(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
構造物の少なくとも外形を測定可能な測定装置と、前記構造物の設計データが格納される記憶装置を有しデータ処理を行う情報処理装置とを備える構造物評価システムであって、
前記情報処理装置は、
前記測定装置の測定結果によって特定できない前記構造物の非測定部分の形態及び前記構造物の物性を、前記構造物の設計データから補完する補完処理部と、
前記測定装置の測定結果と補完処理部の補完とによって特定された前記構造物の各部の形態及び各部の物性を反映させたシミュレーションモデルを作成するモデル化処理部と、
前記シミュレーションモデルを用いて前記構造物の耐力を評価する評価処理部と、
を備え、
前記補完処理部は、前記構造物の設計データに複数種類の誤差を加えて複数種類の補完を行い、
前記モデル化処理部は、前記複数種類の補完に対応する複数のシミュレーションモデルを作成し、
前記評価処理部は、前記複数のシミュレーションモデルの各評価を行うことを特徴とする構造物評価システム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の構造物の評価技術は、特定の欠陥の寿命がそのまま構造物の寿命となるような場合に、比較的に正確な構造物の評価が可能となる。しかしながら、多くの構造物は、例えば構造物の一部に生じた欠陥が、構造物の他の部分の応力を増大させて、構造物全体の耐力を低下させるなど、複数の要因が関係しあって構造物の耐力を変化させる。このような場合、特許文献1に示されるように、特定の欠陥部分の疲労試験を行うだけでは、構造物全体の評価を行うことはできない。
また、特許文献1の評価技術では、構造物の欠陥部分を採取して疲労試験が行われる。このような手法を、耐力を低下させる要因が多数存在する構造物に適用すると、複数の要因箇所の各々について疲労試験が必要になるなど、作業に膨大な時間及びコストが費やされる。また、構造物の欠陥部分を採取する行為は、構造物の部分的な破壊を伴い、構造物の耐久性を低下させるため、好ましくない。
【0005】
また、特許文献2の技術は、例えば人体などの3Dモデルを低コストに作成する技術であり、構造物の耐力を評価する手法についての開示は無い。
本発明は、膨大な作業時間又は膨大な作業コストを要さずに構造物の正確な耐力評価を行える構造物評価方法及び構造物評価システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するため、
構造物の少なくとも外形を測定する測定ステップと、
前記測定ステップの測定結果によって特定できない前記構造物の非測定部分の形態及び前記構造物の物性を、前記構造物の設計データから補完する補完ステップと、
前記測定ステップの測定結果と補完ステップとによって特定された前記構造物の各部の形態及び各部の物性を反映させたシミュレーションモデルを作成するモデル化ステップと、
前記シミュレーションモデルを用いて前記構造物の耐力を評価する評価ステップと、
を含む構造物評価方法とした。
【0007】
また、本発明は、上記目的を達成するため、
構造物の少なくとも外形を測定可能な測定装置と、前記構造物の設計データが格納される記憶装置を有しデータ処理を行う情報処理装置とを備える構造物評価システムであって、
前記情報処理装置は、
前記測定装置の測定結果によって特定できない前記構造物の非測定部分の形態及び前記構造物の物性を、前記構造物の設計データから補完する補完処理部と、
前記測定装置の測定結果と補完処理部の補完とによって特定された前記構造物の各部の形態及び各部の物性を反映させたシミュレーションモデルを作成するモデル化処理部と、
前記シミュレーションモデルを用いて前記構造物の耐力を評価する評価処理部と、
を備える構成とした。
【0008】
上記の方法およびシステムによれば、測定ステップ、補完ステップ及びモデル化ステップにより、既設の構造物が有する欠損、製作誤差又は施工誤差などの様々な欠陥を反映した上で、構造物全体のシミュレーションモデルを作成することができる。欠陥には、構造物の変形(初期からの変形又は経年による変形など)も含まれる。そして、この構造物全体のシミュレーションモデルを用いた耐力の評価ステップにより、各欠陥部の耐力の評価だけでなく、複数の欠陥が複雑に影響しあって出現するような構造物全体の耐力低下の評価も行うことができる。また、構造物を完全に測定する必要がなく、また、耐力評価はシミュレーションモデルを用いて行われるので、これらの作業に膨大時間及び膨大なコストを要さない。
【0009】
ここで、前記評価ステップは、前記シミュレーションモデルを用いたシミュレーションを行って前記構造物の損傷予測を行い、
さらに、本発明に係る構造物評価方法は、前記損傷予測に基づき前記構造物の補修計画を策定する補修計画策定ステップを含んでもよい。
【0010】
この方法によれば、損傷予測と補修計画策定により構造物の予防保全を実現することができる。
【0011】
ここで、前記測定ステップは、
3次元スキャナを用いた外形測定と、さらに、非破壊検査装置を用いた付加測定(例えば音あるいは振動を用いた計測に基づく内部欠陥測定、応力歪み測定、光学的な計測に基づく腐食度合測定、及び電位計測に基づく腐食度合測定など)を行い、
前記外形測定の結果により前記構造物の外形を特定し、前記付加測定により前記構造物の不可視な部分の少なくとも一部の状態を特定する方法とするとよい。
この方法によれば、外形測定により構造物の各部の欠損、製作誤差及び施工誤差などをシミュレーションモデルに反映することができる。また、付加測定により、構造物の不可視部の状態をシミュレーションモデルに反映することができる。そして、これらを反映した構造物の耐力評価が可能となる。
【0012】
また、前記補完ステップは、
前記測定ステップの測定結果から形態が特定される前記構造物の測定部分が、前記設計データに示される前記構造物のいずれの部分であるかを対応づけるマッチングステップと、
前記設計データに示される形態のうち前記マッチングステップで対応づけられていない非対応部分の形態を表わすデータを、前記測定ステップにより取得された前記構造物の外形の測定結果に基づいて修正する修正ステップと、
を含み、
前記修正ステップで修正されたデータを用いて、前記構造物の前記非測定部分の形態が補完されるようにするとよい。
【0013】
この方法によれば、例えば既設の構造物に設計データと相違する製作誤差又は施工誤差があっても、設計データに示される構造物の形態が製作誤差又は施工誤差に合うように修正されて補完される。従って、既設の構造物により忠実なシミュレーションモデルを作成することができ、構造物のより正確な耐力の評価を行うことができる。
【0014】
また、前記補完ステップは、前記構造物の設計データに複数種類の誤差を加えて複数種類の補完を行い、
前記モデル化ステップは、前記複数種類の補完に対応する複数のシミュレーションモデルを作成し、
前記評価ステップは、前記複数種類のシミュレーションモデルの各評価を行うようにするとよい。
この方法によれば、構造物の非測定部分について複数の誤差を加えた耐力評価を行うことができる。これにより、構造物の非測定部分に不確実性があっても、例えばベストケースの構造物の耐力評価とワーストケースの構造物の耐力評価など、不確実性を考慮した耐力評価を行うことができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、膨大な作業時間又は膨大な作業コストを要さずに構造物の正確な耐力評価を行える構造物評価方法及び構造物評価システムを提供できるという効果が得られる。耐力評価の一例としては、例えば、シミュレーションモデルの変状を任意の度合まで伸展させたシミュレーション結果と、構造物の性能低下を特定する閾値(許容値)とを比較する事で、変状の進展による構造物性能低下の予測を行うことができ、さらに、これらの予測に基づいて、構造物の性能低下を防ぐ対策(方法及び時期)を策定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る構造物評価システムを示すブロック図である。
本実施形態の構造物評価システム1は、既設の構造物の耐力の評価を行うシステムであり、3次元スキャナ11と、物性測定装置12と、コンピュータである情報処理装置20とを備える。情報処理装置20は、記憶装置21と、画像表示が可能な表示装置22と、ユーザの操作を入力可能なキーボード又はマウスなどの操作入力装置23と、耐力評価に関する様々なデータ処理を行うデータ処理部30とを備える。
データ処理部30は、CPU(Central Processing Unit)がプログラムを実行して機能する機能モジュールである。データ処理部30は、測定処理部31と、補完処理部32と、シミュレーションモデル作成部33と、シミュレーション処理部と、評価計算部35と、補修計画策定部36とを備える。シミュレーションモデル作成部33は、本発明に係るモデル化処理部の一例に相当する。シミュレーション処理部34と評価計算部35とは、本発明に係る評価処理部の一例に相当する。
【0018】
3次元スキャナ11は、光線の照射部と受光部とを有し、測定対象の物体に光線を照射し、測定対象物から反射した光線を受光部で受けて、測定対象物の外形を三次元座標内の点群、もしくは面データとして記録する。
3次元スキャナ11は、モーションセンサを内蔵したハンディタイプであり、測定中に自らの位置及び向きを測定するとよい。さらに、3次元スキャナ11は、測定対象物の反射光から三角法方式、タイム・オブ・フライト方式又は位相差方式の測定法を用いて、3次元スキャナ11と物体の反射面との距離を測定する。そして、3次元スキャナ11の自らの位置及び向きと、反射点までの距離とから、物体の外面を表わす各走査点の3次元座標内の位置を計算する。このような走査を測定対象物の外面全体にわたって行うことで、測定対象物の外形を三次元座標内で点群、もしくは面データとして表わすことができる。なお、3次元スキャナ11は、据え置いて測定対象物の外形を測定するタイプであっても、レール上などの所定の経路を移動しながら周囲の測定対象物の外形を計測するタイプであってもよい。
【0019】
物性測定装置12は、省略可能な任意の構成であり、付加測定として、構造物の物性を部分的に測定する。物性測定装置12としては、様々な種類の装置を適用できるが、非破壊検査装置が採用されると好ましい。非破壊検査装置としては、例えば音あるいは振動の反射計測により物体内部の欠陥を測定する非破壊内部欠陥測定装置、物体に応力が加わったときと応力が解除されたときとの物体の各部の歪み量を測定する応力歪み測定装置などを適用できる。また、非破壊検査装置としては、光学的な計測に基づき色等から物体の腐食度合を測定する装置、電位計測に基づきコンクリート内の金属材料の腐食度合を測定する装置などを適用してもよい。
情報処理装置20の記憶装置21には、評価対象の構造物の設計データが格納される設計データ格納部21aが設けられる。
【0020】
<評価処理>
続いて、データ処理部30によって実行される、本発明の構造物評価方法が適用された構造物の評価処理について説明する。
図2は、評価対象の一例である鋼構造物を示すもので、(a)はその斜視図であり、(b)はその一部を示す拡大図である。
図3は、構造物評価システムを用いた評価処理の手順を示すフローチャートである。
図2(a)、(b)に示した評価対象の構造物100は、複数の部材h(例えば鋼材)がボルト及び溶接などにより締結されて構成される。構造物100は、既設のものであり、経年による欠損(例えば腐食による欠損など)、傷及び変形などを有する。さらに、構造物100には、設計データに含まれない製作誤差(例えばH型鋼のウェブの角度誤差、スチフナと梁材との取付け角度の誤差など)が含まれる場合がある。また、製作誤差により構造物100を施工する位置又は角度などが設計と異なる施工誤差を有する場合がある。製作誤差および施工誤差により、例えば構造物に鉄道車両の荷重が加わったときに、荷重が構造物の中心からずれてゆがみが生じたりする。
【0021】
構造物の評価処理では、先ず、3次元スキャナ11及び物性測定装置12を用いた構造物の測定処理が実行される(
図3のステップS1)。測定処理自体は作業者が行う。3次元スキャナ11の測定結果は、評価対象の構造物100の外形を表わす。物性測定装置12の測定結果は、例えば材料の腐食度など測定部分の物性(例えば曲げ剛性、引張強さ、弾性係数、せん断強度)に影響を及ぼすデータである。
3次元スキャナ11を用いた外形測定は、構造物100の全体にわたって実行されるのが好ましい。しかし、構造物に、3次元スキャナ11を挿入できないような部分、或は、光線が届かないような隠れた部分がある場合には、外形の一部が測定できなくてもよい。物性測定装置12を用いた物性の測定では、構造物の何れの部分であるかが特定できるように構造物の位置情報と測定データとが対応づけられて記録される。ステップS1は、本発明に係る測定ステップの一例に相当する。
【0022】
作業者により実際の測定がなされると、測定処理部31が、3次元スキャナ11及び物性測定装置12から測定結果を収集及び記憶する。
次に、データ処理部30では、補完処理部32が補完処理を実行する(ステップS2)。補完処理は、測定処理部31が収集した測定結果によって特定できない構造物100の一つ又は複数の部分の形態及び物性を、設計データから補完して、構造物100の全ての部分の形態および全ての部分の物性を特定する処理である。
図2(b)に示すように、構造物100の外形の特定だけでは、例えば構造物100の任意の部分C1が、一体的に成形された構成なのか、複数の部材hが締結された構成なのか識別できない場合がある。さらに、複数の部材hが締結されている場合には、部材h同士の合わせ面の位置及び形状は識別できない。これらの識別できない箇所が、本発明に係る非測定部分の一例に相当する。補完処理部32は、これらについて設計データを用いて特定する。ステップS2は、本発明に係る補完ステップの一例に相当する。
【0023】
図4は、補完処理の詳細な手順を示すフローチャートである。
補完処理が開始されると、先ず、補完処理部32は、マッチング処理を行う(ステップS11)。マッチング処理において、補完処理部32は、ステップS1の測定処理の結果から得られる構造物の外形と、設計データから得られる構造物の外形とを比較して、両方の外形の各面及び各頂点を対応づける。なお、マッチング処理では、補完処理部32が自動的に全部の対応づけを行うようにしてもよいし、ユーザが画像表示を見ながら対応関係を指示入力する補助操作を用いて行うようにしてもよい。このマッチング処理により、測定結果に示された構造物の外形の各部と、設計データから求められる構造物の外形の各部とが一対一に対応づけられる。ステップS11は、本発明に係るマッチングステップの一例に相当する。
【0024】
次に、補完処理部32は、測定結果によって表わされる三次元座標内の構造物100が占める領域を分割して、構造物100を構成する各部材hが占める領域を割り当てる処理を行う(ステップS12)。このとき、補完処理部32は、構造物100を構成する各部材hの大きさ及び形状の情報を設計データから取得して、各部材hが占める領域を決定する。
具体的に説明すれば、構造物100の外形を表わす測定結果には、各部材hの外界に接した面のみが表わされている。補完処理部32は、設計データに含まれる複数の部材hの形状及び大きさと、複数の部材hの配置とから、構造物100の外形面の内側の領域中に、各部材hが占める領域を割り当てる。この割り当てにより、測定結果から識別できない部材h同士の合わせ面又は部材h間の空間など、不可視な部分の境界面(本発明の非対応部分の一例に相当)を表わすデータが、構造物100の測定結果のデータに付加される。
【0025】
ここで、例えばボルトなど一部が構造物100の外形に現れた部材hについては、補完処理部32は、外形に現れた一部の位置に合わせて不可視な部分の領域を設定すればよい。一方、全てが不可視な部材がある場合、補完処理部32は、設計データに示される他の部材との関係から、不可視な部材の領域を設定すればよい。例えば、構造物100の外形に現れない内部空間に配置されたボルトなどは、設計データに基づき締結される部材のボルト穴の中央に位置するようにボルトが占める領域が設定される。
【0026】
続いて、補完処理部32は、各部材の領域が設定されたデータと、設計データとに基づいて各部材の境界面のデータを修正する(ステップS13)。例えば部材が板材であり、測定結果から表わされる構造物100の外形に板材の一方の板面が示され、他方の板面は不可視な境界面であるとする。さらに、外形の測定結果から、板材の一方の板面に、折れ、曲り又は傾斜がある場合を想定する。このような場合、補完処理部32は、板材の他方の板面を示す境界面のデータを、板材の厚さが設計データに従うように、一方の板面と同様に折れ、曲り又は傾斜が存在するように修正する。また、複数の板材が重なった部分があり、測定結果が示すこの部分の総合の厚みが、設計データの厚みと異なる場合、補完処理部32は、これら複数の板材の合わせ面の位置を、各板材の厚みの比が設計データのものと同一になるよう修正すればよい。また、例えば軸力が導入されていて3枚の板材が圧縮されているような場合には、補完処理部32は、各板材の弾性係数を考慮して、各板材の厚みの比を補正してもよい。ステップS13は、本発明に係る修正ステップの一例に相当する。
【0027】
上記のステップS12とステップS13の処理により、測定結果により表わされる構造物100の外形が優先されつつ、外形だけでは特定できない各部材hの境界面のデータが、測定結果と合致するように修正され、測定データに合成される。これにより例えば構造物100の可視部分に欠陥、製作誤差又は施工誤差があるような場合、これらが構造物100の不可視な部分にも反映された構造物100の形態を表わすデータが得られる。
【0028】
続いて、補完処理部32は、構造物100の形態を表わすデータに、構造物100の各部の物性(例えば曲げ剛性、引張強さ、弾性係数、せん断強度)を表わす物性データを合成する(ステップS14)。補完処理部32は、構造物100の幾つかの部分について物性に関する測定がなされている場合には、測定結果により示される物性データを優先して合成し、それ以外の部分は設計データから求められる物性データを合成する。測定処理により部材の各部の腐食度合が測定されている場合、補完処理部32は、設計データから求められる物性データを測定結果によって補正して合成すればよい。また、補完処理部32は、各部材の合わせ面について締結面としての物性データを合成する。
以上のような補完処理により、構造物100の現状が反映され、構造物100を構成する各部材hの形態及び物性が特定された構造物100のデータが得られる。
【0029】
次に、データ処理部30では、シミュレーションモデル作成部33が、構造物100の補完されたデータに基づいて、構造物100の各部の形態及び各部の物性を反映させた3次元のシミュレーションモデルを作成する(
図3のステップS3)。
図5は、シミュレーションモデルの一例を説明する図である。
シミュレーションモデルとしては、
図5に示すように、FEM(Finite Element Method)解析モデルを適用できる。ステップS3のシミュレーションモデルの作成処理により、構造物100の各部材hが物性データに合致する剛性及び強度で結合された複数の構造要素(
図5の線分の交点)から表わされ、各部材hが締結状態に応じた拘束条件で拘束されたFEM解析モデルが作成される。ステップS3は、本発明に係るモデル化ステップの一例に相当する。
【0030】
続いて、データ処理部30では、シミュレーション処理部34が、作成されたシミュレーションモデルを用いて構造物の耐力評価を行うシミュレーション処理を実行する(ステップS4)。シミュレーション処理では、例えば、構造物100に様々な荷重を加えたときの応力解析、様々な荷重を加えたときに構造物100に発生する変状の解析などが行われる。また、鉄道車両が通過する際の橋脚の変位など、現地にて実際の構造物の動的変位量が計測可能な場合は、計測された変位量を「強制変位」としてシミュレーションモデルに加えて様々な解析を行ってもよい。また、シミュレーション処理では、シミュレーション処理部34が、ユーザから荷重の条件、解析対象などの様々なパラメータを入力し、これらに従ったシミュレーション解析を行うようにしてもよい。
【0031】
シミュレーション処理部34は、より詳細な変状の解析を行えるよう、シミュレーション処理中に、次の再帰処理を併用する。
図6は、シミュレーション処理中に実行される再帰処理の手順を示すフローチャートである。
図7は、再帰処理の一例を説明する図である。
この再帰処理は、荷重を加えて構造物に変状を発生させるシミュレーションの過程において、構造物の一部に変状発生限界の応力が発生した場合に、この部分が抽出されて実行される。
図7(A)は、構造物の一部のFEM解析モデルであり、線分の交点が1つの構造要素を表わす。
図7(B)は、シミュレーションの過程で領域R1、R2に変状発生限界の応力が発生した状況を示している。
【0032】
再帰処理が開始されると、先ず、シミュレーション処理部34は、
図7(C)に示すよう、変状発生限界の応力が発生した領域R1、R2のみ、再度の要素分割(「再メッシュ」とも呼ばれる)を行う(ステップS21)。要素分割により、領域R1、R2の構造要素の数が倍増し、より詳細な解析が可能となる。
そして、先の解析で計算された変状発生限界の応力を、再度の要素分割を行った領域R1、R2の境界に与えて、各要素に生じる応力を再計算する(ステップS22)。この再計算により、より詳細に、変状発生限界の応力に達した領域R11と、それより小さい応力が発生した領域R12とが計算される。また、また、応力が変状発生限界を超える領域が計算される場合もある。
【0033】
次に、シミュレーション処理部34は、変状発生限界を超えた応力の発生が計算された要素があるか判定する(ステップS23)。その結果、この要素があれば、シミュレーション処理部34は、この要素を変状発生箇所としてFEM解析モデルの要素から除外する(ステップS24)。この要素は、シミュレーション解析で亀裂が発生した部分として扱われ、例えば
図7(E)、(F)の領域R21、R22が該当する。
【0034】
続いて、シミュレーション処理部34は、直前のステップS21の要素分割前の応力の計算結果と、要素分割後の応力の計算結果とで変化が有るか判別し(ステップS25)、変化があればステップS21に戻って、ステップS21〜S25の処理を繰り返す。この繰り返しにより、
図7(E)、(F)に示されるように、変状発生限界の応力が生じた範囲について構造要素がより細分化されて、より詳細な解析が行われる。
【0035】
一方、或る程度の細分化が進むと解析結果は収束し、ステップS25で解析結果が変化無しと判定される。そして、これによりシミュレーション処理部34は、再帰処理を終了する。
再帰処理が終了したら、部分的に詳細に計算された変状の発生をシミュレーションモデルに適用して、さらに、構造物全体のシミュレーションが継続される。
なお、ステップS23、S24では、変状発生限界を超えた要素を除外する例を示した。しかし、要素を除外する処理の代わりに、変状発生限界を超えた要素と、この要素の片側に隣接する他の要素との間を分離させる処理を行ってもよい。このような分離処理によっても、上記と同様に、変状発生箇所で亀裂が発生した状況をより細分化して模擬したシミュレーション解析を行うことができる。
【0036】
次に、評価計算部35は、ステップS4のシミュレーション処理の結果を集計して、シミュレーションモデルの各部の応力集中度合の評価を行い(ステップS5)、この評価結果から最も先に疲労亀裂が生じる位置の予測を行う(ステップS6)。ここで、評価計算部35は、通常の応力の発生度合から、疲労亀裂が生じる時期を予測してもよい。なお、評価計算部35が行う評価内容は、構造物の種別に応じて、幾つかの種類の中から選択可能なように構成されてもよい。上述したステップS4〜S7は、本発明に係る評価ステップの一例に相当する。
【0037】
続いて、補修計画策定部36は、ステップS6の予測結果に基づいて、補修箇所、補修パターン、補修時期の策定を行う(ステップS7)。補修パターンについては、多数の種類の構造物の様々な箇所の様々な種類の欠陥に対応させて、多数の補修パターンのデータを用意しておき、補修計画策定部36が、ステップS6の評価内容に対応する補修パターンを選択すればよい。補修計画策定部36は、策定した補修計画をデータ、印字、表示などによりユーザに出力して提供する。ステップS7は、本発明に係る補修計画策定ステップの一例に相当する。
【0038】
以上のように、本実施形態の構造物評価システム1及びその評価方法によれば、欠損、製作誤差又は施工誤差などの様々な欠陥を有する既設の構造物に対して、欠陥を反映した構造物全体のFEM解析モデルが作成される。そして、このモデルを用いて様々な耐力評価のシミュレーションを行うことができる。従って、膨大な作業時間又は膨大な作業コストを要さずに、既設の構造物の正確な耐力評価が可能となる。
【0039】
<評価対象の構造物のその他の例>
図8は、評価対象の一例である鉄筋コンクリート構造物を示す図である。
本実施形態の構造物評価システムは、鉄筋コンクリートの構造物200など、内部構造が不可視な構造物に対しても、比較的に正確な耐力評価を行うことができる。
このような構造物の場合、3次元スキャナ11により、コンクリート部201の外面部に生じた亀裂、欠損又はゆがみなどを測定することができる。さらに、物性測定装置12として、電位計を用いて内部の鉄筋部202の腐食度合を計測することができる。鉄筋部202は、腐食度合に応じて電位が生じる性質を有する。また、物性測定装置12として、振動又は音波による非破壊計測器を利用して、コンクリート部201の内部の亀裂等を計測してもよい。その他、例えば電磁波・電磁誘導を利用した配筋状況の検査、X線を利用した鉄筋径の計測など、種々の測定を併用することもできる。
【0040】
そして、これらの計測データと、設計データを利用した補完処理部32による補完処理とを合わせて、シミュレーションモデル作成部33がFEM解析モデルを作成してもよい。これにより、シミュレーションモデル作成部33は、コンクリート部201の欠陥と内部の鉄筋部202の構造および腐食度合などの欠陥とを反映した、現実に即したシミュレーションモデルを作成することができる。
そして、このモデルを用いてシミュレーション処理を行うことで、鉄筋コンクリート構造の正確な耐力評価を行うことができる。
【0041】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態では、補完処理として、構造物の不可視な部分の形態及び構造物の物性データを設計データに基づいて補完する例を示した。しかし、補完するデータは、設計データに誤差を含めて作成してもよい。さらに、例えば、劣化度合いの異なる複数種類の誤差を含めて、複数種類の補完を行うことで、複数種類のシミュレーションモデルを作成してもよい。このような複数種類の誤差を含んだシミュレーションモデルにより、構造物の不可視な部分に多くの欠陥が生じているようなワーストモードのシミュレーション処理と、不可視な部分に欠陥が生じていないベストモードのシミュレーション処理とを行うことができる。そして、構造物の状態に幅を持たせた耐力評価結果が得られるという効果が奏される。また、上記実施形態では、構造物評価システム1が、シミュレーション処理の後に、構造物が破壊に至る評価予測と、破壊を防ぐ補修計画の策定とを自動的に行うと説明した。しかし、このような評価予測と補修計画の策定とは人が行う構成としてもよい。その他、実施の形態で示した細部は、発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。