特許第6856894号(P6856894)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6856894
(24)【登録日】2021年3月23日
(45)【発行日】2021年4月14日
(54)【発明の名称】ポリオール酸化酵素
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/04 20060101AFI20210405BHJP
   C12P 19/02 20060101ALI20210405BHJP
【FI】
   C12N9/04 E
   C12P19/02
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-226803(P2016-226803)
(22)【出願日】2016年11月22日
(65)【公開番号】特開2018-82644(P2018-82644A)
(43)【公開日】2018年5月31日
【審査請求日】2019年11月12日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE BP-1111
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(73)【特許権者】
【識別番号】506388060
【氏名又は名称】株式会社希少糖生産技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(72)【発明者】
【氏名】吉原 明秀
(72)【発明者】
【氏名】秋光 和也
(72)【発明者】
【氏名】何森 健
(72)【発明者】
【氏名】大谷 耕平
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/062102(WO,A1)
【文献】 特開平08−089242(JP,A)
【文献】 特開平06−169764(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/005800(WO,A1)
【文献】 特開2014−140361(JP,A)
【文献】 特開昭62−006698(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00
C12P 19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)から()に記載の性質を有するアルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物由来のポリオール酸化酵素。
(a)基質のポリオールは、ポリオールの2位と3位のOH基がL−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールである。
(b)作用は、酸素の存在下、糖アルコールの1位のOH基を酸化し、糖アルコールに対応するアルドースと過酸化水素を生成する。
(c)SDS−PAGEで測定した見掛けの分子量が約45kDaである。
(d)安定pHはpH6.0以上であり、反応至適pHは7.0から10.0である。
e)作用温度は60℃以下であり、反応至適温度は50℃である。
(f)基質特異性が、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの順である。
(g)作用は、酸素の存在下、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの1位のOH基を酸化し、それぞれ、D−キシロース、D−グルコース、L−アルトロース、D−ガラクトース、L−アラビノース、D−マンノース、D−リキソース、D−タロースを生成する
【請求項2】
アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物が、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30(寄託番号 NITE BP−1111)である請求項1に記載のポリオール酸化酵素。
【請求項3】
アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物を、キシリトールを単一炭素源とする無機塩培地で培養後、請求項1または2に記載のポリオール酸化酵素を単離精製することを特徴とする、ポリオール酸化酵素の製造方法。
【請求項4】
アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物が、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30(寄託番号 NITE BP−1111)である請求項に記載のポリオール酸化酵素の製造方法。
【請求項5】
L−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールに、請求項1または2に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、対応するアルドースを生産する方法。
【請求項6】
L−タリトールに、請求項1または2に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、L−アルトロースへと酸化することを特徴とするL−アルトロースの生産方法。
【請求項7】
D−アラビトールに、請求項1または2に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、D−リキソースへと酸化することを特徴とするD−リキソースの生産方法。
【請求項8】
D−タリトールに、請求項1または2に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、D−タロースへと酸化することを特徴とするD−タロースの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物に由来する新規ポリオール酸化酵素、およびこのポリオール酸化酵素の基質特異性を利用することにより、希少糖等を効率的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素が特定の物質とのみ選択的に反応する分子識別機能を利用して目的の物質の製造や、目的の物質の検出を行うセンサーに利用されていることはよく知られている。
酵素センサーは、これまでの一般的な分析方法である液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどに比べて、簡便、迅速、正確、小型、かつ低コストなどのメリットがあり、そのため、臨床診断や食品分析、環境汚染の測定などで広く利用されている。
酵素センサーとしては、例えば、 D−ソルビトールやグルコースが混在する検体に、ポリオール酸化酵素含有試薬を添加してキシリトールをD−キシロースに変換後、キシロースデヒドロゲナーゼ含有試薬を作用させて、生じたD−キシロースを検出し、検体中に存在するキシリトールを簡便かつ特異的に定量できるようにした(特許文献1)提案や、ソルビトール、マンニトール、キシリトールおよびアラビトールからなる群から選ばれた少なくとも1種のポリオールを含有する試料にソルビトールオキシダーゼを作用させ、生成する過酸化水素またはD−グルコース、マンノース、キシロースまたはアラビノースまたは消費する酸素量を測定してポリオールを測定する試料中のポリオールの測定法(特許文献2)など数多くの提案がなされている。
【0003】
ところで、希少糖は自然界には存在しない、あるいはごく微量にしか存在しない単糖で、これまでほとんど研究がされていなかった。希少糖には、例えばアルドースであれば、アロース、グロース、アルトロース、イドース、タロース、リキソース等が、ケトースであれば、プシコース、ソルボース、タガトース等が含まれるが、そのうちD−プシコース、D−アロースの大量生産が可能になったことで、希少糖の生産技術の研究や、生理作用、化学的性質に関する研究が着手され、特異的な生理作用が次々と解明されてきた。それらの医薬としての実用化に際しては、希少糖に特異的に反応する酵素の提供が望まれている。希少糖の生理活性の例を次の表1に示す。
【0004】
【表1】
【0005】
また、酵素の希少糖の製造への利用についても数多く提案がなされていて、例えば、近年、D−タガトース-3-エピメラーゼ(DTE)を利用することにより、希少糖の1種であるD−プシコースやD−アロースの大量生産技術が確立された。
Pseudomonas stutzri(FERM BP−8593)由来のL−ラムノースイソメラーゼ活性を有するタンパク質を作用させてD−アロースへと異性化するD−アロースの生産方法(特許文献3)や、D−プシコースおよび/またはL−プシコースを含有する溶液にD−キシロース・イソメラーゼを作用させて、D−プシコースからはD−アロースとD−アルトロースを、L−プシコースからはL−アルトロースを生成せしめ、これらD−アロース、D−アルトロース及びL−アルトロースから選ばれる1種または2種以上のアルドヘキソースを採取するアルドヘキソースの製造方法(特許文献4)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−346797号公報
【特許文献2】特開平6−169764号公報
【特許文献3】特開2008−109933号公報
【特許文献4】特開2002−17392号公報
【特許文献5】国際公開2013/5800号
【特許文献6】特開平8−89242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
種々のアルドースを生産するための従来方法としては、1)目的とするアルドースを構成糖とする多糖を加水分解することによる方法。この方法はD-グルコースを得るためにデンプンを加水分解する方法、D-キシロースをヘミセルロースから作る方法等に代表される。また、希少糖のアルドースを得る方法としては、2)ケトースの異性化が最も普通に行われている。希少糖のアルドースであるD−アロースをL−ラムノースイソメラーゼを用いて生産する。もう一つの方法は、3)ポリオールの酸化によってアルドースを生産する方法である。
このアルドースを作る3つの方法を、それぞれのアルドースに適切な方法を用いて作ることが可能である。従来技術として最も研究が遅れているのが、3)のポリオールを原料とするポリオール酸化酵素を用いた生産方法である。
【0008】
上述のように、希少糖には実用性の高い生理活性があることがわかってきており、この他にも甘味料、農薬、医薬、工業材料など、広い分野での実用化の可能性を秘めているが、すべての希少糖で大量生産が確立されているわけではなく、多段階の反応を経て、少量しか生産できないものも多く、酸化反応により希少糖を生産する酵素が発見されれば、一段階の反応で高収率な新規の希少糖大量生産経路を作り出すことができ、さらなる希少糖研究や産業上の進展につながることが期待される。
【0009】
本発明は、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールに対して作用するポリオール酸化酵素を提供すること、ならびに、このポリオール酸化酵素の基質特異性を利用することにより、希少糖等の効率的な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、各地の土壌を採取してそれから微生物を分離し、希少糖に特異性の高い酵素産生能を有する微生物の探索を続けてきた。その結果、数多く単離した菌株の中に新規なケトース3−エピメラーゼを産生するアルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物を見出した。また、当該微生物由来の新規なケトース3−エピメラーゼは、DまたはL−ケトースの3位に作用し、対応するD−またはL−ケトースへのエピマー化を触媒する幅広い基質特異性を有しており、D−またはL−ケトースの中ではD−フラクトースおよびD−プシコースに対する基質特異性が最も高く、D−フラクトースからのD−プシコースの製造に適していることを見出した(特許文献5)。そして、そのケトース3−エピメラーゼを産生するアルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物から、さらに新規ポリオール酸化酵素を取得することができ、該酵素を利用した糖アルコールの酸化によるアルドースの生産方法を確立して本発明を完成した。
【0011】
これまで本発明者等は、Penicilium属のカビの生産するポリオール酸化酵素を用いて、希少糖L−グロースをD−ソルビトールから生産することなどを完成し特許出願をしている。今回、微生物が安全性の高い微生物、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30(寄託番号 NITE BP−1111)に、本発明のポリオール酸化酵素の存在を発見し、このポリオール酸化酵素が各種のポリオールに作用することを見いだしたものである。
すなわち、本発明は、アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物由来の新規ポリオール酸化酵素に関するものであり、その酵素を利用して、特定の糖アルコールの1位のOH基を酸化して、希少糖を含む、対応するアルドースを製造する方法を提供するものである。
【0012】
本発明は、以下の(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を要旨とする。
(1)下記(a)から()に記載の性質を有するアルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物由来のポリオール酸化酵素。
(a)基質のポリオールは、ポリオールの2位と3位のOH基がL−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールである。
(b)作用は、酸素の存在下、糖アルコールの1位のOH基を酸化し、糖アルコールに対応するアルドースと過酸化水素を生成する。
(c)SDS−PAGEで測定した見掛けの分子量が約45kDaである。
(d)安定pHはpH6.0以上であり、反応至適pHは7.0から10.0である。
e)作用温度は60℃以下であり、反応至適温度は50℃である。
(f)基質特異性が、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの順である。
(g)作用は、酸素の存在下、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの1位のOH基を酸化し、それぞれ、D−キシロース、D−グルコース、L−アルトロース、D−ガラクトース、L−アラビノース、D−マンノース、D−リキソース、D−タロースを生成する
(2)アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物が、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30(寄託番号 NITE BP−1111)である(1)に記載のポリオール酸化酵素。
【0013】
本発明は、以下の()ないし()に記載のポリオール酸化酵素の製造方法とアルドースの生産方法を要旨とする。
(3)アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物を、キシリトールを単一炭素源とする無機塩培地で培養後、(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を単離精製することを特徴とする、ポリオール酸化酵素の製造方法。
(4)アルスロバクター(Arthrobacter)属に属する微生物が、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30(寄託番号 NITE BP−1111)である()に記載のポリオール酸化酵素の製造方法。
(5)L−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールに、(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、対応するアルドースを生産する方法。
(6)L−タリトールに、(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、L−アルトロースへと酸化することを特徴とするL−アルトロースの生産方法。
(7)D−アラビトールに、(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、D−リキソースへと酸化することを特徴とするD−リキソースの生産方法。
(8)D−タリトールに、(1)または(2)に記載のポリオール酸化酵素を作用させて、D−タロースへと酸化することを特徴とするD−タロースの生産方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により以下の効果が奏される。
1.各種の希少糖アルドースを糖アルコールから生産するポリオール酸化酵素を提供することができる。
2.キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールに作用するポリオール酸化酵素を提供することができる。
3.一般的な分析方法である液体クロマトグラフィーやガスクロマトグラフィーなどに比べ、簡便、迅速、正確、小型、かつ低コストとなり、希少糖に関わる臨床診断や食品分析、環境汚染の測定などに有用である。
4.希少糖を効率よく製造することができる。
5.本酵素は一段階の反応で、しかも酸化反応の不可逆的な反応のため、ほぼ100%の収率で希少糖の大量生産が可能になる。
6.本ポリオール酸化酵素を利用することにより、以下のアルドースの特異的製造方法を提供できる。
a. キシリトールを原料としてD−キシロースを製造する方法
b. D−ソルビトールを原料としてD−グルコースを製造する方法
c. L−タリトールを原料としてL−アルトロースを製造する方法
d. ガラクチトールを原料としてD−ガラクトースを製造する方法
e. L−アラビトールを原料としてL−アラビノースを製造する方法
f. D−マンニトールを原料としてD−マンノースを製造する方法
g. D−アラビトールを原料としてD−リキソースを製造する方法
h. D−タリトールを原料としてD−タロースを製造する方法
【0015】
本酵素により、上記カビの生産する酵素では生産できない反応を触媒できることを利用し、D−アルロースから還元すると生産が可能なD−タリトールから、D−タロースを生産できる。キシリトールからD−キシロースへの酸化活性が最も強く、図1のような反応が進む。この酵素の基質特異性は、ポリオールの2位と3位のOH基が、L−エリスロ型の構造およびL−スレオ型の構造のものに作用する。この基質特異性により、L−タリトールからL−アルトロース、D−アラビトールからD−リキソース、D−タリトールからD−タロースの生産に利用することができる。
【0016】
このように、これまでの酵素反応では生成することが困難であった希少糖アルドースを、各種の糖アルコールを原料として生産することができる。従来から多くのアルドースはケトースの異性化により生産されるが、平衡反応であり生産物と原料とを分離する必要がある。しかし本発明では理論的には収率は100%であるので、分離操作が必要でないという大きな利点が存在する生産法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本酵素のキシリトールに対する酸化反応を示す。
図2】本酵素の調製法を示す。
図3】本酵素の精製とSDS−PAGEの結果を示す。
図4】本酵素の酵素活性の測定法を示す。
図5】本酵素の温度安定性を示す。
図6】本酵素のpH安定性を示す。
図7】本酵素の基質特異性を示す。
図8】本酵素の酵素活性への金属イオンの影響を示す。
図9】糖アルコースの構造式と基質認識部位を示す。
図10】D−アラビトールを基質とする本酵素の作用を示す。
図11】D−アラビトールを基質とする本酵素反応生成物のHPLC分析を示す。(0hr)
図12】D−アラビトールを基質とする本酵素反応生成物のHPLC分析を示す。(24hr)
図13】D−アラビトールを基質とする本酵素の作用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、次の(a)から(g)の性質によって特定されるにアルスロバクター
(Arthrobacter)属に属する微生物由来のポリオール酸化酵素に関するものである。
(a)基質のポリオールは、ポリオールの2位と3位のOH基がL−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールである。
(b)作用は、酸素の存在下、糖アルコールの1位のOH基を酸化し、糖アルコールに対応するアルドースと過酸化水素を生成する。
(c)SDS−PAGEで測定した見掛けの分子量が約45kDaである。
(d)安定pHはpH6.0以上であり、反応至適pHは7.0から10.0である。
(e)作用温度は60℃以下であり、反応至適温度は50℃である。
(f)基質特異性が、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの順である。
(g)作用は、酸素の存在下、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの1位のOH基を酸化し、それぞれ、D−キシロース、D−グルコース、L−アルトロース、D−ガラクトース、L−アラビノース、D−マンノース、D−リキソース、D−タロースを生成する。
【0019】
本発明者等は数多く単離した菌株の中に新規なケトース3−エピメラーゼを産生する微生物M30株を見出し、M30株は16SrRNA遺伝子塩基配列相同性に基づく系統解析により、アルスロバクター グロビホルミスに属することが判明した(特許文献5)。
菌株の同定は、16SrRNA遺伝子塩基配列相同性により行い、16SrRNA遺伝子領域を解析し塩基数734を特定した。
この菌株の16SrRNA遺伝子の塩基配列について、BLASTサーチ(日本DNAデータバンク)により既知の菌種との相同性検索を行った。上記特定した塩基数734の塩基配列に対し相同性97%以上であった菌株名と相同性(%)の値からM30株の微生物は、アルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter
globiformis)であることが決定された。
本発明のポリオール酸化酵素を有する菌株であるアルスロバクター グロビホルミス(Arthrobacter globiformis)M30は、2011年6月22日付で千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに、寄託番号 NITE P−1111として寄託し、2012年5月2日にブタペスト条約に基づく国際寄託として、寄託番号 NITE BP−1111として国際寄託した。
【0020】
既知のポリオール酸化酵素としては、ストレプトマイセス(Streptmyces)属が生産するポリオール酸化酵素(特許文献6)が挙げられるが、D−ソルビトールを基質とする反応ではD−グルコースが生産されることが明らかとなっている。
一方、本発明のポリオール酸化酵素は、D−アラビトールからはD−リキソースが生産され、また、D−ソルビトールからはD−グルコースが、L−タリトールからはL−アルトロースが、D−タリトールからはD−タロースの生産が可能である。
現在、D−タロースはD−プシコースから異性化酵素を用いて生産されている。そして、D−リキソースはD−グルコースからD−アラビトール、D−キシロースと多段階の反応を経て生産されており、本発明の酵素は希少糖の新たな生産系への利用が期待されるものである。
【0021】
また、本発明のポリオール酸化酵素は補酵素を必要としないので、酵素を固定化しての利用が可能であり、種々の固定化方法によって活性の高い固定化酵素を得ることができる。
本酵素は、公知の固定化手段、例えば担体結合法、架橋法、ゲル包括法、マイクロカプセル化法等を利用して固定化酵素として、アルドースの生産や酵素センサーとして用いることができ、例えば、本酵素を共有結合法によって固定化したバイオリアクターを用いれば、連続法で目的とするアルドースの大量生産が可能である。
【0022】
以下に本発明のポリオール酸化酵素の精製方法と精製後の酵素の理化学的性質について説明する。
なお、本明細書で使用する場合、「約」は、プラスマイナス10%を意味する。
【0023】
1.測定方法
(1)タンパク質定量
タンパク質の定量は、Bradford法に基づきナカライテクス株式会社製プロテインアツセイCBB溶液を用いて行った。検量線の作成には標準タンパク質として牛血清アルブミンを用いた。吸光度の測定には日立製分光光度計U−3200を用いた。
(2)ドデシル硫酸ナトリウムーポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)
SDS−PAGEは、分離ゲル15%、濃縮ゲル4%になるように調整し、
Laemmliの方法に従って行った。分子量マーカーはSIGMA社製の
Protein Marker Low Rangeを用いた。
(3)ポリオール酸化酵素活性測定方法
ポリオール酸化酵素の活性測定方法であるペルオキシダーゼ法を図4に示した。420nmの吸光度の上昇を測定することにより行った。酵素反応はキシリトールを添加することにより開始させ、日立製分光光度計U−2010を用いて30℃の反応条件下で10分間の時間変化で吸光度を測定した。反応は、反応液が総量1mlとなるように調製した。1unitは、吸光度420nmにおいて1分間に吸光度が1上昇する酵素量と定義した。
この方法は、酸化反応により生じる過酸化水素を比色定量することで活性を測定する。基質との酸化反応により精製された過酸化水素とペルオキシダーゼが反応すると、ABTSの酸化反応が触媒され、酸化型のABTSが生じる。酸化型ABTSは青色に呈色するため、420nmの吸光度を測定することで酸化酵素活性を測定した。
【0024】
2.菌体から粗酵素溶液の調製
菌体からの酵素の精製は、図2に示した工程によって行った。各工程の説明は以下のとおりである。
(1)菌体の培養
キシリトールを単一炭素源とし、硫安を窒素原として通常の無機塩培養基を用いた。キシリトールを1%含む液体培地10Lに、アルスロバクター グロビホルミス
Arthrobacter globiformis)M30株の種培養液を無菌的に添加し、ジャーファーメンターにより200rpm30℃で24時間培養した。
(2)粗酵素溶液の調製
遠心分離により培養液から菌体を回収した。回収した菌体は、1mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を用いて洗浄した。次いで、菌体を10mlの50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁した後、その菌体懸濁液を氷水中で冷却しながら超音波ホモジナイザー(株式会社SONICS&MATERIALS)で細胞破砕した。破砕物を12,000rpmで20分遠心し、その遠心上清を粗酵素溶液とした。
【0025】
3.酵素の精製
(1)硫安分画
超音波破砕によって得られた酵素は、硫酸アンモニウムを50%飽和濃度になる様に添加して得られた沈殿を除去した。その後、更に70%飽和濃度になる様に硫酸アンモニウムを添加して得られた沈殿を回収し、50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)20mlに懸濁した。
(2)HiPrep PHenyl HPカラムクロマトグラフィー
得られた粗酵素液は、60mlの1.0M(NHSO含有50mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したHiPrep PHenyl HPに供した。酵素は緩衝液中の硫酸アンモニウム濃度を1.0M〜0Mへ直線的濃度勾配をかけることにより溶出し、活性のある画分を回収した。次に得られた活性画分に含まれる硫酸アンモニウムを20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を用いて4℃、一晩透析によって除した。
【0026】
(3)HiTrap Q HPカラムクロマトグラフィー
次に、透析後の酵素液は、15mlの20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したHiTrap Q HPに供した。酵素は緩衝液中の塩化ナトリウム濃度を0〜1.0Mへ直線的濃度勾配をかけることにより溶出し、活性のある画分を回収して、20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)を等量加えて希釈した。
(4)Resouce Qカラムクロマトグラフィー
次に、希釈活性画分を20mlの20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したResouce Qに供した。酵素は、緩衝液中の塩化ナトリウム濃度を0〜1.0Mへ直線的濃度勾配をかけることにより溶出し、活性のある画分を回収した。
(5)Superdex 200 pg increase
得られた活性画分はVIVASPIN TURBO 15(sartorius社製)を用いて約0.2mlに濃縮後、70mlの0.15mM塩化ナトリウムを含む150mMNaCl含有20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したSuperdex 200 pg increaseに供した。酵素は、150mM塩化ナトリウムを含む20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で溶出し、活性のある画分を回収した。回収した酵素液はSDS−PAGEよって純度を検討し、精製酵素とした。
【0027】
4.各精製段階での精製度と収率
精製段階を通じて、各精製工程後に280nmの吸光度によるタンパク質の定量と酵素活性の測定とSDS−PAGEによる純度の確認を行った。その結果を図3と表2に示す。精製の結果、収率は約2.4%、精製倍率は2000倍以上であった。SDS−PAGEで精製酵素は単一のバンドを示し、見掛けの分子量は約45kDaであった。
【0028】
【表2】
【0029】
5.本酵素の理化学的性質の解析
ポリオール酸化酵素の諸性質の解析を上述の調製方法で得られた精製酵素を用いて行った。
(1)作用
基質がキシリトールの場合、図1に示すように、酸素の存在下に、キシリトールの1位の酸化を触媒し、過酸化水素とD−キシロースを生成する。
同様に、他の糖アルコールに対しても、酸素の存在下、糖アルコールの1位のOH基を酸化し、糖アルコールに対応するアルドースと過酸化水素を生成する作用を触媒する。
(2)pH安定性
各pHの緩衝液を最終濃度0.1Mとなるよう酵素と混合し、氷上で15時間静置後、残存酵素活性を測定した。各緩衝液として、pH2.0にはグリシン−HCl緩衝液、pH3.0、4.0にはクエン酸緩衝液、pH4.0、5.0、6.0には酢酸緩衝液、pH6.0、7.0、8.0にはリン酸ナトリウム緩衝液、pH7.0、8.0、9.0にはトリス塩酸緩衝液、pH9.0、10.0、11.0にはグリシン−NaOH緩衝液を使用した。活性は、上述のポリオール酸化酵素活性測定方法により、キシリトールを基質として30℃の条件下での反応によって生じる吸光度420nmの上昇を日立製分光光度計U−2010を用いて測定した。
【0030】
結果は、図6に示すように、pH2.0〜11.0の範囲において、pH4.0以下では活性が認められず、pH6.0以上で活性が高かった。反応至適pHは、7.0〜1.0と広い範囲であった。
それぞれの酵素反応液で反応を測定したところ、PH8.0が反応最適pHであることがわかった。
【0031】
(3)温度安定性
10℃、20℃、30℃、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃で反応を行った。各温度条件下の反応によって生じる吸光度420nmの上昇を日立製分光光度計U−2010を用いて測定した。
結果は図5に相対活性で示す。50℃における酵素活性を100とした場合において、本酵素は60℃以下で安定であり、至適反応温度は50℃であった。また、70℃以上ではほとんど活性がなくなった。
【0032】
(4)基質特異性
11種類の糖アルコールを用いて本酵素の基質特異性について検討した。酵素反応組成は、各基質0.2M350μl、酵素液350μl(トリス緩衝液pH7.5)で、30℃30分反応後、酵素活性を測定した。
その結果、キシリトールへの活性を100とした相対活性を、図7および表3に示した。基質特異性は、キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトール、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトール、D−アラビトール、D−タリトールの順であった。キシリトール、D−ソルビトール、L−タリトールに最も強く作用し、ガラクチトール、L−アラビトール、D−マンニトールに強く作用し、D−アラビトール、D−タリトールにも作用する基質特異性を有する。
【0033】
【表3】
【0034】
(5)生成物の確認
反応生成物をHPLCなどで確認した。その結果、キシリトールからD−キシロースが、D−アラビトールからD−リキソースが、D−ソルビトールからD−グルコースが産生されていた。このことから、本酵素は、2位と3位のOH基がL−エリスロ型の構造またはL−スレオ型の構造を有する糖アルコールに作用し、相当するアルドースを生成することが明らかになった。
基質特異性、基質認識機構ともに従来報告されているポリオール酸化酵素とは異なるものであり、本酵素は新規のポリオール酸化酵素であることがわかった。
【0035】
(6)金属イオンの影響
酵素測定活性測定法の系に、1mMの各種金属イオン、添加物を加えて酵素活性を測定した。結果は図8に示すように、本酵素は、塩化第二銅、硫酸第二鉄、塩化コバルト、塩化マンガン、硫酸亜鉛、塩化亜鉛で強く阻害されることが分かった。
また、反応液にEDTAを添加しても活性の減少が認められなかったこと、および種々の金属イオンの添加により活性の増加が確認できなかったことから、本酵素は金属イオンを要求しないことが明らかになった。
【0036】
(7)HPLCによる反応生成物の検定
図10に示す方法により、D−アラビトールを基質としてポリオール酸化酵素を30℃で24時間反応させた反応生成物を、HPLCによって解析した。反応前のHPLC解析の結果が図11であり、24時間反応後の結果が図12であり、図12には、アラビノースではなく、リキソースが生成していたことが示されている。リキソースの光学活性は測定していないが、構造的に反応生成物は、D−リキソースであると考えられる。
この反応の構造式を図13に示す。D−アラビトールを基質としてD−リキソースとが生成されることが確認された。これまでに報告されているポリオール酸化酵素ではD−アラビトールの1位の水酸基が酸化され、D−アラビノースが生成されていた。
【0037】
(8)基質認識機構
キシリトールとD−アラビトールの構造を図9に示した。キシリトールは、フィッシャーの構造式で表したとき、2位のOH基が右で3位のOH基が左を向いたL−スレオ型の構造を有し、D−アラビトールは、D−スレオ型とフィッシャーの構造式で表したとき2位のOH基が左で3位のOH基が左を向いたL−エリスロ型の両方の構造を有している。本酵素により、キシリトールからD−キシロースが、D−アラビトールからD−リキソースが生成したことにより、図10に示すように本酵素はL−スレオ型とL−エリスロ型を認識していることが示唆された。
キシリトールとD−アラビトールならびに本酵素と基質特異性の高い他の糖アルコールの構造を比較することにより、本酵素が認識する共通の構造が確認された。
本酵素は、L−エリスロ型またはL−スレオ型のポリオールに作用して、対応するアルドースを生成する新規なポリオールオキシダーゼであることが解明された。
キシリトールからD−キシリトール、D−ソルビトールからD−グルコース、L−タリトールからL−アルトロース、ガラクチトールからD−ガラクトース、D−マンニトールからD−マンノース、D−アラビトールからD−リキソース、D−タリトールからD−タロースを生成することができる実用性の高い有用なポリオールオキシダーゼである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、新規なポリオール酸化酵素を提供するものであり、特に、L−タリトールからL−アルトロース、D−アラビトールからD−リキソース、D−タリトールからD−タロースというように希少糖を製造できる基質特異性と酸化反応を有することを特徴とする。希少糖は自然界には存在しないあるいは微量にしか存在しない糖である。その生産技術や生理的作用、化学的性質などについては明らかではない点が多かったが、近年いくつかの希少糖に関しては大量生産技術の確立と共に、その生理活性が解明され甘味料、農薬、試薬、工業材料など広い分野での実用化が期待されている。本発明のポリオール酸化酵素の提供はこうした産業界の期待に応えるものであって、希少糖の計測、その効率的な生産方法の新たな展開に有用な手段となる。
図1
図2
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図10
図11
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図13