を含む硫化物を主成分とする粒界相(セル境界相)と、を備えた鉄基軟磁性材料が提案されている(例えば、特許文献5を参照)。これによれば、銅を含む硫化物が主成分として粒界相に含有されているため、鉄基軟磁性材料の電気抵抗(比抵抗)を高めることができる。その結果、上述したものを始めとする従来技術に係る軟磁性材料に比べて、渦電流損失を更に低減することができる。
【0008】
上記「銅を含む硫化物」は、従来技術に係る軟磁性材料においてセル境界相を構成する材料に比べて、より高い電気抵抗を有する。例えば、CuFeS及びCuSの体積固有抵抗(電気抵抗率)は、それぞれ10−5〜1.6[Ω・m]及び10−4〜2.3×10[Ω・m]であり(例えば、非特許文献1を参照)、半導体の域を出ない。従って、鉄基軟磁性材料を構成する個々のセルを電気的に絶縁することにより渦電流に起因する電気エネルギー損失(渦電流損失)を更に低減するためには、更に高い電気抵抗を有する材料によってセル境界相を構成することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−327762号公報
【特許文献2】特開2005−347430号公報
【特許文献3】特開2014−049639号公報
【特許文献4】特開2015−046506号公報
【特許文献5】特開2016−027621号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Electrical and Magnetic Properties of Sulfides, Carolyn I. Pearce, Richard A.D. Pattrick, David J. Vaughan, Reviews in Mineralogy & Geochemistry, Vol. 61, pp. 127−180, 2006
【非特許文献2】High−pressure spinel type Al2S3 and MnAl2S4, P.C. Donohue, Journal of Solid State Chemistry, Volume 2, Issue 1, June 1970, Pages 6−8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述したように、当該技術分野においては、鉄基軟磁性材料において微小なセルを生成させたり高い電気抵抗を有するセル境界相によってセルウォール構造を達成したりすることを目的として、種々の技術が提案されている。しかしながら、これらの従来技術においては、更に高い電気抵抗を有するセル境界相により渦電流損失を更に低減する余地が未だ残されている。
【0012】
本発明は、上記課題に対処するためになされたものである。即ち、本発明は、渦電流損失を更に低減することができる鉄基軟磁性材料を提供することを1つの目的とする。更に、本発明は、上記のような鉄基軟磁性材料によって構成された鉄基軟磁性コアを提供することをもう1つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そこで、本発明者は、鋭意研究の結果、鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)と、を主成分とする鉄基軟磁性材料において、鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルと、当該セルの境界に存在し且つ少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相と、を含むセルウォール構造を達成することにより、渦電流損失を更に低減することができることを見出した。
【0014】
上記に鑑み、本発明に係る鉄基軟磁性材料(以下、「本発明材料」と称される場合がある。)は、鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルと、前記セルの境界に存在し且つ少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相と、を含む構造を有する鉄基軟磁性材料である。
【0015】
本発明の1つの側面において、前記母相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記母相における鉄(Fe)の含有率が70at%以上であり、前記セル境界相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記セル境界相におけるアルミニウム(Al)の含有率と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)の含有率との合計が60at%以上である。
【0016】
本発明のもう1つの側面において、前記セル境界相に含まれる前記カルコゲン化物が、鉄(Fe)とアルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなる六方晶のカルコゲン化物である第1カルコゲン化物及びアルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物である第2カルコゲン化物からなる群より選ばれる少なくとも何れか一方のカルコゲン化物である。
【0017】
本発明の更にもう1つの側面において、前記第1カルコゲン化物が、組成式FeAlによって表される化合物を含む非化学量論的化合物であり、前記第2カルコゲン化物が、硫化アルミニウム(Al)である。
【0018】
本発明の更にもう1つの側面において、前記鉄基軟磁性材料に含有される鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及び少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)のそれぞれの含有率の組み合わせが、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及びカルコゲン(Ch)の原子濃度の三元組成図における以下のA点乃至D点によって囲まれる領域である特定領域に対応する組み合わせである。
【0019】
A点:97.5at%Fe−0.8at%Al−1.7at%Ch
B点:67.9at%Fe−30.3at%Al−1.8at%Ch
C点:56.0at%Fe−32.0at%Al−12.0at%Ch
D点:83.4at%Fe−5.0at%Al−11.6at%Ch
【0020】
本発明の更にもう1つの側面において、断面観察によって測定される前記セルの長手方向に直交する方向における前記セルの寸法が200μm以下である。
【0021】
加えて、本発明に係るコア(以下、「本発明コア」と称される場合がある。)は、上述した本発明材料によって構成される鉄基軟磁性コアである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)と、を主成分とする鉄基軟磁性材料において、鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルと、当該セルの境界に存在し且つ少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相と、を含むセルウォール構造を達成することにより、渦電流損失を更に低減することができる。
【0023】
本発明の他の目的、他の特徴及び付随する利点は、以下の図面を参照しつつ記述される本発明の各実施形態についての説明から容易に理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の第1実施形態に係る鉄基軟磁性材料(第1方法)の製造方法の一例に含まれる各工程を示すためのフローチャートである。
図2】本発明の第5実施形態に係る鉄基軟磁性材料(第5材料)における鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)と、のそれぞれの含有率の組み合わせの範囲を示す三元組成図である。
図3】本発明の実施例に係る鉄基軟磁性材料サンプル(試料#1)の研磨断面の電子顕微鏡写真(BSE像)である。
図4】実施例において母相及びセル境界相の電気抵抗値を測定した箇所を示す試料#1の研磨断面の電子顕微鏡写真である。
図5図4に示した箇所における電気抵抗値の測定の様子を示す試料#1の研磨断面の電子顕微鏡写真である。
図6】実施例において母相及びセル境界相の元素分析を実施した箇所を示す試料#1の研磨断面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
《第1実施形態》
以下、図面を参照しながら本発明の第1実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第1材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0026】
〈組成及び構造〉
第1材料は、鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)と、を主成分とする鉄基軟磁性材料である。第1材料は、鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルと、前記セルの境界に存在し且つ少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相と、を含む構造を有する。即ち、第1材料は、個々のセルがセル境界相によって覆われている「セルウォール構造」を有する。
【0027】
母相の主成分である「鉄(Fe)」は必ずしも純鉄に限定されるものではなく、例えば、純鉄、鉄−珪素合金、鉄−コバルト合金、鉄−アルミニウム合金、鉄−珪素−アルミニウム合金、及び鉄−ニッケル合金からなる群より選択される少なくとも1種を母相の主成分とすることができる。特に、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び珪素(Si)は、鉄の一部として鉄の組成に含まれていてもよい(固溶されていてもよい)。更に、母相の主成分である「鉄」は、結果として得られる鉄基軟磁性材料の磁気特性に対する悪影響を及ぼさない限りにおいて、例えば窒素(N)及び/又は酸素(O)等の不純物を僅かに(例えば、1質量%未満)含有していてもよい。
【0028】
また、母相からなるセルの境界に存在するセル境界相の主成分である「カルコゲン化物」は、少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物である限り特に限定されない。このようなカルコゲン化物は、前述した硫化鉄(FeS)のみならず、前述した「銅を含む硫化物」(例えば、CuFeS及びCuS等)よりも、更に高い体積固有抵抗を有する。尚、カルコゲン化物の具体例については、本発明の他の実施形態に関する説明において詳細に後述される。
【0029】
更に、第1材料は、結果として得られる鉄基軟磁性材料の磁気特性に対する悪影響を及ぼさない限りにおいて、珪素(Si)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ジルコニウム(Zr)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、及びタングステン(W)からなる群より選択される少なくとも1種の元素を、上記に加えて、母相及び/又はセル境界相に含んでいてもよい。加えて、第1材料は、上記の他に、不可避的な不純物を更に含んでいてもよい。
【0030】
母相の結晶構造もまた、結果として得られる鉄基軟磁性材料の磁気特性に対する悪影響を及ぼさない限りにおいて特に限定されず、例えば体心立方格子構造、B2構造、D03構造及びL2構造(ホイスラー構造)等の何れの構造を有していてもよい。
【0031】
一方、鉄基軟磁性材料における渦電流損失を低減する観点からは、鉄(Fe)を主成分として含む母相からなるセルの大きさはできる限り小さい(即ち、より微細に母相が分割されている)ことが望ましい。セルの大きさについてもまた、本発明の他の実施形態に関する説明において詳細に後述される。
【0032】
〈製造方法〉
第1材料は、例えば、図1に示すように、以下に列挙する各工程を含む製造方法によって製造することができる。但し、以下に示す製造方法は第1材料の製造方法の1つの具体例に過ぎず、第1材料の製造方法は下記に限定されない。
【0033】
第1工程(ステップS01):鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)を秤量する。尚、カルコゲン(Ch)の供給源であるカルコゲン源として、鉄(Fe)のカルコゲン化合物、アルミニウム(Al)のカルコゲン化合物、並びに鉄(Fe)及び/又はアルミニウム(Al)の複合カルコゲン化合物等を使用してもよい。
【0034】
具体的には、鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とを、それぞれが所望の配合率(含有率)となるように、鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)と、を秤量してもよい。或いは、第2工程において各種原料を加熱して熔解させて溶湯を生成させる過程におけるカルコゲン(Ch)の蒸発を低減することを目的として、例えば、カルコゲン(Ch)そのもの(単体)ではなく、鉄(Fe)のカルコゲン化物、アルミニウム(Al)のカルコゲン化物、及び/又は鉄(Fe)及びアルミニウム(Al)の複合カルコゲン化物等を使用してもよい。当然のことながら、後者の場合、カルコゲン化物を構成する鉄(Fe)及び/又はアルミニウム(Al)もまた、第1材料を構成する鉄(Fe)及び/又はアルミニウム(Al)の配合率に算入される。
【0035】
第2工程(ステップS02):上記第1工程において秤量された鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、カルコゲン源と、を加熱して熔解させることにより溶湯とする。
【0036】
この第2工程は、第1材料を構成する全ての原材料の秤量が完了した後(即ち、ステップS01の実行が完了した後)に実行される。これらの原材料を加熱するための具体的な手段は特に限定されないが、例えば、これらの原材料を収容する坩堝等の容器を熔解炉中に入れ、例えば赤外線ヒータ等の熱源を用いて加熱することができる。また、これらの原材料を加熱する際の周囲環境も特に限定されないが、例えばアルゴンガス(Ar)又は窒素ガス(N)等の不活性雰囲気下において加熱することが望ましい。或いは、これらの原材料を大気雰囲気下において加熱する場合は、例えばフラックスを混ぜる等して、原材料と大気との反応を防ぐことが望ましい。
【0037】
第3工程(ステップS03):上記第2工程において得られた溶湯を所定の降温速度にて冷却して上記溶湯を凝固させることにより鉄基軟磁性材料を得る。
【0038】
この第3工程は、第1材料を構成する全ての原材料が熔解して溶湯となった後(即ち、ステップS02の実行が完了した後)に実行される。上記のように溶湯を冷却して溶湯を凝固させるための具体的な手法は特に限定されないが、例えば、水冷式鋳型への溶湯の注入、溶湯を注入したインベストメント鋳型の低融点金属の溶湯への投入、及び水冷された金属板の表面上への注湯等、種々の手法を採用することができる。
【0039】
〈効果〉
上記のように、第1材料の母相は鉄(Fe)を主成分として含む。従って、第1材料は、鉄基軟磁性材料として良好な磁気特性を発揮することができる。更に、第1材料においては、上述したセルウォール構造が達成されており、少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物を主成分として含むセル境界相が上記母相からなるセルの境界に存在する。
【0040】
上記のように少なくともアルミニウム(Al)を含むカルコゲン化物は、従来技術に係る軟磁性材料においてセル境界相を構成する材料に比べて、より高い電気抵抗を有する。その結果、第1材料によれば、従来技術に係るセルウォール構造を有する軟磁性材料に比べて、渦電流損失を更に低減することができる。
【0041】
ところで、第3工程においては、第2工程において得られた溶湯を所定の降温速度にて冷却して溶湯を凝固させることにより、鉄基軟磁性材料が得られる。この凝固過程においては、鉄を主成分とする母相からなるセルが凝固した後にセル境界相が凝固することによってセルウォール構造が形成される。その結果、凝固過程におけるセル(母相)とセル境界相との間における熱膨張係数の違い等に起因する応力が発生して、セル(母相)に歪みを生じたり、セル境界相にクラック等の欠陥を生じたりする虞がある。
【0042】
セルに歪みが生ずると、例えば第1材料のヒステリシス損失の増大を招く虞がある。一方、セル境界相にクラック等の欠陥が生ずると、例えばセル境界相の電気的絶縁性が低下して、第1材料の渦電流損失の増大を招く虞がある。従って、第1材料のヒステリシス損失及び渦電流損失を低減するためには、セルにおける歪み及びセル境界相にけるクラック等の欠陥を低減することが望ましい。
【0043】
そこで、第1材料の製造方法は、第3工程において得られた鉄基軟磁性材料を所定の温度(例えば、600℃以上の温度)において所定の時間に亘って保持する第4工程を更に含むことができる。
【0044】
これによれば、第3工程において溶湯を冷却して溶湯を凝固させる過程においてセルとセル境界相との間における熱膨張係数の違い等に起因する応力によってセルに生じた歪みを緩和させたり、セル境界相に生じたクラック等の欠陥を消失させたりすることができる。その結果、第1材料のヒステリシス損失及び渦電流損失を低減することができる。
【0045】
《第2実施形態》
以下、本発明の第2実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第2材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0046】
〈組成及び構造〉
第2材料の組成及び構造は、基本的には、上述した第1材料の組成及び構造と同様である。但し、第2材料においては、前記母相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記母相における鉄(Fe)の含有率が70at%以上である。
【0047】
更に、第2材料においては、前記セル境界相に含有される鉄(Fe)と、アルミニウム(Al)と、少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)との合計を100at%とする場合、前記セル境界相におけるアルミニウム(Al)の含有率と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)の含有率との合計が60at%以上である。
【0048】
〈効果〉
第2材料においては、上記のように、母相における鉄(Fe)の含有率が所定値(70at%)以上である。換言すれば、母相におけるアルミニウム(Al)の含有率は30at%未満である。このような組成を有する母相を備える鉄基軟磁性材料は、高い飽和磁化及び高い透磁率を呈する。例えば、15at%のアルミニウム(Al)を鉄(Fe)に固溶させた固溶体(Fe−15at%Al)は、珪素鋼板に匹敵する比透磁率(約60000)を呈する。また、母相におけるアルミニウム(Al)の含有率が20at%以上であり且つ30at%未満である場合、このような組成を有する母相を備える鉄基軟磁性材料は、特に高い透磁率を呈する。これにより、第2材料には、鉄基軟磁性材料として良好な磁気特性をより確実に発揮することができる。
【0049】
更に、第2材料においては、上記のように、セル境界相におけるアルミニウム(Al)及びカルコゲン(Ch)の合計含有率が所定値(60at%)以上である。これにより、セル境界相の電気抵抗をより確実に高めることができる。その結果、渦電流損失をより確実に低減することができる。
【0050】
《第3実施形態》
以下、本発明の第3実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第3材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0051】
〈組成及び構造〉
第3材料の組成及び構造は、上述した第1材料又は第2材料の組成及び構造と基本的には同様である。但し、第3材料においては、前記セル境界相に含まれる前記カルコゲン化物が、第1カルコゲン化物及び第2カルコゲン化物からなる群より選ばれる少なくとも何れか一方のカルコゲン化物である。
【0052】
ここで、第1カルコゲン化物とは、鉄(Fe)とアルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなる六方晶のカルコゲン化物である。一方、第2カルコゲン化物とは、アルミニウム(Al)と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物である。
【0053】
〈効果〉
第3材料においては、上記のように、セル境界相に含まれるカルコゲン化物が、所定の第1カルコゲン化物及び第2カルコゲン化物からなる群より選ばれる。第1カルコゲン化物及び第2カルコゲン化物は何れも、従来技術に係る軟磁性材料においてセル境界相を構成する材料に比べて、より一層高い電気抵抗を有する。その結果、第3材料によれば、従来技術に係るセルウォール構造を有する軟磁性材料に比べて、渦電流損失をより一層低減することができる。
【0054】
《第4実施形態》
以下、本発明の第4実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第4材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0055】
〈組成及び構造〉
第4材料の組成及び構造は、上述した第3材料の組成及び構造と基本的に同様である。但し、第4材料においては、前記第1カルコゲン化物が、組成式FeAlによって表される化合物を含む非化学量論的化合物であり、前記第2カルコゲン化物が、硫化アルミニウム(Al)である。
【0056】
〈効果〉
上記「組成式FeAlによって表される化合物を含む非化学量論的化合物」の体積固有抵抗(電気抵抗率)の具体的数値は不明であるが、例えば、FeAlと同様の結晶構造を有するMnAlの電気抵抗率は1.2×10[Ω・m]である(例えば、非特許文献2を参照)。従って、FeAlの電気抵抗率も同程度であると推定される。また、硫化アルミニウム(Al)の電気抵抗率は1×10[Ω・m]であることが知られている(例えば、非特許文献2を参照)。
【0057】
上記のように、第4材料においては、第1カルコゲン化物及び第2カルコゲン化物が何れも非常に高い電気抵抗率を呈するので、従来技術に係るセルウォール構造を有する軟磁性材料に比べて、渦電流損失を更により一層低減することができる。
【0058】
《第5実施形態》
以下、本発明の第5実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第5材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0059】
〈組成及び構造〉
第5材料の組成及び構造は、上述した第1材料乃至第4材料の組成及び構造と基本的には同様である。但し、第5材料においては、前記鉄基軟磁性材料に含有される鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及び少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)のそれぞれの含有率の組み合わせが、図2の太い実線によって囲まれた領域に示すように、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及びカルコゲン(Ch)の原子濃度の三元組成図における以下のA点乃至D点によって囲まれる領域である特定領域に対応する組み合わせである。
【0060】
A点:97.5at%Fe−0.8at%Al−1.7at%Ch
B点:67.9at%Fe−30.3at%Al−1.8at%Ch
C点:56.0at%Fe−32.0at%Al−12.0at%Ch
D点:83.4at%Fe−5.0at%Al−11.6at%Ch
【0061】
上記三元組成図において、点Aと点Bとを結ぶ直線よりもカルコゲン(Ch)の含有率を高くすることにより、セル境界相を構成する原子の数が相対的に多くなり、十分な厚み及び連続性を有するセル境界相を有するセルウォール構造をより確実に形成することができる。その結果、渦電流損失をより確実に低減することができる。
【0062】
また、点Bと点Cとを結ぶ直線よりもアルミニウム(Al)の含有率を低くすることにより、母相におけるアルミニウム(Al)の含有率が過剰に増大することを回避して、鉄(Fe)の含有率を相対的に高めることができる。その結果、母相の最大磁化及び透磁率が過剰に低下することを回避して、鉄基軟磁性材料として良好な磁気特性をより確実に発揮させることができる。
【0063】
更に、点Cと点Dとを結ぶ直線よりもカルコゲン(Ch)の含有率を低くすることにより、セル境界相を構成する原子の数が過剰に増大して、鉄基軟磁性材料の全体に占めるセル境界相の体積比が過大となることを回避することができる。その結果、鉄基軟磁性材料全体としての最大磁化及び透磁率が過剰に低下することを回避して、鉄基軟磁性材料として良好な磁気特性をより確実に発揮させることができる。
【0064】
加えて、点Dと点Aとを結ぶ直線よりもアルミニウム(Al)の含有率を高くすることにより、セル境界相におけるアルミニウム(Al)の含有率を相対的に高め、鉄(Fe)の含有率を相対的に低く抑えることができる。従って、セル境界相において、高い電気抵抗を有する「少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物」の晶出が相対的に促進される。一方、低い電気抵抗を有するカルコゲン化物(例えば、硫化鉄(FeS)等)の晶出は抑制される。その結果、渦電流損失をより確実に低減することができる。
【0065】
〈効果〉
第5材料においては、上記のように、鉄基軟磁性材料に含有される鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及びカルコゲン(Ch)の含有率が、これらの原子濃度の三元組成図における所定の特定領域に該当するように調製される。これにより、第5材料においては、高い電気抵抗を有するセル境界相と鉄を主成分とする磁性体部分である母相とをバランス良く含むセルウォール構造が形成される。その結果、良好な磁気特性を達成しつつ、渦電流損失を十分に低減することができる。
【0066】
《第6実施形態》
以下、本発明の第6実施形態に係る鉄基軟磁性材料(以下、「第6材料」と称される場合がある。)について説明する。
【0067】
〈構造〉
第5材料の組成及び構造は、上述した第1材料乃至第5材料の組成及び構造と基本的には同様である。但し、第6材料においては、断面観察によって測定される前記セルの長手方向に直交する方向における前記セルの寸法が200μm以下である。
【0068】
〈製造方法〉
上記のような形状を有するセルは、例えば、第3工程の冷却過程における温度分布幅(温度分布の広がり、高温部と低温部との間の温度差)及び/又は温度勾配が大きい状態において溶湯を冷却して凝固させることによって形成することができる。但し、上記製造方法は第6材料の製造方法の1つの具体例に過ぎず、第6材料の製造方法は上記に限定されない。
【0069】
〈効果〉
第6材料によれば、上記のように断面観察によって測定されるセルの長手方向に直交する方向におけるセルの寸法を200μm以下とすることにより、例えば、交流磁場のセルの長手方向に平行な成分によって生ずる渦電流を低減して、渦電流損失を小さくする等の効果を得ることができる。
【0070】
尚、上記のように、第6実施形態に関する説明においては、断面観察によって測定される前記セルの長手方向に直交する方向における前記セルの寸法が200μm以下である場合に渦電流損失を小さくする等の効果を得ることができることを説明した。しかしながら、このような形状をセルが有することは本発明材料の必須の構成要件ではなく、例えば、セルの結晶系がいずれの方向においても寸法が同程度である等軸晶であり、任意の方向におけるセルの寸法が200μm以下であるような形状をセルが有していてもよい。この場合、いずれの方向における磁場の変化に対しても、渦電流を低減することができる。
【0071】
《第7実施形態》
本明細書の冒頭においても述べたように、本発明は、上述した種々の鉄基軟磁性材料のみならず、鉄基軟磁性コアにも関する。以下、本発明の第7実施形態に係る鉄基軟磁性コア(以下、「第7コア」と称される場合がある。)について説明する。
【0072】
〈構成〉
第7コアは、上述した幾つかの実施形態を始めとする本発明の種々の実施形態の何れかに係る鉄基軟磁性材料によって構成される鉄基軟磁性コアである。第7コアの具体的な大きさ及び形状は、当該コアの用途に応じて適宜定めることができる。
【0073】
〈効果〉
上記のように、第7コアは、上述した第1材料乃至第6材料を始めとする本発明材料によって構成される鉄基軟磁性コアである。従って、第7コアは、渦電流損失が少ない、良好な磁気特性を有する鉄基軟磁性コアとすることができる。
【0074】
〈製造方法〉
第7コアの製造方法は、鉄基軟磁性コアの製造方法として当該技術分野において広く採用されている各種方法の中から適宜選択することができる。具体的には、例えば、上述した第1材料の製造方法に含まれる第4工程において溶湯を注入する鋳型を第7コアとして所望の大きさ及び形状に対応したものとしてもよい。或いは、当該第4工程において溶湯を鋳型に注入して得られた成形体を加工して所望の大きさ及び形状を有する第7コアとしてもよい。或いは、これらの製造方法を組み合わせてもよい。更に、必要に応じて、所望の大きさ及び形状に成形・加工された第7コアの表面を絶縁性樹脂等によってコーティングしてもよい。鉄基軟磁性コアの製造方法についての更なる詳細については当業者に周知であるので、これ以上の説明は省略する。
【0075】
ところで、鉄(Fe)とアルミニウム(Al)との合金において、アルミニウム(Al)の含有率が25at%前後である場合、極めて高い耐摩耗性を有する鉄アルミナイド(FeAl)が生成される。また、アルミニウム(Al)の含有率が20at%以下である場合はアルミニウム(Al)が鉄(Fe)に固溶するが、この固溶体は非常に高い硬度を有する。即ち、本発明材料のセルウォール構造を構成するセル(母相)において、このような鉄(Fe)とアルミニウム(Al)との合金が生成される場合、当該セルは非常に高い硬度及び/又は非常に高い耐摩耗性を有する。
【0076】
以上のように、本発明に係る鉄基軟磁性材料及び鉄基軟磁性コアは、その組成により、非常に高い硬度及び/又は非常に高い耐摩耗性を呈する場合がある。この場合、例えば所望の形状に打ち抜かれた電磁鋼板の積層及び材料粉末の圧粉成形等の従来技術に係る成形方法によっては、所望の大きさ及び形状を有する鉄基軟磁性コアを本発明に係る鉄基軟磁性材料から得ることが困難な場合がある。
【0077】
具体的には、例えば、電磁鋼板の打ち抜き及び材料粉末の圧粉成形を行う製造装置において、非常に大きい動力、非常に高い耐摩耗性、非常に高い機械的強度等が求められる。また、このような従来技術に係る成形方法によっては最終的に必要とされる形状が得られない場合には、例えば切削加工等の二次加工が必要となるが、このような二次加工のための加工装置においても、非常に大きい動力、非常に高い耐摩耗性、非常に高い機械的強度等が求められる。
【0078】
しかしながら、上述した第7コアを始めとする本発明コアは、上述したように、所定の原材料を加熱して熔解させることにより溶湯とし、当該溶湯を所定の降温速度にて冷却して凝固させることにより得ることができる(即ち、鋳造によって得ることができる)。従って、第7コアの製造装置においては、上記のように非常に大きい動力、非常に高い耐摩耗性、非常に高い機械的強度等は求められない。また、本発明コアは鋳造によって成型することができるので、鋳型を適切に設計することにより、上記のような二次加工を必要とすること無く、複雑な三次元形状を有するコアを簡潔な工程によって製造することができる。
【0079】
尚、上述したようにアルミニウム(Al)の含有率が20at%以下である場合はアルミニウム(Al)が鉄(Fe)に固溶するが、この固溶体は、非常に高い体積固有抵抗(電気抵抗率)を有する。例えば、15at%のアルミニウム(Al)を鉄(Fe)に固溶させた固溶体(Fe−15%Al)は、珪素鋼板等の二倍程度の電気抵抗率(0.9[Ω・m])を有する。このように母相自体が高い電気抵抗率を有することもまた、渦電流損失の低減に寄与することができる。
【実施例】
【0080】
《鉄基軟磁性材料サンプルの製造》
上述した特定領域に該当する90.0at%Fe−7.8at%Al−2.2at%Sの三元組成(図2の点Pを参照)となるように、鉄(Fe)、アルミニウム(Al)及び硫黄源としての硫化鉄(FeS)を原材料として秤量した(第1工程)。各種原材料をアルミナ製の坩堝に入れ、アルゴンガスを流しながら赤外線加熱により1600℃まで昇温させて原材料を熔解させて溶湯とした(第2工程)。原材料を十分に熔解させた後、加熱を停止して当該溶湯を冷却して凝固させ、室温となるまで冷却した(第3工程)。このようにして製造した本発明の実施例に係る鉄基軟磁性材料サンプルは、以降「試料#1」と称される。
【0081】
《試料#1のセルウォール構造》
上記のようにして製造した本発明の実施例に係る試料#1の研磨断面の顕微鏡写真を図3に示す。図3からも明らかであるように、試料#1においては、鉄を主成分とする母相がより小さいセル(明るい部分)に分割されており且つ個々のセルがセル境界相(暗い部分)によって覆われている。即ち、試料#1においては、セルウォール構造が形成されていることが確認された。
【0082】
《母相及びセル境界相の電気抵抗》
次に、試料#1のセルウォール構造を構成する母相及びセル境界相の電気抵抗を測定した。この電気抵抗測定は、図4に示す試料#1の研磨断面上の2つの領域a及びb(破線によって囲まれた領域)において行った。具体的には、図5の(a)及び(b)に示すように、セル境界相の幅に対して十分に小さい先端径を有するプローブを用いて、上記領域a及びbのそれぞれについて、母相及びセル境界相の電気抵抗値を測定した。
【0083】
上記測定の結果、領域a及びbの何れにおいても、母相の電気抵抗値は4.0[Ω]であったのに対し、セル境界相の電気抵抗値は測定装置(抵抗計)の測定限界(30M[Ω])以上であった。即ち、試料#1のセル境界相が、従来技術に係る鉄基軟磁性材料のセル境界相に比べて、非常に高い電気抵抗を有することが確認された。
【0084】
《母相及びセル境界相の元素分析》
更に、試料#1のセルウォール構造を構成する母相及びセル境界相の構成元素を分析した。この元素分析は、図5の(a)及び(b)に示した試料#1の2つの研磨断面のそれぞれについて行った。具体的には、図5の(a)及び(b)のそれぞれにつき、SEM/EDS(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)により、母相に含まれる3箇所(スペクトル1乃至3)及びセル境界相に含まれる6箇所(スペクトル4乃至9)の構成元素を調べた。元素分析の結果を以下の表1に列挙する。
【0085】
【表1】
【0086】
表1の「全体組成」に示すように、図5の(a)及び(b)の何れの測定箇所においても且つ母相(スペクトル1乃至3)及びセル境界相(スペクトル4乃至9)の何れの相においても酸素(O)が検出された。原材料としては、酸素(O)は添加していないので、検出された酸素(O)は、原材料である硫化鉄(FeS)に含まれていた酸素(O)に由来するものと推定される。そこで、上記「全組成」から酸素(O)の部分を削除し、残る元素(アルミニウム(Al)、硫黄(S)及び鉄(Fe))の含有率を合計100at%となるように計算し直した。この結果もまた、「酸素以外の組成」として、表1に列挙する(右端の3列を参照)。
【0087】
表1から明らかであるように、図5の(a)及び(b)の何れにおいても、母相は主として鉄(Fe)及びアルミニウム(Al)によって構成されており且つ硫黄(S)を殆ど含有していない(スペクトル1乃至3)。これに対して、セル境界相においては、アルミニウム(Al)(及び硫黄(S))が濃化されており、セル境界相が「少なくともアルミニウム(Al)を含む金属と少なくとも硫黄(S)を含むカルコゲン(Ch)とからなるカルコゲン化物」を主成分として含むことが確認された。
【0088】
《纏め》
以上より、本発明に係る鉄基軟磁性材料によれば、上記のように非常に高い電気抵抗を有する物質からなるセル境界相を形成して、優れた渦電流損失の低減効果を発揮することができることが確認された。
【0089】
以上、本発明を説明することを目的として、特定の構成を有する幾つかの実施形態及び実施例につき、時に添付図面を参照しながら説明してきたが、本発明の範囲は、これらの例示的な実施形態及び実施例に限定されると解釈されるべきではなく、特許請求の範囲及び明細書に記載された事項の範囲内で、適宜修正を加えることが可能であることは言うまでも無い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6